27-2
27-2
のんびりとお茶をすすり、窓の外を見る。
自分のオフィスですごす、穏やかな秋の午後。
急ぐ仕事もないし、やる事もない。
たまにはこうして、ゆったりと時を過ごすのもいい。
「暇だね」
「面白いわよ、これ」
机に置かれる、厚い参考書。
テストも近いので、仕方なくページをめくる。
年表か。
しかし、本当にこの年で合ってるのかな。
「いい国作ろうは?」
「今時、そんな出題はされません。それと1192年は、征夷大将軍に就いた年。幕府の開府を考えれば、もう少し前よ」
また一つ勉強になった。
ただテストには出そうにないので、すぐに忘れるとしよう。
えーと。ご恩と奉公だ?
少なくとも、私は何の恩も受けてないな。
「どうかした?」
「私は尽くすばかりで、何のメリットもないなと思って」
「ガーディアンの事?手当をもらってるじゃない」
これが、上に立つ者の意見だな。
東男も、不満を持つ訳だ。
「じゃあ、もっとちょうだいよ」
「連合の財政は限られてるから、支払う分も限られてるの。欲しいなら、他の学校も警備してきて」
何の話をしてるんだか。
やっぱり朝廷。
じゃなくて、学校をどうにかしないと駄目なようだ。
「反乱。反乱を起こそう」
「あなた。足利尊氏?」
そこまでの大物じゃないと思うけどな。
だけど、そのくらいの気概は持っていたい。
勿論、反乱なんて起こしようがない。
大体一人で暴れるのは、反乱じゃなくて駄々っ子だ。
「これ、やってくれ」
オフィスに来るや、目の前に書類の束を積むケイ。
でもって、封筒も渡される。
「内職?」
「企画局で配る資料」
「ガーディアンでしょ、私達は」
「手当も出る。俺は寝る」
ああ、そうか。
しかも、本当に寝始めた。
しかしここで何かすると、手当が危うい。
いじめるのは、もらった後にしよう。
「年末助け合い運動にご協力を。もう、そんな時期なんだ」
「この前の売上金でも寄付したら」
「悪くないね。でも、これを元手にもう一儲け出来ない?」
「賭け事は良くない」
堅実な事を言ってくるショウ。
でもって、頼んでもいないのに封筒に書類を詰めている。
この人の良さは、どこから来てるのかな。
「だって、どうせならたくさん寄付したいじゃない」
「だったら、働けばいいだろ」
真面目な子だな。
いいや、不真面目な子に聞こう。
「ねえ」
「俺は寝てる。もう、何もしたくない」
どれだけつついても、顔すら上げない。
理由は知らないけど、精も紺も尽き果ててるようだ。
でも、それはケイの都合。
私には関係ない。
「お金増やしたいんだけど。それも確実に。でも短期間で、出来るだけハイリターンで」
「無くもない」
「競馬?オートレース?」
「いや。アングラの、非公然の賭け。ショウの義兄さんが絡んでる、例の試合」
なる程、そういう事か。
もう一度つつき、詳しく確かめる。
「風成さんに賭ける訳?」
「当然。あの人の実力は意外と知られてないから、低いといってもそれなりのオッズにはなる。3倍は固い」
「じゃあ、この前神代さんを襲った馬鹿から巻き上げたお金も出してよ。それも突っ込むから」
「あれは、俺のお金。ユウのじゃない」
構わず彼の端末を引き寄せ、口座を確かめる。
しかしパスワードを要求して来て、なおかつ変な音がした。
「わっ」
突然火花を散らす端末。
壊れた訳ではなく、わずかだが電流が表面を流れたのだ。
「な、何これ」
「池上さんに頼んで、セキュリティを強化した」
「初めに言ってよね。それと、お金」
「うるさい女だな。俺も風成さんに突っ込むからいいんだよ。大体一人で大金を賭けると、怪しまれる。こういうのは小口で、オッズを見ながら少しずつ賭ければいいの」
なるほどね。
その辺には詳しくないので、任せておこう。
でもって、後から回収しよう。
その前に、納品を済ませるか。
リュックを背負い、運営企画局までやってくる。
「納品に来ました」
「え?……ああ、寄付の書類」
戸惑いつつ封筒の束を受け取る、受付の女の子。
それにしても、紙だと思って油断してた。
この前の本みたいに、行き倒れになるかと思ったくらいだ。
