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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第30話
322/596

30-2






     30-2




 定期テストも終わり、学校へ来る生徒も減り始める。

 そう思っていたが、正門をくぐって登校してくる生徒はテスト前と大差ない。

 何かイベントでもあるのかな。

「えーと」

 正門の前で足を止め、端末で行事予定表を確かめる。

 生徒会のイベントに、それ程大きな物はない。

 クリスマス関連の物々交換や、生徒によるレクチャー教室が幾つかある程度。

 学校が主催のイベントや行事も特にない。

 たまたまバスか地下鉄の到着する時間帯が重なったんだろうか。



 教室に入り、筆記用具を広げて時計を見る。

 少し早いくらいで、しかしクラスメートは次々と席を埋めていく。

 テスト後には見かけない子まで現れ、今度はカレンダーを確認する。

 テストを受けたのは夢の中、なんてオチだったりして。

 当然そんな訳はなく、テスト週間の日付には全部赤いバツが打ってある。

 じゃあ、今が夢。

 いや。そんな事を言ってるときりがない。

「ちょっと」

 丁度教室に入ってきた、髪全体にウェーブを掛けたお嬢様っぽい子に声を掛ける。

 彼女は優雅な足取りで私の側までやってきて、人の頭を撫でだした。

 なんだかな。

「あのさ。テストって、もう終わったよね」

「ええ。寝惚けてるの?」

 多少不安げな顔。 

 とはいえ、私の不安は一つだけ解消された。

「もう一つ聞きたいんだけど。テストが終わったのに、どうしてみんな学校に来てるの。いつもは、休む子もいるじゃない」

「寝惚けてるの」

 改めて、多少笑い気味に尋ねられた。

 丁度教室に入ってきたいつもの二人も、興味深げにこちらへとやってくる。

「何か楽しい話?」

 眼鏡を押し上げながら尋ねてくる、清楚な顔立ちの女の子。

 何が楽しいって、私をからかうのが楽しいらしい。

「玲阿君とクリスマスデートとか?君の瞳に乾杯。いやん、馬鹿」

 身をよじって変な声を出す、前髪にウェーブを掛けた優しそうな子。

 誰が馬鹿って、自分じゃないの。

「そうじゃなくてさ。テストが終わってるのに、どうしてみんな学校に来てるのかなと思って」

「学校から、メールが来たでしょ」

 私の顔の前に端末を差し出す、お嬢様風の女の子。

 サングラスを外し、指を指して文字を追う。

「後期については、出席率を成績に加味する。どう加味するの」

「噂だと、90%以上の出席率が無いと追試の対象だって」

「また、冗談ばっかり」

 明るく笑うが、反応無し。

 教室内を見渡すが、笑っているのは私だけ。

「誰、そんなの決めたのは」

 改めてメールを読んで、送り主を確かめる。

 学校法人草薙グループ・高等部理事会。

 なるほどね。

 これでは文句の言いようもないか。


「あー」

「叫ばないで」

 しとやかに、しかし迫力のこもった口調。

 サトミは私を見下ろし、静かにするよう目線で訴えてきた。

「あー」

 構わずもう一度叫び、鬱積を発散させる。

 生徒が授業に出るのは当然で、言うなれば義務。

 ただ今までは欠席する事は許されていたし、テスト後は休み同様だと学校側も認識していたはず。

 それをメールでの通達一つで済ませるのが気にくわない。

「雪野さんは休まないんだから、問題ないでしょ」

「真面目なのよ、真面目」

「子供なのよ、子供」 

 好き放題言って去っていく女の子達。

 彼女達を見送り、改めてサトミに尋ねてみる。

「出席率が90%以下だと、どうなるの」

「噂なのよね、結局。停学、追試、補習。奨学金の削除なんて事も言われてるわよ」

「どちらにしろ、ペナルティはある訳?」

「無いとは言えないわね。そうやって生徒の不安を煽って、出席率を高めようとしているのかしら」

 なんか、面白くない答えが返ってきた。

 女の子達の言う通り、テスト後も私は比較的出席する方なので90%を保つのも大して苦ではない。

 ただ、こういう不安を煽るやり方が気にくわない。

「あれじゃないの。モトちゃんのお父さん。あの人、出席率にこだわるじゃない」

「どうかしら。その意図を汲んだという名目で、今回の通達を出したかもしれないわよ」

「何のために」

 この疑問は、私だけではない。

 いつの間にか聞き耳を立てている、クラスメートの気持ちを代弁しての台詞である。

「一番考えられるのは、体制に反抗的な生徒を排除する事かしら。出席率を強制するのは気にくわないから、出席しない。だったら、退学させるという流れで」

「嘘」

「可能性の一つよ。でも否定は出来ないし、この要素は確実にあるわ」

 ますます気の滅入る話。

