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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第28話
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28-4






     28-4




 地下駐車場に停めた車を降り、通路を通って地上に出る。

 ただ、出てきた場所は建物の中。

 スーツ姿の人もいれば、ジャージ姿の人もいる。

 中には道着、上半身裸という人も。

 広い廊下の先に見える、「関係者以外立ち入り禁止」のプラカード。

 ジャージ姿の屈強な男の人に胸元のIDを見せ、大男の間を通り抜ける。

「えーと。玲阿風成さんの控え室は分かります?。それか、RASの本部を」

「選手控え室は、突き当たりを右。運営本部は、エレベーターで二階にどうぞ」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げ、青のショートスカートをはためかせながら廊下を走る。

「走ると危ないですよ」

 心配そうに、声を掛けられた。

 私を、誰かの子供と勘違いしてるんじゃないだろうな。


 ドアの前に立つ、やはり屈強な大男。

 見た事のない顔なので、東京や地方から来た人だろうか。

「中、入りたいんですけど」

「どなたかの、案内状はお持ちですか?」

 聞いた事無い言葉というか、間違いなく持ってないだろうな。

 こう面倒な事になるなら、初めから話を通しておけば良かった。

「いえ、何も。では、失礼します」

 無理矢理入り込む理由はないし、どうしてもここへ入る必要もない。

 あくまでも挨拶をしに来ただけなので、余計な事になる前に引き払う。

「お疲れ様ですっ」

 突然の挨拶というか、叫び声。

 ドアの付近をガードしていた大男達が、一斉に緊張した顔をする。

 異様に張りつめた空気の中、彼等よりも一回り小柄な男性が歩いてきた。 

 かなり困惑気味というか、嫌そうな顔で。

「はは、何ですかこれ」

「笑い事じゃない。とにかく、大きな声は出すな。それと、俺にいちいち挨拶するな」

「は、はい。直ちに全員に」

「そういうのを止めろと言ってる。もう、勘弁してくれ」 

 壁に手を付き、長いため息を付く瞬さん。

 RASにとっては、トップとも言える格闘顧問。

 さらに玲阿流宗家の直流であり、かつRASオープントーナメント優勝者。

 腫れ物に触れるどころの騒ぎではないのだろう。

「で、優ちゃんはここで何を」

「挨拶でもと思ったんですけど、関係者以外は入れないみたいなので」

「優ちゃんが関係者じゃなくて、誰が関係者なんだ。おい、この子は最優先でお通ししろ。代表と同格に扱え」

「は、はい」

 一斉に最敬礼する大男達。

 本当、そういうのは止めてよね。

 第一、そういう扱いにさせるのも止めてよね。



 とにかく部屋に通され、ソファーに埋まる。

 私が来ているのは、RASの本予選が行われる新名古屋ドーム。

 以前あったというナゴヤ球場の跡地に作った施設で、中日ドラゴンズのホームグラウンドでもある。

 ここはその施設内の一室で、フロア全体がRASの貸し切り。 

 正確に言うとドーム自体が貸し切りなので、その金額を考えると気が遠くなる。

「私まで誤解されるじゃないですか」

「まあまあ。パスがそれだとまた止められるから、取りあえず俺のを使って」

「これこそ、誤解されません?」

「さっきの見ただろ。誰も、指摘もしてこないさ」

 苦笑して、IDを渡してくれる瞬さん。

 そしてどうするかと思ったら、私のIDを首から下げた。

 いいんだけどね、別に。

「しかし、この大会はすごいぞ。変なのが、ごろごろ来てる」

「悪い連中?」

「それもあるけど、色んな団体からチャンピオンだ師範だと来てる」

 さながらおもちゃを見つけた子供のような顔。

 自分が戦う訳でもないのに、楽しそうだな。

 というか、戦う気じゃないだろうな。

「襲わないでしょうね」

「俺も、いい年した大人だよ。それなりの分別はある」 

 むすっとする瞬さん。

 それならいいが、一応警戒はしておいた方がよさそうだ。

「失礼します。お客様が、お見えになっていますが」

 机の上に置かれた端末から聞こえる、落ち着いた声。

 足を組んで椅子に沈み込んでいた瞬さんは、面倒げに体を引き起こした。

