24-5
24-5
合同訓練だが、集合場所はグラウンドではなく小さな建物の前。
一般教棟が立ち並ぶ所からやや距離を置いた寂しい場所。
何用の建物かは知らないし、この場所へ来た事すらない。
いつも思うけど、この学校はまだまだ知らない事ばかりだな。
「集まったようだな。挨拶は抜きで始めるぞ」
警棒を肩に担ぎ、居並ぶガーディアン達を見渡す風間さん。
彼だけでなく、全員が完全武装。
そこまでの装備を必要とする訓練でもある。
「内容は、事前に配布された資料通り。武装した小グループへの対応。特にこうした、建物内での」
ヘルメットのディスプレイに表示される、建物の見取り図。
上3階、下1階。
入り口は、目の前のが一つと裏にも一つ。
部屋は各階に4つずつ、等分の間取り。
各部屋には、備え付けの大きなテーブルが3つずつ。
窓は壁際に、やはり同じ数ずつ。
「建物に、何人か立てこもってると想定。武器、特に銃を持ってる可能性もある。情報はこれだけだ。早速やるから、配置に付け」
椅子に座り、お茶を飲む。
ヘルメットは、テーブルの上に。
とはいえ別に、休憩に入った訳でもない。
「どうして犯人役なのよ」
「守備側と呼んで」
卓上端末を操作し続けるサトミ。
ケイはのんきに、窓の外を覗いて笑っている。
真面目に体を解しているのは、ショウだけだ。
「どう?」
「軽いな。壁が打ち抜けそうだ」
ストレート並みのジャブ。
それが、立て続けに5発。
言っている事が、冗談ではないと思い知らされる光景。
「しかし、面白くないな」
「いいから、配置について」
「はいはい」
息を整え、バトンを振る。
床に倒れる、赤い腕章をしたガーディアン。
つまりは、攻撃側の。
天井の通風口から降ってきたのはいいが、あらかじめ行動は予測済み。
後は着地前に、バトンを振るだけ。
スティックは私物だし、危ないので使用禁止。
バトンでも、大差ないと思うけどね。
「スプリンクラー作動準備の信号あり」
「了解。ただちに停止。発信元へ、逆送信」
「廊下に振動音あり。データからの推測では、3人。いや、これは陽動だな」
インカムをしたまま、画面に見入るケイ。
サトミは右手で卓上端末を操作、左手で普通の端末を操作中。
「ショウ。窓へ移動して待機。俺の合図で、例のを」
「了解」
壁に張り付き、カメラを窓へ向けるショウ。
ケイはそこから送られてくる映像を観つつ、小さく手を動かした。
開かれる窓。
投げられる丸い球。
一瞬の閃光。
それを物ともせず、侵入してくるガーディアン達。
「案外、簡単に」
何やら言いかけ、そこで言葉を終えるガーディアン。
一斉に降りるカーテン。
落ちる照明。
室内は完全な闇で、灯りはわずかにも漏れてこない。
「なっ」
暗闇の中を動くショウ。
消えていく気配。
明かりが灯ると、床には侵入してきたガーディアンが全員倒れている。
理由は簡単。
向こうも、閃光弾を使うのは想定済み。
だから減光用のゴーグルを使用して入ってくる。
案の定、閃光弾を使う私達。
減光される光。
でもって入ってきた途端、灯りが落ちる。
暗視装置と兼用だとしても、軍用品で無い限りはタイムラグがある。
結果は、廊下に放り出されるガーディアンを観るまでもない。
「どうしてこう、セオリー通りに攻めてくるかね」
鼻で笑うケイ。
それは、向こうがまともな人間だからだろう。
「マニュアル通りにやってるんじゃなくて」
「傭兵用のマニュアル、ね。俺達は傭兵じゃないのに」
「私達用のマニュアルだって、無いじゃない」
苦笑するサトミ。
無論その間にも、キーは操作したまま。
ケイも画面に見入り、彼女と時折会話を交わす。
