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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
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 そんな事をしている間に、すっかり時間をとられてしまった。

 オフィスに戻るとケイとショウはパトロールを済ませていて、報告書を書いている最中。

 いいね。言われなくても率先して仕事をする、その姿勢。

 というか、私達が仕事をしてなかっただけなんだけど。

「最近、俺達を襲ってくる奴減ったな」

「それなりに評判が上がったんでしょ。あなたがSDC代表代行、三島さんに勝ったりして。余計な事に巻き込まれなくて助かってるわ」

「そう、ですか」

 首をすくめ、サトミの視線から逃れようとするショウ。

 その体格で、どこへ隠れようというの。

「ただ、ブロック内のトラブルは減ってないのよ。他のトラブルが少ないブロックもそうだけど、一定数は下回らないの。やっぱり、全く何事も無くなるのは無理なのかしら」

「難しいな。これだけ生徒がいれば、どうしても揉め事は起きるだろ」

「間引けばいいんだ。間引けば」

 ケイが首を切る真似をする。

 自分が間引かれればいいじゃない。



 少し時間が空いたのでうだうだしていると、 可愛い音が机の上から聞こえてきた。

「……はい」

 自分の端末を取り、話し始めるサトミ。

 少しして話が終わり、その綺麗な顔を向けてくる。

「例の、シスタークリス歓待委員会(仮)から呼び出し。今すぐ来てくれって」

「サトミ、委員だもんね。行ってらっしゃい」

 手を振ったら、首を振られた。

「副委員長が、みんなも来て下さいって言ってるのよ」

「誰、それ」

「運営企画局局長の天満てんまさん」

 知らないという顔のケイとショウ。

 当然私も知らない。

「いいから。早く行きましょ」

 急に元気な声を出し、私達を追い立て始めた。

 この人、シスタークリスの事になると妙に気合いが入るな。



 という訳で、生徒会各局がある特別教棟へと足を踏み入れた私達。

 もうさすがに呼び止められないし、その前に呼び止められても止まらない。

 それに委員であるサトミのIDがあれば、今はフリーパスになってるし。

 相変わらずこの教棟にいる生徒達は、きびきびと動き回ってる。

 授業へ出る代わりに、学校運営のほぼ全般を取り仕切ってる人達だ。

 その能力と意気込みは、私なんて足元にも及ばない。

 何だか一人一人に、「ご苦労様です」とか言って差し入れしたくなる。

 態度の大きい、ごく一部の人間は別だけどね。


 エレベーターで上の階へ上がり、廊下を歩く事しばし。 

 ロビーを通り抜け、会議室の様な部屋の前へと出た。

 左右には、ガーディアンが一人ずつ。

 ロビーにも何人かいたな。

 目が合う私達とガーディアン。

 お互い、それとなく牽制しあってしまう。

「別に文句を言いに来た訳じゃありません。警備担当委員、遠野聡美です」

 一人の男の子が、サトミの差し出したIDをチェックして即座に頷いた。

「ここは、彼女でもフリーパスじゃないの?」

「国際的なVIPの、シスター・クリスを出迎える話し合いだからね。外に漏れたらまずい事も、多少あるんだ」

 彼の説明に、適当に頷く。

 大変だな、よく分からないけど。

「君達も一緒に入るの?」

「呼ばれたのよ。私達は」

「へぇ」

 今度は向こうが適当に頷いた。

 どうも、お互い理解出来てないね。

 彼もそう思ったらしく、笑ってる。

「とにかく、中では暴れないでくれ」

「はいはい」

「あなた、雪野さんよね」

 一緒にいた女の子の質問に、取りあえず頷く。

 すると彼女達は顔を見合わせて、肩を震わし始めた。

「始末書60枚って本当?」

 言いずらそうに聞いてくる。

 遠慮してるんじゃない、笑いを堪えてるんだ。

「し、知らない。それは風の噂よ」

「私の友達が、やっぱりガーディアンやってるの。彼女この間のサッカーの試合を警備してて、あなたの事聞いたって言ってたわ」 

「失礼致しました……」

 あえなく陥落する私。

 くー、サバ読めばよかった。


 彼等に別れを告げ、とにかく室内へと逃げ込む。

 始末書が何枚だっていいじゃない。

 いや、よくないか……。

「天満さん、みんなを連れてきました」

 ウルフカットというのか、無造作な髪型の女の子が振り向いた。

