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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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     24-9




 教室に入り、筆記用具を用意して机に伏せる。

 何か目的がある訳ではなく、何をどうする訳でもなく。

 時間が過ぎるのを待つ。

 やがて聞こえてくる、教師の声。

 それを聞き流し、授業の開始を待つ。


 聞き慣れない言葉。

 普段以上に入ってこない内容。

 顔を上げ、ようやく教室を間違えた事に気付く。

 以前なら、慌てて教室を飛び出す所。

 今は、黙って座るだけ。 

 一度くらい休んでも大差ないし、別な授業を受けてもそれ程問題はない。


 誰も私には気を払わないし、また関心もないだろう。

 見慣れない人間がいると思うかどうかくらいで。

 いつも以上の違和感と疎外感。

 自分の存在など、この中では何の意味もなさない。

 ここにいる意味など、何一つ無い。

 それでも何もしない自分。

 ただ無為に、時を過ごしながら。



 教室を出て廊下を歩いていると、サトミに出会った。

「どこ行ってたの?」

 私よりも慌てた感じ。

 多少、苛立ち気味にも見える。

「教室を間違えた。それだけ」

「それだけって……。ちょっと来て」


 非常階段の踊り場。

 人気はなく、いるのは私と彼女だけ。

 小さな窓からは、秋の弱い日射しが差し込んでいる。

 踊り場に落ちる、頼りない影。

 薄い、今にも消え入りそうな。

「ユウ。大丈夫?」

「何が」

「何がって。ちゃんと、こっち見て」

 肩を掴まれ、強引に前を向かされる。

 鋭い、探るような眼差し。

 詰問されているような状況に、多少怒りが無くもない。

 ただ、それ以上にやる気がない。

「目を見て」

「見て、どうするの」

「ユウ」

 背筋が寒くなるような低い声。

 仕方なく顔を上げ、切れ長の瞳を見つめ返す。

「調子が悪いの?それとも、何か気になる事でもある?神代さん達の事?」

 いきなり核心を突いてきた。

 いや。これが核心なのかどうかは、自分でもよく分かってない。

 きっかけの一つだったのは確かだとしても。

 今の自分が何を悩んで、どうして気が滅入っているのか。 

 何故ここまで投げやりなのか。

 自分の方が、知りたいくらいだ。

「カウンセリングを受ける?」

「どうして」

 今度は自分が語気を強め、彼女を睨む。

 そんな事はしたくないし、認めたくもない。

「カウンセリングに抵抗があるのは分かるけど。この学校じゃなくて、光の知り合いでもいいから」

「いやだ」

 小さくステップを踏み、彼女を避けて階段を下りる。

 これ以上話す事はないし、話したくもない。

「待って」

 掴まれる腕。

 振り払うのは簡単で、すぐにでもそうしたい。

 ただ階段の途中であるのを考えると、あまりにも危ない。

 それに彼女の気持ちを考えると。


「何か、気になる事でもあるの?」

 黙ったまま床を見つめ、顔を逸らす。

 自分でも何がどうなのか分かってないし、言いたくもない。

「ユウが気に病まなくても、問題ないのよ」

 慰め。

 私の気を軽くするための言葉だろうか。

 今の自分には、重い一言だが。

 また彼女もそれに気付いたのか、気まずそうに顔を伏せる。

「カウンセリングが嫌なら、光でもいいから」

「嫌だって言ってるでしょ」

 ここまで来ると、半ば意地みたいなものだ。

 その必要があるのは、さすがに自分でも分かっている。

 だけどあれこれ言われてまで、カウンセリングを受けたくもない。

「じゃあ、どうする気」

「どうだっていいじゃない」

 投げやりに答え、身をすくめる。

 一瞬動いた彼女の手を、伏せた視線で捉えながら。

 しかしそれは私の頬へは向かず、力無い仕草で手を握り締められた。

「どうでもいい訳無いでしょ」

 絞り出されるような声。

 それを聞きたくなくて、もう一度彼女を避けて階段を下りる。

 腕は掴まれない。

 彼女も追いかけては来ない。

 それが良かったのか。

 それとも、寂しいのか。

 彼女から逃げ出した自分には、知る術もない。



 行く当てもないし、どこへ行っていいかも分からない。

 何のために、逃げ出したかも。

 自分でも馬鹿げてると思う行為。

 子供でも、こんな事はしない。

 取りあえず足を止め、壁に背をもたれて一休みする。

 サトミの姿は勿論、知り合いの姿は見あたらない。

 少しの安堵感と、それ以上の寂しさ。

 彼女達から逃げて、どうなるのか。