「今度は挟撃か。窓はともかく、廊下は面倒だな」
「廊下は、俺が受け持つ」
「じゃあ、階段まで追いかけてくれ」
「その隙を突かれるぞ。……また、悪い事を考えてるんじゃないだろうな」
答えないケイ。
ショウはため息を付き、バトンを担いで部屋を出て行った。
「どうする気?」
「大して難しい事はしない。こっちも、セオリー通りにするだけさ」
「あ、そう。で、私は」
「取りあえず、窓から入ってくる奴を適当に撃退して。後は、まあ適当に」
窓の下へ積み上げられるガーディアン達。
しかし他の窓から侵入した攻撃隊が、すでに10人以上。
こちらはドアを背に、逃げる以外の道がない状況。
「ユウ。撤退して」
「了解」
ヘルメットに響くサトミの声に答え、ドアから逃げる。
でもって外からロックして、しばらくは追ってこないようにもする。
廊下に人影は無し。
ショウが、完全に撃退したのだろう。
こちらはサトミの誘導通りに、廊下を走って場所を移動。
すぐに彼女達と合流する。
「この後は?」
「戻るさ」
「どこへ」
「今いた所に」
ロックの解除される音。
ドアから慎重に様子を伺うガーディアン達。
そこへ向け、例の銃を発砲するケイ。
発砲と言っても、弾はかなり柔らかいゴム弾。
あくまでも、当たったと確認出来る塗料が付くだけのもの。
また彼の放った弾は一発も当たらなかったが、相手を部屋へ戻すだけの効果はあった。
「よし。行こう」
銃を背負って走り出すケイ。
サトミがその後。
私が殿に続く。
「中から完全にロックしたな。全く、何を考えてるんだか」
「挟撃されないようにでしょ」
「カギを閉めたら、自分達も閉じこめらるのに?という訳でよろしく」
「了解」
端末を操作するサトミ。
部屋の中から響く悲鳴。
どうやら、スプリンクラーが作動したらしい。
「ショウ。突入して」
ヘルメットに響く彼の声。
遠くに聞こえる、幾つかの悲鳴。
サトミがロックを解除して室内に入ると、ずぶ濡れになったショウが立っていた。
その回りには、やはりずぶ濡れのガーディアンが倒れている。
「じゃ、今度はこっちも攻めに回るか」
ヘルメットを取り、顔を確認していくケイ。
それと端末のデータを照らし合わせ、一人で頷いている。
「人質にでもする気?」
「今はしない。どうせシミュレーションなんだし、適当でいいんだよ」
慎重に玄関前まで降りていく私達。
おそらくは外の死角には、大勢のガーディアンがいるはず。
迂闊に出ていく訳にはいかないし、またその気もない。
「じゃ、よろしく」
開くドア。
外へ出ていく、攻撃隊のガーディアン達。
それを出迎える仲間。
しかし彼等は、その仲間目がけて襲いかかる。
パニックに陥る建物前のスペース。
ただすぐに応援のガーディアンが、騒ぎの鎮圧に取りかかる。
その混乱をよそに、人混みの間を小走りで駆け抜ける。
私達に気付いた人もいるが、それは当然こっちが鎮圧。
それが余計に、混乱を生む。
配置も何もない状況。
体裁が整っているのは、本部の周辺だけ。
ようやくそちらも、私達が建物を抜け出した事に気付いた様子。
「直衛班、前へ」
どこからかの指示。
まっすぐに突っ込んでくる幾つかの小集団。
こちらは二手に分かれ、彼等を迂回しつつ本部を目指す。
私達がいた建物と仮設本部を遮る物は何もない。
無論ガーディアンはあらかじめ、要所要所へ配置されていた。
こうして、混乱する前までは。
今はそのガーディアン達が右往左往し、守備を妨げる原因ともなっている。
本部の少し前で、ようやく直衛班に行く手を塞がれる。
後ろからは、混乱から抜け出したガーディアン達が。
