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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第24話
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     24-2




 神代さんを探すが、学内にはいないとの事。

 帰ったのか、遊びに行ったのかは不明。

 つまりは、探しようもない。

「仕方ないな」

 荷物を片付け、リュックを背負う。

 終業時間はまだだけど、今頃暴れる奴もいないだろう。

 いたら、私が暴れ出す。


 神宮駅前のショッピングモール。

 お気に入りの店に入り、セールの文字に少し期待を込めてみる。

 まずはもぞもぞとコートを着込み、ドレッサーでチェックする。

 ハーフコートのはずなのに、裾は膝下。

 安上がりでいいけどね。

「止めた。コートは止めた」

 濃茶のコートをハンガーへ戻し、ブルゾンを着込む。

 今度も袖が余って、裾も長い。

「面白くない」

 ブルゾンも戻し、スカートに手を伸ばす。

「おい」

 眉をひそめ、疲れた顔で視界に入ってくるショウ。

 いいじゃない、ちょっとくらい見たってさ。

「どうも、サイズがないんだよね」

「俺もないぞ」 

 ちなみに彼の場合は、大き過ぎるから。

 無論探せば、どこかにはあるだろう。

 私の場合は、子供服売り場とか。

「いいや。これで」

 結局ハーフコートに手を伸ばし、赤を探す。

 これは濃いし、これは薄い。

 こっちは地味で、こっちは派手。

 こういう刺繍はいらないの。

「まだか」

「まだよ」

 がさっと抱え、やはりドレッサーの前に立つ。

 何だこれ、フードが付いてる。

「はは、赤ずきん」

「頭巾じゃないだろ」

 やはり生真面目な発言。

 不真面目なショウなんて想像出来ないし、側にいたくもないけどね。

「いいや、これ買おう」

「急に早いな」

「何事も即断即決。迷っちゃ駄目なのよ」

 他のコートを戻し、値札をチェック。

 ほう、そう来たか。

「お金ある?」

「無い」

 素早い答え。 

 予想通りの答えでもあるが。

「俺に聞くな」

 退屈そうに壁へもたれていたケイが、ぼそりと呟く。

 というか、お金を持ってた事はあるのか。

「モトちゃんは」

「金利は」

 あまり聞き慣れない。

 特に、友達からは聞かない言葉。

「鬼?」

「お金を貸すんだから、当然じゃない。それ以前に、今は持ち合わせがない」

「何だ、それ。サトミー」

 いる訳もない子の名前を叫び、コートを抱きしめる。

 しかし、肝心な時にいない子だな。

 所詮、友達よりも男を選んだ子だ。



 取りあえず有り金をはたき、頭金だけをかろうじて払う。

 しかしこの先、どうやって生活すればいいのかな。

「大丈夫か」

「何が」

「いや。何でもない」

 首を振るショウ。

 こっちは紙袋を抱えるのに大変で、それ以外の余裕はない。

 でもよく考えると、着るのは旅行中だけ。

 名古屋が寒くなるのは、もっと先。

 かなり早まったな。

 何か、めっきり冷えてきた。

「着よう」

 コートを着込み、襟を合わせる。

 暑いな、何か。

「脱ごう」

「おい」

「あーあ。とにかく、まだ買わなくてもよかったんだよね」

「何を今さら。いいだろ、似合うんだし」

 小さな呟き。

 温かくなる心。

 思わずコートの前を締めて、襟も直す。

「やっぱり暑い」

「じゃあ、脱ぎなさい」

 強制的に剥いでいくモトちゃん。

 大体ベストも着てるんだし、コートは早い。

 しかし、久々に良い買い物をしたな。



 ぐつぐつと煮え立つ鍋。

 うどんを放り込み、煮えるのを待つ。

 最後に入れるのも美味しいが、とろけそうになったのもまた美味しい。

 このちゃんこ屋さんでは一番安いメニューのうどんすきだが、私はこれでも十分すぎる。

「なんだ、こいつ」

 箸で掴めず豆腐を細切れにしていくケイ。

 一体何がしたいんだか。

「本当に不器用だな、お前」

「じゃあ、やってみろ」

「こういうのは、力の加減だ」

 器用に細切れの豆腐を掴むショウ。

 私もこういうのは、苦手だな。

 地味で、集中を必要とする作業は。

「で、神代さんはどうなの」

「さあね。本人に聞かないと。でもあの子、話すかな」

「頑なそうだものね。ユウとは違う意味で」

 どういう意味だ。

 あまり深くは考えないで、イワシのつみれを掴む。

 ユズが入ってて、ニンニクも風味もして。

 ただひたすらに美味しいな、これ。

「襲われたりはしないの?」

「渡瀬さんを付けてるから。それに自分も、警戒はしてるでしょ」

「それとなく、護衛も考えるか」

 端末でどこかと連絡を取るモトちゃん。

 これでほぼ、彼女の安全は確保されたと考えていい。

「原因とか、連中が来た理由は?」

「何も。自分の事を言わない感じだから。どうも私の知り合いは、そういう人が多いよね」

「さあ、どうかしら」

 軽くとぼけ、鍋に浮かぶ鷹の爪を器用にどけていくサトミ。

 この子はその典型という訳だ。

「どうにかしないとね」

「ユウが?」

「何よ。私じゃ悪いの」

「悪いとか、悪くないとかじゃなくて。そういう細かい事が出来るのかなと思って」

 怖い事を言う子だな。

「細かいって、別に」

「ケンカすれば済む話じゃないって意味。そういうの、得意?」

 小首を傾げるモトちゃん。

 得意か不得意かと聞かれれば、不得意だろう。

 細やかな気遣いをするタイプでもないし。

「一度、責任者に聞いてみたら」

「誰、責任者って」

 質問には答えず、人を見捨ててワタリガニに取りかかるモトちゃん。

 でもこれって、食べる所あるの?

