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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第32話
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32-12






     32-12




 改めてプロテクターとグローブを確認し、サングラスを固定する。

 視力は依然として回復していないが、戦闘に問題はない。

 長い直線。

 前は、慎重に進んで罠にはまった。

 では、相手が対応出来ないくらい速く走ればどうか。

 危険性は無いとの話だが、絶対という事ではない。

 それでも私達は、前に進む以外に道は無い。


「全速で」

 そう告げ、姿勢を低くして廊下を駆け抜ける。

 一気に押し寄せる風圧。

 体調が優れない分速度は出ないが、逆にこちらが不意を突くくらいの動きは可能。  

 揺れる景色。

 左にあるガラス張りの壁が迫り、体がふらついていると理解。

 少し左足に力を込め、フォームを無視して体勢を補正。

 息が切れる前には、ガラス張りの壁を駆け抜けていた。

「大丈夫だったな」

 廊下の途中で手を振るショウ。

 後ろを振り返るとガラスを突き破って来る気配はなく、追い付いてきたサトミ達と一緒に廊下を渡ってくる。

「この先は?」

「右に曲がって、ドア」

 一旦スティックを背中へ戻し、端末で舞地さんのアドレスをコールする。

 しかし予想通り、反応は無し。

 ただこれは、儀礼的な事。 

 私の気持ちを満足させるだけの行為に過ぎない。


「ケイ。木之本君に、もう一度確認して」

「……屋上は収まった?。……ああ。……下に自警局、か。……いや、止めなくて良い。……出来ればそれに付いていって。……当たり前だけど、進入が気付かれたらしい」

「それは構わない」

 スティックを手に取り、壁際に添えて歩き出す。

 今はまだ言い訳が立つ。

 ただ、この先に足を踏み入れるとなれば話は違う。

 それでも私は足を止めない。

 例えこれが私のわがまま。独りよがりだとしても。

 この状況を放ってはおけない。




 目の前に現れる大きなドア。

 端末で地図を呼び出し、ここがA-1のオフィスだと確認。

 左右にガーディアンはなく、上に取り付けられたカメラが私達の動きをトレースしているだけ。

「……開くぞ」

 前に出たショウに反応して開くドア。

 下がればしまり、普通に反応している事が分かる。

 中に入る。

 それだけ奥に入り込む事になるが、進まない事には話にならない。

 ドアをショウに確保させ、その間に全員が中へ入る。

「御剣君。前のドアも確認して」

 一般のオフィスと違い、ここのドアは二重。

 不審者が来た場合は手前のドアを開放して呼び寄せて、即座に遮断。

 その間にガーディアンは十分に準備を整え、オフィス側のドアを開けて制圧すればいい。


「こっちも開きます。……誰もいないな」

 オフィスの中を覗き込んでいる御剣君からの言葉。

 私のぼやけた視界にも、中の景色は見えるが人の姿は映っていない。

「全員、オフィス内に入って。ショウ、ドアにストッパーを」

「ああ」

 スライドして壁に入ったドアの部分にテープを取り付けるショウ。

 特殊な素材を使っているため、ドアの圧力にも十分耐えられる。

 本来は不審者が立てこもっている部屋に使うんだけど、立場が違えば使い方も違ってくる。

「御剣君、そっちもストッパーを。中は」

「やはり、人影無し。カメラが追ってくるくらいですね」

「サトミ」

「卓上端末は全部電源を落としてある。ここ自体を使っている形跡もないわ」

「分かった」

 ショウと一緒にオフィスへ入り、御剣君にドア側を警戒させる。

 サトミが確認している卓上端末を覗き込むが、特におかしい点はない。



「業務も停止してるわね。……この建物自体が無人かもしれない」

「カメラの映像は」

「誰も映ってない」

 書類が収まっている箱の中を調べ、首を振るサトミ。

「日付も昨日で止まってる。舞地さんが来てから、何もしてないわね」

「こうなるって予想してたって事か。御剣君」

「今のところ、誰も来てません。ガラスも割られてません」

「サトミ、隊長室の場所出して」

 モニターに表示される、オフィス内の見取り図。

 教棟全体を統括するオフィスのため部屋数は多いが、機能上隊長室はそれ程奥にはない。

 そこに彼女がいればの話ではあるにしろ、ここに誘われた以上隊長室を目指すべきだろう。

 誘われたという概念自体、私の思い込みかも知れないが。

「カウンターを回り込んで、右を真っ直ぐ。ドアが……」


 突然鳴り響く警報。

 あちこちで転倒するサイレン。

 照明が落ち、視界は一気に赤へと染まる。

「御剣君、ドア確保っ。サトミとケイはすぐに出てっ。ショウ、一旦下がるっ」

 私も下がりたいが、この暗さと赤いランプの点灯で視界が全く確保出来ない。