 失うだけで、何も得る事などない。

 でも、あそこでサトミと話しあってどうなるのか。

 分かるような気もする。

 ただ、あまり考えたくはない。

 今は逃げてさえいれば、それでいい。

 それで気が楽になるのなら。 

 この後の事なんて、考えたくはない。



 気付くと目の前に人垣が出来ていた。

 こうなる理由は、分かり過ぎるくらい分かっている。

 その向こうから聞こえる怒号の声。

 明らかに何かで揉めている。

 私には関係ないし、関わる気にもなれない。

 暴れたければ、好きに暴れてればいい。

 とにかく、ここから離れよう。


 機敏な動き。張りのある声、淀みない指示。

 それに応える動き。

 割れる野次馬。

 そこから覗く、揉めている何人かの男。

 彼等を鎮圧し、即座に拘束していく男女。

 見た事の無い人達。

 咄嗟に袖を見るが、ガーディアンのIDは付けていない。

 ここでようやく、彼等の存在を理解する。

 例の執行委員会の護衛。

 彼等をガードするだけだと思っていたが、こういう事もやるようだ。

 手際は良いし、横柄な所もない。

 事後処理も的確で、ガーディアンと比べても引けを取る部分はまるでない。

 運ばれていく男達。

 それを眺めつつ、壁際に下がる。

「雪野さん、ですか」

 声を掛けてくる、人の良さそうな男の子。 

 彼等に指示を出していた所から見て、リーダー格といったところか。

 どうして名前をという私の疑問を読み取ったらしく、袖口のIDが指差される。

「失礼ですが、主要な方の名前と顔は暗記していますので」

「そう。じゃあ、私はこれで」

 理由はともかく、そういう事もあるだろう。

 向こうは学校と関わってる訳だし、私達はその中でもマークされている。

 要注意人物くらいに思われていても、不思議はない。

「あ。ちょっと、お待ち下さい。彼等を連れて行くんですが、付いてきてもらえますか。我々の立場がまだ曖昧なので、ガーディアンの方が同伴するよう言われてるんです」

「私じゃなくてもガーディアンは、その辺に」

 辺りを見渡して、ガーディアンを発見する。 

 ただ彼等は丁度駆けつけた所で、しかも引き返している。

 トラブルが収まり、この人達との話し合いも付いたのだろうか。

「申し訳ありませんが、ご足労願えますか」



 室内は、ガーディアンの大きなオフィスとほぼ同じ。

 受付があって、その前にロビーがある。

 受付の後ろには幾つか机が並び、事務職らしい子達が忙しそうに働いている。

「こちらです」

 男達を引っ立てていく男の子。

 仕方なくその後に続き、その後に続く。


 狭い室内。 

 あるのは机と記録用の端末。

 壁際のミラーは、外部からの監視用だろう。

「調書を取りますので、見ていてもらえますか」

「え、ああ。はい」

 ミラーの反対側。

 つまり監視用の部屋に入り、尋問の様子を眺める。

 やってる事は、ガーディアンと大差ない。

 こういう事は人任せなので、比較する対象はやや少ないが。

「どう思います?我々は」

「え?そうね。いいんじゃない」

 何がどうかは知らないし、何かいいかも知らない。

 ただこれを見ている限りは、特に問題はない。

 とはいえこれは、彼等のごく一部の面。 

 あの金髪達の事を考えれば、肯定する気にはとてもなれない。

「ガーディアンと比べれば規模は小さいですが、資金は潤沢ですし装備も揃ってます」

「そう」

 勧誘と考えるのが妥当だろうか。

 それとも、何らかの罠。

 ここまで着いてきて、今さらという話だが。

「大体分かってるかと思いますが、我々と一緒にやる気はありませんか」

「別に。私なんか誘うより、サトミ……。遠野さんや元野さん達を誘った方がいいんじゃなくて。向こうの方が統率力も、影響力もあるんだし」

「役職としては、そうでしょうけどね。ただ、オピニオンリーダーとしては、どうでしょう」

「私は、フォロアーよ」

 公的な立場ではなく、私的な関係でみんなの意見を導くのがオピニオンリーダー。

 それに従うのが、フォロアー。 

 私がどちらかといえば、、間違いなく後者だ。

 意見なんてないし、あっても大した事はない。

 遊びの事か、食べ物の事。 

 そのくらいでしかない。 

「いえ。謙遜なさらずに。それに雪野さんの影響力は、失礼ですが我々の方が把握していると思います」

 横に裂ける口元。

 人の良い笑顔が崩れ、一瞬だが悪意が見て取れる。 

 なる程、そういう事か。

「じゃあ、私の名前でも使って好きにやったら」

「まさか、そんな訳にも行きません。ただ、出来ればこちらに署名をしてもらえると助かります。後は、そうですね。軽く、演説でもしてもらえますか?それが面倒なら、個別の面談でも構いませんが」

