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それからしばらく、私達はお詫び行脚の日々を送っていた。
副会長や塩田さん達は勿論、矢田局長やDブロックのガーディアン全員にもである。
他にもあちこち周り、とにかく疲れた。
別にみんな怒ってなくて、ちょっとからかわれるだけでもだ。
普段ならここまでしないけど、今回はあちこちに影響があり過ぎたから。
本当、世話の焼ける子だ。
私も含めてね。
そして今日は、舞地さんの所へ。
学校がお休みのため、彼女の下宿先に来ている。
案外庶民的なアパートで、ケイから相当のお金を持っていった割には意外な感じ。
渡り鳥としての稼ぎもあるって聞いてるんだけど、慎ましい生活が好きなのかも知れない。
後は寮じゃないのが、ちょっと大人である。
「3階に、盗賊の女頭領は住んでござる。子分共も、この周りにいるそうな」
「馬鹿。ほら、早く行って」
「こっち、こっち」
手すりから顔を出し小高い眺めを楽しんでいると、ケイが手招きしてきた。
背伸びをやめ、トコトコと走っていく。
「いるかな」
インターフォンを押し、待つ事しばし。
……応答無し。
「ちょっと待ってて」
Gパンのポケットから端末を取りだし、舞地さんのアドレスにコールする。
「出ないよ」
「寝てるのかな」
「まだ午前中だしね」
何気なくドアに手を掛けると、少し動いた。
遠慮気味に、するりとドアの中へ。
「済みませーん」
やや大きめな声で呼び掛けてみる。
奥の方で気配がした。
足音らしいのも聞こえてくる。
「……映未か」
少しくぐもった声。
池上さんを、苗字で呼ばない時もあるんだ。
それはともかく、私はフローリングの床に手を付いて身を乗り出した。
「雪野です。あ、ケイも一緒に来てます」
「……上がってくれ」
声だけで、舞地さん本人は出てこない。
「どうしたんだろ」
「さあ」
取りあえず、言われた通り奥へと進んでいく私達。
そして、廊下に面した部屋の中を覗き込む。
いた。
ソファーに座っていた。
でも、目が開いてない。
というか、パジャマ着てるこの人。
薄いオレンジで、少し大きめ。
「舞地さん、寝てたの?」
「……ああ」
かろうじて口元だけ動かす舞地さん。
窓から入る日差しに照らされて淡く浮かび上がる姿は、見ていて微笑ましいものがある。
でも、ちょっと迷惑だったかな。
「ごめんなさい。私達出直すから」
「いい。眠いだけだから」
そう言っている先から小さなあくびをする。
いつもの精悍さや厳しさは全く感じられず、普通の可愛い女の子になっている。
髪も後ろで結んでなく、やや乱れ気味だ。
「……着替えてくる。少し待ってて」
舞地さんは気だるげに立ち上がり、廊下へと歩いていった。
のそのそと歩くその後ろ姿が、妙に笑える。
ここはリビングらしく、シックな感じのテーブルや大きな壁掛けテレビがある。
またローボードの上には猫の小物が幾つも乗っていて、全体で一つのストーリーになっているようだ。
壁に掛かっている絵は、淡いタッチの水彩画。
絵心の無い私にも、描いた人の気持が伝わってくるような物ばかり。
優しい色遣いで統一された室内で、こうして座っているだけで落ち着いた気持になってくる。
「……遅いね。何やってるんだろ」
「見てきたら。俺だと、さすがにまずいから」
「うん、ちょっと行ってくる」
私は廊下に出て、もう一つあるドアの前にやってきた。
ノックしてみるが、反応がない。
ドアに手を掛けると、少し動いた。
さっきと同じだ。
予感めいたものを感じつつ、中を覗き込む。
ドレッサールーム兼寝室といったところか。
壁際にはクローゼットとハイチェストがあり、白いシーツの掛かったベッドも見える。
その上で、服とタオルケットに埋もれる舞地さんの姿も。
パジャマはボタンが幾つか外してあって、着替える寸前だったようだ。
胸元をはだけて横たわる姿は、同性ながらそそるものがある。
とはいえ、このままにしておく訳にもいかない。
「舞地さん、風邪引くよ」
肩に手を掛け、何度か揺する。
ゆっくりと、本当にゆっくり顔を上げる舞地さん。
「……少し横になっただけだ」
言い訳なのか何なのか、理解しにくい答え。
舞地さんは、私がいるのもかまわず着替えを始めた。
女同士だから別に良いんだけどさ。
私達はリビングに戻り、舞地さんが入れてくれたお茶を前にしていた。
