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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第30話
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30-11






     30-11




 お昼前にどうにか掃除は終わり、生徒は食堂やラウンジへと集められる。

 普段は休みのため、食堂は営業していない。

 という訳で、今度はおにぎりが配られる。

「食べられる事に感謝しろって?」

「してるじゃない」

 先程同様、素早く列に並ぶ3人。

 ケイも、おにぎりに不満がある訳ではない。

 掃除の対価としては妥当だと、私も思う。

 ただ機械的に配られ、食事の時間も決められればあまり面白い事でもない。

 私達はラウンジに集まっているが、ここの空気は全体に重め。

 寒い外で風に吹かれ、暖かい室内に戻って一息付いたせいもあるだろうが。

「なんか、ぱっとしないね」

「掃除でぱっとされても困るわよ」

 苦笑するサトミ。

 それはそうだが、どうも釈然としないというか不満が残る。

「・・・ちゃんは?」

「まだ来てないみたい」

 列の前に並んでいた女の子達がそこから外れ、端のほうで話を始めた。

 いつものラウンジなら、目の前の会話も聞き取りつらいくらいの喧騒。

 だが今は、彼女達の会話もはっきり聞き取れるくらい静まり返っている。

 どうやら、友達が掃除から戻ってきてないらしい。

「熱心な子、って訳じゃないよね」

「強制的にって言いたいの?どうかしら」

 顎に手を添え、小首を傾げるサトミ。

 私は彼女の考えを聞くより先に、脱いでいたダウンジャケットを着込んで手袋を探す。

「ちょっと、いいかな。その子、どこを掃除してた?」

「え、えと。正門の近くを」

「分かった。私、少し探してくるね」

 向けられる感謝の眼差し。

 それ越しに見える、敵意に満ちた眼差し。

 おにぎりで恨まれても、ちょっと困るんだけどな。



 頼りない日差しと冷たい北風。

 掃除をしたくらいで温まる事は無く、体の芯から冷えていく。

 私は一旦建物の中に入ったので一息付けたが、さっきの休憩からずっと外にいれば風邪を引いてもおかしくは無い。

 正門へと続く並木道。

 桜、イチョウ、ポプラ。

 種類は様々で、季節ごとに私達の目を楽しませてくれる道。

 今は枯れた木が目立ち、道に落ちた枯れ葉が風に吹かれて揺れている。

 そんな枯れ葉を、一枚一枚拾っていく男の子と女の子。

 拾った先から落ち葉が舞い降り、ひたすらにそれの繰り返し。

 この場合は適当に目途をつけて切り上げるしかなく、実際私もそうしていた。

 しかし彼らは、寒さに顔をしかめながら道へしゃがみこんで落ち葉を拾っている。

「あれか」

 鼻を鳴らす名雲さん。

 彼の視線の先にあるのは、簡易な売店。

 登下校時に利用するための、文具用品が主に置かれている店。

 今日は休日なので、本来なら営業はしていない。 

 だけど中には明かりが灯り、人影も見える。

 制服姿の男女の姿が。

「監視って事?何のために」

「優越感に浸れるだろ」

 ブルゾンの襟元に顔を埋めているケイに話を振る名雲さん。

 彼は少し顔を上げ、売店に視線を向けるとすぐに顔を埋めた。

「問題は起こしたくないんですけどね。こっちは、執行猶予中ですし」

「大人だな、お前。で、どうする。雪野」

「とりあえず、掃除は止めてもらいます」

「俺の話を聞いてないのか」

 ケイに構わず、早足で掃除をしている子達に近付く。

 彼等は慌てて顔を上げ、私に向かって愛想笑いを浮かべてきた。

 そこまで追い込まれている訳か、この子達は。

「掃除終わり。ご飯食べてきて」

「え、でも。まだ許可が」

「大丈夫、許可は取ったから。後で何か言ってきたら、元野智美に言われたって伝えて」

「はあ」

 怪訝そうに顔を見合わせる彼等だが、その表情が少しずつ緩んでいく。

