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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第23話
255/596

23-4






     23-4




 晴れた空と、白い雲。

 心地よい秋の風に、柔らかな日射し。

 外で何かをするには、一番いい時期だろうか。

 得てして、こういう時は早く起きる。

 本当に子供だね。


 正門をくぐると、モトちゃんが門の陰から現れた。

「何よ。ちゃんと学校に来たじゃない」

「偉いわね。そのついでに、仕事して」

 差し出されるDD。

 端末のスリットに通すと、場所と物の一覧が表示された。

「その場所に行って、ちゃんとあるか確認してきて」

「何これ。借り物競走?」

「そう。それの、チェックリスト」

「どうして私が」

 軽く愚痴り、顎をかく。

 完全とは行かないまでも、体調は回復傾向。 

 こういう気楽な態度も取れる。

「ちょっと押し気味だから、始まる前にやって頂戴」

「小うるさいな」

「何?」

「へっ」

 鬼が出たので、さっさと逃げる。 

 こっちは陸上部を追い込んだくらい。

 モトちゃんから逃げるくらい、軽い軽い。



 すぐに重くなる足取り。

 あくまでも回復傾向にあるだけで、元に戻った訳じゃない。

「へーへ」

 大体、どうしてガーディアンがこんな事をやるのかな。

「仕事してる?」

 明るく声を掛けてくる天満さん。

 なる程。この人から発注されたという訳か。

「してますよ。朝っぱらから」

「ごめんね。人手が足りなくて、ガーディアンにも動いてもらってるの」

「SDCの仕事じゃないんですか?」

「がさつだから、駄目」

 あっさりと切り捨てる天満さん。 

 勿論全員ががさつという訳ではないだろうが、そういう人が多いのも確かだろう。

 こまめに椅子を並べる柔道部という絵も、あまり想像出来ないし。

「テント良し、垂れ幕良し、ラインの位置オッケーと」

 今私がいるのは、大会本部。

 日射しよけのテントと、幾つかの机や椅子。

 来賓用か、小さな冷蔵庫も用意されている。

「これ、いいですか」

「どうぞ」

「へへ」

 一度やってみたかったんだ、これを。


「えー、テステス。ただ今マイクのテスト中、ただ今マイクのテスト中」 

 グラウンドに響く私の声。

 自分で聞くのとは違う、やや低めの。

「本日は晴天なり、本日は晴天なり」

 何か、調子が出てきたな。

「花ーと団子ーを、比べーてーみればー。どちらもー、同じー、桜ーいろー」

 はたかれる頭。

 むっとして振り向くと、サトミが怖い顔で立っていた。

「何するのよ」

「それは、私が言いたいわ。大体、そのセンスのない歌詞は何?」

「TVでやってるの。サトミも歌ったら」

「止めて」

 飛ぶように後ずさるサトミ。

 恥ずかしがる事でも無いだろうに。

「いいや。マイクも良しと。あー、お腹空いたな」

 グラウンドに響く、間の抜けた声。

 まだ、マイクがオンになっていた。

「はは。今の忘れて」

 もう一言付け足して、オフにする。

 これを世間では、蛇足と言う……。



 サトミの手も借りて、ようやく全部のチェックを終える。

 もう、一日分働いた気分だな。

「やるよ」

 真顔でアンパンを差し出してくる塩田さん。

 もういいって言うの。

 もらうけどさ。

「で、私達は何するんです」

「お前達は遊軍。取りあえず、本部に詰めてろ。で、たまにふらつけ。それで、ある程度の抑止力になる」

「はいはい」

「じゃ、後は頼む」

 頼むって、自分は何をするんだ。 

「指揮は元野、サポートが木之本と遠野。俺は楽隠居だ」

「何か出ないんですか」

「恥を掻く趣味はない。エントリーしたいなら、止めないけどな」

