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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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     24-7




 ようやく体調が元に戻った。

 精神的な部分は、ともかくとして。


 例によりぼんやりと授業を受け、メモを取る。

 内容が分かっていない訳ではない。

 ただ、事務的なのは否めない。

「大丈夫?」

「何が」

「いえ。何でもないわ」

 首を振るサトミ。 

 それ以上は話しても来ず、私も反応しない。

 言葉。いや、思考が続かない。

 ため息を付き、メモを取る。

 ただ、事務的に。

 惰性で作業を進める……。



 少し動いた方がいいかと思い、放課後にトレーニングルームへとやってくる。

 スパーリング程度の練習をする、何組か。

 それを横目で眺めつつ、ゆっくりと体を解す。

 額に浮かぶ汗。

 薄くなる意識。

 ちょっとだけ、気が楽になる。

 無理矢理という気がしないでもないが、さっきのままよりはましだろう。

「何だ、お前」

 正面の鏡に映る巨体。

 つまりは、私の背後に現れる男。

 ショウを恐喝している馬鹿が。

「金は」

「あ?」

「金出せよ。それとも、稼ぎたいのか」

 頭に血が上り、逆に意識は集中する。

 ただ、飛びかかるような真似はしない。 

 気分的にも、今までの経緯を考えても。

 ここは、自重するしかない。

「手持ちがないんだけど」

「じゃあ、持ってこい。逃げても無駄だからな」


 ロッカーに戻り、財布からお金を取り出す。

 汗はすでに引き、体も冷え始める。 

 また風邪を引く事も無いと思うが、不安は募る。

 ロッカーのドアにある、小さなミラー。

 そこに映る、自分の顔。

 血の気の薄い、生気に欠けた。

 一体自分は、ここで何をやってるのか。

 手の中のお金を握り締め、顔を伏せる。

 自分の情けなさ、ふがいなさ。 

 気が滅入るどころか、どうでもよくなってくる。


「これだけか。次は、もっと用意しとけ」

 人を人とも思わない態度。

 侮蔑と悪意の混じった視線。

 それをただ聞き流し、鏡に映る自分を見つめる。

 自分は確かに、ここにいる。

 でも、実感はない。

 姿があるというだけで、存在まで認められるのだろうか。

「おい。聞いてるのか」

 肩へ伸びてくる手。

 それをぼんやり眺めつつ、ため息を付く。

 男の意思も、自分がどうなるかもよくは分からないまま。



 しかし手は、途中で止まる。

 止められる。

 力強い、風を切る音。

 残像すら残さず振り切られるバトン。

 土居さんはそれを肩に担ぎ直し、腕を押さえる男を見下ろした。

「この子に用があるなら、あたしが聞く」

「な、何だと」

「二度は言わない」

 低い声。

 相手を押し潰すような威圧感。

 男は陰惨な眼差しを土居さんに向けつつ、トレーニングルームから逃げていった。

「あんたも、あのくらい軽くあしらえるんじゃなないの」

「え。そうかな」

「そうかなって。熱でもあるの」

 額に当てられる大きな手。

 風邪はもう治り、熱もない。

 あるのは自分の姿だけだ。

「調子悪そうだね」

「多少」

「無理しないで、少し休んだら。きつい言い方だけど、自分がいなくても地球は回るんだから」

「そう、ですね」

 彼女が皮肉で言っている訳でないのは分かっている。

 また、それに反応する気もない。

 彼女が言う通り、私がいなくても世の中は動く。

 誰も困らないし、必要にもされてない。

「じゃ、私はこれで」

「ああ。またね」

「はい」

 背後に聞こえる風を切る音。

 低い、抑え気味の笑い声。

「避けないんだね。それとも、気付かなかった?」

「いえ。鏡で見えてましたから」

「じゃあ、当てないって分かってたんだ」

