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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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     24-8




 レポートを届けに、A-1のオフィスまでやってくる。

 その受付。

 見慣れた背中があったので、声を掛けてみる。

「……何、それ」

 顔にガーゼを貼り付けている名雲さん。

 拳には包帯が巻かれていて、よく見ると足も引きずり気味だ。

「うるさいな」

「だって、怪我してるじゃない」

「俺にも色々と、事情がある」

 吐き捨てるような口調。 

 叩かれる受付のカウンター。

 この間の傭兵と揉めたと考えるのが、一番分かりやすいか。

「やっぱり危ないな。モトちゃんには、止めるよう伝えよう」

「お、おい。怖い事言うな」

「だって、そうじゃない。ケンカばっかして」

「じゃあ、自分のはなんだ」

 指を指される額。

 触れてみると、ガーゼの感触があったりする。

「こ、これは、その」

 酔って暴れたとはとても言えず、カウンターを指で引っ掻きながら適当に答える。

「聞こえん」

「女に、細かい事を聞かないで」

「池上みたいな事言うな」

 そういえば、今のはそんな台詞だった。

 知らない内に、感化されているようだ。

 でも、うしゃうしゃ笑わないだけまだましか。

「名雲さん、弱いから」

 可愛らしく笑う柳君。

 彼の顔には傷一つ無く、体を痛めている様子もない。

 言うならば、豹をからかう虎といったところか。



 受付を済ませるついでに、モトちゃんにも会う。

 正確に言えば塩田さんの執務室なんだけど、今は彼女が使用している状態。

 仕事は元々彼女がやっていたので、問題は特に無い。

 また、それに疑問を呈する人もいない。

 ここまで来ると、どうかとも思うが。

「また、怪我したんですか」 

 机の上で手を組み、そこに顎を乗せるモトちゃん。

 大人しい、優しげな表情。

 微かに傾げられる小首。

 私の目には、その背中から鬼がはい出してきそうに見えるが。

「い、いや。その、さ。あれ」

「どれでしょう」

「さ、さあ。どこかな。ここか?」

 壁際の棚を調べ出す名雲さん。

 昔は強面で、今もそのせいで暴れているらしい。

 この姿を見る限りは、借りてきた猫とも呼べないが。

「お気持ちは分かりますが、自重をお願いします。私達も、学校外生徒に対してはそれなりに対応を考えていますので。何が何でも排除する、というのは少数意見ですから」

「この前の会議では、叩き出せみたいな人もいたいじゃない」

「相手によりけりよ。無論、馬鹿は放り出す。でも真面目にやりたいと思ってるのなら、サポートはする」

「大人だね。ケンカばっかりしてる人とは違って」

 笑う前に腕へ痛みを感じ、壁にもたれる。 

 私の場合は、地面とケンカしたらしいからな。

「大丈夫?」

「平気。それより、塩田さんは」

「その辺の棚に隠れてるんじゃない。最近、見ないわよ」

「忍者だからな。池があるだろ、この学校。あの中にいないか」

 勝手な事を言い合う二人。

 柳君は何故か、壁を叩いてそこに耳を当てている。

「何してるの」

「隠し扉とか無いかなと思って。ほら、忍者屋敷の」

「ああ。でもここは学校だし、そういうのはないと思うよ」

 しかし私も、確信は持てない。

 例えば、この棚の裏側はどうだろう。

 勿論棚があるので、扉自体の意味がない気もするけど。


「おい」

 不意に掛けられる声。

 振り向くと、いつも通りいつの間にか塩田さんが立っていた。

「動く訳無いだろ」

 私と柳君が動かそうとしていたのは、大きな棚。

 中には書類や本が入ったままで、大地震が来ようと倒れないような安定感。