「俺が会わないと駄目なのか。流衣達も、今日は来てるんだろ」

「是非顧問にとの事でして」

「仕方ないな。どこにいる」


 やる事もないので、秘書代わりについて行く。

 言い方を変えれば、お目付役。

 私も人の事は言えないが、この人も相当落ち着きがないので。

「しかし、誰だ。俺に会いたいって」

「昔の彼女とか」

「いないよ、そんなの」

 あっさりと答える瞬さん。

 声が裏返ったけど、気のせいかな。

 私たちがやってきたのは、試合会場に面したVIPルーム。

 豪華な内装と調度品。

 広さはここに住んでもいいと思える程で、普段どういう人が利用しているのか考えたくなる。

 ただ二階の上に位置するため、試合を見るにはやや遠い場所。

 野球などの観戦には向いてるだろうが、格闘技には不向きである。

 つまり今日などにここを利用するのは、試合自体に興味がないか余程の有名人だろう。

「How do you do. 」

 やや低い、良く通る声。

 差し出される、がっしりとした手。

 瞬さんはそれを握り、口元を横へ引いた。

 獲物を見つけた肉食獣のように。

「おいおい。夢見てるのか、俺は」

「誰です?」

「ボクシングヘビー級の統一チャンプさ。見た事無い?」

「試合はありますけど。……ん?」 

 2m近い長身。

 体型はスリムで、手足は長いが均整は取れている。

 黒のスーツ越しからも分かる、黒人特有のバネと筋肉。

 ただ試合で見るような好戦的な雰囲気は無く、物静かな好青年としか思えない。

「意外と普通ですね」

「普段から血の気が多い奴なんて、たかが知れてる。なあ、チャンプ」

「What is it?」

 愛想笑いを浮かべるチャンプ。

 当たり前だが、日本語は通じてないらしい。

「しかし、俺に会いたいとは光栄だな。どうして、俺の事なんて知ってる」

「古いビデオを見たとおっしゃってます」

 物静かに説明してくれる通訳の女性。 

 昔瞬さんが出場した、RASのオープントーナメントの事か。

「あの程度、なんでもないんだけどな」 

 謙遜でも卑下でもない態度。 

 ボクシング世界王者すら畏怖を抱く試合でも、玲阿瞬にとってはこの程度の事。

「私は試合見てないんですけど。そんなにすごいんですか?」

「人の域を超えていると、おっしゃっています」

「ふーん。私は、チャンピオンの方がすごいと思いますけどね」

 大体何がすごいって、この腰の位置。

 私の視線と彼の腰が、ほぼ同列。

 こんな人相手に、何をしたらいいのかという話だ。

「よろしければ、軽くお手合わせをしたいとおっしゃっています」

「スパーか。じゃ、下行こうぜ」


 これを見逃す手はないので、私も付いていく。

 瞬さんはTシャツとショートパンツ。

 チャンプも同じような服装。

 お互い、やや小さめのグローブを付けている。

「あんたも契約があるだろうから、マスボクシングでな」

 要は寸止めか。 

 ちょっと拍子抜けだな。

「俺はやらないけど、蹴ってもいい掴んできてもいいぞ」

「分かりましたとおっしゃってます」

 フリッカー気味に左腕を振るチャンプ。

 足は軽快に動き、ヘビーどころかバンタムくらいのフットワーク。

 これを見ているだけでも、手の平に汗を掻く。

 空を裂いて連打されるジャブ。 

 瞬さんは肩でそれを受け、顎を引きながら中へ入る。

 バックステップからのショートアッパー。

 上体をそらし、紙一重でかわす瞬さん。

 その体勢からの左フック。

 カウンターを合わせ、まっすぐに打ち込むチャンプ。

 そったままサイドステップし、フックを収めてエルボーでストレートを受け流す。

「このくらいだろ。怪我でもしたら、後々揉める」

 脇腹に伸びていたボディアッパーを、手の平で受け止める瞬さん。

 お互いともにすごいとしか言いようが無く、私としてはため息しか出てこない。

「優ちゃんもやってみる?」

「まさか」

「話のネタとしてさ。いいだろ、この子も。その代わり、蹴りもありで」

「構わないとおっしゃってます」

 にこやかに笑うチャンプ。

 子供をあやす保父さんのような顔で。

「分かってないな。通訳さん。ローには気をつけろと伝えてくれ」

「その辺のボクサーとは違い、キックにも対応出来るフットワークを身につけているとおっしゃてます」

「それは結構。優ちゃん、当てるなよ」

「当たらないでしょう」

 ボクサーがキックに弱いのは当然。

