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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第27話
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     27-4




 小さい紙袋を抱え、人が忙しそうに行きかう廊下を歩く。

 何か、忘れている気がする。

 執務室にではなく、もっと大事な事を。

 というか、それを忘れてる。

 おかしいな。

「えーと。今日の朝食、の訳無いか」

「何が」

「忘れ物。大切な事を忘れてる」

 無論お昼の訳もない。

 そういう問題じゃないんだ。

「ここって、何しに来たっけ」

「俺も知りたい」

 冷たく答えるショウ。

 とりあえず放っておいて、辺りを見渡す。

 忙しそうな生徒達。

 運ばれていく機材。

「そう。塩田さんが解任されたから」

「思い出したって、それか」

「いや、違う。でも、待てよ」

「もういい」

 今度は私が放っておかれ、どんどん置いて行かれる。

 もう少しなんだけどな。

「荷物は、これだけでしょうか」

 不意に現れる、さっきの男性。

 気を抜いていたとはいえ、気配は殆ど感じなかった。 

 思った通り、並ではないようだ。

「え、うん。大体運んだ。あそこの部屋の掃除だけお願い」

「分かりました。他にご用は」

「ご用と言われても、別に。もう、ここには用がないから」

「まだ正式に解任された訳ではないので。我々としては、塩田さんがこられても議長として対応します」

 解任、か。

 解任って、どういう事?


