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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第23話
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23-1






     23-1




 大きく深呼吸して、秋の雰囲気を実感する。

 空は高いし風は乾いているし、何もしなくても幸せな気分になってくる。

「じゃあ、やろうか。ここからあそこまでが100mだから、まずは計測を」

 大勢のクラブ生で賑わうグラウンド。

 ヘアバンドをして、再びここに戻ってきた自分。

 目的はただ一つ。

「打倒陸上部のために」

 はたかれる頭。

 振り向くと、ニャンが仁王立ちで私を睨んでた。

 といっても小さいから、却って可愛いけどね。

「何するのよ」

「そういう馬鹿な事は、よそで叫んで」

「どうして」

「ここは、陸上部の練習スペースなの」

 なる程、それもそうか。

 取りあえず納得して、ストップウォッチを彼女へ渡す。

「いいから、測って」

「はいはい。それにしても、せめて私達のいない所でやろうって思わないの」

「ニャン達プロだもん」

「何のプロか知らないけど。さあ、順番に行くわよ」


 まずは渡瀬さん。

 綺麗で、正確なフォーム。

 スピードの配分も問題ない。

 次ぎに、土居さん。

 長いストライドと、力強い走り。

 彼女は、スタートにやや難ありか。

 沙紀ちゃんは怪我が完全に治ってないので、計測はパス。

「ほら、ユウユウも」

 手招きするニャンの元へ向かい、スターティングブロックを自分のサイズに合わす。 

 簡単に言えば、幅を縮める。

「ほら、きりきりやる」

 何か、うるさい事を言ってきた。

 多少苛々しつつ、足をスターティングブロックに合わせて地面に手を付く。

「まだ早いわよ」

「あのね」

「怒ったら負け。国際試合では、買収された競技員にこういう事をやられるんだから」

 それは参考になった。

 ただしここは学校で、今やってるのは個人的な計測。

 嫌がらせをする必要は、何一つ無い。

 ニャンには、山程あるかも知れないが。

「よし。準備オッケー」

「了解。頑張り過ぎて、怪我しないでよ」

「分かってる」

「それと、程々にね。また、後でうるさくなるから」



 小さいアラーム。

 実際にはそれを待たず、合図から3秒後に飛び出していく。

 始めはやや抑え気味に、そこから少しずつギアを上げて。

 スタートでぶれたフォームを修正しながら、ギアをトップに入れる。

 呼吸の限界を感じた所で、素早く酸素を取り込む。

 後はゴールを駆け抜け、その勢いを少しずつ弱めていく。

「出た」

 いつの間にか後ろに引っ付いているニャン。

 どうやら、私のすぐ後を走っていたらしい。

「何が。お化け?」

「いないわよ、そんなのは」

「言い切れるの?」

「そう言われると、私も困るけど」

 無意味な会話を交わす私達。

 ただこういう事以外はあまり話さないので、私達の会話は基本的に無意味ともいえる。

 それはそれで、楽しいから問題ない。

「そうじゃなくて。えーと、タイムは」

「あ、あの。これ」 

 うろたえ気味な計測をしてくれた1年生。

 こちらに向けられるストップウォッチ。

 目に付くのは、10という数字。

「10秒台?」

 あちこちから上がる叫び声。

 すぐに人が集まり、私の周りを取り囲む。

「こんな小さいのに」

 出たよ、また。

 こんな可愛いのに、くらい言ってよね。 

 いや。言われても困るけどさ。

「でも、こんな子陸上部にいた?」

「いないの。彼女は、ガーディアン。彼氏あり」

 誰がそんな事を聞いた。

 大体彼氏なんて。

 まあ、いいか。

