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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第30話
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30-13






     30-13




 家へ帰る前に、RASレイアン・スピリッツの道場へとやってくる。

 体を動かして悩みが解決する訳ではないが、多少なりとも気は軽くなる。

 着替えはせずに、ダウンジャケットだけを脱いでサンドバッグを肩で軽く押す。

 戻ってきたのをやり過ごし、向こう側に振られて再び戻ってくるのをフックで捉える。

 サンドバッグの揺れと同じ角度での打撃。

 速度を増して近付いてきたそれをかわし、裏に回ってジャブを連打。

 さらに横へ回り込み、振り下ろし気味の回り蹴りを叩き込む。

 人間がこうして揺れる事は無いが、打撃部位を想定して叩く事は出来る。

「もう少し小さく動いた方がいいですね。より体の回転を使う感じで」

 実際にサンドバッグを叩き、今の動きを注意する水品さん。

 私としてはそれなりの動きをしたつもりだが、彼からすればまだまだ未熟なのだろう。

「しかしせっかくの冬休みなのに、こんな所に来てて良いんですか」

「遊び回る予定も、特にないので」

「ここも明日で終わりですよ。一人でトレーニングしたいのなら、それは構いませんが」

 今は練習生が大勢いて、活気に溢れているトレーニングルーム。

 それだけの広さがある分、一人でここを使うというのは正直気が進まない。

 端的に言えば、少し怖い。

「結構です。そういう話はショウにでもして下さい」

「お化けは出ないと思うんですけどね」

「断定して下さい」

「私も見た事は無いし、言われも別にありませんよ。草薙高校は立地上、色々出ません?」

「出ません」

 全力で言い切り、サンドバッグをめった打ちにする。

 回りの練習生が怯え気味にこっちを見ているが、今はそれに構う余裕もない。

「草薙高校にも無いんですか。学校の七不思議は」

「ピアノが勝手に鳴るとか、美術室の絵の目が動くとかっていう?」

「瞬さんが昔やりましてね。銅像を運んで、廊下に置いたんだったかな」

 それは単なる悪ふざけじゃないの。

 しかし、いかにもあの人らしい話だな。

「それはともかく、最近学校はどうですか」

「昨日、よその学校の生徒が襲撃に来てました」

「昔は毎日のようにありましたけどね。瞬さんは、出向く方でしたが」

 どうやら、これ以上話を聞かない方が良さそうだ。



 翌日。

 今日も学校へとやってくる。

「冬休みだよね、今」

「ずっと家にいても暇でしょ」

 助手席で、ぼんやりと外を眺めるサトミ。

 私は後部座席を占領し、前の座先のヘッドレストの間から顔を出す。

「ショウ、追い抜かれてく」

「抜かれればいいだろ」

「あなた。昔と言う事が違うわね」 

 醒めた眼差しをショウへと注ぐサトミ。

 昔の彼なら負けずと速度を上げて、みんなから怒られていた所だ。

「俺だって、大人になるさ。……ち、この野郎」

 駐車場から強引に出てきたワンボックスを睨み付けるショウ。

 誰が大人になったのか、改めて聞いてみたい。

「ケンカしてる暇はないわよ。協議会まで、時間はないんだから」

「分かってる」

 今にも唸り声を上げそうな雰囲気で、少しガス抜きをした方が良いのかも知れないな。

「おにぎり食べる?」

「食べる」

 どうしておにぎりがあるとか、運転中だという言葉は聞かれない。

 私もこのために持ってきた訳ではなく、毎回外食ではお金がかかると思ったから。

「梅干しとカツオと明太子」

「梅干し」

「はい」

 片手でも運転は出来るが、集中力がどうしても削がれる。

 という訳で、彼の口元におにぎりを運ぶ。

「お茶は?」

「飲む」

 水筒からカップにお茶を注ぎ、やはり彼の口元へと運ぶ。

 しかし単調な街中の走行も、こうなると少し楽しくなってくるから不思議だな。

「私にはないの、おにぎり」

 バックミラーに映る、サトミの仏頂面。 

 ちょっとはしゃぎすぎたらしい。

「何が食べたいの?」

「お腹一杯よ」

 なんだ、それ。

 いや。言いたい事は分からなくもないけどさ。



 今日も外来用の駐車場に車を停める。

 停まっている車は当たり前だが殆ど無く、改めて今日は休みなんだと実感させられる。

 また協議会に出席するのはいいが、最近の私達の行動への査問や追求を受けるだけという気もする。

「普通は、みんな遊んでるんだよね」

「いいじゃない。普段から遊んでるんだから」

「そうかな」

「そういう考え方をした方が良いって事」

 前向きか後ろ向きか分かんない話だな。

 しかし文句を言っても始まらないのは確かで、何よりこれからの協議会の大切さは私なりに分かっているつもりだ。

 徐々に勢力を増しつつある執行委員会。

 それに対する歯止めが出来るかどうかの、おそらく初めての機会。

 今の私達はそれを傍観する事しか出来ないのは、非常に歯がゆいが。

「誰が来るの、今日は」

「生徒会側は、自警局と情報局が中心。執行委員会は、例のメンバーね」

「馬鹿息子と、あの幹部と。警備部門の責任者?」

「矢田局長もでしょ。彼は自警局長であると同時に、執行委員会の幹部だから」

 感情の交じらない声で説明するサトミ。

 ショウは何も感想を挟まず、私も特にコメントはない。

 怒る気にもなれなくなっては、もうどうしようもない。