「でも、ここが一番怪しいと思って」

「怪しいのは、お前達の行動だ」

 悪かったな。

 仕方ないので拳で軽く叩き、ストレスを逃がす。

 何かへこんだようにも見えるけど、気のせいだ。

 少なくとも、私の気分はよくなった。

「何だ、二人して怪我して。ケンカでもしたのか」

「私は何も。名雲さんは知らないけど」

「まあ、好きにしろ。ただ雪野はともかく、お前はあまり暴れるなよ。学校外生徒って辺りを突かれて、叩き出される可能性もある」

 皮肉。

 それとも忠告だろうか。

 塩田さんは引き出しを開け、カエルのおもちゃを取り出した。

 おかしいな、これは彼の部屋へ運んだはずなのに。

「間抜けだろ、これ」

 チューブの先にあるボールのような物を押し、カエルを跳ねさせる塩田さん。

 だったら、やらなければいいじゃない。

「真田さんが戻ってきましたけど」

「らしいな。あいつ、ロースクールはどうするんだ」

「こっちで通うんですって」

「ふーん。出戻りとか色々いるな」

 意味深に頷く塩田さん。 

 その間もカエルは飛び跳ねるので、いまいち深刻さに欠けるが。

「僕にも貸して」

「やるよ。どうせ、浦田のだし」

「はは、ありがとう」

 にこやかに笑い、大事そうにカエルを握り締める柳君。

 何が楽しいかは知らないし、ケイの所有物と知った時点でどうでもよくなるが。

「前にあったのとは違うんですか?」

「やる事なくて寂しいだろうって、この間持ってきやがった。叩き出すなら、傭兵よりもあいつだな」

 だったら、遊ばないでよね。

 でもって、残念そうに見ないでよね。


「神代の件はどうなった」

「さあ。私は、風邪引いてたのでちょっと」

 それだけが理由ではないが、ここであれこれ言いたくはない。

 その辺りを察してくれたのか、モトちゃんが話を継いでくれる。

「今の所、特に問題はなさそうです。護衛も付けてますし、連中の目も逸れてますから」

「ケンカの原因はそれだろ」

 顎を振る塩田さん。 

 名雲さんは鼻で笑い、ガーゼの付いた頬に触れた。

「玲阿が絡んでるって聞くが」

「馬鹿にお金を渡してるようです」

「いつの間に、そういう悪い事を覚えたんだ」

 戸惑いと不安の入り交じった表情。

 可愛い弟を気にする顔とも言える。

「お前は、親か」

 苦笑気味に突っ込む名雲さん。 

 彼もショウへの思いは色々あるだろうが、ここまで気を病む事はないだろう。

 それは性格的な部分と、付き合いの長さも関係してると思う。 

 少なくとも昔の彼だったら、こういう真似はしなかったから。

 この変化が、良いか悪いかは知らないが。

「うるさいな。で、その馬鹿はどういう奴だ。お前、詳しいんだろ」

「気にする程の連中じゃない。後ろで操ってる奴も、たかが知れてる。せいぜい、しつこいくらいだな」

「全く、人の学校で好き勝手やりやがって」

 壁を拳で突く塩田さん。

 さっきとは違う、妙に乾いた音。

 私と柳君は顔を見合わせ、壁を指差す。

「そこ、音が」

「一度、杉下さんに会ってこい」

「え」

「杉下さん。ほら、早く行け」



 はぐらかされたと思いつつ、学校を後にして大学へと向かう。

 あの音は、明らかに空洞を思わせる響き。

 隠し扉とは言わないが、何かあるのは確かだろう。

 何が、とか。

 どうして空洞がある、という辺りは全く謎だけど。

「いるのかな」

 わずかな敷地に教棟が立ち並ぶ狭苦しいキャンパスを歩きながら、辺りを見渡す。

 夕方過ぎとあって、学生の姿はまばら。

 それも帰る人が大半で、人の流れとすれ違うだけだ。

「大体、ここはどこ」

「大学だろ」 

 真面目に返してくるショウ。

 そんな事は分かってるし、違ったら困る。

「法学部に行くんじゃないのか」

「馬鹿じゃない。あそこは、お墓を通っていくのよ」

「だから」

 そう来たか。

 それとも、お墓に入れて欲しいのか。

