30-7
30-7
徐々に戻りつつある視力。
そのぼやけた視界に見える、私達に向けて殺到してくる完全武装の集団。
舞地さんは警棒を腰から抜いて、手首を返して横に振った。
そのアクションで警棒が伸び、私のスティックに近い長さとなる。
彼女が立っているのは廊下の中央。
壁を背にしたり、細かく動いて牽制する事はない。
下段の構えから斜め上へと引き上げられる警棒。
その一振りで先頭を走っていた武装集団のヘルメットがはじけ飛ぶ。
肉体的なダメージは殆ど無いはず。
だが精神的なダメージは計り知れない。
ヘルメットだけを狙って破壊する事が出来る。
そしてヘルメットがない今、次に破壊されるのは何かという話になる。
「下がれ」
低い、威厳すら感じさせる声。
武装集団は武器を構えたまま立ち止まり、誰からともなく後ずさった。
「ありがとう」
「一時的な物だ。すぐに襲ってくる」
小声でそう告げ、彼等と対峙しながら下がる舞地さん。
ただそちら側は階段があるだけで、モトちゃんが拘束されているという部屋はショウが突っ込んでいった方。
この状況なら挟撃を防ぎつつ前進する事が出来る。
舞地さんの言うように、一時的にだろうが。
前進するショウと、それに付いていく私達。
後方から付いてくる武装集団との距離は詰まりつつあり、ショウの疲労も溜まっていく。
「きついな」
小声で漏らす舞地さん。
私は目がはっきりと見えていない状態。
サトミは戦闘には不向きで、ケイは怪我が癒えていない。
「玲阿が倒れるのが先か、後ろの連中が襲ってくるのが先か」
「さっきの、ウサギの話の続き?」
「狼と虎の話だ」
前門の虎後門の狼という意味か。
確かに現状ではじり貧で、何よりモトちゃんを助け出しても事態は何一つとして改善されない。
いや。むしろ悪化する一方だ。
「今更後悔か」
「まさか。ショウ、大丈夫?」
前の方で振られる拳。
武装集団は足元に倒れているだけで、新手が現れる様子は今のところ無い。
しかしそれも時間の問題であり、後ろからの圧迫は徐々に強くなりつつある。
限界、という言葉が一瞬脳裏をよぎる。
「こっちに来い」
不意に聞こえる誰かの呼び声。
それに悪意が無いと判断し、突然開いたドアに飛び込む。
今まで入らなかったのは、入ったとしても閉じこめられるだけで何一つ解決しないと理解していたから。
だがここに来ては、一旦逃げるのも仕方ない。
物置代わりに使われているのか、それ程広くない室内には段ボールが山積みされている。
肩で息をして、積まれた段ボールに両手を付くショウ。
差し出したペットボトルは一瞬にして空になる。
額からは血が流れ、固まったそれが頬を伝っている。
私はハンカチを取り出し、背伸びして額の傷に軽く押し当てた。
「痛い?」
「全然」
荒い息づかいと共に帰ってくる返事。
彼一人ならいくらでも突破出来るし、こうして休む必要もないと思う。
しかし今は私達という負担がある。
ドアは激しく叩かれ、これが開くのもやはり時間の問題。
目の回復も完全ではなく、ケイもお腹を押さえてうずくまったまま。
思わず謝ってしまいそうになり、かろうじてそれを我慢する。
彼はまだ諦めてはいないし、全てが終わった訳ではない。
「正座だ」
「え」
「全員正座しろ」
腕を組み、私達を見下ろす風間さん。
この部屋に私達を引き入れてくれたのは彼であり、ショウがお茶を飲んでいられるのも彼のお陰。
仕方なく、段ボールの隙間に並んで正座する。
「私もか」
腕を組み、キャップのつば越しに視線を飛ばす舞地さん。
段ボールの山に座っていた風間さんは、鼻で笑い手を振った。
「あんたは良い。問題はこいつらの方だ。……このっ」
近くにあった段ボールを抱え、激しく叩かれるドアめがけて放り投げる風間さん。
その振動を私達の攻撃と思ったのか、ドアからの音が止む。
「よし。……まず遠野」
「何か」
首を振り、前髪を後ろへ流すサトミ。
風間さんは段ボールの中から書類を取り出し、それを丸めて彼女の頭に軽く当てた。
「学校の勉強は出来るみたいだが、それ以外は全然駄目。使い物にならん。馬鹿が」
「はい?」
「例えば今日も雪野を止めず、それに従ってる。むしろ、自分もそうしたかったって所か。ああ?」
「私は何も」
険しい、今にも火を噴きそうな視線。
風間さんはすぐに彼女から距離を置き、今度はケイの頭を叩いた。
「次はお前だ、浦田。ちょっと悪知恵が働くくらいで調子に乗りやがって。お前なんかさっさと退学して、好き勝手にやってろ。いるだけで邪魔なんだ」
「はあ」
