表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第32話
350/596

32-3





     32-3




 週末。

 自宅に戻ると、お母さんから買い物のリストを渡された。

「何、これ」

「誕生日用の料理作るから、これ買ってきて」

「誰の」

「優の。娘の誕生日を忘れる訳無いじゃない」

 優しく笑って私の鼻を指差すお母さん。

 忘れてないのは嬉しいが、それと買い物がどうしても結びつかないな。

「自分で買いに行くのも、相当間が抜けてる気がするよ」

「今日は、料理教室があるの。車使うからね」

 鼻歌を歌いながら、着ていく服を見定めているお母さん。 

 それはいいけど、車がないとこのリストを持って帰るのはまず不可能。

 あっても不可能という気もするが。

「それとも、誕生日はデートの予定でも?」

「いや、なにも。誕生日の事すら忘れてた」

「私も忘れたいわよ」

 しみじみため息付かないでよ。



 買い物は急がないので、料理教室に付いて来る。

 学校の家庭科室に似た、コンロとシンクのある机が並んだ部屋。

 違うのは生徒の年齢と雰囲気。

 学校にありがちな張り詰めた空気はどこにも無く、なごやかそのもの。

 それは教えているお母さんの影響でもあるだろう。

「出来なければ、機械や道具を使って下さい。大切なのは美味しい料理を作るという気持で、技術ではありませんからね」

 なんか良い事言ってるな。

 今度私も、この台詞を使ってみよう。


「では、スープの場合は」

 見学者よろしく窓辺に椅子を置いて日向ぼっこをしていたら、お母さんと目が合った。

 でもって、私でも煮込めそうなくらいの大きな寸胴を指差した。

 別に私でダシを取る訳ではなく、一緒に運べという意味か。

「普段、どうやってるのよ」

「アシスタントの子が休みなの」

 二人して左右から寸胴の取っ手を掴み、「えいや」と声を揃えてコンロの上へと持ち上げる。

 これだけで、もう一仕事した気分だな。

「野菜はカットせず、そのまま入れて結構です。量は、その鍋のサイズに合わせて調整して下さい。その場合は、カットしても構いません」

 だったらなぜ寸胴を使うのかと聞きたくなるが、このインパクトは捨てがたい。

 何より、たくさん作った方が美味しく出来るしね。


 電熱コンロのスイッチを入れ、スープが煮える間に野菜炒めを作る。

 中華かな、今日は。

 お母さんはテーブルをちょこちょこと歩き回り、生徒達にアドバイスをしている。

 家での姿とは少し違う、頼もしいお母さん。

 私は寸胴を任されているので、こまめにアクを取る。

「何してるの」

「アクを取って……。土居さん」

「雪野先生って言うから、もしかしてと思ってね。お母さん?」

 赤のエプロン姿でお母さんを指差す土居さん。

 そういえばこの人、料理が得意だったっけ。

「教わらなくても作れるんじゃないの。それにお母さんはプロじゃなくて、普通の主婦だよ」

「プロを真似ても仕方ないだろ。家の設備は料理屋のそれと違うんだから」

「なるほどね」


 そう言われてみれば一理ある。 

 火力や厨房の広さ、道具の豊富さ。

 何をとっても家庭と専門店とは違いがある。

 無論プロもそれを踏まえて教えてくれるが、技術の差がある分素人には習得出来ない事も多い。


「土居さんは、いつも来るの?」

「初めて。名前を見て、一度見ようかなとは思ってたけど」

「ふーん。それで、あれは」

 丁度お母さんがアドバイスをしているテーブル。 

 そこで不器用に包丁を使い、悲鳴を上げている女の子。

 石井さんって名前だった気もするな。

「無理やりつれてきたんだけどね」

「全然駄目だね」

 彼女に続いて山下さんも始めたが、あまり芳しくはない。

 それでもお母さんは、怒る事も呆れる事も無く丁寧に包丁の使い方を教えている。

 昔私にそうしてくれたように、そっと手を添えて優しく笑いかけながら。

「いいお母さんだね」

「それは勿論」

 否定する理由は無いし、褒められればただ嬉しいだけ。

 いまはただ、誇らしい気持で一杯だ。

「そう素直に言われると、こっちが恥ずかしいんだけど」

「私は平気だよ」

「偉いよ、あんたは」

 褒められたのかな、一応。

 私も、そしてお母さんも。




 後片付けを手伝って、次の授業の準備があるお母さんと一旦別れる。

 私は私で仕事があるので。

 カルチャーセンターの前に止る大きなRV車。

 窓が開き、ショウが軽く手を振ってくる。

「ありがとう。ちょっと荷物が多くてね」

「誰の誕生日だった」

「雪野優って子らしいよ」

 二人の仕方なさそうな笑い声が車の揺れに重なり、寒そうな街並みは後ろへと流れていく。

 外は冬でも、車内は一足早く春が訪れているようだ。

「ちっ、いちゃつきやがって。あーあ、事故でも起きないかな」

 後部座席から聞こえる陰気な声。

 後ろを覗き込むと、ケイがだるそうに寝転がっていた。

「いたの」

「お邪魔して済みませんね。せっかくのショッピングを」

 これもショッピングって言うのかな。

 玉ねぎ2玉買うのも。

 大体事故したら、自分も一緒に死ぬんじゃないの。


「ショウの家にいたんだ」

「予定も何もない寂しい人間でね。……いや、今は忙しい」

 端末に掛かってきた通話へ、愛想無く答えるケイ。

 かなり素っ気無く、あまり親しくはない相手のようだ。

「誰」

「親睦会。一応、定期的に連絡を取ってる」

 マイクの部分を手で覆い、小声で説明するケイ。

 この辺りは如才ないというか、さすがだな。

「ああ。それは、追って連絡する。……口座を変更するから、メモを」

 なんか、ろくでも無い事まで話し出した。

 間違いなく問題行動で、私たちへの裏切りや背信に近い。

 それを目の前でやられても、どうかと思うが。

「……あまりしつこいと、こっちにも考えがある。……分かってくれればいい。・・・では」

「何よ、それ」

「情報を流してくれって言うからさ。広報誌に書いてある事を教えてやってる。心配しなくても、口座の件はモトにも話してある」

「で、その口座は?」

「残念ながら、予算編成局の管轄下にあってね。その内、別口座を作ろうと思ってる」

 結局リスクだけで、手元には何も残らないという訳か。

 らしいといえばらしいけど、相変わらず報われない話だな。



「玲阿君を紹介してくれとか、遠野さんを紹介してくれとか。金ならいくらでも出すって馬鹿が、ごろごろいる」

「会ってどうするの」

「親の買ってくれたマンションで楽しいひと時を過ごすんだって。行って来いよ」

「行くか」

 即座に、何の迷いも見せずに答えるショウ。

 思わず嬉しくなって、彼の肩にぺたぺた触れる。

 そのたびに車が不規則な軌道を描くけど、それはこの際よしとしよう。

「一応、雪野さんに会いたいって人もいる」

「それは、俺が許さん」

 さっきよりは小声で、しかしはっきりと言い放つショウ。

 しかしこれ以上叩くと年始早々葬式を出す羽目になるので、ケイの肩を叩いて代用する。

「痛いよ。とにかくそっちから情報を取る方法もあるから、考えておいてくれ」

「その親睦会は、草薙高校の執行委員会とつながってるのか?」

「ああ。元々草薙高校は原則として親睦会に属さないんだけど、強制じゃない。そっちで甘い蜜が吸えるとなれば、なびく馬鹿も出る。親睦会は草薙高校を取り込もうとしてるんだけど、逆に乗っ取られつつあるかな。傭兵への耐性が無いんだよ、どっちも」