「モトちゃんは来るって?」

「責任者がいないと始まらないでしょ」

「まあね。でも、なんか私達は邪魔者って感じじゃないのかな」

「今更でしょ、それは」

 それもそうか。

 中等部でも高等部でも学内で主流だった試しはなく、連合内ですらむしろ異端的だったと思う。 

 塩田さんのバックアップがあったからこそ今もこの場所にいられるが、それこそ一つ間違えれば私達もあの襲撃グループに混じっていたかも知れない。

 だからといって、同情する気には全くなれないが。



 今日来たのは、生徒会特別教棟。

 冷たい風が吹き抜ける事も、不審者が潜んでいる事もない。

 さすがに今日は中も人が殆どいなく、敵意や怯えを帯びた視線も感じない。

 それでも暖房は玄関を入ったすぐから入っていて、この辺はどうかとも思う。

「私達の所は暖房切ってるのに、何よ」

「私に怒らないで。良いじゃない、暖かくて」

 茶色のコートを抱え、優雅な足取りで歩いていくサトミ。

 私もダッフルコートを脱ぎ、ちょこちょこと付いていく。

 運動神経は私の方があるのに、どうも雰囲気で負けてるな。

 後は、足の長さで。

「執行委員会は、こういう無駄を無くそうとしないの?」

「一般教棟に付いては無駄を排除するらしいわよ。でも、この建物は至れり尽くせりじゃないのかしら」

「ああ?」

「だから、私に怒らないでって」 

 笑いかけたサトミだが、その笑顔が徐々に鋭くなっていく。 

 私の頭越しの視線。

 振り向くと、警備部門の責任者。前島君が姿勢を正して立っていた。

「最近は、大活躍ですね」

「それは、皮肉かしら?」

「いえ。確かに、雪野さん達を甘く見すぎてました。しかも強制的に掃除なんて」

 吐き捨てるように呟く彼。

 優越感に浸るためなら悪くない事だろうが、生徒の気持ちを掌握するためには最悪としか言いようがない。

「あなたがトップに立つなり、委員長に進言すればいいんじゃなくて」

「俺は治安維持の契約しか結んでないので。力を見せつけるのは、短期間で全体を支配するには効果的ですけどね」

「全くは否定しないと」

「つまり、掃除をさせる側に回った方だと思わせれば良いだけですから」

 深くなる微笑み。

 穏やかな表情の陰から見える、狼の姿。

 どれだけ人当たりが良くても、やはりこの人は傭兵。

 いや。執行委員会側の人間なのを忘れてはいけない。

「浦田さんはいないんですか」

「来るわよ。来ないなら、引きずってでも来させるわ」

「いない方が個人的には助かるんですけどね」

「そのためにもよ」




 彼に連れてこられたのは、中規模の会議室。

 部屋の大半を占める、大きな楕円状の机。

 正面を執行委員会、その対面を生徒会。

 私達は生徒会の端に席を与えられる。

 議題をまとめたプリントが配られ、中は掃除と昨日の襲撃事件が大半。

 ただ一応、服装チェックの箇所もあるにはある。

「概ね揃ったようなので、ただ今より協議会を開始します」

 良く通る声で事務的に開始を宣言する執行委員会のメンバー。

 出席者は双方20名程度ずつと、私達。

 楕円状の机を挟んでいる分距離は開いていて、それはすなわちお互いの心的距離を知らしめる。

 この人数なら、もっと狭い部屋を利用しても問題はない。

「議題は配布したプリントに記されている通り。改めての説明は省かせて頂きます。事前お断りしますが、今回の目的は双方の意見の交換です。お互いを非難しあったり、揚げ足を取る事が無いようお願いします」

 それは無理じゃないのかと思いつつ、適当にプリントをめくり机に放る。

 ただ生徒会にも問題はあるし、私からすればどっちもどっちという気もする。

 沙紀ちゃん達がいなければ、ここに来る事すら不快に思っただろう。

「遅れました」

 ドアが開き、一人の女の子が慌て気味に入ってくる。

 彼女は執行委員会の側に腰を下ろし、プリントを受け取ってそれに目を通し始めた。

 別に取り立てる事でもない、単なる遅刻。

 しかし私にとっては、思わず声を上げたくなるような光景。

 女の子は誰でもない。

 この間まで沙紀ちゃんの所で研修をしていた自警局の子。

 銃に打たれて気を失い、それを克服しようと努力していた。

 だけど彼女は今、生徒会側ではなく執行委員会側に付いている。



 よく考えれば、それ程おかしくはない光景。

 現に自警局長自体が、向こうの席に付いているのだから。

 だからといって、そう簡単に割り切れる事でもない。

「分かってたんだよね、沙紀ちゃん達は」

「そう考えるのが妥当ね」

 特に驚いた様子は見せず、耳元の髪を束ねて枝毛を探すサトミ。

 彼女の端正な横顔越しに見える沙紀ちゃん達も、落ち着いた顔で書類に視線を落としている。

 あの子が執行委員の人間と分かっていて、彼女を研修させていた。

 気を掛け、目を配り。 

 時には厳しく、時には優しく接し。 

 彼女が成長するのを手助けし、見守っていたという事か。

「何のために?彼女も草薙高校の生徒だから?」

「かも知れないわね」

 いまいち反応が弱いサトミ。

 それに若干反発を覚えつつ、だるそうに椅子へ崩れているケイへ話を聞こうとする。

 敵だと分かって、その相手を指導し育てようとする姿勢。

 かつての塩田さんが、ケイに対して行っていたように。

 あの時の彼の立場は、生徒会のスパイ。

 私達の動向を探り、場合によっては退学させるための。

 でもそれは塩田さんも分かっていて、私達も彼の目的は薄々分かっていた。

 彼がどれだけ苦しんでいたかも。

 だから。

 だから?

