33-8
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意気込みと実行力は、また別な問題。
会合で、昨日同様冷たい空気をぶつけ合うサトミとモトちゃん。
今は話しかける空気でも無いし、とりあえず様子を見る事にする。
「今日は公開討論に向けてのシュミレーションを行いますので、会合は中止します。では、会場へと移動して下さい」
いつも通りに落ち着いたトーンで話す小牧さん。
だったら初めからその会場にとも言いたいが、形式というのも大事なんだろう。
そういう訳で、場所を移動。
先を行く執行委員会のメンバー。
それに付いていく私達。
さらに遅れて、後ろをサトミが歩いている。
「いい的だな」
「サトミが?」
「俺達自身が。執行委員会と旧連合幹部。ここで全員を倒せば、一気にトップへ躍り出る」
「そんな簡単な事でも無いでしょ」
「簡単な事だと思ってる馬鹿もいる。あーあ、襲ってこないかな」
笑い気味に詠嘆するケイ。
性質の悪い冗談だが、私達の置かれている現実。
今の学校の現実と示す言葉ではある。
第1講堂へと続く渡り廊下。
周囲の見通しは聞くが、植え込みや木々で遮られている部分もある。
逃げる事も考えれば、私ならここで襲う。
「死ねっ」
かなりストレートな台詞と共に、渡り廊下の屋根から人が降って来た。
遊びにしては度が過ぎていて、何より動きが俊敏。
ただそれに遅れを取る程ではなく、不意を突かれたというレベルでもない。
振り下ろされたかかとを、前に出てブロック。
そのまま足を抱え上げ、地面へと叩きつける。
固い床へ叩きつけなかったのは、せめてもの情けと思ってもらいたい。
「大丈夫か」
私にではなく、多分倒した相手への心配をするショウ。
手加減くらい出来るっていうの。
「女か」
彼が多少なりとも甘い態度を見せた理由はこれだろう。
それが悪いとは言わないが、この場面では決して良い事とも言い難い。
見てみると執行委員側も襲撃を受けた様子。
ただ向こうは護衛をつけているので、やはり難なく対処したらしい。
「サトミ、は大丈夫か」
私達から距離を置き、一人立っているサトミ。
今は彼女の感情やモトちゃんの感情を気に掛けてる場合ではなく、すぐに駆け寄りその腕を取って私達の中へ押し込める。
二人がケンカしようが掴み合いになろうが、知らない人間に殴られるよりは良い。
本当は、良く無いけどね。
「私は関係ないわよ」
暗に、モトちゃんが原因だと匂わせるサトミ。
大人気ないなと思いつつ、倒れている女に近付きポケットを探る。
IDも財布も何もなし。
当然といえば当然と言いたいが、返り討ちにあった時点でIDも何も関係ない。
サトミとモトちゃんの間に不穏な空気が走り、再び何か言い合いそうになっていた時。
私達の元に、保安部の女の子が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか」
静かなトーンで話しかけてくる彼女。
倒れている子を指差し、自分達は問題ないとの意志を伝える。
「空手部部員と、顔写真が一致しました。おそらく、彼女もそうでしょう」
「SDCにも目を付けられたって事。交渉は進んでるんじゃなかったの」
一見、保安部の女の子に。
ただ実際は、サトミに対して指摘するモトちゃん。
空気の悪さは、もうどうしようもないな。
「交渉は始まったばかりと聞いています」
生真面目に答える女の子。
モトちゃんは倒れている子を指差し、愛想良く微笑んだ。
「その結果が、これ?SDCを傘下に入れる前に、全面対決になるんじゃなくて」
「私達はそれに対応すべき訓練も行っています」
「物理的には、それでいいのかもしれない。ただ、解決にはならないわね」
「SDCが独立組織として存在するのは問題だという結論を得ているはずよ。権限の大きさからも、組織の強大さからも」
「理屈ね」
「理屈以外何があるの」
二人の間で飛び散る火花。
間に挟まれた格好となった保安部の女の子は、すがるような目で私を見てくる。
姑と嫁に挟まれた夫みたいな彼女を後ろに下げ、妙に密着している二人を引きはがす。
「はい、二人ともそこまで。話しは後にして、移動しないと。それと、この倒れてる子お願い」
「今すぐ」
安堵のため息を付いて、後ろへ控えていた子に合図を送る女の子。
彼女達はサトミ達を警戒しつつ、ぎこちない動きで女を運んでいった。
「ただ、問題は残ってる」
ぽつりと呟くモトちゃん。
まだ蒸し返すのかと思ったら、少し矛先がずれた。
上を向く視線。
彼女は背が高く、私達と話す時上を向く必要はない。
殆どの場合においては。
「空手部と仲が悪い子って誰」
誰と言われれば、一人しかいない。
でもって後ろに下がり出した。
「俺は何もして無いぞ」
「最近スパーリングで脅さなかった?」
「意見は言った」
「もういい。とにかくこの件は、私じゃない」
かなり強引な言い訳にも思えるが、その節も一理ある。