「怖い顔するな。別に、幽霊が出る訳でもないんだし」

「言い切れるの?人魂も浮いてないって。雨も降らないって」

「意味が分からん」 


 すたすたと歩いていくショウ。

 置いて行かれては大変なので、慌てて後ろに追いすがる。

 うっそうとした木々。

 夕方の赤い日射しも差し込まず、虚ろな風だけが吹いている。

 何故か木々の奥にはお地蔵様までいて、はっきり言えば楽しくない。

「や、やっぱり止めよう」

「引き返すのか」

 指を指される後ろ。

 頷きかけて、言葉を失う。

 うっそうとした木々に、日の差し込まない小道。

 街灯はぼんやりと灯るだけで、人気の無さだけが強調される。

「い、行く」

「でも、帰りはまた通るんだよな」

「え」

 やはりさっさと歩いていくショウ。 

 当然慌てて追いすがる。 

 でもって今度は墓場。

 私は、何か悪い事でもしたのかな……。



 それでもどうにか、法学部までやってくる。

 どうしてこんな離れた場所にあるのか。

 大体、どうしてお墓の中を突っ切るのか。

 何故、お墓があるのか。

 ここの経営者なり管理者に、一つ一つ問いただしたい。

「どこにいるのかな」

「連絡はしてあるんだろ」

「してあっても、肝心な場所が分からない」

 仕方ないので、階段の脇にある地図を確かめる。

 取りあえず、現在地は分かった。

 書いてあるからね。

「君達か。塩田君の後輩は」

 不意に声を掛けてくる、細身の男性。

 落ち着いた物腰だが、緊張感と紙一重の感じ。

 少し長めの前髪をかきあげ、細い目元をこちらへと向ける。

「ええ。でも、どうして」

「連絡された特徴と同じだから」

 確かに、これだけの大男と小女の組み合わせも珍しいだろう。

 塩田さんがどう連絡したかは、聞きたくないが。

「立ち話もなんだから、移動しようか」



 やって来たのは、小さな部屋。

 ロッカーに机。

 物がかなり雑然と置かれ、ハンガーにはスーツなども掛かっている。

「何か、前来た事がある」

 ロッカーのドアに張られた写真を見て、ようやく理解する。

 草薙高校の正門に並ぶ、大勢の男女。

 その中には塩田さん。 

 そして、杉下さんの姿もある。

「ここって、河合さんの」

「ああ。個人的な作業をするには便利な場所でね」

 出されたコーヒーに礼を言って、口を付ける。

 変わらない物静かな態度。

 ただ時折こちらに向けられる視線は、怖いまでに鋭さをはらんでいる。

「単刀直入に言えば、俺達はスカウトした人間を草薙高校に送り込んでいる。誰がとは言えないが、それなりの人数を」

「じゃあ、真田さんは?」

「誰はとは言えない。人の話はよく聞くように」

 苦笑気味に諭す杉下さん。

 それはそうだが、だったらここに来た意味がない。

「遅れました」

 頭を下げて入ってくるサトミ。

 その後ろからケイも、適当に会釈してやってくる。

「大学院に知り合いがいるそうだね。飛び級とは、恐れ入る」

 多少皮肉混じりの口調。

 何に対してかは分からないし、悪意は感じられないが。

「で、送り込んだ人達が裏切る可能性は?」 

 いきなり話し始めるケイ。

 それも、さっきの話を聞いてたのように。

「その辺りは、俺達を信頼してもらうしかない。それと、その送り込んだ人間達を」

「学校が、金も権限も持ってるのは知ってるでしょう。目の前で金をちらつかせれれば、信念なんてあっさり吹き飛びますよ」

「否定はしない。ただ、その程度の人間は初めから対象にしていない」

「口では何とでも言えますからね。それに、人間は変わります」

 愛想の良い笑顔。

 彼のこういう場合は、あまり良い意味を持ってない。

「仕方ない。カードを一枚切るか」

「助かります」

「スカウトした一人の名前は、真田さん。対学校については、彼女のように冷静で事務的な人間が必要となる。殴り合いをする訳ではないし、またそれが出来る人間は現時点で十分揃ってる」

