表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
36/596

5-5






     5-5




 お土産を買い終えたところで、バスターミナルを目指す私達。

 今日はみんなでお出かけ。

 実際にはバイトで、例のシスター・クリス絡みである。


 いくら質素に彼女を歓迎するとはいえ、当然それなりのお金がいる。

 でもそれは奨学金や学校からの補助金ではやらないと、歓待委員会が決めているのだ。

 彼女達の考えに沿って、私達も「手作り」でやるために。

 別に意地とかとかじゃなくて、気持としてね。

 モトちゃん達のように技術がある人は、服や食事、会場作り。

 そうでない人達は、バイトでその資金を貯めるのだ。

 強制ではないけれど、殆どの人がそうやって頑張ってる。

 という訳で、遅ればせながら私達もバイトをする事に相成った。

 サトミが、やれやれってうるさいのよ。



「ニワトリの丸焼きは」

「それは、お前の好みだろ」 

 ショウに指摘され、鼻を鳴らすケイ。

 私達が向かっている先は、ある総合格闘技のトレーニングセンター。

 小等部の頃私が通っていた所で、ショウの実家である玲阿流が経営母体である。

 言ってみれば、玲阿流をスポーツアレンジした総合格闘技。

 私にとっては実家にも近く、色々な思い出のある懐かしい場所である。

 ショウが話を通してくれていて、今日はそこでインストラクターの手伝いをする予定。

 色々と、楽しみだ。

 赤のワンピースを翻し、お日様に笑いかける。

 子供っぽい格好と仕草だけど、全然気にならない。



 浮かれ気分でバス停に向かっていたら、沙紀ちゃんがぽつりと呟いた。

 彼女はよく着ている、ハイネックのシャツにミニスカートとブーツ。

 スタイルいいから、似合うんだこれが。

「胸が何?」

「いや。ちょっと服が小さいかなって」

 シャツの裾を引っ張り、吐息を付く沙紀ちゃん。

 私の場合大きいと思った事はあるけれど、小さいと思った事は一度もない。

 大体見れば見るほど大きいというか、私の想像を絶するサイズ。

 あり得ないとしか言いようがない。

「いや。あまり見られても困るんだけど」

「大丈夫。私は困らないから」

「いや。目がちょっと」

 そう言って走り出す沙紀ちゃん。

 逃げたとも言える。

 だとすれば、私は追う以外にする事は無い。



 人を避けながら追いかける走っていく私達。

 沙紀ちゃんが角を曲がったのを見て、私も速度を上げる。

「よっ」

 我ながら見事なコーナリングで角を曲がり、ポニーテールを発見。

 私と目が合い、沙紀ちゃんは近くの柱に隠れた。

 これで、お互い走らなくて済む。

 助かったと思っていたら、目の前に手が出てきた。

「止まるんだ」

 棒読みのような、固い声。

 慌てて足を止め、その人物を見てみる。



 服装は普通。

 ただし目を引く、額に巻かれた赤いバンダナ。

 私を止めたスキンヘッドの男の子だけじゃなくて、周りにも同じ様な格好の子が何人もいる。

「何んですか」

 訳が分からないので、取りあえず丁寧に尋ねる。

 囲まれるのを警戒して、少しずつ壁に下がりながら。

 背後が壁なら、それを利用して逃げるのも可能なので。

「今、彼女を追っていただろう」

 沙紀ちゃんを指さす、スキンヘッドの子。

 かなりの大柄で、ショウよりも大きいくらい。

 表情が全くない、険しい顔だ。

「遊んでただけです。彼女とは、友達なので」

 私が手を振ったら、沙紀ちゃんがこちらへやってきた。

 当然、笑顔で。

「ほら、笑ってるじゃない」

「俺達に助けを求めてるんじゃないのか」

「は?」

 何言ってるんだ。

 冗談、という顔ではない。

 自分で言っている事を、完全に信じ切っている。

 苦手だな、こういうタイプは。


「だから、私と彼女は友達なの。ね、沙紀ちゃん」

「ええ。勿論」

 頷いた沙紀ちゃんを、赤バンダナの女の子二人が遮るように前へ立つ。

 彼女達もやはり、表情がない。

「ちょっと、冗談だって言ってるでしょ」

「君が脅してるんだろ。何も、もう怖がらなくていいんだ。俺達が守ってやるから」

 全く、勘弁して欲しい。

 もう駄目だと思って、私は彼等に背を向けた。

 放っておけば、その内沙紀ちゃんも解放してくれるだろう。

 さすがに、彼女に何かするとも思えないし。

「あ、ケイ」

 パーカーのポケットに手を突っ込んでいたケイが、右手を出して私を後ろに下げた。

 彼も表情はないが、今は怒りを堪えるそれだろう。

「何、こいつら」

 耳元でささやかれる言葉。

「分かんない。私が、沙紀ちゃんを襲ってるって思いこんでるの」

「その辺は聞こえてた。……後は、俺が話す」 

 一緒に来ていたショウとサトミが、私を出迎えてくれる。


 一歩前に出て、スキンヘッドの大男と向かい合うケイ。