 可愛いというか、優しそうな顔の人だ。

「あ、そう。そこ、そこに座って。矢田くーん、お茶、お茶。それと、お菓子も。あ、その書類は厚生局にね。で、服は出来上がった物から……」

 矢継ぎ早に、身振り手振りを交えながら指示をしていく天満さん。

 落ちつきない人だな。

 でも、愛嬌があるというか好きなタイプだ。

 思わぬ所で、離ればなれになっていた仲間に会った気分でもある。

「はいはい。座って、座って」

 彼女に会釈して、席に着く私達。

 長い机を四角く囲っていて、よくある会議スタイルになっている。

 天満さんは私達の斜め前に座り、書類をバラバラとめくり始めた。

 一枚落ちた。


「落ちましたよ」

「ん、そう。でね。あなた達を呼んだのは、私じゃなくて他の人なんだけど。ただ個人的に会ってみたくて。あ、矢田君お茶はそこに置いて。あれ、お菓子は」

「今、持ってきます」

 弱々しい笑みを浮かべ、湯飲みを置いていく矢田局長。 

 こき使われてるな。

 たまにはいいかもね、普段秘書さんにやってもらってるんだから。

 私達なんて、何から何まで自分だよ。

「私達、何かしました?」

「敬語はいいって。あ、私2年の天満よろしく。局次長や他の子は今いないから、後で紹介するわね。それで、浦田君って誰」

 私達の視線が、お茶をすすっていたケイへと向けられる。

「俺だけど」

 何故か気まずそうな顔をしている浦田君。

 すると天満さんは何度も頷いて、書類を取り出した。

「これ、例の請求書。あなたへ渡すようにって、自警局の子に言われたから」

「……矢田君は何って」

「事後承認してくれた。ね、矢田君」

 カステラを持ってきた局長は、やはり弱々しく微笑む。

「何だ、その請求書って」

「いいの。俺の個人的な物だから」

「正確には、公共の物です……」

 そう言い残し、肩を落として去っていく。

「あの二人以外の子も、矢田君に感謝してたわ。実際は君がやった事なんだけど」

「別に。所詮、着服というか横領ですから」

 素っ気ない顔で、とんでもない事を言うケイ。

 後で、じっくり聞くとしよう。


「あ、そうそう。それでみんなを呼んだのは、えーと」

 書類をめくり出す天満さん。

 ほら、また落ちたって。

「おう、来たか」

 奥のドアが開き、塩田さんがやってきた。

 沢さんも一緒だ。

「あ、こんにちは」

「そうそう。彼が、みんなを呼んでくれって。私は、そのおまけ」

「はあ」

「エアリアルガーディアンズに会いたいってうるさくてよ。落ち着きのない子だけど、勘弁してやってくれ」

 チャカチャカと指示を出している天満さんは、気にもしていないようだ。

「みんなもガーディアンなんてやってないで、企画局に来ない?面白いわよ。あれこれ考えて、それを計画して、実行に移すの。夢、夢の実現よ」

 拳を握りしめ、熱く語り出す天満さん。

 このバイタリティーが、その企画力の源だろうか。

 聞いているだけで、こっちまで熱くなってくる。

「夢でもなんでもいい。大山が連絡してくれってよ。向こうの幹部会が、調整したい事があるらしい」

「はいはい。じゃ、みんなまた後で。誰かー、大山君に連絡してー」

 やはり大騒ぎしながら去っていく天満さん。

 何かいいな。


「ふぅ、やっと静かになった」

「女の子に、そういう言い方はないだろ」

 軽くたしなめる沢さん。

 フェミニストなんだよね、この人。

「固いな、公務員は」

「公務員って、沢さんが?」

 怪訝な顔をするショウ。

「ああ。フリーガーディアンは通称で、正式には特別地方警備担当監査官第二種だ」

「一種は教師の場合で、僕みたいな生徒は二種。今は一種なんて殆どいないけれど」

「恩給付いていいですね」

 下らない事で感心するケイ。

 他に、目を付ける所はないの。


「私達に、何か用事でしょうか。警備関係で、問題でも」

「少しな。それより、たまにはおまえらと話がしたくてさ」

 にやりと笑い、サトミの顔を指さす塩田さん。 

「基本的にはシスター・クリスの連れてくるSPが警備をするんだから、それは問題ない。僕らはあくまでも、彼女を警備するという名誉を賜るだけだよ」

「お飾りだ、お飾り。それなのに矢田は、妙に気合い入れてるんだよ。お前もな」

「私は、その」

 何か言いたそうな顔をするサトミ。

「ファンなんだろ、彼女の。だからって、そんなに根を詰めなくてもいいんだぞ。俺達は学生なんだから、警備だけに目を向ける必要はない。沢も言ったように、それは向こうのSPに任せるくらいに思っておけばな」

