28-9
28-9
襲ってきた男の詮索は水品さんへ任せ、自分は柳君のセコンドへ付く。
先日の本予選以上の盛り上がりを見せる会場内。
観客席は通路にも人が溢れ、会場へ続く通路付近に選手が現れるたびフラッシュが焚かれる。
イベントやスポンサーの紹介が終わり、各階級ごとに選手が並びどこからか大太鼓の音まで聞こえてきた。
彼等の前。
つまりは正面に現れる、スーツ姿の水品さん。
止まる太鼓。
少しずつ消えていくフラッシュ。
歓声や拍手は徐々に収まり、ざわめきが静寂へと収まっていく。
水品さんは仮設の壇上に登ると、一礼して襟元のマイクへ手を添えた。
「これよりRASトーナメント決勝大会を行います」
控えめな拍手。
それもすぐに静まり、水品さんは話を続ける。
「一つだけ、注意をさせて頂きます。本日のヘビー級の全試合については、契約TV局にのみ録画撮影を許可しています。それ以外の撮影については団体個人に関わらず、全面的に禁止させて頂きます。あらかじめ、ご了承下さい」
会場のあちこちから漏れる失笑。
画質にこだわらなければ撮影は簡単で、端末さえあれば誰にでも可能。
またその映像を誰かに渡すのも、ネット上に流すのも同様だ。
しかし水品さんは、それを禁止するという。
すると水品さんは襟元に添えた手を動かし、マイクをオフにした。
「無論完全に撮影を防止するのは不可能ですが、ネット上にある映像から誰が配信したかを特定するのは可能です。その際は理由の是非に関わらず、RASが全力を持って対応いたします」
静かな、世間話のような口調。
だがその声は、広いドーム内全体へ広がっていく。
ここにいる全員を押し包む、重苦しい霧のようにして。
「私からは以上です」
やはり一礼して壇上を降りる水品さん。
今度は拍手も何もない。
彼を見る者すらいない。
凍り付き張りつめた空気の中、RASオープントーナメントは開催する。
運営本部へやってきて、大きな机で仕事をしている水品さんの前に立つ。
さっきまでの人を威圧するような雰囲気はまるでなく、普段通りの飄々とした態度。
さっき通りでも、私はあまり気にしないけど。
「無茶苦茶ですね」
「風成さんの事がありますから、撮影は固く禁じないと。ただでさえ悪い玲阿流の評判が、さらに悪くなります」
「先生の評判はどうなんです」
「人の評判は、あまり気にしていないので。そろそろ、軽いクラスの試合が始まりますよ」
壁に掛かっている時計を指さす水品さん。
確かに、ここで遊んでる場合じゃない。
「TV局の人に、私は映さないように言って下さいね。お母さんに笑われるので」
「雪野さんの個人的な理由で、圧力を掛けるのもどうかと思いますが。話は通しておきます」
一つ気を楽にして、試合会場へと戻ってくる。
柳君はすでに、通路でスタンバイ中。
周りは舞地さん達が囲んでいて、私がいなくても特に問題はないくらい。
ただ、周囲にいる他の選手の取り巻きは見た目にも怖そうな大男達ばかり。
自分で言うのも何だけど、女子供が集まっているのは私達だけだ。
少年の部でも、もう少し大人が多いかも知れない。
「ちょっと、相手を見てくる」
「ユウ。落ち着いて」
「落ち着かない」
サトミの制止を振り切り、会場の端を伝って反対側へと歩いていく。
人は多いし大男ばかりで、ガリバー旅行記を思い出す。
逆に向こうからすれば、誰かの子供がはしゃいでるような物だろう。
「えーと、誰だ」
今頃相手を確認し、端末に映っている顔写真の相手を探す。
まだあどけない顔の、多分私達と同年代。
ただ耳は潰れていて、鼻の形も横へ歪み気味。
拳も平らで、相当鍛えているのは間違いない。
投げもあり、打撃もありか。
「分かった。投げもあるし、打撃もやる」
「プロフィール見なさい」
さっきとは別な画面を表示するサトミ。
柔道と空手、柔術と書いてある。
なるほどね。
自分では冷静なつもりだったが、相当に浮ついていたらしい。
さっきの水品さんを見て、知らない内に興奮したのかな。
「選手、入場」
突然暗くなる会場内。
通路を照す、強烈なスポットライト。
7色のレーザーが会場内を駆けめぐり、大型モニターに相手の写真が映し出される。
本予選の時には無かった演出
TVで観ている時は退屈なだけだったが、この場にいると体の底の方から震えてくる。
真後ろにある私よりも大きなスピーカーで、重低音に刺激されてるような気もするけど。
「な、何これ」
「え、何が?」
おそらく大きな声で聞き返してるサトミ。
とにかくスピーカーからの音が大きくて、耳元に顔を寄せている彼女の言葉すら聞こえない。
でも、待てよ。
