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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第4話
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4-6






     4-6




 それからしばらく、私達はお詫び行脚の日々を送っていた。

 副会長や塩田さん達は勿論、矢田局長やDブロックのガーディアン全員にもである。

 他にもあちこち周り、とにかく疲れた。

 別にみんな怒ってなくて、ちょっとからかわれるだけでもだ。

 普段ならここまでしないけど、今回はあちこちに影響があり過ぎたから。

 本当、世話の焼ける子だ。

 私も含めてね。



 そして今日は、舞地さんの所へ。

 学校がお休みのため、彼女の下宿先に来ている。

 案外庶民的なアパートで、ケイから相当のお金を持っていった割には意外な感じ。

 渡り鳥としての稼ぎもあるって聞いてるんだけど、慎ましい生活が好きなのかも知れない。

 後は寮じゃないのが、ちょっと大人である。

「3階に、盗賊の女頭領は住んでござる。子分共も、この周りにいるそうな」

「馬鹿。ほら、早く行って」


「こっち、こっち」

 手すりから顔を出し小高い眺めを楽しんでいると、ケイが手招きしてきた。

 背伸びをやめ、トコトコと走っていく。

「いるかな」

 インターフォンを押し、待つ事しばし。

 ……応答無し。

「ちょっと待ってて」

 Gパンのポケットから端末を取りだし、舞地さんのアドレスにコールする。

「出ないよ」

「寝てるのかな」

「まだ午前中だしね」

 何気なくドアに手を掛けると、少し動いた。

 遠慮気味に、するりとドアの中へ。


「済みませーん」

 やや大きめな声で呼び掛けてみる。

 奥の方で気配がした。

 足音らしいのも聞こえてくる。

「……映未か」

 少しくぐもった声。

 池上さんを、苗字で呼ばない時もあるんだ。

 それはともかく、私はフローリングの床に手を付いて身を乗り出した。

「雪野です。あ、ケイも一緒に来てます」

「……上がってくれ」

 声だけで、舞地さん本人は出てこない。

「どうしたんだろ」

「さあ」

 取りあえず、言われた通り奥へと進んでいく私達。   

 そして、廊下に面した部屋の中を覗き込む。


 いた。

 ソファーに座っていた。

 でも、目が開いてない。

 というか、パジャマ着てるこの人。

 薄いオレンジで、少し大きめ。

「舞地さん、寝てたの?」

「……ああ」

 かろうじて口元だけ動かす舞地さん。

 窓から入る日差しに照らされて淡く浮かび上がる姿は、見ていて微笑ましいものがある。

 でも、ちょっと迷惑だったかな。

「ごめんなさい。私達出直すから」

「いい。眠いだけだから」

 そう言っている先から小さなあくびをする。

 いつもの精悍さや厳しさは全く感じられず、普通の可愛い女の子になっている。

 髪も後ろで結んでなく、やや乱れ気味だ。

「……着替えてくる。少し待ってて」

 舞地さんは気だるげに立ち上がり、廊下へと歩いていった。

 のそのそと歩くその後ろ姿が、妙に笑える。



 ここはリビングらしく、シックな感じのテーブルや大きな壁掛けテレビがある。

 またローボードの上には猫の小物が幾つも乗っていて、全体で一つのストーリーになっているようだ。

 壁に掛かっている絵は、淡いタッチの水彩画。

 絵心の無い私にも、描いた人の気持が伝わってくるような物ばかり。

 優しい色遣いで統一された室内で、こうして座っているだけで落ち着いた気持になってくる。

「……遅いね。何やってるんだろ」

「見てきたら。俺だと、さすがにまずいから」

「うん、ちょっと行ってくる」

 私は廊下に出て、もう一つあるドアの前にやってきた。


 ノックしてみるが、反応がない。

 ドアに手を掛けると、少し動いた。

 さっきと同じだ。

 予感めいたものを感じつつ、中を覗き込む。


 ドレッサールーム兼寝室といったところか。

 壁際にはクローゼットとハイチェストがあり、白いシーツの掛かったベッドも見える。

 その上で、服とタオルケットに埋もれる舞地さんの姿も。

 パジャマはボタンが幾つか外してあって、着替える寸前だったようだ。

 胸元をはだけて横たわる姿は、同性ながらそそるものがある。

 とはいえ、このままにしておく訳にもいかない。

「舞地さん、風邪引くよ」

 肩に手を掛け、何度か揺する。

 ゆっくりと、本当にゆっくり顔を上げる舞地さん。

「……少し横になっただけだ」

 言い訳なのか何なのか、理解しにくい答え。