 そう言い残し、本部から消える塩田さん。

 ただ風間さんではないし、肝心な時には現れるだろう。

 それとも気配を消して、その辺に座ってたりして。

「どうしたの?」

「別に」

 机の下から顔を上げ、埋まり始めた席から移動する。 

 ここなら、私が隠れられると思いながら。



 退屈な式辞や挨拶。

 見た事もない企業の重役や、中部庁の役人。

 だがそれも、興奮を盛り上げるための一要素。

 我慢した分、より気持は高まってくる。

 青い空に上がる花火。

 見えるのは白い煙と、軽い音だけ。

 一斉に起こる、拍手と歓声。

 ブラスバンドの演奏が、さらに気分を高揚させる。

「はは。始まった」

 パンフレットを開き、スケジュールをチェックする。

 女子400mリレーは、準決勝が今日の午後。

 決勝も明日の午後。

 取りあえず、これには赤丸を付けてと。

「何してるんだ」

「見たいのを、チェックしてる」

「警備だぞ、俺達は」

 生真面目な台詞。 

 秋というのに半袖短パン。

 でも、恰好いいし問題ない。

「いいの。お祭りなんだから」

「気楽だな」

「だって、私はもう関係ないから」

 私達がいるのは、来賓や学校関係者のいるブースからは少し離れた所。

 体育祭を運営する人達のいるブースの一角。

 忙しそうに連絡を取る人達を眺めつつ、のんびりとグランドへ目を移す。

 視界は開けてるし、屋根もあるし。

 意外といいかも知れない。


 体育祭は、団体戦の要素もある。

 普通にやれば、SDCの勝ち。

 そのためSDCは3つに分割。

 SDC-Aが球技系、Bが格闘系、Cが陸上部とその他。

 それ以外は生徒会、自警組織、文化系クラブ、委員会とある。

 しかし中等部の時は、結局SDCのどこかが勝っていた。

「パン食い競争だって。ユウも出れば」

「嫌だ」

 大体アンパンは、さっき食べた。

 いや。食べる事が目的の競技じゃないけどね。

「仕事、仕事して」 

 いきなり話し出す端末。

 勿論端末が話した訳ではなく、モトちゃんの声が聞こえてきただけだ。

「競技員が足りないから、グラウンドへ行って。立ってるだけでいいから」

「はいはい」

「返事は一回でいいの。ほら、始まるから早く」


 人使いの荒い子だな。

 などと言う程何かをする訳でもなく、グランドの外側に並ぶだけ。

 大勢の生徒や観客の視線を感じるが、私を見ている訳ではないので気にならない。

「それでは、大玉転がしのスタートです。選手の方は、大玉の前までお進み下さい」

 何か、嫌な言葉が聞こえてきたな。

 フィールドを隔てた反対側を見ると、その大玉が並んでいる。

 要は、あれが外へ出ていかないためのガードレール代わりか。

 私なんて、何の役にも立たないと思うんだけど。



 歓声と笑い声。

 右へ行ったり左へ行ったりの大玉。

 それに合わせて、右往左往する教師達。 

 笑えるには笑えるが、自分の所へ転がってきたら笑えない。

 何て考えていると本当に来るので、視線を逸らす。

「来た」

 ぽそりと呟くケイ。

 不吉を告げるカラスのように。

「誰が」

「玉が」

「来ないと困るじゃない。ゴールは向こうなんだから」

「ユウを狙ってるようにも見える」

 また嫌な事を言ってきたな。 

 まさかと思いつつ振り向くと、本当に来てた。

 それもかなりの勢いで。

 一つ、二つと連なって。

「な、何で二つも?」

「俺に聞くな」

「ショウ、ショウッは」

「あいつは、本部の前。あそこに突っ込んだら、さすがにまずい」

「れ、冷静に言ってる場合じゃ無いでしょ」

 地面から響く、低い音。

 どんどん迫る、大玉二つ。

 なんか、悪い夢を見てるみたいだな。

「ど、どうするの」

「止めるんだよ。コースから外れないように」

「わ、私がやったら、潰される」

「そこまで重くない」

 本当か?

