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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第31話
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31-3






     31-3




 それからも、何かにつけて女の子は木之本君に付きまとっているらしい。

 らしいというのは、私達の前には殆ど姿を現さないので確認が出来ないから。

 この学校の生徒。

 同級生なのは判明した。

 細井という名前も。

 それ以外は不明。

 本当に、木之本君へ好意を抱いているだけなら問題は無い。

 でも、そう思っているのは誰もいない。


「しかし、どうするの」

「どうもこうも無いわよ」

 耳元の髪をかき上げるサトミ。 

 その髪が私の鼻先を過ぎて、コンディショナーの香りが辺りに漂う。

 でもって、頭の上から垂れ下がってきた。

「狭いんだけど」

「確かにね」

 私達がいるのは、G棟の生徒会ガーディアンズオフィス内にある一室。

 連合が解体されて居場所が無くなり、旧クラブハウスの使用も出来なくなった。

 そのためつてを頼ってここを借りてはいるが、人数に対して部屋が狭すぎる。

 文句を言える立場ではないらしいけど、少々度が過ぎてるんじゃないのかな。

 というか、人数分の椅子すら無いのよ。

「もう帰ろう。ここにいても仕方ないだろ」

 床に敷かれた新聞紙の上に座っていたケイが、腕時計を指差しながらそう言ってくる。

 授業後ずっとここにいて、誰からの連絡も無い。

 具体的な用事も予定も無い。

 ただ時だけが過ぎて行き、誰かのため息が重なっていくだけで。


「モトちゃん、どうする」

「そうね。確かに、残ってても仕方ないといえば仕方ないんだけど」

「何かあるの」

「帰ったら、ますます私達の立場は危うくなるじゃない」

 今はガーディアンではなく、オフィスも無い。

 このように誰かから頼りにされる事も無く、やる事と言えばため息を付くばかり。

 このまま私達がフェイドアウト、誰も気付きはしないだろう。

「まあ、ね。でも、ここにいてもさ」

 この部屋は、オフィスの奥に位置している。

 つまり外部の人間が気付かない場所であり、一般の生徒達も当然それに気付かない。

「空いているオフィスを借りれるよう交渉はしてるけど、学校や執行委員会の目も厳しくて」

「勝手に借りれないの?」

「拘束されるのがオチね。本当、前途多難よ」

 机の上に伏せるモトちゃん。

 しかし机自体が狭いので、休む事もままならずすぐに体を引き起こす。


「確かに、これは問題か」

「どうする?」

「どうしようもないわね。それより、木之本君は」

「女と遊びほうけてるんだろ。へへ」

 モトちゃんの質問に答えるケイ。

 で、最後の「へへ」ってなんだ。

「そっちはそっちで問題か。大丈夫?」

「彼を信用するしかないわ」

 やや素っ気無く答え、雑誌のページをめくるサトミ。

 冷たい態度ではあるが、実際他人がとやかく口を挟める事でもない。

 また今は何も問題が起きていない以上、余計に。



 室内の空気が重くなっていたところに、騒がしい音が外から聞こえてきた。

 ケンカや暴れてるという雰囲気ではなく、何かを動かしているという感じ。

 それが徐々に近付いてきて、やがてドアの前で音が止まる。

「よいしょ」

 掛け声と共に入ってくる大きなぬいぐるみ。

 でもって、それを運び込むショウと御剣君。

 サイズとしては彼らと同じくらい。

 しかし、ヤギってなんだ。

「何よ、これ」

「邪魔だから、ここにしまっとけって」

 ポケットから受け取りの書類を出してくるショウ。

 聞きたい事とは違ったが、何を聞きたかったかは私も良くは分かってない。

「叩きたいですね」

 手を伸ばしかけた御剣君を一斉に睨む私達。

 この狭い部屋でぬいぐるみを叩いたらどうなるか。

 埃が待って、その狭い部屋にすらいられなくなる。

「あ、駄目ですか」

「一生駄目。そっちで反省してて」

 無慈悲に言い放ち、床に座っているケイの横を指定する御剣君。

 彼が良い事を言っても席はあそこだったはずなんだけど、それは当分黙っておこう。

「で、これはどこからやってきたの?」

