表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
33/596

5-2






     5-2




「池上さん、守備隊指揮者へ連絡」

「了解」

 即座に理解した池上さんは、聞き返す事もない。

「みんな、僕の合図で行くから」

 勿論、私達も。

 沢さんの体が一瞬後ろに下がり、相手との間にわずかな隙間が出来る。

 そこを縫うように、足が真上へ上げられる。

 振り下ろされない。

 横へ薙ぐ。

 激しい音と共に、ヘルメットが5つ飛んだ。

 最前列で、私達と対峙していた人達のが。

 飛んだのはヘルメットだけでなく、当然その人達もだ。

 突進が止まり、ざわめきが広がる。

「……突入」


 やはり静かな声。

 沢さんは、さらに3人ほどをなぎ倒している。

「遅れるなっ」

 沢さんに襲いかかろうとしていたスティックを跳ね飛ばし、名雲さんも突っ込む。

 頷き合い、私達も後に続く。

 降り注ぐスティックの雨。

「セッ」

 こちらもスティックを上に振り、それらを全部叩き落とす。

 呆気に取られた顔をしているが、分かっていない。

 力じゃない、タイミングだ。

 がら空きになった彼等の脇腹を、今度はショウが蹴り飛ばしていく。

 周りに空間が出来たのもつかの間、即座に次が来る。

「ショウ、下がってっ」

「おうっ」

 彼の姿が消えたのを確かめ、スティックを腰にためる。

 狭まる周囲との距離。

 ……よし。


 スティックを正面に大きく薙ぐ。

 まず前を開け、一歩前へ。

 次いで右手を離し、左手だけで円をを描くように廻す。

 後ろに回ったところで、順手から逆手に持ち返る。

 いくつかの手応えを感じつつ、後ろを廻しきり右手でその先端を受け止める。

 今度は左手を離し、右手で前に廻す。

 前に戻ってきたスティックを両手で持つ。 

 右から振り下ろし、左から跳ね上げる。

 背後の気配に、振り向かないままスティックを後ろに突き立てる。

 さらに手元で回転させ、持ち代える。

「ヤッ」

 地面を勢いよく踏み切り、体を翻す。

 追いすがってきた手を蹴りつけ、廻したスティックを渾身の力を込めて振り下ろす。


 聞き慣れない音がして、床が弾ける。

 破片が飛び散り、私の周りには大きな空間が空いた。

 周りの人達は、仕掛けてこようかどうか迷っている様子だ。 だけど、スティックや警棒は持ったままで。

 それを降ろさない限り、こちらも手加減は出来ない。

 私は軽く息を付いて、ショウを振り返った。


 ……さすが。

 同時に5名以上を相手にして、一歩も引かないショウ。

 倒れた先から次の人間が来るのだけれど、全く意に介していない。 

 パワー、スピード、技術。

 そのどれもに、相手と圧倒的な差異がある。

 またそれ以前に、強いという次元が根本的に違うのだ。

 人が狼やライオンと戦う事に、どれだけの意味があるのか。

 例えて言うなら、そんな感じ。

 もしかして、ショウ一人でもこの人数を相手に出来るんじゃないかと思えるくらい。

 しかも、相手の急所を外す余裕まであると来ている。

 ケイに負けた時はどうなるかと思ったけど、それも自分の中で克服したみたい。

 この人は一体どこまで強くなるんだろう。

 出来るなら、それを最後まで見届けてみたい……。



 っと、そんな事考えてる場合じゃないか。

「お待たせっ」

 スティックを振り、その中の一人を吹き飛ばす。

「沢さん達はっ?」

「ここにいるよ」

 後ろから、笑いを含んだ声が。

 いつの間にか私達と背中合わせになり、押し寄せる相手を蹴散らしている。

 それに安心する間もなく前から、というか横からもスティックが伸びてくる。

 5本目までは跳ね返す。 

 けど、残り3本がどうしても。

 体に力を込め、その衝撃に備える。

 ……こない。 

 ショウがスティックを頭の上にかざし、受け止めてくれたのだ。

 そして私に出来る事と言えば、押し寄せる足を蹴りつける事。

 悲鳴を上げて逃げていく背中にスティックを付き、周りを巻き込んで倒れさせる。