完全に囲まれた状態。
即座にバトンで、自分の回りに円を描く。
かろうじて生まれる円上のスペース。
倒れた誰かに飛び乗って、もう一度。
しかしそう何度も出来る訳がなく、バトンを重ねて止められる。
「拘束完了」
バトンを止めた誰かが、そう叫ぶ。
私もバトンを落としたし、終わったと判断したのだろう。
「両手を頭の上に上げて。誰か、ヘルメットを外せ」
「了解」
近付いてくるガーディアン。
こちらは手を上げて、それを待つ。
拘束される指と手首。
プロテクターも外され、周囲にはガーディアンが張り付いている。
抵抗のしようもないといったところか。
連れてこられたのは、仮設本部内の簡素な机の前。
そこに座り、苦い顔で私を見上げる風間さん。
「お前な。やり過ぎだ」
「ケイは、このくらい普通って言ってましたよ。誰でも思い付くって」
「確かに普通だけど、この手の攻防戦は経験が物を言う。慣れてない奴も多いんだ」
鋭い視線。
ただそれは、私を通り越してその後ろへと流れていく。
「ヘルメット取れ。そう、お前だ」
「分かりました?」
「当たり前だ。それこそ、セオリーだろ」
「さすが、F棟隊長」
取られるヘルメット。
秋の日射しにきらめく艶やかな黒髪。
サトミは首を振って長い髪を後ろに流し、柔らかく微笑んだ。
「おい、こいつも拘束しろ」
すっと前に出るガーディアン達。
しかし彼等はサトミや私を通り越し、風間さんを取り囲んだ。
「この野郎。買収しやがったな」
「言葉が悪い。好意により協力してくれるだけです」
「馬鹿が」
いきなり目の前から消える風間さん。
正確には、椅子の上に乗ってさらに跳んだ。
その姿は、仮設のテントのポールを伝って屋根の上へと現れる。
お猿さんだね、まるで。
「はは。俺の勝ちだ」
腰に手を当て、高笑いする風間さん。
意味不明というか、誰が馬鹿かって話だな。
「とにかく、この攻防戦に関しては私達の勝ちですから」
「あ?」
「建物については完全に抑えましたし、こうして本部にも侵入しましたから」
「冗談だろ。俺はまだ、捕まってない」
ひょこひょこと、屋根を伝っていく風間さん。
確かに捕まってはいない。
捕まえる理由も、いまいち分からないが。
「俺の勝ちだ、この俺の」
そう言い残し、どこかへと消えてしまった。
でもよく考えると、逃げたんじゃないの?
「あいつは一体、何者なんだ」
ため息まじりに現れる塩田さん。
この人も神出鬼没だが、ああいう事はさすがにしない。
雰囲気も軽く、この間のわだかまりはないようだ。
「しかし、お前らな。少しは考えろ」
「ごく普通の対応だと思いますが」
「風間も言ったように、慣れがいる。タイミングの合わせ方とか、突入の度胸とか」
何も、そこまですごい事とは思えないけどな。
大体私達だって、それ程経験も無いし。
多分。
「いいから、攻撃側に回れ。いや、回るな。見学してろ」
「えー」
「黙れ。……塩田だ」
私を睨みつつ、端末を取り出す塩田さん。
少し歪む口元。
端末はすぐにしまわれ、ヘルメットが担がれる。
「よし。次は実践だ。本物の馬鹿が、部屋にこもった」
今の建物から程近い、ただもう少し大きめの建物。
その周囲を取り囲むガーディアン達。
私達も、最前線で突入の合図を待つ。
「方法は、さっきの演習通り。固くならず、気楽にやれ」
演説を打つ風間さん。
ちなみに突入するのは、例により身内のみ。
演習とは言えないな。
「実践に見せかけた演習なら笑うな」
鼻を鳴らすケイ。
まさかとは思うが、可能性としては無くもない。
リアリティは増すし、気持も入る。
「雪野達は、1年のバックアップ」
「へ」