 鼻で笑い、窓の外の景色を眺めるケイ。


 彼は耐性があるどころか、思想や行動が傭兵と酷似している。

 目的のためなら手段を選ばず、経緯よりも結果を重視する。

 だからこそ、この学校では余計に浮いた存在なんだろう。


「それで、誕生日ケーキでも買うの?」

「お母さんが予約してくれてるから、それはいい」

「めでたい話だ。そういうイベントは、正月で全部終わったと思ってた」




 あまり誕生日慣れしてない子を引き連れつつ、ショウにカートを押させて品定めをする。

「プレゼントは」

 私にではなく、ショウに向かって話すケイ。

 それは少し、興味があるな。

「デートすれば」

 二人してつんのめり、カートごと高く積まれた桃缶の山へ激突しそうになる。

 私達は、こういう耐性は出来てないようだ。

「じゃあ、指輪でも買えよ。高そうなの」

「金が無いんだ。本当に無いんだぞ」

 そんな必死で言わないでよね。

 大体彼がお金を持ってないのは、私が持っているスティックのため。

 彼自身は何も悪くなく、全ては私のせい。

 しかも何年もの間、それを知らなかった。

 だからこの事に関しては、負い目というか心苦しく思ってる。

 とはいえ援助しようにも、今は私も折半して支払ってるからお金がないときた。

「そこで、親睦会の話になる」

「お金くれるの?それって、意味が違ってくるじゃない」

「違おうが狂おうが、金は金。まあ、金はともかく接触はして欲しい。詳細は、またモト達と詰める」

「何か嫌だな。大体、向こうはお嬢様とかお坊ちゃまなんでしょ」

 こうしてどのピーマンが安いかとか、量が多いかなんて気にしない人達。

 何より、ピーマン自体買わないだろう。

 とはいえ私は全然気にしないし、むしろこうした地に足を付けた生活の方が性にあっている。

 贅沢三昧の生活をしても、間違いなく三日で飽きる。




 買い物を済ませ、家に戻って荷物を中へと運び込む。

 私一人でやっていたら、途中で投げ出してしまいたくなるほどの量。

 お母さんも、よく私に押し付けたな。 

 というか、誕生日に関係あるものなんて一つも無いじゃない。

「ジュース入らないぞ」

「庭の端っこに置いて。シートが敷いてあるところ」

 3Lのペットボトルを抱え、縁側から庭へ降りていくショウ。

 何か声を出し、少し笑い声が聞こえてきた。

「どうしたの。……わ」

 陽だまりの中に集まる、猫、猫、そして猫。

 悪い事はしてないし、それ以前に何もしていない。

 この子達、お母さんがいないのを分かって集まってきてるのかな。

「猫、集めてるのか?」

「向こうが勝手にね。前キャットニップを植えてて、その名残だと思う」

 それ程猫好きという訳でもないが、こうしてたくさんの猫が集まって丸まっている姿は可愛いの一言。

 思わず目を細め、手を差し伸べてしまいたくなる。

「ふっ」

 私の手が触れるか触れないかのところで一匹がそう鼻を鳴らし、こちらを一瞥して去っていった。

 それを合図とするかのように、他の猫も次々と庭から立ち去っていく。

 広い庭ではないので、日差しが差し込む時間や場所は限られてくる。

 日向ぼっこの時間は、もう終わりらしい。

「愛想が無いな」

「襲ってこないだけましだろ」

 肩を擦りながら呟くショウ。

 確かに、この子の家にいる山猫のように寝首を掻こうとはしてこない。

 粗相をした形跡もないし、鼻で笑われるくらいはいいか。


 キッチンへ戻ると、荷物は殆ど片付けられていた。

 ケイは上着を羽織り、軽く手を振って玄関へと向かう。

「帰るの?」

「後は二人でいちゃつけよ」

 鼻で笑い、そのまま去っていくケイ。

 さっきの猫とは違い、当たり前だが可愛くは無いな。

 玄関のドアが閉まった音がして、セキュリティが作動する。

 広い家。

 私とショウと二人きり。

 買っていた物は殆どケイが片付け、やる事は何もない。

「お茶飲む?」

「ああ」



 リビングで、二人並んでTVを観る。

 流れているニュースでは、時期的に寒さを感じさせる話題や受験の事を扱っている。

 私もそろそろ、真剣に進路を考える時期が近付いてきた。

「4月からは3年生だし、何か変わるかな」

「中等部の経験からすると、あまり大差ない気もする」

「なるほどね。ちょっと待てよ」


 階段を駆け上って自分の部屋へと入り、アルバムを持って階段を駆け下りる。

 それをテーブルの上へと広げ、二人で写真を眺めていく。

「髪が、まだ長い」

「伸ばしてる最中だろ、これ」

