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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第32話
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32-7






     32-7




 オフィスに戻るとサトミの姿は無く、ケイと柳君が楽しそうにゲームをやっていた。

 暇なのはいい事だけど、ここが散々襲われているのに緊張感の欠片も無いな。

「サトミは?」

「さっき、池上さんに呼ばれて出てった」

「そう。終業時間はと」

 時計を確かめると、時間としてはそろそろ。 

 ゲームをリセットして、帰り支度を始めていく。

 柳君が負けてたしね。

「戸締り確認火の用心と」 

 窓は畳のある、奥の部屋だけ。

 火の元はキッチンだが、電気調理器のため火の元と呼ぶには無理があるかもしれない。

 セキュリティも作動しているし、私物は全部持ち帰っているので取られて困るような物も無い。

 それは逆に、この場所が仮住まいであると嫌でも教えられる事となる。



「あーあ」

 照明を落とし、ドアが閉まったところでキーを掛ける。

 ここのキーを持っているのは私と名雲さん。

 ただ彼のは教棟全体のマスターキーなので、私が一応責任者となっている。 

 本来は舞地さんが持つべきなんだろうけど、あの人に部屋の管理は似合わない。

 それ以前に、やった事がないと言われそうだ。

「サトミ達は、何してるの」

「仲直りの握手だろ」 

 自分で言って、自分で笑うケイ。

 別にそんなに面白い事を言ったとは思えないし、笑っているのは彼一人だ。

「握手って、モトちゃんと?」

「友情なんだよ、友情」

 友情なんて口にする柄だろうか。

 大体、その言葉の意味を理解してるのか。

「……はい。……今帰るところ。……分かった。……近くのファミレスにいるって」




 ファミレスのテーブルにいたのは、池上さんとサトミとモトちゃん。

 仲直りの握手はしていないが、池上さんの意図は多分それに近いと思う。

 池上さんを正面に、二人が向かい合う格好。

 微妙に開いた距離が、少し心を痛ませる。

「真理依は」

「自警局にいましたよ」

「何しに」

「猫と遊んでました」

 一瞬気まずい話になるかと思ったが、ショウのずれた答えに救われる。

 猫と遊んでたのは本当だし、私達より池上さんの方が事情には詳しいはず。

 今のは、少し試されたという気がしないでもない。

「いいわ。その内来るでしょ。あの子の分は、適当に頼むから」

 あっさりと話を終わらせ、テーブルの中央にあるアップルパイを切り取る池上さん。

 私はご飯を食べる前に甘い物を取る習慣は無いので、大人しくメニューを開く。


「冬のミルクフェア。グラタン、シチュー、冬の味覚が盛りだくさん。これ頼んだ?」

 こくりと頷くサトミ。

 モトちゃんも少し間をおいて頷き、私から視線を逸らす。

 空気はぎこちないが、この場を立ち去る程の気まずさでも無い。

 さっきよりもお互いの雰囲気も悪くなく、ただ根本的な解決には至っていないようだ。

「ヒカルと木之本君は?」

「卓上端末の調子が悪かったから、メンテナンスに出してる。すぐ来るわ」

 ようやく口を開くモトちゃん。

 それはいいけど、みんなはご飯で自分達は使い走りか。

「別に、無理に行かせた訳じゃないわよ。それに、すぐ近くの店だから」

 口ごもりつつ説明するサトミ。

 モトちゃんもそれに、小さく頷いている。



 少し意思の疎通が見られた二人に安堵しつつ、メニューに視線をとす。

「いいけどね、なんでも。私はシチューでも頼もうかな」

 別にグラタンでもいいが、ウサギの顔をしたニンジンがね。

 子供と言われればそれまでだが、店内を見る限りシチューのオーダー率はそれなりにある。

 頼んでいるのはやはり子供と、若い女性。

 この辺の可愛さに負けた仲間とも言える。


「戻ってきたわよ」

 軽く手を上げるモトちゃん。 

 彼女の視線を辿っていくと、やたらに大きい袋を背負った二人がやってきた。

 サンタにしては季節外れで、泥棒にしては二人とも人の良すぎる顔をしてる。

「スピードくじで当たった」

 テーブルの上にも置けない程のサイズの袋。

 ただ担いでくるくらいなので、重たい物は無いようだ。

「DD、カメラ、ハンディスキャナー、タブレット。これ、全部?」

「軽い分だけね。残りは、学校に届けるよう頼んでおいた」

 明るく答えるヒカル。

 新製品ではないが、どれも買えばそれなりの値段はするはず。

 それこそ普段は貧乏くじを引かされているような生き方をしてる彼らだけど、神様はちゃんと見ていてくれているようだ。


 その袋に余程インパクトがあったのか、隣のテーブルにいた小さな女の子がじっとこちらを見てきている。

「上げる」 

 無造作に、何のためらいも無く小さな端末を渡すヒカル。

 一瞬戸惑い、しかしすぐに笑顔を浮かべる女の子。

 そのお母さんが恐縮するが、ヒカルは明るく笑ったまま。

 これを手に入れたのは彼ら二人なので、私達からあれこれ言う事は無い。

 実際これらを自分の物にするという言葉は聞かれず、どうやら本部に運び込むつもりの様子。

 本当、どこまで人がいいのかとこっちの方が心配になる。