「ん、雪野さん。どうかしたの」
「内職の納品です」
「ああ、これ。浦田君に頼んだんだけど、仕事が早いわね。少し、手当を上乗せするから」
嬉しい事を言ってくれる天満さん。
だけど、現物支給じゃないだろうな。
「口座は、雪野さんのでいい?」
「いいです」
誰の許可も得ず、即座に答える。
多いとは言えないが、決して少なくもない額。
案外、悪くないな。
「何か、お金に困ってるの?」
「私は別に」
「そう。野菜売ってるのを見たって子がいるから」
随分嫌な話が広まってるようだ。
ただそう言われると、最近お金絡みの話が多い。
私の財布に残るのは、どれだけか知らないけど。
オフィスのよりも高級なお茶を飲み、一息付く。
お菓子も美味しいし、ここは極楽かも知れないな。
「寄付なんてやってるんですね」
「社会貢献も考えないと。お金儲けだけじゃ仕方ないでしょ」
「はぁ」
「本当は、私が寄付してもらいたいくらいだけど」
明るく笑い飛ばす天満さん。
しかしこの人クラスの収入はどのくらいか分からないので、答えようもない。
ケイ辺りに言わせれば蔵が建つらしいけど、塩田さんなんて足が出てるからな。
「またバザーでもやるんですか?」
「少しは。ただメインは、企業を回っての募金活動。雪野さんもやる?」
「まさか」
そんな事したら、親を呼ばれるかお駄賃をもらうのがオチだ。
でも、食品メーカーなら回ってもいいかな。
「嶺奈、いる?あら、雪野さん」
「こんにちは」
「こんにちは。取りあえず、三社から回収してきた」
封筒を机に放る中川さん。
中を見させてもらうと、企業名のサインされた小切手が入ってた。
しかし、この桁数っていくらなのよ。
「本当、ですか?」
「少ないくらいよ。その企業の年間売り上げがいくらだと思ってるの」
「そう言われれば、そうですけど。ふーん」
「で、これが物の方」
企業名と、提供された物品の一覧をまとめた書類。
車10台だ?
「それは福祉施設へ回す分。対人地雷除去機は軍へ渡すから、また別ね」
「すごいですね」
「悪く立ち回れば、1台くらいもらえるわよ。その後の保証は出来ないけど」
なんか、ケイ辺りがやりそうだな。
というか、あの子を介してもらえばいいんじゃないの?
「なんか、私達の集める額なんて少な過ぎですね」
「金額じゃないのよ。大切のは気持。何かをしたいっていうね」
朗らかに笑う天満さん。
その笑顔に、少しだけ気持が楽になる。
「寄付は、どうなってます」
ひょこりと現れる副会長。
でもって書類を手にして、眉をひそめた。
「集まりが悪いですね」
悪いのか。
なんか、根本的に考え方が違うようだ。
「第一、中部庁が入ってません」
「え?そんな所も?」
「当然です。無論税金からの出資なので手続きは煩雑ですが、きっちりと回収します」
妙に力を込める副会長。
なんだか、ここにいるのが怖くなってきた。
「雪野さんも、野菜の売り上げを少しお願いしますね」
「え、ええ。知ってるんですか?」
「有名ですよ。ひまわりの種は、どうかと思いますが」
また、嫌な情報まで知ってるな。
今後はもっと、冷静に行動しよう。
なんて事を、もう何年考えてるんだろうか。
「希望さえあれば、菜園でも作りますが」
「結構です。それより、学校はどうなってるんです」
「随分飛躍しますね。どうにも厳しいですよ」
のんきに答える副会長。
どうもこの人と話してると、何かずれてる感じになる。
「一つ仕掛けてくる兆候も見られますし」
「大丈夫なんですか?」
「無論です。塩田は知りませんけどね」
意味が分からないので、本人の所へやってくる。
しかし執務室に、姿はない。
木之本君が、生真面目に掃除をしてるくらいで。
「塩田さんは?」
「さあ。用なら、僕が聞くけど」
秘書じゃないんだからさ。
取りあえず椅子に座り、そのまま起き上がれなくなる。
大きいし沈み込むしで、何度座っても馴染めないな。
「ユウ。遊ばないで」
人を引っ張り起こし、代わりに座るモトちゃん。
彼女は身長があるし足も長いので、その姿は様になっている。
それこそ、自分の居場所のように。
