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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第33話
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     33-4




 すぐに連絡が入り、二人とも寮へ戻ったと知らされる。

 戻って二人に会いたい気持。

 出来るだけ会うのを先延ばしにしたい気持。

 相反する思いが胸の中で交錯し、心が乱れる。


「帰らないのか」

「え」 

 ショウの声に顔を上げると、みんな帰り支度を終えた後。

 席に座ってぼんやりしてるのは私だけだ。

「今帰る」

 支度と言っても、上着を羽織ってリュックを背負うだけ。

 一応二人の荷物も探したが、そこは律儀に持って帰ったらしい。


 どうにも足が重く、前へと進んでいかない。

 家に帰りたくない、なんて思春期にありがちな事ではなく。

 ただ、そういった子達の心境が今は分かる気もする。

 家庭内の不和。それを目の当たりにする日々。無力な自分。

 自然と家から足が遠のくのも無理は無い。



 やはりすぐに寮へは戻らず、一旦コンビニで時間を潰す。

 ここは女子寮から近いため、寮生の利用も多い。

 もしかすると、何かの情報が得られるとも思ってという理由も込めて。

 二人が仲良くしていたと告げる、ありもしない言葉を聞きたくて。


 店内はいつもより客が多く、特に雑誌のコーナーは人であふれ返っている。

 本が読みたいからというより、時間を潰しているのが見て取れる様子。

 自分もその一人と思うと、少し嫌な気がしてくる。


「あ、雪野さん」

 誰かの言葉に反応し、一斉に振り向く女の子達。

 でもって私を取り囲み、すがるような眼差しを向けてきた。

 最近、やけにこういう場面が多いな。

「遠野さんと元野さん、どうかしたんですか」

「寮の中、すごい空気ですよ」

「いたたまれません」

 私でも寮に帰るのをためらうくらい。

 他の子は、それ以上のプレッシャーを感じたという訳か。

 そして当然ながら、そんな都合の良い話は聞かれなかった。

「言いたい事は分かったけど、私だって何も出来ないし。それに二人で睨みあってる訳じゃないんでしょ」

「多分二人とも用があって、たまに外へ出てくるんです。そのタイミングが変に重なって」

「いたたまれないんです」

 もういいんだって、それは。

 わざとやってるとは思えないが、あまり続けばむきになっているのかも知れない。

 サトミのほうは、特に。

「……分かった。寮に戻るから、みんなには刺激しないよう伝えていて。特にサトミは」

「あ、はい」

「私も、連絡を入れるか」

 どちらか一方では後でもめるため、二人同時に呼び出す。 


 少しの間があり、モトちゃんが。

 次いでサトミが呼び出しに応じる。

「私、ユウ。今から、寮に戻るから」

「分かった」

 素っ気無いモトちゃんの返事。

「だから」

 愛想の欠片も無い返事。 

 一瞬端末を握る手に力がこもり、深呼吸して肩の力を抜く。

「それと二人とも、今日のは良くなかったよ」

「そうね」

「それで?」

 大丈夫、だろう。

 少なくとも、棚を引き倒さないくらいの冷静さはまだ保ってる。

「とにかく、すぐ戻る」

 かろうじてそう答え、端末をポケットにしまう。

 さっきまですがるような眼差しで見ていた女の子達。

 それが今は、怯えたような目で私から距離を置く。

 多分サトミ達がこんな感じなんだろう。

 いや。私程ストレートではなく、もっと鋭く尖っているかも知れない。

「あの二人、怒鳴りあってはしてないよね」

「え、ええ。ただ、顔を合わせようともしませんけど」

「本当、子供じゃないんだからさ」

 とりあえず駄菓子を買って、レジへ向かう。

 私は子供だから良いんだって。




 寮に帰ると、冷たい空気に出迎えられた。 

 コンビニに長い間いたのでそれほど冷えてはいないし、勿論暖房も入っている。

 気温としては寒くない。

 廊下を歩く生徒達はみな陰鬱な表情で、俯き加減。

 途切れ途切れの会話がたまに聞こえては消えていく。

「あの二人、ちょっと度が過ぎるな」

 ケンカをしたのは、この際いい。 

 いや。良くは無いけど、そういう事があってもおかしくはない。

 ただ自分達の存在や影響力を考えればどうなるかくらいは分かるはず。

 この気まずい空気を作ってるのが自分達だと。

 それを承知していながらいがみ合ってるのは、正直面白くない。

「二人は今どこに?」

「部屋にいると」

「呼び出すか」



 やはりどちらか一人というのは揉めるので、私の部屋に二人を呼び出す。

 かなりぐずったが、とりあえず来るには来た。

 モトちゃんは挨拶無しで、ベッドサイドに音を立てて座る。

 サトミに至っては部屋に入いろうともせず、玄関のところで立ったまま。