「ねえ。どう思う」

「俺は、豆腐の事で手一杯だ。他に構う余裕はない」

 返ってくる、馬鹿げた答え。

 仕方ないので、ダシ用の大きなシイタケをケイの皿に放り込む。

「ショウは」

「俺も、そういうのは苦手だな。誰かを殴る時にでも呼んでくれ」

「馬鹿。あーあ」

 スープをすくい、少し飲む。

 やや辛い、煮詰まり気味の味。 

 それをもう一口含み、味を確かめる。

 自分の置かれている状況も含め。


 翌日。

 放課後に、沙紀ちゃんのオフィスへと出向いてみる。

 するとソファーに座っていた山下さんが、笑いながら顔を上げてきた。

 オープンフィンガーのグローブを振りながら。

「これ見に来たの?」

「いえ。でも、どうかしたんですか?」

「スタンガン内蔵よ」

 グローブを装着し、手首の辺りを軽く押す。 

 明るい室内でも分かる、拳の辺りからの火花。

 夜に使ったら綺麗だろうな。

「自分が感電しません?」

「これで、顔を掻けばね。だから、アースを付ける訳」

 腰から下がる、細い紐。

 地面に付くのが理想らしいが、付けるだけでもいいようだ。

「ただ、相手が持ってたらどうかって話よね」

「アースをちぎって、相手に押し付けて終わりじゃないんですか」

「簡単に言うわね。まあ、そうなんだけど」

 あっさり同意する山下さん。

 相手が何を持っていようと、それに対抗するだけの術は持っている。

 逆になければ、お互いガーディアンなどとは名乗っていない。


「丹下さんに用事でしょ。今、呼ぶわ」

 彼女の呼び出しに応じ、すぐにやってくる沙紀ちゃん。

 その後ろには、バインダーを抱えた神代さんも付いてくる。

 元々大人しい子なので、今も特に変化は感じない。

 私の目からすれば。

「神代さん。これを、備品課へ返してきて。その帰りに、外のスーパーでお茶お願い」

「あ、はい」

 素直に頷き、オープングローブを持っていく神代さん。 

 山下さんはにこっと笑い、席を立った。

「グローブはともかく、お茶って何ですか」

「席を外して欲しい時のために、私は外のお茶が好きな事になってるの。状況によって、お茶がお菓子になったりするけど」

 なる程。

 それで無理なく、特定の相手だけを外す事が出来る訳か。

 つまりは、細かな気遣いで。



「神代さん?確かに元気はないわね」 

 簡単に認める沙紀ちゃん。

 しかし彼女が何か対応をしている様子はなく、また現にしていないのだろう。

「難しいのよね。元気がないのは、自分を構って欲しいポーズの時もあるし。勿論、そのサインはサインで重要なんだけど」

「彼女から、何か聞いてる?」

「全然。チイちゃんにも言ってないみたいだから、私達にも言わないでしょ」

 首を振る沙紀ちゃん。

 ただそこに、深刻な表情や思い詰めた雰囲気はない。

「どうしたらいいのかな」

「本人次第ね。結局は」

「え」

「私達がとやかく言ってもいいんだろうけど。浦田はどう思う」

 話を振られたケイは、めくっていた書類を置いて顔を上げた。

「丹下の言う通り、本人次第さ。大体向こうが、何か言ってきた?」

「何も」

「だったら、余計なお世話って話でもある」

「だって」

 立てられる人差し指。

 少し緩む口元。

「1.完全に放っておく。2.何から何まで、世話を焼く。3.向こうが言い出しやすいように促す」

 ようやく、小指まで立てられる。

「4.本人が、自分で解決する」

「どうやって」

「俺に聞かれても」

 なる程。

 だけど、そう出来ないからあの子は沈んでるんじゃないのか。

「どうしてこう、人を頼らないのかな」

「誰が」

「サトミも、池上さんも。神代さんも」

「そういえば、そうね。気持は、分からなくもないけど」

 耳元の髪の毛を、指で巻き上げる沙紀ちゃん。

 少し傾がれる横顔。 

 私なんか短いので、巻きようもない。

「分かるって、何が?」