「分かったっ。分かったっ」

「うるさい」

 冷静にたしなめてくるモトちゃん。 

 それに構わず壁を叩き、警備の男性を振り返る。

「解任って、どういう事。誰が、解任したの」

「ガーディアン連合は自警局自警課に所属してますので、自警課長から通達されたと思います。ただ解任の権限を持つのは、自警局長かと」

「分かった」



 本部を飛び出し、通路を走る。 

 脇目もふらず、とにかく急ぐ。

 特別教棟。

 その前を警備するガーディアン。 

 すかさず彼らを飛び越え、ドアが閉まる前に中へと飛び込む。

 一斉に駆け寄ってくるガーディアン達。

 一旦開いていた部屋に入り、窓から外へ出る。

 ワイヤーを伸ばして二階の窓に先端を付け、ウインチで上へと上がる。

 幸いキーは開いている状態。

 窓を開け、中に転がり込んで室内を駆け抜ける。

 会議をしてた様子で、恐怖にも似た顔で見られているが気にしない。

 廊下に飛び出し、エレベーターを見つけてボタンを押す。

 それには乗らず、少し離れた所にあった階段を駆け上る。


 いくつものロックされたドア。

 進入は困難。

 普通にやっていれば。

 誰かが入ったのを見て、すかさず背中に張り付き一緒に入る。

 まずは、一つ突破。

 気配を消して、低い姿勢で壁沿いを走る。

「いたかっ?」

「エレベーターには乗ってませんでした」

「間違いなく、この階にいる。捜索を急げ」

 いい読みだと思いつつ、二三個閃光弾を床に転がす。

 すぐに集まってくるガーディアン達。

 それに紛れ、人気の少ない通路へ出る。

 プロテクターは確保済み。

 インカムもあるので、情報は筒抜けだ。

「侵入者はどこだ」

「はっきりしませんが、局長室に向かってるようです」

 適当に答え、エレベーターに乗る。

 そこを狙うのはセオリーだが、ロックしたドアが多くて辿り着くのは困難。

 だったら、向こうをおびき寄せればいいだけだ。



「いた。いたよ、浦田君っ」

 人を指さして叫び出す木之本君。

 鬼ごっこじゃないんだからさ。

「何よ、今から局長を呼び寄せようとしてるのに」

「もう、十分じゃない?」

「どうだか」

 壁を叩き、ひびを入らせて少し落ち着く。

 自警局のエリアは、完全に麻痺した状態。

 未だに私を見つけられてもいない。

 仕方ない、撤退するか。

「何やってるんだ」

 ため息混じりにやってくるケイ。

 そんな事、今更言われたくはない。

「だって。塩田さんを解任されたのよ」

「分かるけど、もういいだろ」

 妙に物分かりがいいな。

 今後を考えればその方がいいんだろうけど、人には我慢出来ない事もある。

 譲れない、という言い方も出来る。

「モトちゃんは」

「さすがにこなかった」

 あ、そう。

 馬鹿で悪かったな。

「で、俺達は外へ出られる?」

「大丈夫だよ。話せば分かってもらえる」



 分かってもらえるかどうかは、相手による。

 誠意にもよるらしい。

「あなた、なってないわね」

 人の頭を、丸めた書類で叩くサトミ。

 この女、いつのまに。

「だって」

「口答えしないの。本当に駄目ね、あなたって」

 何が、本当になんだ。

 大体、正座ってなんだ。

「木之本君とケイは」

「あの二人は、止めた側でしょ。ユウとは、根本的に違うわ」

「あ、そう。足、しびれたんだけど」

「大変ね」

 なんか、笑えてきた。

 次に来るのは、間違いなく大爆発だな。

 その辺はサトミも分かってるらしく、やっとの事で解放された。

 どっちにしろ、足はしびれてるけどさ。

「それで、局長には会えたの」

「その手前で止められた。人がおびき寄せようとしてたのに」

「どうやって」

 また、難しい事を聞く子だな。

 世の中理屈だけじゃないと、一度じっくり教えてやりたい。

「場当たり的に行動するのは止めなさい」

「だって」

「もういい。それより、肝心の塩田さんは」

「習字書いてた。いや、水墨画かな」

 小首をかしげるサトミ。

 理由を聞かれても困るので、足を揉みつつ立ち上がる。

「それよりさ」

「塩田さんの事はいいの」

「いいの。私達は、どうなる訳」

「今のところ、あまり良くないわね」


 内容としては、塩田さんから聞いたのと同じ。

 生徒会ガーディアンズに吸収されるか。

 連合自体を解散するか。

 どちらになろうと、あまり楽しくはなさそうだ。

「どうしてこう、急なの」

「それ程でもないわよ。兆候はいくつもあったし、もうすぐ来期。邪魔な物は少しでも排除していかないと」

 邪魔って、自分も含まれてるんじゃないの。

 ただそうなると、このオフィスにいるのも残りわずかという訳か。

