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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
250/596

エピソード(外伝) 22-4   ~ケイ視点~






     陰


     22-4




「わっ」

「きゃっ」

「なっ」

 一斉に上がる叫び声。

 今度は何だよ。

「こんばんは」

 のんきに挨拶してくる間抜け面。

 双子の兄とも言うらしいが。

 確かに俺と同じ顔が現れれば、叫びたくもなるだろう。

「何か用か。サトミはどうした」

「浴衣がはだけたから、着付け直してもらってる。なんか、みんな真面目だね」

 口に出すなよ、そういう事を。 

 しかも、聞こえるように。

「あ、僕は双子の兄です。珪がご迷惑を掛けるかも知れませんが、よろしくお願いします」

 それはもういいんだ。

「何、これ。キャベツ20箱って」

「俺が知りたい。トイレ行ってくるから、少し代わってくれ」

「何を」

「何もかもを」


 人間はともかく、仕事は出来る。 

 やれといった事はやるし、飲み込みも早い。

 そうでなければあの年で大学院に行ってないし、本人も行こうとは思わないだろう。

「どう?」

「問題ないよ。正門に人が集まってるから、取りあえずガーディアンを増員した。でも、違う方法で誘導もした方がいいね」

「任せる」

「了解。済みません。東門で、屋台の割引券を配ってると情報を流して下さい。いえ、アナウンスだと殺到するので。あくまでも、噂として。そこである程度配り、その間に正門の整理を。後は、また追って連絡します」