 つまり私は、都合の良い駒。

 マスコットガールか。

 扱いやすくて、どうやら影響力もある。 

「どうして、私が……」

 そう言いかけた所で、異変に気付く。


 マジックミラーと思っていた窓の向こう。

 こちらを見ている男達。

 尋問する側と。

 される側が。

 どうやら、初めから全部仕組んでいたらしい。

 こうなると、途中で引き返したガーディアンもかなり怪しい。

 何らかの裏交渉、取引があるのかも知れない。

 いつの間にか囲まれている周囲。

 ミラー越しの尋問室よりは広いが、私の逃げ道をふさぐには十分だ。

 咄嗟に背中へ手を当て、スティックを抜く。

 気分は滅入っている。

 何もやる気は起こらない。

 ただ、最低限身を守るだけの覚悟はある。

「我々も、出来るだけ穏便に事を進めたいんですが」

「じゃあ、そこを開けたら。こっちも、暴れる心境じゃないの」

 ここでも、ふと思う。

 あえて、このタイミングを狙ってきたのではないかと。

 ただ、そんな事を考えている余裕もないのも確かだろう。

「まずは、武器を渡してもらえますか」

「自分で何を言ってるか、分かってる?」

「無理矢理サインさせられるのは、面白くないですよ。それとも、そういうのが好きですか」

 小さなビニール袋から錠剤が取り出されたのを横目で確認して、ため息を付く。

 治安が悪化してるのは、身を持って知っていた。

 ただ、こういう手段を使う人間はいないと思っていた。

 思いたかった、という方が正確か。

 ドラッグが出回ってるのは分かっていたが、これは性質も意図も違う。

 どちらにしろ、それを受け入れる気は毛頭無い。

「いい加減にして」

「私も、こういう事はやりたくないんですけどね。何分、ノルマがきつくて」

 大袈裟に肩をすくめる男。

 勧誘のノルマか、それ以外の何かか。

 理由はともかく、男の表情には多少の焦りもある。 

 ノルマをこなせない場合の罰則も、当然だがあるという訳か。

「大変ね。せいぜい頑張って」

「ああ。頑張るさ」

 近付いてくる男。

 取りあえず後ろに下がり、距離を取る。

 ただ背後からも人が迫り、そちらとの距離は自然と狭まる。

 体は重いし、気分も勝れない。

 馬鹿馬鹿しさと虚しさだけが、ただ募る。



 叫び声と、何かの倒れる音。

 一斉にそちらを向く男達。

 私もそれを気にしつつ、ポジションを少し変える。

 背後から人を消し、ドアに近い距離へと。

「誰か、見てこ……」

 男が指示を出した途端、ドアが開き人が入ってきた。 

 正確には床へ転がり、動かなくなった。

「なっ」

 もう一人飛び込んで来る。

 その男を踏み越え、刺すような視線を室内に飛ばしていく。 

 この場にいるだけで全てを支配するような威圧感。

 凛々しい横顔は険しさと怒りを漂わせ、まともに目を合わせる事もままならない。

「だ、誰だお前は」

 真っ直ぐ伸びたストレートが男の顎を捉え、あっさり床へと叩き落とす。

 これを見て掛かっていく者はなく、誰もが彼を避けて視線を伏せる。

「行くぞ」



 床に倒れる男達。 

 倒れたロッカーや本棚。

 壊れた花瓶と割れたガラス。

 飛び散った血が、壁や床を染めている。

「ま、待てっ」

 出口の前に立ちふさがる女達。

 手には警棒とバトン。

 その先端からは、青い火花が飛び散っている。

「どけ」

 低い、普段は聞いた事もない冷たい声。

 女は喉を鳴らし、ドアの脇にどいた。

 しかしそれでも、武器をこちらへ向けるのは止めようとしない。

「掛かってくるなら、手加減はする」

 安堵。 

 それとも、狡猾な表情を浮かべる女達。

 女としての特権を利用出来ると判断した上での。

「殺さない程度にはという意味だ。それでもいいなら、掛かってこい」

 腰を抜かす二人。

 そちらへは目もくれず、壊れたドアを通っていく。

 私もその後に続く。

 振り返る事もなく、その理由もなく。

 ただ、彼の後に付いていく。




 自販機の前。

 差し出されたコーヒーを一口飲み、頭を下げる。

「ごめん」

「謝る事ないだろ」

 ぶっきらぼうに返すショウ。

 彼はブラックを一気に飲み干し、空になった紙コップをゴミ箱へ放り投げた。