 机が並んでいるため素早い移動は不可能で、スティックを頼りに明るい方向へと必死で向かう。

「状況はっ」

「今のところ、変化無し。下がるぞ」

 空を浮く体。

 ずれる平衡感覚。

 何かと思ったら、小脇に抱えられて出口に向かって走っていた。

「ちょっと」

「ドアに到着した。外に出るか」

「いや。もう一度、中を見て」

「廊下側は変化無し。オフィス内は、……出てきたぞ」

 床に足が付き、目の前に風が起きる。


 おそらくは私をかばう格好で私の前に立っているはずのショウ。

 正面は彼に任せ、後ろを振り返る」

「御剣君」

「やはり、変化無し」

「その位置をキープ。ショウの動きと連動して」

「了解」



 少しずつ後退するショウ。

 それに合わせて下がる私。

 見えてはいないが、後ろにいるサトミ達も一緒に下がっているはず。

 やがて正面から聞こえていたアラームが鳴りやみ、廊下には静けさが訪れる。

 気付けば左手にはガラス張りの壁が現れ、相手のコントロール通りに進んでいる気もする。

「出てきたのは、誰」

「舞地さん」

「他には」

「彼女だけだ」

 その言葉を聞き、ショウの腕を伝って前に出る。

 ガーディアンも保安部もいない。

 名雲さんも柳君も。

 池上さんすらも。

 だったら、私がショウの後ろに隠れる理由はない。


「久し振り、でもないか」

 彼女とは昨日会ったばかり。

 それまでは、毎日会っていた。

 だけど昨日から、彼女はずっと遠くに行ってしまった。

 今もこうして、声の届く所に彼女はいる。

 今私と彼女の間に、どれだけの距離があるのか。

 それは今すぐ分かる事だ。

「何のつもりか知らないけど、らしくないんじゃないの」

「だとしたら」

 キャップの鍔をやや押し上げ、鋭い眼差しで私を捉える舞地さん。 

 ぼやけた視界の中に、その瞳の輝きだけが明るく見える。

「ここで、何するつもり」

「話す理由はない」

「私には、聞く理由がある」

 スティックを抜き、腰を落として足場を確かめる。


 障害物は何もなく、仮にスプリンクラーが放射されてもバランスを崩す気はしない。

 普段の自分なら、そういう事もあるだろう。

 でも今は、普段の自分ではない。 

 決意を決め、覚悟を持ってこの場に挑んでいる。

 意識を研ぎ澄まし、ただ目の前の相手だけに集中をする。

 いつまでもそれは続かない。

 だからこそ、最高の自分が出せる瞬間。




 キャップを深く被り直し、腰から抜いた警棒を伸ばす舞地さん。

 長さは私のスティックよりやや短め。

 ただかなりも重さがあり、無造作に殴られただけでかなりの衝撃が伝わってくる。

 当たればの話で、避けられれば問題ない。

「もう一度聞く。何を」

 言葉を言い終える前に横から振られてくる警棒。

 かかとを振り上げそれを受け止め、押し返して距離を空ける。

 話し合いの余地はなさそうで、だったら私も遠慮はしない。

「くっ」

 突然暗くなる視界。

 目を押さえる間もなく警棒が振り下ろされ、それをスティックで受け止めると前蹴りで吹き飛ばされた。

 衝撃を和らげるよう後ろに跳ぶ余裕はあったが、視力が一気に悪くなった。

 舞地さんの姿は殆ど見えず、少し動きを理解出来る程度。

 これ以上視力に頼るのは限界か。



 目を閉じ、視覚以外の意識に集中する。

 床からの振動。 

 靴音や微かな息づかい。

 空気の揺れ。

 一つ一つを感じ取り、理解し、それに反応する。

 無謀とも言える行動だが、今は何の不安もない。

 見えなくても感じ取る事は出来る。

 戦う事も出来る。

 しかし長時間の行動は不可能。

 一気に押し切り、一瞬で決める。


 音を頼りに前へ出て力任せに、スティックをやや左へ振り落とす。

 それを避けたと判断し、頭と足の位置を薙ぐ。

 スティックに感じる圧力。

 足に伝わる熱い痛み。

 構わず肩からぶつかり、壁際まで一気に走る。

 苦しそうな息づかい。

 床から響く乾いた音。 

 警棒を落としたと理解し、自分もスティックを捨てて近い距離での戦いを選ぶ。


 肘、膝。

 固い部分がプロテクターを叩き、少し後ずさる。

 下がりながら距離を取り、伸びてくる手足に少しずつ触れていく。

 距離感を測りながら、ダメージを最小限にしてさらに下がる。

 今度は私が壁を背にして、後ろに詰まる。

 強さを増し、回転の速くなる打撃。

 打たれてはいるが、決定的なダメージはない。

 見えてはないけれど、見えている。

 この集中力が続いている間は、負ける気がしない。

 逆にそれが切れれば、一気に押し切られてもおかしくはない。

 距離感、力加減、今の位置関係。

 体感的にデータは取れた。



「せっ」

 顔をガードしていた腕に当たるストレート。

 肘でそれを受け流し、一瞬沈み込んで横へ回る。

 手首を掴みながら肘で二の腕を押し、そのまま一気に体重を掛ける。

「くっ」

