28-5
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歩くと付いてくる。
止まると止まる。
どうやら、どこまでも付いてくる気らしい。
「カレンさんのガードはいいの?」
「ボディガードは他にもいるので」
「じゃあ、普段は何してる訳?」
「RASのインストラクターです。プロコースの」
なるほどね。
一般や学生相手では無いと思ったが、多少は納得出来た。
「私もRASだよ。小学校に通う前から習ってる」
「同門、ですか」
重々しく呟くモハメドさん。
確かにそうだし、ここに集まっている人の半数はRAS関係者なので同門ばかりとも言える。
私はその末端を構成してるに過ぎないが。
「ん。今頃来たな」
「お知り合いでも」
「まあね。おーい」
両手を振るが、反応無し。
恥ずかしくて相手にしてないのではなく、見えてないらしい。
見えていたとしても、二人の横から飛び出る指先くらいか。
「サトミー、こっち」
ようやく反応するサトミ。
でもって即座に後ずさる。
何か、よからぬ予感を抱いたらしい。
「こっちだって、こっち」
「柳君に付き添ってると思ったら。何してるの」
「私じゃなくて、二人が付いてくるんだって」
「初めまして」
甘く、女性なら誰でもとろけしまいそうな微笑み。
サトミも薄く微笑んで、ミハイルさんが差し出した大きな手をじっと見つめた。
「手相を観る趣味はありませんので」
「手厳しいですね。どなたか心に決めた人でも?」
「奪ってでも、取るタイプ?」
「ご希望でしたら」
あくまでも笑顔で話す二人。
火花が散るというか、いい知れない緊迫感も伝わってくるが。
「失礼だろ、お前は。どうも、申し訳ありません」
「いえ。私こそ」
「我々は、前オープントーナメントチャンピオン、カレン、ロドリゲスのボディーガードです。今回は縁あり、雪野さんに付き従っています」
小さく口を開け、そのまま私を見てくるサトミ。
そういう反応は、私がしたい。
「一体、何の話?」
「さあね。とにかく、付きまとわれて私も困ってる」
「また暴れたんでしょ。でも、この二人相手にどうしたら勝てる訳?」
呆れると言うよりも、感嘆に近い口調。
ただし別に勝った訳ではなく、二人同時に戦った訳でもない。
あくまでも不意打ちの範囲内で、正式にやり合えば勝機は薄い。
無論、勝てないとは間違っても思わない。
それが思い上がりで、現実離れした話だとしても。
精神的に負けると思った時点で、勝負にも負けている。
「小さいなりに、色々とね。私はいいから、こっちのお姉さんの世話でも焼いてて」
「いえ。俺は、あくまでも雪野さんに」
「無論です」
断言したよ、この人達。
好意を持たれるのは嬉しいけど、度が過ぎるのも考えものだな。
「もういい。私は忙しいから、よそで遊んでて」
「何か、仕事でも?」
そう聞かれると、こっちも困る。
柳君のセコンドと言っても、試合はもう少し先。
風成さんも、終わったばかり。
「サトミ。何か、用事無い?」
「急に言われても。大体、あなたの彼氏は」
「やはり、いましたか」
「ほぅ」
感心する二人。
にこりと微笑むサトミ。
私は数歩下がり、背を向ける。
「別に、そういう訳でもね。それに、私が一方的に意識してもね。あくまでも、二人の気持ちじゃない。ねえ」
誰でもなくて、壁に向かって一人話す。
何となく、のの字を書いて見たりする。
「私も色々あるのよ。色々さ」
「彼女は、一体何を」
「思春期特有の悩みなので、お気になさらずに。周囲の意見は、相思相愛で一致してます」
「ほぅ」
フクロウでもいるのかな。
とにかくここは、逃げるに限る。
大体これは、私の問題じゃない。
それに私は私なりに考えてるんだからさ。
「何してるんだ」
「何って、壁と話を」
「え」
表情を強ばらせ、人の顔を指さしてくるショウ。
また、困ったタイミングでやってくるな。
「冗談よ、冗談。柳君は?」
「池上さん達が見てる。水は」
「ああ、忘れてた。今、買ってくる」
「……あの二人は?」
怪訝そうな声を出し、サトミの後ろに控える彼等の様子を窺うショウ。
立ってるだけで目を引くし、私達の側にいれば気に掛けるのも当然だろう。
「RASのインストラクターだって。前のチャンピオンのボディーガードらしいよ」
「詳しいな。なんか、こっち来るぞ」
「君は?」
「玲阿四葉と申します」
あくまでも礼儀正しいな、この人は。
まずは自分が名乗れ、くらい言えばいいのに。
そういう性格でも場面でも無いのは分かってるけどね。
「玲阿?」
「そう、玲阿。玲阿流直系のおぼっちゃま」
