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てきぱきと仕事をこなす彼女。
気付くと目の前にお茶があり、クッキーも添えられている。
態度や雰囲気はともかく、気は利くようだ。
シャギーの入った、肩で少し跳ねている髪型。
綺麗な顔立ちと、特徴的なややつり上がった大きな瞳。
ほっそりした体型だが出る所は十分に出ていて、放っておいても男の子が後ろから付いてくるような容姿である。
「ありがとう。緒方さん」
「いえ」
キータイプしつつ、淡々と返す彼女。
サトミのレクチャーもすでに必要はなく、今ではここの事務仕事を一手に引き受けている。
そのためサトミは、モトちゃんの手伝い。
ケイも多分、手伝ってるんだろう。
「地元はどこなの」
「福井です」
「敦賀の方?」
「いえ。九頭竜湖の近くです」
なる程。山の中か。
どうも雪国では、綺麗な子が育つらしい。
サトミしかり、この子しかり。
「どうして、名古屋に来たの」
「草薙高校は名門ですからね。将来の事を考えれば、誰でも編入したいですよ」
「ふーん。じゃあ、編入試験はパスしてるんだ。頭良いね」
「それ程でも」
謙遜とも言えない態度。
質問には答えるが、それ以上は踏み込まない様子。
壁とまではいかないものの、どうしても距離は感じる。
別に、親しむ必要は無いとしても。
「G棟B-2ブロック付近で、集団同士のトラブル。近隣のガーディアンは、至急応援をお願いします」
スピーカーからの入電。
すぐにレガースとアームガードを付け、グローブをはめる。
インナーのプロテクターは装着済み。
背中のアタッチメントにスティックを取り付け、後ろを振り返る。
革手袋をバックポケットに入れたショウではなく、緒方さんを。
「行く?」
「そうですね。見学でよかったら」
「いいよ。ただ、最近ゴム弾を撃てる銃が出回ってるから気を付けて」
「分かりました」
相変わらず、人でごった返す廊下。
当たり前だが、このままでは現場にたどり着くのもままならない。
「どいて」
まずは、一声掛ける。
全く反応無し。
「どきなさい」
スティックを抜き、人垣の頭上で振る。
なびく髪。
揺れる体。
後は、放っておいても逃げていく。
「いいんですか、そんな事をやっても」
嫌みではなく、疑問の口調で聞いてくる緒方さん。
それへ適当に答え、野次馬を排除しつつ前進する。
「例の連中じゃないな。見た目は」
人垣より、頭一つ高い人の台詞。
私は未だに、誰とも知らない人の背中を睨む。
「ガーディアンは?」
「グループを真ん中で分けてる。問題無さそうだ」
「じゃあ、ゆっくり行こう」
威嚇するのも疲れたので、強引に前へ出るショウの後ろに付いていく。
なんだ、初めからこうすればよかったな。
「私達が襲われる事は無いんですか」
「あるよ」
「え」
遠ざかる声。
どうも足を止めたらしい。
「でも、ここで止まると余計危ないよ。野次馬が暴れたり、隠れてる連中が襲ってくるから」
「嘘」
「嘘言ってどうするの。怖いなら、私とショウの間に入って」
「あ、はい」
小走りで私達の間に逃げ込む緒方さん。
ただ多少慌て気味なのが、ちょっと可愛く思えた。
さっきまでの、落ち着き払った時とのギャップで余計に。
「前に出たぞ」
「了解」
背後を気にしつつ、緒方さんをかばって彼の隣へ並ぶ。
集団といっても、5~6人程度同士。
むしろガーディアンの方が多いくらい。
誰だ、こんな大騒ぎしたのは。
「大丈夫、みたいね」
スティックをアタッチメントに戻し、グローブを外す。
こんな事なら、のんびりお茶でも飲んでればよかった。
「帰ろう」
無駄足で良かったという考え方もある。
取りあえず、今はそうしておこう。
「意外と対応が早いんですね」
さっきまでの冷静さを取り戻す緒方さん。
確かに入電から、時はどれ程も経ってはいない。
それがここへ駆けつけた時には、すでに終わっている状態。
今まであまり気にしていなかったが、そう言われればそうかとも思う。
「普通は違うの?」
「ガーディアンが来ないとか。こういった自警組織が存在しない学校もあります」
「詳しいね」
「え、ええ。色々、調べたので」
多少慌てる緒方さん。
たまに挙動不審だな、この子。
それは、初めから分かってたけど。
「元は傭兵とか?」