「郵便局のキャンペーンで使ってたのを、生徒会が譲ってもらったらしい」

「何のために」

「何かに使うんだろ」

 だから、その何かを聞いてるんじゃない。

 しかし簡単に請合うというか、運ぶ事まで手伝うんだから困ったものだ。

 それが彼の良いところなんだけどね。

「郵便局と言えば、確かにヤギだけどさ」

「悪魔も山羊だろ」

 ぼそっと呟く男を睨みつけ、そのままヤギへ視線を向ける。

 このヤギはかなりディフォルメがされていて、そういうおどろおどろしさは感じない。

 とはいえ私よりは圧倒的に大きくて、この部屋で二人きりになりたいとも思わない。

「ますます狭くなったわね」

 冷静に告げ、雑誌をめくるサトミ。

 あくまでも、自分のペースは崩さないつもりらしい。

 私もそうしたいところだが、今はヤギが呼んでいる。

 本当に呼ばれたら困るけどさ。



 手触りはかなり良い。

 これってヤギではないにしろ、本物の毛を使ってるからだと思う。

 顔は愛嬌があって、人の良いおじいさんといった雰囲気。

 さっきまでは気付かなかったが、足元には郵便局のマークが入った赤い肩掛けかばんも置いてある。

「ご苦労様」

 このヤギは多分もう自分の使命を終えて、後は余生を過ごすだけ。

 もしかしてこの学校に引き取られなかったら、捨てられていたかもしれない。

 初めは邪魔だなと思ったけど、でも今は違う。

 せっかくここに来た以上は、残る余生を精一杯楽しんで欲しい。

「あなた、それに情を移してるじゃないでしょうね」

 雑誌のページをめくる音と共に届く、サトミの指摘。

 どうにも鋭いな。

「見てると結構可愛いよ。でも、なんに使うのかな」

「バザーで売るつもりじゃないのか」

「転売?第一、売れる?」

「少なくとも、目は引くだろ」

 引くどころの話じゃない。

 この周りに磁場でも発生してるのではと思う程の存在感で、また室内の狭さとヤギの大きさで嫌でも視界に入ってくる。

 またこれが大きなホールだとしても、そばを通れば絶対に足を止めたくなる。

 ただ可愛い部類には属するだろうし、子供に受けるのは間違いない。

 側にいるとかなりの圧迫感というか、威圧感は感じるにしろ。

「動かないよね」

「仕掛けがあるとは聞いてないけどな」

 ヤギの隣に並び、背の高さを競うショウ。

 ショウの方が高いようだが、角の分負けている。

「動かないよね」

「大丈夫だって」

 無造作に、ヤギの腕を掴むショウ。

 痛いとわめく事はないし、メーとも鳴かない。

 こっちを睨む事も無い。

 気にしすぎだ。

「それで、いつまで預かってるの」

「さあな」

「邪魔だよ、結構」

「仕方ないさ」

 達観してるな、この人は。

 それとも、あきらめの境地に入ったかだ。

「重い?」

「いや。サイズが大きかったから二人で運んだ。俺一人でも、持ち上げるのは出来る」

 そうかな。

 ヤギの胴に腕を回し、腰を落として軽く力を込めている。 

 持ち上がるどころか、胴に腕が回らない。

「欠陥品じゃない、これ」

「意味が分からん。それに、ぬいぐるみだぞ」

「まあね」

 負け惜しみついでにお腹を突き、その肌触りに頬を緩める。

 本当この触感は癖になるというか、本物を触っているみたい。

 いや。まさかね。


「生きてないよね」

「ぬいぐるみだって言ってるだろ。大体、ヤギが立つか」 

 ヤギの太い足を指差すショウ。

 ディフォルメされた大きなひずめが床を踏みしめ、腕は肩から下がっている。

 つまりは、前足が。

「そうだよね、まさかね」

 どうも疑り深くなり過ぎている。

 所詮ヤギ。

 じゃなくて、ぬいぐるみ。 

 動く訳はないし、動いてもらっても困る。

「シーツか何か被せた方が良くない?。ほら、埃被るし」

「後で探してくる。なんか、そういうのもあったような気がする」

「お願い」 

 埃はこの際どうでも良く、これと向き合ってるのが少し不安になってきた。

 怖い顔立ちではないけど、ぬいぐるみや人形はどうも苦手だな。


「うわっ」

 そう思った途端、ヤギの上体が揺れて真直ぐ私の方へと倒れこんできた。

 慌てて逃げるも時遅し。

 どっかりと、背中に覆いかぶさってきた。

「お、襲われた」

「倒れただけだろ」

 軽々とヤギを抱え起こすショウ。

 顔は笑ってるし、今から歩き出す様子も特には無い。