 今まで私達は学校の自治を守り、学校とは対等の立場にあると思っていた。

 でもそれは、結局幻想に過ぎなかったという事か。

 学校がその気になれば、私達の立場など一瞬にして崩れ去る。 

 その現実を、明確に突きつけられた。


「おはよう」

「ああ。おはよう」

 私の隣に座り、筆記用具を取り出すショウ。

 彼は私以上に生真面目なので、出席率については問題ない。

 またある意味、体制に対して反抗的でもない。

 今回の決定に対しても、特に意見もないだろう。

「来年も、出席しないと駄目なんだって」

「当たり前だろ」 

 話が終わった。

 でも、普段と変わらなくて安心もした。

 何となく嬉しくなって、彼の肩を叩く。

「痛いよ」

「あ、ごめん。ついね」

「意味が分からん」

 とはいえ怒りもしないショウ。

 それに嬉しくて、また叩く。

 きりがないな……。



 お昼休み。

 ご飯をテイクアウトして、旧クラブハウスへ向かう。

 柄の悪い子達に挨拶をしつつ、ようやく綺麗になってきた廊下や階段に満足もする。

 小姑じゃないのでチェックはしないし、多分しなくても定期的に掃除は欠かしてないようだ。

 最上階まで上がり、ロビーを横目で見ながら奥の部屋へと向かう。

 多分以前は、屋神さんが使っていたはずの部屋。

 今はモトちゃんが使っていて、クラブハウスとして機能していた頃は幹部の執務室だったのかもしれない。

 机や応接セットは、私達が運び込んだ物ばかり。

 今はモトちゃんと木之本君、真田さんが仕事をしてた。

「出席しないと退学になるよ」

「ああ。メールの通達。オンラインの生徒は除外するとの言質は得てる」

 あっさりと告げるモトちゃん。

 そつがないというか、根本的に私とは違う。

 慌てないし先走らないし、信頼もされる。

 だからこそ、こうして連合が消滅した後もまとめ役をやってる訳だ。

「それに、ユウは出席するから大丈夫でしょ」

「なるほど。ユウとショウ君は真面目だものね」

「私もよ」

 控えめに、小声で付け加えるサトミ。

 この子も欠席、遅刻早退は日常茶飯事だからな。

 ただ学校に来なくても学年学内1位は揺るがないので、問題も無いんだけど。

 そんな彼女でも、さすがにモトちゃんへは強く出られない。

 というか、彼女に強く出られる子はいるのかな。

「どうかした」

「いや。モトちゃんに逆らう子はいるかなと思って」

 すっと私に向けられる視線。

 対抗上、こちらもすぐに睨み返す。

「ほら」

 騙された。

 一度、寝込みを襲ってやるか。

「寝込みは襲わなくても良いから」

「な」

「顔を見れば分かるのよ。ユウの場合は特に。木之本君、総計は出た?」

 私を見もせず、木之本君へ話を振るモトちゃん。

 私もこの子には敵わないな。

「出たよ。連合が2/3。旧クラブハウスにいた生徒達が50人程度。現状ではね」

「一緒に行動してくれる人達の事?」

「うん。確実に全員がという訳ではないけど、署名をしてくれた人達」

 若干表現をぼかす木之本君。 

 つまり脱落、もしくは離脱する人間もいるという訳か。

 考えたくはないが、裏切る人間も。

「なんか、ぱっとしないね」

「弾けるためにやってる訳じゃない」 

 軽くたしなめてくるモトちゃん。

 それはそうだけど、最近自分のした事と言えばコンテナからゴミを持ってきたくらい。

 本当にこれで、管理案を阻止するなんて可能なんだろうか。

 いや。待てよ。

「出席率90%以上って、前の管理案にもあった?」

「似たような文面は確かあったと……。これか」 

 卓上端末の画面に表示される、一昨年計画された学校と生徒会共同で作成した生徒会規則変更案。

 つまりは管理案の一部文面。

 記述は異なるが、授業への一定の出席率を義務づける文章が存在する。

「罰則が、これか。補習と追試。やはり規定以上の成果を収めない場合は、再追試」

「すぐ退学になる訳でも無いんだね」

「ただ体面が悪いでしょ。何度も追試を受けるなんて」

「そういう事か」

 補習や追試が気にくわない生徒は自主的に止めていくだろうし、そうし向けるための規則とも取れる。

 ただこれを非難するのは難しく、父兄は当然賛成する。

 こういうのが混じっているから、以前の管理案が大きく問題にならなかった理由の一つだろうか。

「真田さんは、どう思う?管理案とかを」

「規則で縛られるのは好きではないですが、ある程度は厳しくてもいいと思いますよ」

 すぐに返ってくる予想通りの答え。

 真面目でオーソドックスで、正論とも言える。

「雪野さんは?」

「規則を厳格にするだけならいいんだけどね。どうも、学校の権力を大きくするのは納得いかなくて。生徒の自治以前に、その権力を使って何をやるか知れた物じゃないし」

「そのために、対抗する組織を作る訳ですか」

「私が作る訳じゃないんだけどさ」