「全く、仕事もしないで何をしてるんだか」
文句を言いつつ書類をこなしていくモトちゃん。
本当、誰が一番偉いのかって話だな。
「塩田さんは何してるの?」
「さあ。僕に聞かれてもね」
秘書も知らないんじゃ、どうしようもない。
いいや。適当に家捜しでもしよう。
「モトちゃんのしか置いてないね。ああ、この前掃除したから」
「そう。でも、もう明け渡しの書類が来てるの。怪しい兆候ではある」
目の前に滑ってくる、その書類。
所有権委譲に伴う委任状と、書いてある。
サイン欄は、空欄のままだが。
「書かないの?」
「まだ、受け渡す準備が出来てない。それに、その理由もない。どうも、怪しいのよね」
「ふーん。木之本君は、どう思う?」
「塩田さんがいないし、どっちにしろサインは出来ないよ」
何だ、それ。
結局あの人は、この組織にとってどういう存在なのかな。
「でも、差し止めていいの?」
「いいの。差出人が、理事会だもの。普通は、生徒課でしょ」
「どう違うのか分からないけどね。お菓子無い?」
「木之本君。砂糖上げて」
面白い事言う子だな。
それと、砂糖を持ってこないだろうな。
さすがにそういう子ではなく、ちゃんとしたお菓子を持ってきてくれる。
「和三盆か」
あっさりした甘さと、口の中で溶けていくような食感。
形も綺麗に細工されていて、食べるのが惜しいくらい。
食べるけどね。
「これ、どうしたの」
「天満さんからもらった。寄付の余りだって」
ふーん。ある所には何でもあるな。
でもって、私の所には何もないな。
いいや。こうしてたかって、生きていくから。
「これ、美味しいわね。もっともらえば良かった」
「モトちゃん、製法知ってるの?」
「結局は砂糖でしょ。サトウキビを加工した」
「まあね。でも、こねて作るんだよ。手でこねで」
綺麗な男の子が作るなら、食欲は沸く。
しかし得てして、和菓子職人はおじいさん。
その技術に不満はないけど、こねるという点には引っかかる。
「モトちゃん、どうかした?」
「食欲を失った」
「もったいない。木之本君は」
「僕も、ちょっと」
青白い顔で手を止める二人。
という訳で、残りを頂く。
最近は機械加工がメインとは告げずに。
余った分をティッシュに包み、お茶をすする。
二人はまだ遠い目で、床をじっと見つめている。
「他にないの?」
「知らない。それより、仕事は」
何だ、それ。
聞いた事のない言葉だな。
「サトミに怒られても知らないわよ」
聞きたくもない言葉だな。
しかしそれはもっともなので、ドアへと向かう。
「……外に、誰かいる」
「どうして分かるの」
「気配。モトちゃんは、そこから動かないで」
「カメラには写ってないけど」
しかし私を疑おうとはせず、声をひそめるモトちゃん。
木之本君も警棒に手を触れ、ドアの横へ移動する。
「塩田さんって事は?」
「可能性はある」
「それに、ここまで突破する人間がいる?」
「まあね。取りあえず、私が出る」
木之本君に、ドアを開けるようハンドサインで伝える。
全部ではなく、少しだけ。
私がぎりぎりくぐれるくらい。
「せっ」
出来た隙間にスティックを振り抜き、即座に引いて突きを繰り出す。
伝わってきたのは、尋常ではない気配。
気を抜いていたら、こっちが負ける。
手応えはなし。
しかし距離は開けた。
もう少しドアを開けてもらい、スティックで顔を防御しつつ部屋を出る。
移動する人影。
すり足で後を追い、腰を落として下から振り抜く。
何かで受け止められた感覚。
即座にスティックを離し、前蹴りから肘を放つ。
スティックの上からの打撃。
若干スティックが浮いている分、打撃の威力は増す。
首筋に走る、冷たい感覚。
すぐに伏せて、顔を防御し足を振り上げる。
「っと。落ち着いて」
喉元に突き付けたかかとを、銃の台座で止める沢さん。
この人なら、さっきの気配も頷けるか。
「何してるんです」
「部屋を明け渡さないと聞いたんでね」
「私じゃなくて、モトちゃんです」
「責任者はいないのかな。塩田君は」
知ってるという顔で笑う沢さん。
そんな事くらいで、あそこまでの殺気を放たなくてもいいと思うんだけどな。
