表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
272/596

エピソード(外伝) 24   ~渡瀬さん視点~






     チーム




 元気のない。

 人の話すら聞こえていないような顔。

 何となく、頬を引っ張りたくなる衝動に駆られる。

 無論そういう状況ではいのは分かっているにしろ、今なら平気だと誰かが言っているようにも聞こえる。

「ねえ」

 反応はない。 

 遠い目で、テーブルを見つめたままで。

「ねえ」

 やはり耐えきれず、頬を両側から引っ張ってみる。

 それでも反応は無し。

 無視をしてるのではなく、気付いてないらしい。

「起きてる?」

 肩を揺すったところで、ようやく顔を上げるナオ。

 それこそ、今夢から目が覚めたという具合に。

「……チィ。何してるの」

「もう帰る所。じゃ、また明日ね」

「え、うん。また、明日」

 オウム返しの返事。

 そんな彼女に手を振り、部屋を出る。


 来た時よりも人気の少ない、女子寮の廊下。

 そこを、何人もの女の子を引き連れ歩く男の子。

 玲阿さんではないし、あの人は性格的に無理な気もする。

「ハーレムでも作るの?」

「あのね」

 苦笑する小谷君。

 怪訝そうにこちらを見てくる、回りの女の子。 

 当たり前だが、言い過ぎたようだ。

「ふーん。人気あるんだね」

「生徒会にコネがあるから。ただ、それだけだよ」

 すぐに返ってくる冷静な答え。

 それを否定して甲高い笑い声を上げる、回りの女の子。

 やはり、表面だけの人気ではないらしい。

「ちょっと、いいかな」

「ああ。何か用事」

「多少ね」

 突き刺さってくる周囲の視線。

 これはやっぱり、私が悪いのかな。


 ラウンジの端っこに座り、お茶を飲む。

 小谷君はその前。

 取り巻きの子は、やや遠巻きにこちらの様子を窺っている。

「ああ、神代さんの。馬鹿が絡んでるって話は聞いてるけど」

「そう、それ。追い出すとか取り締まるとか、どうにかならないの」

「目撃者もいないし、本人が申告していない以上難しい」

 何だ、頼りにならないな。

 それを読み取ったらしく、彼はこちらを睨んできた。

 雪野さんではないが、対抗上睨み返す。

「怖いよ。それと、手がない訳でもない」

「何かしてくれるの」

「俺じゃなくて。雪野さん達にさ」

 なる程と言いたいが、問題は幾つもある。

「いきなり人を頼るのはどう?」

「確かに」

「それと、雪野さんも今は調子が悪いみたい。こっちを手伝う余裕なんてないでしょ」

「思った以上に論理的だな」

 悪かったわねと言いそうになるのを堪え、テーブルを叩く。

 本当、頼りにならないんだから。

「睨まれると困るから、もう一つ提案」

「熊でも呼ぶの」

「動物に知り合いはいないんだけど。要は、自分達で解決すればいい」



 机を睨み、メンバーを考える。

 小谷君、自分。

 ナオは除外として、後は。

「チィちゃん、仕事して」

「仕事?」

「そう」

 目の前に積まれる書類の山。

 にこりと笑う沙紀先輩。

 こちらかも愛想良く微笑み返し、上から手に取って、文字を埋めていく。

「神代さんの調子はどう?」

「はかばかしくないですね。私の仕事ぶりも含め」

「なる程」

 笑う先輩。

 私も笑い、お茶を飲む。

 端的に言えば疲れた。

 こういうのはナオの仕事で、私のジャンルではない。

 とはいえ先輩達に仕込まれたので、こなす事に問題はない。

「何か考えてる?」

「小谷君は、自分達で解決しようって」

「悪くないじゃない。大した相手でもなさそうだし」

「力押しなら、そうでしょうけど。それに、メンバーが」

 腕を組み、何人か思い浮かべてみる。

 いるにはいるが、やや物足りない。

「1年に限定する必要はないんじゃなくて」

「それだと、意味がないですよ」

