表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第30話
332/596

30-12






     30-12




 一通り銃の洗礼を受けたところで、土居さんが改めて口を開く。

「次は、相手を殴ってみようか」

 どよめきと苦笑い。

 当たり前だが人を殴るのは誰でも抵抗があり、まして知り合いともなればその抵抗はより大きくなる。

 しかし土居さんは冗談で言っている訳ではないらしく、七尾君に向かって軽く首を振った。

「左右に向き合って、ペアを作れ。そう、前から順番に」

 不満顔を残しつつ、それでも指示に従っていくガーディアン達。

 良い感情ではないが、ただ感情を表現出来るようになっているのは間違いない。

「別に、相手を倒すまで殴れって事じゃない。人を殴る事の意味と、プロテクターの頑丈さを理解するためだ。玲阿君、ちょっと」

「ああ」

 七尾君に手招きされ、彼の前に進み出るショウ。

 そのお腹に、素早いジャブが数発ヒットする。

「こんな感じで、軽くやってみろ」


 かなり遠慮気味ではあるが、相手にこつこつと拳や平手を当てていくガーディアン達。

 ただこういうのはかなり初期の段階にクリアしているはずで、今更やる事でもないと思う。

 それ以前に引っかかっている問題もある。

「ショウは、プロテクター着てないじゃない」

「え。ああ、そうだった」

 今気付いたという笑顔。

 今度は、私がジャブを叩き込んでやろうかな。

「ユウ」

 サトミとショウ、同時の制止。

 分かってるわよ、そのくらい。


「厳しすぎると思う?」

「ん、まあね。もう少し優しくやるかと思ってた」

「俺も普段は気楽に付き合ってるけど、締める所は締めないと。どうしても、惰性に流されるから」

 いつに無い真剣な表情。

 時折沙紀ちゃんが見せるような、他人に対して責任を負う者の顔。

「自主的に何でもやってくれればそれに越した事はない。ただそういう人間は少なくてね。俺も、昔は言われた通りにただ動いてるだけだった。それを疑問に思わなかったし、それ以前に何も考えてなかった」

「何かきっかけでもあるの?」

「小泉さんに言われてね。怒られた訳じゃなくて、自分自身の考えを持つのも悪くは無いって」

 遠くなる七尾君の眼差し。

 彼の心はここには無く、遠いどこか。

 もしかして、中等部へ向けられているのかもしれない。

 決して戻る事の出来ない、だけど間違いなく自分が通ってきた道を。

「雪野さん達みたいに、自分の考えを持って行動するのはなかなか難しくてね」

「この子は、何も考えてないわよ」

 後ろからぽつりと漏らすサトミ。

 反論しようかとも思ったが、何一つ言葉が出てこないので諦めた。

 彼女が言う通り、やはり何も考えてないようだ。

「ユウの事は冗談として」

「冗談?」

「いいから。私達も始めから自主性に富んでた訳じゃなくて、塩田さんの影響も大きいわよ。それと、南地区の校風かしら」

「だろうね。北地区は、良く言えば真面目で平穏。悪く言えば、惰性と慣習の世界。上の言われたままに動いてれば、何の問題も無い。まあ、それが普通と言えば普通なんだけど」

