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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第32話
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32-6






     32-6




 お昼からだが、学校へ登校し教室へとやってくる。

 サトミ達へは事前に話してあり、検査結果も連絡済み。

 いつもより、少し優しく微笑んでくれるのはちょっと嬉しい。

「次は体育だけど、どうする?」

「今日は見学。負担は良くないから」

 それでも一応は着替えを済ませ、体育館へ到着。

 この時期の外での授業は拷問に近いので、こういう選択も素直に嬉しい。


「はい、集合。今日はバスケット。適当にチームを分けて、自由にやって。交代も自由。審判は、バスケ部の子が中心でお願い。はい、始め」

 かなり大雑把に説明して開始を告げる教師。

 私は見学なので、体育館の壁にもたれてベンチコートに包まる。

 暖房は入っているけど、精神的にね。

 小さく鳴り響く笛。

 天井に向かって放られるボール。

 サトミの手が空を切り、相手コートへボールが落ちる。

 絶対向いてないんだから、ジャンプボールなんてやらないでよね。

 相変わらず、ボールだけを追っていくサトミ。

 当たり前だがパスの速さに人間の動きが敵う訳は無く、徐々に追い足も遅くなる。

 仮にも天才と呼ばれるくらいなんだから、全体に指示を出すとかパスコースを読むとかやって欲しいんだけどな。

 どうも頭では分かっていても、彼女の中にある得体の知れない感情がそれを許さないようだ。


「何してるの」

 ぼろ雑巾のようになって私の隣へ座り込むサトミ。

 話すのも辛いらしく、ただ激しく肩を上下させている。

「なってないわね」 

 なにやら自信に満ちた顔で登場するモトちゃん。

 ただし身体能力としてはサトミと互角。 

 彼女のように熱くなる事は無いが、かといって華麗なプレイを見た記憶も無い。

「多分、モトちゃんもなってないと思うよ」

「私は生まれ変わったの。駄目な自分とはさよならをする日なの」

 なんか、安っぽいドラマみたいな事を言い出した。

 どうでもいいけど、怪我だけはしないでよね。



 私の心配をよそに、颯爽とコートへ飛び出していくモトちゃん。

 ただし彼女は背が高く、必然的にバスケには向いている体型。

 ポストを務めてくれるだけでかなり助かるが、ボールが飛んできたら慌てて屈む様なタイプだった。

「ん」

 相手の死角へ入り込み、スクリーンを仕掛けるモトちゃん。

 今は相手が見当違いの方向へパスを出したので効果は無かったが、狙いとしては悪くない。

 しかも偶然ではなく、明らかに狙った動き。

「なんか、上手いよ」

「男よ、全部男が駄目にするのよ」

「駄目にはしてないと思うけど。男って、名雲さん?」

 彼はスポーツ万能タイプで、またどちらかといえばサポートに徹するタイプ。

 バスケでもフォワードではなく、ディフェンスかもしくは司令塔のポイントガードかな。

「でも、教えてもらってすぐに動ける?」

「柳君達と、2ON2をやってたのよ」

「やってたのって、サトミもやったの?」

「光と組んで」 

 お茶を口にしながら、あえぎあえぎ話すサトミ。

 確かにペアがヒカルでは、これといって学ぶ事はない。

 彼は鈍くは無いけど、レベルは普通。

 何より敵からパスを求められれば、つい渡してしまうような子だ。

「そんな事やってるなら、私達も呼んでよね」

 それにはあえいだ振りをして答えないサトミ。

 負けず嫌い、ここに極まれりだな。 


 とはいえ、今はモトちゃん。

 コートに注意を戻し、彼女の動きを確認する。

「コース取りは上手いかな。反応は鈍いけど」

 スクリーンは機敏な反応もそうだけど、いかに相手のコースを潰すかが求められる。

 一旦相手を止めさえすれば、この長身を抜くのは結構難しい。

「意外とやるね」

 少し体がうずくけど、なんといっても昨日の今日。

 今もサングラスを掛けてるし、ここでばたばた動くのはちょっと辛い。

 その辺のジレンマが、精神的な負担と言えば負担だろうか。


「あーあ」

 とはいえ何もやらないのも暇なので、使ってないボールを引き寄せて座り込んだまま壁と向き合う。

 ワンバンドさせ、壁にぶつけてキャッチ。

 次はノーバウンドでぶつけて、ワンバウンドでキャッチ。

 単純だけど暇つぶしにはなるし、自分の構えたところへ戻ってくる感覚はそれなりに面白い。

「貸してみて」

 ようやく息を整え、私の真似をするサトミ。

 しかし勢いがかなり足りなく、ボールは壁にぶつかるとだらしなく床を転がってきた。

「速度と反発力でしょ、つまりは」

「理屈は知らないけどね」

「ゴムの弾力と壁の材質を計算に入れて、室温分重さを減らせばいいのよ」

 それもどうかな。

 考えるような事ではないし、計算式で正答が出てもその通りに体を動かせる訳でもない。

 機械にプログラミングさせるのなら、また別だろうけどね。


 サトミが頭でボールを受け止め、そのボールが誰かの足下に転がっていく。

「不器用な子ね」

 汗をきらめかせ、颯爽と私達のそばへと駆け寄ってくるモトちゃん。 

 どうやらメンバーチェンジをしたらしい。