 鏡の中で頷く土居さん。

 意味ありげに、もう一度。

「さっきも、あたしが見えてた?」

「え、ええ。まあ」

「私が、あの馬鹿を止めると思って何もしなかったとか」

「私がやってもやらなくても、大して変わりませんから」

 曇る表情。

 危ぶむような視線。

 その意味は、何となく分かる。

「まあ、いいけどね。送ろうか」

「いえ。じゃあ、失礼します」



 誰もいないオフィス。

 勿論いないのはたまたまで、少しすれば誰かが戻ってくるだろう。

 いてもいなくても、変わらないが。

 サトミ達が、ではなく。

 私が。

 適当に書類をめくり、事務的に作業をこなす。

 ペースは遅いが、特に間違いはない。

 仮に間違えていても、誰かが直すだろう。

 ある程度終えたので、お茶を入れて一息付く。

 夕暮れ。

 赤く染まる薄い雲。

 雁だろうか。

 列をなした鳥が、西の空に飛んでいく。


 暗い空。

 雲も、鳥の姿も見えはしない。

 オフィスには誰も戻らず、私が一人残っているだけ。

 少しして、机の上にあったメモに気付く。

 サトミ達は、全員先に帰るとの事。

 一気に襲ってくる疎外感。

 彼女達には、何の意図もない。

 現にこうして、メモも残してくれている。

 もっと早く気付けば、今までここに残る事もなかった。 

 全ては自分の見過ごしと、思い過ごしでしかない。

 帰る準備をして、もう一度窓の外を見る。

 暗く、何も見えはしない。

 何もかも。



 寮へ戻り、遅い夕食を取る。

 生徒の姿はまばらで、厨房も後片付けを始めているくらい。

 いつもなら、楽しさだけが感じられる食事。

 今は、食べているだけ。

 味は分かっている。何を食べているかも。

 ただ、それだけだ。

「遅いんですね」

 前に置かれるリュック。

 愛想良く笑う緒方さん。

「私は、遊んでただけです」

「そう」

 短く答え、サラダを掻き込む。

「一人ですか」

「うん」

「風邪は治りました?」

「うん」 

 愛想が悪いと思うが、それ以外に答えようがない。

 正直言えば、一人でいたいくらいの気分。

 それなのに、人が集まる食堂に来ている自分。

「お酒飲みます?」

「え」

「お酒。ビールありますよね、ここ」

 食べ終わった私のトレイを持っていく緒方さん。

 戻ってきた時には、ピッチャーと冷えたグラス二つを持ってきた。

「軽く」

 重なるグラス。

 仕方ないので、少しだけ口を付ける。

 最近は風邪で、食事に付いているビールを断っていた。

 久し振りの苦み。

 低アルコールのため、すぐにどうこうなる訳ではない。

 そう思いつつ、もう一口だけ飲む。

「薄いな、これ」

「え」

「低アルコールかな」

 舌で唇を舐める緒方さん。

 それでも空のグラスにビールを注ぎ、一気に飲み干す。

「雪野さんは」

「私はいい。風邪が治ったばかりだし」

「そうですか」

 構わず減っていくビール。

 私は串カツを手に取り、少しかじる。 

 肉ではなく、玉ねぎ。

 肩すかしされた感じ。

 ただ、今はこれで十分だろう。


「何か、ぱっとしませんね」

「天気が?」

「はは。面白いですね」

 楽しそうに笑う緒方さん。

 単にアルコールのためだけではなさそうな。

「もっと、弾けたらどうですか」

 どこかで聞いた台詞。

 曖昧に笑ってそれに応え、ビールに口を付ける。

「誰か呼びます?」

「いや。いいよ。緒方さんは、どうしてここに来たの」

「食堂に?それともこの学校に?」

 逆に聞かれて、考え込む。

 聞いていておいて、彼女の意図が一瞬理解出来なかった。

 自分の考えすらも分かってない状態。

「この学校に来た理由」

 やや語気を強め、彼女を見つめる。

 頭の中は、はっきりとはしていない。

 ただ、聞くべき必要があるのは分かっている。

 聞いたからといって、私に何が出来る訳でもないが。

「ある人に、行くよう言われたんです。それに、一度来たかったんですよね」

