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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第27話
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     27-5




 オフィスにこもり、ふと思った。

 塩田さんは解任。

 その後は、連合自体が解体。

 ここにいる意味が、どれだけあるのかと。

 不謹慎、やる気がない。

 自分でもそうは思うが、存在意義なんて事も考えたくなる。

 それを言い出すと、元々連合の必要性がどれだけあるかという話にもなってくる。

 どうもじっとしてると、思考が沈み込んでくる。

「さてと」

 キッチンに入り、適当に漁る。

 この前ショウが殆ど片付けたので、食べ物は何もない。

 お茶やコーヒー、お菓子が少しあるくらい。

 食べ物がないと、いいようもなく寂しいな。

「どこ行くの」

「食べ物調達してくる」

「お腹空いてるの?」

「別に」

 付き合ってられないとばかりに首を振るサトミ。

 そんな事に構っていたらこの子と付き合ってられないので、さっさと外に出る。

 向こうも同じ事を思ってるだろうけど。



 相変わらず、大勢の人で賑わう購買。

 場所によっては進むのもやっとという状態で、今はそこへ入っていく気力もない。

「やあ」

「あれ、どうしたんです」

「たまには、こういう所を見るのも楽しくてね」

 目元を細め、生徒で賑わう購買を眺める天崎さん。

 彼からすれば私達はただの子供で、何をするのも微笑ましいのだろう。

「何か、買おうか」

「え、でも」

「子供は遠慮しない」



 大きな、体が沈み込むようなソファー。

 アールグレーの注がれた、マイセンのティーカップ。

 横に添えられたケーキは、私でも知る名店の物。

 駄菓子を買ってる場合ではないようだ。

「なにやら、学校と揉めてるようだけど」

「ええ、まあ」

「それとも、今更かな」

 ティーカップを傾け、おかしそうに笑う天崎さん。

 何も、笑い事でもないと思う。

「智美も関わってるとか?」

「それは、無論。ここを追い出されるくらい」

 広い、教務管理官の執務室。

 当然冗談で言ったんだけど、逆に何をしたらここを使えるかという話だな。

「困ったな、それは」

「私達が揉めてるんじゃないんですよ。多分、学校があれこれやってくるんです」

「なるほど。手を貸したいところだけど、私は教務管理官でね。授業の事以外は、大した権限がないんだ。例の警備監査官とは違って」

 警備監査官?