「え?まさか。見ての通りです」
今度は慌てる事もなく、素っ気なく返してきた。
綺麗だが、愛想無い。
舞地さんを見てるみたいだ。
「ふーん。いいけどね、別に」
「はあ」
「とにかく、戻ろうか」
装備をオフィスへ置いて、モトちゃんの所へとやってくる。
「忙しそうだね。相変わらず」
「暇そうね。いつも」
こう返してくるのも、相変わらずだ。
まずはソファーに座り、木之本君が持ってきてくれたお茶を飲む。
「塩田さんは?」
「いないよ」
「いつもいないね、あの人」
「元々いないんだろ」
私の対面に座っていたケイは鼻で笑い、ジャーキーをかじり出した。
書類が散乱してるから、手伝っていたんだろう。
多分。
「俺にもくれ」
「お前は、サトウキビでも食べてろ」
「ユウが隠す」
私のせいにするな。
大体、何でも食べようとするな。
「あ、済みません」
私達とは離れた事務用のデスクに座り、頭を下げる緒方さん。
木之本君は優しく微笑み、トレイを持って下がっていった。
「礼儀正しいじゃない」
「仕事も出来るよ」
「プロフィールは普通。まあ、これはごまかせるか」
面白くない結論を得るモトちゃん。
もしそうなら、私のプロフィールもごまかして欲しい。
「どうやってごまかすの?」
「基本的に本人の申請だから。公式の書類も添付してもらうけど、そういうのを偽造するのが得意な子もいるし」
「どうかした」
バインダーを抱えて近付いてくるサトミ。
言ってる側からやってきたな、偽造団の女頭目が。
「別に。あの子が、意外と普通だなと思っただけ」
「愛想はともかく、気も利くし悪くないわよ」
「人間的には」
「さあ。そこまで踏み込んでないし、向こうも見せないから。その辺りは、あなたの管轄でしょ」
明るく微笑むサトミ。
そういう笑顔の出る話でもないと思うが、彼女にとってはそうなんだろう。
「彼女を引き入れたのは、ケイ君でしょ。ちょと」
顎で呼ぶモトちゃん。
ケイはジャーキーをくわえたまま、だるそうにやってきた。
「なんだよ、忙しいのに」
「馬鹿話は聞いてない。あの子は、実際どうなの」
「さあ。俺に聞くより、神代さんに聞いたら」
「嫌みも聞いてない」
叩かれるデスク。
それを平然と見下ろすケイ。
身を震わせたのは、彼の隣に立っていたショウくらい。
なんだかね。
「ほっとけよ。向こうが勝手に来たんだから。好きなようにさせてやればいいだろ」
「大物じゃない、随分」
「内情を探りたいのかこっちを分裂させたいかは、俺も知らない。ただ、このくらいでガタガタするようなら向こうも相手にしないさ」
辛辣とも、真実とも言える言葉。
だとしても、内側に招き入れる事への違和感はある。
「まあ、学校とやり合うって言うなら話はまた違うけど」
「どう違うの」
「拷問してでも向こうの内情を聞き出して、ダブルスパイにでも仕立て上げる」
さっき同様、淡々とした表情。
だがその言葉の奥に感じられる、紛れもない彼の真意。
「でも今はそうじゃないし、そこまでやる必要もない。好きに探らせて、こっちの仕事を手伝わせればいい」
「自分が楽をしたいだけでしょ、あなたは」
「サトミ嬢は違いますか」
「さあ。それ以前に私がやってるのも彼女がやってるのも、全部ユウの仕事だから」
回ってきたな、随分。
取りあえず聞こえない振りをして、緒方さんの所へ向かう。
「何、これ」
「キッチンを借りて、今作ってみたんです」
小さなグラスに盛られた、バニラアイス。
ただ味はかなりあっさりとしていて、サトウキビ同様ほっとする味。
市販品のような複雑さはないけど、このシンプルさが逆にいい。
「器用だね」
「氷があったので」
普通に答える緒方さん。
しかし氷があったからといって、アイスを作るかな。
「木之本君は、食べないの?」
「え」
私と彼女の前には、グラスがある。
でも、彼の前にはグラスはない。
不格好なたこ焼きはあるけど。
「これも、緒方さんが?」
「いえ。違います」
「僕が持ってきたんだよ」
なる程。
タコといえば、知多半島。
知多半島には、誰が住むって話だな。
彼女をモトちゃんに託して、外に出る。
ただオフィスには戻らず、少し寄り道。
「仕事はいいの?」
「いいの」
「言い切らないでよね」
苦笑する沙紀ちゃん。
その後ろには、いつ通り神代さんが控えている。
それ程重苦しい雰囲気はない。
