24-2
24-2
神代さんを探すが、学内にはいないとの事。
帰ったのか、遊びに行ったのかは不明。
つまりは、探しようもない。
「仕方ないな」
荷物を片付け、リュックを背負う。
終業時間はまだだけど、今頃暴れる奴もいないだろう。
いたら、私が暴れ出す。
神宮駅前のショッピングモール。
お気に入りの店に入り、セールの文字に少し期待を込めてみる。
まずはもぞもぞとコートを着込み、ドレッサーでチェックする。
ハーフコートのはずなのに、裾は膝下。
安上がりでいいけどね。
「止めた。コートは止めた」
濃茶のコートをハンガーへ戻し、ブルゾンを着込む。
今度も袖が余って、裾も長い。
「面白くない」
ブルゾンも戻し、スカートに手を伸ばす。
「おい」
眉をひそめ、疲れた顔で視界に入ってくるショウ。
いいじゃない、ちょっとくらい見たってさ。
「どうも、サイズがないんだよね」
「俺もないぞ」
ちなみに彼の場合は、大き過ぎるから。
無論探せば、どこかにはあるだろう。
私の場合は、子供服売り場とか。
「いいや。これで」
結局ハーフコートに手を伸ばし、赤を探す。
これは濃いし、これは薄い。
こっちは地味で、こっちは派手。
こういう刺繍はいらないの。
「まだか」
「まだよ」
がさっと抱え、やはりドレッサーの前に立つ。
何だこれ、フードが付いてる。
「はは、赤ずきん」
「頭巾じゃないだろ」
やはり生真面目な発言。
不真面目なショウなんて想像出来ないし、側にいたくもないけどね。
「いいや、これ買おう」
「急に早いな」
「何事も即断即決。迷っちゃ駄目なのよ」
他のコートを戻し、値札をチェック。
ほう、そう来たか。
「お金ある?」
「無い」
素早い答え。
予想通りの答えでもあるが。
「俺に聞くな」
退屈そうに壁へもたれていたケイが、ぼそりと呟く。
というか、お金を持ってた事はあるのか。
「モトちゃんは」
「金利は」
あまり聞き慣れない。
特に、友達からは聞かない言葉。
「鬼?」
「お金を貸すんだから、当然じゃない。それ以前に、今は持ち合わせがない」
「何だ、それ。サトミー」
いる訳もない子の名前を叫び、コートを抱きしめる。
しかし、肝心な時にいない子だな。
所詮、友達よりも男を選んだ子だ。
取りあえず有り金をはたき、頭金だけをかろうじて払う。
しかしこの先、どうやって生活すればいいのかな。
「大丈夫か」
「何が」
「いや。何でもない」
首を振るショウ。
こっちは紙袋を抱えるのに大変で、それ以外の余裕はない。
でもよく考えると、着るのは旅行中だけ。
名古屋が寒くなるのは、もっと先。
かなり早まったな。
何か、めっきり冷えてきた。
「着よう」
コートを着込み、襟を合わせる。
暑いな、何か。
「脱ごう」
「おい」
「あーあ。とにかく、まだ買わなくてもよかったんだよね」
「何を今さら。いいだろ、似合うんだし」
小さな呟き。
温かくなる心。
思わずコートの前を締めて、襟も直す。
「やっぱり暑い」
「じゃあ、脱ぎなさい」
強制的に剥いでいくモトちゃん。
大体ベストも着てるんだし、コートは早い。
しかし、久々に良い買い物をしたな。
ぐつぐつと煮え立つ鍋。
うどんを放り込み、煮えるのを待つ。
最後に入れるのも美味しいが、とろけそうになったのもまた美味しい。
このちゃんこ屋さんでは一番安いメニューのうどんすきだが、私はこれでも十分すぎる。
「なんだ、こいつ」
箸で掴めず豆腐を細切れにしていくケイ。
一体何がしたいんだか。
「本当に不器用だな、お前」
「じゃあ、やってみろ」
「こういうのは、力の加減だ」
器用に細切れの豆腐を掴むショウ。
私もこういうのは、苦手だな。
地味で、集中を必要とする作業は。
「で、神代さんはどうなの」
「さあね。本人に聞かないと。でもあの子、話すかな」
「頑なそうだものね。ユウとは違う意味で」
どういう意味だ。