 落ち着いた指示。

 無難で、だからこそ問題のない。

 こいつの場合こそ、指揮系統にいた方がいい人間だからな。 

 能力的にというより、存在として。 

 人に安心感を与えるし、発想も楽観的。 

 慌てる事もないし、今のように指示も無難。

 つまりは、俺とは逆なタイプ。

「こっちは、交代を早めた方が良くない?」

「待機班に連絡を取って。スケジュールを組み直す」

「了解。済みませんが、少し早めに準備してもらえますか。……ええ、そうです。……ありがとう。……はは。じゃ、また」

 何が、まただ。 

 というか、初めて話した人間と楽しそうだな。

「取りあえず、急場は凌いだね」

「ああ。今はいいけど、帰る流れが出来始めたらどう思う」

「その時は、その時だよ。僕も帰るんだし」

 なるほど、すっかり忘れてた。

 いっそこいつと入れ替わって、俺がサトミと帰ろうかな。

「多分、サトミは気付くよ」

 簡単に読まれた。

 別に双子がどうこうとは思わないし、こいつはかなり鈍い。

 それでも、俺の考えくらいは分かる時もある。

「気付いてもいいから、帰りたい」

「丹下さんは」

「病院。ちょっと、体調が悪いから」

「ふーん」

 何故か太ももをさする光。

 俺の傷がある部分を。

 深い理由があるとは思えないが、あまり楽しい光景でもないな。

「どうかしたのか」

「いや。蚊に刺されたみたい」

 薬を塗れ。

 一瞬でも双子のシンクロニティを疑った自分が馬鹿だった。


「うわっ」

 どこかで聞いた、子供っぽい声。

 また、子供っぽい体型。

 しかしユウではなく、もっと幼く華奢な感じ。

「同じ顔」

 くすくす笑う高畑さん。

 彼女も浴衣姿で、頭の後ろには猫のお面を付けている。

 行動がユウ的というか、逆にユウが子供的と言えるのかな。

「悪いか」

「悪くないよ」

「お前が答えるな」

 のんきに笑う光を睨み、片手で各ガーディアンに状況を伝達する。

 不器用ではあるが、キーを押せばそれはそのまま情報として伝わっていく。

 押し方や、押し具合なんてものは存在しないので。

「ごめん。忙しかった?」 

 ひょこっと現れる木之本君。

 この子供の保護者という訳か。

「自分こそ、仕事は」

「1年生がやってるし、自警局や生徒会ガーディアンズとの合同だから。僕は、持ち場がないんだよ」

「じゃあ、代わってくれ」

「面白いね、それ」

 楽しげに笑う木之本君。

 勿論冗談ぽっく。

 真面目だけど、話は分かる子なので。

「何、それ」

「金魚。さっき、高畑さんが採った」

 木之本君の手に下がっているのは、小さなビニール袋。

 中には赤いのが二匹と、黒の出目金がふらふらと泳いでいる。

「止めた方がいいぞ。金魚はその内死ぬ」

「浦田さんも、その内、死ぬじゃないですか」

 なる程、それもそうか。

 などと納得する性格なら、俺はここまで苦労してない。

「金魚って、食用か」

「馬鹿じゃない」

 小声で、俺にだけ聞こえるくらいの声で呟いた。

 面白いな、それ。

 自分の心に、ゆとりがあるならば。

「とにかく、俺は忙しいんだ。子供は早く帰って寝てくれ」

「お祭りの日は、遅くまで起きてても、いいんです」

「おねしょするぞ。いや、本当に」

「それは、火遊びをした時です」

 よく知ってるな。

 俺の場合は、水遊びでお漏らしをしたんだが。

「大体、仕事は、してるんですか」

「見れば、分かるだろ」

「どうして、この計算は、してないんです」


 彼女が指差したのは、キャベツや肉の代金。

 一箇所で買った訳ではなく、またカードを分散させたため総計が出ていない。

「端末で集計すれば済む」

「へー」

 小馬鹿にした頷き方。

 むかつく子供だな。

「浦田君、止めた方がいいよ」

「何が」

「いや。計算しようなんて真似は」

「ほー」

 今度は俺が頷き、木之本君を睨む。

 長い付き合いだったが、どうやらそれも今日限りだったようだ。

「木之本君の言う通り。出来ない事をやるなんて、猿でもしない」

 こいつは本当に、俺と同じ遺伝子を持った存在か。

 明日にでも、戸籍を抜こう。

「いいから、これだろ。えーと」

 それ程難しい計算ではない。

 桁数は多いが、単なる足し算。 

 別にどうという事はないし、間違える方がどうかしてる。


 ……なんか、難しいな。

