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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第31話
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     31-9




 ひずみとでも言うのだろうか。

 今までの平穏とは言わないまでも、ごく自然に過ごしていた学校生活。

 それが知らない内に少しずつ変化を始め、気付くと景色が一変した心境。

 妙な窮屈さと閉塞感。 

 空気は殺伐として、和やかな会話も減り始める。

 代わって多く感じられるのが、敵意と嫌悪感。


 後は嫉妬と羨望。

 今までは生徒会が絶対的な存在で、一般生徒とは一線を画した言うなれば特権階級。 

 その上に執行委員会が収まり、生徒会には参加出来なかった生徒達がそちらへ加わりだしている。

 組織の立場上執行委員会が上に立っているため、個人としての立場も逆転する。

 どちらにしろ生徒会内部での序列であり問題だが、今まで一緒に過ごしていた友達がある日執行委員会のメンバーになったらどうなるか。

 その人が、突然態度を豹変させたら。

 幸い私達の周りでそういう事は無いが、決して味わいたくない心境なのは確かである。



「予算が無い」

 ペンを手の中で回し、そう呟くモトちゃん。 

 昨日予算編成局から少しもらってきたばかりだけど、どうやら根本的な財政難は改善されなかったようだ。

 そういう心境以前に、現実はかくも厳しいと改めて思い知る。

「真田さん、残りはどれだけある?」

「部屋の借用代はどうにか確保していますが、それ以外はちょっと」

「全く?」

「多少はありますけどね。やはり、オフィスの確保を考えると他に回せる予算は非常に苦しいです」

 特に苦しそうな雰囲気も無く、淡々と告げる真田さん。

 モトちゃんはもう一度ペンを手の中で回し、書類を何枚か見比べた。

「誰か、意見はある?」

 言葉は無言の壁に跳ね返り、そのままモトちゃんへと戻っていく。

 一歩前進かと思ったけど、このままだと二歩後退になりかねない。

 認めたくは無いが、結局世の中お金らしい。

「ケイ君」

「予算編成局を襲えば?所詮学内。犯罪の揉み消しもたやすい」

「もう一度聞く」

「だったらカンパしかないだろ。それぞれ出し合えば、急場しのぎにはなる」

 自分で言い出したからなのか、財布を取り出し近くにあった空箱へお金を入れるケイ。

 額としては泣けるほどで、しかし他に隠し持っている様子もない。

「補助金どころか、お金を出し合うなんて。笑えるわね」

 苦笑気味に表情を緩め、モトちゃんも回ってきた箱にお金を入れる。

 私とショウ、サトミ。 

 木之本君、御剣君、真田さん。

 何故かヒカルも、お金を入れだした。

 この人はガーディアンでもなんでもないんだけど、ここはその気持を素直に受け入れよう。


「他の子にも募金は募るとして。備品の節約と、遠距離の移動は各自で負担。夜食も当然。借りているのはオフィスとこの部屋だけだから、支払いはなんとかなるわよね。真田さん」

「ええ。手持ちの予算は殆ど、部屋の賃貸料に当ててます。今期分に関しては、とりあえず問題ありません」

「他の問題は」

「手当ても無しに、どれだけの人が留まってくれるかですね。それどころか、持ち出しですから」

 テーブルの中央に置かれた箱を指差す真田さん。

 額としてはどれ程でもなく、ただ私達には精一杯のお金。

 支払う部分が少ないから大丈夫らしいが、備品や装備の新調は到底不可能。

 手当も出ないとなれば、真田さんの言う通り逃げ出した方が余程ましだ。

「他に問題は。誰か言ってみて」

「お先真っ暗で、存在意義すら危ういね。いまや生徒会ガーディアンズの下っ端で、単なる使いっぱしり。学校や執行委員会には目を付けられているけど、向こうがその気になれば一瞬で潰される」