 誰でも、食事すら取らず寒空の下で掃除をするなんて嫌に決まっている。

 だけど彼等は、そうしないと行けない状況に追い込まれていた。

 私も規則を強化する事を、全て否定する気はない。

 そして少し分かってきたのは、それを運用する側が問題という事だ。

「どうして、元野智美なんだ」

 不満そうに追求してくる名雲さん。

 彼の心情も理解出来るが、私の名前よりはインパクトがある。

「一応代表だしね。それに、舞地真理依じゃ通用しないでしょ」

「それはそうだが。なんか面白くないな」

 モトちゃんと付き合ってる事も面白くないよ。

 とは言う訳にいかず、彼の肩に触れる。


「遊んでる間に、出てきたぞ」

 顔を伏せたまま呟くケイ。

 近付いてくる制服姿の男女達。

 見た目は普通だが腰には警棒を提げていて、ショットガンを持っている男もいる。

 歩き方や雰囲気も普通なので、執行委員会の警備部門。保安部ではないはず。

「掃除はまだ終わってないわよ。何勝手な事やってるの」

 居丈高な口調と、見下したような視線。 

 素人が権力を持つと危ういと言うけど、まさにその典型だな。

「落ち葉は延々と降ってくるんだし、きりがないでしょ。大体見てる暇があれば、自分達も拾えばいいじゃない」

「私達の仕事は検査と監督で、掃除なんて事はしないのよ」

 なんて事、か。

 人としての常識、なんて事も考えたくなってきた。

「どういう権限があって、検査と見回りをしてるんですか」

 私を抑え、静かに尋ねるサトミ。

 女は鼻先で笑い、胸に付けているカード型のIDを見せてきた。

 それには名前と顔写真。

 そして、「MEC」とのロゴが入っている。

「Member of Executive Committeeですか」

 女が説明するより早く、そう口にするサトミ。

 エグゼクティブなので、つまりは執行委員会という意味だろう。

「私、あの馬鹿息子とその取り巻きだけが委員会だと思ってた」

「あっちは幹部、こっちは末端。どっちも馬鹿だ」

 小声でケイと会話をして、少し不安を覚える。

 彼等の横暴さではなく、彼等に賛同する者が現れその考えが浸透している事に。

「もう一つ。執行委員会は良いとして、一般生徒に掃除を強制する根拠を教えて下さい」

「強制なんてしてないわ。あくまでも、監督をしているだけよ。勿論、効率が悪い場合は委員会に報告するけれど」

 顎をそらし、勝ち誇った笑みを浮かべる女。

 私達も、その報告対象になると言いたいらしい。

 具体的にどういう処罰があるのかは不明だが、その点を考慮するなら彼等に従うのが妥当。

 いや。従う以外に選択肢はない。

 警棒や銃はその象徴で、彼等に逆らった場合の処罰を暗示している。

「さっきの連中を呼んでくるか、代わりに掃除をするか。選びなさい」

 意味ありげに取り出される端末。

 回りの男女は小馬鹿にした表情で私達を見つめている。

「……すればいいんでしょ。掃除を」

「物分かりが良いわね。じゃあ、早くやりなさい」

 足元に投げ捨てられるゴミ袋。

 深呼吸してそれを拾い、高笑いして去っていく女達の背中を睨む。

 本当、我ながら良く自制した。

「誰が掃除するって」

 顔をブルゾンに埋めたまま尋ねてくるケイ。

 無言で彼にゴミ袋を渡し、みんなにも一枚一枚回していく。

「仕方ないじゃない。暴れたら、どうなるか分からないんだし」

「あなたも大人になったわね」

 そっと私を抱き寄せ、頭を撫でてくるサトミ。

 そのぬくもりに少し救われた気になり、気持ちが軽くなっていく。

「焼き芋に近付いたな」

 明るく笑うショウ。

 私は彼の腕にそっと触れ、感謝の気持ちを伝えた。

「偉いよ、お前は」

「皮肉?」

「まさか。まあ、賢くは無いけどな」

 私を指さし、しゃがみ込んで落ち葉を拾い出す名雲さん。

 私は曖昧に笑い、並木と道を隔てる石に座り込む。 

「モトちゃんは?」

「実家だろ」

「ああ、そうか。木之本君は?」

「昼で帰ったぞ」

 つまり責任者が二人いない状態。

 迂闊な事をしなくて良かった訳か。

「でも、これでいいの?

