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「静かにしなさい」
会場全体にではなく。
私一人に向かって放たれる台詞。
黒沢さんは長い髪を後ろへ流し、私を睨んできた。
「何よ。自分だって、花火上げた癖に」
「あれは、偶然よ」
ほう、すごい偶然もあったものだな。
というか、そんな訳あるか。
「とにかく終わった事だから」
「何も終わってない。……黒沢さんは、ハードルに出ないの」
「リレーに専念したいので。明日佳さん程期待もされてないし」
「拗ねないでよ。私は期待してるから」
彼女の肩を揉み、腕も揉む。
意外とがっしりしてるというか、こう迫力があるな。
一体神様は、何を思って彼女をこうしたんだろう。
でもって、私をこうしたんだろう。
一度でいいから、じっくり話しあいたいな。
「くすぐったいから、止めて。それより、警備はどうなってるのかしら」
「四六時中張り付いてても仕方ないでしょ。あ、お疲れ様」
濡れた髪をタオルで拭きながら洗われる青木さん。
顔が上気してるのは、シャワー後なのと競技の高揚感も残っているのだろう。
「ありがとうございました」
笑顔での会釈。
私と、何より黒沢さんへ対しての。
「礼を言われる程の事でもないわ。でも、おめでとう」
「いえ。花火は、やり過ぎだと思いますけどね」
「私は、誰のために」
そこで口をつぐむ黒沢さん。
自分で言ってれば世話無いな。
取りあえず陸上部は一段落付いたので、本部へと戻ってくる。
でもって、端末をチェック。
ニャンに異変は無し。
5分おきにやってるが、全然平気。
少なくとも私はね。
「ここにいていいの」
私を見下ろすサトミ。
別に威圧してる訳ではなく、身長の関係上。
しかしいいのって、今戻ってきてどこか行く所なんてあったかな。
「猫ちゃんは」
「今は集中する時だから、そっとしておくの」
「あなたも、気を遣うのね」
まるで普段は遣ってないような言い方。
取りあえず後ろで束ねている髪を掴み、ストレスを発散させる。
サトミへストレスを移動させるとも言う。
「じゃれるなよ」
邪険に手を振るケイ。
だったら、こっちに倍乗っけるか。
「私はね。あなたに迷惑を掛けられた覚えはあるけど、掛けた覚えは一度もない」
「言い切れるのか」
そう尋ねられると、自信がない。
少し冷静になって、過去を振り返ってみよう。
多過ぎて、思いもつかないな。
「それより、犯人は見つかったの」
「ドラマじゃないんだから、1時間以内に事件が解決するな程都合良くは出来てない」
「誰も、屁理屈は聞いてない」
「もういい」
勝った。
もしくは、勝った気になった。
「塩田さんは、まだいないの?」
「連絡は来る。何してるのかは知らないけど、敵を追い込んでるんだろ。自分こそ、自警局との交渉は」
「小谷君へ一任してある」
にこやかに微笑むサトミ。
とはいえ自分が何もしない訳ではなく、全てを指示し終えた後での事だろう。
また現実を考えれば行動するのは自警局の人間なので、サトミがそっちにいてもあまり意味はない。
いても、問題はないが。
「面白くないな。まさか、これで終わりって訳じゃないでしょうね」
「襲われなければ、うやむやでもいいじゃない」
「そうだけど。人を狙っておいて、それで終わりなんて」
「納得出来なくても、何も無いのが一番よ」
諭すような台詞。
それは分かるが、納得出来ないものは出来ない。
揉め事。
ニャン達を危険に晒すよりは確かにいいとしても、危害を加えようとした人間を放っておくのもどうかと思う。
だからこそ、塩田さん達が動いているんだろうけど。
「よう」
例により、銃を担いで現れる風間さん。
全員の咎める視線が気になったのか、彼はそれを下ろして軽く振った。
「弾は入ってない。空砲だ」