 どこで私があそこにいるのを知ったのかは、分からない。

 私がどういう状況だったのかも。

 でも彼は、来てくれた。

 その事だけが、今の自分には分かっている。

「俺が、勝手にやった事なんだし」

 息が止まるような言葉。

 目の前が暗くなり、息が苦しくなる。

 だがそれは、すぐに楽になる。

「その。あれ。なんだ、ユウのために」

 素っ気ない、すぐ側にいる私にしか聞こえないささやき。

 私のような身勝手ではなく。

 独りよがりの考えでもなく。 

 自分の事だけを考えていた自分とは違う。

 人のためにあれだけの事を出来る人だと、今さらながらに気付く。

「あれがいいのかどうかは、ともかくとしてさ」

 鼻で笑うショウ。

 私も少しだけ笑い、コーヒーを飲む。

 程良い温かさ。

 ミルクで柔らかくなった味。

 砂糖の丁度良い甘さが、喉を通りすぎていく。

「何を悩んでるか知らないけど、無理するなよ」

「そう、だね」

 当たり前だが、やはり彼も気付いていたようだ。

 むしろ、気付かない方がどうかしてるかも知れないが。

「サトミは、カウンセリングがどうとかって言ってたけど」

「行かない」

 すぐに否定して、視線を伏せる。

 彼も善意で言ってるのは分かる。

 自分で解決出来るかどうかも、定かではない。

 下らない意地。 

 無意味で、むしろ害にしかならないような。

「そう、か」

 短く、やるせなさそうに呟くショウ。

 自分の状態が、彼にとっても重荷になっている。

 彼だけでなく、サトミ達にも。

 誰のせいでもなく。 

 私のせいで。

 今も逃げ出して、かえって迷惑を掛けて。

 それでもまだ、逃げ出している自分。

 一人だったら、泣き出してしまいそうな気分。

 あまりの情けなさに、消えてしまいたくなる。


「まあ、なんとかなるさ」

「なにが」

 反発半分で、そう尋ねる。

 彼も深くは考えていなかったのか、戸惑い気味に小首を傾げた。

「いや。何とかなるんだろうなと思って」

 これ以上聞くのも無意味だろう。

 単に思い付きで言ったのか、私を慰めようとしたのか。

 とにかく適当に頷き、空になった紙コップを捨てる。

 残るのは、苦みと甘さ。 

 後は、少しだけ体が温かくなった事くらいか。



 オフィスへ戻り、サトミと顔を合わせる。

 向こうからは、何も言わない。 

 私も、何も言わない。

 ただ視線をかわし、席に付く。

 それだけで十分だ。

 少なくとも私は。

 きっと、彼女も。

「玲阿四葉君は、いますでしょうか」

 わざとらしい口調で入ってくるケイ。

 いつにない、明るい笑顔。

 若干、強ばり気味に見えなくもない。

「なんだ」

「君はさっき、どこにいましたか」

「どこって。その、学校」

「面白いな、それ。クレームと始末書と、請求書と召喚状。どれから見たい」

 机に並べられる書類。

 当たり前だが、どれ一つとしてみたい物はない。

「例の執行委員会からだ。で、どうしたい」

「あいつらが悪いんだ」

「男だね、君は。でも、馬鹿だな」

 誉めてるんだろう、多分。

 書類を破りだしたので、まず間違いはないと思う。

「どうでもいいけど。もう少し、冷静に行動してくれ」

「無理だ」

「言い切るな」

 ゴミとなった書類を捨て、リュックを背負うケイ。

 サトミとショウも、同じように荷物を片付け出す。

「どうしたの」

「午後の授業が残ってるじゃない」

 指差される時計。 

 ここでようやく、時間の感覚を取り戻す。

「大丈夫?」

「なんとかね」

 室内を見渡し、リュックを探す。

 しかし、どこにもそれは無い。

 理由は簡単で、ずっと背負っていたからだ。

 笑い話にもならない状況。

 勿論今は、笑う気にもなりはしない。




「解決した?いつ、どうやって」

 次の教室へ移動する途中。

 廊下で足を止め、サトミを見上げる。

「私もよくは知らないけれど。神代さん達だけで、どうにかしたみたいね」

「そう、なんだ」

 何にしろ、私は何の役にも立たなかったという訳か。

 今さらという話で、落ち込む気にもならないが。

「じゃあ、ショウのお金は」