あまり深くは考えないで、イワシのつみれを掴む。
ユズが入ってて、ニンニクも風味もして。
ただひたすらに美味しいな、これ。
「襲われたりはしないの?」
「渡瀬さんを付けてるから。それに自分も、警戒はしてるでしょ」
「それとなく、護衛も考えるか」
端末でどこかと連絡を取るモトちゃん。
これでほぼ、彼女の安全は確保されたと考えていい。
「原因とか、連中が来た理由は?」
「何も。自分の事を言わない感じだから。どうも私の知り合いは、そういう人が多いよね」
「さあ、どうかしら」
軽くとぼけ、鍋に浮かぶ鷹の爪を器用にどけていくサトミ。
この子はその典型という訳だ。
「どうにかしないとね」
「ユウが?」
「何よ。私じゃ悪いの」
「悪いとか、悪くないとかじゃなくて。そういう細かい事が出来るのかなと思って」
怖い事を言う子だな。
「細かいって、別に」
「ケンカすれば済む話じゃないって意味。そういうの、得意?」
小首を傾げるモトちゃん。
得意か不得意かと聞かれれば、不得意だろう。
細やかな気遣いをするタイプでもないし。
「一度、責任者に聞いてみたら」
「誰、責任者って」
質問には答えず、人を見捨ててワタリガニに取りかかるモトちゃん。
でもこれって、食べる所あるの?
「ねえ。どう思う」
「俺は、豆腐の事で手一杯だ。他に構う余裕はない」
返ってくる、馬鹿げた答え。
仕方ないので、ダシ用の大きなシイタケをケイの皿に放り込む。
「ショウは」
「俺も、そういうのは苦手だな。誰かを殴る時にでも呼んでくれ」
「馬鹿。あーあ」
スープをすくい、少し飲む。
やや辛い、煮詰まり気味の味。
それをもう一口含み、味を確かめる。
自分の置かれている状況も含め。
翌日。
放課後に、沙紀ちゃんのオフィスへと出向いてみる。
するとソファーに座っていた山下さんが、笑いながら顔を上げてきた。
オープンフィンガーのグローブを振りながら。
「これ見に来たの?」
「いえ。でも、どうかしたんですか?」
「スタンガン内蔵よ」
グローブを装着し、手首の辺りを軽く押す。
明るい室内でも分かる、拳の辺りからの火花。
夜に使ったら綺麗だろうな。
「自分が感電しません?」
「これで、顔を掻けばね。だから、アースを付ける訳」
腰から下がる、細い紐。
地面に付くのが理想らしいが、付けるだけでもいいようだ。
「ただ、相手が持ってたらどうかって話よね」
「アースをちぎって、相手に押し付けて終わりじゃないんですか」
「簡単に言うわね。まあ、そうなんだけど」
あっさり同意する山下さん。
相手が何を持っていようと、それに対抗するだけの術は持っている。
逆になければ、お互いガーディアンなどとは名乗っていない。
「丹下さんに用事でしょ。今、呼ぶわ」
彼女の呼び出しに応じ、すぐにやってくる沙紀ちゃん。
その後ろには、バインダーを抱えた神代さんも付いてくる。
元々大人しい子なので、今も特に変化は感じない。
私の目からすれば。
「神代さん。これを、備品課へ返してきて。その帰りに、外のスーパーでお茶お願い」
「あ、はい」
素直に頷き、オープングローブを持っていく神代さん。
山下さんはにこっと笑い、席を立った。
「グローブはともかく、お茶って何ですか」
「席を外して欲しい時のために、私は外のお茶が好きな事になってるの。状況によって、お茶がお菓子になったりするけど」
なる程。
それで無理なく、特定の相手だけを外す事が出来る訳か。
つまりは、細かな気遣いで。
「神代さん?確かに元気はないわね」
簡単に認める沙紀ちゃん。
しかし彼女が何か対応をしている様子はなく、また現にしていないのだろう。
「難しいのよね。元気がないのは、自分を構って欲しいポーズの時もあるし。勿論、そのサインはサインで重要なんだけど」
「彼女から、何か聞いてる?」
「全然。チイちゃんにも言ってないみたいだから、私達にも言わないでしょ」
