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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第32話
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     32-4




 元資料室。

 現在は私達の本部となっている部屋へやってくると、モトちゃんと沙紀ちゃんが私を呼び寄せてきた。 

 沙紀ちゃんのオフィスはこの隣なので、顔を見せる事自体は珍しくは無いが。

「ちょっと悪いんだけど、少し別な教棟へ行って来て」 

 モトちゃんがテーブルの上に置いた書類には、簡単な地図と場所名が書かれている。

 H棟A-1と。

「F棟は風間さん、G棟は丹下さん、J棟は新妻さん。この3つは治安が悪くなったといっても、まだ統制が取れている方なのよ。でも、H棟はそうでもなくて」

「上が悪いって事?」

「そうストレートに言われると、私も辛いわ」

 苦笑しつつ、ポニーテールを撫で付ける沙紀ちゃん。

 確かに今の言い方だと、彼女の仲間を非難しているようなものか。

「ただ教棟の隊長だけがしっかりしていても仕方ないから、一概には言えないんだけど」

「そこは、誰が」

「I棟は、私達の先輩。何があろうと揺るがない」

 信頼と敬意に満ちた表情。

 彼女はその手を自分のポニーテールへと運び、何度となく撫で付けた。

 「ただH棟は、傭兵が取り仕切ってる。一応生徒会ガーディアンズではあるけど、規則を守るとか治安を維持する気はないようね」

 なんともふざけた話だな。

 というか、それを見過ごしている自警局や生徒会自体に問題があるんじゃないの。

 いや。そういった問題が積み重なって、今に至るという訳か。



「そこで一般生徒から、是非とも治安回復に力を貸して欲しいと要請があったの。連合を指名して」

 ここは多少不満そうに語る沙紀ちゃん。

 それは私達に対してのではなく、自分達が力になれない事への自身への苛立ちだろう。

「という訳。あくまでも一時的な事で、ユウ達がそっちを押さえ込んでいる間に丹下さん達が上をどうにか挿げ替える」

「大体分かった。でも、生徒会ガーディアンズと揉めるのはまずいんじゃない?」

「それを言われると困るけど、今はそういう時期になってきたと思って。ユウ達に負担が掛からないようにバックアップはするし、自警局との交渉はこちらで進める。ただし絶対的な保証は無いから、生徒会に反抗したという理由で停学や退学になる可能性もある。だから、強制はしない」

