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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第23話
257/596

23-6






     23-6




「静かにしなさい」

 会場全体にではなく。

 私一人に向かって放たれる台詞。

 黒沢さんは長い髪を後ろへ流し、私を睨んできた。

「何よ。自分だって、花火上げた癖に」

「あれは、偶然よ」

 ほう、すごい偶然もあったものだな。

 というか、そんな訳あるか。

「とにかく終わった事だから」

「何も終わってない。……黒沢さんは、ハードルに出ないの」

「リレーに専念したいので。明日佳さん程期待もされてないし」

「拗ねないでよ。私は期待してるから」

 彼女の肩を揉み、腕も揉む。

 意外とがっしりしてるというか、こう迫力があるな。 

 一体神様は、何を思って彼女をこうしたんだろう。

 でもって、私をこうしたんだろう。

 一度でいいから、じっくり話しあいたいな。

「くすぐったいから、止めて。それより、警備はどうなってるのかしら」

「四六時中張り付いてても仕方ないでしょ。あ、お疲れ様」

 濡れた髪をタオルで拭きながら洗われる青木さん。 

 顔が上気してるのは、シャワー後なのと競技の高揚感も残っているのだろう。

「ありがとうございました」

 笑顔での会釈。 

 私と、何より黒沢さんへ対しての。

「礼を言われる程の事でもないわ。でも、おめでとう」

「いえ。花火は、やり過ぎだと思いますけどね」

「私は、誰のために」

 そこで口をつぐむ黒沢さん。

 自分で言ってれば世話無いな。



 取りあえず陸上部は一段落付いたので、本部へと戻ってくる。

 でもって、端末をチェック。

 ニャンに異変は無し。 

 5分おきにやってるが、全然平気。

 少なくとも私はね。

「ここにいていいの」

 私を見下ろすサトミ。

 別に威圧してる訳ではなく、身長の関係上。

 しかしいいのって、今戻ってきてどこか行く所なんてあったかな。

「猫ちゃんは」

「今は集中する時だから、そっとしておくの」

「あなたも、気を遣うのね」

 まるで普段は遣ってないような言い方。

 取りあえず後ろで束ねている髪を掴み、ストレスを発散させる。

 サトミへストレスを移動させるとも言う。

「じゃれるなよ」

 邪険に手を振るケイ。

 だったら、こっちに倍乗っけるか。

「私はね。あなたに迷惑を掛けられた覚えはあるけど、掛けた覚えは一度もない」

「言い切れるのか」

 そう尋ねられると、自信がない。

 少し冷静になって、過去を振り返ってみよう。

 多過ぎて、思いもつかないな。

「それより、犯人は見つかったの」

「ドラマじゃないんだから、1時間以内に事件が解決するな程都合良くは出来てない」

「誰も、屁理屈は聞いてない」

「もういい」

 勝った。

 もしくは、勝った気になった。

「塩田さんは、まだいないの?」

「連絡は来る。何してるのかは知らないけど、敵を追い込んでるんだろ。自分こそ、自警局との交渉は」

「小谷君へ一任してある」

 にこやかに微笑むサトミ。

 とはいえ自分が何もしない訳ではなく、全てを指示し終えた後での事だろう。

 また現実を考えれば行動するのは自警局の人間なので、サトミがそっちにいてもあまり意味はない。

 いても、問題はないが。

「面白くないな。まさか、これで終わりって訳じゃないでしょうね」

「襲われなければ、うやむやでもいいじゃない」

「そうだけど。人を狙っておいて、それで終わりなんて」

「納得出来なくても、何も無いのが一番よ」

 諭すような台詞。

 それは分かるが、納得出来ないものは出来ない。

 揉め事。

 ニャン達を危険に晒すよりは確かにいいとしても、危害を加えようとした人間を放っておくのもどうかと思う。

 だからこそ、塩田さん達が動いているんだろうけど。



「よう」

 例により、銃を担いで現れる風間さん。

 全員の咎める視線が気になったのか、彼はそれを下ろして軽く振った。

