表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第33話
366/596

33-3






     33-3




 医療部に来ると、モトちゃんはまだベッドの上で横になっていた。

 ただ眠っている訳ではなく、少しの笑い声が聞こえてくる。

 一人で笑うほど酔狂ではなく、笑うだけの理由があるんだろう。

 とりあえずスティックを抜き、肩に担いで走り出す。

「何してるの」

 振り下ろしたくなる衝動をかろうじて堪え、それでも正眼に構えて腰を通す。

 名雲さんは慌てて後ずさり、隣のベッドへ座り込んだ。

「ご、誤解だ」

「何も誤解してない。しばらく、床に正座してて」

「ああ?」

「……正座だな」

 素直に正座する名雲さん。

 分かればいいのよ、分かれば。


 大体ここはベッドがあって、他に病人がいないと来てる。

 いざとなれば視界を遮るようにカーテンも引けて、少し冗談ではない空間。

 そこに二人きりでいるとなれば、正座なんて生易しい。

「連絡したの」

「私はして無い」 

 ごく普通に答えるモトちゃん。

 嘘をついても仕方が無いし、またこの程度の事で人を呼ぶタイプでもない。

 すると他に気の利いた人間がいたという訳か。

「誰から聞いたの?」

「匿名だった。アドレスも知らん」

「それで来たの?罠だったらどうしたの」

「ほら」

 上着をめくると、その下には小型の銃が顔を覗かせた。

 抜かりはないという訳か。

 では、誰が彼に知らせたかが疑問として残る。


 ケイはやりそうではあるけど、今回は少し違う気もする。

 自由にアドレスを手に入れられ、かつ名雲さんのアドレスを知っている。 

 そして足も付かないように送信可能。

 何より、モトちゃんを気遣っているのは誰か。

「サトミかしら」

「それ以外はちょと考えられない」

 すぐに意見の一致を見る私達。


 感情は感情。

 その時の気持で流される事はあっても本質的な部分は変わらない。

 変わらないと思いたい。

「元気そうだから、もう帰るね。後は任せて」

「ええ。明日は大丈夫だと思う」

「分かった」


 伝えたい事は無くも無かったが、今は体も心も休ませる方が先。

 余計な負担を与えたくは無いし、揉める要素を自分が作り出すのも気が引けた。

 逃げたという気がしないでも無いが。

「遠野は何してるんだ」

「仕事してますよ、モトちゃんの代わりに」

「あいつはリーダータイプじゃないだろ」

 G棟の正面玄関を通りながら、即座に指摘する名雲さん。


 確かに彼女は、タイプとしては補佐役であり参謀。

 意見を出したりプランを立てる能力は優れているが、それを実行したり人をまとめていくのは少し苦手。

 モトちゃんはリーダーシップに優れ、また意見を出す事も出来る。

 ただサトミ程の鋭さはなく、また同時に仕事を複数こなすのは敵わない。

 お互い足りない部分を補う関係。 

 無論それを意図して彼女達がつながりあっている訳ではないが。

 それなら、どちらの能力も無い私はどうなのかと言う話にもなる。


「木之本君とケイが補佐に付いてますよ」

「木之本はともかく、浦田はどうなんだ。能力ではなくて、人間として」

「それはどうなんでしょうね」

 駄目ですとはさすがに言えないし、ただ問題ないですとも間違っても言えない。

 本当、誰かどうにかしてよ。




 本部に戻ってくると仕事は順調に進んでいる様子で、またさっきのような重さも無い。

 私は開いている席に座り、特にやる事も無いので卓上端末を引き寄せ今後のスケジュールを確認する。

 最後のイベントが卒業式、謝恩会。

 その前に、似たようなプレイベントが少し。

 後は学年末テストが再び。

「……議員団の見学会。ああ、これがあったか」

 そういえば、これと生徒会との会合をぶつけるとか言ってたな。

「生徒会との会合はいつやるの?」

「モトの体調が回復するなら、明日。彼女待ちね、明日については」

「ふーん」 

 人事とまではいかないが、私が出席してもあまり意味は無い。

 言いたい事を言えば紛糾するのは目に見えていて、向こうの意見を聞いても腹が立つ。

 むしろ、こっちが寝込みたいくらいだ。


「ユウも出席するのよ」

「私なんか、役に立たないでしょ」

「あなたも幹部じゃない、この組織の」

「はは、嘘ばっかり」

 思わず笑うが返事無し。 

 大体、幹部って誰と誰を指してるんだ。

 それは名雲さんも思ったらしく、一人ずつ名前を挙げだした。

「代表が元野さんで、補佐が遠野と木之本と浦田。後は?」

「現場指揮はユウとショウ。真田さんが私達の補佐で、御剣君がショウ達のサポートに回ります」

 名雲さんの質問に答えるサトミ。 


 そういえば以前そんな話をしていたが、具体的な活動もしていないので実感が無い。

 何より指揮はいいけど、部下がいない。

 せいぜい御剣君くらいで、後はそれぞれのオフィスが独自に動いているため指示の出しようも無い。

「浦田の兄貴は」

「僕は、ただの雑用係です」

 頬のガーゼを撫でながら笑うヒカル。

 有能ではあるけど、使い方が難しい人だからな。

「まあ、いいさ。おい、なんか外に変なのが来たぞ」

「変?」

「銃を持って、カメラを睨んでる」

 それは大変と言いたいが、誰だかはなんとなく見当が付いた。


 外で待たれると恥ずかしいので、ドアを開けて風間さんを中へと招き入れる。

「ショウ、銃を取り上げて」

「おう」

「お、お前、毎回俺の銃を」

「持ってこないでくれよ、じゃあ」

 風間さんごと銃を持ち上げ、彼をふるい落とすショウ。 

 しかし逆に言えば、毎回どこから手に入れてくるんだ。

「俺は仲間だろ、お前達の」

「F棟隊長は、解任されて無いと聞いていますが」

 サトミの質問には答えず、名雲さんと目を合わせてにやける風間さん。

 どうやら、彼が銃を持っている事を知っているらしい。


「貸せよ」

「お前には貸すなと、みんなから言われてる」

「けちけちするな。人なんて撃たないから」

「絶対に撃つなよ。銃口も向けるな」

 仕方なさそうに、小銃を渡す名雲さん。

 風間さんはグリップを両手で握り、低い声で笑って壁に向かって構えをとった。

「軽くいて良いな。これからは、こういうのを持つ事にしよう」

「もういいだろ」

「細かい男だ。あーあ、日本でも銃解禁にならないかな」

 何を物騒な事を言ってるんだ。

 大体下手なのに、持ってても仕方ないと思うけどな。

 人を撃つ前に、間違いなく自分の足を撃ちそうだし。

「で、何やってるんだ。悪巧みなら、俺も混ぜてくれ」

「そういう事はやっていません。ただ、F棟隊長としてなら幾つか話したい事はあります」

「何でも言え。丹下は固くて小うるさいだろ。俺は自由だぞ」

「意味が分かりませんが、執行委員会への行動制限を実行して下さい」

「いいな、それ。生徒会対レジスタンス。燃えてきたぜ」 

 からからと笑い、端末でサトミが言った通りに伝えていく風間さん。

 それがどういった影響を及ぼすのかは知らないが、彼は喜々として指示を出している。


 箇条書きのリストを読み上げるように告げていくサトミ。

 風間さんが指示を出すペースも変わらない。

 こうなると、どっちもどっちだな。

「それと保安部よりも、自警局。特に、風間さんの指示に従うようガーディアンに徹底を」

「今更って話だ」

「我々の活動拠点が、各ブロックで均等になるようご配慮をお願いします。出来れば、部屋の入れ替えなどを」

「よしよし、どんどん来い」

 軽く請け合い、その指示も出していく風間さん。

 半ばやけになっているようにも見えるが、協力をしてくれているのは間違いない。

「結構ぬるいな。もっと攻めてるかと思ったぜ」

「そういうお考えですか」

「先手必勝。やられる前にやる。特別教棟に殴り込んで、全員拘束。学内の権力を掌握して、そのまま学校と交渉。交渉決裂なら、そのまま東京に乗り込んで教育庁と直談判する」