 誰だ、それ。

「沢、とか言ったかな。通称、フリーガーディアン」

「ああ。あの人、そんなに偉いんですか」

「教育庁の序列で言えば、自分と同等。その気になれば、学校の一つや二つ消すのも訳はない」

 事も無げに話す天崎さん。

 何しろ銃を携帯してるくらいだし、そのくらいは普通という訳か。

「それに生徒は授業に専念するという学校の考え方は、私としても賛成でね」

「でも」

「言いたい事は分かる。ただこちら側、教育庁から見れば学校を支持するだろう。立場的にも、理念としても。どちらにしろ、大変だと思うよ」



 駄菓子を提げて、オフィスへ戻ってくる。

 ここを出た時よりも、憂鬱な気分。

 とりあえずふ菓子を食べて、一息付く。

 何だ、これ。 

 中に、チョコが入ってる。

 悔しいけど、美味しいな。

「楽しそうね」

 醒めた視線を向けてくるサトミ。 

 そんな事には構わず、別なのをショウへ放る。

 自分で確かめるには、お腹が無理だと告げてるので。

「なんか、バナナのクリームが入ってるぞ」

「美味しいでしょ」

「どうかな」

 否定的な事を言いつつ、次に手を伸ばすショウ。

 唐辛子入りって無いのかな。

「暇だね」

「たまにはいいんじゃなくて」

 爪を手入れしつつ、静かに呟くサトミ。

 自分達の置かれている現状。

 この後の展望。

 それらに付いて私以上に分かっているはずだが、普段と何ら変わった事はない。

「そうかもね。手当って、どうなるの?」

「さあ。日割りで払ってくれるのか、最悪もらえなくなるのか。元々大した額ももらってないし、ごまかされる可能性が大だと思うわよ」

 それはそれで、面白くないな。

 一度、聞いてこよう。

「また、どこか行くの?少しは、落ち着きなさい」



 と言いつつ、付いてくるサトミ。

 結局自分も、暇を持て余してるんじゃない。

「お金、お金ちょうだい」

 両手を差し出し、にこっと笑う。

 モトちゃんもにこっと笑い、手元にあったはさみを手に取った。

 それこそ、手首から落とされそうだな。

「私は、忙しいの。遊びたいなら、砂場でも行って」

「そうじゃなくて、手当。連合が無くなったら、どうなるの」

「そこまで考える暇がない。大体、連合自体財政はぎりぎりなのよ。この際、破綻してもいいじゃない」

 何を言ってるんだ、この人は。

 案外解体っていうのも、この子辺りから出たんじゃないだろうな。

「どうしても欲しいなら、日割りで計算して持って行って」

「全員分もらっていい?」

「ご自由に。その代わり、貸してある装備のお金も全部返してもらうわよ」

 借りている装備なんて、たかが知れている。

 もらえるお金も、たかが知れている。

 間違いなく、足が出るだろうな。

「止めた。解体万歳。うやむやにして、解体して」

「しないわよ。資料自体は、全部保存するんだから。その内、生徒会から取り立てがあるんじゃなくて」

「だったら、その前にごまかしてよ」

「ごまかす程の額でもないでしょ。……もう、止めた」

 ペンを放り出し、腕を揉むモトちゃん。

 彼女がやっているのは、塩田さんの残務処理。

 解体後に生徒会ガーディアンズや、例の執行委員会へ引き付く分の関係書類。

 自分でも、かなり虚しくなったらしい。

「燃やせよ」

 壁際で、暗い顔をして笑うケイ。

 自分が燃えればいいじゃない。

「どうかした、みんな」

 バインダーを抱えて、執務室に入ってくる木之本君。

 彼も多少、疲れ気味に見えなくもない。

「解体される前に手当もらおうと思ったけど、備品の支払いで赤字になるから止めた」

「なるほどね。その辺は自警局との交渉で、全部棒引きになると思うけど。それに、まだ解体された訳でもないし」

「されるんでしょ」

「前はでは、確定じゃなかったんだけどね。塩田さんか解任されて、そういう雰囲気になちゃったから。上手く、向こうに立ち回れれたよ」

 明るく笑う木之本君。

 笑い事ではないと思うが、彼にすれば煩わしい仕事から解放されるいい機会なのかも知れない。

「悪いけど、スカウトが来てる」

「え」

「木之本君に。自警局と、執行委員会。他にも色々あるけど、どれにする?」

「僕はいいよ。大して役にも立たないし」

 悪い顔をするケイに対して、はにかみ気味に笑う木之本君。

 この子が役に立たないなら、私なんて存在する意味もない。