「人を頼らない生き方っていうのかな。頼るのが苦手というか。それだけの価値もないとか」

「誰が」

「自分自身がよ」

 静かに、ささやくように呟かれる言葉。

 薄く緩む口元。

 巻かれた髪が解け、頬へと掛かる。

「それはともかく。神代さんに危害が及ぶ事はないし、取りあえずは静観ね」

「本当に?」

「本当に。ちょっと、渡瀬さんを呼んできて」



 とことこと入ってくる渡瀬さん。

 でもって、ちょこんと頭を下げる。 

「どうかしました?」

「神代さんの事なんだけど」

「特に問題ないですよ。私以外の護衛も付いてるみたいですし」

 さすがに鋭いな。

 逆を返せば、それに気付かないようでは護衛役は務まらない。

「こっちから攻めれば済むと思うんですけど」

「どうしようも行かなくなったらね。でも今は、状況を見たいの」

「ふーん。大人の世界ですね」

 妙に感心する渡瀬さん。

 私も同様に感心してたところだが。

「相手は、誰なんです?」

「神代さんを昔襲った連中らしいわよ。よくは分からないけど」

「分からないって」

「そのくらい単純なら、チィちゃんの言う通りその連中を襲って終わりだから」

 事も無げに言い放つ沙紀ちゃん。

 つまり、根はさらに深いという意味か。

「チィちゃんには負担が掛かるけど、お願い」

「私は平気ですよ。何一つ、問題ないです」

 ちょこちょこ跳ねる渡瀬さん。

 その行動の方が、問題じゃないの。

「落ち着きのない子だな」

「浦田さんは、いつも沈んでますね」

「俺の理想は、人のこない穴ぐらで生きる事だ」

「だから、じめじめしてるんですか」

 取りあえずは噛み合ってる会話。

 相手によっては、殴り合いにもなりかねないが。

「しかし、仕方のない女だな。あれは」

「ナオが?」

「素直じゃないというか、独りよがりというか。全く」

「浦田さんみたいですね」

 あくまでも追い込む渡瀬さん。

 ケイは鼻を鳴らし、卓上端末を起動させた。

「出身は伊勢。中学では3年間ガーディアン。事務職で、能力は優秀。交友関係に難点あり」

「ますますあなたじゃない」

「人の事言えるのか」

 サトミを睨むケイ。

 確かにこの辺は、お互い様だろう。

「転校した経緯は書いてないな」

「編入試験を受けたとは聞いてるわよ」

「試験、ね。どうしてわざわざ、こっちに出てきたんだ」

 腕を組み、画面に見入る。 

 彼女のプロフィール。

 各種成績と行動特性。

 あくまでも数値と、他人が観察した意見。

 これから読み取れるのは、自ずと限界がある。

「それが、どうかした?」

「どうもしない。ただ、気にはなる。人付き合いが苦手なら、知り合いのいる向こうの方がいいと思って」

「あなたみたいに、追われてきたんじゃなくて」

 からかうサトミ。 

 ケイは彼女を横目で見て、首をすくめた。

「いいよ。俺が関わる事でもないし」

「だったら、何関わるの」

「さあね。ユウと違って、人の世話を焼く程の余裕もない」



 皮肉な台詞を聞き流し、オフィスへ戻る。

 脇腹を押さえてる子は、ともかくとして。

「こたつ欲しいな」

 エアコンの温度を少し上げ、窓の外を見る。

 地面を舞う落ち葉。

 空に漂う、薄く細い雲。

 こたつの上にミカンでも置いて、お茶をすすりたい気分。

「ミカンの前に、これを片付けて」

 人の気持ちをあっさり読み取り、目の前に書類の束を積み上げるサトミ。

 読むのが半分。

 サインだけが、その半分。

 残りがレポートと、調査が必要な分。

 取りあえず、簡単な奴から片付ける。

「スタンガン内蔵のグローブを配備。希望者は、申請を出すように」

 山下さんの持ってたあれか。

 おもちゃとしては面白いけど、スタンガンなしでも倒す事は難しくない。

 女の子が、大男相手に使う物なんだとしても。

 少なくとも、私にはそれ程用がない。

