表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第27話
290/596

27-6






     27-6




 夢も希望も何もない。

 という程の状況でもない。

 そう自分で思い込み、オフィスへと向かう。

 連合の解体。

 それに伴うオフィスからの退室は既成事実らしいが、少なくとも今はここにいられる。

「無理矢理居座るって、出来ないの?」

「出来なくもない。恥ずかしくなければ」

 鼻で笑うケイ。

 それは居座る以前の問題だろう。

「大体、ここにこもっても仕方ない」

「自分はどうする気」

「俺は、寮にこもる」

 改めて、馬鹿決定だ。

 というか、今でも寮にこもってるじゃない。

「むかつくな。エアコンも、どうにかしてよ」

「火でもつけるか」

 取り出されるライター。

 目の前にあるのは、書類の束。

 暖かそうだけど、冗談抜きで何もかも失うだろう。

 場合によっては、命すら。

「もっと、現実的に考えてよ」

「1.生徒会に媚びを売る。2.例の執行委員会に媚びを売る。3.学校に媚びを売る」

「そういう事以外で」

「じゃあ、無理だ。せいぜい着込めば」

 聞く相手を間違えたらしい。

 仕方ないから、サトミの服でも着るか。

 コート、ね。

 あの子お金がないとか言ってる割には、いつも違う服を持ってるな。

 出所は怪しげなパパではなく、私のパパかママ辺りだろうけど。 


 もぞもぞと着込んでいると、そのサトミがやってきた。

「ちょっと、人の服」

「いいじゃない。どうせ、お母さんに買ってもらったんでしょ」

「私が、買ってもらったの」 

 私って、誰だ。 

 少なくとも私は、お母さんの娘だけどさ。

「寒いなら、お茶でも飲みなさい」

「もう、お腹一杯」

「ケイを見習ったら」

 ドアへ視線を向けるサトミ。

 正確には、トイレへ向かったケイの背中へ。

 一体、何度行ったら気が済むんだか。

 勿論、行かないよりはましだけどね。

「ショウは」

「知らない。私は、あの子の親じゃないし」

「それは大変ね」

 元々大して興味も無かったのか、淡々と返してくるサトミ。

 そう言われると、こっちが逆にむっと来る。

「怒りっぽいわね、あなた。煮干し食べたら」

 人を猫みたいに言って。

 食べるけどね。



 猫の残り物とも言うべき煮干しをかじっていると、ショウが戻ってきた。

 段ボールを二つ抱えて。

「何、それ。食べ物?」

「いや。備品。連合の本部から預かってきた」

「預かってって、この狭いところに持ってきてどうするの」

「俺に言うな」 

 じゃあ、誰に言うんだ。

 中を開けてみると、出てきたのは例の銃。

 どうやら、それを解体したものらしい。

 連合の解体と掛けてる、訳無いか。

「これ、どうするの」

「一旦、組み立てる。いざという時、役に立つかも知れないし」

「いざって、どういう時よ」

「俺に聞くな」

 何だ、それ。

 どこで、こういう下らない言い訳を覚えてきたのかな。

「でもあなた、組み立てられる?」

「大して難しくない。ケイじゃないんだし」

「それもそうね」

 仕方なさそうに笑うサトミ。

 ただ彼女も興味はあるらしく、組み立てられていく銃に見入り続ける。

 私は別段関心はなく、弾を机に置いて指先で転がす。

 煮干しを食べたせいか、猫的になってきたな。


「……何してるんだ」

 私にではなく、ショウに向かって話すケイ。

 構えられた銃は、間違いなく彼のみぞおちに向けられている。

「お前が入ってくるから」

「俺以外だったら、どうしたんだ」

「さあな」

 担がれる銃。

 ケイは口元でなにやら呟き、キッチンへと消えた。

 まさかとは思うが、包丁を取りに行ったんじゃないだろうな。

「怒らせたわね、あなた」

「たまには俺も、あいつをやりこめるべきだ」

 何も、力説する事でもないと思うんだけど。

 本人は気分が良いみたいだし、放っておこう。

 これだけの筋肉なら、包丁も刺さりにくいだろうし。

「あーあ」

 ため息をつき、天むすを食べ出す男の子。

 お腹は大して空いてない。

 目の前で食べられると、また別だけど。

「何よ、それ」

「俺がもらった。俺の物だ」

 握り拳を作ってまで力説する事か?