 舞地さんは、私がいるのもかまわず着替えを始めた。

 女同士だから別に良いんだけどさ。



 私達はリビングに戻り、舞地さんが入れてくれたお茶を前にしていた。

 それを口にして少し目が覚めたらしく、彼女の表情もやや引き締まった。

 青のシャツとタイトスカートという服装。

 大人っぽい雰囲気で、何か羨ましい。

「……私に謝る必要はない。浦田と契約を交わしたから、その指示通りに動いただけだ。生徒会の内偵までやらされるとは思わなかったけど」

「俺の行動を監視するより、直接本人がやった方が早いと思って。舞地さん達を送り込んだ生徒会長も、そう言ってませんでした?」

 おかしそうに笑って、お茶をすするケイ。

「何それ。この前は自分がやったって言ってたのに。みんな舞地さんに押し付けてたの?」

「浦田は最終的な判断をして、それを生徒会に申請しただけ。だから、処分された連中から狙われるのも浦田だけ。意外と人が良いらしい」

「まさか。仕事をした振りしただけです」

 お茶をすすり続ける男の子。

 私は少し嬉しくなって、モトちゃんから渡されたケーキを大きめに切り取ってあげた。


「舞地さん達は、どうして私達が学校から悪く思われてるか知ってる?」

「いや、その辺りは私も分からない。理事の子供でも殴ったんじゃないのか」

「そういう記憶は無いんだけど」 

 それとも、知らない内に何かしてたりして。

 思い当たる事は。

 多過ぎて、思い当たらない……。

「深く考えるな。やられたらやり返す、それで十分だ。どうせ今までも、そうやってきたんだろ」

「そうでもない、とも言えないのが辛い」

 くすっと笑われた。

 自然な優しい笑顔。

 微笑みかけられた私の心を暖かくしてくれるような。 

 舞地さんと出会ってからまだそんなに経っていないけど。

 私の中でこの人の存在が大きくなっているのが、はっきりと分かる。

 ショウ達や沙紀ちゃんとも違う、もっと別な結び付きを。

 運命的とまでは言わないけど、何だかそんな気がする。

 それが私の一方的な思い込みでなかったら、少し嬉しい。


 紅茶を入れ直し、のんびりと話し込む私達。

「玲阿を破った感想は」

「別に。あれはショウが弱いだけですから。勿論格闘技の腕じゃなくて、メンタルな部分でね」

 あっさりと言ってのけるケイ。

 おごった態度は全く感じられず、ただ事実を語っているという顔だ。

 だけど、黙って聞き流すのも気分がよくない。

「あなたは沙紀ちゃんを人質に取られて、本気になれたから?私達が演技してたって思わなかったの?」

「連絡があった時から疑ってた」

「どうして嘘だって分かったの」

 ケイは私の襟元を指さし、何かを引っ張る真似をした。

「あの時、リボンがなかったから。ユウはそういうの気にするのに、無いのは不自然過ぎた。そうしたら丹下の腕にリボンと同じ色が見えたから、ああって」

「分かってても殴るか。いい神経してるな」

「俺は、それがユウ達からの返答だと思ったんです。ヒカルの事が分かったっていう。でもそうじゃない雰囲気だったから、成り行き上」

 どんな成り行きなんだ。

 私の視線に、ケイは慌てて手を振った。

「監視の目を避けるっていう意味だよ。舞地さん達の監視は名目上で、生徒会長も元々俺の手伝いをさせる気だったと思う。でも、学校側の監視はどこにあるか分からないから」

「だから浦田は、雪野達に素っ気なく接した訳だ」

 舞地さんは私の方に座り直し、緩めた視線を向けてきた。


「学校の狙いは、お前達の処分。それで浦田が取った手はこう。同じブロックにいる生徒会ガーディアンズの評判を上げ、相対的にお前達の評価を下げる。それにお前達が反発すれば、処分するという手筈だ」

「だから、あそこまでやったの。それは知らなかった……」

「ただ実際に生徒会ガーディアンズの評価が高まっても、雪野達の評価は変わらなかった。むしろ、以前よりその存在がはっきりと認識されたんじゃないの」

 ヒカルとパトロールした時に出会った人達との会話が思い出される。

 私達に残って欲しいと言ってくれたあの人達の言葉が、笑顔が。 

「結果雪野達は解散しなくて済み、あのブロックを統括している丹下の評価も高まった。それに私達を使って、お前達に色々と教えたりもした。分かった?」

 私の頭に触れ、そっと撫でる舞地さん。

「もう、子供じゃないんだから。だって、この子何も言ってくれないから」

「言ったら、ヒカルのデータなんて全部抹消されてたよ。俺の苦労も、少しは知って欲しいな」

「ふん。大体あれはリボンじゃなくて、細いネクタイだったのよ」 どうでもいい間違いを指摘して、お茶をすする。

 苦笑する二人になおも反論しようとしたら、視界を茶色い影がよぎった。

 ん、何?



