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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第25話   2年編前編最終話
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     25-5




 制服に着替え、リュックを背負って学校へやってくる。

 久し振りの活気と賑わい。 

 目を開けていなくても、声や雰囲気でそれを体感する。

「大丈夫?」

「全然」

 サングラスに触れ、位置を直す。 

 そして杖を動かし、足元を確かめる。

 人が多く、またその動きが予測出来ない状況。

 さすがに、手探りだけでは心許ないので。



 教室へは行かず、教職員用の特別教棟へ向かう。

 休学していた期間の診断書や、保健関係の書類を受け取りに。

 いつもなら迷って仕方ないが、今は全く問題なし。

 GPSと連動したアナウンスをイアフォンで聴き、杖で床のブロックを確かめながら歩いていく。

 どこに何があるかは、聞けばすぐに端末が教えてくれる。

 言ってみれば、地図の上を歩いているような物だ。

「どこ行くの」

「事務局」

「こっちじゃない」

 腕を引いて、右へ行こうとするサトミ。

 こっちは足を踏ん張り、杖を手すりに掛けてこの場に留まる。

「改装してるから、今日はこっちなの」

「詳しいわね」

「まあね」

「端末がよ」

 余計な事を付け加えてきた。

 それがもっともなだけに、余計腹が立つ。

「うー」

「唸らないで。あなた、本当に変わらないのね」

「変わってどうするの」

「もういいいわ。ここね」 

 どうやら受付に着いたらしく、誰かと話を始めるサトミ。

 後は放っておいても大丈夫なので、ソファーを探してしゃがみ込む。

 何か、行動がおばあちゃんじみてきたな。

「お茶をお持ちしましょうか」

 そんなサービスまであるのか。

 場所が場所だけに、至れり尽くせりだな。

「紅茶でよろしいでしょうか」

 番茶が良いな。 

 などと思いつつ、欠伸をしてソファーに崩れる。

「タオルケットをお持ちしましょうか?」

 ここでようやく、私に言っていると判断する。

 恥ずかしいのでもぞもぞと起き上がり、ソファーの上に正座する。

「いえ。結構です」

 ぺこりと頭を下げ、膝の上に手を置く。

 何か、とてつもなく恥を掻いたな。

「お茶はどうしましょう」

「いえ。お構いなく」

 もう一度頭を下げ、ソファーから転げ落ちそうになる。

 ちょっと柔らか過ぎだな、これ。

「何してるの、あなた」

「誰が」

「ユウ以外に、誰がいるの」

 ちょっと汗が出てくるような台詞。

 どうやらさっき声を掛けてくれた人は、どこかへ行ってしまったらしい。

「お茶くれるっていうからさ」

「タオルケットは」

 見てたのか、この女。

 まあいいか、自分は何も見えてないんだし。

「こっちが恥を掻いたわよ」

「悪かったわね。で、書類は」

「全部渡して、全部受け取った。この後は、どうするの」

「授業に出ても意味無いし、その辺をほっつき歩こうかな」



 当たり前だが、一人では動かない。

 手を引かれ、よろよろと学内を歩く。

 端から見ればかなり間抜けだろうが、私は全然恥ずかしくない。

 目が見えないというのは、意外といいかも知れないな。

「へろー」

 何か、私以上に間の抜けた挨拶が聞こえてきた。

 でもって、頭を撫でられた。

「少し見ない内に、小さくなったわね」

 そんな訳あるか。

 せめて、痩せたって言ってよね。

 池上さんは人の頬を引っ張り、腕も揉み始めた。 

 品定めでもしてるのか、この人は。

「目以外は、何ともないのね」

「少しだるい」

「あ、そう。私はだるくないし、関係ないわ」

 それもそうだ。

