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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第31話
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31-11






     31-11




 別にこれといった展開もなく、何かを得た訳でもない。

 ただ、完全に無意味ではないとも思いたい。

 少なくとも局長が完全に学校側の人間。

 処罰を利用して自分の立場を維持しているようには見えなかったし、そういうつもりもないようだから。

 また、前島君の違う一面が見られたのも収穫か。

 それとも、あれが本性かもしれないが。



 寮に帰り、食堂で少し遅い夕食をとる。

 サトミは飽きもせずグラタン。

 悪いとは言わないが、私なら月に1度食べればそれで満足。

 彼女は、週に1度は食べないと気が済まないらしいが。

「どう?マッシュルームの代わりに、しいたけが入ってる?」

「それは値段的にあまり違わないでしょ。量も、前と変わらないと思う」

「私はいいけどね。元々、多くは望んでないし」

 むしろいつも減らしてもらうくらいなので、量に関しては気付かない。

 また寮は以前からこの時期でも残っている生徒が多いため、学校程は質を落とす理由が無いかもしれない。

「映像はあるような事は言ってたよ。見せてはくれなかったけど」

「仮に提出してきても、編集されてるでしょうね」

 ビールをあおり、「ぷはー」とか言ってるモトちゃん。

 この人は、一体何を目指しているのかな。


 しかし気付けば年が明けて、もう後期か。

 なんだか、このままずるずる来期になりそうな気もしてきた。

「……ちょっと待って。今はまだ後期で、授業もやってるんでしょ。そうすると、またテスト?」

「予定表を見なさい」 

 ポケットから出てくる、綺麗に折りたたまれた行事表。 

 卒業式や終業式という文字に混じって、「学年末テスト」という掻き消したくなるような文字も見えている。

「普通に勉強していれば大丈夫よ。大体赤点にしたって、50点取れば大丈夫でしょ。平均が100点なんて、あり得ないんだから」

 そう説明して、今気付いたという顔でサトミを指差すモトちゃん。

 彼女も全教科100点という事は無いが、その平均点は95点を下らないはず。

 私も、さすがに50点以下の教科は無いけどね。

「テストか。少し、勉強しよう」

 そうひとり言を呟き、トレイの隅に置いてあるお銚子を眺める。

 今は体がアルコールを求めてないし、これを飲めば勉強はあまりはかどらないだろう。

「上げる」

「サトミの分もあるのに」

 そう言いつつも、断らないモトちゃん。

 ちびちびとグラスを舐める彼女に、少し遠慮しつつ聞いてみる。


「名雲さんって今年卒業じゃない。軍に進むって話は?」

「士官学校へ行くみたいよ。パンフレットは見せてもらった」

 特に動揺せず教えてくれるモトちゃん。

 パンフレットを見れば、士官学校がどこにあって何年学ぶかはすぐに分かる。

 どうでもないという事ではなく、それだけの覚悟や気構えがあるのだろうか。

「気にならない?」

「気にはなるけど、泣いてすがるタイプでもないし」 

 日本酒を一気にあおり、ため息を付くモトちゃん。

 さっきよりも赤くなった、少し気の抜けた顔。

 当たり前だが、彼女は彼女なりにストレスを感じていたらしい。

「戦地に赴く訳でもないんだし、二度と会えないって事でもないんだから」

「まあね」

「いつでも気楽に会えるという訳でもないわよ。勿論」

 少し寂しげに微笑み、残りのグラスを片付けるモトちゃん。


 名雲さんが進むのは普通の大学ではなく、軍人になるための学校。

 それも幹部になるための、より厳しく規律を求められる。

 会いたいから、なんて理由で面会出来るところではない。


「本当、何を考えてるんだか」

 よろめつつ立ち上がり、鼻歌交じりに帰っていくモトちゃん。

 サトミは彼女が忘れていったトレイの食器を自分の食器に重ね、私に向かって笑いかけてきた。

「モトと同意見?」

「まあね。ただ、ショウの気持は昔から知ってるし。それに私も、泣いてすがるタイプじゃないから」

 どちらかといえば力づくで止めるタイプで、第一ショウを困らせてまで引き止めても意味は無い。

 仮に泣いてショウが軍に進むのを止めたとしても、私も彼も生涯悔いが残るだけだ。

「苦労するわね、あなた達は」

「サトミはどうなの」

「もうしてるわよ」

 長いため息を付き、肩を落として却っていくサトミ。

 どうでもいいけど、みんな食器は片付けてくれないかな。




 翌日。

 教室に入ると、珍しくケイが先に登校していた。

 目も覚めているらしく、表情も至って真剣。

 何かがあったのか、これから何かがあるか。 

 思い当たるのは、一つある。

「査問会が今日とか?」

「鋭いね。僕は徹夜で、木之本君と想定練習をしましたよ」

「結果は?」

「木之本君に、こういう事をやるのは卑怯だよと言われましたよ。それでずっと話し込んでさ。気付いたら、朝だった」

 つまりは寝起きじゃなくて、寝てない訳ね。  

 彼はペットボトルのお茶を口にして、だるそうに椅子へ崩れた。

「その木之本君は?」

「朝ご飯だってさ。切腹前は食べないんだけどな、普通」

 誰が切腹するんだ、誰が。 

 いっそこの場で、介錯してやろうかな。

