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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第33話
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33-2






     33-2




 翌日。

 道路の雪はかなり減り、北側の屋根や道路に少し残っている程度。

 それでもあちこちは凍り付いていて、慎重に歩いた方が良さそうだ。

「優、送ろうか」

 車のキーを振りながら話しかけてくるお父さん。

 それに頷き、時計を確認してもう一杯紅茶を飲む。

 送ってくれるのなら、まだゆっくりしてても良さそうだ。

「余裕じゃない、あなた」

「車なら、バスより速いしね」

「甘やかしすぎじゃないの」

「そうかな」

 小首を傾げるお父さん。

 お母さんは怖い顔をして私とお父さんを睨み、空になった食器を片付けた。

 私は砂糖を少し多めに入れて、のんびり紅茶を口に運ぶ。

「デザート無いの」

「ありません。早く学校に行きなさい」



 助手席で、きゃーきゃー騒ぐ子が一人。

 いや。少なくとも、子ではないか。

「結構近いわね、学校も」

 遠くに見え始めた教棟を指さしながら笑うお母さん。 

 別に何もおかしくないし、どうして付いてきたのかも分からない。

「車で送り迎えは大丈夫なの?」

「あまり良くはないけどね。天気が悪い時は黙認されてる。お嬢様なら、毎日車で送り迎えされてるかもね」

 なんて言ってると、後ろからものすごい車がやってきた。 

 黒塗りの、国産だがいかにも高級といったフロントグリル。

 追突されても、多分向こうは揺れた程度にしか感じないだろう。


「うわ」

 思わず声を出し、シートに伏せる。

 後部座席に見えた女性一人。

 品のある、ありすぎる顔。

 間違いないお嬢様が、後ろにいた。

「何してるの」

「いない、私はここにいない。正門を通りすぎて」

「意味が分からないし、もう着いたわよ」

 そう言えば、さっきから全然揺れてなかったな。

 仕方ないので車を降り、コートを羽織ってリュックを手に提げる。

「あら、おはようございます」

 上品な、甲高い声。

 丁寧に下げられる頭。

 愛想の良い、しかし何か含みのある笑顔。

 もしくは、私がそう思い込んでいるだけか。


 矢加部さんはお父さん達にも挨拶をして、世間話を始めた。

 私は話たい事もないし、話す程親しくもない。

 なんて思っていると、すらりとしたシルエットが近付いてきた。

「おはようございます」

 矢加部さんより落ち着いた、ただ多少険のある声。

 振り向くと、彼女の執事とか言う女性が立っていた。

 長身かつ美形なので圧倒されるが、そこはそれ。

 長身にも美形も常識外れの知り合いがいるので、すぐに慣れる。

「ご両親ですか」

「まあね。送ってくれるって言うから。お母さんは、どうして付いてきたのか知らないけど」

「仲がよろしいんですね」

「いいよ」

 素直に答え、にこりと笑う。

 否定する事でもないし、照れる事でもない。

「いつも、楽しそうですね」

「そう?」

 どうも、脳天気に見られる傾向があるな。



 勿論楽しい時もあるけれど、いつもという訳でもない。

 たまには落ち込むし、気だって滅入る。

 それを引きずり、立ち直れない時もある。

 ただ、それはそれ。

 いつまでも沈み込んではいないし、悩んでばかりもいられない。


「美帆様が最近何をしてらっしゃるかご存じですか」

「全然」

 そんな会話もないし、会話自体が存在しない。

「とりあえず、出来るだけお金をご用意下さい」

「何か買うの」

「そうお考えになって結構です。車を買うというレベルではないので念のため」 

 この時点で、すでに私の許容範囲を超えている。

 しかも冗談で言っている訳でもなさそうだし、また意味がない事でもないだろう。

「お金なんてこっちが欲しいくらいなんだけど」

「最悪矢加部家でもご融資を致しますが、出来れば皆さんでご用意下さい」

「だから、お金はないんだって。大体、何買うの」

「いずれ分かります」

 またこれか。

 誰が流行らしてるんだ、この手の言葉を。




 お金か。

 教室で席に付き、財布の中をひっくり返す。

 クーポン券、商品券、福引き券。

 レシート、ソーイングセット。

 小銭、IDカード。

「全然無い」

「何してるの」

 机に並べた財布の中身を眺めるサトミ。

 多分彼女の財布とは、かなり構成が違うだろう。

「さっき矢加部さんの執事さんと会ってね。お金を用意しろって言われた」

「お金。……車程度って訳ではないわよね」

 まるで会話を聞いていたような発言。

 どうやら、何のためにお金を使うかは分かっているようだ。


「何買うの」

「買うというか、借りるんだと思う。前言ってたでしょ。草薙高校の東側は草薙グループの土地ではないって」

「ああ、その話。……って、買える訳ないじゃない」

 山奥のへんぴな土地でも、これだけの規模を買うとなれば相当のお金がいるはず。

 そしてここは、名古屋。

 しかも都心から近い、まとまった土地。

 金額は、おしてしるべしだ。

「買うのはともかく、借地代なら捻出出来る可能性もあるわよ」

「でも、車を買うレベルじゃないんでしょ」

「間違いない」

 断言された。

 とりあえず、私の私財を供出するのは止めにしよう。

「それより、バレンタインディなんだけど。買い物行く?」

「いいけど。カカオからも作るわよ」

 朗らかに笑いながら告げるサトミ。

 笑い事なのかな、それは。



 カカオについて検索してると、ふと体に影が差した。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

 ショウが来たので、一応口をつぐむ。 

 話して困る事は無いし今更隠す必要も無いけど、そこは一応女の子として。

「おはよう」

 すこし眠そうに現れ、席に着くやそのまま伏せるモトちゃん。

 昨日は屋上でずっと頑張っていたので、その疲れが出ているようだ。

「大丈夫?」

「多分」

 素っ気無く返って来る返事。

 休んでるし、あまり邪魔をしても悪いか。


 その後に入ってくる、陰気な影。

「おはよう」

 挨拶するも返事なし。 

 ケイは黙って席に着き、やはりそのまま机に伏せた。

「大丈夫?」

 何かを言う前に、肩を揉む。

 正確には、鎖骨のくぼみに指を持っていく。

「うわっ」

 あまり朝からは聞けない絶叫を上げて飛び上がるケイ。

 痛みは薄いが、かなりの刺激を感じたようだ。

「この雪だるまが」

 なかなかタイムリーな事を言ってくるな。

 でもって、私の怒りを増大させたな。


 今度はスティックを抜きながら、尋問へと入る。

「昨日、学校に来なかったでしょ」

「大雪で、寮を出られなかった」

「ショウも木之本君も来てたわよ」

「おかしいな。男子寮の周りは降らなかったのかな」

 妙に棘のある口調。

 でもって、くすくすと笑う木之本君。

「寮でも雪は降るでしょ。すぐ側なんだから」

「誰か、この子に教えてやってくれ。俺の偉大さを。素晴らしさを」

 とりあえず脇腹をスティックで突き、馬鹿げた台詞を止めさせる。

 彼がヒーローなら、この世は暗黒に覆われたと言っても過言ではない。

「雪野さん。寮でも雪かきはしてたんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「おい、言う事はそれだけか」