 選ぶのは自分達と言う訳か。

 言ってみれば他人事であり、自分達で解決すればいい話。

 矢面に立ち、都合よく利用されるだけにも思える。

 モトちゃんの言うように、処分の対象になる可能性はかなり高い。



「良いよ。行って来る。ただし、何から何まで面倒を見る訳じゃないからね」

「ありがとう。最悪の事態にはならないと思うけど、一応その覚悟はしておいて」

「分かってる」

 小さく頷き、サトミ達を振り返る。


 彼らは何も言わず、静かに自分達の荷物をまとめている。

 食堂での会話。

 私の決定に従うという、あの言葉のままに。

 彼らには彼らの意見があり、彼らの立場。目標がある。

 私の決定が、それを台無しにしてしまっているのかもしれない。

 だけどまた、彼らが私を信頼してくれているのも確かだと思う。

 そうしてくれる限りは、彼らが付いてきてくれる限りは私は間違って無いんだろう。

 私の決断は、彼らの思いに支えられているんだから。




 唯一うるさい男の脇を軽く掴み、H棟の玄関の一つへとやってくる。

 ここは学内のメインの通路に面した、いわば正面玄関。

 放課後でも生徒の出入りは多少あり、こうしてみている限り治安が悪いようには思えない。

 とはいえ、それほど目立った形で現れる事でもないのだろうか。

「一応警戒はしようか」

 私はスティックを抜き、ショウにサトミを守らせる。

 でもってケイを先に行くよう、手で追っ払う。

「この野郎。俺は囮か」

「後でお菓子上げるから」

「馬鹿にしやがって」

 文句は言いつつ、ブルゾンの下に隠れている腰の警棒を確認して歩き出すケイ。

 私達は比較的目立つタイプらしいが、彼は別。

 私達の仲間だと知らない子もいるくらいで、こういう時には役に立つ。


「特に問題ない。今のところは」 

 端末から聞こえる彼の声。

 ふざけたり冗談をやっている場面ではないし、それは彼の方が分かっている。

 私達が、多少過敏になりすぎていたのかもしれない。

「ここは何も。わっ」

 叫び声と共に、端末から激しい雑音が響いてきた。

 どうやら端末が床に落ちたらしく、それに続いて怒号と叫び声も届いてくる。


 すぐに走り出すショウ。

 私も駆け出そうとするが、サトミは優雅な足取りで後に付いてくる。

「危なそうだし、後から行くわ」

「え、うん」

 別に珍しい事ではないが、今は明らかにケイが危ない目に遭っている。

 それでも急がないのは、何らかの罠でもあるという事か。

「ユウ、慌てないでね」

「分かってる。サトミも気をつけて」

「ええ」



 教棟に入り、左右を確認。

 ケイの姿は無し。

 生徒達はそれとなく、視線を右側へと向けている。

 口には出さないが、そのくらいは教えてくれるようだ。

 広い玄関から伸びる正面と左右の通路。

 彼らの意見を頼りに右へ走り、再び視線に誘導される。

 右に曲がってすぐにある、少し古ぼけたドア。

 掃除道具を入れる場所らしい。

 いかにもそれっぽいといえば、それっぽいか。


「この中?」

「危ないよ」

「止めたら」

 一斉に顔を振る生徒達。

 それは巻き添えを食う事への反応と、私への心配か。

 どちらにしろ、「そうですか」と引き返すようなら私はここに立ってない。

「大丈夫。みんな下がってて」

 ドアは手動。

 軽くスティックでノブに触れ、鍵が掛かってないのを確認。

 壁際に張り付き、スティックの磁石を作動させてノブを回す。

 十分回りきったところで引き寄せ、一呼吸置いて中へ突っ込む。


「……何してるの」

 床に転がるケイ。

 それを取り囲む舞地さん達。 

 しかし、冷静に考えれば予想出来る展開か。

 いくらなんでも、今は一般の生徒と変わらない私達単独でここの治安を回復するのは無理がある。

 何より生徒会ガーディアンズと対立するリスクは、あまりにも大きすぎる。

 その点、舞地さん達は直属班。

 生徒会ガーディアンズの中でも地位は高く、多少の無理もきく立場。

 それを分かっていて、サトミは今頃来た訳か。

「不審者を一人拘束した」

 淡々とした口調で話す舞地さん。

 ケイを見ると指錠がはめられていて、足首にもロープが巻かれている。

 彼以外の人間なら、怒鳴りちらしてるだろうな。

「ショウは?」

「先に、オフィスに行かせた。荷物が片付いてない」

 そういう理由か。

 名雲さんもいないところを見ると、完全に力仕事だな。


「浦田君、大丈夫?」

 転がったままのケイのそばへしゃがみ込み、軽く押す柳君。

 ケイに抵抗する術は無く、押されるままに転がっていく。

「気持悪くなるから止めてくれ」

 転がされるのを止めるのに、それ以外の理由は無いのかな。

 大体、こう大人しい時ほどこの子は危ないんだ。


「しかし、絶景ですな」

 下品な口調でそう言って、げらげら笑うケイ。

 彼は床に転がったまま。

 私達はその周りを囲んでいる。

 私とサトミは制服で、下はスカート。

 舞地さんはジーンズだけど、池上さんもスカート。

 彼の言う通り、眺めとしては申し分ないだろう。

「司、捨てて来い」

「冗談ですよ、冗談。仲間じゃないですか、俺達は」

 もう一度げらげら笑い、肩を回しながら上体を起こすケイ。 

