表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第1話   1年編
3/596

1-2






  1-2



「ここは今度の試験に出ますから、よく覚えておいて。年号も忘れずに」

 先生が示したホワイトボードの文章を、卓上端末に急いで記録する私。


 今は歴史の授業。

 他の3人も、私の周りで授業を受けている。

 私達は学校の治安を守るガーディアンである以前に、勉学に勤しむ一生徒なのだ。

 緊急事態の時は出席しなくてもいいのだが、基本的には授業が優先される。

 大体授業を抜け出せても、その補習があってはどうしようもない。

 試験に通る自信があるなら補習を受けなくてもいいのだけど、私は大抵補習を受ける。

 サトミやケイはその逆で、補習にはまず出ない。

 頭いいからね、あの二人。


 そのサトミといえば、私の後ろで可愛い寝息を立ててお休み中。

 別に怠けている訳ではなく、授業内容が分かり切っているから聞かないのだ。

 ケイは一応起きているが、端末をいじくっている。

 どうせ、ゲームでもやっているのだろう。

 ゲームとマンガがなければ生きていけないと、公言してはばからない人だから。

 そんな二人とは対照的なのがショウ。

 真剣な顔付きで、先生の話を聞いている。

 外見は軽そうだけど、中身は真面目な好青年なんだこの人は。

 そして私も、ショウとに負けないくらい真剣に授業に取り組んでいる。

 というか、そうしないと授業に付いていけないから。

 ちなみに私の成績は中の上といったところで、ショウも同じくらい。

 ただすぐ身近に、中等部で3年間学内学年トップがいるものだから、自分が馬鹿に思える時もよくある。

 おかしいのはケイで、出来る割には彼の順位も私達と同じくらいなのだ。

 それには理由があり、ある授業になればすぐに分かる。


 で、次の授業が始まった。

 サトミは配信された小テストをあっという間に終え、ぼんやりと外を眺めている。

 ショウは、私と同じく難しい顔をして問題に取り組んでいる。

 そしてケイはといえば……。

 書いたのは名前だけで、それっきり手が動かない。

 まるで古代文字でも解読しているかのようだ。

 顔中に汗をかき、しきりに首を傾げていている。

 やがて時間が訪れ、採点が自動的になされる。

 サトミは相変わらず満点。私達もそこそこの点であった。


「よし」

 珍しく、歓喜の表情を浮かべているケイ。

 その喜びように何点だったのか気になったのだろう、隣の生徒が彼の端末を覗き込んだ。

「……これが、やった?」

 呆然とケイの端末を見つめる生徒。

 ケイは何度も頷き、拳を握り締めてる。

「点が付いてる」

 冗談で言っているのではない。

 彼にとってこの科目、数学はそれ程鬼門なのである。

 他の科目でいかに高得点を取ろうと理系の科目がこれなので、悲しいかな彼は学年上位に食い込めないのだ。

「いやー、助かった」

 思わぬ高得点に、満面の笑みを湛えるケイ。

「おまえな、もう少しいい点取れよ」

 呆れ顔のショウ。

 私も同感だ。

「好きで取ってる訳じゃないぞ」

 さすがにむっとして返すケイ。

 とはいえ、好きで嫌いでも取って良い点でもないと思う。

 そうこうしている内に午後の授業も終わり、これからの時間はガーディアンとしての活動が本格化する。



「どうする?」

 オフィスに集まった私達は、今後の計画について話し合っていた。

 その中でも重要なのが、パトロール。

 コースや時間、構成メンバー、装備と様々な点から考えなければならない……、のは普通のガーディアン。

 私達は4人しかいないので、比較的アバウトにやっている。

 というか綿密に決め過ぎると、いざという時対応出来ないのだ。

 人数が少ない分負担も多いが、小回りは利くのが利点である。

「……コースと時間は、他とも話し合った方がいいな。俺達だけで決めると、後で色々あれだし」

「まあね。じゃ、話はまた今度にして、とりあえず今日は誰が行くか決めようか」

「あ、私行く」

 立ち上がった私を、みんながじっと見つめる。

 不安と懸念を込めた視線でもって……。

「何よ。私だって、いつも揉め事起こしてる訳じゃないわよ」

「それは分かってるけどよ。今はまだ全体が緊張してるから、あまり刺激してもな」

 全然分かって無いっ。

 確かに落ち着きがないかも知れないけど、みんなだって私と大差ないはずなのに。

 どうもうちのメンバーは、自分の事を棚に上げる傾向がある。

 だがそれを言ってしまうと絶対に否定されるので、とりあえずはしおらしく黙ってみた。

「……いいわ。私も付いて行くから」

 艶やかな長い黒髪を掻き上げ、たおやかな物腰で立ち上がるサトミ。

 顔もプロポーションもいいものだから、何とも様になっている。

 私がやったら、大爆笑だ。

「ならいいか」

「ああ」

 あっさり頷くショウとケイ。

 何だかな。

「でも、気を付けるんだぞ」

 ショウが、それでも心配そうに私を見ている。

「大丈夫よ。ガーディアンに仕掛けてくる連中なんて大した事無いから。それに、この人がいれば安心よ」

「どうせケンカ馬鹿ですよ、私は」

「また拗ねて。私はあまり強くないし、あなたが頼りなんだから」

 サトミが強くないと言うのは、正しくない。

 彼女もマーシャルアーツや合気道を一通り修めているし、警棒の扱いにも長けている。

 ただこの学校には、格闘技の腕を買われ特待入学している者も多い。

 そういった連中にはかなわないと言っているのだ。

 彼女のレベルはあくまでも、一般生徒よりは上というものなのである。

 だからといって、サトミとやり合って勝てるかと聞かれれば自信はない。

 彼女もまたそんな強者共を相手に、過去3年間戦ってきたのだから。




「だけど、そんなに私って信用無いのかな?」

 ぶつぶつ言いながら歩いていくと、サトミが横にくっついてきた。

 鼻をくすぐるいい香り。

 同性ながら、少し焦るくらい。

「信用無い訳じゃないわよ」

「じゃあ、なんであんな事言うの?」

「あなたが心配だからでしょ。特にショウ」

 何を?といった顔をすると、サトミがその端正な顔を寄せてきた。

「それだけ愛されてるって事。ショウ、私の心配はしなかったじゃない」

「え、でも。その、あの」

「といっても。男女より、友達としてかもね」

 ククッと笑うサトミ。

 で、私の裏拳を軽くいなし逃げていく。

「さあ。本当に日が暮れるわよ」

「分かってる」

 そう答えながらも、ゆっくりと歩く。

 先程のサトミの言葉が、引っかかっているのだ。

 人間、誰かに好かれて悪い気はしない。


 見た目は言うまでもなく。

 ストイックで、自分自身に妥協をしない努力家でもある。

 思い遣りがあって、優しくて。

 見た目もそうだけど、何よりその内面が格好いい人なのだ。

 彼より素敵な人は、いないと言ってもいいくらい。

「あんな人は他いないって顔ね」

 流し目を送ってくるサトミ。

 さすがに鋭いな。

「そ、そんな事無いよ……」