「そう。私は頼るのも、悪くはないと思うけれど」

「何か、重いな」

 ひょこりと現れる七尾さん。

 相変わらず軽いというか、能天気というか。

「神代さんを襲ってる馬鹿は、俺がやっていいのか」

「チィちゃん達が、自分で解決するんだって」

「ほう。頑張れ」

 軽く。しかし、思いやりのこもった笑顔。

 私もにこりと笑い、それに応える。

「あのくらい、奇襲して終わりだろ」

「いや。多少詰めて行動しようと思いまして」

「詰める、ね。そんな器用な事出来た?」

「私は無理ですけどね」

 裏拳からローに繋ぎ、懐に飛び込み襟を掴む。

 次いで後ろから足を払い、倒しに掛かる。

 しかし全てがかわされ、距離を置かれた。

「怖い子だ」

「怒らせるからでしょ。で、誰かあてはあるの?」

「いたらいいんですけど。もう少し、考えてみます」

「俺、心当たりあるんだけどな。でも、あれは駄目か」


 七尾さんの後について、連合のオフィスへやってくる。 

 人材としてこっちのほうが揃っているが、誰かいたかな。

「おう。いたいた」

「どこに」

「見れば分かるだろ」

 頭二つ大きい男の子。 

 顔も精悍というか野性的で、誰も近寄れない雰囲気。

 確かに、いたな。

「御剣君」

「あ?」

 あ、じゃないでしょ。

 しかし、玲阿さんの親戚とは思えない威圧感だな。

「渡瀬さんから、話があるって」

「俺に?何の?」

 露骨に警戒した態度。

 逆じゃないのか。

「ナオの襲ってる馬鹿を、どうにかしたいの」

「こっちが襲って終わりだろ」

「そういう短絡的な方法じゃなくて」

「じゃあ、俺は知らん。細かい事は向いてない」

 逃げようとする所を足払いで止めて、すぐに振り向かせる。

 怒り半分、驚き半分という顔で。

「あ、あのな」

「いいから、付いてきて」


 思った通り睨み合う二人。

 睨んでるのは御剣君で、小谷君は仕方なさそうに笑っているが。

「もう何人か欲しいな。細かい事の出来る人間が」

「小人でも連れてこい」

 何を言ってるんだか。

 でも確かに3人だけでは無理があるくらい、私も自覚してる。

「雪野さんの所に来た後輩は。何か真面目そうな子」

「真田さん?行ってくる」

「いや。別に彼女じゃなくても……」


 改めて、連合の別なオフィスへ移動。

 いた。

 御剣君のような極端に目立つ外見ではない。

 ただその雰囲気。

 他の人とは違う何かが、彼女の存在を際だたせる。

「真田さん」

「え。……ああ、あなた丹下さんの所の」

「渡瀬千恵。ちょっと、時間いい?」

「悪巧み?」

 にこっと笑いながらやってくる元野さん。

 私が何を考えてここに来たのかは、とっくに分かってるという顔で。

「メンバーは」

「小谷君、御剣君、彼女。で、私です」

「取りあえず揃ってるけど、毒がないわね」

 小首を傾げる元野さん。

 毒なんて、ない方がいいんじゃないの。

「小谷君だけでは、ちょっとね」

「はあ」

「丁度来たわね。あの子にも、話をしてみたら」

 彼女の視線の先。

 綺麗だけど、険のある雰囲気。

 御剣君とは違う意味で、近寄りがたい。

「こんにちは」

「私に、何か用?」

「手伝って欲しい事があって」

「私に?面倒な事は嫌なんだけど」


 構わず、オフィスへ連れてくる。

 多分、メンバーはこれでいい。

 それぞれの短所を補い、能力的にも高い。

 後は計画を立てて、実行するだけだ。

「また、変わった取り合わせね」

 やや皮肉っぽく笑う緒方さん。

 そう言われれば、そうだろう。

 普段一緒にいる組み合わせではないし、男の子二人は険悪に近い。

「で、神代さんを襲ってる連中をどうにかするって?人数は揃ったんだし、今から襲えば」

「無難にやりたいんだって。小谷君が」

「やったやられただと、悪循環だから。向こうを殺すくらいのつもりなら、話は別だけど」

「怖い事言うわね。じゃあ、任せる」

 あまりやる気のない態度。