 いつの間にか指錠は外れ、足首を結んでいたロープを不器用な指先で解こうとしている。

 どこで手に入れていたのかは知らないが、彼は指錠を溶かす特殊な薬品を持っている。

 ただしロープは全然解けていないので、持っていてもあまり意味はなさそうだ。



「舞地さん達もここに来るよう言われたの?」

「お前達を監督するようにも言われた」

「大変だね」

 適当に答えて、掃除道具の置き場から外に出る。

 廊下には野次馬が集まっていて、多少不安げな雰囲気。

 得体の知れない連中が来た、くらいに思われてるのかもしれない。

「解散よ、解散。クラブにでも委員会でも家にでも。どこにでも行きなさい。ほら、解散」

 手を叩きながら、集まっている野次馬を追い立てていく池上さん。

 この人はこういうのが似合うというか、様になる。

 舞地さんがこんな事をやったら、それこそ空から豹が降ってくるだろう。

「治安が悪いって言ってたけど、普通だね」

「ここはまだ入り口よ。生徒会ガーディアンズや保安部にも会ってないわ」

 小声で指摘するサトミ。

 それはそうだけど、彼らは治安を守る側じゃないの。


 そういう訳かは知らないが、彼女の視線は池上さんへと向けられる。

 情報戦に長けた彼女へと。

「隊長の傭兵が厄介なんですって。映未さんは、何かご存知ですか」

「私達の知り合いではなさそうね。反感を買うようじゃ、なってないわよ」

「能力的には?」

「並かしら。ただし一応は草薙高校の生徒会自警局に所属してるから、権力だけはある。その意味では厄介ね」

 言葉とは裏腹に、大して気にも留めていないという顔。

 とはいえ彼女は自信に満ちた発言しかしないので、あまり参考にはならない。

「舞地さんは?」

「敵は潰す。それだけだ」

 聞く相手を間違えた。

「柳君は、何か知ってる?」

「全然。興味ないしね」

 子供のように笑い、足を縛られたままのケイを引きずってくる柳君。

 どうやら、彼の関心ごとはこっちの方にあるらしい。

「引きずるな」

「じゃあ、吊るす?浦田君、昔先生を吊るしたんでしょ」

「そういう意見を出しただけで、俺が実行した訳じゃない」

「見てみたかったんだけどな」


 腰をかがめ、ケイの足首の辺りで軽く手を振る柳君。 

 その途端ロープが切れて、ケイの足が自由になる。

 どれだけ鍛えようと、素手でロープを切り裂くのは不可能。

 手の中に何らかの刃物を忍ばせていると考えるのが妥当だろう。

「なんか、ジーパンが切れてるんだけど」

「加減が難しくてね。大丈夫、皮膚までは切らない自信はある」

「無いと困る」

 さすがむっとしてそう答え、壁伝いに立ち上がるケイ。

 柳君が無造作に彼の肩に手を掛け、軽く引く。

 その手はさっきロープを裂いた手で、しかし今はケイが悲鳴を上げる事も血まみれになる事も無い。

 ナイフじゃなくて、暗器だな。

「雪野さん、どうかした?」

「いや。どこに隠したのかなと思って」

「それは企業秘密」

 細かく動く華奢な指。

 ただ比較的手は大きく、細い刃物なら簡単に隠れそう。

 私は指も短ければ手も小さいので、何をどうしようと隠しようがない。


 柳君は手をポケットに入れ、それを永遠に謎にした。

「僕よりも、林さんの方がすごいけどね」

「ああ、傭兵の。この学校だと、阿川君かな。袖に、警棒を仕込んでる」

「ふーん。一度襲ってみようかな」

 笑顔で物騒な事を言い出す柳君。

 それは少し見てみてみたいけど、やらない方がお互いにとっていいと思う。

「じゃあ、上に行きましょうか。少しは部屋も片付いてるだろうし」

「オフィスって、事?」

「まあ、ね。行けば分かるわ」




 池上さんの先導で辿り着いたのは、オフィスとしては小規模な部屋。

 待機用の部屋と、キッチン。

 奥に仮眠出来る、畳敷きの部屋が一つあるだけ。

 待機用の部屋には長方形の机が向かい合わせに置かれ、壁際には棚も並んでいるのでそれほど広い訳でもない。

 というか、かなりこじんまりしてる。

 私としては、このくらいのサイズが落ち着くけどね。

「これ、邪魔なんだけど」

 ドアの1/3くらいにまではみ出ている棚。

 床には雑誌が積まれ、整理されていない以前に通りにくい。

「わざとやってるんだ。不意に侵入されても、そこで一旦止る」

「私やショウはいいんだけど」


 一応そこで言葉を切り、机の上にリュックを置いているサトミへと視線を向ける。

 棚がはみ出ているのを忘れる事はないにしろ、棚を避けて雑誌もかわすなんて器用な芸当が出来る訳無い。

「却下だそうよ。棚は戻して」

 軽く顎を横に振る池上さん。

 名雲さんが何か言いかけたが、それより先にショウが棚へ取り付き動かす準備に入っている。

「お前な。少しは逆らえよ」

「何のために」

「プライドのためだ」

「結局は動かすんだろ」

 妙に悟っているというか、物悲しい事を言い出した。

 少し追い込まれすぎてるんじゃないのかな。


 という訳で、雑誌は私が動かすとするか。

「春物特集号。今年は白で、清楚に決めろ」

 なるほどね。

 ただ似合う人は白だろうが赤だろうが、何を着ても様になる。

 似合わない人は似合わない。

 それだけの話だ。

「あーあ」

 ファッション雑誌をどかし、下から出て来たグルメ情報誌をめくる。