「いいぞ、二人とも。ナイスフォローだ」

 と誉めてくれた名雲さんは、サトミ達との通信で忙しい沢さんを完全に守りきっている。

 沢さんの腕からすればそれは必要ないのかもしれないけれど、彼の気持ちは分かる。 

 私だって、今ショウの助けは必ずしもいらなかった。

 それでも彼は、私を守ってくれた。

 その意味は、単に私が女だからではない。 

 ましてや、好意を抱いているとかでも。 


 一緒に、こうして肩を並べている仲間だから。

 普段味わえない、強い一体感。

 私の一部がショウの中に流れ込み、そしてショウの一部もまた私の中に。

 勿論沢さんや名雲さんだって。

 私達は4人で一つになっている。

 サトミやケイと一緒にいる時とも違う、別な絆。

 この人達とこうして肩を並べられる事を、私は嬉しく思う……。



 さすがに組み難しと見たのか、押し寄せる数が減ってきた。 とはいえいなくなった訳ではなく、スティックは容赦なく降り注いでくる。

 しかしそれを生徒を守るために使わず、例え他校とはいえ一般の生徒まで襲おうという考え方が気にくわない。

 とにかく、断固たる姿勢を保たないとこれからのためにもならない。

「遠野より報告。8号通路で、異音確認。隔壁を破壊中と推測されます」

 8号通路は、今私達の斜め後ろに見える。

 あそこから出られたら、今防御ラインを作っているみんなの横を突かれる事になる。

 スティックにすがりついた3人を投げ飛ばした沢さんが、息も乱さず連絡を入れる。

「三島さん」

「隔壁開放準備に入る。……準備完了」

「遠野より報告。通路警戒中の待機班も準備完了」 

 沢さんは何も言わなかったのに、即座に理解する二人。


「了解。遠野さん、そちらの指揮を委任する」

「了解」

 その間も、沢さんは動きを止めていない。

 勿論フォローとして、私達が出来るだけ彼の周りを守ってはいるにしろ。

「……三島さん、米内さん。カウント5から始めます」

 落ち着き払ったサトミの声。

 こうして戦いのまっただ中にいる自分の心が、静まっていくのが分かる。 

 慌てなくていい、焦らなくていい。

 彼女の声が、そう聞こえる。


「5、4、3、2、1。隔壁開放」

「隔壁開放」

「続いて、照明弾投入……。米内さん、再度カウントダウン入ります。5、4、3……」

 これは、照明弾の効果を待っているのだろう。

「……1。突入開始。待機班E-4、5は、ドア側部に展開。……了解。E-4援護開始……。拘束者は、その場で指錠を連結……」

 よどむ事無く、まるで現場にいるかのように指示を出していくサトミ。

 カメラ映像もなく、情報は彼等が送ってくる通信のみである。

「遠野さん。そちらを鎮圧したら、連絡を僕に」

「了解。現状況、拘束者13名、会場への再侵入者は無し。他通路からの進入計画の情報は、現在ありません」

 勿論ほっとする訳にも行かず、迫る相手を倒し続ける。


 そこに今度は。

「池上より報告。グランドに降りた相手校生徒が、交渉を要請。和解を申し出ています」

「グランドに近い守備隊は」

「現在待機中の、生徒会ガーディアンズDブロックです」

「池上さん。彼等のフォローを」

「了解」

 きびきびした声が聞こえ、その会話がわずかながら聞こえてくる。

 彼女の場合は、安心感と適度な緊張を与えてくれる。 

 緩みきってもいけない、張り切り過ぎてもいけない。

 その緩急が、心地いい。

「池上より報告。交渉役の他校生徒、武器を隠匿しているとの情報が多数。一部生徒が、通信機で指示を仰いでいるとの連絡もあり」

「交渉役は、現場に任せられるかな」

「問題ありません」 

 そう、Dブロックの生徒会ガーディアンズは池上さん達が鍛え上げた人達。

 いわば、彼女の生徒であり分身でもあるのだ。


「池上より報告。交渉途中で、相手校生徒実力行使に及びました。……鎮圧完了、相手校の通信機傍受可能です」

「情報収集を頼む」

「了解……」

「遠野より報告。8号通路、完全に鎮圧」

「池上より報告。8号通路、鎮圧終了」