 苦笑する七尾君。

 そこでふと、一つの疑問に行き当たる。

「この子達は、どうして実戦経験が少ないの?1年でも、もう半年経ってるじゃない」

「ああ、転入生だよ。傭兵とか、学校が呼び寄せようとしてる性悪じゃなくて普通の方」

「だから、私達の顔も知らなかったんだ」

「他校でも評判は高いらしいけどね」

 この手の話はたまに聞くが、実感はない。

 それは他校の生徒との接触がないためと、自分よりもすごい人達をずっと目の当たりにしていたせいもある。

「俺が厳しくても、回りが優しいから問題もないしね」

「沙紀ちゃんとか?」

「ああ。厳しいのは、俺と阿川さんと土居さん。石井さんと山下さんは間違いなく甘いね」

 怖い顔で彼を睨む土居さん。

 確かに石井さんや山下さんは、甘いというか人当たりが良くて優しい先輩という印象が強い。

「甘いばかりじゃ仕方ないだろ」

「俺もしごかれましたからね、土居さんに」

「だから今があるんだ」

 力強く言い切る土居さん。

 七尾君はブロックの副隊長であり、内密だがフリーガーディアンの研修も受けている。

 教棟の隊長である沙紀ちゃんの補佐も務めていて、また実戦においては圧倒的な強さを持つ。

 回りからの信頼も厚く、生徒会ガーディアンズ内ではかなりの影響力を持っているだろう。

「ありがたい話です。さてと、話はこの辺で」

 手を叩き、休憩していたガーディアン達の注意を喚起する七尾君。

 彼等は一斉に注目をし、姿勢を正す。

「次は、実戦形式。玲阿君を拘束する」

「おい」

「いいから」

 にこやかに笑い、ショウの肩を叩く七尾君。

 私もと言いかけて、すぐに目線で制される。

「雪野さんが付くと、誰も止められないから」

「あのね」

「あくまでも練習だよ。玲阿君もプロテクターをお願い」



 ショウ一人に対し、ガーディアンは10人。 

 プラス、バトンや警棒。

 ショウは素手。

 このくらいは軽くあしらうのは分かっているが、個人的な感情としては面白くない。

「手加減しなくて良いからな。とにかく休まず、四方から攻めろ」

「あのな」

「大丈夫。さて、行こうか」

 もう一度手を叩く七尾君。

 顔を見合わせつつ、じりじり前に出るガーディアン達。

 この時点で、すでに勝負ありだ。

「足を止めるな。一斉に掛かれ」

 その言葉に反応して、ショウを取り囲むガーディアン達。

 七尾君の指示通り一斉に飛びかかるが、ショウは素早く後ろを向いてタックルを仕掛けた。

 まさか後ろの自分にと思ったのか、あっさりと数人まとめてテイクダウンされる。

「倒れた所を打ち込め」

 後手に回る指示。

 正確に言うと、ガーディアン達がショウの動きに対応しきれない。

 さすがに殴り倒す事はないが、タックルと軽いスープレックスであっという間に全員が床に這う。

「はは、やった」

 控えめに手を叩き、ショウの頑張りを讃える。

 七尾君には悪いが、正直力不足だな。

「と、雪野が浮かれてるけど」

「今のは様子見ですよ。よし、よく頑張った。次と交代だ」

 拍手して褒める七尾君。

 疲れさせてという作戦は、ショウに対しては無意味。

 ただこの子も相当の策士なので、油断は出来ないな。

「ショウ。集中、集中」

「勝負事じゃない」

「いいの。体冷やさないで、歩いて」

 ショウに指示を出し、七尾君とは距離を取る。

 こうなると彼は敵。

 ガーディアンの訓練は二の次だ。

「ユウ。趣旨を忘れないで」

「忘れた。私は組織に縛られない」

「馬鹿、もう」

 ため息を付き、持ってきていた本を読み始めるサトミ。

 人が逆さ吊りになっている羊皮紙の古い本で、今は近付かない方が良さそうだ。

「いつでも来て」

「雪野さんが付くと困るって、さっき言わなかった?」

「言ったかもね。でも、もう忘れた」

「これだから、南地区は」

 苦笑してガーディアン達に指示を出す七尾君。

 土居さんもそこに加わり、ジェスチャーを交えて話し込んでいる。

「サトミ、まずい。北地区に負ける」

「負ければいいじゃない。私は転入生だから、立場的には向こうなのよ」

「悪魔、悪魔呼んで」

「いないわよ。魔女は異教徒を迫害する名目だったり、財産没収が目当てなの」

 本から目を離さず説明するサトミ。

 当たり前だが魔女も悪魔もいないようだ。

 それはそれで助かるが。


「雪野さん、準備は」

 ショウではなく、私に声を掛けてくる七尾君。

 何か違う気もするが、今はそんな事は関係ない。

「ちょっと待った。作戦タイム」

「早めにね」

「分かった。ショウ、こっち」

「意味分かってるのか」 

 かなり呆れ気味のショウ。

 間違いなく分かってないけど、お互い真剣さが無いと身が入らない。

 と、言い訳を思い付く。

「普段通りに、落ち着いてね。それと、絶対油断しないで」

「訓練だろ」

「それはもういいの」

「何が良いんだ」 

 怖い顔で文句を言うショウ。

 ガーディアン達が怯え気味に身をすくませるが、大して気にせず耳元に顔を寄せる。

 寄せようとしたけど、届かないので腕を引いて引き寄せた。

「勝ち負け以前に、真剣にやらないと相手にも失礼でしょ」

「まあ、そうだけど」

「それに多分、七尾君は私が協力するのを分かって言ってるんだと思う」

「疑いすぎだろ」

 やや低められる声のトーン。

 表情は先程よりも引き締まり、体から発せられるオーラも高まりつつある。

「ケイとは違う意味で策士なんだって。訓練も良いけど、油断はしないで」

「ああ」

 差し出される拳。

 それに自分の拳を軽く重ね、彼を送り出す。

「お待たせ。いつでもどうぞ」

「了解」

 前へ出るよう手を振る七尾君。

 ガーディアンは即座に駆け出し、ショウへと殺到した。

 ただそれは予想済み。

 ショウも前に出て距離を詰め、一人を倒す。