「サトミ使えば。感電しないし、多分触れるだけで倒れるよ」

「借りるだけで、予算を使い果たすんじゃなくて」

「面白いのにな」

 次のをめくり、眉をひそめる。

「銃の本格配備。執行委員会警備隊に導入」

 とうとう来たか。

 以前から持ち歩いてはいたが、これで公式なものとなった訳だ。

 つまりは、連中の判断次第で発砲が可能となる。

 いくら威力が大した事ないとはいっても、銃口を向けられた時の恐怖や威圧感は例えようがない。

「どうにかならないの」

「ここまで来ると、難しいわね。それに対抗上、私達が持つ訳にもいかないでしょ」

「まあね」

 もしそんな事をすれば、お互いが武装を強化するだけだ。

 その行き着く先は、過去の歴史を振り返るまでもない。

「いいや。仕事しよう」

 すぐに切り替え、サインを書く。

 でもって、手を止める。

「予算削減って、何かの冗談」

「至って本気よ。統合に際して、各部署は事前に合併するの。その分の経費を、まずは減らす訳」

 なんだかんだといって詳しいな。

 よく読むと、そんな事が書いてある。

 取りあえず、私やここの予算が減る訳でははないらしい。 

「それでも、一応は気にするようになったのね」

「何を」

「書いてる事をよ。前は、ただサインしてただけなのに」 

 少し嬉しそうなサトミ。

 そう言われると、そうかなとも思う。

 多少は物事を考え、冷静になっているのかもしれない。

 あくまでも、多少は。

「本当に、良い方向へ動いてるの?」

「誰の視点で?私達の視点でなら、良くはないわよ」

 何だ、それ。

「学内が荒れれば、それを名目に様々な人間や組織を鎮圧出来る。つまりは、例の馬鹿連中に取っては好都合よ」

「自分達の学校なのに」

「都合のいい学校へするためには、地ならしが必要なの」

「面白くないな」

 机を叩き、少しだけ怒りを発散させる。

 ただ、だからどうしようという訳でもない。

 学校とやり合うだけの意思もないし、能力もない。 

 第一、理由がない。

 塩田さん達のような。



 連合本部の、議長執務室。

 例によって、塩田さんはいない。 

 でも、モトちゃんいないな。

「木之本君だけ」

「今はね」

「どうして、そこに座らないの」

「僕の席じゃないから」

 ソファーで仕事をする木之本君。

 本当に人がいいというか、生真面目というか。

 いいや。じゃあ、私が代わりに座ってみよう。

「ユウ。ユウッ。どこに行ったのっ」

 叫び出すサトミ。

 どこって、椅子に座ってるだけだ。 

 勿論、向こうからは見えないけどさ。

「うるさいな。しかしこれ、大きいというか沈み込む」

「あなたが小さい過ぎるのよ。塩田さんは、そこに足を掛けてるじゃない」

「あれは、良くないんだけどね」

 ぽつりと呟く木之本君。

 いいじゃない、足くらい掛けたって。 

 私なんて、一生無理なんだし。

「それで、塩田さんに用事?」

「ううん。大した事じゃない。よっと」

 この椅子は、降りるのにも一苦労だな。

 いや。私にとってはだけど。

「ここの予算は減らないの?」

「大分減ってるよ。その分生徒会からの援助が増えてるし、人も減らしてるから。上手く行くと、来年には統合だね」

「じゃあ、議長は無しって事?」

「上手く行けばね。勿論元野さんは、統合後も幹部だろうけど。大変だね」

 笑う木之本君。

 だったら、自分も幹部じゃないのか。

 この子も冷静に見えて、自分の事は良く分かってないな。  



 少しして、ようやく戻ってくる塩田さん。

 何故か、副会長と沢さんも。

「また何かやったのか」

「そうじゃありません。話が聞きたかっただけです。どうして、学校とやりあうのかなって」

「簡単さ。沢は杉下さん。俺や大山は、屋神さんの仇討ち。ただ、それだけだ」

 気負いも何もない台詞。

 大きな意味も、何も。 

 ただ先輩の仇を討つという、それだけ。

