5-1
5-1
青い空、小さな白い雲の群、澄んだ風。
秋、である。
力一杯草原を駆け抜けて行きたくなるような、爽快な気分。
下がってきたフェイスカバーを持ち上げながら、そんな事を思った。
私がいるのは、サッカースタジアム。
東海地区の高校同士が行う対抗戦リーグの一試合で、今は我が母校が戦っている。
観客席には何千人という生徒が集まり、大歓声と共にお互いのチームを応援してる。
私も応援したいのだけど、警備のガーディアンという立場上声には出さない。
よって、心の中で叫んでおく。
とにかく今日は、気分がいい。
試合を観戦出来るというのもそうだけど、装備がそれ。
フェイスカバーの付いたヘルメット、長めのスティックや襟元に付けるタイプの通信機。
肩や体全体を覆う、アメフトの選手が使うようなプロテクターも着けている。
これ程の規模になる試合ともなれば、観客同士もヒートアップする。
そのためガーディアンには今のような装備が、一時的に貸し出される。
つまり、返さなければいけない訳だ。
せめて、レガースくらい持って帰りたいな。
地鳴りのような大歓声に、素早く振り向く。
左ラインを上がっていった選手が、一気にゴールコーナーへ迫る。
押し寄せる相手ディフェンダー。
その選手が背を向ける。
ディフェンダーの足の間を抜くヒールパス。
パスを受けた選手とキーパーとの間には誰もいない。
思い切りよく距離を詰めるキーパー。
放たれたシュートは、その手を弾きゴールネットを激しく揺らした。
ゴールを宣言したレフリーの手が上がり、今度はゲームセットの長いホイッスルが鳴らされる。
「やった」
思わず声が出た。
そしてそれ以上の歓声が、私の周りから沸き起こる。
「勝ったな」
ショウがやってきて、軽く手を伸ばしてくる。
私達はハイタッチを交わし、我が母校の勝利を分かち合った。
「結構強いのね、サッカー部って」
フェイスカバーを上げ、のんきな事を言っているサトミさん。
彼女も私と同じようにプロテクターを着けてるんだけど、とにかく格好良い。
切れ長の綺麗な瞳がヘルメット越し見えて、細いあごがわずかに覗いている。
その端整な顔立ちと無骨とも言えるプロテクターとが相まって、彼女の美しさをより引き立たせている。
いいよね、綺麗な人は何着ても似合って。
ショウは言うまでもないし。
「くぅ、負けた……」
苦しげな声を上げながら、変な人が来た。
「どうした、裏切り者」
「うるさいな、負け犬」
鼻を鳴らし、通路の階段に腰掛けるケイ。
「負けたって、勝ったじゃない。3点差よ」
「試合はね。負けたのは、俺個人が」
「やあ、浦田君」
爽やかな、可愛い笑顔が飛び込んでくる。
柳君だ。
「どうかしたの。何か楽しそうね」
「あ。分かる、遠野さん」
そう言って、さらに愛くるしく微笑む。
天使だね、まるで。
「何だよ、あんた」
「あれ、そういう態度取るんだ。賭の事忘れたとか言うんじゃないよね」
「覚えてるよ、柳君」
すると柳君は、ケイの両肩に手を置いて首を振った。
彼には珍しく、皮肉っぽい顔で。
「柳さん、だろ」
「くっ。覚えてるよ、柳さん……」
何やってんだ、この人は。
話を聞くと、勝ち負けじゃなくて得点で賭をしたらしい。
「俺の賭で、運を使い果たしたんじゃないのか」
「基本的に向いてないのよ。あれは偶然だと思うわ」
「だよね。で、他には何賭けたの」
「それは言えない」
柳君も頷いている。
変な事じゃないのを、せいぜい祈るとしよう。
この二人、見た目は全然違うけど結構仲いいんだよね。
「おう、集まってるな」
ヘルメットを取って、甘くも格好良い顔を秋の日差しに見せつける名雲さん。
その左右には、舞地さんと池上さんも。
二人もヘルメットを取り、凛々しい顔と綺麗な顔を見せてくれる。
何だか、絵になる光景だ。