「私にもやらせて」

 今のスクリーンで自信を高めたのか、足下に転がっていたボールを手にするモトちゃん。

 サトミとは違い、ボールはちゃんと戻ってきた。

 でもって、モトちゃんの頭上を越えてコートの手前まで転がっていった。

「相手が壁だから」

 そんな事言われたら、扱ってるのはボールじゃない。

 これなら、今の私とこの二人でも十分試合になるな。



 コートから離れ、体育館の入り口で二人と向き合う。

 ルールは簡単で、反対側の壁まで辿り着けば勝ち。

 彼女達はパスが出来るので圧倒的に有利だが、さて。

 まずは二人にボールを渡し、姿勢を低くして出方を見る。

 サトミからの緩いパス。 

 それを受け損ね、慌てて拾い上げるモトちゃん。

 予想通り、スクリーンしか習得してないな。

 それでもモトちゃんは、なんともおぼつかないドリブルで私を抜こうとする。


 軽く手を動かし、ボールを取るようフェイント。

 それに掛かり、慌ててパス。

 コースを読んで、軽くジャンプ。

 緩く飛んできたボールをカットして、ゆっくりと壁に向かって切り込んでいく。

 目の前にいるのはサトミ。

 一旦止り、ターンしながらコースを探す。

「っと」

 目の前に現れる大きな壁。

 私を覆うように両手を上げているモトちゃん。

 スクリーンとしてはそれ程悪くはないが、鉄壁という訳でもない。

 さらにターンして、彼女の体を這うようにしてモトちゃんをパス。

 後は必死で追いすがってくるサトミを止ってやり過ごし、彼女がつんのめったところで改めて抜く。


「ゴール」

 壁際で軽くボールを当てて、勝利を宣言。

 へたり込んだ二人の周りをドリブルしながら歩いていく。

「ほら、続きは」

「無理、モトが相手だと無理」

「そ、それは私の」

 つまりどっちも駄目って事じゃない。

 とはいえ私もこれ以上ハードに動くのは止めた方が良さそうなので、ボールをスローして用具入れのかごに放り込む。

 今の距離なら3ポイントだな。



「上手いのね」

 後ろから声を掛けてくる綺麗な女性。

 確か沙紀ちゃんの友達で、久居さんとか言ったっけ。

「私は全然」

「木村君並じゃないの」

「ああ、あの格好いい。向こうはプロレベルだからね。私はただの素人だから」

 謙遜ではなく、本心からそう思う。

 個々の動きには多少自信はあるけど、トータルでは結局平均的。

 身長という絶対的な事は勿論、体力の無さは致命的だから。

「連合が解体しても、あなた達は元気ね」

 未だに倒れたままのサトミとモトちゃん。 

 ただ、そういう姿を言ってる訳ではないだろう。


「落ち込んでも仕方ないし、今の学校で良いとも思ってないから。久居さんはどう考えてるの」

「問題なのは、多分誰もが認識してる。でも具体的に何をやればいいのか分からないし、仮に分かったとしても実行には移せない。学校に逆らって、得する事って一つでもある?進学、就職、それ以前に進級や卒業。学校がその気になれば、私達の立場なんて一瞬で消し飛ぶわ」

 おそらくは一般生徒を代表するような意見。

 アンケートの内容にもあった、学校の力を知った上での不安や恐れ。

 また、それが普通の反応なんだろう。

「だからって、このままで良い訳でも無いでしょ」

「あなた達は信念があって、学校や生徒会と対立してもそれを跳ね返すだけの能力をそれぞれが備えてる。でも、大抵の生徒は逆らおうなんて思わないのよ。生徒の自治や自主とは言うけど、あくまでも生徒。子供としての範疇の中で許される事だと思ってるから」

「そうかな。自治や自主っていうのは、私達の責任において行われてるんでしょ。それについては、相手が学校だろうと教育庁だろうと対等に発言していいんじゃない?」

「勿論そういう考え方をする人もいるわ。あくまでも極一部。生徒会でも主流とは思わない」

 言うなれば、私の考えや行動への否定的な台詞。


 とはいえ不快な内容ではなく、自分でも分かっていた事。

 何より、自分達の意見が主流ではないという部分は特に。

 学内でも自主性の強いガーディアン連合の中にあってさえ、私達は異端の存在だった。

 中等部の頃から生徒会には反抗的で、教職員と対立したのも一度や二度ではない。

 ただし何が何でも反抗する訳ではなく、理由があっての話。

 少なくとも今までの行動に後悔はしてないし、これからも後悔はしないと思う。



「それでも、学校や生徒会に反抗するつもり?」

「生徒会のやってる事が正しいのなら、それに従う。でも間違ってると思ってるから、それには反対する」

「生徒の支持が無くても?」

「支持を得るのは大事だと思うけど、そのためにやってる訳じゃない。私は、私の信念に基づいて行動してる」 

 心が揺らいだ事もある。

 絶望も味わった。

 それでも私は、自分の道をもう迷わない。

 例え自分一人になろうとも、私はその道を歩き続ける。

「あなた達が敵に回ると大変そうね」

「そうかな」

「私は、どっちつかずでふらふらやるわ。じゃ、またね」




 放課後。

 何となく気になって、沙紀ちゃんの元を尋ねる。

 彼女は久居さんと同じ北地区で、その性格についても詳しいだろうから。

「ちょっと疎遠になってて、会うようになったのは最近なのよね。ただ、その意見が生徒の主流というのは私も同感よ。事なかれ主義ではないけど、誰も矢面には立ちたくないし処分もされたくないでしょ」