 「名古屋グルメ・ベスト88。これを食べなきゃいかんがや」

 今時、名古屋弁か。

 私のお祖母ちゃんでも、すでになまってないけどね。


 どちらにしろ、どこかで見た店ばっかりなのでパス。

「えー、これは」

 次は格闘技の雑誌。

 「柔道に、立ち関節技を導入。空手との交流戦進む」

 格闘界も動いてるな。

 RAS(レイアン・スピリッツもうかうかしてられないし、何か水品さんへ進言でもしにいくか。

「何をしてるの」

「昨今の世界情勢について考えてる。アフリカの緑化進むってさ」

「まずは、自分の周りを見つめなさい」

 雑誌が持っていかれ、それを自分で読み出すサトミ。

 なんだ、それ。

「池上さん、サトミがさぼってる」

「サボるも何も無いでしょ。ここはいいから、奥の部屋を見てきて」

「何かあるの?」

「あっちがメインよ」



 ドアを開けて前に進もうとして、そのまま後ろへ下がる。

 棚はせり出して無いし、雑誌も床に詰まれてはいない。

 ただ見られているという感覚が、全身の肌を走り抜ける。

 人ではなくて、センサーがドアの回りに取り付けられているようだ。

「玄関で簡単に侵入させて、油断したところで食い止めるのよ」

「こんな狭い部屋にこもるのは、辛いんじゃないの」

「いいのよ。その時はこの部屋にいないから」

 なんだ、それ。

「ここが襲われる可能性もあるって事?」

「無くは無いだろ。俺達は、言ってみれば部外者。ここの教棟の隊長にすれば目障りで仕方ない」

「早く来ないかな」

 椅子の足を浮かせ、器用にバランスを取りながら笑う柳君。

 本質的には子供だし、相手が強ければ強いほど燃えるタイプ。

 精神状態はともかく、彼が味方にいるのは心強い。

「さて。軽く敵情偵察と行くか。遠野と池上。浦田と柳は残れ」

「了解」




 名目としてはパトロール。

 ただ戦闘能力としては、過剰なくらい。

 私、舞地さん。名雲さん。

 そしてショウ。

 人数は4人だが、今なら自警局に突入しても制圧するだけの自信はある。

 オフィスは柳君が一人いれば大丈夫で、残った人達は臨機応変に対応出来る人ばかり。

 そう考えると、私たちの存在はかなり異様なのかもしれない。

 オフィス沿いの廊下を歩いていくが、特に他の教棟と違う点は今のところ無い。


 いや。無くは無いか。

 全体的に空気が上滑り、気持がここに無いような態度の生徒が多い。

 一見すれば普通に振舞っているけど、絶えず何かを気にして周囲の様子を探っている様子。

 これと似た光景は、記憶がある。

 木之本君がラウンジで襲われた時の、生徒達の反応と全く同じ。

 あの時はラウンジ内に保安部がいた。

 つまりはそれと同じプレッシャーの下に置かれているという訳か。

「来たぞ、悪代官どもが」

 喉元で笑いを抑える名雲さん。

 表情はいつに無く好戦的で、姿勢も若干前のめり。

 そう振舞っている部分もあるんだろうが、これが池上さん達の言う彼の過去。

 荒れていた頃の名残かもしれない。



 正面からやってきたのは、保安部と生徒会ガーディアンズの混成集団。

 早々偶然に出会う程、時間やルートが重なっているとは思えない

 当然事前の連絡は入っているし、オフィス付近は監視されていると考えるべきか。

「お互いの立場を軽く決めるか」

「決まってるんじゃないの」

「分からせるって言った方が早いかもな」

 スラックスのポケットに手を入れ、廊下の中央で立ち止まる名雲さん。

 自然と保安部や生徒会ガーディアンズも足を止め、彼と向かい合う事となる。

「お前が名雲か」

「だとしたら」

「ここは、我々が管轄している教棟だ。直属班だろうと誰だろうと、口を挟む権利は無い」

「権利があるか無いかは、お前が決める事じゃない」

「俺がここのルールなんだ」

 居丈高に叫ぶ、背の低い男。

 どうやらこれが、教棟の隊長らしい。

 ただこの態度は直属班や隊長という立場ではなく、傭兵としてのそれに見える。

 少なくともこの男は、名雲さんに良い感情を抱いてないようだ。



 空を裂く右ストレート。

 それは男の耳元をかすめ、唸りを上げて引き戻された。

「き、貴様」

「蜂だ、蜂」

 逆さにした手の平から落ちていく黄色い紙の切れ端。

 名雲さんはそれを踏みつけ、不敵に笑って男を見据えた。

「それとも、この下に何があるか確かめるか」

 踏んだ足が軸足となり、もう一方の足が軽く浮く。

 確かめようとした瞬間、その足がどう動くのか。

 それは確かめなければ分からない。

「くっ。戻るぞ」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす男。

 足早に去っていく男を仲間達が慌てて追いかけ、野次馬達からは控えめながら賞賛の声が上がる。


「生徒の支持を得るって事?」

「そういう意味も無くは無いが。今ので、俺の方が上という印象をあいつも仲間を抱いた。実際に上か下かは関係ない。本人がどう思うかの話だ」

「じゃあ、後はある程度は許されるって訳」

「まあな。規則を変えるのは簡単だが、相手の印象や心理的な立場を変えるのは難しい。どうしても逆らえない人間の一人や二人、お前達にもいるだろ。それが実際に何が上で下なのかは分かってなくても、引け目を感じるような相手が」