 袋の中身を漁りつつ、使用期限ぎりぎりの商品券を探り当てる。

「でも、こういうのって当たりがあるんだね」

「俺も、今知った」

 細いペンを振りながら、しみじみ呟くショウ。

 彼も人の良さでは負けていないが、この手の運には見放されている気がする。

 運で言えば、ヒカル・木之本君。ずっと開いて、ショウだと思う。

 それがまた、彼らしいといえばらしいんだけど。



 食事が運ばれてきたところで、丁度舞地さんも現れた。

 猫の事は言わないし、自警局にいた理由も話さない。

 黙って池上さんの勧める物を食べ、いつも通り大人しくしている。

 彼女は何も言わないし、正直直接は聞きづらい。

 また、聞いて良い事なのかという疑問もある。

 そんな事を考えつつ、申し訳程度にサラダを口へと運びお茶を飲む。

 美味しくはあるが、味気ない食感。

 空を掴むような、頼りなさ。

 私はそれくらいの存在でしか無い。

 頼りにされ、思った事を話してもらえるだけの人間ではないのかもしれない。

 サラダを食べてそんな事を思っても仕方ないが。




 少し遅いが、男子寮のラウンジを訪れ小谷君と会う。

 頼りにされるどころか、人を頼ってばかりだな。

「舞地さん、ですか。俺のレベルでは聞いてないんですけどね。噂なら、それとなくは」

「どんな?」

「端的に言えば、雪野さん達をかばってるとか。力尽くで押さえ込むような指示が出てるらしいんですが、拒否してるみたいですよ。それどころか、今は一緒にやってますからね」 

 なんとなくは予想していた内容。

 具体的な命令や支持は不明だが、彼女達が私達を守ってくれているのだけは分かった。

 ただそれと、この間の背中を取られた事とが結びつかないが。


「舞地さん達は、処分されないの?」

「されるかもしれませんね」

 あっさりと答える小谷君。

 こういう冗談を言うタイプではなく、またそういう場面でもない。

 つまり舞地さん達はそこまでのリスクを冒してまで、私達を守っているのか。

「ちょっと質問を変える。沙紀ちゃんは、処分されないの?」

「多少、皆さんへの対応が違いますからね。丹下さんが皆さんに協力しているのも、一応は自警局の許可を得ています。部屋の契約や物品の貸与などは。ただ、舞地さん達は皆さんを監視して場合によっては拘束するよう指示を受けてるそうです。でも、それに従わない」

 思わず何故と言いそうになり、その馬鹿馬鹿しさに自分で気付く。

 理由は本人達にしか分からないし、それこそ私が聞くべきではない。

 なんのために。 

 言うまでも無く、私達のために彼女達は身を挺してくれている。



「そんな人の良い連中か、あれが」

 冷や水を浴びせかけるような台詞。

 ケイはペットボトルのふたをテーブルの上で転がし、不器用な手つきでもてあそんでいる。

 思わず彼を睨むが、その程度では微かに動じる事も無い。

「もう一度言おうか。彼女達は渡り鳥。傭兵で、この学校とは縁もゆかりも無い」

「2年近く通ってるじゃない。愛着があるって、池上さんは言ってたじゃない」

「言い方を変えようか。彼女達は、契約に基づいて行動する。今彼女達が結んでいる契約は、生徒会長の指示に従う事。生徒会長がいない現在、その代行機関は執行委員会。で、彼女達は誰の指示に従うと思う」

 淡々とした、事実のみを語っているという態度。

 その冷静さが、余計に苛立ちを募らせる。


「私達の敵になるっていうの」

「それは彼女達じゃなくて、執行委員会の出方次第だろ」

「断ればいいじゃない」

「契約違反は、傭兵としての信頼を無くす。今更信頼はいいとして、違約金を払う必要も出てくる。この学校には当然残れないし、様々な資格の剥奪を申請される」

「もうすぐ卒業じゃない」

「契約ってのは、そういうものなんだよ。出来るから、報酬がもらえる。駄目なら、全てを失う。傭兵が必死なのは金のためもあるけど、失敗した場合のリスクを知ってるからさ。駄目ならもう一度、なんて甘い世界には生きてない」

 まるで私達の生き方や考え方を否定するような言葉。

 しかし、それに対しては何も言い返せない。

 停学だとか退学だとか言っていても、どこかでは甘く考えているのも事実だから。

 誰かが助けてくれる。 

 ずっと通い続けた学校だから、温情を掛けてくれる。

 そこまでの事には至らない。



 そして失敗しても、もう一度頑張れば良いとも。

 次は無いという考えは、私の中にはどこにも無かった。

「舞地さんは、俺達よりは学内的に弱い立場にいる。あくまでも学校側の配慮で普通の生徒としても扱ってはいるけど、結局はよそ者でしかない」

「居座ればいいって言ってたでしょ。前に」

「資格を失うともいった。それを気にしないのなら、居座る事も出来る。何もかも失っても良いと思えるのなら」 

 彼の言っているのが極端な例であるのは分かる。

 ただ、ありえない事でも無い。

 学校外生徒という不安定な立場。

 それを利用する事しか考えていない学校。

 利用価値が無くなった彼らを、ここに留めておく理由も無いんだから。


 自分でもそこは理解しつつ、彼の言葉に反発して言い返す。

「学校へ残るために、私達と敵対するって言いたいの」

「草薙高校卒業ともなれば、世間の評価は一気に高まる。系列の大学にもストレートで進学出来るし、就職にも困らない。今ヒロイックに振舞って一生を台無しにするか、少し冷静になって将来の安定を得るか。どう思う」