「おはよう」 

 そこへ現れる木之本君。

 疲れている様子はなく、少し眠そうではあるが普段とそれ程変わりはない。

「今日が査問会だって、本当?」

「夜に通達が来てね。授業が終わったらやるらしいよ」

 余裕というか、動じていないというか。

 慌てたり取り乱すという事は全くない。

 何より、そういう彼を想像する事が出来ない。

「しかし、面白くないな。公開でやるってのも、今更やるっていうのも」

「暴れる場所じゃないからね、雪野さん」

「分かってる」

 当の本人がこれでは、私が暴れる意味はない。

 ただ、意味がないから暴れないという事でもない。

「これって、主催というか誰が取り仕切るの?」

「執行委員会名でメールは来てた。あくまでも、意見を聞くだけだって」

「そんな訳無いじゃない」

「少なくとも、そういう名目だからおかしな事にはならないよ」

 あくまでものんきというか、人の良い事を言っている木之本君。

 彼も停学になったくらいだし、学校や執行委員会のやり方は分かっているはず。

 それでも彼は、人を信じると言っている。

 本当にこの人は、前世で何をやってきたのかな。




 結局授業が全て終わっても、彼は落ち着いたまま。

 そう振舞っている訳でも無いし、無理に落ち着こうという様子にも見えない。

 あくまでも彼は、査問会を公平な物として捉えている。

 もしくは、公平であるべきだと思っている。

「お知らせします。本日第1講堂において、公開討論会を行います。参加者の方は、予定時刻までに講堂へお願いします。また見学者は」

「ああ?」

 答える訳も無いスピーカーを睨みつけ、サトミ達から睨まれる。

 分かってるわよ、私だって。

「ちょっと、何寝てるの」

「あ。今何時」

 机からのそりと顔を上げ、端末で時間を確かめるケイ。

 彼は大きく欠伸をすると、木之本君を指差してそのままもう一度机に伏せた。

「ちょっと」

「冗談だよ、冗談。なんだ、あれ。えーと」

 なんか、とことん使い物にならないな。

 しかし一緒に徹夜したという木之本君は、眠そうな素振りをみせはしない。

 やはり彼は彼なりに緊張しているのか。

 もしくは、この場に真剣な態度で臨もうとしているのかも知れない。

「大丈夫。僕は、なんとかなるから」

「それは結構。さて、俺達も見学に行きますか」

「なんか、面白くないな。公開でやる必要はあるの?」

「適当なガス抜きと、ストレス発散。昔からギロチンは、公開処刑だろ」

 例えはともかく、言っている事に間違いはなさそうだ。

 この査問会、公開討論会がろくでもないのは多分大抵の人が分かっている。

 それでも明確に反対の声が上がらないのは、今ケイが言った理由もあるのだろう。

 怖いもの見たさ、好奇心、嗜虐趣味。

 他人の不幸を楽しみたいという、普段は心の奥にしまいこんでいる気持が。

 それを公開討論会というオブラートに包み、ごまかしている。

 執行委員会も、その他の人達も。



 講堂に入ると、観客席はすでに満員。

 後ろの方は立ち見も出ていて、映像を他の講堂や体育館へ配信しているとの事。

 随分大掛かりな事になっていて、学校や執行委員会の力の入れようが逆に分かってくる。

「済みません。今回の討論会に呼ばれた者ですが」

 案内役らしい男性にIDを見せる木之本君。

 それを確認した男性は愛想良く笑い、観客席ではなく舞台袖の方へと彼を案内した。

「お連れの方は、どうされますか。討論会は参加出来ませんが、控え室の中までは御一緒出来ますので」

「じゃ、ご一緒します」

 ニコニコと笑って答えるヒカル。

 男性はぎこちなく笑い返し、後ろを振り返りつつ通路を抜けて私達を案内する。

 この状況で笑ってるのも変なら、その後ろに見た目は同じで無愛想な子がいれば気味が悪いのも当然か。


 比較的広い控え室に通されると、すでに先客がいた。

 見た目柄の悪そうな、しかし今はこの世の終わりという顔をした何人かの男女。

 どうやら彼らは、木之本君と一緒に召集された人間らしい。

 見た目でどうとは言いたくないが、彼らの罪状はなんとなく想像が付く。

「これって、処分をする検討する場ではないんですよね」

「ええ。あくまでも、自由にお話をしていただく場です。最近生徒会に対する不満が多いようなので、こちらで勝手ながら出席者を選ばせて頂きました」

 勝手にという部分が非常にひっかかる。

 このメンバーを見る限り、恣意的としか思えないしそれ以外に考えようが無い。

「全員で、これだけですか?」

「いえ。別室に、まだ何名か控えています」

「それは多分、執行委員会側の人間ね」

 小声で耳打ちをしてくるサトミ。

 なるほどね。

 まずは木之本君やここにいる子を叩いて、執行委員会側で学校や執行委員会をフォローという流れか。

 相変わらず見え透いているというか、策が無いな。

 しかし停学をちらつかせれば、その策の無さでもまかり通ってしまうからどうしようもない。

「私は、これで。今、お茶をお持ちします」

「どうぞ、お構いなく」

 最後まで愛想の良いヒカル。

 男性はやはりぎこちなく笑い、逃げるようにして去っていった。



 なんとなく気まずい室内。

 私達はともかく、別に呼ばれている子達はとてつもない重い空気を放っている。

 それが室内に充満して、こっちの気分まで重くなる。

 言いたくないが、多分彼らの場合は自業自得。

 目を付けられたのは可哀想だが、その原因は自分達にあるんだから。

「あの子達も、停学になるの?」