「どうして伸ばしたの」

「さあ」

 紅茶を一気飲みして、答えようとはしないショウ。

 いつからか髪を切らなくなって、気付いたら肩の辺りにまで辿り着いていた。

 勿論格好良いから問題は無いんだけど、理由はあの時から知らないな。

 まあ、ケイが伸ばすよりはいいんだけどね。

「これ、両腕怪我した時の」

 両腕に包帯が巻かれているショウの写真。

 指先はかろうじて出ているが、腕は殆ど動かせない状態。

 この時は色々大変で、何より彼自身が一番大変だったと思う。

「これは、ユウか」

 私が松葉杖を付いている写真。

 これはこれで色々あり、気恥ずかしい思いもたくさんした。

 決して波乱万丈な人生ではないけど、私なりに多少の起伏はあるらしい。

「サトミか、これ」

 ドレス姿で舞台の上に立ち、両手を天に掲げているサトミ。

 そういえば、こんな事もあったっけ。

「揉めたよね、この時は」

「俺は、殺されるかと思ったぞ」

「死んでないからいいじゃない」

 一応私にも話は来たんだけどね。

 衣装が合わなくて、すぐ降板だよ。


 他にもモトちゃんが大勢のガーディアンを前に演説をしている写真や、木之本君が部屋の隅で機材を修理してる写真なんてのもある。

 これを観ているだけで1日があっという間に過ぎてしまい、その時だけは昔に戻ったような気になる。

 勿論過去に戻れるなんて都合の良い話はなくて、その思い出に浸るだけ。

 だけど、そうして浸れる思い出があるだけでも幸せだと私は思う。



「楽しい?」

「楽しいよ」

「私にも、お茶ちょうだい」

 誰だか知らないけど、遠慮のない人だな。

 そう思って振り向くと、お母さんがニヤニヤしながら立っていた。

「い、いつから」

「優が犬の上に立ったって所から。いつからサーカスに入ったの」

「そういう年頃だったのよ。いるならいるって言ってよね」

「せっかく二人きりだったのに、邪魔するなんて出来ないわよ」

 だったら、こっそり見ないでよ。

「じゃあ、俺はもう帰る」

「あら、ご飯は?」

「今日は家で用事があって。また来ます」

「誕生日は空けておいてよ」

「それは必ず」


 玄関の外までショウを見送り、寒さに震えながら家へと戻る。

 こういう何気ない一瞬一瞬は写真に残らないし、記憶からも消えていく。

 だけど、私はこういう時も大切に思う。

 暮れていく空。 

 体の芯まで冷やすような風。 

 遠ざかっていくテールランプ。

 胸に宿るほのかに暖かい気持。




 そういう甘酸っぱい思いもたまにはあっていい。

 休みが明ければ学校が始まり、以前とは違う窮屈な生活が待っているんだから。

 正門の前に集まっている、例の制服着用を呼びかける集団。

 しかし私の方にはわずかにも近付かず、むしろ距離を置こうと逃げていくくらい。

 追うほど暇ではないし、近付いてこないのなら相手にする必要もない。

「あ、あの」

 遠慮気味に後ろから声を掛けられ、振り向くと女の子達が何人か集まっていた。

 全員私服で、雰囲気的には1年生か。 

 身長としては、全員私の上を行ってるけどね。

「時間、まだいいですか?」

「何か、用?出来たら、遅刻はしたくないんだけど」

「そこまでは全然。もうすぐ友達が来るので、一緒にお願いします」

「何を」

 そう尋ねようとして、周りを見渡しようやく悟る。

 いつのまにか私を囲む生徒の群れ。

 それを恨めしげに遠巻きに睨む、制服着用を呼びかける集団。

 知り合いではないが、そばにいる以上うかつに近付いて来れないようだ。

 どうでもいいけど、魔除けだね。


「HRに間に合うまでなら、待っても良いよ」

「おーい、待ってくれるって」

「列作って、列」

「道は開けて、そう。通れるようにして」

 誰か知らないけど、場を仕切る人まで現れた。

 この場合の神輿は間違いなく私で、それも相当に恥ずかしい神輿だな。

「何してるの」

 行列の中央にいる私を見て、そのまま通り過ぎていくサトミ。

 死なばもろとも、仲間は多い方が良い。

「この子も使って。私はこっちのグループを受け持つから」

「了解。雪野班は正門左に集合。遠野班は、正門右。出来るだけ間隔を詰めて下さい」

「後でひどいわよ」

「後で聞く、後で」

 自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うが、巻き込まれた以上は付き合う以外に道はない。

 それに、悪い事をやってる訳でもないしね。


「そろそろ、HRの時間だけど」