首を振る沙紀ちゃん。
ただそこに、深刻な表情や思い詰めた雰囲気はない。
「どうしたらいいのかな」
「本人次第ね。結局は」
「え」
「私達がとやかく言ってもいいんだろうけど。浦田はどう思う」
話を振られたケイは、めくっていた書類を置いて顔を上げた。
「丹下の言う通り、本人次第さ。大体向こうが、何か言ってきた?」
「何も」
「だったら、余計なお世話って話でもある」
「だって」
立てられる人差し指。
少し緩む口元。
「1.完全に放っておく。2.何から何まで、世話を焼く。3.向こうが言い出しやすいように促す」
ようやく、小指まで立てられる。
「4.本人が、自分で解決する」
「どうやって」
「俺に聞かれても」
なる程。
だけど、そう出来ないからあの子は沈んでるんじゃないのか。
「どうしてこう、人を頼らないのかな」
「誰が」
「サトミも、池上さんも。神代さんも」
「そういえば、そうね。気持は、分からなくもないけど」
耳元の髪の毛を、指で巻き上げる沙紀ちゃん。
少し傾がれる横顔。
私なんか短いので、巻きようもない。
「分かるって、何が?」
「人を頼らない生き方っていうのかな。頼るのが苦手というか。それだけの価値もないとか」
「誰が」
「自分自身がよ」
静かに、ささやくように呟かれる言葉。
薄く緩む口元。
巻かれた髪が解け、頬へと掛かる。
「それはともかく。神代さんに危害が及ぶ事はないし、取りあえずは静観ね」
「本当に?」
「本当に。ちょっと、渡瀬さんを呼んできて」
とことこと入ってくる渡瀬さん。
でもって、ちょこんと頭を下げる。
「どうかしました?」
「神代さんの事なんだけど」
「特に問題ないですよ。私以外の護衛も付いてるみたいですし」
さすがに鋭いな。
逆を返せば、それに気付かないようでは護衛役は務まらない。
「こっちから攻めれば済むと思うんですけど」
「どうしようも行かなくなったらね。でも今は、状況を見たいの」
「ふーん。大人の世界ですね」
妙に感心する渡瀬さん。
私も同様に感心してたところだが。
「相手は、誰なんです?」
「神代さんを昔襲った連中らしいわよ。よくは分からないけど」
「分からないって」
「そのくらい単純なら、チィちゃんの言う通りその連中を襲って終わりだから」
事も無げに言い放つ沙紀ちゃん。
つまり、根はさらに深いという意味か。
「チィちゃんには負担が掛かるけど、お願い」
「私は平気ですよ。何一つ、問題ないです」
ちょこちょこ跳ねる渡瀬さん。
その行動の方が、問題じゃないの。
「落ち着きのない子だな」
「浦田さんは、いつも沈んでますね」
「俺の理想は、人のこない穴ぐらで生きる事だ」
「だから、じめじめしてるんですか」
取りあえずは噛み合ってる会話。
相手によっては、殴り合いにもなりかねないが。
「しかし、仕方のない女だな。あれは」
「ナオが?」
「素直じゃないというか、独りよがりというか。全く」
「浦田さんみたいですね」
あくまでも追い込む渡瀬さん。
ケイは鼻を鳴らし、卓上端末を起動させた。
「出身は伊勢。中学では3年間ガーディアン。事務職で、能力は優秀。交友関係に難点あり」
「ますますあなたじゃない」
「人の事言えるのか」
サトミを睨むケイ。
確かにこの辺は、お互い様だろう。
「転校した経緯は書いてないな」
「編入試験を受けたとは聞いてるわよ」
「試験、ね。どうしてわざわざ、こっちに出てきたんだ」
腕を組み、画面に見入る。
彼女のプロフィール。
各種成績と行動特性。
あくまでも数値と、他人が観察した意見。
これから読み取れるのは、自ずと限界がある。
「それが、どうかした?」
「どうもしない。ただ、気にはなる。人付き合いが苦手なら、知り合いのいる向こうの方がいいと思って」
「あなたみたいに、追われてきたんじゃなくて」
からかうサトミ。
ケイは彼女を横目で見て、首をすくめた。
「いいよ。俺が関わる事でもないし」
