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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
32/596

5-1






     5-1




 青い空、小さな白い雲の群、澄んだ風。

 秋、である。

 力一杯草原を駆け抜けて行きたくなるような、爽快な気分。

 下がってきたフェイスカバーを持ち上げながら、そんな事を思った。


 私がいるのは、サッカースタジアム。

 東海地区の高校同士が行う対抗戦リーグの一試合で、今は我が母校が戦っている。 

 観客席には何千人という生徒が集まり、大歓声と共にお互いのチームを応援してる。

 私も応援したいのだけど、警備のガーディアンという立場上声には出さない。

 よって、心の中で叫んでおく。

 とにかく今日は、気分がいい。

 試合を観戦出来るというのもそうだけど、装備がそれ。

 フェイスカバーの付いたヘルメット、長めのスティックや襟元に付けるタイプの通信機。

 肩や体全体を覆う、アメフトの選手が使うようなプロテクターも着けている。

 これ程の規模になる試合ともなれば、観客同士もヒートアップする。

 そのためガーディアンには今のような装備が、一時的に貸し出される。

 つまり、返さなければいけない訳だ。  

 せめて、レガースくらい持って帰りたいな。


 地鳴りのような大歓声に、素早く振り向く。

 左ラインを上がっていった選手が、一気にゴールコーナーへ迫る。

 押し寄せる相手ディフェンダー。

 その選手が背を向ける。

 ディフェンダーの足の間を抜くヒールパス。

 パスを受けた選手とキーパーとの間には誰もいない。

 思い切りよく距離を詰めるキーパー。

 放たれたシュートは、その手を弾きゴールネットを激しく揺らした。


 ゴールを宣言したレフリーの手が上がり、今度はゲームセットの長いホイッスルが鳴らされる。

「やった」

 思わず声が出た。

 そしてそれ以上の歓声が、私の周りから沸き起こる。

「勝ったな」

 ショウがやってきて、軽く手を伸ばしてくる。 

 私達はハイタッチを交わし、我が母校の勝利を分かち合った。

「結構強いのね、サッカー部って」

 フェイスカバーを上げ、のんきな事を言っているサトミさん。

 彼女も私と同じようにプロテクターを着けてるんだけど、とにかく格好良い。

 切れ長の綺麗な瞳がヘルメット越し見えて、細いあごがわずかに覗いている。

 その端整な顔立ちと無骨とも言えるプロテクターとが相まって、彼女の美しさをより引き立たせている。

 いいよね、綺麗な人は何着ても似合って。

 ショウは言うまでもないし。


「くぅ、負けた……」

 苦しげな声を上げながら、変な人が来た。

「どうした、裏切り者」

「うるさいな、負け犬」

 鼻を鳴らし、通路の階段に腰掛けるケイ。

「負けたって、勝ったじゃない。3点差よ」

「試合はね。負けたのは、俺個人が」

「やあ、浦田君」

 爽やかな、可愛い笑顔が飛び込んでくる。

 柳君だ。

「どうかしたの。何か楽しそうね」

「あ。分かる、遠野さん」

 そう言って、さらに愛くるしく微笑む。

 天使だね、まるで。

「何だよ、あんた」

「あれ、そういう態度取るんだ。賭の事忘れたとか言うんじゃないよね」

「覚えてるよ、柳君」

 すると柳君は、ケイの両肩に手を置いて首を振った。

 彼には珍しく、皮肉っぽい顔で。

「柳さん、だろ」

「くっ。覚えてるよ、柳さん……」

 何やってんだ、この人は。


 話を聞くと、勝ち負けじゃなくて得点で賭をしたらしい。

「俺の賭で、運を使い果たしたんじゃないのか」

「基本的に向いてないのよ。あれは偶然だと思うわ」

「だよね。で、他には何賭けたの」

「それは言えない」

 柳君も頷いている。

 変な事じゃないのを、せいぜい祈るとしよう。

 この二人、見た目は全然違うけど結構仲いいんだよね。


「おう、集まってるな」