「ちょっと、頭が痛くなってきた」

「知恵熱でも出たんだろ」

 下らない、いつもと変わらない冗談。

 それに少し気分を軽くして、女の子に視線を向ける。

 毅然としてその席に付き、恥じる様子も気後れする事もない。

 ただ注意するべき事として、彼女は自分の意志であの席に座っている。

 また、それを分かっていて沙紀ちゃん達は彼女を受け入れていた。

 今の自分には真似出来ない懐の深さ。

 それは努力とはまた違う部分での、人としての気持ちのあり方の問題でもある。



 そんな私の気持ちは無論何も関係なく、話し合いは比較的穏やかに進められる。

 対立と言っても彼等自体がトラブルを起こした訳ではない。

 一部に行き過ぎた人間がいた。

 結論としてはその方向に流れている。

 実際そうであれば誰も困らないし、困った事にもならない。 

 そういう体質。

 もしくは、そういう人間を作り出すのが執行委員会の存在だと私は思っているが。

 生徒会に参加している人間の振る舞いを見ていれば、権力を握った者がどうなるかは今まで嫌と言うほど味わってきている。

 私も何も知らなければ単純に生徒会へ憧れ、そこへ参加したいと思ったかも知れない。

 でもその実態に気付けば、決してそんな気持ちは生まれてこない。

 執行委員会にしても、それは変わらない。

 彼等が管理案を推進する以上。

 現在の学校の方針を変換し、規則で全てを縛ろうとするのなら。

 私はそれに立ち向かう以外に道はない。


「武器の所持は許可された者に限る。また求めに応じて許可証の提示、もしくはIDを提示する。これでいいですね」

「事前審査の項目もお願いします」

「分かりました。ガーディアン及び保安部以外の武器所持については、以上で終わりとします」

 意見を取りまとめ、議事を進行していく両者。

 とはいえ一つ目の議題で、誰でも納得するよう内容。

 問題はこの先か。

「では、次の議題に移ります。議題は、昨日の他校生徒による学校襲撃について。問題点と今後の対応を上げていますが、ご意見があればどうぞ」

 進行役の言葉に対して、特に反応は無い。

 まずはお互い様子見といったところだろうか。

「それでは、問題点を読み上げてみたいと思います。警備会社との連携の不備。塀のセキュリティの甘さ。この部分は、他校からの襲撃を想定していないから起きていると思われます。次が、各組織間の連携の悪さ。意見調整がされてないようですね」

 冷静に指摘していく執行委員会の一人。

 見た事の無い顔だが、これは執行委員会に対する非難でもある。

 個別に有能というか面白い人はいるんだけど、全体としては問題が多い。

 それは率いている人間の問題でもあるだろうが。

「現状においては執行委員会が最高意志決定機関だ。我々が指示し、全体を統括すればいい。それだけだろう」

 自信を持って語る委員長。

 制度としてはそうだろうが、どれだけの人間がそれを認めているか。

 少なくとも私は認めていない。

「不満があるのは承知している。ただし生徒会長がいない今、それを代行する機関が必要になる。我々の代わりにそれを勤めてくれる人間がいるのなら、名乗り出てくれ」

 先程同様、反応はない。 

 今度は様子見ではなく、その意志がないからだろう。

 能力や人望は備わっていても、気概についてはまた別物だから。

「いないようなので、組織間の連携は別な機会に話し合おう。今後外部からの襲撃に対しては、執行委員会が指揮を執り全組織はその傘下に入る。例外は認めない」

「SDCに関しては、元々生徒会からも独立した組織ですが」

 軽く牽制する北川さん。

 委員長は皮肉っぽく笑い、背もたれへ大きく倒れた。

「では、生徒会の傘下に組み込めばいい。今まで独立していた事自体が間違っていたんだ。それが学内の混乱を呼び寄せる原因にもなってる」

「彼等からの反発も予想されます」

「そのための規則改正だ。反対を唱えている者もいるが、普通の高校生活を送ってる生徒にとってはメリットの方が大きい。制服を着て学校の指示に従っていれば、奨学金も今まで以上に支給される。それの、何が問題なんだ」