 苦笑して、忙しそうにしているモトちゃんや木之本君へ視線を向ける。 

 組織を作っているのは彼女達であって、今の私は暇そうにお茶を飲んでいるだけに過ぎない。

 実際今は何もやれる事が無く、頼まれるのも簡単な配達程度。 

 意気込みだけが空回りして、少しの虚しさを感じなくもない。

「ユウ。仕事」

「どこに届けるの」

「丹下さん。前に執行委員会の代表と交わした内容の覚え書き。大切な物だから、落とさないでね」

「分かった」

 大きめの封筒を受け取り、リュックに入れてそれを背負う。

 次に背中へアタッチメントを付けて、スティックを装着。

 手にはオープンフィンガーグローブをはめ、腰に触れる。

「ワイヤーもあると。ショウは」

「荷物を整理してるはずだよ。隣の部屋にいないかな」



 木之本君に教えられた通り、執務室の隣にある倉庫みたいな部屋へとやってくる。

 段ボール、椅子、机、本棚、段ボール。

 ショウは段ボールの中を開けて、紙に中身の内容を書き込んで段ボールを積み上げている。

 学内最強らしいけど、なんか疑わしくなってきた。

「そういうのはケイにでも……。ああ、いないか」

「何か用事か」

 サインペンを手の中で器用に回すショウ。

 忙しいんだとか、どうしてこんな仕事をという発言は聞かれない。

「私の護衛お願い。大切な書類だから、場合によっては狙われるかも知れない」

「物騒な話になってきたな」

 軽快に机を飛び越え、私の隣へやってくるショウ。

 何をやっても様になるし、何をやっても格好良い。

 そんな事を考えて赤くなっていても仕方ないので、腰の辺りに視線を向ける。

「警棒は、いらないかな」

「奪えばいいだろ」 

 格好良い、のだろうか。



 二人きりだが、むしろこの方が戦いやすい。

 お互い相手がどう動くかは理解出来るし、コンビネーションも可能。

 何より信頼感と安心感がある。

 彼と一緒なら、何があっても大丈夫だという。

 とはいえ、それはそれ。

 旧クラブハウスを出て、廃材で死角の多い通路を歩く。

 廃材の向こうは背の高い木々が並んでいて、そこに誰かが潜んでいても分かりにくい。

 ただ、それもそれ。

 至って気楽に話をする。

「暖かいね、今日」

「まだ12月だしな。ここは、猫いないのか」

「ああ、舞地さんの飼ってる」

「飼ってはないだろ」

 たわいもない話をして、日差しの降り注ぐ通路を歩く。

 景色は決して良くないけど、気分は良い。

 多分こういうのを、幸せというのだろう。 

 ささやかだけど、何にも代え難い。



 廃材の山積みになった通路を抜け、一般教棟のあるエリアまでやってくる。

 ここまで来れば一安心と言いたいが、そういう隙を付くのもセオリー。

 なんて思っていたら、目の前に武装した集団がやってきた。

 これもセオリーというか、後ろにも。

 敵意は私達。

 視線は私のリュックへ向けられる。

「誰かがリークしてるんじゃないの」

「誰が」

「ケイじゃない」

「いないだろ」

 緊迫感に欠けた会話を交わし、しかし背中からスティックを抜く。

 肩に力を入れ過ぎず、しかし抜き過ぎもしない。

 あくまでも自然体でこの場に挑む。

「一応聞くわよ。目的は何」

「覚え書きを持ってるか」

 口元をタオルで覆い、頭には工事現場で使うようなヘルメット。

 武器は角棒という、古いビデオで観た学生運動を思わせる格好。

 それをイメージさせたジョークなのか、何かの意図があるのか。

 分かっているのは、笑って済ませられる雰囲気ではない事だ。

「何、それ」

「自警局に届けるんだろ」

 私が聞いたのとは多少異なる情報。

 多分沙紀ちゃんから、さらに自警局へ渡るのだと思う。  

 つまり情報の出所は、その辺りか。

「それがどうかしたの」

「こっちへよこせ」

「自警局に届けた後で、コピーしたら」

「ふざけるな」

 それはこっちの台詞だけど、ここで言い合う事でもない。

 スティックを正眼に構え、ショウの立ち位置を確かめる。

 私の左前で、こちらは彼をフォローに回ればいい。

 敵の人数は多いが、スタンガンを使う程の相手ではない。

 人数と武装に頼っただけの素人集団でしかない。

「ショウ、軽くね」

「ああ」


 無造作に前へ出るショウ。

 そこへめったやたらに振り下ろされる角棒。

 ショウは軽やかなバックステップでそれを交わし、地面を叩いて手を押さえている男達の後ろに回り込んだ。

 その手には公言通り、拾い上げた角棒を握りしめて。

「よっ」

 空を裂いて振り抜かれた角棒は地面に散乱していた角棒を叩き割り、そのまま地中深くめり込んだ。 

 単なる力業だけではこうはいかず、かなりのタイミングや加減を必要とする。

 実戦で役立つ訳ではないが、無闇に相手を傷つけないためには有効だ。

「ひっ」

 腰を抜かす何人か。

 後ろの方は、逃げ出している者もいる。