 正確に言うと、やる気がみなぎってるのは私くらいか。

「難しい事はやらない。相手メンバーの特定と、背後関係の調査。周囲と分断して、説得に掛かる」

「駄目なら?」

「その時は仕方ない」 

 どうするとは言わない小谷君。 

 ただ言わんとする事は分かる。

「だったら、初めからそうすればいいだろ」

「証拠も証言も何も無しにか。こっちが退学になるぞ」

「ちっ。日和見やがって」

 そういう問題なのかな。

 小谷君は気にした様子もなく、卓上端末に何人かのデータを呼び出した。

「一応、相手は分かってる。今の所大人しいようだけど、背後関係がはっきりしない」

「それを調べろと?」

 静かに問い掛ける真田さん。

 また返答を待つ前に、自分の端末へ情報を転送し始めた。

「浦田さんの説を借りると、こいつらは歩兵。玲阿さんを脅してるのが小隊長で、その後ろにもう一人かもう一グループあるらしい」

「危険度は」

「人数だけで大した事はない、らしい。俺は弱いから、その辺は任すよ」

 御剣君、そして私へと向けられる視線。

 その辺の役割は分かってるので、小さく頷き拳を固める。

 言われなくても、やってみせる。

 誰のためでもなく、ナオのために。

「調べるのは、より具体的な構成と傭兵とのつながり。それと考えたくないけど、学内組織とのつながり」

「つながっていて、何か困る訳」

 分かって尋ねるような口調の緒方さん。

 小谷君は曖昧に笑い、手を叩いて私達を促した。

「悪いけど、用事があってね。後は頼む」



 先頭を行く御剣君。

 どこへ向かってるのかは知らないが、周りの人間が避けていくので後ろをついて行くには都合がいい。

「もう少し、ゆっくり歩いて」

 静かに指摘する真田さん。

 威圧感のある顔が振り向かれるが、それを意に介する様子はない。

「だって」

「ゆっくり歩いて」

「ちっ」

 舌を鳴らし、それでも速度を緩める御剣君。

 南地区の出身者同士なので、私達よりはお互いの性格が分かってるんだろう。

「それにしても、手間を掛けるわね。こっちから襲い返して終わり。それでいいじゃない」

「また襲われたら?」

「そうする気がしないくらい、徹底的にやるのよ」

 御剣君とは違う意味での、威圧感ある表情を浮かべる緒方さん。

 思わず背筋に冷たい物が走る程の。

「緒方さんは、どこにいたの?」

「色々と」

「どこ」

「うるさい子ね」

 逃げる緒方さん。

 逃げれば追う。

 人間、習性としてはそんなものだ。

 大体この人は、何をしてた人なのかな。

 私が詮索する事ではないけど、履歴が曖昧過ぎる。

 いいか、どうでも。


「どこよ、ここは」 

 階段の踊り場で足を止め、息を切らして尋ねる緒方さん。

 体力はないようだ。

「私も知らない」

 やはり息を切らしている真田さん。

 平気なのは私と御剣君だけか。

「悪い連中がたまってるらしい」

「それは、旧クラブハウスじゃないの?」

「いや。あっちは、塩田さんの知り合いが束ねてる。こっちは傭兵とか、もっと性質の悪い連中だ」

 細い階段の先頭を登っていく御剣君。

 私は殿で、後方からの襲撃に備える。

 普段は来た事のない、工作関係の教室が揃った教棟。

 人気はなく、寂れた感じだけが伝わってくる。

 つまりは、あまり親しみたくない場所と言える。

「いたいた。いたぞ」

 舌なめずりでも聞こえてきそうな口調。

 ただそれとは対照的に、慎重に階段を登っていく御剣君。

 二人は構う気力もないのか、壁にもたれて息を整えている。

「大丈夫?」

 返ってこない返事。

 放っておくのもなんなので、手を振って彼へ先に行くよう伝える。


 少しして聞こえてくる怒号。

 だがそれはすぐに収まり、鈍い音に変えられる。

「あ、暴れてるんじゃないでしょうね。それだと、意味無いわよ」

 息も絶え絶えに尋ねる緒方さん。

 それは私にではなく、真田さんに対してだろう。