「分かりました。雪野班、遠野班出発します。慌てないで、前の人を押さないで下さい。時間は十分余裕があります」

 整然と門をくぐっていく生徒達。

 彼らは正門の端ぎりぎりを通り、私は彼らを挟んで集団と対峙する。

 サトミも仏頂面だが、同様の立ち位置。

 その態度が余計に威圧感を生むらしく、そちらへは誰一人として近付かない。

「全員通過しました」

「報告はしなくて良いんだけどね。まだショウかケイが来るから、そっちも利用して」



 HRが始まる寸前に現れるショウ達。

 息が切れているように見えるけど、多分気のせいだ。

「あのな」

「話は後で聞く。ほら、HRが始まるから」

「覚えてろよ」

 とうとう、身内からも恨みを買い出した。

 少しは感謝されると思ったんだけど、それは彼らからではないらしい。




「まあ、少しは信頼されてるというか支持はされてるんだろ」

 お昼休み。

 不器用にラーメンをすすりながら説明するケイ。

 言いたい事はなんとなく分かり、私達が学内で全く孤立無援という訳ではないという事だ。

 表立っての支持はないし、今日のあれもただ利用されただけの気もする。

 それでも、学校や執行委員会からの圧力を防ぐ役目は果たせていると思う。

「毎日やるとか言うんじゃないだろうな」

 私を睨みつつ、とんかつをかじるショウ。 

 ストレスがたまってるようなので、皿うどんを彼のトレイにそのまま乗せる。

 美味しいけど、この固さはちょっと意味が分からないので。

「安っぽい買収ね」

 くすくすと笑い、しかし目だけは笑っていないサトミ。

 この子の場合は、フルーツヨーグルトだけで済むとも思えない。

「何か考えるから、もう許してよね。大体、他の子達は感謝されたじゃない」

「冷静に考えると、恨みを集中して浴びるだけよ。それに恥ずかしいんだから」

「私は平気だけどね」

「もういいわ」

 結局フルーツヨーグルトが持っていかれ、ご飯とザーサイだけの食事になる。

 とはいえこれで不満は無く、カロリー的にも絶対的に問題でも無い。

 本当、安上がりな体型で助かった。

 何が助かってるのかは知らないが。



「……これって、1年の時と同じ状況って事?」

 私の質問に頷くサトミとケイ。

 ショウは皿うどんを掻き込んでいる最中。

 良いんだけどね、別に。

 あの時も自分達は孤立して、周りから非難を浴びていた。

 だけどいつしかそれを分かってくれる人が現れ、頼りにもしてくれた。

 逆に言えばあの経験が無くてこの状況に追い込まれていたら、自分はもっと混乱していただろう。

 いくつかの経験と辛い出来事を経て、少しは私も成長しているのかもしれない。 

 いや。あの時の経緯を考えれば、成長させてもらっていると言うべきか。

「私達も、少しは支持されてるのかな」

「不満を持ってる生徒は結構多い。とはいえ自分達で対抗するには、相手が大き過ぎるしリスクも高い。だったらどうするか。目立ってる人間を担げばいい」

「それが私達って訳。いいけど、ちょっと嫌だな」

「もちつもたれつさ。生徒の支持が無ければ、俺達はただの暴れん坊なんだから」 

 そういう言い方も止めて欲しいな。




 午後一番の授業は現国。 

 しかし先生が風邪との事で自習になった。

 ケイは寝て、サトミとモトちゃんは本を読み出し、木之本君はちまちまと小さな機械をいじっている。

「暇だね」

「軽くやるか」

「いいよ」

 机の上に手を置くショウ。

 その上に私が手を置き、さらにその上にショウの手が乗る。

 ルールは簡単で、叩かれた方が負け。

 相手の手に挟まれている手をいかにコントロールするかが勝負の分かれ目で、サトミみたいに叩く前から引いていては話にならない。

 モトちゃんみたいに、自分で叩いても話にならないけどね。

「えい」

 自由になってるのは右手で、挟まれているのは左手。 

 その右手を軽く振るが、反応なし。

 この程度のフェイントには、やはり引っかからないか。

 ちなみに軽くでも相手の手に触れれば、そこで終わり。

 勿論加減はするが、それなりに叩かないと面白くも無い。


「えい」

 今と同じ動き、同じ声の出し方。

 一旦止めたところで、そのまま下へ押し下げる。

 すっと動くショウの手。

 それより素早く左手を抜き、下の手をかろうじて机に押し当てる。

「よし、よしっ」

 小さくガッツポーズを繰り返し、勝利をアピール。

 ささやかだろうがなんだろうが、勝ちは勝ち。

 おごる必要は無いが、謙遜する理由も無い。