 最後の方は、何故か小声になってしまった。

 サトミはくすくすと笑ってる。

 からかうというより、暖かく見守る感じで。


 そんなたわいもない話に興じていた私達ではあったが、一応は警戒を怠りなくパトロールを続けていった。

 この一角は新一年生のクラスが中心で、当然周りにいる生徒も一年生が多数を占める。

 生徒の半数は中等部からの繰り上がり組なので、顔見知りの子が時折声を掛けてくれる。

 中には、そそくさと逃げていく連中もいるが。

「私、あの人に何かやった?」

 人の顔を見るや走り去っていった人物がいたので、サトミに尋ねてみた。

 彼女は髪を撫でつけ、つまらなそうに呟いた。

「やった方は覚えていなくても、やられた方はいつまでも覚えているものよ」

 逃げた人物を知っているのかは分からないが、頭が痛い答えである。


「さ。この教室を見回れば、もう終わりよ」

 近付いたサトミに反応して開くドア。

 教室のドアは自動化されている所が多い。

 だから、そうでない教室の前で立ちっぱなしの生徒がたまにいる。

 私がそうだ。

「お邪魔します、ガーディアンでーす。パトロールに来ました」

「ご、ご苦労様」

 気弱な声が、教室の奥から聞こえてくる。

 声の主の周りには、本当に高校生か疑いたくなる顔をした連中がたむろしている。

 おきまりの構図だ。

「悪いけど、用はないぜ。とっとと帰れよ」

「そうそう。ガーディアンだからといって言う事聞くと思ったら大間違いだぜ。俺達は……」

「おい」

 何か言いかけたモヒカンを、蹴飛ばして制する仲間。

 モヒカンはおどおどしながら、後ろに下がっていった。

「あなた達に用が無くても、こっちにあるの。そんな所を見たら、特にね」

「ずいぶん威勢がいいな。なんならやるか?」

 眉間にしわを寄せ、すごみをきかしてくる。

 普通の生徒なら愛想笑いをして逃げるのだろうが、私達にとっては見ていて恥ずかしくなるレベルだ。

「分かってるでしょうけど、恐喝は停学の対象よ」

 馬鹿連中の一人が、見下したような笑い声を上げる。

「お前らが、生徒会に報告出来ればな」

「いい女が二人だし、ちょっと楽しませて貰うか」

 馬鹿連中は下品に笑い、教室の鍵を改造キーで強制ロックした。

 これをされると、人の力ではそうそう開けられない。

「早くあきらめないと、大怪我するぜ。そういうのが好きなら別だがな」

「楽しませてくれたら、俺達だけで勘弁してやるよ」

「しかし、体がもつか?」

 欲望むき出しの顔で近づいてくる馬鹿連中。

 木刀、警棒、ナイフ、スタンガンを持っている奴もいる。

 よくこういう連中を人間ではなく獣だというが、私はそうは思わない。

 こういう行為をする者こそ、人間なのだ……。


「さあ、どっちからいく?それとも二人同時か?」

「馬鹿野郎。じっくり楽しむんだから、一人一人に決まってるだろ。一緒っていうのは、その後だ」

 誰かがビデオカメラを動かし始めた。

 これから起きる出来事の一部始終を取るつもりだろう。

 鬼と呼ぶのも、鬼に失礼な程だ。

「ほれ、早く武器を捨てろ。でないと、本当に怪我するぜ……」

 ベルトを外しながら近づいてくる、細身のスキンヘッド。

 余程興奮しているのか、手が小刻みに揺れ、ベルトがカタカタと音を立てている。

「さあ」

 トランクスを下げようとする細身のスキンヘッド。


「……ふざけるんじゃないわよっ」

 すさまじい勢いで飛んでいく椅子。

 その足が細身男の股間にめり込む。

 男は白目を剥いて、失禁してしまった。

「揉め事は駄目なんじゃないの」

「場合によるわ」

 鼻を鳴らして、次の椅子に足を掛けるサトミ。

 そう。

 さっき椅子を飛ばしたのは、私ではなくサトミなのだ。

「人に言っておいて、自分でやるなんて」

「だから止めないわ」

「はいはい」

 私も自分の武器でこんな連中を殴りたくないので、側にあったロッカーを開けた。

 これ、これ。

 柄が長い、いい感じのホウキが何本も入っていた。

 いつの時代でも重宝するね、この道具は。

「性転換したいのなら、かかってきなさいよ」

 掃く方を相手に向け、フラフラと振って挑発する。

 ちりとりが欲しいところだ。

「覚悟しろよ、この野郎。店に、売り飛ばしてやる」

 血走った目で間合いを計る馬鹿連中。

 だが先程の一撃に恐れてか、不用意には近づいてこない。

 だったら、こっちから行けばいい。


「高すぎて値段が付かないわよ、私達はっ」

 前にある机を踏み台にして、馬鹿連中の真ん中に飛んでいく。

 口を開けて私を見上げる馬鹿共。

 断っておくが、スカートの下はスパッツだ。

 その隙に、サトミが椅子を飛ばす。

 まず椅子を下から蹴り上げ、空中に跳ね上げる。

 そして椅子の足を蹴りつけ、足が相手を向くようにする。

 最後に背もたれの上の部分を押すようにして蹴り、相手に飛ばす。

 密集していた馬鹿共の二人に、椅子の足が突き刺さる。

 二人は股間を押さえ、ばったりと倒れた。

 またもや失禁。

 やだやだ。

「とっ」

 私はその二人の上に落ちた椅子に降り立ち、周囲を睨み付けた。

 下から変な唸り声が聞こえるが、気にしない。

 床が濡れてるしね。

「僕ちゃん達もおもらしする?」

「ふざけるなっ」

 木刀を持った二人が、同時に突っかけてきた。

「へっ、遅いよ」

 椅子から飛び下り、軽くかわす。

 倒れていた二人は木刀をもろに喰らい、最後の一鳴きをした。

 余程力を入れて振り下ろしたのか、突っかけてきた二人は木刀を落とし手を押さえている。

 でも、そんな無防備でいいのかな。

「はいっ」

 片割れの背中にホウキで突きを入れ、もう一人にぶつけてやる。

 さらに二人が密着した所で、股下にホウキの柄を通す。

 後は、思いっきり引き上げるだけ。

 しかし上げてみたら、叫び声と共に嫌な手応えが伝わってきた。

 さらに、股間からホウキに伝ってくる不気味な液体が……。

「ひゃっ」

 慌ててホウキを投げ捨てる。

 冗談抜きで、危機一髪だった。

 ホウキは倒れている一人の頭に当たったけど、股間の方が大変らしく反応がない。

 そんな二人を放っておいて、サトミが放ってきた二本目のホウキに手を伸ばす。

 その間に、サトミも3人始末していた。

 当然失禁しているけど、どうにも嫌になるね。

「言っとくけど、全員おもらししてもらうからね」

 思わず股間を押さえる馬鹿共。

 その内の一人が、武器を捨てドアに向かった。

 こうなれば、もう済んだと言っていい。


「お、おいっ。待てよっ」

 ドアのロックを外し、ドアに殺到する馬鹿共。

「逃がすかっ」

 こちらも素早くロッカーに取り付き、中にある分だけホウキを投擲してやる。

 1人、2人、3人、4人……。

 ちっ、二人逃がした。

 サトミはもう、廊下に飛び出ている。

 手には何故か、私が切望していたちりとりを持って。

「私達はあいつらを追うから、ガーディアンに連絡しておいてっ」

 脅されていた生徒に声を掛ける。

 彼は泣きそうな顔で、必死に頷いていた。

 しかし、何で怯えた目で私を見る?