 頭が痛くなってきそうだな。

「今日の事は、とやかく言わない。誰だって、気分が悪い時もあるから」

 返事も無ければ反応もなし。

 まともに聞いているかも分からない。

 落ち着こう。

 まずは自分が。


「とにかく、寮の中でケンカするのは止めて。他の子に迷惑だから」

「……分かった」

 かろうじて呟くモトちゃん。

 サトミも微かだが頷き、同意をする。

「じゃあ、明日の事。会合はどうするの。今は、ケイが準備をしてるけど」

「出席する」 

 短く答えるモトちゃんと、やはり頷くだけのサトミ。

 約束はしてくれたので、とりあえず大丈夫だとは思う。  


 それにまだ決定的に対立している訳ではないし、あくまでも組織の運営でのトラブル。

 お互いの思想や心情、感情で直接ぶつかり合った訳ではない。 

 十分に修復の余地はあるし、お互い今の状況が決して良くない事は分かっている。

「じゃあ、これで解散。無理に仲良くしろとは言わないけど、変に揉めないでよ」

「はいはい」

「馬鹿らしい」

 捨て台詞を残して部屋を出て行く二人。

 思わずクッションを壁にぶつけ、大声で叫ぶ。


 これは、私が文句を言われるような事なのだろうか。

 本当、何かあった時アルコールに逃げる人の心境が良く分かった。

 とにかく今は叫んで暴れて、何もかも忘れて憂さを晴らしたい。

「あー」

 ひとしきり吼えたけて、気分を発散させる。

 完全にとは言わないが、少しは落ち着いた。

 何より疲れた。

 精神的にも、肉体的にもね。

 そういえば、ご飯もまだか。



 食堂で、お昼の分も取り戻すべく多少重めの物を物色する。

 かつ鍋か。

 今日は寒いし、こういうのが恋しいな。

「かつ鍋を一つ。ご飯少なめで」

 すぐに出てくる料理。

 この場合鍋に具材が入ってるだけなので、後は自分任せ。

 テーブルへ鍋とご飯を運び、固形燃料に火をつけてしばし待つ。


 小鍋の下で揺らめく青い炎。

 それをぼんやり見つめている内に、ようやく気持が落ち着いてきた。

「お鍋ですか」

 ニコニコしながら、私の前に小鍋を置く渡瀬さん。

 匂いからして、土手鍋かな。

「冬は鍋ですよね」

「ん、ああ。そうだね」

 ただの世間話、もしくは挨拶。

 なんとなく相槌を打ち、炎を見つめ続ける。

「寮の空気が悪いけど、何かあったんですか」

「え」

 唐突に核心へ触れる渡瀬さん。

 彼女は固形燃料の位置を箸でずらし、鍋のふたを少しだけずらした。

「みんなピリピリしててて、笑い声もしないし」

「えーと、あれ。サトミとモトちゃんが」

 人差し指と人差し指をぶつけ合い、ケンカをしていると表現する。

 渡瀬さんは「ああ」と呟き、私の鍋に箸を向けた。

「もう、煮えてません?」

「ああ、そうか」 

 ふたを開け、残っていただし汁を掛けて湯気を立ち上らせる。

 顔の周りにかつおのいい風味が漂い、思わず笑みがこぼれてくる。


「食べる?」

「いただきますって言いたいんだけど、私もこれを全部食べられるかどうか」

 彼女の体型は、私よりも少し大きい程度。

 当然食べる量もそれに比例するだろう。

「ちょうどいい人が。石井さん、こっち」

「何、ご飯でもくれるの」

 自分で話を振ってくれる石井さん。

 でもって、すでに小皿とお茶碗を持ってるのはなんなんだ。

「私達、こんなに食べられないので」

「もったいない話ね。それより、なんかピリピリしてるけどどうかしたの」

 カツにかじりつきながら尋ねてくる石井さん。

 どうやら、聞いてもみんな口に出して答えないようだ。

「サトミとモトちゃんが、ちょっと」

「リーダー格が揉めれば、空気も悪くなるか。雪野さん友達なんでしょ」

「とりあえず、寮では大人しくするよう言っておきました。それに、気にしすぎですよ」

「しすぎといっても、面と向かってあの二人に文句を言える子がいるかしら。私でも、さすがに遠慮するわよ」

 がつがつと土手鍋を掻き込んで行く石井さん。

 少なくとも、この場面での遠慮は無いらしい。


「大体あの二人は、旧連合のまとめ役でもあるんでしょ。それで大丈夫なの?」

「私に言われても。多分、仕事はすると思います」

「だといいけど。山下さーん、ごはん」

「さっき食べたばかりじゃないの。雪野さん、あの二人どうにかして」

 どうやら石井さんよりは遠慮の無い山下さん。

 彼女はパスタの乗ったトレイを置き、やや怖い目付きで私を睨んで来た。

「私は私で、注意をして置きました。みんなが過敏すぎるんです」

「あの二人の立場や実績を考えれば、遠慮するのが当然でしょ」

「私には遠慮しないんですか」

「あなたが怒ったら、私だって逃げ出すわ」

 何だ、それ。

 とにかく、私を窓口にするのは止めて欲しいな。

「ここにいたの。あんた、遠野と元野をどうにかしたら」

 直接名前まで出してくる土居さん。