 執務用の机に積まれた書類の山とDD。

 沙紀ちゃんはそれを睨み付けながら、説明をしてくれた。

 こればかりは、彼女がどれだけ有能でも後から後から沸いてくる。

「誰かがやってくれる。いつかは終わる。その内卒業する。自分には関係ない。なんて事よ」

「まあ、そう言われればそうだけどね。私達だって、卒業はするだろうから」

「確かに反抗すれば良いって事でもないんだけど。始めから諦めて、その先がどうなるかって事でもあるのよ。今諦めて、次も諦めて。その結果として妥協するのが当たり前になるのは、私はちょっと怖いわね」

 背もたれに体を預け、小さく息を付く沙紀ちゃん。


 詳しくは知らないが、彼女は中等部の頃生徒会改革に携わっていたと聞いた事はある。

 その辺りの経験が、今の発言に関わっているんだろう。

「流される方が勿論楽で、それ自体を否定はしないけど。ただ、あまり発展的な生き方でもないから」

「反抗すれば良いって訳でもないんでしょ」

「勿論。私もうまく立ち回って、学校にこびを売って生きたいわ」

 二人して虚しく笑い、改めて現状を認識する。

 私は明らかに学校や生徒会に睨まれ、沙紀ちゃんはその協力者としてマークをされている。

 表だって彼女が処分されないのは過去の実績と、また生徒会内にも彼女の考えや行動を支持する勢力があるのだと思う。



「へろー。雪ちゃんいる?」

 陽気に入ってくる池上さん。

 彼女達はいわば、現在の学校制度に対して反抗的な立場。

 大袈裟に言えば、国の教育方針への反抗でもある。

 そう考えると、結構すごいのかも知れないな。

「何か用?」

「保険がどうとか、学校から書類が届いてたわよ。聡美ちゃんが、代わりに書いてたけど」

「だったら、任せる。殆どは保険でカバー出来るんだけど、とりあえず支払わないと駄目な分もあるから」

「目は悪い、小さい、よだれは垂らす。大変ね、あなたも」

 どうでも良いが、最後の一言は関係あるのか。

 大体よだれなんて垂らさないっていうの。

 起きてる時は。

 本当、眼科へ行く前に耳鼻科へ行った方がいいのかな。

「池上さんは、今の学校をどう思う?」

「他の学校に比べれば、至って平和。廊下をバイクが走り回る訳でもないしね」

「平和、かな」

「ただ私達が来た頃に比べれば、質は悪くなったかもしれない。人間は良くも悪くも、慣れる生き物なのよ」

 沙紀ちゃんの机に積まれた書類をめくり、興味無げに鼻を鳴らす池上さん。

 そういえばモトちゃんやサトミは手伝うが、沙紀ちゃんを手伝う事は少ないな。


 その疑問を、ストレートにぶつけてみる。

「どうして、沙紀ちゃんの面倒は見ないの?」

「この子は、真理依の管轄だから。あの子が焼き餅焼くでしょ」

「誰に」

「沙紀ちゃんにじゃない。私の映未を取らないでって」

 一人で身をよじり、うしゃうしゃ笑う池上さん。

 言ってる事は馬鹿馬鹿しいが、舞地さんが沙紀ちゃんを気に入っているのは事実。

 また池上さんが、サトミやモトちゃんを可愛がっているのも。

 部類的にどうなのかは良く分からないが、木之本君もその中に含まれているらしい。

「まあ、基本的にあなた達は面倒を見なくても自分で大抵の事は出来るんだろうけど。一応私達も、先輩面をしたい時もあるのよ」

「私はいつでも大歓迎ですよ」

「そういう素直なところが良いのよね」

 人の頭を無造作に撫でる池上さん。

 遠回しに、私は素直じゃないと言われてるみたいだな。



「その目、その目が真理依を刺激するのよ」

「刺激、ね」

 今の言葉で、ふと昨日の出来事を思い出す。

 さりげなく、しかし何らかの意図を持って私の背後を取った舞地さん。

 単なる冗談にしては露骨な、言い換えれば敵意すら感じる行動。

 彼女は何も言わなかったし、私も尋ねない。 

 実際には何もなかったので、尋ねようも無いが。


「どうかした?」

「昨日、舞地さんが背中を取ってきた。ちょっと、危ない感じで」

「あの子はあの子で、色々考えてるのよ」

 小さな、彼女にしては珍しい陰りのある呟き。

 しかし暗い眼差しは一瞬にして晴れ、すぐにいつもの明るい笑顔が取り戻される。

「それに私達ももう卒業なんだから、気にする必要はないのよ」

「理屈としてはね。でも、目の前にいるのも確かじゃない」

「どうも固いわね。目の前を遮る者は、誰だろうとなぎ倒す。くらいの覚悟が必要じゃないの」

「そういう時になったら考える」

 ただ、私にそこまでの事が出来るかと言えば疑問は残る。


 例えば、今の話の流れで行けば舞地さんや池上さんが私達と敵対する事になったら。

 沙紀ちゃんが、敵に回ったら。

 池上さんの言う通り、何のためらいもなく彼女達と戦えるだろうか。

 こうして悩む事自体、不可能だと告げている気がする。

「池上さんは、平気なの?」

「出来なくもないわよ。ただし私よりも、真理依の方かな。非情なのは」

「非情」

「一応は私達を取りまとめてる訳だから、責任もある。何より、どうして私達を取りまとめてるかという話。都合の良い御輿という理由だけではなくて、私達には出来ない決断を彼女は下せるからなのよ」