それを口にして少し目が覚めたらしく、彼女の表情もやや引き締まった。
青のシャツとタイトスカートという服装。
大人っぽい雰囲気で、何か羨ましい。
「……私に謝る必要はない。浦田と契約を交わしたから、その指示通りに動いただけだ。生徒会の内偵までやらされるとは思わなかったけど」
「俺の行動を監視するより、直接本人がやった方が早いと思って。舞地さん達を送り込んだ生徒会長も、そう言ってませんでした?」
おかしそうに笑って、お茶をすするケイ。
「何それ。この前は自分がやったって言ってたのに。みんな舞地さんに押し付けてたの?」
「浦田は最終的な判断をして、それを生徒会に申請しただけ。だから、処分された連中から狙われるのも浦田だけ。意外と人が良いらしい」
「まさか。仕事をした振りしただけです」
お茶をすすり続ける男の子。
私は少し嬉しくなって、モトちゃんから渡されたケーキを大きめに切り取ってあげた。
「舞地さん達は、どうして私達が学校から悪く思われてるか知ってる?」
「いや、その辺りは私も分からない。理事の子供でも殴ったんじゃないのか」
「そういう記憶は無いんだけど」
それとも、知らない内に何かしてたりして。
思い当たる事は。
多過ぎて、思い当たらない……。
「深く考えるな。やられたらやり返す、それで十分だ。どうせ今までも、そうやってきたんだろ」
「そうでもない、とも言えないのが辛い」
くすっと笑われた。
自然な優しい笑顔。
微笑みかけられた私の心を暖かくしてくれるような。
舞地さんと出会ってからまだそんなに経っていないけど。
私の中でこの人の存在が大きくなっているのが、はっきりと分かる。
ショウ達や沙紀ちゃんとも違う、もっと別な結び付きを。
運命的とまでは言わないけど、何だかそんな気がする。
それが私の一方的な思い込みでなかったら、少し嬉しい。
紅茶を入れ直し、のんびりと話し込む私達。
「玲阿を破った感想は」
「別に。あれはショウが弱いだけですから。勿論格闘技の腕じゃなくて、メンタルな部分でね」
あっさりと言ってのけるケイ。
おごった態度は全く感じられず、ただ事実を語っているという顔だ。
だけど、黙って聞き流すのも気分がよくない。
「あなたは沙紀ちゃんを人質に取られて、本気になれたから?私達が演技してたって思わなかったの?」
「連絡があった時から疑ってた」
「どうして嘘だって分かったの」
ケイは私の襟元を指さし、何かを引っ張る真似をした。
「あの時、リボンがなかったから。ユウはそういうの気にするのに、無いのは不自然過ぎた。そうしたら丹下の腕にリボンと同じ色が見えたから、ああって」
「分かってても殴るか。いい神経してるな」
「俺は、それがユウ達からの返答だと思ったんです。ヒカルの事が分かったっていう。でもそうじゃない雰囲気だったから、成り行き上」
どんな成り行きなんだ。
私の視線に、ケイは慌てて手を振った。
「監視の目を避けるっていう意味だよ。舞地さん達の監視は名目上で、生徒会長も元々俺の手伝いをさせる気だったと思う。でも、学校側の監視はどこにあるか分からないから」
「だから浦田は、雪野達に素っ気なく接した訳だ」
舞地さんは私の方に座り直し、緩めた視線を向けてきた。
「学校の狙いは、お前達の処分。それで浦田が取った手はこう。同じブロックにいる生徒会ガーディアンズの評判を上げ、相対的にお前達の評価を下げる。それにお前達が反発すれば、処分するという手筈だ」
「だから、あそこまでやったの。それは知らなかった……」
「ただ実際に生徒会ガーディアンズの評価が高まっても、雪野達の評価は変わらなかった。むしろ、以前よりその存在がはっきりと認識されたんじゃないの」
ヒカルとパトロールした時に出会った人達との会話が思い出される。
私達に残って欲しいと言ってくれたあの人達の言葉が、笑顔が。
「結果雪野達は解散しなくて済み、あのブロックを統括している丹下の評価も高まった。それに私達を使って、お前達に色々と教えたりもした。分かった?」
私の頭に触れ、そっと撫でる舞地さん。
「もう、子供じゃないんだから。だって、この子何も言ってくれないから」
「言ったら、ヒカルのデータなんて全部抹消されてたよ。俺の苦労も、少しは知って欲しいな」
「ふん。大体あれはリボンじゃなくて、細いネクタイだったのよ」 どうでもいい間違いを指摘して、お茶をすする。
苦笑する二人になおも反論しようとしたら、視界を茶色い影がよぎった。
ん、何?