 思わず鍋をひっくり返したくなる衝動に駆られるが、さすがにそこまでの短慮は思いとどまる。

 次のきっかけがあればどうなるかは知らないが。

「注意はしました。それと、私の機嫌も良い訳じゃありません。以上」

「怖いから、怒らないで」

 目を三角にして言わなくてもいいでしょうよ。

「それと、北川が話をしたいって」

「サトミ達の事で?」

「明日の会合の事だから、関係はあるだろ。現段階での責任者も連れてくるようにって」




 女子寮内にある多目的ホール。

 基本的には話し合いを行う会議室で、私にはあまり縁の無い場所。

 つまりはその縁の無い話を聞かされる訳だ。

「私は執行委員会に、一応籍があるの。自警局自警課課長として。それであなた達の付き合いを考慮されて、話を聞いてくるよう言われた。明日は大丈夫?」

「一応二人とも出席するとは確認しています。それと」

「場合によっては、俺が発言を。とりあえずは、押さえ気味に行きますので」

 さすがに真面目な顔で答えるケイと、その隣で頷いている木之本君。

 北川さんはメモを走らせ、それを端末に入力した。

 かなり慎重というか、確実を期すタイプのようだ。


「では、それで報告しておくわ。後これは個人的な意見だけど、あなた達に期待している人達も多い。その事は分かっておいて」

 分かるも分からないも、私に言われても困る。

 文句があるのなら、サトミとモトちゃんを呼び出して説教して欲しい。

「そういう話は、本人にしてもらえますか」

「え」

「え、じゃなくて。本人に」

「怒られたらどうするの」

 この人って、本当に自警課課長。

 生徒会の大幹部か。

「それだけあの二人は畏敬の念を抱かれてるのよ」

 軽くフォローを入れてくる沙紀ちゃん。

 だったら、私にも畏敬の念を抱いて欲しいものだ。


「元野さんはまだ穏やかな印象もあるけど、遠野ちゃんはほら」

「ほらって言われてもね。大体怒られたら怒られたでいいじゃない。私なんか、毎日怒られてるよ」

「良く平気ね」 

 真顔で言われても困るんだけどね。

 というか周りがびくつくからサトミが余計に孤立して、距離を置くんだ。


 怒ろうがどうしようが気にしなければ、あの子も普通の女の子と変わり無い。

 いや。変わりないとまでは言わないまでも、恐れおののくような存在ではない。

「はた迷惑な女どもだ。いっそ、二人とも退学にしてやれ」

 脇腹を一突きして、即効で却下させる。

 冗談を言うにしても、時と場合を考えろっていうの。

「こ、この。俺はまだ怪我が」

「増やしたいの」

「くっ。管理案万歳、規則改正大賛成だ」

 何下らない事を言ってるんだか。

 いや。全く下らない事でも無いか。



 今日のサトミ。

 そして彼女の性格や思考を意識しつつ、質問をしてみる。

「今日の事で、生徒会がサトミかモトちゃんに接触するって可能性は」

「あるさ。だから、そうなる前に光達で探させた。とはいえ完全に接触を絶つのは不可能だから、どうなるかは分からん」

「分からんって。そんな事言っていいの」

「管理案を推進するか、廃案に追い込むか。これは、強制じゃない。嫌なら辞めればいいだけの話だ」 

 冷たくそう言い放つケイ。

 彼の主張は、おそらく間違ってはいないだろう。

 ただそれは理屈の問題で、気持は何も入っていない。

「という訳で、明日も引き続き連合の指揮は頼む」

「それはいいけど。元野さんは出てくるんでしょ」

「冷静な判断が出来るとは思えない。それはサトミも同様。だったら、あの二人が指揮を執るべきじゃない」

 あくまでも冷静、かつ非情。

 だからこそ彼は信頼が出来、また疎まれる。 

 今の私の心情からすれば、後者に傾きがちだが。


「あなたと木之本君は残るんでしょ。それで指揮は執れるんじゃなくて」

「少人数ならともかく、大勢を動かすにはカリスマが必要でね。俺にはそれが無いし、木之本君がやったら胃に穴が空く」

「確かに」

 苦笑気味に認める木之本君。 

 作戦の立案や詳細を詰めるのは、この二人が受け持っているようなもの。 

 ただしそれを遂行する。

 もしくは遂行させるため前面に立つのがモトちゃん。 

 彼女だからこそ人は慕い、付いてくる面も大きい。

「雪野さんでは駄目なの?」

「人気はあるけど、集団を率いるって柄じゃない。上に飾るより、現場で転がした方が使いやすい」

 何だ、転がすって。

 ただ彼の判断は賢明で、自分でも集団を指揮する柄で無いのは分かっている。

 全く出来ないとも思わないが、どっしり構えるのは性に合わない。

 それなら自分一人で突っ込んで行った方が余程気楽だ。

「玲阿君は?」

「悪くないけど、やっぱり上に据えておくのは惜しい。それに、最後の隠し玉は取ってある」

「何、それ」

「俺の兄貴。人が良くて、信頼感を醸し出せて、笑顔を絶やさないタイプ。トップに置いておくにはもってこいで、基本的に真面目。ただ人が良すぎるから、敵にまで情けを掛ける。お飾りにはもってこいだけど、今は必要ない」