 ショウは角棒を地面から抜き、その先端を一人一人の顔へと向けた。

 次は、その顔にめり込むぞと言わんばかりに。

「う、うわーっ」

 やけにもならず、背を向けて逃げ出していく武装集団。

 服装が服装なので結構目立ち、どこへ行くかは自然と情報が集まると思う。

 私達は勿論相手にも怪我はなく、理想的な形と言える。

「一人くらい捕まえれば良かったかな」

「いや。届ける方が先だろ」

「そうだね」

 意見を一致させ、しかし油断せず先を急ぐ。



 再度襲ってくるかと思ったが、そういう事もなく沙紀ちゃんのオフィスへとたどり着く。

 理事の息子にしてはやり口が雑だし、別な命令系統が動いてるのだろうか。

 どちらにしろ襲われた事に代わりはなく、決して楽しい事でもない。

「沙紀ちゃんいる?」

「あ。今呼ぶ」

 受付でぎこちない愛想笑いを浮かべていた神代さんは、端末を使って沙紀ちゃんと連絡を取りだした。

 どう見ても社交的なタイプには見えないし、ここへの配置は無理がある。 

 無論それを見越した上での事だろうから、気にせず私も受付へと入り込む。

 中等部の頃よりは背が高くなったので視界は多少開けたが、業務を遂行出来るとも思えない。

 誰を基準にこのカウンターを作成したか、一度じっくり話し合いたいな。

「済みません。誰かいませんか」

 カウンター越しに、真顔で尋ねてくる女の子。

 トラブルがあった訳ではなく、書類を届けてきたらしい。

「誰って、誰」

「えと。受付の方は」

 受付にいる私に対して、この台詞。

 カウンターを叩こうとしたが、高いので止めた。

「ちょっと待って。沙紀ちゃんは、まだ?」

「今、お呼びしますので」

 低姿勢で答えてくる、側にいたガーディアン。

 こういう態度を取るから、私が誤解されるんだ。

「じゃあいいや。代わりに受け取って」

「了解しました」

 私に一礼して、女の子にも会釈する彼。

 でもって書類を受け取り、お伺いを立てるようにこちらを見てくる。

「いいんだって。誰か事務の子に届けて」

「あ、はい」

 改めて頭を下げ、足早に去っていった。

 でもって女の子は、得体の知れない者に出会ったような顔で私を見てくる。

「あ、あの。ここの隊長ですか」

「全然。ガーディアンでもない」

「え。では、自警局の方とか」

「生徒会でもない。ただの生徒」

 そんな事はないという視線。

 確かにガーディアンへ命令をして、なおかつ受付に陣取ってるとなれば誤解はされる。

「ここの隊長と知り合いなだけ。ただ、それだけなの」

「はあ」

 いまいち納得していない彼女。

 そこまで不思議な事ではないと思うが、彼女はまた違う意見を持っているらしい。


「責任者はいるか」

 次に現れたのは、木刀を担いだ馬鹿そうな集団。

 ここがガーディアンのオフィスだと分かっていてこの態度なら、相当に褒めてやりたい。

 その馬鹿さ加減を。

「私が代理。何か用」

「集金だ。こんな所を使用しておいて、金を払ってないのは度が過ぎてる。ふざけてるのか」

 恫喝気味の口調。

 気付くとドアの周りは武装した男達で一杯になり、私一人でそれと向かい合う事になる。

 いや。私が向かい合っているのは未だにカウンターか。

 とりあえず女の子をカウンターへ招き入れ、安全を確保する。

「ここの使用代は、生徒会や学校に払うんでしょ。少なくとも、それは払ってるわよ」

「規則が変わった。今月から、俺達にも支払え」

「で、誰なの」

「ここの治安を維持する組織だ。G棟自警団だな、とりあえず」

 ネームのセンスはまるでない。

 連合がいなくなって、その分警備が手薄になってるのか違う理由があるのか。

 どちらにしろ、馬鹿に付き合ってる暇はない。

「支払わないし、目障りなの。今すぐ解散するなら、多めに見てあげる」

「ガキじゃ話にならん。責任者を呼んで来いって言ってるだろ」

 突然すごみ、木刀を突きつけてくる男。

 しかし私からすればカマキリが遠くで威嚇している程度にしか感じず、相手にするのも嫌になる。

「ここが何の目的で使われるのか知ってるの」

「部活か」

「ガーディアンよ」


 受付のカウンターを飛び越え、それに手を付いて横蹴りを放つ。 

 木刀を弾き飛ばし、体をひねってかかとを落とす。

 鼻先をかすめ、落ちてきた木刀を宙で掴んで肩に担ぐ。

「で、何か用?」

「な、なに?」

 状況が読めないという男と、逃げ腰になる仲間達。 

 とはいえ場所が場所。

 ドアはすでにロックされ、警棒を手にしたガーディアンが逆に男達を取り囲む。

「後は任せたからね」

「はい。全員拘束。IDを確認して、尋問しろ」



 お茶を出され、お菓子も出された。

 その内、団扇で仰がれるんじゃないだろうな。

「お待たせ。さっきはご苦労様」

「ご苦労じゃないんだけどさ。治安が悪いというか、あれ何よ」