 細い目を鋭くさせて、脇腹を押さえながら睨み付けてくるケイ。

 他に、何か言う事ってあったかな。

「僕は、大学でやってたよ。あそこは坂が多くて危ないね。何人かが途中で転げ落ちていった」

 頬に貼られたガーゼ。

 明るい笑顔と笑い声。

 間違いなく、ヒカルもその一人か。

 でもって、笑い事なのか。



 授業が始まっても、モトちゃんは寝たまま。

 その隣にいるサトミが時折視線を送るが気付いた様子は無い。

 などと私も振り返っている暇も無いが。

 授業が終わっても起きる気配は無く、サトミがその肩を軽く揺する。

「終わったわよ」

「もう少しだけ」

「風邪でも引いたの?」

「そうじゃない。とにかく、眠い」

 あまり説得力の無い言い訳。

 ただ次は教室が変わるため、このまま寝かせておく訳にも行かない。


「次の授業に遅れるわよ」

「大丈夫。すぐ行く」

 先に行けとばかりに手を振るモトちゃん。

 サトミは首を振り、それ以上声を掛ける事も無く教室を出て行った。

 少し冷たいとも思えるが、本人が構わないと言っている以上間違ってはいない。

 そう、間違ってはいない。

 正しいのかどうかは、分からない。

「早く。起きないと」

「大丈夫だって」

 少し声を荒げ、人の手を跳ね除けるモトちゃん。

 それにはさすがにむっときて、強引に彼女の体を引き上げる。

「遅れるし、ここは次の授業があるの」

 そう告げた私を見上げるのは、いつに無い無愛想な顔。

 不機嫌そうと言い換えてもいいくらいの。

「私は眠いって」

「言い訳は、後でして。ほら、早く」

 リュックをショウに任せ、彼女の腕を引いて教室を出る。

 いつもと逆のような気もするが、こういう事もたまにはあるんだろう。



 移動先の教室ではすでにサトミが座っていて、私達もその周囲の席へ付く。

 モトちゃんは彼女の隣ではなく、私達の前。

 身長の関係で、彼女が私より前に座る事は滅多に無い。

 机に伏せたから視界は開けたが、今はむしろそっちの方が問題だ。

「わざとか」

 後ろで小さく呟くケイ。

 それは聞かなかった事にして、筆記用具を並べていく。




 結局午前中はずっと寝たまま。

 お昼になって食堂へやってきても、まだ辛そうに俯いている。

「本当に、風邪や病気じゃないのね」

 改めて念を押すサトミ。 

 モトちゃんは手を振り、カップスープを黙って飲んだ。

 そしてそのまま目を閉じて、小さく寝息を立て出した。


 顔色はそれ程悪く無いし、熱があるようには見えない。

 また痛がってる訳でも気分が悪い様子も無いので、病気の心配はとりあえずなさそう。

 調子自体はともかくとして。

「やる気の欠片も無いな」

 お昼を過ぎたのでようやく調子の出てくるケイ。

 そんな彼を、サトミが刺すような視線で睨む。

「何が」

「別に」

 二人の間に走る緊張感。

 ケイがモトちゃんを揶揄したのが気に入らなかったらしい。

 ただ、モトちゃんが寝たままなのも面白くは無い様子。

 この辺の矛盾した状況が、彼女の機嫌をより悪くさせている。

 せっかくの食事も美味しさが半減したようで、いまいち食べる気もしない。


「残すのか」

「あげる」

「罰が当たるぞ」

 喜々として、人のうどんを持っていくショウ。

 昨日もうどんを食べてたし、何よりこの空気。

 どちらかといえば繊細なタイプだと思ったけど、それは私の勘違いだったらしい。



 いたたまれない訳ではないが、デザートを求めてテーブルを離れる。

 そう考えると、私も結構図太いな。

 向かった先は、メニュー表。

 カウンターの隣にある、今日のメニュー一覧を眺めていく。

 定番のプリンやソフトクリームも良いんだけど、今はそういう気分じゃない。

 もう少し目新しくて、心が浮き立つような。


「あのナタデココ、遂に入荷。悠久の時を経て、今復活を遂げる」


 何やら大仰なキャッチコピー付きのポスターが、メニューの横に貼ってある。

 端末で映像を呼び出すと、透明な四角い物体がデザート用のグラスに盛られていた。