 しかしこの子にあげるって事は、天満さん辺りかな。

「俺にもくれ」

「君は誰だね」

「おい」

「土下座だ。そこに、土下座しろ」

 馬鹿じゃなかろうか。

 大体、土下座しないでしょうね。

 そう思ったら腰を屈めて、床に手を付いた。

「ちょっとっ」

「え」

 天むす。

 ではなくて、ショウの手にあるのは小さなねじ。

 さすがに、天むす程度で魂を売り渡すような事はないようだ。

「いくら何でも、土下座するか」

「日頃の行動がね。で、どうなのよ」

 フリッカージャブ気味に腕を振り、笹の上に乗っていた天むすを一つもらう。

 ケイがうろたえている間に、反対側からショウも。

 彼がまごまごしている内に、残っているのはきゃらぶきだけになっていた。

「この。これは俺が」

「誰から、どういう理由でもらったの」

「昔の事は覚えていない」

 ハードボイルドを気取るタイプか。



 お茶を飲んで、一息付く。

 入電は全くなし。

 トラブル自体はあるんだろうけど、本部が稼働していない以上入電は限られる。

 余程の緊急事態で、生徒会ガーディアンズからの要請とか。

「G棟玄関前で、トラブル発生」

 すでに聞き慣れた声。

 つまりは生徒会ガーディアンズからの、緊急を要する入電。

「誰が、何してるの」

「数名の武装集団が、銃を所持。怪我人は、いない模様」 

 向こうの話すだろう言葉を想定したため、それなりに会話になった。

「で、私に何か用?」

「G棟のガーディアンは至急向かって下さい」

「私連合だし、解体されるって話だけど」

「本当、大変ね。……あ、失礼しました」

 マイクのオンオフくらい、確認してよね。

 なんか、一気に疲れたな。


 とはいえ、行かない事には始まらない。

 しかし何かというと、G棟で暴れれてる気がする。

 たまには学校の外とか、警察署の前でやって欲しい。

「誰だ」

 いきなり突きつけられる銃と警棒。

 肩口のIDは、生徒会ガーディアンズ。

 それと、例の執行委員会。

 この時点で、すでに共闘状態か。

「ガーディアンです、一応」

 物静かに、肩口のIDを示すショウ。

 彼らから漏れる、侮蔑気味な笑い声。

 解体寸前の組織。

 そこに所属する人間が、何を今更という所か。

「ここは、我々がすでに配置を済ませている。今頃来て、どうする気だ」

「済みません」

「自分達が遅れるから、周りの負担も増える。少しは他の人間の事も考えて、行動しろ」

「はい」

 あくまでも低い物腰で返すショウ。

 血の気は多いが、こういう事で怒るタイプではないので。

「だったらそういう言い方は、他の人間の事を考えての台詞なんですか」

「何だと」

「いえ。別に」

 しらっととぼけるサトミ。

 とはいえまだ甘いと、私は思うくらい。

 大体遅れるも何も、この集まり方を見ると事前に生徒会ガーディアンズへは通告があったみたいだな。

 要は連合を、ねちねちといじめる策か。

 銃を持ってるっていう連中も、そう考えると怪しいな。


「準備はいいか」

 周囲に声を掛ける、完全装備の男。

 見た事無いが、それなりの役職なんだろう。

 取り巻きは自警局と、生徒会ガーディアンズ。

 彼の立場は、執行委員会の保安部。

 場所としては、ガーディアンが何重も列を作るその一番後ろ。

 指揮官が前に出過ぎても仕方ないが、現場の指揮官ならもう少し前に出てもいいと思う。

「前列散開。取り囲め」

 囲むも何も、向こうは3人。

 銃は持っているが、こっちは全員盾を所持。

 威力も大した事はなく、プロテクターを着けていれば痛みすら感じない。

「観念しろ。銃を捨てて、投降しろ」

 なんか、安っぽいドラマを観てるみたいだな。

 そう思ってた途端、頭の上を何かが飛んでいった。

「伏せろっ」

 後ろから聞こえる叫び声。

 伏せるも何も、空に向かって撃ったと思う。

 それに反応したのは、男とその取り巻き。

 最前列にいるガーディアン達は、盾を構え直しはしたが微動だにしない。

 彼らの所属は知らないし、名前も知らない。

 だけどはっきりと分かる事はある。

 その心と彼らの思いは。

 とはいえ、雰囲気が白け気味なのは否めない。

「ここは、指揮官に先頭に立ってもらわないと」

 どこからか聞こえる指摘。