「傭兵の真似をした転入生がやってるみたいね」

 ここは笑いもせず説明する沙紀ちゃん。

 どうもひずみというか、何かがおかしくなってるな。

「いいや。まず、これ。覚え書き」

「ありがとう。後で、自警局か総務局に届けてね」

「ここで誰かが届けてくれるんじゃないの」

「襲われたら大変じゃない」

 私は襲われても大変じゃないのか。

 というか結局は文章なんだから、ネットワークで送って終わりという気もするが。

「届けなくても、連絡して終わりじゃないの」

「形式こだわる人がいるのよ。中等部の頃から、それで何度も揉めたんだけど。どうも駄目ね」

 しみじみ語る沙紀ちゃん。

 彼女は立場上こういった事務職の方がメインなので、身を持って苦労してる事もあるんだろう。

 私はせいぜいお使いをする程度なので、そんな物かという感想しかないが。

「届ければいいのね。でも、局長は駄目だから」

「分かった。北川さんにお願い」

 沙紀ちゃんはくすくす笑い、覚え書きの最後に自分のサインを書き込んだ。

「その前に,J棟とF棟の隊長のサインもね」

「え」

「ごめんなさい。規則だから」

 申し訳なさそうに告げる沙紀ちゃんだが、サインが必要ないという言葉は出てこない。

 自分で書いてごまかすという言葉も。

「真面目だね」

「え。なにが」

「いや。サトミとかだと、自分で勝手にサインを書くとか言い出すから。しないけど、冗談でさ」

「ああ。そういう事。でも、規則だから」

 すぐに返ってくる同じ答え。

 彼女も冗談は分かる方だし、口にもする。 

 ただこれに関しては、それが通じないようだ。

「もう一度言って。届ける先を」

「まずJ棟、F棟。で、最後に自警局の北川さん。危ないから、こちらからも誰か護衛に付ける」

「いや。ショウと二人の方が気楽だし」

「ああ。デート」

 今度は朗らかに笑う沙紀ちゃん。

 そう言われると、結構困る。

「玲阿君は?」

「神代さんが、荷物運びに連れて行った」

「駄目ね、もう。……私。……ええ、玲阿君を連れてきて。……はい、お願い」

 若干事務的な会話。

 つまりは上下関係を示すような。


「どうかした?」

「ここは、上下関係がしっかりしてるなって。私は全然そういうのないから」

「塩田さんとはどうなの?」

「年齢が上だし、色々教えてもらったから先輩という意識はあるけど。ケイやショウなんて、たまに殴りかかるし」

 私の話に沙紀ちゃんは目を丸くし、すぐに笑い出した。

 何かを思い出したような顔で。

「七尾君も、風間さんには殴りかかるわね。でも、それはかなり例外というか、風間さん以外には絶対そんな真似はしないから」

「先輩の言う事は絶対なの?」

「というか、規則を重視するわね。当たり前だけどそれからは逸脱しない」

 淡々と語る沙紀ちゃん。

 それは間違っていないし、正しい事だと言える。

 ただ、私の意見は少し違う。 

 正確には、私達の意見は。

「優ちゃんは?」

「先輩でも誰でも、間違ってるなら間違ってる。規則も大事だけど、それはそれとして考えてる」

「なるほど。連合はその辺が良さよね。生徒会ガーディアンズは、組織上規則に縛られてるしそういう教育を受けてるから」

「そうなんだ」

 木之本君なら納得するだろう答え。

 サトミやモトちゃんも理解を示すと思う。 

 ケイは、論外だろうけど。

「いいや。とにかく、これを届けてくるね」

「お願い」



 荷物運びを終えたショウと合流し、J棟へと移動する。

 去年私達のオフィスがあった教棟で、しかし今はそこもない。

 J棟は1年生の教室が多いため、最近は訪れる事もない場所。

 ショウを見る機会もないのか、自然と彼に視線が集まる。

 私なんか、毎日会ってても見とれるけどね。

「A-1って、この辺だよね。……ここか」 

 オフィスの前で警備している、武装したガーディアン。

 良く考えると、沙紀ちゃんのオフィスは外には立ってなかったな。

 立っている時もあるが、最近はあまり見かけない。

 それは規則ではなく、沙紀ちゃんの性格や考え方によるんだと思う。

「警備を厳重にしないと駄目なのかな」

「今は、した方がいいんだろ。さっきみたいな事もあるんだから」

「でも、いかにもって感じじゃない」

「まあな」

 苦笑するショウ。

 理由は簡単で、ドアの左右に立っているガーディアンがこちらを見てきたから。

 警戒を怠らないのは感心だが、あまり楽しい事でもない。

「G棟の隊長から連絡があったと思います。自警局へ回覧する書類をお持ちしました」

 生真面目に取り次ぎを頼むショウ。

 ガーディアンは彼からIDを受け取り、専用の端末で確認して内部と連絡を取った。

 生徒会の特別教棟並というか、少し堅苦しい気もする。

「確認が取れました。案内の者が到着するまでお待ち下さい」

「いえ。届けるだけですから」