「それは、向こうに聞いて」

 顎をケイへと振るサトミ。

 そのケイは、暇そうに窓の外を眺めている。

「お金は、戻ってくるの」

「当たり前だろ。矢加部さんには30%の利息も払うんだし。根こそぎ奪い取ってやる」

 こういう話を聞くと、どっちが悪いのかという気がしないでもない。

 しかもこの事が、冗談ではないだけに。

「名雲さんの方は?」

「あっちは知らん。やりたいようにさせてやってくれ」

「させてやってって。放っておいて、モトちゃんに何かあったら」

「前も聞いただろ。名雲さん本人に手を出す奴はいても、その女に手を出す奴はいないって」

 意味ありげな視線。

 少しの咳払い。

 サトミも困ったような視線を、私へ向けてくる。

 そこでようやく、その意味に気付く。

 ついさっきの出来事と会話。

 ショウが何をやったのか。 

 いや。誰のために、やったのか。

 今は、あまり深く考えないでおこう。

「とにかく、馬鹿は少し減る。でもって、次が補充される」

「どうして分かるの?」

「今までが、そうだっただろ。大体屋神さん達の時から、どれだけ傭兵が入り込んでる?俺達自体それなりに叩き出したけど、むしろ増えてる」

 鼻で笑うケイ。

 そうなると、何をやっても無駄という事になる。

 彼等を受け入れる権限を持つのが学校である以上、致し方ないとも言える。

 それに逆らう事の意味というか大きさも、今さらながらに実感出来る。

 つまり生徒を受け入れる事が出来るのと同様に。

 学校は、私を叩き出す事も出来る訳だから。 



 ただ過ぎていく時間。

 多少、過ぎ気味にも思える。

 それからややあって配信される、学校からの連絡。

 自習の文字が、見て取れる。

 かなり拍子抜けした気分。

 さっきの神代さんの話といい、この事といい。

 自分がやる事は、何もないようだ。

 すぐに教室を出て行く、何人かのクラスーメート。

 本当に自習を始める子もいるにはいるが、それ以外は友達と話し込んでいる。

 自分はどうしようかと間もなく、再びメールが舞い込んできた。

 さっき同様、簡潔な文章。

 しかし内容は、かなり違う。

「ラウンジへ来いって」

「誰から?」

「書いてない」

 眉をひそめるサトミ。

 腰を浮かすショウ。

 ケイは鼻で笑い、リュックを背負った。

「行くの?罠かも知れないのに」

「仮にそうだとしても、罠があるなら餌もある。それを確かめるくらいは問題ないさ」


 指定されたのは、同じ教棟の同じ階のラウンジ。

 自分の行動は把握されていると思って、間違いない。

 さすがにいきなりは入らず、出口の辺りで人の流れを確認する。

 見ている限り、不審者は見あたらない。

 柄の悪い連中はともかく、何かを企んでいるような奴という意味で。

「……早く来いって」

 端末の画面に映る、送り主不明のメール。 

 ここにいる事も、分かってるのだろうか。

「人も多いし、それ程危険はないと思うけれど」

 顎に手を添え、小首を傾げるサトミ。 

 彼女が言いたいのは、一般論という事だろう。

 常識のない人間は、回りがどうだろうと自分の好き勝手に振る舞うから。

「見てきてよ」

「あ?」

「自分が言い出したんじゃない。ほら、見てきて」

「この。しかし、本当に大丈夫なんだろうな」

 及び腰で、ラウンジの広い出入り口をくぐるケイ。

 しかしその姿は、私達にとって笑い事ではない。

 彼が認めた通り、罠の中に飛び込んでいくようなものだから。


 すぐに引き返してくるケイ。

 表情に焦りはないが、かなり苦いように見える。

「帰ろう。ここにいていい事は、何一つ無い」

「誰がいたの?」

「さあ。何しろ、早く帰った方が」

「どこへ行く気」

 高飛車な、やや高い声。

 スリットの入ったミニ、体にフィットしたTシャツ。

 その上に赤いボレロを羽織り、長い髪をかき上げる。

「大内、さん」

 彼女は鼻先で笑い、ケイを睨みつつ私達の方へ手を振ってきた。

 どうしてという疑問を口にする事もなく、向こうから話しかけてくる。

「久し振りね。でも、元気は無さそうじゃない」

「何か、用?」

「そう、邪険にしないでよ。自習なんだし、お茶でも飲まない?」

 余裕に満ちた態度。