 男へと集まる視線。

 この先どうするかは、本人に掛かっている。

「よ、よし。やってやろう」

 一斉に上がる歓声。

 開く道。

 案外無造作に前へ出て行く男。


「じゅ、銃を置け」

 震え気味の叫び声。 

 盾を構え、腰を引いて。

 それでも一応、銃を持った連中と対峙はしている。 

 声が届くかどうか、という距離ではあるが。

「黙れ」

 突然の発砲。

 盾が揺れ、弾はどこかへ飛んでいく。

 男は仰向けにひっくり返り、そのまま動かなくなった。

 怪我や気絶ではなく、腰を抜かしたらしい。

 ずるずる引きずられていく姿はかなり情けないが、前に出た気概だけは買える。

 それだけではどうにもならないのが、この仕事とはいえ。

「まあ、良くやったよ」

 仕方なさそうに笑うケイ。

 さっき後ろの方から聞こえた声に似てるけど、多分気のせいだ。

「あなた、本当に悪いわね」

「だって、まさか前に出るとは思わなかったから。ただあいつもこれで、少しは評価が上がっただろ」

「敵に塩でも送ったつもり?」

「まさか。それに敵でも、連中は治安組織。育っても、悪くはない」

 淡々と交わされる会話。

 目先の事だけにこだわらない、広い視野。

 自分の利益、立場ではなく。

 学校にとって、生徒達にとってどちらがいい事なのか。

 そこから導き出される答え。

「で、どうする気だ」

「さあね。玲阿君が、どうかしてくれるんじゃないの」

 至って人事な台詞。

 話を振ったショウは、嫌そうな顔でケイと銃を交互に見比べた。

 どちらが嫌なのかは知らないが。

「君の実力を、みんなに見せつけてくれたまえ」

「何のために」

「最近、理屈っぽいな。昔は素直で、いい子だったのに」

 馬鹿じゃなかろうか。

 大体今も、素直でいい子だっていうの。

「で、どうするんだ」

「少しは自分で考えろ。というか、これだけ人がいるんだ。放っておいても拘束出来る」

「ここが陽動って可能性は」

「君は、最近知恵も付けたようだね。で、ここで陽動してどういうメリットがある?」

 押し黙るショウ。 

 肩をすくめるケイ。

 この辺りは、結局代わらない構図のようだ。

「何をだらだらやってんだ」

 不意に後ろから聞こえる声。

 誰かと思ったら、塩田さんがいつの間にか立っていた。

「何してるんです」

「それは、俺の台詞だ。さっさと、捕まえろ」

「生徒会ガーディアンズが仕切っているようなので。それと、例の執行委員会が」

 それをふまえてどうします、と言いたげなサトミ。

 塩田さんは首を振り、きびすを返した。

「塩田議長、どちらへ」

 サトミの大きめな叫び声に、視線が一斉に集まってくる。

 先程のとは違う、敬意と信頼に満ちた。

「この野郎」

「え、どうかしました」

「お前、叫ぶタイプか」

「あら、済みません。つい」

 わざとらしく口元を押さえるサトミ。

 塩田さんは射殺すような視線を彼女へ向け、集まってきたガーディアン達を手で追い払った。

「俺は関係ない。たまたま、ここを通りがかっただけだ」

「しかし、隊長が運ばれてしまいまして」

「副隊長なり、その下の奴なり。マニュアル通りの継承順位で指揮を執れよ」

「それが、全員隊長と一緒に」

「だったら、一番偉い奴がやれって。もう、マニュアルにこだわるな」

 どっちなんだ。

 いや。言いたい事は分かるけどさ。

「とにかく、散れ。俺に関わるな」

「そこを何とか」

「お願いします」

 懇願するガーディアン達。 

 それを遠巻きに見守る、連合のガーディアン達。

 言われた事は無難にこなすが、自主的な判断にまではつながらないらしい。

 好き勝手にやり過ぎるのも、どうかとは思うけどね。

「うるさいな。もう、そこをどけ」

「は、はい」

 割れるガーディアンの列。

 再び見えてくる、銃を構えた男達。

 さっきからかなり時間が空いたため、向こうもかなり拍子抜けという雰囲気。 

 何をしたいのは知らないが、私なら恥ずかしくてとっくに逃げ出してる。


「全く。おい、銃捨てろ」

「馬鹿が」

 構えられる銃。 

 その先には、無造作に近付いていく塩田さんがいる。

 武器も防具も無い。

 茶の革ジャンとジーンズ。

 寒いのか、手はポケットに入ったまま。