 その言葉を信じて、足を止める。

 大玉の前に、身を挺するようにして。


 さらに近付く大きな玉。

 間違いなく、私よりも大きめの。 

 これを止める?

 どうやって。

 いや。無理だ。

「よっ」

 わずかに助走して、宙に舞う。

 真下に見える赤い玉。

 軽くかわして着地。

 でもってすぐに、もう一度。

 右へ流れる青い玉。

 それもかわして、しなやかに着地。

「あー、びっくりした。わっ」

 コース上に伏せる、浦田珪。

 何かに潰されたように、見えなくもない。

「よ、避けなかったの」

「俺もまずいと思って、さすがに逃げた」

 伏せたまま話すケイ。 

 これ以上聞くのはちょっと怖いが、あえて聞く。

「そ、それで?」

「右に逃げたら、玉も右にやってきた」

「ど、どうして」

「誰かが、玉を蹴ったらしい」

 誰だろう。

 多分、玉の側にいた人だ。

 飛び越えた人かも知れないな。

 何か、足にかすった気もするし。



「面白いね」

 そう言う前からげらげら笑うヒカル。

 笑っているのは、彼以外の全員もだが。

「うるさいな」

「でもよかったじゃない。玉に潰されただけで」

「何が」

「玉が潰れたら、大変だったからね」

 馬鹿だな、この人は。

 それを聞いて笑っている、弟も弟だが。

「大学院はどうしたの」

「八事にあるよ」

 普通に、何の淀みもなく答えてきた。

 しかも、これが本気と来てるからな。

 この人程、怒り甲斐のない人はいない。

「僕も、何かに出ようかな」

「恥ずかしいから止めて」

 冷静に止めるサトミ。

 いいや。この子のいない時に、何かにエントリーさせてやれ。

「しかし。ここは特等席だね」

「じゃあ、金出せ」

「いくら」

「あるだけ出せ」

 とんだ馬鹿兄弟だな。

 渡すな、渡すな。

「ショウは」

「さあ。その辺のおば様に捕まってるんじゃないの。あら、あなた。可愛い顔してるわね。肌も綺麗だし、高校生はいいわね。……ちょっと、ここで休んでいかない」

 下らない一人芝居をしたケイを突き飛ばし、椅子の上に乗って辺りを見渡す。


 教棟の陰。

 長い棒を持って立ってるショウと。

「誰っ、あれはっ」

「何が」

「ショウの隣っ」

「そのショウは、どこにいるの」

 あちこちを見渡すサトミ達。

 でもって今やっている、玉入れに拍手をし始めた。

「あのね」

「ショウなんてほっとけ」

「そうそう。その内、その辺から出てくるよ」

 無くしたペンじゃないんだからさ。



 とにかく埒が開かないので、教棟の陰まで一気に走る。

 いまいちキレがないが、そんな事に構ってる暇はない。

 一気に到着。

 ショウの前で立ち止まる。

 さて、どうしよう。

 というか、どうすればいい。

「何してるんだ」

 当然のように尋ねてくるショウ。

 知り合いが息を切らして走ってくれば、誰だってそう思う。

「そ、その。練習」

「リレーは、もう終わっただろ」

 細かいな。

 というか、すぐに分かってよね。

 本当に鈍いというか、のんきというか。

「あなたは、いつも元気ね」 

 おかしそうに笑う、年配の女性。

 その笑顔を見て、ふと安堵のため息を漏らす。

「理事も、お元気そうで」

 別におかしな有閑マダムではなく、鈴木理事だった。

 何か、一気に疲れてきたな。

「本部にいなくていいんですか」

「ああいう所は、苦手なの。場違いな気がして」

 彼女の足元にあるのは、スポーツドリンクの24本パック。

 どうも、これをどこかへ運ぼうとしてたらしい。

「こんなのショウがやりますから」

「そう。俺がやります」

 私を見つつ、棒読みで繰り返すショウ。

 いいじゃないよ。私が運べる重さじゃないんだし。

「ごめんなさい。荷台を全部、使ってて」

「問題ありません。あるだけ全部運びます」

「おい」

「知らない。……御剣君?えーとね、J棟の前に来て。場所は今送るから。……いいのよ。来いと言ったら来れば」



 大勢でやれば、すぐに終わる。

 棒倒しだって、荷物運びだって。

「暑い」

 Tシャツを脱ぎ出すショウ。

 目の前でやるな。

 でもって、すぐに着替えた。

 なんだ、もう終わりか。

「暑い」

「もう、秋よ」

「何個運んだと思ってるんだ。それも、どこまで」

「裏の畑かもね」