 すらすらと並べ立てる委員長。

 私が何の予備知識も無ければ、なるほどと頷いていたかも知れない。

 つまり屋神さん達の話を知らない人にとっては、十分に受け入れられる内容、

 この自信は、そういった事からも裏付けられているのだろう。

「若干議題から逸れたようだな。とにかく学外からの襲撃に関しては、執行委員会が指揮を執る。個別の対応は認めるが、指示には従ってもらう。それに異論は」

「良いでしょう」

 あっさり折れる北川さん。

 執行委員会に自警局長がいる以上、彼女が異議を申し立てても仕方ないと判断したのか。

 もしくは、これは大した問題ではないと思っているのだろうか。

 その辺は不明だが指揮系統が一本化されていた方が有利なのは明らかで、悔しいがここは認めるしかない。

 こうなると襲撃はこの布石だったのかとも思うが、色んな要素が絡み合っていて私にはちょっと分かりかねる。

 分かるのは、執行委員会の勢力が増しつつある事。

 ひいては、管理案が導入されつつある事だ。

「ちなみに規則改正案については、年明けに発表される。後期の残りを試行期間として、来期より正式な導入となる」

 簡単に説明される今後のスケジュール。

 全ては向こうの思惑通りに進んでいるとしか言いようが無く、私達は何も対応出来ていない。

 目先の事を追いかけるのに精一杯で、全体については何一つ把握していない。

 それ以前に管理案がどういう内容かも分かっていない。

「SDCとの交渉は、我々が行う」

「ご自由に。ただ彼等にも自尊心があり、場合によっては今仰った混乱の要因になる事をお忘れ無く」

「その場合は、規則に則って処罰するだけだ」

 勝ち誇ったように言い放つ委員長。

 そのための試行期間だとも言わんばかりに。

 しかし北川さん達はそれにも反論せず、気のない顔で頷いた。



「では、もう一つの大きな議題。おとついの、掃除について。学校、特に経理の方からは感謝の言葉を頂いています。ただ生徒には圧倒的に不評で、一部で強制する行動があったのはまずかったようです」

「それに関わった人間は、全員除名。話は終わりだ」

「末端を切れば済む問題では無いのでは」

 これには即座に反論する北川さん。

 少し室内の温度が上がったような錯覚すら覚える。

 それだけ全員の関心がある内容であり、一番揉める点でもある。

「意見を聞こう」

「それを助長する空気が執行委員会にあるのではないでしょうか。また本来執行委員会は生徒会長の代行機関であり、現在の規模は不必要です。これでは生徒会と取って代わるよう行動しているとしか思えません」

「それだけ生徒会長は多忙で、生徒会の職務は多岐に渡る。だからこそ不本意ながら、大勢の人間の手を借りている。不満というのなら、権限を学校へ委譲すればいい」

 書類を机に放る委員長。

 論理的な展開であり、合理的な理由。

 人間性はともかく、新カリキュラムだけありこういう事は得意らしい。

「権限の委譲に関しては私だけでは判断しかねますが、生徒会内でも以前からあった議論です。施設の管理などは、問題ないと思います」

 簡単に認める北川さん。

 つまり認めるような部分から、少しずつ攻めてきている訳か。

「では、自警局は執行委員会の方針を支持すると」

「一部権限の委譲に関しては。ただ一つ申し上げておきますと、自警局長が執行委員会の最高メンバーである以上自警局の意向を考慮する必要はないと思います」

 先程からの淡々とした口調を崩さない北川さん。

 委員長も、皮肉っぽく口元を緩めた程度。

 表情を変えたのは、その局長くらいか。

「僕はその」

「私も生徒会規則の改正は必要だと思っています。改正のプロセス及び内容を周知徹底し、問題点を修正して頂けるのなら」

 局長の言葉を遮って話す北川さん。

 しかし彼も、それに言葉をさらに被せてくる。

「そのために、僕は執行委員会に籍を置いています。少なくともここにいれば、北川さんの言う規則改正の手続きにも参加出来ます」

「一部生徒会幹部のみしか参加出来ない点は、どうお考えですか。年明けの公表後試行期間を設けると今伺いましたが、一般生徒には唐突としか写りません。内部改革も結構ですけど、上からの押しつけは絶対に支持されませんよ」