「申し訳ありません。規則で決められていますので」

 非常に固い答え。 

 多分冗談を言っても笑わないだろうし、そういう空気で無いのは私でも分かる。

 とりあえず、敵意を向けてこないだけまだましか。


 少しして、その案内係がやってくる。

 多分1年生で、丁寧な物腰の男の子。

 やはり余計な事は言わず、隊長室への案内だけをしてくれる。

「少々お待ち下さい」

 隊長執務室前で内部と連絡を取る男の子。

 日常的にこの調子だと、かなり疲れて来るな。

「お待たせしました。中へどうぞ」



 ようやく隊長執務室へと通される。

 でもって、隊長と目を合わせる。

「サインでしょ。貸して」

 部屋の奥にある隊長用の大きな机。

 それ越しに手を振ってくる新妻さん。

 彼女に覚え書きを渡すと、すぐにサインを書き込んで渡してきた。

 もう終わったよ。

「何か不満?」

「サイン一つだけで、何度もチェックを受けたの」

「ああ。私はどうでもいいんだけど、自警局から通達があったのよ。治安悪化により、オフィス内の警備を強化するようにって」

 見せられる一枚の書類。

 沙紀ちゃんはそんな事言ってなかったから、隊長の裁量でどうにもなる訳か。

「新妻さんは、上下関係に厳しい?」

「そう見える?」

「見えない」

「でしょ」

 あっさりと終わる会話。

 飄々としてるというかとらえどころがない人だし、そういう事にこだわるタイプにも見えない。 

「何にしろ最近は治安も悪いようだから、多少は警備を厳重にしてもいいんじゃなくて」

 人ごとのような、我関せずといった態度。

 つまりは彼女の内面というか、考えが読みにくい。

「……面談の方が見えてます」

 机の上にあった卓上端末を通じての、外からの通話。

 新妻さんは画面に視線を向け、通すよう告げた。


「こんにちは」

 朗らかな笑顔と共に入ってきたのは天満さん。

 運営企画局の局長だが、ガーディアンにはそれ程用事のないポジション。

「こんにちは」

 丁寧に応じ、席を立つ新妻さん。

 私とは多少接し方が違うというか、気を遣っているように見える。

「これ、上げる」

 机に置かれたのは、サプリメントの試供品と高そうなお菓子。

 思わずそれに見入り、角度を変えてまた見入る。

「おい」

 ショウが怖い声を出したので、少し下がる。 

 でも、見る。

「雪野さん、ここに用事?」

「ええ。サインをもらいに。天満さんは?」

「別に、用はないわよ」

 平然と答え、朗らかに笑う天満さん。

 楽しそうで結構な事だ。

「姉に言付けでも?」

「嫌ね。あなたに会いに来たんじゃない」

「それはどうも」

 丁寧に、若干恐縮気味に答える新妻さん。

 多少押されているというか、気持ちは一方通行のようだ。

「ああ、お姉さんが」

「姉に世話になったのは分かるんですが。私は健康ですし、特に困ってませんから」

「困ってからじゃ遅いのよ」 

 もっともな事を言い出す天満さん。

 なるほどねと思いつつ、お菓子の箱をじっと見る。

「よかったら、お菓子は彼女へ」

「欲のない子ね。雪野さんは欲しい?」

「勿論」

 力強く断言し、答えを聞くより早く箱を抱く。

 匂いからして、スイートポテトかな。

「良いバター使ってますね」

「分かる?」

「当然」

 砂糖ではなく蜂蜜、バニラビーンズも入ってるはず。

 ツボを心得た人が作ったな、これは。

「ご挨拶代わりにって企業が持ってきたんだけど、別なお菓子ももらっちゃって」

「贅沢な話ですね。これからは、私にも下さい」

「芋ケンピなら、段ボールであるわよ。いる?」

「いる」

 いらないと私が答えるより先に、ショウが宣言した。

 私も別に嫌いではないが、段ボールごと欲しいとも思わない。

「後で取りに来てね。3箱あるから」

「え」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げるショウ。

 ここまで芋ケンピが好きだったとは、長い付き合いだったけど初めて知った。

「あ、そうそう。天満さんは、上下関係に厳しいですか?」

「全然。新妻さんはともかく、運営企画局は横のつながりでなりたってるから」

「へぇ」

「組織の性質上、堅苦しいのはあまり歓迎されないって点もあるわね」

 意外と真面目な顔で語る天満さん。 

 ただこの辺もやはり、組織の性質以前に天満さんの性格が関係しているんだと思う。

「どうも参考になりました。これ、もらっていきますね」

「どうぞ」

「雪野さん。書類も忘れないで」

 そんなのもあったか。

 スイートポテトに出会った時点で、完全に忘れてたよ。




 続いてF棟のA-1ブロックへとやってくる。

 行く先はここでも、ガーディアンのオフィス。

 すぐ先にオフィスのドアが見えていて、ここにも警備のガーディアンが立っている。

 J棟と違うのは警棒やバトンではなく、銃を持っている点。 