 頭一つ、体格では二周りほど違う。

「後ろの女の子を、離してもらおうか」

 いつかこんな光景があった。

 私達がケイから話を聞こうとして、沙紀ちゃんを人質に取った振りをしたあの時だ。

「仲間だな。彼女は、俺達が保護した。危害を加えるようなら、実力行使させて貰う」

「正義の名においてね」

 沙紀ちゃんの腕を押さえている女の子が、熱い眼差しでそう言った。

「……冗談だって言ってるだろ。頭付いてるのか、お前ら」

 感情を抑えたケイの台詞。

 あの時の事が、軽い冗談でしかなかったと気付かされるような。 

「……反抗する気か。制裁を加えるぞ」

「制裁だ?」

 鼻で笑ったケイの顔に、横から警棒がゆっくりと突き付けられる。

 顎を引き、それをかわすケイ。


「無抵抗な人間を不意打ちか。結構な制裁だな」

「悪はいかなる手段を持っても正さなければならない。それが、俺達の使命だ」

 警棒を突き付けた、細身の目つきの悪い男が低い声で呟く。

「俺が悪で、お前らが正義か。誰が決めた、そんな事」

「判断は、俺達が下す」

 淡々とした声で言い放つスキンヘッド。

 ケイは肩をすくめ、鼻を鳴らした。

「勝手に言ってろ」

 ポケットから手を出し、ケイが構えを取る。

 即座に身構えるバンダナの連中。

 わずかに生まれた隙を見て、素早く後ろへ下がる沙紀ちゃん。

 彼女の腕を掴んでいた女の子達が、それに引っ張られる。 

 沙紀ちゃんは腕を返し、それを振りきった。

 素早く回り込んで沙紀ちゃんを塞ごうとする女の子達。

 しかし。


 横へ走る彼女。

 行く先は壁。

 速度は落ちない。

 足が高く上がり、ショーウィンドウの段差に足を掛ける。

 跳躍する、しなやかな長身。

 大きく舞い上がった沙紀ちゃんは彼女達を飛び越え、スカートを押さえつつケイの前へと降り立った。

「また派手に」

「たまにわね」

 ハイタッチをかわし、ケイの後ろへと下がる沙紀ちゃん。

「という事。せいぜいヒーローごっこやってれば」

 珍しく皮肉めいた台詞。

 気持ちは分かる。

「……これ以上何かするつもりなら、私達も本気になるわよ」

 白のシャツに、ジーンズ。

 彼等以上に低い醒めた声。

 黒のキャップの下から覗く、冷たい氷すら及ばない眼差し。

 ケイに並んだサトミが、彼等を睨み据える。



 それまで全く動じなかった彼等が、気圧されたように一歩下がる。

「聞こえてるなら、返事をしなさい」

 静かな口調。

 周りに、凍り付いたような雰囲気が張りつめていく。

「お、俺達は……」

「余計な事は言わなくていい。退くか、それとも戦うのか。それだけを答えなさい」

 一切の無駄を排し、一気に相手を追いつめていく。

 言葉に詰まった彼等は、棒立ちになったまま身動きすら出来ない。

「……サトミ。もう止めろ」

「ショウ」

「いいから」

 彼女の前に立ち、リーダー格のスキンヘッドの肩を軽くつつくショウ。

 掛けていたサングラスを取るという、礼儀も尽くして。

 革のジャケットに革パンという、やや威圧的な服装ではあるが。

「おい、起きてるか」

「……あ、ああ」

 目が覚めたという様子で、ショウと目を合わせる。   

「俺達も、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいだ。悪かったな」

「わ、分かってもらえればいい。ここはみんなが利用する所であって、君達だけが使う場所ではないのだから」

「分かってる」

 ショウは軽く手を上げ、その意志をよりはっきりと伝えた。

「これからは周りの人の迷惑も考えて、気を付けてくれ」

「ああ。それじゃ、俺達はもう行ってもいいかな」

 仲間に目線を向けるスキンヘッド。

 彼等はぎこちなく頷きあって、険悪な表情を見せてきた。


「お友達は、まだ何か言いたそうだけど」

「ケイ。もう止めろ」

「草薙高校1年、浦田珪だ。文句があるなら、いつでもこい」

 額を押さえるショウ。

「同じく、丹下沙紀」

「遠野聡美」 

 今度は、もう知らんという顔。

「私は雪野優よ。もしまだ……」

「もういい、行くぞ」

 ため息を付いて、ショウが背を向ける。

 私達も暗い目付きに別れを告げ、彼の後を追った。



「……お前、ああいうタイプの連中と相性悪いよな」

「玲阿君ほど大人じゃないんでね」

 面白くなさそうに、流れていく風景を眺めるケイ。

 バスは駅前のターミナルを離れ、トレーニングセンターへ向かう大通りを走っている。

 近所だからバスにしたんだけど、こんな事になるなら車にすればよかった。

「無理に揉める事もないと思っただけさ。腹が立ったからって、ケンカしてればいいって物じゃないだろ」

「そりゃ正論だな。でも、俺は嫌だ」

「同感。あんな連中、許せないわよ」

 ケイの隣に座っていた沙紀ちゃんが、声を荒げる。

