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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第29話
315/596

29-9






     29-9




 平日ではあるが、学校ではなく八事の第3日赤へとやってくる。

 草薙大学医学部の大学病院も兼ねた施設で、個人的な希望がない限り医療部の患者は大抵こちらへ移送される。

 それはケイについても例外ではなく、以前怪我をした時も彼はここに入院をしていた。

 受付で病室を確認し、入院病棟へと向かう。

 当たり前だが病院にいい記憶はなく、自分もここに通っている事を思い出す。

 クリーム色の壁と消毒の匂い。

 見かけるのも当然医者か看護婦、後は患者ばかり。

 知らない内にため息が漏れ、歩みが遅くなっていく。

「どうしたの」

 花束を抱えたサトミが、怪訝そうに振り返る。 

 私は手を振ってなんでもないという意志を示し、サングラスをして視線を隠した。

 照明は弱く、目の負担にはならない。

 精神的な負担はともかくとして。


 教えられた病室へやってくると、その前に体格のいいスーツ姿の男性がドアの左右に立っていた。

 彼等は私を見ると胸元のマイクに何やらささやき、軽く会釈をしてきた。

 こちらもそれに会釈を返し、それとなくショウを前に出す。

「済みません。病室に入りたいんですが」

「少々お待ち下さい。ただいま、お話を伺っていますので」

「お話」

「申し遅れました。我々は、こういうものです」

 懐から取り出される警官のID。

 顔写真と名前、所属署と階級。

 ショウがサトミを振り返ると彼女が頷いたので、彼等が本物なのは間違いない。

 しかしそれは、暴力団の偽装ではないからといって安心出来る事でもない。

 私達も、警察の聴取を受けるだけの理由は存在するのだから。

「……お待たせしました。中へどうぞ」



 広い個室。

 ただ窓には厚いカーテンが閉められ、部屋には外に立っているのと同じようなスーツ姿の男性が5名。

 彼等は窓際にあるベッドを取り囲み、小声で話し込んでいる。

 ただ話自体はもう終わりらしく、床に置いてあったバッグを手にとって挨拶をしている人もいる。

「お友達ですか」

 年配の、眼光の鋭い男性が丁寧な物腰で尋ねてくる。

 それを肯定して、男性達が帰って行くのと同時に私達がベッドの周りを取り囲む。

「我々は、この辺で失礼します。また何か伺う事があるかも知れませんが、その際はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「それでは、お大事に」

 事務的な挨拶を済ませて病室を出て行く男性達。

 ベッドを起こしてだるそうにもたれていたケイは鼻で笑い、リモコンを操作してドアのキーを掛けた。

「捜査二課、生活保安課、少年課。それと警視庁の公安と外事課」

「何、それ」 

「今の構成でしょ。捜査二課は暴力団担当で、生活保安課はドラッグ担当。少年課はそのまま。公安も暴力団やマフィア担当で、外事課は海外絡みの担当。ドラッグの大半は、密輸されてくるから」

 簡単に説明してくれるサトミ。

 彼女はラックにあった花瓶を持って、病室に備わっているキッチンへ歩いていった。

「花よりも、本頼む」

「お前、何も制限されてないのか」

「制限ばかりさ。しかも警察の監視付きで」

「馬鹿が」

 一言で終わらせるショウ。

 ケイは大袈裟に肩をすくめ、すぐにお腹へ手を添えた。

「組事務所へ殴り込んだ人間には言われたくないな」

「あ?」

「ニュースを見たんだよ。その事も、さんざん警察に聞かれたぞ」

「俺は知らん」

 露骨に慌てるショウ。

 これでは尋問する必要もないな。

「大体俺が暴力団を呼び寄せたのは、あそこで連中から証言を引き出して警察に潰させようとしたんだよ。それを、力尽くでやっちゃって。俺の事あれこれ言ってくるけど、自分達こそ度が過ぎるじゃないのか」

「俺は知らん」

「じゃあ、お前の家族に聞いてみるだけだ。馬鹿」

 あっさりとショウをやりこめ、点滴のチューブを邪魔そうにはね除けるケイ。

 顔色は悪いが彼は以前の彼と何も変わりなく、私の知っている彼が目の前にいた。

 良かったとは言えないけど。

 素直に喜ぶには、あまりにも色々あり過ぎたけど。

 少しくらいは安心してもいいらしい。


「俺がジャンキーになってないって、どうして分かった」

「ナイフを右手で持ったじゃない。初めに左手で受け取って、笑ったでしょ」

「鋭いね、どうにも。もう少し焦ると思ったんだけどな」

「失敗して刺されるかとは思ったけど」

 彼の利き手は左手で、意識しない限り右手で物を掴む事は希。

 つまりその時点で、彼が何らかのサインを送っていると考えるのが妥当。

 あの場にいた全員はそれに気付いていたからこそ、全ての出来事に対して冷静に反応出来た。

 言い換えれば、ケイを信頼していた事の証でもある。

「色々聞きたいんだけどさ」

「どうぞ、ご自由に」

「どうして部屋に忍び込んだのが分かったの」

「バスルームに隠れてたから」

 サトミは眉をひそめ、ショウも声を出して後ずさる。

 私は何かを投げつけようとして、かろうじて思いとどまった。

「だって、柳君に通話したじゃない」

「それっぽい会話を事前にして、俺の端末へ掛かるように仕掛けてあったんだよ。基本だろ」

「あ、そう。じゃあ、東京行きの電車に乗ったのは誰」

「光。東京の学会に行くって言うから、端末を貸してやった。指紋照合や掌紋照合なんて滅多にしないし、データベースにアクセスされない限り機械の故障でやり過ごせる。何しろ指紋が違っても、顔は同じだから」

