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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第29話
314/596

29-8






     29-8




 ケイの高笑いがやがて収まり、工場内には不気味なほどの静寂が訪れる。 

 それを破ったのは、人の倒れる鈍い音。

 伏せた視線に見える彼の姿。 

 誰かがその背中を蹴り付け、動かないのを確認して私達の方へ近付いてくる。

「ビデオ撮るぞ。用意しろ」

「大丈夫ですか」

「このくらいでびびるな。こっちの顔さえ映さなかったら、なんの問題もない」

 下品という言葉を通り越した、とても血の通った人間とは思えない言葉。

 しかしこれは否定する事の出来ない現実であり、今まさに自分へ降りかかってくる不幸の続きでしかない。

「用意出来ました」

「よし。一番乗りは誰だ」

「俺っていうオチは」

 笑いを堪えるような口調。

 伏せた視界に見える、血まみれの手でお腹を押さえるケイの姿。

 男は手にしていた長いナイフをちらつかせ、彼の方へと歩き出した。

「死にかけのジャンキーは黙ってろ。それとも、今すぐ殺されたいか」

「お前こそ、のんきにビデオ撮ってる場合じゃないぞ。早く逃げたらどうだ」

「馬鹿が。お前はそこで、この女達がどうなるか見物してろ」

「警告はしたぞ」

 皮肉っぽい呟き。

 それと同時に床へ崩れる男。

 ワイヤーを伝って一気に急降下してきたショウは男の首筋に革靴のかかとを叩き落とし、周りを取り囲む男達を睨み付けた。


「な、なんだ?」

「う、動くな。こっちには、人質が」

「どこにいるんだ」

「なんだと」

 怪訝そうな声。 

 こちらを振り向いた男達は口を開けたまま棒立ちになり、声にならない声を出して私達を指さした。

 縄を解き、ナイフを手にして彼等に立ち向かおうとしている私達を。

「な、なに?」

「ど、どうして」

 その答えを聞くまでもなく男達はショウに倒されていく。

 しかしその中の数名が与し易いと考えてか、長いナイフを構えてこちらへ突っ込んでくる。

 即座にサトミを後ろへかばい、右にながれて初太刀をかわす。

 がら空きの顔に裏拳を叩き込み、後ろへ回り込もうとした男の足を払って倒れ込んでいく所の顔を蹴り上げる。

 さらにその隙を付いて襲ってくる男達。

 一旦後ろに下がり、倒れている男を障壁代わりにして距離を置く。

 飛び越えようか踏みつけようか躊躇している間にショウが背後へ忍び寄り、肘を振って真横から首筋を叩き付ける。

 こちらを子供と思って油断したのと、武器の所持を過信した結果。

 何より全てが不意打ちとも言える状況で、逆にそれを乗り切れる程の冷静な相手だったら倒れているのは自分達だったかもしれないが。


「腹痛い」

 お腹を押さえながら、かすれた声で笑うケイ。

 パーカーの下に着ている青いシャツは激しく濡れ、押さえている手は真っ赤に染まっている。

「馬鹿が。お前、自分で切ったな」

「初めはサトミを切ろうかなと思ったけど、怖い顔で睨むから」

「言ってろ。すぐ、救急車を呼ぶ」

「この距離なら、学校の医療部の早いわよ」

 ショウに血まみれの手を振って端末を受け取ったサトミは、醒めた眼差しでケイを見下ろしながら通話を始めた。

「……夜分申し訳ありません。草薙高校2年、遠野聡美と申します。深い裂傷の男子生徒が一人いますので。……ええ、場所は今転送します。……はい、よろしくお願いします。……どこ行く気」