「そうしてまた何か企んでるんだろ。小細工ばっかりで、大した事も出来ないくせに。早く消えて無くなれ」
次にショウの頭を叩き、もう一度頭を叩く。
「お前もお前だ。学校最強だかなんだか知らんが、所詮は高校生レベルなんだよ。第一人に言われるままに、何も考えずにすぐ暴れやがって。自分の意見はないのか」
「俺だって、別に」
「でもやっぱり、だろ。一生人の言う事聞いて、好きに利用されて、それで満足か。馬鹿が」
彼の怒声を、どこか遠い出来事のように聞く。
さっきまで自分達が置かれていた立場とはまるで違う状況。
正座して、突然怒られて、頭を叩かれて。
違和感ばかりが先に立ち、しかし夢のように目が覚める事もない。
「一番の問題はお前だ。……お前」
何度か叩かれる頭。
そこでようやく我に帰る。
「私が何か」
「それだ。誰にでもすぐに噛みついて、その結果がこれか。お前生徒会相手に暴れて、この後どうする気だ。元野の所まで行って、どうやって帰る気だ。元野が助けてくれって頼んだか」
「それは無いけど、でも」
すぐに頭が叩かれて、とりあえず反論を止める。
風間さんは足を組み、手の平を丸めた書類で叩きながら話を続けた。
「七尾達から逃げて、でも元野は助けるのか?そうやって誰にでもいい顔したいのか。自分達は何でも出来るのか?」
「そういう事じゃないけど」
「そういう事だろ。世の中出来る事と出来ない事があって、今お前達のやってるのは出来ない事なんだ。行き当たりばったりで行動して、どれだけ周りの人間に迷惑を掛けてると思ってるっ」
室内に響く怒号。
再び叩かれ始めるドア。
風間さんは段ボールを放り、すぐにそれを止めさせた。
「ヒーロー気取りで気持ちいいか?満足か。お前達の行動はただの自己満足で、みんなは迷惑してるんだ」
「だから何なのよっ」
素早く立ち上がり、スティックを抜く。
私の事なら多少は我慢するが、サトミ達を馬鹿にされて大人しくはしていられない。
こういう部分をどれだけ批判されようと、この気持ちこそ私自身なんだから。
「と、塩田なら言うんじゃないのか」
段ボールから降り、私と距離を置く風間さん。
表情に先程までの厳しさはなく、むしろ笑い気味にも見える。
「今はあいつがいないから、代弁してみた」
「何のために」
「先輩とは言わんが、俺も一応はこの学校の生徒だからな。現状に多少の不満もなくはない。……このっ」
今度はドアの前まで駆け寄り、近くの棚を倒してドアにぶつけた。
これを見ていると、私の方が余程大人しいと思うんだけど。
「どうもお前達は不安定というか、見ていて怖い」
「沙紀ちゃん達はどうなんですか」
「あいつらはまともだ。そう思うだろ」
「ええ、まあ」
私達の行動や思考に比べれば、大人と子供。
さすがに自分でも、今回の行動が無茶だとは分かっている。
モトちゃんを連れて行った沙紀ちゃんの対応が、多分正しく普通なのだとも。
「無難でつまらなく見えるかも知れないが、それはそれでやるとなれば難しいんだ」
「別に、そういう事は言ってませんけど」
「逆に言えば、お前達は破滅したがってるようにしか見えん。頭に来ても、普通は我慢する。それが常識だろ」
諭すような口調で語る風間さん。
ドアが叩かれる度に何かを放り投げているので、説得力はあまりないが。
「もう限界だな。最後に、あんたの意見を聞こうか」
腕を組み俯き加減にしていた舞地さんは微かに顔を上げ、私達を一通り眺めて首を振った。
「学校はここだけじゃない。退学したら、他の高校に転入すればいいだけだ」
「聞く相手を間違えたな。そろそろドアも開くだろうし、後は好きにしろ」
「風間さんはどうするんです」
「逃げるさ。ここで捕まると、北川や丹下達に悪い」
やはり段ボールを開け、中からプロテクターを取り出す風間さん。
タイプや色は、さっきまでショウが戦っていた集団が身に付けていたのと同じ物。
厳密には各個人を識別するマークが入ってるのかも知れないが、混乱した状況でそこまで冷静に見ている人はいないだろう。
「それと、七尾を避けたのは正解だ。フリーガーディアンの講習を受けてるし、丹下ほどお前達に肩入れしていないから冷静に振る舞う」
「七尾君を褒める事もあるんですね」
「悪いかよ」
ぶっきらぼうに呟き、突然ドアを開ける風間さん。
それと同時に先程の集団が飛び込んできて、倒れている棚を引き起こし始めた。
彼はその中に混じって棚を押し、地味に邪魔をしている。
「草薙高校万歳っ」
意味不明な叫び声。
多分大した意味はなく、適当に思い付いた言葉だと思う。
ただそれが何かの合図か、もしくはスパイが紛れ込んでいると思ったのか。