 平然と答え、ラックにあったペットボトルを手に取るケイ。

 彼はそれに付いている目盛りを確認し、少しずつ飲み出した。

「何してるの」

「一日に飲める量が決まってるんだよ。今日はこれ一本で終わり」

 ペットボトルの目盛りは3つ。

 おそらく朝昼晩という区分で、今は1/3ぎりぎりの目盛りに迫っている。

「体調はいいの?」

「怪我は放っておいても治る。ただドラッグの方が面倒で、治療プログラムが追加された」

「何、それ」

「当分入院プラス停学。本当、馬鹿な事をした」



 病院前のうどん屋で、温めただけのようなうどんを食べる。

 まずくはないが美味しくもなく、早さと安さだけが売りの感じ。 

 ショウは月見うどんとカツ丼を掻き込み、私が残したコロッケも平らげた。

「とりあえず、大丈夫みたいだね」

「しばらく反省してればいいのよ」 

 素っ気なく告げ、TVから流れているニュースを指さした。

 丁度例の襲撃事件を扱っていて、依然と容疑者の目星も付いてないとの事。

 サトミはその指先を私達へ向け、銃で撃つような仕草を見せた。

「大丈夫。証拠隠滅をしてるから」

「何が大丈夫なの。大体、相手は武装してたんでしょ」

「私は平気。私はね」

 ショウが肩を撃たれたとまでは答えず、お茶をすすって一息付く。

「そう言えば、沙紀ちゃんがいなかったね」

「一旦家に帰ったみたい。私達に気を遣ってるみたいよ」

「なんのために」

「そういう細やかな子なのよ」

 まるで私が繊細に欠けてるような事を言うな。

 私からすれば沙紀ちゃんが気を遣いすぎているような気もするし、何に気を遣ってるのかもいまいち分からない。

「永理ちゃんには連絡した?」

「ええ。夜中に一回来て、また来るような事を言ってたわ」

「光は」

「廊下のベンチで寝てたじゃない」

 冗談でしょと言いそうになり、しかし一応記憶を辿る。

 エレベーターを降り、ナースステーションを過ぎてすぐの所にある個室。

 その辺りに休憩所があり、外には簡素なベンチが備え付けられていた。

 タオルケットにくるまって寝ている人がいたような気もする。

「青いタオルケット?」

「そう。アパートへ戻るのが面倒とか言って。、ここからの方が大学院には近いけれど」

「他に休める場所はあるんじゃないの」

「私に聞かないで」

 気だるそうにため息を付くサトミ。

 彼の事で悩むのは意味が無く、私もこれ以上は深く考えたくはない。

「なんにしろ、とりあえずは一安心って所?」

「ケイ個人に関してはね。ただ、学内についてはまた別よ」

「ああ、そっちが残ってたか」

「それについてはモト達とも詰めて。……一日だけ退院許可をもらうしかないわね」

「ケイを?ヒカルでいいんじゃないの」




 当然そういう訳にはいかず、彼には付き添いとして付いてきてもらう。

 この二人が並んで歩くのは相当目立ち、すれ違う人は笑うかその場で立ちつくす。

 ヒカルはそんな人達へ愛想良く挨拶をして、余計な混乱を招いている。

「大人しくしてろ」

「ケイが評判悪いから、それを補おうと思ってね」

「そうしてはしゃいだ分、後で俺がフォローする羽目になる」

「大変だね」

 人ごとのようにのたまい、笑顔で手を振るヒカル。

 処置無し以外の言葉が見つからないな。


 生徒会ガーディアンズのオフィス。

 その受付で一休みしていると、息を切らせて木之本君がやってきた。

「浦田君。大丈夫なの」

 心底心配そうな顔と、彼の身を素直に案じる言葉。

「大丈夫だよ」

「お前が答えるな」

「だって、一応浦田君だから」

「もういい。しばらく入院するけど問題はない。で、学校と生徒会の様子は」

 いつも通りの冷静で落ち着いた態度。

 それを見て木之本君も安心したのか、端末を使って近くのモニターに資料を表示させた。

「寮にいたバイヤーの証言で得た、ドラッグの販売ルートがこっち。浦田君受け取った資料がこっちで、多少人物と構成が違うけど」

「俺の方は又聞きの部分が多いし、女の方も都合の悪い部分は隠してあるさ。重なった部分はあるんだし、問題ない」

「分かった。重なってる部分だけで、改めて作り直すね。浦田君手伝って」

 この場合はケイではなく、ヒカルの方。

 能力的に二人は大差ないが、いまのケイにあれこれやらせるのは酷だろう。

「だるいな」

「薬は飲まなくて良いのか」

「食後だけなんだよ。しかしあの薬、ドラッグもブロックするけど相当副作用があるな」

 何とも不機嫌そうになり、お腹をさするケイ。

 そう言えば執行委員会の警備責任者が、腕を差し出す覚悟があるなら通院でもドラッグの治療は出来るとか言ってたな。

「腕を差し出したの?」

「なんだ、それ」

「いや。そういう話を聞いたから。そのくらいの覚悟があれば治るって」

「腕は付いてるけど、確かに嫌な思いはした。モルモットだな、要は」

 そう言って袖をまくるケイ。

 ガーゼが付いている部分は、今朝までしていた点滴の跡。

 しかしそれ以外にも小さな傷跡が無数に付いていて、それは左腕だけではなく右腕にも得手の公にも付いている。

「未承認の薬とか、どかどか入れられた。ドラッグが問題だとか言うけど、これはこれで相当問題だぞ」

「でも、治るんでしょ」

「無理矢理抜くんだよ、ドラッグを」

「抜くも何も、あなたドラッグを口にしてないじゃない」

 さりげなく呟くサトミ。

 ケイは目を細め、お腹を押さえつつ彼女を見上げた。

「工場では口にしたけど」

「寮の、コショウに混入されてたドラッグよ」

「根拠は」

「あなたから受け取った身体データをチェックしたの。尿に混ぜて、それを提出したでしょ。データに、コショウの成分、ペピリンとモノテルペンがが検出されてたわよ」

 自分の端末を操作し、モニターの映像を切り替えるサトミ。

 細かな分析データが表示されるが、それが分かっているのは彼女とケイくらいだろう。

「怖いね、どうにも。その後の検査でドラッグが検出されなかったから、医者が大騒ぎしてさ。どっちにしろ、検査検査なんだけど」

「コショウの成分はデータで出てるじゃない」

「おしっこにドラッグ入りのコショウを混ぜるなんて、お医者様には理解出来なかったようですな」

「何が、「ですな」よ」

 鼻を鳴らし、きつく彼を睨むサトミ。

 ケイは顔をそらし、大袈裟に痛がりながらお腹と脇腹を押さえた。

「痛い、痛い」

「自業自得じゃない。いっそ、切腹すれば良かったのよ」

「介錯無しに切腹なんて無理なんだけど」

「だったら、介錯してあげましょうか」

 すごみのある声と、人の心まで貫くような鋭い瞳。

 普通の人ならそれだけで跪き、押し潰されてしまうかもしれない。

 とはいえケイは欠伸をして、だるそうに脇腹をさする事で応えに変えた。

「それより、まだかな」

「モトが学校と交渉してるのよ。事が事だから、揉めてるんでしょ」

「今死ぬか、後で死ぬかの違いだろ。訳が分からん」

 事も無げに言い放ち、ペットボトルからちびちびとお茶を飲むケイ。 

 サトミは端末を手にして、モトちゃんと連絡を取りだした。

「……ええ、今着いた。……まだ掛かりそう?……分かった」

「どう?」

「とりあえず、渉外担当が話を聞くらしいわ。生徒会の方は、もう集まってる。私達も行きましょう」



 やってきたのは大きな会議室。

 机の配置や内装などは、普段使用する部屋と大差ない。

 違うのは、今日は私達が正面を背にしている事だ。

「時間が限られているため、単刀直入にお話しします。事前にご連絡した通り、学内で蔓延しているドラッグの売買とそのルートに付いての説明です。資料は今、皆様の手元に配布中です」