「そ、そこまで馬鹿じゃない。無茶苦茶だけど、やれといった事はやる」

「だ、だったらいいわ。わ、私達も行きましょう」


 階段を登り切り、意外と広い廊下へ出る。

 仁王立ちしている御剣君。

 ただ倒れている人は、誰もいない。

 正座している人は、何人もいるが。

「誰が、馬鹿じゃないって」

「私かも」

 小さく漏れるため息。

 確かにこれでは、殴り倒すのと大差ない。

「聞きたい事あるなら、早く聞けよ」

 場所を譲る御剣君。

 何をしたのかは知らないが、その動きだけで正座していた全員が体を震わせた。

「仕方ないから、手っ取り早く行くわよ。この連中に見覚えは」

 端末に表示される、さっきの連中。

 明らかに何人かが、顔色を変える。

「知ってる人はいないみたいね」

 あごを反らし、にこりと笑う緒方さん。

 怪訝そうな顔をする私と御剣君をよそに、彼女は話を続ける。

 安心しきった表情を見せる連中へ向けて。

「よかったわ。もし知ってる人がいたら、怖い事になってたから。私も、血を見るのが嫌いだし。特に血塗れなんて、想像もしたくないわね」



 帰りはエレベーター。

 初めからこれに乗ればという視線が、二人から突き刺さる。

 襲われた時を考えれば、狭い場所は怖いんだって。

「さっきのは、何?」

「抑止力。つまりは、脅しよ。ああ言っておけば、連中に協力する奴は減るから」

「ふーん。頭良いね」

「普通よ。ただいつまでも有効ではないし情報も伝わるから、早めに手を打った方がいいわね。という訳で、後はよろしく」

 自分の仕事は終わったという態度。

 そうなると、次はどうするんだろうか。

「連中の構成を調べましょう」

 事務的に告げてくる真田さん。

 どうやってと聞く前に、緒方さんが話を繋ぐ。

「一人捕まえて、さっきみたいに脅せばいい。後は勝手に教えてくれる」

「どこにいるの」

「必ず現れる場所がある」

 やはり事務的な口調。

 すたすたと歩き出す真田さん。

 案外マイペースだな。


 やって来たのは、雪野さんのオフィス前。

 そこからやや離れた、入り口をチェック出来る場所。

「来た」

「あれ」 

 本当にやってくる、柄の悪い連中。

 間違いなく、ナオを脅した馬鹿の仲間。

 思わず飛びかかりたくなるが、壁を叩いてかろうじて自制する。

「静かに」

「だって」

「もう終わる」

 こっちへ来る馬鹿連中。

 先頭を行くのがリーダー格の、玲阿さんを脅している馬鹿。

 その後ろに、取り巻きが何人か続く。

「一人さらって」

「俺かよ」

「他に、誰が出来るの」

「ちっ。……こいつでいいか」

 最後尾でだらだら歩いている、ソバージュっぽい髪の男の襟首を掴む御剣君。

 でもって教室へ放り込み、ドアを閉める。

 全ては一瞬で、それに気付いている者は誰もいない。

 一緒にいても、結局他人は他人なんだろう。


 取りあえず2、3発殴る。

 男ではなく、壁を。

 それでも我慢出来なくて、前蹴りを二発。

「うー」

「唸らないで」

「だって」

「もういい。それで、仲間は何人いて誰が首謀者?」

 詰問する緒方さん。

 しかし男は口を割らず、青い顔で俯くだけ。

 その辺を語ると、仲間からの制裁が待っているのだろう。

 だったら私が制裁してやろうか。

「おっ」

 壁が少し砕けたので、破片を拾って元に戻す。

 後は揺らさなければ、問題ない。

 これは、後で問題かな。

 全く、何をやってるんだか。

 壁に、学校に当たっても意味ないのに。

 本当、私というのは。

「まあ、いいか」

「え?」

「こっちの話」

「あ、そう。じゃあ、もう帰っていいわよ」

 あっさり解放する緒方さん。

 男は這うようにして、教室を飛び出した。

「ちょっと」

「勿論、放ってはおかないわ」


 待つ事しばし。

 真田さんが戻ってきた。

「大体分かった」

 テーブルに置かれるメモ用紙。

 端末じゃないの?