「医療部は苦手なんだ。歩いて他の病院を探す」

「動くな」

 真上からケイの肩を押さえ、床にしゃがませるショウ。

 その途端ケイが咳き込み出し、顔を背けて激しく吐き出した。

「お、おい」

「怪我とは別よ。さっき、ドラッグを口にしたでしょ」

「ああ」

「事前に飲んでた薬が麻薬成分をブロックして、その副作用で嘔吐を催すの」

 さながら見てきたように説明するサトミ。

 ケイが反論しない所を見るとほぼ正解のようで、青白い顔のまま今度は胸元を押さえている。

「気持ち悪い。汚い。痛い」

「大丈夫なのか、お前」

「軽く切ろうとしたんだけど、シャツが意外と厚くてさ。力を込めすぎて、ぐさって。内臓まで行くかと思った」

「ちょっと見せてみろ。……筋肉までは届いてるけど、そこで止まってるな」

 あまり聞きたくない会話を交わす二人。

 私もとりあえずケイの側へ歩み寄り、彼を見下ろす。

「一体、何がしたかったの」

「学校のドラッグを一掃するだけのつもりだったんだけどさ。マフィアが途中から噛んできやがって。でもって頼みもしないのに、ぞろぞろ付いてくる人もいるし」

「悪かったわね」

「一人だったら、どうやってでも切り抜けれたんだよ。本当、腹痛い」

 切れてるんだから当たり前だ。 

 また人質となっている私達を解放するためには有効な手段の一つではあるが、最善の手段とは言い難い。

「どうしてサトミ達を捕まえたの」

「別な場所へ連れていかれるよりましだろ。詳しい話は、今度話す」

「いつよ、今度って」

「だるいんだ。少し寝る」

 そう言うや、頭を傾げて黙りこくるケイ。

 悪い兆候であるのは間違いなく、ショウと目を合わせてすぐに彼を揺する。

「寝ないでっ。ショウ、タオル探してきてっ」

「ああっ」

 飛ぶようにして工場の外へ飛び出すショウ。

 私は何度か彼の頬を叩き、覚醒を促す。

「起きて。ほら、名前」

「うるさいな。冬山じゃないんだし」

「冗談言ってる場合じゃないのよっ。血、止まって無いじゃない」

「ナイフがめり込んだんだ。止まるか」

 返答はあくまでも冷静。 

 ただ意識レベルがどの程度かは不明で、すでに目の焦点は合ってない。

「いい加減にして」

 強く、頬が赤く染まる程勢いよく平手打ちをする沙紀ちゃん。

 ケイは微かに顔を上げ、彼女を見上げて少しだけ笑った。

「さっきのお返し?」

「そうよ」

「俺も、本当に」

 言葉はそこで途切れ、笑い声に代わる。

 しかしそれも徐々に小さくなり、だるそうなため息が微かに漏れる。


「タオル持ってきたっ。押さえるぞっ」

「痛いから嫌だ」

 突然そう呟くケイ。

 ただそれは反射的な言葉としか思えず、床に寝かせてショウがお腹を押さえても彼はなんの反応も示さない。

「大丈夫そう?」

「この前程は出血してないからな。ただ、感染症の方が怖いだろ」

 あっという間に赤く染まる白いタオル。

 ケイは浅い呼吸を繰り返し、時折嫌そうにショウを見上げる。

「なんだよ」

「俺は何をやってるのかなと思って」

「あ?」

「ゲームもマンガも全部売っちゃたし、マフィアには睨まれるし。……寝る」

 再び目を閉じるケイ。

 すかさずその肩を揺すり、本当に嫌そうな顔で見上げられる。

「寝ないでよ」

「寝たからって死ぬ訳でもないだろ」

「言い切れるの」

「さあね。死んだ事ないから、俺には分からん」

 下らない事を言い、咳き込むケイ。

 顔色が悪いのは出血のためより、サトミの言っていた薬の副作用か。

「薬は、大丈夫なの」

「保険適用外だからって、ふっかけられた。まずいはだるいは高いは」

「ドラッグと併用してもいいの?」

「そのための薬なんだよ。でも、普通に考えれば良くないだろうな」

 少し笑った途端押し黙り、目を閉じて顔を横へ傾けた。

 自分の意志でそうした訳ではなく、気を失ったのかも知れない。

 同時に私の手足も冷たくなり、息が苦しくなってくる。

 蘇るあの時の記憶。

 症状としては今の方が軽いだろうが、薬とドラッグを併用している状態。

 出血プラス幾つもの副作用がはっきりと現れている。

 少し気を抜けば、私の方こそ気を失ってしまいそうになる。


 パニックを起こしかけそうになった所で、ようやく医療部の一群が到着する。

 ストレッチャーと幾つものバッグ。

 すぐに床の上へ器具が広げられ、点滴が数本と身体状態をモニターするコードが取り付けられる。

「患者に意識あり。酸素飽和度、ヘマト、グラスゴーコースケール、ほぼ問題なし。バイタルは低め、瞳孔に反応あり。血算、生化学等、各種検査開始します。裂傷は横方向に10cm、深さ2cm。腹直筋にまで到達、内臓は無事の模様」