「支度金とか、契約金は」

「自警局は、結構払うみたい」

「他にその情報を流して、二三日待とう。最低限、車の一台も欲しいな」

 人買いか、この人は。

 いや。でも待てよ。

「私も、スカウトされたらお金が発生するの?」

「当然。確か、相場のリストが」

 卓上端末を操作するケイ。

 画面に表示されたのは、各組織にスカウトされた場合の平均的な準備金。

 呼称はそれぞれあるだろうが、一様にお金は支払われるらしい。

「能力や学内での知名度、貢献度合いで額は変わる。個人のリストが、これか」

 一番上に乗っているのがショウ。

 今はボクシング部とキックボクシング部が競り合っている状態で、冗談としか思えない金額。

 だけどこんなリスト、誰が作ってるんだ。

「入って辞めて、また入るのは?」

「そういう事がないよう、一定期間は所属する契約が普通。だから悪い奴は、その期間だけ籍を置いてすぐ他のクラブに移ったりする」

「ふーん。子供のやる事じゃないね」

「何を今更」

 鼻先で笑い、腕を組むケイ。

 なるほど、それもそうか。

「で、肝心の塩田さんは」

「どこかに、自分を売り込んでたら笑うわね」

「まさか。あれを雇う馬鹿もいないさ。何しろ、クビだから」

 首に添えられる手。

 サトミも仕方なそうに笑い、大きな執務用の机に手を触れた。

「あの人は、いったい何なのかしら」

「知りたい?」

 真下から、陰険な眼差しで彼女を見上げるモトちゃん。

 サトミはすぐに首を振り、机に腰を掛けた。 

 掛けようとして、足を押さえた。

 つったらしい。

「馬鹿じゃないの」

「そ、それより」

「はいはい」

 靴を脱がし、親指を押さえて足をそらせる。

 後は少しずつふくらはぎを撫で、三里のツボを軽く押さえる。

「運動不足じゃない?」

「モトよりはましよ」

「あのね。私は、これくらい軽く座れるの」

 わざわざ立ち上がり、机の端に腰掛けるモトちゃん。

 サトミよりは背が高い分、足も長い。

 どうにか座っているような格好は取れた。

 つま先が、ふるふる震えているように見えなくもないが。

「二人とも、全然駄目ね」

 サトミに靴を履かせ、机に手を添えて軽く飛ぶ。

 後は体をひねり、ちょこんと座る。 

 ただ、これだけ。

 というか、座れない方がどうかしてる。

「で、これからどうするのよ」

「どうするというより、今をどうするか聞きたい」 

 机に向かって顎を振るモトちゃん。

 積まれたままの書類。

 卓上端末に入ってくる、未処理の案件。

 端末はどこに隠してあるのか、その着信音だけが微かに聞こえる。

「どうせ生徒会なり執行委員会が引き継ぐんだから、放っておけばいいだろ」

「後で、改ざんされたらどうする気?そうされたら困るようなものも、多少はあるのよ」

「だったら、信頼出来る人間を呼べばいい」

「そんな人いる?」

 小首を傾げるモトちゃん。

 その視線を受け、私を見てくるケイ。

 言いたい事は、何となく分かった。

「名前も知らないし、何者かも知らないんだけど」

「俺だって知らない。小谷君なら、知ってるかな」


 小谷君経由で呼び出される、前島君。

 ケイの申し出に、これといった不満な様子は見せてこない。

 ただ、何を考えてるかも読み取れない。

「なるほど。確かに、悪くないかも」

 小声でささやくモトちゃん。  

 しかし細い眼は普段以上に細められ、穏やかな笑顔は多少硬い。

「人を疑うなんて、良くないわよ」

 そう言う割には、彼女以上に警戒気味のサトミ。

 熱心に状況を教えている木之本君とは対照的に。

 人を疑う木之本君というのも、想像は出来ないけど。

「あなたから見て、どう思う?」

「冷静かつ、温厚。外見はね」

「内面は?」

「エスパーじゃないんだから。真面目そうではあるわね。それに、いわゆる信念に基づいて行動する雰囲気。余裕のある木之本君かも」

 自分で言っておいて笑うモトちゃん。

 サトミも少しだけ笑い、しかし彼からは目を離さない。

 私は深く考えてないし、考えたくもない。

「どうよ、調子は」

 上の方からの意見として言ってみる。

 位置としては、どう考えても下からだけど。

「大体引き受けてくれるって。本当、助かります」

 丁寧に頭を下げる木之本君。

 前島君はおごる様子もなく、ただ静かに頭を下げるだけ。

 というか、本当に高校生か?