 鋭い悲鳴。

 構わず体重をかけ続け、そのまま床に押し潰す。

 抵抗もさせないまま脇を固め、限界まで絞り続ける。

 これ以上は自分の精神的な不安が増すという点まで力を込め、下からの抵抗が消えた所で起きあがる。

 暗い視界の中に映る、ゆっくりと立ち上がった舞地さんの姿。

 右肩を押さえ、それでも前に出る彼女。

 折れてはいないだろうが、肩や肘は全く使い物にならないはず。

 それでも彼女は前に出る、諦めない。

 だったら私は、それに報いるだけだ。


 軽めのジャブで上体を反らし、ローで足を刈る。

 この程度の動きであっさり倒れてしまう舞地さん。

 倒れた彼女に素早く組み付き、馬乗りになってプロテクターの上から体を叩く。

 敬意、情、感情。

 それらを無視して。

 いや。それらがあるからこそ、徹底的に打ちのめす。

 彼女が隊長が引き受けた訳。

 私達をここに呼び寄せた理由。

 戦いを選んだのは彼女。

 私はそれに応える。

 私の持てる全てで。

 今の私を伝える。

 私の持つ力を、この気持ちを。



 息を付き、サングラスを外して壁に背を付く。

 舞地さんは上体だけを起こし、肩を押さえる。

「私の勝ちよ」

「だから」

 素っ気ない口調。

 しかし反論は返ってこない。

 今更ながら全身を痛みが走り、右腕は上がらないくらい。

 視覚無しで戦うのは、多少無理がある相手だったか。

「無理しすぎだ。すぐ病院へ行くぞ」

 いつからいたのか、舞地さんの腕をテープで固定する名雲さん。

 私の右腕も、ショウがテープで体へと固定する。

「その前に一言。ここの隊長は辞めてもらう。それと、執行委員会に従うのも止めて」

「そんな簡単に出来る事じゃない。第一契約が」

「分かった。間さんとの契約は破棄。代わりに私と契約を結ぶ。違約金も含めて、私が背負う」

 背中に感じるいい知れないプレッシャー。

 多分、さっきの舞地さん以上だと思う。


 舞地さんは腕を押さえつつ、キャップの鍔越しに私を睨んできた。

「そんな事が出来ると思ってるのか。大体、額はいくらだと思ってる」

「絶対払うから心配しないで。それと、この契約は拒否出来ない」

 わがまま、身勝手。

 無意味な独りよがりの、子供の考え。

 だけどただ一つだけ、真実はある。

 私は戦いに勝ち、彼女は負けた。

 それは絶対に覆せない。

 そして勝者は、敗者を遇する権利を持つ。

 誰より、舞地さん自身がその事を理解しているはずだ。

「……良いだろう」

「舞地」

「それで、契約の内容は」

「卒業までこの学校に残る。それ以外は、自由にして」

 そう言いきり、ショウに体を委ねてスティックを渡す。

 後はもう何もしたくないし、出来そうにない。

 サトミの文句も聞きたくはない。




 医療部のベッドに寝転び治療を受ける。

 手足に数カ所の打撲。

 右肘は少し重症で、肘を中心に包帯を派手に巻かれた。

「抗生物質の点滴です。こっちは、ビタミン剤」

 頭の上にぶら下がる点滴のパック。

 当然腕には、針を突き立てられる事となる。

「痛い」

「この打撲の方が、余程痛いと思うけどね」

 肩の消毒をしながら笑う、若い医師。

 私としては笑い事ではなく、何よりそんな所にまで打撲があるのかと驚くくらいだ。

「では、この症状は?」

「神経の切断による、体組織の……」

「今から図書センターに行って、生理学の本を借りてきなさい。次」

 隣で寝ている舞地さんの腕を指さしながら説明を求める若い医師。 

 学生らしい周りの男女はカルテ片手に、相変わらず見当違いな診断を並べ立てていく。

「片岡先生。急患です」

「分かった。二人だけ残って、後は付いてきて。それと、余計な事はしないように」



 幸いと言うべきか、舞地さんと二人きりにならずには済んだ。

 ただし残った二人のインターンは、モニターを確認してはメモを取りカルテを確認しては私達を覗き込む。

 どうやら何かしたくてたまらないらしく、お預けを食らった犬みたいになっている。

「喉の乾きは?」

「別に」

「痛みの程度は、10段階で言うとどのくらい?」

「4」

 だるそうに答えてため息を付く舞地さん。

 女性のインターンがすかさず脈を取り、相棒の男性に数値を見せた。

「私より、そっちの小さい方を面倒見てくれ。殆ど目が見えてないらしい」

「ちょっと、それは」

「えーと、リン中毒ですか。そうですか」

 ドッグフードの上にステーキを乗せられた犬ような顔。

 目が悪いのは事実だけど、このタイミングで言わなくてもいいだろうに。

「何もするなって言われたでしょ。触ったら、噛みつくわよ」

 がっと牙を剥き、うーと吠える。

 我ながら馬鹿げてるが、全身が痛いので動く事もままならないので。

「狂犬病?」

「いや。戦前に根絶されたはずだが」

「どこかの研究所から」

 何の話をしてるのかは知らないが、とりあえず触るのは止めてくれた。

 ただし、視線はさっきよりも一層熱を帯びている。

