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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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    24-3




 再び叩かれるドア。

 顔を見合わせ、今度もまたケイが出る。

「どなたです」

「どなたもこなたもないのよ。開けて」

 さっきとは違う意味での、横柄な態度。

 ケイの開けたドアから、颯爽と入ってくる池上さん。

 ただ荷物を持っている様子はなく、開けるのが単に面倒だけだったようだ。

「襲われたって聞いたけど、普通ね」

「ああ。こいつが、金を巻き上げられただけです」

「玲阿君が?どうして」

「悪知恵を身に付けたようですよ」

 簡単に説明される経緯。

 池上さんは下からじっとショウを見上げ、小首を傾げた。

 すっと横に流れる前髪。

 上目遣いの綺麗な瞳。

 何か、むかつくな。

「熱でもあるの。浦田君みたいな真似して」

「いや、別に。俺も、見てるだけじゃどうかと思って」

「ふーん、成長してるのね」

 私を見るな、私を。

「で、用はそれだけ?」

「愛想のない子ね。先輩、お茶どうぞ。とか言えないの?」

「言えないの。たまには、仕事でもしたら」

「来年考えるわ」

 来年って、卒業してるんじゃないのか。

 いいけどね。もう一年やってもらっても。

「映未さんだけですか?」

「名雲君達なら、もうすぐ来るわよ。銃の用意してたから」

「誰を襲う計画でも?」

「それも面白いけど。銃の配備が公式になったから、身を守る術としてね。お互いが武装しあうのはどうかと思うけど、そうしないと落ち着かないらしくて」

 肩をすくめる池上さん。

 ただその口振りからすると、彼女は持っていないようだ。

「ん、私?私はそんなの必要ない物。ほら、綺麗だから向こうが遠慮しちゃって」

「馬鹿じゃない。私なら、真っ先に狙うけどね」

「子供は黙ってなさい」

 子供って、自分だって子供じゃない。

 いや。外見は大人だけどさ。

 立ち振る舞いとかも。

 じゃあ、私はいつ大人になるのかな。

 というか、大人になるの?