 私達にではなく。


 私に対して話す池上さん。

 上に立つ者としての。人を率いていく者としての責任。

 例えそれがどれだけの規模であろうと、果たすべき責任は存在する。

 その決断を迫られた時、私は毅然と振る舞えるのか。

 今は池上さんの視線を受け止める事しか出来そうにない。




 久居さんの事を聞きに行ったはずだが、余計な悩みを増やして本部へと戻ってくる。

 相変わらず外部との交渉は不調らしく、空気は重め。

 それでもH棟へ向かう準備をして、リュック背負う。

「今日は休んだら」

 卓上端末の画面から目を離し、私を見上げるサトミ。

 その彼女に対して、向かい側に座っていたモトちゃんが小さく首を振る。

「動けるんだし、問題はないでしょ。何もしなくても、向こうのオフィスにいるだけでいいのよ」

「今日は、朝から検査してきたの。それは分かってるわよね」

「何もして無くてもいいと、今言った。それも分かってるわよね」

 お互いの言い分は、多分間違っていない。

 また、どちらが正しいという事でも無いと思う。

 ただ、それが何の解決にもならないとも誰もが気付いていると思う。


 問題は、この二人を止める人間がいない事か。

 最近何かというとぶつかり合い、ちょっとお互いに意識しすぎているような気がする。

 今のようにどちらが正しいとか間違っているといった事ではなくて、自分の意見を譲らないせいで。

 考え方や性格が違うのは、彼女達も分かっている。

 それを分かった上で、今までは問題なくやってきた。 

 でも何かがずれている、今の二人。

 何も解決しないまま、お互いが決着を付けないだけで曖昧に終わる。

 残るのは後味の悪さと気まずさだけ。

 少なくとも、お互いを成長しあうようなやりとりでは決してない。




 H棟へ来ても、サトミは押し黙ったまま。

 声を掛けるのもためらわれる雰囲気で、彼女の周りに見えない氷の壁がある感じ。 

 もしかすると彼女と親しくない子は、普段こういう気分を味わっているのかも知れない。

「どうしたの、一体」

「知らん。興味もない」

 張りつめた空気を実際気にする様子もなく、TVでゲームをやり始めるケイ。 

 サトミが刺すような視線を彼に向けるが、それに睨み返す事もない。

「だって、最近ずっとああじゃない」

「人間機嫌が悪い時もあれば、他人と意見が合わない時もある。意見も同じ、考え方も同じなんて不自然だろ」

「そうだけどさ」

「人間成長すれば、色々変わるし気付く事もある。それが表面化しただけじゃないの」

 言ってる事は間違ってないが、私が求めてる答えではない。

 ただそれは、彼と出会った頃から変わらない彼の姿勢。

 この子こそ、昔から何も変わってないんだな。


 突然立ち上がり、部屋を出て行くサトミ。

 それについ反応しそうになったが、どうにか堪えて顔をTVへ戻す。

 ドアの閉まる音がして、ようやく室内が緊張感から解放される。

「あいつ、どうかしたのか」

 小声で尋ねてくる名雲さん。

 今ここにサトミがいなくても、こういう態度を取らせてしまう彼女という存在。

 モトちゃんの今がどういう状態かは知らないが、多分ここまで張りつめた空気は作り出していないだろう。

「モトちゃんと、ちょっと揉めて。大した事ではないと思うけど」

「ふーん」

 自分の彼女が関わってると聞いてか、複雑な表情を見せる名雲さん。

 とはいえ一方的にサトミを悪く言ったり、モトちゃんの肩を持つ真似はしない。

 そのくらいの分別はある人だから。


「浦田、何とかしろ」

「他人の彼女が何しようと、俺には関係ないんで」

 正確言うとサトミはヒカルの彼女なので、他人という呼び方は当てはまらない。

 ただ、彼がこういった件に首を突っ込もうとしないのもまた確かだろう。

「お前の兄貴は」

「本部に詰めてますよ。事務処理の方が得意ですし、人当たりも良いですから。いっそ、光をとっちめて憂さを晴らしますか」

「するか。なんか、胃が痛くなってきそうだ」

 随分気弱な事を言い出すな。

 確かに空気は悪いがサトミがぴりぴりするのは慣れているので、正直それ程は気にしていない。

 モトちゃんと対立しているという部分を除いては。

「池上さんは、気にならないの」

「お互い大人なんだし、あれこれ世話を焼いてもね」

 さっきとは少し違う答え。


 ただ彼女らしいといえばらしく、こういう場面で仲裁に入ったり慰めるという人では無いとも思う。

 これは舞地さんにも共通する、優しくはあるけど甘やかしはしないという部分。

 もしくは、相手との距離を一定に保つと言うべきか。

「舞地さんは、どうしたの」

「矢田君に呼ばれて、自警局へ行ってるわよ。柳君を付けてある」

「そう」

 その名前に少し反応し、池上さんの表情を探る。

 しかし私程度では何も読み取れず、軽く微笑まれてかわされた。




「ただいま」

 やや低いトーンで入ってくる柳君。

 少し息が荒れていて、額には汗も浮かんでいる。

 彼の後ろから入ってきた舞地さんは、至って落ち着いているが。

「何かあったの」

「真理依さんのやり方が気にくわないって自警局で言われてね。少し」

「やり方って、何」