 今度は倒れた途端に集まってくるが、彼が足を振り上げる事で距離を開かせる。

 結果としてはさっき同様、全員が倒されて終わりとなる。


「ショウッ」

 私の叫ぶのが先か、彼の反応が先か。

 いつの間にか背後に回っていた別のガーディアン達が、集団で彼へと襲いかかる。

 地を這う水面蹴りから側転へつなぎ、あっさりと逆に背後を取ってタックルをくらわす。

 奇襲としては悪くないが、いかんせん相手が悪すぎる。

「ショウ」

 もう一声掛け、彼の集中力を維持させる。

 勿論それは、ショウ自身が一番分かっているだろう。


 不意に伸びてくる幾つもの手。

 どこからでもなく、倒れているガーディアン達から。

 倒れたから終わりではなく、あくまでもショウが追い打ちを掛けなかっただけの事。

 怪我はしていないし、相手には警戒されないむしろ絶好のポジション。

 足首を掴まれ、動きを止めたのは一瞬。

 腰を入れて足全体を返し、掴んだ人間ごと振り上げる。

 叫び声が上がり、倒れていたガーディアン達は転がりながら逃げ惑う。

 ショウは比較的ゆっくりと足を振り下ろし、掴んでいたガーディアンを床に叩き付けた。

「よし、そこまで。みんな良くやった。本当に、これで終わりだから」

 笑顔と共に拍手する七尾君。

 最後の一言は、私に対しての言葉。

 油断は出来ないと言いたいが、そこまでの場面でもないためショウに手を振り警戒を解くよう促す。

「これでみんなも、良い勉強になったよ」

「皮肉?」

「まさか。それに、玲阿君より強い人間なんてそういないし」

 戻ってきたショウに笑いかける七尾君。

 私も彼の肩に触れ、その労をねぎらう。

「これで、みんなの甘さも少しはなくなる」

「その分、俺が恨まれるんじゃないのか」

「経験積みだろ。ほら、あの時の」

「わーっ」

 突然叫びだすショウ。

 それにはガーディアン達も、何事かという顔で身構える。

 私も少し驚きつつ、ガーディアンに関する記憶を辿る。

 ガーディアンの訓練。

 確か以前、ショウが1年生を訓練していたのを見た事がある。

 あの時も彼は、憎まれるのを承知で彼らを鍛えていた。

 後で、彼をかばうような発言をしたのも覚えている。

 ただ、ショウが慌てるような事は何もないはず。

「どうかしたの?」

「俺が聞いた話だと」

「なんでもない、なんでも」 

 七尾君の言葉をさえぎるように大声でかぶせて来るショウ。

 顔が少し赤いので、どうも私がらみの話のようだ。

 そうなるとこっちも聞くのは気恥ずかしいので、むにゃむにゃ言って適当にごまかす。

「青春真っ只中だね」

「え?」

「いや、こっちの話。さて、次は」


 次の言葉を継げる前に、端末を取り出し耳に当てる七尾君。

 表情が固くなり、小さな返事だけがかろうじて聞き取れる。

「招集を掛ける程でもない。ああ、寮に残ってる子がいればそれは呼ぼうか。問題ない、こっちにはエアリアルガーディアンズが付いてる」

 なんか、懐かしい言葉を使ってる七尾君。

 でもってそれは、私達を当てにしてるって事か。

「さてと」 

 明るい、しかしその裏に隠れた狼の表情。

 ガーディアン達は自然と表情を引き締め、姿勢を正す。


「次はトレーニングでも訓練でもない。本当の実戦だ」

 体育館に響き渡る七尾君の声。 

 全員が彼の言葉、仕草に意識を向ける。

 向けていないのは、端末で外部と連絡を取っているサトミだけ。

 無論彼女は、七尾君の話し自体も十分に聞き取れるだけの能力がある。

「まだはっきりとしないが、他校の生徒が侵入して破壊工作を行っているらしい」

「なに、それ」

「警備員が侵入を阻止してるけど、何せ学校が広すぎる。つまり、セキュリティがどれだけ充実してても同時に塀を登ってこられたら対処出来ない。まあ、この時期に襲ってくるんだから単なるデモンストレーションなんだけど」

 切られる言葉。

 ガーディアン一人一人に向けられる、熱を帯びた視線。 

 七尾君は顎を引き、表情をより鋭くさせて不敵に微笑んだ。

「ここは草薙高校。よそ者が好きにして良い場所じゃない。でもって、俺達はガーディアンだ」

 つまり、とるべき行動は唯一つ。

「全力を持って対処し、賊を排除する」



 私もプロテクターを装着し、仮設の対策本部へとやってくる。

 おそらくは普通の教室で、そこに卓上端末を運び込んだだけ。

 空気はかなり張りつめていて、プロテクターを着たガーディアンがしきりに部屋を出入りする。

「注目」

 低い声で注意を喚起する阿川君。

 緊急の用件の者を除いた全員が、彼へ視線を向ける。

「ただ今より、侵入者への対応の概要と組織を発表する」

 悠長だなと思ったが、そういう感想を漏らす者は誰もいない。

 阿川君は淡々と対応を読み上げ、次いで組織を発表し始めた。

「責任者は北川、副責任者丹下。現場責任者七尾。全体の補佐が、石井さんと山下さん。一応、俺も」

 この辺りは、現在のG棟の序列通り。

 もしくは、北地区の構成か。

「緊急事態に付き、玲阿君と雪野さんも現場に入ってもらう。よろしく」

「はい」

 特に異論はなく、素直に返事をする。

 ただこうして話しているより、一人でも捕まえた方が良いような気もするが。

「捜索班からの報告によると、系統だった動きはしていないとの事。武装は警棒や木刀。現在銃の所持は確認出来ず。地図を」

 机の上に広げられる学内の全体地図。

 阿川君はそこに碁石のようなマーカーを置いていく。

「侵入の確認されている地点が赤。塀への取り付きは、黄色。不審車両が緑」

 増えていくマーカー。

 箇所は分散されているが、数は意外に少ない。

 ただ学内は広いため、この全部に対応するのは難しいとも思うが。

「外部については警備会社の管轄なので、全面的に任せる。塀に取り付いてる部分も、お互いに連携して遮断している。全ての建物は現在施錠中で、出入り口もガーディアンを配置する」