 少し思い悩んでいると、その名雲さん達がやって来た。

 ただ別に、普段と変わりがない感じ。

 肩から銃を提げてもないし、振り回すような事もない。

「銃は」

「ほら」

 黒の革ジャンがまくられ、懐のフォルダーが見える。

 かなり大きめの、ただ服の上からは分かりにくいサイズ。

 名雲さんはそれを抜き、テーブルの上へ置いた。

「無くてもいいんだけどな。好き勝手に撃たれるのは、趣味じゃない」

「危ないだろ」

「お前にみたいに強ければ、必要ないさ。そうじゃない奴は、武装する。でもって治安が悪くなる。連中も、一応考えてはいるな」

 鼻で笑う名雲さん。

 ショウはあくまでも嫌そうに、銃を睨み付けている。

「それに抑止力の面もある。こっちも持っていると分かれば、向こうも迂闊には仕掛けてこない」

「別に、あいつらとやり合う訳じゃないんだろ」

「理屈としては。まあ、お前には分からん話だ」

 子供を慰めるような笑顔。

 ショウはさらに憮然とした顔をする。

 この辺りは、私にもよくは分からない。

 彼等と、例の執行委員会との関係。

 彼等の契約。

 その心の内は。

「弾は入れてないけどね」

 名雲さんのより、さらに小さい銃を取り出す柳君。

 それを手にとって、振ってみる。

 振る事の意味はともかく、かなり軽い。

「弾が入ってないなら、意味ないんじゃないの」

「持ってる事に意味があるのよ、こういう場合は。ユウだって、無闇に人へ殴りかからないでしょ」

「それはそうだけど」

「力を持つだけで、どうにかなる事もある。あなたも銃も、使い方次第なの」

 あまり面白くない例え方をするサトミ。

 大体私は、そこまでの力はないし危なくもない。

 多分。

「お前達は持たないのか」

「自分を撃つのがオチですから」

「鈍いもんね、サトミ」

「あなたなら、撃ってもいいのよ」

 二人で陰険にやり合い、銃を取り合う。

 とはいえ相手に向ける事はなく、ケイへと狙いを定める。 

 何も決めた訳ではないのに、この辺はお互いよく分かってる。 

「銃口を人に向けるな」

「じゃあ、誰に向けるのよ」

「あなた、人だった?」

「くっ。待ってろよ」

 ロッカーへ駆け出すケイ。 

 何をするかと思ったら、例のショットガンを取りだした。

 この男、いつの間に。

「みんな殺して、俺も死ぬ」

 銃を構えて吠えるケイ。

 ゴム弾だよ、ゴム弾。

「あなた、それどうしたの」

「風間さんが持ってると危ないからって、丹下から渡された」

「あなたに預けても、同じじゃなくて」

「悪かったな」

 横から弾を込めるケイ。

 いや込めようとして、弾を床へ落とす。

 それを拾い損ねて、抱えていた銃で頭を打つ

 でもって床に転がり、動かなくなった。

「君は、何がしたい訳」

「いや。俺にもさっぱり」

「危ないな。玲阿、お前が保管しろ」

「ああ」

 さすがに彼もそう思ったのか、ケイから銃を取り上げ自分のロッカーへと放り込んだ。

 転がったままのケイは放っておいて。

 まあ、優先順位を考えればね。

「あれは。猫女」

「真理依?さっきまでいたのに」

「おかしな連中に絡まれてるとか。ほら、最近多いから」

「それは無いと思うけどね。でも、探しに行こうか」

 素早く銃をしまう柳君。

 名雲さんも銃をしまい、腰に提げている警棒を確かめる。

「池上さんは?」

「任せる。それより、お茶頂戴」


 友達って言葉を、たまに考えたくなる。

 信頼、という言葉も。

「どこにいるのかな」

 自販機の裏を覗き込み、ジュースが出てくる場所も確認する。

 どうもここにはいないようだ。

「あの、雪野さん」

「冗談だって。その辺で、また猫と遊んでるんじゃない?」

「確かに、気にする程でも……。無くもないか」

 薄い笑み。

 酷薄に緩む口元。

 名雲さんの視界の先に見える、何人かの男。

「あいつ」

「どうした、お前も知ってるのか」

「神代さんを脅そうとしてた。じゃあ、名雲さんは?」

「昔、ちょっとな。よく、俺の前に顔を出せたもんだ」

 普段とは違う、剥き出しの敵意。

 側にいるのが苦しい程の威圧感。

 過去の経緯は知らないが、おおよそは理解出来る。

「よう」

 あごを反らし、声を掛ける名雲さん。