「なんでもない」

 強引に話を打ち切り、黙って席に座る舞地さん。

 サトミがいなくなった代わりに、今度は彼女が室内の空気を重くする。

「だって、あれは」

「司」

「分かったよ」

 すね気味に呟き、キッチンへ消える柳君。

 物騒な事を考えた訳ではなく、顔を洗いに行ったようだ。

「なんかぱっとしないね」

「雨乞いでもしてこいよ」

 至って気楽に答えるケイ。

 内心で何を考えているかはともかく、表面上は普段と何も変わらない。

 それに少し救われた気になり、小さく息を付いて冷えてしまった紅茶を飲む。



 そこへ戻ってくるサトミ。

 さっきよりはいいが、以前として空気は重いまま。

 舞地さんの雰囲気と相まって、多少の息苦しさを感じなくもない。

「重いよ」

「どれが」

 根本的にずれた事を答えてくるショウ。

 この子の場合は日常的に重い空気の中で暮らしているので、この程度は特に気にならないのかも知れないな。

「いや。こっちの話。……誰か、ドアを叩いてない?」

「襲ってきてたりしてな」

 少し笑い、すぐに顔を見合わせる。

「サトミ」

「キーはロック済み。セキュリティ作動中。備え付けのカメラは壊されてるけど、これは大丈夫ね」

 さすがに気分がどうと言ってられる場面ではなく、普段通り冷静に行動するサトミ。


 モニターへ映ったのは、工事用のヘルメットを被った集団。

 手には角材を持っていて、口元はタオルで隠している。

 前も、こんな集団を見かけたな。

「今頃ゲバ棒って。タイムスリップしてきたのか」

 一人大笑いして、テーブルを叩くケイ。

 とはいえ笑っているのは彼くらい。

 曲がりなりにもここを襲っているのは間違いなく、角材で殴ったくらいではびくともしないがそういう行為に及ぶ事自体に問題がある。

 今はまだ、ドアを殴るだけで済んでいる。

 でもそれが、私達に直接向けられたとしたら。

 その時にまで笑ってられる自信は、私にはない。


「玲阿、名雲はドアを制圧。司はバックアップ。遠野と雪野はここで待機。浦田は自警局と連絡を取れ」

「了解」

 落ち着いて指示を出す舞地さん。

 それに異論を唱える者は誰もいない。

 私も今は彼女を信頼し、その判断に全てを委ねる。

 昨日の出来事があっても、私の彼女への気持ちが揺らぐ事はない。

 ああした行為に及んだだけの理由は分からないし、彼女は語らない。

 でも今まで、舞地さんが私を陥れようとした事は一度としてなかった。

 そしてこれからも、あり得ないと思っている。

 甘い、今のこの学校では通じない考え方かも知れない。

 それでも私は、この考えを変えるつもりはない。


「サトミ」

 親指と人差し指を開き、ドアの開ける広さを指定するショウ。

 丁度警棒が一本通るくらいの広さで、名雲さんはすでに警棒を上段へと振りかざしている。 

「5秒前から入ります。5、4、3、2、1、開きます」

 微かな駆動音がしたと同時に振り下ろされた警棒はわずかな隙間を縫って床まで到達し、素早く引き戻される。

 すぐに閉じるドア。

 モニターを見る限り今の一撃がかなり有効だったらしく、集団は一斉にドアから離れた。

 離れていないのは、警棒が当たって床に倒れている人だけだ。

「今度は外に出るか。サトミ、仕掛けは」

「廊下の向かい側に、スピーカーが付いてる。そこから音を出すわ」

「頼む」

 グローブをはめ、プロテクターを確認するショウ。

 名雲さんは警棒を腰にため、いつでも飛び出せる準備をする。

「再びカウントします。5、4、3、2、1。開きます」

 ドアが開いたと同時に飛び出していく二人。

 そこからの侵入を防ぐため、ドアのすぐ手前まで柳君が移動。

 しかしこちらの対応ほど向こうは考えて行動はしていなく、何事もなくドアはしまっていく。


 カメラで映像を確認していたサトミが舞地さんへ頷き、鎮圧は完了したと告げる。

 あの程度の錬度と武装ではそれも当然で、違う意味があるのではと疑りたくなるくらい。

「一人、部屋の中へ。話を聞く」



 舞地さんの支持を受け、やはりヘルメットにマスクという得体の知れない格好の男が連れ込まれた。

 外の連中は完全に放って置かれているらしく、そのずさんさが逆に男の不安を煽っているようだ。

「IDを確認する限り、当校の生徒です」

 静かに説明するサトミ。

 私はぶつければすぐに割れてしまいそうな薄いヘルメットに視線を注ぎ、その正面に書かれている文字を読む。

「東学?これって、親睦会と関係してるの?」

「侮辱する気か。我々が、ブルジョアジーの手先などとは。東海学生連盟だ」

 自分から口を割れば世話はない。

 いや。言いたくてたまらないという顔で、今まで私が知っている人間とは全く異なるタイプのようだ。

「この腐りきった日本社会。それに慣れきった愚民どもを導くべく崇高な理念に乗っ取り結成された組織だ。貴様らのようなプチブルジョアジーに鉄槌を下すため、我々は日々活動をしている。この程度の事で我々が屈すると思ったら、大間違いだ。例え私がここで倒れようとも、全国の活動家はその歩みを決して止める事はない。来るべき労働者を中心とした社会を作るためにも、私はその礎となり」


