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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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     24-5




 合同訓練だが、集合場所はグラウンドではなく小さな建物の前。

 一般教棟が立ち並ぶ所からやや距離を置いた寂しい場所。

 何用の建物かは知らないし、この場所へ来た事すらない。

 いつも思うけど、この学校はまだまだ知らない事ばかりだな。

「集まったようだな。挨拶は抜きで始めるぞ」

 警棒を肩に担ぎ、居並ぶガーディアン達を見渡す風間さん。

 彼だけでなく、全員が完全武装。

 そこまでの装備を必要とする訓練でもある。


「内容は、事前に配布された資料通り。武装した小グループへの対応。特にこうした、建物内での」

 ヘルメットのディスプレイに表示される、建物の見取り図。

 上3階、下1階。

 入り口は、目の前のが一つと裏にも一つ。

 部屋は各階に4つずつ、等分の間取り。

 各部屋には、備え付けの大きなテーブルが3つずつ。

 窓は壁際に、やはり同じ数ずつ。

「建物に、何人か立てこもってると想定。武器、特に銃を持ってる可能性もある。情報はこれだけだ。早速やるから、配置に付け」



 椅子に座り、お茶を飲む。

 ヘルメットは、テーブルの上に。

 とはいえ別に、休憩に入った訳でもない。

「どうして犯人役なのよ」

「守備側と呼んで」

 卓上端末を操作し続けるサトミ。

 ケイはのんきに、窓の外を覗いて笑っている。

 真面目に体を解しているのは、ショウだけだ。

「どう?」

「軽いな。壁が打ち抜けそうだ」

 ストレート並みのジャブ。

 それが、立て続けに5発。

 言っている事が、冗談ではないと思い知らされる光景。

「しかし、面白くないな」

「いいから、配置について」

「はいはい」


 息を整え、バトンを振る。 

 床に倒れる、赤い腕章をしたガーディアン。

 つまりは、攻撃側の。

 天井の通風口から降ってきたのはいいが、あらかじめ行動は予測済み。

 後は着地前に、バトンを振るだけ。

 スティックは私物だし、危ないので使用禁止。

 バトンでも、大差ないと思うけどね。

「スプリンクラー作動準備の信号あり」

「了解。ただちに停止。発信元へ、逆送信」

「廊下に振動音あり。データからの推測では、3人。いや、これは陽動だな」

 インカムをしたまま、画面に見入るケイ。

 サトミは右手で卓上端末を操作、左手で普通の端末を操作中。

「ショウ。窓へ移動して待機。俺の合図で、例のを」

「了解」

 壁に張り付き、カメラを窓へ向けるショウ。

 ケイはそこから送られてくる映像を観つつ、小さく手を動かした。


 開かれる窓。

 投げられる丸い球。

 一瞬の閃光。

 それを物ともせず、侵入してくるガーディアン達。

「案外、簡単に」

 何やら言いかけ、そこで言葉を終えるガーディアン。

 一斉に降りるカーテン。

 落ちる照明。

 室内は完全な闇で、灯りはわずかにも漏れてこない。

「なっ」

 暗闇の中を動くショウ。

 消えていく気配。

 明かりが灯ると、床には侵入してきたガーディアンが全員倒れている。

 理由は簡単。

 向こうも、閃光弾を使うのは想定済み。

 だから減光用のゴーグルを使用して入ってくる。