 彼から顔をそむけ、お礼にもらったスポーツドリンクへ口を付ける。 

 酸っぱいな、これ。

「まあまあ、四葉さん。軽い準備運動と思って。ほら、例の」

「ああ、そうか。よし」

 こくこくと頷き合う大男。 

 異様に怪しいな。

「何かやるの?」

「秘密です」

「ユウには教えない」

 子供か、この子は。 

 いいけどね。どうせその内分かるだろうし。

 取りあえず、現場責任者へ探りを入れるか。


「へろー」

「もうすぐお昼よ。それと、玉を蹴らないで」

「私に潰されろっていうの?」

「観客席に飛び込んだらどうするの」

 卓上端末をチェックしつつ、平然と答えるモトちゃん。

 友達より、見知らぬ観客か。 

 倉庫から、さっきの玉を持ってこようかな。

「そんな事はどうでもいい。文化祭は?」

「来週の話は、来週にして」

「いいから。フォークダンスって、ある?」

「あるんじゃないの。どうでもいいじゃない」

 言い切ったな、この子。

 彼氏がいると、余裕だな。

「何よ」

「別に。ふーん、そう。あ、そう。へー。文化祭を抜け出して、熱田神宮でも行ってくれば」

「そういう暇は無い。大体、今さらフォークダンスって」

 笑うモトちゃん。

 少なくとも、笑い事では無いけどね。

 彼女もそれを分かっているので、視線は卓上端末に向けたまま声をひそめて聞いてきた。

「ショウ君はなんて?」

「なんてって。それは、その。別に、あれ。なんだ?」

「あなた達は、いつまで経っても初々しいわね。それと文化祭も警備があるから、その時もよろしく」



 聞きに行くんじゃなかったな。

 でも、フォークダンスって何踊るんだ。

「お昼ってまだ?」

「飽きないで」

 そう言いつつ、爪の手入れをするサトミ。

 見た目はいいけど、猫が爪を研いでいるように見えなくもない。

「済みません」

「小谷君。どうかしたの」

「正門に小学生が来てるんで、引率をお願い出来ますか」

 どうして私に言ってくる。

 何か危険を感じたのか、表情を強ばらせて後ずさる小谷君。

 止めてよね、そういうのは。

「小学生が、何かするのかしら」

「エキジビションというか、綱引きやるみたいですね。SDCの大男達と」

「ふーん」

 それはちょっと面白そうだな。

 見る方も、やる方も。

 単純に一対一なら、私にだって勝機はある。

 そうなると単なる力だけはなく、駆け引きも重要だから。

「ユウは出なくていいから」

「分かってる。それで、正門だった?」

「はい。俺も行きます」



 正門のロータリー。

 バスから降りてくる、可愛らしい子供達。

 全員体操着で、きゃーきゃー言いながらぴょこぴょこ跳ねている。

「はは。可愛い」

「ユウ。どこ」

「ここだって」

「どこよ」

 真顔で探すサトミ。

 別にいなくなった訳じゃない。

 子供の後ろに回っただけだ。

 しかし最近の子供は発育がいいらしく、私と同じくらいの子供がいくらでもいる。

「いたいた。迷子にならないで」

 人の手を引っ張るサトミ。

 恥ずかしいけど、役得だな。

「じゃあ、皆さん付いてきて下さい」

「はーい」

 一斉に上がる、甲高い返事。

 私も返事をして、サトミの後をてくてくと付いていく。


「ほら。どこ行くの」

 道を外れそうになる子供をスティックで捌き、反対側の子供を手で招く。

 可愛いのは始めだけで、後は羊と同じだな。

 勿論私は、羊飼いの犬だ。

「トイレ」

「私も」

「俺も」

 一人が言うと、全員か。

 この辺りは、いかにも子供だ。

「トイレだって」

「分担しましょう。小谷君、男の子を連れて行って。ユウは、女の子を。私は、残った子を見てるから。はい、お兄さんとお姉さんの後に付いていって」

 お姉さん、ね。

 実感はないが年齢的は上なので、そうしておくか。


 子供達の手を引いて戻ってくると、ぐったりしたサトミが出来上がっていた。

「何してるの」

「あっちに行ったり、こっちに行ったり。ユウが100人いるみたい」

 心底疲れたという顔。

 じゃあ、私が増えて101人か。

「私は、こういうのに向いてないみたい」

「だったら、何に向いてるの」

「さあ。今は、何も考えたくない」

 末期的だな。

 この前までの、私とも言うが。

「はは。何それ」

 背中に一人、左右に二人。後ろに3人。 

 子供に取り囲まれた小谷君がやってきた。