 淡々と、事務的に進めていくモトちゃん。

 私達から見て右手は生徒会。

 左手は学校の職員。

 全員卓上端末の画面に視線を向け、隣の人間と小声で話し合っている。

「このルートに名前が載っている方もこの場にいらっしゃいますが、その根拠に付きましては別の資料をご覧下さい」

「これが正確だという保証は」

 額の汗をハンカチで拭きながら問いかける渉外担当の職員。

 彼自身に嫌疑が掛かっている訳ではないが、矢面に立たされる立場ではある。

「我々が独自に収集した、非常に精度の高い情報です」

「君達は、生徒ではないですか。それでは、信頼しろと言われても」

「申し遅れました。一部は警察にも提出した、非常に精度の高い情報です」

「警察……。警察?」

 二度聞きする職員。

 モトちゃんは深く頷き、彼をじっと見据えた。

「……理事と連絡を取ります」

「お願いします」

 彼が端末片手に脂汗を流している間に、モトちゃんは反対側。

 つまり生徒会関係者が集まっている側へ視線を移した。

「提出したからと行って、正しいとは限らないだろ」

 当然の反論。

 悪あがき、という気がしないでもないが。

「証言は複数から得ていますし、ソースは開かせませんが非常に正確な情報です」

「だから、お前達の言う事は信頼出来ないって言ってるんだ」

「あくまでも、認めないと?あまり言いたくはありませんでしたが、自分から申し出た方が刑事罰は軽いですよ」

「そっちこそ、名誉毀損で訴えられたいのか」

 あくまでも認めない男。 

 モトちゃんは小さくため息を付き、ドアの所に控えていたショウへ軽く手を向けた。

 彼はすぐに頷き、キーを解除してドアを開ける。



 お腹を押さえ、背を丸めた姿勢で入ってくるケイ。

 その彼を支えるようにして寄り添っているヒカル。

 同じ顔が同時に入ってきても、笑う者は誰もいない。

 彼等が何かした訳でもない。

 どう反応するかは、今までの自分の行いによるだろう。

「見た顔が揃ってるな。で、売買ルートに関わってないってごねてる馬鹿は誰だ」

「お、お前。警察、入院」

「よう、末端構成員。ノルマをこなせないと、名古屋港に沈められるぞ」

 軽い調子で話しかけるケイ。

 一方今まで威勢の良かった男は腰を浮かし気味になり、逃げ場を探すように視線をさまよわせ始めた。

「頼めば頼むだけ売ってくれて、助かったよ。上役も照会してくれて」

「お、お前。初めから」

「調子に乗って、学校にルートを構築したつもりになってるからだ」

 鼻で笑い、小さく手を振るケイ。

 再びショウがドアを開け、今度は完全武装のガーディアンが列をなして入ってくる。

 彼等は売買ルートに名前の挙がった生徒会関係者を全員拘束して会議室の外へと連れ出した。

「こっちは済んだ。後は名雲さんに連絡して、傭兵を抑えるよう連絡してくれ」

「分かった」

 小声で会話を交わし、ショウを送り出すケイ。

 彼は青白い顔で、端末に頭を下げている渉外担当の職員に声を掛けた。

「職員に対しては俺達に拘束の権限がないので、警備員を配置しています。ご了承を」

「は、はい。しかし、まさか」

「ご心配なく。関わってるのは一部の末端職員で、役付きは殆どいません。我々も他言するつもりはありませんので」

「そう願います。一度理事会と話し合うので、済みませんがしばらく退席します」



 生徒会関係者が全員拘束され、渉外担当の職員が出て行って。

 残ったのは私達だけ。

 とはいえ、これで全てが終わった訳ではない。

「連れてきたぞ」

 丸坊主の男を連れてドアから入ってくる名雲さん。

 男は例の金髪グループの一人で、学内に常駐する傭兵のリーダー格のはずだ。

「よう、元締め」

「これで勝ったつもりか」

 悪びれず、鬼のような形相でケイを睨む男。

 先程の生徒会幹部とは違い自分の罪状を否定はしないが、反省した様子もない。

「勝つも負けるも、そっちは永久追放だろ。今度は少年刑務所で、せいぜい頑張ってくれ」

「これで終わりと思うなよ」

「あんたの人生は終わりだけどね。いや、とっくの昔に終わってるか」

「殺してやる」

 脅しではなく、真意だと知らしめる血走った瞳。

 拘束をしていなければ今すぐにもケイに飛びかかり、それを実行するだろう。

「出所してきたら、まず俺の所へ来いよ。そのまま刑務所へ送り返してやるから」

「貴様」

「第一お前、理事の息子に利用されただけだろ。後で残りの二人も送り込んでやるから、ゆっくりしててくれ」



 男もガーディアンに引き渡し、ケイはお腹を押さえたまま名雲さんを手招きした。

「他の傭兵は?」

「全員警察に引き渡した。だけど、あの二人は嫌疑不足だな」

「役割分担が違っただけですよ。今行ったように、すぐ後を追ってもらいます」

「せいぜい、殺されない事だ」

 鼻で笑い、ドアの脇に控えているショウの所へ向かう名雲さん。

 ケイはその背中を見送り、今度はモトちゃんへ顔を向けた。

「理事の息子。えーと、執行委員会委員長か。あれを呼んで」

「理由は」

「俺が呼んでるって言えば、嫌でもなんでもやってくる。性格は悪いけど、新カリキュラムだけあって頭は回る」


 少しして、その委員長がやってくる。

 当然一人ではなく、取り巻きを引き連れて。

 その中には、保安部の責任者でもある前島君も混じっている。