「人数は事前の調査通り。末端がこれだけで、それを束ねる人間が4名。さらにトップが二人。ただ一人は出入りが激しくて、外部との連絡要員の様子。実質は、残りの一人がこの組織のトップ」

「良く分かったね。どうやったの」

「さっきの馬鹿が仲間に泣きついて。後は誰がどう動くかを見れば、指揮系統は理解出来る。基本よ」

 そうなのか。

 どうも私は、こういう事には疎いからな。

 やってやれない事はないけど、やりたくない。

「人数は多いけど、力尽くで統制してるだけだから大した事はない。私がやり合う訳じゃないから、知らないけど」

「後は任せて。その親玉を、とことん」

「落ち着いて。いくらなんでも、二人では無理でしょ」

「私一人でもやる」

 オープングローブをはめ、プロテクターを探す。

 ……ああ、ここは自分のオフィスじゃないか。

「うー」

「獣ね。雪野さんの親戚?」

 何も、そこまで言わなくてもいいと思う。

 私はもう少し自制心もある。

 はずだ。

「で、どうするの」

「出来るだけ早く、手を打つ。向こうもこっちの動きに気付いてるだろうし、体勢が整わない内にかたを付ける」

「どうやって」

「もう一度言うけど、連中は襲わない。それと、学内組織とのつながりは」

 別なメモをテーブルへ置く真田さん。

 一斉に全員の視線が向けられる。 

 メモにではなく、ついさっき戻ってきた小谷君へと。

「矢田さんの名前は載ってないよ。こういう事には関わらない人だから」

「誰、矢田って」

「小谷君の先輩。学校とつるんでる人」

「もう少し、柔らかく言ってくれないかな」

 苦笑する小谷君。

 しかしそれ以上の説明のしようがないので、言い換える事はしない。

 彼も分かっているのか、話を先へ進め出した。

「自警局と、内局か。傭兵どうこうより、こういう連中が問題だな」

「神代さんの件で?それとも、全体的な視野として?」

 冷静に問い掛ける真田さん。

 小谷君は曖昧に微笑み、メモを放り出した。

「この辺は、俺が牽制する。えーと、課長クラスか」

「出来るの、そんな事?」

「さあね」


 卓上端末の画面に映る、冷たそうな顔。

 小谷君は愛想良く微笑み、世間話を始めた。

「俺は忙しいんだ」

 顔と変わらない、冷たい態度。 

 それでも彼は、丁寧に話を続ける。

「では、単刀直入に。学校外生徒と関わってるという情報があるんですが」

「下らん。そんな事で、わざわざ連絡を入れたのか」

「事実と反するようでしたら、ご容赦下さい」

「ふざけるな。お前、生徒会資格を剥奪されたいのか」

 横柄で、人を人とも思わない調子。 

 こういう人間が、組織の重要なポジションを占めている訳か。

「追って処分を」

「では写真の方は、こちらで処分しますので」

「何?」

 うわずる声。 

 見開かれる瞳。

 小谷君は丁寧に頭を下げ、通信を終えた。 

 でもってすぐに、向こうから連絡が入る。

「い、今、何を」

「大した事ではありません。こちらの誤認でした。では、処分をお待ちしています」

「ま、待て。いや、処分というのは言葉のあやで」

「もう一度お聞きします。学校外生徒との関わりはありませんね」

 力強く念を押す小谷君。

 男はだらしなく頷き、そのまま顔を伏せて動かなくなった。

「では結構です。また何かありましたら、ご連絡しますので」

「あ、ああ。しゃ、写真。い、いや。それは」

「今申し上げた通り、こちらで処分致します。それでは」


 鼻を鳴らし、択苦情端末の画面を閉じる小谷君。

 やはり彼へと集まる視線。

「写真って」

「そんなの渡した?」

「言っただろ、誤認って。写真があったかと思ったんだよ。でも、もう処分したのかな」

 悪い人だな。

 ただ、頭は回る。

 善し悪しとしか、言いようがない。

「お前、悪人だな」

 口に出す御剣君。

 この人は、思慮が足りないな。

 分かってたけど。

「いいだろ。これで、生徒会とのつながりはある程度切れたんだから」

「浦田さんかと思ったぜ」

「そういう言い方は止めてくれ」

 露骨に嫌がる小谷君。

 そこまでひどいかな、あの人は。

 いや。ひどいか。


「よう。少年少女自警団」