「どうって。理屈としては冷静になればいいってのは分かるわよ。でも、そんな事で本当にいいの?」

「良いかどうかは知らない。でも、他人の将来に口を挟む事も出来ない。自分は自分。他人は他人なんだから」

 冷静どころか、冷たさすら感じる態度。


 本当はそれが正しく、また当たり前の事なのかもしれない。

 世の中を渡っていくのには、妥協も必要だろう。

 波風ばかり起こし、異議を唱えるだけが正義ではない。

 彼の言うように、そこまでの事を他人には求められない。

 私は私の信じた道を行く。 

 それを人に押し付ける事は出来ない。



「舞地さんは、具体的にどうなってるの?」

「自警局へ呼び出されて、叱責を受けているようです。直属班の隊長なので簡単に解任は出来ませんが、卒業までですからね」

「でも、命令を拒否して卒業出来ないって事は?」

「それは、ちょっと」

 言葉を濁す小谷君。


 改めて理解する現実。

 周りの人に与えてしまっている負担。

 自分の事ならどうとでもなると思っていたし、どうにかなるとも思っていた。

 停学や退学は、木之本君がああなった後でも他人ごとのように考えていた。

 またそうなったらなったで、それは自分がまいた種。

 何の後悔も無いと思う。

 でも、私達のために犠牲を払う人がいたとしたら。

 今、苦しんでいる人がいるとしたら。

 本当に自分達のやってる事は、正しいと言えるのだろうか。


「その話って、舞地さんだけなのか?名雲さん達はどうなんだ」

 私も引っかかっていた部分を質問するショウ。

 舞地さんという名前は出てくるが、達という表現はされない。

 全員の代表だから彼女が呼び出されるのは分かるとしても、その処分が名雲さん達に下るという雰囲気では無い。

「あくまでも、舞地さん個人です。自分が命令しない限り名雲さん達は動かないという言い訳をしています」

「じゃあ、一人で責任を負うって事か。なんだ、それは」

「俺に言われても。大体今までのも噂であって、実際はどうなのかは分かりませんよ」

 確かに小谷君に文句を付けても仕方ない。

 しかしこの憤りや苛立ち。

 自分達の無力さをどう表現して、どこにぶつければいいのかが分からない。

 私達さえもっとしっかりしていれば、舞地さん達はそこまで追い詰められなかった。

 自分達のせいで、私達が駄目だから。



 内向きに意識を向けていると、軽く机を叩く音がした。

「あのさ。なんか、勘違いして無いか」

 笑い気味に話しかけてくるケイ。

 全然意味が分からず、ショウと二人で彼を見返す。

「自分達がふがいないとか、自分達が駄目だから舞地さんが追い込まれてるって思ってない?」

「実際、そうじゃない。私達がもっとしっかりしてれば」

「逆だろ。しっかりしてるから、学校や執行委員会は弾圧に掛かる。俺達が駄目なら、わざわざ舞地さんに指示を出す必要も無い」

 その指摘に頷きかけ、すぐに顔から血の気が引く。


 私達が頑張れば頑張るほど。

 管理案に反対し、学校や執行委員会と対立すればする程。

 それは舞地さんを追い詰める事となる。

 全く気付いてなかった、だけど少し考えれば分かる事。

 今の自分達の立場。そして彼女の立場。

 仲の良い先輩。

 愛想が無いけど、優しい女の子。

 信頼に足る、尊敬の出来る人。

 そんな事は、もう関係が無い。



 いや。違う。

 彼女が信頼に足る人だからこそ、契約を守ろうとする。

 例え私達と戦う事になろうとも、自分達の信念を貫こうとする。

 今はきっと、その狭間で揺れている。

 私達を思って。自分を曲げようとしてまで。

 それこそが、私達のせいで。

 誰もが幸せで笑っていられる世界なんて、結局は夢物語なんだろうか。

 争い諍いも無い、平凡だけと楽しい毎日は。

 それは結局理想にしか過ぎず、私達はこの現実を認める事しか出来ないんだろうか。




 女子寮の部屋へと戻り、立ち上っていく紅茶の湯気を眺める。

 暖かいけど掴み所は無く、それはやがて消え去ってしまう。

 後に残るのは、清々しい紅茶の香り。

 そしてつかの間のぬくもり。

 舞地さんは、どれだけの覚悟を持っているんだろうか。 

 この学校を去る事になっても、卒業資格を剥奪されてまでも私達をかばうのか。

 それとともケイの言うように、自分の渡り鳥としての信念を貫き通すのか。

 どちらにしても、彼女に辛い選択を強いているのは自分達。

 何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。

 私は自分が正しいと思っていたし、そう思いたい。

 でもそのために犠牲を強いられ、苦しんでいる人がいる。

 今私達のやってる事は単なる独りよがりの、ヒーローごっこに過ぎないとしたら。

 誰も望まない、ただの自己満足に過ぎないとしたら。

 信念と呼べる程強固な物は、私の中に本当に備わっているんだろうか。




 気付けば朝を迎えていた。

 幸い寝過ごしてはいなく、ジョギングをする余裕も十分にある。

 多少気持は重いが、その分体を動かした方がいいのかもしれない。


 着替えを済ませて女子寮を出て、寮の塀沿いに走っていく。

 真冬の早朝。

 空気は身を切るように冷たく、太陽は微かに空を色づかせている程度。