 特にローは反則に当たる動きなので、基本的に足元は弱い。

 ただ相手は世界チャンピオンであり、今の動きを見ている限りでは私が通用するとは思えない。

 やるけどね、どっちにしても。



 軽くジャブ。

 彼とは距離がありすぎて、子供が拳を振り回してるような状態。

 それでもサイドステップで位置を変え、外側から数発放つ。

 ただ、私の3歩が向こうの一歩。

 ちまちま動いてる間に、向こうは遙か彼方へ遠ざかっている。

 その距離から、逆に放たれるジャブ。

 さっきよりもゆったりとした、十分黙視出来る速度での。

 しかしその風圧と迫力に負け、こちらはさらに下がってしまう。

 なるほどと思い、手の平の汗を拭う。 

 これだからこそ、やりがいがあるとも思いながら。


「せっ」

 肩越しの、閃光にも似たストレート。

 パーリングでそれを受け、ガードを固めるチャンプ。

 拳はガードも構わず、その巨体ごと後ろに下げる。

 目の前から消える圧迫感。

 私を守ってくる、一陣の風のように。

「馬鹿、この馬鹿っ」

 声を荒げ、いきなりやってきたショウの頭をはたく瞬さん。

 でもってすぐにチャンプへ頭を下げ、もう一度彼をはたく。

「お前は、この人が誰だか知ってるのか」

「誰って。ユウを襲ってる」

 怒り醒めやらぬという顔でチャンプを睨むショウ。

 今この瞬間にも堰を切ったように飛び出していきそうな勢いで。

 その表情が戸惑いへと変わり、徐々にこわばり始めていく。

「あれ」

「気付いたかね、四葉君。彼はボクシングヘビー級、世界統一チャンプ様だ。怪我をさせると、莫大な補償が必要なのも知ってるかね」

「いや。全然」

「全く。悪い、こいつ本当に馬鹿で。ただ、今のは彼女を思っての行動なので。多めに見てやってくれ」

 ショウの頭に触れ、チャンプに向かって下げさせるショウ。

 原因は私でもあるので、やはり私も深々と頭を下げる。

 その嬉しさを噛みしめつつ、下を向いたまま何となくにやけてみる。

「気にしないで下さいとおっしゃってます。この方は、どなたですか」

「えと、あれ。俺の息子」

「なかなか素質があるようですが、ボクシングを?」

「いや。軍へ行くらしい。親子揃って、馬鹿だから」 

 荒っぽくショウの肩を抱く瞬さん。 

 少しのかげりと、少しの嬉しさを漂わせた笑顔を浮かべて。

「今日は貴重な体験を出来て、とても良かったとおっしゃってます。取材があるので、彼女とのお手合わせはまたと言う事に」



 本部を追い出されたので、二人して廊下を歩く。

 正確には予選の時間も近いため、風成さんへ会いに。

 この間の時とは違い、今日はどこへ行っても人が多い。

 RASの関係者。

 出場者とその関係者。

 TVや雑誌の取材陣。

 何より、会場に入りきらないくらいの観客。

 今日はあくまでも予選で、準々決勝以降は後日に行われる。

 しかしそれでも、この客の入り。

 プロ部門とはあまり関わりがなかったので、正直これだけの事になるとは思っても見なかった。

 RASが世界的な団体で、試合になれば人が集まるくらいは知っている。

 ただ実際現場に来て、それを見たのは初めてだ。

「すごいね」

「チャンピオンだからな」

 ため息混じりに返してくるショウ。

 私はこの規模と人の多さを言ったつもりだが、まださっきの事をひきずっているらしい。

 あっさり忘れてもらっても困るけどね。

 色んな意味で。

 そんな彼を慰めるように肩へ触れ、目の前に現れた選手の控え室を指さす。

「風成さんは、ここ?」

「そう聞いた。もう、どうでもいい」

 何か、投げやりになってきた。

 とはいえ私にとっては嬉しい出来事だったので、その腕を引いて控え室へと入っていく。



 廊下とは全く違う、重苦しい空気。

 ジャージや道着姿、人の数としてはそれ程の違いはない。

 しかしこの中には、今から試合に挑む人達がいる。 

 その肩書きや経歴は様々で、実力も能力も一人一人全く違う。

 彼等に共通している事はただ一つ。

 ここで戦い抜き、勝利を得るという。

「いたいた。あまり緊張してないみたいだね」

「そういうタイプじゃないからな。調子は」

「悪くない」

 ロッカーとベンチの置かれた控え室。

 その隅にパイプ椅子を置き、一人佇む風成さん。

 トレーナーや同じ団体の仲間が集まっている他の人達と比べれば、若干の寂しさは否めない。 

 ただ玲阿流の出場と言う事で、規定や周囲への気遣いがあるのかも知れないが。