「だったら、何関わるの」
「さあね。ユウと違って、人の世話を焼く程の余裕もない」
皮肉な台詞を聞き流し、オフィスへ戻る。
脇腹を押さえてる子は、ともかくとして。
「こたつ欲しいな」
エアコンの温度を少し上げ、窓の外を見る。
地面を舞う落ち葉。
空に漂う、薄く細い雲。
こたつの上にミカンでも置いて、お茶をすすりたい気分。
「ミカンの前に、これを片付けて」
人の気持ちをあっさり読み取り、目の前に書類の束を積み上げるサトミ。
読むのが半分。
サインだけが、その半分。
残りがレポートと、調査が必要な分。
取りあえず、簡単な奴から片付ける。
「スタンガン内蔵のグローブを配備。希望者は、申請を出すように」
山下さんの持ってたあれか。
おもちゃとしては面白いけど、スタンガンなしでも倒す事は難しくない。
女の子が、大男相手に使う物なんだとしても。
少なくとも、私にはそれ程用がない。
「サトミ使えば。感電しないし、多分触れるだけで倒れるよ」
「借りるだけで、予算を使い果たすんじゃなくて」
「面白いのにな」
次のをめくり、眉をひそめる。
「銃の本格配備。執行委員会警備隊に導入」
とうとう来たか。
以前から持ち歩いてはいたが、これで公式なものとなった訳だ。
つまりは、連中の判断次第で発砲が可能となる。
いくら威力が大した事ないとはいっても、銃口を向けられた時の恐怖や威圧感は例えようがない。
「どうにかならないの」
「ここまで来ると、難しいわね。それに対抗上、私達が持つ訳にもいかないでしょ」
「まあね」
もしそんな事をすれば、お互いが武装を強化するだけだ。
その行き着く先は、過去の歴史を振り返るまでもない。
「いいや。仕事しよう」
すぐに切り替え、サインを書く。
でもって、手を止める。
「予算削減って、何かの冗談」
「至って本気よ。統合に際して、各部署は事前に合併するの。その分の経費を、まずは減らす訳」
なんだかんだといって詳しいな。
よく読むと、そんな事が書いてある。
取りあえず、私やここの予算が減る訳でははないらしい。
「それでも、一応は気にするようになったのね」
「何を」
「書いてる事をよ。前は、ただサインしてただけなのに」
少し嬉しそうなサトミ。
そう言われると、そうかなとも思う。
多少は物事を考え、冷静になっているのかもしれない。
あくまでも、多少は。
「本当に、良い方向へ動いてるの?」
「誰の視点で?私達の視点でなら、良くはないわよ」
何だ、それ。
「学内が荒れれば、それを名目に様々な人間や組織を鎮圧出来る。つまりは、例の馬鹿連中に取っては好都合よ」
「自分達の学校なのに」
「都合のいい学校へするためには、地ならしが必要なの」
「面白くないな」
机を叩き、少しだけ怒りを発散させる。
ただ、だからどうしようという訳でもない。
学校とやり合うだけの意思もないし、能力もない。
第一、理由がない。
塩田さん達のような。
連合本部の、議長執務室。
例によって、塩田さんはいない。
でも、モトちゃんいないな。
「木之本君だけ」
「今はね」
「どうして、そこに座らないの」
「僕の席じゃないから」
ソファーで仕事をする木之本君。
本当に人がいいというか、生真面目というか。
いいや。じゃあ、私が代わりに座ってみよう。
「ユウ。ユウッ。どこに行ったのっ」
叫び出すサトミ。
どこって、椅子に座ってるだけだ。
勿論、向こうからは見えないけどさ。
「うるさいな。しかしこれ、大きいというか沈み込む」
「あなたが小さい過ぎるのよ。塩田さんは、そこに足を掛けてるじゃない」
「あれは、良くないんだけどね」
ぽつりと呟く木之本君。
いいじゃない、足くらい掛けたって。
私なんて、一生無理なんだし。
「それで、塩田さんに用事?」
「ううん。大した事じゃない。よっと」
この椅子は、降りるのにも一苦労だな。
いや。私にとってはだけど。