 案の定、閃光弾を使う私達。

 減光される光。

 でもって入ってきた途端、灯りが落ちる。

 暗視装置と兼用だとしても、軍用品で無い限りはタイムラグがある。

 結果は、廊下に放り出されるガーディアンを観るまでもない。 

「どうしてこう、セオリー通りに攻めてくるかね」

 鼻で笑うケイ。

 それは、向こうがまともな人間だからだろう。

「マニュアル通りにやってるんじゃなくて」

「傭兵用のマニュアル、ね。俺達は傭兵じゃないのに」

「私達用のマニュアルだって、無いじゃない」

 苦笑するサトミ。

 無論その間にも、キーは操作したまま。

 ケイも画面に見入り、彼女と時折会話を交わす。

「今度は挟撃か。窓はともかく、廊下は面倒だな」

「廊下は、俺が受け持つ」

「じゃあ、階段まで追いかけてくれ」

「その隙を突かれるぞ。……また、悪い事を考えてるんじゃないだろうな」

 答えないケイ。

 ショウはため息を付き、バトンを担いで部屋を出て行った。

「どうする気?」

「大して難しい事はしない。こっちも、セオリー通りにするだけさ」

「あ、そう。で、私は」

「取りあえず、窓から入ってくる奴を適当に撃退して。後は、まあ適当に」



 窓の下へ積み上げられるガーディアン達。

 しかし他の窓から侵入した攻撃隊が、すでに10人以上。

 こちらはドアを背に、逃げる以外の道がない状況。

「ユウ。撤退して」

「了解」

 ヘルメットに響くサトミの声に答え、ドアから逃げる。

 でもって外からロックして、しばらくは追ってこないようにもする。

 廊下に人影は無し。

 ショウが、完全に撃退したのだろう。

 こちらはサトミの誘導通りに、廊下を走って場所を移動。

 すぐに彼女達と合流する。

「この後は?」

「戻るさ」

「どこへ」

「今いた所に」



 ロックの解除される音。

 ドアから慎重に様子を伺うガーディアン達。

 そこへ向け、例の銃を発砲するケイ。

 発砲と言っても、弾はかなり柔らかいゴム弾。

 あくまでも、当たったと確認出来る塗料が付くだけのもの。

 また彼の放った弾は一発も当たらなかったが、相手を部屋へ戻すだけの効果はあった。

「よし。行こう」

 銃を背負って走り出すケイ。

 サトミがその後。

 私が殿に続く。

「中から完全にロックしたな。全く、何を考えてるんだか」

「挟撃されないようにでしょ」

「カギを閉めたら、自分達も閉じこめらるのに?という訳でよろしく」

「了解」

 端末を操作するサトミ。

 部屋の中から響く悲鳴。

 どうやら、スプリンクラーが作動したらしい。

「ショウ。突入して」

 ヘルメットに響く彼の声。

 遠くに聞こえる、幾つかの悲鳴。

 サトミがロックを解除して室内に入ると、ずぶ濡れになったショウが立っていた。

 その回りには、やはりずぶ濡れのガーディアンが倒れている。

「じゃ、今度はこっちも攻めに回るか」

 ヘルメットを取り、顔を確認していくケイ。

 それと端末のデータを照らし合わせ、一人で頷いている。

「人質にでもする気?」

「今はしない。どうせシミュレーションなんだし、適当でいいんだよ」



 慎重に玄関前まで降りていく私達。

 おそらくは外の死角には、大勢のガーディアンがいるはず。

 迂闊に出ていく訳にはいかないし、またその気もない。

「じゃ、よろしく」

 開くドア。

 外へ出ていく、攻撃隊のガーディアン達。

 それを出迎える仲間。