「この野郎。撃つぞ」

「うだうだ言ってないで、さっさと撃て」

「こ、この」

 引き金に掛かる指。

 辺りから聞こえる叫び声。

 しかし塩田さんの姿は、どこにもない。

 今まで彼に注目していた全員が、今度は驚きと戸惑いの声を上げる。

 いつの間にか男の目の前に立ち、銃身を握りしめ空に向けさせている彼を見つけて。

「それで、まだ何かやりたいのか」

「え、いや」

「どっちが馬鹿だ。おい、拘束しろ」


 連れて行かれる男達。

 ガーディアン達も盾を抱えて引き返していく。

 残っているのは私達と、憮然としている塩田さんくらい。

「さすが」

 げらげら笑うケイ。

 どう考えても誉めている態度には見えず、楽しくて仕方がないといった様子。

 塩田さんは返す言葉もないらしく、無言で彼の頭をはたいた。

「だ、だって。自分がでしゃばって。ば、馬鹿」

「お前らがさっさと捕まえないから、こっちが恥を掻いたんだ」

「指揮権が向こうにある以上、仕方ないですよ。しかもこっちは、トップが解任されるような組織ですし」

 遠回しな嫌み。 

 塩田さんはもう一度頭をはたき、私達全員を睨み付けた。

「俺は、もう議長でも何ででもないんだ。放っておいてくれ」

「じゃあ、今はただのガーディアン?」

「まあな」

「私達と一緒じゃない」

 言い方は違うが、一斉に叫ぶ私達。

 肩に置かれる手。 

 にやける表情。

「何だ、お前ら」

「何だね、塩田君」

 偉そうな口調で話しかけるサトミ。

 言いようもなく楽しいな、これ。

「おい」

「怒るなよ、塩田君」

 馴れ馴れしく背中を撫でるケイ。

 ショウはもっと無遠慮に、真上から頭を撫でている。

「お前ら、覚えとけよ」

「その前に卒業でしょ、塩田君」

「くっ。夜道を歩く時は、気を付けろ」

 そう言い捨てて去っていく塩田さん。

 いつの時代の台詞なんだ。

 しかし忍者だし、気を付けた方がいいのは確かだろう。



 色々あったけど、それなりに有意義な時間ではあった。

「あれは一体、なんだったの」

「執行委員会のアピールか、学校の治安が悪化してる事のアピールか。その辺りと考えるのが、妥当ね。当人同士が知ってるかどうかは、ともかく」

「どういう意味?」

「裏で絵を描いている人はいたと思う。ただ、本人達はそれぞれ自分の意思で行動したと思ってる。結果は同じだけど、操られたって気がない分尾は引かないわね」

 見てきた事のように説明するサトミ。

 尾を引かないのは暴れたか腰を抜かした当人達で、こっちは尾を引かないどころの騒ぎじゃない。

「あんな事やってて、意味ある訳?」

「シナリオ通りに進めばね。ただ、不確定要素がいくつもあるから」

「ケイの台詞とか、塩田さんとか?」

「ええ。その意味では、連合の解体はいい手だと思うわよ。そういう邪魔者を、少しでも排除出来るから」

 全くの人事と言った口調。

 邪魔者には、サトミも含まれてるんじゃないの。

「私は、敵が少ないから」

 自分で言ってれば、世話はない。

 これからは、まずは私が敵になろう。

「でも解体したら、そういう不満を持つ人間が増えるじゃない。まとめておいた方が、いいんじゃないの」

「そこまで先を見通してるかどうかね。ユウの言う通り、不満分子や不確定要素は押さえておいた方がいい。屋神さんがやったように、旧クラブハウスを押さえるとか」

「じゃあ、どうして」

「私情が含まれてるんじゃなくて。それが連合全体に対してなのか、そこに所属する誰かなのか。塩田さん個人かは知らないけど」

 なんか、含みのある言い回しだな。

 それって、要は私達も関わってるって事なんだろうか。

「ユウも、候補の一人かもね」

「私は至って大人しいけど」

「やられた方は、根に持つのよ。前も話したでしょ」

「別に、生徒会ガーディアンズや自警局に敵はいない。と思う」

 こればかりは、サトミの言う通りだ。

 嫌な事は、した方はすぐに忘れる。

 逆にやられた方は、場合によってはいつまでも覚えている。

「でも、矢田君だけの判断で塩田さんを解任は出来ないんでしょ。連合の解体も」

「当然よ。彼はあくまでも飾り。手続きを済ませるだけの係。意志を持たない」

 辛辣な発言。

 つまり彼にそれなりの意思さえあれば、防げた事もある訳か。