相手にテーマ音楽があるって事は。
「チーム草薙。柳司選手の入場です」
今度はこちらの通路が照らされ、やはり七色のレーザー光が駆けめぐる。
静まりかえる会場内。
柳君は軽く跳躍して、柔らかそうな前髪を揺らしている。
さっきの重苦しさは無く、かといって完全に振り切ったようにも見えない。
ただ、今はこれからの試合に集中するという意志が伝わってくる。
ギターのイントロ。
ハスキーな女性のボーカル。
流れてきたのは英語の歌詞で、はっきりとは分からないが戦場に赴き戻ってこない父を思う内容らしい。
名雲さんに促され、駆け足で輝く通路を進む柳君。
予選とは違い、今はマットの周囲にはアリーナ席が設けられている。
通路の左右にも、リングサイド席が。
間近に見える観客達の顔。
テーマ曲越しに聞こえてくる、彼等の声援。
スピーカーから離れた分、その意味もどうにか理解出来る。
マットを見つめ、リズミカルに走っている柳君は分からないが。
マット前でボディチェックを受け、一礼してマットに上がる柳君。
止まるテーマ曲。
それと同時に聞こえる大歓声。
決勝大会初めての試合。
そして今までの、彼の試合の経緯。
止められても叫んでしまいたくなるような心境だと思う。
もう一度名前をコールされ、マットの中央に進み出る両者。
再びボディチェックがされ、ルールも再確認される。
予選よりも試合時間が長く、またマットもやや広め。
同時に複数の試合をする必要がないため、より純粋に戦いへ没頭も出来る。
柳君は私達のいるコーナーへ戻ってくると、名雲さんが渡したペットボトルから水を含み軽く口を湿らせた。
「無理はしなくてもいいからな」
「らしくない事言うね」
「ここまで来れば十分、って考え方もある」
「一応、覚えておく」
差し出されるグローブ。
私達はそこに自分の手を重ねていき、最後に舞地さんが手を添える。
「頑張って」
何でも無い一言。
その裏に秘められた、限りない思い。
この場にいる私達にしか分からない、彼女と彼の気持ち。
私は胸を押さえ、その光景をそっと見守る。
「うん、頑張る」
晴れやかに笑い、胸元へグローブを持って行く柳君。
舞地さん達もそれに倣い、彼を送り出す。
「セコンドアウト」
レフリーの合図と共に距離を詰める両者。
至って余裕な表情を浮かべる相手。
声援は大部分が柳君へ向けられている。
まして今までの彼の試合を観ていれば、たやすく勝てないのは経験を積んでいる人程分かるはず。
すぐに相手の全身をチェックして、異変に気付く。
「柳君……」
「大丈夫だ」
制止するように声を被せてくる名雲さん。
それには思わずむっとして、真下から彼を睨み見上げる。
「何が大丈夫なの」
「せこい反則を仕掛けてくるくらいだ。武器を仕込んでる訳じゃない」
「だけど」
「このくらい、何もなかったように対応出来ないと意味がないって言いたいんだよ」
名雲さんに代わり、小声でささやくケイ。
二人の言っている事は分かる。
しかし当然、納得も出来ない。
「柳君、気をつけてっ」
口元に手を当て、大声で叫ぶ。
二人は苦笑気味に私を見ているが、私には私の考え方がある。
何より、危険だと分かっていて見過ごす程大人ではない。
微かに動かされる右手。
明らかに私の声を意識したと思われる。
「ファイトッ」
大きく動くレフリーの腕。
観客席からは爆発するような歓声が上がり、ゴングの音もそれにかき消される。
誘うようにガードを下げる相手。
もう一度私が叫ぶよりも早く、柳君はマットを蹴って長い距離を一気に詰めた。
それに反応して、無造作にアッパーを出してくる相手。
柳君は構わず右ストレートを放ち、がら空きの相手の顔に叩き込んだ。
あっさりと仰向けに倒れ、相手はそのまま動かなくなる。
一瞬の静寂。
レフリーのコール。
観客達は再び大歓声と拍手を柳君へと送る。
すぐに大きな音楽とレーザー光が会場内を駆けめぐり、柳君の退場が告げられる。
あまりにもあっけない、拍子抜けとも言える幕切れ。
しかし相手は手も足も出ず、反則すら出来なかった。
これが多分、名雲さんやケイが言っていた事に通じるのだろう。
またある意味、相手を思った上での行動。
明らかに反則を仕掛ける素振りだったとしても、それを理解してまた防ぐだけの能力を持って対処する。
彼の強さと優しさに、今はただ感じ入る事しか出来ない。
「お疲れ様」
池上さんが渡したタオルを首からかける柳君。
アップした時と変わらない汗と息づかい。
精神的にはともかく、肉体的には全く疲労していない。
また一日に連続して試合を行う事を考えれば、最高の結果とも言える。