実際のところは、特定の個人というよりこのグループ全体が標的という気もするが。
多分誰もが、自分は関係ないと言いたいいんだろう。
もしくは、たまにはそう思いたいんだろう。
全体的に空気が悪くなったところに、追い打ちを掛けられる。
「原因は、お前らか」
嫌味っぽく声を掛けてくる委員長。
これを聞くとサトミやモトちゃんのやり取りが、結局は友達同士の言い争い。
敵意。
相手を害する気持の無いのが分かる。
「誰のせいでもないでしょ」
「強いて言うなら、全体の責任じゃなくて」
ここは意見を統一される、サトミとモトちゃん。
委員長はそれを鼻先で笑い、敵意むき出しの顔で二人を指差した。
「お前等が何をしようと、大勢に影響は無い。仲間割れの振りで、混乱を誘ってるつもりか」
「知恵が浅いのね」
「何だと」
「言った通りよ」
いつになく厳しい顔で委員長を睨みつけるモトちゃん。
侮辱に対して即座に反応するのが、この男の性質。
ただ今回は、違うところにその反応が出た。
途端に暑苦しくなる雰囲気。
目の前を、壁に覆われた感覚になる。
「こんな女に舐められてても仕方ない。俺が少し仕込んでやりますよ」
執行委員会や保安部を押しのけて現れたのは、相撲取り顔負けの大男。
ただしその視線はモトちゃんではなく、彼女をかばう格好で前に出たショウを捉えている。
その彼よりも前に出て、スティックを抜いて腰を落とす。
誰に対して何を言ったのか、はっきりと分からせるために。
相手が誰だろうとどうだろうと、私だってサトミとモトちゃんを侮辱されて黙ってる訳にはいかない。
でもってため息を付かれ、肩に手が置かれる。
「下がれよ、もう」
「だって」
「目が治るまでは、大人しくしてろ」
人の小脇を抱え、後ろへと戻すショウ。
非常に屈辱的というか、ただそれ程悪い感触ではない。
ショウは相手に背を向け、全く後ろを気にしていない。
人によっては、それを隙と呼ぶだろう。
「背中を……」
何かを言いながらとび蹴りを見舞ってた男は、後ろ回し蹴りであっさり捉えられて床へと叩き付けられる。
落とされたのではない。
体を捉えたままショウの足が床へと向かい、そのまま挟み込んだ。
自分の足へも衝撃は伝わるが、床と足に挟まれた男のダメージはその比では無いだろう。
体重は100KGを超えているはずで、それを捉えて叩き落すという筋力。
そして技。
背中を見せていても、隙は無い。
一段と増す闘志。
肌で感じる彼の怒り。
今彼の前に立つ勇気は、私にもない。
「何がしたいんだ」
左肩を前に出し、膝が落ちる。
赤い炎が体から立ち上り、辺りの空気が熱を帯びる。
何よりその威圧感と圧迫感に、人は近付く事すら出来ないだろう。
「用がある奴は、前に出ろ。話を聞いてやる」
すり足で進み出るショウ。
下がる執行委員会の一群。
代わって前に出てきたのは、柄の悪い男達。
この辺りは、織り込み済みという訳か。
男達は笑い気味に、委員長へ話しかけた。
「おい、ここでやっていいのか」
「勝てるのか」
小声で尋ねている委員長。
その時点で噴飯物だが、所詮その程度の認識でしかないんだろう。
「勝つも勝てないも、そのために雇われたんだ。おい、俺とやろうぜ」
「覚悟はあるんだろうな」
「熱くなるなよ。戦いの基本だろ。玲阿流直系」
鋭いジャブ。
その袖から光がきらめき、ショウの顔へと突き進む。
ナイフ、もしくは針。
まずいと思う間もなく、相当の速度で突き進んできた刃を受け止めジャブをもう片手で受け止めた。
私もスティックを構えた所で、不意に声が掛けられる。
「お互いに、その辺りで」
両者の間に割って入る保安部の女の子達。
銃口は真直ぐお互いへと向けられている。
ゴム弾とはいえこの至近距離なら、打撲どころか骨折で済まないかも知れない。
傭兵の方は文句を言いつつも、気圧される様に後ずさる。
「試してみろよ」
「え」
戸惑いの声を漏らす女の子。
ショウは顔だけをブロックし、かかとを浮かせて距離を詰める。
銃口は彼の顔を捉えていて、しかしそれでも下がりはしない。
「あいつらは許さん」
「落ち着いて下さい」
「落ち着けるか」
「構わない、撃って」
どこからの指示。
躊躇なく放たれるゴム弾。
それはショウの腕を確かに捉え、激しく反発して天井へぶつかり床で跳ねる。
一瞬混乱する保安部。
その隙を突いて前に出るショウ。
彼は斜めに走り、背後からの銃撃に備える。
ここで撃てば彼に当たるかも知れないが、その前にいる執行委員会も全滅だろう。
そんな混乱を突き、傭兵が再び仕掛けてくる。
ただその程度、こちらも初めから予想済み。
前蹴りをすかし、軸足も刈って倒れていく顔を押さえて床に叩き付ける。
背後から襲ってきた男の足を肘で叩き、倒れこんできた所を襟に手を掛け床へと引き倒す。
「このっ」
斜め後ろから降り下ろされる警棒。
肘でそれを受け流し、腕を柔らかく動かしてからめとる。
今度も警棒を掴み、その相手ごと押し返して壁に叩き付ける。
あまりにも一方的な、実力差と呼ぶのも無意味な程の違い。