「了解……」 

 通信をオフにして、顔を寄せる沢さんと名雲さん。

「今の、どう判断する」

「俺達の通信も傍受されてるってサインだな」

 なるほど。

 サトミの言った内容が、池上さんの傍受した通信機からも聞こえたと教えてくれた訳か。

「アドレスを変えて、傍受を防ぐか。それとも」

「傍受されてても、向こうは何も手を打ててない。勝手に聞かせておけばいいさ」 

「同意見だ。……池上さん、報告了承」

 今まで沢さんは、こんな事を言った事がない。 

 つまり、池上さんのサインを受け取ったという意味か。

 ここまで来ると、さすがとしか言いようがない。


「池上より報告。相手校内通者より連絡。こちらの指示を待つとの事です」

「内通者の位置は」

「各責任者後方に移動。なおすでに責任者1名が、乱戦に紛れ倒されています」

 あちこちで、どよめきが起きる。

 池上さんの報告は、明らかに傍受を意識した内容。

 内通者なんていないし、そんな連絡ある訳もない。

 それにしても咄嗟に、良くそこまで言える。

「当校への転校を条件に、後5名が内通希望。今顔を右へ動かした者が、そうです」

「了解。内通者へは、5分後に連絡。内容は、追って指示する」

 ますます浮き足立つ相手校。

 顔なんて誰も動かすし、5分後という時間が余計疑心暗鬼を生む。

 さすが池上さん、そして沢さんだ。


 通信が守秘回線に代わり、その会話が聞こえてくる。

 私は横から来た人の脇をスティックで突き、後ろの3人くらいまでまとめて吹き飛ばした。

 背中にいるショウはスティックを捨て、関節を極めての投げを繰り返している。

 やはり素手の方が動きやすいようだ。

「池上より報告。傍受した内容では、指揮系統に乱れが発生」

「後は、君に一任する」   

「了解」

 元の通常回線に戻り、先程までの全体状況と個別の状況を繰り返し連絡する池上さん。

 サトミからも、同じ様な連絡が入ってくる。

 守備隊は、一歩も引いていない。 

 さて、護衛隊は。



「元野より報告。一般生徒、全員観客席を脱出。後衛の丹下班、通路に入ります」

 確かにさっきまでいた沙紀ちゃんとケイのシルエットは、もう見えない。

 当然、一般生徒や観客の姿も。

 後は、通路に進入するのを防ぐだけか。

 モトちゃんも分かっているのか、すぐ連絡が入る。

「元野から遠野へ。観客席に残る相手校生徒の動向は」

「暴徒化した生徒の半数が、通路へ移動。護衛班は警戒」

「了解」

 少し間があり、再びモトちゃんから連絡が。

「……舞地隊長より要請。余剰人員があれば、通路確保の応援をお願いします」

 舞地さんが応援を必要とするとは思えない。

 堅実なモトちゃんの進言が、彼女を動かしたのだろう。

「守備隊オペレーター。待機班で展開可能なのは」

「池上より報告。通路警戒に当たっている生徒会ガーディアンズE班展開可能」

「遠野より報告。同じくフォースE班展開可能」

「両班は警戒中の通路から進入。隔壁を閉鎖しつつ、護衛隊の応援に」

「三島より連絡。各隔壁閉鎖準備完了」

「彼等は今後、舞地隊長の指揮下へ編入。突入のタイミングは、守備隊オペレーターに一任」

「了解」

 3人の唱和が聞こえ、池上さんとサトミが各隊長や三島さんと連絡を取っていく。



 私達が突入してから10分あまり。

 通路へ行ってしまった連中も併せれば、相手校の人間は最初の半分ほどになっている。

 暴動に参加せず隅の方で固まっている生徒達の方が、今では多いくらいだ。

 それでも防御ラインは一向に下げず、私達が動きを止める事もない。

 引けば相手の気力が盛り返す可能性もあり、数で負ける私達はそれを絶対に避けなくてはならない。

 振り下ろされるスティックを叩き落とし、伸びてくる手足をかわしては蹴り返す。

 一瞬、息を付く。

 意識がわずかに緩み、構えが緩む。

 相手は、私のそんな都合にかまってはくれない。

 左右から同時にスティックが振り下ろされ、正面からはタックル気味に突っ込んできた。

 ここに来て、油断したか……。


 しかし、どれ一つとして当たらない。