「ここの予算は減らないの?」
「大分減ってるよ。その分生徒会からの援助が増えてるし、人も減らしてるから。上手く行くと、来年には統合だね」
「じゃあ、議長は無しって事?」
「上手く行けばね。勿論元野さんは、統合後も幹部だろうけど。大変だね」
笑う木之本君。
だったら、自分も幹部じゃないのか。
この子も冷静に見えて、自分の事は良く分かってないな。
少しして、ようやく戻ってくる塩田さん。
何故か、副会長と沢さんも。
「また何かやったのか」
「そうじゃありません。話が聞きたかっただけです。どうして、学校とやりあうのかなって」
「簡単さ。沢は杉下さん。俺や大山は、屋神さんの仇討ち。ただ、それだけだ」
気負いも何もない台詞。
大きな意味も、何も。
ただ先輩の仇を討つという、それだけ。
「何だよ。前もそう言っただろ」
「そうだけど。本当にそれだけのために、学校とやりあうんですか」
「人から見て馬鹿馬鹿しく思えても、本人には大切な事もあります。確かに、馬鹿馬鹿しいんですけどね」
どっちなんだ。
言いたい事は分かるけど、どうも納得しづらいな。
「用は、それだけか」
「ええ、まあ。でも、学校といっても中央省庁と結びついてるんですよね」
「それがどうした」
そう言われると、答えようがない。
案外、馬鹿だな。
「何だよ、その目は」
「いえ、別に。参考になりました」
「この野郎。俺だって、そのくらいは考えてる。第一、一回学校とはやりあってるんだぜ」
「負けたんだろ」
ぼそりと呟くケイ。
その首を絞める塩田さん。
大山さんが後ろから蹴りを入れ、沢さんが押し倒した。
「お前に発言権はない。まあ、負けは負けだけどな」
案外、あっさりと認めてきた。
だったら、床に倒れているケイは何だという話だけど。
「何が勝ちで、何が負けなんです」
「退学、転校、解任。今でも学校が押し気味。という訳です」
「じゃあ、勝てるんですか」
「厳しいね、君は」
薄く微笑む沢さん。
ただ、そこには自信以外の何も感じない。
私には、その根拠すら理解出来ないが。
「ちなみに僕は、特別国家公務員。教育庁では、局長クラスだよ」
「でも、今はただの高校生じゃないですか。大体、何か偉いんですか」
「権限も制限されてるし、第一フリーガーディアンなのは一応秘密だから」
小さくなる声。逸らされる視線。
なんだかな。
「まあまあ、いいじゃないですか。とにかく学校とやり合うのは、大変という事です」
「それでも、やるんですか?」
「塩田の言う通り、私怨ですから。自分に感情がある限りは、どうしようもありませんね」
寮の自室で、塩田さん達の言葉を思い返す。
個人の感情。
言いたい事は分かる。
やはり、納得は出来ないが。
自分の感情を優先させ、そこまで大きな権力へ立ち向かう意味。
私には、それがどうなのか判断出来かねる。
「難しいな、これ」
テーブルに広げた、少ないピースのジグソーパズル。
出来たのは、ツーピースが3つだけ。
このままだと、100年経っても終わらない。
というか、これは完成出来るのか。
ベッドサイドに座っているサトミを見上げ、ピースを指さす。
助けを求めると言い換えてもいい。
「ピースが足りないんじゃない?」
「あなたの努力が足りないんでしょ。こういうのは、端から作るのよ」
マグカップ片手に、器用にピースをはめていくサトミ。
でもって気付いたら、小熊が出来上がっていた。
手品でも使ったのか、この子。
「でも、駄目だね」
「何が?」
「裏見て、裏」
クリアケースに入れたパズルを裏返すサトミ。
そこにあるのは、抽象画のような花の絵。
要は、ピースのはめ方が間違っている。
「なかなかやるわね。でも、甘いわよ」
何が甘いのか知らないが、即座にばらしてまた組み始めた。
でもって今度も、すぐに完成。
小熊も花も。
天才とは聞いていたが、本当にそうらしい。
「所詮、私の敵ではないわね」