 でも倒れてきたのは間違いなく、それも私に向かって倒れてきた。

「捨ててきて」

「預かり物だから、そうもいかないだろ」

「襲って来るんだよ」

「大丈夫か」

 かなり真顔で尋ねられた。

 大丈夫じゃないのは分かってるが、これはもう私にとっては敵以外の何者でもない。

「人間が、ヤギに負ける訳にはいかないのよ」

「勝ち負けは関係ないだろ」

「ヤギと私と、どっちが」



 ゆっくりと開くドア。 

 そこから遠慮気味に顔を覗かせ、気まずそうに微笑む沙紀ちゃん。

 多分痴話喧嘩でも、もう少し愛想良く笑ってくれるだろうな。

「ヤギが、どうかしたの」

「襲って来る」

 ドアの脇に立っていたヤギを振り返り、慌てて後ずさる沙紀ちゃん。

 とうとう、人の背後を取るようになったか。

「それで、どうかした?」

 こっちは先ほどから至って落ち着いているサトミ。 

 沙紀ちゃんはヤギを大きく迂回して、私達のところへとやってくる。

「お客様が来てるわよ」

「私達に?まさか」

「いや。ここに来るほどの度胸は無いだろ」 

 何も言っていない時点で答えてくるケイ。 

 つまり、私が例の女の子を思い浮かべてると理解した上で。

「どうかしたの?」

「いや、こっちの話。どんな人?」

「高畑さん」 

 その名前を聞いて、若干拍子抜けをする。

 したところで、すぐにそれはそれで問題だと気付く。 

 今の木之本君は、あの女にまとわりつかれている。

 私達の中で、高畑さんと一番仲が良いのは木之本君。

 これはかなりの問題だろう。

「こんにちは」

 少し唸っている間に、ドアの狭い隙間から高畑さんが入ってきた。

 相変わらず華奢で可愛いと言いたいが、前より少し背が伸びたような気がしないでもないな。

「今日は、どうかしたの」

「高校の、見学です」

 大きなリュックと、手にはパンフレット。 

 そういえば、そういうオリエンテーションもあったかな。

「一人で来たの?」

「いえ。永理さんと」

「ああ、ケイの妹。一緒に来てる?」

「はい」


 私達も狭い部屋を抜け出し、沙紀ちゃんのオフィスで一息付く。

 言ってみれば今はここに居候している状態で、全ては沙紀ちゃんへおんぶにだっこ。

 彼女には学校や生徒会からの圧力もあるだろうが、その辺は笑って答えてくれない。

「あれは」

 受付のところで、ガーディアン達と盛り上がっている永理ちゃん。 

 ケイとは違い人当たりが良く、笑顔を絶やさないタイプ。

 ただその周りにいるのは高校生だけではなく、どこかで見た女の子も混じっている。

「あの子達って、あの時」

 以前中等部へ行った時に出会った、高畑さんをいじめていた子達。 

 その後は仲良くなったような話は聞いていたが、一緒に来る程とは思わなかった。

「ガーディアンをやってたんだね、まだ」

「真面目ですよ。お菓子くれますし」

「ふーん」

 お菓子はともかく、今でも続けているという点には感心した。

 私のところにお菓子を持ってくれば、もっと感心するだろう。

「木之本さんは、いないんですか?」

 当然出てくる質問。

「すぐ戻ると思うよ。それとも、探しに行く?」

「それには、及びません」 

 何か、すごい言い方をしてきたな。

 とはいえここにいてもやる事はなく、何より今は一つ用を済ませたい。

「あのヤギ、誰からもらってきたの」

「運営企画局」

 行き先決定。

 ついでにお菓子ももらってこよう。




 高畑さんとショウ。御剣君と一緒に運営企画局へとやってくる。

 引き取ってもらえなかった時は間抜けなので、さすがにヤギは伴わない。

「小洒落たところだな」

 受付には花が飾られ、壁の色は暖色系。

 微かにだが、今日は音楽も流れている。

 受付の女の子は紺のスーツ姿で、目にも楽しいと来た日には彼がそう漏らすのも無理は無い。

「それだけ予算があるって事じゃないの。済みません、ヤギ。じゃなくて、天満さんは」

「いらっしゃいますよ。今、お呼びしますね」

 すぐに連絡を取ってくれる受付嬢。

 多分私の事を覚えている人で、天満さんの性格も分かってるんだろう。

 普通の生徒会なら、局長を呼びつけるなんて事はありえないし。

「お菓子、食べる?」

「いただきます」

 にこりと笑い、飴をもらう高畑さん。

 子供は何かと得なようだ。

「雪野さんは?」

「いただきます」 

 本当、子供でよかったな。

 良かったのか?