 見た目には綺麗だけど、なんだこれ。

「懐かしいですな」

「思わず、買いに来てしまいましたよ」

 カウンターを見ると、年配の職員が何とも嬉しそうにそのナタデココを受け取っていた。

 どうやら、生徒用の食堂限定のメニューらしい。

 でもって、わざわざ職員が買いに来る程のものらしい。


 さすがに気になり、大事そうにグラスを抱えている彼等に声を掛ける。

「済みません。それって、美味しいんですか」

「いや、美味しくは無いね」

 即答する職員。

 ただし笑みは絶えず、二人仲良くテーブルに付いて何とも楽しそうに食べ出した。

 そうなると、触感を楽しむデザートか。

 だったら私もチャレンジするか。



 固くて、柔らかくて、噛み切れなくて。

 なんかゴムを食べてるみたい。

 間違いなく美味しくないし、食べ物を食べてるという気がしない。

 まずいとかそういう例えをする物でも無いな、これは。

 食感自体は面白いが、一つ食べれば十分だ。

「食べないのか」

「あげる」

「罰が当たるぞ」

 それはもういいんだって。

 ショウはスプーンでナタデココをすくい、かなりの量を口に運んだ。

 でもって顔をしかめ、珍しく一気に食べるのを止めた。

「騙されて無いか」

「誰に、何のために」

「それは繊維の塊なの」 

 静かに指摘するサトミ。

 本当何でも知ってるな、この子は。

「食べた事ある?」

「昔ね。それと、もう食べたくは無い」

 ショウがグラスをこちらへ向ける前に、そう指摘するサトミ。

 でもってヒカルがそれを受け取り、口へと運ぶ。

「妙なる味だね」

 なんだ、それ。

 おいしく無いって言えばいいじゃないよ。


「大人が喜んで食べてた」

「昔流行ったのよ。製造過程で海を汚染する事があってからは、下火になったみたいだけど」

「結局、これは何な訳」

「ヤシノミの繊維」

 夢がある話だな。

 どこから流れてきてのかは知らないけどさ。

「モトちゃんは?」

「今は良い」

 欠伸を噛み殺し、たださっきまでよりは生気を感じさせる表情。

 少しでも、スープを飲んだのが良かったようだ。

「医療部に行って見てもらったら」

「大げさね。本当に、大丈夫」

「それは医者が決めるわ」

 きつい口調でそう告げ、モトちゃんの腕を引っ張るサトミ。

 一瞬抵抗をしかけたが、力が入らないらしく後はそのまま引きずられていく。

 私達も二人の荷物を持って、すぐに後へと続く。




 当たり前だがここに良い思い出は何も無く、嫌な記憶ばかりが蘇る。

 ケイの怪我、自分が薬品を浴びた時の事。

 ケイのドラッグ騒ぎ。

 なんか、特定の人が良く出てくるな。

「大勢来たけど、男の子は出て行ってね」

「そこを曲げて」

 とりあえずケイに前蹴りを食らわせ、診察室から叩き出す。

 本当、場所を弁えて冗談を言ってほしい。

 だったら前蹴りはどうなんだって話だけどね。


「体温、血圧、心拍と。……、全体的に少し低下気味だね。昨日は何時に寝た?」

「7時に」

「夜の?」

「朝の」

 それなら眠くない訳が無い。

 というか、殆ど寝て無いんじゃないの。

「ご飯は?」

「さっき、スープを飲みました」

「寝不足と疲労だね。一応採血もするけど、多分大丈夫だと思う。それと、ビタミン剤を点滴するから」

「分かりました」

 素直に答えるモトちゃん。

 私なら出来るだけ断るが、彼女自身それ程体調が良くないのは分かっているらしい。

「午後の授業は休むように。それと、今日は何もしない事。用事は何かある?」

「特には。必要な事は、誰かに代わってもらいます」




 ベッドに寝かされ、点滴を受けるモトちゃん。

 特に不満という顔ではないが、それ程納得している訳でも無いとは思う。

「サトミ。あなたが中心に進めて。木之本君とケイ君でそのフォローを」

「分かったわ」

「机の私物は好きに使って。決済や承認も全部任せる」

 自分は口を出さず、全部一任するという訳か。

 それならやりやすいと私は思ったが、サトミは少し表情を曇らせる。