 私達は2人掛けに前後で座っていて、私の隣はサトミ。

 ショウは立って、私の真横にいる。

 挟まれて座っているので、二人の子供みたいだ。

 悪い気はしないが、物悲しさもつきまとう。

「でもさ、あいつらだって間違ってる事を言ってる訳じゃない。態度の横柄なのが、少し問題なだけだろ」

 難しい顔で黙るケイと沙紀ちゃん。

 怒っているのではない。

 ショウの言っている事が、分かっているから。

 ただそれを、彼等を認めたくないという所だろう。


「サトミはどうなの」

「私は、さっきあの連中に言った通りよ。正しい事なんて、一つじゃないもの。私の価値観とユウの価値観が違うようにね」

「よく分からないけど、みんな血の気が多過ぎじゃない?」

 右に座っているサトミが、じっと見てくる。

 左側に隣に立っているショウも。

 つまりは、左右から見下ろされている。

 な、何よ。

「自分だって、啖呵切ったくせに。何言ってるの」

「あ、あれは付き合いで、その」

「俺は何も言わなかったぞ」

「が、裏切った」

 ショウの脇をつつき、怒りを表現する。

 でも反応無し。

 ケイと違って、その程度では動じないのだ。

 悔しいから、くすぐっちゃおうか。

 でもそれじゃ、本当にふざけ過ぎだ。

 ここは自制しよう。

 バスを降りてからが、勝負。

 多分、しないけど。

 おそらくは。


 いかにして背後を取るかを考えていたら、ケイが不意に立ち上がった。

 私達が降りる所はもう少し先。

 何だろうと思っていたら。

 バスが止まり、乗客が一組乗ってくる。

 小学生くらいの男の子と、そのお母さんらしい女性。

 彼は松葉杖をしていて、女性がその手助けをしている。

 視線を彷徨わせる女性が、ふと何かに気づいた顔へ変わる。

「よろしかったら、こちらへ」

 沙紀ちゃんが立ち上がって、手招きしてるのだ。

 そして、男の子が座るのを助けてあげている。

「あ、済みません」

「いいえ。よろしかったら、お母さんもどうぞ」

「え、でも」

「いいんです。私、もうすぐ降りますから」

 お母さんに会釈した沙紀ちゃんは、ドアの前で佇んでいるケイの所へ歩いていった。

 そして何かささやいて、ケイの肩に触れている。

 どうして彼が突然立ったのか。

 そして、何故席から離れたあんな場所にいるのか。

「……素直じゃない子ね」

 サトミが私の耳に口を寄せて、おかしそうに呟く。

「お兄さんとも全然違うし。どこで、どう間違ったのかしら」

「でも、ヒカルだって無茶苦茶やってたじゃない。大学院でも訳の分からない事言ってるかもよ。あ、今月は東京へ行ってるんだっけ」

「どこでも同じさ。あいつ勉強は出来るけど、頭の中は花が咲いてるから」

 そうそう。

 彼は幸せ全開で、いつでもどこでも常春なんだ。

「それは言い過ぎじゃないの。それが光の良い所なのよ」

「はいはい。あなたの彼氏はいい人です。うん、その通り」

「軽くあしらって、もう」

 拗ねたような顔で、私を睨むサトミ。

 でも彼女は、ここまで素直に彼氏の事で怒れる。

 今の私には、ちょっと出来ない。

 羨ましいというか、少し憧れてしまう。

 そこまでの思いを抱ける相手がいる事に。

 そして、そこまでの思いを抱ける彼女自身に。



「いらっしゃい、今日は大勢ね」

 受付の女性が、笑顔で出迎えてくれる。

 私が子供の頃からここにいて、その間に彼女は結婚して子供も出来た。

 年月の流れという物を、何となく感じる。

「先生いる?」

「ええ。本家の方も来てるわよ。あ、君もそうだったわね」

「一応は」

 面はゆそうに頬を撫でる、玲阿四葉君。

 私も広い意味では同門なので、ショウとは兄弟弟子にあたる。

 兄妹弟子かな。

 どっちでもいいんだけど。


 取りあえず私達は、メインの練習場となっているマット敷きの道場へとやってきた。

「へえ」

 サンドバックが斜め45度で止まっている。

 手で支えているんじゃない。

 蹴りが、その位置に留めさせているのだ。

 立て続けのローキック。

 早く、そして正確。 

 何十キロとあるサンドバックがずっと傾いたままなのを見れば、その威力も明らかだろう。  

「……雪野さん。みなさんも、こんにちは」

 私達に気付いた先生は、足を降ろし笑顔でこちらへと歩いてきた。

 長身で、少し痩せた体格。

 穏やかな顔立ちで、一見格闘家には見えない。

 でもその実力は、今の通りだ。

 年齢は私のお父さんより少し下くらいで、結構いい年である。

 どうも私の周りの大人は、見た目だけは若い。


「四葉さん。お久しぶりです」

「ええ。水品みずしなさんも」

「玲阿家を継ぐ決心はつかれましたか?」

「そっちは、師範代がいるからいいですよ」

 苦笑しかけたショウが、こちらへと歩いてきた大きな男性に指を向ける。

 ショウに似た、でも穏やかさを感じさせる顔立ち。