 ミント系の飴をじっと眺めていると、蛇のぬいぐるみを担いだ天満さんがやってきた。 

 ちょっと汗が出てくるな。

「ん、今日は何」

「その。ヤギが襲ってくるんですけど」

「ヤギって草食でしょ。それに、この学校にヤギなんていた?」

「ぬいぐるみです。あのやたらと大きい」

「そっちのヤギ。襲ってくるのは知らないんだけど、こっちの倉庫が一杯らしいのよね」

 だからこちらへ回ってきたという訳か。

 しかし受付だけでも私達の部屋の何倍もあり、スペースとしてはどれだけもある。

 多分倉庫も同じ事。

 パンが無いならケーキを食べれば良いじゃない、といった所かな。

 いや。分かんないけど。

「色々事情があって、私達の所も狭いんです」

「そう。だったら、戻しても良いわよ。蛇いる?」

 鼻先で振られる、明るい緑色の蛇。 

 赤い舌をちょろっと出して、これも可愛いといえば可愛い顔立ち。

 ただ、持って帰りたいとも思わない。

「それで、こっちの小さい子は?」

「高畑、風です。中等部3年、です」

「ご丁寧にどうも。天満嶺奈。一応ここの責任者よ」

「偉いんですね」

 拍手する高畑さん。

 それがどう作用したのか、天満さんは頬を赤く染めるとポケットからお菓子やらチケットを取り出し全部彼女へ押し付けた。

「上げる」

「どうもです」

 変に遠慮するより、こうして素直に受け取る方が可愛いというもの。

 とはいえ放っておくと、この辺にあるもの全部を渡しかねないな。

「天満さん、その辺で」

「そう?やっぱり、この蛇を」

「いりませんから。……あれ」

  受付の奥にある、事務作業用のスペース。

 そこでダンボールにラベルを貼ってる木之本君。

 傍らには、あの女の子も一緒にしてその作業を手伝っている。

 一見すれば、仲の良い親しい男女に見えなくも無い。


「いましたね」

 普段通りのトーンと口調。

 特にこれといった変化も見せず、そう呟く高畑さん。 

 怒るとか悲しむとか、何らかの反応があると思っていただけにすごし意外ではある。

「ごめん。今人手が足りなくて、手伝ってもらってるの。お礼はちゃんとするから」

「はあ」

「で、誰あの子」

 にやけた顔をして尋ねてくる天満さん。

 木之本君がここへ来る事は良くあるが、多分女の子を連れてくるのは稀なのか初めてなんだろう。

「私もちょっと」

「ふーん。なんにしろ、楽しそうで良いわね」 

 天満さんの適当な呟きにも、高畑さんは反応しない。

 ただ木之本君の所へ行かないという点で、多少引っ掛かりが無くも無いが。

「じゃ、私達の用は済んだので。失礼しますね」

「そう。困ってるのなら、その辺にある物を少しくらい持っていっても良いのよ」



 甘い誘惑と罠。

 いや。罠ではないが、運び手がいたものだから欲張った。

「これは」 

 雑誌のページをめくりながら尋ねるサトミ。

 視線は壁際に積まれたダンボールと紙袋へと向けられる。

「くれるって言うからさ。向こうでも処分に困ってたんだって」

「狭いんじゃなかったの」

「狭いながらも楽しい我が家じゃない」

「住んでどうするの」

 それもそうだ。 

 ただ、私も何を持ってきたのかはいまいち分かって無い。

 天満さんのチョイスも含まれているので、これは油断禁物だな。

「開けてみる?」

「そうね」 

 ようやく雑誌を閉じ、壁際の紙袋を一つ手に取るサトミ。

 しかし意外に重かったらしく、微かに眉がひそめられる。

「卓上端末。良いだろ」

 にこりと笑うショウ。

 悪くは無いけど、随分高価な物をもらってきたな。

「確かに便利は便利ね。自分のよりも、やっぱりここ専用の機体も欲しいから」

「じゃあ、それはサトミ達が使って。次いこう、次」

 手を叩き、壁際にいるショウ達を促す。 

 サトミはすでに端末を操っていて、こっちへの関心を無くした様子。

 私一人のためのオンステージだ。

「バナナチップか。却下」

 嫌いではないが、今はそういう気分でもない。

 次は、カメラ。

「また、高そうなものを」

「展示品で、型古らしい」

「サトミ」

「木之本君にでも渡して」

 確かに彼が好きそうなアイテムではある。

「次は、文房具セットか。なんか、景気が悪いね」

「何を求めてるんだ」

 それが分かれば苦労はしない。

 しかし内容としては、ケイの福袋と似たようなもの。

 あれよりは数段高級だけど、いまいち盛り上がるものが無い。


「絵本だって。なんだ、これ」

「昔読んだかな」

 これといった感想を漏らさない二人。

 絵本で盛り上がる二人という絵も、あまり想像出来ないし。

「はらぺこぺこり?」

「タイトルはそうなってる」

「はは、やった」

「私も、好きですよ」

 ポツリと漏らす高畑さん。

 私の周りに愛好家はいないと思っていたが、そんな事は無い。

 お互い手を差し出し、その手をしっかり握り合う。

「子供か」

「絵本、楽しいじゃない」

「分からない人には、分からないんです」

 鼻で笑い、ケイに消しゴムをぶつける高畑さん。

 でもって近くにあったお菓子を投げて、最後に彼を叩き出した。

 この頃になるともう顔は笑っていなく、かなり思いつめた様子。

 ただ、絵本の事でここまでむきになるとも思えない。

「落ち着けよ」 

 それとなく高畑さんから距離を置き、しかしそれ以上は何もしないケイ。 

 高畑さんも肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返すだけで、ケイの事など意識にも無いという顔で床へ視線を落としている。