「僕は別に。相手には、悪いかなと思うけど」
「明らかに、サミングを仕掛けてくる格好だっただろ。気にするな」
柳君の頭を撫で、力強く笑う名雲さん。
柳君も少し堅かった表情を和らげ、タオルで鼻の辺りを軽く拭った。
「サミングって?」
「指で目を突く事。爪が長かったし、ひっかくつもりだったかもね」
「猫以下ね」
一言で切って捨てるサトミ。
とはいえ私としては、猫と比べる事すらおこがましいと思うくらい。
勝つために万策を尽くすのは当然だけど、それはあくまでもルール内での話。
思いが高じてとかやる気が空回りしてではなく、レフリーに分かりにくいような反則をやるという姑息な考えに余計苛立ちが募る。
「いいか、勝ったし」
取りあえずその一点で自分を満足させ、腕時計を確認する。
試合は階級順に行われるから、風成さんの試合はもう少し後。
まだ、少し余裕がある訳か。
柳君は休んでるし、周りにいると迷惑かと思い控え室を後にする。
特に当てがある訳ではないが、他の階級の試合を見てもいい。
また控え室の緊張感は、当たり前とはいえ本予選以上。
柳君だけでなく、他の選手の邪魔にもなる。
ただし空気が張りつめているのは廊下も同じで、控え室から出てきたらしい選手が頭からタオルを被って壁と向き合っている。
とにかく、この辺りからは早く離れた方がいいようだ。
試合を観るのもいいが、売店を見るのもいい。
仮設の売店は、各団体のグッズやDD。
元からある売店は、飲食関係が多い。
こういうのは買わなくても、眺めているだけで幸せな気持ちになれる。
勿論、買ってもいいんだけどね。
「ホットドッグか」
いかにもこういう場所の、定番の食べ物。
少し違うのは、サイズと焼き方。
映画で見る、ニューヨークの屋台のような感じ。
やたらに太いソーセージを炭火で焼き、その横にはやはり大きなコッペパンが積まれている。
香りや見た目は食欲をそそるが、多分半分も食べられないだろう。
「食べますか?」
真上から聞こえる声。
売店の正面の壁は、全面ガラス張り。
さっきまで初冬の穏やかな日差しが差し込んでいたはずなのに、今はすっかり影が差している。
「おはようございます」
礼儀正しく頭を下げてくるモハメドさん。
その隣で、ミハイルさんも。
この二人がいれば、私は常に日陰の中にいるしかない。
「おはよう。それと、暗い」
「今日は、良く晴れてますよ」
「気のせいかな。私の周りだけ、雲が出てるみたい」
「なるほど。面白いですね」
声を出して笑うミハイルさん。
私からすれば何一つ面白くないし、未だに影が差しっぱなし。
私が成長しない理由って、もしかしてこの辺にあったりして。
「二人とも、カレンさんの警備はいいの?」
「向こうは、大勢いますので」
「単に暇だから、遊んでるんじゃないでしょうね」
「厳しいですね、ボスは」
しかし否定もしないミハイルさん。
二人はホットドッグを買うと、その一つを私に差し出してきた。
「いや。私には大き過ぎるから。それにこれ食べると、お昼が入らなくなる」
「間食でしょう、これくらいは。なあ」
「ああ」
ごく普通に、今言った言葉通りの勢いでホットドッグを平らげていく二人。
体型の違いは勿論あるが、文化的な違いもあるかもしれない。
というかこの二人がホットドッグを食べているだけで、非常に様になる。
さっきも思ったように映画のワンシーンというか、またスーツ姿で食べるところが意外といい。
やってる事は、ソーセージをかじってるだけだとしても。
「ちょっと待ってね」
ふと思い立ち、端末で連絡を取ってみる。
用という程の用ではないが、せっかくもらったホットドッグを無駄にするのももったいないので。
「ホットドッグ?用って、これか」
明らかに拍子抜けという顔をするショウ。
ホイルに包まれたホットドッグをしまおうとすると、それよりも早く彼の腕が伸びてきた。
「結局は食べるんじゃない」
「炭火かな、これ」
人の話を聞かず、何とも美味しそうに食べるショウ。
やはり彼も映画のワンシーンというか、見ているだけで幸せになってくる。
冬の日差しを受けながら、少し目を細めてホットドッグにかじり付く。
こういう場面をどこかで見た気がするような、そのくらい様になっている光景。
本当、このためにわざわざ呼んだ甲斐があった。
「風成さんの調子は?」
「相変わらず愚痴ってるけど、体は動いてる。問題ないだろ」
ホイルを丸め、売店の横にあるゴミ箱へ放るショウ。
この辺りの生真面目さが、映画と違うところだな。
勿論、それがいいところでもあるんだけど。
「きゃっ」