ただしこれは十分に予想が出来て、警告もした。
それを無視し、彼を軽んじた結果がこれだ。
「やりすぎよ」
低い声でたしなめるサトミ。
ショウは彼女を横目で見つめ、周囲を警戒しつつ構えを解いた。
「この件に関しては、両者合意での暴力行為と判断すべきだと思います。処分は文章による通達ですが」
淡々と指摘するサトミ。
執行委員会の人間は茫然自失という顔で、委員長すら彼女の言葉は聞こえていないかもしれない。
指示するだけの立場。
そしてその結果行われる、現実の暴力。
自分達の権力と、それが引き起こす結果を今はっきりと悟っただろう。
何より、ショウの実力を。
「結論も出たようなので、移動しましょうか。小牧さん」
サトミに負けず、静かに声を掛けるモトちゃん。
小牧さんは特に動揺した様子もなく、倒れている男達を連れて行くように指示だけを出し笑顔を見せた。
「ではみなさん、こちらへ」
広い壇上から観客席を見渡し、その迫力に圧倒される。
今は照明も暗く、人も座ってはいない。
だがそこに並ぶ席の数を見ているだけで、正直ここに立つ気力が萎える。
観客席がフラットならまだしも、ここは階段状に上へと上がっている。
それこそ人が降ってきそうな感じで、押しつぶされるイメージが湧いてきてしまう。
「当日は観客席から見て左に執行委員会及び生徒会、右手に旧連合の席が設けられます。一度、それぞれの位置へ付いてもらえますか。カメラのチェックをしますから」
良く見ると舞台の床に小さなライトが付いていて、ここを頼りに立ったり位置を変えればいいらしい。
「・・・もう少し固まって下さいね。はい、そこで結構です。私は司会なので、ここからは外れて右手に立たせて頂きます」
舞台の一番端へ立っていた私の隣へ移動してくる小牧さん。
目立たないようにしたつもりだが、隣が彼女では必然的に注目を浴びる。
座る位置は、また当日考えよう。
「職員の方は、執行委員会の隣に。ええ、舞台の袖側。それと一般生徒やSDCの席も後日追加されると思いますが、基本的にはこの並びと思って下さい」
突然灯る照明。
その眩しさに目がくらみ、咄嗟にスティックへ手を掛ける。
しかし不意打ちを仕掛けてくる集団はどこにもいなく、観客席は誰もいない。
単に、照明のチェックをしただけのようだ。
「何してるの」
いつの間にか私の正面に立ち、そう呟くサトミ。
良く考えたら、彼女の位置はどうなんだ。
「私は小牧さんの隣。助言を与えるだけだから」
「私の隣で良いじゃない」
「何も良くないわ」
「下らない事で、いつまでも意地になってても仕方ないでしょ」
微かに動く眉。
横に避ける口元。
今更気付いても遅いが、失言だったようだ。
サトミは感情を抑えた顔で、静かに語り出した。
「あなたには下らなくても、私には真剣な事なのよ」
「言い過ぎた。でも、もういいじゃない」
「何が、どう良いの」
「何って、それは」
そんな事理屈でもなければ、口で説明出来る事でも無い。
二人が争うのは見ていたくないし、争って欲しくない。
ただそれだけの、個人的な感情に過ぎない。
理屈というのであれば二人の間では何も解決していないし、私にだってそう簡単に仲直り出来ないのは分かっている。
「まずは、考えをまとめてきて」
「ふざけた事を」
「論理的な思考を身につけたら、その時会いましょ」
非常にストレスのたまる言葉を残し、打ち合わせをしている小牧さんの元へと向かうサトミ。
思わずその背中に文句を言いたくなったが、マイクのチェックも始めたのでさすがに止めた。
怒りを湛えて唸っていると、横から肩を突かれた。
「雪野さん、マイクを」
「え、ああ」
今渡されても困るが、小牧さんに一番近いのは私。
仕方ないのでピンマイクを襟に付け、指で襟を軽く触れる。
「えーと、テステス。ワンツー、ワンツー」
「ジャブとか言えよ」
その鳩尾にジャブを叩き込み、マイクを返す。
「当日は、全員これを付けるの?」
「それは任意で、オンオフはマイク側しか設定出来ません」
「ただ、性能は良いから隣にいたら声は拾われるよ」
それとなく釘を刺してくる木之本君。
ただモトちゃんは舞台中央側に立っていて、位置として私からは一番遠い。
また当日は小牧さんももっと離れた場所に座るはずで、声が拾われる心配は無いと思う。
何より、おかしな事を言わなければいいだけの事だ。
「カメラ、マイク、立ち位置良しと。一度、全体を通して見ますね。舞台袖に下がってもらえますか」
言われた通り袖に下がり、身なりを整える。
誰も私に注目をしていないとはいえ、その視界には収まるはず。
さすがに恥ずかしい格好ではいられない。
「袖、直してよ」
「あ?」
怖い声で返してくるショウ。
どうやらまだ気持が切り替わって無いようなので、腕をつかみ強引に袖を直してボタンをはめる。
上着は良し、ジーンズも良し。
髪も良し。
顔は、初めから問題なし。
「いちゃいちゃしやがって。こういうのこそ、取り締まれ。風紀委員はどこ行った」
とりあえずふざけた男を突き飛ばし、どん帳へとぶつける。