「退学じゃないの」

 ケイのそれが聞こえたのか、びくっと体を振るわせる何人かの男女。

 しかし怒る気力も無いらしく、だらしないため息だけが聞こえてくる。

 本当に、止めてよね。

「木之本君は、本当に大丈夫なの?」

「僕は、何もしてないから」

「前だって、何もしてないじゃない」

「まあ、そうなんだけどね」

 曖昧に笑い、視線を逸らす木之本君。

 つまり今回も、同じような状況になれば彼は同じような振る舞いをする。 

 それはすなわち、再び停学になるという事。

 もしくは、退学という可能性も全く無い訳ではない。

「良い?落ち着いて考えて。別に人を蹴落とせって私は言ってるんじゃないんだよ。ただ、自分の事をもう少し考えてもいいでしょ」

「考えてるよ。雪野さん、僕より心配性だね」

「あのね。退学になったらどうするの」

「僕は学校を信じてるし、ここの生徒も信じてる。別に、殉教者を気取ってる訳じゃないからね」

 ケイを見ながら笑う木之本君。

 多分徹夜で交わされた内容や原因は、この辺りにあるんだろう。

「あのさ。信じるのは良いけど、もう停学になってるんでしょ。それも、自分は悪くないのに」

「いや。あれは僕が悪かった。状況を把握し切れなかったから」

「あの女のせいだとは思わない?」

「彼女にも事情があったんだよ」

 なんか、違う意味で心配になってきた。



 押し問答ではないが、そんな会話を繰り返している内に係りの人が呼びに来た。

「行って来るね」

「あ、うん。何度も言うけど、少しは自分の事も考えてよ」

「分かってる。僕も退学はしたくないから」

 そう言って、控え室を出て行く木之本君。

 部屋の隅にいた子達も、肩を落としてぞろぞろとその後に付いていく。

 地獄の門の前って、もしかするとこんな光景かもしれないな。

「済みません。舞台の袖から見てていいですか?」

「ええ。ただし、壇上に上がるのは出来ませんので」

「分かりました。みんな、私達も行こう」




 強い照明と大勢の観客。

 好奇の視線と野次に怒号。

 壇上に、点々と置かれた椅子に座る控え室にいたメンバー。

 半分は今にも消え入りそうな顔をしていて、残り半分は余裕しゃくしゃくといったところ。

 そのどちらでもなく、大人しく静かにしているが木之本君。

「それでは早速ですが、公開討論会を始めます」

 司会役は以前の進行役をやっていた傭兵の女の子。

 執行委員会の人間ではあるが、前回は中立の立場を貫いていた。

 今回も、出来ればそれを期待したい。

「テーマは、おそらく皆さんも感じている学内の治安悪化について。データは端末に配信されたものを参照にして下さい。では、ご意見のある方は」

 始めは特に、反応なし。

 司会の子もそれは分かっているのか、資料に目を落として壇上に並んでいる生徒を軽く見渡した。

「それでは、テーマをもう少し絞ってみましょうか。昨今話題になっている、学校外生徒。通称傭兵について、是か非か。そうですね、挙手でお願いします。彼らの存在、もしくは転入に賛成の方は手を上げて下さい」

 かなり鋭い、また危ういとも言える質問。

 それが逆に良かったのか、会場からは拍手が上がる。

 いくつか手が上がったのは、クラッシックな制服を着た執行委員会側から。

 ただ、彼らも全員が手を上げている訳ではない。

 一方の不良組は、手どころか顔すら上げていない。


「そちらの方は、なぜ学校外生徒の存在に賛成ですか。ご意見があれば、お聞かせ下さい」

「では、失礼します」

 一礼して、机にマイクを引き寄せる木之本君。

 それを軽く叩いて音響を確認したのは、いかにも彼らしい。

「一般的に学校外生徒は印象を悪くもたれがちですが、それはごく一部の人達の行動によるものです。実際草薙高校内でのトラブルについても、在校生と傭兵とでのトラブルに関わっている比率は大差ありません」

「少ないから、より目立つ。マイノリティゆえの偏見という事もあるのでしょうか」

「僕もそう思います。実際治安維持活動については、おそらく現在の自警組織も彼らから学ぶ点は多いです。力に頼らず、交渉を重視する点。少人数での制圧。それぞれの判断能力などを見ても、それは明らかです」

「さすが、元連合代表補佐。大変参考になります」

 お世辞でもなんでもなく、素直に賞賛する女の子。

 また会場からも、自然に拍手が巻き起こる。

「いい感じじゃない。ねえ」

 隣で腕を組んでいるサトミは、まだまだこれからという顔で木之本君の様子を窺っている。

 確かに始まったばかりだが、少なくともこの会場については彼を吊るし上げようという者は少数派だと思う。


 何となく場が暖まった所で、女の子は別な子に話を振る。

「では逆に、デメリットをお聞きしましょう。そちらの方は、どうですか」

「え、その。怖いかな」

 髪を銀に染め、鼻にピアスを開けている子からの発言。

 これには観客席も大爆笑する。

 本当、誰に対して言ってるんだろうか。

「転入生かつ、武装している。授業にも出ない。確かに怪しげであり、距離を置きたい存在ですね」

 自分が傭兵なのは語らず、一般的な印象について語る女の子。

 傭兵にもこういうタイプがいるから面白いというか、侮れない。

「それではこの件を、より掘り下げて見ましょう。学校外生徒の転入を認めるとして、彼らにはどの程度の権限が与えられるべきか。1、一般生徒と全く同じ。2、生徒会などの組織には参加しても、役職には付かない。3、組織には参加させない。4、あくまでも一時的な存在なので権利は最低限に抑える」 