 右のスティックを名雲さんが、左のスティックを沢さんが受け流す。 

 正面からのタックルは、ショウがカウンターのローキックで跳ね飛ばす。

「うちのお姫様に、何するんだよ」

 肘打ちから裏拳で、相手を倒す名雲さん。

 沢さんは、振り上げた足を横に薙ぐ例の蹴りを見せる。

「女の子は労らないとね」

「よく言うぜ」

 苦笑して、私の後ろに回ってくれる二人。

 そして私の前には、ショウが揺るぎない構えで立っている。

「少し休んでろ。俺が何とかするから」

「でも……」

「ユウが力不足って言ってるんじゃない。俺も、一応は男だって事さ」

 振り向いたショウの手が、私のヘルメットを撫でる。

 少し照れくさそうな、でも誇らしい顔で。

「玲阿。それを言うなら、「俺達も」だ」

「オペレーター。守備隊の指揮は、全面的に現指揮者へ委任する」

「了解。今後は、経過の報告のみとします」

「元野より報告、一般生徒全員会場外へ避難完了。現在最終グループのIDチェック」

 沢さんは名雲さんと目を合わせ、軽く後ろへ下がった。

 それに合わせ、ショウも私をかばいつつ下がる。

「僕達の役割は果たした。防御ラインへ戻る」 

「玲阿。そのまま前進だ。雪野、お前はとにかく玲阿に続け」

「分かった。ユウ、おぶさるか」

「馬鹿」

 ショウのヘルメットをスティックで軽くこつく。

 余裕はないが、そのくらいはしてもいいだろう。

「何青春してんだ。ほら、また囲まれるぞ」

「あ、はい。遅れるなよ、ユウ」

「了解」

 スティックをショウに渡し、ヘルメットとプロテクターのずれを直す。

 気合いの入れ直しという訳だ。


「2分で戻る。……玲阿君」

「了解」

 スティックを横に構え走り出すショウ。

 私はすぐその後に続く。

「元野より報告。一般生徒の避難完了。直衛班を除いた全班、会場へ戻ります」

「池上より報告。相手校、指揮系統に大幅な乱れ。通信機の使用不可が原因」

「遠野より報告。待機班、防御ラインと通路警戒に展開。防御ラインは、3度目の隊列交代となります」

 次々と入る報告。

 相手に大きな被害を与えた私達を防御ラインへ戻さないようにか、行く手に相手校が隊列を組む。

 こっちは4人。

 対して相手は7、8人の3列。

 まさに壁。


 ショウの持ったスティックと、相手のスティックがぶつかり合う。

 しかし突進は止まらない。 

 相手を難なくなぎ倒し、その上を乗り越えていく。

 後ろで支えてた人間も、横から伸びた沢さんや名雲さんのスティックに倒される。

「元野より報告。12号通路へ舞地、丹下両班移動中。相手後方に出ます」

「遠野から元野へ。相手校、通路付近には存在せず」

「池上から元野へ。通路警戒中の班から連絡。相手校警備責任者と思われる人物が、会場外へ退避中。人数は不明、スタンガンを所持しているとの情報あり。警戒を」

「了解。舞地隊長へ連絡します」

 色々な情報が入る中、私達の足は止まらない。

 今はさっきまでと違い、攪乱するのが目的ではなくひたすら突破するだけ。

 行く手を遮ろうとする連中を、ラッセル車のごとくかき分けていくショウ。

 沢さんと名雲さんは、左右から来る連中を完全に排除していく。

 その間に守られている私は、彼等を見上げる余裕すらあった。

 穏やかさに、力強さを感じさせる沢さん。

 大人びて、そして頼りがいのある名雲さん。     

 そのどちらも素敵で、見とれてしまいそうな歩お。

 ただショウは背中越しなので、その顔は見られない。

 それでもいい。 

 顔が見えなくても、視線を交わさなくても。

 懸命に前を行くその背中を見ているだけで十分だ。

 二人には悪いなと思いつつ、やっぱりショウが一番素敵だと思ってしまう私だった。



 ショウの背中越しに、防御ラインが見えてきた。 

 私達が前までいた場所が。

「オペレーターへ。防御ラインへ連絡を」

「了解。生徒会ガーディアンズ、フォースDブロック班、5秒間隊列を散開。……守備隊指揮者より連絡。指示はこちらに一任。池上さん、タイミングと散開後の隊列再展開をお願いします」」