「丸くは収まるわ」

「そうだよね」

 足元の落ち葉を拾い、ゴミ袋へ入れる。

 それは風に吹かれ、すぐに袋から出ていった。

 道を滑っていく落ち葉を見送り、小首を傾げる。

「良いんだよね、これで」

「禅問答でもしたいのか」

「いや。そうじゃないけどさ。調子狂うと思って」

「あんた、ケンカ番長か」

 そんな言い方はないだろう。



 冷たい北風と無くならない落ち葉。

 少し離れた売店からは、小馬鹿にした視線が向けられる。

 手足の指先はかじかみ、風にさらされる頬は切れるように痛い。

 そんな事を冷静に考えながら、落ち葉を拾うみんなを眺める。

「どうかした?」

 私の前にしゃがみこみ、小声で尋ねてくるサトミ。

 掃除をしない事を咎める訳ではなく、ぼんやりしている私自身が心配になったらしい。

「大丈夫。風邪じゃないから」

「あなた、たまに思い詰めるのよね」

「今は違うよ」

 しかし、ではこういう理由でとは上手く説明出来ない。

 自分の考えと他人の考え。

 何気ない行動の及ぼす影響、他人の思惑。

 今日の掃除で何がどう変わり、この先どうなっていくのか。

 売店で私達を馬鹿にした目で見ている彼らは、いつからああなっているのか。

 原因、理由、きっかけ、結果。

 一つ何かが違ったら、彼らは別な道を歩み。

 もしかして、私と友達になっていた事もあるんだろうか。

「本当に大丈夫?」

「え?ああ、大丈夫。元気一杯」

 慌てて立ち上がりゴミ袋を持って、すぐにしゃがむ。

 少なくとも今の行動は、誰にも影響を与えないな。


 落ち葉を拾って、ゴミ袋に入れて。

 拾って入れて。

 ただそれの繰り返し。

 会話は自然と無くなり、単調な作業へと没頭する。

 日差しはさらに弱まり、目の前に落ちる影も頼りない。

 指先の感覚はかなりなくなっていて、握り返すのがやっと。

「何してるの」

 ややハスキーな、聞き慣れた声。

 顔を上げた先に見える、大きな胸。

 それ越しに見える、沙紀ちゃんの顔。

「ゴミ拾い」

「え。優ちゃん達は、駐車場じゃなかった?」

「女には事情があるらしい」

 やはりブルゾンに顔をうずめたまま呟くケイ。

 ゴミ袋を彼にぶつけるが、落ち葉が辺りに散っただけ。

 すぐにしゃがみこみ、それを改めて拾っていく。

「よく分からないけど、ここを掃除すればいいの」

「いいんだけどね。終わりそうに無い」

「そこは任せて。・・・全員、正門前に集合」

 端末に向かってそう指示する沙紀ちゃん。

 少しして、見た事のある人達が小走りで駆けてきた。

「順次ブロックごとに整列。隊長は人数を確認の上、報告」

 指示通りに整列、点呼を取っていくガーディアン達。

 数は見る見る増え、正門から教棟へと続く通路は彼らで完全に埋めつくされる。

「欠員者を除き、全員集合しました」

 沙紀ちゃんと向き合い、報告する山下さん。

 彼女は軽く頷き、手を後ろに組んで姿勢を正した。

「全員、丹下隊長に注目」

 低い声でそう指示する阿川君。

 ガーディアン達も姿勢を正し、真剣な顔で正面を向く。

「休め」

 一歩下がる阿川君。

 沙紀ちゃんは彼に頷き、居並ぶガーディアン達を見渡した。

「ただいまより、正門付近の並木道の清掃に入ります。詳細は山下さんお願いします」

「C~Eブロックは、3本置きに各ブロックの分担。Bブロックは、ゴミ袋の回収および集積所への運搬。Aブロックはフリーとして、欠員の多い箇所のフォロー」

「ありがとうございます。では、早速お願いします」

 ただの、その一言。

 見返りも無く、強制もしていない。

 しかしガーディアン達は即座に、指示通り並木道に散っていく。

「この調子なら、すぐに終わるわ」

「ありがとう。でも、いいの?」

「自由に動くのはみんな苦手でも、組織立った行動は得意なの」

 きびきびと動いていくガーディアン達を誇らしげに見つめる沙紀ちゃん。

 私が、どちらかといえば否定的に考えていた組織だった行動であり序列。

 だが今は、それが最大限有効に機能している。

 それこそ私が好き勝手にやった結果の後始末であり、感謝以外の言葉が見つからない。

「ごめん」

「謝られても困るんだけど。ねえ、七尾君」

「まあ、ね。それより俺は、売店が気になるな」

 苦笑して、売店へ視線を向ける七尾君。

 そこには、私達を怪訝そうに見ている例の連中の姿がある。

「制服、か。なるほど」

 彼は一人納得し、愛想のない顔で突っ立っている阿川君を振り向いた。

「どう思います?」

「興味ないな。早く帰りたいだけだ」

「つれないな。ただ、向こうは興味津々って顔ですけどね」