あごを反らして勝ち誇るサトミ。
当たり前だ。ただのパズルじゃない。
どうも変なところで負けず嫌いというか、向きになるからな。
「あーあ」
ベッドに転がり、TVのチャンネルを変える。
入り組んだ海岸線と、その先端にある岬。
打ち寄せては返す波。
景色は夜へと移り、灯台の光が船の行く手を導いている。
「大王崎だって」
「神代さんの実家が、この辺よ」
「ああ。そういえば、伊勢って言ってたっけ」
海と空と、入り江。
緑に山に、細い道。
名古屋とは何もかも違う眺め。
勿論気候も風土も、違うだろう。
ケイが言っていたように、人間関係も。
「どうなんだろうね」
「何が」
「一人で、こんな遠くまで来て」
「さあ。私はせいせいしたけど」
束ねている後ろ髪を撫でるサトミ。
彼女も一人で、名古屋に来た身。
神代さんのように高校からではなく、中学から。
ただサトミの場合はお兄さんがこちらにいたので、多少事情は違う。
親のとの関係も。
「微妙ね、何にしろ」
「全く。どいつもこいつも」
「何よ、それ」
「こっちの話。取りあえず、呼んでみよう」
私の思惑を知っか知らずか、元気のない表情でやってくる神代さん。
ジャージ姿の彼女にお茶を出して、まずは座らせる。
「どうよ」
「え」
はたかれる頭。
勿論神代さんがではなく、サトミがはたいてきた。
むっとする私を無視し、サトミが上手に話を切り出す。
「さっき、TVで大王崎やってたわよ」
「ああ」
小さく頷く神代さん。
ただそこに、不安な影はない。
つまりは、向こうで何かあって名古屋に来たのではない訳か。
「将来は、向こうへ戻るの?」
「どうでしょう。大学へ行くなら、名古屋に残った方が楽でしょうし」
「文系?」
「そうですね。日本文学なんて、いいかもしれません」
スムーズな会話。
付け加えるのなら、私の時とは違う。
「伊勢って、赤福?」
「え?ええ、名物といえば名物ですね。多分魚介類もでしょうけど」
「伊勢エビとか?」
「それ程食べる訳ではないですよ。あれは、東京や名古屋へ出荷する物ですから」
なる程。
少しためになった。
今聞く事でないという話は、ともかくとして。
「鯛の島なんて、有名よね」
「ああ。神島沖の」
「本当にあったのかしら?」
「博物館の資料を見る限りは、あったような気もしますよ。海流が早いので、今でも調査は難しいようですけど」
何だ、鯛の島って。
全く、何一つ意味不明だな。
「タコじゃないの。タコ」
「採れますよ、タコも」
「海女さんは採らないの?」
「アワビとかですよ、彼女達が採るのは」
噛み合う会話。
サトミとのレベル差は、ともかくとして。
いいのよ、これで彼女の気が紛れれば。
彼女を帰らせて、お茶を飲む。
具体的には何も聞けなかったが、それ程深刻そうな様子はない。
向こうで何かあったという訳でもない。
だから心配する必要はない。
などと言い切れないのが、少し辛い。
「こうして下さいとか、こうなんですって言ってくれればいいのに」
「気を遣ってるじゃなくて。私達を巻き込みたくないとか」
「そんなに、頼りにならない?」
「外観はそうでしょうね」
人の頭を撫でるサトミ。
そうされても仕方ないくらいの体格。
神代さんに至っては、サトミよりも大きいくらい。
むしろ私が頼りたくなるくらいの。
「無論場合によっては、こっちで先手を打つ必要もあるんだろうけど」
「神代さんが気付かない内に?過保護じゃないの?」
「だったら、どうする?」
そう言われると困る。
何がどうなのかも、分かってないんだし。
「実はもう、何もないとか。この前の連中だけで終わりって」
「それなら問題ないわよ。どちらにしろ、状況を見るしかないわね」
「待つのは苦手なんだけど」
別に攻めたいという訳ではない。
ただ、じっとして事が進行するのが気になるだけだ。
それが間違いなく嫌な方向にしか行かない時は、余計に。