どうやら、軽くからかわれたようだ。
「あら、沢さん」
「やあ。生徒会から、部屋を明け渡すよう通知が来てるはずだが」
「現在、塩田議長と協議中ですので。しばらくお待ち下さい」
「君が実質的なトップだろ。しかし、受け渡しにはまだ早いはずなんだが」
モトちゃんと同じ推測。
彼の手にも、さっき見たのと同じような書類がある。
文面は違う物の、趣旨は変わりない。
「どういう事なんです」
「君達は何かと、体制に反抗的だからね。少しずつ、芽を摘んでいくつもりなんだろう」
「ふーん」
「僕達じゃなくて、雪野さん達の事だよ」
嫌な指摘をしてくる木之本君。
しかも、真顔で言うな。
「それと近い内、建物自体も明け渡すよう言われるはずだ」
話をはぐらかされた気がしなくもない。
無論それは、私の事以上に大きな問題ではあるが。
「どういう事なんですか」
冷静な表情で尋ねるモトちゃん。
沢さんは担いでいたショットガンを近くの机に置き、静かに首を振った。
「立場上、多少は情報を得てる。ただ、守秘義務もあってね」
「学校が関わってるという意味ですか」
「まあね。君達も本気なら、学校も本気。これからは、きつい事になりそうだ」
他人事のような呟き。
モトちゃんは冷静な表情を崩さない。
木之本君も、同じように。
動揺しているのは、私くらいか。
「じゃあ、どうするんです」
「僕に言われても。学校とやり合うんだろ」
「やりますよ」
がっと吠え、机を叩く。
床に落ちる銃。
飛び出す弾。
わっと飛び退き、モトちゃんへしがみつく。
「な、なにこれっ」
「そ、それはこっちの台詞よっ」
二人して抱き合い、ひーひー叫ぶ。
何か、鼻まで出てきたな。
「き、汚い。木之本君、ティッシュッ」
「はいはい。沢さん、セーフティは」
「しないよ。そうじゃないと、いざという時撃てないだろ」
ごく自然に答える沢さん。
だったら、いざじゃない時はどうなんだ。
まだ鼻も出てるしさ。
「と、とにかく、これからはセーフティをお願いします」
「検討するよ」
「お願いします」
静かに、区切って頼むモトちゃん。
沢さんは青い顔をして、慌て気味に頷いた。
脅さないでよね、それもフリーガーディアンを。
「銃は、塩田君に渡しておいて」
「沢さんのじゃないですか」
「僕のは、鼻が出るくらいでは済まないから」
悪かったな。
でもって、また鼻が出た。
オフィスのドアを開けた途端、サトミに怖い顔で見下ろされたので。
「いつまで遊んでるの」
「だって」
「だってじゃありません」
お母さんか、この人は。
いっそ、もう帰ってこなくていいですって言わないかな。
「今日は、ご飯抜きよ」
「誰の権限でそんな事」
「口答えする気」
ますますお母さんじみてきたな。
仕方ないので謝って、エアコンの温度を上げる。
廊下が意外と寒いのよ。
「……温度が上がらないんだけど」
「夏にも言っただろ。学校が、調整してるんだよ」
「陰謀じゃない?」
一斉に白い目で見られたので、さっきの話を説明する。
しかし寒いから、また鼻が出てくるな。
「受け渡し、ね。だったら、ここも危ないのかしら」
「まさか」
タオルケットにくるまり、ぬくぬくする。
ここを追い出されたら、どこへ行けばいいのかという話だ。
いや。それ以前に、ガーディアンとしての活動にも困ってくる。
「じゃあ、どうするのよ」
「人に聞かないで、まず自分で考えなさい」
「あ、そう。……で、どうするの」
少しは考えた。
で、分からなかったので聞く。
それより、寒いのよ。
「明け渡しの事?」
「エアコン。温度」
「確かに、少し冷えるわね。施設管理は内局だから、そこへ行くしかないわ」
さすがにタオルケットではなく、ジャケットを羽織り移動する。
でもって、特別教棟に入った途端それを脱ぐ。
明らかに、オフィスよりも高い温度。
こういう事をやるから、生徒会は評判が悪いんだ。
特に、私の評判が。
「あの、どちらへ」
制止しようとする、完全装備のガーディアン。
違うか。
胸元に付いているIDは、例の執行委員会の物。
それだけで、苛立ちが倍増する。
「内局の総務課か施設管理課。アポが必要なら取って。今すぐ。早く」