 仕方ないので彼女に寄り掛かり、胸に顔を埋める。

 暖かいし柔らかいしで、言う事無いな。

「何、この子。甘え癖でも付いてるの」

「後輩が慕ってるんじゃない」

「よだれ垂らさないでよ」

「あのね。……と」

 サングラスがずれて、耳の所で引っかかった。

 無くてすぐに困る訳ではないが、掛けていた方がいいのは間違いない。

「それ、何」

「あ」

「目。瞳の色」

 ああ、その事か。

 じぶんではまだはっきりと見えていないが、うっすらと青いらしい。

 アングロサクソンのような青ではなく、青みがかって見えるというくらい。

「何人よ、あなた」

「そんな事言われても。大体、日本人じゃない」

「目は青い。小さい。顔は丸い。よだれは垂らす」

 おい、それは関係ないだろ。

 やいやいうるさいのでサングラスを掛け、目元を押さえる。

 開けていた分多少疲れたが、前のように痛んだりする事はない。 

 何より、あの嫌な感覚も。

「痛いの?」

「全然。疲れただけ」

「神経を使うのよ。真理依、背負ってあげたら」

「嫌だ」

 一言で終わらした。

 仕方ないのでこっちで動き、背中にすがる。

「重い」

「いいじゃない。あそこ、疲れたからラウンジ行って」

「私は馬じゃない」

「うるさいな。いいから、歩いてよ」



 ラウンジにしては静かで、人の気配も少ない。

 足元が、畳のような気もする。

「どこよ、ここ」

「うるさい」

 邪険に答える舞地さん。

 むかつくがどこにいるか分からないので、手をさまよわせて手がかりを探す。

 手の届く範囲は、畳のみ。

 座敷牢じゃないだろうな。

「まあ、いいか」

 四つんばいで這って、壁際へ移動する。

 でもって、壁を背にしてしゃがみ込む。

 四方に空間があるより、少しでも遮蔽されていれば危険も薄れる。

 一番いいのは壁の隅だけど、そこへ辿り着くまでが危ないので。

「お茶」

「あ?」

「喉乾いた」

 足元に転がってくるペットボトル。

 それを転がし返し、手を叩く。

「暖かいお茶がいい」

「この」

 怒り混じりの声を出す舞地さん。

 しかしこっちは何も見えてないので、気にもならない。

「後、お菓子欲しい」

「なに?」

「お菓子。ビスケットか、クッキー」

 再び足元に飛んでくる袋。

 手に取って袋を開け、匂いを確認する。

「獣か」

 嫌みも聞き流し、チョコクッキーをかじる。

 安っぽい味だけど、それがまたいい。

 高級な味でもいいんだけどね。

「お茶」

「ありがとう。……熱いよ」

「だから」

「いや。ありがとう」

 もう一度お礼を言い、お茶をすする。

 これ以上やると、頭に注がれそうだったので。



「真理依、何してるの」

「私はもう、一生分働いた」

 多分寝転んだまま答える舞地さん。

 大袈裟だな。

 ちょっとお茶をいれて、タオルケットを運んできただけじゃない。

 これだから、お嬢様っていうのは。

「ここは、どこなの」

「宿泊用の場所みたいね。畳敷きの方が楽でしょ」

 どこかの誰かとは大違いの気遣い。

 これからは、池上さんに付いていこう。

「それで、いつまでいるの?」

「追い出すの?」

「あのね。私達は暇だけど、呼び出しがないとも限らないし。いくら何でも一人はまずいでしょ」

「私は問題ないけどね。端末と杖さえあれば」

 逆にそれがないと、多少は困る。

 自宅ならともかく、これだけ人の多い場所では何が起きるか分からないし。

「……と、言ってる側から。真理依、行くわよ」

「ああ」

「じゃあね。誰か来るように言っておくから、大人しくしてなさい」

「行ってらっしゃい」



 端末で学内放送を聞きつつ、ぼんやりと時を過ごす。

 何の予定もないし、やる事もない。

 それに苛立ったり、焦燥感を抱く事も。 

 私がいなくても世の中は動く。

 むしろ今は、大人しくしてる方がいいだろう。