「誰、それ」

「その内話します」

 また、どこかで聞いたような話。

 しかしアルコールが多少回ってきたのか、さっき以上にぼんやりとしてきた。

「試験は難しかったですけど。保証は十分にあるし、進路も有望。それに意外と揉めてて、面白いですよね」

「そうかな」

「雪野さんはずっといるから、実感が無いんですよ。他の学校とは、何もかも違います」

 何やら話し続ける緒方さん。

 それを聞いているのか、聞いていないのか。

 泡の消えたグラスを眺めつつ、時を過ごす。

 それにただ、身を任せる。



 目が覚めた途端、頭を押さえる。

 昨日飲んだ記憶はあるが、そういう痛みではない。

 額に付けられたガーゼ。

 何だか、腕にも痛みが走る。

 右腕には包帯、手の甲にはかすり傷も付いている。

「何だ、これ」

 ベッドサイドに腰掛け、もう一度額に手を当てる。

 昨日、緒方さんとビールを飲んだ。

 それは覚えている。

 その先は、覚えてない。

 怪我をしてるのは分かる。

 治療した後もあるから、医療部に行ったか自分で治したか。

「起きた?」

 部屋に入ってくるサトミ。

 救急箱を、手に提げて。

「怪我見せて」

「これ、サトミが?」

「包帯を替えたのはね。怪我させた訳じゃないわよ」

 言わずもがなの台詞。

 自分で包帯とガーゼを取り、鏡で怪我を確かめる。

 大した事はなく、かすり傷程度。

 どちらにしろ、傷は付いている。

「もう、何もしなくていいでしょ」

「駄目。化膿したらどうするの」

「しないと思うけどね」

 傷は殆どふさがっていて、治療するするしないもない。

 大体額にガーゼがあるのは、あまり見栄えも良くはない。

「それより、どうして怪我したか知ってる?」

「自分の事も分からないの?」

「最近、ちょっとね」

「そんな大袈裟な事じゃなくて。あなた、ふらふらしながら寮に戻ってきたわよ」

 スプレーを腕に吹きかけるサトミ。

 少しの痛みが走り、思わず腕を引く。

「逃げないで」

「痛いから、仕方ないじゃない」

「だから、消毒するの。額は、こうか」

 ノズルがスプレーからシートタイプに変えられ、額にも痛みが走る。

 こっちは擦り傷というより、打ち身の気もする。

「どうしたのかな」

「酔ってたんでしょ」

「いや。飲んだのは一杯だけだから。それも、低アルコールだし」

 もう一度額を抑え、考えてみる。

 飲んだのは確かだ。

 ただ、誰が持ってきたビールか。

 低アルコールと言ったのは、誰だったのか。

 人を疑いたくはない。

 しかし、疑問は残る。

「ちょっと、医療部行ってくる」



 医療部の前まで来て、足を止める。

「何を調べるのかな」

「私に聞かないで」

「いや。帰る」

「面白いわね、それ」

 顎を振るサトミ。 

 後ろから人の腕を掴むショウ。

「ちょ、ちょっと。いつの間に」

「気付けよ。とにかく、早く行こう」

「嫌だって言ってるの」

「い、痛っ」

 叫ぶショウ。

 しかし構わず、私を引っ立てていく。


「済みません。この子を診てもらいたいんですけど」

「どっちを」

 私とショウを交互に見る看護婦さん。

 私は今にもここから逃げ出しそうな態度。

 ショウは顔を歪め、足を引きずっている。

「そっちの、小さい子です。アルコールの検査をお願いします」

「了解。じゃあ、そっちの大きい子は外科に診てもらって」


 思った通り、血を抜かれた。

 だから、来たくなかったんだ。

「血中アルコール濃度が現在0.1%。ほろ酔い加減だね」

「ビール一杯しか飲んでないのに。それも、昨日の夜」

「殆ど分解されてるからはっきりとは言えないけど、血液の検査結果を見ると蒸留酒っぽい。薬物は検出されなかったから、そちらは問題ないよ」

 書類に書かれる、幾つもの数字。

 要は、ただ酔っているだけか。

「だったら、問題は無いんですね」

「高校生の飲酒はあまり勧められないけどね。低アルコールならともかく」

「自分の意思で飲んだ訳でも」