「俺からは何とも。重いんだよ」

「わー」

「やー」 

 意味不明な返事というか、掛け声。

 子供に理屈を聞いても仕方ないし、本人達も分かっていないだろう。

「良かったわね、人気者で」

「そういう問題じゃ。暑いって」

 獲物を見つけたライオンのように、一人また一人と彼を取り囲む。 

 何か大変そうだけど、他人事だし放っておくか。


「小谷君は」

「さあ。その辺で、寝てるんじゃないの」

 寝てはしないかも知れないが、動いてもいないだろう。

 最後は完全に、押し潰されてたし。

 子供とはいえ、あれだけの数がいると侮れないな。

「これだから子供は始末が悪い」

 そう言った途端、お茶をこぼすケイ。

 誰の何が悪いって話だな。

「馬鹿じゃない」

「わざとだ、わざと。ここが汚れてるから」

 ティッシュを箱から抜きそこね、抜いたと思ったら何枚も出てきてる。

 見てるだけで、やる気が無くなってきた。

「……小谷君。どうかしたの?」 

 端末に掛かってきた通話に出て、遠くにへたり込んでいる彼を確認する。

「女の子?……行けばいいのね。分かった」

「よく働くな」

「あなたも行くのよ。ほら、ヒカルも」


 教棟の玄関内。

 普段とは違い、薄暗く静まり返った空間。

 広いスペースと、幾つかの観葉植物が目に付くだけの。 

 どちらかといえば、寂しげな。

 その壁際。

 一人で立ち尽くす、小柄な女の子。

 泣いているのか何なのか、彼女は棒立ちのまま動こうとしない。

「っと」

 手にしていたペットボトルを落とすケイ。

 床にこぼれるお茶。

 はっとした表情で顔を上げる女の子。

「服が濡れたから、着替えようか」

「え、でも」

「替えはある。ユウ、連れて行って」


 玄関に戻ってくると、二人が雑巾で床を拭いていた。

 同じ顔が同じ事をしてると、かなり笑えるな。

「あ、あの」

 何か言いたそうにケイの前へ歩み寄る女の子。

 服は彼女がさっき来ていたのと同じ、白の体操服。

「あ、あれ」

「双子だよ。僕達は」

 すかさずフォローするヒカル。

 翳りがちだった女の子の表情に、少しだけ明るさが宿る。

「わ、私」

「大丈夫。僕の弟は高校生になっても、おしっこもらしてるから」

「おい」

「違った?」

「いや。もらしたけどさ。あれは」

 ケイの言葉を遮るようにして、彼の肩を叩くヒカル。

 女の子の表情に、はにかみ気味な笑顔が浮かぶ。

「綱引きが始まるから、急いだ方がいいよ」

「は、はい。ありがとうございました」

「どういたしまして」

 丁寧に頭を下げるヒカル。

 女の子はその姿にもう一度笑い、元気よく玄関を飛び出していった。

「相変わらず気が利くというか。体操服なんて、どこにあったの?」

「子供が来るなら、ハプニングも起きる。備品は、あらかじめ一通り揃えてある」

 事も無げに話すケイ。

 彼が一人で全部を揃えた訳ではないにしても、今回のハプニングを解決したのは間違いない。

「本当。気が利く、いい子なんだよ」 

 ケイの頭を撫でるヒカル。

 床を拭いていた、その手で。

 彼等が何を拭いていたかは、深く考えたくもないが。



 気付けばお昼になっていた。 

 どうも、細々した事で時間を取られたな。

 今日は生徒だけでなく、父兄や関係者の来客が多数。

 食堂だけでは手狭なため、ラウンジでも食事が食べられるようになっている。

 また廊下や階段といった、普段とは違う場所で食べている生徒の姿も見受けられる。 

 体育祭やイベントがある時にだけの光景。

 何でもない、だけど普段とは違う事。

 自然と気持も、普段とは変わる。

 浮き立ったような、楽しげな。


 ラウンジに入り、倒れそうになる。

 入り口の脇。

 楽しげに会話をする女の子の集団。

 その中央。

 小柄でショート。 

 丸く見える顔。

 制服姿の女性が一人。

「な、何してるのよっ」

 思わず声を張り上げ、そちらへ駆け寄る。

「あら。優ちゃん」

 朗らかに笑う、制服姿の女性。

 確か昨日までは、私のお母さんだったはずだ。

「優ちゃんじゃないわよ。ここで、何してるの。その恰好は何?どうして、あー」

「うるさい子ね。皆さん済みませんね。がさつで小さくて、ちょこまかしてて」

 それは関係ないだろう。

 大体ちょこまかしてるのは、遺伝じゃないの?