元々弾けるタイプではないし、そういった部分を読み取るのが難しい子ではあるけど。
「何か食べる?」
「アイス食べたばっかり」
「食べてばっかりね」
また笑われた。
さすがに神代さんにも。
久し振りに笑顔が見られてよかった。
と喜ぶ程、私は大人ではない。
「何がおかしいのよ」
「だって先輩、いつも食べてるから。ちょっと聞いたけど、サトウキビがどうって」
「あれは、ショウが食べてるの。第一人間、食べる以外にどういう楽しみがあるの」
「本を読むとか、遺跡を訪ねるとか」
相変わらず、生真面目な事を言う子だな。
だから、うじゃうじゃ悩むんだ。
「たまには弾けたら」
「弾ける?」
「意味もなく、わーって騒ぐって事」
「どうして」
だから、意味なんて無いんだって。
理屈から入るというか、頭が固いというか。
もっと柔軟に、物事を気楽に考えてよね。
「神代さん。聞かなくていいから」
「は、はい」
「何よ、もう。私は、この子のために」
「分かったから。それより、銃の管理は大丈夫?」
何が分かったんだ、何が。
「ケイだと不器用過ぎるから、ショウに渡した。その方が、安心でしょ」
「そうね。とにかく、手元に置いておくと」
開くドア。
血相を変えて飛び込んでくる男の子。
近付いてくる彼を、至って冷静に見つめる沙紀ちゃん。
「おい。銃はどこにやった」
「危ないので、私の方で保管しています」
「この野郎。あれは俺の」
「自警局の所有物です。個人の物ではありません」
ぐぅ、と唸る風間さん。
本当にこの人は、F棟の隊長なんだろうか。
「何だよ、文句あるのか」
とうとう、こっちにまで噛みついてきた。
こっちも噛まれっぱなしではあれなので、ぎっと睨む。
「怖い女だな。一度、目医者に行け」
「うるさいな。自分こそ、たまには仕事したらどうなんです」
「俺はもう3年だ。普通なら、引退してる」
「じゃあ、銃を持つ必要もないでしょ」
もう一度唸る風間さん。
単純というか、底が浅いというか。
本当に、塩田さんとはかなりの差だな。
「何だよ」
「塩田さんも無茶苦茶だと思ってたけど、風間さんよりは大分ましだなと思って」
「悪かったな。俺は何も困ってないから大丈夫なんだ」
確かに、自分自身は困らないだろう。
周りの人間は、ともかくとして。
「あ、いた。あんた、何やってるんです」
「お前こそ。ふらふらしてていいのか」
「明日の合同訓練で探してたんだよ、風間さんを」
「俺がいなくても地球は動く」
馬鹿だな、間違いなく。
七尾君は風間さんの腕を取り、かなり強引に引っ張り始めた。
一体、どっちが後輩で先輩なんだ。
「行くから待ってろ。しかし、暇な学校だな」
「傭兵が流れ込んでるから、この辺りでアピールするとは聞いてます」
「その通り。あんたも一応はF棟の隊長なんだから」
「うるさいな。行けばいいんだろ、行けば」
大騒ぎしながら出ていく二人。
すると沙紀ちゃんも書類を片付け、席を立った。
「私も行かないと。優ちゃんも行く?」
「行かない。じゃあね」
こういう時は、逃げるに限る。
逃げるって、どこにだ。
というか、ここはどこだ。
周りを見るが、知り合いなし。
と思ったら、神代さんが後ろにいた。
「何してるの」
「何って。先輩が付いてこいって言うから」
そんな事言ったかな。
付いてきてるからには、言ったんだろう。
手を繋いでるし、間違いない。
「いいや。その辺で遊ぼう」
「仕事は」
「何それ。聞いた事無い」
取りあえず購買に寄り、お菓子を物色。
ここは、いつ来ても楽しいな。
「適当に買ったら」
「え、何を」
「適当だって」
何とも小難しい顔をする神代さん。
買い物なんて初めてですなんて訳はないだろうが、どれを選んだらいいのか困惑した様子。
「嫌い?」
「そういう訳じゃないけど。駄菓子なんて」
子供の買う物だ。という言葉が消えた台詞。
悪かったなと思いつつ、串に刺さったカステラを買う。
「ちっ。はずれか」
「当たったら、どうなるんです」
「もう一本もらえるじゃない」
「嬉しい?」
細かい子だな。
とにかくもう一本買って、彼女に渡す。
「安っぽい味だね」
ありがたみのない感想。
とはいえそんな事は、私だって分かってる。
これがいいのは、味よりもノスタルジックな部分。
それと、こういう所で食べるという事。