「ショウは」

「あなたがさっき、荷物運びに使ってたんでしょ。それの仕分けをしてるんじゃなくて」

「それどころじゃない。ここの荷物は」

「なるほど。言えてるわね」


 すかさず意見を一致させ、やはりショウを呼びつける。

 とはいえ私物はごく一部。

 大半は連合や生徒会ガーディアンズからの借り物で、運び出すのも思った程の手間ではない。

「おい、まだあるのか」

「あるわよ。これ持って行かないでどうするの」

 きっちりと口を閉め、お米の袋に指を向ける。

 人間何が大事って、お米でしょ。

「何キロなんだ、これ」

「開けたばかりだし、そのままだよ」

「持ってくるんじゃなかった」

 文句を言いつつ、軽々と袋を担ぎ上げるショウ。

 40kg、つまりは一俵を。

「……夜逃げでも?」

 全部運び出した所で、ようやく現れるケイ。

 まさかとは思うが、廊下で見てたんじゃないだろうな。

「塩田さんが解任されたから、立ち退き準備してるの」

「ああ、連合を潰すかどうかってあれ。これでようやく解放される」

 どこかで聞いたような台詞。

 相手にするのも馬鹿馬鹿しいので、自分の分を手前に集める。

 とはいえあるのは、服と缶詰くらい。

 書類類はたかが知れてるし、食べ物類はショウが運ぶ。

 何だ、慌てる事なかったな。

「……焼け出されたの」

 口調は冗談だが、笑ってはいない沙紀ちゃん。

 廊下に積まれた私物の山。

 確かに普通の光景ではないか。

「噂はいろいろあるけど、ここまで慌てなくても」

「ユウが、どうしてもって言うから」

 あっさり裏切るサトミ。

 もう、何でも言ってよね。

「これは?」

 案の定、お米の袋を見とがめる沙紀ちゃん。

 説明するのも面倒なので、それに寄りかかり床へしゃがむ。

 ここまで来ると、エアコンの温度もあったものじゃない。

「それで、これはどうする気」

「盗む人なんている?」

「廊下でおかしな事をやってる人がいるって、通報があったの。どうにかしてもらえない?」

 何とも無慈悲な台詞。

 とはいえそう言われると、周囲の視線も気になり出す。

「戻して」

「冗談だろ」

「元の位置じゃなくていいから。中に全部入れて」


 一件落着。

「食べる?」

「食べる」

 がつがつちくわを食べるショウ。

 怒った時は、これに限る。

 賞味期限が迫ってたし、どうしようかと思ってたんだ。

「それで、これからどうする気」

 ちくわを丸かじりしているショウを眺めつつ、狭いオフィスを指さす沙紀ちゃん。

 やっぱり、出て行くしかないのかな。

「出ていくにしても、少し待ってね。優ちゃん達が動くと、他の子も浮き足立つから」

「私達なんて、何も。ねえ」

「そう思ってるのは、あなたくらいよ」

 くすっと笑うサトミ。

 しかし、私達がそれほど影響力を持ってるとは思えないけどな。

 笑われるという意味では、ともかくとして。

「何よ」

「全部食べた」

「だから」

 無言で手を差し出すショウ。

 仕方ないので冷蔵庫を開け、生ものから取り出しいく。

 でも、いいか。

 運ぶ手間は省けるし。

「玲阿君、お腹空いてるの?」

「いや。別に」

「そう。……大丈夫?」

 小声で耳打ちしてくる沙紀ちゃん。

 安っぽいソーセージを丸かじりしてるショウを眺めながら。

 一般的に見れば、大丈夫ではない。

「いつもの事だから」

「だったらいいけど。それで、最悪の場合は私達の所へ来る?」

 つまり、生徒会ガーディアンズという意味か。

 資金も権限も、将来においても。

 間違いなく今よりは優遇される立場。

 否応もなく頷くのが普通だろうか。


 だが、そうは出来ない理由もある。

 その手の誘いは今まで何度もあった。

 それを断ってまで、連合に残った理由。

 お金はなくても、決して学内での地位は高くなくても。

 一緒にいた理由。

 私がガーディアンを志したきっかけ。

 今もガーディアンである訳。

 たとえ塩田さんが解任されようと、その気持ちは変わらない。 

 きっかけは彼だった。

 でもここにいるのは、その事だけではない。

 少なくとも今は、その思いが胸の中にある。


「最悪の場合はね」

 そう答え、肩口のIDに触れる。

 今はまだ、ガーディアン連合の一員。

 いつまでかは分からない。

 でも今は、そうなんだから。

「分かった。じゃあ、そういう事にしておくわ」

 優しく微笑む沙紀ちゃん。

 その手にそっと触れ、彼女の気持ちに応えてみせる。

「俺は今すぐでも移りたいね」

 鼻で笑うケイ。

 それはいいけど、この子の場合審査を通らないんじゃないの。