「お守りしろって事だ。作戦は無し。力尽くで押すぞ」
廊下に張り付くガーディアン達。
その動きを確認しつつ、周囲を確認する。
特に不審な動きは無し。
ハンドサインで指示を出し、突入を合図する。
やや不格好で、強引な突入。
連携も取れてないが、塩田さんの指示通り勢いで押し切れるか。
すぐその後に続き、再度確認。
やはり人影は無し。
「こちらB班。立てこもっている人間を確認。人数7、銃を所持」
ヘルメットに響く、七尾君の声。
ちなみに私は、A班のバックアップである。
「こちらA班バックアップ。現在1階ロビー。ただちに、2階へ向かう」
「了解」
立ち止まっているガーディアン達を促し、早く上がるよう指示する。
慌てて動き出すガーディアン達。
何か、羊を追う牧羊犬みたいだな。
「走って。とにかく、走って。ほら、もっと早く」
スティックを抜き、壁を叩く。
とにかくここは、走るに限る。
その甲斐もあってか、すぐに二階へ到達。
やはり、足を止めるガーディアン達。
今度も壁を叩き、彼等を追い立てる。
「走ってって言ってるでしょ。早く、ほらっ」
とにかく追い立て、立てこもっていると思われる部屋へ到達。
でもって、その前でやはり足を止めてしまう。
「開けて、早く」
「で、でも。電子キーのロックがまだ」
「壊せばいいでしょ」
「で、でも」
構わずスティックを振り、コンソールに煙を吹かせる。
飛び上がる火花。
後ずさるガーディアン達。
構わず隙間にスティックをこじ入れ、横蹴りをかます。
一汗かいた成果はあり、少しだけドアが開いた。
「押して。早くっ」
一斉にガーディアン達が取りつき、人の入れるだけの隙間が出来る。
「入るのよ。早く」
「で、でも。中から」
「何のために、プロテクター着てるの。ほらっ」
後ろから突き飛ばし、近くにいた子を放り込む。
その横にいた子も。
その隣りも。
後は壁を叩き、強制的に入らせる。
部屋の中から聞こえる、幾つかの悲鳴。
どうやら、あっさりと鎮圧したようだ。
その悲鳴の主が誰なのかは、知りたくもないが。
立てこもっていたのは、傭兵ではなく以前からの在校生。
どこからか銃を手に入れ、それを持って遊んでいただけとの事。
誤報ではないが、事件性は薄い内容。
こちらに怪我人はなく、鎮圧した相手も軽傷。
取りあえずは、成功と言えるだろう。
「苦情が来てる」
机の上に書類を滑らせるモトちゃん。
こちらはまだ、プロテクターを着たままでそれを読む。
内容は、さっきの鎮圧に関する物。
苦情を申し出たのは、銃を持っていた連中ではなくガーディアンから。
要は、追われて怖かったらしい。
「なんのための演習なの」
「マニュアル通りにはいかないのよ。それに、鎮圧出来たんだしいいじゃない」
「とにかく、始末書をお願い」
またもや滑ってくる書類。
もういいよ、これは。
「それで、1年生は?」
「いいんじゃないの。風間さんの指示も、力押しだったし。ただ、誰かが撃たれたみたい」
「プロテクター越しだし、問題ないでしょ」
「いいから、その子に謝っておいて」
話は終わったとばかりにテントの外を指さすモトちゃん。
しかし苦情は、常に私の所へ持ち込まれてくるな。
というか、どうして苦情を持ち込むような事ばかりするのかな。
トレーニングセンター内の、シャワーも備わったロッカールーム。
少し濡れた床。
一つだけ開いたロッカー。
ベンチに腰掛ける、大柄な少女。
「先輩」
顔を上げる神代さん。
私も彼女を見つめ、軽く手を振る。
「撃たれたのって、神代さんだったんだ。大丈夫?」
「ええ。先輩に追われた後だったから、怖いも何もなくて」
楽しそうな笑顔。