「だったら、何のために持ってるんですか」
「こうだ、こう」
銃身を持って振り回す風間さん。
原人だね、まるで。
「少し聞いて回ったが、犯人の特定までは難しいな。狙ってる相手が相手だし、かなりカムフラージュしてる」
「それを見つけるのが」
「俺は警察じゃない」
先手を制された。
全く、じゃあどうすればいいって言うんだ。
いっそ私が。
「ユウは探さなくていいわよ」
「あ、そう。じゃあ、警備を増やして。後3000人くらい」
「物事は、もう少し考えて喋りなさい。ガーディアンを全員動員しても、足りないわよ」
「むかつくな」
勿論サトミがではなく、その犯人が。
襲っておいて、それっきり。
後はこっちのストレスと不安感が高まるだけ。
精神的な揺さぶりなのかも知れないけど、とにかく苛立ちだけが募っていく。
「お前は、本当に落ち着きがないな」
「済みませんね。ちゃかついてて、小さくて」
「誰も、そこまでは言ってないだろ。大体塩田が探してるんだろうし、あまり気に詰めるな」
労るような台詞と、優しい表情。
おかげで少しだけ、気が楽になる。
「それか、猫木だったか。そいつが走るのを止めるかだ」
「それはあり得ません」
「たかが学校のイベントだぜ。世話の焼ける奴だな」
言葉とは裏腹な、楽しそうな表情。
ニャンの置かれている微妙な立場。
何より、その心情を理解した。
学校を離れ、学外のグラウンドへやってくる。
私を制止する、スーツ姿の男性。
胸元に、陸連のIDを付けた。
何か言おうとしたが、取りあえず抑えて自分のIDを見せる。
「ここは今、立ち入り禁止になってます」
杓子定規の対応。
私がニャンの知り合いで、その旨は陸上部から伝わっているにも関わらず。
「会うんじゃなくて、確認するだけです」
「申し訳ありませんが」
丁寧な口調。
さっきの風間さんとは違う意味での、言葉とは裏腹な態度。
苛立っているところへ、この対応。
深呼吸して、意識を抑える。
「他のメンバーは、警備しないんですか」
「その必要がないので」
なるほど。こう来たか。
これ以上は、話し合う余地無しだな。
「分かりました。では、失礼します」
警備なんて物は、突破されるためにある。
仮にニャンを護衛しているとしても、抜ける方法はいくらでもある。
裏を返せば彼女を狙ってる連中も同じ事をする可能性はあるが、そこは経験と実力が物を言う。
取りあえずスティックを取り出して。
「何してるんだ」
植え込みを飛び越えようとした所で、声を掛けられた。
タイミングがタイミングなので、飛び越えるどころか激突しかける。
「あのな」
どうにか私を受け止めるショウ。
要は彼の胸へ飛び込んだ恰好となる。
何やってるんだ、私達は。
「ニャンに会おうと思って」
今度はすぐに、彼から飛び退く。
恥ずかしさと、助走を取るために。
「話して、入れてもらえよ」
「立ち入り禁止です」
「よく分からん。とにかく、馬鹿な事するな」
冷静にたしなめられた。
ただ、それはそれ。
やるべき事はやる。
「落ち着けって。俺が通してやるから」
「偉いね、随分」
「ただ、ここの警備をやってるだけだ」
「止められたらどうするの」
答えないショウ。
聞かない方がいいかも知れない。
改めて目立つ、スーツ姿。
カメラを廻す者、端末で連絡を取る者。
広いグラウンドにいるのは、おそらくニャンだけ。
それに対して、これだけの大人。
彼女の置かれている立場を、改めて理解する。
「ニャンはいるの」
「いなかったら、俺達は何してるかって話になる」
「逃げたかも知れないじゃない」
「ユウみたいにか」
何か言い返そうとしたら、さっきの男が現れた。
今度はかなりの、威圧的な表情で。
「立ち入り禁止と伝えたはずですが」
「陸上部の許可は得てます」
静かに返すショウ。
男は鼻を鳴らし、胸元のIDを指差した。