 しかし彼等は、その仲間目がけて襲いかかる。

 パニックに陥る建物前のスペース。

 ただすぐに応援のガーディアンが、騒ぎの鎮圧に取りかかる。


 その混乱をよそに、人混みの間を小走りで駆け抜ける。

 私達に気付いた人もいるが、それは当然こっちが鎮圧。

 それが余計に、混乱を生む。

 配置も何もない状況。

 体裁が整っているのは、本部の周辺だけ。

 ようやくそちらも、私達が建物を抜け出した事に気付いた様子。

「直衛班、前へ」

 どこからかの指示。

 まっすぐに突っ込んでくる幾つかの小集団。

 こちらは二手に分かれ、彼等を迂回しつつ本部を目指す。

 私達がいた建物と仮設本部を遮る物は何もない。

 無論ガーディアンはあらかじめ、要所要所へ配置されていた。

 こうして、混乱する前までは。

 今はそのガーディアン達が右往左往し、守備を妨げる原因ともなっている。 


 本部の少し前で、ようやく直衛班に行く手を塞がれる。

 後ろからは、混乱から抜け出したガーディアン達が。

 完全に囲まれた状態。

 即座にバトンで、自分の回りに円を描く。

 かろうじて生まれる円上のスペース。

 倒れた誰かに飛び乗って、もう一度。 

 しかしそう何度も出来る訳がなく、バトンを重ねて止められる。

「拘束完了」

 バトンを止めた誰かが、そう叫ぶ。

 私もバトンを落としたし、終わったと判断したのだろう。

「両手を頭の上に上げて。誰か、ヘルメットを外せ」

「了解」

 近付いてくるガーディアン。 

 こちらは手を上げて、それを待つ。


 拘束される指と手首。

 プロテクターも外され、周囲にはガーディアンが張り付いている。

 抵抗のしようもないといったところか。

 連れてこられたのは、仮設本部内の簡素な机の前。

 そこに座り、苦い顔で私を見上げる風間さん。

「お前な。やり過ぎだ」

「ケイは、このくらい普通って言ってましたよ。誰でも思い付くって」

「確かに普通だけど、この手の攻防戦は経験が物を言う。慣れてない奴も多いんだ」

 鋭い視線。

 ただそれは、私を通り越してその後ろへと流れていく。

「ヘルメット取れ。そう、お前だ」

「分かりました?」

「当たり前だ。それこそ、セオリーだろ」

「さすが、F棟隊長」

 取られるヘルメット。 

 秋の日射しにきらめく艶やかな黒髪。

 サトミは首を振って長い髪を後ろに流し、柔らかく微笑んだ。

「おい、こいつも拘束しろ」

 すっと前に出るガーディアン達。

 しかし彼等はサトミや私を通り越し、風間さんを取り囲んだ。

「この野郎。買収しやがったな」

「言葉が悪い。好意により協力してくれるだけです」

「馬鹿が」

 いきなり目の前から消える風間さん。

 正確には、椅子の上に乗ってさらに跳んだ。

 その姿は、仮設のテントのポールを伝って屋根の上へと現れる。

 お猿さんだね、まるで。

「はは。俺の勝ちだ」

 腰に手を当て、高笑いする風間さん。

 意味不明というか、誰が馬鹿かって話だな。

「とにかく、この攻防戦に関しては私達の勝ちですから」

「あ?」

「建物については完全に抑えましたし、こうして本部にも侵入しましたから」

「冗談だろ。俺はまだ、捕まってない」

 ひょこひょこと、屋根を伝っていく風間さん。 

 確かに捕まってはいない。

 捕まえる理由も、いまいち分からないが。

「俺の勝ちだ、この俺の」

 そう言い残し、どこかへと消えてしまった。

 でもよく考えると、逃げたんじゃないの?