 やはり挙手を求め、2、3という回答が多数。 

 ただ、1という子も中にはいる。


 そして女の子は、木之本君を見ながら話を続ける。

「かなり学校外生徒に寛容ですが、ご意見はありますか?」

「この学校に通っている限り、学校外生徒でも一時的に在籍しているだけでも権利は平等であるべきです。逆に、彼等の権利を制限する理由は存在しません」

「なかなかリベラルな考え方ですね。しかしこの学校では、もっと保守的な考え方が主流なようですが」

「意見は多様であるべきですし、僕は自分の考えが絶対とは思ってません。それらの相違点については、話し合いによって双方が歩み寄って解決出来るでしょう」

 静かに語る木之本君。

 それに対して会場からは賛意を示すような拍手が、やはり静かに鳴り響く。

 熱狂的でもなければ、絶対的な指示でもない。

 あくまでも優しく、ゆっくりと。

 彼の考え方は広がっていく。


「ありがとうございます。今のご意見に対して、他の方はどう思いますか」

 さすがにこの状況で否定的な事を言える訳はなく、適当な返事があちこちから聞かれる。

 司会役の子は軽く頷き、手元の端末を使って壇上の後ろにある大きなスクリーンに映像を表示させた。

「ガーディアンによる、一般的な拘束の場面です。圧倒的多数による鎮圧が主流ですが、それはガーディアンを過剰に生み出している原因であるとも言われています。現在の生徒会ガーディアンズは、500名以上。この数は、比率的も他校を圧倒しています」

 次に表示されたのが、数が多い事が多い事のメリットとデメリット。

 メリットは鎮圧が容易に出来るのと、素早い対応が可能。抑止効果など。

 デメリットは今行った予算的な事であったり、抑止効果が逆に威圧となる。

「旧連合が解体したため、ガーディアンの総数はかなり削減されました。それにより治安が悪化したという意見もあります。統計的には、まだ有意差は現れてませんが体感としては皆さんの方がご承知でしょう」

 滑らかに議事進行する女の子。

「削減すべきという共通認識を前提でお話を進めますが、よろしいですか」

 それに対する異論は聞かれず、司会役の子は改めて端末を操作した。

 モニターには書きかけの文字が映り、彼女の手が動くと文字が追加されていく。


 その作業が終わったところで、全員の注目は彼女と。

 木之本君へと向けられる。

「では削減の具体的な方法について。今回も、お願いします」

 笑いながらの指名。

 会場からの拍手。

 木之本君も少しだけ表情を和らげ、軽く会釈をして姿勢を正した。

「防犯カメラや各種センサーの設置で、パトロール要員はかなり縮小出来ます。また書類を紙から全てネットワーク上での提出に意向。オフィスの配置見直し」

 具体例を挙げていく木之本君。

 女の子はそれを書きとめ、モニターには彼の言葉が記されていく。

「後は、生徒一人一人の自覚の問題です。究極的には、ガーディアンが存在しないというのが理想ですから」

「トラブルを、一般生徒が押さえ込むと?それとも?」

「トラブルを起こさないようにする、ですね。勿論それは理想に過ぎないとも思いますが、それを追い求めて悪い理由もありません」

「なるほど。真面目だな」

 少し気を抜いていたのか、素で答える女の子。

 それはマイクには殆ど拾われなかったらしく、壇上とその周りにかろうじて届いた程度。

 もしこれが演技だとしたら、それはそれで相当な逸材だろう。


「では、別なご意見はあるでしょうか。はい、どうぞ」

 挙手をした、長い髪を茶色に染めた女性を指名する司会役の子。

 女性は微かに顎を引き、制服を軽く払って席を立った。

 席を立つ必要はどこにもなく、司会役の子ですら椅子に座ったまま。

 よほど興奮しているのか、注目を浴びたいのか。

 もしくは、アピールを狙っているのか。

「今のご意見も良いんですが、根本的な部分から目を逸らしています。それはトラブルがなぜ起きるのか。誰が起こしているのかです」

「誰が起こしているか。つまり?」

「それは言うまでも無く、生徒が起こしています。彼らがいなくなれば、必然的にガーディアンの削減も可能。それ以外の生徒会の部署についても同様です」

「トラブルを起こした生徒に対する処分、という事でよろしいですか」

 言い方を変えて質問する司会役の子。


 それにより、会場内の空気は一変する。

 処分、という言葉が彼らの反応を敏感にさせた。

 壇上で震えている柄の悪い連中は、おそらく最近その処分を受けたはず。

 今の話は、まさに人ごとではない。


「その通りです。規則を守るのは当然で、さらに他人へ迷惑を掛けるなど持っての他。またこの学校での好待遇は、教育モデル校だからこそ。勉強もせず他人へ迷惑を掛けてばかりの生徒に、どうしてその恩恵が受けられるでしょうか」

 かなり偏った、厳しい意見。

 ただ、それが一般生徒の意見をある程度代弁しているのもまた確かだろう。

 言葉にするのは怖く、勇気が無い。


 だけど、被害を受けているのは自分達。

 彼らがいなくなればと考えても、決して不思議ではない。

「権利を主張するばかりで、義務を果たさないのはどうでしょう。権利が規則に記されているのと同様、義務も記されています。都合のいい面だけを主張して、肝心な部分をないがしろにしていては何の意味もありません」

「では、そういった生徒にはどういった対策を考えていますか」

「注意や訓告。個別の面談、補習、ボランティア活動。グループディスカッション。これらは現在も行われていて、更生している生徒も多数います。逆に、それでも同じ過ちを繰り返し続ける生徒もいる。その場合は、厳しい処分を求める以外に無いでしょう」

 再び体を振るわせる、柄の悪い集団。

 思い当たる事がありすぎて、反論のしようもないといったところか。


「停学や退学。そう捉えて構いませんか」

「ええ。全ての規則違反に適用しろとは言いません。ただ規則違反の累積や、内容は考慮すべきでしょう。第一学校は勉強をする場所で、自分の楽しみのために存在する場所ではありません」