普段の気弱で、線の細い感じではなく。
少し逞しい、明るい笑顔。
「そういう事、言わないでよね。プロテクターは?」
「表面の塗装みたいのが、ちょっと剥げたくらい」
「ふーん」
しかしあのプロテクターの強度は、実弾でも防ぐくらい。
そう考えると、素肌に当たった時はかなり危険と言える。
無論それは、経験済みだが。
「じゃあ、いいや。ご飯でも食べに行こうか」
「まだ、何かあるって言ってたけど」
「もう終わったじゃない」
「結果の考察をするとか」
考察って、やったら終わりじゃないの。
大体、何も考える必要なんて無い。
あれやこれやと議論を交わす人達。
ただそれは、殆どが自警局の人間。
要は指揮側の。
現場サイドはどちらかというと白け気味で、中には寝てる人もいる。
「暇だね」
「だったら、何か言えよ」
書類の隅に数字を書き込むショウ。
どうやら、この間の馬鹿に支払った金額の計算らしい。
「これって、本当に回収出来るの?」
「俺に聞かれても。……ちょっと待てよ。回収出来なかったら、どうなるんだ」
「ショウの借金でしょ」
いつにない真剣な顔。
冗談のつもりだったんだけど、真に受けたらしい。
しかも放っておくと、本当に返済しそうだな。
「いいんだって。もしそうなっても、踏み倒せば」
「そんな事出来るか」
「出来るの。それか、今手持ちのお金で何か食べる?」
「今のは、聞かなかった事にする」
険しい視線。
本当にこの子だけは、どういう育ち方をしてきたのかな。
勿論、それはそれで微笑ましいけどね。
「何か、発言でも」
「いえ。全然」
二人して首を振り、愛想良く笑う。
この辺りは、何も言わなくてもという話である。
「では、静かにしていて下さい」
「それは失礼」
私達ではなく、代わって答えるケイ。
彼もそれ以上は口をつぐみ、揉めるような態度も取らない。
その内心は、ともかくとして。
「何か仰りたい事でも」
なおもしつこく絡んでくる女性。
理由は知らないが、何か因縁を付けたいようだ。
「いえ、全く。我々に構わず、話を進めて下さい」
いつにない低姿勢。
関わる気が無いとも言える。
「分かりました。多少成果を上げたくらいで、あまり調子に乗らないように」
「はい。以後気を付けます」
机に頭を付けて謝るケイ。
向こうはそれで機嫌を良くしたらしく、見下し気味の視線を彼へと向ける。
この人が頭を下げる理由を知っていたら、とても笑ってはいられないだろうが。
「何、あれ」
こっちは彼程冷静ではないので、つい口が出る。
無論、聞こえくらいの声で。
「どんな事でも仕切りたい人はいるのよ。自分は有能だと思ってる人も」
枝毛を探しながら呟くサトミ。
怜悧とも言える、醒めた顔で。
「まだ、何か」
再びつっかかって来る女性。
サトミはゆっくりと席を立ち、髪を後ろへなびかせた。
「議論はもう、十分尽きたと思います。これ以上は同じ話の繰り返しですし、散会する事を進言します」
「どうして、そう判断出来るんですか?」
嫌みと敵愾心に満ちた口調。
サトミの場合は一部の人間に反感を買いやすいので、この辺りは良くある光景だ。
よって彼女は反発する事もなく、至って冷静な眼差しで女性を見つめている。
「襲撃の方法と、鎮圧後の状況。複数の事例を扱っているのならともかく、同一の事案に対しては同じ事の繰り返しに過ぎません」
「それをより詳細に、検討しています」
「でしたら、ご自由に。我々は、退席した方がいいみたいですし」
ドアへ向かうサトミ。
欠伸混じりに立ち上がるケイ。
すると女性も立ち上がり、ドアの前へと立ちふさがった。
「まだ検討は終わってません。途中退席も認めません」