 聞いてもいないのに、一人話し続ける男。

 言ってる内容はともかく、自分の台詞に酔ってるのは間違いない。

 もしくは敵に捕まっているという、悲劇的な状況に。

「で、これはどうするの」

 正直私の理解の範囲外で、出来ればそばにはいて欲しくない存在。

 結局は自分だけが正しく、他は全て駄目という考え方。

 導いてやるなんて言葉自体、根本的に相容れない。



「敵に捕まったんだ。情報を吐く前に、自決するんだろ」

 低い声で呟き、いつの間にか手にしていた包丁を男の足元へ放るケイ。

 男は「ひっ」と悲鳴を上げて、慌てて体を仰け反らせた。

「仲間は売れない、情報は話せない。だったら自分で身を処するしかない」

「い、いや。それは」

「ここだと汚れるから、外へ連れて行ってやる。名誉の戦死で、仲間もさぞ奮起するんじゃないの」

 包丁が蹴られ、男の足に軽く当たる。

 厚いコットンパンツが傷付く事すらなかったが、男は大きな悲鳴を上げて後ずさる。

「で、共産革命を夢見る君達はどうしてここに」

「い、いいバイトがあると聞きまして。少し脅せば、そこで得た金も資金にしていいと」

「総学として関わってる訳では無くて、各細胞での請負か」

「は、はい。資金不足の折」

 なんか物悲しい話になってきたな。

 窮すれば鈍すではないが、貧しさがまず第一の罪じゃないの。


「だからこそ我々は現在の矛盾した経済状況を打破すべく」

「黙れ」

 低いいつにない冷たいトーン。

 男は一瞬にして押し黙り、脂汗を吹き出して顔を伏せた。

「さてと。舞地さん、どうします」

「興味ない」

「冷たい人だ。池上さんは?」

「総学自体、消滅寸前の組織でしょ。相手にする価値も無いんじゃなくて」

 ケイ程ではないが、初めから相手もしようとしない二人。

 雰囲気からして、渡り鳥時代にその原因はあるのかもしれない。

「では、名雲さんは?」

「総学の担当は、教育庁じゃなくて警察の公安だからな。そっちに引き渡して終わりだろ」

「では、そのように」




 結局何がどうだったのか全く分からず、男達はガーディアンではなく警備員が連れて行った。

 少し分かったのは、あの連中が共産主義革命を夢見ているという事。 

 またその達成のためには、手段を選ばないという事か。

「地方では、まだ多少影響力も残ってるのよ。特に戦争で被害を受けた地域では」

「でも、今時共産主義革命なんて。政党でも、存在しないでしょ」

 理念としては共産主義も悪くは無いが、支持が得られていないのはそれが夢想的過ぎるからだと思う。

 実際国会に共産主義を標榜する政党は一つもなく、左翼政党と呼ばれるところでも社会民主主義を唱えているはず。

 それを高校生のレベルで成し遂げようと考えるのは、私には理解出来ない。

「そんな連中をわざわざ呼んできて。どうしたいの?