「それで?」

「俺が聞きたいよ」

 鼻で笑い、古ぼけた端末を引き寄せるケイ。 

 彼はそれでゲームを始め出し、一人でげらげら笑っている。


 特にアイディアが出る訳でも無いので、私もTVの前に近寄り画面を確かめる。

「草薙高校陥落ゲーム。まだあるの、それ」

「旬だろ、今は」

 ちなみに彼が操っているのは傭兵で、どこか舞地さんに似て無くもない。

 と言うか、彼女そのものだな。

「本人以外でも操作出来るの?」

「許可は得てある。この手の適当にリアルな内容だと、現実の願望が出てくるから面白い」

 小さく開いたウインドウに表示されるメールの件数。

 3桁を優に超えて、今見ている間にもその数はどんどん増えていく。

「意外と人気あるね」

「外見は良いからな。っと、こっちは」

 その隣に並んできたのは池上さん。

 こちらのメール件数は、舞地さんの倍以上。

 何となく、分からなくもない。

「で、何が面白いの」

「言っただろ。現実での願望が出てくるって。意外と反生徒会同盟が勢力を伸ばしてる。まあ、執行委員会のキャンペーンも頑張ってるから五分かな。今のところは」

「ゲームの話でしょ」

「まあね。つまりその分、現実の制約がないからやりたい事が出来る。無料で提供されているオンラインゲームは、大抵企業の情報収集が目的だよ」

 皮肉っぽく説明するケイ。

 そんな物かと思いつつ、私のデータが何の役に立つのかなと疑問にも思う。

「そこから状況を読む事も出来るし、何か推測しようと思えばそれも出来る。参考資料の一つかな」

「不満は持ってるけど、現実的に行動を起こす程ではないって事?」

「逆らったらどうなるか。前例が出来た」

 軽く顎を振るケイ。 

 その先には、端末を使って資料をまとめている木之本君の姿がある。


 彼は保安部、執行委員会に反抗して停学処分を受けた。

 処分自体を下すのは学校だけど、今の両者はほぼ同一と言うような状態だ。

「停学をちらつかされれば、誰だって腰は引ける。それに大人しくしていれば、補助金だ何だともらえて進学就職にも有利。逆らう方が馬鹿だって話になってくる」

「どっちが馬鹿なのよ」

「さあね。つまり俺達は停学もしくは退学予備軍で、距離を置きたがる人間も当然いる。俺達への協力、支援、賛同。すなわち、処分へ一歩近付くんだから」

 ゲーム内の舞地さんを移動させ、中庭で猫に煮干をあげるケイ。

 その周りには大勢の人が集まり、猫だけではなく犬やハトにご飯を上げている。

 和やかで暖かな、心休まる光景。

 多分現実の学校では、見る事を出来はしない。


「それに多少不満があるくらいでは、誰も行動しないわよ」

 辛らつに、しかし十分に説得力のある事を言ってくるサトミ。

「そうしてまだ我慢出来ると思っている内に、反抗するきっかけも気力も無くしていくわ」

「じゃあ、どうするの」

「呼びかけて行動するのなら、それこそ簡単よ。ただそれは、学校や執行委員会の強制とどれだけ違うって話でしょ」

 心情的には別物だと思うが、そう言われると否定は出来ない。

 あくまでも自発的に、本人の意志に基づいて行動するのが一番いいのは分かっている。

 ただサトミの言う通りだとすれば、このままだとみんなは今の状況に慣れてしまう事になる。

 何もかもを与えられ、だけど窮屈で殺伐とした生活に。

 苦労は多いかもしれないけど、自分達の手で成し遂げる事の大切さを忘れて。

「後は、密告制度が大きいわね。ポイント制と聞いているけど。反抗的な生徒がいたと報告すれば1ポイント。不適切な行動があったで、1ポイント。一番手軽な相互監視システムよ」

 分かってはいたが、最低の話だな。 

 多分木之本君がラウンジで拘束された時も、その密告制度が関わっていたんだろう。

「木之本君が停学処分になった時のトラブルは、結局どうなったの」

「生徒会は調べてるだろうけど、捜査権限がある訳じゃない。あくまでも任意で話を聞いて、現場を調べただけさ。大体本気で調べてるのか、どれだけ周囲が協力的かって話になる」

「うやむやで終わらせる気じゃないでしょうね」

「雪野さん。僕はいいから」

 困惑気味の表情で声を掛けてくる木之本君。

 彼には聞こえないよう気を遣っていたつもりだが、つい興奮してしまったらしい。


「だけど、放っておいて良い話でもないでしょ」

「僕が停学の基準になる前例になったのは悪いと思うけど。停学だけで済んだんだから」

「そういえば聞いてなかったけど、結局ラウンジでは何があったの」

「隠すような話でもないよ。彼女が傭兵みたいな子に絡まれててね。それを助けようとしたら、保安部が出て来た。傭兵と保安部が入り混じって彼女を襲おうとしたから、そこに割って入ったんだけど」

「払いのけたのが保安部だったって?それで誰が悪いの」

 苦笑するだけで何も答えない木之本君。 

 その答えは子供でも分かるし、何より当事者の彼が一番理解している。

 でもって怒ってるのは私となれば、馬鹿馬鹿しさというか空回りしているのが恥ずかしくなってくる。

「それで、あの女はなんて?」

「謝ってくれたよ」

「それで?」

「え、他に何かある?」

 やや呆然として彼を見つめる私。

 不思議そうに見返してくる木之本君。

 どうやら、根本的に考え方が違っているらしい。

「世の中、捨てたものじゃないね」

 のんきにのたまい、ケイと一緒にゲームを始めるヒカル。

 今の話の、どの部分からそういう意見が出てくるんだ。

「木之本君の停学と、停学の基準に関しては学校と生徒会に抗議してる。行き過ぎという意見も当然ある」

 その時提出したらしい書類と、回答書を見せてくれるモトちゃん。

 多方面からの意見を考慮して、今回の処分を一部撤回とある。

 停学期間が短くなったのは、一部撤回に含まれているんだろう。

「退学や停学の権限自体は、学校にあるんだよね」

「そうだけど。執行委員会が学校と癒着している以上、彼らの意向が強く働くのは間違いないわね。もしくは、一般生徒はそう思う。元々、生徒会に停学や退学処分を決める権限があると思ってる生徒も多いし」

 生徒会はその誤解を利用して、今まで学内での立場を有利に進めていた。 

 その誤解がより深まり、一部では現実となりつつある訳か。

「停学処分をちらつかされれば、普通は大人しくなるから有効な手段ではある。良い悪いは別にしてね」

「確かにね」 

 ただ、ここに集まっている人達がそれを考慮するかといえばどうだろう。

 木之本君は人をかばってまで停学処分を受け。 

 ケイも自分のためではなく、停学になったばかり。

 私達も停学の経験はあるが、それから行動や考え方が変わったとは思えない。

 ただし今までは、停学処分を受けるだけの理由はあったし自分でも納得が出来ていた。

 今回の、木之本君の例を除いては。


「停学の次は?」

「期間が長くなって、さらに進むと無期停学。自主退学を勧められて、最終的には退学処分」

 横目でケイの様子を窺うサトミ。

 彼はその視線に気付いたのか、負けっぱなしのゲームを中断して顔だけこちらに向けてきた。

「俺は、無期停学と自主退学をちらつかされた。とはいえ、実際はそう簡単に処分は出来ないんだけどさ。停学者や退学者があまりにも多ければ、教育委員会や教育庁から監査が入る。当然企業の評判も悪くなる」