「ここは現在、陸連の管轄下にあります。全ての権限は、我々陸連が掌握していますので」
つまり、高校生のクラブなど無関係と言いたい訳か。
面白いな、それ。
「彼女は陸上部で、これから行われるのも学内のイベント。陸連は無関係じゃないんですか」
「子供の理屈に付き合ってる暇はない。早く出て行け」
私に対して。
さらには、、ショウに対しても言い放つ男。
怒るのも馬鹿馬鹿しいな。
「全く。こっちはガキの警備で大変だって言うのに」
背後に回り込み、胸元からちぎったIDを頸動脈へ突き付ける。
「じゃあ、自分が出ていけば」
「な」
「お前が出て行けと言ってるんだ」
襟首を掴み、片手で持ち上げるショウ。
彼と同じくらいの体型の男を。
「馬鹿が」
揺れる地面。
倒れる男。
私の怒りは収まらないが、これ以上はやる気も起きない。
「こ、この」
真っ赤な顔をして、端末で連絡を取る男。
ここで逃げるのは簡単だ。
ただ、私が逃げる理由は何一つ無い。
だからショウも動く事はない。
周囲を取り囲む大男達。
陸連の関係者。
横に広い体型からして、フィールド競技か。
「この馬鹿を捕まえて、警察へ」
伸びてきた手を軽くかわし、足を払って地面に倒す。
上体しか鍛えてないから、そういう事になる。
「何を騒いでるの」
良く通る低い声。
紺のスーツを着た、凛とした女性が大男達の間を割って現れた。
「誰だ、お前は」
「この土地の所有者よ」
「あ?」
「全く、誰が馬鹿なんだか。草薙高校理事長と言えば、分かるかしら」
示されるID。
一斉に下がる男達。
所詮は身分でしか相手を推し量れない連中か。
「それで、揉めてる理由は」
「こ、こいつらが、勝手に入り込んできて」
「勝手に、ね。あなたこそ、誰の許可を得てこのグランドに入ってるの」
「許可もなにも、我々は陸連から派遣された者です。猫木さんの安全を確保するために」
鼻で笑う女性。
反らされる顎。
「許可も得ずに勝手に入り込んで、随分偉そうね」
「い、いや、その。我々は、ただ」
「陸連を呼んだ覚えはないし、警備を依頼した記憶もない。どうしてもというのなら、生徒達の指示に従いなさい」
「え?」
冗談だろという顔。
しかし女性は顔色一つ変えず、彼を厳しく見据え続ける。
「出ていくか従うか。今すぐ、選びなさい」
尾を巻いて逃げていく男達。
石でも投げてやりたい気分だが、地面を蹴って取りあえず我慢する。
でもってすぐに、頭をはたかれる。
「な、何をっ」
「誰が馬鹿って、あなたが馬鹿なんでしょ」
真上から人を見下ろす理事長。
あくまでも、自称。
タイピングの教師と、私は記憶してる。
「自分だって、ただの教師じゃないですか」
「これは、姉さんのIDなの」
「姉さん?誰が」
「理事長の高嶋瞳よ。私は、その妹。母親の、旧姓を名乗ってるけどね」
どこかで聞いた話だな。
ただIDは本物に間違いなく、だから嘘でもないんだろう。
相性が悪いのは、どうもその辺も関係があるな。
「陸連の幹部が来てるから、代理で会いに来たの」
「そういう仕事もするんですね」
「姉さんがいない時は、仕方なくね。こんな馬鹿みたいに大きな学校を作って、お祖父様も何を考えてるんだか」
根底からの否定。
しかもかなり本気っぽい。
「それで、猫木さんだった。もう、学校へ戻ったわよ」
「嘘」
「そう思うなら、探しなさい」
指差される広い敷地。
仮にいたとしても、すれ違いになるのは必至な。
「後の事は私がやるから、早く行って」
「後って、私達は何も」
「陸連の関係者を投げ飛ばして、ただで済むと思ってるの」
「今すぐ消えます」
学校のグラウンドへ戻り、トラックを見渡す。
走っているのは男の子達。
遅くはないが、そう速くもないペースで淡々と。
3000メートル走って、限界にでも挑戦してるのかな。
それはともかくすぐにプログラムを確認し、また走る。