「どういう事?」

「感情のコントロールが上手くいかなかったんでしょ」

 端末の画面から目を離さず、そう告げるサトミ。

 精神的に未発達な部分の影響が、こういう形でも現れているという訳か。

 ただ私達に対してはごく普通で、今の今までこれといった変化も無かった。

「急じゃない、随分」

「突然なのは珍しくないんだけれど。それと感情が流れる相手は、自然と限られてくるから」

「ケイがそれだって事?」

「今見ている限りはね。心的距離が近い分、怒りの感情を表現しやすいのよ」 

 怒られて近いも何も無いとは思うが、少なくともケイは高畑さんに危害を加えるような真似はしない。

 やや過保護に過ぎる私達とも一線を画し、時には冷たく突き放す場合もある。 

 それでもサトミの言うように、多分木之本君とは違う形で彼女とは一番仲が良い。

「どうして、木之本君には怒らないの?原因は、さっきの女の子でしょ」

「まあ、ね」

 端末のキーを叩く彼女の表情が鋭くなり、目元に力が込められる。

 それは端末の操作のためか、それとも今話している内容の影響なのか。

「それでも嫌われたくない相手には、ストレートに感情をぶつけないでしょ」

「まあ、そうなのかな」

「勿論個人差やケースバイケースで、確定した公式や論理が存在する訳でもないわ。あくまでも、そう考えられるという話」

 分かったような分からないような発言。 

 どちらにしろ彼女は、木之本君に特別な感情を抱いているらしいという訳か。 

「だったら、まずくないの?」

「葛藤は、精神的な成長に不可欠なのよ」

「そうかな」

「言っておくけど、ミルクプリンと抹茶プリンのどちらを選ぶってレベルじゃないわよ」 

 そんな事は分かってる。

 いや。少しは思いもしたけどね。

「高畑さんの感情が爆発する事は無いの?」

「これも絶対ではないけど、そういうタイプではないと思う。その辺りは、モトの方が詳しいんじゃなくて」


 暇なのか、真剣な顔でトランプのタワーを組み立てているモトちゃん。

 こういうばたばたした場所ではかなり危うい作業なんだけど、普段の忙しさから開放されて精神的に緩んでいるのかもしれない。

「高畑さん?特に問題はないと思うわよ」

「本当に?」

「私も絶対とは言えないけど。それ程マイナスなイメージもないし」

 マイナスのイメージ、か。

 彼女はいじめられていてもそれを前向きに捉え、今も暗い陰りは感じない。

「そうやって、私達が騒ぐのを想定してるのかも」

「あの女の子が?」

「彼女か、彼女を操ってる人間か。そこまではちょっとね」

 下の方から崩れるタワー。

 モトちゃんは別に残念そうな顔も見せずカードを片付け、サトミへ向かって手招きした。

「卓上端末は?」

「広告の表示が邪魔だったから、それはとりあえず消去したわ。セキュリティは若干甘いけど、使う分には問題ない」

「じゃ、それが一号機で。ネットワーク上のデータと、これの転送をお願い」

 床に置いてあったバッグを持ち上げ、中からDDの束を取り出すモトちゃん。

 サトミは一番上のDDを端末のスリットに差し入れ、真剣な顔で画面を凝視した。

「性能自体は悪くないけど、1台ではやっぱり負担ね。作業効率も悪いし」

「何もかも、貧乏が悪いのよ」

 仕方なそうに笑う二人。

 笑い事ではないと思うが、笑う以外に仕方ないんだろう。

「ショウ、端末ってもうなかったっけ?」

「それしかなかった。ぬいぐるみはまだあったぞ」

 それはもう良いんだって。




 とにかく埒が開かないし、何より狭い。

 サトミは平気そうだけど、私はどうもこもるのは苦手だな。

「どこ行くんだよ」

「ここじゃないどこか」

 ふざけた事を言って、当てもなく廊下を歩く。

 放浪というか、流浪というか。

 沙紀ちゃんのオフィスも、結局は仮住まい。

 ちゃんとした自分達の居場所を見つけたいけど、現状では手だてが全くない。

 しかし沙紀ちゃんへ負担を掛けているだけではこちらも心苦しく、出来るだけ早くどうにかしたい。

「やあ」

 何とも楽しそうな笑顔を振りまいて現れる七尾君。

 彼ほどではないが、その隣にいる沢さんも笑い気味。

 こちらは笑われる材料が多すぎて、それに対してコメントのしようもない。