 心理戦か。


 この手の事は、サトミやケイの得意分野。

 特にサトミは、その容姿と態度だけで大抵の人間を下がらせる。

 彼女が何をやらなくても、天才と呼ばれるだけの才能を見せなくても。

 この人間には適わないと思うだけの印象を相手に与える事が出来る。

 私の場合は、見た目だけで笑われるが。


「一応これで、一歩前進だ。実際は今の馬鹿を叩きのめして終わりなんだが、この学校ではそうも行かないからな」

「色々考えてるんですね」

「お前達が雑すぎるんだ」 

 この人に言われると、とてつもなく落ち込んでくるな。

 とはいえ反論出来る要素は一つも思い浮かばないので、おそらく自分で思っている以上に雑な行動パターンを取ってきたんだろう。

「舞地さんは何もしないの」

「目立つのは好きじゃない」

「リーダーなんでしょ。というか、どうしてリーダーなの」

「それが、今の話だ。池上はともかく、俺と柳はこいつには弱い。物理的にじゃなくて、精神的にな」

 苦笑して来た道を引き返していく名雲さん。


 舞地さんは何の説明も挟まず、黙ってその後に付いていく。

 私の抱くリーダータイプとしては、間違いなく名雲さんや池上さん。

 また一般的に見ても、普段の行動を見ていても大抵は彼らが先頭に立っている。

 ただ彼がそういうだけの何かが、舞地さんには備わっているんだろう。

 多分、私には欠けている何かが。

 また、私の考えるリーダー像。目指す所とは違うんだと思う。

 それに生まれついてのお嬢様なので、本人は意識しなくても人を引き付けて引っ張っていく何かを備えているのかもしれない。




 半分程戻ったところで、端末に連絡が入る。

 相手はサトミ。 

 多少切羽詰った感じに聞こえなくも無い。

「襲われてる?」

「ドアは突破されて無い。ユウ達は戻れそう?」

「大丈夫。最悪、窓から飛び降りて」

「冗談として聞いておくわ」

 一応笑うくらいの余裕はあったらしく、少しの笑い声と共に通話を終える。

 話は全員各自の端末で聞いていて、ショウと名雲さんはすでに走り出している。

 私も端末をしまい、すぐにその後を追いかける。


「さっきの連中?」

「セオリーならな。俺達が戻るのも計算してるだろうし、妨害に来るぞ」

 そう名雲さんが言った途端、教室のドアが開いて武装した集団が行く手をふさいだ。

「構うなっ」

 彼の指示通り、肩から突っ込むショウ。

 プロテクターで武装した男達があっさりと吹き飛び、その上を踏み越えていく。

 出来たスペースを私達も駆け抜け、一気に囲みを突破する。

 この際必要なのはスピードで、どれだけ強くても武装していても捕まえられなければ意味はない。



 幸いオフィスは一つ上のフロア。

 階段を上がれば、後は直線。

 その階段が問題と言えば問題だが。

「ちっ」

 舌を鳴らす名雲さん。

 階段を埋める武装集団。

 ただし生徒会ガーディアンズや保安部であると示す物は身に付けていない。

「どうする」

「当然突破する」

「言うと思ったぜ」

 何のためらいもなく走り出すショウ。


 今度は私も前に出て、スティックを抜く。

 即座にスタンガンを作動。

 低電圧高電流。

 火花をより激しく散らせ、威力よりもインパクトで攻める。

「せっ」

 当てる必要はなく、火花を届かせれば良いだけ。

 絶縁体ではない部分に火花が触れたのか、前にいた何人かが一斉に後ろへのけ反る。

 体勢が崩れたところでショウが突撃。

 跳び蹴りから大振りのフック。

 一瞬にして彼の周囲に空間が出来、それを見ていた無傷の者達は浮き足立つ。

「良いぞ、止まるな」

 階段に転がった集団を踏み越えてくる名雲さんと舞地さん。

 私達もそれは同じで、踏んで悪い理由は無いし踏まない事には始まらない。

 踊り場まで来ると、後は勝手に逃げていく。




 特に問題もなく、階段を突破。

 踏み越えたとかスタンガンで倒したというのは、問題の内に入らない。

 脇目も振らず廊下を駆け抜け、野次馬を飛び越えてオフィスの前に到着する。

 そこに待っていたのは、ドアをこじ開けようとする傭兵ではない。

 ドアの前に倒れ込んでいる傭兵。

 そして、警棒を腰に戻している前島君の姿だった。


 彼とは確執が無くも無いが、少なくとも今回は敵では無いらしい。

 私もスティックを背中へ戻し、ただ距離を置いて声を掛ける。

「どうしてここに」

「治安悪化の対策を求められたので、見に来ました。あなた達が来る事で、こうなるとは分かってましたが」

「襲われた責任を取れとは言わないでしょうね」

「身元についてはこちらで調べ、処分をしておきます。問題は、教棟の隊長だと思います」

 足元から運ばれていく、身動き一つしない男に視線すら向けない前島君。

 とはいえそれは私も大差なく、今の心配事は何よりこの部屋の中がどうなっているかだ。

「サトミ……。……そう、前に着いた。……分かった。中は大丈夫みたい」

「このドアをこじ開けられる人間は、世の中にそうはいないでしょう」

 厚さは比較的薄いとはいえ、強度は銃弾にも耐えられるという話。

 今もドアに傷は付いているが、少しの隙間も開いてはいない。

 ここを開けるにはキーのセキュリティを解除するか、強引に突破するか。

 それとも、力ずくでこじ開けるかだ。



 今はどの必要もなく、自分が持ってるキーで中へと入る。

「出て行こうと思ったんだけどね。突破される気配が無くて、放っておいた」

 朗らかに答え、紅茶をすする柳君。

 オフィスの襲撃に関しては、キーが掛かっている限りそれが正解なんだろう。

 無論キーが初めから解除されていたり、相手が合鍵を持っている場合は違ってくるにしろ。

「誰かを刺激した?」

 切れ長の目を細め、私達を一人一人見つめていくサトミ。

 今日に関してはやましい事は何一つ無く、ニコニコ笑ってゴーフルをかじる。

 ショウは余計な事を言わないようにか、顔を伏せたまま視線を合わせようとはしない。

「では、名雲さんは」

「軽い威嚇行動だ。気にするな」

「ここが襲われるリスクと、その威嚇行動はバランスとして吊り合っているんですか」

「撃退した時点で、十分吊り合った。話し合って分かる相手なら問題ないが、世の中善人だけで過ごしてる訳じゃない。嫌な話とは思うが、この学校もだんだん他の学校に似てきたな」

 サトミの視線を軽くやり過ごし、前島君に向かって笑いかける名雲さん。

 彼は軽く会釈をして、控えめな口調で話し出した。


「耐性というんでしょうか。傭兵の荒い手口に慣れていないため、ちょっとしたゆさぶりで動揺する生徒が多いですね。勿論慣れてない方がいいのは確かでも、傭兵とすればこんなに都合の言い場所は無い」