 ノックされるドア。

 素早くその脇に張り付くショウ。

 ケイは例の銃を抱え、黙ってキッチンへ消える。

 サトミは私の後ろ。

 私はスティックを握り、彼女をかばいつつドアの死角へ入る。

 警戒のしすぎとも言えるが、今の話。

 そして今までの経緯からして、警戒し過ぎという事はない。

「俺だよ、七尾」

 聞き慣れた声。

 彼が学校や執行委員会に取り込まれる可能性は薄いし、脅されてここに来るとも思えない。

「どうぞ」

「どうも。……と、なんか、物騒だな」 

 苦笑して入ってくる七尾君。

 スティックに銃。

 全員に睨み付けられれば、そう思うのも仕方ないか。

「警戒してるのよ、色々と。それで用は、……オフィスの引き渡しとか?」

「まさか。そんな怖い事は、とても」

 怖いって、正式な書類か通達があれば今すぐにでも出て行くけどな。

 勿論、その時の相手の態度という注釈は付くが。

「さっき暴れてた馬鹿。塩田さんが取り押さえてくれたから、礼を言いに来たんだけど。探してもいないから」

「そういうのは、モトちゃんにでもして」

「彼女、忙しそうだったから」

 悪かったな、暇そうで。 

 現に、暇だけどさ。

「礼と言う事は、あなたが責任者?」

「まさか。虎に餌をやりたい人間がいなかっただけ」

「虎って。私達?それとも、塩田さん?」

「さあね。両方じゃないの」

 苦笑する七尾君に微笑みかけるサトミ。

 彼の指摘通り、牙を剥いた虎のような顔で。

「状況が状況だから、自警局とかも警戒してるんだよ」

「なんで」

「知らぬのは、本人ばかりなり。それとも、とぼけてる?」

「ユウは元々ぼけてる」

 素早く飛びつき、脇腹を掴んで離脱する。

 ぼけてるのは誰だか、身をもって知っただろう。

「もがいてるけど、大丈夫?」

「気のせいでしょ。邪魔ね、もう」

 床に転がるケイを足蹴にするサトミ。

 それでも動かないので、ショウがずるずると部屋の隅へ引きずっていった。

「面白いけど、無茶苦茶だな。いや、誰かはもう聞かなくていいから」

 何故か脇腹を押さえる七尾君。

 私だって、無差別に襲う訳じゃない。

 状況によっては、無論相手は選ばないが。


「案外パンドラの箱を開けたって気はするけどね。塩田さんの解任や、連合の解体は」

「何、それ」

「最後に希望が残ればいいんだけど、その前に色々出てくるし」

 私の質問には直接答えず、箱についてまだ話している。

 しかし私達が、そこから出てくる悪い事とでもいいたいのか。

「例えだよ、例え。雪野さん達に限らず、連合は自分の意思で動く人間が多い。だったら上手く連合自体を抑えて、組織に縛っておく方がいいと俺は思うんだけど」

「じゃあ、解体しないでよ」

「俺の権限では、どうとも。解体にまで持ち込んだはいいけど、後で困るのは学校や執行委員会じゃないかな」

 意外と冷静な視点で語る七尾君。

 何が困るのかや、何故彼がそういう話をするかまでは知らないが。

「ただみんなが何か起こすと、今度は俺が取り締まる側になる」

 細められる瞳。

 引き締まる口元。 

 軽い調子は影を潜め、いつになく張りつめた空気が彼を包み込む。

 それこそ、圧迫感すら感じる程に。

 威圧。警告、忠告。

 理由や彼の心情は分からない。

「その時は、その時じゃないの」

 反発でも、対抗意識でもない。

 純粋に、ただ自分の気持ちを伝える。

 拘束されようと、取り押さえられようと。

 自分が正しいと思えば、それを行動に移す。

 もう戻る必要はないし、迷う理由もない。

 誰がなんと言おうと、仮に私一人になったとしても。

 自分の意思は、貫いてみせる。

「という訳さ」

 苦笑気味に語りかけるショウ。

 私同様気負った様子もなく、しかしその決意だけは読み取れる。

 何があっても引く事はないという、彼の気持ちが。

「そう来ると思った。せいぜい俺は、逃げるとしよう」

 一転して、軽い調子に戻る七尾君。

 この辺りの彼の心理は分からないが、彼は彼なりの信念に基づいて行動するはずだ。

 それがどういう結果をもたらすかは、今考えても仕方ない。

 万が一不測の事態に陥ったとしても、その時はお互いに全力を尽くすしかないんだから。

「怖い話をしないで。暴れるなら、二人だけにして」

「何よ、友達を見捨てる気」