明らかに表情が変わる二人。
好青年を優しく見守るそれから、敬意と畏怖にも似た表情へと。
「いや。俺は直系と言っても、ただその家に生まれたというだけだから」
またすぐに、こういう事を言って。
前みたいにとは言わないけど、もっと自信を持ってよね。
それはそれで、好きなところなんだけどさ。
「君は、試合には?」
「人前に出るのは苦手なので。柳君も、多分そうだろうけど」
「いいのよ。あの子はあの子の都合があるんだから」
がっと吠えて、ショウの腕を軽く引く。
別に投げ飛ばす訳ではなく、ここにいても埒が開かないので。
「水、水買ってくるよ」
「ああ。じゃ、俺達はこの辺で」
「いえ。俺も付いてきます」
「無論」
自ずと目を引く私達の構成。
天を突くような大男二人。
やはり大きな美少年と、天から舞い降りてきたような美少女。
その間にいれば、私の存在ははるかにかすむ。
というか、物理的にも見えてないだろう。
「銘柄は」
「好みはないと思ったけど。対馬の水なんて、売ってないし」
やってきたのは、ドーム内のコンビニ。
仮設の売店よりは品揃えが豊富で、今日のように来場者が多くても十分対応出来るように在庫もしっかり確保してあるらしい。
空の棚は見あたらず、その代わり店員さんが忙しく店内を走り回ってる。
「ちょっと、何それ」
「はい?」
ごく当たり前のように、3Lのペットボトルを買い物かごに入れるミハイルさん。
並んで立っているモハメドさんのかごにも。
かごは両手に一つずつ。
そこにペットボトルが、山と積まれてる。
お風呂でも沸かす気か、この人達は。
「自分でも飲むんですよ。何しろ、このサイズなので」
「マスターのご希望は」
「リンゴ炭酸」
これだけははっきりと主張して、お菓子のコーナーに移動する。
コンビニとあって、並んで出るのはどこかでみたようなものばかり。
いまいち盛り上がりに欠ける。
「サトミは、何か食べる?」
「そうね。軽く、サンドイッチでも」
「私は、おにぎりでいいや」
適当にかごへ放り込み、二人がかりで運んでいく。
前の二人は、3Lを山のように積んでるのに軽々と。
「駄目だ、私達は非力過ぎる」
「これが普通でしょ。比較する対象がおかしいのよ。ショウ、お願い」
あっさりと易きに流れるサトミ。
ただそれは私の考えを先取りしたに過ぎないので、かごを置いて腕を揉む。
しかし、こんなに誰が食べるんだか。
控え室の隅っこで、おにぎりをかじる。
さすがにリンゴ炭酸とは合わないので、お茶と一緒に。
「柳君はこれだけ?」
「試合があるから、軽めにね」
彼が手にしているのは、チューブ上のダイエットゼリー。
そこそこのカロリーと栄養価。
消化が良くて、エネルギーにも変換しやすい。
「あまり、美味しくないね」
はかばかしくない感想を漏らす柳君。
実際果物の味はするが、ゼリーなので歯応えも何もない。
食べた気がしないとは、まさにこの事だろう。
「遠慮しなさいよ、少し」
カツサンドを掴み掛けたショウの手を叩き、リュックにしまう。
ミハイルさんとモハメドさんの手も叩き、全部リュックへしまい込む。
山賊だね、まるで。
逃げようとした名雲さんの足を払い、宙に浮いた焼きそばパンも確保する。
「はい、終了。後は水飲んでて」
周囲から伝わる、殺気立った空気。
それが誰に向けられてるかは、気にしないでおこう。
「遠慮しなさいって言ってるの。試合が終わったら、また配るから」
突然の歓声と叫び声。
おにぎりくらいで、何をはしゃいでるんだか。
「時間もあるし、柳君を見て貰ったら」
「そうだね。お願い出来る?」
「RASの手前、指導は控えますが。では、軽く」
控え室の隅にある、狭いスペースへ移動する柳君とミハイルさん。
体格差は言わずもがな。
ギリシャ神話か何かに、こんなシーンがあったと思う。
キック用のミットを構えるミハイルさん。
そこへ打ち込まれるワンツー。
次いで、ミドルキック。
正確かつ、無駄のないフォーム。
打点は全て同じ場所で、足元は微かにも崩れない。
「試合の時も思いましたが、悪くないですよ。ただ我流のようですが、あまりトリッキーな動きに固執しない方がいいですね」
「ええ」
「それが自分の体に身に付いたものとはいえ、こだわる必要はありません。素直に、自分の実力通りの戦いをすればいいんです」
「自分の」
小さな声で繰り返す柳君。
きっと彼にとっては、我流と言われた動きこそが本質。
いや。そう思いこんでいたはず。
私も今の話を聞くまでは、そう考えていた。
「王道とでも言うんでしょうか。まっすぐな、日の当たる道を歩いて行くと言う意味です」
「でも、僕は」