「あいつは一体、何者なんだ」

 ため息まじりに現れる塩田さん。

 この人も神出鬼没だが、ああいう事はさすがにしない。

 雰囲気も軽く、この間のわだかまりはないようだ。

「しかし、お前らな。少しは考えろ」

「ごく普通の対応だと思いますが」

「風間も言ったように、慣れがいる。タイミングの合わせ方とか、突入の度胸とか」

 何も、そこまですごい事とは思えないけどな。

 大体私達だって、それ程経験も無いし。

 多分。

「いいから、攻撃側に回れ。いや、回るな。見学してろ」

「えー」

「黙れ。……塩田だ」

 私を睨みつつ、端末を取り出す塩田さん。 

 少し歪む口元。

 端末はすぐにしまわれ、ヘルメットが担がれる。

「よし。次は実践だ。本物の馬鹿が、部屋にこもった」




 今の建物から程近い、ただもう少し大きめの建物。

 その周囲を取り囲むガーディアン達。

 私達も、最前線で突入の合図を待つ。

「方法は、さっきの演習通り。固くならず、気楽にやれ」

 演説を打つ風間さん。

 ちなみに突入するのは、例により身内のみ。

 演習とは言えないな。

「実践に見せかけた演習なら笑うな」

 鼻を鳴らすケイ。

 まさかとは思うが、可能性としては無くもない。

 リアリティは増すし、気持も入る。

「雪野達は、1年のバックアップ」

「へ」

「お守りしろって事だ。作戦は無し。力尽くで押すぞ」



 廊下に張り付くガーディアン達。

 その動きを確認しつつ、周囲を確認する。

 特に不審な動きは無し。

 ハンドサインで指示を出し、突入を合図する。

 やや不格好で、強引な突入。

 連携も取れてないが、塩田さんの指示通り勢いで押し切れるか。

 すぐその後に続き、再度確認。 

 やはり人影は無し。

「こちらB班。立てこもっている人間を確認。人数7、銃を所持」

 ヘルメットに響く、七尾君の声。

 ちなみに私は、A班のバックアップである。

「こちらA班バックアップ。現在1階ロビー。ただちに、2階へ向かう」

「了解」

 立ち止まっているガーディアン達を促し、早く上がるよう指示する。

 慌てて動き出すガーディアン達。

 何か、羊を追う牧羊犬みたいだな。

「走って。とにかく、走って。ほら、もっと早く」

 スティックを抜き、壁を叩く。

 とにかくここは、走るに限る。


 その甲斐もあってか、すぐに二階へ到達。

 やはり、足を止めるガーディアン達。

 今度も壁を叩き、彼等を追い立てる。

「走ってって言ってるでしょ。早く、ほらっ」

 とにかく追い立て、立てこもっていると思われる部屋へ到達。

 でもって、その前でやはり足を止めてしまう。

「開けて、早く」

「で、でも。電子キーのロックがまだ」

「壊せばいいでしょ」

「で、でも」

 構わずスティックを振り、コンソールに煙を吹かせる。

 飛び上がる火花。

 後ずさるガーディアン達。

 構わず隙間にスティックをこじ入れ、横蹴りをかます。

 一汗かいた成果はあり、少しだけドアが開いた。

「押して。早くっ」

 一斉にガーディアン達が取りつき、人の入れるだけの隙間が出来る。

「入るのよ。早く」

「で、でも。中から」

「何のために、プロテクター着てるの。ほらっ」

 後ろから突き飛ばし、近くにいた子を放り込む。

 その横にいた子も。

 その隣りも。

 後は壁を叩き、強制的に入らせる。

 部屋の中から聞こえる、幾つかの悲鳴。

 どうやら、あっさりと鎮圧したようだ。

 その悲鳴の主が誰なのかは、知りたくもないが。



 立てこもっていたのは、傭兵ではなく以前からの在校生。

 どこからか銃を手に入れ、それを持って遊んでいただけとの事。

 誤報ではないが、事件性は薄い内容。

 こちらに怪我人はなく、鎮圧した相手も軽傷。

 取りあえずは、成功と言えるだろう。

「苦情が来てる」

 机の上に書類を滑らせるモトちゃん。

 こちらはまだ、プロテクターを着たままでそれを読む。

 内容は、さっきの鎮圧に関する物。

 苦情を申し出たのは、銃を持っていた連中ではなくガーディアンから。