「弾は入ってない。空砲だ」

「だったら、何のために持ってるんですか」

「こうだ、こう」

 銃身を持って振り回す風間さん。 

 原人だね、まるで。

「少し聞いて回ったが、犯人の特定までは難しいな。狙ってる相手が相手だし、かなりカムフラージュしてる」

「それを見つけるのが」

「俺は警察じゃない」 

 先手を制された。

 全く、じゃあどうすればいいって言うんだ。 

 いっそ私が。

「ユウは探さなくていいわよ」

「あ、そう。じゃあ、警備を増やして。後3000人くらい」

「物事は、もう少し考えて喋りなさい。ガーディアンを全員動員しても、足りないわよ」

「むかつくな」

 勿論サトミがではなく、その犯人が。

 襲っておいて、それっきり。

 後はこっちのストレスと不安感が高まるだけ。

 精神的な揺さぶりなのかも知れないけど、とにかく苛立ちだけが募っていく。

「お前は、本当に落ち着きがないな」

「済みませんね。ちゃかついてて、小さくて」

「誰も、そこまでは言ってないだろ。大体塩田が探してるんだろうし、あまり気に詰めるな」 

 労るような台詞と、優しい表情。 

 おかげで少しだけ、気が楽になる。

「それか、猫木だったか。そいつが走るのを止めるかだ」

「それはあり得ません」

「たかが学校のイベントだぜ。世話の焼ける奴だな」

 言葉とは裏腹な、楽しそうな表情。

 ニャンの置かれている微妙な立場。

 何より、その心情を理解した。



 学校を離れ、学外のグラウンドへやってくる。

 私を制止する、スーツ姿の男性。 

 胸元に、陸連のIDを付けた。

 何か言おうとしたが、取りあえず抑えて自分のIDを見せる。

「ここは今、立ち入り禁止になってます」

 杓子定規の対応。

 私がニャンの知り合いで、その旨は陸上部から伝わっているにも関わらず。

「会うんじゃなくて、確認するだけです」

「申し訳ありませんが」

 丁寧な口調。

 さっきの風間さんとは違う意味での、言葉とは裏腹な態度。

 苛立っているところへ、この対応。

 深呼吸して、意識を抑える。

「他のメンバーは、警備しないんですか」

「その必要がないので」 

 なるほど。こう来たか。

 これ以上は、話し合う余地無しだな。

「分かりました。では、失礼します」



 警備なんて物は、突破されるためにある。

 仮にニャンを護衛しているとしても、抜ける方法はいくらでもある。

 裏を返せば彼女を狙ってる連中も同じ事をする可能性はあるが、そこは経験と実力が物を言う。

 取りあえずスティックを取り出して。

「何してるんだ」

 植え込みを飛び越えようとした所で、声を掛けられた。 

 タイミングがタイミングなので、飛び越えるどころか激突しかける。

「あのな」

 どうにか私を受け止めるショウ。

 要は彼の胸へ飛び込んだ恰好となる。

 何やってるんだ、私達は。

「ニャンに会おうと思って」

 今度はすぐに、彼から飛び退く。 

 恥ずかしさと、助走を取るために。

「話して、入れてもらえよ」

「立ち入り禁止です」

「よく分からん。とにかく、馬鹿な事するな」

 冷静にたしなめられた。

 ただ、それはそれ。

 やるべき事はやる。

「落ち着けって。俺が通してやるから」

「偉いね、随分」

「ただ、ここの警備をやってるだけだ」

「止められたらどうするの」

 答えないショウ。

 聞かない方がいいかも知れない。



 改めて目立つ、スーツ姿。

 カメラを廻す者、端末で連絡を取る者。

 広いグラウンドにいるのは、おそらくニャンだけ。

 それに対して、これだけの大人。

 彼女の置かれている立場を、改めて理解する。

「ニャンはいるの」

「いなかったら、俺達は何してるかって話になる」

「逃げたかも知れないじゃない」

「ユウみたいにか」

 何か言い返そうとしたら、さっきの男が現れた。

 今度はかなりの、威圧的な表情で。

「立ち入り禁止と伝えたはずですが」

「陸上部の許可は得てます」

 静かに返すショウ。

 男は鼻を鳴らし、胸元のIDを指差した。