「今は、丹下さんのオフィスにいるんだって」

「ああ、そっち。どこか良い場所があれば、引っ越すんだけどね。勝手に占拠したらまずいんでしょ」

「傭兵だとそこを足掛かりにして、勢力を伸ばしていくよ」 

 良い事を教えてくれる沢さん。 

 言い換えれば実行不可能で、破滅への道を。

「オフィス自体は余ってるんですよね。元々連合が使ってた場所も含めて」

「物置に使ってるらしい。紙袋が、どれだけでもしまえるよ」

 一人で楽しそうに笑う七尾君。

 私は紙袋より、あのヤギをどうにかしたい。

「その物置に、卓上端末ってあるかな」

「古いので良いなら、俺の所にもあるよ。持って行く?」

「ありがとう」 

 なんか物乞いみたいな心境だけど、背に腹は代えられない。

 今は恥ずかしいとか気後れするとか言ってる状況でもないし。



 沢さんのオフィスへお邪魔して、まずは卓上端末を手に入れる。

 お茶も出してもらう、お菓子ももらう。

「他に、何か持って行く?」

「プロテクターは?」

「あるけど、かさばるよ」

「それは全然」

 安請け合いして、お茶をすする。

 ショウは出されたお菓子を平らげ、じっと私の方を眺めてきた。

「食べる?」

「食べる」

 殆ど手つかずのゼリーを彼に渡し、改めてお茶をすする。

 プロテクターを運ぶのは彼だが、これでギブアンドテイクという訳ではない。

 というか、ゼリーの食べ差しで納得されても結構困る。

「今、学内の治安ってどうなの?私達、少し状況に疎くて」

「前よりは、色んな意味で悪化してる。連合が無くなって目が行き届かなくなったのと、執行委員会の保安部。あそこの締め付け。ちょっと空気が悪いよ」

「この辺は前と変わらないけど」

「俺達が変わってないからね」

 さりげない。そして頼もしい発言。

 学内での力関係で言えば、執行委員会の意見に流れるのは仕方ない。

 またここが生徒会の直轄組織である以上、余計に。

 それでも彼等は中立を貫き、こうして私達に援助までしてくれる。

 私はそれに、どうしていけばいいんだろうか。

「沢さんは、今の状態をどう思ってるんですか」

「まだ、それ程は追い込まれてないからね。組織的にも、個人的にも。勿論決して良い状況とは言えないけど、問題と言うほどでもないよ」

「そうです、か」

「追い込まれた後で騒いでも遅いけどね」

 それもそうだ。

 だからこそ早めに手を打ち、状況を打破していきたい。


「それで、管理案っていつから施行されるんですか?」

「もうされてるよ」

 テーブルの上にあった端末に表示されるカレンダー。

 そこに重なるスケジュール表。

 告知期間が去年の年末まで。 

 思考期間は今年の初め。

 つまり今は、その期間に当たる。

「特に何もないんですけど」

「地味なんだよ、初めは。気付いたら結構色々と縛られてくる。それは、その人の捉え方だけどね。規則に従って、上の言う事を素直に聞く人なら何とも思わない」

「はあ」

「去年までなら、この時期だと登校する生徒は半減するだろ。でも、今は殆どの生徒が学校に来ている。これだけでも大きな変化だよ」

 それもそうか。

 しかし施行されてるのは、全然知らなかったな。

「こうして私達に協力するのは、大丈夫なんですか」

「当然賛否両論あるさ。ただ、これは僕の意見というより七尾君の意見だからね」

「またそういう事言って。俺も中等部以来、生徒会には良い記憶が無くて。じゃあなんで生徒会ガーディアンズに残ってるかって話なんだけど、小泉さんとも約束があるから」

 彼が何かを語る時に良く出てくる、この名前。

 ただそれを気にしたり、固執しすぎている事は無い。  

 影響を受けすぎ、という気はしないでもないが。


「ん、どうかした」

「いや。小泉さんにこだわるなと思って」

 これはどうかとも思ったが、率直に口にする。

 七尾君は軽く前髪を掻き上げ、姿勢を崩して薄く笑った。

「それは分かるよ。問題ばかりで、どうしようもない」

「何、それ」

「ガーディアンを始めたのも続けてるのも、特に理由がある訳じゃなくてね。自分自身への言い訳っていうのかな。小泉さんを拠り所にしないと、その辺にでも遊びに行きたくなる」