「今いきなり、とは言いません。ただ、そういう事を頭の片隅にでも覚えておいて下さい」
「君なら、問題ない」
低い声で告げるモハメドさん。
柳君は思い詰めた顔になり、華奢な手の平に視線を落とした。
「そう、難しく考えるな。お前のやりたいようにやればいいんだから」
荒っぽく彼の肩を抱く名雲さん。
だけど柳君を見つめる瞳は、限りない暖かさと優しさに満ちている。
「と、アバウトにお兄さんが言ってるけど」
「いや。彼の言う通りですよ。年を取ると、どうしてもつい」
苦笑してモハメドさんと視線を交わすミハイルさん。
しかし年と言っても、おそらくは30前のはず。
私達からすると、倍近いけどね。
「そう言えば、池上さん達は?」
「外へ食べに言った。ラーメンだってよ、ラーメン」
恨みがましい口調で教えてくれる名雲さん。
今食べたばかりなのに、どうしてこう食べ物に飢えてるのかな。
「ケイは?」
「玲阿の従兄弟の所だろ。あの大男の」
自分だって大男でしょうに。
分かってるのかね、本当に。
控え室を移動し、風成さんの元を訪れる。
場所は違うが、眺めは同じ。
雑然とした室内。
汗と熱気。
そして張りつめた空気。
「いたいた。調子はどうですか?」
「俺は寝てる」
実際毛布を被り、控え室の隅で丸くなってる風成さん。
しかし体が大きいので、例えようもなく邪魔である。
というか、床へ直に寝ないでよね。
「ご飯は?ダイエットゼリーならありますけど」
「面白くないな」
しかし毛布の奥から手が伸びてきた。
でもって手渡したら、空になったパッケージが戻ってきた。
「行儀悪いですよ」
「もういいんだ。俺は一生、こうして過ごす」
また極端な事を言い出して。
仕方ないので毛布を剥がそうとするが、力尽くで押さえ込んでるらしくびくともしない。
ちょっとむっと来たので、上から力を込めて押してみる。
当然この程度ではびくともせず、むしろマッサージ代わりになってるのかうへうへと笑われた。
「ボス。我々にお任せを。おい」
「承知」
「あの、程々にお願いします」
あくまでも優しいショウ。
二人は彼に微笑みかけ、風成さんの頭と足元おぼしき辺りへ配置に付いた。
「よし」
「それ」
軽々と持ち上がる風成さん。
光景としては、巨大な鏡餅を担ぎ上げてるような感じ。
「おお?」
さすがに毛布の中から声が上がり、そこから風成さんが降ってきた。
ただ、そこはそれ。
猫よろしく体をひねり、なめらかに床へ着地した。
「な、何事だ。って、あんたら、誰」
「私はミハイル・クリチコ。彼は、モハメド・ハメド。カレン・ロドリゲスのボディーガードです」
「ああ。前のトーナメントで優勝した。怪我で出ないんだろ。ますます、面白くないぜ」
毛布をひったくり、すぐに丸くなる風成さん。
どうも二人は手ぬるいので、身内に頼む。
「ショウ」
「おう」
容赦なく叩き込まれる真下への正拳。
何やら毛布の下から悲鳴が上がり、弾かれたように風成さんが起きあがってきた。
「こ、この野郎。お、俺はまだ試合が」
「うだうだ言ってないで、体温めろよ」
「ったく。お前の姉貴のせいで俺は」
「自分の奥さんだろ。いいから、ほら」
控え室の隅にあった、キック用のマットを構えるショウ。
風成さんはおざなりに拳を放ち、肘へつなぐ。
動きは緩慢でやる気は見られないが、フォームは綺麗の一言に尽きる。
意識とは関係なく、体に染みこんだ技術。
努力という言葉だけでは片付けられない、毎日の鍛錬。
血を吐き、床を舐め、地を這っても。
なお高見を目指す人達だけが得る権利。
私もその裾野を歩く者として、崇敬の念を抱き彼を見上げる。
「駄目だ。全然駄目だ」
また毛布に潜ろうとするので、素早く下がってそれを羽織る。
薄い割には意外と暖かいな、これ。
へへ、少し寝てみよう。
「自分が寝るな」
「いいじゃない。でも、ケイはどこに?」
「水を取りに行ってもらったんだが。ん、戻ってきたか」
「お待たせを。……何だ、これ」
さすがの彼も、これ以外のコメントは思い付かなかったらしい。
ショウと風成さんだけでも、かなりの圧迫感。
でもってミハイルさんとモハメドさんが加わると、意味が分からなくなってくる。
板を持たせたら、家が出来るんじゃないのかな。
「RASのインストラクターで、前のチャンプのボディーガードだって」
「へぇ。それで、水はどうします」
「もういらん。みんなで、俺の事馬鹿にしやがって」
思春期のおぼっちゃまか、この人は。
大体、誰も馬鹿にして無いじゃない。
とはいえこういう状態の時は何を言っても伝わらないので、毛布と水を渡して寝てもらう。
「優ちゃんの友達は?」