「何してるの」

「ゲーム」

 簡潔、かつ分かりやすく答えるケイ。

 緊迫感の欠片もないというか、下手なのにどうしてやるのかな。

「あれ」

「はい、終わり。お前、もう止めろ」

 無慈悲に言い放つ、狐を操作していたショウ。

 ケイは全く聞いてないのか、カラスを選択して狐の巣穴に攻め込んだ。

 空を飛んでいるので、有利は有利。

 扱い方が下手では、何の意味もないが。

「助けてやってよ」

「俺が?」

「いいでしょ」

「まあ、そうですけどね」

 苦笑気味にパットを手に取る前島君。 

 選択したのはモグラ。

 地面の下にある巣穴を攻めるので、この時点で思慮の深さが見て取れる。 

 確実に地下を進行しいくモグラ。

 ショウも見当違いの方へ飛んでいくカラスは放っておいて、巣穴の周りに罠を作り出す。

 それを見越し、地上に出るモグラ。

 歩みは遅いが、がら空きの上から進入を果たす。

 地下なら、モグラの有利は当然。

 狐の体力がみるみる減っていく。

「ちょっと、やられてるじゃない」

「じ、自分がやらせといて」

「木之本君」

「はいはい」

 出てくるアリクイ。

 巣穴へ伸びる、長い舌。

 モグラへのダメージは少ないが、触れるたびに動きが止まる。

「はは、面白い」

「アリクイは、意外と力もあるからね」

 地面の上で振られる腕。

 陥没する地面。

 モグラが埋まり、狐も埋まった。

「な、何してるの」

「いや。加減がちょっと」

 その間に逃げていくモグラ。

 狐は土の中から、顔を半分だけ出している。

「仕方ないな」

 ダックスフントを選択し、巣穴に入って土を掻き出す。

 元は猟犬だから、こういう事はつまり専門職。

 二匹で仲良く、巣穴にこもる。

「仕事してくれない?」

 笑顔で語りかけてくるモトちゃん。

 それも、かなり威圧感のある顔で。

「全部委託したんでしょ。もう終わりじゃない」

「届ける物とか返却する物とか、色々あるの」

「そういう事やるから、解体するってみんな浮き足立つんじゃない?」

 見開かれる、細い瞳。

 そんなに驚くような事言ったかな。

「って、木之本君が前言ってた」

「あ、そう。良かった、ユウの考えじゃなくて」

 おい。

 何も、そこまで小馬鹿にされたものでも無いと思うけどな。

 勿論、誉められたものでもないだろうけど。

「とにかく、その辺の書類を持って行って」



 やって来たのは、自警局。

 ここへ来るのはどうかと思うが、言われたからには仕方ない。

「な、何か」

 未だに警戒気味の、完全装備のガーディアン。

 だからこっちは、封筒持ってるだけじゃない。

「自警課課長に届け物。本人に直接手渡すから」

「は、はい」

 IDを渡し、少し待つ。

 この間同様、周囲を囲むガーディアン。

 このまま、どこかにさらうつもりじゃないだろうな。

「確認出来ました。今、ご案内しますので」

「ぞろぞろ付いてこなくていいからね」

「え、いや。しかし」

「いいって言うの」

 手を振って、前を開けるよう促す。

 強風でも吹いたように、よろめき気味に割れるガーディアン達。

 手を振っただけじゃ無い。

「何してるんだ、お前」

 肩に銃を担ぎ、笑い気味にやってくる風間さん。

 自分こそ、何してるんだ。

「睨むな。俺は,F棟の隊長。こういう場所にも用事はある」

「じゃあ、その銃は」

「これがあれば、馬鹿も近寄ってこない。魔除け代わりには、丁度いいぞ」

 撃っても当たらないし、そうかも知れないな。

「何だよ、欲しいのか」

「いりません。それより、自警課へ行きたいんですけど」

「行けよ、勝手に。ああ、お前すぐ迷子になるって?」

 大笑いする風間さん。

 今なら間違いなく、銃が欲しい気分だな。



 恥を掻こうとどうしようと、案内さえあれば問題はない。

 周囲の視線も、より恥ずかしい人へと向けられるし。

「風間さん、まだ何か……。あら、雪野さん」

「これ。モトちゃん、じゃなくて元野さんから」

「ああ。連合の書類。はい、確かに」

 受理証みたいなのまで受け取り、封筒を北川さんへと渡す。

 彼女は中を確認すると、それを金庫の奥へ丁寧にしまい込んだ。

「そんなに大切な物?」

「つまりは、学内で武器を所持していいという許可を与えた書類。控えは自警局にもあったけど、正式な物は連合で保管してたの」

「だったら、私の武器は?」

「連合が解体されるまでは、問題ないわよ。その後は、あなたがどこに所属するかによるわね」

 突き放したと言えなくもない答え。

 しかし彼女もそれ以上は答えようがないだろうし、またその先は自分の問題である。