「私は希望だもの。最後まで、箱に残らないと」

 しらっと言ってのけるサトミ。

 いっそそのまま、ふたを閉めてやろうかな。

 何なら、ロッカーでもいいや。

「あー、痛かった」

 ようやくよろよろと立ち上がるケイ。

 しかし構う理由はないので、放っておく。

 視線が私から離れないようにも見えるけど、多分気のせいだ。

「浦田君は、どうする気」

「七尾君や、知り合いと対峙したら?そんなの決まってる。ユウ達を売って、俺だけ生き残る」

 平然と、改めて言うまでもないという態度。

 逆側も掴んでおけば良かったな。

 立ち上がった私を見て、ケイは素早く下がって両手を振った。

「ご、誤解だって。俺は屋神さんのように、反対側に付いてさ。その、ユウ達に何か合った時は俺一人で」

「一人で何よ。窓から吊されたい?それとも、プールに飛び込みたいの?」

「雪野さん、冗談が過ぎますな」

「冗談だと思う?随分のんきね、浦田君」



 冬にはやっぱり、暖かい物を食べたくなる。

 鍋もいいけど、この揚げたてというのがたまらない。

 程よいところで串を引き上げ、塩を付けて頬張る。

 かりっと揚がった衣に、ジューシーさを失わない豚のバラ肉。

 これはビールが美味しい訳だ。

「おい、お前何本食べる気だ」

「気にするな、食べ放題だろ」

 次から次へとと、テーブルにあるフライヤーに串を放り込むショウ。 

 ケイが指摘したのは自分の支払いの心配ではなく、彼のお腹についてだろう。

 というか、本当に揚がってから食べてるんでしょうね。

「馬鹿には付き合いきれん」

 そう呟き、串で油に浮いた衣の欠片をつつくケイ。

 つついて、つついて、またつついている。

 意味は知らないが、彼の空しさは十分に伝わってくる。

「サトミは、もう食べないの?」

「太るわよ、あなた」

 串を握りしめた私に、薄く微笑みかけるサトミ。

 そう言われると、揚げ物か。

 量は食べてないとはいえ、決して食べすぎる物ではない。

「じゃあ、サラダでも食べよう。すいません、シーフードサラダ下さい」

「おい、それは別料金だ」

「いいじゃない、このくらい。あ、彼女にも一つ」

「この。ショウを見習え。……馬鹿、それは飾りだ」

 皿に乗っていたパセリまでフライヤーに放り込むショウ。

 勿論食べれなくはないが、常識的に考えれば揚げるものでもない。

 本人は美味しそうに食べてるからいいけどね。


「お待たせ」

「誰も待ってない」

「はは、なるほど」

 鷹揚にケイの肩を叩くヒカル。

 1人より2人、4人より5人。

 食事は大勢で食べるに限る。

「どうでもいいけど、油の色が悪くなってない?」

「そうか?」

 そうだよ。

 あれだけ揚げれば、色くらい変わる。 

 浮いてる衣だけで、一つの串が出来るくらいだ。

 さすがに油を換えてもらい、温度が上がるのをしばし待つ。

「賭ける?」

「いいよ」

「馬鹿が」

 まずは私が、衣の欠片を放り込む。 

 ヒカルとケイも、その後すぐに。 

 油の下へ沈み込む衣の欠片。

 少しずつ出てくる気泡。

 表面が揺らめき出し、油の中は対流も起き始めている。

「来た、来たよ」

 動き出す、私の衣。

 ヒカルとケイのは、まだぴくりともしない。

「ほら、いい子だから。早く来て」

「ユウにはなついてないみたいだね。僕だよ、お父さんだよ」

 衣に向かって馬鹿げた事をいうヒカル。

 しかしそれが作用したのか、突然彼の衣が気泡を発し始めた。

 どうもまずいな。

「ちょっと、私の言う事が聞けないの」

「怖いお母さんだね。でも、僕は優しいよ」

 馬鹿じゃなかろうか。

 でも子供のしつけは優しい方が、効果的なのかも知れないな。

 自分の経験も含めて、そう考えたりする。

「ほら熱いでしょ。アイス、アイス買ってあげる」

「よかったね。でも、僕は君をずっと待ってるよ」 

「ちょっと、甘やかしすぎじゃないの」

「物を上げればいいって物じゃない。まずは気持ちを伝えないと」

 妙に力説するヒカル。 

 一方のケイは黙って衣に見入ってるだけ。

 基本的にこういうのには向いてないので、初めから私もヒカルも相手にしない。

「来た」

「よし」

 同時に上がる声。

 でもって衣も浮いてくる。