 要は、追われて怖かったらしい。

「なんのための演習なの」

「マニュアル通りにはいかないのよ。それに、鎮圧出来たんだしいいじゃない」

「とにかく、始末書をお願い」

 またもや滑ってくる書類。

 もういいよ、これは。

「それで、1年生は?」

「いいんじゃないの。風間さんの指示も、力押しだったし。ただ、誰かが撃たれたみたい」

「プロテクター越しだし、問題ないでしょ」

「いいから、その子に謝っておいて」

 話は終わったとばかりにテントの外を指さすモトちゃん。

 しかし苦情は、常に私の所へ持ち込まれてくるな。

 というか、どうして苦情を持ち込むような事ばかりするのかな。



 トレーニングセンター内の、シャワーも備わったロッカールーム。

 少し濡れた床。

 一つだけ開いたロッカー。

 ベンチに腰掛ける、大柄な少女。

「先輩」

 顔を上げる神代さん。

 私も彼女を見つめ、軽く手を振る。

「撃たれたのって、神代さんだったんだ。大丈夫?」

「ええ。先輩に追われた後だったから、怖いも何もなくて」

 楽しそうな笑顔。

 普段の気弱で、線の細い感じではなく。

 少し逞しい、明るい笑顔。

「そういう事、言わないでよね。プロテクターは?」

「表面の塗装みたいのが、ちょっと剥げたくらい」

「ふーん」

 しかしあのプロテクターの強度は、実弾でも防ぐくらい。

 そう考えると、素肌に当たった時はかなり危険と言える。

 無論それは、経験済みだが。

「じゃあ、いいや。ご飯でも食べに行こうか」

「まだ、何かあるって言ってたけど」

「もう終わったじゃない」

「結果の考察をするとか」

 考察って、やったら終わりじゃないの。

 大体、何も考える必要なんて無い。



 あれやこれやと議論を交わす人達。

 ただそれは、殆どが自警局の人間。

 要は指揮側の。

 現場サイドはどちらかというと白け気味で、中には寝てる人もいる。

「暇だね」

「だったら、何か言えよ」

 書類の隅に数字を書き込むショウ。

 どうやら、この間の馬鹿に支払った金額の計算らしい。

「これって、本当に回収出来るの?」

「俺に聞かれても。……ちょっと待てよ。回収出来なかったら、どうなるんだ」

「ショウの借金でしょ」

 いつにない真剣な顔。

 冗談のつもりだったんだけど、真に受けたらしい。

 しかも放っておくと、本当に返済しそうだな。

「いいんだって。もしそうなっても、踏み倒せば」

「そんな事出来るか」

「出来るの。それか、今手持ちのお金で何か食べる?」

「今のは、聞かなかった事にする」

 険しい視線。

 本当にこの子だけは、どういう育ち方をしてきたのかな。

 勿論、それはそれで微笑ましいけどね。

「何か、発言でも」

「いえ。全然」

 二人して首を振り、愛想良く笑う。

 この辺りは、何も言わなくてもという話である。

「では、静かにしていて下さい」

「それは失礼」

 私達ではなく、代わって答えるケイ。

 彼もそれ以上は口をつぐみ、揉めるような態度も取らない。

 その内心は、ともかくとして。

「何か仰りたい事でも」

 なおもしつこく絡んでくる女性。

 理由は知らないが、何か因縁を付けたいようだ。

「いえ、全く。我々に構わず、話を進めて下さい」

 いつにない低姿勢。

 関わる気が無いとも言える。

「分かりました。多少成果を上げたくらいで、あまり調子に乗らないように」

「はい。以後気を付けます」

 机に頭を付けて謝るケイ。

 向こうはそれで機嫌を良くしたらしく、見下し気味の視線を彼へと向ける。

 この人が頭を下げる理由を知っていたら、とても笑ってはいられないだろうが。


「何、あれ」

 こっちは彼程冷静ではないので、つい口が出る。

 無論、聞こえくらいの声で。

「どんな事でも仕切りたい人はいるのよ。自分は有能だと思ってる人も」

 枝毛を探しながら呟くサトミ。

 怜悧とも言える、醒めた顔で。

「まだ、何か」

 再びつっかかって来る女性。

 サトミはゆっくりと席を立ち、髪を後ろへなびかせた。

「議論はもう、十分尽きたと思います。これ以上は同じ話の繰り返しですし、散会する事を進言します」