「了解。カウントダウン、5より入ります。5、4、3、2、1。散開開始」

 目の前が開き、人気のない観客席が飛び込んでくる。

 脇目もふらず、その隙間に突っ込む私達。

 そして池上さんが、防御ラインを即座に閉じる。

「池上より報告。防御ライン再展開終了。相手校、やや下がります」

「後は指揮者に任せる」

「了解」

 防御ラインの後ろで、ようやく一息つく私達。

 一般生徒の姿はすでになく、今は私達を守っている格好になっている。

「元野より報告。舞地、丹下両班。相手校後方へ突入。左右から分断します」

 私は階段を上り、上から眺めてみた。


 確かに後ろの方で、相手校が相当騒いでいる。

 私達がいなくなったと思ったら、すぐに後ろから来たのだから。

 ほぼ相手校の戦意は無くなりつつある様子。

 その光景は実感が無く、映画のワンシーンを見ているような気分ですらある。

「元野より報告。各隔壁開放準備お願いします」

「開放開始」

「了解。護衛隊各班、通路より進入。相手校側面に突入します」

 これで決まっただろう。

 後は、その逃げたという警備責任者だけど。

「元野より報告。柳班、相手校警備責任者拘束。全面謝罪と被害賠償を申し出ています」

 震える声で謝り続ける男の声が、イヤフォンから聞こえてくる。

 武器を捨て、私達の命令に従うようにも言っている。

 すでに結果は出ているような物なので、全員がすぐ警棒やスティックを捨てていく。

「遠野より全ガーディアンへ。相手校暴動参加者を全員拘束。従わない者は、強制排除。また暴動に参加しなかった生徒は、IDチェックのみで帰宅させて下さい」

 即座に指示通り動いていくみんな。

 私達も、近くにいる相手校の子を指錠で連結していく。



 そして、しばらくの後。

 連絡を受けて学校から応援に来たガーディアンやSDCの関係者が、相手校の暴動参加者を連れて帰っていった。

 矢田局長や、三島さん達も。

 私はそこで、やっとヘルメットを取った。

 張りつめていた気分が、少しは揺るいだ感覚になる。

 今日一日は、この高ぶりは収まらないだろうが。

「全員集合」

 沢さんが手を上げ、私達を呼び集める。

 隣には名雲さん、そしてサトミと池上さん、モトちゃんもいる。

「オペレーター、怪我人は」

 手を上げた池上さんが、一歩前に出た。

「代表して報告します。軽傷者23名。重傷者無し。一般生徒の被害はありません」 

 拍手と、軽い歓声。

「今作戦の成功は、勿論みなさんの頑張りと日頃の訓練によるものです」

 一旦言葉を切り、穏やかな顔をほころばせる沢さん。

「そして、各オペレーターの冷静な判断と伝達があったからだと僕は思います」

 さっきよりも一際大きな歓声と拍手。

 微笑んで見つめ合うサトミ達。

「本日はお疲れさまでした。報告書の提出は、期限を過ぎますが来週で結構です」

「各備品は、学校で返却。持って返ろうとか無くしたとかいうのは、始末書の対象になると思え」

 ショウにスティックを渡して手元に何もない私は、無言で名雲さんに吠えた。

 しかし向こうは知らない顔で、沢さんを促す。

「それでは、学校へ帰投します。お疲れさまでした」

 小さな歓声と、笑い声。

 組織も、性別も、年齢も別。

 そんなみんなが肩を組み、笑い、称え合っている。

 お互いの頑張りを。


 通路に消えていく楽しそうな彼等の背中を見送っていると、肩に手が置かれた。

「お疲れ様」

「サトミもね。私だったら、あんな落ち着いて連絡出来ない」

 するとサトミは長い黒髪をかき上げ、はにかむでもなく微笑んだ。

 髪は緩やかに揺れ、彼女のプロテクターへと流れていく。

「その代わり私は、たった4人で相手の中に突入するなんて出来ないわ。誰にでも、得意不得意はあるわよ」

「いい事言うわね、聡美ちゃん」

「映未さん」

 うしゃうしゃ笑いながら、サトミの肩を抱く池上さん。

 今日は、髪を後ろで束ねている。

 ちょっとお姉さんっぽくって、やっぱり素敵だ。

「雪野ちゃんも格好良かったわよ。偉い偉い」

 頭を撫でられた。