 ヘルメットを取って、甘くも格好良い顔を秋の日差しに見せつける名雲さん。

 その左右には、舞地さんと池上さんも。

 二人もヘルメットを取り、凛々しい顔と綺麗な顔を見せてくれる。

 何だか、絵になる光景だ。 

「強いのね、この学校って」 

 サトミと同じ感想を洩らす池上さん。

 舞地さんは興味なさげに、グラウンドから去っていく選手を眺めている。

「爽やかでいいな、こういうのも」

「あんたものんきだね、名雲さん。俺もそう思うけど」

 共感めいた視線を交わし合うショウと名雲さん。

 だけど、二人の顔が微かに曇った。

「どうかした?」

「向こう側の連中が、騒ぎ出しそうだ」

「名雲。沢に連絡してくれ」

「自分でしろよ」

 苦笑しつつ、端末を取り出す名雲さん。

「……ああ。……そうだ。……今は雪野達と一緒にいる。……分かった」

「沢君、何だって」

「矢田自警局長と相談するってさ。今はあいつがここの最高責任者だ。一応は、その判断を待たないとな」

「すっかり組織の人間ね、沢君も。私達も人の事は言えないけど」

「雪野達も、準備しておけ」

「あ、はい」



 その間にも向こう側の観客席は雰囲気が悪くなっていき、自ずとこちら側にもそれは伝わってくる。

 ガーディアンはまだ落ち着いているけれど、観客の一部は警棒を取り出している。

 怒号や叫び声もあちこちから上がり、異様な興奮が全体を包み込もうとしていた。

「お待たせ」

 局長を伴い、沢さんがやってきた。

 立場としては逆なんだけど、心情的にはね。

 私は会釈をして、一緒にいた沙紀ちゃんに手を振る。

 彼女はDブロックの隊長なので、沢さん達と一緒に本部で詰めていたのだ。

 痛めていた足も、どうやら治ったらしい。

「矢田、どうするよ」

「そうですね……。あなたの判断は」

 局長は眼鏡を押し上げ、生徒会ガーディアンズCブロック隊長に意見を求める。

 ちなみに今日の警備は、I棟C、D、Eブロック合同で行っている。

 彼は3年生なので、まずはその意見を尊重しようと思ったのだろう。

「……逃げた方が無難だな。この数で乱闘になったら、死人が出てもおかしくない」

「同感です。私達は、いかに一般生徒を無事に避難させるかを考えるべきです」

 Eブロック隊長の女の子が、彼の意見を支持する。

 二人とも隊長だけあって、さすがに冷静だ。

「分かりました。すると次は、具体的にどうするかですね。時間もあまりないようですし」

 局長は相手側の観客席から目を離し、彼らに顔を向けた。

「僕はこういった事に慣れていないので、お二人のどちらかに指揮を執って……」

「それでもいいんだけど。なあ」

「ええ。もっと適任の人が、他にいると思います」

 からかうような笑顔が、沢さんに向けられる。

 フォースDブロック隊長に対してではない。

 フリーガーディアン、沢義人へ。


「色々噂は聞いてるわよ」

「本当かどうかは知らないけど、ここは君がやるべきだろ」

 一般の生徒はともかく、ガーディアンの一部には知ってる人もいるのだろう。

「……それでは沢さんお願い出来ますか」

「分かりました」

 淡々と頷く沢さん。

 緊張や焦りなどは全く感じられず、普段通りの飄々とした表情で。

「何人か僕が直接指示をしたいんですが、それはかまいませんか」

「ええ、どうぞ」

「では……。名雲君」

 分かってるよとばかりに、名雲さんが歩み寄っていく。

 普段は敵だどうだと言っているが、こうしている限りでは親しい友人としか見ようがない。

「まずは、この馬鹿騒ぎをどうにかしないとな」

「どうするつもりだい」

「お前がリーダーなんだ。自分でやれ」 

 肩をすくめ、沢さんは観客席最前列へと降りていった。 

 その間にも生徒は騒ぎを大きくしていって、向こう側の学校とやり合うだの言っている。

 それを制止しているガーディアンにまで食ってかかる人もいて、パニック寸前という状態だ。

 異様な熱をはらんだ雰囲気が全体を押し包み、集団催眠と言ってもいい状態。 