 彼女がやった事とその結果を考えれば、私ならとても冷静にはふるまえない。

 しかし大内さんはあくまでも自分のペースで、事を進めていく。

「すぐに運ばせるから」

「知り合いでも来てるの」

「来たのは、私。この意味、分かる?」

 悪戯っぽい、ただ若干皮肉も感じる笑顔。

 それを見たサトミの表情が、微かに変わる。

「あなたの後輩という訳?」

「そういう事になるのかな。案外、優秀でしょ。私程じゃないけど」

「そうね」

 普段にない鋭い眼差し。

 大内さんはそれを平然と受け止め、小さく手を振った。

 私達に対してではなく、どうやらその後ろに向けて。

「お待たせしました」

 トレイに乗ったお茶やコーヒー。 

 落ち着いた声。 

 ただ、若干伏せ気味の綺麗な顔。

 緒方さんはトレイをテーブルに置き、紙コップを一つずつ並べ出す。

 私達を見ようとはせずに、ただその作業をこなしていく。


「それ程、驚くような事でもないでしょ」

 紅茶に口を付け、鼻で笑う大内さん。

 自分は仕掛けた張本人なので、ゆとりはあるあろう。

 こちらは戸惑いと疑念だけが膨らむが。

「別に、あなた達を混乱させるためじゃないわよ。視察というか、チェックも兼ねてね」

「何の」

「学校と対抗出来るだけの人間が、どれだけ揃ってるか。勿論それを考えてるのは、私ではないけれど」

 細められる瞳。

 その視線は私達を過ぎ、端の方でお茶をすすっているケイへと突き刺さる。

「峰山さんの指示だろ」

 淡々と呟くケイ。

 確かにそれなら、ある程度は理解出来る。

 彼は大勢の傭兵を束ねる存在で、なおかつこの学校のために尽くしてきた人間。

 今は学外からバックアップをしている様子で、今度の事もその一環という訳か。

「報告で見る限りは、あなた達かなりぬるいわね」

「悪かったわね」

「神代さんだった?彼女が巻き込まれたトラブルへの対応も、結局1年が収めたらしいし」

 何気ない一言。

 そして、事実。

 私にとっては、重い一言。

「峰山君はあなた達に期待してるみたいだけど。この調子なら、1年に任せた方が良さそうね」

「任せるもなにも。私達は別に」

「関係ないし、関わってもいないんでしょ。それでも良いとは思うわよ。皮肉じゃなくて、後2年もすれば卒業なんだから。今から揉める方が、むしろ馬鹿よ」

 素っ気ない口調。 

 ただたしなめているように、聞こえなくもない。

 彼女の言うように、大人しくしているのが無難ではある。

 時が経てば全てが終わり、本当に関係はなくなる。 

 高校での揉め事なんて、遠い記憶でしか。

 そんな事もあったなと、何年も過ぎた後に思い出すくらいで。



「一つ聞きたいんだけど」

 さっき同様、淡々とした口調で切り出すケイ。

 大内さんは可愛らしく小首を傾げ、彼を見つめた。

 その瞳は、不安そうに見えなくもないが。

「緒方さんの件はばればれだったから、俺達もそれほど驚かない」

 一瞬体を震わす緒方さん。

 ケイは構わず、大内さんを見つめ返す。

「彼女以外には、誰を送り込んできてる?俺達の、身近な人間で」

「確かめて、何かいい事でもあると思う?それに私の知る限り、あなた達の身近にはいないと思うわよ」

「峰山さん経由じゃなくて。それ以外の、間さん達が送り込んでる人。情報を扱ってるんだから、そのくらい抑えてるだろ」

 微かに歪むケイの顔。

 聞くべきではなかったというように、見えなくもない。

 でも彼は、口にした。

 いつまでも、知らぬ存ぜぬではいけないという事か。

「仕方ないわね。私も確証はないけど、何人かの名前は聞いてる。……これか。えーと、小谷っている?」

「いるね」

「彼は、杉下という人がスカウトしたらしい。先輩の後を追ってここに来たがってた所に、誘いを入れたみたい。何か、苦労してるみたいよ」

「それは、俺達も分かってる」

 苦笑するケイ。

 しかし今の言葉に、驚く様子は見られない。

「それと、さっきも名前が出た神代さん」

「え?でも、彼女は」

「慌てないで。どうもこの子は、自分でもスカウトされたとは思ってないわね。好待遇で編入出来るから来たと、自分では考えてる。気が弱そうだし、こういう勧誘の方がいいと思ったんじゃなくて」