「どこ行くんだ」
「女に事情を聞かないで」
トイレから出てきて、一件落着。
スポーツドリンクを飲み過ぎたかな。
でもって時計を確認し、また走る。
戻ってきて、喉が渇いたからスポーツドリンクを飲む。
悪循環を、身をもって体験中だ。
「あなたは、何がしたいの」
「今は分かんない。ニャンは」
「まだ時間はあるわ。警備は」
「そうか」
椅子から飛び降り、また走る。
明日どうなるかは、明日考えよう。
というか、もう決定か。
息を整え、インカムに話しかける。
「状況は」
「特に問題は無し。各ガーディアン配置完了」
「了解。ショウと御剣君を、ゴール付近へ。柳君を第2走者とのバトンゾーン、名雲さんは第3。それ以外は、入退場口付近へ。沢さんは、遊軍で」
「了解」
私もゴール付近へ待機し、ひざまづいて靴を叩く。
意味はなくもない。
今現在は、単に緊張を逃がすためだが。
「選手入場」
入ってくる選手達。
焚かれるフラッシュ、拍手と歓声。
一気に上がるボルテージ。
前回のような悪意は薄い。
ただ盛り上がりの度合いは、比べ物にならないだろう。
それぞれ配置に付く選手達。
まずはウォーミングアップ。
例の招待選手達の姿もある。
彼女達はニャンとは別な組の、準決勝を勝ち上がってきた。
ニャン達同様、全レースをトップで。
「ユウユウ」
声を掛けてくるニャン。
指差される彼女の足元。
スパイクではなく、スニーカーの足元を。
彼女の後ろを駆け抜け、一瞬振り向く女。
意味ありげな笑顔と共に。
「スパイクは」
「切り裂かれて、燃えてた」
「どうするの」
私達を交互に見据えつつ、ゆっくりと近付いてくる女。
下がるニャンの顔。
小さく漏れるため息。
女の口元が横に裂け、何か言いたげに動き出す。
「いいわ。あれは捨てる奴だったし」
そう言って、スニーカーを脱ぐニャン。
私は履いていたスパイクを脱ぎ、彼女のスニーカーと交換した。
正確には、お互いが本来の靴へと履き替える。
「誰だろうね、そんな事するの」
「やる事がなくて、暇なんでしょ。……生ぬるい」
「温めてたのよ。豊臣秀吉みたいに」
「じゃあ、懐に入れてよね」
軽く走り出すニャン。
しなやかで、かつ力強い走り。
一瞬して目の前から、消えるその姿。
手を上げ、彼女の健闘を祈る。
ニャンも手を振り、それに応える。
言葉はもう必要ない。
ここから先は、彼女の世界。
そして私は、その勝利を待ってさえすればいい。
静かになっていく会場。
位置に付く選手達。
張りつめた空気。
心臓の音すらも聞こえそうな程の。
唐突に。
しかし実際は、正確に鳴らされるスタートのピストル。
飛び出すトップランナー。
観客の緊張は解かれ、歓声が巻き起こる。
選手はそれに構う余裕はない。
また気付いてもいないだろう。
トップは陸上部。
招待選手達は、その後ろ。
後続はすでに、かなり引き離されている。
渡るバトン。
さらに付く加速。
順位は変わらない。
むしろ距離は開いていく。
盛り上がる観客。
動かなくなった走者達が、振り返られる事はない。
誰もがただ、前を行く。
託されたバトンを手にし。
先頭でバトンを受け取る黒沢さん。
続いて招待選手。
さっきまでは、少しずつ開いていた距離。
ただ、今度は変わらない。
しかし、追いつかれる事もない。
長いストライド、安定したフォーム。
リズミカルで、綺麗な走り。
長い黒髪がたなびき、彼女の姿は遥か先へ。
渡されるバトン。
一瞬にして視界から消えるニャン。
何もかもを、後ろにして。
私は彼女から視線を外し、観客の動きに意識を払う。
最後まで見ていたい。
ゴールを駆け抜ける、その瞬間まで。
でも私の役割は、彼女を守る事。
それに見なくても、結果は分かっている。
心に焼き付いている。
彼女がトップでゴールを過ぎる。
跳ぶようにではなく。