 周りは薄い闇で、今の自分にはちょっと走りにくい条件。

 それでも記憶と感覚を頼りに、いつも通りのコースを走っていく。

 子犬を散歩している老夫婦。新聞を配達するスクーター。私を追い抜いていく、ジャージ姿の男性。

 早朝の見慣れた光景の中に、私も溶け込む。


「っと」

 角から飛び出てきた自転車を避け、足を止める。

 幸い接触はせず、お互い怪我も無く無事に済んだ。

「どこ見てるんだ、この野郎」

 自転車を運転していた若い男が、こちらに向かって叫んできた。

 その後ろに座っている女はにやけたままで、この成り行きを楽しんでいる様子。

 相手は小柄な女。

 自分が強いと思える、強いと見せられる良い機会。

 ただそれは向こうの都合で、こっちはそこまで暇ではない。


「謝れよ、おい」

 口を利く気にもなれず、ヘアバンドの位置を直してスニーカーの具合を確かめる。

 体は温まってるし、それ程問題は無いだろう。

「無視してんじゃねえよ。てめぇ」

「怖がってるんじゃないの。はは」

 静謐な空気に響く笑い声。

 本当、笑いたいのはこっちの方だ。

「じゃあ、もう少しいじめてやるか」

「面白そうね」

 何が面白いんだか知らないが、今までの経験上それが面白かった試しは無い。

 私も。何より、その相手が。


 自転車を乗り捨て、私に近付いてくる男。

 中学生だと思うが、それ程身長もなく何かをやっている様子も無い。

 女の前で格好を付けたがる、典型的なタイプ。

 その尻馬に乗る女という構図か。

「まずは、土下座しろよ」

「可哀想じゃない。はは」



 塀を蹴って二人を飛び越え、自転車を足場に空へと舞い上がる。

 軽く体をひねって体勢を立て直し、センサーの位置を確かめながら塀の上に乗る。

 男達は遥か下で、飛び上がらない限りは私に手も届かない。

 名雲さんに言われたばかりだし、逃げるが勝ちだ。 

 しかしこうして上から見下ろすのは悪くなく、猫の気持が少し分かった気になった。

「お、降りて来い」

 降りる訳も無いし、相手にする理由も失せた。

 後は寮の敷地に飛び降りれば、全てが終わる。

「顔は覚えたからな。絶対に見つけてやる」


 聞き捨てなら無い台詞。

 この場限りの出来事なら、まだ我慢も出来た。

 しかし、後に引きずるというのなら話は別だ。

 私は簡単に逃げられても、他の子がそうだという保証はどこにも無い。

 反省や後悔は後ですれば済む話。

 今は自分の感情に身を任せる時だ。


 塀から飛び降りようと膝を曲げたところで、真下からの視線に気付く。

 呆れているのか、愛想を尽かしているのか。

 あまり友好的な眼差しではない。

「猫か」

 塀の上に立っている私を見上げて、そう呟く舞地さん。

 彼女もジャージ姿で、薄闇の中でも頬が上気しているのが分かる。

「猫だったらどうなのよ」

「馬鹿」

 多分今の私を形容するのに、それ以上適切な言葉は無いだろう。

 猫なら上にいる方が有利なんだけど、残念ながら私は人間。

 この場合はむしろ、上にいる方が優位性は低いだろう。


「て、てめえら。何ごちゃごちゃ話してるんだ。ふざけてるな」

 突然響き渡る、下品な怒号。

 そういえば、誰かと揉めてる最中だったな。 

「お前は、ケンカしか出来ないのか」

「私が好きで暴れてる訳じゃないのよ」

「どうだか」

 鼻で笑う舞地さん。

 今なら間違いなく彼女は敵で、飛び蹴りを食らわしても後悔はしない。 



「せっ」

 視力が低下しているので、塀の上は安定さを欠く。

 とりあえず男達の頭上を越えて、しなやかな動きで地面に着地。

 視力よりも体の感覚を頼りに着地。

 それこそ、目を閉じていても着地を失敗する事は無い。

「それで、どうするって」

「何を」

「この状況をだ」

「どうもこうも」

 背中を探るが、スティックは無し。

 暴れまわるのも、タイミングを逸した気分。

「仕方ない。グローブをはめろ」

 顎で倒れている自転車を示す舞地さん。 

 それを引き起こしたところで、彼女が後ろに座る。

「ちょっと。私が後ろじゃないの」

「年寄りはいたわるものだ」

「1年しか違わないじゃない」

 補助モーターも無いのか、ペダルが思いどころか動きもしない。

 すぐに全身が熱くなり、かろうじてタイヤが動き出す。


「お、おい、待て」

 追いすがってくる足音を無視して、慣性の付き始めたペダルをこぐ。

 後ろからは足音と怒号だけではなく、鼻歌も聞こえ始めた。

 白み出す空。

 眩しい日差し。

 だけど爽やかさとはおおよそ縁遠い、今の自分。




 自転車をPBポリスボックスの前に捨てて、そのまま逃げる。

 舞地さんいわく、盗難車との事。

 グローブをはめる様言ってきたのは、そのためか。

「あー」 

 早朝営業しているハンバーガー屋さんでぐったりして、時が無常に過ぎ去っていくのを実感する。

 登校の時間はまだ先だが、ここでのんびりしてる余裕も無いはず。

 しかし、気力も無ければ体も付いていかない。 

 というか、朝から一日分の体力を使い果たしたよ。


「だらしない。しゃんとしろ」

 なんか、怒られたように聞こえるけど気のせいか。

 鼻歌まで聞こえてくるし、多分私がどうかしてるんだろう。

「鍛え方が足りないんだ」