「もったいない」

 10秒台なのに、ガーディアンをやってる事か。

 彼氏がいると、ニャンが言った事か。

 そう呟いたのは女の子だから、勿論前者だろう。

 後者だとしたら、今すぐ学校の外まで逃げている。

「はい、終了。解散。練習に戻って」

 手を叩き、集まってきた子達を帰させるニャン。

 でもって私の顔を見ても、手を叩く。

 拍手、ではないようだ。

「あなたも帰るの」

「冷たいわね」

「冷たくて結構。体育祭にエントリーする子達が練習してるグラウンドがあるから、そっち行って」

 渡される地図。

 学内のグラウンドくらい、私だって分かるっていうの。

 どこにあるかではなく、あるいう事を。

「あら。何をしてるのかしら」

「計測してた」

「ここは、陸上部の練習スペースよ」 

 冷静に告げてくる黒沢さん。

 当たり前だが、風当たりが強いな。

「いいじゃない。ちょっとくらい」

「打倒陸上部、だったんですよね」

 くすくす笑う青木さん。

 この子は、何かをというと私で笑うな。 

 逆に言えば、笑われる事ばっかりやってるな。

「とにかく練習の妨げになるので、移動して下さい」

「友達じゃない」

「それはそれ、これはこれ。、他の人達にも示しが付かなくなると困るの。優さん達だけここで練習させていては、癒着してるとも思われるし」

 大袈裟な話になってきたな。

 大体ただの部員が、そこまで気にしなくてもいいと思うんだけど。

「ああ。黒沢さんは次期部長だから」

「え?」

「出世したんです。次期SDC代表候補でもありますよ」

「たまたまよ」

 謙遜はするが、卑下はしない黒沢さん。

 自分でもそれが出来るだけの自信があり、また能力もあるんだろう。

 本当に、周りはどんどん偉くなるな。

「じゃあ、何か頂戴よ」

「たからないでよね。はい、これ持っていって」

 渡される小さな段ボール。 

 持ってみるとかなり軽く、ジュースやスポーツドリンクではないようだ。

 とはいえもらっただけで嬉しくて、頭の上に持ち上げたりする。

「へへ、もらっちゃった。代わりに、ニャンにも何か上げようか」

「気にしないで。私は、国から補助金をもらってるから」



 学外のグラウンド。

 ニャンの言っていた通り、どこか頼りないフォームで走る人達が大勢いる。

 私達同様、クラブ生以外のエントリー希望者だろう。

「飴、スポーツドリンクの粉、ノート、ペン」

「広げないで」

 真上から、冷静に指摘する土居さん。

 人の楽しみを奪わないでよね。

「それに、練習はどうしたの」

「分かりました。えーと、あれ。私達はリレーだから、直線じゃなくてコーナーを走る訳。要は練習も、それを想定してやると」

 ノートを広げ、名前を書き出していく。

 一番が渡瀬さん、次が土居さん、3番目が沙紀ちゃん。

「アンカーが、私。まずは、バトンパスの練習しようか」

 段ボールに入っていたバトンを取り出し、一列に並ぶ。

「はいって言ったら渡してね。当然、腕の振りはみんな同じで。それと受け取るのは常に右。渡すのも右。左へ持ち替えたりすると、その分タイムロスになる。はい、腕振って」

「はい」

「はい」

「はい」

 別に、私へ対して返事をした訳ではない。

 バトンをパスしているだけだ。

 流れはスムーズで、淀みもない。

「次は、走るのを想定してやってみようか。渡瀬さんが走ってきて、土居さんが受け取る。パスが出来るゾーンは20mだから、お互いタイミングを考えてね」


 流す感じで走ってくる渡瀬さん。

 それを確認して、前を向き駆け出す土居さん。

 伸びる腕。

 渡されるバトン。

 土居さんはそれを受け取り、コーナー手前まで走っていく。

「そんな感じ。ただ実際は渡瀬さんがトップスピードで来る訳だから、土居さんはスタートのタイミングを考えて。渡瀬さんが速度を落とさなくてもいいくらいに。だけど、パスゾーンを過ぎないように」