「廃人になったと思ってたが、残念だな」

「あの馬鹿は叩き出した。今回は、そっちの思惑に乗ってやるよ」

「次は、お前を退学させてやる」

「その前に、そっちが退学してると思うけどな」

 淡々と、しかし激しいやりとりを交わす二人。

 男の取り巻き達はケイを敵のような顔で睨み付けているが、彼がそれに動じる様子はない。

「あの傭兵達から、そっちのお兄さんに鞍替えって考えてるんだろ。でも、甘いな」

「何がだ」

「顔が良くて性格もまともで、人望もある。利用してるつもりが、逆にそっちへ乗り換えようって思う連中も出てくるぞ」

「人を使いこなすのも、上に立つ者の使命だ。お前はそうやって、せいぜい僻んでろ」

 ケイの忠告、それとも牽制をあっさりと否定する男。

 そこまでの自信がどこから沸いて来るのかは知らないが、特殊な考え方の持ち主であるのは確かだろう。

「一つ質問。俺達は学内におけるドラッグの売買ルートを壊滅させた。その功績対する報酬は」

「……要求は」

「多くは望まない。旧連合関係者に対する武器所持の許可と、第3クラブハウスの使用許可。武器所持は、全員でなくても良い」

「……いいだろう。ただし、規則に反する武器の所持及び使用は現状通り取り締まる」

 意外と簡単に応じる委員長。

 ケイは軽く頷き、一本指を立てた。

「もう一つ。傭兵に関しては、在校生と同列に扱う」

「よし、そこまでだ」 

 手を挙げ、話を打ち切る委員長。 

 最後の提案になんの意味があったのか知らないが、お互いの間で同意はあった。

 人間性はともかく、衆人環視の中での約束を反故にはしないだろう。

「武器の所持と、クラブハウスの使用許可。傭兵の身分保障。この3点だけだ」

「こっちも欲を掻くつもりはない。俺達の目的は管理案の廃止であって、学内秩序を乱す事じゃない」

「言ってろ。今の3点は今週中に通達する。ただし」

「生徒会の売買ルートは、他言しない。元野智美の名前で念書を提出する用意もある」

 勝手に申し出るケイ。

 委員長はモトちゃんへ視線を向け、彼女が頷いたのを確認して了承したとの旨を告げた。

「話はここまでだ。まあ、今回は役に立ってくれた」

 哄笑し、取り巻きを連れて会議室を出て行く委員長。

 ケイはその背中に冷め切った視線を向け、殆ど無意識のような動きでお腹をさすった。

「上手く利用された気もするけど、それはこっちにも言える」

「あの男が、傭兵を切るつもりって訳?」

「今は手足代わりに使えても、管理案が施行されれば傭兵は邪魔な存在でしかない。契約内容も管理案施行後の身分保障について決められてるだろうし、厄介な事になる前に切った方が早い」

「見てきたような事を言うのね」

 鼻で笑い、腕を組んでケイを見下ろすサトミ。

 一方の彼は大袈裟に肩をすくめ、なおもお腹をさすり続ける。

「そっちの先生は、どう思う?」

「俺の事、ですか」

 委員長が連れてきていた大勢の取り巻きの中で、唯一ここに残ったのが前島君。

 彼は口元に手を添え、苦笑しながら顔を伏せた。

「俺は、人を率いる柄でもないですしそういう能力もありませんので」

「だからこそ、担ぐには楽だけどね」

「人間、分相応という言葉がありますから」

「だったらあの男は、分不相応って事だ。敵の親玉があれだから、こっちとしてはやりやすいけど」

 皮肉っぽい表情。

 言い換えれば今の会話で男の子が委員長に取って代わるのを牽制した事にもなる。

 無論言葉だけのやりとりなので何の保証もないが、この辺りの駆け引きは私には分からない。

「ただ、傭兵の身分を保障して下さった事には感謝しています」

「そうやって、恩義を着させる方法かもしれない」

「だとしても、俺達の立場が保証される事には変わりないです」

「律儀な男だな」

 嫌そうに手を振るケイ。

 つまり彼にとっては、苦手なタイプか。



 相変わらずお腹を押さえ、ヒカルに支えられて歩いていくケイ。

 サトミはその背中を、険しい眼差しで捉えている。

「何怒ってるの」

「別に怒ってはないわ。馬鹿だなと思ってるだけよ」

「どう違うの」

「違わないわね」

 自分で認めるサトミ。

 しかし結局、彼女が腹を立てている理由は良く分からない。

 私達を助けようとして怪我をした事。

 勝手に理事の委員長と交渉した事。

 傭兵の怨みを買った事。

 多すぎて思いもつかないという訳ではなく、また本当に怒ってるのかどうかもはっきりはしない。


 少し後ろの方を歩いていると、隣に名雲さんが並んできた。

 今回の件に関しては彼も言いたい事があるだろうが、ケイを見る瞳にサトミのような強さは感じられない。

「お前らは、人を頼ろうとしないからな」

「え」

「頼った方が良い場合でも、自分一人で解決しようしたがる。それ自体は悪くはないんだがな」

 静かに、諭すように話してくる名雲さん。

 私は彼を見上げ、話の続きを大人しく待つ。

「今回だって浦田がもう少し説明してれば無難な解決方法もあったかも知れないし、お前達がバイヤーを捜し回らなければ違う展開があったかもしれない」

「でも、それは」

「ああ。後からは、何とでも言える。ただ、お前達が自分一人で片付けたがるタイプなのは間違いない。責任感が強くて、他の人間を巻き込みたくないって考え方が働いてるからだろうな」