「脅しって訳?」

「前よりは現実味のある脅しだけどね。それに、体面を気にしないのならどれだけでも処分は出来る」

「誰も得しないじゃない」

「馬鹿の心理までは不明なんだよ。そうなったら、学校も消えてなくなるからちょうど良いんじゃないの」

 その代わり、私達もこの学校を追われるか居場所がなくなってるんじゃないの。

 ただ、彼の話を聞いているとそういう可能性が全くないとは言い切れない。

 色んな意味で、慎重に行動した方が良さそうだ。




 土曜日。

 特に予定もないが、玲阿家の本宅にやってくる。

 リビングから庭を眺めると、羽未が枯れた芝生の上を走り回っていた。

 ボルゾイはロシア原産なので、このくらいは寒い内に入らないのかもしれない。

「寒いの?」

 妙に擦り寄ってくるコーシュカ。

 しかしいざ手を伸ばすと、尾っぽだけを足に触れてそのまま遠ざかる。

 この辺が猫の良さであり、また嫌われる原因でもあるだろう。

「停学を食らったんだって?良くないな、それは」

 何故かどてらを羽織り、なんとも楽しそうに木之本君へ話しかける風成さん。

 一方の木之本君は曖昧に笑うだけで、それに答えようとはしない。

「いやいや、気にする事はないぞ。たかが停学、合法的に学校を休める良い機会だ」

「はぁ」

「そんなのにびくついてるようじゃ、まだまだ。大体」

「大体、何」 

 静かに。肌に突き刺さるような威圧感を漂わせて現れる流衣さん。

 風成さんはすぐに押し黙り、背を丸めてリビングの隅に座り込んだ。

 待てよ。

「二人って、サトミのお兄さんと同級生だったんですよね」

「ええ。彼は飛び級で進学していたから、毎日顔を合わせていた訳では無いけど」

「何か、学校の不正を暴いた事ってあります?そういう資料を見かけたもので」 

 風成さんはコーシュカと遊ぶのに忙しくて、話をまるで聞いてない。

 という訳で流衣さんが一人小首を傾げ、なにやら難しそうな本を読んでいるサトミへ視線を向ける。

「秀邦君から、何か聞いてる?」

「この件に関しては、特に。過去を語るタイプではないので」

「そうよね。……確かに生徒会改革の時、彼がそういう資料を集めたのは知ってるわ。ただ使った記憶は無いし、私も聞いてないわね」

「聞かない方が良いぞ」

 どうやったのか、器用にコーシュカを頭の上へ乗せながら振り向く風成さん。 

 少し悪い表情を浮かべながらの。


「あれは停学どころか、警察沙汰だからな。いや。あいつが言うには緊急避難で、俺達に罪は無いらしい」

「ちょっと」

「心配するな。向こうも馬鹿じゃないから、訴えるような真似はしない。それに今でも関係者がいれば、その資料は絶対役に立つぞ」

「単なる、横領のデータみたいでしたけど」

「横領した金を使ってやってというか、組織を拡大してたというか」

「もしかして、斡旋組織の事?」

 息をまいて尋ねる流衣さん。 

 風成さんは何も答えず、頭の上から飛び去ったコーシュカを笑って見送った。

「壊滅したんじゃなくて、させた訳」

「お前も手は貸しただろ」

「あれは、骨を折っただけ……。いや、こっちの話よ」

 取り繕うようにして、愛想の良い笑みを浮かべる流衣さん。

 しかしその一枚下には、燃え上がるような感情が隠されている。

 他言無用を貫くしかないらしい。

「斡旋って、売春ですか?」

 なんとなく思い当たる節があり、そう尋ねる。

 二人は気まずそうに顔を見合わせ、しかしはっきりと頷いた。

「教育庁の職員が、自分の部屋へ女子生徒を連れ込もうとしてたのを見たので」

「そいつが当時のメンバーかは知らないし、メンバーは殆ど懲戒免職になってる。なんにしろ、馬鹿はいつの時代にもいるからな」

「誰が馬鹿なのよ」

 先程までよりはか弱い声。

 というか、何をやってたんだか。

「ショウは?」

「部屋にいたはずよ。それと、今の話はしないでね」

 私も骨を折られたくはないので、一生黙っていると思う。



「何してるの」

 部屋に入ると、ベッドサイドに腰掛けていた彼は薄いパンフレットを見せてきた。

 表紙に印刷された、軍、国防、官学校の文字。

「入隊するのに試験って必要だよね」

「今の状況だと推薦は無理だから、一般で受ける。一応、合格範囲には入ってるけどな」

 端末を見ると、学内判定と予備校の判定両方で合格範囲内に到達している。

 難易度もそれ程高くはなく、ただ体力検査があると書かれている。

「大学とは違うの?」

「似たような物だろ。給料ももらえるってさ」

「ふーん」

 パンフレットを手に取り、待遇や身分について読んでいく。

 授業形態としては大学と同じだが、随所に体力訓練の文字が書いてある。

 国防、国家、組織という文字も。

「国の礎だって」

「それもどうなんだろう」

 冗談っぽく口元に指を添えるショウ。

 彼の場合は国家のためと言うより、お父さんへの憧れ。

 その背中を追ってという面が強い。


 ちなみに学校があるのは九州。

 会おうと思って会える距離ではなく、またパンフレットには外出禁止と書かれている。

 止めてと言える立場ではないし、彼の軍に対する強い思いも昔から知っている。