「ここは現在、陸連の管轄下にあります。全ての権限は、我々陸連が掌握していますので」

 つまり、高校生のクラブなど無関係と言いたい訳か。

 面白いな、それ。

「彼女は陸上部で、これから行われるのも学内のイベント。陸連は無関係じゃないんですか」

「子供の理屈に付き合ってる暇はない。早く出て行け」 

 私に対して。  

 さらには、、ショウに対しても言い放つ男。

 怒るのも馬鹿馬鹿しいな。

「全く。こっちはガキの警備で大変だって言うのに」



 背後に回り込み、胸元からちぎったIDを頸動脈へ突き付ける。

「じゃあ、自分が出ていけば」

「な」

「お前が出て行けと言ってるんだ」

 襟首を掴み、片手で持ち上げるショウ。

 彼と同じくらいの体型の男を。

「馬鹿が」

 揺れる地面。

 倒れる男。

 私の怒りは収まらないが、これ以上はやる気も起きない。

「こ、この」

 真っ赤な顔をして、端末で連絡を取る男。

 ここで逃げるのは簡単だ。

 ただ、私が逃げる理由は何一つ無い。

 だからショウも動く事はない。


 周囲を取り囲む大男達。 

 陸連の関係者。

 横に広い体型からして、フィールド競技か。

「この馬鹿を捕まえて、警察へ」

 伸びてきた手を軽くかわし、足を払って地面に倒す。

 上体しか鍛えてないから、そういう事になる。

「何を騒いでるの」

 良く通る低い声。

 紺のスーツを着た、凛とした女性が大男達の間を割って現れた。

「誰だ、お前は」

「この土地の所有者よ」

「あ?」

「全く、誰が馬鹿なんだか。草薙高校理事長と言えば、分かるかしら」

 示されるID。

 一斉に下がる男達。

 所詮は身分でしか相手を推し量れない連中か。

「それで、揉めてる理由は」

「こ、こいつらが、勝手に入り込んできて」

「勝手に、ね。あなたこそ、誰の許可を得てこのグランドに入ってるの」

「許可もなにも、我々は陸連から派遣された者です。猫木さんの安全を確保するために」

 鼻で笑う女性。

 反らされる顎。

「許可も得ずに勝手に入り込んで、随分偉そうね」

「い、いや、その。我々は、ただ」

「陸連を呼んだ覚えはないし、警備を依頼した記憶もない。どうしてもというのなら、生徒達の指示に従いなさい」

「え?」

 冗談だろという顔。

 しかし女性は顔色一つ変えず、彼を厳しく見据え続ける。

「出ていくか従うか。今すぐ、選びなさい」



 尾を巻いて逃げていく男達。

 石でも投げてやりたい気分だが、地面を蹴って取りあえず我慢する。

 でもってすぐに、頭をはたかれる。

「な、何をっ」

「誰が馬鹿って、あなたが馬鹿なんでしょ」

 真上から人を見下ろす理事長。

 あくまでも、自称。

 タイピングの教師と、私は記憶してる。

「自分だって、ただの教師じゃないですか」

「これは、姉さんのIDなの」

「姉さん?誰が」

「理事長の高嶋瞳よ。私は、その妹。母親の、旧姓を名乗ってるけどね」

 どこかで聞いた話だな。

 ただIDは本物に間違いなく、だから嘘でもないんだろう。

 相性が悪いのは、どうもその辺も関係があるな。

「陸連の幹部が来てるから、代理で会いに来たの」

「そういう仕事もするんですね」

「姉さんがいない時は、仕方なくね。こんな馬鹿みたいに大きな学校を作って、お祖父様も何を考えてるんだか」

 根底からの否定。

 しかもかなり本気っぽい。

「それで、猫木さんだった。もう、学校へ戻ったわよ」

「嘘」

「そう思うなら、探しなさい」

 指差される広い敷地。

 仮にいたとしても、すれ違いになるのは必至な。

「後の事は私がやるから、早く行って」

「後って、私達は何も」

「陸連の関係者を投げ飛ばして、ただで済むと思ってるの」

「今すぐ消えます」



 学校のグラウンドへ戻り、トラックを見渡す。

 走っているのは男の子達。

 遅くはないが、そう速くもないペースで淡々と。

 3000メートル走って、限界にでも挑戦してるのかな。

 それはともかくすぐにプログラムを確認し、また走る。

「どこ行くんだ」

「女に事情を聞かないで」