 かなり荒唐無稽な話を繰り広げる風間さん。

 サトミは聞いていない顔で、机に積まれた書類にペンでチェックを入れている。


「聞けよ」

「そういうやり方も面白いですが、それでは学校のやり方と大差ないので」

「手段を選んでる場合じゃないだろ。やるかやられるかだ。なあ」

「俺に振るな。まあ、面白いけどな」

 苦笑する名雲さん。

 別に面白くはないし、そんな事をやっても意味はないと思う。

「つまらんって顔だな」

「意味無いじゃないですか、そんなの」

「言っただろ、やるかやられるかだって。学校がその気になれば、こっちは簡単に退学だ。それをしないのは、まだ世間体を気にしているからに過ぎん」

「交渉の余地は無いとでも?」

「あったら、お前達の先輩はどうしてこの学校から去っていた」

 突きつけられる事実。

 そして思い出す、彼の履歴。

 中等部を卒業して1年の間は、草薙高校ではなく別な高校に通っていた。

 彼もまた、学校を追われた一人だ。


「改めて伺います。話し合いの余地はないと思いますか」

「無くは無い。ただ、相手にもよる。今の理事連中が、それ程まともな人間とも思えん。しかも本来俺達を守るべき生徒会が、あの様だ。交渉なんて、二の次だろ」

「風間さんの考え方は理解しました。しかし、それは私達の考え方とは違いますので」

 そこで言葉を切るサトミ。

 その先は、どう続いたのか。

 自重するように。

 もしくは、邪魔をするなら風間さん自身をも排除すると。



 少し空気が重くなったところで、再びセキュリティーが来客を告げた。

「石井さんが来てますが」

 半笑いでモニターを指差すケイ。

 風間さんは鼻先で笑い、部屋を見渡し窓を探した。

「逃げるなよ。……どうぞ」

 ケイがドアを開けると、愛想のいい表情を浮かべた石井さんが入ってきた。

 ちなみにバトンを肩へ担ぎ、若干すり足で。

「仕事もしないで遊んでる子は誰かしら」

 なまはげか、この人は。

 でもって、下手ななまはげよりも数段迫力を感じるな。

「俺はもう、F棟隊長じゃない。後はお前に任せた」

「任せて頂くのは構わないんですが、引継ぎもあるんですよ。隊長」

「小うるさいな。もうすぐ卒業だろ」

「そのもうすぐ卒業なのに、隊長を辞めるって言ってる馬鹿は誰よ」

 いきなり振り下ろされるバトン。

 風間さんは肘でそれを受け流し、顔を真っ赤にして石井さんを指差した。

「す、少しは手加減を」

「そんな事言う権利、あなたにある訳」

「あると思いたいね。あーあ。役職だなんだって、面白くない。俺は自由に生きたいんだ」

「じゃあ、鳥にでもなれば」

 風間さんの愚痴を軽く受け流し、バトンを担ぐ石井さん。

 そういえば、彼女も中等部を卒業してから1年間は他校に通っていた。


「質問して良いですか」

「何を」

「中等部を卒業してから他校に通ってたんですよね。それに対して、不満は無いんですか」

「無くも無いけど。その頃、私達がやり過ぎたって面もある。退学するか転校するかって、それとなく言われたのよ」

 ため息混じりに呟く石井さん。

 ただ彼女は、退学という道を選ばなかった。

 一時的にこの学校を離れる事はあっても、また再び戻ってくる道を選んだ。

 それはすなわち、彼女達の学校への思い入れの強さなのでは無いだろうか。

「土居さんも同じなんですか?」

「ええ。退学して他の学校に行った方がすっきりしたんだろうけど。私達も、多少は事情がね」

 その事情がおそらくは、今の状況。

 そして、沙紀ちゃん達の事だろう。


 自分達の短慮だけで行動して、後に残された人達がどうなるのか。 

 一度学校に目を付けられ、それでも戻ってくる事がどれだけ大変なのか。

 多分私が思っている以上に、彼女達は強く大きな存在なんだろう。

「つまらん。理事会も生徒会も潰しちまえ」

 短慮のみで行動したがる人もいるようだが。




 終業時間を迎えたので、荷物を片付け寮へと戻る。

 モトちゃんはすでに帰った後。

 今日は実家に戻っているとの事。

 それでも一応寮にある、彼女の部屋を訪れる。

 私とサトミ、そしてモトちゃんはそれぞれがお互いの合鍵を持っている。

 見られて困るような物は無いし、気にした事も無い。

 勝手に入った入ってないで騒ぐのなら、今のような関係も生まれなかっただろう。


 冷蔵庫の中を見て、処分が必要な生ものや食材は無いと確認。

 落としておく電源も無く、片づけが必要な程散らかってもいない。

「……来てたの」

 なんとなく気まずそうに、部屋へと入ってくるサトミ。

 今日1日の事だけでも、彼女とモトちゃんの間はかなりぎこちないものだった。

 それでもここを訪れずにはいられない。

 私達は、そういう関係なのだから。

「とりあえず、大丈夫みたい」

「そうね。整理整頓もされてる」

 部屋ではなく、私を見ながら答えるサトミ。

 なんか、嫌なプレッシャーを感じるな。


 とはいえ、押されたら押し返す。

 やられっぱなしではいられない。

「私の部屋は、別に散らかっては無いよ」

「整理整頓もされてないでしょ」

「どこが」

「クローゼットの中とか。缶詰、いつ持ち帰るの」

 また古い話というか、そんなの私ですら忘れてた。 

 でも、桃缶は持ち帰ったはずだったけどな。

「さばの水煮が、水着の下にあったわよ」

「水煮だけに、見ずにいて」