 誰かが一声掛ければ、半分くらいの人間は向こうの観客席へ突っ込んでいくだろう。


 規則正しい音が耳を打つ。

 沢さんが、観客席の前にある手すりをスティックで叩いているのだ。

 音はそれほど大きくなく、手がわずかに動いている程度。

 それでもその音は、はっきりと私に聞こえてくる。

 繰り返される金属音。

 あくまでも規則正しく、小さな音。

 初めは沢さんに注目していた私達や、最前列の生徒達が。

 そして波が押し寄せるように広がっていく。

 静けさが。

 拳を振り上げていた子も、叫んでいた子も、泣きそうになっていた子も。

 その音に、ただ聞き入っている。

 沢さんが鳴らす、小さな金属音に。


「……一般生徒のみなさんには、今から避難してもらいます。慌てず、落ち着いて僕達の指示に従って下さい」

 あくまでも静かな言葉。

 言葉無く頷いたみんなに、沢さんも軽く頭を下げる。

「会場の外まで、僕達ガーディアンがみなさんを護衛していきます。その後は一緒に来た友達がいるのを確認して、各自で帰宅して下さい。車を持っている人は、出来るだけ他の人も乗せてもらうと助かります」

 再び頷くみんな。

「それと今回の主催者であるSDC(運動部部長親睦会)の方は、みなさんのリストを作成して下さい。帰宅の際、それで避難の確認をしますので。では、今から15分後に避難を開始します」

 的確な指示を出していった沢さんは、みんなが避難の準備に入ったのを確かめこちらへとやってきた。


「ガーディアンは、全員集まってるね」

「ああ」

 空いている観客席に集まった私達。

 全員プロテクター着用で、やはり支給されたスティックを持っている。

 私が持っている物も、普段使っているのではなく支給されたスティックだ。

「次はみなさんへの説明を始めます。基本的には一般生徒を護衛する隊と、ここで押し寄せる相手側の生徒を防ぐ隊に分けます」

「護衛隊は、ガーディアン連合。守備隊はフォースと生徒会ガーディアンズで行う。それと今すぐに、この会場のオペレータールームを押さえたい。誰か腕の立つは……」

「三島さん、お願いします」

 沢さんの視線が、すぐ後ろにいた大きな男の子に向けられる。

 前期にショウと戦った、SDC代表代行だ。 

 三島さんっていうのか。

 聞いた気もするけど、忘れてた。


「俺はかまわんが」

 重い、そして安心感を与えてくれる低い声。

 ジャケットの袖をまくり、通信機を襟に付ける。

 この人ならそれこそ、一人で騒いでいる全員を抑えられそうだ。

「誰か、警棒かスティックを彼に」

「いい、途中で調達する」

「程々に頼みますよ」

「お前もな」

 そばに控えていた精悍な顔付きの男女に合図を送り、通路の階段を駆け上がっていく三島さん。

 動きは俊敏の一言で、それは付いていった二人も同様だ。 

「あの3人なら、オペレータールームは確保したと判断していいでしょう。護衛隊は、少し早いですが避難準備に取り掛かって下さい」

「丹下、悪いが護衛隊に回ってくれ」

「はいっ」

 凛々しい顔をさらに引き締め、走っていく沙紀ちゃん。

「舞地と柳も、そっちに頼む。沢、向こうの指揮は舞地にやらせるぞ」

「妥当だね。二人とも頑張って」

「お前に言われると、変な気分だな」

「それじゃ沢さん」

 二人も一般生徒の方へ走っていく。


「私達も行きましょう」

「ええ、そうね」

 頷きあった私達が走り出そうとすると、名雲さんが呼び止めてきた。

「お前らは残れ。少し話がある」

「え、話って」

 戸惑う私達をよそに、沢さんと名雲さんが頷き合う。

「全ガーディアンに告ぐ。ただいまより、今作戦の連絡事項を通達」

 回線が開き、全員が耳元に付けたイヤフォンを押さえる。

「各員の通信に関しては、こちらで指定したオペレーターへのみとする。守備隊フォースは、ガーディアン連合所属遠野聡美。守備隊生徒会ガーディアンズは、直属班池上映未。アドレスは現在配信中の物を使用。またこちらからの伝達も、オペレーターを通じてのみ行う」 