 ある程度、予想をしていた答え。 

 いくら何でもこの時期に戻ってきたのはおかしいし、彼女のあの態度。

 ただ悪いのは、彼女ではない。

「人を、そうやって駒みたいに使うんですか」

「ユウ」

「だって」

「いや、いいんだ。悪いが、なりふりは構ってられなくてね。必要と思えば、何でもやる」

 はっきりと言い切る杉下さん。 

 それは分かる。

 学校が何をしたいのか、その後でどうなるかも。

「そんなの、学校と同じじゃないんですか。結局私達は、言われるままにやるだけですか。結果がよければ良いという事でも無いでしょう」

「いつか分かる、とは言わない。俺も大義がある訳じゃない。仲間を失った恨みでやってるだけさ」

「そんなの」 

 そう言われては、これ以上言いようがない。

 だったら、私達はどうすればいいのか。

 何をするべきなのか。

 勝手にやれと言われるのは分かってる。 

 でも、それも許されない。

 他人のケンカに巻き込まれるような、この状況では。



「寒いね、今日は」

 ブルゾンの前を合わせ、背を丸めて入ってくる男性。

 大人しそうで、目立たない顔立ち。

 彼は私達に頭を下げ、何事もなかったかのように部屋の隅へ収まった。

「エアコン入れていい?」

「え?ああ、はい」

 何故か私にお伺いをたててきた。

 彼は明るく笑い、端末を持ってエアコンの前に立っている。

 暖かくて、気分が良いらしい。

「おでんって、まだあった?」

「自分で調べてくれ」

「そうだね」

 冷蔵庫を開け、一人頷く男性。

 ふざけている訳ではないだろうが、かなりマイペースな人だな。

「河合君達は?」

「知らない」

「掃除してくれって頼んでるのに。本当に駄目だな」

 今度は雑誌の山を片付け、杉下さんも片付けるよう促した。

 大人しい割には、押しもあるな。


 何故かおでんをつつく。

 でも、美味しいからいいか。

 ……いや、よくはない。

「そうじゃなくて。学校が無茶苦茶だからって、何をやってもいい訳じゃないでしょ」

「いきなり何を。杉下、この子は」

「塩田君の後輩だ」

「ああ。よろしく、間です」 

 もう一度頭を下げる間さん。

 間って、どこかで聞いた名前だな。

「元生徒会長よ」

 耳打ちしてくるサトミ。

 そういえば、卒業式に来てもらった事もあったっけ。

 というかこの子、知ってて黙ってたのか。

「俺達も、悪いとは思ってるんだけどね。卒業生としては、打つ手が限られてて」

「人を駒みたいに扱ってもですか?」

「スカウトの事?」

 頷く私を見て、間さんは姿勢を正しこちらに向き直った。

「確かに、問題点はあると思う。それは認めるよ」

「だったら」

「学校がどうとか、俺達の恨みとは言わない。それは、君達には関係のない事だから」

 意外な言葉。

 それにはサトミ達も怪訝そうな顔をする。

「俺達は、草薙高校に来たい人しか呼んでない。その子達は、ここに来てやりたい事をする」

「でも」

「裏切られる可能性もある。向こうのダブルスパイって事もあるかも知れない。でも草薙高校に入ったからには、そこの生徒だからね。僕は、それを信じたい」




 寮に戻り、少し考えてみる。

 学校の現状。 

 それへの対応。

 自分の置かれている立場。

 間さん達の行動。

 あの言葉の意味。

 分かる訳もない。

 第一、この学校に通ってるから信じるなんて。