 全員を一通り分析し、書類をまとめるケイ。 

  時計を見れば、そろそろ寝るような時間。

 なんか、無駄な事で1日を費やした気もする。

「じゃあ、明日はよろしくお願い。それと」

「俺は大丈夫。そっちは知らない」

「私も大丈夫よ」

 がっと吼えて、全員から見つめられる。

 つまり、こういう事を止めればいいんでしょ。

 私だって分かってるのよ。

 分かってるけど、行動に結びつかないだけなのよ。




 翌日。

 教室で授業の準備をしていると、サトミが後ろの席へと付いた。

 少し間を置きモトちゃんもやってきて、どうするかと思っていたらサトミの隣へと座った。

 昨日の今日なのでこの位置は避けると思っていただけに、やや意外な展開。 

 加えて気まずさが、教室全体に広がっていく。

 しかしモトちゃんは席を変える事はないし、サトミもそのまま。

 沈黙の中、ただ時だけが流れていく。


「今日は寒いな」

 そう呟き、私の隣に座るショウ。

 後ろは一切振り向かず、気配すら消すようにして肩をすぼめて筆記用具を並べていく。

 物理的な事を言えば、彼が前に出れば大抵の状況は収まると思う。

 そういう真似をしないからこそ彼は彼であり、また多くの人からも慕われる。

 ただし、今は少しくらい注意をしてくれても助かりはする。

「おはよう」

 至って明るく教室に入ってくるヒカル。

 でもって一応は隣り合わせで座っている二人を見て、笑顔を浮かべて私に頷く。

 教室内の緊張感とか静けさの意味を、この人はちゃんと把握してるのかな。

「みんな仲良し。人類皆兄弟」

 言ってる事は間違ってない。

 かなりの理想主義であり、現実とは懸け離れているが。

 親友の二人ですら、些細なすれ違いでこうして距離を置いてしまう。

 だったら宗教民族人種が違う同士で、実際どこまで信頼しあえるのだろうか。

 ただシスター・クリスなどはそれを実戦するべく活動してる訳で、彼女の偉大さをこんな所からも理解する。


「おはよう」

 ヒカルよりは抑え気味に挨拶をしてくる木之本君。

 そして今にも火花が散りそうな二人を確認して、私に向かって苦笑した。

「元野さん、今日も会合はあるけど」

「出席するから大丈夫」

「そう。遠野さんは」

「出るわよ」 

 相変わらず素っ気ないサトミ。

 木之本君は私に向かって頼りなく笑い、後ろの席へと付いた。

 本当、胃は大丈夫だろうな。

「おはよう」

 挨拶するが、返事無し。

 ケイはそのまま後ろへと消え、机に伏せて動かなくなった。

 いつもなら真後ろなので話も聞けるが、今は少し距離が遠い。

 何より振り向くと、仏頂面の二人が後ろに控えている。

 私も、胃が痛くなって来そうだな。




 何とも言えない緊張感の中、午前の授業が終わる。

 その分勉強がはかどるというか、集中出来た子もいた様子。

 多少のプレッシャーはあった方が、精神的にはいいのかもしれない。

 物事には何事も功罪の両面があると、今は好意的に考えておこう。


 しかし食堂においても会話はない。

 食器を動かす音と、周囲の喧噪。

 それが逆に、自分達の静けさをより強調させる。

 ただ、それはそれ。

 食べる物は食べるし、遠慮もしない。

 別に私が怒られてる訳ではないし、そんな事を構っていても仕方ない。

 それを気にする繊細な神経を持ってるのは、この中では木之本君くらいだろう。


「大丈夫?」

「ちょっとこれを」

 ポケットからシートを取り出し、そこからカプセルを取り出す木之本君。

 まさか、胃薬じゃないだろうな。

「薬じゃなくて、ビタミン剤だよ。最近疲れ気味だから」

「効き目あるの?」

「実際の効果よりも、飲んだ事への安心感だね」

 やけに醒めた台詞だな。

 それって結局、飲まなくても一緒って意味じゃないのかな。

 だけど何かにすがりたいって彼の気持ちは分からなくもない。



 今日はラウンジへ行かず、そのまま特別教棟へと移動。

 どうも余裕がないというか、全てがタイト。

 大袈裟に言うなら、息が詰まる。

「ん」

 会議室に入った途端、思わず足を止めてしまう。

 昨日とは違い、すでに執行委員会側の生徒が席に付いていた。

 心の準備も出来ないまま席に付き、彼等と対峙する事になる。


「揃ったようなので始めます」

 落ち着く余裕も与えてはくれず、小牧さんが事務的に開始を告げる。

 彼女とすれば、職務を果たしているだけの事。

 ただ今の心境からすると、少し冷たいと思えなくもない。

「昨日の議論を踏まえて、何か意見のある方は。……どうぞ」

「その前に、彼等が意思統一されているか確かめるのが先じゃないのか」

「というご指摘ですが」

 委員長の問いに、手を挙げるモトちゃん。 

 彼女は室内を見渡すと、十分に間を取ってから口を開いた。

「昨日の件について仰ってるのだと思いますが、あれは個人的な事であり今回の議論とは関係無いと判断しています」

「自分達の中で意見もまとめられないで、まともな議論が出来るのか」

「それはお互い様だと思いますが」

「……良いだろう。では、今日の議題だが」

 壁に掛かった大きなモニターに表示される幾つもの議題。

 その中の一行が、赤のレーザーでポイントされる。


「必要と思える、生徒会組織について。生徒会自体が肥大化しているからこそ、余計な誤解を招く。大幅な削減は、我々も検討している。また学校へ権限を返上すれば、それも十分に可能だろう」