「何だよ。前もそう言っただろ」

「そうだけど。本当にそれだけのために、学校とやりあうんですか」

「人から見て馬鹿馬鹿しく思えても、本人には大切な事もあります。確かに、馬鹿馬鹿しいんですけどね」

 どっちなんだ。

 言いたい事は分かるけど、どうも納得しづらいな。

「用は、それだけか」

「ええ、まあ。でも、学校といっても中央省庁と結びついてるんですよね」

「それがどうした」

 そう言われると、答えようがない。

 案外、馬鹿だな。

「何だよ、その目は」

「いえ、別に。参考になりました」

「この野郎。俺だって、そのくらいは考えてる。第一、一回学校とはやりあってるんだぜ」

「負けたんだろ」

 ぼそりと呟くケイ。

 その首を絞める塩田さん。

 大山さんが後ろから蹴りを入れ、沢さんが押し倒した。

「お前に発言権はない。まあ、負けは負けだけどな」

 案外、あっさりと認めてきた。

 だったら、床に倒れているケイは何だという話だけど。

「何が勝ちで、何が負けなんです」

「退学、転校、解任。今でも学校が押し気味。という訳です」

「じゃあ、勝てるんですか」

「厳しいね、君は」

 薄く微笑む沢さん。

 ただ、そこには自信以外の何も感じない。

 私には、その根拠すら理解出来ないが。

「ちなみに僕は、特別国家公務員。教育庁では、局長クラスだよ」

「でも、今はただの高校生じゃないですか。大体、何か偉いんですか」

「権限も制限されてるし、第一フリーガーディアンなのは一応秘密だから」

 小さくなる声。逸らされる視線。

 なんだかな。

「まあまあ、いいじゃないですか。とにかく学校とやり合うのは、大変という事です」

「それでも、やるんですか?」

「塩田の言う通り、私怨ですから。自分に感情がある限りは、どうしようもありませんね」



 寮の自室で、塩田さん達の言葉を思い返す。

 個人の感情。

 言いたい事は分かる。

 やはり、納得は出来ないが。

 自分の感情を優先させ、そこまで大きな権力へ立ち向かう意味。

 私には、それがどうなのか判断出来かねる。

「難しいな、これ」

 テーブルに広げた、少ないピースのジグソーパズル。

 出来たのは、ツーピースが3つだけ。

 このままだと、100年経っても終わらない。

 というか、これは完成出来るのか。

 ベッドサイドに座っているサトミを見上げ、ピースを指さす。

 助けを求めると言い換えてもいい。

「ピースが足りないんじゃない?」

「あなたの努力が足りないんでしょ。こういうのは、端から作るのよ」

 マグカップ片手に、器用にピースをはめていくサトミ。

 でもって気付いたら、小熊が出来上がっていた。

 手品でも使ったのか、この子。

「でも、駄目だね」

「何が?」

「裏見て、裏」

 クリアケースに入れたパズルを裏返すサトミ。

 そこにあるのは、抽象画のような花の絵。

 要は、ピースのはめ方が間違っている。

「なかなかやるわね。でも、甘いわよ」

 何が甘いのか知らないが、即座にばらしてまた組み始めた。

 でもって今度も、すぐに完成。 

 小熊も花も。

 天才とは聞いていたが、本当にそうらしい。

「所詮、私の敵ではないわね」 

 あごを反らして勝ち誇るサトミ。

 当たり前だ。ただのパズルじゃない。

 どうも変なところで負けず嫌いというか、向きになるからな。

「あーあ」

 ベッドに転がり、TVのチャンネルを変える。

 入り組んだ海岸線と、その先端にある岬。

 打ち寄せては返す波。

 景色は夜へと移り、灯台の光が船の行く手を導いている。

「大王崎だって」

「神代さんの実家が、この辺よ」

「ああ。そういえば、伊勢って言ってたっけ」

 海と空と、入り江。

 緑に山に、細い道。

 名古屋とは何もかも違う眺め。

 勿論気候も風土も、違うだろう。

 ケイが言っていたように、人間関係も。