 彼の指摘通り、売店から出てくる男女。

 先程同様、警棒と銃を所持したまま。

「素人っぽいけど、どうなのかな」

「知らないと言っただろ」

 あくまでも取り合わない阿川君。

 ただ七尾君の言う通り、彼等は興味どころか敵意すら漂わせてこちらに歩いてくる。


「何してるの」

「見ての通り、掃除です」

 横柄な口調の相手に対し、丁寧に答える沙紀ちゃん。

 女は眉間にしわを寄せ、警棒に手を触れながら彼女に詰め寄った。

「あなた、誰よ」

「彼女達の友人です。大変そうなので、少し手伝わせてもらいました」

「友人、手伝い?馬鹿じゃないの」

 支離滅裂な否定。 

 意味も通じなけば、前の会話からの脈絡もない。

 ただ相手に敵意を伝えるだけの言葉としか思えない。

「誰が手伝えって言ったの。勝手な事しないで」

「友達を助けるのは、誰の許可も必要ないと思いますが」

「ここは私が監督してるんだから、私の許可が必要なのよ。ふざけてるんじゃないわよ」

 とうとう腰から抜かれる警棒。

 持ち方も構え方もなってなく、子供が棒を掴んでるような感じ。

 ただ本人は強くなったと誤解しているのか、表情が一気に悪くなる。

 優越感と嗜虐性に満ちた顔へと。

 無論沙紀ちゃんはその程度では動じず、七尾君達も止めに入る事はない。

 しかし女はその対応を怯えと取ったのか、鼻で笑い警棒を軽く振った。

「私達が誰か、知ってる訳」

「草薙高校の生徒でしょう」

「それと同時に、執行委員会のメンバーなのよ。あなた達とは、身分が違うの」

 大仰な口調と、自分の言葉に酔った表情。

 一番知り合いになりたくないタイプで、側にいるだけでも気が重くなる。

「これだけ大勢の人間を使ってるから、あなたも生徒会のメンバーなんだろうけど。所詮、生徒会でしょ」

「私達はガーディアンですが」

「ガーディアン」

 先程以上の、侮蔑気味な響き。

 生徒会の構成員としては特殊なポジションで、一段下に見られる時もある。

 この女の場合は、それが顕著のようだ。

「話にならないわね」

「何がでしょうか」

「ガーディアンなんて、生徒会のメンバーでもないじゃない。それで私達に口答えしようなんて、馬鹿じゃないの」

「口答えではないんですが」

 あくまでも落ち着いた態度を崩さない沙紀ちゃん。

 しかし女も舐めきった態度を変えようとはしない。

「もういいわ。掃除したいなら勝手にやりなさい。あなた達には、こういう仕事がお似合いよ」

「それはどうも。丁度終わったようです」

 報告に来た神代さんを目線で制する沙紀ちゃん。

 女はそれをめざとく認め、彼女を警棒で指し示した。

「その髪は何。服装も」

「掃除と身なりは関係無いでしょう」

「あるのよ。気構えがなってないんじゃないの、ちょっと」

 とうとう精神論まで持ち出してきた。

 何を言いたいのかは全く不明だが、要は他人をいじめて楽しみたいだけか。

「……何よ」

 女が神代さんに近付くのを、手で制する沙紀ちゃん。

 自然と彼女と女の距離が詰まり、警棒も近付けられる。

「逆らう気?ガーディアンの分際で」

「ガーディアンも何も関係ありません。友達を守るのは、当然の行動です」

「この件は、上司に報告するわよ。あなた、所属は。」

「G棟隊長、丹下沙紀」

 身の引き締まるような、冷たい冬の風。

 一瞬彼女の顔が黒髪に覆われる。

 再び吹き抜ける北風。

 差し込む日差し。 

 沙紀ちゃんは手で髪をかき上げ、誇り高い表情を見せつけた。


「G棟、隊長?」

 途切れ途切れの言葉。

 ガーディアンは生徒会の準メンバーだが、教棟の隊長は完全に生徒会の幹部。

 これだけの人間を動員している時点で、普通はある程度気付くと思うが。

「だ、だからなんなのよ。私は許さないわよ」

 なおも虚勢を崩さない女。

 ここまで来ると処置無しというか、相手にしない方がいい気もする。

「全員ただで済むとは思わない事ね。この件は生徒会に報告して、厳罰に」

「誰が処罰するんですか」

「だから、上司に報告を」

「自警局自警課課長、北川です。ご用件があるのなら、この場で伺いますが」

 峻烈な表情を見せ、毅然とした態度でそう返す北川さん。

 女は一瞬笑いかけ、しかし彼女が取り出したIDに顔色を失う。

「それで、ご用件はなんでしょうか」

「よ、用件って。それは」

 小さくなっていく言葉。

 すでに姿勢は逃げ腰で、後ろの方は後ずさり始めている。

「自警局及び生徒会ガーディアンズは、現状において執行委員会の方針に従うつもりです。ただし理不尽な振る舞いに対しては、我々の規則に基づいて対応しますのでそのつもりで」