 解説まで挟む大内さん。

 自分の知らない所での策謀、か。

 こうなると、本当に誰が悪いかという話にも思えてくる。

 自分の意思には関係なく、トラブルに巻き込まれるような自体になっっている今は余計に。

「そんな事が、許されると思ってるの?」

「なりふりを構っていられないんでしょ」

 どこかで聞いた台詞。

 大内さんは空になった紙コップを振り、替えを持ってくるよう緒方さんを促した。



「あの子は、どう?」 

 多少不安げに尋ねる大内さん。

 サトミは前髪を横へ流し、彼女が作ったらしい評定表を端末で見せた。

「仕事は出来るし、気も回る。優秀は優秀ね」

「そう」

「ただ、高飛車で多少自己中心的。周囲との協調性には欠けるかしら」

「それって、悪い事なの?」

 すごい事を言い出した。

 この辺は、先輩譲りという訳か。

「これで出来が悪かったら、来たその日にいなくなってたわよ」

「あなたも、怖いわね」

「よく言われるわ」

 笑いもせずに答えるサトミ。

 大内さんは額に手をやり、前髪を指に挟みながら彼女を見つめた。

「ここへ、緒方さんを残すっていいたいの?」

「分かってるなら聞かないで。峰山君はそれなりの意図があるだろうけど、あの子自身はごく単純よ。ただ残りたいから、それだけ」

「それを信じろと?」

「私を信じろとは言ってない」

 厳しいやりとり。

 二人の間に走る、張りつめた空気。

 しかし若干大内さんが押され気味なのは、致し方ない。

「いっそ、あなたが来たら?」

「面白いわね、それ」

 やはり笑わない大内さん。

 サトミもくすりともせず、テーブルの上に指を組んで背筋を伸ばしたまま彼女を見据える。

「とにかく、頼んだわよ」

「どこ行くの」

「舞地さん達に会いたくないから、早めに逃げるわ。じゃ、またね」

 颯爽と席を立ち、出口へと向かう大内さん。

 その容姿と派手な服装に、自ずと周囲の視線が集まる。

 ただ当の本人は、むしろそれを楽しんでいる様子。

 私とは思考がかなり違うようだ。

 でもって出口の所でひっくり返り、何か言いながら逃げ出した。


「へろー」

 普段通り、ふざけた口調で現れる池上さん。

 よく考えると、彼女も情報を扱う傭兵。

 大内さんが来る事は、事前に察知していたのかも知れない。

「あの子、何しに来てたの?」

「色々と事情があるようです」

 さっきの話をかいつまんで説明するサトミ。

 池上さんは薄いセーターの毛玉を取りながら、何度か頷いた。

「スカウト、ね。言ってみれば、私達もそうよ。ねえ」

「そうかな」

 素っ気なく返す舞地さん。

 彼女は例により、Gジャンにジーンズ。

 代わり映えはしないし、変わらないとも言える。

「名雲さんは?」

「馬鹿は神代さん達がやっつけたら、やる事が無くなったみたい。どっちが馬鹿かって話でもあるんだけど」

「あの男とは、何があったの?」

「よくある話よ。名雲君の評判を聞いて、襲ってきてた馬鹿なんて。その中の一人と、たまたま出会っただけの事」

 事も無げに説明する池上さん。

 それ程軽い話ではないと思うが、彼女達にとってはまさに良くある話なんだろう。

「一つ疑問に思うんだけど」

 ぽつりと呟き、気付いたらみんなの視線を浴びていた。

 それに多少戸惑いつつ、話を続ける。

「そうやって、外の人間を集めて。それで学校とやり合う事に、意味はあるの?」

「いきなり核心に触れるわね」

「だって、この学校というか生徒を守るためにやる訳でしょ。でも、戦うって表現がいいかどうかともかくとして。それをやるのが、外から来た人達なんて。何か、おかしくない?なりふりに構ってられないとか言うなら、それこそ自分達が来いって話じゃない」

 目の前にいる二人も、外から来た人間であるのは分かっている。

 その事を差別する気はないし、普段はそれ程意識もしない。

 でもさっきまでの話を聞いていると、疑念ばかりが募っていく。

「じゃあ自分はどうなんだって言われると困るけど」

 ずるいとは思うが先手を打ち、一人で話を終わらせる。

 何となく気になったから話した。

 言っていいかどうかの判断も付かないままに。 

 身勝手で、独りよがりな行為。

 言っても嫌になる、言わなくてもストレスがたまっていく。

 自分自身が、嫌になってくる。

「あまり、気にしない事ね」

「何を」

「何もかもよ。思い詰めるのは分かるけど、個人でどうにかなる問題じゃないんだから。もう少し言うなら、何年掛かるか分からない」

 肩をすくめる池上さん。

 舞地さんは暇そうに、紅茶の入った紙コップを指で突いている。

「雪ちゃん達の先輩の頃から数えて、何年よ」

「その頃はまだ中3だから、2年」

「でしょ。それに今のは、生徒側の話。学校、草薙グループ自体はもっと前から計画を練ってたと思うわよ。そう簡単に、何もかもが上手くいく訳じゃない。長い目で物事を見るのも、大切なじゃなくて」