「は、はい。すぐに」
慌てて連絡を取る男の子。
揉めるとか、そういう要素をこちらから強制的に排除する。
暑いのよ、もう。
「たまには、落ち着いて振る舞ったら」
「今度考える」
「また、そういう事言って。……何か用」
きつい眼差しを、前にいならぶ武装集団へと向けるサトミ。
向こうはそれに恐れをなしたのか、一斉に通路を開ける。
どっちがどうなんだって話だな。
「どうでもいいだろ」
だるそうに壁際で背をもたれるケイ。
いっそ人生ごと、どうでもよくしてやろうか。
「あのね」
「来た、誰か来た」
「ちっ」
舌を鳴らして、ケイが指差した方向へ顔を向ける。
やってきたのは、制服姿の数名の男女。
愛想のいい笑顔を浮かべてはいるが、どこか冷たい感じは否めない。
「ようこそ」
ようこそ、ね。
さながら、私達はここには用のない人間みたいだな。
「ここでは何ですので、場所を変えましょうか」
通されたのは、応接用らしき部屋。
調度品は整っていて、設備も充実。
何より、暖かい。
「暖房、についてですか」
「そうよ。寒いのよ」
サトミに脇をつつかれるが、こればかりは譲れない。
鼻が出るんだって。
「ご意見の趣旨は分かるんですが。生徒もあまりいない状態で、暖房の温度を上げるのも問題がありまして」
「学校全体を暖房しろとは言ってない。人が集まる場所だけを上げてと頼んでるの」
「1度上がる事に、光熱費も当然ですが増大しまして。なかなか、そう簡単にはいかないんですよ」
「じゃあ、どうしてここは暖かいの」
それこそ、当然の疑問を口にする。
すると答えていた男が、おかしそうに笑いだした。
決していい感情は抱けない、冷たい笑顔で。
「この建物は、デスクワークが中心ですので。どうしても体が冷えるんです」
「じゃあ、馬鹿みたいに動いてる私達は寒くてもいいって訳」
「そういう事ではないんですが」
だったら、どういう事なんだ。
机でもひっくり返したくなったが、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ここへ来たのは、何度も思うが無駄だったか。
しかしだからといって、何も言わないのは我慢が出来ない。
言っても、我慢は出来ないが。
「責任者は誰。温度……、じゃなくて教棟の管理の」
「私が」
「あなたは係長クラスでしょ。施設の維持は、最低限主要ポストの課長以上のはずよ」
淡々と指摘するサトミ。
一瞬にして顔色を変える男。
つまりは、馬鹿なクレームをあしらう広報か。
「そのために私達は、施設管理課なり総務課に来た訳」
「しかし、今は仕事が立て込んでいまして」
「さっき、受付にいたじゃない。暇そうに雑誌を読んでたけど、何がどう忙しいのかしら」
「それは」
当たり前だが答えは返らず、視線が彷徨うだけ。
すぐに後ろの方で端末が取り出され、どこかと連絡が始まった。
やって来たのは、神経質そうな女。
サトミが言うには、備品課の課長らしい。
「ご説明があった通り、温度は上げられません」
面倒そうな説明。
取りあえず、口調だけは丁寧にしたという程度の。
「何故でしょう。そういった規則、規定でもありましたか」
「今までの慣習です」
慣習、ね。
言いたい事は幾つもあるが、今はサトミに任せておこう。
「慣習でしたら、変える事も可能なはずです。特に温度管理に関しては、体調の維持とも密接な関係がありますから」
「それ程低くは設定していません」
「風邪を引き、持病を悪化させたとして。医療部に彼等が通った場合、その医療費は誰が払うとお思いですか」
「それは、私の管轄ではありません」
冷たく返す女。
他人事というか、自分の事以外はどうでもいいという訳か。
「あれだ、あれ」
急に口を開くケイ。
ただし、私達に聞こえるくらいの小さな声で。
「何よ」
「部屋が寒い、やる気が出ない。それとも、帰りたくなる。で、学校はどうなる」
「ガーディアンが減る。……まさか」
「そういう側面があるかも知れないって事。全体の温度設定が低いってのも怪しいな。特定の場所。つまり執行委員会と関わってる場所は、温度が高いんじゃないのか」