「そ、そう」

「ゴミ。もうないのかな」

 かなり場違いな台詞。

 それをいいカモと思ったのか、女は声の主に食って掛かる。

「今はそんな話はしてないでしょ。ふざけないで」

「ふざけてはないんだけど」

 ため息を付き、ゴミ袋を背負って私達の後ろに下がる沢さん。

 そういえば、この人もG棟だったか。

 私でも、さすがに沢さんに対してこういう口の聞き方は出来ないな。

「とにかく、用が無いのならお帰りを」

「え、ええ。私達は別に」

「それと武器の所持に関しては、後ほど執行委員会の幹部と配布状況とその利用規則に関してお聞きしますので」

「帰って結構です」

「え」

「もう一度言いましょうか」

「い、いえ。失礼します」

 最後は敬語になり、飛ぶようにして逃げていく男女。

 これこそ格が違うというか、人間的な質が違うと言うべきか。


「さすがですね」

 くすくす笑う沙紀ちゃん。

 北川さんは少し顔を赤くして、すねたように顔をそらした。

「私は好きでやってる訳じゃないの。峰山さんがいないから、仕方なく」

 何か、どこかで聞いたような台詞。

 大なり小なり、みんな先輩の気持ちを引きずっているようだ。

「掃除は済んだのね」

「とりあえずは」

 ゴミ袋を背負ったまま答える沢さん。 

 それには北川さんも、さすがに顔色を変えて謝りだす。

「あ、いえ。沢さんに言った訳ではないんですけど」

「僕の立場は、単なるガーディアンに過ぎないよ。北川課長」

「皮肉を言われても」

「フリーガーディアンの権限はかなり制限されてるし、今の教育庁ともあまり仲は良くない。単純な力で言っても、今の君のほうが上さ」

 真顔でそう説明し、ゴミ袋を背負い直す沢さん。

 しかしいくら権限を制限されていても、彼にこういう事をさせるのも問題だろう。

「沢さん。ゴミはこっちで片付けますから。ショウ」

「結局俺なのか」

 少し愚痴りつつ、それでもゴミ袋を受け取り背負うショウ。

 その姿が妙にしっくりくるというか、様になる。

「では、全員そのままで注目」

 手を叩き、喚起を促す沙紀ちゃん。

 周りにいたガーディアン達はすぐに姿勢を正し、彼女に注目する。

「今日はご苦労様でした。予定外の仕事もありましたが、その点はご了承ください。それでは今日は、これで解散します」

「全員、敬礼」

 低い声で命令する阿川君。

 ガーディアン達はいっせいに敬礼をし、沙紀ちゃんはそれに返礼をする。

 統制の取れた、見ていて気持ちがいいくらいのまとまり。

 何より、一致団結した時の力。

 これが組織のあるべき姿なのかと、改めて実感する。



 お昼も途中だったので、学校の近くにあるピザ屋さんへとやってくる。

 私はラザニアを少しと、パスタを少し。

 後はお茶を飲んで、気分が良くなった。

「何してるの」

「焦げを食べてる」

 ラザニアの大皿の縁に付いている、焦げたチーズ。

 それをフォークで削り、口へと運ぶショウ。

 私も嫌いでは無いけど、あえて食べようとは思わない。

 どうもこの子は、こういう安っぽい物を好む傾向があるな。

「お前は、前世で飢え死にしたのか」

 苦笑してパスタを頬張る名雲さん。

 この人には言われたくない台詞だろうな。

「後で揉めない?」

「さっきの話か。まあ、揉めるだろ」

 あっさりと認めた名雲さんは、空になったパスタの皿を引き寄せてわずかに残っているトマトの固まりを集め出した。

 結局はこれだ。

「とはいえ今回は、お前達は直接関係ない。自警局対執行委員会ってとこだな」

「でも」

「遅かれ早かれって話さ。だろ、浦田」

「さあ」

 気のない返事をして、ピザの端をかじるケイ。

 顔色は優れず、冷えたのが良くなかったらしい。

「死にそうだな、お前」

「寒いのに、何も食べずに掃除しようって人がいたので」

「じゃあ、あの状況を見過ごせっていうの。私はそんなの絶対嫌よ」

「偉いよ、雪野さんは」

 消え入りそうな声でそう呟き、背を丸めてお茶を飲むケイ。

 その内膝に猫を置いて、ひなたぼっこしだすんじゃないのか。

「ただ、これからはああいう事が増えそうね」

「ああいう馬鹿が増えるって事?」

 ニンジンのスティックを、優雅な仕草でかじるサトミ。

 見た目は申し分ないが、言ってる事は何一つ楽しくない。

「でも、あんなIDなんてあった?」

「少しずつ増やしてるんでしょ。多分、生徒会に所属出来なかった人間を集めてるんだと思う。今まで圧倒的な存在だった生徒会の上に行ける訳だから、なり手はいくらでもいるわ」