 ようやく分かってくる、対応の全容。

 私としては個別の撃破を考えていたが、まずは分断を図るらしい。

「建物を優先順位の高い所から制圧する。この場合の優先順位は、内部に一般生徒のいる可能性がある場所とする」

 近くのモニターに表示される、優先順位順の建物の一覧。

 一般教棟が上に並び、体育館や講堂が続く。

 生徒会の特別教棟は、その一覧には含まれていない。

 ただあそこは外にガーディアンが常駐しているし、内部にもいるのでこちらから応援を出す必要はないとの判断か。

 後で揉めるような気もするが、私が異論を挟む場面でもない。

「一般教棟はほぼ制圧済み。生徒の被害も無し。単なるデモンストレーションのつもりだろうが、手加減する必要はない」

 微かに現れる感情。

 ただそれは一瞬で、彼の口調も表情も冷静さを取り戻す。

「意見のある者は」

 反応はなく、阿川君はそれを確認して北川さんへ視線を向けた。

「ありがとうございます。現在は建物の被害に止まってますが、不測の事態が起きないとも限りません。SDCからも協力を得ていますので、作戦は彼等との共同となります」

 SDCは鶴木さんと右動さん。

 完全に北地区での対応になる訳か。

 いや。現在の学校の主流が北地区で占められているという事だ。

「また執行委員会の警備部門。保安部も、独自に対応しています」

 視線を交わし合う阿川君達。

 今回の襲撃に彼等が関係していると見る考え方もある。

「異論はあるでしょうが、彼等もこの学校の生徒である事に代わりはありません。……了解」

 報告に来たガーディアンと短く会話を交わす北川さん。

 その表情が険しくなり、視線が室内全体をさまよっていく。

「文系のクラブに、銃を持った集団がいるようです。一般生徒も多数いるとの報告があります。優先順位を変更。文系のクラブハウスを第1目標とします」

 私とショウの所で止まる視線。

 こちらも目線で頷き、背中のスティックを確認する。

 視力も問題はなく、何よりショウがいれば心配はない。

「申し訳ありませんが、玲阿君と雪野さんもお願いします」

「了解」

「撃退班は直ちに出動。責任は、全て私が取ります」



 学内を駆け抜け、文系のクラブハウス前までやってくる。

 出入り口にはすでにガーディアンが固めていて、激しく出入りを繰り返す。

「ご苦労様」

 いつにない真剣な顔で出迎えてくれる石井さん。

 彼女もプロテクターを装着していて、顔は汗が滴っている。

「人数は大した事無いんだけど、空き部屋も多いの。廊下に物も溢れてるし、乱戦になるわね」

「それは問題ありません」

「助かるわ」

 少しだけ緩む表情。

 私も彼女に頷き、ショウと向き合いお互いのプロテクターを確認する。

「大丈夫。七尾君達は、別な建物に向かってます」

「そう。じゃ、私達も行きましょうか」



 ショウを先頭にとも思ったが、私達は後方に付く。 

 それに対して不満はなく、生徒会ガーディアンズで構成されている班なので私達の存在はむしろ異物。

 後方で自由に動かした方がいいという、石井さんの判断だろう。

 廊下には大きな絵や彫刻が置いてあったり、本棚が無造作に置かれている。

 私が知る学内の建物とは若干異なる雰囲気で、いかにも文系のクラブという雰囲気を醸し出している。

 手を挙げる先頭のガーディアン。

 一斉に足を止め、彼の動向に注目する。

「ドアが開いてます」

「A班侵入、B班出入り口を確保。C班バックアップ」

 立て続けに指示を出す石井さん。

 どこかで聞いた呼び方と思ったら、沙紀ちゃんと戦った時の事か。

 つまりは、生徒会ガーディアンズの指揮伝達系統だ。 


「突入」

 静かに命令する石井さん。

 それと同時にA班がドアの中に進入。

 いきなり反撃にあったらしくガーディアンが仰け反るが、その間に他のガーディアンが中へと入っていく。

 転げるようにして出てきた、派手な服装をした男はB班によってあっさり拘束される。

 C班は扉付近を警戒しつつ、左右の廊下にも目を配る。

 確立されている役割分担。

 その役割を果たすための能力と意思。

 あくまでも彼らは、全体で一つとして行動している。

 私達なら、ショウを前面に押し出し彼の個人的な力だけで解決する場面だ。

「制圧完了」

「了解。封印して、再度前進。ローテーションは、次に移行」

「了解」

 どうやらABCを入れ替えて作戦を行っていく様子。

 役割分担が出来ていると同時に、複数の役割もこなせまた休憩も挟む事が出来る。

 この辺りは組織の強み、数の有利だろう。


「少しは参考になった?」

 階段を上りながら話しかけてくる石井さん。

 どうやら、かなり顔に出ていたようだ。

「あなた達は比較的自由な行動を好むから、私達は硬直した組織に見えると思うんだけど。これはこれで、良いところもあるのよ」

「それは分かります」

「連合という組織は確かに優秀だった。個々においても、全体においても。ただ解体されたのは、やっぱり組織として確立されてない部分が多かったんだと思う。抵抗しないよう、塩田君が指示した面が大きいとしてもね」