 かつ立っているのが、F棟隊長という所。

「馬鹿じゃなかろうか」

 あまり言いたくはないが、言わずにはいられなかった。

 これこそ性格以外の何物でもない。

「何考えてるんだろうね」

「さあな」

 さすがにショウも、投げやりに答える。

 警備をするのは悪くないし、銃も公式に配備されていてる以上所持していても問題ない。

 銃を構えたり、突然走り出したりしなければ。

「ちょっと、何してるんですか」

「いざという時の訓練だ」 

 平然と答える風間さん。

 立派な気構えといいたいが、誰が不審者って自分が不審者じゃない。

「大体、銃は取り上げられたでしょう」

「F棟隊長って肩書きは偉大だな。自警局の装備課にいったら、すぐ貸してくれた」

「駄目です。ショウ、取り上げて」

「おう」

 太い銃身を掴み、いきなり上へ持ち上げるショウ。

 その勢いで風間さんごと持ち上げ、軽く振って彼を落とした。

「こ、この野郎。俺が誰だと」

「F棟隊長」

「分かれば良いんだ。で、何か用か」

 ようやく話を出来る雰囲気になる風間さん。 

 覚え書きにサインが必要な事を告げ、リュックから封筒を取り出す。

「面倒だな。えーと、サインだけでいいんだな」

「ええ」

「……ほら、持って行け」

 取り次ぎを必要とする事も待たされる事もない。

 とはいえ仕事が早いのは、非常に助かる。

「風間さんは、上下関係に厳しいですか」

「なんだ、それ」

「いや。なんとなく」

「普通だろ。ただ北地区というか生徒会ガーディアンズは全般に、上下関係を重視するな」

 沙紀ちゃんに聞いたのと同じ答え。

 ただ彼の言う通り、それが普通なのかも知れないが。

「南地区は違うのか」

「横のつながりを重視します」

 さっきの天満さんの言葉をそのまま借りる。

 実際そうだしね。

「組織じゃないだろ、それだと」

「そうかな」

「大体、誰が責任者なんだ」

「今はモトちゃんかな。前の連合の議長補佐」

 彼女の事は知っているらしく、何度か頷いてみせた。

「背が高くて愛想のいい奴だろ。そいつの指示に従うって事じゃないのか」

「指示は出しますけど、絶対じゃないから。合議制って言うんですか、良く分からないけど」

「ふーん。まあ普段はそれでいいとして。急を要する時はどうする」

 次々と出てくる質問。

 先程までの軽さはどこにもなく、鋭さすら感じさせる顔付きになっている。

「その時は、個人個人で判断しますよ」

「責任取れるのか、それで」

「今まで、特に問題にはなりませんでした」

「そんなものかね」

 あまり納得していない表情。

 もっとアバウトというか雑な印象もあったので、意外といえば意外。

 私が思っている以上に、色々考えているようだ。

「まあ、いい。何をどうしようと、それはお前達の問題だからな」

「風間さんは、管理案に賛成なんですか」

「その呼び方も良く分からんし、今現在困ってない。多分、一般生徒もそう言うと思うぞ」

 そう言われると、自信を無くす。

 つまりは私の空回りだけではなく、私達全員が勝手に突っ走ってるだけになるのだから。

「大体どうしたいんだ、お前らは」

「管理案の撤回と、生徒の自治の維持」

「管理案なんて無いし、自治は保たれてる。問題ないだろ」

 ますます自信がなくなってきた。

 ちょっと考え直した方がいいのかな。

「って突かれたらどうする」

「え」

「こっちの話だ。覚え書き、無くすなよ」

「あ、はい」



 多少気を重くしつつ、生徒会特別教棟へとやってくる。

 ここの警備は当然ながら厳重。

 それはいつもの事で、ただ今日はいつも以上に警戒が厳しい。

 気付くとガーディアンが何人も出てきて、入り口を固めだした。

「どういう事」

「これか」

 肩に担いでいる銃を振るショウ。

 もしかして、私達が殴り込みに来たとでも思ったのかな。

 馬鹿馬鹿しいと言いたいが、前例があるため彼等の反応は当然とも言える。

「銃を捨てて」

「手も挙げるのか」

 仕方なさそうに笑い、それでも銃を地面へ置くショウ。

 ガーディアン達は顔を見合わせ、武器を手にしたままこちらへと近付いてきた。

「な、何かご用ですか」 

 おそらく、今日一番の警戒態勢。

 仕方ないのでIDを取り出し、それを差し出す。

 しかしその動作が武器でも取り出すと思ったらしく、全員が大きく後ろに後ずさった。

 だから、大袈裟なんだって。

「自警課課長に面談。アポも取ってる」

「か、確認出来ました。今、ご案内しますので」

「いいわよ、そんなの」

「いえ。ご案内するよう、通達が出ていますから」

 何だ、通達って。

 しかも、全員が一斉に私達を取り囲みだしたし。

 案内じゃなくて、護送の間違いじゃないだろうな。



 それを理由に暴れるなんて事はなく、大人しくガーディアンの間に埋もれる。