「ドラッグは……これか。薬は……こっちだな」 

 ケイのポケットをまさぐり、シートに収まっている錠剤を調べる浅黒い顔の医師。

 それを見慣れない端末でチェックし、注射を何本か立て続けに打った。

「バイタル上昇。安定しました」

「輸血を続けろ。それとナノマシーンを、一分間に5単位投与。まずは、傷をふさぐぞ」

「了解。……国道で事故だそうです」

「お前はそっちに回れ。こっちは軽傷だ」

 バッグを抱え、即座に工場を飛び出ていく若い医師。

 浅黒い顔の医師は辺りを見渡し、沙紀ちゃんを指さしてケイの傷口に視線を向けた。

「ここで簡単にふさいで、その後手術する。手袋しろ」

「え、私が?」

「ホチキスで止めるだけだ。早くしろ」

 強引に手渡されるビニールの手袋。

 沙紀ちゃんがそれをはめたと同時に、短いペン状のホチキスが手渡される。

「麻酔をするから、その後でこことここに打て」

「は、はい」

「少しくらいずれても問題ない。血管は切れてないし、後は傷を無理矢理ふさげばいいだけの話だ」

「は、はい」

「よし、打て」

 お腹にホチキスの先端が当てられ、沙紀ちゃんの手が動くと同時に固い音がする。

 それと共にケイの体が揺れて、口から呻き声が漏れた。

「あ、あの。苦しんでますけど」

「全身麻酔じゃないから、多少の感覚はある。よし、今度はこっちだ」

「は、はい」

 言われるままにホチキスを打っていく沙紀ちゃん。

 その度にケイの体が揺れ、うめき声が上がる。 

 しかし彼女は動揺の表情を浮かべこそすれ、手を止める事はない。

 今の自分に出来る事、なすべき事を果たしていく。

 私はここまで強く、自分を保っていられるだろうか。

「多少ずれてるが、大体いいぞ」

「は、はい」

「周りで寝てるのは、警察の管轄だな。重傷患者もいないようだし、このまま撤収するぞ」




 救急車で学校の医療部前まで乗り付け、ストレッチャーを降ろしてケイを運んでいく。

 意識はあるのか無いのか、目は開いているが言葉は何一つ発しない。

 振動や呼びかけには多少反応し、だけどそれ以上の事はない。

 受付を過ぎ、廊下を抜けて手術室前までやってくる。

 時刻は日付を越えた辺りで、ロビーにも廊下にも人の姿は全くない。 

 いるのは私達と医師に看護婦。

 後は、青い顔で喘いでいるケイだけだ。

 医師はストレッチャーを手術室の前で止め、私達が進んできた廊下を指さした。

「後はこっちに任せて休んでろ。全身麻酔の必要もない、傷口を縫うだけの簡単な手術だ」

「え、ええ」

「ドラッグの方は専門外だから分からんが、血液検査の結果では完全にブロックされてる。しかしこの薬、誰が処方したんだ」

 小声で呟きつつ、ストレッチャーを押して手術室に消える医師。

 分厚いドアが目の前でスライドして閉まり、その上にあるランプが赤く点灯する。

「……沙紀ちゃんは残って、ケイの様子を見てて」

「え、どうして」

「ちょっと用事がね。サトミは」

「私は入院に必要な物を集めて、戻ってくるわ。……自重しなさいよ」

 耳元に顔を寄せ、そうささやくサトミ。

 彼女が何を心配しているかは分かっているつもりだが、許せる事と許せない事の分別は付けているつもりだ。



 医療部の外に出て、冷たい風に吹かれる。

 しかし体の奥から沸き上がってくる熱い感情がそれをはねつける。

 ジャケットの裾を払い、スティックに触れてスタンガンを発動させる。

 暗い中に青白い火花が散り、腰の辺りに淡い光が一瞬宿った。

「先手必勝とか言うなよ」

「違うの」

「違わなくはないが」

 正門に続く通路を指さすショウ。

 そちらにはバイクが停められていて、つまりはそれで移動するという訳か。

「どうする気」

「怒ってるのは俺達だけじゃないって事だ」



 やってきたのは玲阿家本邸。

 いつものリビングではなく、道場へと通される。

 訪れるには不謹慎と呼べるような遅い時間。

 しかしそこには、何人もの人が集まっていた。

 私もよく知った見慣れた顔ばかり。

 それが今は、見た事もない怜悧ですごみのある表情を浮かべている。

「戻ったか。彼の具合は」

「簡単な手術で、大した事無いらしい」

「ドラッグは」

「薬で事前にブロックしたと、医者は言ってた」

 ショウの返事に瞬さんは軽く頷き、畳の上に置いてあった細長い木の棒を手に取った。

「学校で何をやろうと口出しする気はないし、そうする権限もなかったんだが」

「ドラッグが絡んでくるとなれば、また別ですからね」

 重々しく告げる月映さん。

 二人は視線を交わして、神棚のある後ろを振り向いた。

 そこに正座しているのはショウのお祖父さん。

 いや。今は、玲阿家総帥と呼ぶべきか。

「非合法組織といえど、構成員には家族もいる。目に余る真似をしない限りにおいては、その存在を黙認してきた。ただ、今回ばかりはそうも行っておれん。雪野さんの自宅と、学校の寮、そしてその医療部には」