 ここで繰り上がって、6足す7だから。

 4……、じゃなくてあれ。


「まだですか」

「待てよ。夜はまだ早い」

「計算は、遅い、ですね」

 嫌みを聞き流し、メモ用紙をめくる。 

 これが、これで。

 あれ、いや。桁がこっちで。

「もう、帰りますよ」

「待てよ。……出来た」

「間違ってます」

 一言で切って捨てられた。

 冗談だろと言いかけて、視線を左右へ向ける。

 困惑気味の木之本君と、のんきに笑っている光を視界に収めるために。

「あれ?」

「変な事言い出した、私が、悪かったようです。木之本さん、行きましょう」

「あ、うん。浦田君、大丈夫。こんな事、何でもないよ」

「はは、親の顔が見てみたいね。僕も帰ろう」


 静まり返る室内。

 周りに人はいる。 

 たださっきまでの喧騒が収まった分、その静けさはより強く感じられる。

「あれ、どうかした?」

 怪訝そうな顔で戻ってくる丹下。

 俺は適当に手を振り、インカムを付け直した。

「状況はどうなってる。……分かった。……いや、これ以上は増員しても仕方ないし替えの要員が無くなる。……ああ、そうして」

「どうするの」

「派手にトラブルを抑えて、見せしめにする。荒っぽいけど、時間は稼げる」

「好きね、そういうやり方」

 苦笑する丹下。

 ただ止めようとはせず、それでどの程度トラブルが抑えられるか見守っている。

「帰る人達が出たら、もっと混乱しそうね」

「ルートは確保してるし、シャトルバスも出す。それにこっちは家族連れが中心だし、問題は無い」

「あの。済みません」

 また来たか。

「今度はどうした」

「えと。あの。トイレが使えないって。故障している場所が数カ所あり、仮設の簡易トイレも不足気味で。業者に頼んではいるんですが」

 確かに、これはかなりの問題だな。 

 女性の場合は着替えや化粧もあるだろうし、男ならその辺でしかねない。

「まだ、業者とは連絡してる?」

「え、ええ」

「回線を、こっちに回して。俺が話す」


 事前に業者の情報を集め、出来るだけ丁寧な声で話を切り出す。

「済みません。至急簡易トイレを届けてもらいたいんですが。……ええ、それは分かってます。……ええ、そうですね。……はい、はい」

 あくまでも、低姿勢に。

 相手を刺激しないように。

「はい。ですが、そこを何とか。……駄目、駄目ですか。……そうですか」

 高校生だから舐められているのかどうかは知らない。

 また、他の事ならもう少し余裕を持って応対もする。

 しかしどう考えても、余裕のない状況。

 仕方ないので、普段通りの手を使う。

「じゃあ、使い終わった簡易トイレをお返ししましす。会社ではなく、ご自宅の方へ。リビングは、縁側からあがれます?。……はい、よろしく」

「何よ、それ」

「物事を迅速に済ませる手段」

 これで、何があろうと最優先で届けてくる。

 俺なら、背負ってでも届けるな。 

「たまには、穏便に済ませたら」

「明日から考える」

「また、それ。……はい」

 端末で話し出す丹下。 

 口調からいって、かなり親しい相手の様子。

 別に聞き耳を立てている訳ではなく、隣にいるから聞こえるだけだ。

「ごめん。ちょっと、出掛けてくる」

「分かった」

「すぐ戻るから」

 傷が痛む割には早足。 

 自然とその背中を目で追い、閉まるドアを確認する。


 気にならないはずはない。

 すぐでも、後を追いたい気分。

 しかし自分も傷を負っている今、あまり動ける状態でもない。

 だからといって、放っておける訳もない。

「……俺。……ああ、頼む。……そう、ああ。……また後で」

 端末を置き、仕事に戻る。

 不安は残る。

 苛立ちも消えない。

 だが、ここを離れる事も出来ない。

「付いて行かなくていいんですか」

 からかうように話しかけてくる男の子。 

 誰だか知らないが、ここにいるぐらいなので生徒会の誰かだろう。

 やる事が無くて、暇を持て余している。

「誰が」

 低い声を出し、下から彼を見上げる。

 やったのはそれだけ。

 男の子は後ずさり、椅子にぶつかって床に転がった。 

 それだけだ。

「仕事に戻れ」

「は、はい」

 目の前から消える姿。

 静まり返る室内。

 そんなのは、俺の知った事ではない。

 今はただ、仕事をこなしていくだけだ。