 褒めてるんだろうけど、何か気になる。

「玲阿君の背中に守られて、彼に惚れ直したんじゃない」

「な、なにそれ」

 鋭いな、この人は。

 というか、私が単純なだけか。

「池上さん、そのくらいにしてあげて下さい。ユウは、まだ子供ですから」

「モトちゃん、そういう言い方も止めて……」

「駄目駄目、元野ちゃん。こういうはっきりしない子達は、周りが盛り上げていかないと」

「本当、奥手なのよね」

 好き勝手に言われてる。 

 それはいいけど、回線切ってあるんだろうね。 

 もしさっきのままだったら、今の会話がみんなに聞かれてるんだから。


「あ、大変。回線切ってなかったっ」

 突然大声を上げる池上さん。

 サトミとモトちゃんも、表情を変えて通信機を操作する。

「やだ、私も。モトは」

「同じ。回線、開きっぱなし」

「え、ええ?」

 叫ぶ事も出来ず、よろよろとサトミにすがる私。

 ねえ、冗談だと言ってよ。

「……冗談よ、雪野ちゃん」

「へ?」

「映未さんの性格分かってないわね」

「それだけユウは素直なの」

 あ、あの。

 もしかして私で遊んでるの、この人達。

「な、なによ。焦ったじゃない」

「これくらいやれないと、さっきみたいなオペレーターは務まらないの。分かった、雪ちゃん」

 たおやかな仕草で私のあごを撫でる池上さん。

 誰が雪ちゃんだ。

 とにかく、この3人が敵でなくてよかった。

 味方でも、今みたいに大変なんだけど。


「おーい、帰るぞー」

 通路の前で、ショウ達が手を振っている。

「今行くー」

 私も手を振り返し、周りを見渡した。

「どうかした?」

「うん、スティックがないと始末書が……」

「大丈夫。私の上げる」 

「嬉しいけど、そうすると池上さんが困るでしょ」

 すると彼女はうしゃうしゃ笑って、自分のスティックを渡してくれた。

「可愛い事言ってくれるわね、もう。じゃあ、雪ちゃんも私のコレクション入り決定」

「何なの、それ」

「まずは、あなたでしょ」

 戸惑うサトミに指が向けられ、次いで通路にいる沙紀ちゃんへ。

 見えていないはずなのに、身震いをする彼女。

「で、雪ちゃん」

「そういう趣味だったんですか。結構ですね」

 こそっと逃げるモトちゃん。

「次はあなたよ、覚悟なさい」

 鼻に掛かった甘い声。 

 そしてモトちゃんの腕を、サトミががしっと掴む。

「良かったわね、お姉様」

「ほほ。みんな、付いてらっしゃい」



「……何やってるんですか、映未さん」

 悪寒でも走ったらしく、沙紀ちゃんは体をさすっている。

 颯爽と立つ池上さんの周りを取り囲む私達を、不憫そうに見つめながら。

「私の可愛い妹達よ」

「へぇ」

「勿論、あなたもね」

 すると沙紀ちゃんは、舞地さんの後ろに素早く隠れた。

「真理依さん、何とか言って下さい」

「私の事、そんな呼び方してたか?」

「つい先週、自分で言ってたじゃないですか」

「酔っぱらいは放って置きなさい。さあ来るのよ、この私の胸の中に」

 大げさに手を広げ、うしゃうしゃ笑う池上さん。

 何やってるんだ、この人。

「そんな奴ほっとけ。帰るぞ」

「名雲君、つれないわね」

「お前は、格好良い男を追ってるんじゃなかったのか」

「それはそれ。綺麗な子や可愛い子は、全部私の物なの」

「じゃあ、僕は」

 すると池上さんは、自分の顔を指さした柳君の頭を撫でた。

 それは私も同感だ。

「じゃあ、俺は」

 無言のまま手で追い払われるケイ。

 悪いけど、同感だ。

「ほら、みんな帰るよ」

 沢さんが手を叩き、ふざけている私達を促す。

「はーい」 

 ぞろぞろと通路へ向かう私達。

 池上さんは、やはり私やサトミを従えているが。



 会場の外へ出たところで、どの車に乗っていくかという話になった。

 私達が4人、舞地さん達が4人。後はモトちゃんと沙紀ちゃん、で沢さん。

 計11人だ。

 木之本君とかは、もう先に帰っちゃったんだよね。

 どうも、友情より愛情らしい。

「車は何台?」