「わっ」
突然膝の上に猫が乗ってきた。
茶トラの、痩せた猫が。
「たまに入ってくるんだ。首輪がないから、野良猫だと思う」
目を細め、猫の額を撫でる舞地さん。
はーん、これが例の彼氏か。
「名前、なんて言うの」
「私の猫じゃないから知らない。ネコ、としか呼んでない」
「そ、そう」
舞地さんらしいと言えばそれまでだけど、猫に「ネコ」って。
「ほら、こっちこっち」
ケイが手を伸ばすと、前足で素早く叩かれた。
爪が出ていないらしく、「パンッ」という可愛い音がする。
「な、何だ?」
もう一度伸ばした手が、「パンッ、パンッ」と音を立てる。
「こ、このドラ猫っ」
猫相手に怒る男の子。
細く小さな目をむいて、猫を掴みに掛かる。
人間相手なら、こんな態度まず見せないのに。
「止めてよ、恥ずかしい」
「猫に遊ばれるな」
私と舞地さんは猫を間に挟み、ケイの手を遮った。
「へっ。そいつ男だから、女の子にだけ愛想がいいんじゃないの」
鼻を鳴らして猫を指さす。
そこをまた叩かれそうになって、慌てて引っ込める。 猫好きなのに、向こうの理解は得られない。
それがまた、彼らしい。
「名雲や司にはすり寄っていくぞ。多分、浦田とだけ相性が悪いんだ」
「見る目があるね、この子。んー、可愛い」
猫を抱きしめたら、ケイはもう一度鼻を鳴らした。
意味ありげな笑みと共に。
「平気でワラビ餅ぶら下げてるのに?」
「何それ」
「そのドラ猫ひっくり返して、後ろを見れば分かる」
私は猫をソファーに置き、尻尾越しに眺めてみた。
「茶色の縞が見える」
「そうじゃない。もっと、尻尾の下」
ケイが指さす所を、今度は舞地さんと一緒になって見てみる。
「あ……」
同時に声を出す私達。
確かに、ケイが指摘した物がある。
茶色の毛をふわふわとまとっていて、そう言われればよく似ている。
「大きさといい色といい、間違いない。……二人とも、もう見なくていいから」
「あ、そうか」
「そうだな」
私と舞地さんは顔を上げ、思わず見つめ合った。
そして、何となく笑ってみたりする。
はは、変な思い出を共有してしまった。
「もし黒猫だったら、ぼた餅かな。いや、今は秋だからおはぎか」
猫を睨みつつ嫌な事を言うケイ。
当分、ワラビ餅は食べられないだろう。
少なくとも、さっきの光景が残っている内は。
何だかいい気分もどこかへ行ってしまい、今は夢で見ない事を願うしかない。
でも目が、知らずと猫の方へと向いてしまう。
舞地さんも同じだったらしく、ふと視線が交わった。
「もう一度見る?」
「雪野が見たいなら」
「もう、舞地さんやらしいんだから」
二人で騒ぎつつ、二人で猫をひっくり返す。
そしてこう思った、つくづく子供だなと。
勿論舞地さんも含めて。
呆れるケイをよそに、猫を相手にして笑い合う私達。
部屋に差し込む秋の日差しが、とても嬉しい日だった。
第4話 終わり
第4話 あとがき
4-5、4-6の解説部分がやや冗長過ぎました。
かなり読みづらく、自分自身良い出来とは思っていません。
もう少し簡素化出来ればいいのですが、私にはこれが限界です。
今後は手直しをして、少しづつ改訂しようかと思っています。
浦田珪。
地味なキャラなので、あまり相手にされないだろうと思っていました。
ですが彼に好意的なメールを幾つか頂き、嬉しく思っています。
今回は見せ場も多く、少しは彼を理解して頂けたのではないでしょうか。
丹下沙紀との関係も含みを持たせてありますし、これからもやってくれるかと。
ストーリーとしては、ようやく導入部分が終わり掛けた所。
広げた風呂敷をどうたたむかが問題ですが、まあ何とかなるでしょう・・・。