集団は途端に浮き足立った。
「おい、見慣れない奴が混じってるぞっ。誰だこれっ」
これは完全にわざとだろう。
心の中で風間さんに礼を告げ、ドアをふさいでいる棚を見る。
「ショウ」
「おう」
姿勢を低くして走り出すショウ。
彼は素早く棚に取り付き、周りの人間を蹴散らしてそれを外へと押し出した。
行為としては、彼等を助けているような物。
ただし周りの人間を巻き込みながらであり、廊下には私達を待ち構えた集団がいるはずだ。
棚に潰されたのか必死で支えているのか、叫び声が立て続けに起こる。
「回復した。舞地さんはサトミをお願い」
「ああ」
「ケイは、大丈夫みたいだね」
「演技だよ、演技」
さっきまでの不調さが演技だったのか、今の元気さが演技なのか。
多分後者とは思うが、今はそれに構っている状況でもない。
「止まらず前進する」
「了解」
即座に返ってくる答え。
それに頷き、スティックを中段に構えてショウに合図する。
「行って」
倒れた棚を中心に輪を作っている武装集団。
私達が廊下へ出た事に気付いた者もいるが、まだ事態をはっきり飲み込めていない様子。
棚が倒れ込んできた事と、風間さんの発言が影響しているようだ。
その隙を突き、ショウが左へ走る。
跳び蹴りから後ろ飛び回し蹴りへつなぎ、集団をなぎ倒す。
私は倒し損ねた連中に狙いを定め、左右に振る。
まずは首、次は足首。
倒れてきた所で顔を蹴り上げ、出来た隙間を突破する。
すぐに行く手をふさぐ次の集団。
今度は私が前に出て、ショウにフォローを任す。
小さく飛んでスティックで右の壁を突き、ベクトルを変えて斜めに飛び上がる。
高さ的には集団の頭上。
そのままスティックを振り下ろし、何人かをなぎ倒しながら中央に降り立つ。
取り囲まれる前にショウが突進し、すぐに前が開ける。
鼻先をよぎる鋭い空気の流れ。
それがゴム弾だと一層早く、床に落ちていた警棒を足で蹴り上げ宙に浮かせる。
グリップをスティックで勢いよく叩き、縦方向の回転を加えて前に飛ばす。
銃を構えた何人かが床に倒れ、それと同時に周囲にゴム弾がまき散らされる。
同士討ちの格好で集団がなぎ倒され、私達の前進が可能となる。
襲ってくる者がいなくなり、舞地さんが足を止める。
理由は言うまでもなく、モトちゃんのいる場所へたどり着いたからだろう。
教室やオフィスのドアと見た目は変わらないが、つまりは強度も変わらない事になる。
それと今気付いたがコンソールはなく、また取っ手らしい物もない。
「どうやって入るの、これ」
「おそらく、内部からしか開かない仕組みだ。もしくは、特殊な操作が必要だと思う」
何もないドアの表面に触れ、小さく頷く舞地さん。
その特殊な操作をしているようには見えず、ただ表情は優れない。
「どうかした?」
「昔、こういう場所を見た事がある。その時は、拷問室があった」
「ちょっと」
慌ててドアをスティックで叩くが、表面に薄い傷が付いただけ。
それと私の手が痺れただけか。
「その時は、と言った。元野が拷問されてる訳じゃない」
「だけど」
「心配しなくても、今開ける」
彼女が取り出した端末に一声掛けると、それを合図としたようにドアが開いた。
即座に中へ飛び込み、やはりフォローをショウに任せて一気に駆け抜ける。
幾つか並ぶ机と、そこで仕事をしている数人の男女。
私達を見て悲鳴を上げる子もいて、どうも状況がおかしい。
「モトちゃん……。元野さんはどこっ」
「お、奥の部屋に」
「キー、開けて」
「あ、開いてます」
さらに募る違和感。
それが罠という可能性もあるが、そんな事は今更だ。
自動ドアが開いていく時間にもどかしさを覚えつつ、スティックを構え直して中へ飛び込む。
「モトちゃんは……」
「へろー」
聞き慣れた。
さらに言うなら、脳天気な挨拶。
返事を返す気にもなれず、のんきにクッキーをかじっている池上さんをスティックの先端に捉える。
「何してるの」
「それはこっちの台詞。来るのが遅いわよ」
「遅いって。これでも早く来たつもりだけど」
「途中で一回休んだでしょ。持久力に難ありね」
冷静に分析する池上さん。
彼女の正面に座っていたモトちゃんは、苦笑しながら私達に手を上げてきた。
「やるとは思ってたけど、やっぱりね」
「だって、それは」
「分かってる。どうもありがとう」
はにかみ気味に微笑むモトちゃん。
そっと伸ばされる彼女の手。
私はそれをしっかり掴み、指を絡めて頷き合った。
「映未さんも、ありがとうございました」
「あなたと聡美ちゃんは私の監督下にあるって、前言わなかった?」