RASレイアン・スピリッツ、俺直轄のインストラクターが張り付いてる」

「よし。月映、警察は」

「熱田署の捜査一課、二課が動いてますが、その工場の事後処理に追われてます」

 簡単に状況を説明する瞬さんと月映さん。

 おじさんは重々しく頷き、傍らに控えている水品さんへ声を掛けた。

「今より組織の本部を急襲しろ。人員の構成と武装、作戦についてはお前達に一任する」

「承りました」

「月映は事後処理を万全に行え。鶴木と御剣も合流させろ」

「了解」

 知らない間に進んでいく話。

 事態は自分の予想を超え、ただし原因の一旦は私にもある。 

 私達、と言うべきか。

「私も一緒に行きます」

「雪野さん、それは」

「当然俺も」

 即座に言葉を重ねてくるショウ。

 水品さんは腕を組み、難しい顔でお祖父さんを振り返った。

「何事も経験だ。お前達も高校生の頃は、組事務所に殴り込んでただろ」

「四葉さんはともかく、雪野さんはどうなんです

「構成は任せると言った。四葉、お前は彼女を守れ」

 静かに告げるお祖父さん。

 ショウは力強く頷き、私の肩に手を置いた。

 私もその手に自分の手を重ね、お祖父さんに向かって頭を下げる。

「無駄話はそこまでだ。着替えるぞ」



 瞬さんに渡されたプロテクターを着込み、顔にはお面のようなフェイスカバーを装着する。

 目の部分には厚い強化プラスチックがはめられていて、その下にも薄いマスクを被っているため外部に露出している部分はさっきまで以上に限定される。 

 プロテクターやレガースも学校で支給される物より強度が高く、軽くて駆動性に富んでいる。

 プロテクターの上には黒のジャケットを一枚。

 下も黒の、足にフィットするパンツ。

 素材としてはゴムに近い感じだが、ナイフ程度なら跳ね返し銃弾でも十分にショックを吸収するという。

 さっきまでと同じなのは背中へ位置を変えたスティックくらいで、ただこれは軍用品の流用のためむしろ今までの方が不釣り合いだったのかもしれない。

 服装は全員サイズが違うだけで、同じような格好。 

 会話はフェイスカバー内のイヤホンレシーバーで、任意の相手を特定しても話す事が出来る。

「兄貴、実弾はどうする」

「室内での戦闘ですからね。同士討ちを考慮するなら、ゴム弾とスタンガンで十分でしょう」

「だったら、ショットガンにするか」

 壁に掛かっている長銃を手に取り、グリップに銃倉を装填する瞬さん。

 外観は学校で見かける銃と大差ないが、その威圧感や圧迫感は明らかに似て非なる存在だ。

 瞬さんはくるぶしと懐のフォルダーにも小銃を装着し、腰には警棒とナイフを下げた。

「組事務所に殴り込みだって。元気いいな」

「呼んでないぞ」

「呼ばれた記憶もないさ。月映さん、俺も参加しますので」

「助かります。装備は室内戦を想定して持って行って下さい」

 尹さんは軽く頷き、腰の左右に小銃を下げて胸元のポケットに細いナイフを何本も差し入れた。

「風成君は」

「医療部だったか。病院に回してる。さすがにあいつを外へ出すのもな」

「四葉君はいいのか」

「止めてもきかんって顔してやがる」

 険しい瞬さんの視線を気にも留めず、私の装備をチェックするショウ。

 制止されても行くというのは彼に限った話ではなく、すでに止める止めないの限界も超えている。

「まあいい。基本的に突入は俺達でやる。四葉と優ちゃんは、その後から。どう行動するかは今更言うまでもないし、言って出来る訳でもない」

「ええ」

「それとこれは、完全に非合法な活動だ。証拠を残すなとは言わないが、それだけは覚悟しておけ。後、相手が相手だ。卑怯とか情けとかは、一切考慮するな」



 ワゴンの後部座席で揺られながら、行動の手順を改めて言い渡される。

 目標の建物は、5階建てのビル。

 下に見張りと監視カメラ。

 ただ前の路地は人通りが少なく、深夜の今は無人の可能性が高い。

 内部の人員は30人体度。 

 武装は日本刀、木刀、スタンガン、小銃の所持が考えられる。

 まずはジャミング装置で外部との連携を阻止。

 次いで屋上から侵入し、電気系統とセキュリティをコントロール。

 それを利用して一階からも侵入。

 各個撃破しつつ、全階制圧を目指す。

「御剣さんと鶴木さんが、後ろに付きましたね」 

 助手席に座っている月映さんはナビの画面を指さし、運転している瞬さんに目線で合図を送った。

 車の速度が一旦落ち、隣に同じような黒塗りのバンが併走する。

「突入は彼等に任せましょう。水品君と尹さんは屋上からの侵入を。私と瞬でしんがりを勤めます」

「了解」

 すでに誰も無駄口は叩かず、車内を張りつめた空気が支配する。

 私は震えている膝を軽く揉んで、深呼吸を数度繰り返した。

「大丈夫か」

 フェイスカバーをずらし、不安そうに尋ねてくるショウ。

 膝を揉んでいた手でそれをはめ直し、改めて膝に手を戻す。

「平気。目の調子が悪くなった時は、お願い」

「任せろ」

 お互いの拳を軽く重ね、私も彼も口を閉ざす。