「他校と比較する気は無いわ。この学校は、この学校なんだから。勿論、あなたに文句を言っても仕方はないけれど」

「申し訳ありません。それとここの治安については、自警局内でも意見が分かれてます。俺はこのままでは問題があると判断しているので、皆さんに協力させて頂きます」

 丁寧に頭を下げる前島君。


 彼は保安部の責任者とはいえ、今は金髪の傭兵が上に立っている状態。

 また執行委員会の委員長も、彼よりは向こうを重用している様子。

 それでも不平を漏らさず、こうして立場が悪くなるような事を自分の意思で行っている。

 彼のような人がいると同時に、その金髪のような人間も傭兵には存在する。

 やはり傭兵というくくりではなく、私達は各個人で判断すべきなんだと改めて実感する。 

「お前も苦労しそうな生き方をしてるな」

「自分ではそうは思ってませんが」

「末期的だ。でも、まだましな方だぞ。自分の立場を守ろうとする意識も少しはあるからな。こいつなんて見ろ。学校最強とか言われてるのに、実際はこいつらの小間使いだぞ」

 空になったあられの袋を覗き込んでいるショウ。

 名雲さんはその頭をはたき、二人が取っ組み合いを始めた。


「最強、なんですよね」

 改めて確認してくる前島君。

 ショウの強さは、多分彼も十分に分かってるはず。

 しかし今の光景や普段の彼の行動を見ていると、名雲さんの指摘や彼の疑問も頷ける。

「最強というか、そう呼ばれてるだけ。前この学校にいた三島さんに、試合で勝ったから。熊って呼ばれてた人」

「それは聞いた事があります。で、小間使いというのは」

「私は、そういう古い日本語には詳しくないの。サトミにでも聞いて」

「ごめんなさい。私も、女は三歩下がって男についていくって古風なタイプだから」

 二人して上品に笑い、この場をやり過ごす。 

 前島君は「はぁ」とだけ答え、池上さんに視線を向けた。

「いいじゃない、小間使いだって丁稚奉公だって。本人が納得してるのなら」

「してるんですか」

「しないなら、させればいいだけでしょ。二人とも、もう止めなさい」

 テーブルの上にあったティーポットを頭上まで掲げる池上さん。

 それがティーカップへ注ぐためで無いのは、ここにいる全員が理解しただろう。

 二人もにらみ合いつつ距離を置き、何より池上さんから離れていく。



 取りあえず落ち着いた。 

 もしくは強引に収めたところで、話を聞く。

「それで、これからどうするの」

「定期的なパトロールと、アンケートの収集。元野さん達も自警局には掛け合ってるが、決定するのは向こうだからな。こちらとしては出来るだけ治安を回復して、今の隊長では安心出来ないという意見をまとめるしかない」