 男は一瞬身構え、すぐに彼を睨み返した。

「この野郎。どうして、ここに」

「それは、俺の台詞だ。また、腕でも折られたいのか」

「俺が、あの時と同じと思うなよ」

「馬鹿さ加減に、磨きをかけたみたいだな」

 挑発的な台詞。

 表情を険しくした男は、しかしすぐに鼻で笑った。

 名雲さんをではなく、その後ろにいるショウを見て。

「おい、金は用意したか」

「え、ああ」

 素直に返事をして、幾らかのお金を渡すショウ。

 呆然としてそれを見つめる名雲さん。

 男はお金を振って、その名雲さんを振り返った。

「今日は、これで勘弁してやる。次は覚悟しろよ」

「誰に言ってるんだ、お前」

 低い、心の奥まで突き刺さるような声。

 喉元を動かす男。

 一歩前に出る名雲さん。

 男は慌てて、二歩下がる。

「ば、馬鹿の相手をしてる暇はない。じゃあな」

 振り返りもせず、一目散に逃げ出す男達。

 名雲さんは懐に一瞬手を当て、すぐに舌を鳴らした。

「お前、何やってるんだ」

「さっき話しただろ。自分こそ、何言ってるんだ」

「ああ。……しかし、あいつらとは聞いてないぞ」

「昔の事情までは聞いてない」

 控えめに告げるショウ。

 名雲さんはもう一度舌を鳴らし、取り出した銃に弾を込めた。

「昔軽く揉めただけで、それ程大した事じゃない。でも、お前の方なんだ」

「とにかく、俺も一応は考えてる。少しは、抑えてくれ」

「お前にそう言われるようじゃ、俺も終わったな」

 鼻で笑う名雲さん。

 多少やけ気味に。

 ただどこか、頼もしそうに。

「それはいいんだけど、舞地さんは」

「柳が探すだろ。俺は、もう疲れた」

 おざなりに手を振って、私達の前から去っていく名雲さん。

 私はそれを見送り、ショウを見上げる。

「色々、問題があるみたいね」

「今さらって話だろ。しかし、もう金が無いぞ」

「分かった。お姉さんに任せなさい」




 あられの空き箱と、白紙の紙とペンを用意する。

 で、それを端から回していく。

「金額と名前を書いて。当然、お金も入れて」

 放り込まれるお金。

 紙に書かれる名前と金額。

 集まる集まる。

 何というのか、持ち逃げしたくなるくらい。

「少ないな」

 金額の欄に目を通し、ぽつりと呟くケイ。

 私の聞き間違いでなければ、少ないと言ったようだ。

「蔵が建つとは言わないけどさ、十分あるじゃない」

「甘っちょろいですな、雪野さんは。この手の恐喝は、大抵がエスカレートする。昨日より、今日。今日より明日。最低でも、倍々と考えてもらわないと」

「詳しいね。経験あるの」

「まあ、色々と。とにかく、もう少し集めたい」

 視線を散らせるケイ。

 鋭く険しい視線を返すみんな。

「何だよ」

「お金は、もうないの」

 財布を逆さにして振るモトちゃん。

 出てきたのは、名雲さんの写真くらいか。

 へっ。

「だ、だから、他を当たって」

「馬鹿ね。その名雲さん達は?この間のカードから融通はしてもらえないの」

 サトミの問いに首を振るケイ。 

 何となく、むっとした顔で。

「あの連中に期待しても仕方ない。スッポンだな、あれは」

「だったら、手は一つしかないんじゃなくて」

「まあね」

 意味ありげに視線を交わす二人。

 この辺で、ようやく私もその意図に気付く。

「嘘でしょ」

「本当だよ。という訳で、玲阿君よろしく」



 自警局・局長補佐室。

 そのデスクから私を見上げる矢加部さん。

 かなりの優越感を漂わせた顔で。

「幾ら必要なんですか」

「え、えと。いくらかな」

 耳元でささやくケイ。

 その言葉通りの数字を返すショウ。

 矢加部さんは彼へ向かって可愛らしく微笑み、カードを差し出した。

「では、その分だけ引き出して下さい」

「助かるよ」

「いえ。お返し頂くのは、いつでも結構ですから」

「いい事聞いた」

 ぽつりと呟くケイ。

 矢加部さんは彼にも向かって微笑んだ。

 かなり酷薄な表情で。

「金利の支払いは、その時で結構です」」

「暴力団よりあくどいな」

 それでも書き込まれるサイン。

 一体この子は、相手から幾らむしり取るつもりなのかな。

「矢加部さん、さっきの資料を……」

 部屋に入ってきた途端、気まずそうな顔をする局長。