「全く、あの男もどうしようもないな。学校とやりあうとか偉そうな事言って、結局首って」

「仕方ないじゃない」

「どうだか。所詮その程度の人間な……」

 机に伏せ、動かなくなった。

 正確には、動けなくなった。

 真後ろから、塩田さんが警棒を突きつけたので。

「もっと言ってみろよ」

「一生ついて行きます。連合万歳。塩田議長万歳」

「どっちにしろ、俺は来年卒業だ。いつまでも俺が議長でもないだろ」

「退学って事もありますしね」

 懲りないな、この人も。

 ただしそれは塩田さんも面白かったらしく、薄く微笑んで机に腰掛けた。

「そこは、机です」

「みたいだな」

 処置なしといった具合に首を振るサトミ。

 分かってはいるけど、言わなければ気が済まないんだろう。

「お前、遊んでていいのか」

「部下が大勢いますから。塩田さんこそ」

「俺は首になったから、何をやっても自由なんだ」

 勝ち誇ってまで言う事では無いと思うけどな。

 沙紀ちゃんは苦笑気味に笑い、狭い室内を見渡した。

「少なくともG棟に関しては、連合のガーディアンを受け入れる用意はあります。希望者、無論それだけの資質を持った者だけですが」

 厳しさも含んだ、単なる友情や信頼だけではない話。

 だがそれは、決して悪い感じはしない。

「その辺は任せる。元野達と相談してくれ。まだ具体的にどうなるかは、分かってない。俺の首は決定にしても、連合全体を潰すとなれば多少揉めるからな」

「分かりました。では、今から交渉しますので」


 颯爽と部屋を出て行く沙紀ちゃん。 

 とはいえこっちはやる事がないので、ちんまりと椅子に座ったまま。

「はいはい」

 いや。やる事はあったか。

 冷蔵庫を開けて、食べ物を渡す作業が。

「チーズって。どれだけ食べる気だ」

「何が」

「知らん。それよりも、揉めるなよ」

 誰に言ってるのかな。

 部屋の中には塩田さんを除くと4人しかいないし、その内の誰かだろう。

「雪野。お前に言ってるんだ」

「私は、何も」

「さっき自警局へ殴り込みに言っただろ」

 怖い顔で睨まれた。

 そういえば、そんな事もあったっけ。

 遠い昔の記憶というか、とっくに忘れてた。

「始末書とか言ってる場合じゃないから今回は不問にするが」

「だって」

「聞きたくない。とにかく、お前らは大人しくしてろ。……いつまで食べてるんだ」

 ショウの頭をはたき、チーズを持って行く塩田さん。

 それが気にくわなかったらしく、飛びかかるショウ。

 何がって、チーズを取り上げられた事にだろう。



 馬鹿馬鹿しくなったので、外の空気を吸いに出る。

 本当、誰が揉めるって話だな。

「こんにちは。引っ越しはどうなりました?」

 にこにこと笑う渡瀬さん。

 悪気はないだろうが、相手によっては誤解を生む。

 でもこの可愛い笑顔なら、問題はないか。 

「ちょっと延期。どうしたの、それ」

「購買で売ってました」

 彼女の頭上でふらつく、赤い風船。

 可愛いと言えば、可愛い。

 ただこの間の秋祭りを思い出すと、ちょっと怖い。

「雪野さんもどうですか?」

「もう、そういう年じゃないし」

「柿のお酒に漬けたお菓子のおまけですよ。とろとろに溶けてて、汁が滴ってくるような」


 話の途中で購買へ走り、風船をもらう。

 勿論、柿もね。

 試食もしたし、残りはみんなで食べるとしよう。

 だけど風船を持ってるのは、私達くらいかな。

「結構間抜けだね」

「まあ、今更ですよ」

 明るく笑う渡瀬さん。

 身もふたもないが、もっともだな。

「相棒は」

「ナオですか。連合がどうなるかって話し合ってますよ。向こうの移籍希望者の受け入れ準備とか」

「渡瀬さんは?」

「雪野さんの隣にいます」 

 分かったような、分からないような返事。

 とはいえ間違いではないので、これ以上はつっこまない。

 自分は何をしてるんだという話でもあるし。

「そういえば連合に、傭兵がいた」

「金髪の馬鹿みたいな奴ですか?」

 可愛い顔から飛び出す、辛辣な口調。 

 そのギャップが余計に、厳しさを強調させる。

「ああいうのじゃなくて。もっと、まとも」

「舞地さん達みたいな?」

「あれもまともじゃないでしょ」

 周りにないか確かめて、そう答える。

 いても、そう答えるけどさ。

「真面目な感じの人。格好いいと言えば、格好いいかもね」

「へぇ」



 一見は百聞にしかず。

 何故か知らないが、忙しいらしい神代さんまで付いてきてる。

「意外と広いね」

 バトンで壁を叩く土居さん。

 呼んでないよ。

「まあまあ。いいじゃない、これからは私達が使うんだから」