「最近は、汚れ仕事専門。今言ってたように金が無いから。あいつらの勢力が強い地域では武闘派なんだけど、東海地区ではあの程度。都合のいい下働きってところかな」

「それとここを襲うのと、関係ある?」

「個人的な恨みなんじゃないかな。渡り鳥と総学は仲悪いって言うし」

 横へ流れていく視線。 

 それとなく顔を逸らす舞地さん達。

 さっきの連中に記憶は無いが、襲われるだけの理由は思い当たるらしい。


「一つ言っておくけど、私達が悪い訳じゃないわよ。ただの逆恨み。その辺、分かる?」

「さあ、全く。なんにしろ、ああいう連中が簡単に学内へ入れるようでは問題だな」

「管理案でも推進したら」

 サトミの指摘に鼻で笑うケイ。


 彼らの間では冗談で済んでいるけど、一般生徒としては十分に頷ける反応だと思う。

 素性の知れない人間が多数入り込んできて、しかも学内で暴れまわったとして。

 その時に、生徒の自治を選ぶのか自分達の安全を優先させるのか。

 断固として自治を貫くと言い切れる人は、どれだけいるだろうか。

 それ以前に、自治に対する疑問すら生まれてくるだろう。


「なんにしろ、あの連中は気にしなくていい。この辺では大した影響力はないし、実行力も無い」

「詳しいね、随分」

「草薙高校憎しって学外の勢力は意外と多くてね。親睦会しかり、今の東学しかり。退学した生徒しかり」

「それって、私達が悪い訳?違うでしょ」

「人間、誰でも原因を他人に求めたがる。あいつがいなければ、あいつさえ邪魔しなければ、あいつのせいでって」

 この辺の心理は、良く分からないので適当に頷くしかない。

 他人をねたむ気持は私にもあるが、問題の原因を他人にばかり押し付けても仕方ない。

 それで一時的に負担から逃げ出すことは出来るが、解決にはつながらない。

「他人に押し付けるのはいいけどさ。それでどうかなるの?」

「自分は悪くない、と思い込める。世の中そうやって他人に責任を押し付ける事でなりたってる」

「そうかな」

「そうだよ」

 言い切られると、こっちも反論のしようが無い。

 人に責任を押し付けて、都合の良い事ばかりを考えて。

 その先は、本当に自分の望むような世界が待ってるんだろうか。



「納得出来ないって顔ね」

 さっきとあまり変わらない、醒めた表情。

 とはいえそれを気にする程のやわな付き合いでもないので、特に何とも思わない。

「世の中、奇麗事だけでは動いていかないのよ」

「そうかもしれないけどさ。本当に、それでいいの?」

「良い悪いじゃなくて、現実よ。さっきの、東学だった。彼らは、共産主義という理想に向かって行動している。それが正しいと信じて。例え現実とはそぐわない状況になっても、その理想のために全てを犠牲にする。理想を貫くというのは、そういう事よ」