 たかが遊び、されど遊びだ。

「覚悟しろよ」 

 シャツの袖をまくり、激しく腕を振り回すショウ。

 どうでも良いけど、私の手を叩くって分かってるのかな。

「加減してよ」

「分かってる」

 慎重に手を置き、そこにショウの手が重なり、自分の手を添える。    

 慌てれば負けで、かといって落ち着けば良いものでもない。 

 とにかく集中が途切れないようにするのが大事。


 上にあるショウの右手が小さく動く。

 しかし、私の手の間にある左手は反応無し。

 引き戻っていく右手。

 それがすぐに落ちてきて、手の甲へ覆い被さってくる。


「やっ」

 素早く両手を抜いて、椅子から飛び出す。

 ショウの手は机を叩く寸前で止められ、彼はそのまま何度も机を叩き出した。

「完勝。最強。雪野優、万歳」

 ここは、自分で自分を褒めて良いところ。

 何より、誰も褒めてくれないしね。

「もう一回。もう一回だ」

「お願いするのに、そういう態度は無いんじゃない?」

「……もう一度お願いします、雪野さん」

「仕方ないな。じゃあ、特別にやってあげる」

 軽く高笑いして、すごい顔をしているショウを見つつ席へと戻る。

 こういうのは心理戦の要素もあり、相手を感情的にさせた方がより有利。

 逆に、力任せに叩かれる危険性もあるけどね。

「手だと思うな、手だと」

 なんか、怖い事言ってるし。

 グローブって、どこにしまったかな。




「全員、静粛にっ。立ってる者は、席に付けっ」

 突然の怒号。 

 何事かと思ってると、教室の前のドアから制服姿の集団が入ってきた。

「今から持ち物検査を開始する。荷物を全部、机の上に出せ」

 顔を見合わせるクラスメート達。

 それに対して怒るでもなく、反論する事もない。

 戸惑いと呆れ。

 ドラマにそんなシーンがあったな、というくらいの感想を抱いてるのだろう。

「強制ではなく任意だが、拒否する者は執行委員会に報告する」

「あなた達がこの学校の生徒であり、どういう権限があって検査をするのか証明して下さい。今のままでは、とても従えません」

 髪全体にウェーブの掛かったお嬢様風の女の子が立ち上がり、彼等に向かってそう追求する。 

 教壇に立った男は舌を鳴らし、制服のポケットから書類とIDを取り出した。

「理事会のサインが入った書類と、俺のIDだ」

「身元は分かったけど、検査の権限は不明なままよ。改正された規則にも、持ち物検査なんて書いてない」

 強い口調でさらに追求する、前髪にウェーブの掛かった女の子。

 男はもう一度舌を鳴らし、書類を教壇へと叩き付けた。


「理事会が、我々の行動を認めていると言っているんだ。それに従え」

「理事会は学校の運営や経営が仕事で、生徒指導は管轄じゃないでしょ。話がずれてません?」

 話を被せていく、清楚な顔立ちの眼鏡を掛けた子。

 いつも私をからかう子達で陽気な印象を持っていたが、こういう一面も兼ね備えているようだ。

 どちらにしろ誰も検査に協力するとは申し出ず、冷ややかな空気が教室内を包み込む。

「俺達に逆らうのは、執行委員会と理事会に逆らうのと同じだぞ。その事をよく考えて発言しろ」

「そ、それは大変だ。僕から検査をお願いします」

 突然後ろから聞こえる声。 

 教室の前にいた集団は勝ち誇った顔で頷き、手を挙げている子のところへとやってきた。


「ポケットの中身も全部出せ。リュックの中も」

「どうぞ」

 無造作にリュックを放るケイ。 

 自然とそれを受け止める格好となる男。

 彼が文句を言おうとしたところに、一言声が掛けられる。

「それ以上揺らすなよ。親でも区別が付かなくなるから」

「え」

「出来るだけ声も出すな。その程度の空気の振動にも反応する。今一度大きく揺らしたから、反応が始まってる」

 忍び足で逃げていく仲間。

 青白い顔でリュックを抱える男。

 ケイは手にしていたペンを床へ落とし、「あっ」と大きな声を上げた。

 それに反応して男が体を揺らし、顔中から汗を噴き出す。

「ただ、一つだけ反応を止める方法がある。済みませんでしたって言って、さっさと帰れ」

「え」

「信じる信じないは自由だ。時間的には、そろそろかな」

「す、済みませんでしたっ」

 大声を上げて、その台詞を口にする男。

 その時点で反応すると思うんだが、余程追い込まれていてそこまで頭が回ってないんだろう。

 ケイは鼻で笑うとリュックを取り上げ、中からポケットカイロを取りだした。


「この程度じゃ、暖まらないか」

「き、貴様っ」