 どうやら、多少やりすぎたようだ。


「水、水ちょうだい」

「ほら、典型的な症状よ」

 震える手でストローを口元に当ててくる女性。

 しかしこっちは寝ているので、うまく飲み込めず少しむせ返す。

「嚥下出来ないのか」

「症状が進んでるのよ。隔離した方が良くない?」

 ティーチングホスピタルだから多少は覚悟していたが、ここまで来るとさすがに困る。

 将来この人達が医者になっても、出来れば自分の診察には関わって欲しくない。


 それこそカメラでも持ち出しそうな二人に監視されていると、ようやく本当の医師が戻ってきた。

「お待たせ。どうだった?」

「こちらの患者は狂犬病の疑いが」

「二人とも、病理学の教科書を100回書き写しなさい。大丈夫そうだから、しばらく寝てて」

 通路側のカーテンが閉められ、外から遮断される。 

 つまりは、舞地さんと完全に二人きりとなる。




 以前戦った時は多少の間が空き、また二人きりにはならなかった。

 それに状況はどうあれ勝ったのは舞地さん。

 しかし今回はハンディがありながら私が勝つという、落ち着いて考えなくても気まずい事になっている。

「あ、あのさ。腕、痛くない?」

「5」

 なんだ、それ。

 さっきの痛みの強さを、まだ引きずってるのか。

 というか、数字が増えてるじゃない。

「あのね」

「さっき、見えてたのか?」

「目は全然。閉じてた」

「そうか」

 低く、体の力が全て抜けていくようなため息。


 後悔に、しかも目が見えていないという相手に負けたという事実。

 それは多分、私が考えるより重いんだと思う。

 だけど私が一緒に背負える事ではなく、それは彼女自身が背負い問わなければならない問題。

 まして、当事者である私には何も声の掛けようも無い。


「後は任せた」

 そう呟き、私に背を向ける舞地さん。

 ここから見えるのは、包帯を巻かれ点滴を付けた舞地さんの後姿だけ。

 彼女はそれ以上、何も語らない。

 私も聞きはしない。

 もう、受け取ったから。

 その気持も、心も、何もかもを。

 私にどれだけの事が出来るのかは分からないけど、こうして託された思いは幾つもある。

 だからこそそれに応えたい。

 何も出来ないと嘆くのではなく、自分の運命を悲しむのでもなく。

 膝を付き、時には立ち止まる事があっても。

 例え一歩でも前に進んで行きたい。

 私へ託された願い。

 それを果たせるかどうかではなく、私を信じて託された思い。




 家に帰り、着替えを済ませて部屋のベッドに寝転がる。

 鎮痛剤のおかげで痛み自体は和らいだが、その分倦怠感が襲ってくる。

 どちらにしろ動くのは難しく、こうして横になるくらいしか出来る事は無い。

「優、ご飯は」

 少し怖い顔で声を掛けてくるお母さん。

 娘がこれだけの怪我をして帰ってくれば当然で、何の言い訳のしようもない。

「夜は抜いていいって。寝る前に、薬だけ飲む」

「本当、程ほどにしなさいよ」

 最後に大きく釘を刺し、部屋を出て行くお母さん。


 それらは勿論私を思っての言葉だろうから、私はただ頭を下げるしか無い。

 腕は数日使えそうに無く、視力も回復していない状態。

 全身打撲と擦り傷で、動くのもやっと。

 確かにこれでは、親不孝以外の言葉が見つからない。

「いや。待てよ」



 まさしく這うようにして階段を下りて。

 正確には後ろ向きで這うように降りて、今度は本当に這ってリビングへとやってくる。

「お父さん。さっきのミカンって。わっ」

 頭上で鳴り響く叫び声。

 良く見れば、真横にはどこかで見たような足がそびえてる。

「それ、何かの冗談?」

「至って本気。全身痛くて、動きづらいの」

「だったら寝てなさい」

「少し、気になる事があって。誕生日って、まだ終わってないよね」

 額に添えられる小さな手。 

 顔を見合わせる、お母さんとお父さん。

 どうやら、そこまで重症ではなかったらしい。

 そこまで重症とは思われたかも知れないが。


「最近ばたばたしてたから、知らない間に終わったかと思っただけ。買い物は、全部済んだ?」

「サンタさんの買い物はどうかしら」

 何だ、それ。

 後でお父さん達の寝室でも調べてみようかな。

「それが分かって安心した。少し寝る」

「仕方ないわね。お父さんソファーの上にお願い」

「ああ。軽いね、優は」

 決して力持ちという訳ではないが、軽々と私をソファーの上まで持ち上げるお父さん。

 すぐにタオルケットが掛けられ、二人の優しさが私の体を包み込む。

「明日、学校はどうするの」

「行くよ。熱もないし、家で寝てると気が滅入る」

 どうも一人でいると考えが深くなるというか、悪い方へ向かってしまう傾向がある。

 特に、今は。

 それなら多少無理をしてでも、外へ出て学校で一日を過ごした方が精神的にはいいだろう。


「サトミはいない?」

「自分の部屋にいなかった?」

 何だ、自分の部屋って。 

 明日は学校を休んで、戸籍を確認しに行った方が良くないか。