「いいや。少し、落ち着こう」
「何か食べるの?」
「これ、これ」
照明を落とし、太くて短いキャンドルに火を付ける。
すぐに漂ってくる、花の香り。
「アロマキャンドルね。どうしたの、これ」
「コートのおまけ」
薄闇に浮かぶキャンドルとテーブル。
その先に見える、サトミの顔。
ぼんやりしたと、幻想的な。
ただ綺麗に浮かび上がると言うよりは、ちらついてかなり見にくい。
「いまいち、あれだね」
「なに」
「盛り上がりに欠ける」
「これは、盛り上がらないために使うのよ」
サトミの話を聞かず、キッチンからオレンジを持ってくる。
食べてもいいが、それはまた後で。
果物ナイフで皮だけ剥いて、摘んでみる。
飛んでいく皮の汁。
青く燃える、キャンドルの周囲。
「はは。面白い」
「何が、落ち着こうよ」
「いいじゃない。面白いんだし」
「おねしょするわよ」
この子は私を、何才だと思ってるんだ。
まずは湯飲みを置いて、トイレに行く。
いや。しないけどね。
危険な芽は、早めに摘むに限るから……。
当たり前だが、する訳がない。
というか、した記憶なんて遠い昔だ。
別に、懐かしくもないけどさ。
翌日、オフィスでその話をしたら鼻で笑われた。
「すればいいだろ。どれだけでも。尿毒症になるよりましだ」
普通に言い放つケイ。
この人の場合は、高校生になってもしてたからな。
「あーあ」
がぶがぶお茶を飲む男の子。
これなら、おもらしもするか。
「誰か来てるわよ」
本から目を離さないサトミ。
気付いたら、出てよね。
仕方ないのでケイをつつき、出るように促す。
「俺かよ」
「いいじゃない。勝手に入ってこないなら、危ない相手かもしれないし」
「俺が危ないならいいのか」
ぶつぶつ言いつつ、ドアへ向かうケイ。
それでも警棒のフォルダを腰に付け、慎重にドアを開ける。
ドアの外に立っていたのは、やたらに大きい男。
態度もでかく、半笑いでケイを見下ろしている。
「神代って女はいるか」
「誰、それ」
「お前達の知り合いなのは分かってるんだ。隠してるのなら、早く出した方が身のためだぞ」
「なんだ、身のためって。ミノムシの親戚か」
鼻で笑うケイ。
男も笑いつつ、その太い腕を無造作に振った。
「うっ」
小さく上がる唸り声。
しかしケイは無事。
苦しそうに、喉を押さえているだけで。
「お、お前。引くなら引くって」
「殴られるよりはましだろ」
「はいはい。じゃあ、交代だ。……多分、こいつは中ボスだな」
小声で呟き、下がるケイ。
彼と代わって、男と対峙するショウ。
体格では引けを取らず、外観では比較する事すら無意味。
それでも男は、余裕の表情を崩さない。
「ちょっとはやるらしいが、俺とは止めた方がいいぞ」
「何を」
「いきがるのも初めだけだ。とにかく、女を出せ。嫌なら、後ろの女でもいいぞ」
私。
ではなく、サトミへ向けられる視線。
しかし彼女は、ガラスの向こうにでもいるかのように微かな反応すらしない。
「どっちにしろ、相手にされてないんだ。早く帰れ」
あくまでも冷静に対応するショウ。
だが男の方も、引く気配はない。
「仕方ないな。弱い奴をいじめても仕方ないが、言っても分からないなら」
さっき同様無造作に振られる腕。
あごを反らしてかわすショウ。
ただ、それはフェイント。
すぐにローが飛び、続いて下がった鳩尾に膝が入る。
あっさり床に倒れるショウ。
男は鼻で笑い、倒れている彼を軽く蹴った。
「分かったか。取りあえず、金で解決してやる」
無言で出される数枚の紙幣。
それを拾い上げ、もう一度ショウを蹴る男。
「今度までに、この倍用意しておけよ」
起き上がったショウに駆け寄り、ほこりを払う。
その凛々しい顔を見上げながら。
「何だよ」
「確かにコンビーションとしては早かったけど、当たる程じゃないでしょ」
「ああしておけば、俺が鴨と思うだろ」
逸らされる視線。
少し赤い頬。