「面白いわね」

 笑うどころか、キッチンから包丁を持ってきそうな顔。

 たまには、駄洒落くらい言ってもいいじゃない。

 他の子が同じ事を言ったら、飛び蹴りでも食らわしたいけどね。


「……と、連絡が」

 私だけではなく、サトミも一緒に端末を取り出す。

 画面を見ると、表示されているのはモトちゃんの顔写真。

 つまり、彼女からの着信である。

「……私。そう、サトミもいる。……書類?」

「引出しの二番目。青いノートの下」

 モトちゃんからの連絡は、机の引き出しにしまっておいた書類を確認して欲しいとの事。

 ただし彼女もどこにあったのまでは、把握していなかった。

 サトミは書類の名称を聞いただけでその場所を答え、実際引出しを開けるとその通り見つかった。

「……大体書いてある。……チェックだけでいいのね。……分かった、はい」

 通話を終え、端末をポケットへとしまう。

 サトミにも掛かってきたんだけど、話したのは結局私とモトちゃんだけ。

 この辺りに二人の距離感が現れる。


「で、何の書類なの」

「現在連合に所属する人数の集計と、その報告。明日の会合用ね」

「ふーん」

 書類に目を通し、総計を確認する。

 100人いないが、逆に言えばよくこれだけ残った。

「中等部からの繰り上がりが大半か。当たり前と言えば、当たり前なのかな」

「生徒会ガーディアンズも、一応は生徒会組織。寄付金を払ってまで入学したのなら、生徒会に所属したいと思うのは当然よ」

「なるほどね。本当、知った名前ばかりだな」

 名前を見れば顔が思い浮かぶ人達ばかり。

 中等部からの付き合いで、まさに気心の知れた間柄。

 無論中には疎遠な人もいるけど、人間としては信頼出来る人達ばかり。

 逆に疎遠で信頼出来ない人は、この中には残っていない。

「こっちは?」

「生徒会ガーディアンズや他の組織に移籍した人」

 こちらも知っている名前はあるが、付き合いの無い人達が多い。 


 それは付き合いが無いというより、高等部から所属した人が大半なせいもあるだろう。

 元々生徒会ガーディアンズや生徒会組織に参加希望で、そちらに所属出来なかった人が仕方なく流れてくるケースもあった。

 今回の移籍は審査が若干甘目と聞いているし、彼らにとっては連合の解体もむしろ好都合だったと言える。

「100人いれば、学校も脅威に思う訳か」

「しかも、訓練を受けて武装をした100人。だからこそ、集まった意義もあるわ」

「全校生徒が約20000としたら、20000対100って事もあるのかな」

「無くも無いでしょう。ただその場合は、明らかに私達が間違ってるとしか言いようが無い」

 確かに、それで私達が正しいと主張出来るのなら相当な根拠が必要となる。

 もしくは、勘違いか。

「あーあ、大変だね」

「何が」

「分かんない」

 ふかふかの毛布に潜り込み、そのぬくもりに目を細める。

「サトミは寝ないの」

「寝ないの。それに書類のチェックもしないと」

「大変だね」

 欠伸をして、顔だけ出して目をつむる。

 昼の疲れが残っているのか、とにかく眠くて仕方ない。


「最近さ」

「何」

「最近さ」

 もう返事もしないサトミ。

 私も自分で何を言っているのか分からなくなり、意識が徐々に薄れていく。

 暖かくて柔らかくて、幸せって言うのはいつも身近にあるようだ。

「明日は、どうする」

「何が」

「分かんない」

「寝てなさい」

 言われた通り、寝るとしよう。




 目が覚めると朝になっていた。

 サトミの姿はすでに無く、モトちゃんも帰ってきては無いようだ。

「ご飯食べよう」

 冷凍されたご飯をレンジに入れ、その間に卵を焼く。

 みそ汁の出しを取って、ネギを刻んで、味噌を溶いて。

 海苔と漬け物と。

「いただきます」

 手早く食事を済ませ、食器を洗う。 

 後は布団と毛布を直して、セキュリティを確認する。

「良し、大丈夫。……、モトちゃん?いや、部屋で寝た。……何もないね。……分かった。……うん、待ってる」

 端末をしまい、忘れ物がないか確認して部屋を出る。

 外から、改めてセキュリティを確認。

 今度は自分の部屋に戻って、着替えを済ます。 

 ジョギングが出来なかったので、この分は午後のトレーニングで負荷を掛けよう。


 普段と何の変わりもない朝。

 起きたのとご飯を食べたのが、モトちゃんの部屋というだけ。

 それ自体は普段からもある、大して珍しくはない事。

 そう。私にとっての日常だ。

「おはようございます」

 さながら芸能人の出待ちのように、寮の前に並んでいる女の子達。

 ただこの光景にももう慣れて、少しは役に立つのならせいぜい利用してくれればいい。


 彼女達と一緒に正門をくぐり、教室へと向かう。

「おはよう」

 珍しく、私より早く登校しているモトちゃん。

 実家は学校からやや遠いので、少し早めに出てきたんだろう。

「書類は、サトミが持ってる。体調は?」

「良く寝たから大丈夫。ただの寝不足よ」

「そう」

 いつもと変わらない穏やかな笑顔に安堵感を覚え、胸をなで下ろす。

 疲労や寝不足といっても、そこで無理を重ねれば余計に体調を崩してしまう。

 そう考えると、少し彼女に負担が掛かりすぎているんだろうか。

「おはよう」

 静かに挨拶をして、昨日の書類を手渡すサトミ。 

 モトちゃんはそれに軽く目を通し、リュックへとしまった。