 むしろそれを応援してきたのが自分。

 ただその時は、多分何も分かっていなかった。

 彼と離れ離れになるという事を。

 私に止める権利はないし、第一それで取りやめるような人だったら初めから好きにもなっていない。

 それが何の救いにもならないのはともかくとして。


 彼はそうして、明確に進路を定め確実に歩き始めている。

 私もRASレイアン・スピリッツのインストラクターという目標を抱き、そこに向かって歩いているつもりだった。

 体育学部への進学が、まずは一番近い目標。

 ただし今の状況だと、系列校への進学はかなり難しいと考えた方が良い。

 いや。そんな悠長にしてる場合でもない。

 冬なのに、なんか汗が吹き出てきたな。

「ちょ、ちょっと。合格判定は」

 ショウの端末に自分のデータを転送し、名古屋市街とその周辺にある体育学部を検索。

 そこからコーチ学やインストラクターコースのある学部を選び、合格判定を行ってみる。


「なんだ」

 拍子抜けとは、まさにこの事。

 今の成績を維持している限りは、殆どの大学に合格可能。

 ひっかからないのは、名古屋大学くらいだ。 

 とはいえ名大は東海地区の最高学府で、それこそ毎日勉強だけをしていないと受からないような大学。

 それも、中学生くらいから。

 ただしサトミのところには推薦入学の依頼が来ているとも聞いた事があり、彼女の底知れなさを改めて思い知る。

「草薙大学以外も受けるけど、学費が掛かるんだね」

「つくづく、学校に逆らってるのは痛いな」

「いっそ、裏切ろうか」

「それもいいな」 

 二人で明るく笑い、お互いを指差す。

 あくまでも冗談でしかなく、どちらもそういう真似が出来る程の度胸はないと分かった上での話。

 また今更裏切ったところで、学校の覚えがめでたくなるとも思えない。

「みんなは、進学をどうするのかな。サトミは問題ないにしろ」

「木之本は、理系に進むとは言ってたけどな」

「好きそうだもんね」

 理系から生み出される技術や成果は素晴らしいの一言に尽きるが、その意味を理解出来る人は本当に限られている。

 数学が苦手なゆえに生徒から邪険にされる数学教師の悲哀、なんて光景はざらにある。

「停学は大丈夫なの?」

「そんな事言い出したら、ヒカルだって停学の後だろ。大学に行ったのは」

「ああ、そうか」

 なるほどと思い、ただあの時とはケースや状況が違っている。

 あの時はヒカル自身にも非があり、反省をしていた。

 何より、学校と対立しての結果ではない。

「何をやってるんだろうね、私達は」

「夜逃げするか」

 もう一度お互いに笑い、疲れたようにため息を付く。

 逃げた後にどういう気持なるのかは、経験が無くても大体は分かる。

 一生その負い目を背負い、意識し、苛まれると。

 逆にそれを感じなければ、裏切るのも逃げるのも難しくは無いだろう。


「待てよ。あの子が学校に残ってる理由って、木之本君というよりこういう意味もあるって事?」

「可能性としてはあるだろ」

「裏切りを償うために?でもそれが結局、木之本君に迷惑を掛けてるんじゃない」

 ショウに言っても仕方ないし、木之本君もそれは分かった上で彼女を受け止めている。

 つまり私にはどうしようもなく、また誰が悪い訳でもない。

 いや。悪いのは確実にいるんだろうけど。

「困ったね」

「ケイを学校に売るか」

 改めて笑い、紙を広げて計画を練る。

 もしかすると、これはあまり良心が痛まないかも知れないな。



 あくまでも机上の空論。

 お遊びの範囲内であり、実行するつもりはない。

 何よりその辺りの知識や経験に掛けては、彼の方が数段上を行ってるので。

 ただああいうのは、計画を立てる事自体が楽しい。 

 少なくとも私にとっては、実行は二の次だ。

 家にこもるのも飽きたので、みんなを誘って外に出かける。

「またゲーム?」

 眉をひそめ、大音響を発するスピーカーから遠ざかるサトミ。

 彼女の場合はゲームが嫌いというより、負けるのが嫌いなだけ。

 クイズや判断力を問うゲームなら彼女に有利だが、ゲーセンにおいてその手のジャンルは非主流。

 また何より、彼女くらいしかやりたがる人間がいない。

「これ、簡単でしょ」

 柔らかいハンマーをサトミへ渡し、表面にいくつもの穴が空いた筐体を指差す。

 もぐら叩きではなく、猫叩き。

 なんか心が痛まなくも無いが、お母さんだったら喜々としてやりそうだ。

「出てきたら叩くだけだしさ」

「こんな子供だまし。見てなさい」

 上着を脱ぎ捨て、シャツの袖をまくって髪を束ねるサトミ。

 子供だまし相手に、随分気合が入ってるな。

 ハンマーが飛んでくると怖いので、上着を抱えて少し彼女から距離を取る

 やがてゲームが始まり、軽やかなBGMと共に妙にリアルな猫の人形が顔を出してきた。

 それもふてぶてしいというか、愛想がないというか。

 まさかとは思うが、お母さんがデザインに関わってるのではと思うくらい。

「え、えい」

 猫が顔を引っ込めた穴を叩いていくサトミ。 

 大体は予想をしていたし、ただ本人は楽しそうなので放っておく。

 ポイントを見るまでは、とも付け加えておこう。