「強いのね、この学校って」
サトミと同じ感想を洩らす池上さん。
舞地さんは興味なさげに、グラウンドから去っていく選手を眺めている。
「爽やかでいいな、こういうのも」
「あんたものんきだね、名雲さん。俺もそう思うけど」
共感めいた視線を交わし合うショウと名雲さん。
だけど、二人の顔が微かに曇った。
「どうかした?」
「向こう側の連中が、騒ぎ出しそうだ」
「名雲。沢に連絡してくれ」
「自分でしろよ」
苦笑しつつ、端末を取り出す名雲さん。
「……ああ。……そうだ。……今は雪野達と一緒にいる。……分かった」
「沢君、何だって」
「矢田自警局長と相談するってさ。今はあいつがここの最高責任者だ。一応は、その判断を待たないとな」
「すっかり組織の人間ね、沢君も。私達も人の事は言えないけど」
「雪野達も、準備しておけ」
「あ、はい」
その間にも向こう側の観客席は雰囲気が悪くなっていき、自ずとこちら側にもそれは伝わってくる。
ガーディアンはまだ落ち着いているけれど、観客の一部は警棒を取り出している。
怒号や叫び声もあちこちから上がり、異様な興奮が全体を包み込もうとしていた。
「お待たせ」
局長を伴い、沢さんがやってきた。
立場としては逆なんだけど、心情的にはね。
私は会釈をして、一緒にいた沙紀ちゃんに手を振る。
彼女はDブロックの隊長なので、沢さん達と一緒に本部で詰めていたのだ。
痛めていた足も、どうやら治ったらしい。
「矢田、どうするよ」
「そうですね……。あなたの判断は」
局長は眼鏡を押し上げ、生徒会ガーディアンズCブロック隊長に意見を求める。
ちなみに今日の警備は、I棟C、D、Eブロック合同で行っている。
彼は3年生なので、まずはその意見を尊重しようと思ったのだろう。
「……逃げた方が無難だな。この数で乱闘になったら、死人が出てもおかしくない」
「同感です。私達は、いかに一般生徒を無事に避難させるかを考えるべきです」
Eブロック隊長の女の子が、彼の意見を支持する。
二人とも隊長だけあって、さすがに冷静だ。
「分かりました。すると次は、具体的にどうするかですね。時間もあまりないようですし」
局長は相手側の観客席から目を離し、彼らに顔を向けた。
「僕はこういった事に慣れていないので、お二人のどちらかに指揮を執って……」
「それでもいいんだけど。なあ」
「ええ。もっと適任の人が、他にいると思います」
からかうような笑顔が、沢さんに向けられる。
フォースDブロック隊長に対してではない。
フリーガーディアン、沢義人へ。
「色々噂は聞いてるわよ」
「本当かどうかは知らないけど、ここは君がやるべきだろ」
一般の生徒はともかく、ガーディアンの一部には知ってる人もいるのだろう。
「……それでは沢さんお願い出来ますか」
「分かりました」
淡々と頷く沢さん。
緊張や焦りなどは全く感じられず、普段通りの飄々とした表情で。
「何人か僕が直接指示をしたいんですが、それはかまいませんか」
「ええ、どうぞ」
「では……。名雲君」
分かってるよとばかりに、名雲さんが歩み寄っていく。
普段は敵だどうだと言っているが、こうしている限りでは親しい友人としか見ようがない。
「まずは、この馬鹿騒ぎをどうにかしないとな」
「どうするつもりだい」
「お前がリーダーなんだ。自分でやれ」
肩をすくめ、沢さんは観客席最前列へと降りていった。
その間にも生徒は騒ぎを大きくしていって、向こう側の学校とやり合うだの言っている。
それを制止しているガーディアンにまで食ってかかる人もいて、パニック寸前という状態だ。
異様な熱をはらんだ雰囲気が全体を押し包み、集団催眠と言ってもいい状態。
誰かが一声掛ければ、半分くらいの人間は向こうの観客席へ突っ込んでいくだろう。
規則正しい音が耳を打つ。