 耳の痛い、また過去幾度と無く私自身も反省した事。

 それを性懲りもなく、今回も再現している。

「お前らの性格なのか、それともこの学校の気質なのか。その辺は、良く分からんが」

「悪くはないんですよね」

「今までは、少なくともそれでやってきてるからな。ただ、いつまでも上手くいくとは限らない」

 なおも指摘する名雲さん。

 それには反論の使用もなく、こちらはただ押し黙るしかない。

「とはいえ直すとか直さないって事でもないし。せいぜい、頑張るんだな」




 ケイを医療部まで連れてきて、ベッドに寝かせる。

 その彼を医者や看護婦が取り囲みすぐに注射が打たれ、点滴も付けられた。

「調子は」

「痛いです」

「当たり前だ」

 浅黒い顔の医師がすごみ、お腹のガーゼをはがし出した。

 その途端ケイの顔が歪み、呻き声が微かに漏れる。

 私はこれ以上見ていられず、廊下に出てベンチへしゃがみ込む。

「大丈夫か」

 心配そうに声を掛けてくるショウ。

 彼に手を振り、問題ないとの意志を示してため息を付く。

「名雲さんが、私達は自分一人でやろうとしすぎるだって」

「駄目なのか、それ」

「悪くはないってさ。でも、その結果がこれでしょ」

「そういう考え方もあるって事だろ。俺は別に、気にしてないぞ」 

 前向きなのか、深く考えていないのか。

 もしくは、自分で解決出来るという強い自信があるかだろう。

 実際解決出来るかどうかではなく、その自信があるというだけだが。

「いいのかな、それで」

「だって、今更直しようもないだろ」

「そうだけどさ。こういう事になる場合もある訳じゃない」

「ならないように気を付ける、じゃ駄目なのか」

 多少すれ違う会話。

 どうも私が思っていた以上に前向きというか、前向きになったというか。

 前はもっと思い悩むタイプだった何だけど、それは成長した証なんだろうか。

「第一結果的に人を頼ってるんだし」

「ああ、そういう事」

「本当、何をやってるかって話だな」



 一旦医療部の外へ出て、ご飯を食べに行く。

 ケイは食事を取れず、今日一日は点滴だけとの事。

 可哀想とも思うが、あの状態では食欲自体がないかも知れない。

「何食べる」

「ラーメン」

 ヒカルの答えに、全員が一斉に彼を振り返る。

 とはいえ彼自身に深い意図があった訳ではないらしく、戸惑い気味に私達を見返してきた。

「ラーメン、駄目?」

「駄目というか、なんというか。お前、ケイがどうしてああなったのか聞いてないのか」

「コショウが原因とは聞いてるよ。でもラーメンとは聞いてない」

「ああ、そうか。だったらいいのかな」

 あっさりと納得するショウ。

 単に、ラーメンが食べたかっただけじゃないのか。

「いいわ。食堂へ行きましょ」

「サトミ」

「問題はないのよ、本当に」


 彼女に先導される格好で、食堂へとやってくる。

 男子寮のではないが、食堂は食堂。

 他の生徒達にはもう忘れてしまった出来事だとしても、私達にとっては忘れようもない出来事である。 

 全員の前には、スープこそ違えラーメンが並べられる。

 それへ手を付けたのはヒカルとショウ。

 私は少し悩んで、メンマをかじった。

「コショウ入れないの」

「だって」

「ケイがコショウに入っていたドラッグを口にしたのは、さっき話した通り。それともう一つ」

 ようやくテーブルに設置されたコショウを手に取り、そのラベルを指さした。

「一時期、一部の男子寮で噂が流れたの。特定のラーメンを食べた後、調子が良くなるって」

「それって」

「今言った特定のラーメン、塩バターラーメンコーン抜きネギ多めのオーダーを確認。バイヤーがドラッグを混入した調味料をテーブルへ置いて、生徒は指定されたそのテーブルへ座る。後は彼が食べ終わった後で、ドラッグを回収すれば良いだけよ」 