 初めて聞く、率直な批判。

 ただそれは彼女の言っているのが正しいと、今ではある程度納得出来る。

「組織だって動かなくても個々のレベルが高いから、問題は無いんだけどね。現に今も、あなた達は一つにまとまってるし」

「まとまってると言えるかどうか。前より人数は相当減ってますから」

「気概のある人だけ残ったかも知れないじゃない。さて、次はちょっと難易度が上がったわね」

 話を終え、全員に止まるよう指示を出す石井さん。

 それと前後して、ゴム弾が頭上を通り過ぎていった。

 さっきの訓練で使っていた物の、数倍はあるサイズ。

 プロテクターを着ていれば問題は無いが、そうでなければ箇所によっては骨折もしかねない。

「全班密集。姿勢を低くして待機」

 指示通り動くガーディアン。 

 前列にはゴム弾が当たっているが、石井さんは前進をしようとしない。

 また、ガーディアンから不平が漏れる様子も無い。

「至近距離で撃たれるより、この方が楽だから」

 私が疑問を読み取り、そう説明する石井さん。

 考え方としては間違ってないが、ゴム弾にさらされている子達の精神面は大丈夫なんだろうか。

「私が前列にいた方がいい?」

「いえ。そうではないですけど」

「私は指揮する立場、彼等は戦う立場。それは絶対で、覆る事はない。指揮系統が保てない組織なんて、存在しないようなものよ」

 ゴム弾に晒されるガーディアンを後ろから見守りながら、そう言い放つ石井さん。

 部下をいわば盾にしているような状況を恥じる雰囲気はまるでなく、むしろ威厳すら漂わせている。

 ただ私は、とてもここまでは割り切れない。

「……そろそろね。姿勢を上げて、密集したまま前進。全員走って」

 指示通り走り出すガーディアン達。

 私達もその後方から、頭上を過ぎていくゴム弾を見上げつつ付いていく。

「左右に散開。C班はそのまま前進。AB班で包囲の後拘束」

 以前として撃たれ続ける前列。

 その間に左右のガーディアンが彼等を追い越し、武装集団を強襲する。

 やる事は大して複雑ではなく、それ程練習が必要でもない。

 撃たれ続ける事に耐えられるだけ、指揮する人に信頼が置けるのならば。

「拘束の後、再度前進。銃は回収」

「了解」



 簡単に制圧をしていくガーディアン達。

 私達はそれを見ているだけで、この調子なら無事に建物全体の制圧も時間の問題だろう。

「ここが最上階ね」

 今までのフロア同様、ドアが並ぶ廊下。

 SDCのように取りまとめる組織がないのか、もしくは影響力が低いのか。

 それらしい部屋は、この先にも見当たらない。

「クラブ生が残ってるみたいだから、慎重に。一部屋ずつ、確実にね」

「了解」

 分散して、連絡があった部屋に散っていくガーディアン達。 

 彼等は部屋の中に入り、不審者が潜んでいないか捜索をする。

 これは今までと同じで、すぐにガーディアンは部屋から出てくる。

「もう少し乱戦になるかと思ったけど、意外に敵が少なかったわね」

「ええ」

 安堵感を覚えつつそう答え、ヘルメットのフェイスカバーを上げる。

 油断は良くないが、すでに廊下の突き当たりも見えている。

 いや。待てよ。

「ショウ」

「ああ。この先は、俺達も加わりますね」

「何かある訳?」

 表情を曇らせる石井さん。

 余計な事をという顔ではなく、私達が異変を訴えたと判断したようだ。

「最後に気を抜いたところで、罠を仕掛けてるかも知れません」

「経験上?」

「ええ、まあ」

 具体的な経験というより、より感覚的な部分。

 今までがあまりにもあっさりしすぎていて、言ってみれば気を抜いている状態。

 疑って掛かった方がいいのは間違いない。

「……いや。ここは私達だけで大丈夫」

 思案の後、そう答える石井さん。

 彼女の職務はこの事態の鎮圧であるのと同時に、ガーディアン達の育成も担っている。

 私達を頼るのは簡単だが、今回はそれを良しとしない部分があるのだろう。

「悪いわね」

「いえ。ただし」

「分かってる。場合によっては、自由に動いて。私も、怪我人を出したい訳じゃないから」

「分かりました」

 背中からスティックを抜き、それを伸ばして腰に構える。

 ショウはすでにグローブをしていて、臨戦態勢。

 石井さんは何か言いたげに私達を眺め、すぐに顔を前へと戻した。

「全員、捜索はより慎重に。何かあれば、応援を呼んで」



 残るドアは後4つ。

 廊下には角材が立てかけられていて、床には書きかけの大きな油絵が転がっている。

 美術系のクラブハウスらしいが、詳細は不明。

 このまま何もなく終わればそれに越した事はなく、こうして廊下にはみ出した物を気にする必要もない。

「開いてますよ」

 声に応じ、ドアを開けるガーディアン。

 室内は廊下同様油絵があちこちに置いてあり、死角もないため誰かが隠れている様子もない。