「意外と無難なんだね」

「言っただろ、この学校に合わせてるって。さっきの馬鹿を殴り倒すのは簡単だが、それは転校を前提にした話だからな。とりあえず、教棟の見取り図でも見てろ」

 プリントアウトされた、H棟の見取り図をフロア別に並べていく。


 詳しくは知らないが、多分各部屋の構成は一般教棟はほぼ同じのはず。

 第一私には、これから何かを読み取る力が備わっていない。

 足で調べるという方法もあるが、それはタブーとされている。

「これといった特徴は無いわね。オフィスの空白が多少気になるくらいで。ここは、旧連合ね」

「ええ。生徒会ガーディアンズの補完としての役割を担ってたんですが、連合のガーディアンズが移籍しても空白が目立ちますね」

「沙紀ちゃんの所は?」

「G棟は連合からの移籍者が多かったのと、非番の回数を減らしてます。パトロールのコースと時間も、空白が出ないよう細かく調整しているようですね」

「基本的な事なんだけどな。ただ徹底させるのは難しいし、不満を吸収するだけの器も無いと」

 手の中でペンを回し、一人頷く池上さん。

 彼女としては沙紀ちゃんを個人としてだけではなく、指導者としても高く買っているのが窺える。

 私はその辺は良く分かって無いし、その時点で指導者には向いて無いんだろう。


「F棟とJ棟も、ほぼ同じですね。生徒会ガーディアンズの統制が取れています」

「上が腐れば、下が腐るのも早いか。浦田君の意見は?」

「これといって、特に。結局今回の件も、執行委員会として邪魔になった傭兵を切るだけの話。向こうを利する面が強くて、俺達のリスクだけが大きいです」

「でも、乗るしかないんでしょ」

「利害は一致してますからね。学内の治安を回復させて、生徒からの信頼も勝ち得る事が出来る」

 淡々と説明するケイ。

 ただ、荒廃している現状を利用するのは、私としてはあまり納得出来ない。

 弱みに付け込んでいるような気がするし、それでは力がある者だけが全てになるから。



「雪ちゃんは不満そうね」

「不満というか。治安を回復して支持を得るのは良いけど、結局ここの生徒を都合よく利用してるんじゃないの」

「生真面目な子ね。それが良いところでもあるんだろうけど、こういう状況では賢くない生き方よ」

「元々賢くないしね」

 人の口真似して話すケイ。

 軽く脇腹を突いて制裁を加え、床へ転がす。

「なんですか、それ」

「どれ」

「いや。いきなり床に倒すので」

 多少不安げに、床へ転がったままのケイを指差す前島君。

 私達はすでに慣れているので、微かにも気に止めていなかった。

「罰が当たったんだよ。ね、浦田君」

「上に乗らないでくれると助かるな」

「でも、暖かいよ」

 子猫のように、ケイへじゃれ付く柳君。

 これは前島君ではなくても慣れないので、早々に二人を引き離す。

「今度は、お前達で外を回って来い。お前もついでに」

「俺も?」

「協力するんだろ。両手に花で楽しんで来い」




 サトミと池上さん。

 容姿としては申し分ない。

 ただ、そばにいて気が休まるようなタイプでもない。

 池上さんはまだ社交的な面を表に出す時もあるが、サトミは見えない壁のような物があるらしい。

 らしいというのは、私はその壁に気付いて無いし見えても無いので。

 ただし他の生徒の態度からして、彼女が近寄りがたいのは私にも十分分かる。


 結局ショウと名雲さんがついて行き、部屋に残ったのは私と舞地さんとケイ。

 そして、前島君も居残った。

 珍しいというか、あまりない組み合わせ。

「お茶」

「やさい」

「イカリング」

 舞地さんへ視線を向けるケイ。

 彼女は眼光を光らせ、それでも「グジ」と答えた。

 甘鯛とは、なかなか通だな。

「そうじゃなくて、お茶が飲みたい」

「飲めば良いじゃない、どれだけでも」

「浦田、入れて来い」

 私を過ぎて、横へ流れる視線。

 ケイはそれを受け止め、鼻を鳴らしてキッチンへと消えた。

 個人的な金銭のやり取りがあると言っていたし、彼が舞地さんの命令というかわがままを聞かなかった事は無い。

 この辺がさっきの、人間関係にもつながってくるんだろうか。 

 ただしケイの場合は、相手が誰だろうと自分を貫く場合もあるので油断は出来ないが。



 その彼が運んできたのは、ティーポットと人数分のマグカップ。

 こういう気の回しよう、判断は出来る子なので。

「苦い」

「文句言うなら飲むな。寝てろ」

「私に、そういう口の聞き方をする訳か」

「する訳ですよ。大体あんた、支払期限はそろそろ」

 テーブルの上を滑る一枚のカード。

 ケイはそれを受け止めそこね、お腹に当たったところで拾い上げて端末に通した。

「はは、舞地さん万歳。草薙高校のビューティプリンセス誕生」

 なんだ、その陳腐なフレーズは。

 でもって、いくらもらったんだ。

「私にも頂戴よ」

「子供は、飴でも舐めてろ」

 言葉通り、テーブルを滑ってくる黒飴。

 それはむかつくが、もらえるものはもらっておく。

 那智黒黒飴、本場の味だって。

 で、何が本場なの。


「仲が良いんですね、皆さん」

 静かな口調で口を開く前島君。

 ケイは鼻を鳴らして、大げさに手を振って見せた。

「それは上辺だけ。傭兵と相容れる訳が無い」

「それは助かった」 

 しみじみと語る舞地さん。 

 ケイもそれにはおかしそうに笑い、カードを私の方へと滑らせた。

「くれるの」

「ある程度は抜いてある。ショウの食費にでも使ってくれ」

「というか、今一番の出費はあの子と御剣君の食事代だからね。エンゲル係数が高すぎるんだって」

 端末をカードに通し、金額を確認。

 莫大な額ではないが、彼の言う食費の足しくらいにはなりそうだ。

 だったら彼自身はどれだけもらったのか知りたいが、この辺はお互い口が堅いからな。


「襲われた後なのに、皆さん冷静なんですね」

「慣れてるからね。それに、慌てふためく舞地さんも想像出来ない」

 今もマグカップをじっと見つめ、ずっと黙ったままの舞地さん。

 彼女の本質は静で、感情で動くタイプではない。

 それを言うなら、池上さん達も感情と現実を見極めて冷静に行動が出来る人達。

 感情に身を任せて行動してしまいがちな私達とは、かなりの違いがある。

 いや。私と言い換えた方がいいのかもしれないが。