「流衣が来ないんだよ」

「来ないって前から言ってただろ」

「それはそうだけど。やっぱり来ちゃった。くらい言ってもいいじゃないのか」

「俺に言うな」

 鼻を鳴らして壁に背をもたれるショウ。

 でもって風成さんも、やるせなそうにため息を付く。

 大丈夫かな、この人達。

「まさか、誰もセコンドに付かないんじゃないだろうな」

「付いていいんですか?」

「寂しいんだよ」

 心情は聞いてないよ。



 タオルとミネラルウォーター。 

 綿棒とガーゼ。

 後はバケツもいるのかな。

 何に使うのかは知らないけどさ。

「そういえば、柳君の分は?」

「ケイが用意してないのか」

「なるほど。じゃ、後は」

 ショウが下げている買い物かごに、ガムを入れる。

 これは勿論、私の分だ。

「足りない分は、水品さんに頼めばいいし。でも、風成さんは大丈夫?」

「熊みたいな男だからな。落ち込んでても、やる事はやるだろ」

「ふーん。今思ったけどグッズとかある?」


 スーパーからドームへ戻り、人が集まっている仮設売店のブースにやってくる。

 お茶や簡単な食べ物。

 それらに混じり、過去の試合のDDや雑誌も売っている。

 Tシャツやキャップ、タオルやピンバッチ、パンフレットなんて物も。

 取りあえずキャップに手を伸ばすが、高くて止めた。

 位置がではなく、価格的に。

「ぼったくってない?」

「俺に言うな」

「じゃあ、誰に言うの」

「さあ。姉さんかな」

 二人してたわいもない事を言い合い、グッズを漁る。

 特にこれと言ったグッズはなく、定番と言われる物が大半。

 買いたいような物は特に無い。

 いや。あるとしても、値段が高い。

「あ、水品さん。これ、これ高い」

「私は、企画販売の担当ではないので。何か、欲しい物でも?」

「キャップ。キャップ下さい」

「はいはい。四葉さんは?」

「えと、このバッジ」 

 控えめな事を言ってくる、RAS経営者のおぼっちゃま。

 がっつくショウと言うのも、想像が出来ないけどね。

 取りあえずキャップをかぶり、会場の雰囲気に少しなじむ。

 胸元にはIDもあるし、完全に関係者っぽくなってきた。

 間違えて、道を聞かれる可能性も無くはないが。

「試合はまだですか?」

「TV局との兼ね合いで、色々イベントがあるんです。暇なら、見に行ってはいかがですか」

「子供だましみたいな、試し割ですか?」



 子供なので、素直に喜ぶ。

 瓦くらいなら、言ってしまえば子供でも割れる。

 バッドでも、当てる位置さえ計算すれば多少の訓練で折るのも可能。

 とはいえ見ている分には面白く、飽きる事もない。

 レポーターだろうか。

 大きな胸の可愛らしい女の子が、嬌声を上げながら煉瓦を叩き割った。

 会場内に沸き上がる拍手と歓声。

 自然とムードは盛り上がり、高揚感も増していく。

「あの、済みません」

「はい、何か」

「トイレって、どちらか分かります?」 

 幼い女の子を連れた若い女性。

 思った通りだな。

 氷割りを見たかったが、そうも言ってられないので手すりから離れて階段状の通路を登っていく。

「こちらへどうぞ」

 一旦足を止め、パンフレットで地図を確認。

 でもって振り返り、愛想笑い。

 何か、私までトイレに行きたくなってきた。


 観客席を出て、すぐ右に発見。 

 場所が場所なので数は多く、また観客席の近くには優先的に設置されているのだろう。

 これで私も、道案内役という称号を得たし。

 上機嫌で通路を歩き、ジャージ姿の大男やパンフレットを持った男の子をかわしていく。

 でもってここは、どこなのよ。

 いや、落ち着け。深呼吸だ。

 まずは地図を見て、現在地を確認。

 次にトイレと、二階の観客席を確認。 

 よく分かった。

 トイレはたくさんあって、観客席は限りなく広い。

 第一地図には、ショウがいる場所なんて載ってない。 

 子供だったら、間違いなく泣いてるな。

 今でも泣きたいくらいだけど。

 とはいえ落ち込んでても仕方ないので、時間を確かめ通路をふらつく。

 試合開始はもう少し先で、会場内のイベントに合わせ通路の人は少しずつ減りつつある。 その中をゆっくりと歩き、大きな窓のあるロビーのような場所へと辿り着く。

 民家の建ち並ぶ市街地の光景。

 薄曇りの空に、鳥の群れが舞っている。

 遠くてはっきりとはしないが、雁だろうか。


 ぼんやりと眺めていると、試合開始5分前を告げるアナウンスが耳に入った。