大勢の人に交じって、その騒ぎと一緒になって。
自分達も騒ぎながら。
「あ」
小さな声。
丸くなる瞳。
指差される、串の先。
赤く塗られた、小さな突起。
「やったじゃない」
「う、うん」
はにかみ気味の微笑み。
嬉しさを隠す子供のような。
素直じゃない、ぎこちない笑顔。
購買前に響く怒号。
咄嗟に神代さんをかばい、壁際まで下がる。
声の位置は、右前方。
対象は私達ではないと判断し、人垣に隠れつつ移動する。
「せ、先輩」
「あなたは、応援を呼んで。私は、暴れてる奴を抑えるから」
「え、でも」
「大丈夫。それと、危ないと思ったらすぐに逃げて」
軽く彼女の肩を叩き、呼び声を背に聞きつつ人垣をかいくぐる。
もみ合っている、数名の男達。
理由は、足元に転がっている小さなおもちゃか。
確か限定発売の、アニメか何かのフィギアだったと思う。
この場合はそのファンである場合と、転売目的の二通りがある。
今回は雰囲気から見て、後者の可能性が高い。
「動くな」
スティックを振り、暴れている連中の鼻先を薙ぐ。
即座に止まる動き。
ただお互いに向けられていた敵意は、自然とこちらへ向いてくる。
「誰だ、お前」
「誰だっていいでしょ。騒ぐなら、グラウンドでやってちょうだい」
「何だと」
私と取り囲む男達。
野次馬の中からも、何人か出てきた。
当事者だけでなく、買い手や出資者も現れたというところか。
「ガーディアンか」
「構うか。こんなガキ一人」
「おい。逃げるなら、今の内だぞ」
こっちの台詞を、先に言われた。
背後から伸びてくる手。
肩を下げてそれをかわし、前に出てきた顎に肘を当てる。
あっさりと、前のめりに倒れ仲間を巻き込む男。
それによって出来た隙間から外に出て、スティックを抜く。
「来るなら、早くしてよね。こっちは、遊んでる暇がないの」
「なんだと」
「この野郎。優しくしてれば、調子に乗りやがって」
誰が優しくしてたのか知らないし、知りたくもない。
とにかくここは、早く片付けるに限る。
「落ち着け」
静かな。
しかし周囲の注目を瞬間にして集める存在。
塩田さんは私の前に立ち、鼻で笑いつつオープングローブをはめた。
「こいつは、俺の管轄下にある。文句があるなら、俺に言え」
頼もしい、全てを委ねられる一言。
男達はしかし失笑気味に、塩田さんを睨み付ける。
女一人に、馬鹿がもう一人増えたというくらいの顔で。
「僕も混ぜてもらおうか」
影のように忍び寄る沢さん。
塩田さんもそうだが、気配すら感じさせない動き。
男達に、少しずつ焦りの表情が生まれ出す。
「俺にがたがた言っておいて、自分がこれか」
さっき同様、騒がしく現れる風間さん。
すでに警棒は抜いた後で、今にも振り抜かんばかりの勢いである。
「何か、面白そうだね」
明るい、爽やかな声。
振り抜かれる木刀。
しかし圧倒的な威圧感を込めて男達を睨み付ける右藤さん。
「大勢集まって、一体」
ため息混じりに私の後ろへ立つ阿川君。
ただ彼も、やはり警棒を抜いている。
「という訳だ。やりたい馬鹿は、今すぐ掛かってこい」
当たり前だが、掛かってくる馬鹿などいる訳がない。
それにしても、よくこれだけのメンバーが集まったな。
「合同訓練の会合が、そこであるんだ」
私の疑問に答えてくれる沢さん。
ただ、右藤さんはSDC。
つまりは、対傭兵に付いての会合という訳か。
「丁度いい。お前も来い」
結局は、カステラ一串の休息だった。
広い会議室に連れてこられ、末席の方でちんまりとする。
「どうぞ」
綺麗な女の子が運んでくるお茶とお菓子。
うわ。
「どうした」
「いえ、別に」
塩田さんに愛想良く微笑み、お茶をすする。
ここまで来て、またカステラとはね。
でもこれはしっとりしてて、コクもあってなかなか美味しい。
ああいう安っぽいのもいいが、こういう高級なのも悪くはない。
室内の正面。
ホワイトボードを背にした北川さんが、一礼して全員を見渡していく。
「全員が揃いましたので、早速ですが始めたいと思います。要旨は事前にお伝えした通り、学校外生徒への対策。皆様の率直な意見を、お聞かせ願います。また議事進行は、私が勤めさせて頂きます」
北川さんはもう一度頭を下げ、ホワイトボードに幾つかの数字を書き込んだ。
それはすぐに転送され、各自の前にある小型のモニターにも表示される。