後ろから聞こえる、悲鳴に近い声。
幼い声質で、ただ危険というより驚いた感じ。
それでもすぐに振り向き、状況を把握する。
通路の高い天井へ上がっていく赤い風船。
今にも泣きそうな顔でそれを見上げる、ワンピース姿の女の子。
お揃いの赤いヘアバンドが何とも可愛いが、笑顔でなければそれも映えない。
「ショウ、跳んで」
「バーでもあるのか」
風船が止まっている、高い位置にある天井を指さすショウ。
跳んでも跳ねても届かないし、私が二人いても無理な距離。
そのために広々とした気分に浸れるが、今だけに関してはあまり喜べる設計ではない。
泣き出しそうな女の子の傍らには、お母さんらしい女性が彼女を苦笑気味になだめている。
こういう時に怒らないお母さんは、他人事ながら見ていて安心する。
まただからこそ、私の気持ちも盛り上がってくる。
「ボス」
「マスター」
腰を屈め、背中を見せてくる二人。
つまりは上に乗れと言う事か。
「乗らないの。ショウ、屈んで」
「俺には乗るのか」
「他の人に、失礼な事は出来ないでしょ」
「意味が分からん」
そう言いつつ、目の前に屈むショウ。
まずは腰の辺りにある手に足を掛け、そのまま彼の肩に乗っかってみる。
ショウは何もなかったように立ち上がり、私を肩車した。
さっきとは違い、真下に見えるミハイルさんとモハメドさん。
どこか寂しげに見えるけど、ショウ以外に乗るのは私も抵抗がある。
「やっぱり、無理か」
少し手を伸ばしてみるが、風船の紐はかなり上。
このままでは、はしゃいでいる子供で終わってしまう。
「立つよ」
「また、そういう事言って」
自分こそ、サトミみたいな事言わないでよね。
構わず彼の頭を押さえつつ、足を持ち上げて肩に乗せる。
さっきまでとは違い、足の裏を。
特に逡巡もせず立ち上がり、足でショウの頭を挟み込む。
安定を保つのと、下から覗かれないために。
「見ないでよ、上」
「見えるか。というか、痛い」
「もう少しだから。まだ遠いな」
もがいてみるが、効果無し。
むしろそれで風が起き、逃げているようにも見える。
「こっち、こっち来なさい」
「風船が、言う事聞くか。痛いっ」
別にショウを蹴った訳ではない。
不安定なので、鎖骨の辺りを指で掴んでいるだけ。
確かに、掴まれて気持ちいい場所でもないけどね。
「埒が開かないな。少し前行って」
「サーカスで、こういうのは無かったっけ」
あったかも知れないが、それに思いを巡らす余裕もない。
ショウが足首を掴んでいるだけなので、バランスを崩せば結果は言わずもがな。
第一、いつまでもやってる事ではない。
「もういい。飛ぶから、下で受け止めて」
「簡単に言うなよな」
そう言いつつ、私の足の裏に手を差し入れるショウ。
私は膝を曲げ、腰を落として風船に狙いを定める。
さっきよりも少し前に流れた感じ。
手は届かないが、ここから飛べば十分に届く距離。
飛べるかどうかは、能力よりも勇気。
後は、受け止めてくれる人との信頼関係だ。
「よっ」
下から持ち上がってくるショウの手に合わせ、無造作に踏み切る。
近付いてくる天井。
遠ざかる床。
体勢を保ちつつ手を伸ばし、横に振って風船の紐をキャッチする。
少し見上げれば、そこはもう天井。
遠くにいる人までが見渡せて、多分鳥はこういう気分なんだろう。
そして私に羽ばたける羽はなく、後は重力の法則に従うだけ。
体はあっさり降下を始め、一気に床が迫ってくる。
そこに現れるショウの姿。
スカートを押さえていた手を離し、手を横に広げる。
ショウも手を広げ、舞い降りてきた私を受け止める。
天使の降臨ではないけれど、以前は綺麗に決まった出来事。
あの時のように風はなく、ショウに全てを委ねればいいだけ。
そう思ったが、視界が微かに揺れる。
例の症状と分かったのは、とっさにショウへ抱きついた後の事。
取りあえず、床に激突するのは免れた。
「危機一髪だった」
明るく笑うが、返答無し。
というかショウがいないし、第一細い。
どう考えても、私の手が回る程の体格ではないはずなのに。
その理由もすぐに気付く。
抱きついてるのは、間違いなく玲阿四葉その人。
違うというか勘違いしてるのは、私の抱きついている場所だろう。
「はは」
明るく笑い、真上からショウを覗き込む。
正確には、抱えている頭の上から彼の顔を覗き込む。
控えめだろうが平坦だろうが、格好としては私の胸に埋めている彼を。
「はは」
もう一度笑い、手を離して床に舞い降りる。
笑えるけど、笑い事では無いな。
ショウは硬直したままびくともしない。
顔は赤く、私とは視線も交わさない。