沢さんが、観客席の前にある手すりをスティックで叩いているのだ。
音はそれほど大きくなく、手がわずかに動いている程度。
それでもその音は、はっきりと私に聞こえてくる。
繰り返される金属音。
あくまでも規則正しく、小さな音。
初めは沢さんに注目していた私達や、最前列の生徒達が。
そして波が押し寄せるように広がっていく。
静けさが。
拳を振り上げていた子も、叫んでいた子も、泣きそうになっていた子も。
その音に、ただ聞き入っている。
沢さんが鳴らす、小さな金属音に。
「……一般生徒のみなさんには、今から避難してもらいます。慌てず、落ち着いて僕達の指示に従って下さい」
あくまでも静かな言葉。
言葉無く頷いたみんなに、沢さんも軽く頭を下げる。
「会場の外まで、僕達ガーディアンがみなさんを護衛していきます。その後は一緒に来た友達がいるのを確認して、各自で帰宅して下さい。車を持っている人は、出来るだけ他の人も乗せてもらうと助かります」
再び頷くみんな。
「それと今回の主催者であるSDC(運動部部長親睦会)の方は、みなさんのリストを作成して下さい。帰宅の際、それで避難の確認をしますので。では、今から15分後に避難を開始します」
的確な指示を出していった沢さんは、みんなが避難の準備に入ったのを確かめこちらへとやってきた。
「ガーディアンは、全員集まってるね」
「ああ」
空いている観客席に集まった私達。
全員プロテクター着用で、やはり支給されたスティックを持っている。
私が持っている物も、普段使っているのではなく支給されたスティックだ。
「次はみなさんへの説明を始めます。基本的には一般生徒を護衛する隊と、ここで押し寄せる相手側の生徒を防ぐ隊に分けます」
「護衛隊は、ガーディアン連合。守備隊はフォースと生徒会ガーディアンズで行う。それと今すぐに、この会場のオペレータールームを押さえたい。誰か腕の立つは……」
「三島さん、お願いします」
沢さんの視線が、すぐ後ろにいた大きな男の子に向けられる。
前期にショウと戦った、SDC代表代行だ。
三島さんっていうのか。
聞いた気もするけど、忘れてた。
「俺はかまわんが」
重い、そして安心感を与えてくれる低い声。
ジャケットの袖をまくり、通信機を襟に付ける。
この人ならそれこそ、一人で騒いでいる全員を抑えられそうだ。
「誰か、警棒かスティックを彼に」
「いい、途中で調達する」
「程々に頼みますよ」
「お前もな」
そばに控えていた精悍な顔付きの男女に合図を送り、通路の階段を駆け上がっていく三島さん。
動きは俊敏の一言で、それは付いていった二人も同様だ。
「あの3人なら、オペレータールームは確保したと判断していいでしょう。護衛隊は、少し早いですが避難準備に取り掛かって下さい」
「丹下、悪いが護衛隊に回ってくれ」
「はいっ」
凛々しい顔をさらに引き締め、走っていく沙紀ちゃん。
「舞地と柳も、そっちに頼む。沢、向こうの指揮は舞地にやらせるぞ」
「妥当だね。二人とも頑張って」
「お前に言われると、変な気分だな」
「それじゃ沢さん」
二人も一般生徒の方へ走っていく。
「私達も行きましょう」
「ええ、そうね」
頷きあった私達が走り出そうとすると、名雲さんが呼び止めてきた。
「お前らは残れ。少し話がある」
「え、話って」
戸惑う私達をよそに、沢さんと名雲さんが頷き合う。
「全ガーディアンに告ぐ。ただいまより、今作戦の連絡事項を通達」
回線が開き、全員が耳元に付けたイヤフォンを押さえる。
「各員の通信に関しては、こちらで指定したオペレーターへのみとする。守備隊フォースは、ガーディアン連合所属遠野聡美。守備隊生徒会ガーディアンズは、直属班池上映未。アドレスは現在配信中の物を使用。またこちらからの伝達も、オペレーターを通じてのみ行う」
冷静な沢さんの声が、流行る気持を落ち着けていく。