「ご覧のように、我々が把握しているだけでもかなりの人数が流入しています。無論こちらとしては学校側に、編入する生徒の審査を厳しくするよう要請はしています。そのため教育庁から転校停止命令が出されている者に関しては、ほぼ流入は食い止められています」
それでも、結局は入ってくる訳か。
しかもこういった連中が学内で行動をすれば、自然とその勢力も伸びる訳だし。
やっぱり、片っ端から排除するしかないと思う。
「全員が悪いとは思わないけどね」
意外な事を漏らす沢さん。
言ってみれば彼は、対傭兵の最前線にいた人。
彼等の存在と行動については、ここの誰よりも詳しいだろう。
「言っておくが、擁護をする訳でもない。付和雷同とでもいうのかな。誘われてこの学校に来て、言われるままについやってしまうという者もいる。この辺の扱いを慎重にしないと、敵に回さなくていい者まで敵になる」
「どう判断するんでしょうか。自分から進んで動いている人間と、それに従ってる人間を」
「プロフィールから読み取るか、徹底的に観察するか。最終的には、自分の勘を信じるほか無い」
「それが外れたら?」
矢継ぎ早に尋ねる北川さん。
沢さんは普段通りの落ち着いた表情のまま、彼女をじっと見つめる。
「自分の不明を恥じればいい。それか、こういう役職には就かない事だ」
厳しい、辛辣な言葉。
だがそれに動じる者も、またいない。
「良く分かりました。他に、意見のある方は。どうぞ」
「傭兵だ何だって騒ぐけど、何か困ってる?」
この会合を根底から覆すような質問。
質問をした右藤さんは、やはり普段通りの気楽な態度で椅子に崩れている。
「ガーディアンじゃないからかもしれないけど。俺は、別に困ってないんだよね」
「クラブの方へ、やっては来ません?」
「来るよ。ガンガン来る。お陰で、毎日楽しめる」
後ろの壁に立て掛けられた木刀を指差す右藤さん。
この辺りは意見の相違と言うより、性格の違いだろう。
理解出来るとまではいはないが、考え方の一つとしてはあると思う。
「あなたは強いから、そう思うのでは?」
「どうかな。来る連中も、素人に毛が生えたような奴ばかりだし。大体あいつらだって、無差別に襲ったりする訳でもないんだろ」
「ええ。今の所は」
「仮にそうだとしたら、こっちも襲えばいいだけさ。いくら流入してるといっても、数としては圧倒的にこっちが多いんだから」
言葉に詰まる北川さん。
右藤さんはあくまでも、気楽な態度を崩さない。
自分の発言がどう捉えられるかも、気にした様子はない。
「いじめてどうするの。ごめんなさい、この子ひねくれ者だから」
「あのね。真由ちゃん」
「あなたはだまってなさい。私達SDCも、傭兵を排除するのには反対しない。ただ彼等をひとくくりにして放り出すというのも、どうかと思ってるだけなの。そんな事を言い出したら、元々この学校にいた生徒の中にもろくでもない連中は大勢いる訳だから」
そっとフォローに回る鶴木さん。
右藤さんはさらに椅子へ崩れ、暇そうに木刀を撫で始めた。
「傭兵と言うだけで彼等を悪と見なすのか。その行動を見て、判断するのか。でしょ」
「仰る事は、良く分かります。ただ実際に彼等がトラブルに関わる係数は、以前の在校生とよりも確実に高い数値となっています」
「そうね。私とあなたでは立場が違うし、受け取る情報も違う。だから彼等を問題視するのは、当然だと思う。でも、全員が全員悪いとは思わないでって言いたいだけ」
「その事は、私も十分に理解しています」
静かに、ささやくように返す北川さん。
それに対して微かに頷く、沙紀ちゃんと風間さん。
「分かってくれたならいい。私達は生徒会とも別組織だけど、問題があるとなれば協力は惜しまないわよ。組織としても、個人としても」
「ありがとうございます。それでは、他に意見のある方は」
小さく手を上げる池上さん。
彼女もここに呼ばれている一人。
その立場は、やはりかなり微妙だろう。
「私もその傭兵なんだし、あれこれ言うのもおかしいとは思うんだけど」
「いえ。お呼びしたのは私達ですから」
「そう。で、仮に連中とやり合うとして。どうする気?物理的に潰していくのか、他の手を使うのか」
「他の手とは」
興味を引かれたように、身を乗り出す北川さん。
池上さんは間を持たせるように髪をかき上げ、少しだけ顎を引いた。