「今日は会合があるから、よろしく」

「ええ。でも発言は任せるわよ」

「意見を出してくれればいい」

 満足げに頷くモトちゃん。

 参謀にサトミが付いていれば、これほど心強い物はない。

 またサトミにすれば自分が前に出るよりも、後ろでサポートする方が安心でありまた能力を発揮出来るだろう。

「会合っていつなの」

「昼休み後。授業はパスして参加する事になるわ」

 筆記用具を並べながら説明するサトミ。

 授業を休んでまで行われるという事は、単なる顔合わせ程度では無いという訳か。

「議員が来るのは?」

「今週中。それは多少規模が大きくなるけど、公開はしない。学校側も、不測の事態は避けたいだろうから」

「不測って、生徒が騒ぐって事?つまりは、今の学校がそういう状態って事なんでしょ。それを隠すなんて、どうなのよ」

「そうやって騒ぐ人がいるから、公開はしないの」

 なだめるように説明してくるサトミ。

 なるほど、良く分かったよ。




 そして昼休み。

 会合があるのなら、腹ごしらえも必要だ。

 とはいえあまり重くてもなんなので、軽めにおそばでも食べるかな。

 とりあえず天ぷらそばだけ頼み、席に付く。

「ちょっと」

 目の前に置かれる天丼と天ぷらそばと、フライドチキン。

 揚げ物ばかりで、かつ重いと来た。

「これは却下。サラダ頼んできて」

「ああ?」

「じゃあ、これも却下する?」

「覚えとけよ」

 刺すような目付きで私を睨み、それでもカウンターへ戻っていくショウ。

 天丼は、まだオーダーをしていないケイの分にする。

「はは、一食浮いた」

「お金払うのよ」

 しっかりお金は回収して、ポケットにしまう。

 別に着服する訳ではなく、これはこれでショウの食費へ消えるだけ。

 これからは、こうして還元した方がいいかもしれない。

「それ、何」

「敵にカツで、カツカレー」

 真顔で答えてくるヒカル。

 別に間違った事は言ってないけど、それ程正しいとも思えない。

「敵なの?」

「ビフテキでも良いよ」

 もういいよ。



 食事を済ませ、ラウンジで一服。

 私は気を静めるため、ハーブティ。

 チーズケーキを丸ごと食べてる人は、この際見ない事にする。

「参加するのは誰だった?」

「旧連合としては、私達。塩田さんも後から来るわ。相手は、執行委員会。これは、いつものメンバーね。それと、中川さん達」

「学校の職員は」

「何名か参加する。ただ、理事は来ない。今日に関しては」

 その先、つまり議員が見学に来る頃に来るという訳か。

「……呼び出しが来た」

 端末をかざすモトちゃん。 

 それに緊張する事もなく、淡々とコップや皿を片付ける。

 私が発言する訳でもなく、せいぜい万が一のために控えていれば良いだけ。

 至って気楽というか、責任がない分緊張のしようもない。



 そんな気分のまま、特別教棟へとやってくる。

 普段は滅多に来る事のない、総務局のブース。

 受付を通り過ぎて奥へと進み、広い会議室へと通される。 

 距離を置いて正面を向き合う長方形の机。 

 そこに、両陣営が位置に付くんだろう。

「初めに確認する。発言は、基本的に私。捕捉としてサトミと木之本君。そしてケイ君。意見がある場合は、自由に発言して構わない」

 特に異議はなく、第一何を話して良いかも分からない。

 モトちゃんが中央に座り、その左右にサトミと木之本君。

 木之本君の隣にケイ君で、サトミの隣にヒカル。

 私とショウは、ヒカルの隣へと腰を下ろす。

「一番乗りって所?」

「それもあるけど。ここは生徒会だから、向こうは急ぐ理由がないのよ」

「なるほどね。カメラで見られてるんじゃないの」

「例えば」

 どこから持ってきたのか、指先程度のゴム弾を手の中で転がすショウ。

 彼は軽く室内を見渡し、右側の壁に向かってそれを投げつけた。

 壁から一瞬火花が走ったようにも見え、突然何人かの生徒が駆け込んできた。

「何か」

 しれっとして尋ねるショウ。

 彼等はぎょっとした顔で首を振り、慌てて外へ出て行った。

 そうしている内に、席が埋まり出す。

 座っていくのは、見覚えのある顔ばかり。

 出来ればあまり会いたくは無い、とも付け加えたくなる。

「そろそろ開始します。途中退席は基本的に認めませんから、そのつもりで」

 マイクでそう告げたのは、小牧さん。

 やはり今日も、彼女が司会か。

「では、誓約書の提出をお願いします」

 席を立ち、彼女の元へと向かうモトちゃん。

 反対側の席からも、一人の男性が立ち上がる。

「誓約書って何」

「これからの発言に責任を持つという事。心配しなくても、署名したのはモトだけだから」

「その方が問題じゃないの」

 サトミの答えにそう返し、戻ってくるモトちゃんを見つめる。

 気負いのようなものは感じられないが、それ程リラックスしている訳でもない。 

 これからの発言一つ一つが記録として残り、これからの学校の行く末を左右する。

 責任。

 やはり、この言葉が脳裏をよぎる。



「……ほぼ揃ったようですね。では、第1回規則改正案に関する討議を始めます。司会は私、小牧が担当します。事前に注意しておく点は、特にありません.あくまでも常識的な範囲で議論を進めて下さい。それとこれは話し合いであって、相手を打ち負かすのが目的ではありません。双方その点に留意してお願いします」