低い笑い声。
本人が言う通り推測でしかないが、あながち否定も出来ない内容。
「分かりました。では、現在の温度状況を一度確認させて頂けますか」
「どうぞ、ご自由に」
案内されたのは、システム類を扱うらしい部屋。
端末と大きなモニターが幾つも並び、生徒と職員人らしき人が混じって働いている。
ただ温度管理といっても、実際はボタン一つでどうにでもなる事だろう。
「全体を呼び出してもらえますか」
「分かりました。教棟全体の映像を」
正面にある大きなモニターに映し出される、学内の全体像。
そこから、一般教棟だけが選択されて表示される。
「使用状況と、現在の温度をお願いします。温度別に色分けして」
女を介さず、サトミの指示通りに代わっていく画面。
特別教棟は一様に赤。
対して一般教棟は、オレンジかもう少し淡い色が目立つ。
「色調変化は1度ずつで」
もう少し変わる映像。
ただし分かったのは、色が変化したというだけ。 それ以外は、皆目見当も付かない。
「なんなら、他の施設も表示します?」
嫌みっぽく申し出る女。
サトミはたおやかに微笑み、言われた内容を繰り返した。
映像は前と同じ。
温度に違いがあるのは理解出来るが、具体的に何がどうなってるのはその範疇を越えている。
「温度管理のシステムを呼び出して。マクロ図だけでいいから」
図表へと切り替わる画面。
細かい文字と、入り組んだフローチャート。
当然一つ一つの命令に伴う流れが書かれているんだろうけど、これは完全に理解不能。
いや。ここにいる人間も、温度管理は出来てもこの図表を理解している人間は少ないだろう。
「……お手数を取らせました。もう結構ですので」
丁寧に頭を下げるサトミ。
女は陰険に微笑み、わざとらしくサトミの前で髪をかき上げた。
「いえ、こちらこそ。またのお越しを、お待ちしています」
取りあえず、壁を叩く。
それでどうにかなる訳ではないが、若干は怒りが発散出来る。
「落ち着け」
「落ち着けない」
「もういい」
呆れるショウを放っておき、もう一度叩く。
でもって、手が痛くなったので止める。
何か、頭突きでもしたくなってきたな。
「雪野さん。程々にお願いします」
苦笑する小谷君。
とても程々には出来ないが、彼の立場もあるのでどうにか我慢する。
「暖かいじゃない、ここ」
「俺に言われても。そういう設定なので」
特別教棟内を移動して、今は自警局自警課。
本当に、この待遇の違いは露骨過ぎるな。
「ここからシステムに侵入して、温度を変えるつもりですか?」
「そんな面倒な事はやらないわ」
否定するサトミ。
ただ、出来ないとも言わない。
使っているのは、卓上端末。
さっきのシステム室のとは、性能的には比べようもない。
扱ってる人間は、ともかくとして。
「温度の配置を記憶してるとか」
「まさか。あの画面を呼び出すだけよ。それに、いちいち思い出すのも疲れるわ」
怖い会話を交わす、ケイとサトミ。
でもって表示されたのは、さっきの映像。
どうやったのかは知らないし、これがシステムへの侵入ではないのかと指摘したくなる。
「連合は、ほぼオレンジね。逆に生徒会は、もう少し高め。適温といった所かしら」
「むかつくな。で、本題は」
「その中でも、若干の温度差がある。ほら、私達の所」
拡大表示されるG棟。
私達のオフィスは、低いどころの騒ぎじゃない。
というか、廊下と大差ないじゃない。
「ここ、ここは」
「暖かそうね」
オレンジよりも濃い色になっている、連合のオフィス。
つまりは、執行委員会寄りという訳か。
「頭を下げれば、温度くらい上げてくれるだろ」
「ああ?」
「睨むな。取りあえずここは暖かいし、荷物でも運び込むか」
「浦田さん、そういう事は冗談でも言わないで下さい」
そんなに私達は迷惑か。
「それと遠野さん。ここからシステムに侵入するのはちょっと」
「いいじゃない。私は困らないわ」
「俺が困るんです」
「気にしないで」
何を気にしないんだか。
仕方ないのでお茶をすすり、さっきもらった和三盆を取り出す。
「ショウも食べる?」
「ああ。……何だ、砂糖か」