「簡単な所では署名活動。学内への立ち入り禁止。奨学金の差し止め。銀行口座の停止と、IDの抹消とか」
「出来るんですか、そんな事が」
「え?まさか。そんな事が出来たらいいなって話」
すっとぼける池上さんと、彼女を肘でつつく舞地さん。
また彼女達なら、その程度は容易にやってのけるだろう。
「とにかく。そういう搦め手から攻める方法もあるって訳。ただ向こうは学校がバックにいるから、同じ事をやられる可能性もあるけれど」
「私達に対して、ですか?」
それこそ、まさかという顔。
池上さんは薄い微笑みで彼女を見つめ、視線を向かいの席へと向けた。
「忍者君なら、詳しいんじゃなくて」
「俺は忍者じゃない。ただ、今の話は十分にあり得る。なあ、中川さん」
「私に振らないでよね。彼女の言ったように、そういう金銭的な部分を突くのは有効かもしれない」
「傭兵、学校と対峙する場合にはですか」
質問と言うよりは、自分自身へ問い掛けるような口調。
中川さんははっきりと頷き、モニターにペンを近付けた。
「学校が生徒に支払っている、奨学金や手当。実際に大半は、学校維持費や運営費。それ以外の名目で再び学校に還流される。だからここを差し止められると、生徒は完全に支払い超過となる。無論、実家に余裕がある子はいいわよ。でもそうじゃない場合は、学校にもいられなくなる」
「向こうとしては、いつでも追い出せるという訳ですか」
「そこまでやると揉めるから、余程の事がない限りあり得ないだろうけれど。最低限の覚悟は必要ね。それか手っ取り早く、学校に寝返るか」
北川さんの隣りにある席。
俯いたまま、何も話そうとはしない局長。
中川さんは彼から視線を外し、気のない顔でペンを回し始めた。
「分かりました。他に、意見のある方は。……どうぞ」
「これは、対傭兵をアピールする集会なのか」
「それに近い部分はあると思います」
「今みたいなリスクを背負ってまで?本気か」
鼻で笑う風間さん。
彼の顔は、他の誰でもない。
塩田さんへと向けられる。
「嫌なら、退席した方がいい。今は軽い小競り合い程度で終わってる。だが、放っておくとどうなるか知ってるか」
「お前達が、刺激し過ぎたんじゃないのか」
「大人しく、言いなりになってればよかったって?それが出来れば、誰も苦労はしない」
「やってれば、苦労もしなかったんだろ」
普段とは違い、厳しい口調で責め立てる風間さん。
しかし塩田さんは少しも表情を変えず、顎を反らし気味に彼を見つめる。
「今、連中が出している各種規則の改正案を知ってるか。あれが施行されたら、どうなると思う」
「適当に守ればいいだけさ」
「そういう考え方もある。じゃあ、従わなかった場合はどうなると思う」
「考えた事無いな」
おそらく風間さんからすれば、なんでもない。
軽い冗談のつもりだろう一言。
塩田さんは少しだけ笑い、机の上に足を乗せた。
「下手をすれば、自殺者も出るぞ」
低い、恨みを込めた一言。
笑おうとしていた風間さんすら、笑顔を消す程の。
「俺達がやられた事だけを言ってる訳じゃない。他校で施行された改正案でその学校がどうなって、生徒がどうなったか。知ってる奴はいるか」
静寂と沈黙。
机の上で組み替えられる足。
「さっき言ってたのと同じだ。学校には入れず、金も止められる。学籍は抹消されて、全てが断たれる。人とのつながりもな」
続く沈黙。
それでも塩田さんは、話を続ける。
「確かに個々の人間は、普通な奴も多い。話せば良い奴と思える連中もいるだろう。でも命令されれば、奴らは動く。それこそ、言いなりにな。やれといった事は、何だろうとやる。それが傭兵だ。そして、それを雇ってるのが今の学校だ」
終わる会合。
塩田さんは一足先に退席し、その後は事務的な連絡のみに終始した。
私達の知らない事。
私達には理解出来ない、彼の中にある感情。
怒りと苛立ち。
それが傭兵や学校に向けられているのか。
この場にいた私達へ向けられているのか。
それとも、自分自身へか。
「本当に、馬鹿なんだから」
しみじみと呟く石井さん。
風間さんは拗ね気味に彼女を睨み、壁を拳で触れた。
「別に、傭兵がいいとは言ってない。ただ、何もかもが悪い訳じゃないだろ」
「はあ」
「俺だって、傭兵とは何度も出会った。嫌な記憶も、幾つかある。思い出したくないような事もな」
さっきの塩田さんに似た声。