 何やらはぐらかされた気がしないでもないが、彼もまたここではないどこかに希望を抱いていた人らしい。

 しかし私はガーディアンという仕事に希望も誇りも抱いていて、そこが自分のいるべき場所という自負心もある。

 今現在はガーディアンですらないのは、どうにもならないとして。

「人それぞれだからね。僕なんか、フリーガーディアンの仕事を放りだしてる」

「それは、問題ないんですか」

「まさに、問題だらけさ。首にはならないけど、教育庁に疎まれてるのは間違いない。でもって僕も、先輩達に縛られてるからね」

 笑い気味にそう告げる沢さん。

 彼の言う先輩とは、屋神さんや杉下さん。

 後は、志半ばでこの学校を去っていった人達の事。

 これが良いのか悪いのかは、本人にしか分からない事だ。

「なかなか、誰もが雪野さんのように信念では動けなくてね」

「私も、そこまで立派な覚悟がある訳じゃ。大体、今は自分達の居場所も無い状態ですし」

「それでも抵抗しようとするのが偉いんだよ」

 褒めてくれているのか、半ば呆れているのか。

 穏やかな表情を見る限り、前者と思いたい。

「それで、ここに来た理由はなんだっけ」

「ああ。余ってる物があったら、譲って下さい」

 なんか、全てがぶちこわしだな。




 それはそれ。これはこれ。

 戦利品を担いでオフィスへと戻る。

 正確には、オフィスの奥にある居候部屋へ。

「重くない?」

「いや。全然」

 大きな、サンタさんのような袋を担いでいるショウ。

 両手には袋が下がり、荷物の間に彼が隠れているような状態。

「ユウは」

「私?私も全然」

 そう言いたい所だが、私も両手に袋を提げている。 

 ショウのに比べれば軽い物だが、私にとっては重い物だ。

「少し休んでいくか」

「賛成」


 立ち寄った先はラウンジ。

 自販機だけとはいえ、今の自分にはオアシスのようなもの。

 この時期になると、ホットミルクが嬉しいね。

「またコーラ?」

「ダイエットコーラ」 

 私がやいやいうるさいので、少し妥協したらしい。

 悪くはないんだけど、やたらに炭酸を好む人だな。

「これを持って帰ると、また狭くならないか」

「でも、必要な物ばかりだし。やっぱり、もっと大きい部屋が必要だよね。というか、こんな事で管理案をつぶせるの?」

「まあ、無理だろ」

 あっさりと言ってくれるショウ。

 生徒会に対抗するどころか、自分達が休む部屋すら無い現状。

 少し気が遠くなってきた。

「困ったね」

「慌てる事ないだろ。まだ1年以上あるんだから」

「そうだけどさ。ただ1年って事は、その間ずっと管理案が施行されるって事でしょ」

「まあな」

 空になった紙コップを、テーブルの上で器用に回すショウ。

 横にではなく、立てたまま底の縁を利用して。

「緊迫感がないんじゃないの」

「今はある」

「意味が違うんだって」

 そう言いつつ自分の紙コップを上から掴み、手首を軽くひねって回転を加える。

 難しいという事はなく、要はコツ。

 ケイには一生無理だろうけどね。

「器用ですね」

 笑いながらショウの隣へ座る小谷君。

 来たのは彼一人で、ただ意味もなく顔を見せに来る子でもない。

「どうかしたの」

「丹下さんの所にもいったんですが、出かけたと聞いて。かなり、圧力が掛かりつつあるようですね。部外者へ部屋を貸している事に対して」

「ああ、そっち」

「友人、という事でクレームには対応してるようですが。結局はどの組織や個人に対しても何らかのクレームを付けて、影響力を行使するんじゃないんですか。執行委員会は」

 ありがたい忠告。

 それは良いとして。

「小谷君は大丈夫なの?」

「一応、執行委員会メンバーの側近なので。実際は、これといった権限も無いんですが」

「そうなの?」

「もう少し正確に言うなら、矢田さんの権限が無い点ですね。治安関係は保安部が掌握。つまり、自警局自体の存在意義が無くなりつつあります」 

 始めて聞く、ただ予想は出来る話。

 組織の変化が起き、権限が委譲される。

 何も変わらないと思っていたけど、でも違う。

 見えない形で、しかし確実に事態は展開している。

「生徒会ガーディアンズはどうなるの?」

「いずれ保安部に編入されるでしょうね。組織的にはそのままで、ただ執行委員会や保安部にとって問題とされる幹部は除外される可能性もあります」

「沙紀ちゃん達も?」

「間違いないですね。それを言うと、風間さんや新妻さんも。逆を言えば、3人の教棟隊長をすげ替える必要がある。もし行うとすれば、相当荒れるんじゃないんですか」

 淡々と説明する小谷君。

 彼の立場は安泰だが、決して恵まれてる訳でもないようだ。


「どうなる。って聞いても分かる訳無いか」

「良くはならないでしょうね。人によっては」

「良くなる人もいるって事?それは、勉強が出来る人やクラブ活動の成績が良い人だけでしょ」

「とはいえ一応、誰にも優遇される可能性はあるんですから。努力する価値はあると思いますよ」

 比較的管理案に好意的な意見。

 それが彼の意見なのか、今の私の考えに対する答えなのかは分からないが。

「分かるけどさ。成績が悪かったら切り捨てられていくんじゃないの」

「いや。授業に出席して、学校の基準となる成績水準さえ満たしていれば問題はないですよ。その成績水準は、順位ではありませんし」

 そうなると、多少話は違ってくる。

 つまり普通に過ごしていれば問題はなく、成績上位者はより優遇される。

 これは受け入れる人も出てくるだろうし、反発する理由はない。

「今のはあくまでも、授業に対するごく一部の面。制度が変わった部分は、学校生活全般に渡ります」

「本当に、それで学校が良くなると思う?」

「思うから理事会の承認を受けて、教育庁も認可したのでは」

「まあ、ね」

 決定したのは理事会と教育庁。

 そして、生徒会の一部。

 一般生徒には降ってわいたような話。

 自分達の意見を述べる間もなく、気付けばその制度が導入されている。

「単純に、私達はどうなるの」

「許可を受けているとはいえ、集団で武装してますからね。それに、生徒会や規則改正には反対の姿勢。加えて、過去の行動」

「もういい。大体分かった」