 こちらは気まずい事は無く、相手にもしたくない。

「行こう」

 みんなを促し、ドアへ向かう。

 話す事はないし、話す気もさらさらない。

「あ、あの」

「何」

「い、いえ」

 素早く話を断ち切らせ、振り返る事無くドアをくぐる。 



 こう考えると、矢加部さんとの感情とはまた別だな。

 彼女に対しては個人的な部分だが、彼に対してはもっと別な感じ。

 私個人ではなく、学校という枠での。

 それはともかく、腹が立つ事には変わりない。

「あーあ」

 マットの上にちょこんと座り、ため息を付く。

 せっかくの体育の授業だけど、気が乗らない。

 やっぱり、自警局に行くのは問題だな。

「やっ」

「せやっ」

 間の抜けた声を上げて、組み合うサトミとモトちゃん。

 服はジャージで、腰には太めの布。

 マットには、丸い円が描かれている。

「うわっ」

「わーっ」

 あくまでも間の抜けた声。

 腰の布を掴み合い、必死の顔で押し合う二人。

 少しして足をもつらせ、ばたりと倒れる。

 荒い息、上気した顔。 

 顔に掛かる長い前髪。

 足は絡み合い、腕はお互いの体に掛かったまま。

 何というのか、目の毒だな。

「恥ずかしいよ、二人とも」

 反応もせず、這うようにしてマット上を移動する二人。

 おおよそ、友達とは呼びたくない姿だな。


「きゃーっ」

 悲鳴と鈍い振動。 

 ふと視線を動かすと、隣のマットで女の子が倒れていた。

 その上にのし掛かる、大柄な女。

 大柄過ぎると言ってもいい。

「へっ」 

 鼻で笑い、短いおかっぱの髪をかき上げる女。

 いかにもこの競技に向いてる丸々と育った体型。

 つまりは、相撲に。

「相手にならないんだよ。馬鹿が」 

 侮蔑気味な口調と態度。

 相手への思いやりの欠片もない。

 当然周囲の雰囲気は悪くなるが、むしろそれを楽しむ様子。

 また、それなりの自信があるのだろう。

「他にいないの?」

 やはり前に出る子はいなく、誰もが視線を伏せるか場所を移動するだけ。

 今のを見て、やりたいと思う子がいる訳もない。

「所詮草薙高校も、この程度か」

 嘲笑。

 見下した視線。

 おごった顔。

 だが視線は、女には集まらない。


「な、何よ」

 いつの間にか、回りを取り囲まれた。

 熱く、怒りに満ちた視線と共に。

「雪野さん」

「あなたしかいない」

「頑張って」

 口々に声を掛けてくる女の子達。

 そういう事は、私の体型を見てから言って欲しい。

「あのね。向こうが、私の何倍あると思ってるの」

「さっきの台詞聞いたでしょ。学校が馬鹿にされているのよ」

「ほら。遠野さん達も何か言って」

 うつ伏せになったまま、手だけを振る二人。

 意味が分かってるんだろうな。

「弱い奴は泣いてればいいんだ。馬鹿が」

 人垣の向こうから聞こえる台詞。

 なる程、そういう考え方か。

 よく分かった。

「まわし巻いて」

「分かった。ほら、早く」

「了解」

「ちょ、ちょっと」

 激しく、コマのように回される私。

 いや。確かに早く巻けるけど、勝負にも負けるんじゃないの……。



 当然目を回すような事はなく、視線を一点に定めてブレをなくす。

 このくらい出来ないようでは、階段の上で飛び跳ねたり出来ないし。

「何だ、お前」

 真上からの声と視線。 

 こちらが見上げても、首が疲れるだけ。

 異様に突き出たお腹の方が、目に入る。

「うるさいな。やるの、やらないの」

「じゃあ、ハンディだ。片手だけでやってやる」

「あ、そう。だったら、私は手を使わなくていいよ」

「この馬鹿が。本気でやるからな」

 後ずさる女。

 助走を付けて、一気に突き飛ばす気だろう。

 好きにしろと言いたいし、こっちも好きにやらせてもらおう。

 体を解していると、マットの回りに人が集まってきた。

 女の子達だけでなく、離れた所にいた男の子達も。

「おい。賭けようぜ」

「オッズは」

「玲阿」

 声を掛けられるショウ。 

 すぐに見えてくる彼の顔。 

 苦笑というか、仕方ないなといった様子の。

「1:5か。1:10でもいいけどな」

「分かった。雪野さんが10で、そっちが1だ」

「どんどん賭けろ」

「おい、ちょっと待て」