 毅然として言い放つ北川さん。

 その相手はすでに局長ではなく、委員長一人を捉えている。

「惜しいな。鋭いが、力は無い」

「課長という立場の事でしょうか」

「それ以外、何がある」

「根本的にご理解していないようですね。今の言葉、そのままお返しします」

 優雅に。

 すごみすら感じさせる微笑み。

 委員長はしかしそれを意に介した様子もなく、背もたれに崩れた姿勢すら直さない。

「一般生徒を忘れてるって?それは俺も君もだろう。向こうからすれば、君も生徒会幹部。雲の上の存在で、嫉妬の対象にしか過ぎない」 

 穿った見方。

 ただ、あながち間違えとも言い切れない思考。

 つまりは、どうせ反発されるのだから好きにやるという訳か。

「一旦休憩。その後、再度議論しよう」




 部屋を出て行く執行委員会のメンバー。

 生徒会も部屋を後にし、残ったのは私達と沙紀ちゃん達。

 ほぼ一人で話していた北川さんは、大きくため息を付いて書類をまとめた。

 ただ疲れている訳ではなく、表情には余裕がある。

「さてと。私達も何か食べに行きましょうか」

「お疲れ様でした」

 くすくす笑う沙紀ちゃん。

 北川さんは耳元の髪をかき上げ、彼女の顔を指さした。

「少しは喋ってよね」

「自警課長を差し置くあんて、僭越な真似はとても。序列に反します」

「都合の良い時だけそんな事言って」 

 楽しげに話し合う二人。

 お互いの立場を認識しつつも、友達としても付き合っている。

 私にはちょっと分かりにくい、ただ彼女達にはそれが普通なんだろう。



 やってきたのは、学校の側にあるお好み焼き屋さん。

 私はもんじゃを頼み、土手を作ってじっくり待つ。

「まだよ」

 伸びてきたショウの手を叩き、タネの煮え具合を待つ。

 固まる性質の物ではないが、キャベツの火の通り具合もある。

 何より豚肉が生ではまずいだろう。

「大体、何でこんな小さいんだ」

 もんじゃ用の小さな小手で鉄板を叩くショウ。

 確かに小さすぎる気はするが、私としては親しみの沸くサイズである。

「すぐ焼けるから。端っこは、もういいのかな」

「ちまちましてて、なんか食べにくい」

「その分満腹中枢が刺激されて、食べ過ぎないでしょ」

 ダイエットが必要な体型ではないけど、たまにはセーブした方がいいとも思う。

 その間にサトミはお好み焼きをひっくり返し、ソースを塗り始めた。

 広島風なので、出来上がるのは結構早い。

「食べないの?」

 サトミの隣。

 座敷になっている部屋の隅。

 上着を羽織って丸くなっているケイ。

 彼はだるそうに立ち上がり、沙紀ちゃんの隣へとゆっくり座った。

 いいけど、なんか嫌だ。

「何食べる?」

「お好み焼き、あるわよ」

「だから」

「それより甘い方が良い?ようかんなんてどうかしら。そうね、水ようかんとか」

 コテを逆手に握り締め、お好み焼きに差し込むケイ。

 彼の隣にいる沙紀ちゃんは、自分が作ったお好み焼きを小手の裏で叩いている。

 それも、いつまでも。

「水ようかんがどうかしたの?」

「どうもしないわよ。ねえ」

「絶対殺す」

 そう呟き、お好み焼きを口に運ぶケイ。

 しかしそれは小手から滑り落ち、鉄板の上へと戻っていった。

「誰だ、こんなの発明したのは」

「コテの事?お好み焼きの事?」

「両方。今頃あの連中は、高級フレンチなりイタリアンなり食べてるって言うのに」

 お好み焼きをあきらめもんじゃへコテを伸ばすケイ。

 これなら黙ってても、コテに付いてくるからね。

「それを俺達は、小麦粉食べて」

「じゃあ、食べるな」

 怖い顔でケイを睨むショウ。

 今の台詞以前に、自分の食べ物が持っていかれたのが気に食わなかったらしい。

「大体あなた、フォークもナイフも使えないでしょ。不器用なのに」

「連中は個室だろ。落とそうが箸を使おうが、誰も咎めない」

 それはそうかもしれないが、そういうのをフレンチって言うのかな。

 確かにフレンチも悪くは無い。

 ただ私は、小麦粉も好きなので問題は無い。

 変に気取るより、こうしてみんなで騒ぎながら食べるほうがよっぽど美味しいし。



 食事を終え、再び会議室へとやってくる。

 私達は話を聞いているだけで手持ち無沙汰ではあるが、眠くなるという事は無い。

 それだけ重要であり、緊迫した内容が語られているから。

「では再開したいと思います。先程までの議題は、執行委員会の規模と権限についてでした。問題点は、そうですね」

 先ほどまでの議事録に視線を落とす女性。

 執行委員会。

 それも幹部クラスなのだろうが、見た限りでは中立的に議事を進行している。

 だからこそやりにくいというか、彼らを悪と決め付けるのは難しい。

 そう思わせる演技だとしても。

「執行委員会は生徒会長の代行であって、現状ではそれを逸脱しているのではないかという指摘。また規模、人数が多すぎるという指摘。序列に基づき、末端まで合わせると三桁に及ぶと思われます」