「え、ええ?」

 筐体の上からではなく、下から顔を覗かせる猫。 

 どうやらそっちは踏みつけるらしいが、彼女が踏んだのはゲーセンのフロア。

 そこにセンサーがあるのか、猫の嫌な笑い声が聞こえてきた。

 どうでもいいけど、妙な悪意を感じるな。

「サトミ。もう終わってるよ」

「まだまだ、これからじゃない」

「ゲームが終わってるの」

 肩で息をしながら、スコア表を見上げるサトミ。

 ポイントはかなり低く、偶然掠めた分が加算された程度。

 それを見てもう一度始めようとするので、ショウに引き剥がしてもらい今度は自分がハンマーを取る。


「木之本君、やる?」

「僕もあまり得意じゃないけど」

「サトミほどじゃないでしょ」

「まあね」

 小声で答え、サトミに怖い顔で睨まれる木之本君。

 彼は冗談っぽく謝り、ハンマーを手の中で何度か握り返した。

「あれ」

「どうかした?」

 彼の視線の先を辿ると、首にマフラーを巻いたもこもこの格好の高畑さんがこちらへと近付いてきていた。

 彼が呼んだ訳はなく、彼女の実家はここからはやや遠い。

「浦田君?」

「俺は今忙しい」

 対戦型のカードゲームに興じるケイ。

 そういう気をまわす子が確かにいたな。


 木之本君がハンマーを彼女に渡した、ところで誰かが小さく声を上げた。

 サトミでもないし、モトちゃんでもない。

 間違っても、ショウ達の声質でもない。

「どうも」 

 愛想は良いが、ぎこちない笑みを浮かべる女。

 細井さんだったか。

 その笑みは私達でも木之本君でもなく、高畑さんへと向けられる。

 高畑さんも儀礼っぽく微笑み、それとなく女と木之本君の間に割って入った。 

 なんか、見ているこっちが汗をかいてきた。

「どういう事よ」

「俺が知るか」

 さすがに彼もこういう事態は想定していなかったらしく、ただ別段困った様子は無いケイ。

 むしろ今この場で一番楽しそうなのは、彼かもしれないな。

「仲良き事は美しき哉と、昔の人も言ってるよ」

「さすが院生。知識豊富ですな」

「はは。性格は陽性ですよ」

 張り詰めた空気の中に響く、馬鹿兄弟の馬鹿笑い。

 大体、ここからどうするってのよ。



 筐体は数台あり、とうとう二人並んでやる事となった。

 それもどうかとは思うんだけど、あのまま立ち去るのも不自然だし私達も邪険にする事は出来ない。

 対決というムードは、いかんともしがたいが。

「罰ゲームでも決める?」

 おざなりに、笑いながら話すモトちゃん。

 二人も全く話は聞いていなく、穴の位置と手の伸ばし方を入念に確認してなにやら呟いている。

「だったら、勝った人はケイ君から賞金が出るって事で」

「おい」

 しかしそんなやり取りも耳に入らないのか、二人の視線は筐体から離れる事はない。

「じゃ、始め」

 ボタンを押して、ゲームをスタートさせるモトちゃん。

 対戦プレイなので、猫の出方は両者共通。

 だからこそ熱く、燃え上がる。

 また両者の妨害を防ぐよう、筐体はお互いの手が届かないくらいの距離。

 その気になればどうとでも出来るが、今の二人にそういう余裕はなさそうだ。

 序盤は二人ともいいペース。

 サトミのように、猫が引っ込んだ後を叩くなんて事ばかりには絶対ならない。

 心情的には圧倒的に高畑さんだが、言ってしまえばゲーム。

 二人とも楽しめばそれで良いとも思う。

 徐々に猫の出るペースが速くなり、また出る場所が大きく左右に分かれだす。 

 その分動く量が増え、また全体に意識を配る必要も出てくる。

 こういう時にたかがゲームと言う人もいる。

 ただそのたかがゲームに真剣になる事こそ、最高に熱く面白い。


 そろそろ終盤のようだが、ポイントを見る限りほぼ互角。

 お互い圧倒的に上手いという訳でも下手という訳でもなく、ただその気迫だけは周囲のプレーヤーを圧倒している。

 いつの間にかギャラリーも集まってはいるが、近寄りがたいものを感じるのかかなり遠巻き。

 そのくらい二人は熱く、激しく戦っている。

 しかしここまで必死になってる姿を見ると、二人とも木之本君の事なんて忘れてるんじゃないだろうな。



「なー」

 間抜けな猫の鳴き声がして、ゲーム終了。

 チープなドラムロールが鳴り響き、スコアボードに最終結果が発表される。

「はは」

 わずかの差だが、結果は高畑さんの勝利。

 女の方は両膝に手を付いて息をしていて、今にも倒れそうなくらい。 

 高畑さんも息は上がっているが、まだまだこれからといった様子。

 悲しいかな、この年でも若さが物を言ったらしい。

「……なんだよ」

「賞金」

 にこりと笑って両手を差し出す高畑さん。 

 ケイは舌を鳴らし、ポケットから小銭を数枚取り出した。

「悪いが、これが俺の全財産だ。冗談抜きで、逆さに振っても何も出ないぞ」

「苦労、してるんですね」

「じゃあ、返してくれ」

「絶対いや」

 屈託無く笑い、ケイとじゃれあう高畑さん。

 女の方はようやく回復してきたのか、乱れた髪をかき上げて何か言いたげに高畑さんの様子を眺めている。

「あの子は」

「木之本君の彼女」

 唐突に、はっきりと言ってのけるモトちゃん。