「皆さんには色々と迷惑をおかけして、申し訳ないとは思ってます」

 突然謝り出す前島君。

 彼の最近の行動は、確かに私達と敵対する場面が多かった。

 またそれは彼の立場から言えば、当然の事だと思う。

 勿論不満はあるが、彼の生き方や行動を全て否定する気は無い。

「俺は俺なりに考えている事もありますが、それ以前に契約が優先されます。本来の契約通りに状況が動いていれば、問題は無いんですが」

 その後は、とりあえず何も無く終業時間を迎える。

 ガーディアンではないが、あくまでもそれを目安とした時間として。

 前島君は自警局に戻って行き、明日また来ると告げていた。




「生真面目な子ね」

 冷たい風の吹きぬける、正門へ続く通路。 

 さっきの話を聞いた池上さんはもこもこの毛皮を撫で、笑い気味に呟いた。

「あれでも、傭兵なの?」

「タイプは様々よ。金髪みたいな馬鹿もいれば、ああいう大人しい子も意外と多い。頭が良くて視野も広くて、ただ集団生活になじめないような子とか」

 どこかで聞いた話だな。

 私の視線を受けたケイは話を聞いていないのか、寒そうに体を小さくして俯き加減に歩いている。

「暴れまわってる連中が多いから粗暴なイメージが付きまとうけど、ああいう前島君みたいな子も意外と多いのよ」

「池上さん達はどうなの」

「私達は、大人しい部類。今はね」

 小声で付け足される注釈。

 確かに舞地さんが暴れまわったりはしゃぎまわったりする事はなく、傭兵だとしらなければただの大人しい女の子という印象が先に来る。

 傭兵に対する偏見的な見方が当てはまらないタイプの一人だろう。




 女子寮の食堂で食事を済ませ、一息付く。

 今日のデザートは、春を先取りしたのかチェリーパイ。

 控えめな甘さと、淡い赤。

 パイの触感がたまらない。

「今日はお疲れ様」

 今来たところか、トレイをテーブルに置いて私の前に座るモトちゃん。

 彼女は箸でおでんを掴みながら、DDをサトミへ渡した。

「教棟の隊長と、その取り巻きのデータ。入学時のだから、データとしての信憑性は高いと思う」

「分かった。自警局との交渉は?」

「問題だという意見は多いけど、外部の意見に屈したという形を取りたくないみたいね。それと、これからは強行策で行く事へのプレケースにしてる雰囲気がある」

「そうなると、少し難しいわね」

 はかばかしく無い二人の会話内容。 


 つまりこれからはあれが普通でまかり通るという意味。

 そして新入生達はそれを疑問に思わず、当たり前の事として受け止める。

 代が変われば、自治や自主といった言葉すら忘れ去られていくだろう。

「そんな勝手に、規則を変えていい訳?」

「急に何」

「だって、塩田さんや屋神さんの時は生徒と協議したんでしょ」

「当時の生徒会とね。つまりは、屋神さん達と。だけど今の生徒会は、あの状態だから」

 ため息を付き、おでんのダシをすするモトちゃん。

 おかしくなったのは、生徒会長選挙の頃から。

 あれが発端であり、始まり。

 あの頃は、一気にここまで事態が進むとは思っても見なかった。

 いや、そう思ってなかったのは私だけか。



「来期。新年度の会長選挙はやるんだよね」

「立候補基準を都合がいいように変える可能性は高いわね。生徒会参加者の、一定数の推薦。もしくは、執行委員会からの推薦」

「出来レースじゃない、それじゃ」

「向こうはそれだけ、準備周到に進めてたのよ。おそらくは、前の抗争の頃から」

 冷静に指摘するサトミ。

 敗北を糧にして、良くも悪くも今まで努力と研鑽を積み重ねてきた学校側。

 それに対して私達は、どれ程管理案に対して真剣に考えていただろうか。

 何も考えて無かったとは言わないが、どうにかなるとたかをくくっていたのも確かだと思う。

 私にとってはは人ごとであり、誰かがどうにかするとしか考えていなかった。

 勿論それは私一人ではないにしろ、そのつけを今払わされる結果となる。

「ユウ、どうかした」

「ん、別に。私は何も考えて無かったんだなと思っただけ」

「一応相手は大人で、資金もあれば人手もある。この事だけに専従してるチームやグループもあるだろうし、比較にはならないわ」

「そうだけどね。少なくとも塩田さん達は、私達に後を託してるんだからさ。それはどうなのかなと思って」

「自分で言うのも変だけど、私達なりには良くやってるわよ。連合は解散されても、組織としては存続出来ている。一部には、私達を支援してくれる人もいる。上を見ればきりは無いけど、まだこれからじゃない」

 明るく励ましてくれるモトちゃん。

 それに少し気を軽くして、パイを頬張る。

 甘酸っぱい、優しい味を。



 朝。


 女子寮の玄関を出たところで、女の子の集団と出くわした。

 登校時間なので、友達同士集まっているのは珍しい事ではない。

 彼女達の視線が、一斉に私へ向けられなかったら。

「学校へ行くんですよね」 

 朝から制服を着て寮を出て、学校以外の場所へ行く理由を教えて欲しい。

 それでも頷くと、女の子達は姿勢を正して頭を下げてきた。

 なんか相当に誤解されそうな光景というか、私自身が誤解をしそうだな。

「申し訳ありませんが、正門をくぐる所までご一緒にお願いします」

「いいけどね。遅刻しない程度なら」

「それは勿論。はい、列を作って。通路は開けて。寒い子は、寮の中に入ってて。時間厳守でお願いします」

 誰か分からないが、集まっている女の子達を仕切っていく子が数名いる。

 まさか私が仕切る訳にも行かないので助かるが、私が頂点にいるという雰囲気を出すのは止めて欲しい。

「雪野さん、ほぼ揃いました」

「分かった。後でサトミ。遠野さんもくるから、そっちもよろしく。それと、元野さんと丹下さんも使って」



 相当恨みを買うだろうと思いつつ、正門をくぐる。

 後ろに付いてきた集団は自然解散して、それぞれの教棟へと向かう。

 さらにその後ろには、制服の着用を呼びかける集団がこちらを睨みつけている。

 サトミ達だけではなく、あの連中の恨みも買っているようだ。

 戻って何か言おうと思ったが、さすがに馬鹿らしくて止めた。

 短気は損気、なんて言葉もあるらしいので。

 その意味を、多分半分も理解してはいないが。 










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