「他には」

「エリート意識が目立ち、ひいてはそれが先日の清掃作業のような事例が現れます。この部分は生徒会にも共通するので、議題としてはなじまないかもしれませんが」

 皮肉なのか、事実をただ伝えているだけなのか。

 それには生徒会の人間も顔をしかめる。

「委員長として言わせてもらえば、方針を帰る気はない。不満を補うだけのメリットを、我々は十分提案しているつもりだ」

「そういう問題ではないと思いますが」

「生徒の自治とでも言い出す気か」

 小馬鹿にした表情をする委員長。

 その目が嫌な光を帯びて、私達を一人一人捉えていく。

「生徒会の改革は一般生徒からも求められているし、制度の抜本的な改革は必要だ。現状において改革に何一つ着手していない以上、我々の行動にも理はあると思うが」

「生徒会長選挙の再選挙が先なのでは?」

「再び混乱するのは、目に見えている。またこれだけ学内の治安が悪化し、他校からの襲撃もある。残りの任期を考えれば、このまま通す方が妥当だ」

「それは執行委員会に席を置く生徒と、学校側の意見でしょう」

 厳しく言い放つ北川さん。

 しかし委員長は意に介す様子も無く、余裕に満ちた顔で彼女を見据える。

「こちらには、自警局長もいる。その首がいつまでも持つと思うのか」

「残念ですが私を解任するには、総務会で審議する必要があります。局長の一存では不可能ですので。ガーディアンを束ねる長だからこその特例ですが」

「総務会を、生徒会長への諮問機関とするのも規則改正の一つだ。合議制では、各論が多すぎる」

「では、私の首は規則改正まで保たれる訳ですね。改めて言いますが、私が全ガーディアンを指揮し統括する立場であるのをお忘れなく」

 その言葉に、委員長の顔が微かに険しくなる。

 無論トップは自警局長だが、ガーディアンの運用は自警課課長に一任されている。

 それは例え生徒会長でも口出しが出来ない部分もある。

 自警局長の命令が優先されるとしても、ではどれだけのガーディアンが従うかという話にもなってくる。

「あくまでも、楯突く気か」

「人聞きの悪い。私達の職務は、学内の治安維持。その点においては、執行委員会とも意見を同じくします」

「私兵として使う気か」

「まさか。局長の命令は絶対ですから。ただし、それが規則に反する場合は私の方で命令を撤回しますが」

 冷静に返す北川さん。

 逆に委員長の顔は、険しさを増していく。

「ガーディアンに対する最終的な指揮権は自警局長、生徒会長にある」

「最終的には、でしょう。通常時に私を除外して指揮するのは、規則上も越権行為となります。それと万が一私に何かあった場合は、F棟隊長が臨時に指揮を執ります」

「規則上は、だろ」

「今は、その規則のお話をしてるんですよね」

 熱を帯びる両者の視線。

 ただし北川さんは冷静さを崩さず、委員長の方は敵意を示しつつある。

「規則改正後は、ガーディアンとその関連組織は生徒会長の直轄になる」

「それはご自由に。私は今の話をしていますので」

 北川さんを睨みつつ、耳打ちしに来た男子生徒に顔を寄せる委員長。

 そこで彼は立ち上がり、男子生徒と二三言葉を交わした。

「オブザーバーが来る」

 単調な、感情を押し殺したような口調。

 苛立ちを覚えつつも、しかしそれを努めて表さないよう堪えているような。



 開くドア。

 そこから入ってきたのはスーツ姿の若い男性。

 男性はドアの脇に控え、頭を低く垂れた。

 少しの間があり、横柄な態度で中年の男が入ってくる。

 一気に頭へ血が上り、背もたれに掛けていた上着に手を触れる。

 そこからスティックを出し、強く握りしめてどうにか思いとどまる。

「生徒同士の議論は、もっと盛んになるべきだ。分を過ぎない程度でな」

 北川さんを睨む中年の男。

 学校運営担当理事。

 屋神さん達が戦った時の学校側の首謀者。

 子供達の絵を何のためらいもなく捨てた男。

「ユウ」

 スティックを握っていない手に置かれるサトミの手。

 それを握り返し、彼女の憂いを解消させる。

 ここで飛びかからないだけの自制心はかろうじて存在する。

 ただそれはぎりぎりの、少しのきっかけで崩れてしまう程度。

「話し合いはどうなってる」

「順調です」

 仏頂面で返す委員長。

 理事の方も笑顔すら浮かべず、見下した顔で頷いた。

 仲間だと思っていたが、これを見る限り信頼関係でつながっているようではなさそうだ。

「子供は勉強だけしていれば良いんだ。努力した分だけの見返りは補償するし、援助もする」

「仰るとおりです」

 無機質な口調で応じる委員長。

 理事は彼を一瞬睨み付け、すぐに目を逸らした。

「聞いたかも知れないが、規則改正は年明けから。不満はあると思うが、それを上回るメリットを約束する。逆らっても、何の意味もない。退学したいのならまた別だが」

 流れていく視線。

 それは私達の所で止まり、鋭さを増す。

「管理案などと名付けて規則改正に反対する生徒もいるようだが、そういう連中は退学してもらう。おととしのようにな」

 馬鹿にしたような笑い声。

 屋神さん達、塩田さんを蔑む男。

 私も我慢も、いつまで続くかだ。

「日間賀島で草むしりでもしてろ」

「誰に言ってるんだ、それは」

「お前だ、お前。その方が、よっぽど学校のためになる」

 同じように馬鹿にした笑い声を出すケイ。

 理事は殺意すら漂わせた顔で、彼を睨み付ける。

「済みません。ドラッグがまだ抜けきってないようです」

 丁寧な物腰で謝るサトミ。

 愛想の良い、良すぎるとも言える微笑みと共に。

「下らない言い訳をするな」

「診断書は学校に提出してあります。それに精神的に不安定ですので、突発的な行動をとらないとも限りません。刑事罰には問われるとしても、それは起きた後の事ですし」

「なんだと」

「私達も、刃物は持たせないよう気を付けてはいます」

 笑い気味にそう告げるサトミ。

 理事は顔色を変え、背を向けると走るようにして部屋を出て行った。




 場は白け、再び議論をする空気ではなくなってしまう。

 それは誰もが分かっている事で、議事進行の女性が立ち上がる。

「今日の所はこれで終了と致しますが、よろしいでしょうか」 

 異論は出ず、ただ重い空気が流れるだけの室内。

 女性は構わず、協議会の閉会を告げた。

「すでに年末ですので、再度の協議は行いません。双方ご不満はあるでしょうが、ご了承下さい。それと規則改正後の話し合いにつきましては、随時機会を設ける方向で健闘しています。最後に発言を希望される方はいらっしゃいますか。どうぞ」