 私が、何をした。

 そんな視線はすぐに忘れ、私も教室を出て廊下を見渡す。

 右、左、もう一度右。

 いない。

 じゃあ、フェイントで上。

 いや冗談じゃなく、道具で天井にしがみついてる場合があるの。

 それを知らないと、上から不意を付かれる時もあるんだから。

 でも、やっぱりいない。

 逃げられたか。


「ユウッ。こっち」

 左手にある階段を降りながら、手を振るサトミ。

 私もすぐに後を追う。

 階段を下り、辺りを見る。

 右にはいない、左は。

 いたっ。

 かなり離れているが、追いつけない距離じゃない。

 床を蹴って走り出せば、即トップスピードだ。

 風が頬を打ち、辺りの風景はあっという間に後ろに飛んでいく。

 息苦しさと、それを補ってあまりある爽快感。

 陸上部でも入ろうかな。

 だが馬鹿の行き先に、曲がり角が見てきた。

 ここで距離を詰めないと見失う。

 それにしても、サトミはどこに行ったのよ。

 先に行ったはずなのに。

 怒りつつ、しかし速度は増す。

 くっ、曲がった。


「とっ」

 たたらを踏んでカーブを曲がる。

 視線を彷徨わせると、右前方に発見。

 これなら捕まる。

 だけど馬鹿共の行く手に、生徒らしき人影が。

「そこの人、逃げてっ」

 息苦しさをこらえて叫んでみたが、人影は逃げようとしない。

 それどころか却、って近づいてくる。

「危ないってのっ」

 言ってるのに、まだ近づくか。

 馬鹿共は警棒を振り上げ謎の人影、とりあえず謎さんとしておこう、に突っ込む。

「どけやっ」

 警棒が謎さんの頭に振り下ろされる。

 私は背中のスティックを取り、投擲の構えを取った。

 しかし……。


 警棒を振り上げていた馬鹿が突然倒れ、その脇を抜けようとしていた馬鹿も同様に倒れた。

 謎さんは突っ立ったまま。

「大丈夫?」

 私は警戒して、スティックを構えたまま近づく。

 ようやく見え始めた顔に、まさかと思いつつ。

「ああ。だけど、こいつらは知らんぞ」

 壊れたちりとりを見せ、倒れている二人を不憫そうに見る謎さん。

 いや、謎ではない。


「塩田さんっ?」

「よう」

 爽やかな笑顔を見せる、謎さん改め塩田さん。

「ど、どうしてここに」

「近くのオフィスにいたら、連絡があった」

「連絡?」

「そう、連絡」

 塩田さんの背後から顔を見せるサトミ。

 消えたと思ったら、こんなとこに。

「驚く事無いでしょ。ちょっと先回りしただけなんだから」

「先回りって、こっちに来るって分かってたの?」

「これ以外の方向へ逃げると、いろんなガーディアンのオフィスがあるの。そこを避けて逃げてる感じがあったから、ね」

「なるほど……」

 知識が逆に仇となった訳だ。

 それにしても高等部へ移ってきたばかりなのに、サトミもよくガーディアンのオフィスの配置知ってるね。

 さすがは天才美少女。

 彼女はくすっと笑い、塩田さんに向き直った。

「連合の代表ってどうですか?」

「嫌みだな、お前も。取りあえず、適当にやってる」

 そんな言葉とは裏腹に、精悍な顔をさらに引き締める塩田さん。


 この人は、私達が所属しているガーディアン連合の代表。

 また全校のガーディアンを束ねる、自警委員会の委員も務めている。

 その他にもいろいろな役職を兼ねていて、学内では知らない人はいない大人物である。

 気さくで、面倒見もよく成績も優秀と、長所を挙げればきりがない。

 でもって虎を思わせる精悍な顔立ちに、均整の取れた長身。

 本当なら、私ごときが声を掛けるのもおこがましい存在なのである。

 ただ私達とは中等部からの付き合いで、何かに付けお世話になっている。


 私がぼーっとしている間に、塩田さんは医療部に連絡をしてこの馬鹿共の処置を頼んでいた。

 こんなやつらほっとけばいいと思っていた私とは、かなりの違いだ。

「……でも少し気になるわね」

「気になる?」

 サトミの呟きに、怪訝な顔をする塩田さん。

「いえ、ただの思い過ごしだと思います。すみません、余計な心配をおかけして」

「気にするな」

 塩田さんは素っ気ない口調で返し、にやりと笑った。

「生徒会から口止めされてるんだが、最近ガーディアンがよく襲われてるらしい。生徒会も、フォースも連合も分け隔てなくな」

 フォースは生徒会に属さないガーディアンで、その人員は生徒会よりやや少ない程度。

 元々は予算編成局という生徒会に匹敵する組織に属していて、分離独立した今でもその関係は深い。

 だが強大な分傲慢な面も見られ、自分達が揉め事の種になっている場合もよくあるらしい。


 生徒会が時折勧告するのだが力関係ではフォースの方が強いため、いつもうやむやに終わっているとの事だ。

 私は高等部に入学したばかりだから、あくまでも人から聞いた話なんだけどね。

 中等部には、フォースなんて組織は無かったし。

 ちなみに塩田さんが代表を務めるガーディアン連合は、生徒会にもフォースにも属さない中小のガーディアンが集まって出来ている。

 勢力的としては生徒会に及ばないけれど、寄り合い所帯の長屋に近い雰囲気で私は結構気に入っている。

 私達エアリアルガーディアンズも連合の一員で、中等部の時から所属している。


「俺はもう戻るから、おまえらも一度帰れ。玲阿達も心配してるだろ」

 そうかな。

「来週には合同訓練があるから、そこでまた会えるな。それと、たまには定例会にも顔を出せよ」

「は、はい」

 「分かってるぞ」という顔で去っていく塩田さん。

 私はその背中が見えなくなるまで、手を振っていた。

「船出でもあるまいし」