「サトミは、何か言ってた?」

「借金がどうって。お昼でもおごってもらったの」

 至ってのんきな事を言うお父さん。

 下手したら、一生かかっても払えないくらいの借金を背負い込んだ。

 とは口が裂けても言えず、適当に笑ってこの場をごまかす。

 そうか、そっちの問題も残ってたか。

「やっぱり、私のお年玉」

「ぜんざいあるけど、食べる?」

 この話になると、すぐにごまかすな。

 でもって、私もすぐにごまかされるな。




 翌日。

 さすがにサトミの腕にすがり、バス停までやってくる。 

 雨も降っていなければ、誰かが割り込んで来る事も無い。

 比較的空いているバスへ乗り、サトミと一緒に二人掛けのシートへ座る。

 何がどう作用したのか、視力はかなり回復した。

 サングラスのせいで景色は暗いが、景色がぼやけたり目が疲れる事は殆ど無い。

 精神的な重し。

 舞地さんの件が、とりあえず片付いたのが効いたのかもしれない。

「まもなく、草薙高校前。草薙高校をご利用の方は、次でお降り下さい」

 目が見えない時は、このアナウンスにも助けられた。

 日々、人は多くの事に助けられて生きている。

 その感謝を忘れず、一瞬一瞬を大切に生きていこう。

 などと、無機質なアナウンスに思ってしまうくらい機嫌がいい。

「ユウ、降りるわよ」

 浮かれすぎて、乗り過ごすくらいにね。




 やはりサトミの腕にすがり、スティックで床を叩きながら正門を目指す。

 すると大勢の生徒が、わっと私達の周りを取り囲んだ。

「あ、あの。その。お体は」

「問題ないよ。踊れと言われれば、踊れるくらい」

 いや。実際は言われても踊らないけどね。

 そのくらいは出来るって事。

「じゃあ、その。あの」

「ああ、正門をくぐるの?歩くだけだし、別に問題ないよ」

 顔にはガーゼ。腕は肩から三角巾。

 例によって目にはサングラスと、杖代わりのスティック。

 そしてサトミにすがり付いて、よたよたと歩いている自分。

 どう見ても頼りがいがあるようには見えないし、むしろ格好の餌食だろう。


「仕返しとかされませんか?」

「みんなが?」

「いえ。雪野さんが」

 なるほど。そういう考え方もあるな。

 落ちた犬は棒で打て、なんて考え方もあるらしいし。

「良かったら、私達に隠れて入ります?」

 つい聞き返しそうになって、言われた言葉を頭の中で繰り返す。

 そこまでひどい状況かな。

「いや。大丈夫だと思うけど。とりあえず行こうか」

 スティックを地面に突き、一歩一歩正門へと向かう。

 その度に振動が伝わり、呻き声を上げそうになる。

「休憩、みんな先行って」

「あなた、何言ってるの。大体、遅刻するわよ」

「休めば良かったな」

 しかしここから引き返すのも馬鹿馬鹿しいし、同じ苦痛が待っている。

 ショウでも通りかからないかな。


「何してるんだ、そこ」

 居丈高な大声。

 まさかと思い振り向くと、嗜虐性に満ちた顔をした連中がこちらへとにじり寄ってきていた。 

 弱った獲物を見つけたハゲタカでも、もう少し品のいい表情をしていると思う。

「みんな」

「雪野さんは後ろに」

 私の前に出る、名前も知らない女の子。

 気付くと私はみんなに囲まれ、馬鹿連中の視界から消えた。

 連中の罵倒や叱責は耳に届く。

 だけど、この囲みが解かれる事は決してない。



 本当なら、私が彼等を守らなければならない。

 そのために私はここにいて、みんなは集まってきたはずだった。

 だけど今は、私を守るためにここにいる。

 私一人が頑張る必要はない。

 何もかもを背負う必要はない。

 一人一人の胸に宿っているから。

 学校を思う気持ち。同じ学校に通う生徒を思う気持ち。

 草薙高校の生徒としての誇りが。

「後は任せ、て……」


 スティックを振り上げて前に出ようとした所で、辺りの空気が一変する。

 肌がひり付くような威圧感。

 指を一本動かしただけで火が付きそうな殺気。

 強烈な。だけどそれに守られる者に取っては、絶対の安堵感をもたらしてくれる。

「制服が、どうしたって」

 肘を肩から三角巾で吊り、肩から濃茶の革のコートを羽織っている舞地さん。

 キャップから見える眼光は鋭いの一言で、それに睨まれれば魂すら消し飛びかねない。

「用がないなら、呼び止めるな」

 コートを翻し、足を引きずりながら正門へ向かう舞地さん。

 私達は周りの子に、彼女を囲むよう合図する。


「おい」

「私より重傷でしょ。それで、制服がどうしたって」 

 スティックを担ぎ、左半身を前に出して構えを取る。

 利き腕は右だが、左も一応は鍛えている。

 視覚と怪我というハンディがあってても、この程度の相手に後れを取る気は全くない。

「それで、俺を倒せるとでも思ってるのか」

「勝てる自信があるなら、掛かってくれば。睨まれただけで逃げ出すような人間に負ける気もしないし」

「このガキが」

 年は何才も変わらないだろうと思いつつ、体の力を抜いて反応をしやすくする。