 それなら何一つ困らないし、こういった事にはなってない。

 学校が色々やってるのは確かだとしても。

 その事に乗る生徒がいなければ、何の問題もない。

 悪いのが生徒とは言わないが、間さんの言う通り信じる事も出来ない。

 やはり彼等は、単に感情だけで動いてるに過ぎないのではないか。

 結局は、彼等と学校の戦い。

 私達は、それに巻き込まれるだけに過ぎないのでは。

 勿論、何をしなくても問題はない。

 義務も責任も無いのだから。

 後輩という、部分を除いては。

 ただ、それでいいのかどうか。

 この状況を見過ごして、放っておいて。

 でも、自分には何が出来るのか。

 どうすべきなのか。



 気持ちの良くない目覚め。

 それでも学校に行き、授業を受ける。 

 これは義務で、責任がある。

 やらされるのではなく、やるしかない。

 当然、自分のために。

 勉強しなくても、生きてはいける。

 はっきり言えば、強制もされない。

 やりたくなければ、やらなければいい。

 困るのは誰でもない。

 自分自身だ。



 伸びてきたラーメンをすすり、お茶を飲む。

 これも義務だろうかと考え、心の中だけで笑う。

「食べないの?」

「え、うん。お腹一杯」

 元々量が多かったのもある。 

 減らしてもらうのも忘れたので、どうでも良くなっていた。

「上げる」

「おい」

 怖い目でこちらを睨みつつ、伸びたラーメンをすするショウ。

 結局は食べるんじゃないか。

「昨日の話を気にしてるの?」

「多少ね。サトミは、気にならない?」

「それは、なるわよ。でも、考え過ぎても仕方ないでしょ」

 考え過ぎ、か。

 そんな事は、とてもじゃないが不可能だ。

 今の自分にとっては、特に。

「ちょっと」

「何だよ」

「もういい」

 人を怪訝そうに見てくるショウ。

 ラーメンのどんぶりに、ご飯を入れてる男の子を。

 どうしてこう、犬的な食べ方をするのかな。

「昨日の事とか、気にならない?」

「気になる程、気が回らない」

 あっさりと答えられた。 

 つまり彼の場合は、そういった部分が気になるのだろう。

 駆け引きや策謀、そういった事にまで気が回らない事が。 

「ケイは」

「別に。俺は俺、人は人。やりたいようにやる」

「何を」

「さあね。人の食べさしに、ご飯を放り込む事でないのは確かだな」 

 それもそうか。

 でもショウは美味しそうに食べてるし、問題はない。

 この子はこの子で、やりたいようにやってるんだろうし。

 誰の食べさしかは、ともかくとして。



 オフィスにこもり、腕を組む。 

 やる事がない訳ではない。

 どうも、考えがまとまらない。

 何を考えてるのかも、よく分かってない。

 最近、安定してないな。

「ユウ」

「あ」

「もう帰る時間よ」

 時計を指差すサトミ。

 時間は、終業時間少し前。

 さっきここへ来たばかりだったのに。

 とはいえここに残る理由もないので、片付けを済ませてリュックを背負う。

 確かに窓の外はすでに暗闇。 

 灯っている街灯。

 照らされている小道。

 枯れ葉がその上を滑っている。

「なんだ」

「え」

「こっちの話」

 自分でも、よく分かってはない。

 ただの寂しげな光景。

 それだけだ。



 学校の外に出て、ご飯を食べる。 