「難しいというか。あんた、変な事に詳しいね」

 感心してくれた。

 と思いたい。

「じゃあ、沙紀ちゃん軽くやろうか。走れるよね」

「ええ。思いっきりは無理だけど、ジョギング程度なら」


 コーナーに入ってくる沙紀ちゃん。

 その速度を確認して、前を向く。

 後はただ、一気にトップへ持っていくだけだ。

「……あれ」

 気付けばパスゾーンを越えていた。

 沙紀ちゃんは、遥か後方。

 バトンを持って、私を睨んで。

「優ちゃん」

「はは。失敗」

「自分が一番分かってないんだから」

「悪かったわね」

 自分の早さや、どのくらいでトップに持って行けるかは分かっている。

 しかし、気持は違う。

 とにかく早くスタートを切りたい。

 少しでも前に行きたい。

 その意識が、今のような結果に辿り着く。

「もっと、ぎりぎりでもいいと思いますよ。遅いかな、くらいでスタートした方が」

 冷静に指摘された。 

 私より、ちゃかついてる子に。

「いいんだって、私は。とにかくリレーはチームプレイなんだから、みんなが一つにならないと」

「あんたが乱してるんだろ」

 すげない一言。

 所詮みんなは北地区。 

 私は、南地区。

 そこには長くて深い溝がある。 

 今はそういう事に、しておいてほしい。



 彼女達と距離を置き、他のチームを偵察する。

 私達がエントリーするのは、女子400mリレー。

 聞いて回らなくても、それっぽいグループが何組かいる。

 ただ、見たところ特に問題は無し。

 おごっている訳ではないが、負ける気はしない。

 私一人がではなく、チームトータルで考えて。

「休憩、休憩よ。水、水飲んで」

 強引にスポーツドリンクを配り、自分も飲む。

 というか、飲みたかった。

 休憩中も水を飲ませないなんて指導者は今時いないが、全くいない訳ではない。

 しかし私は、あくまでも科学的にやっていく。

 気合いや根性だけで早く走れたら、応援団は世界を制してる。

「ほら。筋肉を冷やさない」

 タオルとパーカーを掛けてまわり、勿論自分も羽織る。

 なんか、疲れてきたな。

「マネージャーっていない?」

 一斉に向けられる、冷たい視線。

 言ってみただけじゃない。

 ペットボトルのふたを閉め、あくまでも軽く筋肉を揉んでいく。

「じゃあ、一度通して走ろうか。順番は、さっき言った通り。コーナーの雰囲気を掴む感じで」



 寮に戻ってきてシャワーを浴び、そのままベッドに倒れ込む。

 さすがに今は、ご飯がどうこうという気分ではない。

 せめて10分でもこうしていないと、体が溶けていきそうだ。

「あれ」

 時計を見たら、10分が1時間になっていた。

 ただ、明日の朝になってないだけましか。

 そう気持を切り替え、食堂へと向かう。

 普段よりも遅い時間。

 ラストオーダー前といった様子。 

 フリーメニューを少なめで頼み、まずは水を飲む。

 もう一度飲む。

 もう一度。

「何してるの」 

 人からグラスを取り上げ、水を一気に飲むサトミ。

 自分こそ、何してるんだ。

「走って疲れてるの」

「それにしては、楽しそうね」

「楽しいよ。サトミも走る?」

「言ってる意味が分からないわ」

 興味も関心もないというか御。

 それにしても、どうしてこのタイミングで食堂にいるのかな。

「あーあ、肩が凝りそう」

 わざとらしく、目の前に書類を広げだした。

 でもって、ため息を付きながらそれを片付け出す。

 しょう油でもこぼしてやろうかな。

「そんな事よりさ」

「あなたね。そういう言い方はないでしょ」

「いいから。私達って、勝てそう?」

「自分で調べてよね。400mリレーだった?」

 端末に表示される、現時点でのエントリーチーム。

 その隣りには、参考記録も載っている。

「こうなってるけど、どう?」

「大丈夫だった。私達が一番早い」

「同好会も混じってるんでしょ」

「元陸上部を舐めないでよね」 

 ちなみに元陸上部は私だけで、所属していたのも1ヶ月程度。

 わざわざ名乗る程ではないが、気持としてはそう言いたい。

「この子達に勝つのは分かるとしても。猫ちゃんとはどうなの」

「それは、それ。私は、打倒陸上部のためにやってるんだから」

「タイムは?」

「それは、それ」

 適当に言って、鮭茶漬けをすする。

 冷徹なサトミの視線を避けるようにして。

「丹下ちゃんは、まだ走れないんでしょ」

「ううん。ジョギング程度なら大丈夫だし、レースまでには間に合う。あの子、怪我したの?」