「誰の権限で?」
「総務課主任の、私の権限です」
「随分、偉いんですね」
優しい、だからこそ厳しい笑顔
女性も顔を赤くして、彼女を睨み付ける。
「たかがガーディアンなのに、随分強気なんですね」
「だったら、靴でも磨きましょうか」
取り出されるハンカチ。
その左右を掴み、横へと動かす。
「二人とも、もう結構です」
疲れ切った顔で遮る局長。
サトミはあっさりと引き、ハンカチをしまって壁にもたれた。
女性の方も嫌な視線を残しつつ、席へと戻る。
「確かに議論は尽きたようですので、これで終わりたいと思います」
「局長」
「ただ議論を続けたい方は、引き続きここを使用して下さって結構です。レポートについては、明日中の提出をお願いします」
とにかく解放されたので、ラウンジで一休み。
多少揉めたが、よくある事だ。
「すごいんですね」
前の席に座る緒方さん。
頬はうっすらと上気し、視線は真っ直ぐサトミへと向けられる。
「何が」
「さっきの事です」
「見てたの。別に、何もやって無いじゃない」
「草薙高校の生徒会は、公務員にも近い立場と聞いてますが」
「その前に、この学校の生徒でしょ。それと、馬鹿に付き合う程暇じゃないの」
薄く、酷薄に微笑むサトミ。
緒方さんはさらに頬を染め、こくりと頷いた。
「これで、皆さんの立場は危うくならないんですか」
「なるだろ。本当、いい迷惑だ」
愚痴るケイ。
緒方さんは彼を冷たい目で睨み、鼻で笑った。
「あなたは、何してたんですか」
「何もしてない。生徒会に逆らっていい事は、何一つ無い」
「やる気の欠片ないんですね」
「何だ、やる気って。この学校に植わってた?」
真顔で何を言ってるんだか。
それがあまりにも馬鹿馬鹿しかったらしく、緒方さんは彼から顔を逸らしてこちらを見てきた。
「私は寝てないよ。寝てたみたいなものだけどさ」
「いえ、そうではなくて。さっきの突入で、どうして追い立てたのかなと思いまして。結局さっきの会議では、発言されませんでしたし」
「別に理由はないけどね。プロテクターを着てて、あれだけの大人数でしょ。向こうの居場所も武器も人数も分かってるんだから、塩田さんの言う通り力で押せば済むんだし」
深く頷く緒方さん。
大した事をやった記憶はないが、どうも感心をされているようだ。
「みなさんって、優秀なんですね」
思わずお茶を蒸せ返し、鼻をかむ。
なんか、初めて聞く言葉だな。
「俺は全然」
首を振るショウ。
本当にこの人は、自分の事をどのくらい把握してるんだろう。
「でも、どうして生徒会のメンバーではないんですか。それも役職付きの」
「オファーはあるけれど、受けてないの。義務ばかりで、面白く無さそうだし。ね」
「俺に振るな」
鼻先で笑うケイ。
緒方さんは怪訝そうに、彼とサトミを見比べる。
「この人、元は生徒会のメンバーだから。二度除名だけれど」
「いいんだよ、あんなのは」
「そうよね。監視はまだ解かれてない?」
「夏休み明けに解けた。俺はもう、誰にも縛られない」
何を言ってるんだ。
今までも、好き勝手にやってたくせに。
「この状況に、満足してます?」
何気ない感じで呟く緒方さん。
微かに口元を緩めるケイ。
当然彼女もそちらへと視線を向ける。
「いや、悪い。そういう勧誘もよくあるなと思って」
「馬鹿。この人の事は、気にしなくてもいいから」
優しく微笑むサトミ。
ただ彼女の瞳も、先程よりは鋭さを増す。
「誤解のないように。特に、他意はないので」
「そう。不満は何もないわよ。気楽ではあるし、自警局の下部組織とはいえそれなりにやりたい事は出来る。変なしがらみがない分、生徒会に入るよりはいいかも知れないわ」