「はい」

「だからお前は、もっとファンとしての自分を出せばいいんだ。警備担当遠野聡美じゃなくて、シスター・クリスに憧れる遠野聡美を」

 サトミは素直に頷き、軽く息を付いた。 

 背負っていた重荷を下ろしたような顔で。

 結構思い詰めるから、サトミは。

「いい事言いますね、塩田さん」

「お前らの先輩だからな」

 さらっと言ってくれる。

 でも変に先輩ぶってる訳じゃなくて、すごい自然な態度。

 中等部の時のような思いは薄れてきたけれど、やっぱりこの人は私にとって憧れの存在だ。

 好きな人かって言われると、また困るけど。

「ん、どうかした」

 ショウと目が合ったので、「別に」という感じで首を振る。

 つい、見てしまった。


「そのシスター・クリス。修道女の割には、いつも護衛を付けてるらしいな。実際は幹部会の連中が心配して、こっそりと護衛させてるんだが」

「国際紛争の調停をしたり、難民キャンプや危険地帯へ、政府の許可無しに慰問するような人だよ。その政治力を考えれば、命を狙う国家の一つや二つはあるだろ」

「……この学校で、テロが起きる可能性があるっていうのか」

 塩田さんの目が細められる。

「それを防ぐために、彼女には多くのSPが付いている。逆を言えば、普段以上にこの学校は安全になる訳さ」

「可能性は否定しないんだな」

「彼女が来るというのには、そんなリスクを追う事でもあるんだ。そのSP達が、せいぜい凄腕であるのを祈るしかない」

「他人事みたいにいいやがって」

 塩田さんがそう言ったように、沢さんは関心なさげに書類をめくっている。

「さっき君が言っただろ。僕達は、所詮お飾り。護衛の邪魔にならないように、その役割を演じるしかない」

「まあな。矢田も、お前くらい割り切れれば楽なんだが」

「性分なんだろ。それと彼みたいに真面目な人がいないと、物事は進んでいかない」

「嫌みな奴だな。取りあえず各ガーディアンの配置だけでも決めるか。遠野、頼む」

「あ、はい」

 学内の地図を疑似ディスプレイに表示させ、話を進めていくサトミ達。


 実際に彼女が来るのはごく一部の場所だけだし、私達が護衛する場所もまた限られている。

 基本的には彼女が移動するのに合わせて、各ガーディアンもそれに付いていくスタイル。

 当日には警察や軍も内密に来る事だし、塩田さん達が言っていた通り私達は護衛の形を取ればいいだけ。

 それでも、やるからにはビシッとしたいね。

「結構いるんだね、ガーディアンって」

「各組織合わせて、2000人弱。生徒の数が5万としても、約4%。生徒会のスタッフがせいぜい500人と考えたら、確かに多いわ」

「それだけトラブルがあるって事なのかな」

 難しい問題だ。

 結局現状では私達のようなガーディアンがいないと、学内の治安はかなり悪化する。

 でも、2000人というのはどう考えても多過ぎだ。

 その多過ぎるガーディアン自体が、治安を悪化させる原因にもなりかねないから。

 この問題は、その内考えないといけないじゃないだろうか。

 勿論私達ガーディアンだけでなく、学内の生徒全員で。

 取りあえず今は考えだけにとどめておいて、シスター・クリスの事に専念しよう。



「……まあ、こんなところね」

「よし。後は、矢田達に頑張ってもらうだけだ」

 データを転送した塩田さんは、首を廻して体を机に伏せた。

「君は、これ以外にも仕事があるだろ」

「うるさいな。俺は、こういうデスクワークに向いてないんだ」

「モトちゃんは?あの子にやらせればいいじゃないですか」

「あいつ、今服作ってるんだ。それが忙しいとか言って、全然仕事しねえ」

 そういえば、この前遊びに行った時も服縫ってた。