一般生徒に混じっているプロテクター姿のガーディアン達も、動きを止めてその声に聞き入っている。
「護衛隊指揮は、直属班舞地真理依。補佐に生徒会ガーディアンズ丹下沙紀。守備隊指揮は、フォース沢義人。補佐に生徒会ガーディアンズ……・」
簡潔に告げられる、指揮系統と各員の配置位置。
護衛隊は薄く広い配置で一般生徒や観客を守り、一気に会場外へ逃げる。
守備隊は相手の動きを引き付け、挟撃を受けないよう正面のみで戦えるようにする。
スタジアムは、観客席がグランドを取り囲むスタイル。
あちこちに通路口があるので、若干の作戦が必要だが。
その通路口を塞ぐために、三島さんをオペレータールームへ送ったのだろう。
「……相手との圧倒的な人数差を考慮し、特別班を構成。特別班は相手陣に突入、全体の攪乱と戦意喪失をその任務とする」
「特別班は以下の通りだ。フォース沢義人、直属班名雲祐蔵……」
襟に口を寄せていた名雲さんが、口元を緩める。
「ガーディアン連合、玲阿四葉、雪野優。以上の4名」
「玲阿雪野両名は、直ちに前へ」
顔を見合わせ、沢さんの隣に立つ私達。
名雲さんはさらに、話を続けた。
「特別班は任意であり、希望があれば追加を受け入れる」
「そんな奴いねー」
誰かが遠くの方で叫び、笑い声が起きる。
「雪野さーん、頑張ってー」
「玲阿君もー」
よく分からないが、歓声も上がっている。
人気者なのか何なのかは、あまり考えたくない。
「了解。ただ今をもって、特別班の募集は終了」
再び起きる笑い声。
むくれる私をよそに、沢さんが名雲さんに顔を寄せる。
「護衛隊のオペレーターは、誰がいいと思う」
「……元野さんだな」
「分かった。護衛隊に連絡。護衛隊のオペレーターは、ガーディアン連合元野智美。元野さん、お願い出来るかな」
「了解。アドレス配信します」
いつもよりはきはきした声で答えるモトちゃん。
落ち着きのある彼女には、最適な任務とも言える。
「全ガーディアンに連絡。オペレーターへの通信は、一切の制約を設けない。見た物、聞いた事、思った事。その全てを連絡事項とする」
同意の意志を伝える手が、全員から上がる。
「続いて、各オペレーターへ連絡。3人は、必要と思われる内容のみを当方へ連絡。その選択、解釈、連絡内容は各自の判断に任せる。みんなには負担が掛かるけれど、よろしく」
「了解」
3人の声が、ヘルメットの中で響く。
細かな連絡がその後続き、全員に行動開始の指示が告げられた。
ちなみに勉強だという意味で、私とショウにもサトミ達の連絡が聞こえるようにするとの事。
「浦田、お前は丹下のフォローだ」
通路の壁にもたれ腕を組んでいたケイに、名雲さんがその後ろを指さす。
遠目には、一般生徒達を誘導する沙紀ちゃんが見えている。
「それと、元野さんのカバーも。分かってるだろうけど、彼女がオペレーターとして専念出来るようにな」
「了解」
スティックを背負い、普段と変わらない足取りで去っていくケイ。
面倒なののか、何も考えていないのか。
とにかく、私が心配しなくても仕事はする人だ。
「……どうした、不安そうだな」
「え、ええ」
私はフェイスカバーに手を当て、微笑んでいる名雲さんの顔を見上げた。
隣にいるショウも、少し自信なさげである。
「遠野達がいないのは、やっぱり辛いか」
「ああ。こういう時は、あの二人が俺達のフォローをしてくれてたから」
「いなくても問題はないけど、いた方が安心するのは確かね」
「あいつらが、おまえらより弱くても?」
その問いに、私とショウははっきりと頷いた。
「格闘技の腕だけじゃないもの。私達があの二人を頼るのは」
「不安が無いんだよな、サトミ達がいると」
「同感」
そんな私達の肩に、名雲さんが手を置く。