 隣ではサトミがおかしそうに笑っている。

「いいじゃないのよ。さ、戻りましょ」

「はいはい」

「……でも、さっき気になるって言ってたけど、何が?」

「着いたら話すわ」

 何気なく周囲を見渡すサトミ。

 どうも様子がおかしい。

 という訳で、急いでオフィスへ戻ってみたのだが……。


「何これ?」

 ぼこぼこにへこんだドア、廊下に散乱する本や備品。

 中に入ってみると、棚やら机が全て倒されている。

「こっちが聞きたい。入ってきたと思ったら、騒ぐだけ騒いで逃げていった」

 肩をすくめるケイ。

 ショウは倒れたロッカーに腰掛けて、ため息ついてる。

「一人も捕まえられなかったの?」

「倒した奴は担がれてった。担いでいったのは、外で控えていた連中みたいだけど」

「……何にしても片づけないと。話は後々」

「へいへい」


 オフィスの片づけをしている間に日はとっぷりと暮れ、下校を促すアナウンスが流れ始めた。

 だが私達は気にもせず、どっかりと腰を下ろしたままである。

 はっきり言えば、動く気になれない。

「でさっきの話だけど、気になる事って?」

「ああ。さっきの連中の一人が、思わせぶりに何か言ってたでしょ。「俺達は……」って。そこで遮られて、後は聞けなかったけど」

「ガーディアンに対抗する勢力があると?」

 ケイの問い掛けに静かに頷く。

 訳の分からない私とショウは、頷きもしない。

「あくまでも可能性だけど。これに関しては、生徒会に頼めば調べてくれるわ。フォースも。自分達の死活問題なんだから」

 艶やかな黒髪を掻き上げ、皮肉っぽく笑うサトミ。

 ケイは悪そうに笑い、醒めた視線をぼろぼろのドアへ向けた。

「だけど、そいつの発言はもう少し疑ってみたい気もするな」

「裏の裏を読めばってところ?」

「考え過ぎかも知れないけど」

「何言ってるのよ、二人とも」

 意味不明な会話をしていた二人は、顔を見合わせ苦笑した。

「いえ、何でもないわ。ただこれからは、慎重に物事を見極めようって話」

「こんな事が、またあったら大変だし」

 へこみが目立つドアにみんなの視線が集まる。

 どうも、教室のドア程は頑丈じゃないようだ。

 いいんだけど、逆な気もする。

「今日はもう遅いから、続きはまた明日にでも話そう」

 突然話をまとめ出すケイ。

 何というか、どうも怪しい。

「好きなマンガの発売日?」

 リュックを背負って出ていくケイの背中に、サトミの言葉が突き刺さる。

「え、そうかな」

 すっとぼける男が一人。

 他の事はともかく、この一点では底が浅い。

「自分の心配より、マンガの心配か。一人でいるところを襲われても知らんぞ」

「マンガかゲームを餌にすれば、いちころじゃないの?」

 容赦無い言葉が一斉に浴びせられる。

「分かった。もう少し残る」

 リュックを降ろし、椅子にどっかと座るケイ。

 だけどしきりに時計を気にしている。

 心配しなくても、近所の本屋は24時間営業だよ。

 あっ、売り切れって場合もあるか。

「でも俺達に目を付けるなんてどうなんだ?それともたまたまか?」

 そう言って「むー」と唸るショウ。

 ケイも隣で頷いている。

「ブラックリストに載ってるんじゃない?悪い連中の」

 サトミがこっちを見てきた。

「知らないわよ。今日だって、サトミが最初に手を出したんだから」

「だってあの状況だったら、やるしかないでしょ」

「あの状況?」

 訝しげな顔で聞いてくるショウ。

 サトミはすぐに首を振り、私に笑いかけた。

「大した事じゃないの。ね」

「う、うん」

 さすがに失禁の話はしたくないので、笑ってごまかした。

「そう言えば生徒会の自警局に襲われたって連絡したら、明日来てくれって言われた。最近ガーディアンがよく襲われてるから、話を聞きたいんだって。生徒会幹部様が」

「気が進まないわね」

 ケイの言葉に、冴えない顔をするサトミ。

 彼女はその明晰な頭脳を買われて、中等部では生徒会などからよく誘いがあった。

 だけどガーディアンに専念したいとう理由で、全てを断っている。

 またショウと私にも、運動系のクラブから誘いがある。

 私達も、サトミ同様断ってる。

 ただケイは一部の人を除いて評価されていないので、勧誘は基本的にない。

 優秀な人ではあるんだけどね……。



 翌日。

 授業を終えた私達は、さっそく生徒会の特別教棟へと向かった。

 生徒会や各委員会の執務室がある教棟は、一般生徒の立ち入りが禁止されている。

 また入るには、彼等の許可が必要となる。

 中等部でもそうだったけど、あまりいい気分ではない。

 「許可無き者の立ち入りを禁止する」と書かれた立て看板を一瞥して、私達はその敷地内へ入っていった。


「何の用だっ」

 いきなりの、横柄な怒鳴り声。

 それに続いて、前方に完全装備をした生徒会のガーディアンが二人立ちふさがる。

 これだから嫌なんだ、生徒会は。

 ちなみに完全装備とは、武器を二つ以上携帯、全身用のプロテクター。

 さらに映像を投影出来るフ、ェイスカバー付きのヘルメットを持っている場合などを指す。

 私達みたいに武器しか持っていないのは、軽装備。

 ショウなんか革手袋だけだから、装備も何もあったものじゃない。

 むっとする私を下がらせて、そのショウが彼らに近づいた。

「アポは取ってある。生徒会の幹部に面会予定の者だ」

 IDカードを示すショウ。

 一見軽そうだけど、こういった時は大人なんだ。

 私は見た目も内面も子供だけど。

「そんな連絡は受けていない」

 だけど頭ごなしに否定するガーディアンは、IDをチェック用の端末に通そうともしない。