 さすがにここにいる訳にもいかず、階段を探して下へ降りる。

 閑散としていた観客席そばの通路とは違い、人で溢れる選手控え室付近。

 部屋の前にある名前を確認して、その中の一つに入る。

「いたいた」

 観客席ではなく、やはりこっちへ移動していたショウ。

 キック兼用のミットを付けている彼へ、ワンツーを繰り返す柳君。

 軽く上気した頬、少し速い呼吸。

 しかし表情は落ち着いていて、動きの切れも悪くない。

「いい感じだな」

 手を止めた彼へタオルを放る名雲さん。 

 柳君はそれを頭から被り、顔から首かけて拭き始めた。

 服装は下が青のトランクスで、上は白のTシャツ。

 足元は、キック用のブーツを履いている。

 ただし服装は所属によって様々で、上半身裸の人もいれば空手や柔道の道着姿の人もいる。

「智美ちゃんは?」

「格闘技は嫌いだってさ。一応、観客席にはいる」

「私だって、それ程好きじゃないわよ」

 苦笑して、柳君の頭を撫でる池上さん。

 優しく、慈しむように。

 勝てとも頑張れとも言わない。

 ただ彼の頭を撫で、見つめ続ける。

 自分にはそれしか出来ない。

 それなら出来ると。

「司」

「うん?」

「怪我さえしなければ、それでいい」

 キャップを深く被り、一言だけ呟く舞地さん。

 池上さん同様、彼を優しく見守りながら。

 彼の無事だけを願う。 

 いつかのショウと三島さんの試合を思い出す。

 ショウの無事だけを願っていた、あの時を。

 それに彼を巻き込んでしまったという罪悪感。

 だけど後悔はしない。

 この試合が持つ意味。 

 いや。試合後に持つだろう意味を考えれば。

 どう思われようと、彼には頑張ってもらうしかない。

「出るには勝つ。違った?」

 柳君の華奢な胸元に、軽く拳を当てるケイ。

 気を抜いていたような柳君の顔が一瞬引き締まり、素早い拳がケイの胸元に触れる。

 ケイはその拳に自分の手を重ね、微かに頷いた。

「じゃあ、こっちは任せる。俺は、風成の面倒を見てくるから」

「お願い。時間があったら、私も行く」


 ショウを見送り、私達は通路を抜けて行く。

 若干傾斜のある薄暗い通路。 

 そこを戻ってくるのは顔を腫らせた男性。 

 傍らの男性達は彼に肩を貸し、目尻の出血を止めている。

 会話はなく、表情は沈みがち。

 うなだれた顔が、何より全てを物語る。

 だが、それは人の事。

 今は感傷的になっている場合ではないし、縁起を気にする場合でもない。

 彼の無事を。 

 そして彼の勝利だけを考えるしかない。



 通路を抜け、強烈なライトを浴びる。

 実際には私達を照らしているのではなく、会場全体に降り注いでいるのだが。

 今までの通路の薄暗さと、開放された場所へ出てきた事のギャップ。

 周囲を囲む観客席の熱気と歓声。 

 数面取られた試合会場で繰り広げられる、激しい戦い。

 眩むような感覚になるのも無理はない。

 観客席側の通路を通り、審判席でエントリーを確認する。

 雑務はケイがこなし、その間柳君は小さな跳躍を繰り返す。

 私は周囲を見渡し、彼の相手を探す。

 RASの関係者、審判、TVクルー。

 選手のセコンド達で溢れる通路の奥。

 上半身裸の、グローブを付けた男。

 向こうもまた、小さな跳躍を繰り返す。

 出場選手のデータは、事前にある程度確認済み。

 端末で、すぐに相手の顔からデータを検索する。

「キックと柔術、か。良くあるパターンね」

 RASのオープントーナメントに出てくるくらいだから、当然かなりの実力。

 何より第1シードという事は、紛れもない優勝候補。

 侮る事は出来ないが、ここでつまづく訳にもいかない。

 向こうがそうであるように、柳君も。

「本予選Dブロック一回戦。選手は前へ」

 マット敷きの、白いラインで囲まれた場所まで出てくる相手。

 柳君も私達と拳を合わせ、進み出る。

 強烈な照明と、大勢の観客の中へと。

 彼はその一歩を歩みだす。



 観客席からのどよめき。

 それはごく一部。

 正確には、柳君を確認出来る位置からの。

 何しろ、この容姿。

 相手が悪いという訳ではなく、向こうはごく普通の外見をした男性。

 というか、比べる相手が悪い。

「ルールは事前に説明した通り。偶然の反則は減点1。故意の反則は即失格の対象。なお制限時間内に決着が付かない場合は、休憩を挟んで延長とする。それでは、グローブを合わせて」