 視界は悪いし見栄えも良くないし、これは誰が得をするのかな。 

 特別教棟の入り口側にあるエレベーターに乗り込み、無言のままの上昇が始まる。 

 なんというのか、気まずいどころの話じゃない。

「わっ」

 突然の小さな揺れ。

 でもって浮遊感が消え、一瞬だが証明が消えて再び灯る。 

 コンソールパネルを見ると、小さな地震があったとの表示。

 薬品を浴びた時の事を思い出し、額に汗が吹き出てくる。

「大丈夫か」

 そっと私の肩に触れるショウ。

 その大きな手に自分の手を添え、軽く頷く。

 動揺していた心はすぐに落ち着き、額の汗も引いていく。

 ただ落ち着いたのは私の気持ち。

 状況としては、全く落ち着いてる場合じゃない。

「どうするの」

「い、今、連絡を取ってます」

 震え気味の声で、端末を使い連絡を取るガーディアン。

 エレベーターは構造上、故障しても下まで一気に落ちる事はない。

 まさかとは思うが、この怯え方は私達と同じ箱の中にいるせいじゃないだろうな。

「まだ?」

「セキュリティが危険が無いと判断するまで、このままだそうです」

「危険かな」

 壁を軽く押すが、びくともしない。

 もう少し強く押さないと駄目かも知れない。

「何してるんだ」

 壁に向かって突進しようとしていた私の肩に手を置くショウ。

 さっきのように優しくではなく、かなり力強く。

「はは、冗談。それより、外に出たい」

「少し待てよ。動くんですよね、これ」

「え、ええ。それは勿論」

 がくがくと頷くガーディアン。

 というか、動かなければ彼等も困るに決まってる。

「地震じゃなくて、故障じゃないの」

「かもな。そこから、上に行けるのか」

 天井へ向けられるショウの視線。

 よく見ると照明の右側に取っ手が付いていて、その周辺は正方形の筋が入っている。

 保守点検用の出入り口だろうか。

「出たら」

「いや。一度確かめる」

 あくまでも慎重な発言。

 私一人だったら、間違いなく飛び出してるけどな。



 改めて連絡を取ると、地震の事実はないとの事。

 どうやら誤作動で、外部からのコントロールも受け付けない状態。

 コンソールではなく、マスタースイッチを操作する必要があるらしい。

「やっぱり外に出るんじゃない」

「そういう事もある」

 屈んだショウの背中によじ登り、肩に足を乗せて体勢を整える。

 彼が立ち上がったのを確認して、天井との距離を測りつつ足の指に力を込める。

「だから、痛いって」

「掴まないと危ないでしょ」

「たまには俺を上にしてくれ」

 足の間から聞こえてくる不平の言葉。

 気持ちとしては変わってあげたいけど、物理的には永遠に不可能なので聞き流す。

「っと。もう少し高くならない?」

「背伸びしてるぞ」

「あ、そう。まあ、いいか」

 ショウの頭の上に登る、なんて事はせず私もつま先立ちになる。

 不安定さは増すが、より天井は近くなり楽な姿勢で作業が出来る。

「開けて、外に出ればいいんでしょ」

「俺が行くまで待てよ」

「分かってる」



 上はどこまでも薄暗い空間が続き、四方は壁に囲まれている。

 目の前には太いワイヤーが2本と、足元にはウインチが二つ。

 アクション映画で見るのと同じような光景で、大抵この後は急速度で落ちるか上がるのが相場。

 映画じゃないから、どっちもないけどね。

「おーい」

 足元に開いた四角形の入り口から見えるショウの顔。 

 手を振ろうと思ったが、そういう事では無いと気付いてワイヤーを垂らす。

 ウインチは、目の前のワイヤーへ固定。 

 後は放っておいても、ショウが上がってくる。

「何も触ってないだろうな」

 信用のない発言。

 突いてやろうかと思ったが、場所が場所なのでさすがに止めた。

「無いよ。というか、暗くて見えない」

「サングラス掛けてるからだろ」

「ああ。良く気付いたね」

 というか、気付かないのは自分だけだろうな。

 ショウは端末で連絡を取りつつ、足元に屈み込んでプラスチックカバーを叩き割った。

「大丈夫なの?」

「一度リセットして、動くようにするだけだ。後はメーカーの仕事だな」

 何とも頼もしい発言。

 さっきのはこれで忘れるとしよう。

「わっ」 

 突然動き出すエレベーター。

 咄嗟にショウへしがみつき、壁とワイヤーから距離を取る。

「ど、どうなってるの」

「すぐ降りないと駄目らしい」

 なんだ、それ。 

 だけど別に幻滅する事はない。 

 むしろこういったハプニングなら、歓迎したいくらい。


 薄暗い中でショウと二人きり。

 お互いを支え合いながら、一緒に時を過ごす。 

 普通ならあり得ない、だけど現実の出来事。

 いつまでも続いて欲しいと思える時間。













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