「どうかしら」

 薄い微笑み。

 どうも、何か知っていそうだな。

「秘密だから言えないけど。怪我よりは、程度が重いの」

「治るんでしょ」

「そうみたいね。もう、病院にもあまり通ってないみたいだし」 

 よく知ってるというか、どうして知ってるんだ。

 これ以上は怖くなるので、考えないでおこう。


「いたいた」

 人を指差しながらやってくるモトちゃん。

 正直こういう時は、厄介ごとを背負ってやって来てる。

「あなた、学外のグラウンドで走ってるわよね」

「明日も走る。あさっても走る」

「予定は聞いてないの。あっちにも生徒が大勢いるから、警備お願いね」

「そういう暇はない」

 断固として言い切り、チョコプティングを頬張る。 

 やっぱり、疲れた時には甘い物だね。

「警備といっても、トラブルが起きた時だけでいいの。得意でしょ、そういうの」

「どうして」

「あなた、ガーディアンじゃない」

「私は、リレーの選手」

 何を言ってるんだ、一体。

 いや。私がね。

「それに揉めるような人は見かけなかったけど」

「いたとしたら、ユウぐらいね」

 そう言ったサトミの頬を両方から引っ張り、最後に髪を掻きむしる。

 確かに、私くらいだな。

「とにかくお願い。丹下さん達にも、話はしてあるから」

「はいはい。ちょっと」 

 伸びてきたサトミの手を軽くかわし、がら空きの脇腹をそろっと撫でる。

 びくりと身を震わせ、一瞬動きを止める少女。

 最後に顎の下を撫で、ヒットアンドウェーで逃げていく。

「ちょっと、待ちなさい」

「待たない」

 サトミから逃げる事なんて、軽い軽い。

 というか私は、いつまで走ってるんだ……。



 翌日。

 半分くらい寝ながら、授業を受ける。

 ノートを見ると文字が書いてあるので、聞いてはいたんだろう。

 記憶にはない事まで、書いてある気もするが。

「寝るなよ」

 呆れ気味につついてくるショウ。

 本当に生真面目な子だな。

 疲れてるんだし、そっとしておいてやろうくらい思ってよね。

 取りあえず頷いて、そのまま首を下げていく。

「おい」

 激しく肩を揺すられた。

 ハンカチまで差し出された。

 そこにある、四つ葉の刺繍を見つけてすぐに顔を上げる。

「な、なに?シスター・クリス?」

「何を言ってるんだ」

 呆れるというより、不安げな表情。

 どうも、寝惚けて記憶が混同したようだ。

「冗談よ。で、これは」

「これはって」

 指をさされる口元。

 何とも恥ずかしそうにして。

 どうも意味深だな。

「口がどうか……」

 今度は私が顔を赤らめ、口元を拭う。

 さすがにショウのハンカチではなく、自分のティッシュで。 

 全く、油断大敵だな。


 気付けば授業が終わっていた。

 しかし他の人は気付いていたらしく、片付けを終えて教室から出て行っている。

 自分で思っている以上に、疲れがたまっているようだ。

「疲れてるんじゃないのか」

 優しく、労りの表情で声を掛けてくるショウ。

 私の肩をつついたのも何もかも、きっと私を思っての事。

 そんな彼の気持ちが、疲れた体に心地いい。

「だらだらしやがって」

 無愛想な、思いやりの欠片もない口調。

 ケイは睨んでいる私を指差し、鼻で笑った。

「よだれだ、よだれ」

「誰が」

「さあ。誰かな」

 鼻にめり込みそうな位置にある指先。

 彼が透明人間を指差していたとしても、不可能なくらいの。

「仕方ないじゃない。走って、疲れてるんだから」

「授業中に寝るのは、生徒として本末転倒だ」

 まともな事を言ってきた。

 1時限前の数学で、グーグー寝ていた男が。

「いいから。次は体育でしょ。早く着替えないと」

「体育?聞いてないわよ」

 この疲れた所に体育か。

 出来るだけ動きたくないし、見学していよう。



 水へ足を付け、少し動かす。

 程良い抵抗と、揺れる足元。

 時季外れのプール。

 とはいっても室内で、中は夏の気候そのもの。

 水着姿でも暑いくらい。

「見学じゃ無かったの」

 紺の水着で現れるサトミ。

 しなやかなボディーラインと、そこから伸びる長い手足。

 気を抜いたら、プールに落ちそうだな。

「クールダウンにはちょうどいいの。泳ぐ気力はないけどね」

「今日も、練習はするんでしょ」

「そのために、体力を温存してるの」

 目の前を過ぎていく水飛沫。

 力強く、綺麗なフォーム。

 プールサイドにタッチして、即座にターン。