 ショウの制止をよそに、一気に盛り上がっていく体育館内。 

 ただでさえ面白そうな見せ物に、お金が絡めば当然だろう。

「面白くなってきた」

 ハゲタカか、それとも悪魔か。

 この世の悪を凝縮したような顔でケイがやってきた。

「これでまた、金が増える」

「どっちに賭ける気」

「言うまでもない」

 肩を揺らせて、胴元に近付くケイ。

 もしかして、この子が仕組んだんじゃないだろうな。


「誰か、行司やれよ」

「玲阿……、は駄目か」

 彼の能力は、誰もが疑わない所。

 ただし彼の心情を考えたら、向いてはいない。

「だったら、俺が」

 苦笑気味に手を上げる七尾君。

 彼の能力も、疑う者は無い。 

 関係として私に近いとはいえ、こちらよりの判断をするタイプでも無いだろう。

「じゃあ、蹲踞して」 

 マット上へ引かれた二本の平行線越しに対峙する私達。 

 冗談抜きで、小山を見上げている感じ。 

 向こう側は何も見えないし、このままでも押し潰されそうな気分。

「はい。見合って」

 腰を落とし、左手をマットの上に置く。

 右手を徐々に近付け、息を止める。

 しかし私が手を付く前に、相手が突っかけた。

 微妙だが、明らかに早い立ち会い。

 横目で七尾君を見るが、止めない様子。 

 また止めた所で、止まらないだろう。



 飛んできた張り手をヘッドスリップで避け、右へ回る。

 機敏な動きで向きを変え、張り手を繰り出す女。 

 早いが当たる事はなく、十分に見える速度。

 出せばいいというものでは無いし、当たらなければ意味がない。

 取りあえず下から手をあてがい、全てを外す。

 まずいと思ったのか、さらに下へ向かってくる張り手。

 その手が水平になり、指が目元へと飛んでくる。

 故意としか言いようのない動き。

 もう一度横目で七尾君を確認するが、動く気配なし。 

 すかさず頭を下げ、額で受ける。

 拳でも骨折させる部位。 

 指なら、ひとたまりもない。

 すぐに上がる悲鳴。

 手が押さえられたのを見て、即座に懐へ滑り込む。

 そこへ、下からの肘。  

 かち上げというよりは、肘で顎を狙う感じの。

 それにも手をあてがい、上に上げさせて前みつを取る。

「馬鹿が」

 上から聞こえる声。 

 のし掛かってくる体重。 

 後は何もせず、ただ倒れ込んでくるつもりだろう。 

 どっちが馬鹿なのかは、この後分かる。


 さらに腰を落とし、両手を離して太ももを取る。

 次に首を股の間に入れて、体を反らす。

 腰に掛かる負荷。 

 つまりは持ち上がる体。

 腰と膝に力を入れて、さらに体を反り返す。

 鈍い振動と悲鳴。

 さっきと違うのは、倒れているのが当の本人という事。

 また自分の体重があだとなり、動く事もままならないといった様子。

 こっちはブリッジを解いて、もう一回転してマットの上に舞い降りる。

「雪野やまー」

 体育館に響く、間抜けな勝ちどき。

 すぐに上がる、女の子達の拍手と歓声。

 逆に男の子達は、悲痛な叫び声の方が多い。

「お、おい。ま、負けたぞ」

「当たり前だろ。ユウが1で、相手が10だ。話は最後まで聞け」

 何を今さらという顔をするショウ。

 おそらくは相手に賭けた子達は、釈然としない様子で払い戻しされるお金を眺めている。

「ちょっと、七尾君。反則じゃない」

「相手に大怪我させないための行司だよ。雪野さんが勝つのは、分かってたんだし」

「だって」

「俺を横目で見るくらいの余裕があるんだから。とにかく、俺も儲かった」

 笑いながら去っていく七尾君。

 何か、いいように利用されてる気がしてきた。


「馬鹿」

 小さな、私にしか聞こえないくらいの呟き。

 振り返ると、キャップを取った舞地さんが立っていた。

「誰が?大体、どこにいたの」

「私は何かと忙しい」

「何が」

「猫に餌をやったり、花に水をやったり」

 お嬢様か、この人は。

 いや。そう言えば、舞地財閥の長女だったな。

「大人げないというか、可愛げがないというか」

「あ、あの女がふざけた態度だったから」

「場を丸く収めようとは思わないの。ああ、その分顔が丸いか」

 即座に距離を詰め、右下手と左上手を掴む。

 舞地さんも同様に。

 完全ながっぷり四つ。

 組み合った瞬間に分かる、相手の力量。