「不審者が侵入したとの連絡をしましたが、こちらは大丈夫でしょうか」

「ええ。鍵を掛けてましたから。今は自分だけです」

 愛想良く笑う綺麗な身なりのクラブ生。

 彼に笑いかけるガーディアン。

 何もないと判断して、ガーディアンがドアへと向かう。

「ご苦労様です」

 絵の具で汚れた手を振るクラブ生。

 扉が閉まり、キーの掛かる音がする。

 別なガーディアンも反対側のドアから出てきて、何も無かったとの報告をする。

「あと二つか」 

 小さな安堵のため息を付く石井さん。

 しかし彼女の表情に油断はなく、廊下の奥に詰まらないようガーディアンを分散して配置する。

 私はショウに目配せをして、それとなく立ち位置を変える。

 声を出せば気付かれる可能性もある。

「石井さん、ちょっと」

「何」

 彼女を手招きして、床を指さす。

 それにつられて顔を下げる石井さん。

 すぐに彼女の腕を引き、足を払って床に倒す。

「わっ」

 小さな叫び声。

 一斉に振り向くガーディアン達。

 私の行動を裏切りと取ったのか、全員が警棒を抜いて殺到する。

「っと」

 スティックを壁に当てて宙に舞い、殺到したガーディアンの輪から逃げる。

「全員動くなっ」

 廊下に響き渡るショウの声。

 それと間を置かずドアが開き、ゴム弾が一面に打ち込まれる。

 ガーディアン達は私達の行動により、十分警戒をした状態。

 その動きにも反応し、撃った男を即座に捕まえる。

「反対側にもいるっ。ショウッ」

「離れろっ」

 左右に散るガーディアン。

 ショウがドアの前から退くと同時に、それが開いてやはりゴム弾が当たりに飛び散る。

 今度もガーディアンが男を捕まえ、大事に至らず制圧をする。

「倒すなら、倒すって」

「声を出すと、多分やり過ごされると思って」

「どうして敵って分かったの?絵を描いてたのに、服が汚れてないから?左手に絵の具が付いてたから?」

 男の状態を上げていく石井さん。

 確かにそれは、美術系のクラブ生を疑う判断材料の一つではある。

 ただ必ず服が汚れるとは限らないし、左利きの場合もある。

「何となくですね」

 私の手を借りて立ち上がり、怪訝そうな顔を見せてくる石井さん。

 それは説明のしようがなく、私自身良く分かってない。

 経験。もしくは生まれついた感覚でしかないから。 


 私達は石井さんを床に倒し、ショウはドアを開けただけ。

 実質的にも生徒会ガーディアンズのみで、この建物の制圧に成功した。

 とはいえそれに不満は無く、むしろ感嘆の気持ちすらある。

 生徒会ガーディアンズの指揮下に入る事もあったとはいえ、彼らと揉めるか私達が主導権を握って行動していた。

 今回のようなケースも無くは無いが、それだけ上手く使われた。

 つまり私達も、組織の一員として行動出来たという訳でもある。

「二人ともご苦労様。後の処理は私達に任せて、本部に戻って。まだ、何があるか分からないし」

「ええ。お疲れ様でした」

 石井さんとガーディアン達に頭を下げ、小走りで廊下を戻る。

 ようやく聞こえる笑い声。

 和んでいく空気。

 冗談っぽく石井さんを批判するガーディアン達。 

 もう少しこの場にとどまりたいと思いつつ、私は先を急いだ。



 全体の情報はある程度石井さんから聞いていて、本部でもそれは同じ。

 制圧された建物が増え、学校周辺はすでに落ち着きを取り戻したとの事。

「……講堂の制圧完了。これでガーディアンが向かった建物は、すべて制圧されました」

 自警局員だろうか、女の子の報告を受けてかすかに頷く北川さん。

 それはすでに過去の話みたいに扱われ、室内では武装集団の特定や分析が行われている。

 所持品や尋問、目撃情報。

 いくつもの情報を総合し、意見を出し合い分析を進める。

 私達ならサトミが情報を取りまとめ、ケイがそれに判断を下すような事。

 的確な意見と、精度の高い情報。

 分析は進み、意見も徐々に集約されていく。

 私は聞いているだけだが、彼らの優秀さは十分に理解出来る。

 そんな人達が集まり話し合えば、自然と正しい結論は導かれるだろう。

 ただサトミは、彼女一人でこれだけの事をしていたという訳でもある。

 それだけ彼女には、普段から負担が掛かっていたという訳か。


「学校名を特定。作成時期及び、配布時期について現在調べています」

「進入ルートにおいても、特定完了。学内地図と照合中」

「被害情報はガラスの破損が主で、次いでドア。一部高額な機器も破壊されています。人的被害は、ガーディアンを除いてありません」 

 北川さんの元へ集められる報告。

 彼女は一つ一つを簡単なメモ書きにして、それに頷いている。

「全容が分かりつつあるんだけれど。浦田君、あなたの意見は」