「だったら、今日は二人がフォローしあえ。雪野は玲阿を、玲阿は雪野を。常にお互いの事を気に掛けて、自分だけで行動しようとするな。相手の存在を絶対頭の中に置いておけ」
力強い口調、そして気持。
「でも、それなら名雲さん達はどうするの?」
すると名雲さんは沢さんを振り返り、小さな笑い声を洩らした。
「雪野さん、心配しなくても大丈夫。大きな声では言えないけど、この程度の事態なら僕達は何の問題もないから」
「相手が持ってるのは、せいぜい警棒とスティック。人数が多ければいいってもんじゃないんだよ」
「はあ」
曖昧に返事をするショウ。
どうやら、修羅場の度合いが違うようだ。
「とはいえ、僕達が4人で構成されたチームである事に変わりはない。今名雲君が言った事は、そのまま他の3人に当てはめて考えて欲しい」
沢さんの言葉に頷く私達。
「みんな、スティックを」
「はい」
スティックをかかげ、先の方を重ね合わせる。
「名雲君」
「……例え見えなくても、仲間がいる事を忘れるな。俺達なら出来るっ」
「おぉっ」
掛け声を上げ、軽くスティックをぶつけ合う。
周りの子達も、ヘルメットをぶつけたり拳を重ね合ったりしている。
「よしっ。池上、準備は」
「池上より報告。守備隊、生徒会ガーディアンズ配置完了」
「了解。遠野」
「遠野より報告。守備隊、フォース配置完了」
「了解。元野さん」
「元野より報告。護衛隊は、先発班が通路を確保。一般生徒を誘導中」
頷いた名雲さんの顔にも、微かな緊張の色が見え始める。
「三島さん」
「……オペレータールームを確保。途中相手校観客と思われる生徒を排除」
「了解。沢」
沢さんはスティックを床に付け、小さな息を吐いた。
横一列に並ぶガーディアン。
後ろでは、何千人もの生徒が避難を始めている。
その向こう側から襲われないよう、そちら側にもガーディアンは配置されている。
ただ避難している通路口以外は全て塞がれ、観客席にも暴動防止用のネットがあちこちに張られ始めた。
これで必然的に相手校の観客は、私達が並んでいる正面しか向かう道が無くなってしまった。
おそらく向こう側の通路口は壊されて、そこから出ていく相手校生徒もいるだろう。
だからこそ、護衛隊の責任も重い。
「守備隊、全員注目っ」
良く通り、張りのある声。
普段の物静かなイメージとは全く違う沢さんの声に、雰囲気が一気に引きしまる。
沢さんと名雲さんは前に出て、整列しているガーディアンをさっと眺めた。
そしてこめかみに、軽く人差し指と中指を揃える。
私達もそれに倣い、姿勢を正す。
「我が守備隊は約150名、対する相手観客は3000を越えると思われる」
「今なら、まだ護衛隊に回ってもかまわないぞ」
名雲さんの言葉に、全員がスティックを小さく持ち上げ床に付ける。
その音が観客席に響き、気分が高まっていく。
「配置、作戦は変更無し。武器を所持していない相手への直接攻撃を禁じる」
「持っている者に対しては、各自の判断に任せる」
「通信テスト開始……。オペレーター」
「池上より報告。守備隊生徒会ガーディアンズ、全員応答確認」
「遠野より報告。守備隊フォース、全員応答確認」
守備隊の後ろ、全体が見渡せる観客席の最上段にいる二人が手を上げる。
「元野より報告。護衛隊ガーディアン連合、全員応答確認」
「了解」
視線を交わす二人。
「そろそろ、向こうも仕掛けてくるぞ。全員、準備はいいな」
鳴らされるスティック。
名雲さんは大きく頷き、こちらへ顔を向けた。
「玲阿。お前が締めろ」
「俺が?」
「何事も経験だよ、玲阿君」
二人に促され、前に出るショウ。
そしてこちらを振り返り、軽く息を整えている。
「……ガーディアンはっ」
「生徒を守るっ」
ショウの凛とした声に、全員が即座に答える。
「ガーディアンはっ」
「仲間を助けるっ」
決まり文句を唱和する私達。
「真のガーディアンとはっ」