 過信は良くないし、相手が誰だろうと油断をしては勝てる勝負にも勝てない。

 何より、ここまでされて黙っているよう程人間は出来てない。


「このっ」

 雑に振り下ろされた警棒にスティックを添え、手首を返して巻き込みながら地面へ落とす。

 落ちてきたそれを下からすくい上げ、グリップを叩いて体勢を崩している相手にぶつける。

 ぶつけたと言っても軽く当てた程度で、舞地さんや私の怪我に比べれば話にもならない。

「こ、このガキ」

「他のボキャブラリーはないの。無いなら、私も用は無い。じゃあね」

 さっさと正門をくぐり、学校側からスティックを振る。

 赤い顔で飛び込んできそうになったのを警備員が捕まえて、一件落着。

 名雲さんの言う通り、逃げるが勝ちだ。



「何してる」

 待っていてくれたのか、無愛想な顔で声を掛けてくる舞地さん。

 頬にガーゼ。腕は三角巾。

 杖こそ付いてないが、かなりの重傷。

 とはいえそうさせてしまったので、私からは何とも言いようがない。

「一応気を遣ってね」

「怪我は大丈夫なんですか」 

 私に変わって、聞きにくいことを聞くサトミ。

 舞地さんは怪我をしていない左手で頬を撫で、少しキャップを上に上げた。

「骨は折れてないし、問題ない」

「済みません。この子のせいで」 

 サトミが人の頭を押さえ、ぐいぐいと下げさせた。

 首も痛いんだってば。


 舞地さんは鼻で笑い、包帯で巻かれている腕を撫で付けた。

「気にするな。私の身勝手で起きた事だ」

「だってさ。手」

「噛まないでよ。狂犬病が伝染るから」

 くすくす笑い、私から遠ざかるサトミ。

 それには舞地さんも少しだが、笑顔を浮かべた。

「何よ、狂犬病って。大体、どうして知ってるの」

「私は何でも知ってるの」

 そう言って、ふくよかに膨らむ胸を軽く叩く振りをするサトミ。

 でもってその手を、私の胸に添えてきた。

「何、それ」

「どこで見てた」

 低い、狼の唸り声みたいな呟き。

 サトミはその拳を自分の頭に当てて、「てへ」とか言って大笑いした。

 おおよそ似合わないというか、これこそ彼女のボキャブラリーには無い言葉。

 一方舞地さんは、今にも飛びかかりそうな顔でサトミを睨み付けている。

「殺されそうなので、失礼します。ユウ、行くわよ」

 私も殺したいんだけどね。




 どうにか教室に辿り着き、席に付いて手を眺める。

 別に貧しさを感じはしないが、あまり楽しさも感じない。

「字が書けない」

「キーを押せばいいじゃない」

 マリー・アントワネットじゃないんだからさ。

 左手は使えるが、拳は擦り傷だらけと打撲が少し。

 押すには押せるが、言葉に付いていく程のペースは保てない。

「左手で書けば?」

「右利きなんだけどね」

「私は書けるわよ」

 何せ手先は器用なので、右手程ではないが綺麗な字を書けるのは知っている。

 しかも右手と左手で別々の文章を書く事。。

 それも意味のない文章ではなく、同時に問われた別々質問を右手と左手で答える事が。

 もしかすると、1500年越しに聖徳太子が生まれ変わってきたのかも知れないな。


 今は無理をしたくないので、腕をさすって首を振る。

「いいよ、後で写すから。それと、首の後ろ掻いて。痛くて、手が回せない」

「ここ?」

「そう。もう少しゆっくり」

 首を掻かれて、なんか気持ちよくなってきた。 

 朝飲んだ薬が効いてきたのか、少し眠い。

 いや。だいぶ眠いかな。

 やる事も無いし、少し寝よう。


「起きなさい」

 真上から聞こえる棘のある声。

 口元を手の甲で拭きつつ、欠伸を堪えて顔を上げる。

「眠いし、痛いし」

「言い訳は聞いてない。調子が悪いのなら、家で寝てなさい」

「出席は」

「欠席に決まってるじゃない。今度寝たら、ひどいわよ」

 今でも十分ひどいよ。

 とは言わず、うーっと唸って怒りを表現する。

 本当、一度検査に行った方がいいのかな。




 結局授業は全部寝て、気付けばお昼になっていた。 

 さすがに、我ながら最悪としか言いようがない。

 とはいえ、そこはそれ。

 反省はしてもご飯は食べる。

 食べやすいよう、おにぎりをもそもそと。

 好きだしね、おにぎり。 

 「へろー」

 ご機嫌な調子で現れ、サトミの隣へと座る池上さん。

 昨日までの冷たい影はどこにも無く、ただ舞地さんの姿も見当たらない。

「舞地さんは」

「寝てるわよ。肘の腱が伸びてるから」

「あれは」

「本当、大変よね」

 うしゃうしゃ笑い、人のおにぎりを食べだす池上さん。

 別に何もおかしくはないし、ショウが仏頂面になるだけだ。


「リーダーたるもの、後始末も必要って事」

「後始末?何の」

「H棟に付いてと、命令を無視した事に対してね」

「ちょっと、それって」

「心配しなくても、退学なんてしないわよ。そういう契約だから」

 暖かい、慈しむような微笑み。

 私は何も言えず、ただ頭を下げるくらいしか出来る事は無い。