 お針子さんだって、自分で言ってたくらいだから。

「普段仕事しないって俺を怒るくせに、あの野郎」

「女の子です、モトは。それにあの子は、服を作るように言われてるから仕事してないんです」

 鋭い目線で睨むサトミ。

 塩田さんもそれには参ったらしく、「へへー」と謝る。

「沢。お前も謝れ」

「僕は関係ない。全て君が悪いんだ」

「てめ。一介の隊長なのに、自警委員の命令が聞けないのか」

「フリーガーディアンは、教育庁長官直属の公務員だ。もし命令するとしたら、僕の方だよ」

「このっ」

 塩田さんの拳を軽く避け、その顔に手を持っていく沢さん。

 しかしそれは肘でいなされ、極めに入ろうとする。

 沢さんは上体を振ってそれを外し、再び手を伸ばしに掛かった。

 二人とも座ったままで、訳の分からない攻防を繰り返している。


「ちょ、ちょっと」

 私が塩田さんを、ショウが沢さんを止める。

「子供ですか、あんたらは」

 ケイにまでたしなめられる二人。

「だってよ、こいつが俺の言う事を聞かないから」

 まだ言ってる。

「沢さんも、少しは落ち着いて下さい」

「ああ、ちょっと大人げなかったね」

 苦笑して、さらさらした髪をかき上げる沢さん。

「それにしても、よく沢さんに手を上げられますね」

「雪野さんよ。俺は相手が誰だって遠慮しないぜ」

「下らない」

 呆れるサトミ。

 ショウとケイも、首を振ってため息を付いてる。

「でも沢さんがフリーガーディアンだって知ってるなら、普通手を出しませんよ」

「いや、舞地さん達がいるだろ。あの人達は逆に燃えるんじゃないか」

「そういえば。柳君なんて、沢さん見たら目の色変えるもんね」

 とはいえ、あの人達も普通じゃないから。

 むしろ沢さんに近い人間だ。

「舞地、柳……」

「知ってるんですか、塩田さん」

 一瞬揺れる、彼の表情。

 だが薄く宿っていた陰はすぐに消え、普段の快活な雰囲気が戻ってくる。


「俺も、自警委員の肩書きが一応あるからな。矢田の所で何度か会った。愛想がないのと、うしゃうしゃ笑うのと、格好良いのと、可愛いのだろ」

「ええ。舞地さんと、映未さん、名雲さんと、柳君です」

 名前をフォローしていくサトミ。

 やっぱり池上さんは、どこでもうしゃうしゃ笑ってるのか。

「あの連中は手強そうだな。下手したら、お前らより強いぞ」

「勿論です」

「ああ、浦田は一緒に仕事してたんだな」

「下手しなくても、圧倒的に強いですよ。何もかもが」

 あっさりと認めるケイ。

 この中では沢さんに次いで彼等を知っている彼だけに、その発言は重い。

「彼等は、「渡り鳥」のルールで行動する。そのルールに彼等が従っている限りは、誰よりも頼もしい存在さ」

「なる。一度個人的に会ってみたいな」

「向こうも、きっとそう思ってるよ」

 沢さんの言葉に意外そうな顔をする塩田さん。

「君は、自分で思っているより有名人なんだ。学外でも、君の名前は何度も聞いたと言っただろ」

「実感無いな」

「この高校には、忍者の末裔がいるって評判だった」

「だから、俺は忍者じゃねえ」

 顔をしかめるが、沢さんは信じてないという様子だ。

 昔からある、塩田さん忍者説。 

 出身が、忍者の里伊賀上野だから。

 しかも、あの隠業の冴え。

 実は私も、少し疑っていたりする。

 とはいえ、自分で「俺、忍者だ」と言われても困るけど。 

 そんなの忍者じゃないって。



 ようやく学校から戻ると、外はすっかり暗くなっていた。

 秋なので、日が暮れるのはどんどん早くなる。

 秋の日暮れはつるべ落としなんて言うもんね。

 でも「つるべ」ってなに?