「ケイ君と契約したからじゃないんですか」
「それはそれ、これはこれよ」
うしゃうしゃと笑い、クッキーを頬張る池上さん。
とても笑っていられる状況とは思えないし、これで彼女達の立場も悪くなったはず。
それでもこういう態度を取れる彼女は尊敬に値する。
「名雲さん達は、まだ来てないんですか」
「私の一存で、来るのを止めさせた。智美ちゃん絡みで血を見ても仕方ないし」
「ショウも流してますよ」
「それは自業自得でしょ」
一転して厳しい声を出す池上さん。
そう言われてしまうと反論のしようもなく、ただ唸るくらいしか出来る事はない。
「私はこういう馬鹿げたのも嫌いじゃないんだけどね。大局的に見れば大失敗よ」
「だから」
「雪ちゃんと話してると、こっちが間違ってるような気になってくる」
席を立ち、人の頭を撫でてくる池上さん。
小馬鹿にされている気もするが、その通りなのでやはり唸るくらいしか自分には出来ない。
「状況を悪化させただけなのよ、結局は。さてと、お姫様も助け出されたし私も帰ろうっと」
「やってくれたな」
私達が入ってきたドアから現れる一人の男。
そして取り巻き。
理事の息子。
つまりは、執行委員会委員長。
「生徒会及び執行委員会への襲撃。これは十分に処分の対象だ」
「じゃあ、俺達と全面的に対立するか」
彼の言葉に合わせるケイ。
お互いの相性は最悪だが、話は噛み合うし意思の疎通も図れている。
敵意を抱いた上での腹の探り合いだとしても。
「・・・結論から言え」
「旧クラブハウスの使用を、俺達に限っては取り止める。立ち入る時は自警局か、執行委員会の許可を得る」
「弱いな」
「執行委員会からの監視も受け入れる」
「旧クラブハウスは執行委員会直轄の建物とする」
ケイの言葉に被せる委員長。
彼はそれに対して反論はせず、微かに頷いて同意の意志を示した。
「今回の一件について、全関係者の処分は留保。年内に問題が発生しなかった場合は、処分破棄とする」
「それでいい」
即座に答え、お腹を押さえるケイ。
委員長はあざけるような顔で彼を見つめ、きびすを返した。
「ゆっくり追い込んでやるからな」
「言ってろ」
ケイの台詞も聞かず部屋を出て行く委員長。
後は私達と敗北感が残される。
少なくとも、私はそう思っていた。
「あなた。こういう事態に備えて、あの時3つ条件を要求したでしょ」
「当然だろ。はっきり言えば、元々旧クラブハウスの使用は無理があった。あそこにいる傭兵とのつながりも出来たし、もう用はない」
「最悪ね」
「何より一般教棟から遠すぎて、行動の制限も多すぎる。後は放っておいても向こうが手入れをしてくれるし、性質の悪い傭兵も出ていく。言う事無いね」
げらげら笑い出すケイ。
本当サトミじゃないけど、最悪以外の言葉が思い付かないな。
「ただ向こうも、それは想定してるはずよ」
「人間性は駄目だけど、頭は良いから。その辺はお互い利用するって事で」
「スパイって、あなたじゃないの」
鼻を鳴らし、ケイから離れるサトミ。
そして、今度はモトちゃんの前へと立った。
何となく緊張感がある表情で。
「前、私が言った事覚えてる?」
「発言が短慮すぎて、そこを突かれたって事でしょ。反省してる」
「責めてる訳じゃない。ただ、あなたは私達をまとめる存在なんだから」
「そうね」
小声で呟くモトちゃん。
多少不満っぽい口調で。
私からすればあの発言はむしろ歓迎したいくらいだが、サトミの言いたい事も理解は出来る。
これはお互いの立場の違い。
モトちゃんは大勢の人をまとめ、導いていく立場。
時にはデモンストレーション的な事をしたり、アピールするのも必要である。
逆にサトミはバックアップする側で、今のように諫めるのもやるべき事の一つ。
今まではそれで上手くやってきたが、少しずつ状況は変化している。
この先どうなるかまでは分からない。
だからこそ、お互いが多少ぎくしゃくしたやりとりになるのかも知れない。
建物の外へ出て、冷たい風に身を震わせる。
廊下を歩いている間中睨まれはしたが、追っ手が掛かる事はなく誰かが襲ってくる様子もない。
ただ会話めいた会話もなく、気まずい沈黙のまま歩いていく。
「ユウ、こっち」
静かな声で呼び止めるサトミ。
私が歩いて行こうとしていたのは、旧クラブハウスへ続く通路。
先程の話を忘れた訳ではないが、違う事を考えすぎていたらしい。
「だったら、これからどこ使うつもり?」
「聞いてるわよ」
サトミに話を振られ、俯き加減にお腹を押さえていたケイが視線を上げる。
仕草はともかく、彼自身が何かを気にしている様子はない。