「飲まされたにしても。とにかく、たくさん水を飲んで休みなさい」


 女子寮の自室に戻り、大きなペットボトルを前に置いてじっと睨む。

 飲んでも飲んでも、全然減らない。

「飲めよ、もっと」 

 別なペットボトルを片手で持ち、ぐいぐいと飲んでいくショウ。

 すでに残りわずかで、次の分も控えている。

 彼のお手製コーヒーじゃないだけ、まだましか。

「結局、緒方さんに騙されたって訳?」

「どうなのかな。ただ、ビール飲んだだけだし。私は、どうやって寮にやって来た?」

「千鳥足で。でも、緒方さんはいなかったわね」

 お茶を飲み、首を傾げる。

 次にレモンをかじり、またお茶を飲む。

 即効性はないがお医者さんの言う通り、やらないよりはましだろう。

「少しは、元気が出たみたいね」

「お酒のせいでしょ」

 適当に答え、息を付く。

 さっきの検査結果通り、今も多少酔っている状態。

 学校が休みで助かった。

 今の自分では、どちらでも同じだが。

「飲めよ」

「もういい。それより、どうかしたの」

 足の甲をさするショウ。

 今だけでなく、さっきからずっと。

「何って、自分が蹴ったんだろ。さっき逃げようとした時」

「忘れた。いいじゃない。私も怪我してるんだし。それよりさ」

「俺の怪我は、その程度か」

「後で聞くから。それで、私はどこで怪我したの?」

 たおやかに首を振るサトミ。

 当たり前だが、彼女が知らないならショウが知る訳もない。


「ごろごろ転がってた」

 部屋に入ってきた途端人を指差し、鼻で笑うモトちゃん。

 じゃあ、助けてくれてもいいじゃない。

 その考えを読み取ったのか、もう一度鼻で笑われた。

「あなたね。腕を振り回しながら歩いてきたのよ。近付いたら、こっちが危なかったの」

「じゃあ、私は何してたの」

「腕を振り回してた。それも、一人でね」

 壁際で腕を回すモトちゃん。

 でもって、壁で腕を打った。

 勿論、その場にうずくまる。

 お陰で、怪我の理由が良く分かった。

「ケンカした訳じゃないんだ」

「私も、そう願いたい。寮の前までは私も見たけど、学校から寮までは分からないから」

「怖い事言わないでよね。……一度、緒方さんに聞いてみようかな」

「何を?どうして酔わせたのって?何のためにって?」

 矢継ぎ早に尋ねてくるサトミ。

 勿論その意味は、重く深過ぎる。

「でも、私を酔っぱらわせていい事ある?何か知ってる事がある訳じゃないし。仲間に引き込むにも、酔わせても仕方ないでしょ」

「まあ、ね」 

 含みのある頷き方。

 私の考えが、短絡過ぎるという事か。

 ただその辺は彼女達の領域なので、元々私には理解出来ない。

 今は、余計に。

「いいじゃない。ユウが怪我しただけなら」

「まあね。ちょっと、外行ってくる」


 別に、何か用がある訳ではない。

 サトミ達と、距離を置くという意味でも。

 酔いが回ってる分、多少気分が浮ついているのかもしれない。

 女子寮前のロータリー。

 車やバイクは、基本的に進入禁止。

 入れるのは緊急車両か、警備員さんに許可をもらった時くらい。

 その許可を得たのか、タクシーがロータリーに入ってきた。

 遠くに住んでいる子の親だろうか。

 降りてくる女の子。

 長めのお下げ髪。

 大人しそうだが、凛とした表情。

 私を見て、彼女は丁寧に会釈した。

「お久し振りです」

 態度と同じ、丁寧な口調。

 皮肉ではない、私への親しみと敬意。

 私も思わず彼女に駆け寄り、その肩に手を触れる。

「どうしたの?東京に行ってたはずじゃない」

「やはり、ここが良くて」 

「そう。サトミ達もいるから、行こうか。真田さなださん」

「はい」



 さっき同様、丁寧に頭を下げる真田さん。

 彼女は、中等部の時の後輩。

 卒業と同時に、東京の高校へ行ったはずだった。

 戻ってきた理由は不明だが、素直に嬉しいのも確かである。

「皆さんも、お変わりなく」

 以前同様、落ち着いて礼儀正しい態度。