「例の委員会が俺達の上に行くって、本当か」

「らしいですよ。大変ですね」

「俺は別に。これさえあれば」

 愛おしそうに銃を撫でる風間さん。

 馬鹿というか、いい加減飽きないのかな。

「なんだよ」

「いえ。どうせ当たらないんだし、持っても意味無いなと思って」

「前も言ったように、こんなの所詮おもちゃだぞ。弾を当てるくらいなら、投げた方が早い」

 振りかぶられる肩。

 弾を投げるならいいが、銃を投げるって意味じゃないだろうな。

「向こうの連中も、これは持ってるのか?」

「警備関係者には、全員に。一部幹部は、小型な物も携帯してるとか」

「生徒会ガーディアンズは、導入しないのか」

「風間さんが申し出て下されば、検討はしますよ。ただ将来執行委員会と対立した場合を考えると、武装のし過ぎで大変な事になると思いますが」

 当然導かれる考え。

 相手に対抗して、こちらもより武装を強化する。

 お互いがそれをエスカレートさせ、気付けば取り返しの付かない事となる。

「なるほどね。ま、いいさ。俺の手に、これさえあれば」

「無闇に撃たないで下さいよ。弾の管理は、ちゃんとしてますか?」

「小うるさいな。俺は自由に生きてるんだ」

 馬鹿というか、本当に塩田さんとは違う人だな。

 こうなるとつくづくあの人が、いい先輩に思えてくる。

 なんて事を思っていたら、唐突に現れた。


「何してるんだ、お前」

 銃を振り回す風間さん。 

 その彼を、冷静に見つめる塩田さん。

「俺は自由に生きてるんだ」

「多少は空気を読め。相当恥ずかしいぞ」

「あ、あのな」

「知らんよ。これ、返す」

 北川さんの机に置かれる、連合議長のID。

 肩のIDも外され、その横へと添えられる。

「返却は、まだ先でも」

「解任されたのに持ってても仕方ない。それに、肩書きは大して意味もない」

 静かに、淡々と答える塩田さん。 

 冷静に、信念を持って。

 彼は、そう答えた。

「じゃあ、これからどうするんだ」

 今までとは打って変わり、落ち着いた口調で尋ねる風間さん。

 塩田さんは壁にもたれ、眼を細めて窓の外に視線を移した。

「さあな。時間も出来たし、琵琶湖でも行くかな」

「面白いな、それ」

「人間、ゆとりが必要なんだよ」

「馬鹿が」

 鼻で笑う風間さん。

 塩田さんは私達へ軽く手を振り、そのまま部屋を出て行った。

「あいつは、読みにくいな」

「風間さんが、単純すぎるんですよ」

「おい」

「とにかく連合がこういう状況にある以上、風間さんの責任もより大きくなるんですから。ほっつき歩いてる暇があるなら、書類の一つでも片付けて下さい」



 自分も手伝えと言われる前に、さっさと逃げる。

 その辺は、北地区の問題なんだし。

 などと言い訳を自分の中で考え、特別教棟の外へ。

 初冬のこの時期。

 日暮れは早く、辺りは真っ暗。

 冷たい風が梢を揺らす。

 叫び声を上げて駆けていく女の子。

 その後を追う人影。

 とっさにスティックを抜き、壁際に張り付いて闇に身を細める。

 追いつく人影。

 スティックを抜いて前に出ようとした途端、今度は笑い声が聞こえてくる。

 女の子と男の子の笑顔。

 どうやら、二人でじゃれていたようだ。

 拍子抜けというか、安心したというか。

 日頃が日頃なだけに、つい警戒をし過ぎた。

 逆を言えば、いつでも揉め事がある訳ではない。

 私達の存在が、どれだけ必要かという事でもある。

 ゆっくりと、正門へ続く道を歩く。

 夜の学校。

 人は少なく、時折職員や出入りの業者を見かけるくらい。

 空の星もまばら。

 阿寒湖で見た空とは、当たり前だが何も違う。

 星の数も、静けさも。

 静謐ともいうような、あの場所とは。

 ただ、ここが駄目とは思わない。 

 建物が建ち並び、人で賑わうこの場所が。

 結局自分は、人の中でしか生きられないんだから。

 役に立とうと、立っていなくても。


 再びの叫び声。

 さっきとは違う、もう少し明るめの。

 初めから、ふざけ合ってる感じ。

 何人かの男女。

 私とすれ違い、通り過ぎていく。

 今度もスティックに触れ、木陰に身を潜める。

 冗談と、その素振りくらいの見分けは付く。

 自分に危険が及ぶ場合は、特に。

「消えた?」

「おい、探せ」

 案の定の反応。

 相手にするのは簡単だが、そんな事をしてたらきりがない。

 街路樹沿いに少し走り、すぐ足を止める。

 後ろから聞こえてくる会話に、意識を向ける。

「ちっ。仕方ない、次の奴にするぞ」

「弱いんだろ、意味あるのか」

「いい女らしい。そっちをやる」


 枝にしがみつき、膝を曲げて音を立てず地面に降りる。