 彼女が話し終わっても別段拍手は起きず、ただ静けさが訪れるだけ。

 どちらも分かっている。

 彼女はああ言ったが、結局ここは相手を論破する場。

 特に私達にとっては、ようやく相手と対等に議論出来る立場にまでなった。

 執行委員会は、自分達が開かれた組織だと言うスタンスを示しているんだと思う。


 また、ここでの議論が大した影響は及ぼさないと。

 実際すべての権力は相手側に集中していて、こちらはただ意見を述べる事くらいしか出来はしない。

 だけど私達なりに努力は積み重ね、現状のままではよくないと思う生徒も現れている。

 ここでの敗北は彼らにとって大した事ではないだろうが、私達にとっては致命的。

 失敗は許されないし、だからこそ意義もあるんだと思う。

 その責任が、モトちゃん一人に掛かってるのは少し気になるが。



「……代表者から、ご意見をどうぞ。将来的にこの学校をどうしていきたいのか、その辺りのビジョンもお聞かせ下さい。それでは、執行委員会側から」

「執行委員会委員長、鈴木だ。われわれの立場や意見は今更言うまでもないが、統率の取れた学校運営。規則の厳格化や取締りの強化も、その一環だ。やりすぎている面や至らない部分はあるが、これは運用初期段階の不手際と思ってもらいたい。また何かを強制するつもりは無いし、今後もそういう計画は無い」

「今後のビジョンに付いて、もう少し明確にお願い出来ますか」

「基本としては、現状通り。生徒へ過剰に集中している権力や義務、仕事について学校へ返還。勉強、もしくはクラブ活動へより集中出来る環境を整える。授業中に生徒会活動を行うのは廃止の方向で検討している。それに伴い、組織も縮小。現在の1/10程度を考えている」

 途中はともかく、最後の方は初めて聞いた。

 この辺の考え方は悪くは無く、ただ生徒会の人数が減るのはエリートがより厳選される事につながる。

 どんな権限を返還し、また残すのかも不明。 

 聞こえはいいが、引っかかる部分も多い。


「ありがとうございます。では、旧連合のご意見を」

「元野智美と申します。権限の返還、授業への出席に付いては私達も同意見です」

「それでは、立場としてこれは譲れないと言う点を」

「やはり、生徒の自治でしょう。今のお話でこの言葉が聞かれなかったのは、非常に残念です」

 具体的な事は言わないモトちゃん。

 しかしこの「生徒の自治」という言葉は、一部の生徒には絶対的な支持をされると思う。

 実際に「自治」が何を指しているのかは分かって無くても、自治は貫くべきという意見を持つ子は多い。

 その辺を思ったのか、小牧さんが「自治」に付いて質問をする。

「自由、とは違うんですよね」

「ええ。教育、設備管理や運営、対外的な交渉。こういった部分は学校が行うべきで、私達も意義はありません。ただ一般的な生活に付いては、生徒に任せて頂きます。服装、休憩や放課後の過ごし方。クラブ活動や一般的な生徒会の活動。これらについて、学校の助言は参考にします。ただ活動自体は、生徒が主体的に行動し決定をします」

「そういう事ですが、意見は」

「別段意義は無い。ただ、目に余る生徒がいるのもまた事実だ。それについては、十分にチェックをしていく必要がある」

 チェックか。

 指導とか監督とは言わないくらいの冷静さはあるようだ。


 今までは冷静さを欠く場面ばかり見てきたので、こういう姿は意外。

 また、正直やりにくい相手でもある。

「お互いのスタンスについてはもう少し話し合うとして。学校から、何かご意見はありますか」

「まずは双方が議論を尽くす事。これもまた生徒の自治で、我々は干渉しません.あくまでも、アドバイザーと思って下さい」

 穏やかに話す、年配の職員。 

 とはいえ同じ部屋にいて、干渉するしないもない。

「参考までに、学校としてはどういった状況が望ましいでしょうか」

「やはり生徒は勉強を第1にすべきで、次にクラブ活動に励んでもらいたいです。過剰な負担に付いては、学校が受け持つか外部に委託するべきですね」

「後者については、みなさん共通した認識のようですね」

 なんとなく話をまとめる小牧さん。

 確かに共通はしているが、何をどの程度まで譲るかという話。

 建物の管理などは確かに学校へ任せたほうがいい。

 アルバイトの斡旋なども。

 そう考えると、自分の中にも管理案に賛成出来る要素はある。

 あくまでも、要素に過ぎないが。


「具体的にこの局は廃止、もしくは規模を縮小するべきだというのは」

「予算編成局だろう」

 すぐに名前を挙げる委員長。

 同席している中川さんは表情一つ変えず、目の前の机を見つめている。

「予算を生徒が組む点は譲れないが、資金調達は生徒が行う必要も無い。それが不正の温床にも繋がりかねない」

「現在生徒会と予算編成局は別組織となっていますが」

「チェック機関としての役割を保つためにも、一定の距離を置くのは必要だろう。ただ、もう少し生徒会の意見が反映されても問題は無い」

 勝ち誇ったように語る委員長。 

 そこまで大見得を切る場面でも無いと思うが、本人が気持ちよく喋っているのだから私には関係ない。


「というご意見ですが、中川さん」

「意義は無いわ。権限が集中し過ぎしているのは認めるから。ただし、私は別組織である点は譲れない。生徒会の暴走を止める意味においても」

「分かりました。これに関して、元野さんは」

「中川さんと同意見です」

 協調という事ではないと思うが、彼女の考え方としてはそうくるだろう。

 この中では唯一に近い仲間ではあるが、彼女は3年生。

 後2ヶ月で卒業をしてしまう。

 つまり、どれだけ頼りたくても頼れないし、彼女達も力にはなれない。

「学校として、予算編成が別組織なのはどうお考えでしょうか」

「権力の集中を防ぐ意味では、むしろ都合が良いとは思います。ただ、その組織があらたな権力構造とならなければの話ですが。また生徒が扱うにしては額が多すぎるので、もう少し学校もしくは自治体の関与を望みたいですね」