「あなたの意見は無いの」

「任せると言った。元々サトミにも出来るんだから、問題は無いでしょ」

「まとめてるのは、あなた……。ごめなさい。後は私達で処理するわ」

「お願い」

 目を閉じて、体を横にするモトちゃん。

 こちらからその表情は読み取れず、もう何も語ろうとはしない。

「私達はもう行くわよ。ゆっくり休んでなさい」

「またね」

「ええ」




 資料室。

 ではなく本部にやってきて、それぞれの仕事を進めていく。

 私は別に何も無いと言いたいが、モトちゃんがいない以上力不足でも少しは手伝った方が良いだろう。

「私はどうしようか」

「絶対に怒らない?」

 いきなり釘を刺してきた。

 という事は、怒りたくなるような仕事という訳か。

「私も得意ではないから、あまりさせたくないんだけど」

「でも、私にも出来るんでしょ」

「ええ。いくつかの物を、生徒会から借りているの。それの期限延長を頼みたいのよ」

「分かった」

「くれぐれも、怒らないでね」

 やけに念を押すな。

 こんなの、下出に出て頼めば良いだけの事じゃないの。


 借りている物のリストをもらい、その連絡先を確認する。

「えーと。アドレスはこれか。……済みません、自警局備品課ですか」

「はい。何か御用でしょうか」

「そちらからレンタルしている備品の、期間延長をお願いしたいのですが」

「少々お待ち下さい。担当の者に」

 端末のスピーカーから流れる、エリーゼのために。

 少しの間があり、音楽が終わる。


「期限延長は認めない」 

 いきなりこの台詞。

 端末を握る手に力がこもる。

「あの、そこを何とか。勿論延長分のお金はお支払いします」

「規則は規則。認めない」

「そちらで必要な物なんですか」

「何を借りてるかは知らないが、延長は認めない」

 一気に頭へ血が上る。

 でもってサトミの視線に気付き、深呼吸して気持をどうにか落ち着ける。

「私は旧連合のガーディアンです。借りているのは……」

 目の前に滑ってくるメモ用紙。

「プリンターと、ラベラー。後はプロテクター」

「例外は認めない。期限が過ぎたら、即刻返却するように」

「人の話を……」

 怒鳴りつける前に端末が取り上げられた。


 サトミはそれを木之本君に渡し、ため息混じりに首を振った。

「だってさ」

「怒らないでと言ったわよ。木之本君を見習いなさい」

 笑顔を浮かべ、丁寧に話を進める木之本君。

 あんな人間相手に、良くそんな態度でいられるな。

「世の中、角を突き合わせても仕方ないのよ」

「サトミも、あの相手に耐えられる?」

「我慢は出来るわ」

 ややごまかしとも取れる発言。

 明確に否定しなかったのは、私ではなくモトちゃんへの対抗からのような気もする。

 この手の交渉、人とのやりとりは彼女が一番得意な事だから。

「……どうにか、年度内は大丈夫になった」

 あっさりと許可を得てくる木之本君。

 これにはサトミと顔を見合わせため息を付く。 

 私達は、つくづくこういう事に向かないな。



「次は返却する分。これもリストがあるから、全部相手先に連絡して」

 これなら私にも出来るし、揉める様な要素も無い。

 リストと品物を照らし合わせ、お礼を言って返す事を告げていく。

「盗聴器良し、車良しと」

「次は、予算カット。本当は部屋を返すのが良いんだけど、それは問題だからまずは手当てをカット」

「え」

 私の戸惑いをよそに、卓上端末に表示された予算の賃金部分を減らしていくサトミ。

 その分余剰金は生まれるが、お金もなしに働く子がどれだけいるだろうか。

 今も殆ど支払って無い状況とはいえ、積み重ねれば多少の額にはなる。

 しかしこれだけ削除されれば、年度内頑張っても食事を出来るかどうか。


 さすがに気になり、手際よく作業をしていくサトミへ声を掛ける。

「大丈夫なの」

「クレームが来るのは織り込み済みよ。でも、お金が足りないの。部屋を借りている分は確保しているけど、備品や装備は無いに等しいんだから。最低限、プロテクターは全員に配備したい」