 それには女だけではなく、私達が一斉に声を上げる。

「あ、あの。元野さん」

「という事でも良いんじゃないの」

「あのね」

「冗談よ、冗談。とりあえず、ステディな関係って事にしておいて」

 それと彼女とどう違うのかは知らないが、親しい男女というのは間違いない。

 女もそれを分かった上で、尋ねたんだろうし。

「そう。そうなの」

 先日見たのと同じ、寂しげで切ない表情。

 彼女は木之本君に軽く頭を下げ、肩を落としてゲームセンターを出て行った。


「彼女は無いんじゃなくて」

 苦笑気味にモトちゃんへ話しかけるサトミ。

 モトちゃんは大げさに肩をすくめ、なんとも困った顔をしている木之本君へ視線を向けた。

「どう思う?」

「僕に言われてもね」

「あら。こういう時も、口は固いのね」

「もういいよ」



 確かにそうストレートに言われてしまうと、さすがに恥ずかしい物があるだろう。

「全く、ねえ」

 何が全くか知らないが、ハンマーを手に取り筐体と向き合う。

 お遊びはここまで。

 今からは、少し本気になってもらおう。

「やるのか?」

「リベンジよ、リベンジ。私達がこの程度と思われたら困るでしょ」

「確かに、猫に舐められてもな」

 隣へ立ったショウへもハンマーを渡し、お互いの立ち位置を確認する。

 今度は対戦ではなく、協力プレイ。

 ハンマー同士はコードでつながっていて、一定の距離から離れられない仕組み。

 また変に動くと相手にぶつかるという、非常にカップル向きな面もある。

 ただ、そんな安っぽい事を私達は望んでない。

「上は俺で下はユウな」

 リーチを考えれば当然で、ただそれはあくまでも目安。

 その領域が絶対という訳ではない。

「では、と」

 ボタンを押して、ゲームスタート。

 猫の耳が見えた途端、ショウのハンマーがヒットする。

 人によってはフライングにも見えているだろうが、このくらいは序の口だ。

「っと」

 今とは対角の、右下に出てくる猫。

 右利きの人間にとってはやや叩きにくい位置で、急に難易度が上がったな。

「このこの」

 お母さんの敵とばかり、素早く猫を退治する。

 無論その間に出てくる猫の位置を確かめ、ショウの行動を妨げないようにして。

 微妙に立ち居地を変化させ、かつお互いが叩けなかった部分をすぐにフォロー。

 言葉であれこれ伝え合う余裕はなく、あくまでも自然な流れに身を任せる。

 彼がどう動くか、どう判断するか、どこで私に委ねてくるか。

 それらを頭で考えるのではなく、体が分かっている。

 多分ショウもそう思っていてくれるからこそ、お互いの動きはよりスムーズになっていく。



 猫の野望は完全に打ち砕かれ、景品までもらえる事となった。

 店員さんが猫グッズがどうとか言っていたが、それはお母さんに悪いので変えてもらう。

「人間、猫に負ける訳にはいかないのよ」

「悪かったわね」

 憮然とした表情で顔を背けるサトミ。

 そういえばいたな、猫に負けた人が。

「高畑さん、帰りは良いの?」

「私も、子供ではないので」

 少しだけ胸をそらし、力強く微笑む高畑さん。

 彼女も今年からは高校生。

 確かに、そろそろ自分の足で歩き出す時期だろう。

 私は、今でも人にすがって生きているが。

「それでは、失礼します」

「駅まで送るわよ」




 入場券を買い、名鉄のホームへとやってくる。

 ホームに滑り込んでくる真っ赤な電車。

 冷静に考えると、結構派手だよな。

「特急に乗る?」

「ええ。  

 ちなみにこれは各駅停車で、知多半島を縦断はするが時間が掛かる。

 それはそれで面白いと思うが、多分3駅くらいで飽きるだろうな。

 次に滑り込んできたのは快速。

 こう考えると、家に帰るだけで一苦労だ。

「全然来ないね」

「田舎はこんなものです」

 なんか、すごい事を言ってきた。

 ただし彼女が言っている事もあながち間違いではなく、名古屋に比べれば知多半島はかなりの郊外。

 私達とは多少時間の感覚や意識も違うかもしれない。

 待つ事しばし。ようやく特急の、やはり真っ赤な電車がホームへ滑り込んできた。

 彼女は一礼してそれに乗り込み、とことこ駆けて窓際まで回りこんできた。

 言葉は届かないが、そこでもう一度頭を下げてくる彼女。 

 私達も手を振り、その気持に精一杯伝える。

 言葉が伝わらなくたって、気持を伝える手段はどれだけでもある。

「両手を振らないで」

 同時に言ってくるサトミとモトちゃん。

 それに構わず手を振る、私とヒカル。

 今日は、仲間がいてくれて助かった。



 ゆっくりと動き出す電車。

 それに合わせて私も歩く。

 やがて電車は一気に加速を早め、窓越しに見えていた高畑さんの姿も掻き消える。 

 一瞬競争しようかと思ったが、背後からすごい視線を感じたのでそれは止めた。

 私もホームで走らないくらいの分別はある。

 多分。


「私達も帰るわよ。……ん、どうかした?」

 小首を傾げるモトちゃんの腕を引き、ホームの中央にある立ち食い蕎麦屋へ彼女を放り込む。

 サトミはショウが放り込む。

 何か鈍い音がしたけど、それはこの際気にしない。