 それ以外に気を払う余裕は無いし、必要もない。



 少しの後。

 ペットボトルを持って戻ってくる丹下。

「どこ行ってた」

「木村君が会いたいって」

「ほー」 

 のんきに頷き、ジュースを飲む。

 ……手作りか、これ。

「それは、彼のファンが作った余り。美味しいでしょ」

「粉っぽいというか、酸っぱい」

「運動後に飲むと美味しいの」

 ごく普通に、本当に美味しそうに飲んでいく丹下。

 どう考えても、まずいんだが。

「木村君は、なんて?」

「気になる?」

 楽しそうな笑顔。

 どう答えていいのか、微妙な問い。 

 その前に一つ確認しておくか。

「俺も、出掛けてくる」

「どこに」

「すぐ戻る」


 教棟の玄関。 

 薄い照明に浮かぶ、細身の長身。

 物憂げに前髪をかき上げる、甘い顔立ちの男。

「言っておくが、呼び出したのは俺じゃない。誰かが、名前を騙ったんだろう」

 先手を制する木村君。

 彼と丹下の関係は、俺も分かっている。

 だから彼が丹下を害するとは思っていないが、何事も確認が大切だ。

「音声認識なんて普通しないし、似た声の奴を使ったと思う」

「丹下さんは、何か言ってましたか」

「いや。誰かに騙されたとか、良くある事だくらいしか」

 彼女も、ある程度は分かっていた訳か。

「お忙しい中、申し訳ありませんでした」

「忙しいのは君だろ。こっちは、ただ遊んでるだけだ」

 それもそうだ。

 どうも、空回りしてるな。

「沙紀はどうした。足を引きずってたみたいだけど。あれって、前に怪我した所か?」

「冷えてきたから、痛むとか言ってました」

 ここで本当の事を言えば、彼にも負担が掛かる。

 怪我をしたのは、彼が原因でもない。 

 ただその後で、彼にからかわれた事は事実である。

 丹下はそれを引きずってないにしろ、彼は何らかの形でわだかまりを残しているだろう。

「何かでかい男を見たけど、俺の気のせいかな」

「さあ。俺は、ちょっと急ぎますので」

「ああ、悪い。また、試合を観に来てくれ」

「はい、是非とも」



 部屋に戻り、すぐに端末と向き合って仕事をする。

「どこに行ってたの」

「トイレ」

 当たり障りのない答え。

 それで納得したかどうかはともかく、確認は出来ないしそれ以上追求のしようもない。

「そう。で、こっちはどうする」

 画面に映る、人の流れ。 

 入場者に加え、帰宅者もかなり発生している。

 ただ帰宅ルートは複数設定してあるし、誘導のシミュレーションも行っている。

 人数は増えたにしろ、いきなり倍増した訳でもない。

「厳しいけど、これくらいないさばけないようならそれまでだろ」

「あなたが?それとも、現場が?」

「どっちも。とにかく、対応は現状通り。基本的に現場で問題に対応。こちらは、そのサポートに徹する」

「了解」

 その旨を伝達する丹下。


 当然何もしない訳ではない。

 人手の足らない場所には増員をして、必要ない所は減らす。

 お互いの連携を深めさせ、常に最新の情報を知らせる。

 それだけでも気分的に違う。

 自分は一人ではなく、誰かが関心を持ってくれると思えてくる。

 気持が荒めば、仕事も荒れる。

 逆に気持に余裕があれば、行動にもゆとりが出来る。

「入場制限は?」

「いや、余計混乱する。……済みません、講堂で何かイベントを。……ええ、それで」

「何人入る?」

「2000くらいかな。いいよ。講堂は他にもある」

 流れを分散させ、通路から人を減らす。

 これだけでかなり違うし、混乱も減る。

 後は、帰りの流れを整理するだけだ。

「でもいいの?講堂なんて使って」

「ここは、学校。俺は生徒。施設は、誰にも開放されてる」

「いいけどね。怒られるのは、私じゃないんだし」

 冷たいな。

 ただ文句を言われるのは慣れてるし、取りあえずは今をどうにかしないと始まらない。

 人の集まる場所の事故は、大抵が帰宅者が出始めて通路に人であふれ出した時。

 逆に言えば、そこさえどうにかすれば大きな問題はない。

「学校から、クレームが来てるわよ。体育館の使用許可は聞いてないって」

「話してない。こっちに回して」

「あなたは黙ってなさい。……はい、済みません。……いえ、どうなんでしょう。……はい、そうです。……ええ、さすが。……まさか。……そうなんですか。……へえ、びっくりしました」