 勝手な事を言い出す石井さん。

 この人こそ、忙しいじゃないの。

「山下は?」

「すぐくる。それより、格好いい男ってどこよ」

「風間さんは?」

「あれは格好いい部類には入らないわね。外見はともかく、馬鹿だから」

 こくこくと頷く土居さん。

 身内には容赦なしか。

「どこにもいないじゃない。もう、帰った?」

「私に聞かれても。真面目そうな人だったから、仕事をしてるとは思うけどね」

 簡素なキッチンの中に入り、適当に探す。

 塩昆布発見。

 もったいないから、もらっておこう。

「先輩、何してるの」

「受け渡すにしても、これは連合の備品でしょ。だったら、私が持ち帰る権利はあるんじゃなくて」

「個人の私物だったら」

 とりあえず聞き流し、棚を開けて回る。

 ちっ、まんじゅう一つ残ってない。

「何か、お探し物ですか」

「探してはないんだけど。あればいいなとは思ってる」

 振り返る前に分かる、彼の気配。

 打ち込んでくる事を想定した、足の位置。

 無論仕掛けてこないにしろ、自分達の居場所ではなくなった以上警戒を怠る理由はない。

「あれ、あなた」

「どうも」

 軽く会釈する男性。 

 石井さんは鷹揚に頷き、彼の肩を軽く叩いた。

「知り合い?」

「ここへ来る前の学校で、ちょっとね。ふーん。今は君が仕切ってるの」

「そういう訳でもないんですが。部門責任者の一人です」

 礼儀正しい男性。 

 そういう素振りではなく、敬意を込めた態度。

「偉いんだね。頑張って」

 鷹揚に彼の肩を叩き、カーペットもめくってみる。

 何か隠してあると思うんだけど、どこにもないな。

「格好いい男って。へぇ」

 素直に感心する山下さん。 

 グローブをはめだしたのは、意味不明だが。

「ここは、私が使っていい訳?」

「馬鹿ね、あなた。ここは、生徒会の執行部が利用するのよ」

 山下さんの頭を撫で、噛んで含めるように説明する石井さん。

 だったら、さっきの自分はどうなんだ。

「皆さんは、執行部の警備組織にはご興味ありませんか」

「スカウト?何か、メリットある?」

「今の組織よりは好待遇ですし、将来的には皆さんの所属する組織の上部団体になる可能性があります」

「なるほど。じゃあ、私だけ入れて」

 にこりと笑う石井さん。

 柔和で、穏やかとも言える顔。

 だが今浮かんでいる笑顔は、周囲を凍り付かせるには十分な迫力。

 無論、それに動揺する人間はどこにもいないが。

 愛想良く微笑んでいる彼も含めて。

「残念ですね。どうやら、お二方も同意見のようですし。雪野さんは、いかがですか」

「私の事知ってるの」

「失礼ですが、学内で知名度のある方は一通り記憶しています」

「私は無名だと思うけどね」

 サトミやショウなら、まだ分かる。

 後は、モトちゃんとか。 

 しかし私は小さくて、多少格闘技をかじっているという程度。

 人目を引く存在ではないし、昔揉めた人間が恨んでるだけだろう。

「なんにしろ、私はそういうの興味ないから。のんびり派だし」

「お知り合いも、同様ですか?」

「多分ね。あ、そうそう。浦田、浦田桂は?」

「真っ先に除外されました。有能な人間だとは思うんですが、彼を好まない人間が執行委員会にいるようでして」

 あっさり門前払いか。

 せっかくやっかい払いが出来ると思ったのに。

 どこでも使えない子だな。

「だったら、無理。塩田さん雇ってよ」

「え?」

「どうせあの人、暇そうにふらふらしてるんだし。掃除くらい出来るからさ」

「いや。それはちょっと」

 初めて見せる、困惑の表情。

 余程塩田さんが邪魔なのかな。

 それとも、頼む事自体がどうかしてるのかな……。



 こんな所にいても、埒があかない。

 どこにいても、埒はあかないが。

 やる事が思いつかないので、よそに行く。

「やってるね」

 腕を組み、グラウンドを監視する。

 懸命に走る少年と少女。

 荒い息、額に浮かぶ汗。

 青春だね。よく知らないけどさ。

「もうリレーは終わったわよ」

「いつの話してるの」

「大体、それ何」

 人のサングラスを指さすニャン。

 会うたびに言ってくるな。

「ここは眩しいからね。くらくらするの。調子は」

「問題なし。メダルとは言わないけど、ファイナルなら出る自信ある」

 彼女が指すのは、国内レースでもアジアGPでもない。

 国際大会。それも、世界選手権やオリンピックという話。

 実際、そのくらいのレベルだしね。

「でも、遊んでていいの?塩田さんが解任されたって聞いたけど」

「らしいよ。でもあの人のんきにしてるから、気にするの止めた」

「どっちもどっちね。暇なら走る?」

「そこまで暇じゃないんだけどな」