重く、心の奥から絞り出すような。
「とにかく、何が何でも排除するってのは良くない」
「嫌な記憶があっても」
「良い記憶もあるんだ。第一あの沢だって、傭兵だろ」
「フリーガーディアンですけどね、あの人は」
ただ、広い意味では間違えてはいない。
言ってみれば、国に雇われているという立場だろうか。
「疲れ気味ね」
「私に裁けと言う方が、どうかしてるんです」
ぐったりとした様子でやってくる北川さん。
何しろ集まった人達が人達。
私なら、司会をしようとすら思わない。
誰も、させようとすら思わないだろうが。
「でも、良くやったわよ。偉い偉い」
「ありがとうございます。その代わり明日は、見学ですからね。助かりました」
「お前が仕切るんじゃないのか」
「現場の最高責任者はF棟隊長。風間さん以外に、誰が仕切るんです」
丁寧に会釈をする北川さん。
風間さんはもう一度壁を叩き、低い声で唸り出した。
「ご心配なく。訓練のスケジュールは完成していますから、後はそれを指揮するだけです」
「俺は、指揮官って柄じゃないんだぞ」
「話は明日聞きます。では、少し寝ます」
多少心配になったので、探してみる。
探して見つかる人でもないが、立ち寄る場所は幾つか知っている。
それで見つかるなら、モトちゃんは苦労してないが。
「また、ここは……」
建物の前に積まれた、廃材やゴミの山。
生ゴミは無い物の、決して楽しいとはいえない眺め。
許されるなら、一度これを片付けたいな。
「何だ、お前」
剣呑な物腰で声を掛けてくる男。
お前を呼ばれる筋合いもないので、真下からではあるが睨み付ける。
「怖い女だな。子供の来る所じゃないぞ」
逆に心配されたよ。
とにかく敵意は無さそうなので、へへと笑い建物を指差す。
「中に入りたいんだけど」
「あ?罰ゲームか」
面白い子とを言う人だな。
それとも、学内でそういうのが流行ってるのかもしれない。
「そうじゃなくて、人を探してるの」
「ここに、お前の知り合いがいるとも思えんが」
いつの間にか集まってくる、柄の悪そうな男に女。
どうでもいいけど、囲まないでくれると非常に助かる。
「何、この子」
「知らん。誰か探してるらしい」
「かくれんぼでもしてるのか」
「でも、ここの制服来てるぞ」
一体、何の詮索をしてるんだか。
とにかく埒が開かないので、人の隙間をくぐり抜けて建物に入る。
即座に前を塞ぐ、何人かの男。
右、左左、右とフェイントを掛けてそれも抜く。
しかし、中も汚いな。
照明も薄暗いし、壁も汚れてるし。
古い作りだけど、丁寧に使えばもっとよくなるのに。
「ま、待て」
「待たない」
構わず廊下を駆け抜けて、角を曲がって階段を駆け上がる。
後ろからは叫び声。
上からは幾つもの足音。
女の子一人に、何を大騒ぎしてるんだか。
何階か上がった所の踊り場で、完全に挟まれた。
壁際に隙間はなく、下も上も人ばかり。
強引に突破出来なくもないが、そこまでする必要もない。
「お、お前何者だ」
「さあ、誰かな」
小さな窓を開け、素早く窓枠に飛び乗り身を乗り出す。
当たり前だが、飛び降りる訳ではない。
後ろの叫び声は、どういう意図か知らないが。
腰からワイヤーを伸ばし、上の階の窓へフック。
すかさずウインチを巻き上げ、外へ脱出。
真下にはまだ人がいるが、私の事は気付いていない様子。
その間にも、景色は高くなっていく。
階段、窓、外。
これをもう一度繰り返し、ようやく目的の場所までやってくる。
「いないな」
今までのフロアとは違い、掃除の行き届いたロビー。
やや古ぼけてはいる物の、汚れの少ないソファーが幾つも並ぶ。
壁際には自販機も。
そして何より、全面ガラス張りになっている壁際からの眺め。
真下には学内の緑。
その先には、熱田神宮。
さらに視界を伸ばせば、宮の渡しまで見渡せる。
ただ、この眺めを見に来た訳ではない。
「いないな」
「いたぞっ」
叫び声と、幾つもの足音。
血相を変えた男女が、一目散に駆け寄ってきた。
「何よ」
「お、お前。ここで何してる」
「外見てるだけじゃない」
「ああ?」
息も絶え絶えに睨み付けてくる男女。
体は大きいのに、スタミナは皆無だな。
私もある方ではないけど、このくらい走れないようでは話にもならない。
「何をしている」
低い、落ち着きのある声。