 さっきの風船女とは訳が違う、柔軟さと隙のなさ。

 それでも右足を絡め、体を預ける。 

「うっ」

 引きつけられる腰。

 仰け反る体。

 さっきならともかく、立った体勢で腰が伸びた状態。 

 一気に出て来る舞地さん。

 俵に付く土踏まず。

 下からのがぶりより。

 逆にそれを利用し、まわしを引き上げて体をひねる。

「やっ」

 乾坤一擲のうっちゃり。 

 宙に浮く、二人の体。

 それでもお互い相手の上に行こうと、浮いたままもがく。


「ぐっ」

 そんな事してるから、顔から落ちた。

 隣でも同じような声が聞こえたので、舞地さんも落ちたんだろう。

「ど、どっちが勝った?」

 視線を逸らすギャラリー。

 七尾君はすでにいなく、サトミとモトちゃんはマットに伏せたまま。 

「じゃあ、いいや。私の勝ちで」

「子供は気楽でいい」 

 鼻を鳴らし去っていく舞地さん。

 もう一度飛びつこうとも思ったが、それこそ子供なので止めた。

「何してるの」

「いや。勝てないんで、ちょっと」

 大きな体で、マットの隅に正座する御剣君。

 この子が勝てないなんて相手は、そうそういない。

 逆を返せば、相手は容易に想像が付く。

「じゃあ、俺がいい事を教えてやる」

 また来たな。

 こういう姿を見ると、間違いなく悪魔は存在すると思えてくる。

「いいか。とにかく、右足を攻めろ」

「え、どうして」

「怪我してるから」

「そんな事言われても」

 不服気味な顔。

 つまりは、実力で勝ちたいと言いたげな。

「勝負に卑怯も何もない。勝つか負けるか、それだけだろ」

「そ、それは」

「分かったか?分かったなら、行けっ」

「お、おう」

 肩を強く叩かれ、弾けるように立ち上がる御剣君。

 ケイはショウと対峙した彼を、半笑いで眺めている。


 すぐに始まる試合。

 指示通り、右を攻めていく御剣君。

 ショウもたやすくは下がらない。

 しかし御剣君は、愚直に右だけを攻めていく。

 足を絡め、肩を押し、腕を押す。

 傾く体。

 浮く左足。

 腕が掴まれ、内股気味に足が跳ね上がる。

 腰に乗って宙を舞う体。

 呆然とした顔で立ち尽くす御剣君。

 マットに横たわり、苦笑しつつ彼に手を差し伸べるショウ。

 辛勝ではあったが、間違いなく御剣君の勝ち。

 相撲という限定された勝負とはいえ、彼が勝ったのを見たのは数える程しかない。

「いつ怪我したの」

「怪我して負ける柄じゃない。でも、勝った。要は自信だよ」

 鼻で笑うケイ。

 またその言葉通り、御剣君はショウに勝った。

 暗示、思い込み。

 例え方はともかく、紛れもなく彼の実力で。

「ああいう事もするんだね」

 くすくすと笑う木之本君。

 ちなみに彼は、ああいう事しかしない。

「玲阿四葉最強、というのがどうもね。オッズの関係上、たまには負けてもらわないと。こっちの賭けにも影響する」

 要は相手へ賭けさせるためのブラフか。

 やっぱりこの子は、信用出来ないな。

「じゃあ、雪野さんは?」

「さっき見た通り。放っておいても、みんな相手に賭ける」

「悪い事ばかりやってるね」

 ただ言葉とは違い、咎めるという様子はない。

 本当に彼が悪いと思ったらどうなるかは、ケイもよく知っている。

「神代さんの件は、大丈夫?」

「さあね。本人が何を考えてるかもよく分からないし。女心は、俺には理解不能です」

「そういう問題でもないと思うけどね。みんな、頑固だから」

 こちらへ流れてくる視線。

 ちなみに私は頑固じゃないし、理解不能でもない。




「嫌だ。絶対これ」 

 購買の前でひょろ長い棒をひったくり、力強く抱きしめる。

 誰が何と言おうと譲らない。

 これと決めたからには、もう。

「じゃあ、買いなさい」 

 諦め気味に呟くサトミ。

 言われなくても買うっていうの。

「へへ」

 お金を払い、肩に担ぐ。

 意味はない、意味がないから面白い。

「大体、これをどうする訳」

「食べるに決まってるじゃない」

「理解不能ね」

 どっかで聞いた台詞だな。


 どこで聞いたかは気にせずに、オフィスへ戻って包丁で切る。

 断面から滴る汁。

 その断面を口に含み、軽く噛む。

 程良い、控えめな甘さ。