 下らない事を言いながら近付いてくる、その浦田さん。

 彼は完全に、この状況を楽しんでいるようだ。

「神代さんを襲った馬鹿は」

「今構成を調べて、周囲とのつながりを断ってます」

「悠長な。親玉を素っ裸にして、駅前へ放り出して終わりだろ」

 口調は冗談で、顔も笑っている。

 しかし、彼以外は誰も笑ってはいない。

 そんな事は普通やらないし、やろうとも思わない。

 でも彼は、間違いなく前歴があるだろう。

「まあ、いい。せいぜい、頑張って」

 あっさりと去っていく浦田さん。

 でもって、悪魔に代わって天使が現れた。

「あの、何か」

「暇だから、僕も手伝おうか」

 笑顔で申し出てくれる柳さん。

 可愛らしい、思わず抱きしめたくなるような微笑み。

 一歩前に出た所で思い留まり、浦田さんの背中を指差す。

「いいんですか?」

「いいよ。甘やかすと、癖になるからね」

 何を言ってるんだ、この人は。

 でもって、何を寂しそうにその背中を見てるんだ。

「嬉しいんですけど。手伝いといってもまだ、何も決まって無くて。ねえ、小谷君」

「え、ああ。今日はもう、特には。説得が得意なら、今日中にでも構いませんけどね」

「僕は、殴るしか能が無くて」

 目の前から消える拳。

 どこに行ったと思ったら、御剣君の鳩尾で止まっていた。

 彼の実力は、誰もが知る所。

 しかし、その彼ですら反応しきれない速度。

 気を抜いていたという事はあるにしろ、常識では計り知れないレベルである。

「も、もう一度」

 赤い顔で、指を立てる御剣君。

 何を向きになってるんだ、この人は。

「いいよ」

 上下に打ち分けられるジャブ。

 今度は軽々と、それを受け流す御剣君。

 とはいえ私からすると、かろうじて見えている程度。

 他の3人は、何をやってるかすら分からないだろう。

「あ、あの。もう結構ですので」

「うん、分かった」

 明るい、子供のような笑顔。

 どうもこれに騙されるな。

 私だけでなく、多分誰もが。

「柳さんは、学校外生徒でしたよね。この連中の事は?」

「僕はもうここに居着いて長いから。それに、傭兵と言っても大勢いるからね。緒方さんの方が、詳しくない?」

「私が、元傭兵だと?」

「あれ、違った?」

 明るい笑顔。 

 その陰に一瞬垣間見える、狼の視線。

「さあ、どうだか。……私も知らないわね。今言ったように人数が多いし、つながりがないと余計に」

 若干顔色を悪くして、しかし平静を務めて返す緒方さん。

 柳君も今の視線を消し、自然な感じで頷いた。

「逆を返せば、名も売れてない連中。気にする程でもないよ」

「そうなんですか?」

「腕が立つ人間は、今でも自然と名前を聞く。そういう情報は扱ってない?小谷君」

「仰る通りです。今だと、白鳥、伊藤、森山、岸、日向というグループが有名らしいですね」

 どこで有名か知らないし、名前を聞いても分かる訳がない。

「学外に行けば、玲阿君や塩田さんなんて有名だけど。じゃ、説得頑張って。僕は、危なくないように護衛するから」



 時間を掛けた方が無難なのは分かっている。

 ただ、私がそれに耐えられない。

「ゆっくりやった方がいいんだけどね」

 もう一度言う小谷君。

 それに構わず、連中のたまり場を目指す。

 これ以上放っておくのは、誰が許そうと私が許さない。

「あくまでも説得。実力行使するのは、その後」

「分かってる」

 ドアを力強くノックする。

 表面が傷付いたようにも見えたが、関係ない。

「誰だ……」

 出てきた男の襟首を掴み、横へ引っ張る。 

 さらに軽く締めつつ、男を睨む。

「責任者は。今すぐ、話がしたい」

「お、奥にいる」

「呼んできて」

 突き飛ばすように放り出し、腕を組んで足を踏みならす。

 何か言いたそうな視線が飛んでくるけど、全く気にならない。

「誰だ」

「生徒会自警局の者です。あなた達が恐喝しているとの通報がありましたので、調査にやって来ました」

 私を制して前に出る小谷君。

 出てきたのは、かなりの大男。

 間違いなく、ナオを脅していた。

「落ち着いて」

 耳元でささやく真田さん。

 そんな事出来る訳無いが、深呼吸してかろうじてセーブする。