 次いで表示される、モデル案。


 学校外局、内局、厚生などは廃止。

 情報、運営企画は縮小。

 基本的には生徒会長と一部の幹部で構成される組織図になっている。


「他校ではこういうケースが大半で、特に問題もないだろう」

 実際モトちゃんは異議を申し立てず、誰も声を上げはしない。

 私も、それに異論はない。

 組織の縮小、人員の削減だけなら。

 後は、残った組織の役割や権限がどうなるかだ。

「ガーディアンも基本的には廃止。学内警備は警備会社に委託する」

 一旦そこで言葉を切る委員長。

 モトちゃんはやはり、口を挟まない。

「SDCについても、以前言った通り生徒会の傘下に置く。独自の行動、権限は一切認めない」

「それについて、SDCはどう回答していますか」

「回答は保留とある。独自の行動を取り止める点については、交渉の余地があるとは聞いている」


 着実に成果を上げている彼等。

 このままではなし崩しに彼等のペースに巻き込まれ、気付けばそれに疑問を抱かないようになってしまう。

 4月からの新入生。

 特に他校からの転入組は、違和感を抱かない者もいるだろう。

 今の草薙高校よりも規律が厳しい学校からの転入者なら。

「何か意見はあるか」

「特には。組織の縮小と権限の返上については、昨日も言いました通り私達も異議はありません。問題は残った組織の性質でしょう現状からして、生徒のために行動するとは思いにくいんですが」