 彼の従兄弟であり、お姉さんの旦那さんでもある風成かぜなさんだ。

 風成さんは古武術玲阿流の師範代で、ショウにとってはお兄さんみたいな人。

 今は本当に、義兄さんだし。

「俺ばっかりに押し付けるな。大体師範代たって、水品さんがやればいいんだよ。俺より強いんだから」

「いえ。宗家が師範代や師範にいないと、後継者争いで揉めますからね。それに私は、こっちでのんびりやっていた方が性に合うんです」

 慇懃に頭を下げる水品さん。

 彼は元々玲阿流の門下生で、今はその優れた能力を買われてここの支部長を勤めている。

 そう考えると、ショウとの縁は彼を知らない頃からあった事になる。 


「またそんな事言って。おい四葉。瞬叔父さんは、まだ玲阿家に戻ってこないのかよ」

「さあね。父さんは一度破門になったから、拗ねてるんじゃないのか」

「いつの話だ、それ」

「いいだろ。父さんが遠くに行く時は、母さんが泊まりに来るんだから。風成にとっても、お義母さんが。な、お義兄さん」

「それは、止めろ」

 笑うショウと、その肩を抱く風成さん。

 この二人を見ていると、本当に兄弟って感じがする。

 お互いに信頼しあって、その気持ちを分かっているって。

「……と、俺達だけで盛り上がってても仕方ないな。水品さん、それで何やらせるんだ」

「今日は子供達が来てますから、彼等のインストラクターをお願いするつもりです」

 壁一面のミラーで型を練習している、大勢の子供達。

 決まった道着など無いので、みんな動きやすい範囲での好きな格好をしている。

 懸命に掛け声を上げているのを見ると、昔の自分を思い出す。

 何だか、体が熱くなってくるね。


「でも私は、ここの練習方法を知らないので。インストラクターはちょっと」

 遠慮気味に申し出るサトミ。 

 隣では沙紀ちゃんも頷いている。

「かまいませんよ。遠野さんなら、マーシャルアーツや合気道を教えてあげて下さい」

「いいんですか」

「ええ。いつも同じ事を教わるより、様々な武道を覚えた方が腕は上がりますから」

 なるほど。

 それで先生は昔から、色々教えてくれたのか。

 ふーん、今知った。

 ……遅過ぎるか。    

「えーと。そっちの凛々しい子は」

「丹下沙紀と言います」

 きびきびと会釈する沙紀ちゃん。

「……優ちゃんと同レベルくらいか。何やってる」

「アマレスと、キックを少し」

 さすがは玲阿流師範代。

 よく、そういうのが見抜ける。

 でも、少しなもんか。

「すごいです。すごいやってますこの人は」

「はは。だったら君は、サトミちゃんと一緒に教えてやってくれ」

「あ、はい」

「うん。ユウちゃんはここの出身だから、問題無しと」

 視線がすっと流れ、暇そうに壁へもたれていたケイへと動く。


「そこの暗いお兄さん」

「何か」

 特に反論しないケイ。

「君は、物置の掃除だ」

「差別だ」

「文句言うな。重い物とかあるから男の方がいいんだよ」

 露骨に嫌な顔をするケイに、風成さんがすっと近づく。

「耳貸せ」

 そして、何やらひそひそ話し合っている。

 ケイの顔に、血の気がさしていく。

 細い目には輝きが増し、口元が微かに緩む。 

 何なんだ。

「……戦前のやばいのとか。……ああ、もうとんでもないぞ。……奥の方にあるから」

 途切れ途切れには聞こえてくる。

「ねえ、物置には何があるの?」

 ショウは何故か答えない。

 知ってるという顔だけど、知らないという振りをしている。

 嘘が付けない人だから。

「先生」

「いや。私は玲阿家から口止めされてるから」

 ますます怪しいな。


 やがて密談が終わり、晴れやかな顔の男の子が戻ってきた。

「みんな、頑張ろう」

 勝手に頑張ってよ。

「よし。それじゃ着替えて、女の子は子供達の指導を。野郎共は物置の掃除兼捜索だ」

「おう」 

 一人で拳を振り上げる浦田君。

 妙にやる気だな。

「あ、悪い。やっぱり女の子も一人、来てくれるか。細かい物を片付けて欲しいし」

「……風成さん、それはまずくないですか」

「隠せば大丈夫、大丈夫」

 またもやこそこそと話し合う二人。

 すごい知りたい。

「あの、良かったら私が。一応力仕事も出来ますから」

 おずおずと前に出る沙紀ちゃん。

 確かに、私やサトミよりは体力派だ。

 というか、私は明らかに力が無い。

 いいんだ、その分スピードで補うから。



 着替え終え、道場へと戻ってくる。

 私は例により、Tシャツと黒のスパッツ。

 サトミはブルーに黒のラインが入ったジャージの上下。

 長くて艶やかな黒髪は、後ろで束ねられている。

 スポーツ美少女といった雰囲気で、結構様になっている。

 動けば鈍いけど。

「みんな、集まってきてー」 

 先生が声を掛けると、子供達がわーっと走ってきた。

 大体小学生くらいの子達ばかりで、みんな元気がいい。

「今日はこちらのお姉さん達が、みんなに色々と教えてくれます」