「素直に大人しくしてます。そろそろ時間だし、私は戻りますね」
「では、俺達も」
「じゃ、俺も行くかな」
ぞろぞろと控え室を出て行く私達。
その奥から感じる、もの悲しげな視線。
仕方ないのでショウを突き、残るように促す。
手間が掛かるというか、子供というか。
彼の事も、気にしておいた方が良さそうだ。
再び会場に足を踏み入れる私達。
あの二人はRASの関係者なので、さすがにセコンドへは付かず選手用の通路辺りに控えてもらう。
午前中の試合が評判になったのか、観客席からは自然とどよめきが沸き起こる。
試合相手ではない選手や、そのセコンド達からは敵意めいたものも伝わってくる。
「選手は前に」
指定されたマットの上に進み出る柳君。
私達は一段低いところで、腰を下ろして彼を見守る。
注目されている分若干動きは堅いが、問題という程でもない。
むしろその分アドレナリンが分泌されて、いざとなればより高度な動きが出来るはず。
「それではグローブを合わせて」
重なるグローブ。
距離を置く二人。
これだけは何度味わっても緊張する。
私はただ見ているだけでも、息は苦しくなり鼓動も早くなる。
血の気の引く手足。
拳は自然と固められ、だけど視線は彼から離れない。
「始め」
いきなり、大きく後ろに下がる相手。
先ほどの試合をチェックして、不用意に攻めるのは危険と判断したのだろう。
柳君が動くと後ろへ。
さらに距離を詰めると左右へ。
全くコンタクトをしようとはせず、逃げの一手を決め込んでいる。
延長後の判定といった所か。
「舐めてるんじゃないの。柳君、構わないから、前に」
私の声に反応したのは、相手の方。
露骨にライン際まで下がり、そこを伝って横へ逃げる。
さすがにレフリーが警告をするが、表情はどこか余裕。
「判定って、誰がするの」
「RASのインストラクターと、外部から数人来てる」
「外部?」
ここでようやく、相手の意図が理解出来た。
常識的に考えれば、これだけ逃げていれば判定でも負けるに決まってる。
それでも相手は逃げるだけで、攻めの姿勢を見せようとはしない。
考えたくはないが、何らかの取引なり不正行為があると見るべきか。
「左右に細かく動いて、追いつめてっ」
口調は違えど、同じ事を叫ぶ私達。
柳君は微かに頷き、体を振りつつ小刻みにサイドステップを繰り返す。
相手が右に行けば右へ、左へ行けば左。
逃げるとはいえ、マットの範囲には無限ではない。
少しずつ下がっていく相手はやがて直角になっているラインの隅で詰まり、ガードを高く上げた。
「セッ」
ワンツーで相手をのけぞらせ、こじ開けられたガードの隙間に前蹴りが入る。
あっさり後ろへ倒れる相手。
あくまでもタイミングのダウンだが、顎に当たったため膝が笑って立つ事は出来ない様子。
「勝者、柳司」
再び会場にコールされる、彼の名前。
巨大なオーロラビジョンに映し出されるその姿。
拍手と歓声は会場全体に広がり、黄色い声も飛び交っている。
「よし、完璧」
私達も拍手で彼を出迎え、タオルとミネラルウォーターを渡して労をねぎらう。
「しかし、今の試合はどういう訳よ」
「確かに、相手は逃げてばかりだったね」
特に疑う事はしない柳君。
それは彼の良い部分なので、突っ込みはしない。
「柳君は、控え室に戻ってて。私は、ちょっと用事を済ませてくる」
ジャッジの一覧を呼び出し、RAS以外の人間を抽出。
次に、柳君の試合のジャッジも抽出。
3人中、2人が外部の人間。
一概に疑う事は出来ないが、さっきの試合を見た後では信用も出来ない。
「ジャッジの控え室って、どこ」
「怖い事言わないで。大体、それこそ試合への介入じゃなくて」
もっともな事を語るサトミ。
私はそう言う常識を持ち合わせていないので、再び端末に取り付き部屋を探す。
「場所は分かったけど、どうしようか」
「放っておいてもいいだろ。今の調子だと、判定までにはいかないだろうし」
「そうだけどさ」
「ただ、レフリーが抱き込まれるとまずいかな」
真面目な顔で指摘するショウ。
確かにもしそうなれば、不利になるのは当たり前。
あり得ない反則を取られる可能性もあるし、相手の言いようにやられかねない。
「先生。先生」
「聞いてますよ、全部」
ようやく顔を上げる水品さん。
何せこの大会の、実行委員長。
彼はこの執務室にこもりきりで、私達と遊んでいる暇はないらしい。
「ある程度の介入があるのは、承知してますよ」
「だったら」
「その程度の障害は乗り越えてこそ、勝利により意味が出てきます」
何か、立派な事を言ってきた。
でも要するに、何もしないって事じゃないの?