 懐かしいような、ほっとする味。

 やっぱりサトウキビは美味しいな。

「甘いだけじゃない」 

 無味乾燥な答え。

 こういう子には、なにを食べさせても意味がない。

 大体普段いい物ばかり食べてるから、こういう物の価値が分からないんだ。

「甘いな」

 がじがじとかじっていくショウ。

 この子も普段いい物ばかり食べてるはずだけど、不平不満は聞かれない。 

 というか、もう食べたのか。

「くれよ」

「くれって、食べたじゃない」

「もっとくれ」

 餓鬼か。

 仕方ないので残っていた半分を、もう半分にして彼に渡す。

「甘いな」

 もう分かったっていうの。

 しかし、繊維はちゃんと捨ててるんだろうね。

「あのさ。繊維は?」

「船の医者の事か」

 冗談を言ってる様子ではない。

 これ以上質問しても無駄なので、適当に頷き自分の分をかじる。

 食べて死ぬ物でもないし、いいんだけどね。

 食べる物でもないと思うけど。

「くれよ」

「もう駄目」

「じゃあ、買ってくる」

「お金あるの」

 ドアのまで止まる足。

 そういう残念そうな顔をされても困る。

 寂しげで、切なそうな顔を。

 それも、サトウキビ一本で。

「もう、これで最後よ」

 残りの分を冷蔵庫から出して、彼に渡す。

 ショウはそれを受け取り、喜々としてかじりだした。

 動物園の熊って、こんな感じかな……。



 仕方ないので、追加を探す。

 さっき同様、壁に立て掛けられたサトウキビの束。

 当たり前だが、需要はかなり少ないようだ。

「済みません。これ下さい」

「買うんですか」

 さっきも買ったじゃないという視線を向けてくる、購買の職員。

 サトウキビ大好きなんですというのも馬鹿馬鹿しく、適当に頷いてお金を払う。

 しかし、結構重いな。

「行商ですか」

「笑ってないで、手伝って」

「あ、はい。しかし、これだけ買い込んでどうするんです」

 細い割には、軽々とサトウキビの束を担ぐ小谷君。

 こっちは一気に軽くなったので、取りあえず壁にもたれて一息付く。

「あの。俺もそれなりには重いんですが」

「じゃあ、オフィスに運んで。とにかく、疲れた」

「購買から、どれ程も離れてませんよ」

「私には、これが限界なの」

 一旦戻ってペットボトルを買い、それを飲みつつ横に並ぶ。

 後ろに立つと、間違いなく顔に当たるので。

「最近、変な奴が多いね」

「雪野さんが、壁際まで吹き飛ばした女とか?」

 相変わらず、耳が早いな。

 しかも、大袈裟に伝わってるし。

「後ろに放り投げただけ。ああいうは、どんどん取り締まったら」

「学校がバックにいると分かってるので、腰が引け気味なんですよね」

 苦笑する小谷君。

 じゃあ、私は一体何なんだ。

「学校だろうとどうだろうと、好き勝手にさせて言い訳無いでしょ」

「中には、例の執行委員会のメンバーもいるんですよ。つまりは、生徒会の上部組織が。それに逆らうのは、結構大変ですよ」

「分かるけどさ。向こうも生徒、こっちも生徒じゃない」

 壁を叩き、もう一度叩く。

 一体何がどうなって、こういう状況になってるんだろう。

 ついこの間までは、自分の事さえ考えていればよかった。

 それとも、自分の友達の事だけを。

 だけど今は違う。

 余計な事に煩わされ、問題ばかりが積み重なっていく。

 それも自分の意思とは関係なしに。

「どうなのかな」

「何がですか」

「いや。このままでいいのかどうかって事」

「俺に言われても」

 確かにそうだ。

 彼は生徒会のメンバーであり。

 なおかつ、局長の部下かつ後輩。

 その立場と心情は、私以上に複雑だろう。

「何か、いい手は無いの?」

「さあ。あれば、誰かがやってるんじゃないんですか」

「やりたくないだけじゃないの」

 そう答え、ふと考える。

 その言葉は、そのまま自分に戻って来るのではと。

「どうかしました?」

「ん、別に。一本、持ってく?」

「こんなの、何使うんです」

 不思議そうにサトウキビの束を見つめる小谷君。

 この子は、今までこれを何だと思ってたのかな。



 直接オフィスに持ち込むとまずいので、残りの分はよそに隠す。

 取りあえず一本の1/4をショウに渡し、その残りも隠す。

 子供の相手をしてるみたいで、ちょっと疲れた。