「今は過渡期で、運用に不慣れな面があるのは認める。だがそれは、一過性の問題だ」

 軽く突っぱねる委員長。

 モトちゃんはそれに頷きつつ、端末を顔の前にかざした。

「当たり前のようにお話をしていますが、そろそろ来期の生徒会長選挙です。落選した場合は、仰った通りのスケジュールに進むとも思えませんが」

 その質問に委員長は何も答えず、変わって別な生徒が席を立った。

「あくまでも、我々が執行部に残ると仮定しての話です。無論彼が立候補し、当選するとの前提での」

「落選した場合は、と伺っています。それとも、対立候補が立たないとでも?」

「そうは言ってませんが」

 言葉を濁す男性。

 モトちゃんは視線を強め、改めて端末を顔の前にかざした。



「生徒会長選についての告知も、生徒会の仕事ではないでしょうか。その告知が全くなされていないのはどうしてでしょうか」

「それは」

「私が伺った規定ですと、立候補には執行委員会からの推薦が必要とあります。これはあまりにも現職有利の規定なのですが、どうお考えですか」

「今は組織についての議論であって、会長選とは」

「あなた方が執行部に留まるという前提の根拠をご説明下さい。来期以降も生徒からの支持を得た組織だという証明を」

 言葉を重ねて追求するモトちゃん。

 とうとう男性は口をつぐみ、気まずそうに委員長へ視線を向けた。

 その顔に表れる苛立ち。

 新カリキュラムだけあり優秀ではあるが、感情のコントロールは習得していないようだ。

「お返事がないようなので、今後話し合う議題について改めてまとめてもらえますか。小牧さん」

「ではお配りした資料を読み上げる格好になりますが、再度確認をお願いします」



 彼女が読み上げた内容は、こう。


 ・生徒会及び、それに付随する組織の縮小と人員削減

  それに伴う学校への権限返上と外部への委託

  ガーディアン制度の廃止-警備は警備会社に委託

 ・同時に、委員会制度も見直し

 ・全生徒の、授業への出席義務化・生徒会にも、例外は認めない

 ・他校との連携-相互間での単位取得、一時的な転入生を積極に受け入れる

 ・各規則の見直し-基本的に風紀を糺す方向

  保安部(仮称)、風紀委員会(仮称)が中心となって取り締まる

  生徒会の傘下か別組織にするかは、今後検討

 ・通告制度の導入-規則違反の生徒を、通告するシステム

 ・成績優秀者、規則遵守優秀者に対する顕彰

  同時に、一定水準に満たない成績については補習を積極的に行う

  規則違反については、より処分を厳密にする



 頷ける点もあれば、どう考えても納得出来ない内容もある。

 特に風紀委員や規則違反の部分は、現状においても問題が発生している。

 生徒会に所属するのがエリートであるのと同様、成績優秀者が優遇される仕組み。

 勿論彼等を優遇するだけなら、別に構わない。

 ただそれ以外の生徒と極端に差を付け、差別化を図るのはどうなのだろうか。

 また規則違反についても、生徒が取り締まるという部分が非常に気になる。


 現在学内で起きているトラブルの大半が、これに関係した内容。

 今までが自由すぎたという考えかも知れないけれど、風紀委員会と呼ばれる組織が過剰な取り締まりをしているのも事実。

 木之本君を除いて停学や退学という処分はまだ無いのが、せめてもの救い。

 逆にそれが頻発するようであれば、学内の空気は一変するはず。

 今はまだ、様子見。

 一過性のトラブルと思ってる人も多いだろう。


 だがこれが恒常化すると気付いた時には、すでに私達を縛るシステムは完了している。

 現に堀は埋まりつつあるというのが、私の印象だ。

 本当に大きな問題が発生していないからこそ、何となく全体が流されてはいる。

 私達への支持を増やす意味においては、ある意味大きなトラブルや衝突があった方がいいのかもしれない。

 望みたくもない、自分でも気分の悪い考えではあるが。


「大まかには以上ですね。根本的な問題点もありますが、それについてはどうしますか」

 何気ない口調で問いかける小牧さん。

 しかしそれによって、モトちゃんの表情が一気に固くなる。

「これを言うと執行委員会サイドの立場になってしまうとはいえ、看過すべき事でも無いと思いまして」

「お気になさらずに」

「言うまでもなく、旧連合皆さんの立場です。この会合は規則改正に伴う意見聴取。勿論、その後は規則の修正につながるのでしょう。その意見を現在は、皆さんから聞いています。生徒からの代表と見なして。ただそれが本当に妥当な判断であり、実際に皆さんが生徒達の支持を得ているのか。旧連合としての実力やまとまりは認めますが、一般生徒の代表という面ではどうなのでしょうか」 

 鋭い。とまでは呼べない、予想はされた質問。

 その部分を曖昧にして物事を進めようとしていた私達に取っては、鋭いのかも知れないが。


 モトちゃんは机の上に肘を突き軽く身を乗り出して彼女と視線を合わせた。

「私達の行動が性急であり、支持基盤が脆弱なのは認めます。一般生徒を完全に代表しているとまでは言い難いでしょう。ただ、意見を言わない生徒が大半な以上、その代弁をするくらいは可能だと思っています」

「過去何度か取ったデータでも、元野さんが仰ったようなデータは出ています。旧連合への直接的な支持は低いが、現体制に賛成という訳でもない。ただそうなると、本当に生徒の支持を受けてるのは誰かという話ですが」

 その言葉に顔を歪める委員長。

 小牧さんは構わず言葉を続ける。

「ご自身で認めているように、旧連合はかなり強引な手段で今の地位を確立しこの場に望んでいます。これに対しての弁明なり、主張は?」

「突然の連合解体と、治安の悪化。我々はその点を憂慮し、再度組織を構築しました。目的のために手段が正当化されるとは言いません。批判も承知しています。ただ、現在の学内の状況を看過する事こそ問題だと私達は判断しています」

「そのためになら、何をやっても許されると」

「あらかじめ申しておきますが、我々の行動は旧連合が存続していれば一切規則には抵触していません。現在の規則には反対するという立場を取っている以上、それに縛られないとは言いませんが従えない部分もあります」