 再び、目の前を過ぎていく。

「おもちゃ?」

 呆れ気味に呟くサトミ。 

 要は、水の中をモーターで走っていくおもちゃの事を言っているのだろう。

 無論おもちゃの訳はなく、玲阿四葉という名前が付いている。

 疲れるとか、限界という言葉を知らないらしい。

「本当、目の保養だな」

 のそのそと呟き、プールサイドに腰掛けるケイ。

 言ってる事は下品だけど、別に女の子を見て回る真似をする様子はない。

 そういう性格じゃないし、そんな事したら明日の朝までプールの底に沈んでもらう。

「あなたは泳がないの」

「ほら。傷から水が入るから」

 ケイの脇腹を指差し、ふと異変に気付く。 

 海水パンツの裾辺り。

 細く赤い筋。

「縫ったの、それ?」

「ああ。転んだ」 

 素っ気ない台詞。

 プールに消える体。

 彼の意思ではなく、私の意思で。

「本当に、どうしてああなんだか。一体、何なの?」

「それはあなたでしょ。突き落としてどうするの」

「大丈夫。下は水だから」

 わめき声を無視して、伸びてきた腕を剥がしてもう一度突き落とす。

 何か言ってるが、室内プール独特の反響で聞きづらい。

 というか、聞く気がない。

「ひどいわね」

「だったら、助ければ」

「どうして。変な事言わないで」 

 友達を助けるのが、変な事なのか。

 分かるけどさ。

「パーカーは脱がないの?」

 私を指差してくるサトミ。

 スレンダーな体型を、惜しげもなく見せつけながら。

「人に見せる程でもない」

 浮かんできたケイの頭をぐいぐい押して、もう一度プールに沈める。 

 本当に、余計な事しか言わないな。

「ショウにしか見せないとか」

「馬鹿」

 タックルして、プールの上で悲鳴を上げさせる。

 その直後に、水飛沫も上げさせる。

「あ、あなたね」

「ちょっとふざけただけじゃない。友達同士の、軽い冗談」

「体も哀れなら、心も哀れね」

 えらい言われようだな。

 さすがにむかついたので、パーカーを脱ぎ捨てプールに飛び込む。

 しかし長い足だな、これは。

 私の足と、一体何が違うんだ。

 プールの底であぐらをかき、少し考えてみる。

 別な種。

 魔法でも使った。

 夢を見てる。

 どれもいまいちだな。

 ちょっと泡を吐き、ふくらはぎを撫でてみる。

 程良い弾力と、きめの細かい肌触り。 

 東北。

 典型的な秋田美人という訳か。

 今度は自分の足を撫で、首を傾げる。

 弾力はあるが、ぷにぷにした手応え。

 あれだけ毎日鍛えてるのに、ふにゃふにゃだな。

 がちがちよりはましだけど、何か納得出来ない。

 もうちょっと泡を吐き、上の方までさすってみる。 

 張りがあるな、この子。 

 何か、癖になりそうな感じ。

 しかし私の方は、妙にぷにょぷにょしてる。 

 これはこれで手触りはいいけど、子供のそれという気がしなくもない。


 突然脇の下に手が回され、強引に持ち上げられた。

「大丈夫かっ」

 真顔で人を抱き上げるショウ。

 高い高いをされている子供の絵でもある。

「何が」

「だ、だって。溺れてたんじゃ」

「後2分は息が続く」

「あ、そう」

 安心したのだろうか。 

 気の抜けたため息を付き、ちょっと笑うショウ。

 私もにこっと笑い、手を足をバタバタさせる。

 くすぐったいのではなく、感情が高揚したので。

「恥ずかしいから止めて」

「あ、うん」

 手足を止め、高い視点を楽しむ。

 プールサイドは目線辺りだが、水面は遥か下。

 みんなの頭を見下ろしている位置にある。

 睥睨って、多分こういう時に使うんだろう。

 全然違うかな。

「降りろって言ってるんだ」

 いつの間にか、プールサイドに腰掛けているケイ。

 降りるも何も、私はプールに。

「え」

「あ」

 いきなり手を離すショウ。

 当然落ちる自分。

 一気に下がる視線。

 小さいなー、私は。

「あ、あれ」

 ばたばたして、すかさずショウへしがみつく。

 じゃれてる訳じゃない。

 足が着かなかっただけだ。

「あなた、何してるの」

 よく見ると、サトミはかろうじて首が出ている程度。

 この子がこれなら、私が水没するのは当然と言える。

「お、溺れるじゃない」

「泳げば」

「余計な体力を使いたくないの。ほら、泳いでよ」

「俺は疲れもいいのか……」

 文句を言いつつ、私に腕を貸しながら背泳ぎで器用に泳いでいくショウ。

 何となく、コバンザメの気分が理解出来た。