「だから、IDを調べてくれ」

 嫌な顔もせず、IDを示すショウ。

 ガーディアンは鼻を鳴らして彼を睨んだ。

「偽造して入ろうとしても無駄だ。とっとと帰れ」

「IDデータの偽造はそう簡単に出来ないって知ってるだろ。早く調べてくれないかな」

「くどいぞっ」

 何が気に障ったのか、突然警棒を抜くガーディアン達。

 さすがにショウも、あきらめて下がっていった。

 それと入れ替わるように、サトミが進み出る。

「連絡網の不備、職権の取り違え、職務の不履行。自警課へ報告ものよ」

「何?」

 血相を変えるガーディアン達。

 彼女は全く気にせずそっぽを向く。

「お、おまえら全員拘束だっ」

 やけに気合いが入っているな。

 こういうタイプは、どうも苦手だ。

 自分だけが正しいと勘違いしてる人間は。

「しかし、どうしてこう揉め事に巻き込まれるかな」

「そういう星の下に生まれてきてんだろ」

「いや、単純にショウが気にくわなかったんじゃないの?」

「それを言うならお前の方だろ。人に好かれるってタイプじゃないぜ」

「傷つくな、それ」

 今にも襲いかかってきそうなガーディアン達を放っておいて、のんきに話し込むショウとケイ。

「こ、このっ」

「……やめなさい」

 静かな、しかし圧倒的な威厳を持った声。

 ガーディアン達の動きが、一瞬にして止まった。


「ふ、副会長っ」

 姿勢を正すガーディアン達をじっと見つめる、副会長と呼ばれた男性。

 気品のある繊細な顔立ち、前髪をやや横に分けた長髪。

 体の線は細いが、肌で感じ取れる人格の強さが彼を一回りも二回りも大きく見せている。

 勝手な意見ながら、扇子がきっとよく似合うだろう。

「あなたには連絡が伝わってなかったようですね。確かに彼らは今日、アポイントメントを取っています。それもこちらから」

 副会長はショウのIDを受け取り、端末に通した。

 当然画面には、予定が映し出される。

「す、すいませんっ」

 真っ青になって頭を下げるガーディアン達。

「はたして、謝って済むでしょうか。彼らの名前を見てみなさい」

 言われるままに画面を覗き込む彼等。

 その途端に、動きが止まる。

「エ、エアリアルガーディアンズ……」

 絶句して目を剥いた。

 何だっていうの。

「あの、どうかしました?」

「こんな反応を引き起こすくらい有名なんですよ、あなた達は」

 うっすらと微笑む副会長。

「私達は高等部に上がったばかりですけど」

「中等部での噂は、ここまで届いています。悪徳教師を追い出したとか、不良グループを片っ端から潰していったとか、いや、もっとすごい話を聞いた気が……」

「そ、それは本当に噂で、かなり話が大きくなってますよっ。マンガじゃないですか、そんなの……」

「そうですか」

 意味ありげな笑み。

 塩田さんとはまた違う奥の深さが感じられる。

 彼も2年生で、塩田さんとは小等部以来の親友との話だ。

「とりあえず中へどうぞ。君達は仕事に戻って下さい」

 声を掛けられたガーディアン達は、転びまろびつってな感じで去っていった。

 何だかね。


 生徒会の応接室に通された私達は体が埋まりそうなソファーに腰掛け、副会長が戻ってくるのを待った。

 応接室といっても、今いるのは副会長用のという但し書きが付く。

 大企業にも負けない設備を、生徒会は有しているのだ。

「どうぞ」

 生徒会の秘書さんが、お茶とお菓子を運んできてくれた。

 すらっとしたスタイルに、優雅な身のこなし。

 でもってすごい美人。

 彼女も勿論生徒なんだけど、雰囲気といい容姿といい私とは別世界の人間だ。

 でもこっちには、サトミがいるからね。

 少なくとも負けてはいない。

 私は……、見た目だけが人間の全てじゃないと思いたい。

 そんな私にも優しい笑顔を見せ、しなやかな足取りで立ち去っていく秘書さん。

 秘書という呼び名は通称で総務課の人だったりするんだけど、どちらにしろ憧れる。


 怖いくらいに静まり返った室内は、高級かつセンスの良い調度品で統一されている。

 鼻をすすったら、みんなが一斉に見てきた。

 そのくらい静かなのだ。

「……おまたせしました。仕事が立て込んでまして」

 書類の束を抱えてやってくる副会長。

 しかし動きは優雅その物で、落ち着いた態度は変わらない。

「いえ。こちらこそ、お忙しいところにお邪魔してしまって」

「まあまあ。お互い儀礼は抜きでいきましょう」

 立ち上がりかけた私達に座るよう促す。

「はい。では、早速本題なんですが……」

 昨日起きた出来事をかいつまんで話すサトミ。

 襲われたところはショウ達に話していなかったので、ショウはちょっと驚いていた。

 ケイは無表情のままで、何の興味も示していない様子。

 何だろね、この人だけは。


「なるほど……」

 サトミの話を聞き終えた副会長は、手元にあった書類を私達の前に出してきた。

「これは」

 書類に見入るサトミ。

 それにケイも、関心を示す。

「ガーディアンへの襲撃報告は、今日だけで4件に上ります。既にご承知かもしれませんが、前年度の終わりからこの手の報告が徐々に増えているんです。こちらとしても対策を考えていたのですが、どうも後手に回ってまして」

 報告書を見てみると、生徒会ガーディアンズを筆頭に相当な数が襲われている。

 自警組織であるガーディアンが攻撃されるのは珍しくないが、この数は確かに多い。

「連合や予算編成局……、フォースとも連絡を取り合って警戒はしていますが、先程言ったように対応が遅れがちなんです。それに、本来守る側のガーディアンを守るというのもおかしな話ですし」