向こうは弾力があるので、怪我はしない。
精神的にどう感じるかはともかくとして。
「それはともかくさ。さっき、撃ったでしょ」
「撃てと命令されましたので。それに、前に出てきたのは彼の方です」
何の揺らぎも見せず、はっきりと答える保安部の女の子。
責める気は元々無いし、またここまで言い切られるとそうですかとしか答えようが無い。
「撃つ事を想定してたんですよね」
「ん、そうでもないけど。撃たれたらどうするかくらいは、一応考えてる」
「すごいですね」
言葉に少し混じる感情。
これは、良く無い兆候だ。
何が良くないって、私の精神に。
「みなさんは、私達の警備に?」
不穏な何かを察知したのか、話題を変えるモトちゃん。
私は、まだまだ今の話に未練があったけどね。
「会合中及びその前後は、我々の警備対象になっています。皆さんを護衛するというのもどうかとは思いますが、公平性を鑑みて」
「誰の指示?」
「自警局、つまりは保安部。前島さんです」
生真面目な人というか、固いというか。
監視も含まれてる可能性はあるにしろ、彼女達は比較的私達に好意的。
護衛の方にウェイトが置かれてるのは確かだろう。
「ただ先程のような事は困りますので、出来るだけ慎んで下さい」
「俺は悪くない。向こうに言ってくれ」
「そうですか」
諦めたように首を振る女の子。
この辺で押しが足りないのは、彼女の性格からなのかショウの魅力からなのか。
なんにしろ、面白くないな。
落ち着かない心境で床を睨んでいると、低い声が響いてきた。
「出来るだけ、暴れないで」
口調は穏やかで、表情は笑顔。
ただ、足元の方から冷えてくるのは気のせいか。
ショウは一瞬身を震わせ、それでも肩を張ってサトミへ詰め寄った。
「俺は何も、悪い事は」
「してないって、言い切れる?さっきの連中は全員病院送り。それでも?」
「リスクは同等だろ。俺がそうなった可能性もあったんだから」
多分その可能性はかなり薄いと思うが、リスクが同等なのは確かだろう。
いや。銃で撃たれたのは彼だけで、リスクとしては彼の方が高かったか。
「今更あなたの行動に口を出したくは無いけど、それが回りに及ぼす影響も考えたら」
「友達を侮辱されて、黙ってろって言うのか」
「暴力に訴える以前にやる事もあるでしょ」
いつもと変わらない気遣いと考え方。
それに少し気分が良くなる。
怒られているショウの気分はともかくとして。
サトミも少し態度を和らげ、諭すような口調で話を続けた。
「第一、今自分達がどういう立場なのか認識してる?」
「分かってはいるつもりだ」
「処置無しね」
首を振り、私達から離れていくサトミ。
ショウは露骨に助かったという顔をして、ため息を付いている。
「良かったじゃない、心配してくれて」
「こういう場合は、してくれない方が助かる」
「はは」
明るく笑い、彼の肩をぺたぺた叩く。
少なくとも彼女の考え方や性格がまるっきり変わった訳では無いし、むしろ以前と全く同じ。
それなら元通りとは行かなくても、関係を修復する道筋は十分に残されている。
「そんなに楽しい?」
なんとなく棘のある口調で尋ねてくるモトちゃん。
どうも、サトミの事で浮かれたのが気に食わなかったらしい。
「いいじゃない、悪い事でも無いんだから。大体さ、二人がケンカしてても仕方ないでしょ」
「私は悪くないの」
「どっちもどっちじゃないの」
「話にならないわね」
鼻で笑い、私から離れていくモトちゃん。
少なくとも鼻で笑われる覚えは無いが、ここで私が怒っても仕方ない。
誰だって機嫌の悪い時はあるし、言ってしまえば今がその時期。
中に入るからには、こういう状況も当然想定しないといけない。
まずは深呼吸して、気持を落ち着ける努力をする。
しかし、私がストレスをためる必要があるのかな。
私達の関係。
今のやりとりには関係なく、小牧さんは説明を続けていく。
「それで、公開討論の間はハンディカメラが数台入ります。それとリモートカメラも。皆さんの邪魔にはならないよう配慮はしますが、その点も考えて服装や発言を考えて下さい」
「高校生が、メディア戦略か」
皮肉っぽく呟くケイ。
服装は、執行委員会側はかなりの人数がクラッシックな制服。
今日はいないけれど中川さん達を除けば、全員かもしれない。
対して私達は、制服と私服の混合。
良く言えばフランク。
悪く言えば、雑然とした雰囲気。
その分容姿では勝っているので、問題ない。
私はともかくとしてね。
「では、始めます。ディレクターが合図を出しますので、それに合わせて登場して下さい。登場は、席順でお願いします」
という訳で、モトちゃんが先頭で私は最後尾。
その後ろをサトミがひたひたと付いてくる。
別にカッパみたいな足音はしないけど、今の精神状態としてはそんな気がする。
少し振り向きたくないな、今は。
「初回のみ、各自の紹介が簡単に入ります。これは私の方で用意しますので、皆さんはお気になさらなくて結構です」
本当に、気にしなくていいのかな?