言うと思った。
日頃いい物食べてるはずなのに、こういう事ばかり言う人だな。
「食べた事無い?」
「さあな。もう一つくれ」
伸びてきた手をはたき、サトミにあげる。
そういうありがたみのない子には、本当に砂糖でも上げたいくらいだ。
「俺にもくれよ」
「嫌だ。小谷君も」
「あ、どうも。へぇ、和三盆ですか」
ショウとは違い、感心しつつありがたそうに食べる小谷君。
やっぱり、こうでなくっちゃね。
「ちっ」
「へっ」
いじける男の子二人。
何か愚痴ってるようにも見える。
「分かったわよ。小谷君、何か無い?」
「さあ。夜食ならあるんですけど、玲阿さんだと全部食べるから」
「どうせ俺は、食い意地が張ってるよ。悪かったな」
「その夜食は、学校の金だろ。つまりは俺達が払った施設維持費も含まれるんだぞ、要は。いい身分だな、生徒会様は」
何かうるさいな、この子達。
全く、たかがお菓子一つじゃない。
「ちょっと、もう駄目だって」
伸びてきたサトミの手をはたき、最後の一つを確保する。
全く、人のお菓子を何だと思ってるのかな。
食堂にやってきても、まだ文句を言っている。
仕方ないので、コロッケをショウのお皿に乗せる。
でもって、すぐに静かになった。
「これから、どうするつもりなんです」
「とりあえず、温度の違うオフィスを全部チェック」
「誰が?」
「誰かいるかしら」
薄く、優しく微笑むサトミ。
小谷君も疲れたように笑い、そばをすすった。
人にはあれこれ言うくせに、すぐ人を使うんだから。
「何か言いたい?」
「別に。もう飽きた」
ふかしたジャガイモの食べ残しもショウの皿に乗せ、お茶をすする。
大体最近、芋しか食べてない気もするな。
「俺一人でやるんですか」
「そんな難しい仕事でもないでしょ」
「手間はそうですけど。不正行為に近いですからね」
「悪い連中だ」
鼻先で笑うケイ。
人が苦労するのは、本当に好きそうだな。
「1年だけで頑張りなさい」
「はぁ。じゃあ、やってきます」
「まとまったら、すぐ端末に送ってね」
「あ、はい。では、失礼します」
礼儀正しく去っていく小谷君。
それを平然と見送るサトミ。
この子は一体、何者なんだろう。
「本当に不正行為なのか?」
「大した事ない。それに、ばれなければ何一つ問題ない」
「そういう問題か」
細かく追求するショウ。
ケイは知らんという顔で、デザートのザクロをポケットにしまった。
食べないなら、私にくれてもいいじゃない。
「さてと。帰って寝よう」
「放っておいていいの」
「何を。小谷君を?さっきの馬鹿を?学校を?」
「一度に言わないで」
ポケットから落ちたザクロを宙で拾い、リュックにしまう。
落ちたんだから、誰の物でもない。
「あなた、ザクロ好きだった?」
「別に」
「前世で飢え死にでもしたんだろ」
それは、未だに皿をさらえているショウだろう。
寮の自室に戻り、腕を組む。
困った事態になっているのは分かった。
でも、どうしたらいいのかは分からない。
とりあえず、落ち着くか。
まずはお茶を入れて、こたつに入って。
早生のミカンを食べて。
なんか、眠くなってきた。
少しだけ横になろう。
気分が落ち着けば、何かいい考えも思い浮かぶ。
暖かいしお腹は一杯だし、こんなの所にも天国があるとは思わなかった。
もぞもぞと丸くなり、目元を押さえる。
ちょっと明る過ぎるから、照明を落としてと。
もう、言う事ないね。
明るいので、目を開ける。
知らない間に、リモコンでも触ったのかな。
「あれ」
思わず声が出た。
白い、まばゆい日差し。
上からではなく、横から降り注ぐ。
時計の示す時刻は、明らかに朝になっている。
というか、朝じゃない。
わっと飛び起き、制服に着替える。
でもって顔を洗い、髪をとかす。
冷凍のおにぎりを解凍して、給湯器のお湯でお茶を入れる。
急ぐのは急ぐ。
食べるのは食べる。
分けて考えないと。
「よし」
部屋を飛び出て、走りながらキーをロック。
3段飛びで階段を駆け下り、手すりを飛び越え外に出る。
普通に走っていても間に合わない。
とにかく最短距離で走っていく。
花壇?