 少し遅い食事を済ませ、寮の自室でのんびりと寝転がる。

 何もしなくていいこの時間が、私は好きだ。

 テレビでは、犬が工場の取材をしている。

 実際は人間のナレーションが入っていて、犬はただ座っているだけ。

 茶色の小さな雑種で、可愛らしい顔をしている。

 お腹に「報道」というIDを巻いているのが、また面白い。

 犬が砂浜を駆けているのを見ていたら、セキュリティが反応した。 

 ベッドにあるスピーカーがオンになり、玄関先のインターフォンと接続される。

「……はい」

「私」

 しっとりした、落ち着きのある声。

 モニターを見なくても分かる。

 サトミだ。

「今開ける、入ってきて」 

 リモコンを操作して、セキュリティを解除。

 声紋や画像認識で自動的に開けるシステムもあるけど、万が一を考えて。

 私だって女の子だから、一応用心してるの。

 ドアの開く音がして、白のシャツにホットパンツ姿のサトミが入ってきた。

 青い色が、彼女の白い足をまた引き立てるのよ。

「寝てた?」

「テレビ見てた。ほら、犬」

 画面を指さすと、例の犬が天気予報をしていた。

 思わず笑うサトミ。

「私は、猫の方が好きね」

「だけど、猫ってわがままし放題じゃない。あれは飼ってるとは言えないわよ」

「そこがいいの」 

 どこがいいんだか。

「で、何。夜食でも作ってくれるの?」

「違うわよ。いいから、ちょっとこっち来て」

「あ、うん」

 タオルケットを落とし、ベッドから降りる。

 私はTシャツにスパッツ。

 自分の部屋だし、動きやすいから。

 色気は全然ないけどね。

 というか、どんな格好しても大差ないし……。


 その前にお茶をいれて、グラスに注ぐ。

 するとテーブルには、見慣れない大きなリュックが一つ。

 さっきから、変なの背負ってきたなって思ってたんだ。  

「これの用事?」

「ええ。ちょっと、ユウにも見てもらいたくて」

 サトミがリュックの中身を取り出す。

 出てきたのは白いシーツ。

 それをテーブルの横に広げ、その脇に腰を下ろすサトミ。

「これ、なんだけど」

 シーツの端にある、綺麗な模様。

 そしてそこに散りばめられた、草花や小さな動物。

 季節を表現しているのだろう。

 小鳥、芽吹く緑、ひまわり、トンボ、紅葉、雪だるま……。

 小さく控えめな、でも素敵な刺繍だ。


「へぇ。刺繍なんて出来たんだ、知らなかった」

「後期に入ってから覚えたの」

「どうして」

「ほら、例のシスター・クリス」

 照れ気味に刺繍を触れるサトミ。

 ああ、聖なる修道女。

「彼女達は、本当に慎ましい生活を送ってるの。あれだけ偉大な業績を残してるせいで、各国からは寄付金がすごい集まってくるんですって。でも彼女達は必要最低限だけを手元に置いて、後は全部別な所へ寄付してしまうのよ」

「ふーん。世の中には、そういう立派な人もいるんだ」

「紛争地域や災害地域に慰問をして、困っている人達のために献身的に働いて。でも彼女はその見返りを要求しない。自分に出来る事をしているだけだって言って」

 胸元に手を合わせ、遠い目で天井を見上げている。

 普段の醒めたような彼女ではなくて、夢を見る可愛らしい女の子の表情で。

「それでね。彼女達がこの学校に、1日だけ泊まるでしょ」

「うん、そう聞いてる」

「その時彼女達が使うシーツや、部屋のカーテンとかをみんなで刺繍しているのよ。彼女達にあげる人形を作ってる子もいるし、スカーフを染めてる子もいるわ」

 シスター・クリス達が質素な生活をしている以上、それを受け入れる私達も彼女達に会わせた歓迎をするという訳だ。

 そこまで手作りでやるなんて、みんな偉い。

 きっとシスター・クリス達も喜んでくれるよ。


「大変だね、そこまでするなんて。刺繍って、結構時間掛かるでしょ」

「ええ。でも、少しずつ出来ていくのは面白いわよ。それに一針一針思いを込めて縫うのも、そんなに悪い気分じゃないわ」

 和らいだ顔付きで、刺繍を撫でるサトミ。

「私が刺繍したのを使ってくれるのかとか、見てくれるのかも分からない。でも、それでもいいと思ってる。彼女達が、少しでもいい気持で泊まってくれるのなら。彼女達の安らぎに、少しでも助けになれるなら」