 自分を卑下している訳ではなく、冷静に考えて。

 やる時はやる。

 やらない時はやらない。

 そして今は、慌てる時ではない。


 ただ、慌てた方がいい時もある。

 端末でトイレの位置を確認しつつ、先を急ぐ。

 どうして部屋のは、鍵が掛かってるのよ。

 今すぐ何かが起きる訳ではないが、決して安穏ともしていられない。

 しかしそれ程速く歩く訳にもいかず、かなりもどかしい。

 杖に何か当たる感覚。

 人。

 というより、革靴か。

「あ、済みません」

 靴の感覚があった方へ頭を下げ少し避けて歩き出す。

 しかし目の前に気配を感じ、再び足を止める。

 正確には気配だけではなく、コロンやコンディショナーの香り。

 顔に触れる風の感覚で、距離を測る。

「邪魔ね」

 嫌悪感を露わにした声。

 なる程、こう来たか。

 無論ここで揉める訳にはいかず、もう一度謝り歩き出す。

 鼻先を過ぎる風。 

 見えていないが、明らかに腕が通り過ぎた。 

 おそらくは壁に手を付き、行く手を遮ったのだろう。

「聞こえなかった?邪魔なのよ」

 聞こえてる、とは言わず今度も頭を下げる。

 それでも解放される様子はなく、逆に周囲を囲まれた。

「ここから消えろって言ってるの」

「魔女に見える?」

「え?」

「魔法は使えないから、消えるなんて出来ないのよ」



 我慢出来るなら我慢する。

 これが私個人に対して言われているなら、すぐにでも引き返す。

 しかし、状況は違う。

 間違いなく、目が見えない人への嫌がらせ。

 性質の悪い、人とも思えない行動。

 このまま放っておいていい訳がない。

 他の誰かに、被害を及ぼさないためにも。

「この」

 一気に悪くなる空気。

 ただ、誰かが助けに駆けつけるような雰囲気はない。

 どうも、かなり人気がない場所のようだ。

 端末を持ってくるのも忘れたし、一人でどうにかするか。

「調子に乗って。泣いても知らないわよ」

 泣く、ね。

 玉ねぎでも持ってきたのか。

 取りあえずサングラスの位置を直し、杖の感覚を確かめる。

 スティックやバトンよりは軽いが、強度の点では問題ない。

 また外出する時は常に持ち歩いているため、手にも馴染んでいる。

 壁に穴を開けるくらいは、問題ないくらいに。

「聞いてるの」

「聞いてない」

 即座に答え、杖を肩で担ぐ。

 声からして、相手は3人。

 足音に規則正しさはなく、息遣いもみだれ気味。

 口はともかく、実力としてはたかが知れている。

 とはいえこちらは目が見えていないという、ハンディはある。

 あくまでも慎重に行くとしよう。

「馬鹿が。裸にして、放り出してやるから」

「背中でも流してくれるの」

「このっ」

 踏み込んでくる足音。

 顎を引き、杖を逆手に持って腰を落とす。

 そのまま膝を伸ばし、腕を横へ振って。


「ん」

 振り抜く前に、動作を止める。

 幾つかの叫び声を聞いた後で。

 声の感じからして、強い刺激を受けた様子。

 学内という場所柄、スタンガンだろうか。

 同士討ちの可能性は薄く、誰か親切な人が助けてくれたようだ。

「ん?」

 鼻先を微かに漂う、甘い香り。

 記憶にはあるが、あまり思い出したくはない。

「矢加部、さん?」 

 返答はなく、足音だけが遠ざかる。

 甘い香りを残したままに……。



 用を済ませ、さっきの部屋へと戻る。

「どこ言ってたんだ」

 焦り気味の、ショウの声。

 トイレに行ってましたとは言えず、適当に答えて畳の上を這う。

「おい」

「何」

「いや。どうでもいいけど、そういう恰好するな」

 恰好って別に。

 待てよ、確かにかなり問題だな。

「見ないでよ」

「見てない」

 そう言われると、これ以上はコメントのしようがない。

 でもってその辺にしゃがみ込み、手探りで周囲を確かめる。

 特に危険な物は無し。