「はーい」

 なんか、私みたいだな。

「みんなはお姉さん達を、私のように先生と思って下さい」

「はーい」

 先生、か。

 そう言われると、ちょっと恥ずかしい。

 だけど、ちょっと嬉しい。

「それで、ここから半分はこちらのお姉さん。残りの子は、こちらのお姉さんに教えていただきます」

「はーい」

「それでは、後は任せますから」 

 私達に微笑みかける先生。 

 任せられてしまった。

「サトミ、頑張ってね」

「ユウも」

 。


 取りあえず私は子供達を引き連れ、壁際のミラーへとやってきた。

 人数は10人くらい。

 これくらいなら、どうにか全員に目が行き届くかな。

 先生も、遠くで見守ってくれているし。

 物置掃除をさぼったという気がしないでもないけど。

「はい。私は、雪野優といいます。みんな、よろしく」

「お願いしまーす」

 う、可愛い。

 何か、癖になりそうだ。

「えーと。私は、昔ここに通ってました。ちょうど、今のみんなの頃くらいに」

 意外という顔で隣の子と話し始める子供達。

 確かに、この体格で格闘技やってたと言われても信じられないか。

 しかも、インストラクターの代わりだなんて。

「だから今から教える事も、普段みんながやってる練習とあまり変わりません。つまらないかもしれないけど、ちゃんと聞いて下さいね」

「はーい」

 うう、素直。

「まずは、軽くやってみようかな」

 道場をさーっと見渡したら、大きな男の人と目があった。

 服装や身のこなしから見て、インストラクターだろう。

 丁度いい。



 その彼と対峙する。

 見上げる程の巨体、横幅はショウより大きいくらい。

 私とは、冗談抜きで大人と子供だ。

「ではワンツーから、ハイキックへのコンビネーションにつなげる練習をします」

「はーい」

「取りあえず、見てて下さい」

「はーい」 

 子供達に笑顔を見せ、男性へと歩み寄る。

 別に嫌な顔もしてないし、この状況を楽しんでいる感じ。

 優しそうな人でよかった。

「今言った通りにしますから、受けてもらえますか」

「プロテクターはどうする」

「取りあえず、付けて下さい。指とかが目に入ったら、危ないですから」

 頷いてプロテクターを付ける男性。

 多分、大丈夫だろう。

 見た事無い人だけど、ここのインストラクターをやる程だから腕は立つはずだ。

「では……」

 足を前後に開き、左手を前に右手を顎に添えるオーソドックスな構えを取る。

 向こうも、同じ様な構え。


 彼が息を吸い、体が後ろに下がる。

 今度は息を吐き、前に来る。

 再び息を吸い、上体が後ろへと下がる。

 わずかな、集中していなければ分からない小さな動き。

 そして、私が待っていた動きでもある。


 大きく踏み切り、下がっていく彼の顎を左ジャブで捉える。

 彼のつま先が浮き、顎が少し上がる。

 両足を踏ん張り、腰を入れて右ストレート。

 バランスを崩していた彼の体が、完全に浮く。 

「セッ」

 腕を引き、その勢いを利用して左足を横から廻す。

 上体をわずかに逸らし、さらに勢いを付ける。

 全体重を乗せ、足首からスネで彼の顎を捉える。

 そのまま振り切り、素早く足を引いた。


「ガッ」

 電気にでも打たれたかのように、その場に崩れるインストラクターさん。

 子供達は、唖然として彼を見つめている。

「ふぅ」

 私は腕を交差させ、軽く息を整えた。

 確かに私の蹴りは軽い。

 でも、浮いている体で受け止めるとなると話は別だ。

 衝撃の逃げどころがないので、全エネルギーをまともに受けてしまう事になるから。

 足を早く引いたのは、蹴ったエネルギーを私の足に戻さないためである。

 ディフェンスや、次の攻めに備えるという理由もあるけど。


 インストラクターさんはようやく体調が回復したらしく、プロテクターのヘルメットを取り首を振っている。

「あ、すみません」

 ちょっとやり過ぎたかなとも思い、頭を下げる。

「いや、俺が油断してた。君が小柄だから、どうにか受け止められると思ったんだが」

「まあ、その。小さいから、それなりにやらせてもらいました」

 インストラクターさんは苦笑して、プロテクターを全部取った。

「これでよしと。こういうのに頼るから、また駄目なんだ」

「じゃあ、次いいですか。カウンターやりたいんですけど」

「ああ」

 立ち上がって構えを取るインストラクターさん。

 私も同じく構えを取る。

「今度は、今みたいに攻めれられた場合にどうするか。分かってるだろうけど、カウンターを狙いましょう」

「は、はいっ」

 声に緊張感が増してきた。

 いいのかな。

 いいや、張り切ってるみたいだから。

「えーと、さっきの私と同じ事やって下さい。私はそれを避けて、最後のハイキックにカウンターを合わせますから」

「当てる気で打っていいのかな。勿論、手加減はするけど」