 ヘアバンドに触れ、腰を上げる。

 スターターの合図。

 それとほぼ同時のスタート。

 前には誰もいない。

 後ろを振り返る余裕もない。

 今はただ走る。

 その事だけを考える。

 一気にゴールを駆け抜け、ようやく後ろを振り返る。

「11秒切ってます」

 呆然とした顔でタイムを告げる女の子。

 最近怠けてたからどうかと思ったけど、まだまだ大丈夫らしい。

「相変わらず、すごいわね」

 長い髪をなびかせやってくる黒沢さん。

 それ程でもないが、学内ではそれなりの記録らしい。

「でも、ここで遊んでていいのかしら」

「いいの。私は議長じゃないし」

「風船みたいね」

 勝手気ままという事か。

 外見とは思いたくないな。

「サインもらおうかな」

 屈託なく笑う青木さん。

 何だ、借金の保証人にでもなって欲しいのか。

「署名じゃないですよ」

 あっさり読まれてしまった。

 それ以前に、私のサインよりもニャンのサインだと思う。

 というか、今でも値が付くらしいけどね。

「みんな騒いでるのに、雪野さんは余裕ですね」

「当然じゃない。人間、落ち着きが肝心よ」

「でも、生徒会へ殴り込みを掛けた女の子がいたって聞きましたけど」

「じゃあ、その子は落ち着きがないんでしょ」

 適当に答え、顔を背ける。

 そういう、余計な情報はすぐに漏れるらしい。

 もしくは、それだけの大事件かも知れないが。

「馬鹿?」

 真顔で尋ねてくる黒沢さん。

 そんな事聞かれると、自分でも考え込む。

 馬鹿ではないともうが、頭は良くないだろう。

 でも、あの瞬間は我慢が出来なかった。

 自分の事以上の怒りというか、理性が完全に吹き飛んだ。

 それを馬鹿と呼ぶなら、私は馬鹿で十分だ。

「ユウユウは、それだけ先輩思いなの。なんといっても、初恋の相手だし」

「へぇ」

「ふーん」

「な、なによ。わ、悪いの」

 一斉に首を振る3人。 

 聞き耳を立てていたらしい、周囲の子達も遠ざかっていく。

 なんか、例えようもなく恥ずかしいな。

「もういい。こんな所へいても仕方ない」

「暇なんでしょ。これ、バスケ部に届けて」

「カードキー?」

「体育倉庫の掃除は、クラブの持ち回りなの。ほら、走って」


 走る必要はないが、走って駄目な理由もない。

 でもってすぐに、限界に達する。

 本当に体力がないというか、考え無しというか。

「えーと、マネージャーか誰かいます?」

「何、入りたいの」

 例えではなく見上げる程の男の子が、真上から覗き込んでくる。

 面白いには面白い。

 少し前だったら、頭から床に倒れただろうが。

「じょ、冗談だよ。誰かいるか」

「ん、どうした」

「この子が、マネージャーに用事だって」

「君は、雪野さん?」

 優しく微笑む、格好いい男の子。

 ショウには負けるが、いい線はいっている。

 でも、どこかで見た顔だな。

「沙紀……。丹下さんの知り合いだよ」

「ああ。えーと、木村君」

「そう。マネージャーは今いないんだけど。用なら、俺が聞くよ」

「これ、体育倉庫のキー。陸上部から、預かってきた」

 カードキーを手渡して、仕事を終える。

 子供でも出来るお使いという考えは、この際捨てる。

「わざわざどうも。今、一人?」

「ええ。やる事ないし」

「ガーディアンは揉めてるって聞いたけど。暇みたいだね」

「私はね」

 軽く答え、足下に転がってきたボールを抱える。

 何度かついて、手を変える。

 股の間をくぐらせる程足は長くないので、再び抱えてすっと踏み切る。

「よっと」

 リズミカルに、レイアップシュート。

 ネットをくぐり、落ちてきたボールを掴んで下がりながらの再びシュート。

 落ちてきたのをやはり掴み、勢いよく地面を蹴る。

 さすがにダンクは無理だが、ネットに触れるくらいの位置まで飛んで近くからシュート。

「すごいな」

 素直な、感嘆の声。

 お世辞もあるだろうが、プロ候補に誉められるのは素直に嬉しい。

「でも、あなたは大学からスカウトが来てるんでしょ」

「プロ志望だし、そこくらいは無いと。普段、偉そうにしてる意味がない」

 なるほど。

 強気な態度は、志の高さの裏返しという訳か。

 それも無論、実力に裏打ちされた。

「よっと」

 軽やかな跳躍。

 リングを越す腕。

 それが勢いよく振り下ろされ、ボールはあっさりとリングをくぐる。

「すごいね。やっぱり」

「跳んだだけさ。チェックされる訳でもないし」

「意外と醒めてるんだね」

「どうも。暇なら、これも持って行ってくれないかな」


 SDCへの報告書を受け取った。