「分かるけどね」

 お金を取るか、安全を取るか。

 違う言い方をするなら、現実を取るか理想の達成を取るか。

 私達は学校と戦う事、管理案の撤回に意義を見出しいているし関わりも深い。

 だから、自分達のお金を持ち出してもそれ程気にはしない。


 ただ、そうでは無い大部分の人達はどうだろうか。

 お金も無い、肩身も狭い、報われない。

 それでも付いてくるとしたら相当変わり者か、もしくは不満を抱きつつという事になる。

「手当てを削るのはまずくない?」

「結局、人件費が一番掛かるのよ。嫌なら辞めてもらうしかないわ」

 厳しく言って捨てるサトミ。

 その考え方自体は、おそらく間違ってはいないと思う。

 ただモトちゃんと比較した時、どうなのか。

 彼女がこういう方法を選ぶとは考えにくく、またやってもあまり似合わない。

 しかしだからと言ってサトミが冷たいとは言い切れず、これは方法論の違いでもある。

 問題は、今までモトちゃんのやり方に慣れていた他の人達がどう思うかだ。



 来客を告げるセキュリティ。

 画面を確認し、ショウと私でドアの左右に立って中へと招き入れる。

 警戒をし過ぎてし過ぎる事は無く、襲われた後で悔やんでも遅い。

「済みません。さっきデータベースを見ていたら、予算が変更されていたんですが」

 神経質そうな顔で、プリントアウトした紙を振る男性。

 見た事の無い顔だが、ここに来るくらいなので連合に所属してはいるんだろう。

「誰」

「経理を扱ってた子。ずっと本部に詰めてたから、雪野さんは会った事は殆ど無いと思う」

「気難しそうなんだけど」

「経理には向いてるよ。少しでも数字が違うと、気が済むまで調べてくれるから」

「それ以外には向いてるの?」

 その質問には答えない木之本君。


 実際今も数字に関する事は滔々と述べているが、現在私達の置かれている立場からの視点では語られない。

 あくまでも目先の数字。それにこだわるだけで。

 勿論経理としてなら、こだわるのは別に問題は無い。

 ただ、全体を見渡す視野もあった方がいいのは確かだろう。


「元野さんは、この事を承知なんですか」

 少なくとも笑顔を作っていたサトミの顔が固くなり、目つきを鋭くさせて男性を睨む。

「現在、全ての運営に関しては私に一任されています」

「でも、元野さんは了承しませんよ」

「一任されていると言いました」

「だけど、元野さんなら」

 男性の肩に置かれる手。

 ケイは彼が振っていた書類を奪い取り、その目の前で半分に破って捨てた。


 男性は目を丸くするが、ケイは愛想良く笑って説明を始めた。

「君の言いたい事は分かった。でも、これで決定した。意見があるのなら、書類で提出してくれ。その際、改めてこちらからも回答する」

「元野さんもそれには?」

「彼女が戻ってきてから、書類を提出しても良い。ただし、今はこれで決定している。不満なら、辞めてもらっても構わない」

 さっきのサトミの言葉をそのまま繰り返すケイ。 

 それには男性も一瞬たじろぎ、何やら言いつつ足元に落ちた書類の残骸を拾い上げた。

「書類の文面は」

「旧連合の公式な意見書に準拠する。署名を集めても構わない」

「分かりました。今すぐ、用意してきます」

 目を輝かせ、飛ぶようにして部屋を出て行く男性。 


 その背中を見送ったケイは鼻先で笑い、予算のデータをモニターで確認した。

「これで少しの間は静かになる。あの手の人間は、書類を作るのが大好きだから」

「クレーム自体は無くならないでしょ」

「言っただろ、嫌なら辞めてもらうって」

 あくまでこの部分を主張するケイ。

 サトミは何も言わず、木之本君も止めはしない。

 この件に関して、二人がサトミに対して異議を唱えるつもりは無いらしい。

 現在の、この組織の代表達は。

「少し休むわ」

 そう言って、ソファーに座り横になるサトミ。

 風邪を引くとは思えないが、モトちゃんの事もある。

 タオルケットを体にかけ、その上から軽く体に触れる。

「無理しなくても、モトちゃんが戻って来るんだしさ」

「いない間に問題があっても困るでしょ。今のが問題といえば問題だけど」

「世の中、甘い事ばかりでは成り立ってないのよ。知ってた?」

「ユウに言われるとは思ってなかったわ」

 少しだけ笑顔を浮かべ、そのまま目を閉じるサトミ。

 私はもう一度彼女の体に触れ、音を立てないようそのそばから離れた。


「さてと。次はどうするの」

「今の賃金カットを全員に通達。で、クレーム処理」

「冗談でしょ」

 黙って首を振り、データベースから所属している全員に今の内容をメールで送る木之本君。

 反応はすぐにあり、当然ながら抗議が多い。

「全員に送ったんだよね。それにしては、全員からは返ってこないけど」

「理解してくれてる人もいるから」

「諦めてるんじゃないのか」

 クレームに対して、あらかじめ作っていたらしい定型文を送り返すケイ。

 非常に事務的で、あまりにも素っ気無い対応。

 私にはちょっと真似が出来ないと言うか、気分的にやりずらい。

 ただし誰かがやらなければいけない事で、それはこれに関してもサトミの決断に関しても言える事だ。



「ほぼ終わったかな。クレームは全体の20%。再クレームが10%。3度目はほぼ無し」

 クレームに関するデータを読み上げていく木之本君。

 ソファーから体を起こしたサトミは微かに頷き、卓上端末を膝の上に載せて作業を始めた。

「今借りている部屋は、全部で」

「各教棟につき、約5」

「ブロックとしてのバランスは?」

「特定のブロックに偏ってるケースが多いかな」

 木之本君の操作で、サトミの端末に各教棟の地図が表示されて借りている部屋が点灯する。 

「せめて各フロアに1つずつという形にしたいわね。部屋の入れ替えを考えて。方法と交渉は任せるわ」

「了解」

「次は、パトロールコースの固定化。責任者に、コースと理由を提出するよう連絡を」

「了解」

 滞りなく進んでいく作業。

 サトミが指示し、木之本君がそれを受けるという体制。