「雪野さんも?」
「ん、私?私は別になにも。サトミがもう少し優しかったらなってくらい」
「前言撤回。私は、あなたがもう少し真面目だったらなって思うわ」
二人して取っ組み合い、彼女の脇を責める。
この、この。
「止めろよ、恥ずかしい」
悪かったな、恥ずかしくて。
でもって、小さくて。
「何となく分かりました」
「え、何が」
「いえ、こちらの話です。では、私はこの辺で」
会釈してラウンジを出て行く緒方さん。
その背中を、サトミに頬を掴まれながら見送る。
「どうかしたの、あの子」
「呆れたんだろ」
首を振るショウ。
それは自分でしょうが。
「どう思う」
「スカウトかな」
「誰の、何の」
「たまには、自分で考えてくれ」
にこりと微笑むケイ。
可愛さの欠片もないし、むかつくだけだ。
「あー」
「うるさいな。何でも叫べば済む訳でもないだろ」
当たり前だ。
というか、叫んで解決する事なんて何一つ無い。
あっても怖いけど。
「生徒会からの誘いなのか、傭兵としての誘いなのか。それとも、私達を分断させたいのか。どうかしら」
「興味ないね。どうせ俺は、誘われないし」
「誘われたらどうする気」
「額と待遇で決める」
言い切ったな、とうとう。
その内、どこかに安く売り飛ばしてやる。
どうにかレポートを書き終え、肩を揉む。
何だ、これ。
まだ、もう一枚ある。
「これも書くの?」
「それを書かなくてどうするの」
冷静にたしなめられた。
えーと、これは今後の対策についての意見か。
要するに、自分の好きに書けばいい訳だ。
「……全員退学。あなた、独裁者?」
「他に、いい手あるの?」
「あなたは、生徒会に目を付けられたいの?もう、私が書くからいい」
書類を奪い持っていくサトミ。
何よ、人がせっかくやる気になったのに。
「大体さ、今どれだけ学校外生徒って入ってきてるの?」
「100人は下らないだろ。買収された連中も加えれば、その何倍ってとこかな」
「ちょっと」
「向こうのバックは学校。金もあれば権限もある。やろうと思えば、何だって出来る」
あくまでも他人事のように返してくるケイ。
そしてこの子が、それに対してどう対応するかは語らない。
どうしたいのかは、さらに分からない。
「じゃあ、どうするのよ」
「どうしたい」
「そんな事聞かれても」
つい口ごもり、視線を逸らす。
徐々に変化しつつある状況。
少なくとも良くはなっておらず、悪くなる一方。
ただ彼の言うように、私はどうしたいのか。
何も出来ないし、何の力もない。
何をやればいいのか、どうすべきかも。
また、その事が分かったとしても。
学校に対して行動を起こす事に、どういう理由があるのだろう。
そして何より、何のために。
「どうしたらいいのかな」
独り言のように、小さくささやく。
オフィスにいるのは、私とショウだけ。
サトミとケイは、レポートを提出に行っている。
「さあ。俺には、よく分からん」
ゲームをやっているショウ。
見えているのは、その背中だけ。
彼の操作するバイクはコースから外れ、防護壁を削っている。
「そう、だよね」
「ああ」
短い答え。
コースを外れたままのバイク。
沈黙と、ゲームのBGM。
淡々と過ぎていく時。
暮れていく窓の外。
影は薄れ、赤い日射しが床を照らす。
冷え始めた室内。
その中で私達は、ただ無為に時を過ごす……。
女子寮のラウンジ。
大勢の生徒で賑わう、その中に一人座る。
室内にいる気分ではなく、ただ積極的に誰かと話したい気分でもない。
「何してるの」
スーツ姿で目の前に現れる池上さん。
スリムなスカートと高いヒール。