「わっ」

 突然膝の上に猫が乗ってきた。

 茶トラの、痩せた猫が。

「たまに入ってくるんだ。首輪がないから、野良猫だと思う」

 目を細め、猫の額を撫でる舞地さん。

 はーん、これが例の彼氏か。

「名前、なんて言うの」

「私の猫じゃないから知らない。ネコ、としか呼んでない」

「そ、そう」

 舞地さんらしいと言えばそれまでだけど、猫に「ネコ」って。

「ほら、こっちこっち」

 ケイが手を伸ばすと、前足で素早く叩かれた。

 爪が出ていないらしく、「パンッ」という可愛い音がする。

「な、何だ?」

 もう一度伸ばした手が、「パンッ、パンッ」と音を立てる。

「こ、このドラ猫っ」

 猫相手に怒る男の子。

 細く小さな目をむいて、猫を掴みに掛かる。

 人間相手なら、こんな態度まず見せないのに。 

「止めてよ、恥ずかしい」

「猫に遊ばれるな」

 私と舞地さんは猫を間に挟み、ケイの手を遮った。

「へっ。そいつ男だから、女の子にだけ愛想がいいんじゃないの」

 鼻を鳴らして猫を指さす。

 そこをまた叩かれそうになって、慌てて引っ込める。     猫好きなのに、向こうの理解は得られない。

 それがまた、彼らしい。



「名雲や司にはすり寄っていくぞ。多分、浦田とだけ相性が悪いんだ」

「見る目があるね、この子。んー、可愛い」

 猫を抱きしめたら、ケイはもう一度鼻を鳴らした。

 意味ありげな笑みと共に。

「平気でワラビ餅ぶら下げてるのに?」

「何それ」

「そのドラ猫ひっくり返して、後ろを見れば分かる」

 私は猫をソファーに置き、尻尾越しに眺めてみた。

「茶色の縞が見える」

「そうじゃない。もっと、尻尾の下」

 ケイが指さす所を、今度は舞地さんと一緒になって見てみる。


「あ……」

 同時に声を出す私達。 

 確かに、ケイが指摘した物がある。

 茶色の毛をふわふわとまとっていて、そう言われればよく似ている。

「大きさといい色といい、間違いない。……二人とも、もう見なくていいから」

「あ、そうか」

「そうだな」

 私と舞地さんは顔を上げ、思わず見つめ合った。 

 そして、何となく笑ってみたりする。

 はは、変な思い出を共有してしまった。

「もし黒猫だったら、ぼた餅かな。いや、今は秋だからおはぎか」

 猫を睨みつつ嫌な事を言うケイ。

 当分、ワラビ餅は食べられないだろう。 

 少なくとも、さっきの光景が残っている内は。

 何だかいい気分もどこかへ行ってしまい、今は夢で見ない事を願うしかない。

 でも目が、知らずと猫の方へと向いてしまう。

 舞地さんも同じだったらしく、ふと視線が交わった。

「もう一度見る?」

「雪野が見たいなら」

「もう、舞地さんやらしいんだから」

 二人で騒ぎつつ、二人で猫をひっくり返す。



 そしてこう思った、つくづく子供だなと。

 勿論舞地さんも含めて。

 呆れるケイをよそに、猫を相手にして笑い合う私達。

 部屋に差し込む秋の日差しが、とても嬉しい日だった。






                           第4話 終わり







     第4話 あとがき




 4-5、4-6の解説部分がやや冗長過ぎました。

 かなり読みづらく、自分自身良い出来とは思っていません。

 もう少し簡素化出来ればいいのですが、私にはこれが限界です。

 今後は手直しをして、少しづつ改訂しようかと思っています。


 浦田珪。

 地味なキャラなので、あまり相手にされないだろうと思っていました。

 ですが彼に好意的なメールを幾つか頂き、嬉しく思っています。

 今回は見せ場も多く、少しは彼を理解して頂けたのではないでしょうか。

 丹下沙紀との関係も含みを持たせてありますし、これからもやってくれるかと。


 ストーリーとしては、ようやく導入部分が終わり掛けた所。

 広げた風呂敷をどうたたむかが問題ですが、まあ何とかなるでしょう・・・。

 

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