「それはどうも。きっかけさえあれば、すぐにでも潰しに掛かると思いますよ」



 さっきよりも重くなったように感じる荷物を持って、部屋へと戻る。

 そこへ辿り着くまでにはオフィスを通り抜ける必要があり、大勢のガーディアンの視線を浴びる。

 好意的な表情を浮かべている人ばかりだが、中には多少曇りがち。

 もしくは、露骨に敵意を見せてくる人もいる。

 私達は完全に邪魔者で、それについては反論も弁解の余地もない。

「結構持ってきたわね」

 くすくす笑いながら荷物を指さす沙紀ちゃん。

 彼女は何も言わないが、小谷君も言っていたように迷惑を掛けてばかり。

 しかも、それに応える術もない。

「ごめんね、色々迷惑掛けて」

「迷惑……。ああ、それは別に。一応名目は、旧連合幹部のコントロールって事にしてあるから」

 冗談っぽく告げ、私の肩を軽く触れて去っていく沙紀ちゃん。

 彼女の優しさ、思いやり、強さ。

 しかし、いつまでもそれに甘えていて良いのだろうか。


 荷物を部屋へ押し込め、ため息混じりに席へと座る。

 具体的な策はなく、時間だけを無駄に使っているような気分。

 とはいえ現状において学校への不満はそれ程学内で高まってはおらず、雰囲気としては依然と変わらない。

 多少保安部が幅を利かせているとはいえ、それも日常になってきた。

 つまりそうして、少しずつ馴らされていくのかもしれない。

「これも古いわね」

 卓上端末を取り出し、それを操作しだすサトミ。

 しかし見た目には綺麗で、これといった問題はなさそうだ。

「前、私達のオフィスにあった機種より新しそうじゃない」

「あれが古すぎたのよ。連合の本部には、最新のタイプが導入されていたから」

「少しは状況が改善した?」

「そうね。数台あれば、複数の判断をさせる事も出来るわ。もっと台数があればいいんだけれど、この部屋ではちょっと」

 机の上に置かれた端末二台。

 書類とペットボトル。

 それだけで机の上は一杯で、壁際には紙袋や段ボールが積み上がってきている。

 勿論、ヤギも。


「管理案は、今どうなってるの。小谷君は、少しずつ浸透してるって言ってたけど」

「ここはオフィス内だし、丹下ちゃんの目が行き届いてるからオフィスの周辺もそうは変わらないはず。逆にそれ以外は、少しずつ空気が悪くなってるみたいね」

「管理案は勉強だけじゃないの?}

「風紀の乱れも糺すみたいよ。制服の導入も、その一つでしょ」

 そういえば、そんな話もあったかな。

 元々制服を着てるし、間に休みがあったのですっかり忘れてた。

「私服の子は、捕まる訳?」

「そこまで過激にはやらないにしても、目は付けられるでしょ。ねえ、モト」

「らしいわね。しつこく付きまとって、寮生は部屋にまで押しかけるって話。報奨金も出てるんじゃなくて」

 何とも面白くない話。

 それに対して私は何も出来ず、こうして狭い部屋に引きこもっているしかない。

「どう思う?」

 新聞では寒いのか痛いのか、座布団の上に寝転がるケイ。

 彼が悪い訳では無いんだけど、こういう光景を見ていると少し落ち込んでくる。

「ため息付くなよ。で、なんだって」

「このままここでごろごろしてて良いのかって聞いてるの」

「いいんじゃないの。暴れる理由もないし、求められてもいない」

「管理案は」

「正直俺は、管理案にそれ程反対じゃないんだけどね。というか、あの程度の規則や罰則なんて対して珍しくない。この学校だから起きる反発さ」

 あくまでもクールで、流される事はない意見。 

 それは頼もしくもあり、時にはこちらが反発をしたくもなるが。

「だけど過剰な部分があるから、塩田さん達は反対してたんでしょ。私達も、勿論」

「まあ、ね。ただ前も言ったように、今は生徒がそれ程は不満を抱いてない」

「不満を抱いてからじゃ遅いんじゃないの」

「それは意見としては正しいんだろうけど、現実的じゃない。結局は、何かが起きた後じゃないと俺達は行動しようがない」

 非常に後ろ向きな、人の不幸を心待ちにするような発言。

 しかもその通りにするしかないという現実。

 自分の無力さと不甲斐なさに、ただ苛立ちが募っていく。

「本当に、こんな事で大丈夫なの?」

「暴れれば向こうの思うつぼ。我慢比べさ」

 人ごとのように答え、壁を向いて寝転がるケイ。

 その仕草に余計ストレスがたまるけど、やはり私にはどうしようもない。

「じゃあ、トラブルが起きたらどうするの」

「今は間違いなく木之本君に仕掛けてきてるから、あの女を調べる方が早い。というか、木之本君がどう対応するかの方が心配だけど」

「何、それ」

「あの子は、女が自分を騙してると分かってる。分かってるけど、それでも大人しく従ってる。その人の良さを付いてこられたら、こっちも手の打ちようがない」

 少し低くなる声。

 ショウなら壁に穴が開いている所かも知れない。


「……みんな、いる?」

 不意に開くドア。

 緊張した様子で顔を覗かせたのは沙紀ちゃん。

 彼の視線は、真っ直ぐ私へと向けられる。

「この近くのラウンジで、トラブルが起きてる。そこに、木之本君がいるって」

「……ガーディアンがいるなら、木之本君を止めて」

 ほぼ同時に、ケイとサトミが同じような事を言う。

 沙紀ちゃんは首を振り、ガーディアンはいないと小声で告げる。

「……私、元野。……出ない」

「止めれば良いんでしょ。ショウ」

「今行く。場所は」

「下のフロア。階段を下りて右」



 ケイやサトミの焦りは、よく理解出来ない。

 しかし、彼等が慌てるのは余程の事。

 また木之本君の置かれている状況が、決して良いとは言えないのも分かっている。

 後手に回るしかない自分達。

 後手に回る事で打開されるはずの状況。

 木之本君を中心にしての、願いたくはない状況として。

 例え今回の出来事が管理案を撤回される起点になる事だとしても、それが木之本君をないがしろにして良い理由にはならない。

 そんな自分のわがままな考え方が何を招くのか。

 不安と罪悪感を覚えつつ、廊下を走り続ける自分。  













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