「はいはい。どうせ小さいし努力も足りないし、よだれもたらすわよ。あーあ」

 ホットケーキにメイプルシロップをたっぷり掛けて、バターも溶かして口一杯に頬張る。

 甘みとコクが口の中に広がって、疲れも苛立ちも一瞬にして溶けていく。

 少なくとも、そういう気分にはなった。

 やや苦めのコーヒーでホットケーキを飲み込み、ようやく気持が落ち着いてくる。


「一つ聞きたいんだけど。自警局と揉めてるって本当?」

 聞くのは止めようとも思っていたが、口にしてしまった物は仕方ない。

 気まずいとか失敗という概念は、今に限って言えば思いもつかない。

 それ以外の事も思い付かないが。

「別に揉めてない」

「私達をかばってるって聞いたけど」

「誰を」

 思いっきり真顔で問い返された。

 素直に口を割らないとは思っていたが、予想通りの展開だな。

「ほら、可愛い後輩のために」

「誰が可愛いって」

「ケイは、契約に基づいて行動するって言ってたけど」

 それに対しては答えない舞地さん。

 一瞬垣間見える彼女の葛藤。

 これ以上の質問は、さすがの私もためらわれる。


「早く学校に行け」

「自分はどうなの」

「私は授業に出てないから、慌てる必要もない」

 優雅にマグカップを傾ける舞地さん。 

 どうやら、この辺りが潮時のようだ。

「もう一度聞くけど。自警局の件は」

「人を気にする前に、自分の足元でも見てろ」

「私は前向きに生きてるの。後ろは振り返らないのよ」

「足元の話をしてるんだ。それと、パンケーキは置いていけ」




 そこは言う事を聞かず、学校までパンケーキを持ってくる。

 ホットケーキを食べたばかりなのでお腹は一杯だが、それは私の話だ。

「食べる?」

「食べる」

 予想通りというか、断られた試しがない。

 美味しそうにパンケーキへかじりつくショウに満足して、筆記用具を並べていく。

「子供にご飯でも運んでるの」

 笑いながら私の後ろに座るサトミ。

 昨日の陰は感じられず、いつもの落ち着いた彼女がそこにいた。

「舞地さんのおごりでね」

「女子寮で警報が鳴ったけど、あれがそう?」

 センサーには触れなかったので、警報が鳴る訳はない。

 なんて答えるのは、昔の自分。

 私も日々成長してるのよ。

「猫が塀の上でも歩いたんでしょ」

「最近の猫は、自転車に乗るみたいね」

 どうやら、この話もここが潮時みたいだな。


「あなたは、何がしたい訳」

「馬鹿なカップルに絡まれてね。でも、殴り倒すよりいいでしょ」

「殴るよりはいいのかしら。いいの?」

 二度言わないでよね。

 ただ今回は暴れなかったので、サトミも怒るきっかけを失った様子。

 これからは、逃げるという選択肢を最優先に考えよう。

「人間、暴れるばかりでも仕方ないもんね」

「随分悟ったわね。そっちの男の子はどうなの」

「家訓で、逃げないように言われてる」

 何の迷いもなく、即座に答えるショウ。

 サトミは小さくため息を付き、振った相手を間違えたという顔をする。


「それで、舞地さんは何か言ってた?」

「全然。それ以前に、答えなかった」

「自分からあれこれ説明するタイプではないものね。……おはよう」

「おはよう」 

 教室へ入ってきたモトちゃんへ挨拶をするサトミ。

 モトちゃんも挨拶を返し、二人は並んで席に座る。

 少しのぎこちなさはあるが、昨日の刺々しさは感じられない。

 問題の先送りという気もするけど、変にこじれるよりはいいのかもしれない。

 そうやって、現実から逃げているだけだとしても。




 眠い中始まる、数学の授業。

 ノートは取っているが、内容はあまり理解出来ていない。 

 複雑な計算式と、聞き慣れない用語。

 関心を呼ぶ要素はどこにもなく、これでは数学の教師が疎まれるのも無理はない。

「例えば角B’。これを用いた余弦定理から2次方程式を作成すると……」

 突然開くドア。

 中へ入ってくる武器を持った集団。

 この前の続きでもやりに来たのか。

「今から、所持品検査を」

 白けきった空気と反発の態度。

 それにも負けず話を続けようとするが、誰も耳を貸さないし止めようとすらしない。

 何となく感じる幾つもの緯線。

 クラスメートからだけではなく、教師も私達に視線を向ける。

「つまりこれは検査ではなく、各個人の心構えを。人の話を聞いてるのかっ」

 聞く訳がないし、それより前に相手にもしてない。

 またいくら退屈な授業とはいえ、この状態を見過ごす訳にもいかないだろう。


 しかし私は逃げる事に決めたので、ショウの腕を付いて彼を立たせる。

「どうして、俺が」

「家訓は、引く無かれでしょ」

 スティックを渡し、私も一応グローブははめる。

 逃げると決めたばかりだが、今回は例外。

 その例外が積み重なって今に至るという考えは、この際忘れる事にする。

「我々は理事会から。誰だ、お前。……あ、いや。その、失礼します」

 スティックを担いだショウに深々と頭を下げ、慌てて教室を飛び出ていく男達。

 さすがに彼の存在は有名らしく、以前検査に来た連中にどういう態度で臨んだか聞いているのかも知れない。

 何にしろ、余計なトラブルも引き起こさず問題を解決出来た。

 私達も、やれば出来るじゃない。

「先生、ドアにキーを」

「え、ええ。最近、ああいう遊びが流行ってるんですか?」