そういう事をされると、こっちも意識してしまう。
何となく肩を抱きしめて、さっきの感覚を思い出してみたりする。
彼のぬくもり。
サトミ達とは違う、顔とはいえがっしりとした感覚。
そうする内に、私も動きが止まってくる。
嬉しいというか、気恥ずかしいというか。
体の奥の方から熱くなってきて、思考力が落ちていく。
夢見心地ともまた違う、何とも言えない気持ち。
「どうも、ありがとう」
突然のお礼。
何かと思ったら、幼い女の子が頭を下げていた。
そこでようやく気付き、彼女の手を取って風船を手渡す。
そう。何もショウに抱きつくためじゃない。
風船を取るために、あれこれやっていた訳だ。
男には気をつけろ、なんて言葉も思い出してきた。
火照った体を冷やすため、アイスを食べて一息付く。
外はさすがに寒すぎるし、アイスも美味しいし問題は何一つ無い。
「すごいですね」
皮肉ではなく、敬意すら感じる口調。
私のようにアイスではなく、焼き芋をかじりつつ話しかけてくるミハイルさん。
何分見た目は格好良いので、こうなると焼き芋も素敵に見えてくる。
結局、焼き芋だけどね。
「ああ、飛んだのが。別に、すごいという程でも。ここからあそこまで飛んだら、すごいけどね」
床を指さし、そのまま天井に指を向ける。
今は遠く離れた、だけどさっきまではすぐそこにあった存在を。
「サーカスでも、ああは行きませんよ。それにサーカスなり曲技団は、練習をした後でパフォーマンスをする訳ですし。ボスは、彼と練習してる訳でもないですよね」
「練習する事でもないから。似たような事は、たまにやってるけど。彼の肩を借りて飛んだりとか」
「彼だからこそ、ですか」
重々しく呟くモハメドさん。
その通りとは答えずに、バニラアイスにかじり付く。
何もあれこれ語る事ではないし、せっかく収まったのにまた火照ってくる。
会場に戻り、すでに試合会場で準備をしている風成さんの元へとやってくる。
ショウはすでに彼のそばにいて、何やら世話を焼いている。
従兄弟でお互いの気心は知れているし、戦いの場での立ち振る舞いは誰よりも理解してる。
とはいえ放っておくのも何なので、通路に溢れている大男達を交わしつつ前に進む。
向こうからすれば、足元をすり抜ける子猫くらいにしか見えないだろう。
「あれですか。玲阿家の直系というのは」
後ろから聞こえるミハイルさんの声。
こうなると、私が間抜けな先触れみたいな気もしてくるな。
「カレンは彼と戦いたいと言ってましたが、実力は?」
「試合、見てない?予選の」
「相手が弱くて、あまり参考には。それに今も、気迫が感じられません」
「色々あってね。男の子は複雑なのよ」
適当に言って二人を煙に巻き、セコンドの前までやってくる。
やはり出てくる警備員さん。
「これ、これ」
首から掛けていたIDを指さし、その間を通り抜ける。
この辺は玲阿家の関係者らしく、モーゼの十戒並に人が割れる。
相手が相手だけに、影響力は絶大だな。
「それは?」
「御札。関所を通るためのね」
「意味が分からないんですが」
そんな事、私だって分かってない。
試合はやはり一瞬。
ミハイルさんの言う通り相手が弱いというか、風成さんが強いというか。
何かを仕掛けてきたようだけど、柳君の時同様それをやる前に倒された。
「大丈夫ですか?」
タオルを渡し、彼の体をチェックする。
怪我をしている様子はなく、それ程殺伐とした態度でもない。
反則をされようとどうしようと、即座にそれへ対処する。
あくまでも淡々と、それが普通の事のように。
「駄目だ」
今の試合がではなく、心境がという意味だろう。
しかし周りで聞いていた人は違ったらしく、小声でささやいたり端末で連絡を取ったりしてる。
別にブラフではないが、相手が油断するのも勝手な話。
わざわざ、この人やる気が無いんですと言う必要もない。
「あれは。ライト級に出てる、可愛い子」
「柳君が、どうかしました?」
「彼は問題ないけど、試合の事で少し」
言葉を濁す風成さん。
はっきりとはしないが今の試合に関する事を、柳君に忠告するつもりだろう。
控え室ではなく、水品さんのいる本部で話をする。
内容は大体、想像していた通り。
下らないというか馬鹿げているというか。
試合に出る権利すらないと言いたくなる。
「どうにかならないんですか。ならないんですよね」
「分かって頂いて結構です」
にこやかに微笑む水品さん。
彼の気持ちは瞬さんから聞いているし、彼に文句を言っても仕方ない。
また柳君も風成さんも、水品さんが言う通りそのくらいの事には十分対応出来る人達だ。
ただそれは物理的な問題であり、精神的には何一つ解決していない。