 あるとしたら、自分くらいか。

「今日、矢加部さんいる?」

「会ってはないけど、いるんじゃないのか。彼女が、どうかした?」

「別に。お礼言っておいて」

「は」 

 疑問を凝縮したような声。

 彼でなくとも、こういう反応をするだろう。

「どうして」

「いいの。お礼を言えば」

「ああ。分かった」

 何が分かったんだか。

 とはいえ頼んだ事はやってくれるので、取りあえずは解決した。

 借りを作ったという気はしないでもないが、その辺は忘れる事にしよう。

「誰もいない?」

「ああ、俺だけ。池上さんに呼ばれて」

「ふーん。今何時」

「もうすぐ、昼かな」



 何が大事って、食べるのが一番大事。 

 この前の自分は、改めてどうかしてた。

 ずるずるとラーメンをすすり、おにぎりを食べる。

 サングラスは曇ってるんだろうけど、関係なし。

 目も開いてないしね。

「すごい食欲だな」

「そうかな」

「前は食べてなかっただろ」

「まあね」

 そう答え、ふと疑問に思う。

 不安、と言い換えてもいい。

「どうして知ってるの」

「え?」

「食べてなかった事。誰かから聞いた?」

「そ、そう。聞いた」

 取り繕うような口調。

 疑問も不安も尽きないが、今は食べる事を優先しよう。

「デザートはどうする」

「プリンある?」

「持ってくる」

 消える気配。

 聞こえ始める周囲の声。

 楽しげな、明るい雰囲気。

 自分がのけ者にされているとは思わない。 

 その中の一人と感じられる、今の心境。

 やはりこの間までの自分は、どうかしていた。

 ただ、あの時の事を忘れる必要はない。

 冷静さを欠き、自暴自棄になり、我を忘れていても。

 あの時だって、間違いなく自分だったのだから。



 デザートを食べ終え、かなり満足をする。

 何の予定もないし、後は帰って寝るだけ。

 気楽としか、言いようがない。

「お前、何してるんだ」

 背後に、いきなりの気配。 

 杖を手に取り、振りに掛かる。

「お、落ち着け」

「ユウッ」 

 止められる、杖と腕。

 どうも、まださっきのイメージが残っていたらしい。

「目、見てるのか」

「いえ。閉じてますよ」

「怖い女だ」 

 しみじみ呟く塩田さん。

 もう一度振ろうかと思ったが、すでにショウが持っていった後だった。

「ちょうどいい。塩田さんに、話があるんです」

「分かった。ここだと何だから、俺の部屋へ来い」



 どこでも一緒のような気はするが、確かにあまり大勢いても良くはない。

 まずはお茶を飲み、クッキーをかじる。 

 舞地さんからもらったのとは違って、かなり高級な味。

 微かにブランデーの香りもするな。

「おい」

「え?ああ、そうか」

 もう一度お茶を飲み、姿勢を正してサングラスを外す。

「私、やります」

「何をだ。リレーなら、この前やっただろ」

「そうじゃなくて」

「分からんな。ガーディアンをしばらく休むとか言い出すと思ったら」

 机の上に、足が乗る音。

 何だかな。

「だから、やるんですよ」

「何をだ」

「学校と戦うって言ってるんです」

「は?」 

 さっきのショウ同様、疑問の塊の口調。

 そんなに変な事を言ったかな。

「お前。頭にまで、毒が回ったのか」

「至って正常です。何か、おかしいですか」

「おかしくはないが。一時の感情で判断する事でもないぞ」

「休んでる間、ずっと考えてました。決して、短い期間ではないと思います」

「馬鹿が。どうなっても知らんぞ」

 呆れ気味の声。

 何か、予想と展開が違うな。

 どういうのか、もっと感動的な事になると思ってた。

 「そうか。その言葉を待ってた」

 とか。

 「お前がいれば、俺も安心だ。後ろの事は任せて、思いっきりやれ」 

 とか言われると想像してたのに。

「熱でもあるのか、こいつ」

「さあ。俺も、今聞いたばかりなので」