飛ぶ。
用具箱?
当然飛ぶ。
塀?
途中に足をかけ、そのまま体をあげて上に手をかける。
セキュリティの部分を避け、足を引っかけ飛び降りる。
真下に自転車発見。
それも飛び越え、きびすを返す。
「自転車っ。自転車っ」
「え?あ、はい。IDは?」
「はい。はいっと」
IDを放り、一番小さいレンタルの自転車へ飛び乗る。
返してもらったIDをコンソールに差し、勢いよくこぎ始める。
後ろへ流れていく景色。
いや。車も置き去りにして前に出る。
歩行者の多い歩道は危ないので、車道を疾走。
当然車道も危険はあるが、そこは集中力でカバーする。
ここは左折。
むろん速度を落とさず、体を傾けリアを流す。
そのままコーナーを曲がり、緩やかな坂を駆け上がる。
上がりたい。
上がればいいな……。
ぎりぎり、HRには間に合った。
間に合ったけど、聞いてない。
今日一日の体力を、全部使い果たした気分。
もう動けないし、その気力もない。
何が自習だ。
「あなたは、何がしたいの」
そんな事、私が知りたい。
でもいいか。
帰りは下りだし。
「スクーターがあるだろ」
「駐輪場まで行くより早いと思ったの」
話すのもつらくて、体に力が入らない。
知恵もないが、スタミナもないな。
「何だ、自習か」
今頃、悠々とやってくるケイ。
当然だが私のように疲れ切ってはないし、焦った様子も見られない。
ますます自分が馬鹿じみてきた。
「死にそうな顔してるけど」
「お前と違って、真面目に来てるんだ」
嬉しい事を言ってくれるショウ。
ただ慰めにはなるが、何の頼りにもならない。
「水、水」
「持ってくる」
やっぱり頼りになる人だ。
しかし、水を飲んだくらいでどうにかなるのかな。
なる訳がなく、午前中は半分抜け殻。
でもってお昼を食べて、ようやく脱皮。
ただまだ羽化したばかりなので、激しくは動けない。
「昨日小谷君に頼んだデータ、来てるわよ」
「それで、どうなの」
「連合内で、学校寄りと思われるのは10%」
端末で細かいデータを示すサトミ。
むろん単なるエアコンの温度に過ぎないし、これ自体私達を混乱させる手段かもしれない。
ただ、一つの視点としては考えてもいいだろう。
連合内にも、そういう人がいる可能性はあると。
「いいじゃない。誰が、どうだろうと」
はっきりと言い切り、サングラスをかける。
人は人。自分は自分。
今はいい意味で割り切りたい。
何をするにも、それは自分の決断。
自分の事なんだから。
「本当に?」
「当然。サトミ達も、抜けたいなら抜けて」
「今更、何言ってるのよ。こっちは、完全に巻き込まれてるのに」
「あ、そう。さてと、どうしようかな」
「やる気だけじゃなくて、少しは考えなさい」
冷たい事を言う子だな。
しかし、それももっともか。
では、どうするか。
まずは、端末を見よう。
今日のお勧めは、抹茶プリン。
大福もいいな。
本当、自分でも笑えてきた。