「停学、退学というのはかなり重い処分ですね。それは、生徒会が決めるのでしょうか」

「処分を下すのは、あくまでも学校。ただ、参考意見を学校に提出する用意はあります」

 現在の生徒会と学校の緊密ぶりは、誰もが承知。

 また以前は生徒会が処分の権限を持つと誤解されていて、今はそれが誤解ではなくなりつつある。

 勿論処分の下す権限があるのは学校だが、生徒会の意向は以前にも増して強く働くだろう。



「かなり厳しい意見ですが、会場の皆さんはどうでしょう」

 あちこちからまばらに起こる拍手。

 表立っての賛成は少ないが、野次や否定的な発言はそれ程聞かれない。

 それだけ学内でのトラブルが一般の生徒に負担であり、その張本人達がどれだけ疎まれているかを示す証拠でもある。

「では、これに対する意見はあるでしょうか。そちらの方は、どうですか」

 髪を赤く染めた、黒い革ジャンを来た女の子を指名する司会者。


 多分こういう場に出るのは初めてで、今自分が何をやってるかすら理解していない顔。

 この司会者も中立な立場を貫いてはいるが、執行委員会の人間なのは忘れてはならない。

「い、いえ。何も」

 一切発言をせず、そのまま顔を伏せる女の子。

 会場からは話にならないといったため息が漏れ聞こえる。

「かなりシャイな方のようですね。では、申し訳ないですが改めてお願いします。今までの経緯では、そちら側の席の方達とあなたの意見に二分されるようですので」

 指名される木之本君。

 彼は微かに頷き、改めてマイクを手前に寄せた。

「では僭越ですが、代表して話させて頂きます。僕も規則を守るのは当然で、逸脱すれば何らかのペナルティを受けるべきだとは思っています。その部分は、他の方々と変わらないと思って下さい」

「では、何が違うとご自身ではお思いですか?」

「処分。罰を持って生徒をコントロールするのは反対、という考え方です。処分はあくまでも規則を違反した事に対するペナルティに過ぎません」

 一気にざわめく会場内。


 明確な、現状の生徒会と学校への反対意見。

 しかし木之本君は、一切動じる事は無い。 

 彼は自分の信念に基づいて語っているだけだから。



 司会役の子は少し間を置き、やや前傾姿勢になって木之本君に向き直った。

「では、進行役からはやや逸脱しますが個人的に質問させて頂きます。再犯率の高い生徒。いわゆる、懲りない生徒はどうでしょう。彼らは学校にとって、百害あって一利なし。その存在自体が他人に迷惑を及ぼしているとしたら。先ほどの、学内にいる以上平等に扱うという意見は立派です。ただ、それは現実的でしょうか」

「おっしゃる事は分かります。では言い方を変えましょう。無条件にどの生徒をも平等とするのではなく、この学校に残りたいという意思を持つ生徒は平等に接するべきでしょう。また、その彼らに罰を持ってコントロールするのは反対です」

 会場から上がる拍手。

 今までの話だけを聞いていれば、彼はただ甘く理想主義なだけ。

 しかしこの説明を付け加えれば、何であろうと許されると言っていない事は十分に理解出来る。

「大変参考になりました。もう少し伺いたいのですが、時間も無いので話を先に進めます」

「こちらこそ、説明不足で申し訳ありません」

「いえ。では、何を持って処分の対象とするか。処分は誰が決めるべきか。処分はどこまでが認められるのか。これについて意見のある方は」

 木之本君に対抗してか、勢い良く手を上げる執行委員会側の人間。 

 司会役の子は一瞬皮肉っぽく笑い、すぐにその表情を消して一人を指名した。

「処分は規則に照らして、厳正厳密に執り行う。処分を下すのは学校で、生徒会は進言を出来る立場にある。処分内容は今まで通り、下は訓告で上は退学」

「生徒会の進言、という部分が色々と問題になっているようですが。それについて、説明したい点はありますか?」

「現在学校の運営を預かっているのが生徒会であり、個々の生徒の情報や動向にも精通している。当然生徒会の意見は、処分の際参考にしてしかるべきだ」

「生徒が生徒を裁く。もしくは、一方的に優位な立場に立つ。そう考える向きもありますが」

 ややしつこく攻める司会者。

 執行委員会の男は若干むっとしつつ、同じような説明を繰り返す。

「学校を運営しているから、他の生徒よりも偉いという意味でしょうか」

「そうではなく、一定の権限を持つ以上彼らを指導監督する立場にあるという事だ」

 会場のあちこちから上がるブーイング。

 ここまで露骨な反発は、今日初めてではないだろうか。

 それだけ生徒会、現在の執行委員会に対する不満は大きいようだ。


「生徒会と学校の癒着、という噂についてはどうでしょう」

「両者が緊密な関係にあるのは当然で、連絡も密に取っている。ただ癒着というのは心外で、監査役もいるし相互にチェック機能を果たしていると考えて欲しい」

「という事ですが、どうでしょう」

 軽く手を挙げ、司会者の意に沿う木之本君。

 ざわめいていた会場はすぐに静まり返り、彼の話に耳を傾ける。

「生徒会の優位性、彼らが一般生徒の上に立つのは事実ですしそれは誰も否定しません。ただしそれは特権ではなく、あくまでもそれぞれが担っている職務への敬意であるべきでしょう」

「それを特権と勘違いしている人がいると」

「もう一点は、これは仕方ないんですが一般生徒側ですね。相手に一定の権限があるため、どうしても一歩引いてしまう。中には、相手が生徒会でも気にしない人もいるにはいますが」

「それはそれで、かなり特殊なケースでしょう」

 どっと笑う観客席。

 司会者がこっちを見たように思えたのは、気のせいか。


「では改めて、生徒会と学校との関係をお伺いします」

「これも今までの議論同様、両者の関係が密接になるのは当然だと思います。だからこそ今あった、相互チェックという部分が大事になってきます。惰性にならず、馴れ合いにならず、かといって敵愾心も抱かず。厳正に行うべきです」