「どうして、そう判断出来るんですか?」

 嫌みと敵愾心に満ちた口調。

 サトミの場合は一部の人間に反感を買いやすいので、この辺りは良くある光景だ。 

 よって彼女は反発する事もなく、至って冷静な眼差しで女性を見つめている。

「襲撃の方法と、鎮圧後の状況。複数の事例を扱っているのならともかく、同一の事案に対しては同じ事の繰り返しに過ぎません」

「それをより詳細に、検討しています」

「でしたら、ご自由に。我々は、退席した方がいいみたいですし」

 ドアへ向かうサトミ。

 欠伸混じりに立ち上がるケイ。

 すると女性も立ち上がり、ドアの前へと立ちふさがった。

「まだ検討は終わってません。途中退席も認めません」

「誰の権限で?」

「総務課主任の、私の権限です」

「随分、偉いんですね」

 優しい、だからこそ厳しい笑顔

 女性も顔を赤くして、彼女を睨み付ける。

「たかがガーディアンなのに、随分強気なんですね」

「だったら、靴でも磨きましょうか」

 取り出されるハンカチ。

 その左右を掴み、横へと動かす。

「二人とも、もう結構です」

 疲れ切った顔で遮る局長。

 サトミはあっさりと引き、ハンカチをしまって壁にもたれた。

 女性の方も嫌な視線を残しつつ、席へと戻る。

「確かに議論は尽きたようですので、これで終わりたいと思います」

「局長」

「ただ議論を続けたい方は、引き続きここを使用して下さって結構です。レポートについては、明日中の提出をお願いします」



 とにかく解放されたので、ラウンジで一休み。

 多少揉めたが、よくある事だ。

「すごいんですね」

 前の席に座る緒方さん。

 頬はうっすらと上気し、視線は真っ直ぐサトミへと向けられる。

「何が」

「さっきの事です」

「見てたの。別に、何もやって無いじゃない」

「草薙高校の生徒会は、公務員にも近い立場と聞いてますが」

「その前に、この学校の生徒でしょ。それと、馬鹿に付き合う程暇じゃないの」

 薄く、酷薄に微笑むサトミ。

 緒方さんはさらに頬を染め、こくりと頷いた。

「これで、皆さんの立場は危うくならないんですか」

「なるだろ。本当、いい迷惑だ」

 愚痴るケイ。

 緒方さんは彼を冷たい目で睨み、鼻で笑った。

「あなたは、何してたんですか」

「何もしてない。生徒会に逆らっていい事は、何一つ無い」

「やる気の欠片ないんですね」

「何だ、やる気って。この学校に植わってた?」

 真顔で何を言ってるんだか。

 それがあまりにも馬鹿馬鹿しかったらしく、緒方さんは彼から顔を逸らしてこちらを見てきた。

「私は寝てないよ。寝てたみたいなものだけどさ」

「いえ、そうではなくて。さっきの突入で、どうして追い立てたのかなと思いまして。結局さっきの会議では、発言されませんでしたし」

「別に理由はないけどね。プロテクターを着てて、あれだけの大人数でしょ。向こうの居場所も武器も人数も分かってるんだから、塩田さんの言う通り力で押せば済むんだし」

 深く頷く緒方さん。

 大した事をやった記憶はないが、どうも感心をされているようだ。

「みなさんって、優秀なんですね」

 思わずお茶を蒸せ返し、鼻をかむ。

 なんか、初めて聞く言葉だな。

「俺は全然」

 首を振るショウ。

 本当にこの人は、自分の事をどのくらい把握してるんだろう。

「でも、どうして生徒会のメンバーではないんですか。それも役職付きの」

「オファーはあるけれど、受けてないの。義務ばかりで、面白く無さそうだし。ね」

「俺に振るな」

 鼻先で笑うケイ。 

 緒方さんは怪訝そうに、彼とサトミを見比べる。

「この人、元は生徒会のメンバーだから。二度除名だけれど」

「いいんだよ、あんなのは」

「そうよね。監視はまだ解かれてない?」

「夏休み明けに解けた。俺はもう、誰にも縛られない」

 何を言ってるんだ。

 今までも、好き勝手にやってたくせに。


「この状況に、満足してます?」

 何気ない感じで呟く緒方さん。

 微かに口元を緩めるケイ。

 当然彼女もそちらへと視線を向ける。