 若干私の方が早いものの、対流で少し流された。

 その間にヒカルの衣が一気に浮上し、そのまま表面へと浮かび上がる。

 どうも愛情の掛け方に問題があったか、彼の愛情が上回ったらしい。

「あなた達、馬鹿?」

「どうしてよ」

「衣相手に、愛情って」

 声を潜めるサトミ。 

 店内を見渡すと、それとなくこちらの様子を伺ってる客が数名。 

 多少張り切り過ぎてしまったらしい。

「軽い冗談じゃない。ねえ」

「そうそう。で、何してるの」

「……底に張り付いてる」

 悲痛な声を漏らすケイ。

 彼の衣は底に沈んだまま、微動だにしない。

 気泡は出ているから、揚がっているのは間違いない。 

 しかし、余程浮かび上がりたくないようだ。

「所詮衣。人間の気持ちが通じる訳がない」

 当たり前だ。

 衣と心を通わすなんて、そっちの方がどうかしてる。

 この人のお兄さんは、どうか知らないけどさ。



 お腹が膨れれば、後は甘い物が欲しくなる。 

 甘い物は別腹とは、本当によく言ったものだ。

 さすがに揚げ物はパスで、可愛らしい洋菓子屋さんに入る。

 綺麗な内装と、その雰囲気にあった美味しそうなお菓子の数々。

 かなりの人気店らしく、テイクアウトのコーナーは人の列がどこまでも続く。

「どうしたの」

「別に」

 無愛想に答え、ミルフィーユをフォークでつつくケイ。

 支払いが面白くないとか、食べるのが下手という事だけでもなさそうだ。

「恥ずかしいわよね」

 ぽつりと、紅茶のタルトにスプーンを滑らせながら呟くサトミ。 

 ケイは陰険な顔で、彼女を上目遣いにうかがった。

「場違いだものね」

「あ?」

「この後は、お菓子でもすくう?」

 脇腹を押さえるケイ。

 薄く微笑み、優雅な仕草でタルトを頬張るサトミ。 

 よく分からないが、何か痛いところを突かれたらしい。

「どういう意味?」

「子供は知らなくていいの。あなたは、お菓子食べてなさい」

 言われなくても食べるわよ。

 というかここで、お菓子を食べる以外何するの。

「それより、あなたの彼氏がまた変な事してる」

「またとか、変な事って言わないで」

「だって、あれ」

 レジの横。

 初めから包装されたクッキーやチョコレートの並ぶコーナー。

 その前に立ち、片っ端から買い物用のかごに放り込んでいくヒカル。

 甘い物が大好きというタイプではないし、浪費癖もない。

 それにいつも、彼には彼なりの理由があって行動はしている。

 一応、そういう理由とやらを聞くとするか。


「へろー」

「へろー」

 愛想良く答えてくるヒカル。

 院生でも、この辺りは私と大差ない。

「急にお腹でも空きだした?」

「いや。今度、子供を被験者にしてテストするんだ。その時の、お土産」

 返ってくる、彼にしては無難な答え。

 でもってレジを済ませたら、その中の一つを手渡してきた。

 私もその子供に含まれる、って意味じゃないだろうな。

「連合が解体した後、何かあったらこれで食いつないで」

「あ、あのね」

「甘い物だし、日持ちするよ」

 人の良い、私達の事を思っているのが分かる笑顔。

 言っている内容自体はともかく、その気持ちはありがたい。

 それに痛む物でもないし、もらうとするか。

「どうせなら、こっち頂戴よ」

「ユウの好みに合わせると、こっちが大変だね」

 困った物だという口調。

 どっちがだと言いたいが、今はレモンクッキーを確保する方が先だ。

「サトミもいる?」

「いらない。大体こんなに買って、お金あるの?経費では落とせないでしょ」

「困ったね」

「俺を見るな」

 やはり憮然とするケイ。

 よく分からないがお互いの間で意思の疎通が図られ、ケイが支払う事になったらしい。

 だったらこれも頼むとしよう。

「ユウ、こっちも美味しそうよ」

「じゃあ、それも」

「おい。いい加減にしろ」

「二人とも、まだまだ子供だね」

 のんきにのたまう兄上。

 でもって弟の方は怒ったままかと言えば、意外と気楽そうに笑っている。

「何よ、気持ち悪い」

「だって、あれ」


 さっきまで、私達がいた壁際のテーブル。

 そこに、一人で残ったはずのショウ。

 でも今は、何故か何人かの女の子がテーブルを囲んでいる。

 知った顔ではないし、招待をした覚えもない。