 釜揚げうどんを、みんなで取りながら。

「どうして食べないの」

「食べられないんだ」

 ご飯ばかり食べるケイ。

 どうも、お湯に浮かぶうどんが掴めないらしい。

 本当、不器用にも程があるな。

「ほら、貸しなさいよ」

 ケイの器を持って、その中にうどんを入れていく沙紀ちゃん。

 でもって、それを食べるケイ。

 何だかな。

「神代さんは、どう?」

「問題ないわよ。渡瀬さんが付いてるし、彼女よりも玲阿君や名雲さんが気になるみたいね。馬鹿連中は」

「そう」

 少しの安堵感。

 ただ、完全に気が緩む事はない。

 連中の行動、思考を多少とはいえ知っている限りは。

「ユウが世話を焼かなくても、大丈夫かも知れないわね」

「え」

「あの子達は、あの子達で頑張るって事」

 うどんをすすりつつ、私を上目遣いで窺うサトミ。

 探るような、何かを訴えかけるような瞳。

 それを避け、お茶を飲んで一息付く。

「本当に、大丈夫なのか」

 小声で呟くショウ。

 沙紀ちゃんは小首を傾げ、彼を見据えた。

「どういう意味?」

「連中は一人二人じゃないから。相手が少なければ、放っておいてもいいと思う。でも、何十人と来たら?」

「そうね。そうなったら、考えないといけないかもしれない。でも、たまには彼等に任せるのもいいじゃなくて」

「まあ、そうだろうけど」

 釈然としない顔付き。

 沙紀ちゃん達の言ってる事は分かるし、ショウの言いたい事も分かる。

 つまりは、何がどうとも言いきれない。

「浦田は」

「何度も言うけど、興味ない。来るなら叩く、来ないなら放っておく」

「七尾君みたいな事言うわね」

「あの子の思考は、俺とは多少違う。どうでもいいさ、何にしろ」

 あくまでも無責任な態度。

 ただ言葉通り、完全に放っておく訳でないのも分かっている。

 今は彼等に任せておいて問題ないと、彼なりに判断しているのだろう。

「あの子達の事はともかく。玲阿君の渡したお金は、ちゃんと返ってくる訳?」

「さあ。俺は、支払い係に過ぎないから」

「じゃあ、回収係はどう思ってるの」

「前も言ったように、倍は取る。勿論神代さんの問題とリンクしてるから、向こうがいつ解決するかによるけど」

 そうすると結局は、傍観するしかないという訳か。

 何もせず、ただ見ているだけで。

「不満そうね」

 耳元でささやくサトミ。

 諭すような、危ぶむような声にも聞こえる。

「別に。私には、何も出来ないんだし」

「大丈夫?」

「だと思うよ。とにかく、見守ってればいいんでしょ」

 適当に答え、うどんをすする。

 ぬるく、柔らかくなったそれを。



「こんばんは」

「あ、こんばんは。どうかしました?」

「いや。最近、どうかなと思って」

「はあ。とにかく、どうぞ」

 部屋の中に招き入れてくれる神代さん。

 落ち着いた内装。

 小さな女の子の人形がローテーブルの上に、何体か並んでいるのが目に入る。

「これは?」

「えと。こっちへ来る時、向こうのの知り合いがくれて」

 よく見ると、人形は手作り。

 胸元には白い布が縫いつけられ、愛称らしきものが書かれてある。

「神代さんの人形は?」

「えーと。これかな」

 他のより、やや大きめの女の子。

 胸元の愛称は、「ナオキ」となっている。

「恥ずかしいんだけど、やっぱりこれがないとちょっと」

 はにかみ気味に説明する神代さん。