「やはり、意見は重なってきますね。規模や権限はどうあれ、別組織であるべきであるという部分においては統一した見解ですね」


 小牧さんの指摘通り、そう考えていくと意見が一致する部分は多い。

 ただ譲れない部分もあるからこそ、私達は対立しお互いを敵視する。

 今はこうして話し合いをして、またそれで済めば良いと私も思う。

 しかし今までの経緯や彼等のやり方を考える限り、それは甘い望みだろう。


「一つ良いかな」

「どうぞ」

 鳥の卵を見つけた蛇が、ちょうどこんな顔だろうか。

 委員長はモトちゃんに視線を向け、机においてあった書類を顔の前へとかざした。

「匿名の意見書だ。だからといって、捏造したものではない。誰が書いたかも、すでに見当が付いている」

 もって回った言い方。

 しかしその時点で、サトミの顔色が変わる。

「送られてきたのは今朝。その決定がされたのは昨日。内容は、旧連合に所属する構成員に対しての手当ての減額。これは生徒会組織で働く場合の最低賃金を超えているのではという事だった」

「私達は生徒会組織ではないため、最低賃金の規則には抵触しません。クラブ生に手当てが支払われないのと同様です」

「それは俺も分かってる。ここにいる全員も理解してるだろう。だが、これを送ってきた人間は理解していない。それが、君達の集めている人間の実態だ。理念、理想、目標。そんな事は関係ない。仕事に見合った支払い、金、立場、地位。それを求めてるんだよ」