 前の座席のヘッドレストに付けられたモニターへ表示される、事前情報通りの建物。

 今から自分が行うのは私怨をはらすためでしかない。

 それを分かっていても、自分の行動が例え誤っているとしても。

 この場を引き返し、ただケイの無事を待つなんて選択肢はあり得ない。




 車を降り、建物沿いに移動して路地に身を潜める。  

 水品さんと尹さんは先行していて、すでに建物に取り付き屋上を目指してる様子。

 私達は突入して内部の電気系統をコントロールしたとの連絡があるまで、ここでじっと耐えるのが任務である。

 背徳感と例えようのない高揚感。

 精神的な均衡が崩れ、自暴自棄になってしまいそうな感覚。

 常識で考えればこれは間違った行動で、しかしそのために意識を研ぎ澄まし集中力を高めようとしている自分がいる。

 暴力を否定する立場でありながら、自分が率先して振るう側に回る。

 大きな矛盾と、心の奥から聞こえるささやき。

 いつもこうすれば良かったんだという。

 気にくわなければ力尽くで相手を屈服させ、従わなければ力に訴える。

 簡単で、また自分には可能な行動。

 今それが出来るのなら、いつでも可能だと。

 理由はどうとでも思い付く。

 何よりそれは、自分の判断一つで決められるのだから。

「遅いな」

 やや気の抜ける、軽い調子の声。

 声の主は建物に背をもたれ、手にしているバトンを杖のように地面へ立てている。

 体格としては普通の大人と大差なく、プロテクターやフェイスカバーを着ていなければ普通の人と見間違ってもおかしくはない。

「あんたは、いつも気楽だな」

 苦笑気味に話しかける瞬さん。

 話を振られた鶴木さんはバトンを担ぎ、暇そうに腰を動かした。

「緊張しても仕方ない。今からやる事は、所詮連中と大差ないんだし」

「言ってくれるね」

「俺達はそういう人間だって事さ」

 自嘲気味に呟く鶴木さん。

 瞬さんはそれに対して何も答えず、月映さんも御剣さんも黙ったまま。

 路地裏の暗闇に、より暗い影がたれ込める。

「そこに子供を連れてくる自分の感覚が、余程どうかしてるって気もするが」

「いいんだよ。この二人にも責任があるんだから」

「どういう教育方針なんだか。この国も、もうすぐ滅ぶな」

 瞬さんが苦笑してしまう程の軽さと緊張感のなさ。

 しかし彼は今回の行動の本質は理解していて、それに大した価値が無いのも分かっている。

 それでもこの場に立ち、バトンを抱えている自分。

 否定したくても出来ない血、なのだろうか。

「鶴木さんもその辺で。説教は、後日いくらでも聞きますので」

「大袈裟だな、月映君。これは場を和ますための世間話さ」

「俺にも説教に聞こえたけど。気のせいかな」

 静かに話へ加わる御剣さん。

 彼は月映さん以上に物静かで、一見すれば鶴木さんとは対照的。

 ただその本質は彼等自身が認めている通り、同一である。

「筆頭格の鶴木家に逆らうって?」

「あんた、何時代の話してるんだ。……よし、侵入した」

「分かった。御剣、お前は俺の後ろね」

「逆らいませんよ、筆頭には」



 片手での突きから、バトンを捨ててのタックル。

 相手の体が浮いた所でバトンを足で拾い上げ、その腹部に突き立てる。

 もう一人の見張りは御剣さんの正眼からの振り下ろしで、一瞬にして卒倒した。

 二人が小さな玄関に取り付いたのを確認して、私達も姿勢を低くして一気に駆け寄る。

「尹さん」

「5階は制圧。コントロールは完全じゃないが、玄関付近のカメラとセキュリティは切った。キーは、そっちに任せる」

「了解」

 慎重にドアへ触れ、大きな拳で何度か触れる月映さん。

 彼はウエストバッグから針金を取り出し、鍵穴にそれを差し入れた。

「不審者の侵入を防ぐには、高度なセキュリティシステムよりこういった鍵の方が有効ですね。セキュリティを抑えられても、鍵自体は守られますから」

「ヨーロッパでの経験か?」

「さて。……開きました」 

 一歩下がり道を作る月映さん。

 ドアのノブに御剣さんが手を掛け、鶴木さんがバトンを担いで反対側に回る。

「……開けろ」

 素早く開かれるドア。

 そのわずかな隙間から滑るように侵入する鶴木さん。

 御剣さんも即座に続き、ショウと私も付いていく。



 ドアを入って正面が壁、その左右に細い通路がある。

 人が住むには殺風景で、住みにくそうな構造。 

 つまりは外部の侵入を想定してという事だろう。

「尹さん」

「見取り図を入手。情報を転送する」

「了解。……左は行き止まり。右が入り口ですね」

「左は潰すから、先に行っててくれ」

 そう言い残し、風を切って左の通路へ駆け込む鶴木さん。

 私達はそれと同時に、瞬さんを先頭にして右の通路へ入っていく。

 壁はどこまでもコンクリートがむき出しで、床も同様。

 通路は右左折を繰り返し、完全に外部からの侵入を警戒した作りだと理解させられる。


 右手に現れるドア。

 それが少し開き、人の声が微かに漏れ聞こえてくる。

 バトンを腰にため、躊躇無く侵入する瞬さん。