「帰らないと反応するぞ。俺の予想だと、そろそろだね」

 カイロを手で揉みながら、げらげら笑うケイ。

 男は目を血走らせ、腰に提げていた警棒を抜き取った。

「ふざけやがって。今すぐ、黙らせてやる」

「ちょっとした冗談だろ。余裕がないんじゃないの」

「俺を馬鹿にして、ただで済むと思うな」

「何を張り切ってるんだか。俺は眠いよ」

 欠伸をして席へ戻るケイ。

 その背中へ男が警棒を振り落とそうとしたところで、黒板が激しく叩かれる。



「授業中に騒がないで」

 バインダーを拾い上げ、腕を組んで男達を睨み付ける村井先生。

 現国の教師ではないはずで、見回りに来たのだろうか。

「我々は、理事会の許可を得て活動している。誰だか知らないが、教師にあれこれ言われる筋合いはない」

「久し振りに笑ったわよ」

 低く、唸るように笑う村井先生。

 瞳は少しも和んではいなく、肉食獣に見据えられると丁度こんな威圧感を覚えるのかも知れない。

 ただし世の中には色んな人間がいて、本能的に警戒すべき事すら見逃す者もいる。

 それが何を招くかは、各自の責任で補うしかない。

「少なくとも私の授業では、私が全ての責任と権限を担うのよ。それに従えないのなら、出て行きなさい」

「我々は理事会の許可を得ていると聞いてないのか。ただの教師の命令に従う理由はない」

 侮蔑した表情を浮かべて嘲笑する男達。


 多分元々は普通の、目立たない生徒だったんだろう。

 しかしなまじ権限を得て、それを自分の力だと勘違いした最も最悪な例が目の前にいる。

 大体、この先生がただの教師の訳がない。

 自分で身元を明かす真似はしないようだが、私でも彼女に逆らう気はしない。

 彼女が理事長の妹というよりは、人間的な格の違いのために。


「話し合う余地は無いようね。玲阿君、全員叩き出して」

「分かりました。ユウ、スティックを」

「はい」

 リュックからスティックを取り出し、彼に手渡す。

 私以外の人間が使うと手首や肘を痛めるが、彼は比較的コツを掴んでいる。

 また振り回す以外の使用法もある。


 手首を振り、ワンアクションでスティックを延ばすショウ。

 続いてもう一度手首を振り、スタンガンを作動。

 先端を床に着け、それを引きずりながら歩いていく。

 スティックの後を追って飛び散る火花。

 机の間を通り抜けたショウは、スティックを振り上げ改めて男達の鼻先に火花を散らせた。

「帰れ」

 余分な言葉のない、ただ一言。

 男達は声すら出さず、後ろ向きのまま教室を出て行った。

 静寂の戻った教室には、スタンガンの火花の飛び散る音だけが響く。

「ご苦労様。後はキーさえ掛けておけば、銃撃されても大丈夫よ」

 何とも真実味のある口調でそう呟き、前後のドアをロックする村井先生。

 ただ強度が優れているのは、ドア自体。

 キーさえ壊せば、物理的な突破は可能。

 当然誰にでもという訳では無いが。



「それと、自習だから静かにするように。勉強をしなさい、勉強を」

 また小うるさい事を言い出した。

 とりあえず聞いた振りをして、雑誌をめくり占いをチェックする。

 今日の運勢は、「落石注意」

 そんな訳あるかと笑い飛ばす前に上を見る。

 別にバインダーが振り落ちてくる事はなく、天井で照明が光っているだけ。

 考えすぎだ。


「勉強しろって言わなかった?」

 落石注意じゃなくて、雷注意か。

 仕方ないので雑誌を閉じて、卓上端末を起動させる。

「この学校の地権者って誰か知ってます?」

「不動産に興味でもあるの」

「色々と」

「高嶋家が西半分を所有していて、東側は地元の財閥が所有してるとは聞いてるわ。それが、どうかした」

 特に理由はないと告げ、データベースを検索して戦前からのこの辺りの土地の変遷を確かめる。

 古くは白鳥庭園で、名古屋市の土地。

 後は工場、そして堀川。

 その後白鳥庭園を草薙グループが買い取り、学校を創設。

 堀川の埋め立て、払い下げ、今に至る。

「統合される前は、市内にもっと高校があったんですよね」

「私が知る限りでは、20校以上あったわよ。姉さんの頃。戦前にはもっとあったんじゃなくて」

「どうして中等部は、北と南だけなんですか?東と西があってもいいのに。それに高校もここ一校だけなのは大き過ぎる気もするけど」

「将来的には、中等部や高等部を増やすかもしれないわね。ただし土地の買収や建設費用、教師や職員を揃えると相当な額になる。役所の許認可を得る必要もあるし、狭いから増やしますという訳にはいかないのよ」