 その辺の気持はよく分かるし、そうでない人はどうかとも思う。

「あのさ。前神代さんに文句付けてた馬鹿は、どうなった?」

「最近、見ませんよ。お陰で、気楽に生活出来てます」

 朗らかな笑顔。

 無理をしたという感じでもなく、実際にそうだと思えるような。

「何か、あったとか?」

「ううん。ああいう連中はしつこいから、大丈夫かなって」

「心配性なんだね」

「そういう訳でもないけど。後輩の事だし」

「はは。ありがとうございます」

 照れ気味に頭を下げる神代さん。

 私も何となく頭を下げ、胸元に手を当てる。

 放っておいていいというサトミ達。

 気にした方がいいというショウ。

 ただ声を掛けるだけで、自己満足をする自分。

 これ以上は、もうなにが何だか分からない。

「どうかしました?」

「ん、別に。今日は寒いなと思って」

「もう、秋だから。暖房入れるね」

 暖かくなる室内。

 だけど、私の心の中はどうだろうか。

「真田さんとは、どう?」

「親切にしてくれるよ。礼儀正しいし、いい人だね」

 なるほど。

 見かけは正反対だが、確かに内面的には似ているかもしれない。

 お互い真面目で、細かい事に気が回るタイプだから。

「緒方さんは?」

「ん?えーと。悪い人じゃないと思うけど」

「苦手?」

「どうかな。悪い人じゃないけどね」

 繰り返される、同じ言葉。

 この場合もよく分かる。 

 緒方さんも細かい事に気は回る。

 ただ、真面目というタイプとは若干違う気がする。

 彼女の言う通り悪い人間には思いたくないが、生真面目な子でもないだろう。

「とにかく、問題は無い訳ね」

「ええ。あたしは鈍いから、その辺の事はよく分からないけど。今は、特に」

「安心した。でも、気を付けて。何をやってくるか、分からない連中だから」

「あ、はい」 



 彼女の部屋を後にして、廊下を歩く。

 まだ早い時間帯と会って、すれ違う人も多い。

 楽しそうな笑顔、明るい笑い声。

 それをどこかと奥で感じながら、自分の部屋に向かう。

「ん」

「あれ」

「どうかしたの」

 小首を傾げ、上を見上げる女の子。

 彼女の隣にいた男の子は、困惑気味に行く手のラウンジを指差した。

「先に行っててくれる?俺も、すぐ行くから」

「分かった。早く来てね」

 嬌声を上げて駆けていく女の子。 

 その友人らしい子達も、声を上げてその後を追う。

「もてるのね」

「相談をされただけです。そういうのじゃなくて」

 苦笑気味に説明してくる小谷君。

 彼は自警局のメンバーであり、さらに言うなら自警局長付きのガーディアン。

 見た目は普通だが、気は付くし優しいのでその辺りが受けるのだろう。

「何か、変な男に付きまとわれてるとかで」

「それにしては、楽しそうじゃない」

「危険性がないからでしょう。ただ、多少面倒だなってくらいで」

「そのくらい自分でどうにかすれば」

 しかし、ここで彼に言う事でもないか。

 無論、彼女達に面と向かって言う気にもなれないが。

「神代さんの件はどうなってるの」

「護衛も付けてるし、問題はないです。ただ、その回りの方がちょっと」

「回りって、ショウ達?」

「ええ。名雲さんが暴れ過ぎてるので、自警局の一部から問題視する声が出ています。それと玲阿さんへの脅迫。これの真意はともかく、額が多いので警察に通報するという人もいまして」