 声を張り上げ言い連ねる委員長。 


 悔しいが、彼の言う事は今回に関しては正しいといえる。

 昨日怒鳴り込んできた子とは思えないが、つまり不特定の誰か。

 誰でもあって、誰でもない。

 連合内に、そういった考え方を持つ人がいる事の現われだ。

「組織もまとめられないで、我々に意見というのもどうかとは思うが。まあ、それはこの際関係ないか」

「手当てについては一考すると、その送り主の方にご連絡下さい」

「反対よ」 

 モトちゃんの答えへ、即座に異議を申し出るサトミ。

 二人は一瞬激しく睨み合い、席を立ってお互いの距離を詰め合った。

「昨日言ったわよね。私に全てを一任すると。念も押したわよ」

「常識の範囲内で行動すると考えたからよ。手当てを削減すれば反発が起きるのは当たり前でしょ」

「理念とお金とどっちが大事なの」

「比べるものじゃない」 

 力強い口調で跳ね除けるモトちゃん。


 しかしサトミがそれで納得する訳も無く、切れ長の瞳に鋭さを湛えてさらに詰め寄った。

「そんな話は聞いて無いわ。大体現在の活動で、個人的に資金を使う必要は無いはずよ。つまり、手当てはあくまでも慰労としての意味合いでしょ」

「だからこそ、一定額は支払うべきなの。学校や執行委員会からのプレッシャー。それに耐えうる人間が、どれだけいると思う?」

「耐えられないなら辞める。それだけでしょ」

 一言で切って捨てるサトミ。

 モトちゃんは小さくため息を付き、間を置いて口を開いた。


「誰もがあなた程強い訳じゃない。協調という事も考えて」

「馴れ合い、の間違いじゃなくて」

「今のは聞かなかった事にする」

 語気を強め、机を手で叩くモトちゃん。

 その音が会議室に響き、今度は耳が痛くなる程の静寂が訪れる。

「もういいわ」

 顔を背け、書類をまき散らしてドアへと向かうサトミ。

 誰も彼女を追う事は出来ず、長い髪がその背中でなびくだけ。 

 サトミは一度も振り返る事無く、1人会議室を出て行った。

「馬鹿じゃない」

 サトミが散らかした書類をまとめていたモトちゃんはそう呟くと、自分も書類を床に叩き付けた。

「ちょっと」

「もういい。知らない」

 もう一度机を叩き、やはり部屋を出て行くモトちゃん。

 こちらはただ呆然とするだけで、何が起こったのかすら理解出来ない。

 演技。

 何かの策略。

 それにしてはあまりも雑で、場当たり的な行動。

 あり得ない事に、全く意識が付いていかない。



「何がやりたいんだ、一体」

 席を立ち、小馬鹿にした顔でこちらを眺める委員長。

 反論のしようもなく、散らかった書類を拾い集めるくらいしか出来はしない。

 こうなる兆候は確かにあったが、ここで表面化するとは思わなかった。

 そのくらいの思慮は当然持ち合わせているし、仲間割れしている場合でないくらいは分かってるはず。

「今日は、これで会合を終わりたいんですが」

 唐突に、ただ妥当な提案をするケイ。

 小牧さんは微かに頷き、それを改めて全員に告げた。

「しかし、こういう事ばかりでは話し合いどころじゃない。次回も一応会合は行うが、これが続くようなら継続するのは難しいな」

「あの二人がいなくても、会合は出来る。場合によっては、二人とも排除する」

「……良いだろう」

 敵意剥き出しでケイを睨む委員長。

 先程の冷静さは一気に崩れ、本性とでも言うべき怒りが吹き出てくる。

 彼にとっては執行委員長としての立場や自分の職務より、ケイと対峙する事の方が何にも増して優先されるのかも知れない。

「その場合は、俺が代表を代行する」

「早ければ、明日からか。せいぜい、首を洗ってろ」

「お互いにな」

 小声で呟くケイ。

 声は聞こえていなかったはずだが、委員長は血走った目で彼を睨み付け取り巻きを連れて部屋を出て行った。


「ヒカルは、すぐにサトミを探して。木之本君、名雲さんへ連絡。モトを探すようにと」

「僕が行っても、何の役にも立たないけどね」

「短慮を起こさないようにだ」