「みたいですね。悪ふざけが過ぎるので、学校でも取り締まって下さい」

「分かりました。その時は誰か代表して、今の話を証言して下さいね」




 昼休み。

 食堂の個室に通され、運ばれてきたサンドイッチを頬張る。

 個室という時点で色々期待していたが、世の中そうは甘くないらしい。

 ただし量は十分にあるので、不満を言うのも贅沢な話。

 とりあえずタマゴサンドを確保して、玉子とマヨネーズの絶妙な組み合わせを楽しむ。

「どうぞ」

 恭しい態度でコンソメスープを運んでくる、ウェイトレス姿の女性。

 さすがに教職員用の食堂ともなると、色々待遇がいいようだ。

「他にお召し上がりになりたい物はありますか」

「いえ。これだけで」

 ショウが口を開く前に、すっと言葉を挟むサトミ。

 ウェイトレスさんは軽く会釈をして、優雅な足取りで部屋を出て行った。


「あんな人いるんだね。初めて知った」

「個室専用の接客係でしょ。来賓の相手をするのが専門だと思うわよ」

「ふーん。料理くらい、自分で運べばいいと思うんだけどね。少なくとも、この学校にいる時くらいは」

 大企業の社長でもエリート官僚でも、そのくらいはやっても罰は当たらないと思う。

 自分で出来る事は、自分でやる。

 せっかくこの学校へ視察に来るのなら、実体験としてそういう事を学んで欲しい。

「お待たせしました」

 慌ただしく部屋に入ってくる、数名の男女。

 全員スーツ姿で、年齢は30前後といった所。

 ただ私達が子供だからといって見下している様子はなく、その点では安心出来る。


「授業中に行われる、有志の生徒による所持品検査ですね。確かにクレーム数は結構な量になってるんですが。一応風紀を糺すという事で、理事会から許可が下りてまして」

「授業中というのは、我々教員も困るんですが」 

 静かに反論を試みる数学の教師。

 職員は大きく頷き、しかし発言を翻しはしない。

「先生方からも、授業にならないという意見は多数寄せられています。しかし風紀が乱れているのは事実ですし、ドラッグを売買しているという話もありますから」

 かなり古い話を持ち出す職員。

 ドラッグに関してはほぼ根絶やしにしたつもりで、問題は解決したと思っていた。

 だけど学校は、こういう形でそれを利用している。

 もしかして、ここまで考えての行動だったのか。



「仰ってる事は、我々も理解しています。ただしこの、理事会の承認という部分が厄介でして。いや。失礼」

 若干言葉を濁しながら、一枚の書類を示す職員。

 私達も手元にある資料の中から、同じ書類を上に出す。

 連中の言っていた通り、また彼の言うように理事会から正式な承認を受けているとの回答が書き込まれている。

 どうやら別な目的で出された通達を拡大解釈しているようだが、黙認している以上正式な許可と変わらない。

「有志の職員の署名と共に、改善するよう理事会には意見を提出しています。有志という部分が弱いんですけどね」

「職員の大勢では無いんですか」

 サトミの指摘に職員達は苦笑気味に頷き、彼等とそして私達を指さした。

「草薙高校の最高意志決定機関は理事会。そこへ抗議するのは、多少勇気がいりまして」

「重大な議題に付いて、ではないんですか。理事会の決定が尊重されるのは」

「ご指摘通り、通常業務に関しては教職員に一任されています。ただ理事会の方が組織の上にある以上、その意向に従うのが通例です」 

 当たり前だが、力を持つ者には逆らえない。

 逆らえばどうなるかは、今の私達が身をもって知っている。


「とにかく、我々しても改めて学校には意見を提出します。決して皆さんの行動を、全ての職員が反対している訳ではないと思っていて下さい」

「助かります。それが聞けただけでも、お会いした甲斐がありました」

「我々は丁度、戦争を間に挟んだ世代でしてね。この学校の発展に貢献したという自負も多少はあります。だからこそ、今の状態は見過ごすには忍びないんです」

 静かに語る職員。

 彼等もまた、学校に対して意義を申し立ている存在。

 私達とは違うアプローチで、私達とはまた違う思いで彼等も戦っている。

 どこからも救いの手は差し伸べられない。自分達で頑張るしかない。

 そんな思い詰めた気持ちを和らげてくれる出会い。




 午後からは、キータイプの授業。

 この先生は教員だが、理事長の妹。

 つまりは、経営者一族。

 おそらくは教員より、学校寄りの考えだろう。

「音声入力は基本的な使い方ですが、端末に入っているソフトによっては語彙を追加したり専門用語に変換へも可能です。当然変換された内容を理解するだけの能力が人間側にも必要ですが。それは自主的に勉強してもらうとして、任意の声を拾うよう設定して下さい。まずは、私の声を」

 キーを操作し、彼女の声を登録。

 後は放っておいてもその声を拾い、文章化してくれる。

 授業中眠い時に有効なシステムで、わざわざ教わる事でもない。


「では、今から詩を読んでみます」

 文庫本を取り出し、滔々と詩を読み出す村井先生。

 端末にはその通りの文字が入力されて、便利な事この上ない。

「言葉のペースが一定の範囲内に無いと、認識しない場合があります。授業中に使うのは結構ですが、その辺りを理解するように。音声認識の設定を変える方法もありますが、それは自主的に勉強して下さい」