「先生って」
「目に余る場合は、こちらで対処します。雪野さんは、大人しくしていて結構です」
「だって」
「大人しくしていて下さい。お願いします」
頼まれて、頭まで下げられた。
普段から私が先生と呼び慕う人が。
ただ、それはそれ。これはこれ。
悪い事と分かっていて見逃すような感覚は持ち合わせていない。
「あー。どうしてああいうのが、うー」
「雪野さん。私は仕事をしてるんです」
「分かってます。あー」
「遠野さん、ちょっとお願いします。私では、手に負えません」
何よ、人を手の掛かる子供みたいに言って。
頬をつねるな、頬を。
「だって、そんなの放っておくなんて」
「言い忘れましたが、気付かれるのが分かっていて不正を働くような連中です。ろくな人間ではありませんし、関われば危険が伴います」
つまりは私達への気遣いも込められている訳か。
それは素直に嬉しいけど、そういう連中こそ余計に放っておきたくない。
「この間の、道場での一件もありますし。大人しくしてるに越した事はありません」
どうも納得出来ない答え。
水品さんが言ってる事は正しいし、その方が私達も安全だろう。
しかし結果として悪い連中はのさばり、神聖な戦いが汚される事になる。
「話は以上です。私はまだ仕事がありますから、この辺で」
運営本部を後にして、壁に手を触れながら歩いていく。
今の話を納得しようと努力している自分。
脳裏に浮かぶ、試合会場で戦う人達の姿。
血の滲むような毎日の努力。
その成果を示す、晴れの舞台。
勝敗に関わらず、その思いは崇高であるはずだ。
それを汚そうとする、ごく一部の人間。
だが例え一部でもいる限りは、全てが疑われ駄目になっていく。
水品さんの言ってる事はもっともで、理解も出来る。
でも。
「何か、重いな」
顔を上げると、軽い調子で瞬さんが手を挙げていた。
別に告げ口という意味ではないが、胸にしまい込んでいるのも辛いので今の話を説明する。
すると瞬さんは鼻先で笑い、壁を拳で軽く叩いた。
「仕方ないな、あいつも」
「え」
「心配しなくていい。大人しくしてる時こそ、あいつは怖い。逆に、俺達が監視した方がいいぞ。あいつがいなくなったたら気をつけろ。ジャッジが何人か死ぬからな」
明るく笑う瞬さん。
私も少しだけ笑い、壁に手を触れる。
さっきの話も、さっきの態度も。
全ては彼の怒りの裏返し。
先生は、やっぱり私の先生だ。
「はは」
もう少し勢いよく壁を叩き、ショウも叩く。
これは別に、意味はない。
単に感情の高ぶりを表現しただけだ。
「痛いな。で、何しに来たんだ」
「この野郎。親に向かって、そういう言い方があるか。俺も一応はRASの関係者だから、見に来たんだ。しかし、しょぼい連中ばかりだな」
大きい声でそんな事を言ってのける瞬さん。
私から見ればそうは思わないが、彼にはまた違って写るのかもしれない。
もしくは、自分が出場出来ないのに苛立ってるかだ。
「柳君の調子は」
「悪くないですよ」
「風成は」
「寝てます。調子自体は、それ程悪くないみたいですが」
ただあの人の場合、調子の悪いくらいがハンディかも知れない。
いっそ、右腕でも吊った方がいいんじゃないの。
「今からエントリーって出来ないのか」
「年齢で引っかかるだろ」
「お前は、本当に真面目だな。いっそその辺の連中を、手当たり次第襲うか」
こっちは例えようもなく不真面目だな。
どうしてこういう親子になったというか、反面教師なのだろうか。
お互い極端過ぎて、比較の対象としては少し無理があるけどね。
「さてと。遊んでても仕方ないし、甥っ子の試合でも見に行くか」
少し時間が遅かったので、セコンドではなく観客席から観戦する。
ショウは事前に私達から離れ、セコンドに付いてるが。
玲阿流師範代の試合とあって、注目度は柳君以上。
ただそれは観客よりも、選手やセコンド。
他流派の人達がより高い。
「何か、やる気のない顔だな」
ぽつりと呟く瞬さん。
遠目なのではっきりしないが、明らかに普段とは違う雰囲気。
背中は少し丸まり、視線は下がり気味。
足取りも軽くはなく、ため息を付いているようにも見受けられる。
「馬鹿が。気合い入れろ、気合い」
「叫んでみたらどうです」
「人目には付きたくないんだ。……まだ、間に合うな」
そう言うや、席を立って通路を駆け上がっていく瞬さん。
どこへ行ったと思ったら、下の試合会場へ姿を見せた。
「何か話してるね。大丈夫かな」
「お互い大人なんだし、問題ないわよ」
多分、と付け加えるサトミ。
私はあまり信用してないので、手すりから身を乗り出して様子を窺う。
周囲の歓声やざわめきで声は聞き取れないが、アドバイスをしているようには見える。
軽く背中に触れて送り出す瞬さん。
しかし風成さんの態度は変わらず、背を丸めたままマットの上へと上がっていった。