 冷静な沢さんの声が、流行る気持を落ち着けていく。

 一般生徒に混じっているプロテクター姿のガーディアン達も、動きを止めてその声に聞き入っている。

「護衛隊指揮は、直属班舞地真理依。補佐に生徒会ガーディアンズ丹下沙紀。守備隊指揮は、フォース沢義人。補佐に生徒会ガーディアンズ……・」

 簡潔に告げられる、指揮系統と各員の配置位置。

 護衛隊は薄く広い配置で一般生徒や観客を守り、一気に会場外へ逃げる。

 守備隊は相手の動きを引き付け、挟撃を受けないよう正面のみで戦えるようにする。

 スタジアムは、観客席がグランドを取り囲むスタイル。

 あちこちに通路口があるので、若干の作戦が必要だが。

 その通路口を塞ぐために、三島さんをオペレータールームへ送ったのだろう。


「……相手との圧倒的な人数差を考慮し、特別班を構成。特別班は相手陣に突入、全体の攪乱と戦意喪失をその任務とする」

「特別班は以下の通りだ。フォース沢義人、直属班名雲祐蔵……」

 襟に口を寄せていた名雲さんが、口元を緩める。

「ガーディアン連合、玲阿四葉、雪野優。以上の4名」

「玲阿雪野両名は、直ちに前へ」

 顔を見合わせ、沢さんの隣に立つ私達。

 名雲さんはさらに、話を続けた。

「特別班は任意であり、希望があれば追加を受け入れる」

「そんな奴いねー」

 誰かが遠くの方で叫び、笑い声が起きる。

「雪野さーん、頑張ってー」

「玲阿君もー」 

 よく分からないが、歓声も上がっている。

 人気者なのか何なのかは、あまり考えたくない。

「了解。ただ今をもって、特別班の募集は終了」

 再び起きる笑い声。

 むくれる私をよそに、沢さんが名雲さんに顔を寄せる。

「護衛隊のオペレーターは、誰がいいと思う」

「……元野さんだな」

「分かった。護衛隊に連絡。護衛隊のオペレーターは、ガーディアン連合元野智美。元野さん、お願い出来るかな」

「了解。アドレス配信します」

 いつもよりはきはきした声で答えるモトちゃん。 

 落ち着きのある彼女には、最適な任務とも言える。

「全ガーディアンに連絡。オペレーターへの通信は、一切の制約を設けない。見た物、聞いた事、思った事。その全てを連絡事項とする」

 同意の意志を伝える手が、全員から上がる。

「続いて、各オペレーターへ連絡。3人は、必要と思われる内容のみを当方へ連絡。その選択、解釈、連絡内容は各自の判断に任せる。みんなには負担が掛かるけれど、よろしく」

「了解」

 3人の声が、ヘルメットの中で響く。

 細かな連絡がその後続き、全員に行動開始の指示が告げられた。

 ちなみに勉強だという意味で、私とショウにもサトミ達の連絡が聞こえるようにするとの事。


「浦田、お前は丹下のフォローだ」

 通路の壁にもたれ腕を組んでいたケイに、名雲さんがその後ろを指さす。

 遠目には、一般生徒達を誘導する沙紀ちゃんが見えている。

「それと、元野さんのカバーも。分かってるだろうけど、彼女がオペレーターとして専念出来るようにな」

「了解」

 スティックを背負い、普段と変わらない足取りで去っていくケイ。

 面倒なののか、何も考えていないのか。

 とにかく、私が心配しなくても仕事はする人だ。

「……どうした、不安そうだな」

「え、ええ」

 私はフェイスカバーに手を当て、微笑んでいる名雲さんの顔を見上げた。

 隣にいるショウも、少し自信なさげである。

「遠野達がいないのは、やっぱり辛いか」

「ああ。こういう時は、あの二人が俺達のフォローをしてくれてたから」

「いなくても問題はないけど、いた方が安心するのは確かね」

「あいつらが、おまえらより弱くても?」

 その問いに、私とショウははっきりと頷いた。

「格闘技の腕だけじゃないもの。私達があの二人を頼るのは」

「不安が無いんだよな、サトミ達がいると」

「同感」

 そんな私達の肩に、名雲さんが手を置く。

「だったら、今日は二人がフォローしあえ。雪野は玲阿を、玲阿は雪野を。常にお互いの事を気に掛けて、自分だけで行動しようとするな。相手の存在を絶対頭の中に置いておけ」