「彼らにも、プライドがあるでしょうから」

 何となく含みがある感じのケイ。

 サトミは彼を肘で突いて、話を進める。

「ガーディアンを壊滅しようと企む組織が存在すると?」

 鋭い眼差しで副会長を見つめるサトミ。

 副会長はそれを静かに受け止め、テーブルの上に組んだ指を置いた。

「お二人が聞いた言葉と、一連の事件を結びつけるのは早急過ぎるでしょう。内部抗争や思い違いも考えられますから。確かに気になる言葉ではありますが」

「ええ」

 両者の間流れる、深刻な空気。

 誰からの発言もなく、沈黙だけがこの場を支配する。

「ともかくこの件は、我々生徒会も関心を持って対処していきます。あなた達にも何か頼む時が来るかも知れませんが、その時はよろしくお願いします」

 差し出された副会長の手を反射的に握る私。

 暖かかい手を。

「中等部の自警局定例会ではいつも代理の方が出られていたそうですが、今度はあなたもいらしてください。私も出来るだけ、顔を出すつもりですので」

「は、はあ」

 その代理のサトミとケイが、含み笑いをしている。

 最も出席する必要のある、リーダーの私を見て。

「出来ればみなさんも生徒会に入って下さると、私達も助かるのですが。ガーディアンとしてだけではなく、生徒会のメンバーとして」

 一般生徒が聞いたら舞い上がりそうな話。

 相当数の生徒数を誇る当学校において、生徒会のメンバーはその1%あまり。

 ただし、500人を超える生徒会ガーディアンズの構成員を除いてだ。

 勿論、そのどちらに所属するのも難しい。

「いえ。私達など、却ってご迷惑をお掛けするだけです」

「お言葉だけ、有り難く頂戴しておきます」

 やんわりと拒絶の意志を示すサトミ。

 ケイがすかさずそれを補う。

 断られた副会長は不快な顔もせず、うっすらと微笑んだ。

 初めから分かってましたよ、という様子で。

「残念ですね。ですがあなた達でしたら、いつでもここへ来て下さって結構です。今度からは、アポなしで通れるように手配しておきましょう」

 これまた一般生徒にとっては、異例とも言える申し出であるのだが……。

「お気遣い感謝します」

 表情を変えず頭を下げるサトミ。

 続いて、ケイが口を開く。

「過分なご配慮、恐れ入ります」

 慇懃な言葉遣いと共に、皮肉っぽい笑顔を見せるケイ。

 さらに続けて何か言おうとしたようだが、サトミにつつかれてやめた。

 副会長は、そんな様子をにこやかに眺めている。

「私達はパトロールがありますので、そろそろ失礼します。今日はありがとうございました」

 サトミが丁重に締めくくったところで、副会長も軽く頭を下げる。

「ご苦労様。では、またお会いしましょう」

 多分ものすごく忙しいのだろうが、彼はドアの所まで見送ってくれた。

 優しげな笑みを、絶やす事無く。



「俺には場違いな場所だな」

「じゃあ、どこが合ってるんだ」

「いや、知らないけど」

「なんだ、それ。……これは」

 廊下の壁にあった隠しカメラを見つけ、その前を変なポーズで通るケイ。

 馬鹿だ。

 私も、ちょっと澄ましてその前を通ったけど。

「さっきの話。よく分からなかったけど、物騒だね」

「しばらくは、出来るだけ単独では行動しない方がいいわ」

 澄まさなくても十分綺麗なサトミは、素っ気なく通り過ぎる。

 ショウも、言うまでもない。

「昨日の今日で大丈夫だとは思うけど、確かに油断は出来ないから」

「勉強だけしてればいいって、ならないもんかな」

 大きくため息を付くショウ。

「じゃ、ガーディアンやめる?」

「さあ、それもどうだ」

「何よ。結局好きなんじゃない、揉め事が」

 笑う男の子。

 私も同じように笑顔を見せる。

「揉め事は好きなのはこの人よ。さっきも危なかったんだから」

「俺?」

 サトミに指差されたケイは、意外そうに自分を指差した。

 かなり、大袈裟に。

「さっき副会長に、何か言おうとしてたでしょ」

「何言おうとしてたの?」

 ケイはちょっと間を置いて、おもむろに切り出した。

 皮肉というか、怜悧な顔をして。

「……副会長がさ、許可無く生徒会のある教棟に入っていいって言っただろ。それがちょっと、気になって。何で生徒が生徒の許可を得なきゃならないんだって」

「分からなくもないけど、それで?」

「だからさ「副会長も俺達の教棟に来る時は、許可無く入れるようにしておきます」って言おうかと思ったら。サトミに突かれた」