無論、試合は彼の体調や精神状態に関わらず開始される。
先ほどの試合をチェックしてか、柳君の時同様不用意には仕掛けてこない相手。
風成さんの方も、棒立ちで立ち尽くしたまま。
どうやら、かなり重症らしい。
小刻みに動き、的を絞らせないようにして近付いてくる相手。
風成さんは棒立ちのまま、少しも反応しない。
サイドステップからの、牽制気味のジャブ。
それが頬を捉えると思った瞬間、風成さんの体が沈み込み真下から相手の首を抱え込んだ。
そのままマットへ倒れ込む二人。
後はレフリーが近付き、すぐさま手を交差させるだけ。
「勝者、玲阿風成」
会場内にコールされる名前。
拍手と歓声。黄色い声は、残念ながらあまり聞かれない。
ただ賞賛の声は、より多いと思う。
「よく分からないけど、簡単に勝ったわね」
無邪気に拍手するサトミ。
また観客席にいる大半の人が、彼女と同様の感想を抱いているだろう。
あれだけの至近距離からのジャブをかわし、腕が引き戻される前に首へ手を回す。
そして自分と同じような体格の相手を抱え、床に倒す。
言うのと見るのとでは大違いという話で、また大きな声では言えないがどうも意識した動きではない様子。
相手が仕掛けてきたから、体が反応したとでも言うのだろうか。
勿論試合と言う事は分かっているにしても、自分から意図した動きではないはずだ。
私達も下へ降り、風成さんを出迎える。
しかし様子は変わらず、勝利に喜ぶといった気分でもないらしい。
他人から見れば、勝っておごらずとも取ってくれるのかも知れないが。
「お疲れ様。軽く勝ちましたね」
「かろうじて。俺はもう駄目だ」
また愚痴り出す風成さん。
これには瞬さんも処置なしらしく、その後ろで大げさに肩をすくめている。
「だから言っただろ。試合出ても、いい事なんて何もないって」
「じゃあおじさんは、どうして出たんだ」
「その時は面白そうだと思ったんだ。それをお前は、馬鹿だから」
「馬鹿、か」
詠嘆気味に呟く風成さん。
明らかに、大丈夫ではないだろう。
「もういい。みんな、昼飯は」
「軽く食べました。試合もありましたので」
「そうか。じゃ、俺はラーメンでも食べに行かな」
一部の人にストレスを与え、ドームを出て行く瞬さん。
私はおにぎり一つで満足したため、これといった感想はない。
それが得なのか損なのかは、自分でも分からないが。
「お待たせを。……なんか、重いですね」
多少は声を潜める御剣君。
風成さんは毛布から少しだけ顔を出し、鼻を鳴らして引っ込んだ。
「勝ったんですよね。何ですか、これ」
「流衣さんに怒られて、すねてる見たい」
「子供だな、全く。暇なら、ラーメン食べにいきます?」
突然跳ね上がる毛布。
それが御剣君の体に掛かり、その上から足元へタックルが放たれる。
御剣君は先を読んでいたのか、いつの間にかその場所からいなくなりロッカーの影に隠れている。
しかし今のは、試合中よりもきれのある動きだな。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって」
「俺は、ラーメンの話をしたんです。あんた、ラーメンに親戚でも?」
「そうかもな」
適当に答え、毛布をひっかぶる風成さん。
さっきから騒いでばかりだが、私達を危険人物と思っているのか控え室にいる誰も注意をしてこようとはしない。
そのもう一つの理由として、試合が進み選手が減っているからだ。
初めは大勢の人でにぎわっていた控え室内も、今は私達ともう2グループがいるだけ。
階級が違うため彼等と当たる事はなく、ただ同じ控え室を共有しているだけで彼等に声援を送りたくもなる。
柳君の出場するライト級でもないために。
「これって、優勝したら何か貰える?」
「賞金と、副賞が車だったかな。後はスポンサーの企業からも色々貰えるらしい」
「ふーん。名誉だけだと思ってた」
ただ、そういった賞金目当てに戦うのが悪いとは思わない。
それこそ身を削ってこの場にいるのだから、ある程度の報酬がなければやってられないだろう。
名誉を求めるというのは、言葉だけを聞いていれば格好いい。
ただし悲しいかな、名誉だけでは生きていけないも事実だから。
「でも賞金をRASが出すのなら、もし優勝してもそれはあまり意味がないんじゃなくて」
苦笑気味に指摘するサトミ。
RASの経営母体は玲阿流や御剣流など。
つまり風成さんが優勝しても、それを支払うのは彼の家。
RASと玲阿家とは資産として別だとしても、実際には同じと言っても過言ではない。
「優勝すれば、の話ですよね。これで、本当に大丈夫なんですか」
太い指で、毛布の上から突く御剣君。
本当遠慮がないというか、笑えるな。
「突くな、この野郎。心配しなくても、試合には勝つ。お前こそ、暴れるなよ」
「まあ、努力します」