 力強い口調、そして気持。

「でも、それなら名雲さん達はどうするの?」

 すると名雲さんは沢さんを振り返り、小さな笑い声を洩らした。

「雪野さん、心配しなくても大丈夫。大きな声では言えないけど、この程度の事態なら僕達は何の問題もないから」

「相手が持ってるのは、せいぜい警棒とスティック。人数が多ければいいってもんじゃないんだよ」

「はあ」

 曖昧に返事をするショウ。

 どうやら、修羅場の度合いが違うようだ。


「とはいえ、僕達が4人で構成されたチームである事に変わりはない。今名雲君が言った事は、そのまま他の3人に当てはめて考えて欲しい」

 沢さんの言葉に頷く私達。

「みんな、スティックを」

「はい」 

 スティックをかかげ、先の方を重ね合わせる。

「名雲君」

「……例え見えなくても、仲間がいる事を忘れるな。俺達なら出来るっ」

「おぉっ」

 掛け声を上げ、軽くスティックをぶつけ合う。

 周りの子達も、ヘルメットをぶつけたり拳を重ね合ったりしている。

「よしっ。池上、準備は」

「池上より報告。守備隊、生徒会ガーディアンズ配置完了」

「了解。遠野」

「遠野より報告。守備隊、フォース配置完了」

「了解。元野さん」

「元野より報告。護衛隊は、先発班が通路を確保。一般生徒を誘導中」

 頷いた名雲さんの顔にも、微かな緊張の色が見え始める。

「三島さん」

「……オペレータールームを確保。途中相手校観客と思われる生徒を排除」

「了解。沢」

 沢さんはスティックを床に付け、小さな息を吐いた。



 横一列に並ぶガーディアン。

 後ろでは、何千人もの生徒が避難を始めている。

 その向こう側から襲われないよう、そちら側にもガーディアンは配置されている。

 ただ避難している通路口以外は全て塞がれ、観客席にも暴動防止用のネットがあちこちに張られ始めた。

 これで必然的に相手校の観客は、私達が並んでいる正面しか向かう道が無くなってしまった。

 おそらく向こう側の通路口は壊されて、そこから出ていく相手校生徒もいるだろう。

 だからこそ、護衛隊の責任も重い。


「守備隊、全員注目っ」

 良く通り、張りのある声。

 普段の物静かなイメージとは全く違う沢さんの声に、雰囲気が一気に引きしまる。

 沢さんと名雲さんは前に出て、整列しているガーディアンをさっと眺めた。

 そしてこめかみに、軽く人差し指と中指を揃える。

 私達もそれに倣い、姿勢を正す。

「我が守備隊は約150名、対する相手観客は3000を越えると思われる」

「今なら、まだ護衛隊に回ってもかまわないぞ」

 名雲さんの言葉に、全員がスティックを小さく持ち上げ床に付ける。

 その音が観客席に響き、気分が高まっていく。

「配置、作戦は変更無し。武器を所持していない相手への直接攻撃を禁じる」

「持っている者に対しては、各自の判断に任せる」

「通信テスト開始……。オペレーター」

「池上より報告。守備隊生徒会ガーディアンズ、全員応答確認」

「遠野より報告。守備隊フォース、全員応答確認」

 守備隊の後ろ、全体が見渡せる観客席の最上段にいる二人が手を上げる。

「元野より報告。護衛隊ガーディアン連合、全員応答確認」

「了解」

 視線を交わす二人。

「そろそろ、向こうも仕掛けてくるぞ。全員、準備はいいな」

 鳴らされるスティック。

 名雲さんは大きく頷き、こちらへ顔を向けた。

「玲阿。お前が締めろ」

「俺が?」

「何事も経験だよ、玲阿君」

 二人に促され、前に出るショウ。

 そしてこちらを振り返り、軽く息を整えている。


「……ガーディアンはっ」

「生徒を守るっ」

 ショウの凛とした声に、全員が即座に答える。

「ガーディアンはっ」

「仲間を助けるっ」

 決まり文句を唱和する私達。