ただ彼女も今の空気を考えれば、それ程おかしな紹介はしないだろう。。
「まずは討論会の趣旨説明と、双方の立場の概略。議題となる内容をいくつか挙げ、討論に入ります。ちなみに映像は、別な講堂や教室などにも配信されています」
映像の配信や公開という部分以外は、今までと同じ形式。
逆に言えば、その違う部分が大問題なんだろうけど。
「また傍聴者から質問も受け付けますので、双方とも回答をお願いします。ライブですから難しいとは思いますが、その点はご了承を。また質問内容に問題がある場合は、こちらで差し止めます。簡単にやってみましょうか、遠野さん質問を」
話を振られ、舞台の袖へと向かい階段を下りるサトミ。
彼女の姿がやがて観客席の中央辺りに見える。
小牧さんはペンを持ち、その先端をサトミへと向けた。
「はい、そちらの方。名前と学年。よろしければ、所属をお願いします」
「2年、遠野聡美。所属はありません」
「では、質問を」
「質問者を仕込む事は可能でしょうか」
これは質問というよりは、問題提起。
確かに自陣営に有利な質問や追求をしてくればかなり助かるし、学内の世論を誘導するのも可能。
この辺は慎重にやるべきか。
「一応こちらでもデータベースで身元は確認をして調査。不正があったと考えられる場合は、後日発表します」
「分かりました」
「……カメラ、マイク共にチェック出来ました。遠野さん、気になる事は」
「意見は短めに、要約した形での発言を。制限時間を設け、それに不満なら壇上で参加するよう促すべきかと」
その言葉をメモに取る小牧さん。
こう見ているとサトミの秘書というか、かなり頼りにしているのが分かる。
小牧さんは端末を数度チェックし、一人で小さく頷いた。
「ありがとうございます。ではここで討論のシミュレーションを行うので、そちらから見ていて下さい」
「分かりました」
「では、始めます。実際に議論をしてヒートアップしても困るので、発言を指定します。それぞれ、数字を読み上げて下さい。まずは執行委員会側が1。次いで旧連合が2。その順序でお願いします。カメラテストも兼ねてますので、その点もご了承下さい」
「1」
素っ気なく読み上げる委員長。
次いでモトちゃんが2。
いつの間にか小型のカメラを構えた男女が壇上に上がり、二人にカメラを向けている。
「発言者を変更する場合は、手を挙げて指名後にお願いします。これはやはり、カメラワークとの兼ね合いです。ご面倒でしょうが、お願いします。……警備はもう少し下がって」
カメラにこだわる小牧さん。
私達とは視点が違うというか、根本的にやる事自体が違う。
ここは議論や相手を言い負かす。規則を変えると言うよりも、アピールの場面と捉えるべきか。
「キャッチライトが欲しい方がいれば、用意しますが」
「何、それ」
「顔に当てるライトです。端的に言えば、見栄えがします」
自分の顔に、下から手を広げる小牧さん。
良くインタビューなどで使ってるライトの事か。
「眩しくない?」
「勿論ライトが真下にあるので、相当眩しいとは思いますが」
「私は結構」
ただでさえ目が悪いのに、光を浴びたらどうなるかも分からない。
何よりライトを当てても、顔そのものが変わる訳でもない。
「では、発注は無しで。希望さえあれば、翌日にはご用意します。ミネラルウォーターは、出来るだけラベルをカメラ側に。これだけの規模となりますと、スポンサーも必要でして」
なんだか、世知辛い話になってきたな。
ただこれだけの施設を借りて人を動員して機材を揃えるとなれば、本来なら相当のお金が必要なはず。
施設は学校から借りるので無料。
人手は生徒会から通達すれば、殆ど手当ても必要ない。
機材も学内にある物を使用。
つまり、それだけ恵まれた環境にある訳だ。
ただし当然実際はお金が発生してもおかしく無い事ではあり、ミネラルウォーターに関してもやむを得ないのだろう。
全員が漠然と感じていた疑問を読み取ったのか、小牧さんの方から説明を始めてくれた。
「当然スポンサーからの収入や使用意図に付いては、後日報告いたします」
「お茶でもいいの」
「飲み物は、事前に希望をお聞きします」
観客席から突き刺さるサトミの視線。
他にも聞く事くらいあるでしょと言いたげな。
私には、このくらいの質問がせいぜいなのよ。
「途中休憩を挟みまして、生徒会終業時間までを目安として行います。またこれからは授業後に行うので、その点もご留意下さい」
「誰も見に来ないと、多分恥ずかしいよ」
笑いながら指摘するヒカル。
確かにこれだけの準備とこれだけの会場。
そして意気込み。
始めてみたら私達の方が多かった、なんてのは確かに血の気が引きそうだ。
「事前のアンケートでは、8割以上の方が出席の意志を示されています。その半数と見ても、この会場をある程度埋めるのは可能かと」
「グッズとか売らないの」
コンサートじゃないって言うの。
「それは行いませんが、スポンサーからミネラルウォーターの配布程度は行いたいと思っています。ゴミの回収に付いても考慮していますので、ご心配なく」