「サトミ……」

「今なら、自分の一針がみんなの一針だって思えられる。自分だけじゃなくて、みんなで作ってるんだもの。初めて刺繍をする人達が、一生懸命に頑張ってるの。そんな中に私もいるって思ったら」

 はにかんだ笑み。

 私は彼女の手を握り、その眼差しを受け止めた。

 シスター・クリスに憧れる、可愛い女の子の気持ちを。


「これは、まだまだ終わらないの?」

「ええ。でも別に、手伝わせに来た訳じゃないわよ」

 そしてサトミは、リュックから裁縫セットみたいなのを取り出した。

 刺繍用のキットらしい。

「これで、ユウも何か縫ったら」

「私はいいわよ。全然やった事無いから、変な風になっちゃう」

 すると首を振り、刺繍の図案が書かれた本を渡された。

「あなたは、シスター・クリスのために縫うんじゃないの」

 悪戯っぽい笑み。

 言いたい事が、少し分かった。

「じゃあサトミは、ヒカルのために何か縫った?」

「これが完成したら考えるわ。そんな事はどうでもいいから、ほら無地のハンカチ持ってきて」

 ヒカルはどうでもいいのか。

 彼氏より、今はシスター・クリスなのか。

 いいのか遠野聡美、それで。

「何よ」

「いや、別に」


 ハイチェストの引き出しを開けて、捜索することしばし。

 普段滅多に開けないような所まで開けて、とにかく捜してみる。

 ……あった、白のハンカチ。

 何だこれ、こんな所にペンいれたかな。

 あ、DDデジタルディスクもある。

 中は何だろ、ラベルないや。

 メモもある、40204……。

 暗号?