 のそのそとプールサイドに這い上がり、膝を抱えて丸くなる。

 水の中は、入っただけで疲れるな。

「何してるんですか」

 足が見えた。

 見上げたら、海水パンツも見えた。

 ようやく厚い胸板が見えて、ひっくり返りそうになった。

「遊んでるんですか」

「私の事は気にしないで。手、手」

「子供だな、全く」

 小声での文句を聞き流し、御剣君の手を借りてどうにか体勢を立て直す。

 放っておいたら、プールに放り込まれそうな勢いで。

「自分こそ、どうしてここに」

「俺も体育なんですよ。雪野さんは、丸まって遊んでるんですか」

 どういう遊びだ、それは。

 確かに楽しいけどさ。

 ふらふらと揺れたりするのがね。

「私の事はいいから、ケイを沈めてきて」

「沈めてって、どのくらい」

「明日の朝くらい」

「それは、殺人じゃないんですか」

 楽しそうに笑う御剣君。

 どうも、冗談だと思ったらしい。

 浦田珪溺死計画は失敗か。

「しかしこの学校は、金がありますね」

「御剣君の家も、寄付してるんじゃないの」

「多少は。でも玲阿家には負けますよ。あそこは、RASレイアン・スピリッツの経営母体ですし」

「御剣家もでしょ。うちなんて、寄付どころか補助金もらってるくらいよ」

 ぺたぺたと壁を叩く。

 別に意味はないが、なんとなく。

 こういう施設の大半は、企業や父兄の寄付金で建設されている。

 どれだけのお金があれば完成するのか想像も付かないし、私の家ではこのタイル一枚買うのがせいぜいだろう。

「泳がないの?」

「あんまり得意じゃないんですよね。筋肉のせいか」

「ショウはすいすい泳いでるよ」

「あの人は、何でも出来るから」

 少し寂しげな微笑み。

 どうしてこの子は、こうショウに引け目を感じるのかな。

「ショウにだって、出来ない事はたくさんあるって。料理下手だし、整理整頓も苦手だし」

「いや。俺が言いたいのは、そういうのじゃなくて」

「同じなの。うだうだ言ってないで、泳いできなさい」

 タックルをかますが、びくともしない。

 体重差を考えれば、当然か。

「せっ」

 左肩を手で押し、少しだけバランスを崩させる。

 浮いた右足を払い、左腕を押して右手を引く。

 後は放っておいても落ちていく。

「な、何をっ」

「うるさいな。文句を言う前に、往復しなさい」

「本当に無茶苦茶だな」

 何故か犬かきで遠ざかっていく御剣君。 

 泳いでるっていうのかな、あれは。


 プールから上がり、シャワーを浴びて制服に着替える。

 後はドライヤーで髪を整え、少し休む。 

 何か、溶けそうに眠い。 

 水泳は全身運動だし、疲れるのは当たり前か。

「寝ないで」

「どうして」

 はたかれる頭。

 のろのろと立ち上がり、やたらに手を振る。

 拳に感じる、鈍い感触。

 目を開けたら、ロッカーが少しへこんでた。

「寝惚けるの」

「起きてる」

 リュックを開けて、水着を取り出す。

 おかしいな、濡れてる。

「いい加減にしなさい」 

 また叩かれた。

 おかげで、少し目が覚めた。

 気になった。


 チゲを食べて、覚醒を促す。

 この後はリレーの練習もあるし、スタミナを付ける必要もある。

「あー」

 美味しいし辛いし、汗は出るし。

 目は覚めるけど、暑くてしょうがないな。

「何してるの」 

 ハンカチで汗を拭いてくれるサトミ。

 いや。鼻か。

「仕方ないじゃない。これ辛いんだから。サトミも食べる?」

「パス。真っ赤よ、それ」

「見た目程じゃないって」

 ひーひー言いながら水を飲んでいては、説得力の欠片もないが。

 実際にそこまで辛い訳ではなく、私が苦手なだけ。

 だったら食べるなという話だけど。

「そんなに辛いか?」

 ショウが食べてるのは、チゲではなくキムチ鍋。

 ツインコリアフェア中なので。

 しかし昼から鍋とは、本当に贅沢な限りだな。

 小鍋だけど、こういう安上がりな幸せが嬉しいの。

「もう限界。いらない」

「もったいないな」

「だったら、上げる」

 小鍋を彼の方へ追いやり、水ようかんで一息付く。 

 辛い物の後だけに、甘みは格別。 

 お陰で大分目も醒めてきた。


 顔を上げると、渡瀬さんと目が合った。

「どうしたの」

 小首を傾げる渡瀬さん。

 笑い気味というか、困惑気味に。

「練習はいいんですか」

「練習?だって、まだ午後の授業が」

 誰もいない教室。

 いるのは私と彼女だけ。

 完全に寝ていたようだ。

「サトミ達は?」