 視線を向けてきた委員長へ頷く女性。

 彼は席を立ち、私達を見渡して不敵に笑って見せた。

「今なら、まだ我々の側にも受け入れる余地はある。早めに判断する事だな」

「ご親切にありがとうございます。個別にどう身を処すかは、各個人の判断にゆだねていますので。その際はよろしく」

 薄く微笑み、それに変えす北川さん。 

 委員長は鼻を鳴らし、振り返る事もなく部屋を出て行った。

「では、今日はここまで。議事録については、正式なものを後日お届けします。お疲れ様でした」

「お疲れ様。あなたは、執行委員会に批判めいた態度をとってるけど大丈夫なの?」

「批判ではなく、真実ですので。それにこうしておけば、生き残りやすいですから」

「傭兵?」

「ご明察。では」 

 爽やかな笑顔を見せ、颯爽と部屋を出て行く女性。

 つまり本心で言っていたかは疑わしく、中立な人間もいるというアピールなのかもしれない。

 だから傭兵は侮れないといったところか。

「私も疲れたわ。もう用は無いし、私達も帰りましょうか」



 エレベーターの前。

 険しい顔で話し込んでいる、理事と委員長。

 議論というよりは不満のぶつけ合いといった雰囲気で、友好的な関係にはやはり見えない。

 また、それを取り繕うとする素振りも無い。

 委員長はじれたように彼らから離れ、階段があると思われる方向へと歩いていった。

 まさかエレベーターの乗る順番で揉めたとも思えないが、どちらにしろ関わらない方が良さそうだ。

 そう思って引き返そうとした所で、向こうから声を掛けられた。

 手頃な獲物を見つけたとでも言いたげな、嗜虐的な表情と共に。

「君は、生徒会の人間だろ」

「ええ。それが何か」

「規則改正後は、その構成員の資格認定をより厳密に行う。また審査については、学校も参加する。その辺りを踏まえて、今後の言動を考慮したまえ」

 あくまでも上からの意見。

 忠告ではなく、恫喝。

 生徒会に席を置きたければ自分達に従えという。

 それに対して何人かの子は明らかに顔色を変え、気まずそうに顔を伏せる。

 この場にいる事自体、学校への反抗と取られかねないのだから。

 人の顔色を窺い、上に媚びる。

 規則改正を全て否定する気は無いが、導入後どうなるかは今の光景に現れている。

「ご親切に痛み入ります。出来るだけ学校の意向に沿うよう、努力いたします」 

 儀礼的な態度で答える北川さん。

 理事は鼻で笑い、窓の外を指差した。

「生徒会にも幹部がいるように、理事にも序列がある。草むしりくらいしか能の無い理事とかな」

 馬鹿笑いと、それへの追笑。

 その理事はおそらく、鈴木理事。

 雑草を刈り取り、掃除に励み、生徒達を優しく見守る。

 出来るならそうなりたいと思う、理想の大人。

 それにどれだけの価値があるのかは、分かる人には分かる筈だ。

 逆に言えば、こういう人間には分からないだろう。

「筆頭理事としては、ああいうのは無駄な存在に過ぎない。学校に何も寄与していない」

「では、理事は寄与していると」

「利益を生み出し、卒業した生徒を有名企業に送り出している。教育水準も高く、対外的な評価も高い」

 目に見えて分かる、確かに成果といえば成果。

 それは認めよう。

 ただ、私達のためを思って草むしりに励む彼女だって私は誇らしく思う。

「草むしりだけで給料がもらえるとは、良い身分だ」

 あくまでも見下す態度を止めない理事。

 こういう人間には何を言っても無駄で、相手をしないに限る。

「その辺りは理事会でお話下さい」

「勉強もしていないのに、奨学金をもらってる生徒も論外だ」

 無理矢理な主張。

 だが愉悦に満ちた表情から見て、エレベーターに乗り込まない理由はこれを言いたかっただけらしい。

 こちらこそ論外で、少なくともこの場にいる生徒は全員勉学にも励んでいる。

 私も褒められる程の成績ではないが、毎日の予習復習を欠かした事はない。

「駄目な生徒は、全員この学校を去ってもらう。成績が悪い生徒、素行が悪い生徒も。この中にも、思い当たる者がいるんじゃないのか」

 明らかにこちらへ向けられる視線。

 それに反発する気もなれず、顔を背けて無視を決め込む。

「人が話してるのに、その態度は何だ」

 突然声を張り上げる理事。

 本当に、よくこれで理事だ筆頭だと言えたものだ。

「お前達に言ってるんだ」

 とうとう私達を指さし、歩み寄ってくる理事。

 無論誰もそれを相手にはせず、見向きもしない。

「しつけがなってないようだな。これからは、目上の者に対しての礼儀作法も評価の対象だ。……おい」

 理事の指示で前に出てくる、数名の若い男。

 身のこなしからして格闘技経験者なのは間違いなく、手の位置からも武装していると判断出来る。

「以前馬鹿な生徒が特別教棟まで殴り込みに来たが、全員退学にしてやった。そういう前例があるのを忘れるな」

 つまりこの男達は、理事の個人的な護衛という訳か。

 しかし本来ならそんなものは必要なく、言ってみれば自分の立場の悪さと小心さを公表しているようなものだ。

「まずは、目上の者に会ったら頭を下げろ。……おい」

「はっ」

 伸びてくる男達の手。

 それは真っ直ぐに、卑劣な表情と共にサトミへと伸びていく。