 トイレから出てきて、一件落着。

 スポーツドリンクを飲み過ぎたかな。

 でもって時計を確認し、また走る。

 戻ってきて、喉が渇いたからスポーツドリンクを飲む。

 悪循環を、身をもって体験中だ。

「あなたは、何がしたいの」

「今は分かんない。ニャンは」

「まだ時間はあるわ。警備は」

「そうか」

 椅子から飛び降り、また走る。 

 明日どうなるかは、明日考えよう。

 というか、もう決定か。



 息を整え、インカムに話しかける。

「状況は」

「特に問題は無し。各ガーディアン配置完了」

「了解。ショウと御剣君を、ゴール付近へ。柳君を第2走者とのバトンゾーン、名雲さんは第3。それ以外は、入退場口付近へ。沢さんは、遊軍で」

「了解」

 私もゴール付近へ待機し、ひざまづいて靴を叩く。

 意味はなくもない。

 今現在は、単に緊張を逃がすためだが。

「選手入場」

 入ってくる選手達。

 焚かれるフラッシュ、拍手と歓声。

 一気に上がるボルテージ。

 前回のような悪意は薄い。

 ただ盛り上がりの度合いは、比べ物にならないだろう。


 それぞれ配置に付く選手達。

 まずはウォーミングアップ。

 例の招待選手達の姿もある。

 彼女達はニャンとは別な組の、準決勝を勝ち上がってきた。

 ニャン達同様、全レースをトップで。

「ユウユウ」

 声を掛けてくるニャン。

 指差される彼女の足元。

 スパイクではなく、スニーカーの足元を。

 彼女の後ろを駆け抜け、一瞬振り向く女。

 意味ありげな笑顔と共に。

「スパイクは」

「切り裂かれて、燃えてた」

「どうするの」

 私達を交互に見据えつつ、ゆっくりと近付いてくる女。

 下がるニャンの顔。

 小さく漏れるため息。

 女の口元が横に裂け、何か言いたげに動き出す。


「いいわ。あれは捨てる奴だったし」

 そう言って、スニーカーを脱ぐニャン。

 私は履いていたスパイクを脱ぎ、彼女のスニーカーと交換した。

 正確には、お互いが本来の靴へと履き替える。

「誰だろうね、そんな事するの」

「やる事がなくて、暇なんでしょ。……生ぬるい」

「温めてたのよ。豊臣秀吉みたいに」

「じゃあ、懐に入れてよね」

 軽く走り出すニャン。

 しなやかで、かつ力強い走り。

 一瞬して目の前から、消えるその姿。

 手を上げ、彼女の健闘を祈る。

 ニャンも手を振り、それに応える。

 言葉はもう必要ない。

 ここから先は、彼女の世界。

 そして私は、その勝利を待ってさえすればいい。



 静かになっていく会場。

 位置に付く選手達。

 張りつめた空気。

 心臓の音すらも聞こえそうな程の。

 唐突に。

 しかし実際は、正確に鳴らされるスタートのピストル。

 飛び出すトップランナー。

 観客の緊張は解かれ、歓声が巻き起こる。

 選手はそれに構う余裕はない。

 また気付いてもいないだろう。

 トップは陸上部。

 招待選手達は、その後ろ。

 後続はすでに、かなり引き離されている。

 渡るバトン。

 さらに付く加速。

 順位は変わらない。

 むしろ距離は開いていく。

 盛り上がる観客。

 動かなくなった走者達が、振り返られる事はない。

 誰もがただ、前を行く。

 託されたバトンを手にし。


 先頭でバトンを受け取る黒沢さん。 

 続いて招待選手。

 さっきまでは、少しずつ開いていた距離。

 ただ、今度は変わらない。

 しかし、追いつかれる事もない。

 長いストライド、安定したフォーム。

 リズミカルで、綺麗な走り。

 長い黒髪がたなびき、彼女の姿は遥か先へ。


 渡されるバトン。

 一瞬にして視界から消えるニャン。

 何もかもを、後ろにして。

 私は彼女から視線を外し、観客の動きに意識を払う。

 最後まで見ていたい。

 ゴールを駆け抜ける、その瞬間まで。

 でも私の役割は、彼女を守る事。

 それに見なくても、結果は分かっている。

 心に焼き付いている。

 彼女がトップでゴールを過ぎる。

 跳ぶようにではなく。

 矢のように、地面の上を駆けていく。