「お弁当よ。お弁当。見学ついでに持ってきたの」

「ご飯は、学校で食べられる」

「運動会は、家族と一緒に食べるのよ。あなたは、本当に何も知らないわね」

 悪かったな。

 戦前の習慣に疎くて。

「家族って、お父さんは」

「天崎さんと会って、どこかへ消えた。校舎裏で、煙草でも吸ってるんじゃない?」

 何だ、それ。

 しかしこの恰好で言われると、かなりの説得力を感じるな。

「それ、誰の」

「私です」

 ニコニコと笑う渡瀬さん。

 なる程、彼女のならサイズも合う訳か。

 というか、着させるな。

 でもって、着るな。

「もういい。こっちきて、こっち」

「はいはい。じゃ、お邪魔しました。ふつつかな娘ですが、これからもよろしくお願いします」



 これ以上恥を掻きたくないので、個室に閉じこめる。

 正確には、私達のオフィスに。

 ここなら知り合いしか来ないし、他に来るとしたら敵くらいか。

「狭いわね」

 キッチンでスープを温めながら文句を言うお母さん。

 ただキッチンといっても、コンロが二つと小さなシンクが一つだけ。

 料理をするのではなく、あくまでも簡易的なもの。

 それでも無理を言ってガスコンロを手に入れた。

 火で焙らないと、美味しい炒飯が出来ないのよ。

「ミートボールか」

 小さなそれをぱくりと食べる。

 味は薄め、甘さも控えめ。

 悔しいけど、私好みの味である。

「四葉君は?」

「食べる」

 お母さんが差し出したおにぎりを受け取るショウ。 

 サイズとしては、私が食べている物の二倍以上。

 相変わらず、芸が細かいな。

「デザートは」

「全部食べてから」

「いいじゃない。えーとこれか」

 紙袋を漁り、タッパを取り出す。 

 ティラミスか。

 果物も欲しいな。

 そうそう、梨だよ梨。

「食べてからって言ってるでしょ」

「見るくらいいいじゃない」

「あ?」

「い?」

 二人して睨み合い、梨の取り合いをする。

 何よ、これは私が食べるのよ。

「二人とも、止めて下さい」

 にこやかに微笑むサトミ。 

 果物ナイフを手に持って。

「欲しいなら欲しいって言ってよ」

 二人して同じ事を言い、サトミの前に梨を置く。

 後は二人仲良く、小さなおにぎりを分け合って食べる。

「あのね」

「鮭?皮は」

「入れてある」

「ならいいや」

 指を舐めて、ウェットティッシュを受け取る。

 私はそれをお母さんに戻し、次のおにぎりも半分渡す。

「もういい」

 疲れたようにだし巻き卵を食べるサトミ。

 相変わらず、難しい子だな。



 寝てる。

 にへにへ笑いながら。

「ちょっと」

「何よ。理科は寝るって決めてるの」

 面白い台詞が返ってきた。

 10年前なら、笑い事で済んだだろうが。

「ここは学校だって」

「分かってるわよ、そんな事」 

 一体、何が分かってるんだろう。

 体型は確かに、子供だけどさ。

「起きてって」

「うるさいな。授業が終わったの?」

 顔を上げるお母さん。

 気の抜けた。

 というか、寝起きの顔を。

「……あなた、今日帰って来るって連絡入れた?」

「どこに」

「どこって。……わっ」

 自分の制服姿を見て、自分で驚いてる。