 わらしべ長者ならいいんだけど、単なる使いっ走りに過ぎないからな。

「遊んでいいの?」

 笑い気味に尋ねてくる鶴木さん。 

 別に遊んでる訳ではないし、第一やる事がない。

 殴り込みは、もう済ませたし。

「いいんです。それより、これ。バスケ部の報告書です」

「ありがとう。塩田君の調子は」

「ここぞとばかりに遊んでるみたいです」

「彼らしいといえば、らしいか。しかし連合の解体とは。意外と思い切るわね」

 感心はするが、驚かない鶴木さん。

 意外ではあるが、予想の範囲内でもあるという訳か。

「君は、どう思う」

「さあね。まあ、荒れるのは悪くない。たまにはこれも振りたいし」

 腰へ差した木刀へ手を置く右動さん。

 真意は不明だが、近付かない方が無難だろう。

「で、雪野さん達はどうする気」

「何をです」

「今後の身の振り方よ。誘いはあるだろうけど、どこかに決めた?」

 ここでもスカウトか。

 自分でも思っている以上に、世間の評価は高いらしい。

 サトミ達のおまけという気も、しないでもないが。

「私は特に。とりあえず、連合というか今のままですよ。行く所はないし、行く気もないし」

「他の子も?」

「多分。浦田桂なんてどうです?」

「どうかしら」

 後ろに控えている右動さんを振り返る鶴木さん。

 すでに答えは分かっているという顔で。

「彼自身は有能だろうけどね。無名な割には、一部で評判が悪いんだ。玲阿君なら、喜んで引き取るよ」

「あり得ませんので」

 素早く答え、話を打ち切る。

 やぶ蛇どころの話じゃないな。

「ただ、現状はあまり楽観的じゃないわよ。本当に、後悔しない?」

「さあ。今は別に、何も考えてないので」

「のんきな子ね。これ、生徒会に持って行って」



 メッセンジャーボーイというか、ガールというか。

 だけど私って、そんなに暇だったかな。

「な、何か」

 バトンを前にかざし、思いっきり身構える完全装備のガーディアン達。

 こっちは制服姿で、DDを一枚持ってるだけ。

 ただ、自業自得という言葉が聞こえなくもない。

「SDCから、報告書を持ってきただけ。ほら、ID」

「チェ、チェックします」

 端末に表示される、私の名前。

 アポは事前に取ってあるので、問題はない。

 今回はね。

「で、では、どうぞ」


 先導するガーディアン。

 後方にも数人付いてくる。

 VIP気分といいたいが、内側にいる私を押さえ込むためだろう。

「これ、持ってきました」

「は、はい。確かに」

 爆発物でも扱うようにDDを持って行く、総務局の受付。

 私が何をやったっていうのよ。

 いや。やってたか。

 それも、ついさっき。

「もういい?」

「えと、こちらにサインを」

「はいはいと。終わり?」

「は、はい。ありがとうございました。お、お茶でもいかがですか」

 そういう事じゃないと思うんだけどな。

 断る台詞を考えていると、受付の奥にお茶のセットを手にしている女の子が目に入った。

 帰るのは簡単だけど、それはそれで気まずそうだな。

 居座っても、気まずいだろうけどね。



 衆人環視ではないが、受付の奥でお茶を飲む。

 お菓子も食べる。

 さっさと済ませて、帰るとしよう。

「何してるんですか」

 バインダーを抱え、私を見下ろしてくる小谷君。

 所属は自警局だが、局長付きなのでこういう所へ出入りする機会もあるんだろう。

「見ての通り、お茶飲んでる。変に気を遣われてさ」

「殴り込みを掛けられれば、誰でも気くらい遣うでしょう。それより皆さんは、連合の解体の事で大騒ぎしてますよ」

「らしいね。でも、慌てたら解体しなくて済むの?」

「そう来ましたか」

 かなり笑われた。

 とはいえ好意的になので、よしとしよう。

「何か、情報無いの」

「無くもないですよ。解体は確定。その後はある程度を生徒会ガーディアンズへ吸収。その生徒会ガーディアンズも、執行委員会の下部組織になるというスケジュールです」

「その辺は、少し聞いた。連合の本部にいた、格好よくて腰の低い子に」 

 格好いいという注釈はどうかとも思うが、見た目は重要だ。

 初対面で判断する材料なんて、限られてるし。

 いくらいい人でも、ぼろぼろの服で汚れた格好だったら誰でも近付くのを遠慮する。

 それで優しく接する事が出来る人は、余程の善人としかいいようがない。

 ヒカルとか木之本君とか、あの辺りの人間みたいな。

 すると小谷君は何度か頷き、近くにあった卓上端末を起動させた。

「傭兵との噂ですが、履歴は綺麗なんですよね。人当たりもいいし、交渉担当でしょうか」

「さあ。傭兵といっても、色々いるから。沢さんや舞地さんも、広い意味では傭兵でしょ」