「元気ないわね」

「そう?」

 顔を覗き込んできたサトミに微笑み返し、配信された業務連絡をチェックする。

 特に急ぎの用はなく、もしくは私に関係ない事ばかり。

 ただ一つ。

 「学校外生徒の流入に関して、警戒する事」

 これだけが、気に掛かる。

 無論、私が何か出来る訳ではない。

 何の要請もない。

 だからこそ、余計に。

「あの」

 ドアの隙間から、そっと顔を覗かせる神代さん。

 何かあったのかと、室内に緊張が走る。

「どうかした」

 普段通り、気のない感じで問い返すケイ。

 神代さんは遠慮気味にドアをくぐり、中へと入ってきた。

「こ、この子が、ここに入りたいって言うんですが」

 神代さんの後から入ってきたのは、背の高い女の子。

 服は制服。 

 それも例の学校が最近導入した古いデザインのタイプ。

 綺麗だが、きつい顔立ち。

 私から見ても、何かの意図を感じる表情。

「神代さんの知り合い?」

「え、ええ」

 さまよう視線。

 小さくなっていく声。

 色々追求したい所だが、ここはもう一人をチェックする方が先か。

緒方おがたと申します。何でもやりますので、お願いします」

 悪びれず頭を下げる女の子。

 神代さんとは逆の、自信と勝ち気な顔。

「じゃあ、白みそ5トン買い付けて来て」

「え?」

「分かったよ。だったら、赤みそでいい」

 ケイの頭をはたき、緒方さんの前に立つサトミ。

 愛想よく、親しみに満ちた表情で。

「あなたの気持ちは嬉しいんだけど。ガーディアンの資格を申請してくれるかしら。まだ、資格はないでしょ」

「ええ」

「神代さん。モトの所へ案内してあげて」

「は、はい」


 のんきにお茶をすするサトミ。

 ケイに至っては、寝始めた。

「いいの、あれで。どう考えても、怪しいじゃない」

「だまし騙されよ、こういうのは。小谷君の場合とは違って、そう簡単ではないだろうけど」

「面白くないな」

「いいから、マニュアル持ってきて。ついでにユウも、一緒に勉強する?」 

 あくまでも気楽なサトミ。

 勿論彼女に任せておけば、問題はない。 

 ただ、そういう連中と一緒にいるのは気が進まない。

「どう思う?」

「俺にそういう事を聞かれても困る」 

「あ、そう。少しは、考えてよね」

「考えてどうにかなるなら、苦労してない」

 サトウキビをかじるショウ。 

 本人は深刻なんだろうけど、どうもいまいちだな。

「あー」

「叫ぶなよ」

「叫びたいの」

「好きにしてくれ」

 じゃあ、叫ぶ。

 でもって、誰も止めないので止めた。

 ますますストレスが溜まってきたな。

「プロフィール無いの。今の子の」

「名前も聞いてないのよ。データベースで調べてみたら」

 なるほどね。

 えーと。

 背が高くて、綺麗な子。

 ガーディアン用の検索ソフトを使い、今のキーワードを入力する。

 該当者多数。

 筆頭に出てきたのが、遠野聡美。

 ランク測定不能とある。

 作成者の私情が入ってないか、これ。

「全然駄目だな」

 こっちは、モトちゃんか。

 評価は、やはり。最上位。

 じゃあ、私はどうなんだ。

 えー、小柄で格闘技経験者と。

「ん」

 Aと来た。 

 色んな意味で、合ってるな。  

「真面目にやりなさい」

 はたかれる頭。

 どうも、初めから見ていたらしい。

「だって。私Aだもん」

「D-よりましでしょ」

「誰の事。ショウがそんな低い訳ないだろうし」

 だとしたら、残る人はそうはいない。

「所詮は、人の評価だろ」

 事も投げに答えるケイ。

 それはそうだけど、少しは気にしてよね。

「ガーディアンに所属してないんだから、それでは無理だよ。ただあの女の身元はすぐに分かるんだし、気にする必要もない」

「だって」

「何にしろ、来たのが女でよかった。男なら、即刻叩き出してる所だった」

 もう、放っておこう。

 元々、放ってるけど。



 向こうから舞い込んでくるトラブル。

 後手後手に回る自分。

 だけど、対応しない訳にはいかない。

 何のためにという問いを繰り返しながら。











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