「その辺りの貸しについては、試合が終わった後にでも回収します。雪野さんは、何もしなくて結構ですから」
先手を打ってくる水品さん。
私の事をよく分かってるというか、私の底が浅いというか。
何しろ対応をしてくれるのは改めて分かったので、少しは気分が良くなった。
「どうでもいい。俺は寝る」
そう宣言して、机の横で丸くなる風成さん。
室内は広くスペースも空いているが、決して寝るためにある場所でもない。
というか、床で寝ないでよね。
「主催者と出場者が一緒にいると、色々問題なんですが」
「身内だろ」
「物事は、何事も厳密に考えないと」
なるほど。
だから私達だけではなく、他の団体の人間もいる訳か。
でもって、そんな中風成さんは寝てる訳か。
ここまで来ると、偉いとしか言いようがない。
「あれ」
「どうした」
「いや。ちょっと用を思い出した」
ショウに手を振り、部屋を飛び出す。
急ぐ事ではないけれど、気持ちのはやりは抑えられない。
本部を降り、観客席のフロアをチェックする。
所々に目立つ、スーツ姿の大柄な警備員さん。
その数が多いところ。
特に腕が立ちそうな人がいるところを。
ようやくここという場所を確認し、ID彼等に見せる。
「中に入りたいんですけど」
「玲阿家の人間は通すなと言われているんですが」
「これ、これ」
IDに載っている瞬さんの写真と、自分の顔を交互に指さす。
どう見ても似てないし、ただそれを言い出すと何故持ってるのかという話だけど。
「分かりました。一度、確認しますので」
「お願いします」
身元を確認するかと思ったら、端末で連絡を取り出した。
小さいだの落ち着きがないだの聞こえるが、取りあえず我慢するとしよう。
ここで暴れては向こうの思うつぼではないけど、本末転倒なので。
「確認が取れました。どうぞ、お通り下さい」
「ありがとうございます。それと私が小さいんじゃなくて、あなた達が大きすぎるのよ」
観客席の後ろ側に位置するVIPルーム。
財界の著名人や各国政府首脳。王侯貴族、または人目に付きたくない人が利用するだろう場所。
今日はRASの主催なので、その関係者も利用が可能。
例えば玲阿流衣さんとか。
「確かに、あの人達は大きいわね」
くすくすと笑い、私を出迎える彼女。
紺のスーツと、アップされた髪。
薄くだが化粧もしてあり、普段以上の大人びた雰囲気。
思わず口ごもるくらいの気品と色気を漂わせてる。
「私の事はどうでもいいんです。風成さんの事なんですけど」
「それも、どうでもいいのよね。私としては」
「一つだけですから。風成さんと会わないのって、単純に怒ってるからだけではなくて。主催者と出場者として、距離を保ってるんですか。いや。私が思い付いたんじゃなくて、先生がそんな事言ってたから」
「そういう理由も、勿論あるわよ」
あっさりと認める流衣さん。
視線は試合が行われている会場へ向けられているが、表情は優れない。
興味も関心も無いというより、微かな苛立ちが感じ取れる。
「だったら、RASの関係者ではなかったら?ただ単に、風成さんの妻だったら」
「その時は、もう少し違うかも知れないわね。勿論賛成はしないし、怒りもする。ただ、仏頂面してここにいる必要もないわ」
窓ガラスに触れる細い指。
そのまま手の平を添えた流衣さんは、自嘲気味に笑いつつ手を滑らせた。
「見えてはいても、届かないのよ。結局は。届いても駄目、とでも言うのかしら」
「夫婦なのに?」
「それ以前に、主催者と出場選手でしょ。ただでさえあれこれ言われるのに、一緒にいたら収集が付かなくなるわ。第一、私がいても仕方ないし」
「そんな事は無いと思うんですけど」
しかしその言葉は流衣さんには届かないらしい。
彼女は苛立ちと憂いに帯びた表情で、ガラスの向こうを見つめ続ける。
VIPルームを後にして、柳君のいる選手控え室に向かう。
そう思ったら、その前に彼を見つけた。
正確には彼と一緒に歩いている名雲さんとモトちゃんを。
何やら彼に注意したり、世話を焼いたりしてる。
言いたくないけど、親と子だな。
「へろー」
池上さんのように声を掛け、辺りを見渡す。
モトちゃんはすぐに悟ったらしく、柳君へと笑いかけた。
「彼女なら、寝てる。多分ずっと緊張してて、少し疲れたみたいね」
「そうなの。でも試合前なのに、ふらふらしてていいの?」
「こいつに言ってくれ」
鼻を鳴らし、柳君の頭を撫でる名雲さん。
その柳君は普段通り穏やかに笑い、機嫌も良さそう。
過度に緊張してる訳ではなく、また気を抜きすぎている訳でもない。