ようやく彼の意図を悟り、丁寧にほこりを払う。
彼の優しさと、思いやりに感謝を込めて。
「また来たらどうするの」
「あの程度なら、当たる方が難しい。倒すのはいつでも出来るけど、それだと連中の目的が分からないだろ」
「玲阿君、恰好いいー。俺が女なら、間違いなく惚れてるね」
気味の悪い台詞を吐いて、薄く微笑むケイ。
何というのか、さっきの男以上の悪い顔で。
「心配せずに、金は幾らでも払えばいい。俺が、後で回収するから」
「回収?」
「2倍。いや3倍かな。久し振りの儲け話だな」
本当、悪いのは誰かって話になってきた。
この子が悪魔をみたいと言い出したら、すぐに鏡を用意しよう。
「玲阿君も頭が良くなった事だし、俺も楽が出来る」
「楽って、お金を巻き上げるだけじゃないの」
「じゃあ、ユウの取り分も用意する」
そういう問題じゃないんだけどな。
いや。もらう物はもらうけど。
「大体、あれは誰」
「伊勢での一件が、この間の連中。今のは推測だけど、傭兵としての上部組織の人間だろ。連中は下からのピラミッド方式でなりたってるから」
「じゃあ、今の奴も親玉もいるって事?」
「そりゃいるさ。フィクション同様、悪い奴は表に出てこない」
なる程。
そう言われれば、サトミも表には出てこないな。
「私は悪くないわよ」
怖い目で睨んでくる少女。
なおかつ頭が良いから、性質が悪い。
「でも、どうしてここに来たんだろ。直接、神代さんの所へ行けばいいじゃない」
「搦め手から攻めるのよ。回りを埋めて、本人の行き場が無くなった所で行動に移す訳」
「そう簡単に、私達が逃げるとでも思ってるのかな。全く」
「誰もがユウ程強い訳じゃないの。あなた程、血の気も多くないし」
誉めてるのか、これは。
何かを言い返そうとしたら、財布をひっくり返してる男の子が目に入った。
「どうしたの」
「いや。金が無くて」
当たり前だ。
さっき取られたばかりでしょうが。
「大丈夫?」
「そこまで厳しくはないさ。楽でもないけど」
「私もないよ。この前コート買ったし」
「泣けるな」
笑うショウ。
私も笑って、彼の肩を叩く。
彼を労るようにして、その頼り甲斐のある肩を。
「お金頂戴よ」
「はいはい」
差し出した手の平にお金を置いてくれるお母さん。
多分、飴が一つくらいは買えると思う。
「あなた奨学金をたくさんもらってるでしょ」
「学校運営費や借りてる物の支払いで、殆どは学校へ戻ってくの」
「コートを買ったって、聡美ちゃんから連絡があったわよ」
あの女、余計な事を。
というかあの子は、この家のなんなんだ。
どうも、私以上に影響力がありそうだな。
「欲しいなら、働きなさい。まず、肩揉んで」
「え」
「飢えっていうのは辛いわよ。本当に寂しいわよ」
真に迫った声を出すお母さん。。
というか、そこまで困ってないっていうの。
「お客さん、凝ってますね」
「子供がどうしようもなくて。本当、大変ですの」
「しつけが悪かったんじゃないですか?」
「さあ、どうでしょう。落ち着きが無くて、小さくて、丸いんですよ」
それは自分もじゃない。
力尽くで叫ばせようと思ったけど、悲しいかなそこまでの握力がない。
むしろむきになる程、気持ちいいんじゃないの?
「もういいわ。飽きたから、庭に水撒いて」
「寒い」
「その代わり、懐が暖かくなるわよ。頑張って、優ちゃん」
縁側を降り、水を撒く。
しかしこんな寒いのに、水なんて浴びて平気なのかな。
「向こうの方、枯れてるよ」
「一年草だから」
「お母さんも?」
「私は一生咲き続けるの。咲き誇るのよ」
こういう事を言う自体、枯れてる証拠だな。
私はまだこれから咲く身だけれど。
木枯らしと呼ぶにはまだ早い。
だけど冷たい秋の風。
やがて訪れるだろう、厳しい季節。
だがそれに立ち向かう術は知っている。
そっと掛けられるコート。
握られる手。
人の優しい温もりも。