 羽根もない人は、空を舞えない。

 だからこそ彼女は地を行く。

 人として許されるだけの早さを得て。

 ゴールを駆け抜けていく。



 静寂。

 小さな拍手。 

 歓声は鳴り止まず、会場は拍手に包まれる。

 背中に感じる柔らかい感触。

 首に回される華奢な腕。

 私は前に回ってきたその手を握り、荒い息を付くニャンの頬に顔を寄せた。

「ちゃんと見ててよ」

「見なくても分かる。ニャンが勝ったんでしょ」

「まあね」

 耳をくすぐる笑い声。

 腕を解き、前へと回り込んでくるニャン。

 レース前の厳しい表情ではなく、充実感と達成感に満ちあふれた表情。

 私はそれを改めて心に焼き付け、すぐに視線を観客席側に向けた。 

 不審な動きをする存在は無し。

 少なくとも、今の所は。

「ニャン、後ろに」

「あ、うん」

 彼女を後ろにかばい、近付いてきた招待選手と対峙する。

 悔しさと不満と、怒りだけが表れた表情。

 だから何だという話で、負けたのは自分の実力だ。

「何か用」

「用?あなたには無い」

「じゃあ、帰ったら」

「ふざけてるんじゃ」

 ゆっくりとした、ただ本人は不意を突いたと思ってるだろう平手打ち。 

 顎を引いてそれを交わし、空振りさせる。

 カウンターを合わせるのは簡単でも、さすがにそれは大人げない。

 この後の対応にもよるが。

「くっ」

 今にも飛びかかってきそうな顔。

 現に距離は、さっきよりも詰まっている。

 仕方ないので、軽く転ばせて終わらせるか。

「どうかしたんですか」

 のそっと表れる大男。

 女に落ちる長い影。

 顔は陰を宿し、野性的な顔がより迫力を増す。

「この女が、ケンカしたいんだって。相手してやって」

「え、俺が?」

「他に誰がいるのよ」

 困惑する御剣君。

 顔色を変える女。

 怒りではなく、怯えの表情へと。

「ほら、ケンカしたら」

「だ、誰が」

「あなたと、この子がよ」

 ひっと声を出し、駆け出す女。

 もしかすると、レースの時よりも早く。

「無茶苦茶ですね」

「いいのよ。ああいう馬鹿は、がつんとやっておけば」

 腕を振り回し、嫌そうな視線をニャンからも浴びる。

 何よ、私が誰のためにやったと思ってるのよ。

「明日佳さん」

 物静かな足取り。

 黒髪をかき上げ、ニャンの手を取る黒沢さん。

 様にはなっているが、握手をしただけだ。

「可愛い手ね」

 私が指しだした手をじっと見つめる黒沢さん。

 今言う事か。


 花束を手にトラックを走るニャン達。

 要はウイニングラン。

 さっきよりも控えめな、だけどより暖かい拍手と歓声。

 それに手を振って答えるニャン達。

 私は彼女達から少し離れ、付いていく。

 あくまでも警備の一人として。

 華やかな場所で喝采を浴びる人達。

 そこから離れ、陰に徹する。

 勿論不満はない。

 喜び以外は何も。

 戦いを終えた彼女達を守り、その役に立つ。

 それが自分の知り合いであればなおさらに。

 光射す場所にいる彼女達を眩しく見つめ、誇らしく思う。



 SDCの優勝で終わる体育祭。

 正確には陸上部主体のSDC-Cの。

 戦力的にも申し分ないし、高跳びとリレーの加算が決め手となったらしい。

 ただ、それはもう済んだ事。

 まだやるべき事は残っている。

 彼女達ではなく、私にとっての。

 ようやく現れる塩田さん。 

 すぐ彼へ駆け寄り、期待はせずに尋ねてみる。

「犯人は見つかりました?」

「ああ」

 あっさりと返って来る答え。

 それも、予想外の。

「どこに」

 スティックを抜き、腰をためて息を整える。

 塩田さんは嫌そうに私から距離を取り、スティックをしまうよう手を振った。

「もう片付けた。大阪なんて、すぐだな」

「大阪まで行ってきたんですか?大体、犯人は生徒会じゃ」

「声が大きい。手引きした可能性はあるが、主犯は別にいた。そそのかされた気もするが」

 肩すかしをくらった心境。

 犯人はこの手で捕らえるつもりだったのに、もう片付いていると言われてしまったら。