「いや、悪い。そういう勧誘もよくあるなと思って」

「馬鹿。この人の事は、気にしなくてもいいから」

 優しく微笑むサトミ。

 ただ彼女の瞳も、先程よりは鋭さを増す。

「誤解のないように。特に、他意はないので」

「そう。不満は何もないわよ。気楽ではあるし、自警局の下部組織とはいえそれなりにやりたい事は出来る。変なしがらみがない分、生徒会に入るよりはいいかも知れないわ」

「雪野さんも?」

「ん、私?私は別になにも。サトミがもう少し優しかったらなってくらい」

「前言撤回。私は、あなたがもう少し真面目だったらなって思うわ」

 二人して取っ組み合い、彼女の脇を責める。

 この、この。

「止めろよ、恥ずかしい」

 悪かったな、恥ずかしくて。

 でもって、小さくて。

「何となく分かりました」

「え、何が」

「いえ、こちらの話です。では、私はこの辺で」 

 会釈してラウンジを出て行く緒方さん。

 その背中を、サトミに頬を掴まれながら見送る。

「どうかしたの、あの子」

「呆れたんだろ」

 首を振るショウ。

 それは自分でしょうが。

「どう思う」

「スカウトかな」

「誰の、何の」

「たまには、自分で考えてくれ」

 にこりと微笑むケイ。

 可愛さの欠片もないし、むかつくだけだ。

「あー」

「うるさいな。何でも叫べば済む訳でもないだろ」 

 当たり前だ。

 というか、叫んで解決する事なんて何一つ無い。

 あっても怖いけど。

「生徒会からの誘いなのか、傭兵としての誘いなのか。それとも、私達を分断させたいのか。どうかしら」

「興味ないね。どうせ俺は、誘われないし」

「誘われたらどうする気」

「額と待遇で決める」

 言い切ったな、とうとう。

 その内、どこかに安く売り飛ばしてやる。



 どうにかレポートを書き終え、肩を揉む。

 何だ、これ。

 まだ、もう一枚ある。

「これも書くの?」

「それを書かなくてどうするの」

 冷静にたしなめられた。

 えーと、これは今後の対策についての意見か。

 要するに、自分の好きに書けばいい訳だ。

「……全員退学。あなた、独裁者?」

「他に、いい手あるの?」

「あなたは、生徒会に目を付けられたいの?もう、私が書くからいい」

 書類を奪い持っていくサトミ。

 何よ、人がせっかくやる気になったのに。

「大体さ、今どれだけ学校外生徒って入ってきてるの?」

「100人は下らないだろ。買収された連中も加えれば、その何倍ってとこかな」

「ちょっと」

「向こうのバックは学校。金もあれば権限もある。やろうと思えば、何だって出来る」

 あくまでも他人事のように返してくるケイ。 

 そしてこの子が、それに対してどう対応するかは語らない。

 どうしたいのかは、さらに分からない。

「じゃあ、どうするのよ」

「どうしたい」

「そんな事聞かれても」

 つい口ごもり、視線を逸らす。

 徐々に変化しつつある状況。

 少なくとも良くはなっておらず、悪くなる一方。

 ただ彼の言うように、私はどうしたいのか。

 何も出来ないし、何の力もない。

 何をやればいいのか、どうすべきかも。

 また、その事が分かったとしても。

 学校に対して行動を起こす事に、どういう理由があるのだろう。

 そして何より、何のために。


「どうしたらいいのかな」 

 独り言のように、小さくささやく。

 オフィスにいるのは、私とショウだけ。

 サトミとケイは、レポートを提出に行っている。

「さあ。俺には、よく分からん」

 ゲームをやっているショウ。

 見えているのは、その背中だけ。

 彼の操作するバイクはコースから外れ、防護壁を削っている。

「そう、だよね」

「ああ」

 短い答え。

 コースを外れたままのバイク。

 沈黙と、ゲームのBGM。

 淡々と過ぎていく時。

 暮れていく窓の外。

 影は薄れ、赤い日射しが床を照らす。

 冷え始めた室内。 

 その中で私達は、ただ無為に時を過ごす……。 



 女子寮のラウンジ。

 大勢の生徒で賑わう、その中に一人座る。

 室内にいる気分ではなく、ただ積極的に誰かと話したい気分でもない。