 スティックで足を払い、脇腹を蹴って飛び越える。

 次は木の陰から背中を突き、腕を引いて木陰に放り込む。

 一人、もう一人と。

 音を立てず、一人ずつ消していく。

「おい、早くしろ」

 振り向く男。

 しかしその先には、仲間はいない。

 喉元にスティックを突きつける私ならいるが。

「誰を狙ってるって」

「え?」

「答えたくないの?答えられないようになりたいの?」

 動くのど仏。

 腰にある警棒へは、手すら伸ばせない。

「な、名前は知らない。た、ただ、女子寮の前にいるというだけで」

「前?誰」

「し、知らん。別働隊が、先に……」

 みぞおちを膝で突き、腕を取って地面に倒す。

 次の瞬間、一切を忘れて正門へ駆け抜ける。



 息を整え、塀の上に乗る。

 幾つかのセンサーとカメラ。

 ライトアップもされていて、自分の姿は意外と目立つ。

 すぐに塀の内側へ飛び込み、街路樹沿いに駆け抜ける。

 目の前に潜んでいる集団の背後へ向かい。

 飛び上がって木の枝に飛びつき、その上に乗ってもう一度飛ぶ。

 目の前に現れる、次の枝。

 それにしがみつき、足を振り上げて上に乗る。

 真下に見える集団。

 スティックを逆手に握りしめ、狙いを定める。

 小さく飛んで、前に出る。

 体をひねって回転させ、位置を調整しつつ地面へ落ちる。

 集団の中心めがけて。


「わっ」

 かなり、間の抜けた叫び声。

 同時に振り下ろされる警棒。 

 スティックでそれを受け流し、地面を這って一旦逃げる。

 木陰に潜み、スティックをしまって。

「馬鹿、出てこい」

「誰が馬鹿よ」

「雪野が」

 淡々と答える舞地さん。

 見破られては仕方ないので、のそのそと彼女達の前に出る。

 いい女ってサトミかと思ってたけど、舞地さん達か。

 非常に面白くないな。

「何してる」

「変な連中が女子寮にいるって聞いたから、助けに来たんじゃない」

「あなた、ムササビ?」

 うしゃうしゃわらう池上さん。

 木の枝を飛び移ってきたからそうかもね、などとは答えず周囲を見渡す。

 いるのはこの二人と、背の高い女性が二人。

 襲ってきたのか襲う予定なのか、とにかくそれらは見あたらない。

「もう、片付けたわよ。雪ちゃんが降ってくる前に」

「あ、そう。何よ、人がせっかく助けに来たのに」

「偉い偉い。飴上げる」

 人の頭を撫でて、飴を渡してくる池上さん。

 子供か、私は。

 もらう物は、もらうけどさ。

「あなた、小さくなった?」

「あ?」

「睨まないで。怖い子ね」

 わざとらしく池上さんの後ろに隠れる、綺麗な女性。

 ただ表情は穏やかで、親しみの持てる雰囲気。

 もう一人の、愛想無く人を見つめている方とは違い。

「覚えてない?こっちが白鳥で、こっちが伊藤。しがない傭兵家業よ」

「あなたも、元はそうじゃない。ちょっと、何かしゃべったら」

「寒い」

 やはり、わざとらしく肩を押さえる伊藤さん。

 しかし背は高いし、スタイルはいいし。

 足だけで、私の腰以上ありそうだな。

「何しに来たんですか」

「たまには、この愛想のない子の顔でも見ようかと思ってね」

 頬を引っ張られる舞地さん。

 でも、くすりともしない。

 伊藤さんもそうだけど、少しくらい笑えっていうの。

「昔から、こうなんですか?」

「こうよ。一生こうじゃないの」

「この人も?」

「それが、こっちは曲者でね。出る所出ると、化けるのよ」

 今度は池上さんが、伊藤さんの頬を引っ張る。

 しかしやはり、反応無し。

 綺麗なだけに、おかしいはおかしいんだけどね。

「舞地さんもお嬢様だから、出る所へ出れば化けるんじゃ」

「どうかな。多少笑うくらいで、普段と大差ないわよ」

「私の事は、どうでもいい。それより、ここは寒い」 



 だからって、人の部屋に来なくてもいいだろう。

 お金はあるのに、変なところで慎ましいな。

「案外まめなのね」 

 人の冷蔵庫を覗き込む白鳥さん。

 分からない人には何も分からないだろうが、分かる人には分かるようだ。

「料理好き?」

「お母さんが。その影響で、多少」

「親、ね。親に反発して、家出してた子もいたけど」

「誰が」

 むすっとして答える舞地さん。

 白鳥さんは笑っただけで、奥に隠してあったカレーを温め始めた。

「しかし、学校とやり合うなんて。すごいわね、あなた」

「はあ」

「実感ない?草薙グループっていえば、国政にも影響力があるような組織なのよ。しかも、そこに通ってる訳でしょ。普通は、逆らおうなんて考えもしないのに」

 誉められてるのか、遠回しにからかわれているのか。