私が思う理想とはまた違うが、精神的な面は問題がなさそうだ。
「いるじゃない、ここに」
「え」
「お父さんとお母さん」
「ああ?」
声を張り上げて私を睨み付ける二人。
柳君は一瞬戸惑ったように表情を固め、すぐに破顔した。
そして控えめに、だけどしっかりと二人の腕に抱きついた。
「ほら」
「うん」
素直に、嬉しそうに頷く柳君。
見ている私の胸まで熱くなるような笑顔。
軽い冗談と、それに乗っただけと言えばそこまでの話。
だけど彼が笑い、喜んでいる事に変わりはない。
「私は、まだ17才なのよ。子供がいる年じゃないの」
「当たり前でしょ。お母さんに、お茶買って貰ったら?」
これは完全に冗談のつもりだったが、モトちゃんにその余裕がなかったらしく陰気な目で見つめられた。
結局本人も、多少は自覚してたんだろう。
「もう一人の保護者は?」
「ケイ君は、学校」
「どうして」
「休み前でも仕事は色々あるの。私やサトミがここにいたら、他に誰と代わると思う?」
普通に考えれば木之本君だけど、彼は今実家に帰ってるはず。
岐阜から呼び出すのは、かなりの無理がある。
「すぐ戻ってくるわよ。柳君の試合もあるし」
「僕も行けば良かったな」
窓に手を掛け、寂しそうに外を眺める柳君。
どうしてケイにそこまで思い入れるか分からないし、その前に選手じゃない。
「それより、試合は大丈夫?風成さんも気を付けろって言ってたでしょ」
「僕も、別に。そういうのは慣れてるし。それに、少し分かってきた」
「何が?」
「色々と」
はっきりとは答えず、可愛らしく微笑んでそれに代える柳君。
この笑顔を見せられては、そうですかと答えるより他にない。
「そう。じゃあ、お姉さん達は?」
「友達が来てた」
誰だ、友達って。
まさかと思うが、猫じゃないだろうな。
勿論そんな訳はなく、正門前のロビーで舞地さん達と一緒にいたのは白鳥さん達。
さすがに柳君の事が気になって、名古屋まで来たらしい。
「こんにちは」
白鳥さん以外は、ほぼ1年振り。
ただ私は彼等の事を覚えているし、向こうも覚えてくれている様子。
そんな事が、素直に嬉しかったりする。
「しかし、お前良く出場したな」
「僕の意志じゃないんだけどね」
「じゃあ、誰の」
流れていく森山君の視線。
それは迷う事無く、私の所で止められる。
彼の凛々しい顔につい見とれてしまう、なんて事はなく反射的に睨み返す。
「い、いや。別に、文句がある訳じゃなくて。しかし、試合ね」
「もういいわよ。私は私なりに考えてるんだから」
「考える、か」
ぽつりと漏らし、鼻を鳴らす伊藤さん。
しかし私の方は見ようともせず、暇そうに端末をいじっている。
一見愁いを帯びた美少女だけど、今の私にとっては嫌みなだけだ。
「そうそう。雪野さんは、色々考えてるのよ。色々と、ね」
冗談っぽく笑う白鳥さん。
フォローのようにも聞こえるが、遠回しにからかっているようにも思える。
そう感じる事自体、後者の意味合いが大きいんだろう。
「一つ質問」
「どうかした?」
「二人とも3年で、まだふらふらしてるんですか」
顔を見合わせ、苦笑する白鳥さんと伊藤さん。
周りにいた2年生達は、気まずそうに顔をそらす。
どうやら、あまり触れてはいけない話題だったようだ。
「前も言ったように、卒業する前の話。普通は雪野さんが思ってるように、夏や秋には辞めるわよ」
何か、部活みたいな話になってきたな。
「だったら、沢さんは?あの人も、渡り鳥みたいなものでしょ」
「岸君、説明して上げて」
白鳥さんの指名を受けて出てきたのは、眼鏡を掛けた華奢な感じの男の子。
とはいえこの時代視力の矯正は点眼薬で済ますのが普通。
彼なりのこだわりでもあるのか、それとも他に理由でもあるんだろうか。
「沢さんの場合は、高校生というよりも公務員。今でも教育庁に籍がある。卒業したら高校生という肩書きが無くなって、教育庁の官僚となるだけ。勿論大学に進むなら、その間は大学生の肩書きも付いてくる」
「そういえば、そんな話を聞いたような気が」
「でもあの人あまり愛想が良いタイプに見えないけど、大丈夫?」
「それは、俺が心配する事でもない」
なるほど。それももっともだ。
よく考えたら天崎さんも愛想が良いとは言えないし、教育庁の体質みたいなものなのかな。
「あなたは、愛想良さそうね」
穏やかに話しかけてくる、大人しそうな感じの女の子。
一見人目を引かないし、今もみんなの後ろに隠れてあまり目立ちはしなかった。
ただこうして目の前で顔を合わせると、何となく周りが華やいで感じる。
これは外観がどうとかいうより、本人の持って生まれた資質に関係するんだろう。