「馬鹿……」

 言葉もないとは、まさにこの事だろう。

 そんな所、誰だって出入り自由じゃないの。

 どうして頭がこれだけ回るのに、余計な事に使うのかな。

 それとも、余計な事にしか使えないのかな……。



 数日後。

 連合の、合同練習の日がやってきた。

 第4グラウンドには、連合に所属するガーディアン達が集合している。

 そんな人混みに混じって、我がエアリアルガーディアンズもグラウンドの片隅で準備体操を始めていた。

「……ユウ。オフィスが襲われたんだって?」

「うん。でも大した事無いよ」

 背の高い、穏やかな顔立ちの女の子が声を掛けてきた。

 フルネームは元野智美もとの ともみ

 モトちゃんと、私は呼んでる。

 中等部からの知り合いで、彼女もまたガーディアン連合に所属するガーディアン。

 違うのは、彼女が20人を越える人達を率いていた事か。

 温厚で面倒見がよく、力よりも話し合いでもめ事を収めている。

 後輩からも慕われ先輩からの信頼も厚い、私とは対照的な女の子。

 また、何かにつけてお世話になりっぱなしでもある。

 言ってみれば、私にとってのお姉さんだ。

「あなた達ならそうでしょうね。でも、私達だったらどうなるか」

 練習をしている仲間を見るモトちゃん。

 少し不安げに、心配そうに。

「でも、モトちゃん達は知り合いの所に加わったんでしょ」

「うん。先輩が、高等部に馴れるまでは一緒にやろうって言ってくれて。あんまり大所帯になるのは気が進まないんだけど、私達だけでは何も出来ないから。まだ1年だしね」

「私達も1年だよ」

 するとモトちゃんは、笑いながら私の背中に触れた。

「何言ってるの。4人しかいないガーディアンズなんて、どこにもいないわよ」

 大抵のガーディアンは一斑5、6人。

 生徒会ガーディアンズやフォースは装備が充実しているので、それでも何とかなる。

 装備で引けを取る連合のガーディアンは、一つのブロックを2班で担当する場合もある。

 例えばモトちゃんは中等部の時、4班を率いて2ブロックを担当していた。

 とはいえ私達だって、いつでも4人でトラブルを解決している訳ではない。

 時には手助けを必要とするし、様々な協力を頼む場合もある。

 こうしてガーディアン連合に所属しているのが、その何よりの証拠だ。


 しばらくモトちゃんと話し込んでいると、彼女の仲間達が何やら騒いでいるのに気づいた。

「……何か様子がおかしくない?」

「そうね」

「行ってみよう」


 そこに着いて目に入ってきたのは、大勢の怪我人と左右に分かれて睨み合う人達。

 ケンカは収まっているようだが、全体的に興奮気味だ。

「どうしたの?」

 彼女は、仲間の男の子に声を掛ける。

 男の子は一緒に練習してた、他のガーディアンを指差した。

「こいつらが武器に何か仕込んだんだっ」

「それはおまえらだろ。しかも不意打ちしやがって」

「何ーっ」

 いきり立つ両者。

 再び一触即発の雰囲気だ。

「止めなさいよ」

「ちょと、落ち着いて」

 すぐに間へ入る私達。

 全くと思ってふと周りを見れば、あちこちで同じような騒ぎが起きている。

「どうなってるの?」

「例の連中の仕業かもね。あまりにも出来過ぎよ」

 いつの間にか後ろに来ていたサトミが、醒めた口調で呟く。


 殴り合う者、言い争う者、罵倒し合う者……。

 騒ぎに巻き込まれていない者は、一所に固まって怯えた表情を浮かべている。

「これだと、止めようがないな。少し様子を見るか」

「ああ。ちょっと騒ぎが大き過ぎる」

 顔をしかめて周りを見渡すショウ。

 ケイは何かを考える様子で、顎を引き気味に腕を組んでいる。

 するとサトミが腰に下げていた警棒を取り、何やら確かめ出した。

「……私のは大丈夫みたいだけど」

 私が背負っているスティックも確かめろという感じで、じっと見てくる。

「大丈夫だと……、何これっ?」

 かなり分かりにくいが、目を凝らすとスティックの先端にごく細い針が数本刺さっている。

「俺はこれだけだし、何もついてない」

 ショウは革手袋を振り、ケイに目を移す。

「同じく」

 周り回って私を見てくるケイ。

「どうして私だけ細工がされてるのっ?」

「私とケイは警棒だから体に密着しているでしょ。ショウは革手袋だけだし。でもあなたのスティックは、先端部分が体から離れているから仕掛けやすかったのよ。あくまでも推測だけれど」