 反対側のホームに見える、コート姿のスキンヘッド。

 コートの下に見えたのは、間違いなく銃口。

 ゴム弾か。それともスタンガンか。

 距離があるので大丈夫だとは思うが、何をやるのかは分からない相手。 

 そちらに意識を向けさせておいて別働隊が動くという可能性もあるため、すぐに立ち食い蕎麦屋へ取って返す。


「早く閉めてくれ」

 月見そばを食べながら、のんきな事を言ってくるケイ。 

 そばはショウへ渡し、すぐに片付けさせてからサトミ達を伴って外へ出る。

 彼がここにいたのはそばを食べるためではなく、店内に仲間がいる可能性を考えてだろう。 

 そばを食べていた理由まではしらないが。

「高畑さんは大丈夫なの?」

「車掌に彼女を意識するようには言ってある。駅まで親が迎えに来るそうだし、俺達より安全だ」

 その言葉を聞いて、ようやく緊張が少し緩む。

 それより、何も頼まないのに狭い立ち食いそば屋さんを占拠してるのはかなり問題だな。

 というか、店員の怯えた顔からして私達が相当不審がられてないか。



 サトミとモトちゃんを囲み、周囲を警戒しつつ駅を出る。

 駅前のロータリーは大勢の人でごった返していて、人の目が多い分危険は少ない。

 そういう油断を付いてくる可能性も無くは無いが。

「デモンストレーションだな、多分。いつでも狙えるぞって。いくらゴム弾でも、駅で発砲すれば鉄道警察がやってくる」

「随分陰険じゃない」

「今更、何を」

 そう呟き、鼻を鳴らすケイ。

 彼の視線の先にいたのは、赤いバンダナを巻いた集団。

 ブルゾンの胸元には「ディフェンスライン」の文字が見える。

 若者の集まる繁華街なので、彼らがいるのも当然といえば当然か。

「あれは大丈夫なの?」

「前回の件で組織の改革が図られたらしいけど。それはあくまでも、この地域での話。上部団体は結局恩着せがましいとの噂よ」

「ああ、そうか。ここはあくまでも、支部なんだね」

「そう思うと、峰山さんはどうやって支部長に収まったのかしら。あの人も、相当に謎ね」

 薄く笑い、コートの前を押さえるサトミ。 

 ロータリーに座り込んで集まっている若者も大勢いるが、これだけ風の吹きすさぶ中で良く平気でいられるな。


「こんにちは」 

 愛想良く話しかけてくる、ディフェンス・ラインの女の子。 

 確か今の責任者か支部長だったはずで、高畑さんがさらわれた時はお世話にもなった。

 彼女自身に嫌な雰囲気は無く、多少生真面目かなと思うくらい。

 規則だけを絶対とするタイプでもなさそうだ。

「マフィアを壊滅させたとも聞いてますが」

「何、それ」 

 一応すっとぼけ、下の方で小さく手を振る。

 阿川君じゃあるまいし、こんな事が街の噂にでもなったら大変だ。

 今でも彼女の周りにいる子が、虎か狼に出会ったような顔でこちらを見てるし。

「どちらにしろ、ドラッグの取引や目撃情報は激減しています。皆無とまでは行きませんけどね」

「ふーん。一つ聞くけどさ。その格好で大丈夫なの?ナイフとか、スタンガンに対して」

「服は全て絶縁体で、上着はプロテクターも兼ねています」

 一見するとただのブルゾンやジーンズ。 

 しかし今の話を聞く限り、かなりの予算がある様子。

 なんか、泣けてきたな。

「そのお金はどこから出てる訳?」

「ユウ」

「構いませんよ。一応協力費という名目で警察や自治体から支給されてます。また商店街からも寄付という形で一部頂いています」

 今の私達と似たような話。

 額や意図はかなり違うとは思うけど。

「言っておくけど、一般の生徒から寄付金なんてもらえないわよ」

「分かってる。あーあ、貧しいって悲しいな」

「よろしければ、お仕事を斡旋しましょうか。簡単な警備ならいくつかありますが」 

 一瞬顔を見合わせる私達。 

 好意は嬉しいし、彼らも変わりつつあるのは分かっている。 

 ただ少しの引っ掛かりがあるし、何よりバイトをしている時間があるかどうか。

 いや。こうして遊ぶ時間はあるけどね。




 月曜の朝は、なんとなくブルーな気分になってくる。

 楽しかった休みが終わり、今日からは再び学校。

 嫌だとかそういう事ではないんだけど、それほど溌剌とした気分にはなれない。

 大体ブルーな気分は日曜の夕方くらいから始まっていて、その時間帯に始まる番組を見ると嫌でも明日が月曜日だと思い知らされる。

 それは私だけではなく、学生や社会人に共通した感覚らしい。

 眠さを堪えながら正門に辿り着くと、ビラをまいている集団と出くわした。 

 制服を進めるグループよりも人数は多いくらいで、ただ報道部とも少し違う感じ。

「どうぞ。面白いですよ」 

 なんとも下品な笑顔と共に差し出される小さなビラ。

 かなりのセンセーショナルな見出しで、「旧連合幹部・中学生と親密な交際?」とある。

 名前はイニシャルでK。

 先日停学になったばかりだが、懲りずに中学生と遊びほうけているという内容。


 これが誰を指しているのかは言うまでも無い。

 誤解とか笑い飛ばすという域はすでに越え、黙ってスティックを抜いて息を整える。

 自然と私の回りからは人が減り、話し声さえ聞こえなくなる。