 いや、確か懸賞の答えだ。 

 この間サトミと一緒に解いた。

 あの時は、遅くまで頑張った。

 次の日、学校休んだくらいだもんね。

 締め切りって、もう過ぎてるのかな。

 大体、何が当たるんだろ。

 コート、マフラー、ジャケット、セーター。

 違う、それはこの前の約束だ。

「思い出せない……」

「何が?」

「いや。懸賞のプレゼントが」

 真っ白な表情で見据えられた。

 何も、そんな顔しなくたって。

「ハンカチでしょ。あるって、ありました」

 引き出しを閉め、急いでサトミの元へ向かう。


 すると彼女、今度は紙を取り出した。

 書くと裏に写るカーボン紙のような物で、布にも写るらしい。

 その後は洗濯すれば、その写ったラインは消えるんだって。

「簡単なので、ユウが思い浮かぶのは」

「相手を誰にするとか聞かないの」

「聞いて欲しいの?」

「いえ、いいです」 

 ほら見た事かという顔。

 いいじゃない、そのくらいは抵抗したって。

「……四つ葉のクローバーってどうかな」

「ショウ、玲阿四葉れいあ しよう。四葉でクローバー。なるほど、上手いわね」

「でしょ。あれなら簡単だと思う」

 うん、我ながら冴えている。

 でもクローバーって、どんな形してるんだろ。 

 いざ思い出すとなると、出てこない。

 丸っこい感じのはずなんだけどな。

「何か参考にしたら」

 ペンを持って唸ってたら、サトミがいい事を言ってくれた。

「さすが学年トップ、頭良いね」

「あんまり関係ないと思うわよ」

「いいから」

 今度は机の引き出しを開け、厚めの小説を取り出す。

「それにイラストでも載ってるの?」

「まあ見てなさいって」

 本をテーブルの上に置き、しおりの部分を確かめて慎重に開ける。


「……押し花」

 納得という声を出すサトミ。

 ページの上に並べられる、綺麗に乾燥した幾つものクローバー。

 私が集めた、四つ葉のクローバー。

 彼と出会ってから集め始めて、気づいたらこんなになっていた。

 昔は、好きとかどうとかいう気持は分からなかった。

 だからこそ思う、集めていてよかったと。



 どうにかハンカチに写し終え、ようやく針に糸を通す。

 糸がすぐに解けて、入りにくい。

「裏に刺して、そう。ハンカチの繊維を数本だけ縫うの……。そう、それが縫い始め」

「ふぅ」

 まだ一針刺しただけなのに、すごい疲れた。 

 慣れない作業で、力を入れ過ぎてるんだ。

 縫い方や色はサトミに教わりつつ、慎重に針を進める。

 最初は本当にただ縫っているだけだった。

 でも少しずつ進むに連れて、余裕が出てくる。

 技術的にも、気持的にも。

 サトミの言っていた、思いを込めるという事が分かってくる。

 一針一針に、思いを込めて縫っていく。

 少しずつ、少しずつ進めていく。

 急がずに、慌てずに。

 そうすれば、いつか形になるから。

 彼が怪我をしないように、いつも笑っていられるように。

 お父さんへ近づき越えるという夢が叶うように。

 私のお願いなんて、何の意味もないかもしれない。

 それでも、私は針を進める。

 一針一針、彼の事を想って。

 いや、ほんの少しだけ自分の事も思いつつ。

 これを、彼が受け取ってくれるといいな……。


 かなりの時間を掛けて、やっと一葉縫えた。

 といっても、縁取りだけ。

 葉の中まで縫うとハンカチが固くなるし、そこまでを求められても困る。

 こっちの方が、シンプルでいいしね。

「疲れた」

「一気にやろうとするからよ。シスター・クリスが来るまではしばらくあるんだから、その辺をめどに作れば」

「そうね。そうさせて貰う」

「その刺繍キットは使ってないから、ユウにあげるわ」

 手を叩き、サトミを拝む。

 いい友達を持った、いい友達を持った。

 ……何か変だな。

「そういえば、モトちゃんは服作ってるんだよね」

「あの子こそ大変よ。服は、そう簡単に作れないから。しかも、何着も作るの」

「よし、話を聞いてみよう」

「止めなさいよ。忙しいんだから」

 といいつつ、私に端末を渡してくるサトミ。

 自分だって、会いたいんじゃない。

「……「野」三姉妹集合」

 それだけ言って、通話を終える。

 私は「雪野」、サトミは「遠野」、モトちゃんは「元野」

 という訳で、「野」三姉妹という訳だ。



 少しして、長姉がやってきた。

「忙しいのよ、私」

 座るやテーブルを叩き出すモトちゃん。

 私達は気にせず、お茶を飲む。

「いいじゃない。あんまり根詰めると倒れちゃうよ」

「そうそう。ほら、モトも飲んで」

 サトミが差し出したハーブティを口にして、モトちゃんはハイチェストへともたれた。

「分かってる。んー、ちょっと一休み」

 そのまま床へと崩れていく。

「風邪引くわよ」

 彼女の体に、さっきのシーツを掛けるサトミ。

 モトちゃんはそれにくるまり、顔だけを出した。

 てるてる坊主じゃないんだから。

「刺繍、上手くいってるじゃない」

「先生の仕込みがいから」

「私はちょっと教えただけよ」

 ふーん、師匠はモトちゃんか。

 彼女、服飾関係の授業も取ってるもんね。

 それに、こういう家庭的なのが好きなんだ。

 料理も上手で、裁縫も出来て、それで優しくて。

 昔のお母さんタイプで、私のお嫁さんに欲しいくらい。

 男の子に生まれればよかったかな。


 モトちゃんは疲れているらしく、シーツにくるまったまま動こうとしない。