 ただ、せいぜいもって5分だろう。

「何かの間違いだろ」

「分かりやすく言いましょうか。今日中に学校から出て行って下されば、こちらも今回は目をつぶります」

「嫌だね。金持ちも多そうだし、しばらくはここに残る」 

 下品な笑い声。

 それは男だけではなく、その後ろからも聞こえてくる。

 我慢って、一体何語だろう。

「あなた達が組織化され、人数が多いのも理解しています。こちらの自警組織と戦えば、双方に相当の怪我人が出るとも」

「だったら、大人しくしてろ。俺達も、控えめにやってやる」

「そうは行かないんですが」

「気にするな。それとも、何%か渡せばいいいのか」

 完全に終わったな。

 取りあえずグローブをはめて、警棒に触れる。 

 プロテクターも装着済み。

 後は一歩踏み出すだけだ。


「渡す必要はないし、渡す気もない」

 後ろから聞こえる声。

 振り向いた先。

 御剣君。

 さらには柳君の後ろ。

 震える足。 

 血の気の引いた、青白い顔。

 頼りない足取りで、だけど前に歩いてくるナオ。

 私はすぐに駆け寄り、その手を握る。

 大丈夫とは行かない。

 彼女も弱音は吐かない。

 ただ、前に出る。 

 私も一緒に、彼女と歩く。

「馬鹿が。自分から来やがって」

 敵意と侮蔑に満ちた口調。

 剣呑な視線。

 一瞬止まるナオの足。

 肩を押さえる手。

 それでも彼女は下がらない。

 私がいるからではなく。

 あくまでも、自分の意思で。

「何騒いでるんだ」

 奥から現れる大男。

 手には木刀を持ち、今にも掛かってきそうな顔をしている。

「ガキが集まりやがって。潰すぞ、この野郎」

 動じないどころか、こちらを威嚇する男。 

 私達の行動を事前に察知し、待ち構えていたという所か。

「その女は」

「昔、俺達が狙ってた」

「ああ。怪我はいいのか?」

 小馬鹿にした視線。 

 その下に見える、悪意の塊。

 自然と腰を引き、肩を押さえるナオ。

 かつての怪我。

 その時の状況を思い出したのか。

 額からは汗が滲み、震えは止まらない。

 だけど、彼女は下がらない。

 怯えても、怖がっていても。

 この場から逃げはしない。

「それとも、また金を渡しに来たのか?物価も上がったし、あの時の倍はもらうぜ」

「……ふざけるな」

「ガキは引っ込んでろ」

 前に出てくる男。

 ナオも負けずに、前へ出ようとする。

「馬鹿が。泣こうがどうしようが、最後までやるからな。お前らみたいのは、大人しく金を渡して言う事を聞いてろ。そうすれば、少しは手加減してやる」

「黙れ」

「だから、ガキは引っ込んでろ。それとも、一生付きまとって金を取られたいか」


 飛び込み様膝の下を蹴り、バランスを崩させる。

 泳ぎ気味のジャブをかわし、襟首を掴んで顎に肘をかすらせる。

 前に倒れてきた所へ膝を合わし、軸足を蹴って宙に舞う。

 全身全霊を込めた、ローリングソバット。

 足の裏に伝わる、完全に砕けた感触。


 床に降りて息を整え、辺りを見渡す。

 かかってくる者は無し。

 視線すら交わされない。 

 後はせいぜい、鼻声で何か謝っている声が床から聞こえるだけだ。

 砕けた棚の破片を蹴り飛ばし、もう一度周りに視線を飛ばす。

「誰がリーダーなの。そいつと話をする」

 前に出る者はなく、一人として動こうともしない。

 足を踏みならし、壁を叩いて再度促す。

 怯え気味に指を指す何人か。

 誰でもない、床に転がったままの男を。

「じゃあ、もう終わったのね」

 返事はなし。

 すぐに足を踏みならし、壁を叩く。

 やはり頷く何人か。

 それ以外の反応はなく、また元の静寂が訪れる。

「だったら、みんな帰ろう」



 睨まれて、取り囲まれた。

 私は小さくなって、正座する。

「俺、説得と言わなかった?」

「何がしたかった訳?」

「コメント無し」

「俺より無茶苦茶だな」

 言われたい放題だが、返す言葉もない。 

 本当に自分でも、コメントのしようがない。

 馬鹿で、考えが浅くて。

 これでは結局、振りだしに戻っただけ。

 今度はまた、違う連中を頼って今の馬鹿達が来る事となる。