また対人関係で思い悩むタイプでもないはず。
「どっちにしろ年内はもう何日もないんだし、年明けまで保留。あいつが言ってたように、年内に余計な揉め事を起こしたくない」
「それはいいけど、当てはあるの?」
「じゃあ、俺からも質問。今日の行動にあてはあったのか」
そう切り返されて、押し黙る。
どうも、当分はこれで責められそうだな。
駅前のラーメン屋さんで、少し遅めの夕食を食べる。
舞地さん達は先に帰っていて、ここにいるのは私達だけ。
周囲の喧噪をよそに、やはり沈黙が続いている。
「ちょっと待てよ」
「何、替え玉?」
「いや、違う。あ、それは頼む」
どっちなんだ。
ショウは側を通りかかった店員に替え玉を頼み、私達を指さした。
「一人いないぞ」
「……ああ、木之本君」
私が言うと、サトミとモトちゃんも声を揃えて「ああ」と呟いた。
普段の二人ならすぐに気付くだろうが、今日はちょっと良くないらしい。
「あいつ、大丈夫かな。俺達が殴り込んだから、逆にあそこを襲われてないか」
不安げな顔で端末を取り出し、木之本君と連絡を取るショウ。
全員が聞き耳を立てていると、すぐに彼の顔が緩みだした。
どうやら、そこまでの事態には陥ってなかったらしい。
「荷物の整理をする猶予はもらったらしい。明日中に片付けろって言ってる」
「私物だけ持って帰ればいいわ」
「そうね」
短いながらも、ようやく会話を交わすモトちゃんとサトミ。
少し空気が和み、気持ちが温かくなる。
「木之本君は、まだ建物にいるの?」
「いや。丹下さんの所で話をしてるらしい」
「説教だろ」
鼻を鳴らし、そう呟くケイ。
そんな事はない、とは言いきれず顔を伏せてレンゲでネギをすくう。
私達が殴り込んでいる間誰が責任者かといえば、必然的に彼となる。
説教はオーバーにしても、注意の一つくらいはされるだろう。
「ああいう真面目な子に負担を掛けて。困ったもんだ」
「私は何も、そういうつもりで」
「じゃあ、どんなつもり」
追い詰めてくるケイ。
普段なら軽くやり返して終わるのだが、さすがに今はそういう心境ではない。
みんなに言われている通り、事態は悪化の一途を辿っている。
無論その原因は私にあり、弁解のしようもない。
「いじめるなよ」
顔を上げ、小声でそう指摘するショウ。
彼は私を見てはにかみ気味に笑い、再び顔を伏せた。
なんて事はない一言。
でも今の自分には、何よりも嬉しい気持ち。
「格好良いね、君は」
「別に、そういう訳じゃ」
「じゃ、どんな訳」
さっきと同じ展開。
またショウも答えようが無いらしく、口をつぐんで固まってしまう。
「全く、のんきで良いよ」
ため息混じりに漏らすケイ。
苦笑気味の表情で、いつもより少し優しげな顔で。
あれこれ言いはしても、彼は彼なりに私達を危ぶみ気を遣ってくれているのだろう。
その表現が少し下手というか、ぎこちないだけで。
翌日。
休日ではあるが、学校へ向かう。
正確には、旧クラブハウスへと。
普段のような制服ではなく、動きやすい服装。
いや。制服も十分に動きやすいけどね。
とりあえずジーンズと、赤のパーカー。
少し肌寒い気もするが、動いている内に丁度良くなるだろう。
正門をくぐり旧クラブハウスへの道を思い出しながら、足を止めてスティックを抜く。
「お前、いつからそんなに勘が鋭くなった」
私の背後から現れたのは塩田さん。
気配としては、正門をくぐる前から感じていた。
おそらく近くの植え込みか、正門の陰に隠れていたんだと思う。
「目が見えない間に、感覚が鋭くなったみたいです」
「不意打ちもやりにくくなってきたな」
「本当ですか」
「ああ」
素直に認める塩田さん。
無論彼が本気になれば完全に気配を消すのも可能だろうが、それは私にとっては大きな進歩。
彼に近付いた証でもある。
「昨日の話、聞いたぞ」
「済みません」
頭を下げようとすると、塩田さんは笑いながら手を振ってそれを制止した。
「俺も人の事は言えん。殴り込んだ経験もあるしな」
「その結果は」
「間さんと杉下さんは退学。水葉さんと新妻さんが転校。屋神さんは全役職を解任。林達も転校で、峰山達も結局は退学。最悪の結果に終わった」
自嘲気味に呟く塩田さん。
日差しは穏やかで、今日は風もない。
だけど彼の周りに、その日差しは届いていないかのようだ。
「お前達がそうなるとは言わんし、今回とは要素が違うからな」
「はあ」
「河合さんがいれば、なんとかなるって言う場面か」
一人笑う塩田さん。
別に私はおかしくないし、何より笑い事でもない。
「後片付け、頑張れよ」