「3台。人数は問題ないわよ」

「運転は誰が」

 手を上げたのはショウ、舞地さん、名雲さん。

 すぐに名雲さんが、割り振りを始めた。

 ショウの所が、私、サトミ、沢さん。

 舞地さんが、池上さん、沙紀ちゃん、ケイ。

 名雲さんが、柳君と。

「で、元野さんだ。後は食堂でビールを飲むと」

「それはいいけど、どうして私の所は沙紀ちゃんだけなのよ」

「私だっている」

 呆れたという顔で呟く舞地さん。

 そうしたら、「拗ねないの。真理依は別格」とかいって彼女に寄り添った。

 面白いけど、ちょっと怖い。

「いいから乗れ。玲阿、先頭頼む。俺は一番後ろに付く」

「了解、先輩」

 軽く拳を合わせ車に乗り込む二人。

 男の子の友情って感じで、何だか羨ましい。



「今日は疲れたね」

「まあな。でもプロテクターがあったから、まだ助かったぜ。ほら、前期に丹下さん達が襲って来た時」

「あの時は何も着てなかったから。本当、無茶し過ぎよ私達」

 苦笑して窓の外を眺めるサトミ。

 わずかに暮れ始めた夕日が、彼女の顔に微妙な影を落とす。

 その横顔を見ていると、自分が同性に生まれてきた事に後悔するくらいだ。

 いつまでも見とれていたいほ程の彼女に恋出来ないから。

 そして、自分のこの丸く思われている顔と比べて。

 神様、あなたは本当に人を平等に作ってくれましたか……。

「ユウ、どうかした」

「いえ、別に」

「……君達は、仲がいいね」

 優しい笑顔を浮かべる沢さん。

 影のせいか、彼の顔がわずかに翳る。

「仲いいっていうか、俺達はずっと一緒にいるから。そのせいですよ」

「嫌いなら、一緒になんていられないだろ。同じ事さ」

「あ、そうか。そう言えば、舞地さん達も仲いいよね」 

 沢さんの目元が緩み、柔らかそうな髪がかき上げられる。

「彼等は、家族みたいなものだよ。あの4人で全国を回り続けているのだから。他にも渡り鳥はいて、その子達とも仲は良いね」

「沢さんとは、仲いいのか悪いのか分かりませんね」

「時に敵、時に味方。僕が赴任した学校で会う度に、その立場は変わった。そのどちらでも、僕はとても楽しかった」

 沢さんの細い目がさらに細められる。

 遠い眼差しになって。


「結局一人で過ごしてきた僕にとっては、彼等の存在は大きかった。幾つもの学校を渡り歩き、人と別れていく中で、彼等にはまた会える可能性があるという事も含めて」

「厳しい生き方ですね。一人だけで生きていくなんて」

「僕が、自分で決めた生き方だよ。遠野さん」

 はっきりと、何の迷いもなく言いきる沢さん。

 サトミは小さく首を振って、私を見つめてきた。

「私も、幼い時は一人でした。兄と、ほんの少しの出会いを除いては」

 その眼差しに暖かさがこもる。

 切れ長の綺麗な瞳が、優しい光を灯らせる。

「でも今は、ユウ達がいます。私は彼女達に頼ってばかりですけど、そうしないと私は生きていけない気がしてるんです」

「逆だろ、サトミ。俺達の方が頼ってるんだって」

「ショウの言う通りよ。ヒカルだってそうじゃない。あの人なんて、放って置いたら行き倒れしかねないわよ」

「それは言い過ぎよ。間違ってるとは言えないけど……」

 彼女の端正な顔が、微かにはにかむ。 

 綺麗と言うよりは、愛らしく。

 抱きしめたくなる程に。


 綺麗な、澄ましたような彼女の顔が好きだ。

 厳しく、何かを追い求めているような顔も。

 そして、今のような子供のような顔だって。

 池上さんが言っていた冗談も、私にはよく分かる。 

 モトちゃんが好き、沙紀ちゃんが好き、エリちゃんが好き。

 ショウに抱くのとはまた違う、私の胸にある思い。


 その中でも心の中を大きく占める存在。

 他の子がどうという事ではなく。

 彼女は私にとって、半身とも言える存在。

 向こうがどう思おうと、何をしようとも。

 私は彼女を思い続ける。

 遠野聡美という、同じ心を分かち合う存在を。 











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