「ええ。子供達が見えるくらいの早さなら」

 頷く彼。

 私は自分のプロテクターを確かめ、合図を送った。


 早い左ジャブ。

 上体を逸らし、顎を引いてそれをかわす。

 次いで重い右ストレート。

 ヘッドスリップで、それも避ける。

 最後に、丸太みたいな足が上がりかける。

 手加減はしてくれてるけど、当たれば私くらい簡単に吹っ飛ぶだろう。

 それを見て、前に出る。

 彼が、体重を蹴り足に乗せていく。

 向かってる左足とは反対側に避け、さらに踏み込む。

 蹴り足は、まだ腰の辺り。

 顔は腕でガードしている。

 そのガードしている腕を掴み、思いっきり後ろへと押す。

「おわっ」

 バランスを崩し、あっけなく倒れるインストラクターさん。


 片足だけの下半身は上に向かっていて、そこに顎を後ろに押す。

 象だって倒れる。

「カウンターって、こういう事か」

「まあ、小さいので小細工をその」

「なるほど。参考になった」

 妙に感心されてしまった。

「色々ごめんなさい。後は、私一人で大丈夫なので」

「ああ。俺も、いい勉強になったよ」

 去っていくインストラクターさん。 

 子供はやはり唖然として、私を見ている。  

「という感じ。分かりましたか」

「は、はいっ」

 いい返事だ。

 気合いが入ってきた。

 みなぎってると言ってもいい。

「まずは、二人一組になって……。うん、そう」

 余ってる子は、私だけと。

「私から見て右の子が攻撃。そう、こっち。で、左の子がガード」

 手を大きく振って、はっきりと分からせる。

 普段バタバタ暴れてるので、あまり違和感もない。 


「今はカウンターやらなくていいですからね。はい。始め」

 そう、ワン。

 で、ツー。

 最後に、ハイ。

 うん、みんないい動きだ。

「いいよ、みんな」

「はい」

「今度は、もっと早く動いてみましょうか。私が手拍子するから、それに合わせて」

「はいっ」

 一斉に構える子供達。

 私は大きく手を叩いた。

 で、すぐに3回叩く。

 うん、みんな付いてくる。

「次は、攻撃とガードを交代。こっちが攻撃で、こっちがガード」

「はい」

 立て続けに、3度叩く。

 うん、いいよ。 


「じゃ、リズム変えるから。ガードの子は、相手の動きをしっかり見てて下さい」

「はいっ」

 一度叩き、少し間を置いて2回。

 さらに2度早く叩いて、最後までの間を空ける。

 うん、みんなすごいすごい。

「次はカウンター。今言ったように、お互い相手の動きをよく見て」

「はいっ」

「こっちの子が攻撃、こっちがカウンター。カウンターの子は、自分のタイミングで動いて。ガードしている腕を取って、軽く押して下さい」

「はいっ」

 規則正しく3度叩く。

 そのリズムを確かめて、みんないいカウンターを見せる。

 リズムを変えても、それに対応。

 いいよ、いい。

 じゃ、少し早く……。

 んー、いいじゃない。

「みんないいですよ」

「はいっ」

「それじゃ、また交代。こっちが攻撃で、こっちがガード。今度からは、全部自分達のタイミングで動いて下さい。でも攻撃は同じ。ワン、ツーでハイキック」

「はいっ」

「リズムとスピード、それに相手をよく見る事」

「はいっ」

「うん、はじめっ」 

 機敏な動きを見せるみんな。

 いいよ、いいその調子。

 そう、早く。相手見て、リズム変えて。

 頑張れ頑張れ。



「はい、終了」

 火照った顔のみんなを、笑顔で出迎える。

 勿論、拍手と共に。

「はいっ」

 んー、いい返事だ。

 気合い充実、元気全開。

 今なら、大人でも相手に出来そうなくらいだ。

「じゃ、少し休憩。隣のお姉さんが何やってるかを見てて下さい」

「はいっ」

 マットの上にしゃがむみんな。

 私も彼等の側に腰を下ろし、サトミの様子を見てみる。


 彼女は、合気道の簡単な動きを教えているようだ。

 基本は円の動きと足裁きらしいけど、さて。

「はい」

 静かな落ち着いた声。

 サトミの前には二人の子供。

 一人の子が相手の腕を取り、ひねりつつその体を押した。

 関節を極められて後ろへ倒れる女の子。 

 でもその体は、マットへは転がらない。

「はい」

 サトミがそっと抱きしめるから。

 暖かな笑顔と共に。

 今度は攻守が代わり、またサトミが受け止める。

 別な組がやってきても、サトミはしっかりと受け止める。

 優しく、大事に。

 彼女の周りに柔らかな光が差しているような、そんな暖かな雰囲気。

 子供達の信頼しきった眼差しと、それを受け止めるサトミの笑顔。

 幸せな温もりと緩やかな時の流れが、そこにはあった。


「はい、ご苦労様」

 少しして、、水品さんがやってきた。

「じゃあ今度は、生徒を交代して教えてください」

「は、はい」

 入れ替わる子供達。

 私を見る彼等の眼差しは、とっても柔らかくて穏やかだ。