 かなり後者の意味が強いだろうな。

「映未達は?」

「別な所に行ってる。頭が良い人間同士同士、気が合うらしい」

 舞地さんの台詞を聞き流し、TVを付ける。

 丁度ニュースで、シスター・クリスが映ってる。

 今度は地震の被災地でテント暮らしか。

 外見はお嬢様そのものだったけど、行動自体は侮れないな。

「随分熱心ね。知り合い?」

「私ではなくて、友達が。文通してますよ」

「この時代に?古風というか、趣があるというか」

 運ばれてくるカレーとサラダ。

 これだけでは多少寂しいので、隠してあった缶詰を開ける。

 しかし隠してあるはずなのに、たまに物が無かったりする。

 場所を間違えてる事もあるだろうが、案外サトミ達が怪しいな。

「あら、美味しいわね」

「三日煮込みましたから」

「ねえ、真理依」

「そうかな」

 おい。

 本当、一度毒を盛らないと分からないらしい。



 テーブルを片付け、お酒を並べる。

 とはいえ飲むと言うより、口を付ける程度。

 私もそれ程、飲みたい気分ではないし。

「これから、どうするつもり?」

「どうって、寝ますよ」

 真顔で見つめられた。

 かなり、困惑気味の顔で。

「ああ。将来の事とか」

 何か言い足そうな舞地さんを、軽く睨んで黙らせる。

 お酒が入って、少し意識がぼやけてるだけだって。

 多分。

「別に、何も考えてないです」

「学校とやり合うんでしょ。でも、所属している組織が解体される。それで、そうする気?」

「どうするもこうするも。理屈より、行動だと思いますけど」

「行動は、考えてるのか」

 ぽつりと呟く舞地さん。

 何だ、考えるって。

「さつき、放っておいていい。雪野の行動は、行き当たりばったりと同じだから」

「何よ、悪いの」

「お前がそれでいいなら、私から言う事はない」

「はは、何それ。コンビ芸?」

 楽しそうに笑う白鳥さん。

 からかってると言うより、本当に面白そうに。

「まさか。舞地さんの相方は、池上さんでしょ。うしゃうしゃ女」

「うしゃうしゃって。あれでも、結構怖い時は怖いのよ」

「私には、いつも怖いけどね」

「それは、雪野に問題がある」

 いちいちうるさいな。

 しかも反論出来ないから、余計にストレスが溜まる。

「えーと、あれ」

「どれ」

「うるさいな。えーと、あれ。白鳥さんを雇うのは、いくら必要なの?」

「契約金は、ケースによって違うわよ。それこそ食事代と交通費だけでやる場合もあるし、それなりの額をもらう場合もあるから」

 なるほど。 

 彼女達を雇って舞地さんを襲ってもらうのは、そうたやすくはないようだ。

 いや。沢さんはフリーガーディアンだし、向こうは無料か。

 一度、考えた方が良さそうだな。

「何か、したい事でも?」

「相場がどのくらいかなと思って。学校もたくさん雇ってるし」

「あの辺のランクは、一山いくらよ。勿論人数が多いから全体の額は高いけど、私なら出来のいい一人を雇うわね」

「ふーん。……いや、出来のいい人がいる」

 ふと例の子を思い出し、彼女に告げる。


「前島、か。真理依は、知ってた?」

「知らないし、興味ない」

「あ、そう。顔は分かる?」

「写真はないけど、知り合いに頼んでみます」

 やはり小谷君に連絡を取り、彼の画像を探してもらう。

 とはいえ探す程の物ではなく、IDを検索して彼のプロフィールを表示させるだけの話らしい。

 それを個人で閲覧するのは、多少問題だとしても。

「見た事ある顔ね」

「私は知らない」

「あなた、リタイア組だから」

 苦笑する白鳥さん。

 そういう彼女は、完全な現役でありトップ。

 現状には一番詳しい存在である。

「腕は立つわよ。確か、私達より一つ下だとおもう。つまり、雪野さんと同学年ね」

「同い年?」

 そう言われても、そうですかとは答えづらい。

 年上というか、20過ぎと言われても納得するくらい。

 そんな高校生、嫌だけどさ。

「人間性はどうなんですか?」

「親しい訳じゃないから、詳しくはないんだけど。悪い評判は聞かないわよ」

「でも、学校側に付いてる」

「その辺りは、私からはどうとも。草薙グループを悪と捉えるかどうかは、個人の判断によるし」

 人事のように言ってのける白鳥さん。

 いや。彼女にとっては人事か。

「あなたの言いたい事は分かる。ただ、どっちに付くかは今言ったように個人の判断。それについては、人が口を挟める事でもないでしょ」

「そうですけど」

「現に多数の傭兵が、学校に付いてる。金や将来のポジションに惹かれたとしても、それが悪いとは言えないでしょ」

 自分とは違う価値観。

 信念や気持ちとは離れた所にある。