「どうなんだろうね」

「何が」

「一人で、こんな遠くまで来て」

「さあ。私はせいせいしたけど」

 束ねている後ろ髪を撫でるサトミ。

 彼女も一人で、名古屋に来た身。

 神代さんのように高校からではなく、中学から。

 ただサトミの場合はお兄さんがこちらにいたので、多少事情は違う。

 親のとの関係も。

「微妙ね、何にしろ」

「全く。どいつもこいつも」

「何よ、それ」

「こっちの話。取りあえず、呼んでみよう」


 私の思惑を知っか知らずか、元気のない表情でやってくる神代さん。

 ジャージ姿の彼女にお茶を出して、まずは座らせる。

「どうよ」

「え」

 はたかれる頭。

 勿論神代さんがではなく、サトミがはたいてきた。

 むっとする私を無視し、サトミが上手に話を切り出す。

「さっき、TVで大王崎やってたわよ」

「ああ」

 小さく頷く神代さん。

 ただそこに、不安な影はない。

 つまりは、向こうで何かあって名古屋に来たのではない訳か。

「将来は、向こうへ戻るの?」

「どうでしょう。大学へ行くなら、名古屋に残った方が楽でしょうし」

「文系?」

「そうですね。日本文学なんて、いいかもしれません」

 スムーズな会話。 

 付け加えるのなら、私の時とは違う。

「伊勢って、赤福?」

「え?ええ、名物といえば名物ですね。多分魚介類もでしょうけど」

「伊勢エビとか?」

「それ程食べる訳ではないですよ。あれは、東京や名古屋へ出荷する物ですから」

 なる程。

 少しためになった。

 今聞く事でないという話は、ともかくとして。

「鯛の島なんて、有名よね」

「ああ。神島沖の」

「本当にあったのかしら?」

「博物館の資料を見る限りは、あったような気もしますよ。海流が早いので、今でも調査は難しいようですけど」 

 何だ、鯛の島って。

 全く、何一つ意味不明だな。

「タコじゃないの。タコ」

「採れますよ、タコも」

「海女さんは採らないの?」

「アワビとかですよ、彼女達が採るのは」

 噛み合う会話。 

 サトミとのレベル差は、ともかくとして。

 いいのよ、これで彼女の気が紛れれば。



 彼女を帰らせて、お茶を飲む。

 具体的には何も聞けなかったが、それ程深刻そうな様子はない。

 向こうで何かあったという訳でもない。

 だから心配する必要はない。 

 などと言い切れないのが、少し辛い。

「こうして下さいとか、こうなんですって言ってくれればいいのに」

「気を遣ってるじゃなくて。私達を巻き込みたくないとか」

「そんなに、頼りにならない?」

「外観はそうでしょうね」

 人の頭を撫でるサトミ。

 そうされても仕方ないくらいの体格。

 神代さんに至っては、サトミよりも大きいくらい。

 むしろ私が頼りたくなるくらいの。

「無論場合によっては、こっちで先手を打つ必要もあるんだろうけど」

「神代さんが気付かない内に?過保護じゃないの?」

「だったら、どうする?」

 そう言われると困る。

 何がどうなのかも、分かってないんだし。

「実はもう、何もないとか。この前の連中だけで終わりって」

「それなら問題ないわよ。どちらにしろ、状況を見るしかないわね」

「待つのは苦手なんだけど」

 別に攻めたいという訳ではない。 

 ただ、じっとして事が進行するのが気になるだけだ。 

 それが間違いなく嫌な方向にしか行かない時は、余計に。

「いいや。少し、落ち着こう」

「何か食べるの?」

「これ、これ」

 照明を落とし、太くて短いキャンドルに火を付ける。

 すぐに漂ってくる、花の香り。 

「アロマキャンドルね。どうしたの、これ」

「コートのおまけ」

 薄闇に浮かぶキャンドルとテーブル。

 その先に見える、サトミの顔。

 ぼんやりしたと、幻想的な。

 ただ綺麗に浮かび上がると言うよりは、ちらついてかなり見にくい。

「いまいち、あれだね」