「この。あーあ俺も、その辺でふらふらしてた方が楽しかったな」
また愚痴りだした。
こうなるとどうしようもないので、身内を残して私達は退散する。
ラーメンを食べにではなく、新鮮な空気を吸いに外へ出る。
曇り空と冷たい北風。
暖房と熱気に包まれていたドーム内とは違う、現実の季節。
白い息は風に流され、顔がひりつくように痛み出す。
そんな中、お茶を買ってドーム前を少し歩く。
会場に入りきれなかったらしい、大勢の観客。
その人達や、変える人達目当てらしい地下鉄の駅へ続く道沿いの屋台や簡易売店。
顔を腫らしたジャージ姿の人達も、時折目に付く。
少し人を避け、ドームに併設されている公園へ入る。
公園と言っても芝の生えた空き地と言った風情で、遊具は殆ど無く敷地も狭い。
春先ならここでお昼を食べても楽しいだろうが、今は枯れた芝の上を冷たい風が吹き抜けるだけだ。
すこし古くなった木のベンチに座り、白い湯気を上げる紙コップに口を付ける。
かげりを帯びる紙コップ。
曇り空で、元々日差しは薄い。
それでも暗くなるのは、目の前に人が来たからだろう。
「お前、玲阿家の人間か」
横柄な、人を見下したような口調。
何も答えず、息を拭いてお茶を冷ます。
「面は割れてるんだ。今金を渡すから、この間の話を引き受けるよう言いに行け」
足元に置かれる、小さなスーツケース。
中身は、確かめなくても現金だろう。
「大人しく、言う事を聞いた方が身のためだぞ。俺達が負ける訳はないが、これは保険だ。所詮カビの生えた古武道に」
手首を返し、紙コップを上に向ける。
勢いよく飛んでいく、その中身。
勿論現金ではなく、未だに熱いままのお茶である。
「この野郎」
意外と素早い反応を見せる相手。
どうやら避けられたらしく、掛かったのは頬に少しと高そうなコートだけらしい。
「クリーニング代は、ここから出したら」
足元のアタッシュケースをつま先でつつき、ダッフルコートの中に手を入れる。
手袋をしてくれば良かったな。
「ガキが、調子に乗りやがって」
「大人が調子に乗るのも、格好悪いんじゃない」
「何だと」
襟元に伸びてくる手。
後ろに倒れ込み、背もたれを軸にして体を回す。
上がっていく足で手を払い、ポケットに手を入れたまま後ろに回って着地する。
別に格好を付けた訳ではなく、コートの裾が絡まらないように押さえていただけだ。
「じゃあね」
そう告げて、振り返りもせず歩き出す。
これ以上付き合う義理もないし、理由もない。
勝負は選手が死力を尽くせばいいだけで、外部はそれを見守るだけだ。
逆に余計な事をするのなら、私にもそれなりの覚悟がある。
瞬さんが言っていたように。
水品さんの意図と同じように。
「逃がすか」
当たり前のように追ってくる男。
気付けば行く手にも、数人の男が待ちかまえている。
「ガキをいたぶる趣味はないが、大人の言う事は聞いておいた方が身のためだぞ」
どちらにしろ変わらない、人を威圧し脅そうとする姿勢。
仮に私がまだ子供だとしたら、それは暴力を振るわれるのと大差ない。
「荷物運びをする気はないし、八百長もやらない。お金だけくれるなら、もらっておくけど」
「師匠が師匠なら、弟子も弟子か。しつけがなってないな」
おそらくは、この間水品さんと一緒にいた事からの推測だろう。
この男はあの場にいなかったが、画像くらいは持ち帰ったかも知れない。
水品さんが指摘した通り、私以外の人間もターゲットになっている訳か。
「あ、私。馬鹿がそっちに行ってない?……そう。……うん、気をつけてね」
短い通話を終えて、端末をポケットに戻す。
男達は何が起こったのか分からないという顔で立ち尽くしたまま。
脅されれば怯えるという固定観念に取り付かれているらしい。
また今まで、そうやってトラブルを強引に押さえ込んでいたのだろう。
「私の話は終わったけど、まだ続きでも?」
「目上の者に対する礼儀を仕込んでやる。その後で、自分の愚かさを後悔しろ」
「教育者みたいな事言うのね」
「礼に始まり礼に終わるのが武の道だ。理念も信念も無い玲阿流とは違ってな」
言ってる事はかなりの矛盾はあるが、それは当人の問題だ。
私には関係ないし、信念は教わるものでもない。
「まずは、土下座でもさせてやる」
「逆にならないよう、気をつけたら」
上着を脱ぎ、大げさに体を動かし始める男達。
その隙を突くのも十分可能だが、誘いかも知れないので思いとどまる。
考え過ぎとはいえ、不正と思ってそれを平然と仕掛けてくる連中。
出来るだけ慎重に対処するに限る。
「ボス、何を」
男達の後ろから、不意に現れるミハイルさんとモハメドさん。
あまりにも都合のいいタイミングからして、どうやらかなり前からこちらの動きをチェックしていたらしい。
「試合で、八百長してくれって」