 あの場の勢いで口走った事がどんな影響を及ぼすのか、考えても見なかった。

 どれだけの人に迷惑を掛け、困難を強いるかを。

 あの選択が間違っていたとは思わない。

 だけど今振り返れば、最良だったとは言い切れない。

 胸の中に渦巻く後悔。慙愧の念。



 でも。それでも、前に進む。

 学校のために。生徒のために。

 私を分かってくれる人達のために。

 何の犠牲も無く成果だけを得るなんて事は、私には出来そうに無い。

 その支払いを、いつか自分が償う日が来るかもしれない。

 それでも私には、前に進む以外に道は無い。


 ただ、舞地さんの事は私にも責任の幾ばくかはある。

 気にならないと言えば嘘になる。

「具体的な処分は?」

「大学の卒業資格停止くらいね。高校の卒業資格はあるから、後は自然に卒業出来るわ」

「どうして、大学なの」

「大岡裁きじゃないかしら」

 なんだ、それ。

 良く分からないが、その中途半端な処罰で彼女達が卒業出来るのも事実。

 草薙高校の大岡忠相に、今は感謝するか。

「それと、違約金なんだけど。一括じゃないよね」

「私は雇われただけから。交渉は雇い主として」

「間さんと?」

 ただ、冷静に考えれば当然か。

 確か大学にいるはずだから、後で会いに行くとしよう。

「一体さ、何がしたかったの」

「先輩として、心構えを教えたかったのよ」

 何だ、それ。

 いや。今振り返れば、なんとなく分からなくも無いけどね。


「仕事が残ってるから、もう帰るわ。じゃ、またね」

 人の頭を撫でて、うしゃうしゃ笑いながら去っていく池上さん。

 頭に残ったぬくもりと感触。

 そして彼女達の心。

 私には重いかもしれない。だけど背負うべき事。




 放課後。

 地下鉄に揺られ、草薙大学へとやってくる。

 相変わらず狭いキャンパス内にはまだ大勢の大学生が残っていて、ただ今の高校と比べるとその空気はまるで違う。

 自由闊達という言葉がそのまま当てはまりそうな、明るい笑顔や話し声。

 この寒さにも関わらず、オープンカフェで楽しそうにしているグループの姿も結構多い。

 私も数年後にはこうしているのかなと思いつつ、正門から真直ぐ来たところにある建物の中へ入りようやくの暖を取る。

「掲示板」

 狭いスペースに立ち並ぶ紙の貼られた掲示板。

 休講がいつ、締切期限がいつ、募集は何。呼び出しは誰。

 今時これは無いと思うが、たまに学生が来ては学部ごとに張り出された掲示を見ては去っていく。

 もしかして機能してるのか、これ。

「メールでも配信するけど、これはこれで使ってるみたいよ」

「何のために」

「ノスタルジーに浸るためじゃないかしら」

 一言で切って捨てるサトミ。

 この掲示板のブースもそれなりの場所を占めている。

 ただでさえ狭いこの学校にしてみれば、結構無駄な場所とも言える。



「うわ」

 何気なく見た経営学部の張り出し。

 追試という赤い文字の下に、学籍番号と名前が書かれてあった。

 多分こういう事のために存在するんじゃないだろうか、掲示板は。

 職員か教授の趣味かは知らないけど、なんとなく気持は分かる。

 やられた方の気持は、もっと分かるけどね。

「頑張ろうって気にはなるのかな。わざわざこのスペースを使ってまでやるって意味はともかくさ」

「世の中、無駄が多すぎるのよ。それでなりたってるって話もあるけれど」

「良いんじゃないの。私達も余り物みたいなものだしさ」

 いつまでも掲示板を見ていても仕方なく、薄暗い教棟と教棟の間を歩いていく。

 暗いのは私の眼のせいではなくて、今にも消えそうな照明のせい。 

 なんか全体的に古いというか、設備が整ってないな。

「草薙グループって、お金あるの?」

「ノスタルジーって言ったでしょ。こういう寂しげな雰囲気に愛着を持つ人がいるのよ」

「誰が」

「知らないけど」

 もしかして私が、とか言い出しかねないな。

 趣があるといえばあるけど、正直機能的ではないし単に手入れが行き届いてないだけの気もする。

 こうなると高校は本当に何もかもが整っていて、逆に恵まれ過ぎているのだろうか。

 その辺りの弊害も、もしかするとあるのかもしれないな。



 柄にもない事を考えている内に、総務に与えられた部屋へと辿り着いた。

 総務とは学年を代表する学生の事らしいが、やってるのは掲示板へのビラ貼りや封筒詰め。

 ていの良い雑用係という気がしなくも無い。

「紅茶しかないんだけど」

 紙コップから立ち上る湯気越しに見える、穏やかな顔。

 元草薙高校生徒会長にして、学校との抗争では屋神さん達を集めた人物。

 つまりこの人がいなければその戦い自体存在しなく、管理案はそこで施行されていた。

 殆ど名前を聞く事の無い人だけど、そう考えると彼の存在はとてつもなく大きいのかもしれない。

 しかも学校へ対抗するために、何人かの生徒をスカウトして草薙高校へ送り込んでもしている。

 学校を思う気持は、多分私とは比較にならないんだろう。