 部屋の隅。

 椅子を並べた上に、上着を掛けて丸まっているケイ。 

 彼はだるそうに顔だけ動かし、頼りなく微笑んだ。

「俺に聞かれても困るんだけど」

「あなた、こういうのが得意なんでしょ」

「悪の元締めは阿川君。そっちにお願いします」

 凍りつく室内の空気。

 彼が昔荒れていて、今も何らかのつながりがあるのは公然の秘密。

 つまり誰もが知ってはいるけど、口に出すべき事柄ではない。

「俺こそ困るんだが」

 ケイを鋭い眼差しで睨みつけ、それでも北川さんの前に進み出る阿川君。

 彼は卓上端末を操作し、旧名古屋市内及びその近郊にある高校や専門学校をリストアップした。

「身分証はいくつか出てきたが、名古屋で荒れてる学校なんてどこにも無い。無論そういうグループが一定数存在する学校はあるが。・・・こことここか」

 反転するいくつかの学校名。 

 彼はモニターに指を触れ、その文字を何度かつついた。

「この辺りは、草薙中学や高校を退学した生徒が編入している。つまり土地勘はあるし、恨む理由も存在する」

「それで」

「理由はあっても、この学校がどういう所かは連中の方が知っている。誰か手引きした人間がいると考えるほうが妥当だろう。監視カメラの穴を付いてきてるくらいだし」

 改めてケイに向けられる視線。

 しかし彼は寝転んで背を向けたまま、振り返る気配もない。

「調子が悪いみたいだね」

「ええ、まあ」

 曖昧に答え、寝ているケイの側に立つ。

 体調は確かに悪いだろうが、こういう場合の彼はあまり信用が出来ない。 

「調子悪そうよ」  

 不安そうにケイを見守る沙紀ちゃん。

 この辺りは付き合いの長さや、彼への思い入れが現れる。

「そうかも知れないけど、この子はこの手の事が好きじゃないの。馬鹿馬鹿しいとかいって」

「馬鹿馬鹿しいって、何が?」

「何もかもがじゃないの」

 私も上手く答えようが無いが、彼が怒るのも理解は出来る。

 勝手に人の学校に来て好き放題暴れる理不尽さ。

 言ってみれば学生の分を越えていて、私達が対応する事柄ではない。

「それで、捕まえた連中はどうするの?」

「全員警察に引き渡して、相手校に抗議という流れね。後は補償交渉かな」

 たおやかに指を折っていく沙紀ちゃん。

 この先は警察や学校同士の問題で、私達とは関係がない。

「結局、何がやりたいんだろうね」

「治安の悪化なら生徒がいる時にやるだろうし、保安部も今日は殆どいないでしょ。どう思う?」

 帰ってこない返事。

 沙紀ちゃんは困ったように笑い、遠慮気味にケイを揺すった。

 この辺りは彼女の優しさや彼への気持ちが表れている。

「やっぱり調子悪いみたいね」 

 諦めたように呟き、ケイに掛かっている上着を掛け直す沙紀ちゃん。

 良いんだけど、なんか嫌だな。

「体重でも量る?」

 唐突に、尋ねてくるサトミ。

 そんな話題は全く出てないし、尋ねる理由が分からない。

 しかしケイは即座に体を起こし、歯ぎしりしそうな顔で彼女を睨み付けた。

「どうかした?」

「全然。急に元気が出てきた」

「それは良かったわね。だったら、丹下ちゃんの質問に答えてあげて」

「その内殺す」

 小声で呟き、だるそうに椅子へ座り直すケイ。

 沙紀ちゃんはうっすらと頬を染め、はにかみ気味にケイを見つめた。

 どうも二人にしか分からない事柄を突っ込んだらしい。

 では、どうしてそれをサトミが知ってるかという話だが。


「で、何だって」

「その、えーと。ああ、そう。何のために襲ってきたのかと思って」

「威力偵察っていうのかな。草薙高校の対応を見たかったんだろ。押収品に、カメラ無い?」

「カメラは……。幾つかあるわね」

 押収品のリストを見せる沙紀ちゃん。

 そこには確かに、カメラの文字がかなり目に付く。

 ただ言われて気付くだけで、カメラ自身は私も端末に標準装備されているのを所持している。

「多分映像を外の車に伝えて、データを取ったんだろ」

「それこそ、何のために?」

「草薙高校を武力で制圧するためのシミュレーション。学校内や建物の見取り図は手に入っても、実際に移動した方がより確実になる」

「誰がそんな事」

 答えが分かっていて、あえて聞くような表情。

 ケイは何のためらいもなく、すぐに答えを口にする。

「執行委員会さ。何かあった際、生徒会ガーディアンズはどう動くかも確認出来る。つまりは、いざという時は誰が中心となってるかも把握出来た。実際の命令系統以外に中心となる人物とか」

「今はマニュアルも全部執行委員会に提出してるから、それを見れば済むんじゃなくて?」

「言うだろ。運用や解釈は人によって違うって。まさか生徒が大勢いる所では出来ないし、さすがにそれは向こうも痛手を負う。でも今なら生徒もいなくて大事にはならないし、何より他校の生徒だから自分達には関係ない」