「なかなか過激なご意見ですね。さて、肝心の資格についてはどうでしょうか」

 改めて問いかける小牧さん。

 モトちゃんは瞳に力を込めて、彼女を見返した。


「支持を受けているとまでは言いません。ただ、自分達が間違っているとも思ってはいません。その意味においては、資格は備えています」

「なるほど。資格については私が意見すべき事ではないんですが、気になったので」

 小牧さんは休憩を告げ、そのまま部屋を出て行った。

 今の会話だと、正直私達には不利。


 自分達の立場の弱さ、曖昧さを疲れた形。

 またこの会合が規則修正ではなく、意見の聴取に過ぎないとは知らなかった。

 無意味とまでは言わないけれど、現状の改善にどの程度寄与するのか疑問が残る。

 執行委員会からすれば、学内での比重を増してきた私達から意見を聞くという対外的なアピールになる。

 話を聞くだけなら簡単で、少し規則を手直しすれば改善したとも主張出来る。

 その事は当然モトちゃん達も分かっているはず。

 これに意味がある、成果が上がると判断して。

 逆にそうでなければ、この一瞬すら無駄に思えてくる。




 一旦部屋を出て、自販機のコーナーでお茶を飲む。

 特別教棟だけあって、周りは生徒会のメンバーばかり。

 それがどうという事はなく、向こうもただお茶を飲んでいる私の身元を一々気にはしないだろう。

「今日、会合やってるらしいぜ」

「ふーん。話だけ聞いて帰らせるんでしょ。大体、何か不満がある?」

「前よりは厳しいじゃない。まあ、文句を付ける程でもないけどね」

「本当、ご苦労な事だ」

 人ごとのように話ながら、お茶を飲んでいる生徒会のメンバー。


 悪意はない。

 ただ、好意もないし関わろうという空気もない。

 そういう事実もある、というだけで。

「議員が来るのって、いつだった?」

「来週。準備で大変なんだよな」

「少しは自分達で仕事しろって言うの」

「あーあ。早く帰りたい」

 ひとしきり愚痴り、自販機コーナーから立ち去る彼等。

 あれが生徒会の。

 もしかすれば、生徒全体の声だとしたら。


「みんな大変だ」

 のんきな呟き。 

 目の前を通り過ぎ、ゴミ箱へと放られる紙コップ。

 ショウは肩を回し、壁に向かって軽く拳を添えた。

「考え過ぎって気もするけどな」

「何が?」

「何もかもが」

 漠然とした答え。

 ただ私の心には響く、何かの意味がある言葉。

「それに、口であれこれ言ってる内はまだいいだろ。殴り合うよりは」

「まあ、ね」

「人類皆兄弟さ」

 自分で言って自分で笑うショウ。

 実際に世の中はそうでないからこそ。

 だからこそ私達は理想を求め、そこへと向かう。

 たやすくは成し遂げられないと分かっているからこそ、それが大切な事だと分かっているから。


「とにかく、俺達が暇なのは良い事さ」

「サトミ達が揉めてるのはどうなの」

「その内何とかなるんじゃないのか」

 珍しく気楽に言ってのけるショウ。

 私はそこまで楽天的にはなれず、かといって積極的に関わる事も出来ない。

 一言が余計に関係をこじらせるのではないか。

 混乱をさせるのではないか。 

 私も恨まれるのではないかという不安。

 身勝手な、しかし偽らざる気持ち。

 二人に好かれ、何もなかったけれど平穏だった日々に戻りたい。

 私の願いは、ただそれだけだ。



 そんな気持ちを裏切るかのように、床へ紙コップが叩き付けられた。

 中身は入ってないようだが、紙コップは虚しく床を滑り力なく私の足元で止まった。

 それを投げつけたサトミは、空いた手で壁を叩き真正面にいるモトちゃんを睨み付けている。

「間違ってるとは言わない。ただ、理想を追って何が悪いの」

「理想を追うためにも、妥協は必要だと言っただけ。私達の立場が弱い以上、それは必然じゃなくて」

「譲歩を重ねて、何が残るというの。現にこの会合さえ、規則修正からたんなる意見聴取になっている」

「今言ったように、私達の立場では出来る事と出来ない事がある。意見を聞いてもらえるだけでもまだましって考えてもいい」

 サトミはその言葉を遮るように壁を叩き、敵意すら帯びた視線をモトちゃんへと向けた。

「下がって、下がって。その先に何があるの。私はタイムスケジュールも提出したはずよ」

「何もが思い通りに行く訳じゃない。そんなに実行力が欲しいのなら、執行委員会にでも入れば」

 皮肉っぽい口調でそう言い放つモトちゃん。


 ただの冗談。

 多分、誰もがそう思っただろう。 

 思わなかったのは、その言葉を受けた本人か。

 青白い顔を伏せるサトミ。

 垂れ下がる前髪が目元を覆い、その表情は読み取れない。

 影を宿した口元が、微かに歪む事以外は。

「面白いわね、それ」

「冗談で言ってると思う?理想を追うだけじゃ、世の中動いていかないのよ。誰もがあなたほど優秀じゃないし、何でも出来る訳じゃない。出来る事と出来ない事があるって分かってる。無限の可能性、なんて言葉を信じてるの」

「出来る出来ないは、努力次第でしょ。やらない内から諦めてるだけで」

「もう一度言うわよ。誰もが、あなた程優秀じゃない。原子記号を全部覚えていないし、その由来も知らない。世界各国のGDPや政治体制なんで興味もない。古文が何段活用で、どう変化したって気にしない。自分が見ている世界と、みんなが見ている世界は違うって気付いてる?」