 多分これは、モトちゃんや塩田さんが代表と議長だった頃から変わって無いんだろう。

「ユウも、一度この付近のパトロールコースを確認して」

「分かった。ショウ、御剣君。行こう」



 基本的にこの二人さえいれば、相手が誰だろうと問題は無い。

 私は後ろを付いて行きさえすれば良く、コースを記録するのにも非常に助かる。

 ここを曲がって、こっちがドアで……。

「雪野さん」

「今忙しいのよ」

「暴れてる奴がいます」

「今忙しいって」

 真っ白な顔で私を見てくるショウと御剣君。

 ああ、パトロールの最中だったか。

 どうも、同時に二つの事は出来ないな。


「誰が暴れてる?」

「二手に分かれて睨み合ってます」

「何がしたいんだか」

 ルートを記録させる方に忙しく、正直意識がそちらへ向かない。

 これじゃなくて、こっちを選択して。

「あ、消えた」

 今まで辿ってきた道を地図と照合しながらマーキングをしていたんだけど、そのデータが綺麗さっぱり無くなった。

 別に清々しい気持にはならず、虚しさと疲労感が残るだけだ。

「それは後で良いだろ」

「良いのかもね。私の過ごした時間は、無駄なんだね」

「意味が分からん。ちょっと空気が悪くなってきたぞ」

 私の空気がではなく、その揉めているグループの事を言っているんだろう。


 ただここは沙紀ちゃんの管轄で、ガーディアンもすでに来ているはず。

 私達が無理に割って入る必要も無い。

「ガーディアンは」

「いるけど、手が出せないみたいだ」

「あれじゃないですか。保安部か、執行委員会。そういう顔をしてます」

 どういう顔かは知らないが、言いたい事はなんとなく分かった。

 多分、彼にとって気に入らない態度が顔に出ているんだと思う。

「ガーディアンが手を出せないなら、私達の出番じゃないの」

「理屈としてはな。ただ、余計睨まれるって事だぞ」

「今更でしょ。沙紀ちゃんと連絡を取るから、衝突しないよう止めておいて」


 沙紀ちゃんもすぐに来るとの事で、それまでは私達が食い止める。

 揉めているのは一般の生徒と、執行委員会。

 ガーディアンが止めに入ってはいるが、執行委員会の権限が上なので手が出せない状態。

 しかし一般の生徒は彼等に期待を寄せているので、かなりの板ばさみといったところか。

「はい、そこまで。責任者は誰」

 返事が無し。

 いきなり現れて、しかもやけに小さい女と来ている。

 お前こそ誰だという話だろう。

「私は雪野優。旧連合のガーディアン。今は、この付近に常駐してる。で、代表は」

「こいつらが、いきなり文句をつけてきた」

 ようやく口を開いたのは、一般生徒の方。


 最近特に目立つ構図で、生徒の行動一つ一つに監視がされて場合によってはこうして直接口を出してくる。

 今までのこの学校には無かった制約、立場の差、規則。

 それが全体の空気を重苦しくさせ、鬱積した感情を積み重ねていく。

 管理案の全てを否定はしないが、こういう結果になっている以上やはり問題が多いとしか思えない。

 何より同じ生徒でありながら、身分制度が出来上がっているのは相当な問題だろう。

 以前も生徒会は一般生徒の上には立っていたが、指導する事は無かった。

 生徒会もエリート意識を持っていたにしろ、それをあからさまにするのは反感を買うと分かっていたから。

 また生徒も、それに従わないだけの気概を持っていた。

 でも今は、規則と力によって押さえ込まれている。

 これが管理案の本質だとしたら、やはり早急に撤回をさせるしかない。


「そっち側は」

「我々は、風紀委員会だ」

 とうとう出てきたか、この名前が。

 風紀を糾すのは以前からやっていたが、組織の名前を聞いたのは初めて。

 また、この学校には最もそぐわない組織だと思う。

「何でも良いけど、自分達が風紀を乱してるんじゃないの。こうして揉めて、反感も買って」

「随分威勢が良いな。お前もただ生徒だろ」

 小馬鹿にした表情と、後ろの方から聞こえる笑い声。


 中には、連合や私個人へ恨みを抱いている者がいるかもしれない。

 前からこういう生徒はいたし、何度も会って来た。

 そして管理案が施行されてもそういう生徒は無くならないし、むしろ助長させている。

 勉学の面において管理案は有効に働くかもしれない。

 でも生活面では、マイナスにしか機能していない。

「ただの生徒だから何なのよ」

「あ?」

「いつからこの学校は、意見も言えないようになった訳。あなた達は、自分達が偉いと思ってるの?冗談でしょ。ただ執行委員会の使いっ走りだから、みんな言う事を聞いてるだけじゃない」

「それだけ言って、覚悟は出来てるんだろうな」

 残忍な顔をして、ポケットに手を入れる男。


 ただ取り出されたのは、武器ではなく端末。

 つまりは、私を処分するよう連絡を取ると言う訳か。

「後で泣きついてきても遅いからな」

「だったら、後悔しないように手を打つか」

 目の前にひらめく長い足。

 ショウのミドルキックが端末の先端を捉え、男の手から弾き飛ばす。

 御剣君がそれに改めてミドルキックを食らわせ、床へと叩きつけた。

 飛び散る破片と火花。

 男の顔が青くなる。


「き、貴様等、こんな事をしてただで済むと」

「じゃあ、どう済ませるんだ」

「おい、言ってみろ」 

 表情を険しくしてすごむ二人。

 男の後ろには仲間がいて、銃を持っている子もいる。

 しかし前に出る意志を示す者は誰もなく、全員俯くか顔を背けるだけ。

 少なくともこの場において異分子は私達なのだが、それに対応するだけの力も気力もありはしない。


「お待たせ……。もう、終わったかしら」

 殺伐とした空気に、苦笑しながら話しかけてくる沙紀ちゃん。

 私はショウと御剣君に下がるよう合図して、彼女に経緯を説明した。

「分かった。執行委員会相手では、ガーディアンが引くのも仕方ないわね。引かないからこそ、ガーディアンなんだろうけど。その意味では、優ちゃん達の立場が理想的なのよね」