「どういう事かは分からないんだけど。サトミはどうなの」

「私は理想を追い求めるタイプなんだろうけど。その分周りが見えていないというか、余計な問題を引き起こすのよね。モトとは違って」

 微かなささやき。 

 すぐそばにいた私にしか聞こえない、彼女の思いが込められた。


 いくつもあるサトミとモトちゃんの違い。

 理想と現実。どちらを優先するべきか。

 サトミは今言ったように理想を。

 モトちゃんは、現実を追い求める。

 それは彼女の信念というより、今の立場から来る責任感ゆえ。

 モトちゃんが理想に走り、そればかりを追い求めたら。

 こういった形での連合存続は叶わず、私達は散り散りになってただ学校への恨みを抱くのがせいぜいだったかもしれない。

 自分の考えや理想を曲げてでも、現実に対応した行動を取る。

 多分サトミには難しい、頭では分かっていても出来ない事。 

 サトミが理想主義だからというより、自分を曲げない事が大きいと思う。

 それは良い面でもあれば、あまり良くは無い方向へ作用する場合もある。

 本来ならそれをお互いが補い、助けあっていく関係。

 今までは、そうやってきた。

 でも何かが少しずれ、その道が逸れている。



「本当に生真面目ね、あなた達は」

 しみじみと呟き、サトミの頭を撫でる池上さん。

 優しい、包み込むような笑顔で。

「そうやって、あれこれ悩むのが一番いいのよね。私達は、考えるまもなく行動してたから」

「でも」

「理想も現実も、どうでもいいじゃない。なるようになるわよ、いつだって」

 根拠も何も無い。

 だけど、だからこそ頼りたくなる力強さ。

 サトミもそれには少しだけ微笑んで、彼女の気持に答えようとする。


「さてと。聡美ちゃんばかり可愛がっても仕方ないし、智美ちゃんの様子でも見に行くかな」

 鼻歌交じりに部屋を出て行く池上さん。

 自由というか、縛らない生き方をしてる人だな。

「全く、勝手な事ばかり言いやがって。この書類の山は、誰が片付けるんだ」

「私も手伝いますが」

 控えめに申し出るサトミ。

 今までピリピリしていたのを、彼女なりに気にしているようだ。

「じゃあ、頼む。備品の使用状況書?知るか、そんなの」

 声は荒げるが、破り捨てはしない名雲さん。

 この人は意外に真面目というか、ルールを逸脱しないタイプに思える。

 ショウのように縮こまるタイプではないけど、我を忘れて羽目を外す真似をするとも思えない。

「浦田、丹下に連絡取れ。向こうの端末をリモート操作出来るように」

「勝手に使えばいいでしょう」

「いいから、言われた通りやれ。玲阿、これを自警局へ届けて来い。雪野、お前も一緒に」

「また配達?」

 まさかとは思うが、本部にいるヤギのたたりじゃないだろうな。

 自分が配達出来ない分、私達に呪いを掛けてるんじゃないの。

「領収書と予算関係の書類だ。聞いてるかもしれないが、絶対に無くすなよ」

「自腹って言うんでしょ。さっきの今で、大丈夫かな」

「目の調子が悪いんだから、たまには逃げろ。というか、普段も逃げろ」




 怒られた。

 とはいえ言ってる事はもっともで、波風を立てないに越した事はない。

 教棟の外はすでに暗く、通路に点々と灯る街灯が行く手を照らす。

 冷たい風と相まって、少し寂しい眺めではある。

「寒いね」

「冬だからな」

 言わずもがなの答え。

 ただ気の利いた台詞を言う彼も想像は出来ないので、これといった不満はない。

 とりあえず彼の腕にすがり、慎重に通路を歩く。

 とはいえデート気分とは程遠く、あくまでも安全上のため。

「後ろ、誰かいる」

「……いないぞ」

 足を止めて後ろを振り向くショウ。


 今の私とは違い、彼は夜目も利く方。

 また耳も良いし、危険な気配を感じ取る事も出来る。

 その彼が気付かない相手。

 でもって、ここは学校。

 どんな相手かは、見当が付いた。


「なー」

 藪から響く、甲高い鳴き声。

 その奥で光る、緑色の双眸。

 思った通り、猫だった。

「舞地さんが付けさせたのかな」

「どうやって、報告するんだ」

 それもそうか。

 猫が人を襲ったという話は聞いた事が無く、何より彼等は人間に無関心。

 私もそれほど馴染みはないし、ここは素直にやり過ごそう。

「でも、あれ。猫にマイクを付けたら有効かな。盗聴にさ」

「都合良く人のそばにいればいいけど。猫だからな」

 苦笑して、再び歩き出すショウ。

 どっちにしろ役には立たないという訳か。

 私も、彼等の事をあれこれ言える程の人間ではないけどね。



 自警局の受付で、リュックにしまっていた封筒を渡す。

 仕事はこれで終わり。

 本当、さっきの猫と大差ない。

「なー」

「え」

 受付のカウンターに乗っかり、私と目を合わせる白い子猫。

 対抗上睨み返し、ここに猫がいる不自然さに今更気付く。

「何、これ」

「済みません。矢加部さんが、置いていってしまったので」

「お嬢様は、ここで猫を飼っても良いの?じゃあ、私には虎を飼わせてよ」

「下らん事で張り合うな」

 今度はたしなめてくるショウを睨み付け、「なーなー」うるさい猫を振り返る。

 どうやらこの子は、注目を浴びないと気が済まないタイプらしい。

「あなた子供だからって、そういう態度で許されると思ってるの」

「なー」

「なー、じゃないわよ」

「だったらなんなんだ」 

 それは私も知りたいが、答えは一生分からない。


「猫相手に、何をしてるんですか」

 背中越しに聞こえる甲高い声。

 振り向いた先には、むくむくの茶色い子犬を抱いた矢加部さんがいた。

「誤解の無いよう言っておきますと、この子達は預かり物です。この学校に在籍する方で、里親を捜している子猫や子犬を引き取っただけですから」

「それって、前言ってた野良猫や野良犬の事?でもこの子達、随分立派な感じだけど」

「一応、血統書が付いてます」

 そう言われて見てみると、品があって気高い感じ。

 私みたいな庶民派とは一線を画している。

 猫じゃないけどね、私は。

「ここで受け渡してもいいの」

「私も色々忙しいので。後で、執事が取りに来ます」

 この前の、あの女性か。

 これは、早々に退散した方が良さそうだ。


「なー」

 かなり低い、猫とは違う声。

 何かと思ったら、舞地さんがカウンターに手を乗せて猫と鼻をつき合わせていた。

 さっきまでオフィスにいたはずなのに。

 もしかして、さっきの猫に化けてたんじゃないだろうな。



「何してるの」

 私の問いには答えず、猫と見つめあったままの舞地さん。

 こういうのは慣れているが、今この場所にいるのは不自然でもある。

「何してるのでは無いでしょう。彼女は、あなた達の」

 声を張り上げようとした矢加部さんは舞地さんの眼差しを受け、気まずそうに口をつぐんで子猫を抱きかかえた。

「私としたことが、失礼を。おほほ」

 変な高笑いを残して去っていく矢加部さん。

 舞地さんは自警局の奥から出て来た男の子に呼ばれ、そちらへと向かう。

 私がここにいる理由はすでになく、ただ疑問だけが取り残される。




 来客用の駐車場に止る軽自動車。

 ケージに入れられた子猫と子犬はそれに乗り込み、執事の女性が舞地さんに一礼する。

「責任を持って、お届けいたします」

「よろしく。・・・で、何か」

「さっきの話」

「あなたの行動に呆れてると言いたかっただけです。以上」

 逃げるようにして車に乗り込む矢加部さん。


 さっきは間違いなく「達」と言っていた。

 舞地さんが何かを隠しているのは確かで、それは私達に関係のある事。

 そして今の話からすると、「私達のために」と続くような気がする。

「ねえって」

「揺すらないで下さい。それと、どいて下さい」

 後部座席から無愛想に告げてくる矢加部さん。

 仕方ないので車を揺すっていた手を放し、ショウを振り返る。

 この子なら、軽自動車の一つや二つ。

「じゃあ、さよなら」

 のんきに手を振るおぼっちゃま。

 それには舞地さんも上機嫌で手を振り返し、執事の女性も少し頬を赤らめている。

 もう、好きにしてよね。



 小さなクラクションと共に走り去る車。

 テールランプが遠ざかり、照明が照らす駐車場は淡い闇へと包まれる。

「結局、なんだったのかな」

「さあ。考えて分かるような相手でも無い気がする」 

 舞地さんへの批判ではなく、彼女の頑なさを言っているんだと思う。

 実際自分の行動や考えを口にするタイプではなく、また決めた事は押し通す人。

 彼女の決断。その気持を、今は尊重するしかないという訳か。



 舞地さんの心。

 それだけは分かっているつもり。 

 だから、大丈夫なんだと思う。

 人からすれば根拠の無い信頼。

 でも信頼とはそんなものではないのだろうか。






 







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