「あ、はい」
塩田さんと別れ、廃材通りを通って旧クラブハウスに向かう。
この建物が使用出来なくなるのは惜しいが、ここを通らなくて済むのは正直助かる。
日が差している今でもそれ程楽しい場所ではないし、夜ともなれば通るのを考えるだけで憂鬱になってくるから。
そう考えると、今回の事も決して悪い話ではないか。
「はは、やった」
一転して気が楽になる。
切り替えが早いというか脳天気というか。
馬鹿にされそうだが、いつまでも思い悩んでいても仕方ない。
終わった事は終わった事。
後はそれを、今後にどう生かすかだ。
「楽しそうね」
「へ」
不意に声を掛けられ、背中のスティックに手を伸ばす。
しかしそれを抜く事はなく、曖昧に笑ってこの場をごまかす。
後ろから来ていたのは沙紀ちゃん。
塩田さんの気配には気付いたが、人間気を抜いていればこの通りだ。
「昨日はごめんなさい」
頭を下げてくる沙紀ちゃん。
止めようかと思ったが、多分それでは彼女の気が収まらないだろう。
私達への感情だけではなく、ケイへの気持ちも含めて。
しかし彼女の立場上、モトちゃんを連行する以外の選択肢はあり得ない。
そのジレンマを考えれば、私がとやかく言える事ではない。
「いや、私こそ。結局、特別教棟に突っ込んじゃったし」
「処分は、旧クラブハウスの使用禁止だけ?」
「一応ね。私はここを通らなくて済んで、安心してる」
「そう」
今度は沙紀ちゃんが曖昧に笑う。
多分自分に気を遣った冗談だと思ったのだろう。
世の中、お化けの存在を信じない人も多いしね。
「その。みんなは何か言ってた?」
「別に。沙紀ちゃんを怒ってはないと思うよ。いや。連れて行ったのはちょっとあれだけど、それは仕方ない事でしょ」
「確かに仕方ないんだけれど。それで済ませて良いのかとも思って」
「いいんじゃないの」
のんきに答え、真顔で見つめられる。
そんな変な事言ったかな。
それとも、深刻さに欠けたかな。
「ほら。沙紀ちゃんの立場を、みんな分かってるって事。あそこで沙紀ちゃんが私達と一緒になって暴れても、それこそ仕方ないでしょ」
「まあね」
「いや。私達も暴れても仕方ないんだけど」
「何、それ」
ようやく楽しげに笑う沙紀ちゃん。
私も一緒になって笑い、旧クラブハウスの方角を指さす。
「掃除、手伝ってくれる?」
「迷惑じゃない?」
不安と遠慮の入り交じった表情。
指示を受けたとはいえ、モトちゃんを連れて行くよう追認したのは間違いない事実。
わだかまりを感じない方が無理だろう。
「大丈夫。そういう事は分かってる大人ばかりだから」
「だといいんだけど」
建物の玄関に積まれる幾つかの段ボール。
私物ばかりだし使っていたのも短期間なので大して無いと思っていたが、段ボールは後から後から運び出される。
「結構多いね」
「それだけ大勢の人間が利用してたのよ。仮に200人いたとして、一人一箱でも200箱でしょ」
段ボールを運んできたショウを指さし、置く位置を直させるサトミ。
しかし彼女自身は何もせず、ただ指示を出しているだけ。
良い役だな。
「ユウは建物の中で、不要な物を置いていくよう伝えて。荷物は極力減らしたいの」
「持ってきたのを置いて行くって事?」
「次にどこかを利用するにしても、広いとは限らないでしょ。丹下ちゃんもお願い」
明るい、屈託のない笑顔。
少なくとも彼女は、わだかまりを残していないようだ。
もしくは、それを表現する程子供ではない。
「荷物は良かったら、G棟のオフィスで開いてるスペースを使って。私のオフィスも少しなら余裕あるから」
「ありがとう。ショウ」
「人力で運べとか言うなよ」
「贅沢になったわね、あなたも。今、トラックを用意するわ」
別に贅沢ではないと思うし、トラックに積み込む作業を考えたらもう少し労っても良いくらいだ。
とりあえず高い位置にあるショウの肩を揉んで、労をねぎらう。
「なんだ、おんぶか」
首でも絞めてやろうかな。
建物に入り、荷物を運んでいく知り合いに挨拶しつつ奥へと向かう。
私としてはここを手放したくないが、使い勝手が悪いのも確かだろう。
何よりここまで歩いてくるだけで、少し疲れてくるくらい。
夏場だったら、来る気になれないかも知れない。
「意外と綺麗なのね。もっと荒んだ建物って聞いてたけど」
「掃除して、塗装も塗り替えて、補修もしたの」
これからという時に出ていく訳で、残念といえば残念。
また今後の使われ方も、多少気にはなる。
廊下を歩いていて、ふと段ボールの山が目に付いた。
高さとしては私の身長よりも上で、外へ運び出すのも一苦労だろう。