ヒカルや木之本君みたいにふんわりした雰囲気ではなく、人を引きつけ注目させる魅力とでもいうのかな。
「何」
「いや。可愛いなと思って」
「え」
変な声を出す女の子。
別にそんな反応をするような事は言ってないつもりだけど。
「日向の本質を見抜くとは。鋭いな」
眼鏡を押し上げ、苦笑気味に語りかける岸君。
笑われた日向さんは、ぷいと顔をそらせてまた後ろに引っ込んだ。
こういう仕草一つ一つが、私には妙に気が引かれてしまう。
「可愛さでは負けてないわよ」
親しみを込めて頭を撫でてくる白鳥さん。
言っている事は嬉しいが、多少引っかかる気がしないでもない。
「それって、犬や猫の子が可愛いのと一緒じゃないんですか」
「これ、これ。この反応。真理依が気に入る訳だわ」
「別に、気に入ってはいない」
無愛想に答えるお嬢様。
後ろから、首筋に噛みついてやろうかな。
「しかしここは、男ばっかりね。それもむさ苦しい」
嫌そうにハンカチで口元を抑える池上さん。
そんなお上品な体質だったか、この人。
「柳君だって、男じゃない」
「可愛い子は除外」
「え。じゃあ、俺は」
「厚かましい男も除外」
あっさり却下される森山君。
ただし外見に関しては申し分なく、時折通る若い女の子は大抵が柳君と彼に視線を止めていく。
岸君が悪いという訳ではなく、二人の側にいるのが悪いとしか言いようがない。
女性からの人気や単純な評価にこだわるのなら。
「あ、来た」
少し高い声を上げ、みんなの間をすり抜けて駆け出す柳君。
一時も早く相手の元へ近付きたいという気持ちを、全身で表すようにして。
「対馬の子でも来た?」
のんきに推測する白鳥さん。
他の子も、「ああ」とかいう声を出している。
知らないというのは、幸せとも言い換えられるんだろうな。
その柳君が飛びついたのは、地味な感じの男の子。
日向さんのように一見ではなく、本当に。
しかし柳君の方は子供のように彼にまとわりつき、離れようともしない。
「浦田君じゃない。何してるの、あれ」
「さつき知らないの?あなた達、前一緒にいたでしょ」
「沖縄で?あの時も仲は良かったけど、同じ学校に通ってるからと思ってた。学校の事を思い出して、寂しいのかなくらいに」
見間違いかとばかりに目元を抑える白鳥さん。
他の子も同様で、岸君は眼鏡を拭いて見直してるが変わる訳がない。
唯一驚いた様子を見せていないのが、伊藤さん。
多分この人は、目の前で風船が爆発しても大騒ぎしないタイプだろう。
本人は驚いてるが、他人には分かりにくいしどたばた走り回りはしない。
タイプとしてはケイで、私とは真逆のタイプ。
後は任すと言い残し、観客席へ移動する白鳥さん達。
顔も見たし、あまり近くで騒いでも良くはないと気遣ってくれたんだろう。
色々都合もあるはずなのに、わざわざ名古屋まで出向いても来てくれて。
「期待されてるのかな」
壁にもたれ、小さな声でささやく柳君。
声援、応援、期待。
それらは逆に、プレッシャーへとたやすく変わる。
またそれで潰される人も、決して少ない数ではない。
「柳君」
「大丈夫だよ、僕は。雪野さんの考えてる事も、少しずつ分かってきたし」
落ち着いた、前よりも力強い笑顔。
そして彼が繰り返す、分かってきたという言葉。
その言葉通り、彼は私の考えてる事は十分理解してくれている。
多分、私が思っている以上の事まで。
今はこうして側にいて、友達として接しているけど。
いつかそれも叶わない時が来る。
彼がこの場にいる限り、それはもう変わらない。
胸が苦しくなるような切なさ。
だけどそれが彼にとって良い事なら。
きっと本人のためになるのなら。
私や私達の感傷なんて、どうでもいい。
「でも、僕は僕だから」
「え」
「周りは変わるだろうし、もう変わってると思う。でも、僕は変わらない。この先、ずっと。いつまでも」
そっと、控えめに伸びてくる手。
私は彼の小さな手を軽く握り替えし、胸を押さえながら微笑んだ。
「本当に?」
「本当に。そんなに変われる程、器用でもないし」
「はは」
人のとぎれた廊下。
窓からは薄い夕刻の日差しが差し込み、私達を淡く照す。
床に伸びる薄い影。
小さな、すぐ側に寄り添って並ぶ。
彼に掛かる負担。
様々な苦悩。
名誉や栄光を考えても、それが帳消しになるかどうか分からない。
だけど彼は、自分の意志で歩き始めている。
背中を押したのは私かも知れない。
でもここからは、彼が歩いていく道。
その側を歩く人もいるだろう。
私はこうして彼を見送り、その背中を見つめていられればいい。
いつまでも、いつまでも。