 なるほどね。 


 とはいえ中等部が北と南だけ。

 高等部がここ一校だけだから、私はショウやサトミ達と出会う事が出来た。

 多少手狭に感じる時もあるけれど、人との出会いという意味ではいい事なのかも知れない。

「学校の歴史でもまとめてるの」

「色々とありまして。先生は、この学校の卒業生ですか」

「名古屋だけど、他校よ。統合前の、別な高校。そんなに色々調べたいなら、日間賀島分校にでも行けば」




 別に調べてる訳ではなく、丁度都合がいいと思っただけだ。

 それと日暇間島に行っても、分かる事はないだろう。

 その話題が出てからかどうかしらないが、食堂の特別メニューは

 「日暇間島・タコずくしセット」

 当然列に並び、メニューを受け取る。

 タコ飯、タコの酢の物、揚げ物、たこ焼き。

 で、タコさんウインナーってなんだ。

 いや。タコはタコだけどね。

 たこ焼きはショウへ譲り、だし汁を掛けてタコ飯をかき込む。

 タコの風味と独特の歯応え。

 ダシの味と相まって、海が目の前に広がっていくよう。

「あー」

「何、それ」

「何が」

「こっちの話」

 耳元の髪を掻き上げ、スープパスタを優雅にすするサトミ。

 物憂げで優雅な姿だけど、パスタをすすっているだけだ。


「聞いたわよ。馬鹿な生徒を教室から叩き出したって」

 とんかつとサラダうどん。

 そしてデザートのプリン。

 食べ物をトレイにぎっしり乗せて、私達のそばに座る石井さん。

 この手の情報は、放っておいても勝手に広がっていくらしい。

 ここから見る限りは、例の3人組が広げているようにも思えるが。

「村井先生の指示があったから。私達が勝手にやった訳じゃないですよ」

「今は、執行委員会の関係者や保安部の連中には逆らわないのが普通なの。だから連中が増長するんだけど」

「だからこそ、ガツンと行くべきじゃないんですか」

「普通はそういう発想がないのよ。……何これ、ヒレ肉じゃない」

 ヒレ肉で良いじゃない。

 ロースも美味しいけど、脂っこくて普通女の子は避けるけどな。

「石井さんは、どうなんですか」

「従う時は従う、意見する時は意見する。闇雲には反対しない」

「私だって別に、意味もなく逆らいはしませんよ」

「その意味が、普通の子からは少しずれてる気がするのよね」

 地味に嫌な事を言ってくるな。

 それに、ソース掛けすぎだ。


「遠野さんはどう思う?」

「私達は、ユウの判断に従うだけですから」

「あなたの判断と違っていても?」

「だったら、それは私の判断が違っているんでしょう」

 静かに、心を込めて応えるサトミ。

 優しい、私に対してだけの笑顔。

 その気持ちに応えるだけの力があるかは分からないけど、その努力は惜しまないようにしよう。

「玲阿君は?」

「サトミと同じなので。第一、俺の判断なんて意味無いし」

「自分の意見はないの?」

「あるにはあるけど、それを主張してもろくな事にはならない」

 その答え、思わずむせ返しそうになるサトミとケイ。

 仮にも親友の真剣な告白に対して、失礼な人達だな。

 笑いたい気持ちは、私も同じだけどさ。



「浦田君はどう?」

「特に、これといって。上手く立ち回って、仲間でも売りますよ」

「出来る?」

「それ専門なので」

 一瞬鋭くなる目付き。

 石井さんは穏やかな笑みでそれを受け止め、空になったコップへお茶を注いだ。

「あなたを危険視する人も多いけど、退学させたら終わりじゃない?少なくとも、生徒会や執行委員会の人間はそれが出来る環境になりつつあるのよ」

「なるほど、自重します。と言いたいところなんですけどね。退学しても学校に来る事は、物理的には可能。処分のしようもないから、手も出せません」

 前もこんな話をしていて、その時は恥ずかしいという結論で終わっていた。

 しかし今は、退学する事を前提とした話。

 彼の決意、本気が一瞬だが垣間見える。

「傭兵でも、高校卒業資格や大学卒業資格を持ってるわよ」

「無くても関係ないでしょ。傭兵も、変なところで生真面目ですよね」

「あなたと話してると、こっちがおかしくなってくる」 

 首を振って、どんぶりを重ねる石井さん。

 もう食べ終えたのか。


「私達も今の状況を良いとは思ってないし、執行委員会のやり方が良いとも思ってない。ただ、あなた達のように過激な行動を取るのもそれ程は賛成出来ない。先輩達の事を考えると、余計にね」