「置いていけば良いのに。何が入ってるんだろ」
「開けて良いの?」
「良いんじゃないの」
適当に答え、手が届く位置の段ボールを開けてみる。
なんだ、これ。
「桃の缶詰?非常食?」
「どうなんだろう」
見覚えのある傷が付いている缶を手にして、何となく汗を感じてきた。
こっちは白桃でこっちは黄桃。
こっちはミカンか。
「重いし、置いていった方が良さそうね」
「駄目。名前書いておこう」
「え。これ、優ちゃんの?」
「全部じゃないけどね。いざという時缶詰があると助かるって、お母さんも言ってた」
不審そうな視線を投げかけてくる沙紀ちゃんをよそに、ペンで自分の名前を書き込む。
それに全部が缶詰の訳はないし、ショウなら頼まなくても持って行くだろう。
いや。「食べるな・危険」も書いておくか。
というか、自分の物ならともかく他人の私物を持って帰るなとは言いづらい。
勿論、自分の物なら余計に。
「何よ、これ。捨てて」
「じゃあ、あの缶詰は全部置いていけ」
鼻を鳴らして、マンガを詰めていくケイ。
馬鹿馬鹿しいというか、大体こんなのいつ持ってきたんだ。
「こんにちは」
ぎこちない挨拶をする沙紀ちゃん。
小さく頷いて、それに答えるケイ。
やや沈黙があり、彼はマンガを詰める作業に戻った。
わだかまりを表現するタイプとは思えないが、普段の彼とは少し違う。
自然と沙紀ちゃんの表情は陰り、私の胸も痛む。
「何愛想悪くしてるの」
雑誌の束で、結構強く頭を叩かれるケイ。
彼は腰が砕けたようになり、よろめきながら膝を付いた。
「怪我人に、この」
「何」
腰に手を当て、真っ向から彼と向き合う少女。
可愛らしい顔立ちだが、この雰囲気から一歩も引く気配はない。
「俺は腹が痛いんだ」
「だったら、そういう事を伝えて」
「うるさいな」
「うるさくないの」
少しも譲らす、彼を追求し続ける少女。
普段のケイならすぐに言い返し、相手を打ち負かす状況。
それでも今は、比較的大人しく話に耳を傾けている。
「丹下さん、済みません。珪君、調子悪いみたいです」
「あ、うん。分かった」
「ほら、謝って」
「謝る?」
ついに声を裏返すケイ。
この子が謝った場面なんて、私でもそう何度も見た事はない。
またその場面の中には、この少女。
エリちゃんがいたと思う。
「ごめんなさいって」
「おい」
「ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
小声で、聞き取るのがやっとの声。
それでも彼はそう言って、微かではあるが頭も下げた。
笑えるよりも、こっちの腰が抜けそうだ。
「エリちゃんも手伝い?」
「ええ。ケイ君がこんな調子なので、及ばずながら」
朗らかに笑い、遠慮無くケイの肩を叩くエリちゃん。
こういう態度も、彼の妹だからこそだろう。
逆に彼へこう接する人は、そう多くはない。
「来なくて良いんだ。寮で宿題でもしてろ」
「終わらせてきました。ほら、それは捨てて」
「捨てないんだ」
「捨てるの」
容赦なく、「ゴミ」と書かれた段ボールに雑誌を放り込むエリちゃん。
私でもここまでは真似出来ないな。
「モトちゃん達は?」
「上の階で片付けてます。私も後で行きますから」
「分かった。じゃ、また後で」
エレベーターを使うのは、未だに怖い。
長年保守されてなかったし、建物にいる全員が仲間という訳でもない。
先日の特別教棟のように、途中で止められたらと思うと使うのはためらわれる。
という訳で、エレベーターを避けて階段を使う。
「足、大丈夫?」
私より先を登っていく沙紀ちゃんに、今更ながらそう声を掛ける。
手すりに手を掛けている自分が言う台詞でもないけどね。
「寒いと少し痛むけど、前よりは良くなったみたい。痛みに関しては」
「何か問題でもあるの?」
「力が入らないというか。数値的には以前より良いんだけど、感覚的に前みたいには動けないわね」
足首を撫でながら寂しげに微笑む沙紀ちゃん。
多分日常生活には問題なく、激しい運動にも耐えられるのだと思う。
ただそれを越えた部分。
まさに彼女が言っている感覚の部分で、何かが違うという事か。
「私は現場に出る訳じゃないから、別に問題はないんだけど」
「前程はって事?」
「そうね。とはいえ痛みは無くなってるから、どっちが良いかって話」
事がある度に感じていた痛みを無くすか。
人生の中で何度もない場面の中での、自分にしか分からない感覚的な動きを大事にするか。
普通に考えれば、痛みを無くす方。
私でも、そちらを選択するし希望する。
「優ちゃんは、逆ね」