「えーと。舞地さん達との契約だったね。契約を破棄した事による違約金を肩代わりするって話だけど」

「ええ」

 額は想像も出来ないし、払いきれるかどうかも定かではない。

 でもこの選択が間違ってるとは思わない。


 私がこうしなければ、舞地さん達は執行委員会に縛られたまま。

 それは彼女達の本意ではなく、何より私が我慢出来ない。

 彼女達から自由を奪う事。その笑顔を失わせる事が。


「支払わなくてもいいんだけどね。契約には違反してないし」

「え」

「でも違反といえば違反かな。どうしてもというのなら、払っても良いよ。額はこれ」

 ブルゾンのポケットから出てきた、色あせた領収書。

 金額としては数人で食事が出来るくらい。

 というか、「焼肉食べ放題×4」とある。

「あの、これは」

「契約した時の領収書。これは前払い分だから、この分は負担してもらおうか。後払い分は、後輩という事で俺が泣くよ」

「はあ」

 狐につままれた気持とは、多分こんな事を言うんだろうか。

 というか、本当に騙されてないか。



「舞地さん達は、これで了承したんですか?他に報酬は?」

「無いよ。一応俺も、それなりの額を提示しようとはしたけどね。その時食べていた食事だけで十分だって。良い人達だね」

「そうですね」

 なんか、一気に力が抜けてきた。

 いや喜ぶべき事ではあるんだろうけど、少しでも思い悩んだ自分が馬鹿らしい。

 ただ舞地さん達にすれば契約は絶対であり、額はともあれそれを破る事は許されないはず。

 それを私のわがままで破らせてしまった責任は、私が背負うしかない。

「さっきも言ったけど、契約自体は有効だよ。だから君が結ぶ契約と相反する時に破棄すれば良い」

「私は、草薙高校の生徒会長に従うという契約だと聞いてますけど」

「その通り。執行委員会が代行してるからその指示に従うって事だろ。確かに、その考え方は正しいね」

 禅問答でもしてるのか、この人は。

 どうにも捉えどころがないというか、ペースが掴みにくいな。

「ただし俺の契約は、生徒会長の指示に従うという事でね。その解釈は、学校ではなく彼女達に一任してる」

「だったら、舞地さんたちが執行委員会を生徒会長と認めたって事ですか」

「それもどうかな。どちらしろ彼女達は契約違反を犯してないし、もしそうだとしても違約金は微々たる物。誰も傷は付かない」

 どうも上手く丸め込まれたような気がしないでもない。

 ただしこの手の話はサトミが専門なので、私が無理に考える必要も無いか。


「なかなか興味深く拝聴させて頂きました。おおよそ、見当は付いていましたが」

「さすが天才美少女」

 悪かったな、天才でも美少女でもなくて。

 そんな私の気分を察したのか、目の前にスフレが滑ってきた。

「はは、草薙高校万歳」

「何よ、それ。・・・卒業生として、今の状況はどう思います?学校と、そして私達は」

「学校は、他校で管理案が施行された時と似てるね。草薙高校の性格上完全に飲み込まれた訳ではないにしろ、俺達が目指した学校とは程遠い。新1年生は、過去を知らないからたやすく順応する。俺は来期まで決着を先延ばしするより、無理矢理でも今年度中に目途をつけたほうが良いと思うよ」

 初めて彼から聞く、真面目なアドバイス。

 また、来期に先延ばししないという意見も初めて聞いた。

 私はもっと悠長に、卒業までにどうにかすればいいと思っていた。

 しかし彼は先を見据え、長い視野で物事を理解している。

 飄々としてつかみ所が無く目立たない人だけど、やっぱりこの人は中心になるべくしてなった人なんだろう。


「それで君達についての評価は、俺個人としてはかなり高いよ。今更俺が口出しする事でもないし実際何の力も無いけど、多分当時の俺達よりは苦しい状況にあるのに学校と互角に渡り合ってる。どちらにしろ、まだこれからだね」




 低い、今までとはまるで違う厳しい声。

 自分がそれに関われない事。

 その悔しさ、無念さ、そして私達への思いの込められた言葉。

 そう。全ては、まだこれからだ。






                                                       第32話 終わり









     第32話 あとがき





 という訳で、対ワイルドギース編でした。

 舞地さん達側からの視点は、エピソード32にて。


 当たり前ですが優達だけで全てを変えられる訳ではなく。

 大勢の人の協力があればこそ。

 この場合は、舞地さん達とか。

 ユウ主観でストーリーが進むためその辺は分かりにくいんですけどね。

 丹下さんとか七尾君とか、塩田さん達先輩とか。

 色々やってくれてるんでしょう、多分。

 さすがに、そこまで書く余裕が私にはないんですが。


 波乱の要素も含みつつ、ストーリーは加速。

 今後は、より対学校色が強くなっていきます。

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