「現状の両者の関係は、どう捉えていますか」

「残念ですが、相互チェックが有効に機能しているとは言い難い状況です。……今は、僕の発言中ですので」

 何か言いかけた執行委員会の人間を、手で制する木之本君。

 会場は拍手に包まれ、相手は憮然とした顔で席に付く。

「私の不手際ですね。以後、発言者の発言を妨げる行為は一切禁止します。では、続きをどうぞ」

「済みません。相互チェックが行われていない証拠として、学校と執行委員会の発表内容が常に同じか酷似している点。いわゆる管理案。規則改正に際し、生徒会が一切異議を唱えなかった点。同席する必要の無い場面に、理事や職員が同席している点。例えば今日の討論会は生徒同士の交流が目的であって、理事や職員が参加する必要はないはずです。勿論、参加して悪い理由もありませんが」

「なかなか辛辣ですね。その辺を、そちらのグレーのスーツの男性はいかがお考えですか」

 当たり前のように壇上の端に座っていた男性は、しどろもどろになって口元だけで何かを呟いた。

 この司会者も意地が悪いというか、かなり遊んでるな。


 彼女は笑顔を湛えつつつつ、回答者を見て全体の様子をチェックしていく。

「彼もまたシャイなようですね。今の意見に反論があれば。……どうぞ」

「我々高校生が出来る事には限界があり、また社会的な評価も低い。それならば、学校の指示や判断を仰ぐのは当然だろう。自分達が万能だとでも思ってるのか」

 小馬鹿にした表情と、冷たい口調。

 木之本君はそれを笑顔で受け止め、改めて姿勢を正した。

「思い上がるような性格ではないですし、そこまでの能力もありません。ただ」

 静まりかえる会場。

 軽く息を整え、木之本君はすっと表情を引き締めた。

「この学校は、生徒の自治で運営されています。例え相手が教師でも理事でも、それを侵す者がいれば断固として戦うべきです」

 拍手も歓声もない。

 ただ静けさだけが会場を包み込む。

 もしかすると忘れていた。

 最近は思い出す事も無かった言葉、理念。

 生徒の自治。

 彼はそれを、改めて訴える。



 その空気には流されず、話を引き取る司会の子。

 彼女はやはり、木之本君に質問をする。

「生徒の自治、ですか。その権限が大きすぎるという意見もありますが」

「それについては同感です。一部権限。例えば施設の維持や管理、学外でのアルバイトの斡旋や公的な手続きについては学校や自治体からの出向社員に委譲した方がいいと思います」