「なに」

「盛り上がりに欠ける」

「これは、盛り上がらないために使うのよ」

 サトミの話を聞かず、キッチンからオレンジを持ってくる。

 食べてもいいが、それはまた後で。

 果物ナイフで皮だけ剥いて、摘んでみる。

 飛んでいく皮の汁。

 青く燃える、キャンドルの周囲。

「はは。面白い」

「何が、落ち着こうよ」

「いいじゃない。面白いんだし」

「おねしょするわよ」

 この子は私を、何才だと思ってるんだ。

 まずは湯飲みを置いて、トイレに行く。

 いや。しないけどね。

 危険な芽は、早めに摘むに限るから……。



 当たり前だが、する訳がない。

 というか、した記憶なんて遠い昔だ。

 別に、懐かしくもないけどさ。

 翌日、オフィスでその話をしたら鼻で笑われた。

「すればいいだろ。どれだけでも。尿毒症になるよりましだ」

 普通に言い放つケイ。

 この人の場合は、高校生になってもしてたからな。

「あーあ」 

 がぶがぶお茶を飲む男の子。 

 これなら、おもらしもするか。

「誰か来てるわよ」

 本から目を離さないサトミ。

 気付いたら、出てよね。

 仕方ないのでケイをつつき、出るように促す。

「俺かよ」

「いいじゃない。勝手に入ってこないなら、危ない相手かもしれないし」

「俺が危ないならいいのか」

 ぶつぶつ言いつつ、ドアへ向かうケイ。

 それでも警棒のフォルダを腰に付け、慎重にドアを開ける。


 ドアの外に立っていたのは、やたらに大きい男。

 態度もでかく、半笑いでケイを見下ろしている。

「神代って女はいるか」

「誰、それ」

「お前達の知り合いなのは分かってるんだ。隠してるのなら、早く出した方が身のためだぞ」

「なんだ、身のためって。ミノムシの親戚か」

 鼻で笑うケイ。

 男も笑いつつ、その太い腕を無造作に振った。


「うっ」

 小さく上がる唸り声。

 しかしケイは無事。

 苦しそうに、喉を押さえているだけで。

「お、お前。引くなら引くって」

「殴られるよりはましだろ」

「はいはい。じゃあ、交代だ。……多分、こいつは中ボスだな」

 小声で呟き、下がるケイ。

 彼と代わって、男と対峙するショウ。

 体格では引けを取らず、外観では比較する事すら無意味。

 それでも男は、余裕の表情を崩さない。

「ちょっとはやるらしいが、俺とは止めた方がいいぞ」

「何を」

「いきがるのも初めだけだ。とにかく、女を出せ。嫌なら、後ろの女でもいいぞ」

 私。

 ではなく、サトミへ向けられる視線。

 しかし彼女は、ガラスの向こうにでもいるかのように微かな反応すらしない。

「どっちにしろ、相手にされてないんだ。早く帰れ」

 あくまでも冷静に対応するショウ。

 だが男の方も、引く気配はない。

「仕方ないな。弱い奴をいじめても仕方ないが、言っても分からないなら」

 さっき同様無造作に振られる腕。

 あごを反らしてかわすショウ。

 ただ、それはフェイント。

 すぐにローが飛び、続いて下がった鳩尾に膝が入る。

 あっさり床に倒れるショウ。

 男は鼻で笑い、倒れている彼を軽く蹴った。

「分かったか。取りあえず、金で解決してやる」

 無言で出される数枚の紙幣。

 それを拾い上げ、もう一度ショウを蹴る男。

「今度までに、この倍用意しておけよ」



 起き上がったショウに駆け寄り、ほこりを払う。

 その凛々しい顔を見上げながら。

「何だよ」

「確かにコンビーションとしては早かったけど、当たる程じゃないでしょ」

「ああしておけば、俺が鴨と思うだろ」

 逸らされる視線。

 少し赤い頬。

 ようやく彼の意図を悟り、丁寧にほこりを払う。

 彼の優しさと、思いやりに感謝を込めて。

「また来たらどうするの」

「あの程度なら、当たる方が難しい。倒すのはいつでも出来るけど、それだと連中の目的が分からないだろ」