 さらに気持ちが沈むような話。

 またおそらくは、彼女の言う通りに状況はなっている。

「食べないの?」

「え、ああ。デザートなら」

 基本的に食欲は落ちないし、この程度では少しも影響しない。

 店員さんを呼んで、パンナコッタをオーダーする。

「なんか、楽しくない話だね」

「当然執行委員会に参加するくらいだから、管理案にも賛成。質はともかく、数は増えるわ」

 サトミの話を聞きながら、運ばれてきたパンナコッタを一口頬張る。

 今はこちらの味を楽しむのが先で、サトミの話も少し割り引いて聞こえている。

「どのくらい賛成するのかな」

「小等部から在籍している生徒は、反対に回る比率が高いと思う。ただ、転入組はどうかしら。生徒会に入れないケースも多いし、元々の在校生からは疎まれがちだから」

「サトミも?」

「あり得るわね」

 にこりと笑い、パンナコッタをすくっていくサトミ。

 少なくともこの時点では、間違いなく敵に回ってるな。



 食事を終え、それぞれの家へと帰宅する。

「お帰りなさい。ご飯は?」

「お昼が遅かったので、軽くお願いします」

 そう答え、二階へと上がっていくサトミ。

 本当こういう時は、戻って表札を確かめたくなる。

「どうかした?」

「いや、別に」

 上着を脱いで、私もサトミの後を追う。

「優、これお願い」

 後ろから声を掛けられ、シャツと下着を渡される。

 見覚えはあるが私のではない。

 間違いなく全部、サトミの服。

 どうやらこの家では、転入者の方が優遇されているようだ。




 翌日。

 着替えを済ませ、日の明け切らない内に家を出る。

 身を切るような冷たい空気。

 街灯の回りは淡い明かりに照らされ、その周囲には未だ闇が残る。

 東の空はわずかに明るくなってきているが、空にはまだ星の瞬きが見えている。

 アスファルトの感覚を確かめながら、体を解しつつ走る速度を上げていく。

 体に掛かる負荷。

 その苦しさと心地よさを味わいつつ、見慣れた景色を後ろへ流す。

 すれ違うのは新聞配達のバイクや、犬を連れた男の子。

 早朝の澄んだ空気に、彼等の姿も闇の中で透き通って見える。

 色んな事があり、また今も続いている。

 それに気持ちが沈む事があっても、この瞬間だけは全てを忘れる。

 いや。意識をしても、それに飲み込まれはしない。

 以前よりも少しだけど、確実に変わっている自分。

 あくまでも冷静に、自分を見つめられる部分が残る。

 完全ではなく、まだ弱い部分はあるけれど。

 それはそれで、私の大切な部分だから。



 運動すれば疲れてくる。 

 疲れてくれば、眠くなる。

 幸い学校は休みで、お昼まで寝ていても問題はない。

「優、ご飯は」

「あ、え?」

 どうにか目を開け、枕元に置いてある端末で時間を確認する。

 朝と呼ぶにはやや遅いが、休日の起床時間としては妥当な頃。

 リビングのソファーから降り、床の上に座り込む。

「適当に食べる。サトミは」

「お父さんの書斎で勉強してるわよ」

「好きだね、相変わらず」

 お母さんの体を伝って立ち上がり、そのままキッチンへと向かう。

 私は食べるのが好きなので。


 簡単にお茶漬けで済ませ、お茶碗を洗ってリビングに転がる。

 何の予定もなくて、何をする必要もなくて。

 ただこうして寝ていられるのは、ささやかだけど私にとっては幸せの一言に尽きる。

「ユウ、学校に行くわよ」

「行ってらっしゃい」

「寝てないで、ほら」

 くすぐられる脇の下。

 とても寝ているどころではなく、体を折りながら跳ねるようにして起きあがる。

 こうしてたわいもなくじゃれていられるのも、休みならではだ。

「また掃除?」

「図書センター。ネットワーク上に、良い資料が無くて」

「いいけどね。本屋さんに売ってないの」

「13世紀の本なのよ」

 何を調べてるんだか。



 本来の休日同様、今日は外来用のスペースに車を停める。

 さすがに教職員の車も少なく、植え込みの辺りで猫が丸くなっている。

「図書センターってどっち」

「ちょっと待って。私も、駐車場からだと位置が」

 端末で地図を呼び出し、位置を確認するサトミ。 

 私なら、この時点でもう歩き出してるけどな。

「分かった。行きましょ」

「何調べてるの」

「魔女裁判とかを少し」

「悪魔ならケイがいるじゃない」

「あれは、本物の悪魔でしょ」

 身も蓋もない会話を交わし、駐車場を抜けて教棟に続く通路へと出る。

 通路には並木からの落ち葉が広がり、昨日の掃除の面影はまるでない。

「あの掃除は、一体なんだったのかな」

「意味なんて、すぐに分からない時もあるわ」

「そうかな」

「時もある、と言ったわよ」

 なんだ、それ。



 静かなロビー。

 清楚な女性が控えている受付。

 磨き込まれた大理石の床は、私達の足音をロビー中に響かせる。

 固く、静けさに溶けこむような音を。

「済みません。こういう関係の本を閲覧したいのですが」

「……あ、はい。今ご案内いたします」

 サトミの端末と彼女の顔を見て、受付の奥から鍵を持ってくる女性。

 カードキーではなく、南京錠を開けるようなそれ。

 女性は受付の中に私達を招き入れ、奥の部屋へと歩いていく。

「上のフロアじゃないの?」

「閉架図書なのよ」

「許可さえ得れば誰でも閲覧は出来るんですが、そういう熱心な方は少なくて」

 部屋を入ってすぐにあるエレベーターへと乗り込む女性。

 私達もその後に続き、しまっていくドアを見つめる事となる。

 ちょっと怖くなってきたな。



 どこまでも続く本棚の列。

 その間の通路を、キャスター付きの運搬車が移動して本を選び取る。