 そう言う割には、あまり驚いた様子のないショウの声。

 はっきりはしないが、ある程度は予想していたのかも知れない。

 何を、どう予想したかは分からないけど。

「大体お前、目も見てないんだろ」

「その内治ります。それに見えないからといって、別に困らないし」

「大丈夫か?玲阿、医者に連れて行け」



 目ではなく、頭を疑われたらしい。

 無論医療部へは行かず、ソファーに埋まってお茶を飲む。

 この時期になると、温かいお茶の方が美味しいな。

「お前に、面会が来てるぞ」

「私?どうしてここにいる事を知ってるんですか。大体、学校に来てる事も」

「知るか。何か、悪さしたんじゃないのか」

「別に。あれは勝手に向こうが」

 そこまで答え、口を閉ざす。

 誘導尋問に引っかかったという気がしないでもない。

「どこかの女子トイレ前で、何人かの女が失神してたって連絡があったぞ」

「あれは、私じゃありません。やる前に、誰かがスタンガンか何かで倒したみたいです」

「報告でも、そうなってる。お前は、いつでも揉めるんだな」

 悪かったな。

 それにしても、面会って誰だ。

「面会は、その誰かなんですか?」

「いや、お前のクラスーメートだと名乗ってる。菓子折持ってたぞ」

「どうして」

「俺が知るか。玲阿、連れて行け」

 人を猫の子みたいに言って。

 しかし、菓子折にはちょっと興味があるな。


「私に何か」

「ユウ、こっちだ」

 体の向きを変えられた。

 部屋が狭くて、音が反響するのよ。

 改めて姿勢を正し、同じ事を問い掛ける。

「あの。この前は、ありがとう」

「私、何かやりました?」

「理科準備室で」

「ああ」

 ようやく事態を飲み込み、サングラスに触れる。

 すぐに甦る、あの時の記憶。 

 今でも汗を掻いてしまいそうな、出来れば思い出したくない記憶を。

「大丈夫?」

「全然。目が見えないだけ」

「それは、大丈夫とは言わないんじゃ」

 申し訳なさそうな口調。

 確かに、問題といえば問題だな。

 最近はこの状態に慣れていたので、いまいち分かってなかった。

「その内治るし、問題はない。疲れを気にしなければ、目も開けてられるし。自分達こそ、大丈夫?」

「私達は、数日休んだだけだから。体調ももう戻ってる」

「よかったね」

 正直彼女達の事は、殆ど忘れていた。 

 あまりにも自分の事ばかり考え過ぎて。

 また、あの時の事を思い出したくなくて。

 でも今の話を聞く限りは元気そうだし、一安心といったところか。

「何のお礼も出来ないんだけど」

「いいよ、気にしなくて。私はたまたまあそこにいたってだけだし」

「そんな。とにかく、これ。大した物じゃないけど」

「ケーキだ」

 耳元でささやくショウ。 

 ふーん。良い事聞いたな。 

「じゃ、遠慮無く。チーズケーキがあれば、それで。後は、みんなで食べて」

「モンブランしかないぞ」

「あ、そう。じゃ、モンブランで」 

「何でもいいだろ」

 うるさいな。

 私がもらったんだから、どうしようと勝手じゃない。 

 勿論魔女ではないから、ケーキの種類までは変えられないけどさ。


「今思い出した。あの、馬鹿教師は」

 馬鹿は余計かとも思ったが、ついそう評したくなる。

 彼女達が学校を休む事になったのも。

 私がこういう状態になったのも、あの男の管理がなってなかったからだ。

「学校が調査して、休職になったわよ。美味しいわね、このチーズケーキ」

 聞き捨てならない事を言うサトミ。

 すぐに手を動かし、チーズケーキを探し出す。

「モンブランしかないって、さっき」

「後から、持ってきたみたいね。あなた、催促したでしょ」

「だ、だったら、私のためにじゃないの?」

「知らないわよ。意味が分からないわ」

 この女、一度目に物見せてやろうか。

 さっと杖を逆手で掴み、腰を落として左手を顎に添える。