 一振りしてコショウを戻すサトミ。

 彼女は一口すすり、髪を掻き上げて私のラーメンを指さした。

「伸びるわよ」

「え、ああ」

 反射的に私もすすり、顔を上げて彼女の話の続きを待つ。

「ケイはその情報を掴んで、回収される前にコショウごと持っていたのよ。あの子の机から、ドラッグの反応が出たでしょ。多分、あそこに隠してたんだと思う」

「何のために」

「それは私も分からないけど。これで、ドラッグの売買禁止を名目とした警備案は廃案。執行委員会を制した事になる。無論それは可能性の一つでしかないわね」

「学校のため、生徒のため?なんか、らしくないな」

 ひどい言い方ではあるが、あまりしっくりはこない。

 サトミの言う通り、そういう意図が含まれているのは間違いない。

 ただ、それだけならもっと穏健な方法もあるし一人で立ち回る理由もない。

「分かりにくい子だな、何にしても」

「結果良ければ全て良しよ」

「結果が良かったの?」

「どうかしら」



 はかばかしくない会話を終え、医療部へ戻る。

「塩田さん」

 受付前にあるロビーのソファー。

 彼は組んでいた足を解き、笑い気味にこちらへやってきた。

「今聞いたが、問題なさそうだな」

「ええ。ドラッグをブロックする薬の副作用の方が大変だとか」

「訳の分からん奴だ。結局何がやりたかったんだ、あいつは」

 鼻で笑い、ヒカルの頭を撫でる塩田さん。

 別にケイと彼を間違えている訳では無いだろうし、口で言う程疑問に思っている様子はない。

「塩田さんは、どう思うんです」

「言っただろ。俺達とは違う人間だって。同じ基準で考えるから、あいつの行動が理解出来なくなる」

「で、その答えは」

「簡単だ。傭兵という視点を絡めればいい」

 やや意外な、しかし彼なら考えそうな発想。

 確かに彼は短いながらも傭兵としての経験があり、また心情的には舞地さん達にシンパシーを感じている。

 何よりその行動理念。

 契約、つまり目的のためなら手段は選ばないという点は傭兵としか言いようがない。

「お前らと仲の良い、伊達の仲間」

「舞地さん達ですか」

「ああ。あいつらは未だに編入手続きを取ってないから、立場としては学校外生徒。非常に不安定で、学校の言いなりになりやすいポジションだ」

 だからケイは、あの委員長に傭兵の立場を保証するよう要求した訳か。

 しかしそれが舞地さん達のため、というのも疑問は残る。

 彼女達にシンパシーを感じ、仲間意識を抱いてるのは間違いない。

 やはりそういう意図も含まれてはいるだろう。

 ただ、それだけで彼の行動を片付けるには無理がある気もする。

「単純に、傭兵をコントロールするだろ」

「身分を保障するだけなのに、どうやって」

「それはすなわち、個人情報を明け渡して学校の規則を守る義務が生じる事につながる。今までは「傭兵だから」の一言で見逃されてたが、これからはそうもいかない。委員会は傭兵を使って学内を混乱させようと思ってるが、これである程度は防ぐ事が出来る。鉄砲玉みたいな連中には、無意味だけどな」 

 先程までよりは納得出来る、彼なら考えそうな事柄。

 感情よりも、実利を優先するような発想。

 そう簡単に事が運ぶとは思えないが、そこは彼なりのやり方があるのだろう。

「別に、今言った話があってるとは思わん。こういう考え方もあるってだけだ」

「じゃあ、本当は」

「単にむかついた、ってだけかもな」



 それは無いと思うが、病室へ戻ってケイに聞いてみる。

「なんで、ドラッグの売買ルートを壊滅しようと思ったの」

「この学校を良くするために」

 返ってくる、まっとうな答え。

 点滴を止めた方が良さそうだな。

「おい、止めろ」

「冗談は聞いてないのよ」

「理屈は関係ないんだろ」

 簡単に切り替えされ、思わず毛布を握りしめる。

 私を苛立たせるために、かもしれないな。

「寝るよ、僕は」

「あ、そう。一生寝てれば」

「怖い女だ。お見舞いは、本を頼む」



 医療部を後にして、ある生徒会ガーディアンズのオフィスへとやってくる。

 知り合いは少ないが、私達が受付でたまっていても文句は言われない。

 言えない、という可能性は気にしない。

「お菓子食べたいね」

「子供みたいな事言わないで」

「安心して、気が抜けたのよ」

 適当な言い訳をして、ポケットの中身を出してみる。

 ハンバーガーショップの割引券とレシート。

 コンビニの福引き補助券。

 消しゴム?