「あの男はすごいね。座ってるだけで、女が寄ってくる。俺なんて、追えば逃げるのに」

「いっそ、地の果てまで追いかけたら」

「兄上、なかなか良い事を言いますな」

「はは。年の功ですよ」 

 年の功って、双子じゃない。

 何分どころか、何秒の差じゃないの。

 とにかくそんな馬鹿話には付き合ってられず、テーブルへととって返す。


「……いいじゃない。すぐ近くだから」

 どこがだ、天国か。

「きゃっ。だ、誰よ」

「誰だか、関係あるの」

 真上から見下ろしたい所だが、身長の関係上ここは見上げる。

 学校の制服などではなく、おしゃれなスーツ。

 学生ではなく、OLか。

「な、なに。何の用。私は、今忙しいのよ」

 なかなかに、面白い事を言う。

 まずは自分の席に着き、残っていたミルフィーユを全部掻き込む。

 粉っぽいけど、美味しいな。

「ひ、人のを勝手に」

「私のを私が食べて、何が悪いの」

「私って、ここは」

「あ?」

 びくっと身を震わせ、青い顔で去っていくOL。

 その仲間もセカンドバッグを抱え、飛ぶようにしてその後を追った。

 勝った。

 年齢、職業、外観。

 そんなのは関係ない。

 人間気力、それしかない。

「あなたは、何がしたい訳」

 怖い顔で、真上から私を見下ろすサトミ。

 そうそう、これをやりたかったのよ。

「だって、私の席で」

「私達のテーブルは、この後ろ」

「また、冗談ばっかり。そういうのは、彼氏だけでいいんだって」

「よく見なさい」

 頬を手で包まれ、そのまま後ろを振り向かされた。

 ミルフィーユに紅茶のタルト。

 どう見ても、さっきのままの。

「ここは彼女達の席。あなたが食べたのも、彼女達のミルフィーユ」

「あ。あ、そう」

「もういいから、謝ってきなさい」


 レモンクッキーと引き替えに、事なきを得る。

 走るは恥はかくは。

 本当に、私は何をやってるんだか。

「ちゃんと、謝ってきた?」

 寮の暖かい部屋で、暖かそうなお茶を飲みながら尋ねてくるサトミ。

 こっちは鼻をすすり、上着の上から肩を押さえる。

「謝るも何も、写真まで撮られたわよ」

「裸の?」

「あのね。ごめんなさいって謝ってる写真」

 いいけどね。その後で、マフラー買ってもらったし。

 クッキーの代わりに、お寿司ももらったし。

 子供扱いされた気は、多少しないでもないが。

「もう少し、考えて行動しなさい」

「無理」

 一言で終わらせ、上着を脱いでこたつに埋まる。

 天国は、どうやらここにあったらしい。

「大変よ。それだと、これからも」

 優しく諭してくるサトミ。

 それは連合解体後の事に対してか、ショウの事なのかは分からない。

「いいの。私は、私のやりたいようにやるんだから」

「少しは周りの事も考えたら」

「余裕があったらね」

 少なくとも今回はそういう余裕がなかったし、我慢も出来なかった。

 またあれを見過ごすようでは、私は私ではない。

「しかしあの子は、普通にもてるわね」

 誉めてるのか何なのか、楽しそうに語るサトミ。

 勿論いい事ではあるんだけど、それが何をもたらすかは言うまでもない。

「軍に進んだら、もっと大変かしら」

「何が。女の上官に同じ事されるって言いたいの?」

「それもあるけど。男の上官だったら」

 怖い事を、真顔で言うな。

 いくら上官の命令は絶対でも、それはまた別問題だろう。

「学校や街中での揉め事とは違うんだから。軍はそういう、不条理な事は多いんじゃなくて」

「じゃあ、どうするのよ」

「学校とやり合うのとは、また別な次元。まさかユウが乗り込む訳にもいかないし、自分でどうにかするしかないわね」

 何が言いたいのか分からないが、ろくでもない事だけは十分に分かった。

 とはいえ彼女の言う通り、それは私がどうこう出来る問題でもない。

 学内でのトラブル。

 生徒同士の揉め事。

 多分、それらが甘いとすら思える状況。

 だけどそれでも、それが駄目だとは思わない。

 甘くても、子供じみた事だとしても。

 この学校にいる限り。

 この場に、私がいる限り。 

 その全力を注ぐ。






  







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