「作ってる服って、いつ着るの?」

 彼女の体を押し、床を転がす。

「押さないで。シスター・クリスを招いた夕食会というか、パーティの時」

「食事も手作りで、中庭を利用したガーディンパーティ形式なの」

 なるほど。 

 夢があるっていうか、面白そうだ。 

 この間会った、天満さん達のアイディアだろうか。

「じゃあ、私にも服作って」

「何言ってるの、ユウ。私達ガーディアンや生徒会関係者は、全員制服着用よ」

 私の方へ転がってくるモトちゃん。

 そして下から、私の顔を見上げる。

「服を着るのは、一般の生徒だけ。私達裏方は、パーティを楽しんでる余裕もないし」

「つまんないな、それ。警備はお飾りで、服も着れないなんて」

「シスター・クリスを守るという、その使命だけで十分じゃない」

 サトミが、うっとりした顔で手を揉みしぼる。  

 あなたはいいよ、彼女のファンだから。

「そんなに着たいなら、自分で作れば。教えてあげようか」

「いい。もうやる事があるから」 

「初恋の少女になったのよ、ユウは」

「な、何それ」

 慌ててハンカチを捜したら、すでにモトちゃんが持っていた。

「葉っぱ……。違う、色が明るいし、縦の楕円。葉の位置は……」

 ぶ、分析してる。

 細い目がさらに細められ、私を捉える。

「……クローバー。四つ葉のクローバー」

「さすがモト」

 モトちゃんを転がす事で、さらに感心を表現するサトミ。

「素敵じゃない。ショウ君も喜ぶわよ」

「そうかな」

「勿論。でなかったら、ショウ君なんて振っちゃいなさい」

 振っちゃいなさいって、あなた。

 そりゃ受け取ってくれなかったら寂しいけど、だからってそんな。


「私は、何も男の子はショウ君だけじゃないって言いたかっただけ」

「そ、そうだけど。でもさ」

「そこまでショウが好きなら、一言言えばいいじゃない「好きです」って」

 苦笑して、モトちゃんからハンカチを受け取るサトミ。

 そこに刺繍された四葉の一葉を、ほっそりとした指先で撫でる。

「格好良くて、強くて、真面目で、優しくて。それでも、まだ何かご不満?」

「不満とかじゃなくて、その。まだ自分でもはっきりしないの。ショウを好きなのかどうかって」

「丹下さんがこの間言ってたでしょ。ケイ君の事を「悪くないって思ってる」って」

 私は頷き、体を起こしたモトちゃんと向き合った。

「彼女は、別に付き合うなんて言っていない。ただ、自分の気持ちを認めただけ」

「私もそうしろって?」

 モトちゃんは優しく微笑み、私の手を握った。

「あなたにはあなたの、丹下さんには丹下さんの考え方がある。どうするかは、ユウ自身が決める事よ」

「私は……。私はやっぱり、まだ何とも言えない。今はただ、心の中で想ってるだけで十分だから」

 勇気がないのだろうか。

 それとも、男女としての好きじゃないのだろうか。

 分からない、自分の心なのに。

 それがはっきりするまでには、どれだけの時間が掛かるのだろう。 

 どうすれば、本当の自分の気持ちに気づくのだろう。

 前期に、彼が戦った時の事を思い出す。

 無我夢中で彼に抱きついた。

 何も考えず、ただ彼の事しか考えられなかった。

 あの気持は、一時だけの高ぶりだったのだろうか……。


「悩んでるわね、雪野さん」

 顔を上げると、笑っているサトミと目が合った。

「ん、少し」

「私もよく分からないけど。そういう事を考えるのも、また恋なんじゃないかしら」

 はにかんで、耳元をかき上げる。

「サトミも、ヒカルとはそうだったの?」

「さあ、どうかな」

 モトちゃんを転がし、シートをたたみ出すサトミ。

「人を勝手に呼んでおいて、用済みになったらこの扱い?」

 文句を言いつつ、モトちゃんはたたむのを手伝っている。

 シーツをリュックにしまった二人は、それをサトミが背負って立ち上がった。

「じゃあ、また明日。刺繍で分からなくなったら、モトを呼んで」

「うん、分かった」

「勝手に、何決めてるの」

 笑う私達。

「ショウ君の事は、ゆっくり考えなさい。まだあなた達は、高校生なんだから」

「お姉さまは、言う事が違うわね。本当に同い年?」

「どうせ年寄りです、私は」

 じゃれ合う二人を見ていて、少し気持が楽になる。

 確かに、何も結論を急ぐ必要はない。

 それに、私だけじゃなくてショウの気持もある事だし。

「ユウ。そんな顔してたら、また映未さんに好かれちゃうわよ」

 髪がそっと撫でられる。

 ちょっと落ち込み気味な私を慰めるように、労るように。

「さて、私はまたお針子さんに戻ろうかな」

「少し手伝うわ」

「そのつもりで言ったの」

 はしゃぎながら廊下を歩いていく二人を、笑顔で見送る。


 ドアを閉め、ベッドの上で少しぼんやりとする。 

 髪に残る、柔らかな柔らかな感触。

 サトミが撫でてくれた。

 悩んでいた私を、慈しむように。

 モトちゃんが私のお姉さんなら、彼女は何だろう。

 外見も、頭の良さも彼女にはかなわない。

 でも私は思う、彼女は私と同じ。

 恋して、悩んで、怒って、笑う、普通の女の子なんだって。



 彼女が撫でてくれた髪に、手を当てる。

 その温もりを、もう一度感じたくて。

 優しい気持ちを。 

 私への思いを。

 自分の思いも込めて。







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