「あの人達も、かなり特殊ですからね。今いる馬鹿連中の新しい手段だとしたら、かなり有効ですね。今でもすでに、何人かシンパがいますから」

 なるほど。

 でもあの感じだと、人受けはいいだろう。

 彼の言う通り、その裏側は全く分からないが。

「組織的には、自警局とはどうなの」

「向こうの方が上ですね。現時点では、執行委員会がトップ。彼らは、そこ直属の警備組織。自警局はそこから下にある組織ですから」

「ふーん。じゃあ、その内向こうに吸収される訳?」

「俺達が在籍している間は、どうでしょうね。ただ、下に付いてるのは間違いないです。当然、こびを売る奴も出てきますよ」

 辛辣な台詞。

 ただし向こうが上部組織である以上、そういう人間も出てくるだろう。

 その善し悪しまでは、私には判断出来ない。



 多少考え事をしつつ、特別教棟を出る。

 気を抜いていたせいか、周りに人がいるのに気付かなかった。

 気付けば一歩下がり、そこに木刀が振り下ろされた。

「このっ」

 降り上がってくる木刀の横を蹴り、角度を変えて自分の顔を叩かせる。

 右からの打ち込みを今度は受け流し、左から突っ込んできた男に当てさせる。

 足下に転がる、二人の男。

 自分達でやったので、私は知らない。

 そういう事にしておこう。

「何か用」

「くっ」

 当たり前だが、説明もなく去っていく男達。

 考えられるのは、一つ。

 連合解体で、私はガーディアンではなくなる。

 今まであった特権や、自分を守っていた権限も。

 襲うには、申し分ない機会。

 いや。それは私にも限らないか。



 学内を駆け抜け、オフィスに戻る。

 誰もいなくて、置き忘れか書類の束がむなしく風にそよいでいる。

 襲撃された形跡は無し。

 昔の名残は、ともかくとして。

 だとしたら、モトちゃんの所か。

「大丈夫?」

 床にへたり込み、息も絶え絶えにそう尋ねる。

「それは、ユウでしょ」 

 もっともな事を言ってくるサトミ。 

 しかし何かをいう余裕もなく、這いつくばるようにしてソファーへ向かう。

「何かあったの?」

「お、襲われた」

「とことん恨みを買ってるわね。ここには、何もなかったわよ。それってユウが、生徒会へ殴り込みを掛けた事への報復じゃなくて?」

 なるほど、と納得する程大人ではない。

 もう一度襲い返す程の気力もないが。

「連合は解体しても、そう簡単には襲ってこないわよ」

「こ、根拠は」

 顎を振るサトミ。

 ケイは鼻で笑い、私とお茶を持っていたショウを指さした。

「虎や熊にケンカを売る馬鹿はいない」

「ほ、他の子は?」

「無名な人間を襲っても仕方ない。勿論散発的にはあるだろうけど、それは今までもあった。問題はその先。こっちを弾圧し出してから」

 何だ、弾圧って。

 隠れキリシタンじゃあるまいし。

「ガーディアンの集団イコール、武装集団。解体されても、残党は残る。当然目障りだから、潰しに掛かる」

「抵抗したら?」

「今まで、ガーディアンに抵抗した連中はどうなった?」

 どうもこうも、停学になったり謹慎になったり。

 それらの処分はなくても、無事には済まなかった。

「じゃあ、どうするのよ」

「俺に聞くな」

「あ、そう。モトちゃん」

「私は残務処理で忙しいの。どこへ行こうと何をしようと勝手だけど、静かにして」

 怒られた。

 仕方ないので距離を置き、何をやってるのか遠巻きに覗き込む。

 書類をめくってるだけで、これといった事はやってない。

 忙しい振りをしいてるだけだ。

 なんて言ったら血を見るので、大人しく黙ってソファーに正座する。

 意味はない。

 意味はないけど、やってみる。

「で、どうするの」

「何もしようがないだろ。何も分からないんだし」

 もっともな事を言うショウ。

 ただそれは今までも話していた通り、後手後手に回る事でしかない。

 そうしか出来ないとも言うが。

「面白くないね」

「殴り込んで、気が済んだだろ」

「どうかな。あの程度じゃ全然」

「程ほどにしろよ」

 頭をはたかれるショウ。

 彼をきつい目で睨むサトミ。

 どうやら、殴り込みを掛けたのは私だけではなかったらしい。

 警戒の度合いが尋常でなかったのは、そのせいか。



 先輩への敬意。

 自分の感情。

 冷静に考えれば、思いとどまった方がいいに決まっている。

 それで何も好転はしないのだから。

 だけど、そうは出来ないだろう。

 自分が自分である限り。

 同じ事をする人がいる限り……。













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