「危ないわね」

 遠くから聞こえる声。

 おかしいと思ったら、さっきの声は端末から出ていたらしい。

 完全に人で遊んでるな。

「あー」

「うるさいよ」

「うるさくしてるのよ。あー」

「目よりも口をどうにかしたらどうだ」

 間違いなくそばにいたので、指で脇を突く。

 距離感がはっきりしないため、あくまでも程々に。

 それでも、床に転がすくらいはさせる。

「こ、この」

「何よ」

「い、いや。このショートケーキ美味しいな」

 ようやく大人しくなるケイ。

 喉に杖を当てられれば、熊でも静かになるだろう。

「そういえば、塩田さんが何か言ってたわよ。ユウから、話があるって」

「話?……ああ、あの事ね」

 そんな事、まるっきり忘れてた。

 ケーキの力は偉大だな。


「はい?」

「え?」

 変な声を出す二人。

 ショウはさっき聞いているので、特に反応はない。

 どういう顔をしてるとか、どういう態度かまでは不明だが。

「あなた。本気?」

「じゃあ、どういう意味の冗談なの」

「怖い子ね。学校って、雀の学校じゃないのよ」

 何を下らない事言ってるんだか。

 私だって、学校に楯突く事の意味くらいは分かってるっていうの。

 多分。

「前も言ったように、草薙グループ、中部庁、教育庁。つまりは、中央政府を相手にする訳なのよ」

「だから、どうしたの」

「もう、いい。好きにしなさい」

 よかった。分かってくれた。  

 呆れかえったという気も、しないでもないが。

「雪野さん。一つ質問なんですが」

「何よ、浦田君」

「理由は?」

 何だ、理由って。 

 意味が分かんないな。

「あのさ。俺の声聞こえてる?」

「耳は、悪くなってない」

「じゃあ、理由は」

 しつこいな。

 あーあ、チーズケーキ食べたかった。

「おい」

「何よ、もう。理由、理由って」

「一番大切な事だろ」

「どうして。理由なんて、必要あるの?」

 ようやく黙った。

 呆れて口も聞けない、とは思いたくない。

「あのよ、雪野さんよ」

「うるさいな」

「言いたくないなら無理には聞かないけど。言える事もあるだろ」

「そうね。強いて言うなら、むかつくから」

 また静かになった。

 間違いなく、ため息も聞こえてきた。

「それが、理由?」

「悪い?」

「出たよ。この、アバウト女が」

 えーと、杖はどこだったっけ。 

 しかし向こうも察知したらしく、逃げるような足音が聞こえてきた。

「とにかく、これは決定したの。でも、強制はしないから」

「当たり前でしょ」

「何を言ってるんだ」

 どうも、反応が予想とは違うな。

 「分かった。私も一緒にやるわ」

 とか。

 「ああ、俺もやる。大した事は出来ないけどさ」

 くらい、言えないのかな。

「まあ、ユウも色々考えた結果だから」

 こういう、優しい事を言ってよね。

 本当、これからは友達を選ぶ事にしよう。


「え?馬鹿?」

「大丈夫、雪野さん?」

 友達、だと思ってたんだけどな。

 大体、馬鹿ってなんだ。

「あのね。私は真剣にね」

「目も見えない、まだだるい。誰も協力しない。で、何やる気」

 無慈悲な事を言ってくるモトちゃん。

 さすがに木之本君は分別があるので、責め立てては来ない。

 無言である事自体、かなり重い気もするが。

「もういい。私は私で生きていく」

「生きるも死ぬも、人にすがってばかりじゃない。ちょっと、重い」

 仕方ないじゃない、回りを確認しないと危ないないんだから。

「それで、何をやる気」

「さっきも聞いた」

「もう一度聞く。何を、やる気」

 しつこい子だな。

 何をやろうといいじゃない。

 というか、何でもやればいいじゃない。

 じゃあ何かと聞かれると、かなり困るけど。

「他、他呼んで」

「友達に、代わりなんていないのよ」

「うるさいな。いいから、次。次」