「玲阿君、恰好いいー。俺が女なら、間違いなく惚れてるね」

 気味の悪い台詞を吐いて、薄く微笑むケイ。

 何というのか、さっきの男以上の悪い顔で。

「心配せずに、金は幾らでも払えばいい。俺が、後で回収するから」

「回収?」

「2倍。いや3倍かな。久し振りの儲け話だな」

 本当、悪いのは誰かって話になってきた。

 この子が悪魔をみたいと言い出したら、すぐに鏡を用意しよう。

「玲阿君も頭が良くなった事だし、俺も楽が出来る」

「楽って、お金を巻き上げるだけじゃないの」

「じゃあ、ユウの取り分も用意する」

 そういう問題じゃないんだけどな。

 いや。もらう物はもらうけど。

「大体、あれは誰」

「伊勢での一件が、この間の連中。今のは推測だけど、傭兵としての上部組織の人間だろ。連中は下からのピラミッド方式でなりたってるから」

「じゃあ、今の奴も親玉もいるって事?」

「そりゃいるさ。フィクション同様、悪い奴は表に出てこない」

 なる程。

 そう言われれば、サトミも表には出てこないな。

「私は悪くないわよ」

 怖い目で睨んでくる少女。

 なおかつ頭が良いから、性質が悪い。

「でも、どうしてここに来たんだろ。直接、神代さんの所へ行けばいいじゃない」

「搦め手から攻めるのよ。回りを埋めて、本人の行き場が無くなった所で行動に移す訳」

「そう簡単に、私達が逃げるとでも思ってるのかな。全く」

「誰もがユウ程強い訳じゃないの。あなた程、血の気も多くないし」

 誉めてるのか、これは。

 何かを言い返そうとしたら、財布をひっくり返してる男の子が目に入った。

「どうしたの」

「いや。金が無くて」

 当たり前だ。

 さっき取られたばかりでしょうが。

「大丈夫?」

「そこまで厳しくはないさ。楽でもないけど」

「私もないよ。この前コート買ったし」

「泣けるな」

 笑うショウ。

 私も笑って、彼の肩を叩く。

 彼を労るようにして、その頼り甲斐のある肩を。



「お金頂戴よ」

「はいはい」

 差し出した手の平にお金を置いてくれるお母さん。

 多分、飴が一つくらいは買えると思う。

「あなた奨学金をたくさんもらってるでしょ」

「学校運営費や借りてる物の支払いで、殆どは学校へ戻ってくの」

「コートを買ったって、聡美ちゃんから連絡があったわよ」

 あの女、余計な事を。

 というかあの子は、この家のなんなんだ。 

 どうも、私以上に影響力がありそうだな。

「欲しいなら、働きなさい。まず、肩揉んで」

「え」

「飢えっていうのは辛いわよ。本当に寂しいわよ」

 真に迫った声を出すお母さん。。

 というか、そこまで困ってないっていうの。

「お客さん、凝ってますね」

「子供がどうしようもなくて。本当、大変ですの」

「しつけが悪かったんじゃないですか?」

「さあ、どうでしょう。落ち着きが無くて、小さくて、丸いんですよ」

 それは自分もじゃない。

 力尽くで叫ばせようと思ったけど、悲しいかなそこまでの握力がない。 

 むしろむきになる程、気持ちいいんじゃないの?  

「もういいわ。飽きたから、庭に水撒いて」

「寒い」

「その代わり、懐が暖かくなるわよ。頑張って、優ちゃん」


 縁側を降り、水を撒く。

 しかしこんな寒いのに、水なんて浴びて平気なのかな。

「向こうの方、枯れてるよ」

「一年草だから」

「お母さんも?」

「私は一生咲き続けるの。咲き誇るのよ」

 こういう事を言う自体、枯れてる証拠だな。

 私はまだこれから咲く身だけれど。



 木枯らしと呼ぶにはまだ早い。 

 だけど冷たい秋の風。

 やがて訪れるだろう、厳しい季節。

 だがそれに立ち向かう術は知っている。

 そっと掛けられるコート。

 握られる手。 

 人の優しい温もりも。












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