 今度聞こえてきたのはいくつかの呻き声と、何かが壊れる派手な音。

 月映さんはそのドアを通りすぎ、今度は左手に現れたドアを指さした。

「瞬」

「おう」

 無造作にドアを開け、構えていた銃を発砲する瞬さん。

 彼の背後に回り込んでいた私の目に飛び込む、人があっけなく倒れていく姿。

 抵抗とか戦いという言葉はどこにもなく、あまりにも一方的な暴力。

 瞬さんは床に倒れた男達一人一人に拳を突き立て、さらに念を入れていく。

「ここは大丈夫ですね。鶴木さん」

「片づいた。ドアの前で、御剣と待機してる」

「尹さん、水品さん」

「4階を制圧中。現段階で問題なし」

 淡々と、作業をこなすように進行していく彼等。

 私とショウはそれをただ見ているだけで、映画のワンシーンを目の前で見ているような気分。

 現実感は薄く、あまりにも自分の想像とはかけ離れた状況。

 しかしこれこそが自分の行おうとしていた事であり、成し遂げるべき事でもある。


 一階を制圧し、やたらに急な階段を上って二階へ向かう。 

 幅は人一人通るのがやっとで、集団であるのが逆に不利となる場所。

 先頭をゆく鶴木さんはそれが分かっているのか、駆け足で階段を駆け上っていく。

「……だ」

 れだ、と続くはずだったのか。

 欠伸混じりに階段の降り口に現れた男は、バトンで足をすくわれて倒れた所を御剣さんの突きを食らって失神した。

 当然それに構う者はなく、男を乗り越えて全員が二階へと辿り着く。

「二階到着。そちらの状況は」

「以前4階を制圧中。ガスの使用は?」

「問題ありません。……全員、フィルターを作動」

 月映さんの合図でフェイスカバーの口元へ手を添え、呼吸口のフィルターを作動させる。

 毒物を関知して作動するようにもなっているらしいが、より完璧を期すためだろう。

 それから間を置かず、エアコンの吹き出し口が微かに動く。

 意識しなければ気付かない程度で、またガスは無色無臭なのか少なくとも五感にはなんの変化もない。

「1分待って、別な部屋に移動しましょう」



 次の部屋には、男達が初めからソファーや床に倒れていた。

 瞬さんはその彼等にも拳を振り下ろし、ロープで連結して何やら取り付けていく。

 無抵抗の人間に対する一方的な暴力。

 私が今まで否定し、それに対して意義を唱えていた。

 でも今は、自分がする側へと回っている。

 自分の手は汚さなくても、この場にいる時点で同罪である。

 何よりここへ来る事になった原因は私達にあるのだから、その罪は私達が負うべきだ。

「尹さん」

「4階は制圧。現在3階を捜索中。抵抗は無し」

「了解。こちらも2階制圧後、合流します」

 部屋を出て、先細りの狭い廊下を進む。

 これも特殊な作りで、大人数での敵襲を想定した構造になっている。

 快適な住居や環境とはほど遠く、ここに住む人間の考え方や本質が窺える。

 細くなった廊下は一旦広くなり、その先には左右にドアがいくつかある。

 敵を迎え撃つための場所だろうが、今は抵抗どころか人が出てくる気配もない。

「見取り図で行くと、右の部屋はエアコンが通じてませんね」

「じゃ、俺の出番か」

 バトンを担ぎ、無造作にドアを開ける鶴木さん。

 その反対側の壁には御剣さんが控え、低い姿勢でバトンを構える。

「月映君、子供達を後ろへ」

「了解」

「御剣、俺の後ろから来い」

「了解」

 ドアを開けた時同様、躊躇する事もなく入っていく二人。

 すぐに怒号と悲鳴が聞こえ、しかしドアが閉められる。

「我々はこちらの部屋に行きますか。この先は、エアコンが通じてないですから」

「待ち伏せして、一斉に掛かってくるんじゃないのか」

「連携しようにも端末が使えませんからね」

「それ以前に、連携しようって意志もないんだろ」

 厚い金属製のドアに触れ、それが動かないのを確認する瞬さん。

 しかし彼がコンソールに見慣れない端末を近付けると、ドアは見た事もない早さで横へスライドした。


 10畳ほどの部屋に、男達が6人。

 壁際に段ボールと棚があるだけの簡素な部屋で、物置かそれに類する場所の様子。

 奇妙な叫び声と共に、日本刀を構えた男が突っ込んでくる。

 それは陽動と判断。

 前に立っている瞬さんへ対応を任せ、ショウと共に左右を警戒する。

 案の定、男の背後から飛び出し左右に分かれて飛びかかってくる男達。

 踏み込んできた足を払い、バランスを崩した所で逆側の肩を押して体を開かせる。

 自然とこちらへ伸びてくる腕を掴み、肘を決めて顔に膝を叩き込む。

 体がのけぞり、さらに足を後ろから払って勢いよく床へ叩き付ける。

 ショウも瞬さんも難なく片付け、残りは3人。

 この程度の腕なら、特に問題はない。

「伏せろっ」

 その言葉が終わるより早く引き倒される自分の体。

 乾いた音が前から聞こえ、天井に火花が散る。

 銃撃されたのは間違いなく、防弾用の装備とはいえ連射を受ければ相当な被害があっただろう。

「怪我は無いですか」

 私に手を貸し、引き起こしてくれる月映さん。