 マットの中央で拳を合わせる二人。

 私達のそれとは全く違う意味。

 お互いの健闘を誓い合い、全力を尽くすとも誓う。

 戦う相手への敬意を込めて。

「両者、コーナーへ。……始め」

 開始を告げるレフリー。

 それと同時に前へ出る相手。

 ライト級とはいえ、柳君の体型は明らかに華奢。

 予選の相手同様、力尽くで押せばどうにかなると考えたのだろう。

 まして彼は第1シード選手。

 かたや柳君は、素人も混じった予選から勝ち上がってきた存在。

 言ってしまえば、警戒するまでもない。


 体重の乗った、切れのある右ストレート。

 ワンパンチで華麗に決める意志が明らかに伝わってくる。

 またそれを可能にするだけの早さと動き。

 その体勢のまま、後ろへ倒れていく男。

 右へのサイドステップ。

 さらにガード上からの掌底。

 それで左頬にガードを固定させ、左フックへつなぐ。

 がら空きの顔にフックがめり込み、男はあえなく後ろへ倒れる。

 セオリーという程でもないが、当然想定される動き。

 しかし男はマットから立ち上がる事はなく、柳君は構えを解いてコーナーに下がる。

 男をチェックして、両手を交差させるレフリー。

 すぐに担架が運ばれ、男のセコンドが取り囲む。

「勝者、柳司」

 柳君の腕を上げ、レフリーは彼を指さす。

 間近の観客席から上がる拍手と歓声。

 会場正面にある大型スクリーンに今のシーンが再生され、どよめきと歓声は試合会場全体へと広がっていく。 

 はにかみ気味にうつむく柳君。

 彼は小さく頭を下げ、運ばれていく相手に声を掛けると小走りで戻ってきた。

「恥ずかしい」

 小声でそう呟き、私達の後ろへ隠れようとする柳君。

 しかし以前の予選から目を付けていたのか、TVカメラが彼へと近寄ってくる。

「邪魔ね。雪ちゃん、偉い人に頼んで取材は最低限にさせて」

「了解と」

 端末で水品さんと連絡を取り、TV局に話を付けてもらう。 

 そこは今回の運営委員長。

 TVクルーは、青い顔をしてどこかへと走り去った。

「とにかく一勝。シードに勝ったね」

「なんとか。向こうが油断してなかったら、危なかったかも知れない」

 あくまでも堅実に考えていく柳君。

 心配はしてないが、これなら過信する事もないだろう。

「玲阿君の従兄弟は?」

「あの熊が、負ける訳がない。というか、出場する事自体無茶なんですよ」

 鼻で笑うケイ。

 紛れもない信頼と確信を込めた表情で。

「それでも、一応見には行きますか」


 試合会場をそのまま横切り、壁を伝って風成さんの元へ向かう。

 試合形式やルールは、柳君と同様。

 違うのは、相手のサイズ。

 私の倍どころか3倍はある。

 結果マットの上は、圧迫感というか狭いとしか言いようが無くなる。

「何よ、あれ。山みたいな男じゃない」

「風成さんも、大きいよ」

「にしても、反則じゃないの」

 うしゃうしゃ笑う池上さん。

 確かに体格は、あの風成さんが多少小柄に見えるくらい。

 私なら、見下ろしても見えないんじゃないだろうか。

「では、グローブを合わせて」

 グローブを伸ばす風成さん。

 それに強く当ててくる相手。

 ついむっとして、体が前に出る。

「ユウが怒らないの」

「そうね。そうだね」

 足を踏みならし、拳を固めて太ももを叩く。

 エントリーって、今から出来ないのかな。

「始め」

 予想に反して距離を取る相手。

 風成さんはガードを下げ、そのまま前に突っ込んだ。

 絶好のカウンターのタイミング。

 相手もそう思ってはいただろう。

 タックルも警戒してか、膝が微かに動く。

 構わず前に出る風成さん。

 上がってくる膝も、伸ばされる腕も構わずに。

 一直線に突き進む。


 テイクダウンどころか、風成さんはその上を通り過ぎる。

 相手は仰向けに倒れたまま、少しも動く気配はない。

 動きとしてはタックルだが、ただ前に出たに過ぎない。

 別段玲阿流は関係なく、彼の身体能力の高さが勝因である。

「しょ、勝者。玲阿風成」

 静寂からまばらな拍手。

 地鳴りのような歓声と拍手へと移っていく会場内。

 私にとっては見慣れた光景であり、相手が怪我をしてないか気にするくらいだ。

「お疲れ様でした」

「え、ああ」

 気のない返事を返してくる風成さん。 

 汗や若干早い息は、試合前のアップから。

 疲れるような内容ではなかったし、精神的にプレッシャーを感じる相手でもなかった。

 とはいえ、このやる気のなさはどうかと思う。

「大丈夫ですか?」

「問題ない。ある訳がない。無いんだよ」

 何を一人で呟いてるんだか。

 まだ流衣さんの事を引きずってるのかな。

「せっかく勝ったんだし、もっと喜んだらどうですか」

「別に、嬉しくも何ともない」

 かなり重症だな。

 この人は、いったい何のために試合に出ようと思ったんだろう。

「強い人と戦うために来たんでしょう?願ったりかなったりじゃないですか」

「まあね。そういう考え方もあるね」

「はい?」

「いいんだ、俺は。さっさと勝って、さっさと帰る」