「さあ。代わりに、こういう物が」

 私の背中に回り、髪を手渡してくる渡瀬さん。

 欠伸をしつつ、そこに書かれた文字を読んでみる。


「私、雪野優。眠いから寝る。文句ある?」


 文字から見てサトミだな。

 しかしこれは、いつから貼られていたんだろう……。



 顔を撫でつつ、グラウンドへやってくる。

 あれだけやられれば、さすがに目が覚める。

「眠そうですね」

 元気一杯に飛び跳ねる渡瀬さん。

 遊んでる訳はなく、体を解しているんだろう。

 多分。

「プールで、ちょっとね」

「ああ、体育。大丈夫ですか?」

「眠いだけ」

 勿論それが問題なんだけど。

 取りあえずストレッチをして、自分も体を解す。

 大体、プールの後に授業をやる事自体が間違いなんだ。

 寝てたのは私だけではなく、クラスの半分以上。

 寝ない方が、どうかしてる。

「何してるの」

「誰が」

「優ちゃんが」

 私を指差してくる沙紀ちゃん。

 正確には、彼女の鼻先より高い位置に上がった足を。 

「ストレッチ、ストレッチ。良く伸ばさないと、怪我の元でしょ」

「伸ばし過ぎじゃなくて?」

「沙紀ちゃんもやったら?怪我のリハビリ代わりに」

「私は、普通にやるわ」 

 何だ、普通って。

 私がおかしいって言いたいのか。

「真面目にやって」

 バトンで叩かれる頭。 

 振り向くと土居さんが私を見下ろしていた。

 彼女にその気はなくても、身長差の関係上こっちは常に見上げる事となる。

 彼女以外の、誰でもだけどね。

「叩かなくても言えば分かる」

「もういい」

 いいなら叩くな。

 もう片足も上げて、肘打ち気味に肩を回す。 

 やっぱり動くと、体も軽くなってくる。 

 眠さもどこかへいった感じで、まだまだこれからだ。


「特に揉めるような雰囲気はないわね」 

 グラウンドを軽く見渡す沙紀ちゃん。

 ここにいるのは、クラブ生以外の一般生徒。

 好きで体育祭にエントリーしている子ばかり。

 競争相手同士のケースもあるだろうが、雰囲気としては和やかな物。

 揉める要素の欠片もない。

「いい事じゃない。練習に集中出来て。まずはインターバル走。50mダッシュで、150ジョグ。その繰り返し」

「だるい」

「面倒ね」

「かったるいです」

 明日からは、ムチでも持ってきた方がよさそうだな。

 それとも、ニンジンか。

「いいから走って。とにかく走る。走って走って、また走る」

「科学的にやるんじゃないの」

「その内ね。体力もなくて、科学も何もないの」

 だらだらと、何やらひそひそ話しつつ走り出す3人。 

 どうもやる気が感じられないな。

 というか、やる気を出してるのは私だけか。

「ほら。掛け声は。ファイ」

 怪訝そうな眼差し。

 でもって、ダッシュ。

 一瞬置いてけぼりになり、すぐに追う。

「ファイと言ったら、オー。ほら、ファイ」

「おー」

 おざなりな掛け声。

 まあ、ないよりはましか。


 走りながら叫ぶと疲れる。

 今さら知った。

「どうしたの。走って走って、走り抜くんじゃないの」

 背中に掛かる声。

 無視して、スポーツドリンクを少しだけ飲む。

 その分体力が回復した。

 気になった。

「休憩も大事なの」

 息を整え、のど飴も舐める。

 体が小さいから、体力もない。

 それも、今さら知った。

「あれ。あれは」

 がたがた揺すってくる渡瀬さん。

 文句を言う気力もないので、彼女にすがりつつ立ち上がる。

「揉めてますよ」

「そういう年頃なんでしょ」

 ため息を付き、手の中でバトンを回す。


 ロッカールームの手前辺り。

 大勢集まっている中で目を引く、横柄な態度の女の子達。

 場所取りか何かでやりあっているようだ。

「止めないんですか」

「私に言わないで、G棟隊長にお願い」

「ごめん。怪我が痛くて」 

 いい言い訳だな。

 今まで、人の前を走ってたのに。

「土居さんは」

「トイレ行きました」

 で、残り物の私に声を掛けたという訳か。


「どうかした?」

 自然な感じで、刺激しないように声を掛ける。

 話を聞かなくても、こういうのは見た目で判断出来る。

 視線、態度、雰囲気。

 何より、その感覚で。

「誰」

 冷たい、見下したような視線。

 それは、彼女の後ろに控えている3人も同様だ。

「ここの生徒よ。何か、揉めてるの」

「遅いから、邪魔なの。走る意味無いじゃない」

 なる程、そう来たか。

「そんなに自信がある訳」