 リンゴの香りはするけど、食欲は満たされないな。

「よろしければ、どうぞ」

 箱ごと差し出される、高級そうなチョコレート。

 ありがたく頂き、口に含む。 

 控えめな甘さと程良いコク。

 ベルギー産かな。

「どうも、申し訳ありません」

「いえ。こちらこそ、いつもお世話になっていますので」

 サトミの挨拶へ、丁寧に返す女性。

 生徒会ガーディアンズに知り合いはあまりいないが、サトミを誰かと勘違いする訳もない。

 私達の疑問を読み取ったらしく、彼女は柔らかく微笑み受付の奥を手で示した。

「ここはF棟A-1ブロックです」

「という事は、F棟隊長のオフィスって訳?」

「ええ。常駐はしていませんが、一応ここを管轄しています」

「出来るの、風間さんに」

 私の問いへは曖昧に微笑み、チョコの箱を置いて去っていく女性。

 道理で広くて綺麗で、設備も揃ってる訳だ。

 私達に至っては、オフィスすら存在しないからな。

「集まってるわね」

 受付の奥から現れたのは、バインダーを小脇に抱えた北川さん。

 自警局課長という役職柄ここへの出入りも多いらしく、その彼女を私達は待っていた。

「色々あったようだけど、大丈夫?」

「大丈夫。生徒会はどうか知らないけど」

「皮肉?余計な贅肉が落ちたってだけで、こっちも問題なしよ」

 あっさりと答え、サトミへ何枚かの書類を手渡す北川さん。

 私は彼女の肩越しに、その書類を読んでみる。

「自警組織活動に関する規則の改正?何、これ」

「今度は生徒会ガーディアンズを潰すなり、支配下に置こうとしてるようね。完全に執行委員会の指揮下に入るみたい」

「それでも、大丈夫なの?」

「あなた達は外部から改革するタイプみたいだけど、私は内部から改革するタイプなのよ」

 さりげない口調。

 しかしその下に垣間見える彼女の信念と気高さ。

 私にはない強さ。

「生徒同士を食い合わせて、最後に学校が権限を掌握する気かも知れないわね。遠野さんは、どう思う?」

「さあ。そう簡単にはやらせないというだけかしら」

「怖い事」

「私は全然。実質的に自警局をコントロールしてるのは、自警課長と聞いてるし」

 上目遣いで様子を窺うサトミ。

 北川さんは薄く微笑み、無言でそれに応えた。

「浦田君の調子はどう?」

「見ての通り、元気一杯」

 ショウの後ろから、ひょっこり顔を出すヒカル。

 それには北川さんもたじろぎ、細い瞳で彼を凝視した。

「誰」

「馬鹿兄貴の方です」

「……ああ、大学院に通っている双子の。顔は同じだけど、性格は違うみたいね」

「正確には違うみたいですね」

 何を言ってるんだか、この人は。

 こういう態度だから、余計にケイが誤解されるんじゃないのかな。

 本当、二人を上手く混ぜ合わせて半分にしてみたいものだ。

「遠野さんと付き合ってるって、本当?」

 ここは年相応の、好奇心一杯の顔で尋ねてくる北川さん。

 ヒカルは曖昧に首を振り、朗らかにサトミへ振り向いた。

「私に振らないで」

「という訳で、振られました」

「何、それ。あなた、弟とは違った意味で変わってるわね」

「良く言われます」

 もういいよ。



 帰る前、もう一度医療部に立ち寄ってみる。

 しかし病室は空で、通りかかった看護婦さんに聞くと第3日赤へ移送されたとの事。

 言いたくないが、この辺が勝手な行動というか自分一人でやりたがるという話だな。

「彼、大丈夫でした?」

「ええ。綺麗な子が付き添って行きましたよ」

「それって、長いポニーで、背の高い」

「そう。……どうしているの」

 ヒカルを見て、真剣に驚く看護婦さん。

 でもってすぐに「ああ」と呟き、大笑いし出す。

「ごめんなさい。双子がいるとは聞いてたんだけど」

「本当、笑えますよね」

 自分で言うな、自分で。

「ドラッグは、大丈夫なんですよね」

「ええ。薬で、完全にブロックされてるから。ただ非常に副作用が強いから、体調は見た目ほど良くないと思う。労ってあげてね」