 このコメント自体も、どうかと思うけどね。

 大体、さっさと勝てるメンバーばかり出場してるはずもないし。

「少し寝る」

 そう言い残し、肩を落として去っていく風成さん。

 大丈夫、ではないようだ。 

 それにしても、寝るって何よ……。



 柳君も、ベンチの上で横になる。

 とはいえ寝ている訳ではなく、体を休めているだけ。

 本当に寝てしまえば、変なタイミングで起きて体のリズムが狂うもある。

 風成さんの方は知らないけどね。

「揉んで」

 その横で横たわる舞地さん。

 取りあえず横に付き、脇を揉む。

 すると、普段聞いた事のない声を上げて横にずれた。

 他の選手もいるので、このくらいにする。

 このくらいで十分とも言える。

「水持ってくるね」


 ひたひたと後ろを付いてくる舞地さん。

 こちらは脇を狙われないよう、腕を畳んで背を丸める。

「雪野」

「どうかした?」

「前」

 肩越しに指を指す舞地さん。 

 その指先を目で追い、首を上げていく。

 廊下に並ぶ、塔二つ。

 一人は白人で、もう一人は黒人。

 足運びや上体のバランスから見て、間違いなく格闘技経験者。

 それもかなりの手練れ。

 瞬さんが言っていたように、世界中から色んな人が来ているようだ。

「あ、あれ。何?」

「私に聞かないで。目の錯覚かも知れないし」

 下がる舞地さんに合わせ、私も下がる。

 しかしそれでも、彼等の大きさと威圧感は変わらない。

 当たり前だが、錯覚ではなかったようだ

「夢、夢だって。私達も寝よう」

「そうしよう」

 小さい者同士虚しい結論を得て、来た道を引き返す。

 本当ここにいると、自分達のサイズを思い知らされるな。

「水は?」

 ちょこちょこと歩いてくる柳君。 

 どうやら、横になっているのに飽きたらしい。

「Oh!」

 突然叫び声を上げる白人の男性。

 黒人の男性も何やら手振りを交え、こちらへ歩いてきた。

 精神的には、巨人が攻めてきたように見える。

 間違いなく、逃げるが勝ちだ。

「逃げ、逃げよう」

「どうして逃げる」

「じゃあ、どうして走るの」

 先頭を切ってる舞地さん。

 私も即座に、その後に続く。

「司、早く」

「え、うん」

 戸惑い気味に私達を追ってくる柳君。

 その彼に近付く大男達。 

 明らかに彼を目当てとした動き。

 男達はすぐに柳君へと追いつき、彼へ長い手を伸ばしてきた。


 床を蹴り、柳君の前に出て白人の腕を受け流す。

 腕を伝いながら懐へ入り、ベルトの左側を掴んで左足首を蹴る。

 覆い被さってくる巨体。

 首の辺りに感じる、例えようのない圧迫感。

 それに構わずベルトを引き、相手を引きつける。

 上からの強烈な圧迫が一瞬収まり、後ろへ逃れる感覚が伝わってくる。

 即座にベルトを離し、腕を上げて脇に差し入れる。

 さっきまでなら届くはずもなかった位置。

 しかし今は、かろうじてその体を抱えられる位置にある。

 後は腰に乗せて相手を投げ飛ばすだけ。

 私を掴もうとしていた左腕を内側から掴み、それも引きつけて勢いを付ける。

 一応短い足も内股気味に差し入れ、床に倒してすぐに飛び去る。

 グラウンドでの勝負は、明らかに不利なので。

 その直後、背後に気配。

 黒人の方が、両手を上げて掴みに掛かってきていた。

 今同様、捕まれては終わり。

 右に飛んで腕をはたき、ロー気味に後ろから足を刈る。

 すぐそれに反応し、足を浮かす相手。 

 今度は軸足の方へ足を飛ばし、膝を折らせる。

 これだけで倒れる訳はなく、あくまでも姿勢が少し低くなっただけ。

 逆に膝を曲げている分、倒れにくくなる。

 素早く体を翻し、両手を上げて突っ込んでくる相手。

 こちらはさらに姿勢を低くして、その懐に飛び込む。

 足元を警戒し、相手は下半身を後ろへ残したまま。

 やや不自然な、前傾の体勢。

 手を上に上げて、脇の下を掴み下に引く。

 足を浮かし、体重を掛けて。

 軽いとはいえ、一瞬の勢いも付いている。

 相手の前傾はさらに深まる。

 右足を前に出し、すぐに堪える相手。

 それを狙い打つと、相手は素早く足を上げてきた。

 まさに狙い通りの反応。

 脇を掴んでいた手を離し、のど輪気味に顎を押す。

 少しのけぞる、相手の顔。  

 片足が浮いている上体で、バランスが一気に崩れる。

 床を踏み切り、顎に掛けている手を腕へとスライドする。

 そのままさらに飛び上がり、顎を抱えたまま体重を前に掛ける。

 後は熊でも、後ろに倒れる。

 今度も即座に腕を放し、バックステップで距離を置く。



 柳君は、舞地さんがかばいつつ後退。

 私はその反対側で、牽制気味に構えを取る。

 床に倒れた二人はまだ呆然とした様子だが、こちらから仕掛けられる相手ではないし二人がかりで来られては対処のしようがない。

 早々に逃げた方がいいのは分かっているが、背中に伝わる気配がそれを許さない。

 床に倒れている二人とも遜色のない。

 いや。むしろそれ以上の威圧感。

 振り向く事すら不安を覚える程の。

 しかしこのままでは挟撃を食らうので、壁にある手すりを確認してそちらへ動く。