「なかったら、わざわざ呼ばれない」

 呼ばれない、ね。

 はっきりは分からないけど、いい台詞でもないな。

「あなた達の専用グラウンドでもないんだし、そこまで言わなくてもいいでしょ」

「遅い人は道を譲る。違う?」

 これは、何を言っても無駄だな。 

 価値観の相違というより、人間性が違い過ぎる。

「大体、あんたは誰?」

「それが関係あるの」

「うるさいから向こうへ行けって言ってるんだよ」

 面白い事を言ってくるな。

 普段ならひっくり返して終わる所だけど、そういう状況でないのは十分理解してる。

 ただ、このまま放っておけないとも。

「それとも、自信がある?」

「ある」

 はっきりと、誰の耳にも聞こえるように言い放つ。

 特に、この馬鹿連中へ向けて。

「じゃあ、競争しようか。あそこに掛かったタオルを、どっちが早く取るか」

 グラウンドの外。

 植え込みのさらに奥。

 街路樹の上に掛かっている、青いタオル。

 雰囲気から見て、この連中と揉めている誰かの物だろう。

「いいわよ。その代わり私が勝ったら」

「勝てないから、約束は必要ないの。始めようか」


 スタートラインに、クラウチングではなくスタンディングスタートで横に並ぶ。

 放られるバトン。

 放物線を描き、それは地面へと近付いていく。

 腰を落とし、足に力を込める。 

 飛び出す女。

 微妙だが、明らかにフライング。

 こちらはバトンが付いたと同時に、彼女よりは遅れて飛び出す。

 言うだけあり、距離は狭まらない。

 ネットを避け、急なコーナーを曲がる。

 ここで少し距離を詰める。

 植え込みを飛び越える女。

 振り返る、見下した笑み。

 上等だ。

 低い姿勢から足を踏みきり、高い植え込みを飛び越える。

 ぎりぎりでクリアし、次の植え込みまでの距離を目測で測り次のタイミングを見極める。

 3つ飛び越え、ここで並ぶ。

 滑りやすい、落ち葉が敷き詰められた地面。

 足の指に力を込め、勢いよくその上を駆け抜ける。

 足を滑らす女には、見向きもせず。

 高い位置にあるタオル。

 女はどこで手に入れたのか、長い木の棒を私の横から伸ばしてきた。


「やってれば」

 鼻で笑い、木の幹を蹴り付ける。

 蹴って落とす訳ではない。

 その反動を利用し、後方宙返りをして空に舞う。 

 少しだけ近付く空。

 そしてタオル。

 足先でそれを捉え、軽くひねって手に落とす。

 横から感じる気配。

「へっ」

 私を狙ったのか、あくまでもタオル目当てか。

 とにかく横に薙ぐ棒をもう一回転して避け、体をひねって地面に降りる。

「勝ったけど」

 タオルを首に掛け、荒い息を付いている彼女を見下ろす。

 膝に手を付き、動く気力も無さそうな女を。

「こ、これはリレーで」

 そう言った途端、どこからか彼女の仲間が飛び出てきた。

 下らないし、相手にするのも馬鹿らしい。

「雪野さん」

 ネットの向こう。 

 グラウンドで手を振っている渡瀬さん。 

 すかさず植え込みを飛び越え、ネットを回り込んだ彼女の元へ走る。

 追いすがってくる馬鹿二人。

 どうでもいいけど、きりがないな。

「よっと」

 タオルにヘアバンドを巻き付け、振りかぶって投擲する。

 風と空気抵抗。

 不規則な軌道を描くタオル。

 渡瀬さんの隣りで動く、女の仲間。

「仕方ないな」

 そう呟くや、小さく跳んでネットを蹴り付ける渡瀬さん。

 私よりも力強い、高い跳躍。

 彼女達の頭上を越え、宙でタオルをキャッチする。

 私と違うのは回転をせず、軽く手を横に伸ばして降りた事。

 しなやかに膝を使い、上手に衝撃を逃がして。

 天使の羽根が舞い降りるようにして。

「まだ、文句ある?」

 追いすがってきた女へ、静かに語りかける土居さん。

 不満、明らかな敵意を見せている他の子達を振り返りながら。

「……馬鹿馬鹿しい。行くわよ」

 実際大して落ち込む様子もなく、足早に去っていく女達。

 またこれがグラウンドでの競争だったら、勝負の結果はどうだっただろう。



 彼女達は4人。

 あの足の速さ。

 呼ばれたという言葉。

 それが持つ意味は、私にも分かる。

 重い、嫌な気分。

 薄い雲が垂れ込め始めた、今の空のような。

 でもいつかは晴れ渡る。

 そう信じ、私は灰色の空を見上げた。 






  







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