「では逆に、これだけは譲れないという点は」

「身分と人権の保障。つまり一方的な身体検査や立ち入り検査などは断固として拒否します。また、治安維持に付いても学内に関しては生徒の手で行うべきです」

 会場のあちこちから上がる拍手。

 それに対して、執行委員会の人間は何とも苦々しい顔で観客席を睨み付けている。

「やや時間が長引きましたので、一旦休憩を挟みます」




 戻ってきた木之本君に冷えたペットボトルとタオルを差し出す。

 顔中は汗だくで、ペットボトルは半分ほどが一気に飲み干される。

「名調子じゃない」

 笑いつつ拍手するモトちゃん。

 木之本君は少しはにかみ、大した事じゃないと言ってきた。

 あれで大した事が無いのなら、私の人生はどうなんだろうか。

「どう思う?」

 サトミに話を振られ、欠伸混じりに顔を上げるケイ。

 今まで寝てたんじゃないだろうな、この人。

「良くやった。立派だったよ」

「まだ終わってないけど」

 もう一度欠伸をして、端末で議事録を確認し出すケイ。

 でもって鼻で笑い、木之本君の肩に手を置いた。

「後半も、この調子で」

「え、うん。あんな感じで良いのかな」

「問題ない。最悪の場合は、こっちでフォローするから大丈夫」

「フォロー?それは別にやらなくてもいいんだけど」

 困惑気味に否定する木之本君。

 ケイは構わず彼の背中を押して、壇上へと送り出す。

「最悪の場合だよ。それと、壇上で寝ないように」

「そこまでの度胸も無いけどね。じゃ、行ってくる」



 彼を見送り、壁際にしゃがみ込んでいるケイを軽くつつく。

「最悪の事態って、高畑さんの話をここで持ち出すって事?」

「あのビラは、その布石。ただそれはとっかかりで、最終的にはこの間の停学になった件を持ち出してくる。停学になって、偉そうにあれこれ語る権利があるのかって」

「あるから語るんじゃないの」

「それはユウの考え方。執行委員会の連中の考え方とは違う」

 顔を伏せつつ説明するケイ。

 その話は納得したくないが、そういう自体にならないという保証はどこにもない。

 やがて討論会が始まり、人数が減っている事に気付く。

 同じ控え室にいた柄の悪い連中がどこにもいない。

「どこ行ったのよ」

「ターゲットを木之本君一本に絞ったんでしょ」

 静かにそう告げ、厳しい顔で壇上を見つめるサトミ。

 矢面に立たされるという言い方があってるかはともかく、これでは全てが執行委員会と木之本君という対立の図式になってくる。




 時間が来たところで司会役の子が最後に席へ着き、会場内が静まり返る。

「お待たせしました。では、後半を始めたいと思います。なお一部生徒は体調不良のため、退席しています。その点を、あらかじめご了承下さい」

 簡単に理由を説明し、本題に入る司会役。

 執行委員会が5人に対して、木之本君は一人。

 論破されるとは思えないが、今まで以上のプレッシャーはあるはずだ。

「ここからは生徒会やガーディアンに限らず、フリーに話を進めていきます。現在学内で問題となってる事は、何かあるでしょうか。……どうぞ」

「風紀が乱れているのではないでしょうか」

 鼻で笑いつつ、木之本君を見つめる女。

 ざわめく会場内。

 例のビラは、配られた枚数は少なかったがある程度内容だけは伝わっていたらしい。


「男女の関係をあれこれ言う程無粋ではないですが、何事にもルールはあると思います。例えば、中学生との関係はどうでしょう」

「高校生が中学生と付き合う。それ程珍しいケースではないと思いますが」

「一方的に騙しているとしてもですか」

「穏やかでは無いですね。ただ、そういうケースはこの場に馴染まないと思います」

 話を取り合わない司会役。

 女は顔色を変え、机を叩いて席を立った。

「男が女を騙していると言いたいんです」

「具体的な証拠でも?もしくは、申し立てが?」

「それは」

「どうもはっきりしませんね。例えば、このビラのように」

 司会役の手元に現れる一枚のビラ。 

 間違いなく正門で配られていた物だ。

「具体的な内容に薄く、ゴシップ的な物に過ぎません。この事を言っているのですか」

「い、いえ。それは」

 自分の机にあったビラを慌てて隠す女。

 司会役は自分のビラを綺麗に畳み、書類の下へしまいこんだ。

「あなたは、どう思いますか」

 厳しい顔のまま木之本君へ話を振る司会役。

 彼は真剣な顔で彼女を見返し、一枚のビラを軽く掲げた。


「これが僕を差しているのは明らかですが、具体的な内容については事実と異なります。確かにゴシップという意味では楽しいのかも知れませんが」

「勇気のある発言ですけど、事実と異なるという証拠は」

「それは、僕という人間を信じてもらうしかありません」

「嘘」

 小声で呟く司会役。

 その声は殆どマイクに拾われず、ただ会場の反応は彼女と同じ。

 勇気と自信。 

 そして誇り。

 彼の強さを、この場にいる誰もが知っただろう。

「……失礼。では、今回の件は事実誤認だと」

「その通りです。逆にここに書かれている内容が真実であるという証拠があれば、教えて下さい」

「という事ですが、何かご意見は」

 反応は一切無し。

 彼の言葉と、その余韻だけを残して。



「ご意見もないようですので、この件は議事録から削除します」

 あちこちから起きる拍手。

 司会者は私達とは反対側の袖を確認して、小さく頷いた。

「削除完了しました。以後、個人的な誹謗中傷は控えて下さい」

 顔を見合わせる執行委員会達。

 このまま何事もなく無事に終了する。

 そう思った時、一人がゆっくりと手を挙げた。

「一つ良いでしょうか」

「今の注意を踏まえて、発言をお願いします」

「最近起きたトラブルについて検証しているのですが。かなり過剰な暴力を振るっているケースがありまして。すでに処分は受けていますが、この場で改めて検討してみます」

「個人的な誹謗中傷は禁止していますので、それを踏まえて発言して下さい」

 改めて釘を刺す司会者。

 発言した女は一瞬たじろぎつつ、それでも話を続ける。



「場所はG棟のラウンジ。容疑は、保安部及び執行委員会への暴行。警棒を使って襲いかかりました」

「良くある事だと思いますが。敢えて取り上げる理由は」

「そういった暴力的な人間が、今まで立派な事を言っていた訳です」

 モニターに映る調書。

 それに添付された顔写真は、怪我をした木之本君。


 会場は騒然となるが、それは彼に対する避難ではない。

 敢えてこの場で取り上げる意図に対してだ。

「誹謗中傷は謹んで下さいと言ったはずですが」

「これはそういう問題ではありません。そういう人間に発言権すらあるんですか」

「この場に呼ばれている以上、当然でしょう。逆に権利がなければ、呼ばなければ良いだけの話です。コーディネーターに話を聞きましょうか。プランナーとブッキングした人も」