「始末書十枚書いた人っ」
唱和と共に、スティックが鳴らされる。
いい例ではないが、そのくらいしないと務まらない仕事という意味だ。
中等部からやっている人なら、大抵はそのくらい行っているだろう。
一呼吸間が開き、ショウの顔が微かに緩む。
「……ガーディアン連合、雪野優っ」
「えっ?」
名指しされた私は、彼を睨みつつ前に出た。
「始末書枚数っ」
これも決まり文句である、ショウの言葉。
多ければみんなから誉められて、少なければ馬鹿にされる。
そして少ない場合は「まだまだ未熟です」くらい付け足すのだ。
「雪野優っ、7枚っ。これから精進しますっ」
みんなから、意外という感じのどよめきが上がる。
ヘルメット越しの顔も、ちょっと拍子抜けしているようだ。
普段の評判があれなので、少しはいい印象を与えられた。
「……中等部との合計っ」
再び叫ぶショウ。
目が、もう笑っている。
「ろ、60枚っ」
巻き起こる大爆笑。
嘘だろという顔をしている人も、何人かいる。
駄目だ、また印象が悪くなった。
元に戻ったとも言う。
「雪野さんっ、さすがっ」
「偉いっ、ガーディアンの鑑っ」
「目指せっ、100枚っ」
誉められてるんだか、馬鹿にされてるんだか。
大歓声と拍手喝采。
嬉しいけど、悲しい。
「もう、指名しないでよ」
「手っ取り早かったんでね。ガーディアンの鑑さん」
「自分だって、同じくらいのくせに」
とぼけて顔を背けるショウ。
という訳で、私達4人を累計すれば200枚を越える訳だ。
ここまで行くと、自分でも別な意味で感心してしまう。
そして、沢さんも含め私達は列に戻る。
横一線で、後ろにも同じ列が2つ。
後方の一般生徒や観客は、まだ半数以上が残っている。
さっきまでの喝入れに刺激されたのか、ついに相手側観客席で大きな動きがあった。
こちらから見て最前列にいた生徒達が、叫び声を上げながら突っ込んできたのだ。
それが引き金となって、五月雨式に人数が増えていく。
無論全員が来る訳もなく、半数くらいは後ろの方で固まっているけれど。
その反対側は防護ネットが降りているので、動けない状況になっている。
沢さんの手が上がり、全員フェイスカバーを下ろす。
私達は沢さん達と同じ回線を使用。
さっきも言ったように、、サトミ達の連絡が聞こえるようになっている。
時折彼女達の落ち着いた声が聞こえ、沢さんと名雲さん、それに熊部さんが的確な指示を与えていく。
モトちゃんは舞地さんの指揮下にあるので、基本的には情報のみが送られてくる。
「三島だ。12号通路が破壊信号。相手校観客が、相当数通路へ出ている模様。第2隔壁を閉鎖し、足止めする」
「了解。元野さん、舞地さんへ襲撃に備えるよう連絡を」
「了解」
その間にも、波のような群が迫ってくる。
絶叫と興奮、一時の異常な高ぶり。
「前列構え、後列バックアップ準備」
スティックをやや傾け、腰を下ろす。
後列は前列である私達を後ろから支え、激突の瞬間に備える。
グローブ越しにでも手の平を拭いたくなる気持。
深呼吸をして、隣にいるショウを見上げる。
向こうも同じだったらしく、目があった。
うん、そうだね。
言葉にしなくても分かる。
私がショウを守る。
そしてショウは私を守ってくれる。
気持は高まったまま、でも心は落ち着いていく。
私達はスティックを軽く合わせ、その気持ちを分かち合った。
「来るぞ。池上」
「池上より報告。人数約1500。肉眼での推測比率、右翼約65%左翼約35%。武器の所持状況は約45%。防具着用者もほぼ同数。一般生徒への、武器等の配給があった模様」
「了解。沢、右に少し移すか」
「いや、ここで押し負けるようならそれまでだ。今のままで行く」
「悪いな、余計な事言って」
「それが君の仕事だろ」
顔は見えないけど、二人が笑っているのは分かる。