「何を今更」 

 凍るような声でそう呟き、私に近付くサトミ。

 足元の紙コップを拾い上げた彼女は一瞬私と視線を交わし、ほんの少しだけ微笑んだ。

 頼りなく、力なく。

 無力さに苛まれた顔で。


「どうやら、私はここにはいない方が良さそうね」

「自分で居場所を無くしてるだけじゃなくて」

「そうして譲って、人にいい顔して。何か楽しい?」

「好きでやってる訳じゃない」

 反発気味に返すモトちゃん。

 サトミはそれ以上追求する事無く、紙コップをゴミ箱へ捨てて背を向けた。

「さよなら」

「逃げる気」

「生徒会に行った方が良いんでしょ。だったら、そうするまでよ」

「それが許されるとでも思ってるの」

「あなたの許可がいるのかしら。まさか、ね」

 背を向けたままの、低い笑い。

 廊下に響く彼女の靴音。

 それが重なり、遠ざかる。

 その姿も消えていく。

「モトちゃん」

「放っておきなさい。世の中、そんな都合良く思った通りになってる訳じゃない。理屈とは別に、人間が構成してるんだから」

「そうだろうけど。ああまで言わなくても」

「言わないと分からないから言っただけ。後を追いたいなら、急いだら」

 冷たく言い放ち、この場を立ち去るモトちゃん。

 サトミとは反対側の方向へと。

 離れ離れに二人は歩いていく。

 私の目の前から遠ざかる。



 悪い夢。

 すぐに目が覚めて、それに笑ってしまう。

 そして学校で、その話をみんなにする。

 そんな事ある訳ないと、みんなが笑う。

 都合の良い夢物語。

 二人は離れ、私の前から去っていった。

 それが現実だ。



 血の気の引いていく感覚。

 ぼんやりとした意識の中、静かな声が側から聞こえてくる。

「木之本君。小牧さんで良いから、連絡。今日の会合は中止。明日の開催は未定」

「了解」

「それと丹下に連絡。旧連合関係者は全員帰宅させるように。数日間、活動中止」

「了解」

 指示を出すケイと、その通りに連絡をする木之本君。

 私はただそれを眺めるだけで、言ってる意味も分からなければ自分が何をすべきかも理解出来ていない。

「ショウはサトミを、それと名雲さんに連絡してモトを探すよう伝えて」

「了解」

「忙しそうだな」

 嫌味な表情を浮かべ、ケイに話しかける委員長。

 すでに会合の再開時間は過ぎていて、中止の連絡を入れるのも遅かったようだ。

「この状況だ。明日は、お前が出てくるんだろうな」

「出ない方が、良いと思うけど。誰か、俺に発言して欲しい人は?」

 委員長の取り巻き。

 そしてなぜか付いてきている矢田君へ視線を向けるケイ。

 彼等は一斉に顔を背け、自分の存在を消すかのように黙りこくった。

「そういう脅しが、いつまでも通用すると思うな。まずは、お前から退学させてやる」

「光栄だね。今の発言は、録音から消してやるよ」

「今の内に、寮の片付けでもしておけ」

「というのが、管理案の本質な訳だ。本当、これを分かっていて賛成する奴の顔が見てみたい」

 やはり顔をそむける取り巻きと矢田局長。



 モトちゃんがどれだけ言葉を並べようと、サトミが資料を提出しようとそれはどこか遠い出来事の話。

 こうして現実を目の当たりにすれば、ケイの言う通り管理案が何なのか。

 もしくは、管理案によって優遇される者がどう振舞うのかが理解出来る。

「選挙も近いし、楽しみだ」

「なんだと」

「執行委員会からの推薦人が必要なんだろ。だけどこれが、集まるんだな。誰もがお前を担ぎたい訳じゃないし、もっと上手い汁を吸いたい奴もいる。放っておいても、向こうから売り込んでるんじゃないのかな」

「貴様」

「じゃ、そういう訳で。希望に沿って、明日は会合に出席するよ。一応は押さえてやってやる。まだ、公開形式じゃないからな」




 学校近くのファミレス。

 空気は一様に重く、私は食事をする気にすらなれない。

 食欲はあるが、食べてる場合ではないという思いが胸を締め付けている。

 会話も無ければ笑い声もなく、周りの喧騒が自分たちを囲むという最近よくある状況。

「……寮に?……ああ、それでいい。……そっちも?……いや、後は任せます。……二人とも、寮に戻った」

 小さいため息を付き、端末をポケットへしまうケイ。

 そのため息が安堵によるものか、やるせなさのせいだろうか。

「こんな事で、本当にいいの?」

「本人達に言ってくれ」

 もっともな事をいい、ハンバーグにかじりつくケイ。

 彼はずっと以前のペースと変わりは無く、その冷静さも欠いてはいない。

 思わずこっちが苛立ってしまう程。

 それが伝わったのか、ケイはナイフとフォークを置いてグラスの水に口を付けた。


「あの二人が勝手に揉めた事で、俺は関係ない」

「そうだけどさ」

「最近お互い角を突き合わせてたし、なるようになったって所だろ」

 人事のような解説。

 そうならないように努力したとか、どうするべきだったという言葉は出てこない。

 それに付いては、私も同罪だが。

「いつもならモトが引いて終わるんだけど、今回はそういう余裕が無かっただけさ。だからサトミが突っ込んできて、モトもそれに突っ込んだ」

「どうして余裕が無いの」

「連合は解体。その後の責任者は自分。戦う相手は生徒会であり、世界でも屈指の大企業である草薙グループ。その背後には各企業、自治体、教育庁。押しつぶされない方がどうかしてる」

 それは今更言われなくても分かっていた事。 

 ただ間違いの無い現実で、彼女が重圧を背負っていたのもまた事実。

 彼女の穏やかな笑顔と物腰に、心配する事も無いと思い込んでしまっただけで。


「私達が原因、なのかな」

「そうかもしれないけど、きついのなら責任を分担すればいいだけの話だ。大体、もっと悪い奴はいる」

「誰」

「元々この組織の責任者。そいつがふがいないから連合が解体されて、俺達も苦しむ羽目になった。そいつさえしっかりしてれば、もっと整った体制で学校とも対峙出来た。それがあっさり首になって、本当使えない……」

 言葉はそこで終わり、ケイの体は椅子から滑り落ちていく。

 いつの間にか彼の背後にいた塩田さんは彼を踏みつけて乗り越え、代わりに席へ付いた。

「お前はそこで飯を食え」

「上等だ。酒だ、酒もってこい」

「飲めないだろ。ただ、この馬鹿の言う事も一理ある。俺が解任されなくても、後任は結局元野。何とかなるだろうと思ってたんだが、組織自体が解体されたんではな。組織をもう一度作って良く分からん連中まで集めて、そこで責任者をやれって言うのは無理があった」

 訥々と反省の弁を述べる塩田さん。

 しかし今言っても仕方が無いし、悔いたからといって二人が戻ってくる訳でもない。


「遠野は」

「裏切りましたよ、あの女は。生徒会に走るつもりです」

「冗談でしょ」

 思わず語気を強めるが、ケイは笑いもしない。

 塩田さんも、木之本君も。

「性格上、あるかもね」

 ポツリと呟くヒカル。

 彼女の性格。

 凝り性で、頑固で、とにかく頑な。

 そして理想主義。

 モトちゃんへの反発から、一時の感情でとっぴな行動をしないとは限らない。

「冗談じゃないわよ。ちょっと会って来る」

「無理だと思うけどな、俺は」

「何が無理なの。無理って、誰が決めたの」

「それは知らんし、やっぱり無理だろ」

 投げやりな台詞や、否定的な態度。

 それは決して彼等だけが放っている訳ではない。


 私の心からも、同じような言葉が聞こえてくる。

 認めたくはない、だけど確実な言葉として。

 私の心を苛み、かき乱す。





 







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