 本当、笑わせてくれる。



 手を遮るように前へ出るショウ。

 不意に速度を増し、その手が彼の顔へと突き進む。

 曲がりなりにも教育者の指示とは思えない行動。

 当然相手が誰だろうと、来る者には立ち向かう。

 ショウは前傾姿勢になり、鋭い出足で前に出る。

 額の上辺りの、固い部分を拳がかすめて手が下がる。

 それを見た別な男が肘を折り、フックに切り替える。

 半身を開き、軽く肘を振りながらその場で小さく回るショウ。

 彼は相手の内側へ入り込み、肘を脇に叩き込んでようやく構えを上げた。

「このガキが」

 拳と脇を押さえているのが二人。

 無傷が二人。

 それが余計に戦闘意欲を煽ったのか、戦いを止める素振りはない。

 何より理事が醒めた目で彼等を見下ろしている。

「この連中は、軍人上がりだ。謝るなら、今の内だぞ」

 何も答えないショウ。

 そちらは彼に任せ、私はまだ理事の後ろに控えている他の取り巻きの行動に意識を向ける。

 脅し文句のつもりだろうが、4人程度で彼が遅れを取る訳はない。

「せっ」

 懐から警棒を取り出し、横へ振る男。

 別な男は、その反対側から襲いかかる。

 無傷の二人は、左右を抜けて私達へと。

 牽制かつ、卑劣な手口。

 ショウは構わず、襲ってきた相手に対処する。

 腕を左右に開き、若干ひねって警棒を巻き込みながら床へ落とす。

 そのまましゃがみ込んで水面蹴りを放ち、落ちてきた警棒を拾い上げて二人の鳩尾へ投げつける。

 突っ込んできた二人には、私が対応。

 ショウの死角から飛び出し、足首を後ろからロー。

 体が後ろ向きに折れたところで肩を上から蹴り付け、床に倒す。

 そのまま床を踏み切り、ショウの肩に手を掛けて二段蹴り。

 鳩尾、顎と捉えて床へ降りる。

 軍人と言っても名ばかりで、ろくな訓練もしてこなかったんだろう。

 これこそ、給料を払う意味がないんじゃないのか。

「き、貴様ら」 

 血相を変えて、懐に手を入れる理事。

 サイズから見てスタンガンか、それともナイフか。

「銃の可能性もある。気を付けろ」

 小声でささやくケイ。

 まさかとは思うが、入手するだけの権力とコネはあるはず。

 それ用の対応をした方が良さそうだ。


「この辺りでお引き取りを」

 静かに、しかし威厳を持ってそう告げる北川さん。

 理事は懐に手を入れたまま、射殺すような視線を彼女へと向ける。

「ふざけてるのか、お前」

「それはどちらがでしょう。恥の上塗りはみっともないだけですよ」

「なんだと」

「それと一つ。草むしりをしている理事は私も承知していますが、少なくとも彼女は学校にとっては大切な存在です。その価値も分からないような人間は、教育に携わるべきではありません」

 明確な、誰にでも分かる理事への批判。

 北川さんは毅然とした態度を崩さす、また理事の威嚇にも動じない。

「貴様。いつまでもこの学校にいられると思うな」

「卒業すれば、いつでも出ていきますので。それと生徒会活動は今後も続けますから」

「そんな事が出来ると思ってるのか」

「退学が怖くて腰が引ける程賢くもありませんから。私は何があっても生徒会に留まり、最後まで見届けます」

 強い自信と誇り。

 その地位へ留まるのは、権力への執着や保身ではない。

 自らの信念と誇りを貫くため、理想を成し遂げるために。

 彼女は強くあり続ける。


「馬鹿が」

 吐き捨てるようにそう言って、エレベーターへ乗り込む理事。

 床に倒れた男達も仲間に支えられ、中へ入っていく。

 エレベーターのドアはすぐに閉まり、後は私達だけが残される。

「疲れた」

 ため息を付き、壁へもたれる北川さん。

 そんな彼女に、沙紀ちゃんが笑いながら近付いていく。

「さすがですね」

「好きでやってる訳じゃないのよ。何度も言うけど」

「大丈夫。上司の命令は絶対ですから」

「後は一緒に退学って?」

 楽しげに笑う二人。

 その明るさに助けられてか、他の生徒会の子達も笑い出す。


 私達とは違う関係。

 私達と同じ気持ち。

 学校への思いと、それぞれの確かなつながり。

 立場も手段も違うけれど。

 辿り着く先は変わらない。






                                                     第30話  終わり















     第30話 あとがき




 一部北地区編といったところでしょうか。

 本編ではシステマチックな部分を強調していますが、これはあくまでもユウの主観。

 部活、生徒会組織とすれば一般的なもの。

 南地区、もしくはユウ達が自由すぎるという事でもあります。

 北地区出身のキャラに付いては中等部編を参考にしていただくと、よりご理解が進むかと思います。

 キャラの雰囲気、口調、設定が違うかもしれませんが、そこは軽くスルーし頂けると幸いです。


 またストーリーとしては、より生徒会。学校との対立が深まりつつあります。

 現時点では学校優勢。

 学校に彼等が通う以上、これは当たり前なんですが。




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