「ご丁寧な回答、ありがとうございます。頑張って下さい」
人のいい笑顔を浮かべ、後ろへ下がるヒカル。
別に気配りをするタイプでは無いが、結果としてそうなる時は多々ある。
「討論の反応をチェックする気じゃないだろうな」
小声で呟く、その弟。
お兄さんとは思考も考え方も真逆なので、別段驚くような発言ではない。
またどちらが良いとか悪いという事でも無いし、私が口を挟む事ではない。
顔つきを見る限りは、色々思う所はあるけどね。
流れが大体把握出来たところで、小牧さんも説明の終了を告げる。
「そして討論会後に、次回の打ち合わせを簡単にします。大まかですが、全体の流れとしてはこんな感じ。公開になっただけで基本的には、今ままでと代わらないと思って下さい。なお……」
「みなさん、初めましてっ」
静まり返った講堂内に響く、良く通る声。
舞台の袖から、颯爽と現れるあのスーツを着た若い女性。
彼女は愛想のいい笑顔を浮かべ、近くにいる人へ握手をして回る
。
物腰は低いがその仕草は慣れというか、単純作業をこなしていると見えなくも無い。
執行委員会のメンバーとひとしきり握手した女性はこちらへとやってきて、順番に握手をして回ってきた。
「どうぞ、よろしく」
何がよろしくなのか知らないが、両手で手を握りこんでくる女性。
その割には力加減が柔らかく、腰を屈めて視線を私に合わせてくる。
親しみやすい行為ではあるけど、どこか作業めいたものを感じてしまう。
つまり笑顔は浮かべているが、これがかなり意図的な表情ではないかと。
こちらの警戒をよそに、女性は至って笑顔。
作った笑顔という疑問は否めないが。
「お忙しい中、大変申し訳ありません。勉学に勤しみ、部活に励み、友達との友情を育む。若さというのは良いですね」
一人高笑いする女性。
口調が滑らかというか、やはり慣れている。
で、一体何者だ。
「議員、今日は打ち合わせですので」
「お構いなく。ご迷惑かと思いましたが皆さんの顔を一度拝見したくて、慰労も兼ね伺った次第です」
「分かりました。もう終わりますが、よろしければ見学をしていって下さい」
「では失礼します」
どうするのかと思ったら舞台に背を向け、もぞもぞしながら直接降り始めた。
階段よりはショートカットになるがあまり見栄えのいい物ではなく、端的にいえば不恰好。
ただこれも、かなり作為めいた物を感じなくも無い。
彼女はどうにか舞台の下に降り、軽い足取りで一人座っているサトミのところへと向かった。
「議員って国会議員?」
「彼女は上院議員だよ。選挙区は東京だけどね」
すらすらと答える木之本君。
それだけこの討論が注目されているのか、もしくは彼等にとってのいいアピール場所となっているかだ。
「何か質問や要望がありましたらお聞きしますが」
「改めて確認。これは意見聴取に過ぎないのか、それとも規則改正を協議する場なのか」
「という事ですが」
「規則改正の協議に続く道筋ではある」
曖昧な言い方をする委員長。
モトちゃんはそれ以上は突っ込まず、もう聞く事は無いとばかりに後ろへ下がった。
「他の方はよろしいですか。遠野さん、何かありますか?」
「今のところは大丈夫。タイムスケジュールは守るように」
「了解です。では、お疲れ様でした。講堂はまだ使えますので、しばらく残って頂いても結構です。私もまだ残りますので、何かありましたら呼んで下さい。それでは、お疲れ様でした」
一礼して舞台袖に去っていく小牧さん。
もしかすると私達より、彼女が主役になるのかもしれないな。
「さて、どうする」
私達を振り返るモトちゃん。
特に意見はなく、また彼女も話すような事は無いらしい。
「じゃあ、私達は解散。当日も今までと同じペースでよろしく」
あっさりと終わりを告げるモトちゃん。
ふと振り返ると、サトミの姿はどこにも無い。
小牧さんの所へでも行ったのだろうか。
だがそれを考える間もなく、空気が強引に明るくされる。
「皆さん、お疲れ様でした」
すかさず現れる議員。
愛想は良いが、そばにいると正直疲れてくる。
「将来の日本は、皆さんの頑張りかかっています。精進を怠らず、前向きに、時には息抜きを」
なんだか良く分からない事を言い出した。
多分こういうのはその場の雰囲気や勢いに飲まれるものなんだと思う。
選挙中や講演会なら、会場の熱気も相まってかなりの盛り上がりを見せるはず。
ただ、今は誰もいない広い会場。
白けてしまうのも仕方ない。
それでもめげないのはすごいと思うが。
「済みません。私達は、そろそろ帰るので」
「お食事ですか?ご一緒によろしいですか」
「ええ、まあ」
むげに断るのもなんだろうという顔のモトちゃん。
しかし慰労どころか、むしろ疲れてくるな。
外へ出る気力もなく、また時間も早いので女子寮の食堂でご飯を済ます。
「今宵こうして集まったのも何かのご縁。では、乾杯」
「乾杯」
何が乾杯なのか知らないし、どうして食堂全体で乾杯してるのかも分からない。
人が集まれば話しをして、仕切ってしまう。
これは本人の性格もあるだろうけど、議員としての修整だろう。