 サトミの親切で丁寧な指導の賜物だろう。

 それに彼女の温もりを受け止めていたのだから。 

「ユウ」

「ん、何」

 振り向くと、サトミが難しい顔をしていた。 

 熱のこもった眼差しで見つめてくる子供達を前にして。

 私の指導で燃え上がった、いや燃え上がり過ぎた彼等。

「気合いが入ってるわね、随分」

「ほら、子供は元気が一番だから」

「元気……」

 今にも爆発しそうな子供達。

 いいの、このくらいが。

 多分。

 いや、そうだといいな。

 駄目だったりして……。

「いいわ。私には私の、ユウにはユウのやり方があるんだから」

 くすっと笑い、私の背中に触れてくれる。

「呆れてない?」

「少しね」

「もう」

 私の手を避け、子供達を連れて行くサトミ。

 後は頼んだ。

 それで、と。

「じゃ、始めましょうか」

「はい」

 返事が可憐だ。

 表情も柔らかい。

 でもこの子達も、すぐに熱い眼差しを送ってくるんだろう。

 いいんだ、私は私の道を行くんだから。

 というか、この道しかない無いんだけど……。



 穏やかな眼差しと燃え上がる瞳が入れ替わったところで、練習は終わり。

 子供達は私とサトミにお礼を言って、元気良く道場を出ていった。

 少し疲れたけど、すごい面白かった。

 こういう事を、これからもやってみたいって思うくらい。

 ただ、人に教える素質や才能あるのかどうかが分からない。

 そういう事に向いているのかも。

 今日の教え方自体、いいか悪いかはっきりしないし。

 一度、ちゃんと勉強しようかな。

「お疲れ様でした」

「いえ。あれでよかったですか」

「ええ。二人とも、とても上手でしたよ」

 微笑み合う、私とサトミ。

 すると水品さんが、一冊の本を私に差し出した。

「ここのインストラクターが使っている教本です。資格試験の参考書は事務所にありますから、よかったらどうぞ」

「え?」

「雪野さんが、素敵な顔で教えていたので。違いますか」

「いえ、その通りです」

 ありがたく拝領する。

 やっぱり、持つべき物は先生だ。

 また私達の場合は、師弟関係に近いとも言える。


「ユウならいいかもね。体動かすの好きだから、あなた」

「そうかな」

 その言葉に、嬉しくなって本を抱きしめる。

「でもそれには理論の勉強も、一生懸命しないと。技の練習ばかりじゃなくて」

「うん、頑張るよ。本読んで、先生の話聞いて」

「ショウに聞いてもいいんじゃないの。あの子は、ここの本家なんだから」

「ん玲阿流と、ここの教え方はちょっと違うのよ。それも悪くないんだけどね」

 よく分からないという顔のサトミ。

 もう少し説明しようとしたら、ショウ達が戻ってきた。

 ニコニコ顔のケイと風成さんも一緒に。


「ねえ、何があったの」

「さあ。みんな隠すのよ」

 彼等を手伝っていた沙紀ちゃんが、首を振る。

 このままでは、埒があかない。

「先生。おせーてよ」

「日本語は、正しく使いましょう」

「先生、教えて下さい」

「それは出来ません」 

 何よ、それ。

「ショウー」

 彼の腕をぐいぐい押す。

 でも私の力では、全然動かない。

 この、この。

 くー。

 駄目だ、びくともしない。

 少し助走を付けて、肩からぶつかってみよう。


「何やってんだ」

「え?」

 低い姿勢で力をためていたら、ショウと目が合った。

 何やってるんだろう。

 ショウを押し倒す。

 ……違う。

 ただ、物置に何があったか聞こうとしただけだ。

 目的と手段が、いつの間にか入れ替わってしまった。

 そんな物だよ、世の中は。

「その。しゃがんでみようかなって」

 腰を下ろし、膝を抱えてショウを見上げる。

 こう改めて見ると、大きいなこの人。

 でもって、小さいな私。

 まるで、さっきの子供達みたい。

 神様、何とかしてよ。

「何とかしないといけないよね」

「は?」

 私の前に座ったショウが、「何を」という顔をする。

「女の子には色々秘密があるの」

「訳分からん。サトミー」

「私も知らないわ。いいからほっときなさい、そんな子は」  

 冷たく言い放ち、私を転がすサトミ。

 そして、転がって行く私。

「あーあ」

 私はうつ伏せで大の字になり、ため息を付いた。

 なんと言っても、ここは落ち着くな。

 どれだけ落ち着いても、道場でこんな事するのは私くらいだけど。


「丹下さん、ちょっと」

「あ、はい」

 風成さんに呼ばれる沙紀ちゃんを、伏せたまま見る。

 座ってみても、視線の位置に大差がないね。

「君は、アマレスとキックだったな」

「ええ。一応」

「すると「気」なんて分かる?」

「多少」

 頷く沙紀ちゃん。

「見えたり、出したりは?」

「いえ。存在があるのは、感覚として理解出来るんですけど」

「なるほど」

 風成さんは先生と顔を見合わせ、二人で向かい合った。