「真のガーディアンとはっ」

「始末書十枚書いた人っ」

 唱和と共に、スティックが鳴らされる。

 いい例ではないが、そのくらいしないと務まらない仕事という意味だ。

 中等部からやっている人なら、大抵はそのくらい行っているだろう。

 一呼吸間が開き、ショウの顔が微かに緩む。


「……ガーディアン連合、雪野優っ」

「えっ?」

 名指しされた私は、彼を睨みつつ前に出た。

「始末書枚数っ」

 これも決まり文句である、ショウの言葉。

 多ければみんなから誉められて、少なければ馬鹿にされる。

 そして少ない場合は「まだまだ未熟です」くらい付け足すのだ。

「雪野優っ、7枚っ。これから精進しますっ」

 みんなから、意外という感じのどよめきが上がる。

 ヘルメット越しの顔も、ちょっと拍子抜けしているようだ。

 普段の評判があれなので、少しはいい印象を与えられた。

「……中等部との合計っ」

 再び叫ぶショウ。

 目が、もう笑っている。

「ろ、60枚っ」

 巻き起こる大爆笑。

 嘘だろという顔をしている人も、何人かいる。

 駄目だ、また印象が悪くなった。

 元に戻ったとも言う。

「雪野さんっ、さすがっ」

「偉いっ、ガーディアンの鑑っ」

「目指せっ、100枚っ」

 誉められてるんだか、馬鹿にされてるんだか。

 大歓声と拍手喝采。

 嬉しいけど、悲しい。

「もう、指名しないでよ」

「手っ取り早かったんでね。ガーディアンの鑑さん」

「自分だって、同じくらいのくせに」

 とぼけて顔を背けるショウ。

 という訳で、私達4人を累計すれば200枚を越える訳だ。

 ここまで行くと、自分でも別な意味で感心してしまう。 


 そして、沢さんも含め私達は列に戻る。

 横一線で、後ろにも同じ列が2つ。

 後方の一般生徒や観客は、まだ半数以上が残っている。

 さっきまでの喝入れに刺激されたのか、ついに相手側観客席で大きな動きがあった。

 こちらから見て最前列にいた生徒達が、叫び声を上げながら突っ込んできたのだ。

 それが引き金となって、五月雨式に人数が増えていく。

 無論全員が来る訳もなく、半数くらいは後ろの方で固まっているけれど。

 その反対側は防護ネットが降りているので、動けない状況になっている。

 沢さんの手が上がり、全員フェイスカバーを下ろす。

 私達は沢さん達と同じ回線を使用。

 さっきも言ったように、、サトミ達の連絡が聞こえるようになっている。

 時折彼女達の落ち着いた声が聞こえ、沢さんと名雲さん、それに熊部さんが的確な指示を与えていく。

 モトちゃんは舞地さんの指揮下にあるので、基本的には情報のみが送られてくる。


「三島だ。12号通路が破壊信号。相手校観客が、相当数通路へ出ている模様。第2隔壁を閉鎖し、足止めする」

「了解。元野さん、舞地さんへ襲撃に備えるよう連絡を」

「了解」

 その間にも、波のような群が迫ってくる。

 絶叫と興奮、一時の異常な高ぶり。

「前列構え、後列バックアップ準備」

 スティックをやや傾け、腰を下ろす。

 後列は前列である私達を後ろから支え、激突の瞬間に備える。 

 グローブ越しにでも手の平を拭いたくなる気持。

 深呼吸をして、隣にいるショウを見上げる。

 向こうも同じだったらしく、目があった。

 うん、そうだね。

 言葉にしなくても分かる。

 私がショウを守る。

 そしてショウは私を守ってくれる。

 気持は高まったまま、でも心は落ち着いていく。

 私達はスティックを軽く合わせ、その気持ちを分かち合った。



「来るぞ。池上」

「池上より報告。人数約1500。肉眼での推測比率、右翼約65%左翼約35%。武器の所持状況は約45%。防具着用者もほぼ同数。一般生徒への、武器等の配給があった模様」