「じゃあ、ガーディアンを辞める?」

「いや。辞めない」

 ここは断固として譲らない沙紀ちゃん。


 私達は急進派、とにかく事態を動かそうと考える立場。

 彼女は穏健派というか、内部から確実に成果を積み重ねようとする考え方。

 そのどちらが正しいのかは分からないし、両者が協力すれば問題はより早く解決する。

「ガーディアンは全員撤収。帰って、今回の問題点をシミュレーションするように」

 ややうなだれ気味に帰っていくガーディアン達。

 残ったのは問題の当事者。

 それと、問題を収めたのか、もしくは問題をこじれさせた私達。

「お前が、ここの責任者か」

「そうですが、なにか」

「この件は、自警局を通じて厳重に」

「抗議結構。同じ事をやれば、今度はガーディアンがあなた達を制止するからそのつもりで。これはG棟隊長としての決定です」

 自信と誇り。

 沙紀ちゃんは気高くそう宣言すると、男達を厳しく睨み付けてそれ以上の発言を封じ込めた。

「用が無いならお帰りを。以後G棟に立ち入る時は、今の話を念頭におくように」

 そそくさと逃げ出す風紀委員。

 本当、嫌な学校になってきたな。


「それで、何に文句を付けてきたの?」

「これが駄目だって」

 一人の女の子が見せてきたのは、ビデオカメラ。 

 端末に標準装備されている物とは違う、市販の物。

 何が問題なのかは、見当も付かない。

「プライバシー侵害だって言ってました」

「他人の持ち物に文句を付ける自体が、プライバシーの侵害じゃないの」

 とにかく何にでも文句を付けるのが目的か。

 ただカメラ類は木之本君の例もあるので、不用意な事を記録されないための対策かもしれない。

「当分は、出来るだけ目立つ物は持ってこない方がいいわね。多分、これからはこういう事が多くなるから」

 静かな口調で指摘する沙紀ちゃん。

 それには多少引っかかりを覚えるが、今はとりあえず流しておこう。




 沙紀ちゃんのオフィスへ戻り、今の出来事を話し合う。

「完全に彼等の影響力を排除するのは難しいのよね。目に付く行為については対処するにしろ、現状の規則では彼等の言い分が通るようになっているから」

 ため息混じりに呟く沙紀ちゃん。

 サトミは規則がまとめられた冊子を手に取り、それを手早くめくり出した。

「不備もあるにはあるけど。完全にこれを把握してる人がどのくらいいるのかね」

「遠野ちゃんだけじゃないの」

 沙紀ちゃんはくすくす笑い、彼女から冊子を受け取ってやはり手早くめくり出した。

「文面が難しいのと、他の項目を参照にする部分が多いのよね。だから、余計に理解しにくい。それが狙いなんだろうけど」

「いいわ。今週中に、簡潔な内容でまとめてみるから」

 軽く言ってのけるサトミ。

 それには規則を全て理解しているのが前提で、かつ文章をまとめる能力が必要となる。

 ただ彼女ならこの言葉通り、難なく成し遂げるだろう。


 来客を告げるセキュリティ。

 モニターには、武装した集団が映っている。

 今すぐ襲撃を開始するという訳ではなさそうだが、友好的な雰囲気とも思えない。

「それは俺達の客だろ。物置の方で話を聞く」

「せめて、資料室じゃないの」

「呼び方は、人それぞれ。少なくとも、世間一般では物置と呼ばれてる」

 面と向かっては言えないけど、陰でならどれだけでも笑い話に出来る。

 その例の一つという訳か。



 場所を物置。

 ではなく本部に移し、代表者を数名中へ招き入れる。

「風紀委員。主任」

 IDの肩書きはそうなっていて、それがどの程度の身分を示すのかは知らないが武装した人間を従わせるだけの権力はあるらしい。

 IDカードをしまった女は口元だけを緩め、正面に座っているサトミと目を合わせた。

「非常に困るんですよね、こういった事をされると。皆さんは学校のために活動をしているかも知れませんが、今の規則を守っていただかないと」

「生徒の同意も無く導入された規則を守れと?」

「それはこの際、大した意味を持ちません。規則自体はすでに施行されているんですから」

 これに関して話し合いの余地は無いとする女。

 そしてサトミが黙ったのを見るや、身を乗り出して話を続けた。

「今は、皆さん自身のお話しをしてるんです。ガーディアンであったのは以前の事で、今はただの生徒に過ぎません。あまり出すぎた真似をされても困りますし、迷惑です。特に、私達の妨害行為は厳にお慎み下さい」

「こちらとして、妨害している意図はありません。一般生徒への脅威、危害を加える危険性があった場合はそれを排除する目的で私達は行動しているに過ぎませんから」

「それが、出すぎた真似だと言っているんです」

 随分はっきりと言ってくるな。


 サトミに対する態度は、大抵二通り。

 一つは、過剰なほどの崇拝。

 もう一つは、過剰なほどの敵愾心。

 この場合は、その後者。

 コンプレックスや敗北感。

 何をどうやっても敵わない。

 もしくは、敵わないという思い込みが感情を高ぶらせこじらせる。

 彼女の場合は、その典型だろう。


「一つ質問を。風紀委員会と仰いましたが、これはいつ設立された組織なのでしょうか。保安部にしろ、執行委員会がその場の都合で恣意的に設立してるとしか思えませんが」

「設立に関しては規則にも明記されています。組織としての活動を開始したのは、まだ最近の事ですが。それまでの準備に時間が掛かっただけに過ぎません。ちゃんと、規則を読んでますか?」