「まあ、みんな。そう言わないで」

 取りなしてくれる柳さん。 

 物言いたげな小谷君へ笑いかけた彼は、何枚かのカードをテーブルへ置いた。

「さっきの連中のID。学校のじゃなくて、身分証明書の方」

「どうしたんですか。というか、どうするんです」

「連中の出方によるね。ただ、もう大丈夫だと思うよ。このIDだけじゃなくて、あれだけの光景を見せられれば」

「はぁ。まあ、そう仰るなら」

 和む空気。

 少しずつ生まれる会話。

 私も膝を崩し、痺れた足を揉む。

「ごめん、私のせいで」

 横へしゃがみ、小声で謝るナオ。

 私は首を振って、彼女の肩へ触れた。

 見えない程の、微かな傷。

 彼女にとっては、確かな傷。

 今はそれが、少しは癒えたと思いたい。


 今度は睨まれた。

 私だけではなく、全員が。

「無難に解決するんじゃなかったの」

 先程の男とは比べ物にならない威圧感。

 萎縮した顔でうなだれる私達。

 沙紀さんは仕方なさそうにため息を付き、指で机を叩いた。

 それに反応して体を震わす私達。

 先輩は笑いもせず、もう一度机を叩く。

「IDを提出して」

「え」

「提出して、今日は謹慎してなさい。以上」



 重い空気。 

 会話は無く、誰一人動こうとすらしない。

「どうかした?」

 明るく声を掛け、全員に睨まれる。

「何よ、もう」

「謹慎なのよ。分かってるの」

 冷静に、若干怒り気味に答える真田さん。

 他の子も、口には出さないが同じ事を思っているようだ。

「そんな事気にしてたの?」

「気にしてたのって」

「謹慎は今日一日だけ。それで、何か困る人いる?」

 顔を見合わせるみんな。 

 でもってもう一度視線が、私へと向けられる。

「つまり?」

「つまり、遊んでこいって事。仕事もないんだし、最高じゃない」 

 軽やかに立ち上がり、ドアを指差す。

 実際にはペナルティなんだけど、考え方を切り替えればいいだけだ。

 少なくとも私は、先輩達からそう教わった。

「怒られたって?」

 ひょこりと現れる柳さん。

 彼は自警局長直属なので、沙紀先輩の管轄外にある。

 だからさっきの場から、逃げれた訳だ。

「その代わり、休みをもらいました」

「はは。何それ」

「柳さんも、一緒にどこか行きます?」

「みんなが良かったら。でも、柳さんはちょっと。僕も、みんなと同い年だから」

 何か、変な事を聞いた。

 でも、彼はにこやかに笑ったまま。

「僕、飛び級なんだ」

「おい、俺はどこにも」

「いいから、車持ってきなさい」

「私、着替えてくる」

「疲れたよ、俺は

 好き勝手に騒ぐみんな。

 ナオもその輪の中で、楽しそうに笑っている。


 さっきの、火が出るような気迫はその欠片もない。

 時折見せる、あの翳りを帯びた表情もない。 

 友達と一緒に笑っている、普通の高校生でしか。

 それを思えば、さっきの事は良かったのかも知れない。

 ペナルティを受け、自分の馬鹿さ加減を改めて思い知ったけども。

 この笑顔を見られるのなら、何の後悔もない。

 こうして、みんなの笑顔を見られるのなら。





                             了












     エピソード 24 あとがき




 現1年編でした。 

 柳君、高1だったんですね。


 ユウ達は中等部からのつながりなので、それぞれのポジションが明確。

 対して彼女達は高等部からの付き合いなので、その辺は手探り。

 また明確につながっているのは、渡瀬さんと神代さんくらい。

 後は利害関係でしょうか。


 渡瀬……戦闘、料理担当

 神代……事務全般

 真田……事務、情報収集

 緒方……事務、情報操作、交渉

 御剣……戦闘

 小谷……事務、交渉


 得意分野はこんな感じ。

 内勤組が多いですね。

 ただ彼等が一つのチームとして行動する訳ではないので、その辺は問題ないでしょう。

 それが今回みたいに雑な結末を引き起こすのでしょうけど、ご愛敬という事で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