 いや。それはまた、各個人の考え方。

 信念か。

「白鳥さんは、どっち側?」

「さあ。お金を出す側じゃない」

 はぐらかすような答え。

 彼女の人となり、考え方はなんとなく分かったつもり。

 しかし実際の行動までは、分からない。

 それは彼女だけに限った事ではないが。

「真理依でも雇ったら」

「この人は、先約済みらしいので」

「そう。私達も、色々と忙しくてね。ここの揉め事に関わる気はないから、今のところは」

 気になる一言を付け加える白鳥さん。

 舞地さんはただ、テーブルの上を見つめるだけ。

 私も顔を伏せ、自分の心の中へと沈み込む……。



 あまり良くはない目覚め。

 とりあえず着替えを済ませ、部屋を出る。

 先の見えない現状。

 楽観的になるような出来事は少なく、気が滅入るような事ばかり。

「元気ないわね」

 寮を出たところで、後ろから声を掛けてくるサトミ。

 サングラスをずらし、横目で彼女を捉える。

 そういう自分も、それ程元気には見えない。


 教室に入り、筆記用具を並べてため息をつく。 

 手詰まりとも言える状況。

 しかし自分から、どう手を打っていいか分からない。

 仮に何かアクションを起こしたとして、どうなるかという話でもある。

「……自習」

 端末に入ってくる情報。

 その途端教室を出ていく、何人かのクラスメート。

 出て行くのに気は引けないが、出ていってもやる事がない。

「寝ないで」

 はたかれる頭。

 すぐに飛び起き、飛びかかる。

 落ち込む時は落ち込む。

 怒る時は怒る。 

 何事も、メリハリが必要だ。

「朝から元気だな」 

 苦笑気味に声を掛けてくるショウ。

 そうじゃないと二人で答え、一旦距離を置く。

「ユウが、すぐ寝るから」

「昨日は、寝たのが遅かったの」

 あの後は下らない話をうだうだして、寝ては起きての繰り返しだった。

 気付いたら白鳥さんはいないし、冷蔵庫から食べ物はなくなってるし。

 傭兵って、本当に儲かるのか?

「伊藤さんは?」

「礼儀正しく帰っていったわ。服もらっちゃった」

 明るく笑うサトミ。 

 なんか、私とはかなりの違いだな。

 それは相手の問題なのか、自分の問題なのか。

 深く考えないでおこう。

「やる事ないんだし、寝てもいいじゃない」

「予習しなさい。今日の分を」

 積まれる参考書。

 開かれる、卓上端末。

 仕方ないので起動させ、数式をチェックする。

 微分積分か。

 結局数式なんて端末に入力すれば答えは出るんだし、覚える必要も無いと思うんだけどな。

「大体、微分って何よ」

「導関数や微分係数を見つける事」

 即答するサトミ。

 おかげで、余計訳が分からなくなった。

「解析学でも勉強する?」

「もういい。というか、頭痛い」

「大変ね」

 やはり人事のような言葉。

 ストレスが溜まる事、この上ないな。


 ドアの辺りに見えるケイの姿。

 でもって、そのまますぐに引き返していった。

 やる気無しどころの話じゃない。

「ちょっと、こっち」

「朝から」

 それ以上は何も言わないケイ。

 本人は言ったかも知れないが、あまりにも小さくて聞き取れなかった。

「これ、解いてよ」

「櫛でとけば」

「面白くない。ねえ」

「数学やる奴なんて、馬鹿だ」

 なんか、すごい事を言い出した。

 価値観、なんて事を改めて考えた方が良さそうだ。

「昨日、白鳥さん達が来たよ」

「何しに」

「舞地さんに会いにだって」

「どうかな。あの人達も、それ程暇じゃない。などと、疑って掛かっても仕方ない」

 何が言いたいんだか。

 というか、何を言ってるのか分かってるのかな。

 寝息まで聞こえてきたし。

 とりあえず頭を叩き、目を覚まさせる。

 怒ってるように見えるけど、気のせいだ。

「どうするのよ」

「何をだ。俺の怒りをか」

「そうじゃなくて、これからどうするの」

「何を、何に対して」

 あれこれうるさいな。 

 もう少し、物事は簡潔に考えて欲しい。

「色々と」

「知らんよ。どうせ連合は解体になって、暇になるんだし。その後で、ゆっくり考えたら」

 なるほど。 

 などと納得出来る訳がない。 

 何って、それが今の一番の問題なんだから。 

 いいや。私も寝よう。

 本当、初めからそうすればよかったんだ。

 寝て覚めれば、何もかも良くなってる。

 子供の頃は、それで全てが済んだ。

 今もそれで済めばいい。

 本当に。 












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