「え、何言ってるの?」

「まあ、笑えるけどね」

 聞き返す沙紀ちゃんと、鼻で笑う七尾君。

 どうも評判が悪いな。

 ちょっと、自信が無くなってきた。

「優ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫なんだろ。まあ、笑えるよ」

 所詮は北地区か。

 聞く相手が悪かった。

「後輩、後輩を呼んで」

「次の方どうぞ」

 手を叩くケイ。

 目の前に、人の現れた気配。

 多分私の話は聞こえてたはずなので、反応を待つ。

「あたしも、どうかな」

「確かに、笑えますけどね」

「せいぜい、頑張って下さい」

「しかし、無茶苦茶だな」

 神代さんと小谷君と御剣君か。

 恩を仇で返すとは、まさにこの事だな。

 そんなに恩を掛けた記憶もないけどさ。

「じゃあ、先輩は」

「俺は、どうともね」

「私も」

「同じく」

「あたしも、同感」

 阿川君に石井さん山下さんと、土居さんか。

 だから、北地区はパスだって。

「私はいいと思いますよ。まあ、結果は知りませんけど」

「面白いじゃない。はは」

 多少好意的な渡瀬さん。

 この後の笑い声は、天満さんか。

「まあ、気持はありがたいけどね」

 落ち着いた声で語る中川さん。

 ようやく意見が変わり出す。

 この辺りは、今までの経緯も関係しているだろう。

 実際に中川さん達は、学校と現時点でもやりあってる訳だし。

「とにかく、頑張って」

「はぁ」

 何か他人事というか、突き放された感じ。

 どうも調子が狂うな。

「他に、誰かいないの」

「物好きだね、雪野さん」

「柳。そう、ストレートに言ってやるな」

「笑えるじゃない」

 うしゃうしゃ笑うな。 

 全く、誰一人私の事を分かってくれないな。

「好きにやれ」

 何気ない、ささやくような一言。

 間違いなく私の耳に。

 心にも届いた。

「舞地さん」

 思わず立ち上がり、彼女を捜して手をさまよわせる。

 今の、この気持を伝えるために。

 言葉にもならない、この思いをぶつけるために。

「馬鹿に付ける薬はない」

「あ、あのね」

「何」

「いや。仰る通りです」

 もう、疲れた。

 それに結局彼女の言う通りなんだし、好きにやるか。

 むしろ誰にも迷惑掛けないし、気楽でいいや。



 自嘲気味に笑いつつ、助手席で揺られる。

 あのくらいが、却ってよかったのかも知れないと思いながら。

「世話が焼けるな、本当に」

 頭に置かれる手の平。

 仕方なさそうな、でも温かい口調。

 私もその手に自分の手を重ね、鼻で笑う。

「いいじゃない。私に何が出来るか知らないけどさ」

「俺も、だろ」

「あ、そう。馬鹿じゃない」

「馬鹿同士で、何をやるんだか」

 楽しげな笑い声。 

 笑い事ではない気もするが、重苦しくなっても仕方ない。

 世の中、なるようになる。

 ならなかったら、なるようにすればいいだけだ。

「あーあ」

「なんだよ」

「みんなは、友達甲斐がないなと思って」

「本当に、そう思うか」

 静かな、諭すような口調。

 サングラスを外し、ゆっくりと目を開ける。

 かろうじて見える車の列。

 流れていく街並み。

 そこには存在しない。

 さっきも見てはいない。

 だけど脳裏に浮かぶのは、紛れもなくみんなの笑顔。

 仕方なさそうに。

 だけど私の事を分かってくれている表情。

「さあ、どうかな」

 適当に答え、サングラスを戻す。

 すぐに消える景色。

 だけど消えはしない、みんなの笑顔。

 今まで一緒にいた。

 そしてこれからも一緒に居続ける。


 初めて目が見えた時と同じ笑顔。

 お母さんと、お父さんと同じ表情。

 それと重なる、みんなの笑顔……。 











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