「でも、気づかなかったのは不覚だったわ……」


 これでも集中力はあるし、不意な仕掛けに対応出来るだけの自信はあった。

 でも実際は、これだ。

 こんな針抜いてやる。

 えいっ。

 地面へ消える針。

 するとケイが腰を屈め、膝を付いてそれを探し始めた。

「駄目だって。これでも、証拠品なんだから」

「ご、ごめん。だって悔しくて……」

 落ち込む私を見て、小さく首を振る彼。

 いつもよりも優しげに。

「誰かに怪我をさせなかっただけでもましさ。そんな針でも、刺さったらああならないとも限らない。見てる分には楽しいけど」

 仲間内でケンカしている連中を、腕を組んで醒めた眼差しで眺めている。


 その時頭上を何かが、うなりを上げつつすさまじい勢いで飛んでいった。

 風にあおられ、あっけなくよろけるケイ。

 サトミも、よろめきながらかき乱される髪を抑えた。

 しかし唯一ショウだけは、まったくバランスを崩していない。

 素質だけでなく、日頃の努力がかいま見える瞬間だ。

 ここは、心の中で褒めよう。

 口には出さない、恥ずかしいから。


 一方飛んでいった物体はあっという間に彼方へと飛び去り、特殊合金で出来ている教棟の壁に突き刺さった。

 同時に、激しい衝撃音が辺りに鳴り響く。

 それで目が醒めたのか、馬鹿騒ぎしていた人達は唖然とした顔で突き刺さった棒を見つめる。

 当然騒ぎも収まり、妙に白けた雰囲気が辺りを支配する。

「……うだうだやってないで、練習しろ」

 ぶっきらぼうに言い放つ、ガーディアン連合代表。

 つまりは塩田さん。

 先程まで手に握られていたスティックがない。

 当たり前か、今は後ろの壁に突き刺さっているのだから。

 そんな芸当を見せられては、うんもすんも無い。

 集まった人達は、殆ど全員が真剣な表情で練習を再開した。

 しない人は。


「ど、どうやったら、あんなに飛ぶの?」

「それより、あの壁に刺さるか普通?」

 興奮する私とショウ。

 お互いこの手の事に関しては、相当に血が騒ぐ。

「二人とも、練習はいいのか?」

 せっかく盛り上がっているところに、誰かが声を掛けてきた。

 誰よ、一体。

「そんな事より、今はあのスティックなのっ。余計な……」

 むっとして振り向くと、ある人が立っていた。

 塩田さん本人が。

「す、済みませんっ」

「俺の事はいいから、練習続けろよ」

「は、はい」

 素直に返事をして、構えを取る私達。

 素手で寸止めのスパーリングをやっていると、声を掛けられた。

「スティックは使わないのか?」

「いえ、あれを見せられたら」

 笑いながら、刺さっているスティックを指差す。

 塩田さんがはにかみを隠すように、髪へ触れた。

「あそこまでやる気はなかったんだけどな。とにかく、今は練習に専念してろ」

「は、はい」

 照れる塩田さんは私達に別れを告げ、他のガーディアンを見回りにいった。

「相変わらず格好いいですな」

 皮肉っぽく感心するケイ。

 嫌な視線も、遠ざかった背中に向けながら。

 勿論彼も塩田さんとは親しく、あくまでも冗談の範囲で。

 とはいえ、そう面白い事でもない。

「何よ。塩田さんに文句でもあるの?」

「いや、ただ俺とは全く違うなと思っただけ」

「確かに見た目も性格も行動も、悲しいくらい違うな」

「とても同じヒト科とは思えないわね。悪魔よ、悪魔」

「……フォローして欲しいな」

 遠い目をして空を見上げる彼。 

 たまには、落ち込む時もあるらしい。

「変わり者だって良いじゃない。それがあなたの持ち味なんだから」

 なによ、我ながらナイスフォローじゃない。

 でも、どうも彼の様子がおかしい。

「……変わり者の意味は二通りある。一つは平凡では無いという肯定的な意味。もう一つは、本当にどうかしてる人という意味。さて、俺はどっちの変わり者?」

「ど、どっちって」

 サトミに意見を求めようとしたら、素早く目を逸らされた。

 ショウは最初っからそっぽを向いている。

 こ、このっ。

「か、変わり者は変わり者。それ以上でも以下でもないわよ」

「そう……」

「いいじゃないの。そういうのも込みで、ケイはケイなんだから」

 ごまかしついでに背中をドンと叩く。

 疲れ切った笑みを伏せさせるように。

 サトミとショウは、お腹を抱えて笑っている。

「み、みんな。練習しないと。一に練習、二に練習よっ」

「何言ってんだ、もう終わりだぞ。ほら、みんな帰り支度してる」

 顎で周りを指すショウ。

 確かにみんな荷物をしまってる。

 一体私達は、何のためにここへ来たというの。


 叫びたくなるのをどうにかこらえ、ケイの背中をスティックでちくちくつつく。

「だ、大体あなたが余計な事言うから、練習時間が無くなったんじゃないの」

「俺のせい?言い掛かりだろ、それは」

「知らない。帰ったら特訓だからね。あなたはみんなの倍っ」

「この鬼が」

「あ、今ので3倍」

「悪魔は俺じゃない。ユウだ……」

 崩れ落ちていくケイ。

 ごめん、あなたの言う通りだよ。

 取り消さないけどね。

「あれ、自分がモトや塩田さんと話してたくせに。怖い女だな」

「本当」

 わざとらしく笑ってるショウとサトミ。

 せいぜい言ってなさい。

「あなた達も倍」

「10倍でもいいぞ……」

「……月の無い夜には気を付けなさいよ」

 いきり立つショウに、ぞっとしない事を言うサトミ。

 みんなの目が怖い。

 これから団結しないといけないのに、これじゃね。


 そう反省はしたが、取り消しはしない。

 今は備える時だから。

 正体不明のガーディアン襲撃犯に対処するために。

 きっとみんなも分かってくれるはずだ。


 背後からは、押し潰されそうな気迫が伝わってくる。

 それがガーディアン襲撃犯に向けられているのか。

 もしかして私に向けられているのかは、定かではない……。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