「please wait -- a young woman」

 心地いい綺麗な声。

 それでも警戒しつつ慎重に振り向くと、モデルみたいなラテン系の男性が立っていた。

 顔もスタイルも、服装も。

 ジャージ姿が多いこの会場内にあって、ブランド風の落ち着いたスーツ。

 首には金のネックレスが掛けられ、甘い笑顔と良く合っている。

 隙と言えばそこだろうが、それを分かって付けているはず。

 つまりは自分の都合で、武器にも転じると思われる。

「OK. Since nothing is carried out.」

 何もしないと言って、両手を上げる男性。

 そうですかと言えるような相手ではないので、手すりと床に倒れたままの二人を意識しつつ壁に背を付ける。

「後ろの彼に、話をしようと、思っただけです」

 たどたどしい、しかし意味は十分に伝わる日本語。

 柳君の事を言ってるのだろうが、やはり警戒は怠らない。

「一体、何者?あの二人も、プロにしては腕が立ち過ぎるし」

「今回は、怪我で。出場、出来ませんでした」

「ふーん」

「申し遅れました。カレン・ロドリゲスと申します」

 低姿勢で名前を告げてくる男性。

 でも、どこかで聞いた事がある。

「……去年の、オープントーナメントのヘビー級チャンピオン?」

「一応」

 日本語で謙遜するカレンさん。

 あの威圧感やこの佇まいも、そう言われれば納得出来る。 

「そちらの二人は、私のスパーリングパートナー兼、ボディーガードです」

「あ、そうですか」

 彼に頭を下げて、二人の元へ駆け寄っていく。 

 そしてすぐに頭を下げて、謝罪する。

 勘違いとはいえ、さすがに度が過ぎた。

 謝って済む事ではないが、それ以外自分には何も出来ないから。

「あ、あの。済みませんでした。私、てっきり彼に襲いかかってくるかと思って。本当に、ごめんなさい」

「いいえ」

「気にしないで下さい」 

 カレンさんよりも流暢な日本語。

 でもって白人の方が私の前に跪き、黒人の方が正座した。

 何か、嫌な予感がしてきたな。

「マスター」

「ボス」

 冗談でも止めてよね。

 しかしお互い表情は真剣で、笑い事ではすまされない雰囲気。

 というか、何一つ笑えない。

「あのね」

「私は、ミハイル・クリチコ。彼は、モハメド・ハメドです。以後、お見知りおきを」

「押忍」

 一気に疲れてきたというか、馬鹿馬鹿しくなってきた。

 夢なら早く醒めて欲しいけど、早々都合のいい話もないか。

「彼は、素質が、ありますね」

 にこやかに指摘するカレンさん。

 柳君は戸惑い気味に頷き、舞地さんに何やらささやいている。

「力強さが備われば、将来楽しみです」

「はぁ」

「プロ、ですか?」

「え、いえ。ただの高校生です」

 謙虚に答える柳君。

 ただの高校生ではないと思うが、それ以外に答えようもないだろう。

「RASでは無いようですが、プロになる気は?」

「え。僕は、まだ何も。ねえ」

「私に聞かれても」

 困った顔をしてこちらを見てくる舞地さん。

 ただ、そうなるのは予想済み。

 いや。こうするために、出場してもらったと言える。

 無理強いと言われようと、勝手だと言われようと。

 きっとこれが、彼のためになる。

 今はその端緒に過ぎないけれど、でも。

「そうですか。私は試合には、出られませんが。あなたの試合は、見させてもらいます」

「あ、はい。どうも」

「二人は、彼女と一緒にいたいようなので。お願いします」

 一礼して、来た道を戻っていくカレンさん。

 即座に何人もの男女が彼を取り囲み、周囲に視線を配りながら通路の彼方へと去っていく。

 つまりプロでも頂点を極めると、こういう事にもつながる訳か。 

 取材と規制、契約に制約。

 自分が望む、望まないに関わらず。

「雪野のせいで」

 ぶつぶつ文句を言う舞地さん。 

 柳君は困った様子で、胸元で手を握りしめたまま。

 どうも彼等には、私の意図は理解されてないらしい。

「いいから、柳君は戻って休んでて。舞地さん、後お願い」

「雪野は」

「取りあえず、水持ってくる。汗かいたし」

 二人を見送り、壁に背をもたれる。

 照明があるのに、何か影が差すな。

「ちょっと、そこどいて」

 手を振って、阿像と吽像を移動させる。

 しかしこの二人のそばにいると、コンプレックスどころの騒ぎじゃないな。

「水を買ってきましょうか」

「え。ああ、そうか。そうだね。買いに行く」

 腕を差し出してくる、ミハイルさん。

 典型的なフェミニストだな、この人は。

 でもって、モハメドさんは三歩下がって付いてくる。

 武士道かな、この人は。

「手はつながないし、腕も組まないの」

「心に決めた人でも?」

「さあね」

 適当に答え、さっさと逃げる。

 しかし早足で歩いても、二人はゆっくりと付いてくる。

 もしかして、ここに来たのは失敗だったかな。 













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