「選挙って大変なんですか」
「え」
今までの笑顔やテンションは一気に消え去り、陰惨な表情が向けられる。
突然辺りが暗くなり、少し寒気がしてくるような。
「大変よ。本当に大変よ」
二回言わなくても良いとは思うが、大変なのは良く分かった。
「でも、やるんですよね」
「給料は高いし、権限も大きいし。一応、総理大臣になれる資格もある」
また、随分大きな話をし出したな。
ただそれはその通りで、総理大臣になれるのは国会議員のみ。
彼女にも平等に、その門戸は開かれている。
実際になれるかどうか、本人がそれを希望してるかどうかまでは知らないが。
「どうして議員になったんですか」
串カツをかじりながら尋ねると、ビールのジョッキを傾けていた議員は自分の顔と体を指差した。
「若くて、女。女性重視、というアピール材料」
身もふたも無い事を言い出した。
低アルコールとはいえ、ビールはビール。
酔っているのかもしれない。
「お代わり」
「議員先生が、お代わりをご所望ですよ」
グラスをケイに渡し、替えを要求する。
まさか、彼女にビールをぶちまけはしないと思う。
どうしてそんな事を思ったのかは知らないが、理由はすぐに判明した。
「高校に、何か用事があったんですか」
「親戚に会おうと思ったんだけど、いないみたいね」
どこかで聞いたような話だな。
でもって、名前を聞いてなかったな。
「あの、お名前は」
「矢加部」
思わずむせ返し、テーブルの上へ倒れそうになる。
なんか、とんでもない事言い出したぞ。
「矢加部って、あの矢加部財閥の?」
「私は分家だから、大した事はないんだけど」
「でも、議員になるくらいの家系ではあるんですよね」
「議員は誰でもなれるわよ。ただ身内にやりたがる人がいなかったから、私のところへ依頼が来ただけ」
運ばれてきたジョッキを一気に煽る議員。
いや。矢加部議員。
こうなると、尋ねる事は一つしかない。
「そうすると会いに来たって言うのは、矢加部美帆さん?」
「ええ。……ああ、思い出した。小柄な女に気を気をつけろって言ってたけど、それってあなた?」
「小さい子は、どこにだっているでしょう」
「そうかしら」
食堂を見渡し、私の頭に手を置く矢加部議員。
犬かミカンと間違えてないか。
かなり気さくになった議員は、笑いながら床を指さした。
「それに一応、ここのOGなのよ。ここといっても、草薙高校の前身なんだけど」
「……もしかして、拷問部屋って知ってます?」
「懐かしいわね。私も危うく、入りかけた」
大声で笑い、ジョッキを煽る矢加部議員。
冗談のつもりで聞いたんだけど、拷問部屋は実在してしかも使用される可能性があったらしい。
この発言を聞く限りは、あったと言うべきか。
「じゃあ議員に対しての質問。この学校に付いては、どう思います」
「昔と違って楽しそうね。銃で撃たれ無いし」
「規則が厳しくなったのは?」
「秩序があるのはいい事よ。銃で撃たれないし」
そればっかりだな。
でもって、何の話しをしてるんだ。
ただ彼女は国会議員。
疑問というか、危惧は残る。
「議員として意見を述べるって事は?」
「一学校法人に意見を述べる程大物でも無いし、この学校がそこまで問題とも思えない。陳情としても、何も聞いて無いわよ」
「矢加部さんからも?」
「全然。でもあの子、教育庁の幹部に会いたいとか言ってたか。そのセッティングはしたけど、具体的に困ってるとは聞いて無いわよ」
国家権力として介入するレベルではなく、また圧力が掛かるという事でもないようだ。
ただそれは彼女の知る範囲であり、さらに言うなら彼女にその気が無いだけの事。
別な政党、議員は分からない。
「さてと、明日も早いしそろそろ帰るかな。当日の討論会、楽しみにしてるわよ」
「どうも」
「あーあ、私も高校生に戻りたい」
しみじみと語った議員が消え、私達も部屋へと戻る。
「話なんて何もないわよ」
愛想の欠片もない事を言ってくるモトちゃん。
サトミに至っては、玄関から上がろうとすらしない。
「さっきも言ったけど、二人とも意地になっても仕方ないでしょ。もう、いい加減にしたら」
「ユウには関係ないんじゃなくて」
「あ?」
「さよなら」
そう言い残し、玄関を出て行くサトミ。
思わず拳を握りしめ、壁にゆっくりそれを添える。
隣にも住んでる人はいるので、叩き付けないだけの自制心は備わっている。
今のところは、まだ。
「私も帰る」
「ちょっと」
「会合の事で忙しいのよ。遊んでる暇はないの」
「遊び?」
人が声を裏返している間に部屋を出て行くモトちゃん。
遠くからドアの閉まる音がして、冷たい風が一瞬吹き付けてくる。
「あー」
クッションを何個も重ね、拳を勢いよく振り下ろす。
これなら振動は殆ど伝わらないと思う。
大丈夫。
で、何が大丈夫なんだ。
「あー」
もう一度叫び、ストレスを逃がす。
どうして私が文句を言われるのか何一つ理解出来ないし、それ以前に我慢が出来ない。
もしかしてあの二人、余計なお節介とか言いたいんじゃないだろうな。
「うー、あー、あーっ」