 なかなか笑える人だな。

 自分の親じゃなかったら。

「でも、似合ってるじゃない」

 言ってよね。

 でもって、ずっと寝ててよね。

「何よ、怖い顔して」

「私は午後からも、やる事があるの。寝てるのなら、ここのキーを」

「誰が寝てるの。寝言は寝て言いなさい。これ、あの小さい子に返しておいて」

 小さい大人から受け取る、小さなジャケット。

 着ようと思ったが、さすがに遊んでる暇はない。

「じゃあね。それと、ここの戸締まり」

「火の元も何でも任せなさい。暗くなる前に帰ってくるのよ」



 馬鹿馬鹿しくて、怒る気にもなれないな。

 それが自分の親と来れば、余計に。

「何してるの」

 今から始まるのは騎馬戦。

 他の競技とは違いかなり荒れる内容なので、観客席の前は勿論グラウンド内にもガーディアンが大勢配置されている。

 私は暇なので、ふらついてただけだが。

「騎馬」

 にこっと笑うショウ。 

 今いるのは、参加者の待機場所。

 棒で殴っても棒が折れそうな大男が、群れをなして集まっている。

 その中に混じっていると、目立つというか浮いて見える。 

 私もそうだし、勿論彼も。

 やっぱり、こんな恰好いい人は世の中にいないんじゃないのかな。

 改めて納得していると、他の人も視界に入った。

「御剣君。名雲さんも。もしかして?」

「騎馬」

 それ以外言えないのか。

 しかも、嬉しそうにして。

「こいつがフロントで、俺と玲阿が左右。悪くないだろ」

「上に乗るのは?」

「僕だよ」

 大男の中に咲く、可憐な花。

 可愛らしく微笑みつつ、名雲さんの後ろから現れる柳君。

 しかしそれは外見だけであって、中身は虎だ。

「じゃあ、4人でやるって事?卑怯じゃない、それ」

「卑怯って。他の連中を見てみろ」

 辺りを指差すショウ。

 小山のような人だったり、岩みたいな体型だったり。

 家が崩れたら、壁代わりに出来そうな人ばかり。

 ただそれは、あくまでも外見。

 個人的な能力としては、この4人は抜きんでてる。 

 一番能力的に低いだろう名雲さんでさえ、この集団内ではトップクラスのはず。

 でもって指揮能力を考えれば、間違いなく彼が一番だ。

「誰か、競技員いない?」

「おい」

「いいから。済みません、ちょっと話があるんですけど」

 駆け寄ってきた気弱そうな男の子を呼び寄せ、不平気味の大男達を指で示す。

「この子達卑怯だから、ハンディ付けて」

「卑怯?ハンディ?」

「要は強過ぎるから……。あれ、鉛の入れられるベスト。あれを4つ持ってきて」



 始まる騎馬戦。

 これも個人戦ではなく、団体戦。

 参加チームの陣地から、一斉に飛び出ていく騎馬達。 

 その体のみを使って、激しく戦う男の子達。

 地面に叩き付けられる者、その地面を拳で叩く者、空へ向かって拳を向ける者。 

 自然と黄色い歓声が、今まで以上に聞こえてくる。

「あそこ、何」

 グラウンドの端を指差すサトミ。

 団体戦なので、騎馬にもランクがある。 

 まずは一般の騎馬、次いで小隊長、さらに中隊長、最後に大隊長と続く。

 ランクによりポイントは違い、また大隊長が倒されたら即座に負け。