 この固さも、今となっては懐かしい。

「ロースクールに進むんじゃなかったの?」

「こちらでも通えますから」

 聞けば答える。

 微妙にはぐらかされている気もするが。

「そう」

 追求しても何だし、聞いても仕方ない。

 彼女には彼女の生き方があるんだろう。

「こんにちは」

 昨日同様、明るい笑顔で現れる緒方さん。

 真田さんは大きな目をすっと細め、彼女へ視線を据えた。

「初めまして。真田と申します」

「丁寧にどうも。緒方よ」

 挨拶を交わす二人。

 何となく、緊張感をはらみつつ。

「ああ。この子は、今私達と一緒にいるの」

「エアリアルガーディアンズとして?」

「おかしい?」

「いえ、別に」

 醒めた微笑み。

 緒方さんの方も薄い笑みを浮かべ、彼女を正面で睨み付ける。

「何だよ、眠いのに」

 例により、だるそうにラウンジへやってくるケイ。

 彼の視界にも真田さんは映ってるはずだが、その事には触れようともしない。

「お久し振りです」

「ああ。出戻ったの」

「そんな所です。相変わらず、やる気の欠片もないですね」

「朝からやる気のある奴は馬鹿だ」

 理屈という理屈が通じない子だな。

 真田さんは鼻で笑い、再び視線を緒方さんへと戻した。

「どうして、ここにいるんですか?」

「あなたに言う理由があって?」

 ぎすぎすとした空気。

 核心に触れた分、自ずと緊張感も増す。

「ここにいても、仕方ないと思いますよ」

「あなたが決める事?」

「言われないと、分かりません?」

「自分こそ、ここに戻って来た理由は?」

 陰険にやり合う二人。

 これ以上はないくらい悪くなる雰囲気。

 それでも彼女達は止めようとしない。


「黙れよ」

 小さな、聞こえないくらいの声。

 しかし二人は即座に押し黙り、視線を伏せた。

 虎の尾を踏んだとでも言うのだろうか。

 普段何もしない分、こういう時の迫力は尋常ではないものがある。

「喉乾いたわね。お茶持ってきてくれる?」

「え、ああ。はい」

 逃げ出すようにカウンターへ向かう緒方さん。

 真田さんも、少し間を置いて後を追う。

 サトミはその背中を見送り、ケイの頭を軽くはたいた。

「脅してどうするの」 

「眠いのに、ガタガタ騒ぐから。俺の事は、放っておいてくれ」

「真田さんが戻ってきた理由は気にならない?緒方さんの事とか」

「興味ない。俺は、自分の世話も焼けないんだから」

 なる程、それもそうか。

 とはいえ、私も人の事は言えないが。

「少しは気にしろよ」

「じゃあ、それは玲阿君に任せる。俺は寝る」

「何を任すんだ」

「分からないなら、あれこれ考えるな。自分の出来る事だけやってろ」

 突き放した。

 しかし、ある意味真実とも言える言葉。

「何を」

 あくまでも質問を繰り返すショウ。

 それこそ、子供並みのしつこさで。

「うるさいな。そっちのお姉さんに聞けよ」

「どうして」

「この野郎」

 とうとう飛びかかるケイ。

 しかし普段以上の緩慢な動きのため、あっさり避けられて床に転がった。

 でもって、そのまま動かなくなった。

 寝てるんじゃないのか、この子。

「わっ」

 叫ぶ真田さん。

 緒方さんも、目を丸くして床を見下ろしている。

「大丈夫なんですか?」

「何が」

 まだ言ってる。

 というか、私達も構ってないんだけど。



 到着するトラック。

 下ろされる荷物。

 運ばれていくそれを眺めつつ、お茶を飲む。

「私も、何かやろうか」

「風邪が治ったばかりだろ。休んでろ」

 そういって、段ボールを運んでいくショウ。

 表には「本」と書かれていある、それを。

 間違いなく、私一人くらいは軽々持っていくだろうな。

「何かあったんですか」

 ショウとすれ違い、彼を振り返りながら声を掛けてくる神代さん。

 そういえば、彼女も寮だったか。

「後輩が、編入してきたの。東京にいたんだけど、戻ってきて」

「ああ。引っ越し」

「初めまして。真田と申します」

「あ、え。あ、どうも。神代です」