「で、大阪で何をしてたんです」

「秘密だ。とにかく、これで終わった」

「だって、ニャンを」

「それであいつが出場停止にでもなったらどうする。大体、陸連の関係者を投げ飛ばしただけでも問題なんだぞ」

 よく知ってるな。

 ただ、あれでもセーブした方だ。

「じゃあ、もう大丈夫なんですね」

「今回の連中に関しては」

「何か、面白くないな」

「知るか。浦田はどこ行った」

 久し振りに聞く名前。

 そう言えば、そんな人もいたな。


「手は打ったか」

「ええ。明日の新聞で確認出来ます」

「証拠は」

「まさか。自爆ですよ、自爆」

 鼻で笑うケイ。

 良く分からないが、こういう時はろくでもない事をした後だ。

「ならいい。学校は」

「そっちは、サトミの管轄なので」

「特に問題ありません。人の出入りと行動についてチェックしましたので、今後の参考に」

「ああ。しかし、猫木まで巻き込むとは。お前は関わりたくないと思ってるだろうが、向こうは手当たり次第だからな」

 面白くはない話。

 ただ、改めて突きつけられる現実。

「何か、いい方法はないんですか」

「そんなのあったら、俺達は一昨年にやってる」

 なるほど。

 でもってここまで引きずる事はなく、退学者を出す必要も無かったという訳か。

 勿論そう上手くは行かないので、私達どころかニャンにまで累が及んだ訳だが。

「とにかく終わった。後は帰って寝ろ。で、文化祭で弾けろ」

「気楽ですね」

「大阪まで行って、疲れたんだ」

 さっきは、近いって言ってたのに。

 でも午前中は見かけたし、昼に行ってもう戻ってきた事になる。

 忍者だから、分身の術でも使ったのかな。



 寮ではなく、家へ戻る。

 さすがに疲れて動く気力もない。 

 走るのは慣れているが、全力疾走を連続して繰り返したせいだ。

「床で寝ないで」

「だるいもん」

「大体、どうしてあなたもグラウンドを走ってたの」

「見てたの」

「当然でしょ」 

 何が当然か知らないが、それはそれで素直に嬉しい。

 疲れが一気に吹き飛んだ。 

 という心境になり、どうにかソファーへ這い上がる。

「ご飯は」

「いらない。少し食べてきたし」

「ニャンちゃんは」

「陸上部で、祝勝会やるって」

 私も誘われたが、気力体力共に限界だったのでさすがに断った。

 このまま引退した方がいいのかな。

 何からかは、知らないけどさ。

「マッサージは」

「面白いね、それ」

 すぐに足を抱え、ディフェンスする。

 あれが体に良いとしても、あの苦痛を味わうなら明日の筋肉痛の方がいい。

 苦痛というか、笑い過ぎなんだけどね。


「お父さんは」

「さあ。また、栄養ドリンクでも取りに行ったんじゃないの」

 もう夜だし、さっきまでその辺にいた気がする。

 それとも、夢でも見てたのかな。

 というか、今私は起きてるのかな。

「……何してるの」

「いや。夢かなと思って」 

 頬から手を離し、首を傾げる。

 痛くはないし、どこまでも伸びる。

 ただ夢ではなく、そういう体質なんだろう。

 どういう体質かは、ともかくとして。

「明日って、文化祭だった?」

「私に聞いてどうするの。あなたの学校でしょう」

「こないの」

「行くに決まってるじゃない」

 何だ、それ。

 パンフレットに線を引くな、線を。

「優は何か出ないの。侍女の役とか。魔女とか」

「学芸会じゃないんだって。そういうのは、演劇部がやるの」

「じゃあ、屋台は」

「もう懲りた」

 怪訝そうな顔をするお母さん。

 そういえば、たこ焼き屋の話はしてなかったか。

「あれは採算を考えないと駄目なんだって」

「細かい子ね。何が大事って、味じゃない」

 はっきり言い放つお母さん。

 やっぱり私は、この人の子供だな。



 揺すられる体。

 開かない目をこすり、のろのろと顔を上げる。

「誰」

「私よ、私」

 首に何かが掛けられる間隔。

 分からないので、もう一度寝る。

「起きて」

 さらに揺すられる体。

 最近、こういうのばっかりだな。

「ニャン……。ここ、どこ」