矢のように、地面の上を駆けていく。
羽根もない人は、空を舞えない。
だからこそ彼女は地を行く。
人として許されるだけの早さを得て。
ゴールを駆け抜けていく。
静寂。
小さな拍手。
歓声は鳴り止まず、会場は拍手に包まれる。
背中に感じる柔らかい感触。
首に回される華奢な腕。
私は前に回ってきたその手を握り、荒い息を付くニャンの頬に顔を寄せた。
「ちゃんと見ててよ」
「見なくても分かる。ニャンが勝ったんでしょ」
「まあね」
耳をくすぐる笑い声。
腕を解き、前へと回り込んでくるニャン。
レース前の厳しい表情ではなく、充実感と達成感に満ちあふれた表情。
私はそれを改めて心に焼き付け、すぐに視線を観客席側に向けた。
不審な動きをする存在は無し。
少なくとも、今の所は。
「ニャン、後ろに」
「あ、うん」
彼女を後ろにかばい、近付いてきた招待選手と対峙する。
悔しさと不満と、怒りだけが表れた表情。
だから何だという話で、負けたのは自分の実力だ。
「何か用」
「用?あなたには無い」
「じゃあ、帰ったら」
「ふざけてるんじゃ」
ゆっくりとした、ただ本人は不意を突いたと思ってるだろう平手打ち。
顎を引いてそれを交わし、空振りさせる。
カウンターを合わせるのは簡単でも、さすがにそれは大人げない。
この後の対応にもよるが。
「くっ」
今にも飛びかかってきそうな顔。
現に距離は、さっきよりも詰まっている。
仕方ないので、軽く転ばせて終わらせるか。
「どうかしたんですか」
のそっと表れる大男。
女に落ちる長い影。
顔は陰を宿し、野性的な顔がより迫力を増す。
「この女が、ケンカしたいんだって。相手してやって」
「え、俺が?」
「他に誰がいるのよ」
困惑する御剣君。
顔色を変える女。
怒りではなく、怯えの表情へと。
「ほら、ケンカしたら」
「だ、誰が」
「あなたと、この子がよ」
ひっと声を出し、駆け出す女。
もしかすると、レースの時よりも早く。
「無茶苦茶ですね」
「いいのよ。ああいう馬鹿は、がつんとやっておけば」
腕を振り回し、嫌そうな視線をニャンからも浴びる。
何よ、私が誰のためにやったと思ってるのよ。
「明日佳さん」
物静かな足取り。
黒髪をかき上げ、ニャンの手を取る黒沢さん。
様にはなっているが、握手をしただけだ。
「可愛い手ね」
私が指しだした手をじっと見つめる黒沢さん。
今言う事か。
花束を手にトラックを走るニャン達。
要はウイニングラン。
さっきよりも控えめな、だけどより暖かい拍手と歓声。
それに手を振って答えるニャン達。
私は彼女達から少し離れ、付いていく。
あくまでも警備の一人として。
華やかな場所で喝采を浴びる人達。
そこから離れ、陰に徹する。
勿論不満はない。
喜び以外は何も。
戦いを終えた彼女達を守り、その役に立つ。
それが自分の知り合いであればなおさらに。
光射す場所にいる彼女達を眩しく見つめ、誇らしく思う。
SDCの優勝で終わる体育祭。
正確には陸上部主体のSDC-Cの。
戦力的にも申し分ないし、高跳びとリレーの加算が決め手となったらしい。
ただ、それはもう済んだ事。
まだやるべき事は残っている。
彼女達ではなく、私にとっての。
ようやく現れる塩田さん。
すぐ彼へ駆け寄り、期待はせずに尋ねてみる。
「犯人は見つかりました?」
「ああ」
あっさりと返って来る答え。
それも、予想外の。
「どこに」
スティックを抜き、腰をためて息を整える。
塩田さんは嫌そうに私から距離を取り、スティックをしまうよう手を振った。
「もう片付けた。大阪なんて、すぐだな」
「大阪まで行ってきたんですか?大体、犯人は生徒会じゃ」
「声が大きい。手引きした可能性はあるが、主犯は別にいた。そそのかされた気もするが」
肩すかしをくらった心境。
犯人はこの手で捕らえるつもりだったのに、もう片付いていると言われてしまったら。