今までの言動から、単純に味方とは言えない二人。
でも今は、誰よりも強い絆で結ばれている。
「遠野より報告。接触まで、推測で30秒。現在警告ラインを突破中」
小さな花火が彼等の目の前で上がるが、気にせず突っ込んでくる。
一人一人の顔が見える程まで近付いてきた。
怒りや焦り、歓喜。
彼等は止まらない。
何かを破壊しなければ。
でもそれはさせられない。
私達の後ろにいる生徒の事を思えば。
だから、ここでくい止める。
例え、力尽くでも。
鈍い音がして、全身に衝撃が走る。
目の前にある人の群。
警棒やスティックを持ったガーディアン風の連中が、私達とぶつかったのだ。
その数に任せ、容赦なく押しまくってくる。
体がすりつぶされそうな、すさまじい圧力。
気を抜けば、あっさりはじき飛ばされてしまうだろう。
しかし、私達は一歩も下がらない。
圧倒的な人数差を前にして、一歩たりとも。
「前進」
静かな沢さんの声が、イヤフォン越しに伝わる。
揃って左足を一歩踏み出す私達。
前から、そして後ろからの圧力。
息が出来ないくらい。
プロテクターには、激しくスティックが叩き付けられる。
それでも私達はスティックを構えたまま、一歩前に出た。
勿論、そこでは終わらない。
右足を引きつけ、再度左足を踏み出す。
千人以上の人間を、数十人で押し返すのだ。
普通ではない。
プロテクターはきしみ、それ以前に体が嫌な音を立てる。
暑さ、圧迫感、痛み、苦しさ。
狂気の顔で押し寄せる観客達。
しかし私達は、確実に次の一歩を踏み出していく。
「遠野より報告。右翼1名負傷。怪我は軽微」
「直ちに後方へ。そのスペースは、後列を補充」
「了解」
「元野より報告。先発班、相手校観客と接触。直ちに排除。柳班が先発班と合流します」
「了解。こちらは、相手校を完全に食い止めている。舞地さんに、その旨を連絡」
そんな中、冷静に指示を出していく沢さん。
名雲さんも、時折助言を挟む。
何十倍という差をもろともせず、じりじりと押し返す私達。
モトちゃんからの報告で、生徒の一部が会場外に出たと分かった。
「オペレーター。全守備隊に現状を連絡」
「了解」
二人の声が聞こえ、すぐに全員から歓声が上がる。
みなぎる力と、やる気。
疲れてきた体が、一気に熱くなってくる。
誰のためでもない、今は彼等のために私達は頑張っているのだから。
私達の圧力が効いたのか、押し寄せる勢いが弱まった。
「遠野より報告。相手陣営、後方が散開。半数が通路へ、残り半数がグランドへ降ります」
「三島さん、通路の状況は」
「12号通路は、第2隔壁も破壊信号。閉鎖は現時点で不可能」
「こちら側の通路は」
「4から10。内4から6は一般生徒の避難経路。7から10が、守備隊の側面にある」
「了解。守備隊、前進停止」
一斉に足を止め、相手の突進に耐える私達。
さっきより勢いが弱いので、それ程問題はない。
その違いを例えるなら、砂利を満載した大型ダンプカーが、砂利を半分降ろしたというところか。
「オペレーター、待機班の状況は」
「池上より報告。生徒会ガーディアンズEブロック班、展開可能」
「遠野より報告。フォースEブロック班、同じく展開可能」
「両班を、各通路前へ配置。異変のチェックと補充準備を指示」
「了解」
振り向く余裕はないが、駆け足が後ろから聞こえてくる。
かなり状況が動いてきた。
「……名雲君、どう思う」
「そろそろだな。玲阿、雪野」
相手を押し返しながら、名雲さんがこちらを見てくる。
「俺はいつでも」
「私も問題なし」
呼吸を少しずつ整えていく。
いくらプロテクターを着けているとはいえ、決して楽観出来ない行為。
だからといって、足はすくまない。
気持に怯えもない。
後ろに守るべき人達がいるから。
そして私の傍らには、仲間がいるのだから。