 彼を追い払うように手を振るケイ。

 ヒカルはだるそうにため息を付き、それでも小走りで部屋を出て行った。

「名雲さんと連絡が取れた。すぐ探してくれるって」

「孤立するが、一番危ない。コンタクトを取ってくる奴もいるだろうし、ストレートに襲ってくる馬鹿も出る」

「じゃあ、私も探す」

「どっちを」

「どっちをって、それは」

 答えようとして、だけど言葉は出てこない。


 ヒカルはサトミの彼氏。

 名雲さんは、モトちゃんの彼氏。

 私にとって、二人は親友。

 優劣や感情の大小などはない。

 どちらも私にとっては等しい存在で、選べと言われても選べない。


「そういう事。木之本君、丹下に連絡。旧連合の指揮権を一時的に委譲する」

「了解」

「ショウはサトミを探して。それと、御剣君に、モトちゃんを捜すよう伝えて」

 矢継ぎ早に指示を出していくケイ。

 私はそれをただ眺めるだけで、自分は何もしない。

 出来ない。

 出来る事がない。

「木之本君、データは全部頭に入ってる?」

「書類を見るか、端末で確認すれば思い出すくらいには」

「じゃあ、明日は任せる。一応俺が発言するけど、抑え気味に行くからよろしく」

 何気ない。ただ、少し意外な発言。

 彼の事だからもっと自由というか、相手を挑発する格好で攻めるのだと思っていた。

 だが今の言葉を聞く限り、度を過ぎた事はやらない様子。

 つまり、モトちゃんのやり方をなぞるつもりか。

「意外とそつがないのね」

 笑い気味に声を掛けてくる小牧さん。

 ケイは足元に落ちている書類を拾い上げ、その位置から彼女を見上げた。

「こういう事も出来る」

「蹴り殺すわよ」

「怖い女だ。冗談くらい言わせてくれ」

 何が冗談かは知らないし、なんなら私が蹴り殺してもいい。

 というかさっきの今で、よくこんな事が言えるな。

「あの二人は仲が良いと思ってたんだけど。ケンカしてるの?」

「知らんよ。おかげでこっちは良い迷惑だ」

 その言葉に思わず机を叩き、唸り声を上げる。

 今回に限っては、あの二人が悪いのは分かっている。

 分かってはいても、二人を悪く言うのは我慢が出来ない。


「お、怒ってるの?」

「誰が」

「気のせいだったみたい」

 乾いた笑い声を上げる小牧さん。

 冗談ですと言う余裕はなく、何かあれば今すぐにでもそこに狙いを定めたい。

「一応忠告。今はサトミ。……遠野さんにも元野さんにも、雪野さんにも手を出さない方が良い。絶対に痛い目に遭う」

「こういうところを突くのはセオリーじゃなくて」

「セオリーさ。で、木之本君はどうなると思う?」

「本人もそうだし、今周りに付いてる人達がね。多分、死なないとは思う」

 死ななければ、どうなるのかは語らない木之本君。

 ちなみに、今私に余計な事を言ってきたらどうなるか。

 勿論、死にはしない。

 ただ、死んだ方がましになるのは確かだろう。

「そういう訳だから、傭兵の知り合いがいたらその手の依頼は受けないように教えてやった方が良い」

「親切で言ってるの、それは」

「トラブルを増やしたくないだけだよ。どうしてもというのなら止めはしない。ただ、場合によっては俺もそれなりの対応はさせてもらう」

 机の上に置かれるライター。

 一見すれば、ただのライター。

 スイッチを入れれば、炎が天井にまで届くようにするのも可能。

 また彼は、それをためらわない。

「話は分かった。私もあなた達を敵に回す気はないし、この学校も気に入ってる」

 笑顔でそう答える小牧さん。

 明るく、親しみやすい、信頼の置ける。

 信じたい、という私の願望かもしれないが。




 信じたい、か。

 今でも信じているし、ずっと信じていた。

 信じるという言葉すら意味がない程に分かり合っていた。

 そのつもりだった。

 でも実際はどうだったのか。

 今は少し、不安に思う。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