「で、大阪で何をしてたんです」
「秘密だ。とにかく、これで終わった」
「だって、ニャンを」
「それであいつが出場停止にでもなったらどうする。大体、陸連の関係者を投げ飛ばしただけでも問題なんだぞ」
よく知ってるな。
ただ、あれでもセーブした方だ。
「じゃあ、もう大丈夫なんですね」
「今回の連中に関しては」
「何か、面白くないな」
「知るか。浦田はどこ行った」
久し振りに聞く名前。
そう言えば、そんな人もいたな。
「手は打ったか」
「ええ。明日の新聞で確認出来ます」
「証拠は」
「まさか。自爆ですよ、自爆」
鼻で笑うケイ。
良く分からないが、こういう時はろくでもない事をした後だ。
「ならいい。学校は」
「そっちは、サトミの管轄なので」
「特に問題ありません。人の出入りと行動についてチェックしましたので、今後の参考に」
「ああ。しかし、猫木まで巻き込むとは。お前は関わりたくないと思ってるだろうが、向こうは手当たり次第だからな」
面白くはない話。
ただ、改めて突きつけられる現実。
「何か、いい方法はないんですか」
「そんなのあったら、俺達は一昨年にやってる」
なるほど。
でもってここまで引きずる事はなく、退学者を出す必要も無かったという訳か。
勿論そう上手くは行かないので、私達どころかニャンにまで累が及んだ訳だが。
「とにかく終わった。後は帰って寝ろ。で、文化祭で弾けろ」
「気楽ですね」
「大阪まで行って、疲れたんだ」
さっきは、近いって言ってたのに。
でも午前中は見かけたし、昼に行ってもう戻ってきた事になる。
忍者だから、分身の術でも使ったのかな。
寮ではなく、家へ戻る。
さすがに疲れて動く気力もない。
走るのは慣れているが、全力疾走を連続して繰り返したせいだ。
「床で寝ないで」
「だるいもん」
「大体、どうしてあなたもグラウンドを走ってたの」
「見てたの」
「当然でしょ」
何が当然か知らないが、それはそれで素直に嬉しい。
疲れが一気に吹き飛んだ。
という心境になり、どうにかソファーへ這い上がる。
「ご飯は」
「いらない。少し食べてきたし」
「ニャンちゃんは」
「陸上部で、祝勝会やるって」
私も誘われたが、気力体力共に限界だったのでさすがに断った。
このまま引退した方がいいのかな。
何からかは、知らないけどさ。
「マッサージは」
「面白いね、それ」
すぐに足を抱え、ディフェンスする。
あれが体に良いとしても、あの苦痛を味わうなら明日の筋肉痛の方がいい。
苦痛というか、笑い過ぎなんだけどね。
「お父さんは」
「さあ。また、栄養ドリンクでも取りに行ったんじゃないの」
もう夜だし、さっきまでその辺にいた気がする。
それとも、夢でも見てたのかな。
というか、今私は起きてるのかな。
「……何してるの」
「いや。夢かなと思って」
頬から手を離し、首を傾げる。
痛くはないし、どこまでも伸びる。
ただ夢ではなく、そういう体質なんだろう。
どういう体質かは、ともかくとして。
「明日って、文化祭だった?」
「私に聞いてどうするの。あなたの学校でしょう」
「こないの」
「行くに決まってるじゃない」
何だ、それ。
パンフレットに線を引くな、線を。
「優は何か出ないの。侍女の役とか。魔女とか」
「学芸会じゃないんだって。そういうのは、演劇部がやるの」
「じゃあ、屋台は」
「もう懲りた」
怪訝そうな顔をするお母さん。
そういえば、たこ焼き屋の話はしてなかったか。
「あれは採算を考えないと駄目なんだって」
「細かい子ね。何が大事って、味じゃない」
はっきり言い放つお母さん。
やっぱり私は、この人の子供だな。
揺すられる体。
開かない目をこすり、のろのろと顔を上げる。
「誰」
「私よ、私」
首に何かが掛けられる間隔。
分からないので、もう一度寝る。