 軽く頷き無事である事を示し、さっきまで前に立っていた男達が全員倒れているのを確認する。

 撃たれるより先に、瞬さんがショットガンを発砲したらしい。

「四葉さんは?」

「え、ああ。かすっただけ」

 私の前に見えるショウの姿。

 さっきまでは隣にいて、前には瞬さんの背中しか見えていなかった。 

 でも今、彼は私の前に立って肩を押さえている。

 謝罪、感謝、後悔。

 どれも今更で、そんな事は言わなくても分かっている事だ。

 ここで何か口にすれば、そのまま気持ちが萎えていくのは自分でも分かっている。

 自分の常識とはかけ離れた状況。

 無差別と言われても仕方ない、一方的な暴力。

 この場にいる事、この場に来る事になった理由。

 そして未だに冷めやらない、強い怒り。

 まだ足りないと、心の奥で叫ぶ声が聞こえてくる。

 最低な感情と、この場から逃げ出したくなる弱い気持ち。

 この危うい均衡を保つには、全てを早く終わらせるしかない。


「こっちは済んだ」

 先程から変わらない、飄々とした態度で廊下に出てくる鶴木さん。

 その後に付いてきた御剣さんは何故かドアを閉め、私に向かって手を振った。

「こっちは見ない方がいい。女がいたからね」

「それって」

「当然殴り倒した。男とか女とか、そういう判断基準は少なくともこの場においては必要ない」

 非情で冷徹としか言いようのない台詞。

 しかしそれに異議を唱える者はなく、私はただ拳を固める事しか出来はしない。

 その女達に同情はしない。

 ただ、ここで起きている事は今までの自分を根底から否定するようにも思えてくる。

 自分の甘さ。

 情に流されない。

 目的のためには一切を考慮しない。


 当然彼等も、好きこのんでやっている訳ではない。 

 強い怒りもあるにはあるだろう。

 とはいえその奥には、義務感や倫理観も存在する。

 自分達の住む街に蔓延するドラッグへの対処。

 そしてケイという存在への愛情。

 この場で起きている事に、人としての感情は関わってこない。

 でもここへ来た理由は、個人的な感情そのもの。

 一体何がどうなのか、私にはもう分からない。


「疲れ気味だな。四葉君、彼女の手を引いておけ」

「え」

「目だよ、目。いざという時は、背負って逃げろ」

「あ、ああ」

 鶴木さんに言われるまま私の腕を取るショウ。

 実際足取りはおぼつかず、集中力も途切れがちになっている。

 単なるお荷物にしか過ぎない状態で、初めの意気込みはどこかへ消えた。

 胸の中に残るのは暗い怒りと、この場で行われている事への違和感。 

 自分という存在の不甲斐なさだ。

「尹さん」

「3階は制圧。今から2階へ向かう」

「向こうの方が早かったか。こっちは、ゆっくりしすぎたな」

 何気ない鶴木さんの一言が胸に突き刺さる。

 私がいなければもっと簡単に遂行出来たという意味だろう。

 ただそれに反論は出来ず、実際自分は人一人を倒しただけに過ぎない。

 自分からではなく、相手が立ち向かってきたから。

 結局はいつものスタンス通りで、私がここにいる必要はまるでない。

「2階も制圧。全階制圧終了。今から撤収します」

「了解」




 バンの後部座席で揺られながら、自分の手を見つめる。

 何も掴めそうにない、華奢で小さな手。

 今日もなんの役にも立てず、ただ傍観するだけでしかなかった。

 無理を言って付いてきた結果は、現実の厳しさに打ちのめされたという事。

「帰って寝る、時間もないか」

 運転席で欠伸をする瞬さん。

 普段通りの軽い調子で、つまりは自分を見失ってはいない。

 私のように後悔を繰り返すような事は。

「鶴木さんの事、気にしているのか」

「え、いえ」

「あの人はシビアというか、覚めてるからな。とはいえ、誰もが俺みたいに脳天気な訳にもいかないだろ」

 意味ありげな言葉。

 それを言い換えれば、誰が覚めていて誰が脳天気かという事になる。

「俺だってあの人には頭に来る事もあるし、殴り倒してやろうかって時もある。ただ、ああいう人間がいても困りはしないだろ」

「そうですか」

「いなくても、困らないけどな」

「どっちなんですか。鶴木さんは、瞬と違って大人なんです」

 そっとフォローする月映さん。 

 私は一つ気になって、どうしようかとも思ったが話を切り出した。

「鶴木さんも、軍に?」

「いたよ。あの人は、国内に」

 ちょっと意外な話。

 あの性格上戦場へ赴いたとしか思えないし、怯えて逃げるというタイプでもないだろう。

「別に、逃げた訳じゃない」

 私の疑問を読み取ったらしく、補足してくれる瞬さん。

 彼は仕方なさそうに鼻を鳴らし、言いにくそうに話し始めた。

「なんていうのか、戦場にいった方が簡単だし分かりやすい。鉄砲撃って、攻め込んで、後から褒められて」

「ええ」

「ただ、指令を出す人間や後方で支援する人間がいなければこっちはただの役立たずだ。俺達を後ろで支えてくれたのも、とりあえずは終戦まで軍に残れたのもあの人のお陰って面もある」