髪はアップされていて、普段以上に大人びて見える。
「何って、自分こそ」
「真理依の付き合いで、中部庁の役人とね。アパートへ帰る前に、一休みしてる訳」
「役人?」
「ほら。彼女の家は財閥でしょ。その絡みで、官僚との付き合いもあるのよ」
栄養ドリンクを飲み干し、ため息を付く池上さん。
どうやら、多少疲れ気味のようだ。
「大変だね」
「別に。馬鹿親父を適当にあしらうだけだから」
言葉通りの、気楽な表情。
彼女はもう一本飲んで、私に一本滑らせてきた。
「まずい」
「智美ちゃんのよりはましでしょ」
「まあね。そういえば、名雲さんがこの前怖かったけど」
「ああ。神代さんに絡んでた馬鹿の」
少し緩む口元。
楽しげに。
薄く、酷薄に。
「前も言ったように、昔は強面だったのよ。来る奴来る奴倒すって感じで」
「今でもそうじゃない」
「やり方が、もっと荒っぽかったの。ねえ、真理依」
「そうだったかな」
やはりスーツ姿で現れる舞地さん。
彼女は髪を後ろで束ね、前髪をやや上げている。
「大した相手じゃないし、神代さんから名雲君に目を移すでしょ」
「そうかな」
「向かないなら、向くようにするだけよ。違う?」
突き刺さってくる視線。
それを避け、お茶に手を伸ばす。
喉を滑る、ぬるい感覚。
さながら、今の自分のような。
「別に、無理に世話を焼く事でもない。やりたくないのなら」
冷たい、突き放した台詞。
舞地さんは気だるそうに髪をかき上げ、襟のボタンを外した。
「義務でもないし、責任もない。単なる、先輩後輩の関係でしかない」
「真理依」
「私達は契約があるから、すべき事はする。それだけだ」
そう言い残し去っていく舞地さん。
池上さんも席を立ち、仕方なさそうにため息を付いた。
「あまり深く考えない事ね」
「何を」
「何もかもよ。雪ちゃんって、ちょっと思い詰める部分があるから」
部屋に戻り、ベッドに入る。
まだ眠気はなく、TVを付けて何となくそれを眺める。
退屈なドラマ、相変わらずのニュース、愚にも付かないバラエティ。
では自分はどうなのかと、つい自問する。
TVを消し、音楽を掛けて雑誌を読む。
綺麗な服、美味しそうなケーキ、楽しそうなアトラクション。
今は、あまり心が付いていかない。
ウインドブレーカーを羽織り、寮の外に出る。
冷たい風、澄んだ空。
街灯から少し外れると、星の瞬きも見て取れる。
息はまだ白くないが、じっとしていると足の方から冷たくなってくる。
暗闇に浮かぶ、黄色い光。
目を凝らすと、猫が植え込みの前に座っていた。
毛皮のせいで寒さも気にならないのか、のんきに欠伸をしている。
しかしこちらに気付いたらしく、腰を低くして植え込みの中へと走り込んだ。
自分勝手。
気ままに、好きなように生きている。
誰かの命令でもなく、義務もなく。
ただ、その分制約はあるだろう。
野良であれば、余計に。
食べ物も、寝る場所も自分で確保する必要もある。
車、病気、子供の悪戯。
それこそ命の危険すらある。
勿論、猫にイエネコか野良猫かを選ぶ権利はない。
彼等はただ、生きているだけだ。
自分の好きなように、やりたいように。
私は人間で、そこまで自由には生きられない。
自分がそうしたくても、回りが許してはくれない。
人の中で生きていく限り。
また誰しも、人の中でしか生きられない。
遠くの方に見える、猫の背中。
近付いてきた女の子の手を避け、猫は塀を乗り越え闇へ消えた。
それだけは間違いなく、自分の意思で。
寮に戻り、もう一度ベッドに入る。
少しずつ暖まってくる体。
冷えたままの心。
繰り返される自問。
見つかりはしない答え。