「起きて」
さらに揺すられる体。
最近、こういうのばっかりだな。
「ニャン……。ここ、どこ」
「ユウユウの家でしょ」
真顔で答えるニャン。
その後ろには、黒沢さんと青木さんの姿も見える。
正確には見下ろされている。
「二次会よ、二次会。おばさん、私ラーメン食べたい」
「勝手な子ね。塩でいい?」
「ええ。この子達にもお願い」
「はいはい。今すぐ」
とことことキッチンへ消えるお母さん。
黒沢さんはその背中を見つめ、すぐに私を見下ろしてきた。
「お姉さん、じゃないですよね」
「おばさんって今、ニャンが言ったじゃない。おばさんよ、おばさん」
キッチンから出てくる包丁。
半分だけ覗く顔。
面倒なので手を振り、引っ込むように促す。
「優も手伝って」
「もう、眠いのに」
「じゃあ、あなたはいらないのね」
「今行く」
麺をすすり、少しコショウを足す。
みんなは塩だけど、私は醤油トンコツ。
自分で取ったダシなので、味もひとしお。
塩味じゃないけどね。
「美味しいです」
「本当に」
誉める黒沢さんと青木さん。
お母さんは口元に手を当て、ふふと笑って見せた。
「優ちゃん、もう一杯どう?」
「誰が優ちゃんよ。それと、もうお腹一杯」
「小食な子ね。誰に似たの」
「おばさんでしょ。私も、もういらない」
炒めネギを残すニャン。
もったいないので、それだけ食べる。
食べ差しという指摘もあるが、気にしない。
美味しいし。
「……なんだ、これ」
首に感じる負荷。
下の方でぶら下がる平らな丸い物体。
メダルのように、見えなくもない。
「今さら、何言ってるの。さっき、明日佳さんが掛けたでしょう」
「そんな事知らない。これって、リレーの?」
「それ以外のメダルだったら怖いわね」
笑うニャン。
ちなみに彼女の首には、ブロンズのメダルが掛かっている。
「青木さんのメダル?」
「そう。陸上部最強っ」
突然叫ぶニャン。
拍手する、黒沢さんに青木さん。
酔ってるな、この3人。
何って、この雰囲気に。
しかも、お酒も飲まないで。
「優達は駄目だったの?騎馬戦は、すごかったじゃない」
「すごかったのは、あれだけ。というか、ショウ君達だけ」
「格好良かったのに」
「娘の彼氏が?」
笑うニャン。
その肩を叩き、おかしそうに笑うニャン。
私は何一つ面白くないが。
「やっぱり付き合ってるの?」
「黒沢さん、当たり前の事を聞いても仕方ないですよ」
「あ、なる程」
勝手に納得して、勝手に盛り上がってるな。
この際、もうどうでもいいけどさ。
「付き合いは、長いんですか」
「中等部の頃からだから、5年じゃない」
代理に答えるニャン。
それを聞かない振りをして、ミルクセーキをストローで飲む。
バニラが多くて、美味しいな。
「相思相愛なの。相思相愛」
「本当に?」
「本当に」
言い切るな。
いや、私は否定しないけどね。
気付いてたら寝てた。
それとも、気を抜いてたのか。
とにかくリビングに人はいなくなり、食器も片付けられていた。
「みんな帰ったの」
返らない返事。
時計を見て、時間の経過を認識する。
「祭りの後だね」
一人で呟き、ソファーから降りる。
静まり返った家の中。
物音ももなく、人の気配もない。
「神隠しかな」
馬鹿げた事を呟きつつ、階段を登って自分の部屋に戻る。
もしかと思ったが部屋には誰もいなく、より寂しさが募る。
「あーあ」
タオルケットにくるまり、エアコンをを睡眠モードに設定する。
程良い温度と程良い湿度。
すぐに楽になる意識。
体から力が抜けていく。
今日一日の。
今日までの疲れや苦労も。
ただそれを、嫌だと思った事はない。
口ではどう言っていても。
自分のために。
ニャン達のために頑張った日々。
負けはしたけれど、懸命に戦ったあの瞬間。
心と体に焼き付いた。
つかの間の。
だけど永遠に残る時間。