クッションを抱きかかえ、力一杯押し潰す。
とにかく何かしないと爆発しそうな気分。
いや。実際爆発してるんだけどね。
「ああ?」
来客を告げたセキュリティを睨み、画面を見る。
勿論セキュリティがそれでひるむ事はなく、画面に映ってる人も同様。
「開いてる」
素っ気なく告げ、もう一度クッションを抱きかかえる。
本当はリンゴでも握りつぶしたいくらいだけど、それだけの力がないし何よりリンゴを掴めない。
それ以前に、リンゴもないしね。
部屋に来たのは、沙紀ちゃんと渡瀬さんと神代さん。
彼女達はクッションを抱えている私を見て、少し後ろと下がっていった。
「怒ってるの?」
「全然。全く、何もかも」
息を荒くしながらでは説得力も無く、クッションをベッドにおいてお茶を飲む。
とにかく何か自分の感情をぶつける物を見つけたい気分。
彼女達に当たるまでは至ってないが、時間の問題という気がしないでもない。
「何か用?」
「遠野ちゃんと、元野さんの事なんだけど」
「それが?」
つい声が荒くなり、自分でも反省をする。
これでは、サトミ達と大差ない。
というか、彼女達の怒った理由が少しだけ分かった気もする。
自分でも分かってる事を、周りからあれこれ言われたくないと。
「えーと、あれ。言いにくいんだけど、どうにかならない?」
「さっき二人をここに呼んで、説得はした」
「それで?」
「相手にもしてくれなかった」
率直に告げ、お茶を飲む。
別にお茶が飲みたい訳ではなく、何かをしていないと落ち着かないだけだ。
これだけでも、自分が相当追い詰められていると気付いてしまう。
沙紀ちゃんは遠慮気味に、体を小さくしながら話し始めた。
「学校でもあれで寮でもだと、やっぱり問題なのよね。前、話はしてくれたんでしょ」
「二人とも、もう忘れてるんじゃないの。というか、私もどうにかして欲しいんだけどね」
「優ちゃんが駄目なら、誰かいる?」
「あの二人を叱れる人?塩田さんもどうかと思うし、ちょっと思い付かない」
サトミもそうだけど、モトちゃんは昔から私達のリーダー的存在。
彼女から叱られる事はあっても、叱る事はまずあり得ない。
無くはないが、感情的になっている今は多分何を言っても聞かないだろう。
「私も努力はするけどね。渡瀬さん達は、何か意見無いの?」
「雷は、頭を低くしてやり過ごす。私はそう生きてきました」
「それもいいんだけどね。神代さんは」
「何も言いたくない」
見るからに怯えている顔付きで、時折後ろを振り返る神代さん。
かなり重症だな。
さすがに反省し、小声で謝りため息を付く。
「明日も一応声は掛けるけどね。あまり期待しないで」
「原因は何なの?」
「感情のもつれだと思う。理由っていう理由よりも」
つまりは、お互いの立場の違い。
容姿端麗頭脳明晰。ただどうしても、他人との距離があるサトミ。
誰からも慕われる存在。ただ容姿としては、こういうとなんだがごく普通のモトちゃん。
お互いのそういった違いが、対立の原因に大きく関わっているだろう。
改めてため息。
特に何の解決法も思い付かないまま、話を続ける。
「とにかく、二人には明日からも話はする。このままで良いとは、私も思ってないし」
「お願い。彼女達に声を掛けられるのは、優ちゃんくらいだから」
「気にしすぎじゃないの」
「自覚はした方が良いわよ」
くすくすと笑い、渡瀬さん達に同意を求める沙紀ちゃん。
二人はすぐに頷き、珍しくすがるような視線を向けてきた。
「それってさ、私もあの子達みたいに怖がられてるって事?」
「雪野さんは、怖いってタイプではないですけどね。遠野さんみたいにぴりぴりしてないし、元野さんみたいにどっしりもしてないし」
「それって、褒めてるの?」
「勿論ですよ」
胸を張って言い切る渡瀬さん。
つまりはそれだけ親しみやすいって事なのかな、好意的に考えれば。
「神代さんからはどうなの」
「大物だからね、二人とも」
「小物で悪かったわね」
「いや、そういう意味じゃなくて」
じゃあ、どういう意味なのよ。
しかしここで彼女に当たっても仕方なく、それも好意的に解釈する。
ただ、問題もなくはない。
「前も聞いたけど、二人を悪く言う子は?」
「遠野ちゃんはアンチ派がいるから。元野さんは、今回の件に関しては多少いるわよ」
「どこに」
思わず立ち上がり、スティックを手にして玄関へと向かう。
そこで沙紀ちゃんに両肩を掴まれて引き戻された。
「慌てないで。それにこう言うとなんだけど、そうなるのはもう仕方ないでしょ」
「二人が個人的に争ってるだけなのに?」
「彼女達の存在や影響力を考えれば、どうしてもね。厳しく言えば、その自覚はあるのかって事」
胸に突き刺さる言葉。
不安げな渡瀬さん達の表情。
自分自身の事だけを考えていれば良かった時期はもう遠く、少し寂しい気分になってくる。
だけど沙紀ちゃんの言う通り、それが現実。
私達の置かれている立場なんだろう。
勿論あの二人も、私以上にそれは分かってはいるはずだ。
分かっていながらももつれる感情。気持ち。
私の心も乱れていく。