 一番肝心な事は教えてくれないな。

 大体聞き取れないか聞き逃すから、音声認識を使うんじゃない。

「では、今度は自分の声や友達の声を認識させてみて下さい。一斉に大勢の人が話していても、登録さえしていれば任意の声だけを拾う事が出来ますから」

 教室のあちこちで控えめに聞こえる話し声。

 やがてそれは騒音のレベルにまで達し、これでは自分の声すら聞き取れない。


 それでも、一応やってみるか。

「テスト、テスト」

 ぼそぼそ話すと、その通りに文字が出る。

 良く分からないけど、記者やインタビュアーの人には必須の機能なんだろう。

 私は多分一生使う事もないので、あまり必要性を感じないが。

「やらないの」

 不意に端末へ表示される文字。

 何かと思ったら、教壇にいる村井先生が口を動かしていた。

 さっきの設定が、そのまま残っているようだ。

「一つ聞きたいんですけど、先生は教員としての立場を優先させますか。それとも、お姉さんの立場を優先させますか」

 端末へ視線を落とす村井先生。 

 声を拾っているのが私だけだと確認しているのかも知れない。

「今のところは、どちらでもないわよ。姉さんの方針が絶対とは思わないし、ただ教職員が理事会の決定に異議を唱えるのもどうかと思う」

「授業中に生徒が入ってきても?」

「その異議申し立てについては、私も署名してる」

 ふと思い出す、さっきの職員との話。 

 年齢的にいくと、彼女も戦争を挟んで育った世代だな。


「だったら」

「今の学校が通常の状況でないのは認める。だけど、許容範囲にあるのも事実よ。制服着用や風紀を糺すという考えは、他校では問題にもならない。先走る人間がいるのは、どうしようもない」

「例外だって逃げられる事ではないでしょう。今のままだと生徒会の一部が権力を握って、自分達のやりたいようにやってるだけじゃないですか」

「それを許し、見過ごしたのも生徒達でしょ。全て生徒の責任とは言わないけど、どうしてこうなったのか少し考えるべきね」




 放課後。

 筆記用具を片付けながら、村井先生の言葉を思い返す。

 学校側の罪ではなく、私達の過ちという意味を。

 幾つもの兆候は存在し、何より塩田さん達は学校の意図を知っていた。

 だけど私達は無為に時だけを過ぎさせて、それから逃げていた。


 いや。私、というべきだろうか。

 もっと早く決意をしていれば、もっと早くから知っていれば。もっと早く行動していれば。

 もしかして、違う展開があったのではないだろうか。

 勿論私一人がが背負っている訳でもない。

 だけど、私に託された思いもあるはずだ。

 それから逃げて、遠ざかって、見ない振りをしていたのもまた私自身だから。

「さっきの、村井先生との話?」

 机に座ったままの私のそばへ寄り、声を掛けてくるサトミ。

 どうやら彼女は、あの会話を聞いていたようだ。

 それ自体は気にもならないし、聞かれて困るような内容でもない。

 ただし聞かれたからといって、この状況が解決する訳でもない。


「まあね。結局、動き出したのが遅かったのかな」

 席を立ってリュックを背負い、サングラスをはめる。

 1年とは言わない。 

 せめて半年早く行動していれば、学内はここまで荒れずに済んだかも知れない。

 連合の解体も防げて、傭兵の流入も押さえられたかも。

 何にしろ、全ては推測で語るしか出来はしない。



 G棟を出ると、すでに日は傾き景色は薄い赤に染まり始めていた。

 どれだけも経たずにこの景色は闇に覆われ、冷たい夜風が吹きすさぶ。

 私が願おうと焦がれようと、時が戻るなんて事はあり得ない。

 こうしてそんな事を考えている間にすら、時は経っていくんだから。

「ほう」 

 不意に声を上げるケイ。

 釣られるようにして顔を上げ、彼の視線を追っていく。

 そこにいたのは、制服を着た生徒の集団。

 ただしこの学校の制服ではない、様々な制服を着た。

「親睦会の連中だ。学内に平気で入ってくるようじゃ、末期的だな」

 言葉とは裏腹に、これといった感情を交えない口調。


 とはいえ草薙高校は、その親睦会とは距離を置いていると言われている。

 置いているはずなのに、当たり前のようにして彼等が学校の中を歩いている現実。

 時はもう止まらず、加速を付けて流れていく。

 それを押しとどめる事は、もう出来ないんだろうか。


「こんにちは」

 愛想良く声を掛けてくる、集団の先頭にいた男。

 笑顔は爽やかだが、どこか冷たい感じ。

 出来れば知り合いになりたくないタイプで、言い方は悪いが生理的に受け付けない。

「こんにちは。この学校に来るなんて、珍しいな」 

 一応は穏やかに話へ応じるケイ。

 男は大袈裟に前髪を掻き上げ、わざとらしい笑顔を見せつけてきた。

「生徒会と会合があってね。今までの経緯からして我々の学校でとも思ったが、是非ともと言われてのでね」

「是非とも、か。何か、話し合う事なんてあった?」

「我々としては草薙高校を中心として、東海地区の高校や高専をまとめていくべきだと思ってる。すでに多くの学校から賛同を得てるし、今回はその決意を全員が確かめたと言うべきかな」

 ここでも聞かされる、示される現実。 


 私達が手をこまねいている間に、時は進み私達は取り残される。

 全ては遠い世界の話のようにすら思えてきた。

「草薙高校を中心、ね。そういうマンガがあるよな。北関東番長連合とか」

「力尽くで学校を支配するなんて野蛮な話じゃない。あくまでも、親睦会。相互に助け合い、意見を交換するだけさ。学校の規模からこの学校を中心に据えるだけで、他意は無いよ」