 運搬車は通路の端まで来るとコンベヤに本を載せ替え、再び通路へと戻っていく。

「ここは上に置けない本を保管しておく場所です。こちらへどうぞ」

 ベルトコンベア越しに歩いていく女性に促され、黙々と働く運搬車を横目に眺める。

 本の多さにも圧倒されるが、この静けさと淡々と進んでいく作業が少し私には馴染めない。

「こちらですね」

 錆の浮いた金属製の小さな扉。

 女性は鍵穴に鍵を差し入れ、慎重にそれを回した。

 鍵の開く、小さな固い音。

 ドアの取っ手に手が掛かり、それがゆっくりと押し出される。

 微かな、最低限の照明。

 ただ空気は冷たく、湿度も一定に保たれている感じ。

 誰かが潜んでいる気配はなく、また鍵が掛かっていたのでそんな訳はない。

 だけど、入っていきたいとは思えない何かがここにはある。

「怖いね少し」

「そう?」

 薄く微笑み、何のためらいもなく足を踏み入れるサトミ。

 黒髪は照明を浴びて淡く輝き、白い肌はその淡い光に包まれる。

 強い力を宿し出す切れ長の瞳。

 生き生きとした表情を見せ、羊皮紙と思われる本の列に手を添えるサトミ。

 本は何も答えないが、彼女はそれが聞こえたかのように微笑みを湛えて頷いた。

 ここは間違いなく彼女が降り立つべき世界であり、逆を言えば私とは無縁の場所である。

「私、上で雑誌見てくるね。終わった呼んで」

「ええ」 

 軽く手を振り、司書の女性と奥に進んでいくサトミ。

 二人はすでに専門的な話をしていて、私にはその単語すら理解が出来ない。

 何より、この場所にいるのは精神的に良くない気がする。



 明るい照明と周囲の会話。

 並ぶ雑誌は新刊ばかりで、不安の欠片も見当たらない。

 私にはやっぱりこっちの方がお似合いだ。

 多分お化けは、ああいうところの本棚の裏に住んでるだと思う。

「冬こそ穴場。恐怖の心霊スポット44。ほら、あなたの後ろに付いてきた」

 最悪な内容を読み飛ばし、面白そうなページを探す。

 えーと、これは。

 年末年始のイベントや観光スポットか。

 面白そうな所もあるが、今は出歩くのも少し疲れる。

 何にしろ、目の調子次第だろう。

「楽しそうだね」

 声を掛けてきたのは土居さん。

 今日はバトンを腰に下げてなく、濃茶の革のコートと赤のミニスカートという服装。

 綺麗だし背が高いので、何を着ても似合う人は似合うんだ。

「そうでもないんですけど。土居さんも、本を読みに?」

「まあね。雑誌は買うより、ここで読めばお金がいらないし」

 手にしているのはメモ用紙。

 もう片手にあるのは料理雑誌。

 市販されている雑誌はコピーガードが掛かっている物もあり、普通のコピー機では印刷出来ない。

 そういえば、料理が得意とか言ってたな。

「なんだよ。あたしが、料理じゃ違和感があるって」

 気恥ずかしそうに言い立てて来る土居さん。

 何も言ってないが、どうも本人はそれなりに気にしているようだ。

「でも、今頃クリスマスケーキって」

「上手く行かなかったから、研究しようと思ってね」

 でもって、意外と生真面目らしい。

 ある意味神代さんタイプだな。

「あんたも雑誌を読みに?」

「いえ。知り合いが、下の書庫で古い本を読んでるので」

「良く分かんない知り合いがいるね」

 それは否定出来ず、雑誌を戻して時計を見る。

 呼びに来てとは伝えておいたが、どうやらかなり没頭しているようだ。

「済みません。私、友達を呼びに行ってくるので」

「ああ。それと、今日はもう帰る?」

「ええ。まあ。用事がないので」

「余裕があったら、連絡して。ちょっと手伝って欲しいから」



 ようやく書庫から出てきたサトミと一緒に、学校の外へご飯を食べに行く。

「資料は集まった?」

「ええ。ラテン語の本もあるから、翻訳を頼んできたわ」

 ワンタンを食べながらそう教えてくれるサトミ。

 ただ仮に日本語になったとしても、私には理解出来ない内容だと思う。

 というか、ラテン語って何語なんだ。

「それと土居さんが、ガーディアンのトレーニングを手伝ってくれって」

「そういう話はショウにお願い」

「いるかな、あの子」

 端末を取り出し、彼のアドレスをコールする。

「……あ、私。……今日、大丈夫?……いや、学校。……ガーディアンのトレーニングなんだけど。……うん、お願い。……じゃ、また後で」

「トレーニングじゃなくて、デートした方がいいんじゃなくて」

「それもどうかな」

 曖昧に笑い、杏仁豆腐の食感を味わう。

 ココナッツミルクベースで、優しい味って多分こういうのを言うんだろう。

「でも、休みなのにトレーニングって熱心ね」

「何となく、思い当たる事はある」



 寮からジャージを持ってきて、ロッカールームでそれに着替える。

「悪いね」

 同じくジャージ姿の土居さん。

 彼女の腰には、当たり前のようにバトンが下がっている。

「いえ。それと、ショウ。玲阿君も呼びましたから」

「ああ、あのいい男」

 多少引っかかる言い方だが、間違ってはいない。

 あの子より格好良い人は、この世の中に存在しないし。

「何にやけてるの」

「あ、誰が」

「さあ。誰かな」

 大袈裟に肩をすくめる土居さん。

 しかしこれ以上突っ込むのもやぶ蛇になりそうで、うにゃうにゃ言ってこの場をごまかす。

「あれ、雪野さん」

「こんにちは」

「ああ。こんにちは。休みだっていうのに、土居さんも全く」

 咎めるような視線を土居さんに向ける七尾君。

 ただ彼も当然だが休日であり、その点に対しての不平は聞かれない。

「仕方ないだろ。丹下は何かと忙しいんだし」

「雪野さんも用事はあると思うんですけどね」