「それには及びません。彼には発言権がない、それだ……」

 放られるマイク。

 投げ捨てられるペットボトル。

 司会役の子は女を刺すような視線で睨み付け、足早に壇上を後にした。

 さらに騒然となる会場内。



 女の子は肩で息をして、私達の所へやってきた。

「あなた、あれでいいの?」

「司会を任されたけど、人を貶めるとは聞いてない」

 吐き捨てるように答える女の子。

 サトミは瞳に力を込め、なおも彼女に話しかける。

「こうなるのは、予想は出来てたでしょ」

「だから?私は私のルールを守ってるだけ。大体自分達で規則を押しつけておいて、あれはないでしょう」

「あなたの立場は大丈夫なの?」

「全然。むしろ話の分かる傭兵って評価が高まるだけよ」

 平気でそう答える女性。

 自分を掴ませない、ただ決して悪い感情を抱かない相手。

 木之本君の言葉通り、在校生と彼等傭兵を隔てる理由はどこにもない。

「あなた達こそ、彼を放っておいていいの」

「いざとなれば助けるわ」

 一方的に攻め続けられている木之本君。

 彼は何も反論せず、ただその話を聞いているだけ。

 何故何も言わないのか。


 その理由は、反対側の舞台袖を見ればすぐに分かる。

 クラッシックな制服を着た何人かの男女。

 後ろに控えるスーツ姿の男達。

 彼等の先頭に立っている。

 いや、立たされている例の女。

 彼が反論すれば、彼女の立場が危うくなる。

 そうとしか取りようのない光景。

 会場でも前の方の席はそれに気付き始めていて、少しずつ騒ぎが大きくなっている。


「浦田君だった。あなたは、何もない訳」

「俺にはなくても、木之本君にはある」

「どういう事?」

「あの機械マニアが、自分で映像を回してない訳がない。当然トラブルの時もカメラは持ってたし、録画もしてる。没収されないくらいの、小さいのを持ってるんだ」

 初めて聞く話だが、サトミはそれを聞いても驚かない。

 分かってなかったのは私だけという訳か。

「あれだけガタガタ言わせておいて、ここで映像を見せて大逆転。めでたし、めでたし」

「見せる雰囲気は無いんだけど。それに今更、あの女を見捨てる?」

「見捨てるも何も、そういう状況じゃなくなってきてる」


 モニターに映る、トラブルの映像。

 木之本君が一方的に暴力を振るい、何人かの人間が倒れるという。

 しかしよく見ればかなりの編集が入っていて、動きにつじつまの合わない場面や背景が露骨におかしい箇所もある。

 会場からはブーイングが上がるけど、木之本君はその画像にも執行委員会にも反論しない。

 黙って席に付き、机の上に組んだ自分の手をじっと見つめている。

「彼は現在旧連合のガーディアンを集めて、集団で武装しています。いかにもガーディアンの削減に賛成しておいて、裏では全く逆の行動。こういう人間を野放しにしておいていいのでしょうか」

「前回は停学でした。しかしその処分が本当に妥当なのか、この映像を見て改めて考えて見て下さい」

 暴力的に振る舞う映像の木之本君。

 現実の彼は机に座って押し黙ったまま。


 やがてブーイングも収まり、会場には執行委員会の非難の声だけが響き渡る。

「ご覧のように反論も出来ず、ただ黙っているだけ。先程までの饒舌振りはなんだったんでしょうか。それは言うまでもなく、自分にやましい点があるからです。そういう人間が理屈を語り、未だに武装を解こうともしない。果たしてこれが、停学だけで済まされる問題でしょうか」

「何か言いたい事があるのなら、この場ではっきりと言ってみて下さい」

 反対側の舞台袖に流れる視線。

 呆然とした顔で立ったままの女。

 木之本君は一瞬だけ彼女を見つめ、少し微笑んだ。

 どうして微笑んだのか。

 彼女に謝るため。見捨てるため。それを伝えるため?


 いや。違う。

 彼が自分を信じて欲しいと言ったからには、私に出来るのは彼を信じる事だけ。

 その優しさ、強さを。



「おい。あの男、映像を出さない気か。……木之本君、ビデオ」

 ケイの言葉に机の下で手を振る木之本君。

 映像が無いと言っている訳ではない。

 見せる気はないと、彼は伝えている。

「馬鹿が」

「馬鹿って、木之本君は」

「二人とも、静かに」 

 サトミにたしなめられ、壁を叩く私とケイ。

 言っている事は違っても、気持ちは同じ。

 お互いに木之本君を案じ、その無事を願うだけ。

 そしてこの先は彼の決断に全てを委ねる以外にない。



「今までの非礼。無礼な発言を撤回し謝罪を要求します」

「前回の件についての非を認めるのなら、と付け加えましょう」

 緩い罠。

 木之本君が謝る理由などどこにもない。

 何より前のトラブルを認めてしまえば、それこそ新たな処分を自分から求めるような物。

 最悪、退学という自体も考えられる。

 追い詰められて、罵倒されて、つるし上げられて。

 それでも彼は何も語らない。

 こうなれば、もう私が。

「え」 

 席を立ち、机を回り込む木之本君。


 彼は舞台の前に進み出ると、姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。

 謝れと言った執行委員会にではない。

 自分に拍手をくれた人達、共感してくれた人達、同じ思いを抱いている人達に。


「全ての責任は、僕にあります。申し訳ありませんでした」


 謝る理由なんて無い。

 彼は何一つ悪くない。 

 だけど彼は頭を下げ、全てを自分で引き受けると言い切った。

 自分を騙した子のために。

 自分がどうなろうと構わずに。

 どうしてそんな事が出来るのかは分からない。

 分かったのは、彼の強さ。

 彼の優しさ。

 その輝くような思いは、誰の心にも伝わった。


「はは。全てを認めるというのなら、処分を受けるという覚悟だな」

「はい」

「素直だな。では今から協議を……」

 途中で言葉を切る男。 

 その顔からは汗が滴り、血の気が一気に引いていく。  


 静かな、静かすぎる会場内。

 この場にある感情は、木之本君への限りない敬意。

 そしてもう一つは、彼等への絶対的な敵意。

 わずかなきっかけで、剥き出しの殺意へと変わるような。

「協議を」

「終わったわね」

 ようやく表情を緩め、軽く私の肩を抱くサトミ。

 私もその手を握りしめ、この現実を確かめる。

「静粛にっ。今より、協議を始めて改めて処分を」

「中学生を騙してるのはお前だろ。若い男の子は、そんなに可愛いか」

「え」

 袖口を見たまま固まる男。 

 ケイは鼻を鳴らし、私達の後ろへ消えた。

「本当なの、あれ」

「当然。元祖首切り職人を舐めてもらったら困りますね」

 厳しい、怜悧とも呼べるような顔。

 去年の話だが、生徒会長の指示を受けて生徒会内の不正を一掃したのは彼。

 恨みを買った分、表に出していない情報も多数抱えたままだという。


「寝てない、あの子」

 口元を押さえ、笑いを堪えるモトちゃん。

 舞台の前で拍手を浴びる木之本君。

 顔は下を向き、笑ったような表情。

 目は閉じられ、口は少し開いたまま。

 安堵感からなのか、彼は立ったまま気持ちよさそうに眠っている。

 普段の彼には似合わない。

 だけど、彼らしいといえば彼らしい。


 しかしここで寝るなんて、目が覚めたら自分から退学したくなるんじゃないの。  






 






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