「北地区の先輩って事ですか」

「ええ。北地区の先輩は、殆どが退学や転校。勿論それは先輩達の決断で、誰を責める訳にもいかない。ただ素直に受け入れる程の度量も、私にはないのよ」

 デザートのプリンに手を伸ばし、一気に頬張っていく石井さん。

 私は黙って、その話に耳を傾けるしかない。

 知識以前に、その資格が私にはないと思う。

「ごめんなさい。あなた達が悪い訳ではないんだけど、ついね」

「いえ。関係ない事でも無いですから」

「勿論、南地区も犠牲は多かったのよね。結局学校に残れたのは、屋神さんと三島さんだけだから」

「石井さん達は、どうして転校してたんですか」

 少し聞きにくい。

 だからこそ、この流れでこそ聞くべき話。


 ただ転校していただけでないのは、それとなく聞いている。

 でも、具体的にどうなのかは何も知らない。

「大した理由じゃないわよ。学校と揉めて、居づらくなっただけ」

「揉めた理由は?」

「紙袋で揉めてね。少々やりすぎて、責任者の風間君と私。それと土居さんが逃げ出したの。阿川君と山下さんは、残る方を選んだ側。本当は、そうすべきなんでしょうけど」

 笑い気味に話す石井さん。

 細かい部分までは話してくれないが、彼等もその先輩達と同じ道を辿っている訳か。

 自分達がその苦しみを味わったからこそ、熱くなってしまう部分もあるんだろう。

「つまり学校と対立すれば、そういう結末が待ってる訳」

「でも、見過ごす事も出来ません」

「熱いわね、あなた。でも、本当に大変よ」

「覚悟の上です」

 力を込めてそう言い放ち、彼女と目を合わせる。

 彼女の過去、考え方、心情。

 だけどそれは、彼女の生き方。

 私の生き方ではない。

「頑張ってとしか、私には言えないわ。第一後2ヶ月もすれば卒業だから、私達に気を遣う必要は無いって事」

「え」

「好きにやれって意味よ。それがこの学校の良い伝統じゃなくて」




 伝統か。

 そんなの、考えた事もなかったな。

 それに自由にやるのが伝統というのも、なんかずれてるような気もする。

 放課後。

 筆記用具をリュックへ詰めていると、例の3人組がやってきた。

「ゆーきのさん」

「最近、評判良いわよ」

「どうして良いか知ってる?」  

 全然知らない。

 知らないどころか、評判が良い事自体分かってなかった。

「私達が広めてるのよ」

「何のために」

「友達のためじゃない」

「馬鹿馬鹿」

 人の頭をぺたぺた叩く眼鏡っ子。

 で、誰が馬鹿だって。

「広めてどうなるの」

「友達のためって言ったでしょ。あなた達が悲惨な状況に追い込まれてるから、私達は自分を犠牲にして周りの非難も省みずに宣伝をしてるのよ」

 やはり人の頭を撫でる、前髪にウェーブの掛かった女の子。 

 自分では分からないけど、外から見ると悲惨に思えてるんだろうか。

「私達の評判自体は、実際どうなの」

「悪に立ち向かう正義の味方。草薙高校に現れた一輪の赤い薔薇」

「何、それ」

「そういうノリを好む子もいるって事。今度から、マント付けたら」

 肩を揉み、大笑いする髪全体にウェーブの掛かった女の子。

 今の話は冗談にしろ、その手のヒーロー待望を期待する空気はあるのかも知れない。


「それにしては、財政が苦しいんだけど」

「私達は内局傘下の委員会だから、予算とは無縁なの。でも、評判が良いのは確かよ」

「執行委員会は?」

「最悪。でも、向こうがこの学校を支配している以上表だって逆らう人もいないわね」

「その期待が、この肩に掛かってるのよ。頑張ってね」




 冗談めかしてはいたが、期待をしてくれているのは十分分かった。

 それに応えられる力があるかどうかは自信無いが。

 少し目に感じる違和感。

 目薬を差し、軽く深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 病院へ行く程ではないが、今襲われればそれなりの不安が付きまとう。

 連合の状況は勿論、自分自身の不安定さはかなりの問題だろう。

「大丈夫か」

 声を掛けてくれたショウへ軽く手を振り、立ち上がって手を振る。

 私一人で気負う必要はないし、私だけに期待が掛けられている訳ではない。

 あくまでも、その一端を担うくらいの気持ちでいればいい。

「私達は、期待に応えられるかな」

「なんとかなるだろ。多分」

「多分って言わないでよね」

 少し笑い、リュックを背負い直して教室を後にする。

 気温の下がった廊下。 

 照明は薄暗く、乾いた足音が廊下に響く。

 すぐに日は落ち、気温はさらに下がる。

 照明がなければ、周りは闇に閉ざされる。

 だけど朝になれば日は昇り、いつかは春も訪れる。

 私が何もしなくても周りは変わる。

 それが良い方向へ、暖かい春へ移る時もある。




 必ずしも、そうでは無い時もある。

 私に周りを変えるだけの力があるとは思えないけれど。

 何かを期待されているのなら。

 それに少しでも携わる事が出来るのなら。

 私はこの力を振るうべきなんだろう。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