「ああ、目の事。でも、勘が鋭くなった程度だよ」
「素質なのかしら」
「どうだろ。それはそれで、野生じみてて嫌だな」
たおやかとか、おしとやかという言葉とはまるで無縁。
本能とか、獣的という言葉が当てはまってしまいそうになる。
「目の調子は良いの?」
「たまに暗くなる。でも、これが杖代わりになるし」
背中からスティックを抜き、階段に添える。
ぶつけた程度では傷一つ付かず、むしろ階段が欠けるくらい。
「私はその前に、持久力かな」
ようやく階段を上りきり、壁にもたれて深呼吸する。
とはいえこればかりは体のサイズ上、どうにもならない。
エネルギーを蓄積出来ないし、そういう事は半ば諦めている。
それでも多少息が上がった程度で、最上階までやってくる。
「こんにちは」
穏やかな笑顔と共に声を掛けてくる木之本君。
私も笑いかけようとして、すぐに表情を強ばらせる。
「その顔、どうしたの」
木之本君の優しげな顔に付いている幾つかの傷。
頬には大きな絆創膏も貼られている。
「昨日、帰り際にちょっとね」
「襲われたって事?誰に」
「大丈夫だよ、もう」
落ち着いて答える木之本君。
確かに大怪我はしていないようだが、決して放っておける事でもない。
「傭兵?それとも、執行委員会?」
「どっちもだと思うよ。区別の付けようもないからね、こっちからは」
「許せんな」
「殴り込んじゃ駄目だよ」
冗談っぽい口調でたしなめてくる木之本君。
人が良いとはいえ、理不尽な事に対しては立ち向かうだけの信念は持ち合わせている子。
止めるだけの根拠があるから、こういっているのだろう。
「理由はなんなの?私達がモトちゃんを助けに行った事の仕返し?」
「というより、みんなが出ていったからここが手薄と思ったんだろうね。あの後、残ってたのは僕くらいだし」
頬の絆創膏を撫で、少しだけ顔をしかめる。
ショウのようにずば抜けた強さはないが、安定した実力の持ち主。
不用意に襲いかかって勝てる相手ではない。
「どちらにしろ、面白くないね」
「僕は大丈夫だよ。だから、ね」
「分かってる。私も昨日の今日で暴れる程馬鹿じゃない。ただし、もう一度襲われたらその時は知らないから」
「そう」
仕方なそうに笑い、段ボールを台車に乗せる木之本君。
彼こそこういう仕事をやる立場ではなく、どれを運ぶか指示を出していればいいはず。
ただそれを良しとしない性格だからこそ、大勢の人に慕われている訳だ。
「モトちゃんは?」
「そこ」
何気なく窓際を指さす木之本君。
確かにモトちゃんはすぐ側にいて、だけど全然その存在に気付いてなかった。
私の気が抜けているより、彼女が気を抜きすぎているんだろう。
「昨日の事が、やっぱり負担だったんじゃないかな。連行されるなんて、普通じゃないし」
「だよね。だから私は」
「はは。そうかも知れない」
何も笑わなくてもいいと思うが、笑うしかないような事であったのも確かだろう。
「モトちゃん。おーい、モトちゃん」
「え」
気だるそうにゆっくりと振り向くモトちゃん。
木之本君が言うように少し疲れ気味といった感じ。
ただ、私達を見て笑う余裕はあったらしい。
「昨日はごめんなさい」
頭を下げる沙紀ちゃんに、そっと手を伸ばして肩へ触れるモトちゃん。
彼女に良く似合う、明るく朗らかな微笑み。
人に安心感を与える、暖かな雰囲気を漂わせて。
「丹下さんには丹下さんの立場があるんだし、昨日の件はむしろ私達に問題があったから。こちらこそ、ごめん」
「そう言ってもらえると助かるけど」
「丹下さんも、もっと気楽になったら。ねえ」
なにげに私へ視線を向けてくるモトちゃん。
そういう話をされると困るが、今はとりあえず良しとするか。
「疲れてない?」
「唐突に何。昨日の事なら大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけ」
「……名雲さんのプレゼントを作ってとか」
「はは、気楽で良いわね」
棒読みで返事をするモトちゃん。
なんか一気に気が抜けてきたけど、そういう理由で安心出来た。
ただし昨日のが負担になっている面もあるだろうし、私も少し考えよう。
「ユウ、どうかした?」
「ん、別に。名雲さんは、今日警備してないの?」
「四六時中一緒にいても仕方ないじゃない」
そういう物かな。
私は一日中ショウといても楽しいけど。
「気楽で良いわね、あなたは」
「あ」
「なんでもない」
楽しげに笑うモトちゃん。
それに合わせて笑う木之本君とモトちゃん。
いつもの温かい、和やかな空気。
窓から差す日も穏やかで。