 丁寧に頭を下げ合う二人。

 さっきよりは、かなり友好的に。

 ただ神代さんは、若干ぎこちなく。

「この子もガーディアン。事務職専門のね」

「元野さんの部下になるんですか」

「いや。沙紀ちゃん……。丹下さんっていう出来の良い子がいるの。その子の手下」

「あ、こんにちは。引っ越しですか?」

 ちょこちょこと現れる渡瀬さん。

 赤のブルゾンに、スリムジーンズ。

 遠目に見えているのは、大きなバイク。

「あれ、何?」

「最近、面白くて。雪野さんも乗ります?」

「いいけど、足が届かないから」

「アメリカンだから、大丈夫ですよ」

「ふーん」



 駐車場前のスペースに運び込み、取りあえずまたがってみる。

 スタンドを立てて、ちょっと勢いを付けて。

 そうしないと、押し潰されるかそれ以前に足が届かない。

「なるほど、なるほど」

 舞地さんのよりは小さいが、私からすればかなりのサイズ。

 前輪はかなり前に付いていて、背もたれも高め。

 黒光りするボディが、なかなかに恰好良い。

「えーと、こうか」

 マニュアルは久し振りなので、一つ一つ確認しつつギアを入れる。

 後はクラッチを少しずつつなぎ、アクセルを開いて発進させる。

「っと」

 若干持ち上がるフロント。

 さすがにパワーはあるな。

「軽い軽い」 

 ローで走り、右へ傾ける。

 倒れるような不安感はなく、ゆるやかに右へ曲がっていく。

 すぐにギアをセカンドに変え、即座にサードへ上げる。

 体が潰されそうな加速感。

 一気に流れていく景色。

 花壇が迫ってきたのを確かめ、リアををブレーキロックで滑らせる。

 次いでバイクを傾け、クラッチを繋いでアクセルを開く。

 花壇をかすめてターンするバイク。

 どこからか聞こえる叫び声。

 後はフロントを浮かし、ウイリー気味にみんなの所へ戻っていく。

「だ、大丈夫?」

「な、何してるんです」

 真顔で駆け寄ってくる、神代さんと真田さん。

 何って、アクセルターンしただけじゃない。

「上手いですね、さすがに」

 さっき同様、ちょこちょことやってくる渡瀬さん。 

 彼女は全く動揺していなく、このくらい普通という顔。

 逆にそうでなければ、こんなに大きいバイクには乗らないだろう。

「雪野さんは、乗らないんですか」

「ああ、バイク?私は、スクーターで十分。近場なら、そっちの方が早いし」

「面白いのにな、これ」

 ハンドルを、愛おしそうに撫でる渡瀬さん。

 一度乗ってしまうと、つい頷いてしまいそうになる。

「そういえば、昔は欲しかったたんだよね」

「どういうのを?」

「ホンダの、ジェイド。あの細いラインが恰好良いというか、可愛くて」

「ああ、あれいいですね。私もホンダ好きですよ」

 ついつい、話が盛り上がる。

 そういえば、ショウの家に何台かあったな。

 余ってるのを、今度借りて乗ってみよう。

 スクーターを手放す気はないが、たまには浮気したっていいじゃない。



 いつまでもバイクの話をしても何なので、寮の中へと戻る。

 片付けはすでに終わった後。

 中には、どうやって運んだのか分からない重そうで大きな物もある。

 とにかく出されたジュースを飲んで、一息付く。

 いや。私は何もやってないけどね。

「あーあ」

 ベッドの上に転がって、タオルケットを被り目を閉じる。

 病み上がりのせいか、こうしていると気分がいい。 

 人が多いので、夜のように嫌な気分になる事もない。

「眠いんですか」

「その子、最近まで風邪引いてたの。悪いけど、寝かせて上げて」

「構いませんよ。その代わり、よだれ垂らさないで下さいね」

 嫌な台詞を聞き流し、ごろごろしながらみんなを眺める。

 何でもない行為。

 だからこそ、楽しいとも言える。

「本ばかりね」

「覚える事が多いので。遠野さんなら、覚えるまでも無い事なんでしょうけど」

「そうでもないわよ。……懐かしいわね、六法全書。小学生の頃、良く読んだわ」

 何か、すごい事を言い出したな。