「私は大丈夫。でも、沙紀ちゃんはまだ仕事してるの?」

「何せ、教棟の隊長だから。当然北川さんも頑張ってるよ」

 体を解しながら説明する七尾君。

 よく考えれば彼も沙紀ちゃんを補佐する一人であり、ここにいていいのかとも少し思う。

 ただ切羽詰まったり逃げてきたような雰囲気はないので、問題は無いんだろう。

 多分。

「さて、来たよ。ひよっこ共が」

 苦笑気味に呟く土居さん。

 体育館に入ってきたのは、少しおどおどしたジャージ姿の集団。

 先頭には、沙紀ちゃんのオフィスにいた自警局の女の子もいる。

「この子達って」

「あんたもいた、訓練で惨敗したグループ。少し鍛えようと思ってね」

「彼等が自主的に?」

「さあ、どうかな」

 その部分は曖昧にする土居さん。

 集団は私達の前に整列し、女の子が一歩前に進み出た。

「希望者は全員集まりました」

「良し。呼び出した理由は、事前に伝えた通り。銃相手にひるむのは仕方ないけど、あの程度が対処出来ないならガーディアンをやる意味もない」

 いきなりの厳しい指摘。

 何人かは顔を伏せ、そうでない子達も視線を逸らす。

「ああ、自己紹介がまだだったか。私は直属班の土居。丹下とは中等部からの先輩後輩。いや。丹下隊長か」 

 冗談っぽく言い直す土居さん。

 しかし笑う者は誰もいなく、七尾君が少し口元を緩めた程度だ。

「七尾は知ってるとして。そっちの女の子は、旧連合のガーディアン」

「え、ああ。えと、雪野優です。よろしく」

 そう挨拶した途端、どよめきが起きる。

 明らかに顔色を変える子もいて、どうもあまり良い印象は無いらしい。

「遅れました」 

 小走りで私達の元へ駆けつけるショウ。

 そんな彼の姿を見て、「玲阿さん」という言葉があちこちから漏れる。

 どうやら、私と対に思われているらしい。

「こっちは紹介無しで大丈夫か。後、後ろで見学してるのが遠野。あんたはやらないの?」

「私は非戦闘員ですから」

「一度あんたも鍛えたいんだけど、まあいいか。では軽く走って、まずはそれから」



 体育館を数周し、ストレッチをして体を解す。

 これだけで息が上がる子はいなく、その点では多少安心出来る。

「問題は度胸。それを付けるのは、大して難しくはない」

 あっさりと言い放す土居さん。

 彼女がどうしたいかは、肩に担がれた銃を見れば想像が付く。

 かなりストレートな事を考えているようだ。

「見ての通り、これを使う。プロテクターさえあれば、撃たれたくらいじゃびくともしない。七尾」

「はい」

 ここは素直に銃を受け取り、すぐに発砲する七尾君。

 ゴム弾は壁を捉え、跳ね返ってきた幾つかが鼻先をかすめていった。

「所詮ゴム弾。プロテクターが無くても、アザが出来る程度。という訳にもいかないから、全員プロテクター装着」


 漂い出す重い空気。

 プロテクターを装着し、押し黙ったまま整列するガーディアン達。

 土居さんの言う通りプロテクターを着ていれば、ゴム弾程度なんて事はない。

 ただそれには幾つもの経験を積み重ねる必要がある。

 個人の資質は大して必要なく、むしろ鈍い方が向いているかもしれない。

「さてと。誰から撃たれたい」

 銃口を前へ向ける七尾君。

 一斉に腰を引くガーディアン達。

 ゴム弾には何種類かあり、拳大の単発もある。

 今入っているのは、指の先程のサイズ。

 数もかなり減らしてあり、子供だましと言っていいくらい。

 しかし撃たれた経験がなければ、怯えるのも仕方ない。

「いいや。適当に前からだ。フェイスカバーは降ろせよ」

「は、はい」

「後ろの連中は壁際に下がれ。いいか」

 左右に分かれるガーディアン。

 残った前列は体を硬くして、首をすくめる。

「力を入れすぎても……。まあ、いい」

 何の前触れもなく発砲する七尾君。

 ゴム弾は彼等のプロテクターを捉え、あっさりとはじき返される。

 立て続けの発砲。

 やはりゴム弾は弾かれ、ガーディアン達も少しずつ顔を上げ出す。

「よし。こんなもんだ。次」

「は、はい」 

 撃たれた子達は壁際に向かい、交代するガーディアン達に笑いかけている。

 実際その程度の威力で、その事さえ分かっていれば無闇に恐れる必要もない。

 私達が名古屋港で使われた発火型のタイプや、スタンガン内蔵型はまた別だが。

 今はまず、撃たれる事への恐怖心を克服する方が先。

 またスタンガンが内蔵されていても、やはりプロテクターを着ていたら問題はない。

「君も?」

「お願いします」

 声を震わせ、それでも列に付く女の子。

 以前はあっさりと意識を無くした、またここに立つ必要のない子が。

「じゃ、行くぞ」

 無造作に発砲する七尾君。

 顔を伏せた女の子の全身にゴム弾が当たり、跳ね返る。

 よろめく体、下がっていく顔。

 やがて膝が折れ、床に両手をついてしまう。

「もういい。下がれ。誰か」

「は、はい」

 何人かのガーディアンが駆け寄り、彼女に肩を貸して下がらせる。

 七尾君は彼女に声を掛ける事無く、交代したガーディアン達への発砲を続けていく。


「不満って顔だね」

「ええ、まあ」 

 土居さんの質問にそう答え、ただ彼には彼の考え方があるんだとは思う。

 私には多分真似が出来ないが。

「甘いのはお互い楽だけど、成長しづらいから。厳しい面もないとね」

「分かりますけど」

「その辺は、好きにやればいいさ」

 腕を組み、七尾君とガーディアン達に視線を注ぐ土居さん。

 突きつけられる、私の甘さ。

 心の中に広がっていく苦さ。  






 







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