 意味ありげに笑う小谷君。

 今の台詞。

 彼の態度。 

 そこでようやく、私も気付く。

「そういう口実で、私達をどうこうしようっていう気?……いや、違うか」

「ええ。つまりは神代さんがターゲットと見せかけて、実際はそういった介入を誘ってたのかも知れません。確証もないですし、実際の所は不明ですが」


 盲点を突かれたとは、この事だろうか。

 単に神代さんだけを見ていればいいと、私は思っていた。

 何かあったら、彼女を助けさえすればいいと。

 でも、それすらも罠だったら。

 今の話通り、彼女を狙うと見せかけて私達を誘うという。

 ただ、だからといって彼女を放っておいていい訳もない。

 巧妙で、苛立ちだけが募る話。

 そして自分の無力さを思い知らされる。

「小谷君、まだー?」

 甘い、鼻に掛けたような声。

 邪魔者を見つけたとでも言わんばかりの視線。

 私も、このくらい気楽になればいいのだろうか。

「ば、馬鹿。す、済みませんっ」

 慌ててその子を制止する、友達らしい女の子。

 即座に耳打ちがされ、小谷君に声を掛けた子も慌てて頭を下げる。

 私としては、意味が分からないし困惑するだけだ。

「何、あの子」

「それだけ雪野さんが有名なんですよ」

「評判が悪い、じゃないの。私の事はいいから、あの子達の話を聞いて」

「あ、はい。何か分かったら、連絡します」



 さっきの話を考えつつ、机を指で叩く。

 要は、向こうの手の平で踊っていたという訳か。

 ショウではないが、ここまで来るとどうしようもない。

 自分の考えとは違う所でのやりとりだから。

 それどころか迂闊な行動が、どんな事になるのかも分からない。

「待てよ」

 ショウの件を思い出す。

 あの子がお金を払い、ケイ達はそれを容認している。

 さすがに彼等が、小谷君が言っていた事に気付かない訳がない。

 つまり、それについては何か考えがあるのだろう。 

 私程度には分からない、より高度な何かが。

 一気に馬鹿馬鹿しくなり、ベッドに伏せる。

 これでは自分が何をやろうと、どう考えようと意味がない。

 結局は出来る人達が、自分の分かるようにやっているだけだ。

 私には何も分からないし、手の打ちようもない。

 いてもいいんだろう。

 でも、いなくても同じだ。

 私は単なる数合わせ。

 それか、何かあった時に暴れるだけの人間でしかない。

 私でなくても務まるし、私がやる必要もない。

 出来るのはただ気に病む事。

 それだけだ。

 そしてそんな事は、何の役にも立ちはしない。


 朝。

 普段のように軽く走り、トレーニングをする。

 これだって、やる必要はない。

 それでもやるのは、習慣に過ぎない。

 また仮に何もしなかったら、周囲が不審がるだろう。

 虚しさを感じつつ、事務的に体を動かし汗を掻く。 

 今までの自分は、何をやってたのかと思いながら。


 教室に入り、みんなの顔を見て少しだけ気が楽になる。

 あくまでも、少しだけ。

 不安定さは、以前として無くならない。

 つい自分の価値、なんて事を考えながら。

「あなた、トレーニングまだやってるの」

 何気ない口調。

 彼女自身、それ程深い理由があって聞いた訳では無いとも思う。

「風邪は、ちゃんと治った?」

「まあね」 

 短く答え、筆記用具を揃える。

 この間からの、何か言いたげな視線。

 それに耐えきれず、視線を逸らし卓上端末を起動させる。

 微かな苛立ちと焦燥感。

 思わず叫びだして、ここから逃げ出したくなるような気持。

 無論、それをやらないだけの自制心は残っている。 

 非常に危うい、微妙な部分では。


 お昼。

 軽く食べて、すぐお茶にする。

 食欲はあまりない。

 あくまでも、最小限を取るだけにする。

 別に食べたくない訳ではない。

 ただ、喉を通らない。

 会話に合わせて言葉を返し、適当に笑う。

 反応をしているだけという感じ。

 どうにか自分を保っているような。

 夜の焦燥感は無く、自分を遠くから見ている気分。

 何をやってるかは分かる。

 自分の行動、周囲の出来事。

 でもそれが、遠くにある。

 さながら、夢でも見ているような。


 夕方。

 オフィスに入り、事務仕事をこなす。

 淡々と、黙々と。

 作業をこなす。

 やり方は分かってるし、考えなくていい。

 マニュアル通りに、指示通りにやりさえすれば時が過ぎる。

 言われるままの作業。

 だからなんだという事もなく、ただ作業をこなす。

 自分のやりたい事なんて無い。

 言われた事を、与えられた事をやっていればいい。

 自分に出来る事なんて、何もない。



 夜。

 ご飯を食べて、お風呂に入って、少し休む。

 ぼんやりTVを眺め、お茶を飲み、雑誌を読む。

 ただ時が過ぎるのを待つ。

 風に揺れる窓。

 一瞬それに怯え、TVの音を大きくする。

 カーテンを閉め、明かりを強くして、布団にくるまる。

 何もやらないし、やりたくもない。

 時間が過ぎさえすれば、それでいい。

 今は、ただそれだけで。 



 真夜中。

 目が覚める。

 薄い明かりのついた室内。

 それなりに片付いた部屋の中。

 相変わらず風に揺れる窓。

 どのくらいの風なのか。

 でも、開ける気にはならない。

 その向こうは見たくない。

 暗い闇の奥。

 そこを覗く勇気はない。


 どんな眺めかは分かっている。

 幾つもの花壇と植え込み。

 その間を通る、正門へ続く小道。

 今は街灯が灯り、辺りを照らしている。

 冷たい風に揺れる葉。

 落ちた何枚かは、小道の上を滑っている。

 誰もいない道を。

 そこには、誰もいない。

 そこを歩く人がいる訳もない。

 誰一人として、私の回りには。










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