 再び重なる人物像。

 人からの評価、目立つ場所、分かりやすい達成感。

 それらをなげうち、人を支える。

 古武道という家に生まれた彼がその立場に付くのは、周囲から非難を浴びたかも知れない。

 それが分かっていて、しかし自分を貫いた。 

 簡単には理解されない、強く自分を律しなければなしえない事。



 玲阿家の本邸に付き、シャワーを浴びて一息付く。

 何もしていないが精神的な疲労は激しく、リビングのソファーから動く事が出来ない。

 シャワーで暖かくなった体。

 意識が少し薄れ、倦怠感が全身を包み込む。 

「疲れてるのか」

 バスタオルを首から掛け、上半身裸で現れるショウ。

 彼は手にしていた大きなペットボトルからお茶を飲み、少しだけ端正な顔を歪めた。

 右肩の部分に見える、青いアザ。 

 銃撃はかすっただけだと言っていたが、位置を見る限りは直撃に近い。

「ああ。これか。骨は折れてないし、少し痛いだけだ」

「そう。私は何もしなかったから、怪我も何もないし」

「あっても困る」

 苦笑して前のソファーに座るショウ。

 彼はその肩にエアスプレーを吹き付け、シートタイプの湿布を貼り付けた。

「暴力団は、あれだけでいいの?」

「父さんが言うには、手を打ったから問題ないらしい。何をやったかまでは聞いてないけど、大丈夫なんだろ」

「そう?」

「俺も正直拍子抜けって気はする。確かに殴り込みはしたけど、目を覚ましたらどうするて話だもんな。一体、何をやったんだか」

 小さく漏れるため息。

 私には想像も付かず、それ以前に今は深く物事を考えにくい。

「ケイはどうなってる」

「連絡は無い」

「大丈夫って事か。しかしあいつは、結局何がやりたかったんだ」

「それは私にも言えるけどね」

 ケイを疑い、施設に入れようと画策し。

 彼を捜して、逆に捕まり。

 その敵討ちに出かけた末に、疲れ切ってうずくまっている。

 一人で騒いで、空回りして。

 何一つ成果はなく、達成感もない。

「少し寝たらどうだ」

「そうだね」

 床へ降り、タオルケットを羽織って目をつむる。

 その途端意識がぼやけ、今まで考えていた色んな考えが現れては消える。

 一つ一つに思いを巡らせる事は出来ず、内容はわずかにも理解出来ない。

 やがてそういった考えも消えていき、後悔の念だけがいつまでも消えはしない。



 あまり寝覚めが良くない朝を迎え、タオルケットをまとったまま起きあがる。

 リビングには誰もいなく、窓から見える広い庭からは曇り空のため日も差さない。

 ソファーに座り、何気なくTVを付ける。

「……今日未明、栄・錦二丁目のビルに賊が侵入。内部の人間に重傷を負わせ、そのまま逃走するとう事件がありました。ビルの所有者は指定暴力団……」

 女性アナが淡々と読み上げるニュース。

 言うまでもなく、昨日私達が殴り込んだ組事務所の事だ。

「組員は全員全身にドラッグと爆薬を巻き付け、発火装置の解除を求め警察へ助けを求めに来ました。中署は全員を現行犯逮捕。ドラッグと爆薬の入手経路及び賊に関する情報を、厳しく追及しています。対立組織の犯行との見方もありますが、市内にこの組組織に対抗出来るだけの団体はなく捜査は難航が予想されます」

 そういう事か。

 全員が逮捕されれば組組織の存続自体が不可能。

 また同様の組織への強烈なアピールにもなる。

 絶対とは言い切れないが、仕返しの可能性はほぼなくなったと考えていいだろう。 

「起きたのね」

 ティーポットとティーカップをトレイに乗せ、リビングに入ってくる流衣さん。

 彼女は私の分と自分の分を入れ、険しい顔でニュースを見出した。

「夜中に出かけた結果がこれ?」

「ええ、まあ。済みません」

「優さんに謝ってもらってもね」

「いえ。原因の一端は、私にもありますから」

 ケイの事を簡単に告げ、砂糖とミルクを足して紅茶を飲む。

 体の中から暖かくなり、自然と気持ちが軽くなる。

「優さんが原因ではなくて、珪君が問題なんじゃなくて」

「そういう考え方もありますけどね」

「そういう考え方以外何があるのかと、私は思うけど。どうもあなたは思い詰めるというか、考え込み過ぎるきらいがあるから」 

 今まで何度と無く言われてきた事。

 しかし自分では直しようもないし、この先もこの性格が変わるとは思えない。

 仮に変わったとしても、それがいい変化だという気はしない。

「言いたい事は分かります。でも、私は」

「悪いとは言ってないわ。ただ、周りから見てるとあまり楽しくもないわよ」

「でしょうね」

 ストレートな言葉にうなだれ、ぬるくなってきたティーカップを両手で包み込む。

 そのぬくもりは頼りなく、重さだけが感じられる。

「別にいじめてる訳でもないんだけど」

「ええ」

「多分優さんが心配しなくても、みんなしっかりしてるし自分の面倒くらいはみられると思うわよ」

 苦笑気味に告げてくる流衣さん。

 慰め、忠告。

 またその言葉は、間違ってもいないだろう。

 実際ケイは自分一人で大丈夫だと言っていたし、私達が出しゃばらなければ怪我を負わなくて済んだかも知れない。 

 つまりは私の独りよがりと身勝手が生み出した結果でしかない。

「大丈夫?」

「ええ」

 強がりでも意地になってる訳でもない。

 私はこの性格を変えようがないし、変える変える気もない。

 これからも悩み、傷付き、苦しむ。

 誰かのためにとは言わない。

 それは結局自己満足に過ぎないのだから。

「私はこういう性格、嫌いではないですから」

 冷めた紅茶を飲み干し、ティーポットから注ぎ直してその温かさに目を細める。

 過ぎた事は取り返しがきかず、やり直す事は出来ない。

 だけど未来への道が閉ざされた訳ではない。

 昨日は駄目だった、今日も駄目だった。

 明日も駄目かも知れない。

 でもあさっては、その次はどうだろう。

 私は諦めない。 

 誰がなんと言おうとも。

「立ち直りも早いのね」

「それだけが取り柄ですから」

「そう」



 苦笑する彼女のティーカップに紅茶を注ぎ、それを傾ける彼女を見つめる。

 言いづらい、だけど多分誰もが私に対して思っている事。

 あえてその事を言ってくれる人が、ここにもいる。

 今の私には無理だけど、いつの日かその思いに応えたい。






    







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