 とはいえ今でも大学院から誘いが来るくらいだし、法曹資格なんて軽いんだろう。

「高校に通ってていいの?」

「取りあえずは、オンラインで補います。それ程急ぐ用がある訳でもありませんし」

「そうよね」

 遠い眼差しで苦笑するサトミ。

 その先には、大学院に通うヒカルの姿でも浮かんでいるのだろうか。

「ガーディアンは?」

「入りますよ。元野さんに連絡を取ればいいんでしょうか」

「ええ。それか、木之本君に」

「分かりました。私は事務しか能がありませんし、地味に頑張ります」



 部屋に戻り、軽く室内を片付ける。

 最近気を抜いていたせいか、多少ちらかり気味。 

 掃除機を掛け、雑巾も掛けて、ゴミをまとめて捨てに行く。

 当たり前だが、人気の少ないゴミの集積所。

 紙、プラスチック、資源と分別して放り込む。

 後は生ゴミを、リサイクル装置に放り込んでスイッチを入れる。

 これらのゴミは、次の何かへと全部生まれ変わる。

 何かの素材になったり、同じ物になったり、肥料にも。

 馬鹿馬鹿しいが、どんな物でも役に立つ。

 さすがに、ゴミを自分と置きかえる気にはなれないが。



 翌日。

 ショウの実家へとやってくる。

 正確には、お祖父さんの家に。

 何台か止まっている車の奥。

 シートをめくり、中を確認する。

 カウルの付いた、大きなバイク。

 「GPZ900R」

「NINJA?」

 緑色のタンクにあるエンブレムには、そう書かれてある。

 どう考えても、忍者という意味にしか取りようがない。

「いいだろ、それ」

 ひょこひょこと現れる瞬さん。

 手にはキーの束と、ヘルメット。 

 黒い革ジャンと、革のパンツを履いている。

 どうやら、自分も乗る気らしい。

「ゼファーもあるよ」

「バイクの名前ですか」

「ああ。おとこカワサキの」

 腕を組んで唸る瞬さん。 

 何が男か分からないし、私が乗るにはあまりにも多き過ぎる。

「GSX1100S」  

 やたらとアッパーカウルの大きいバイク。

 ここまで来ると、風防どころか風をもろに受けそうな形。

「カタナさ。早いよ、これも」

「こんな恰好なのに?」

「この形が、またね。俺も年を取ったから、こういうはもう乗らないけど」

 瞬さんが撫でたのは、それでも大きめのモトクロス。

 「XR600」のロゴがテールに見える、赤いバイク。

 これはまたがるどころか、ステップにすら足が着かないだろう。

「軍でこれの同型に乗ってたから、最近は懐かしさついでにね」

「ショウが乗ってるのは?」

「あれも良いバイクだよ。ただ、年寄りには速過ぎる。俺はもう、のんびり生きる」

 ちなみにモトクロスのアナログメーターは、220km/hまで刻まれている。

 高速ならともかく、一般道では明らかに無意味な速度である。

「それで、どれに乗る?」

「ジェイドは、無いですね」

「ネイキッドか。えーと、確か流衣のがこっちに」


 出てきたのは、赤と白のツートン。

 やや小さめのネイキッド。

 またがると、私でもかろうじてつま先が付くくらい。

 加速も申し分なく、何より軽い。

 曲がろうと思ったら曲がるし、止まろうと思ったら止まる。

 何というのか、思った通りに動いてくれる。

 従順というか、素直というか。

 乗りやすいという言葉以外は思い付かない。

「どう?」

「楽ですよ」

 そう答え、支えてもらいながらバイクを降りる。

 楽しいし、早いし、見た目もいい。

 文句を付ける部分はないし、不満もない。

 ただ、気持はあまり動かない。


 昔ディーラーで足が付かなかった時を思い出す。

 あの無念さと悔しさを。

 多少とはいえ成長し、今は乗れるようになっている。

 大袈裟に言えば、夢が叶う状況。

 それは間違いない。

 でも、思いは動かない。

 色褪せたのではなく、あの時と同じ気持ち。

 スクーターとバイク。

 当たり前だが同時には乗れず、維持するのも難しい。

 例え好意で乗せてもらうとしても、それは見せかけだけに過ぎない話だ。