「なるほど。面白い連中もいたものだ。ボスはお下がりを。後は、私達だけで」
「じゃ、お願い」
「承りました」
向こうも私相手では物足りないと考えていたのか、全員が二人の周りを囲み出す。
身長では若干引けを取るが、体格はそれなりで人数も圧倒している。
とはいえ、この男達はRASを理解してない。
RASは確かに、スポーツライクな格闘技。
ただ、そのベースは玲阿流。
複数人の相手を想定した、人を倒すためだけの格闘技なのだから。
前後からミハイルさんに迫る前蹴り。
速さ、角度とも申し分なし。
しかしミハイルさんは正面の蹴りを肘で叩き落とし、後ろの蹴りに自分の足を合わせる。
相手が手足を押さえている間に位置を変え、正面に肘と後ろにそのまま足を振り上げて後ろ蹴り。
一対一なら、また違う局面になったかもしれない。
ただ複数で襲いかかれば、大抵相手は対処出来ずすぐに倒れてしまう。
つまり初手で殆ど勝負が付くため、深く考えないしその後をどうしようとも思わない。
だから一度止められただけで、このようになる。
モハメドさんへ襲いかかっていた男達も同様。
顔へのジャブの連打と、後方からのロー。
上体を極端に反らしジャブを避け、足を浮かせてローをかわす。
一見極端にバランスが崩れたと見える中、モハメドさんは体をひねり浮かしていた足を横へ薙いで手を付いた。
そして軸足も踏み切り、横へ薙いでいた足の後を追わせる。
コマのように周り、男達をなぎ倒すモハメドさんの足。
彼は体をひねって上体を起こし、先ほどと全く同じ位置へ着地する。
残ったのは出遅れた数人と、交渉を持ちかけていた男だけだ。
「実力差は、この通りだ。まだやるというのなら、お前が来い」
男を指さし、手の平を手前に引くミハイルさん。
しかし男は薄く笑うだけで、前には出てこない。
「マスター、失礼します」
言葉の途中で、私の体を押さえるモハメドさん。
ミハイルさんの姿は、顔を伏せられる前にかき消える。
「武の道、なんだろ」
呻き声と何かの割れる音。
少しして私の前に立っていたモハメドさんが手をさしのべてくる。
その手をすがって立ち上がると、男は土下座のような格好で地面に倒れ込んでいた。
「どうしたの?」
「銃を出すかと思ってたんですが。こっちでした」
苦笑して、足元に散らばる注射器の欠片を蹴飛ばすミハイルさん。
私達に打つ目的ではなく、何らかのドーピング剤なのだろうか。
「カレンさんの方は、大丈夫?」
「向こうは常時、何人ものガードが付いてます。それに本人が、我々よりも強いですから」
「理屈ではそうだろうけど。私はいいから、すぐそっち行って。命令よ、これは」
こういう言い方は好きではないが、今はここで言い合いをしている場合でもない。
彼等の元々の使命は、カレンさんを守る事なんだから。
「分かりました。ここの処理は連絡しておきますので」
「ええ。気をつけてね」
「それは、俺の台詞です」
「失礼します」
風を切って走っていく二人。
胸元に手を当てる仕草から見て、どうやら銃を持っているのはこちらの方だ。
早々にドーム内へ逃げ込み、辺りを見渡す。
思った通り入り口の近くで待っていてくれるサトミ。
すぐさまその側に駆け寄り、周囲を警戒する。
彼女一人でいる訳ではないが、精神的に。
「ユウは、大丈夫みたいね」
「ボディーガードがいたから。こっちは?」
「誰も。ほら、これだから」
ショウに御剣君、そして名雲さん。
知り合いの私から見ても、威圧感のある光景。
格闘技の試合が行われているこのドーム内でも、独特の雰囲気を醸し出している彼等。
敵対するものには不安と恐怖、私達には限りない安堵感を与えてくれる。
「私はともかく、サトミには何人か付けておいて。出来れば、可愛い感じの子を」
「それは、ユウの好みじゃなくて」
くすくす笑うサトミ。
私も少しだけ笑い、モトちゃんへ連絡を取る。
「そっちは大丈夫?……分かった、今から彼氏を送るから。という事なので」
「人使いが荒いな、お前は」
「話は後で聞きます。3階のVIPルームにいますから、お願いしますね」
「VIP、ね。それって、誰の事なんだ」
それは知らないが、多分誰かの接待でもしてるんだろう。
何せ人当たりはいい子だから。
私には、常日頃から厳しいが。
「柳君と風成さんは?」
「RASの関係者を数人付けてる。水品さん達は、ガードの意味がないし」
「そうだね。……流衣さんは?」
「姉さんにも、当然付いてる。人の事より、自分の心配もしろ」
小声でささやいてくるショウ。
軽く頭を撫でてくる、大きな手。
私は彼の方に触れ、その気持ちに応える。
確かに、人を心配しているだけでは仕方ない。
人の事も、自分の事も大切にしていかないと。
それはただ単に、自分のためにではない。
こうして、私の事を思ってくれる人のためにも。