 戦略や戦術が求められる競技でもある。


 でもって、サトミが指差している場所。

 騎馬が、一つまた一つと消えていく。

 押し潰される。もしくは、蹴散らされてる。

 彼等の通った後には、それこそペンペン草も生えないな。

「もう少し、考えてやったらどうかしら」

「だから、ハンディを付けたの。鉛20Kg。掛ける4」

「40kgでもよかったんじゃなくて」

 無慈悲な発言。

 確かに鉛のベストは、あまり意味をなしてないようだ。

 むしろ重い分、当たりが強くなってるのかもしれない。

「ああ戦えって、言われてるんじゃないの。大隊長に」

「見た限りは成功してるけど。とにかく、倒される方じゃなくてよかったわ」

 そんな事もないけどな。

 確かに力強いけど、それほど小回りの利く方じゃない。

 出来るには出来るけど、ずばぬけてはいない。

 それをフォローするのが柳君だとしても、倒そうと思えば倒せなくもない。

「私がやる、なんて言わないでよ」

「まさか。冗談でしょ。もう、リレーで懲りた」

 ははと笑い、彼女の肩に触れる。

 頭に思い浮かべたメンバーを消しながら。



 戻ってくる、名雲祐蔵とその仲間達。

 さすがに返り血は浴びてないが、はちまきは持ちきれない程の量。

 倒した騎馬の数は、その何倍だろうか。

「わはは」

 大笑いする名雲さん達。

 奪い取ったはちまきを前にして。

 山賊だね、まるで。

「何してるのよ」

「騎馬戦」

 単語で返すな、単語で。

 それと、汗くらい拭いてよね。

 それはそれで、恰好いいけどさ。

「無茶苦茶ですね」

 苦笑気味に話しかけるサトミ。

 名雲さんは首を振り、後ろへ向かって顎を振った。

「命令だから仕方ない」

 彼の視線の先。

 額に巻いていた、白のはちまきを外す塩田さん。

「好きでやった訳じゃない。風間がどこか行きやがったから、その代わりだ」

「で、作戦があれですか」

「味方への被害が少なくて、敵のダメージは大きい。実際の戦闘ならともかく、この場合は負けても怪我くらいだしな」

「色々、考えていらっしゃるんですね」

「うるさいよ」

 面倒そうに手を振る塩田さん。

 この人も目立つのを嫌うというか、前に出たがらないからな。

 行動自体は、目立って仕方ないにしろ。



 教棟の壁に、肩から当たるショウ。

 どうも、まだ騎馬戦の余韻が残ってるらしい。

「止めてよ」

「ああ。次は、来年だな」

 満面の笑み。

 まだやる気なのか。

 しかも、来年って。

「ほら、汗」

 タオルを渡し、顔を拭かせる。 

 本当に、世話の焼ける子供だな。

「水は」

「飲む」 

 ペットボトルも渡し、タオルはしまう。

 後はなんだ。

 いや。もう何もないか。

「涼しいね」

「暑い」

「そればっかりだね」

「仕方ないだろ」


 教棟の陰。 

 誰もいない場所。

 秋の風と、遠くから聞こえるBGM。

 並んで座り、たわいもない会話で盛り上がる。

 何でもない一時を。 

 彼と共に過ごす。             





 







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