 諭すような口調。

 言いたい事は、何となく分かる。

 でもそれは私には苦手な事だし、どうしてもすぐに結果を求めたくなる。

「何て言ってるけど。私達の立場も結構不安定なのよね。生徒会長の指示に従うって契約が、ネックになってるから」

「どうするんですか」

「契約は守る」

 短く。

 しかく、力強く言い切る舞地さん。

 彼女の考え、思惑。

 それは分からない。

 彼女が自らに課された事を為し遂げるという意思以外は。

「こんにちは」

 ひょこりと現れる柳君。

 手には例の、変なカエルを持っている。

「へへ」

「それって、塩田さんの」

「もらった。欲しい?」

「一度は、俺がもらったんだけどね」

 それでもカエルを受け取り、遊び出すケイ。

 面白いんだろう、多分。 

 今は、単なる子供のおもちゃにしか思えないが。

「さっき、大内さんいなかった?」

 静かに尋ねる柳君。

 可愛らしい顔に浮かぶ、酷薄な表情。

 彼女がケイにした事を考えると、それは仕方ない。

 私だって、今でも複雑な気持ちがある。 

「もう帰った」

 短い。

 さっきとは違う、釘を刺すように告げる舞地さん。

 柳君は不満そうに彼女を見上げ、柔らかそうな髪をかき上げた。

「いいけどね、今さら。それより、緒方さんは?」

「彼女が、どうかした?」

「お金渡すの忘れてた。この前、みんなでお酒飲んだ時の」

 お酒?

 緒方さんと、柳君が?

 しかも、みんなという言葉も付け加えられた。

「神代さんの事で、色々あってね。お礼だって」

「1年だけで片付けたって聞いたけど」

「僕は、たまたま通り掛かっただけ。御剣君がいれば、相手が熊でも逃げ出すよ」

 なる程。

 はっきりしないが、1年同士の交流が進んでいるという訳か。

 集められた。

 また、それだけの能力のある子達。 

 杉下さん達にとっては、こっちの方がいいのかもしれない。

 むしろ、これが狙いだったのだろうかとも思えてくる。

 敢えて危機を作り出し、団結を生み出す。

 うがった考え方。

 人を疑う事を前提にした。

 もう、何もかもが嫌になってくる。

「僕は、多少疑問だけどね」

「何が」

「あの子達だけで、学校と対抗するって事。勿論もっと人数が増えて、バックアップする人がいたとしても」

 普段の彼とは違う、冷静な表情。

 醒めた、一歩引いた態度。

「ケンカが強いとか、頭が良いとか。そういう能力だけの問題だけじゃないと思うから」

「まとめる人が必要って事?」

「うん。昔学校とやり合った時も、そうだったみたいに。何人かリーダーシップを取る人間がいたから、曲がりなりにもやり合えた。でも、今のままだと単なる人の集まりだから」

 辛辣とも言える台詞。

 人の集まり、か。

 それは、私達も同じだろう。

 仲のいい人が集まっているだけの事。

 好き勝手に、自由にやっている。

 私は、それでも問題ないと思っていた。

 ただし彼の言うように、学校と対抗する場合は違ってくるだろう。

 単なる人の集まりだけでは、何もならない。

 それを引っ張っていく人がいなければ。

 支えていく人、後に続く人も。

「そう、だよね」

 短く答え、席を立つ。

 これ以上言う事は何もない。

 やれる事も、やりたい事も。

 私には、関係のない事だから。


 そう思い込みたいだけなのか。

 本当にそうなのか。

 どちらにしろ、今は何も出来そうにない。






                                                     第24話 終わり














     第29話 あとがき





 かなり中途半端な内容。

 とはいえある程度意図した事で、25話への布石になっています。

 神代さん絡みの話に関しては、エピソード 24話にて。


 今回登場した1年生について、少し。


 真田


 1年生。長いお下げ髪で大人しそうな外見。

 事務方らしく、「ロースクール」などの発言から法曹界を目指しているらしい。

 基本的に敬語で寡黙。

 目立たない外見を生かし、情報収集活動を行っている。

 ユウ達とは、中等部南地区からの付き合い。

 最近まで東京に行っていた?


 緒方


 1年生。背の高い、綺麗な顔立ち。

 峰山の指示を受けて草薙高校へ潜入した傭兵の一人。

 大内の後輩?

 そのためか、情報操作に優れる?

 高飛車で自尊心が高い。

 



 大体ですがこんな感じ。

 ここまで来ると、もう収拾がつきませんね。

 次の第25話で、2年編前編は終わり。

 ちなみに、非常に暗いので念のため。





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