 サトミのミスを見つけたと言わんばかりに笑顔を深める女。

 しかし目元は微かにも緩んでなく、むしろ鋭さを増していく。

「規則に明記されているのは、「学内における風紀の粛正は、生徒によってこれを運営する」という文言です。風紀委員会を設立するとはかいてありません」

「え」

「生徒会規則と、それの運用マニュアルを勘違いされているのでは。確かにマニュアルには、「風紀部(仮)といった、パトロールを中心にした監視機関を設置すべきである」とはありますが」

 規則の冊子。

 そして運用マニュアルを並べて差し出すサトミ。

 そのどこに今の文章が書かれているかは知らないが、彼女が言うのだから間違いは無い。


 女はまなじりを上げ、席を立ってサトミを睨み付けた。

「と、とにかく、私達は規則に基づいて行動しその権限も与えられています。あなた達の活動は、それを妨害する行為に過ぎません。つまりは、処分の対象です」

「風紀粛正の徹底については、生徒の自主性を尊重する。罰則に付いては今度の議題であり、学内状況を鑑み現在での導入は見送りとする。という決定が、前日の会議でなされたと聞いていますが」

「会議?」

「風紀委員会定例会・第3回。規則違反者に対する傾向と対策、その後半部分を議事録で確認して下さい」

 静かに、さながら自分もその場にいたとでも言うかのように説明するサトミ。 

 女は顔を真っ赤にさせ、激しい勢いで机を叩き出した。

「て、適当な事を言わないでっ。大体それが本当だとして、どうして議事録が見られるの。それこそ、規則違反で」

「風紀委員の中に、情報をリークしている人間がいるのではないでしょうか。仮に現在の体制が崩れた時、協力者ならその後も優遇されますから」

「協力者?」

 後ろに控えている子達を険しい形相で振り返る女。

 勿論全員が首を振るが、一度疑心暗鬼になればそう簡単に気持が切り替わる訳も無い。


「そんな、まさか。……と、とにかく。あなた方の処分は、私の権限において実行します。いつまでもヒーロー気取りでいられるとは思わないように」

「じゃあ、ヒール役はどうかな」

 低い喉元からの笑い声。 

 ドアを背にしていたケイが、冷たい笑顔のまま彼女の元へと歩み寄る。

 地獄からの使者。

 悪魔の訪れが、もしかするとこんな感じなのかもしれない。

「全部で5人か。随分、無用心だな」

「え」

「武装した連中は外。ドアは、何があっても開かない。処分されるのは、むしろそっちじゃないのかな。この場合は停学とか退学じゃなくてさ」


 真横に裂ける口。 

 再び喉元から漏れる笑い声。

 その手には、小型のビデオカメラが携えられている。

「プライバシーは守るよ。俺個人の観賞用に留める」

「な、何の冗談を」

「敵の陣地にやってきたんだ。その後どうなるかは覚悟の上だろ。もしくは、自分の不注意を恨め」

 腰の警棒を抜き去り、頭上にかざすケイ。

 女が悲鳴を上げるまもなく、それはテーブルに叩き付けられコップや端末を床へ落とす事となる。

「それで、何か言いたい事は」

「え?」

「一言あれば、ドアは開くと思うんだけど」

「……処分はしません。全て、私達の勘違いでした。私達が悪かったです」

「子供は素直が一番。では、お帰りを」


 一斉に向けられる白い視線。

 ケイは構わず、ビデオカメラをモニターに接続して映像を再生させた。

 しかしそこに映ってるのは、昨日の雪かきの映像。

 女の子が怯えながら謝罪をしている場面はどこにも無い。

「ああいうのは、記録に残すだけで罪に問われるケースもある。でも、記録も無いから証拠も無い。自分達で騒ぎ立てはしないだろうし、その証拠が無ければ俺達を処分する事も出来ない」

「本当に無いでしょうね」

 怖い顔で念を押す沙紀ちゃん。

 ケイは肩をすくめ、しかしそれに付いては答えない。

「自主に謝ったんだし、問題ない。第1段階は成功かな」

「何、それ」

「下っ端を撃破していけば、やがて上に辿り着く」

 まさかと思うが、そのために私達をパトロールに出したのか。


 いや。それはあまりにもサトミを疑いすぎか。 

 ただ彼女は今の行為を止めはしなかったし、むしろ相手を挑発していた。

 少なくとも、こういう自体になるのは分かっていたはず。

 別に私達が囮やおびき寄せる側になるのは気にならない。 

 ただ、一言こういう理由があると断ってくれてもいいと思う。

 都合よく使われるだけの駒よりは。


「こうなると思ってパトロールに出した訳では無いわよ。都合よく、風紀委員と会うとは限らないし」

 私の意図を読んだらしく、そう説明してくれるサトミ。

 つまりこれだけ聡明な彼女だからこそ、あらゆる事態は想定している。

 だからこそ彼女は信頼に足り、逆にさっきの女のように反感を抱く者もいる。

 今は少しだが、その気持が理解出来た。




「……ちょっと、モトちゃんを見てくる」

 気分を害した訳ではないが、少し距離を置いた方が良さそうだ。












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