「俺達も、大して分かってる訳じゃない。実戦で使うなんて事も無いしな」

「もし仮に使うとしても、お遊び程度です」

「軽くやってみるから、見てて」

 風名さんがワンツー、水品さんはスェーでかわす。

 踏み込んだ風名さんの左フックを半身になってかわした水品さんが、その腕に触れる仕草をする。

 その途端、体を震わせてわずかに退く風成さん。


「と、今のような感じです」

「せいぜい、軽く痺れる程度だ。しかも、実戦で出すにはそれなりの修練が必要になる」

 そう言えばショウは、ある程度集中を高めないと気を発せられない。

 動いている最中に出すなんて、今の彼にはまず無理だろう。

 それだけ、この二人はすごいという訳だ。

「マンガみたいに、手からピョッって光の珠が出ないの」

 彼等の側で屈んでいたケイが尋ねる。

「俺は、そんな奴見た事無いな。水品さんは」

「中華連邦の奥地にでも行けば、もしかしたらいるかも知れませんが。それでも、せいぜい数十センチくらいの距離でしょうね」

「という訳で。丹下さん、ちょっと構えて」

「あ、はい」

 風成さんと先生が一緒になって、沙紀ちゃんを構えさせる。

 木の幹を抱えて、腰を下ろしたような姿勢。

 そのまま目を閉じ、息を整えていく。

「頭の上から白い光が降りてくるイメージだ。それが体の中心を伝わって丹田……、へその下辺りに集まっていくと想像して」

「自分が浮かんでいる状態を想像して、光は空からやってくると思って下さい」

 沙紀ちゃんの体が淡く輝いていく。

 特に輝きを増す、腰の辺りで珠を抱くようにされている両手。

「そして、両手に光を送って下さい」

「……ウレタンを挟んでる見たい」

「それが、「気」だ。後は適当な所で、それを外に出すイメージをして」

「はい」

 両手を前に出す沙紀ちゃん。


「ハッ」

 鋭い気合い。

 立ち上がってその様子を見ていたケイに、彼女の両手が押し当てられる。

「わっ」

 弾かれるように体がずれるケイ。

「よし、いいぞ」

「素質がありますね」

「あ、ありがとうございます」

 沙紀ちゃんはぺこりと頭を下げ、何とも嬉しそうな顔をした。

「後は今のようなイメージを毎日して、「気」を練る事。さっき言ったように実戦では使えないけど、それだけじゃないからな」 

「病は気から。気の持ちよう。人を気遣うなんて言葉もあります」

「は、はい」

 顔を赤くして、その話に聞き入る沙紀ちゃん。

 私も俯せのまま、しきりに頷く。

「そこの驚いてる兄ちゃん。お前もやってみろ」

「俺は無理だって」

「いいから。ほら、構えろ」

 ショウによって、強引に構えさせられるケイ。

 これ自体が、すでにぎこちない。

「さっき、彼女に言ったのと同じ事をイメージして」

「はい」

 取りあえず素直に目を閉じている。

 そうする事しばし。

「はっ」 

 一応気合いを入れて、手を前に出す。 

 隣にいた沙紀ちゃんの肩に、その手が当たる。


「……吹っ飛ばないの?」

「別に」

 首を振る沙紀ちゃん。

 堪えたという訳でも無いようだ。

「風成、こいつにはやっぱり無理だな」

「ああ。素質がない」

「自分でも分かってますよ」 

 特に気落ちした様子も見せず、壁際に下がるケイ。

 格闘系じゃないからね、この人は。

「ユウはどうだ」

「私は結構です。すでに、気合いが入りまくってますから」

「何だ、それ?」

 肩をすくめ顔を見合わすショウ達。

 俯せのままその様子を見ていたら、手がそっと握られた。


「少し、やってみようかしら」

 私の手を取ったサトミが、枕元に膝を崩してはにかんでいる。

「いいけど、吹き飛ばさないでよ」

「私も素質がないから」

 瞳を閉じ、息を整えていくサトミ。

 私と彼女をつなぐ手が淡く輝き、仄かな温もりに包まれる。

「あ、いい感じ。サトミいいよ」

「ええ。私も、そう思う……」

「見える?」

「駄目、そこまでは無理」

「そう。でも、いいか」

 伝わる彼女の気持ち。

 私への思い。

 微かな、本当に微かな暖かさ。



 それでも、サトミにとっては精一杯の気持。

 素質なんて関係ない、力の強さも何も。

 ただ私を思う気持ちを、一生懸命伝えてくれる彼女。

 私はそのお礼を込めて、つなげられた手に気持を伝えた。

 多分サトミよりも強く、暖かな物を。





 でもそれは、強弱に意味がある訳じゃない。 

 そのどちらも、同じ意味を持っているのだから。

 相手を思い、大事にしたいという気持が。 

 その色を見れば分かる。

 彼女には見えていない、私だけに見えている繋がった手の輝き。

 柔らかな、生まれたばかりのような淡い光。

 私と彼女は同じなんだって教えてくれる、優しい色。      










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