「はあ」

 彼を労る、か。

 ただ今回ばかりは、本当にそうしてあげたいな。

「何か、制限ってあります?これが駄目とか、あれが駄目とか」

「怪我もあるから、しばらく食事制限があるわね。とはいえ、普通の物なら問題ないと思うわよ。それより、身辺の警護じゃなくて?」

「いや。そっちは大丈夫です」

 組事務所を潰したからとは告げず、適当に笑ってこの場をごまかす。

 向こうは警察を頼るのと考えたのか、励ますように微笑んで私達の肩に触れていった。

「どのくらいで退院出来そうですか?」

「怪我の方はもう退院してもいいくらいなんだけど。治療プログラムが多少長引くかも知れないわね。でも、年内には大丈夫かな」

「そうですか。色々お世話になりました」

「本当はお世話になられても困るんだけど」



 病院は沙紀ちゃんが付いているのでそちらは任せて、男子寮の彼の部屋を訪れる。

 以前同様、何一つ内閑散とした部屋。

 あるのは備え付けの家具と、少しのインスタント食品程度。

 それ以外は、本当に何もない。

 前は本が山積みされ、その間にゲームのパッケージが重なっていた。

 物がないとこんなに広い部屋だったのかと、まるで寮に引っ越してきた当時の事を思い出してしまう。

「サトミは、ここから何か持って行った?」

「いえ。自分の部屋からと、スーパーで買った物だけ」

「タオルくらいは、あるかな」

 クローゼットの引き出しを開け、着替えになりそうな物を適当に取り出す。

 下着とトレーナー、後はタオルと。 

「本は、無いか。それ以前に、何もないんだけれど」

「着替えさえあれば、他はいいでしょ。病院には売店もあるし」

「まあね。前の入院の時も、物を持っていた記憶がないね」

「そういう意味では、手は掛からないわ」

 駄目な子に接するような台詞。

 表情はいつも以上に和み、どこか楽しそうにすら見える。

 それはケイが入院している事に対してではないだろう。

「花はどうする?」

「持って行くわよ」

「嫌がるのに?」

「だからじゃない」

 やはり楽しそうに笑うサトミ。

 これでは、沙紀ちゃんが誤解しても仕方ないな。

「何?」

「そういう態度が、沙紀ちゃんの誤解を招くと思ってね。ケイの事に関して」

「ああ。でも私は、あの子を恋愛対象としては見られないけど」

「ヒカルと付き合ってる時点で、疑問に思ってるんじゃないの」

「似てるのは外見だけでしょ」 

 軽くいなすサトミ。

 逃げられたようにも聞こえるが、それが真実であるのは私にも分かっている。

 彼女の言う通り、同じなのは見た目だけ。

 性格も考え方も行動も、あの二人ほど違う存在はないというほど異なっている。

 沙紀ちゃんもそれは理解しているだろうが、頭では分かっていても気持ちではといったところだろうか。

「ヒカルは?」

「病院によって、その後大学院へ戻るって。一応、院生だから」

「性格は陽性だけどね」

「全然面白くないわよ」

 分かってるわよ、そんな事。

 でもこんな会話、前もしたような気もするな。

「どうかした?」

「いや。私はいつも下らない事ばかり言ってるなと思って。歯ブラシとか洗面用具は?」

「夜に持って行った。後はこれと、花だけよ」

「こだわるね」

「色々あったし、このくらいの楽しみはないと」


 ケイのように皮肉っぽく。

 だけどどこか暖かみのある表情。

 それは沙紀ちゃんの心配する恋愛感情ではなく、身内への情。

 家族への思いではないかと、私は思っている。

 サトミに聞けば否定するだろうし、私もあまり認めたくはないが。

 彼女が心を許せる、数少ない存在であるのは間違いない。

 ケイの方がどう思ってるかは分からないし、あまり知りたくもない。

 将来の姉と弟の関係など、深く考えたくもないし。






   







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