一瞬にして周囲を黙らす威圧感。
大柄というだけでなく、その存在感は圧倒的である。
「こ、こいつが」
「お前らの手に負える相手じゃない。いいから、下に行ってろ」
「え」
「俺の知り合いだ。とにかく、戻れ」
広いロビーに二人きりとなる。
確か、何とかって言ったな。
「小坂だ」
私の疑問を読み取ってくれる小坂さん。
顔立ちは普通で、態度も物静か。
さっきみたいな事がなければ、人混みに紛れていても気付かないだろう。
「こう簡単に侵入されるようでは、対応を考えた方がいいな」
「対応って」
「学校の体勢が変わりつつある今、ここが放っておかれる訳もない。デモンストレーションと訓練を兼ねてここを襲う計画くらいはあるだろう」
やはりさっきの人達とは違う、先を見通した思考。
この人がここを束ねているのは間違いなく、またその責任も十分に実感しているようだ。
「一つ聞きたいんですけど」
「なんだ」
重い、沈んだ表情。
私を見ようともしない、細い瞳。
物思いに耽るような、翳り気味の横顔。
「ここって、掃除しないんですか」
少し揺れる体。
私をまじまじと見つめる、細い瞳。
呆れているとは、思いたくない。
「だって、汚いから」
「そういう事をやる連中に見えるか」
「だから、やらせるんじゃないんですか」
「もういい。塩田」
人差し指を手前に引く小坂さん。
すると柱の影から、その塩田さんが現れた。
もしかして、ずっとあそこにいたな。
「探したんですよ。何してるんです」
「お前同様、強行突破さ。俺の場合は、気付かれなかったけどな」
「悪かったですね。どこでも大騒ぎして」
「分かってくれればいい。俺は、少し休ませてもらう」
ため息混じりに歩いていく小坂さん。
もしかして、私に疲れたとか言うんじゃないだろうな。
「俺も、さっきのが言い過ぎなのは分かってる」
窓際に立ち、外を眺める塩田さん。
窓に映る、彼の顔。
さっきの小坂さんのような、翳りと憂いに満ちた。
つまりは、過去を振り返る表情。
「ただ結局は、大山が言ってように個人的な感情で俺達は動いてる。実際に管理案が施行されても、困らない奴もいる訳だしな」
自嘲気味な呟き。
窓に触れる、大きな手。
「やりたいからやる。ただ、それだけさ。強制はしないし、する必要もない。俺達の方が正しいと、決まってる訳でもない」
「でも」
「生徒会や学校の言う通りにしてれば、金は入るし将来も有利になる。この3年間を我慢すればな。目先の3年と、これからの将来。どっちを取るかって言われてみろ」
窓の外へ向けられ続ける視線。
かつて、ここにいた屋神さんがそうだったんだろうか。
自分の地位も将来も捨て、仲間とも別れ。
それでも自分の信念を貫いた。
その後輩だからという理由で、彼はここにいる。
「それはともかく、ここにはふらふら来るな」
一転した、明るい口調。
振り返る、優しい笑顔。
「探してたんですよ、私は」
「ここは、悪い連中の巣穴なんだぞ。まあ、お前がどうこうされるとは思わんが」
じゃあ何だ。
私が連中を、どうこうするって言いたいのか。
「さっきも小坂に、馬鹿な事聞いてるし」
「馬鹿って。汚いから、掃除するのは当たり前じゃないですか」
「あいつは、屋神さんの事でも聞かれるかと思ってたんだろ。それが、掃除って。こっちが恥ずかしくなった」
鼻で笑い、階段に向かって歩き出す塩田さん。
私も慌てて、その後を追う。
さっきとは違い、すれ違う人は視線を向けてくるだけで何も言わない。
こちらを探るような、鋭い眼差し。
微かなささやき。
それらを破る、下からの怒号。
「ほら見ろ」
「へ」
「下の騒ぎ。ああなるから、来るなって言ってるんだ」
「私には、何も関係ないでしょう。ただ、勝手に」
手すりに手を掛け、階段の隙間から下を覗き込む。
武器を持って大騒ぎしている、何人もの男。
それと対峙する、背の高い男の子。
「わっ」
「ほら見ろ、早く行け」
「は、はい」
手すりを飛び越え、階段を3段抜きくらいで駆け下りる。
怒号と悲鳴。
それを引き起こしている、ショウの元へ駆けつけるために。
きっと、私を心配してくれた彼の元へ。
薄赤く染まる窓。
上から聞こえる、小さな足音。
下の騒ぎとは対照的な、寂しさすら感じさせる。
理由。
意味。
私には分からない事。
そして私は、何が分かっているというのだろうか。