「何してるの」

 スーツ姿で目の前に現れる池上さん。

 スリムなスカートと高いヒール。

 髪はアップされていて、普段以上に大人びて見える。

「何って、自分こそ」

「真理依の付き合いで、中部庁の役人とね。アパートへ帰る前に、一休みしてる訳」

「役人?」

「ほら。彼女の家は財閥でしょ。その絡みで、官僚との付き合いもあるのよ」

 栄養ドリンクを飲み干し、ため息を付く池上さん。 

 どうやら、多少疲れ気味のようだ。

「大変だね」

「別に。馬鹿親父を適当にあしらうだけだから」

 言葉通りの、気楽な表情。

 彼女はもう一本飲んで、私に一本滑らせてきた。

「まずい」

「智美ちゃんのよりはましでしょ」

「まあね。そういえば、名雲さんがこの前怖かったけど」

「ああ。神代さんに絡んでた馬鹿の」

 少し緩む口元。

 楽しげに。

 薄く、酷薄に。

「前も言ったように、昔は強面だったのよ。来る奴来る奴倒すって感じで」

「今でもそうじゃない」

「やり方が、もっと荒っぽかったの。ねえ、真理依」

「そうだったかな」

 やはりスーツ姿で現れる舞地さん。

 彼女は髪を後ろで束ね、前髪をやや上げている。

「大した相手じゃないし、神代さんから名雲君に目を移すでしょ」

「そうかな」

「向かないなら、向くようにするだけよ。違う?」 

 突き刺さってくる視線。 

 それを避け、お茶に手を伸ばす。

 喉を滑る、ぬるい感覚。

 さながら、今の自分のような。

「別に、無理に世話を焼く事でもない。やりたくないのなら」

 冷たい、突き放した台詞。

 舞地さんは気だるそうに髪をかき上げ、襟のボタンを外した。

「義務でもないし、責任もない。単なる、先輩後輩の関係でしかない」

「真理依」

「私達は契約があるから、すべき事はする。それだけだ」

 そう言い残し去っていく舞地さん。

 池上さんも席を立ち、仕方なさそうにため息を付いた。

「あまり深く考えない事ね」

「何を」

「何もかもよ。雪ちゃんって、ちょっと思い詰める部分があるから」



 部屋に戻り、ベッドに入る。

 まだ眠気はなく、TVを付けて何となくそれを眺める。

 退屈なドラマ、相変わらずのニュース、愚にも付かないバラエティ。

 では自分はどうなのかと、つい自問する。

 TVを消し、音楽を掛けて雑誌を読む。

 綺麗な服、美味しそうなケーキ、楽しそうなアトラクション。

 今は、あまり心が付いていかない。


 ウインドブレーカーを羽織り、寮の外に出る。

 冷たい風、澄んだ空。

 街灯から少し外れると、星の瞬きも見て取れる。

 息はまだ白くないが、じっとしていると足の方から冷たくなってくる。

 暗闇に浮かぶ、黄色い光。

 目を凝らすと、猫が植え込みの前に座っていた。

 毛皮のせいで寒さも気にならないのか、のんきに欠伸をしている。

 しかしこちらに気付いたらしく、腰を低くして植え込みの中へと走り込んだ。 

 自分勝手。

 気ままに、好きなように生きている。

 誰かの命令でもなく、義務もなく。


 ただ、その分制約はあるだろう。

 野良であれば、余計に。

 食べ物も、寝る場所も自分で確保する必要もある。

 車、病気、子供の悪戯。

 それこそ命の危険すらある。

 勿論、猫にイエネコか野良猫かを選ぶ権利はない。

 彼等はただ、生きているだけだ。

 自分の好きなように、やりたいように。



 私は人間で、そこまで自由には生きられない。

 自分がそうしたくても、回りが許してはくれない。

 人の中で生きていく限り。

 また誰しも、人の中でしか生きられない。

 遠くの方に見える、猫の背中。

 近付いてきた女の子の手を避け、猫は塀を乗り越え闇へ消えた。

 それだけは間違いなく、自分の意思で。




 寮に戻り、もう一度ベッドに入る。

 少しずつ暖まってくる体。

 冷えたままの心。

 繰り返される自問。

 見つかりはしない答え。 







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