「ユウユウの家でしょ」

 真顔で答えるニャン。

 その後ろには、黒沢さんと青木さんの姿も見える。

 正確には見下ろされている。

「二次会よ、二次会。おばさん、私ラーメン食べたい」

「勝手な子ね。塩でいい?」

「ええ。この子達にもお願い」

「はいはい。今すぐ」

 とことことキッチンへ消えるお母さん。 

 黒沢さんはその背中を見つめ、すぐに私を見下ろしてきた。

「お姉さん、じゃないですよね」

「おばさんって今、ニャンが言ったじゃない。おばさんよ、おばさん」

 キッチンから出てくる包丁。 

 半分だけ覗く顔。

 面倒なので手を振り、引っ込むように促す。

「優も手伝って」

「もう、眠いのに」

「じゃあ、あなたはいらないのね」

「今行く」


 麺をすすり、少しコショウを足す。

 みんなは塩だけど、私は醤油トンコツ。 

 自分で取ったダシなので、味もひとしお。 

 塩味じゃないけどね。

「美味しいです」

「本当に」

 誉める黒沢さんと青木さん。

 お母さんは口元に手を当て、ふふと笑って見せた。

「優ちゃん、もう一杯どう?」

「誰が優ちゃんよ。それと、もうお腹一杯」

「小食な子ね。誰に似たの」

「おばさんでしょ。私も、もういらない」

 炒めネギを残すニャン。

 もったいないので、それだけ食べる。

 食べ差しという指摘もあるが、気にしない。 

 美味しいし。

「……なんだ、これ」

 首に感じる負荷。

 下の方でぶら下がる平らな丸い物体。

 メダルのように、見えなくもない。

「今さら、何言ってるの。さっき、明日佳さんが掛けたでしょう」

「そんな事知らない。これって、リレーの?」

「それ以外のメダルだったら怖いわね」

 笑うニャン。

 ちなみに彼女の首には、ブロンズのメダルが掛かっている。 

「青木さんのメダル?」

「そう。陸上部最強っ」

 突然叫ぶニャン。 

 拍手する、黒沢さんに青木さん。

 酔ってるな、この3人。 

 何って、この雰囲気に。

 しかも、お酒も飲まないで。

「優達は駄目だったの?騎馬戦は、すごかったじゃない」

「すごかったのは、あれだけ。というか、ショウ君達だけ」

「格好良かったのに」

「娘の彼氏が?」

 笑うニャン。

 その肩を叩き、おかしそうに笑うニャン。

 私は何一つ面白くないが。

「やっぱり付き合ってるの?」

「黒沢さん、当たり前の事を聞いても仕方ないですよ」

「あ、なる程」

 勝手に納得して、勝手に盛り上がってるな。

 この際、もうどうでもいいけどさ。

「付き合いは、長いんですか」

「中等部の頃からだから、5年じゃない」

 代理に答えるニャン。

 それを聞かない振りをして、ミルクセーキをストローで飲む。

 バニラが多くて、美味しいな。

「相思相愛なの。相思相愛」

「本当に?」

「本当に」

 言い切るな。

 いや、私は否定しないけどね。


 気付いてたら寝てた。

 それとも、気を抜いてたのか。

 とにかくリビングに人はいなくなり、食器も片付けられていた。

「みんな帰ったの」

 返らない返事。

 時計を見て、時間の経過を認識する。

「祭りの後だね」

 一人で呟き、ソファーから降りる。

 静まり返った家の中。

 物音ももなく、人の気配もない。

「神隠しかな」

 馬鹿げた事を呟きつつ、階段を登って自分の部屋に戻る。

 もしかと思ったが部屋には誰もいなく、より寂しさが募る。

「あーあ」

 タオルケットにくるまり、エアコンをを睡眠モードに設定する。

 程良い温度と程良い湿度。

 すぐに楽になる意識。

 体から力が抜けていく。

 今日一日の。

 今日までの疲れや苦労も。


 ただそれを、嫌だと思った事はない。

 口ではどう言っていても。

 自分のために。

 ニャン達のために頑張った日々。

 負けはしたけれど、懸命に戦ったあの瞬間。

 心と体に焼き付いた。 

 つかの間の。

 だけど永遠に残る時間。












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