「良く分かった。議事録は、俺が見てもいいのかな」

「君はメンバーだから、それは自由だよ。何より我々の組織は、誰にでも開かれている」

 薄い、皮膚にしみこんでいるような笑顔。

 ケイは愛想良く笑って、それに応える。

「では、俺の友達を親睦会に加入させるのも」

「勿論、大歓迎だよ。手続きは、こちらでしておこう」

「助かる。メンバーについては、後で送る。近い内に、顔合わせもしよう」

「ああ」

 爽やかに笑い、仲間の元へ戻っていく男。

 ケイはやはり愛想良く手を振り、その背中を見送った。



「馬鹿が。やってろ」

 冷たい、心を押し潰すような口調。 

 笑顔はさらに深くなり、喉元からは低い笑い声が漏れる。

「あなた、最低ね」

 それを意に介さず、静かに声を掛けるサトミ。

 ケイは男達の姿が消えたのを待って、大きな宝石の付いた指輪を取り出した。

「皆さんにプレゼント。なんて言われてさ」

「盗聴器付き?」

「セオリーだろ。まあ、都合の良い時にはonにしてある。GPSも組み込んであるから、色々使える。ね」

 気味の悪い声を出し、後ろを振り返るケイ。

 木之本君は苦笑気味に頷いて、それの改造を認めた。

「誰か、欲しい人は」

 今の話を聞いて、手を挙げる人がいる訳無い。 

 それ以前に、よく平気で持ってるな。




 本部へは立ち寄らず、そのままH棟へとやってくる。

 比較的好意的な視線を向けてくる子もいれば、疎ましそうな顔をする子もいる。

 どちらにしろ、ここでは私達が何らかの影響を及ぼしているようだ。

 出来れば好意的に迎えて入れて欲しいが、何の反応も無いよりはましか。

 正面を見ると、丁度生徒会ガーディアンズの集団が近付いてきた。

 こちらに避ける理由はなく、ただ向こうも歩みを止める気は無い様子。

 勿論逃げ出すという選択肢もあるにはある。

 何にしろ、揉めなければいいだけの事だ。


 一応廊下の左へ寄り、彼等をやり過ごす。

 向こうも不要な揉め事は避けたいのか、右側へ寄っていく。

 若干の緊張をはらみつつ、私達はすれ違う。

「ショウ」

 何事もなければ一番良い。

 ただ、人の善意を信じるには色んな事がありすぎた。

 ショウを遅らせ、全員がすれ違うまで最後尾を見守らせる。

 私は先頭で振り返り、それを前から確認する。

 我ながら嫌な話だけど、すでに嘆いている時は過ぎた。

 まずは現実を受け止め、そこから自分に出来る事を始めよう。


 幸いにも、何事もなくお互いが遠ざかる。

 私の考えすぎで、彼等が普通の生徒会ガーディアンズだった可能性もある。

 ただし見た目で見分ける方法はなく、結局は相手の出方に対応するしかない。

 いや。待てよ。

「生徒会ガーディアンズのメンバーとオフィスの場所。プロフィー」

 全部言い終わる前に表示される、オフィスの一覧と所属するメンバー。

 そして、それぞれの行動予測。

「隠してた訳じゃなくて、あくまでも傾向に過ぎないから。これが絶対ではなくて、目安の一つだと考えて」   

 そう付け足し、敵対度の高いオフィスを上部に表示させるサトミ。

 私はそれをプリントアウトし、オフィスの位置が書かれた地図と照らし合わせる。

 こう見ると私達のオフィスを囲むようにして、敵対するオフィスが点在している。

 当然偶然ではなく、後から配置を変えたか敢えてこの部屋を誰かが選定したんだろう。


「ただしこれは古いデータを参考にしてあるの。隊長への牽制、襲撃の撃退。授業中での、生徒会ガーディアンズの鎮圧。この辺りを考慮すれば、敵対する態度を変えるガーディアンも出てくるでしょうね。映未さんは、どう思いますか」

「私もそう思うわよ。別に信念があって暴れたりここを襲おうとしてる訳じゃなくて、勘違いしただけでしょ。自分達が強くて偉いって。犬が吠えてるところに虎が現れたらどうなるかって話よ」

「私は虎では無いですよ」

「じゃあ、女豹。どちらにしろ、仕事としてはぬるいわね」

 この場合の仕事とは、渡り鳥の依頼としてはという意味だと思う。

 池上さん達は修羅場をくぐり抜けてきてるので、この程度は何の感慨も抱かないようだ。

「まずは外堀である自警局とのつながりを断って、次に内堀であるオフィスを一つ一つ押さえていく。この場合は内堀から埋めてるんだけど、この際順序はどうでもいいわ」

「では、もう終わりだと」

「まあね」

 はっきりとは断言しない池上さん。

 少し陰る表情。


 そこにある意図は、私にも理解出来る。

 彼女ではなく、舞地さんの置かれている状況。

 彼女が自警局から受けている指示、命令。

 私達の監視。そして場合によっては拘束。


「本当、大変よね」

 一転して、人ごとのように話す池上さん。

 舞地さんは畳敷きの部屋で寝ていて、声は届いているはずだが起きては来ない。

「池上さんは、どう思ってるんですか」

「漠然とした質問ね。それと真理依が言ってたように、敵は倒す。私達は、そうやって生き残ってきた」

「相手が誰でも?」

「誰でも。勿論逃げる、倒さないという選択肢もある。ただ、それで何がどうなるのかって話よね」

 鼻を鳴らし、書類の裏に落書きを始める池上さん。

 言っている意味は分かる。

 そうすべき状況になりつつあるのも。




 彼女達の覚悟。

 私の決意。

 それのぶつかり合う日が、近いのだろうか。 













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