 見てきたようにすらすらと語るケイ。

 まるで彼が相手方の作戦を立案したかと思う程で、とても推測だけで語っているとは思えない。

「これでも結構な騒ぎだと思うけれど。本当に、ここまでする意味があるの?」

「あると思ってるからやるんだろ。俺もやりたいね。リアル草薙高校陥落ゲーム」

 げらげら笑い、お腹を押さえるケイ。

 それには北川さんの回りに集まっていた人達が、非難するように彼を睨む。

 生徒会と言えば、彼が何人も退学者を出した組織。

 言ってみれば、さっきの襲撃グループ以上に彼の方が敵かもしれない。

「俺が何か」

 それを分かっていつつ声を掛けるケイ。

 普段はこういう挑発的な態度を取らないが、今は精神的な安定を欠いている状態。

 私達も注意した方が良い。

「静かにしなさい。済みません。まだ、寝惚けてるようなので」

 にこやかに笑うサトミ。 

 薄く、心の奥まで凍らせるような冷たい眼差しと共に。

 ケイを睨んでいた子達は一斉に視線を逸らし、顔色を青くする。

 こうなると、誰が悪いって話だな。

「今度はこっちから襲えば良いんだ。全学校を、草薙高校の支配下に置けば」

「馬鹿じゃない。大体それに、何か意味あるの?」

「偉くなった気にはなれる」

 全くその価値を認めないケイ。

 私も意義は感じないし、まさに自己満足だと思う。

 第一卒業すれば、学校を支配も何もない。


「だから、別な対応の仕方もあったと思うけどね」

「例えば?」

「何もしないで放っておく。そうすれば、虚しくなって帰っていく」

 皮肉っぽい顔でそう言うケイ。

 北川さんの周りの子達は馬鹿にした顔をしているが、北川さんや阿川君達はくすりともしない。

 馬鹿馬鹿しすぎて笑えないのか、もしくは彼の考えに一理あると思ったか。

「物を壊されて、放っておく訳?」

 さりげない口調で尋ねる北川さん。

 ケイは微かに頷き、痛むのか体勢を変えて椅子に深く座り直した。

「保険には入ってるだろうし、それで補える」

「面子はどうするの。草薙高校としての面子は」

「今日は休みで、本来の草薙高校じゃない。それと、面子じゃ人間生きていけない」

 事も無げに言い放つケイ。

 いかにも彼らしい発言であり、だからこそ理解はされにくい。

「という訳で、俺は組織には向いてない」

「残念ね」

「どうだか」

 交錯する二人の視線。思惑。

 それはケイが立ち上がる事で終わりを告げる。

「どちらにしろ俺達の用は無いし、もう帰るよ」

「ご苦労様」

「ガーディアンを首になったのは正解かな。何の責任も無くて、気楽で良い」

「生徒としての責任はあるでしょ」

 冗談っぽく彼に声を掛ける北川さん。

 ケイは曖昧に笑い、その問いには答えない。

「少なくとも掃除の件に関しては執行委員会と協議する必要があるし。今回の襲撃も善後策を話し合わないと」

「大変ですね」

 人事のように返すケイ。

 北川さんは小首を傾げ、うっすら微笑んで私達を見渡した。

「掃除はあなた達も当事者だから、是非参加してほしいんだけど」

「俺達が出ると、間違いなく揉めますよ」

「それは構わない。ただし、程ほどにね」

「分かりました。では、また明日」



 建物を出た途端、青い顔でケイがうずくまる。

 体調が悪いのは明らかで、病院へ行く程ではないが歩ける様子でもない。

「無理しすぎたのよ」

 醒めた視線を彼に向けながら、そう指摘するサトミ。 

 ケイは何も答えず、ショウの手を借りて近くの階段に腰を下ろした。

「大体さっきの話、殆どでたらめでしょ」

「心外だな」

「カメラなんて誰でも持ってるし、生徒会ガーディアンズの対応を見たいなら彼らの警備に付いて行けば済む。誰が有能かなんて、情報局のデータベースを見れば分かるじゃない」

「じゃあ、そうなんだろ」

 あっさり認め、長いため息を付くケイ。

 こうなると、何が本当で何がでたらめなのか私には理解出来ない。

「なんにしろ襲ってきたのは間違いないし、北川さん達が俺の言う事を信用もしくは意見の一つとして考慮はした」

「メリットは何よ」

「自警局と執行委員会の協議に参加出来る。得体の知れない奴として、それなりの評価も得る。連合の肩書きが無い以上、多少は無理をしないと」

 深謀遠慮とはこういう事を言うのか。 

 それともこの話自体、まだ裏があったり別な意味があるのか。

 サトミは咎めるような視線を向けているが静止はしないので、絶対的に問題行動という訳でもなさそうだが。

「じゃあ、襲ってきた理由は?」

「阿川君が言ってただろ。この学校の退学者が多いって。お礼参りさ」

「捕まって、また退学になるのに?」

「その辺を分かってるようなら、この学校を退学しない。つまり、襲ってきた意味なんて殆ど無いよ。執行委員会が、「いざとなればこういうことも出来る」っていうデモンストレーションだけで」

 つまり利用され、使い潰されただけという事か。

 不憫に思わなくもないが、自業自得でしかない。

 彼等の目的や意図に関わらず、大勢の人を危険な目に遭わせた責任は自分達で取るより他ない。

 また私は、それを見過ごす訳には行かない。

「明日はどうなるの?」

「執行委員会が問題なのは誰も分かってるけど、どこまで追求出来るかな。遠野さんはどう思います?」

「私に振らないで。今回は私達に発言権はなさそうだし、北川さん達に頑張ってもらうしかないわね」

「人任せ、か」

 すなわち、自分の立場の弱さ。

 力の無さを思い知らされる。 

 自分達のやってきた事や結束は、人に誇れる事だと思っている。

 でも今は、それが通用しない事にも気付いている。

 いや。本当に通用しないのか。

 私はどうすべきなのか。

 こうして思い悩む事自体、私の至らなさなのだろうか。






     







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