 自分には過ぎた事。

 また、必要がない。

 遊びでたまに乗るくらいならいいとは思う。

 それでも、これを持つのは違う気がする。

 何が違うのかは、自分でも全く分からない。

「取りあえず、スクーターに乗ってます」

「遠慮しなくてもいいのに。どうせ、流衣も乗ってないし」

「いえ。私には、スクーターの方が合ってるみたいなので」

「そうか。残念だな」 

 駐車スペースの前で、ゆっくりとしたアクセルターンを繰り返す瞬さん。

 これも良くは分からないが、私よりはかなり気楽なようだ。

「背負ってる自動小銃を構えて、射撃。これが昔は、難しくてさ」

「はぁ」

「走りながら、撃つんだよ。運転する、撃つ、逃げる。今でもやってるのかな、軍では」

 竹ぼうきを構えながら走る瞬さん。

 やってる事は意味不明だし、どうしてやってるのかはもっと分からない。

「本当、俺もよく生き延びた」

「はぁ」

「大体戦場だと、頑張り過ぎると死ぬんだよ。適当に手を抜いて、人の後ろにいるくらいがね」

 多少、彼らしくない発言。

 バイクはエンジンが切られ、ホウキも物置へと放り込まれる。

「軍で世話になった人が、そういう考えの持ち主でさ。ほら、優ちゃんの先輩の」

「ああ、名雲さん」

「とっつぁんは、すごかったな。だからって逃げる訳じゃなくて、きっちり仕事はしてた。それに何と言っても、死んだら戦うも何もないんだし」

 ため息混じりの台詞。

 北の空を仰ぐ視線。

 北陸、それとも遠いシベリアの彼方だろうか。

「それにこういう考え方もある。頑張るか、成果を出すか」

「成果」

「そう。一所懸命やって失敗したら、それを誉めるのか。何もしなくて適当にやってて、でも成功したら非難するのか。勿論、一所懸命やって成功するのが一番なんだが」

 ガレージへしまわれるバイク。

 掛けられるシート。

 これで私が乗る事は、しばらくないだろう。

「後、こういう考え方もある」

「え」

「適当にやっても、失敗してもいい。生きていさえすれば、それに勝る物はない」



 スクーターを運び出し、丁寧に洗車する。

 普段から手入れは欠かしていないので、今も殆ど汚れはない。 

 5年間以上乗り続け、今でもまだ私を乗せて走ってくれる。

 当たり前だが文句も言わず。

 私のためを思ってかどうかは知らないが。

 コンソールに触れ、システムをチェック。

 オールグリーンで、問題ない。

 故障もなく、事故した事もない。

 危ないと思った時は何度かあったが、その都度どうにか切り抜けてきた。。

 助けてもらった、というのだろうか。

 擬人化するのもおかしいが、今は何となくそんな気がする。

「どうよ」

 ハンドルに触れて、前を覗き込む。

 返事があっても怖いし、勿論ない。 

 第一何を尋ねられたか分からないと言われそうだが。

「まあ、いいか」

 エンジンを掛けて、オートバランサーを作動させる。

 こうすれば後は、手を添えて軽く押すだけ。

 これで極端に傾けない限りは、倒れる事もなく進んでくれる。


 地下駐輪場にバイクを戻し、キーを抜いてセキュリティを作動させる。

 監視カメラもあって、盗難はほぼ0。

 昔盗まれかけた時は、キーも付けっぱなしだったからだ。

「じゃあね」

 軽く手を振り、外へ出る階段へ向かう。

 人に見られていたら恥ずかしいなと思いながら。

 それなら止めればいいんだろうけど、ついという部分である。



 赤く染まる西の空。 

 東はすでに紺色で、暗い闇が広がっている。

 今日も訪れる夜。

 少し重くなる気分。

 バイクのキーを握り締め、視線を伏せる。

 何も変わらない自分。

 変わろうともしない。

 それが良いのか悪いのか。

 やはり、分かる訳もない。

 分かるのは、意味もない夜の不安。

 それを微かに和らげる、キーの温もり。











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