「了解。沢、右に少し移すか」

「いや、ここで押し負けるようならそれまでだ。今のままで行く」

「悪いな、余計な事言って」

「それが君の仕事だろ」

 顔は見えないけど、二人が笑っているのは分かる。

 今までの言動から、単純に味方とは言えない二人。

 でも今は、誰よりも強い絆で結ばれている。

「遠野より報告。接触まで、推測で30秒。現在警告ラインを突破中」

 小さな花火が彼等の目の前で上がるが、気にせず突っ込んでくる。

 一人一人の顔が見える程まで近付いてきた。

 怒りや焦り、歓喜。

 彼等は止まらない。 

 何かを破壊しなければ。 

 でもそれはさせられない。 

 私達の後ろにいる生徒の事を思えば。

 だから、ここでくい止める。 

 例え、力尽くでも。


 鈍い音がして、全身に衝撃が走る。 

 目の前にある人の群。

 警棒やスティックを持ったガーディアン風の連中が、私達とぶつかったのだ。

 その数に任せ、容赦なく押しまくってくる。

 体がすりつぶされそうな、すさまじい圧力。

 気を抜けば、あっさりはじき飛ばされてしまうだろう。

 しかし、私達は一歩も下がらない。

 圧倒的な人数差を前にして、一歩たりとも。

「前進」

 静かな沢さんの声が、イヤフォン越しに伝わる。

 揃って左足を一歩踏み出す私達。

 前から、そして後ろからの圧力。

 息が出来ないくらい。

 プロテクターには、激しくスティックが叩き付けられる。

 それでも私達はスティックを構えたまま、一歩前に出た。

 勿論、そこでは終わらない。

 右足を引きつけ、再度左足を踏み出す。

 千人以上の人間を、数十人で押し返すのだ。

 普通ではない。

 プロテクターはきしみ、それ以前に体が嫌な音を立てる。

 暑さ、圧迫感、痛み、苦しさ。

 狂気の顔で押し寄せる観客達。

 しかし私達は、確実に次の一歩を踏み出していく。


「遠野より報告。右翼1名負傷。怪我は軽微」

「直ちに後方へ。そのスペースは、後列を補充」

「了解」

「元野より報告。先発班、相手校観客と接触。直ちに排除。柳班が先発班と合流します」

「了解。こちらは、相手校を完全に食い止めている。舞地さんに、その旨を連絡」

 そんな中、冷静に指示を出していく沢さん。

 名雲さんも、時折助言を挟む。



 何十倍という差をもろともせず、じりじりと押し返す私達。

 モトちゃんからの報告で、生徒の一部が会場外に出たと分かった。

「オペレーター。全守備隊に現状を連絡」

「了解」

 二人の声が聞こえ、すぐに全員から歓声が上がる。

 みなぎる力と、やる気。

 疲れてきた体が、一気に熱くなってくる。

 誰のためでもない、今は彼等のために私達は頑張っているのだから。


 私達の圧力が効いたのか、押し寄せる勢いが弱まった。

「遠野より報告。相手陣営、後方が散開。半数が通路へ、残り半数がグランドへ降ります」

「三島さん、通路の状況は」

「12号通路は、第2隔壁も破壊信号。閉鎖は現時点で不可能」

「こちら側の通路は」

「4から10。内4から6は一般生徒の避難経路。7から10が、守備隊の側面にある」

「了解。守備隊、前進停止」

 一斉に足を止め、相手の突進に耐える私達。

 さっきより勢いが弱いので、それ程問題はない。

 その違いを例えるなら、砂利を満載した大型ダンプカーが、砂利を半分降ろしたというところか。

「オペレーター、待機班の状況は」

「池上より報告。生徒会ガーディアンズEブロック班、展開可能」

「遠野より報告。フォースEブロック班、同じく展開可能」

「両班を、各通路前へ配置。異変のチェックと補充準備を指示」

「了解」

 振り向く余裕はないが、駆け足が後ろから聞こえてくる。

 かなり状況が動いてきた。


「……名雲君、どう思う」

「そろそろだな。玲阿、雪野」

 相手を押し返しながら、名雲さんがこちらを見てくる。

「俺はいつでも」

「私も問題なし」

 呼吸を少しずつ整えていく。

 いくらプロテクターを着けているとはいえ、決して楽観出来ない行為。

 だからといって、足はすくまない。

 気持に怯えもない。

 後ろに守るべき人達がいるから。

 そして私の傍らには、仲間がいるのだから。 




 






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