 集中して聞こえないのではなく、全員が口をつぐんだからだ。

「このビラを配ってる人は集まって」

「え」

「ここは学外なので、何を配ろうと」


 スティックを振って、馬鹿げた言い訳をした男の手からビラを叩き落す。

 勢いがありすぎて半分くらい切り裂けたが、顔が裂けなかっただけましと思ってもらいたい。

「もう一度言う。集まって」

 血相を変え、我先にと集まってくるビラをまいていた集団。

 逃げ出そう素振りでも見せようものなら、背中にスティックを浴びてもらう。

「人数を確認して。それと配ったビラの枚数も」

「え」

「二度も三度も言いたくないの」

「い、今すぐ」 

 即座に点呼が始まり、各自の持っていたビラが一箇所へ集められる。

 人数は20人。

 正確ではないが、ビラは200枚程度配ったとの事。

「傭兵?それとも、最近転入してきたの?」

「て、転入してきました」

「可能な限り、ビラを回収してきて。それと、絶対に触れて回らない事」

「ど、どうやって集めるんですか」

「二度も三度も言わないって言わなかった?私は2年の雪野優。人に聞けば分かるから、ここの責任者が報告に来て。逃げても良いけど、その時はこっちにも覚悟があるから」

「い、今すぐ」

 脱兎のごとく駆け出す集団。

 私はビラを手の中で丸め、スティックを振って塀に叩き付けた。

 角がはじけ飛んで辺りに破片が飛び散り、どこからか悲鳴が上がる。 

 怪我ではなく、今の行為にただ驚いただけらしい。


「何してるの」

 そんな私に対して、怯える様子も無く話しかけてくるサトミ。

 手の中に丸めていたビラを彼女に渡し、スティックで地面を付く。

 アスファルトが削れていくが、だからどうしたという話だ。

「安っぽい中傷ね。こんなの全然意味無いわよ」

「意味は無くても、配られてる」

「署名は無し、か。それで配ってた子達は?」

「回収してる」

「随分木之本君も見込まれたわね。ただ彼がこれで動じるとも思えないし、性格を知ってる子なら信じもしないわよ。高畑さんの事を知ってる人も大勢いるし」

「そうだけどね」

 理屈とかそういうのは、はっきり言えばどうでも良い。

 今は彼の名誉と、自分の感情。

 それだけを優先したい気分だから。

「でも、ここまでやるのなら多分もう一度仕掛けてくるわね」

「やってもらおうじゃないのよ」

 アスファルトを激しく叩き、それでも収まらずに塀を叩く。

 なんかもう、朝から最悪の気分だな。

「あなた、そういう形で学校と対立したいの?」

「違うけどさ。大人しくもしてられないのよ」

 しかしさすがにこれらの行動は問題だったのか、怯えた顔の警備員がそれとなく止めるように言ってきた。

 私も彼等に襲いかからないくらいの分別はあり、不承不承頷いてスティックを背中に戻す。

 壊れた塀や、穴の開いたアスファルトはもう知らない。



「とにかく、もう許さない。何があろうと、誰が何を言おうと絶対に」

「分かったから、静かにして」 

 嫌そうな顔をして私から距離を置くサトミ。

 冷たい子だなと思ったら、後ろをスーツ姿の男女が通り過ぎていった。

 よく考えれば、ここは学校の正門前。

 見ず知らずの人が普通に通る場所だ。

「恥掻いた」

「それは私の台詞よ。場合によっては、これを元に追求してくるかも知れないわね」

「ああ?」

 もう一度スティックを取り出すが、叩く場所が無い。 

 それに余計苛立って、スタンガンを作動させて火花を上げる。

 とにかく、何かで発散しないと気が済まない。

「ユウ、せめて敷地内に入って。そこだと、警察に通報されるわよ」

 逆に学内なら何をやっても良いのかなと思いつつ、スティックを背負って正門をくぐる。

 制服を勧めてくるなんて事は一切無く、誰もが自分を避けていく。

 初めから、こうしておけば良かったのかな。

 何が良いのかは知らないけどさ。


「考えられるのは、集会を開いて彼を追求するパターンね。そこで木之本君を追い込んで、再び退学。良いデモンストレーションよ」

「その時は、私にも考えがある」

「それが実行されないように祈ってるわ。木之本君に理はあるから問題はないけど、あの子の性格が問題かも知れない」

「また誰かをかばうって事?」

 改めて停学処分を受ける事になってまで、人をかばうような真似をするだろうか。

 彼なら、間違いなくするだろうな。

「大体前の件はどうなってるの。あの女をかばって停学した時の話は」

「どういう事実があれ、彼が何も言わない以上結論は覆らないわ」

 諦めたように首を振るサトミ。

 人をかばうのは確かに美徳ではあるが、自分が不幸になっては意味がない。

 ただ彼は、自分の幸福よりも他人の幸福を願い優先する人。

 そこにつけ込まれていると分かっていながら、彼は自分を曲げはしない。



 彼自身がそうなら、周りが助ければいい。

 私にその力がないとしても、及ばないとしても。

 彼を守るために、出来る限りの事はする。

 あの優しさ。あの暖かさが無駄とは言わせないためにも。













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