 何か、調子のいい相づち。

 相手の浮かれ振りが分かるような。

 どうも、親父を手玉にとるのは慣れているようだ。

「はい。……ええ、またいずれ。……はい、失礼致します」

 端末を置いた彼女と目が合う。

 何とも気まずそうな、恥ずかしそうな顔と。

「別に、騙した訳じゃないわよ。ちょっと話をして、楽しい気分になっただけよ」

「相手が、だろ。悪い女だな」

「凪の真似をしただけ。あの子に比べれば、私なんて全然」 

 今ので、全然か。

 でも、逆に脈ありだな。

「じゃあ、こっちも頼む」

「交通局運行課?何、これ。学校に、交通局なんて」

「そう。地下鉄やバスを走らせてる所。地下鉄は難しいから、臨時バスを出して欲しいんだよ」

「ちょっと、どうして私が。だから、あのね。……済みません。草薙高校の丹下と申します。……お忙しい中申し訳ありませんが」



「お茶をお持ちして。お菓子もお持ちして」

 周りに指示を出し、ぐったりした丹下を眺める。 

 彼女ではなくても、こんな交渉をしたら同じ事になるだろう。

「私はね、ガーディアンであって」

「もう、終わった事だ。後は」

「もう、終わったんでしょ」

 すかさず釘を刺された。

 何だよ、もっと色々試したかったのに。

「いいから。放っておいて」

「は、はい」

 慌てて下がっていく女の子達。

 楽しくていいと思うんだけどな。

 俺なら、投げ飛ばしてでも止めさせるが。

 じゃあ、やらせるなという話でもある。

「楽しい?」

「まさか」

 陰険な視線を避けて、状況をチェックする。

 今の所大きな混乱はなく、流れも順調。 

 まだこれからだが、ここでつまづいていてはどうしようもない。

「みんなは楽しんでるのに。私はこんな所で、親父の相手なんて」

「愚痴るなよ。飲め、飲んで忘れろ」

「お茶ばっかり、そんなに飲めないの」

 突き返されるペットボトル。

 仕方ないので、自分で飲む。

 あれば、あるだけ飲む。 

 後はトイレに行けばいいだけだ。

「でも明日も、あさってもあるんでしょ」

「あるさ。祭りはまだまだ終わらない」

「何浮かれてるの」

 どうも刺々しいな。

 余程親父の相手が、面白くなかったらしい。

「肩揉もうか」

「揉ませて下さい」

「……揉ませて下さい」   

 いっそ、違う場所でも揉んでやろうか。


 勿論そんな事が出来る訳もなく、彼女の首が傾がれて小さな寝息が聞こえてきた。

 まだ体調も完全ではないし、疲れも出たんだろう。 

 パーカーを肩に掛け、そっと彼女から離れていく。

「起こさないよう、静かにしてて」

 そう告げて、部屋の隅に移動する。 

 俺も寝たい所だが、その前にやる事が幾らでもある。

 他に人に任せられる事なら、放っておく。

 ただ、自分にしか出来ない事もある。

 任せられないとでも言うべきか。

 端末を取り出し、会話を聞く。

 単純に言えば、盗聴だ。

 思った通り、かなり混乱している。

 病院か、ドラッグストア。

 どちらにしろ、歩くのがやっとらしい。

「馬鹿が」

「え、誰がですか」

「え。ああ、俺」

 適当に答え、インカムを外す。 

 もうこれに、用はない。

「あーあ」

 机に伏せて、目を閉じる。 

 もう、何もかも終わった。

 気分になった。 

 卓上端末にも端末にも情報は次々と送られてくるし、こちらから送る情報もある。

 来場客と帰宅客がごった返し、今にも混乱をきたしそうな状態。

 それでも、最大の問題は解決した。 

 またこればかりは、俺が慌ててもどうしようもない。 

 慌てて人が消えるなら、今すぐにでも取り乱す。


「あの」

 また来たか。

 こっちはこっちで忙しいんだよ。

「天気予報で、雨が降りそうだと」

 だから何なんだ。

 祈祷師でも探せっていうのか。

「熱田神宮に行って、祈ったら」

「は、はい」

 いきなり飛び出していく、何人かの男女。

「冗談だ、冗談」

 その声が届く前にドアが閉まり、部屋から人が減る事となる。

 頼むよ、本当に。

 ようやく目を覚ました丹下は、薄く微笑み俺の肩に手を置いた。

「減った分は、負担してね」

「分かってる」

 キーを操作し、祈りに行った子達の仕事を持ってくる。

 また面倒なのを残していったな、これは。

「大体、祈ってどうにかなるの?」

「なるんじゃないの。神様なんだし」

「適当ね。空にドライアイスでもばらまいたら」

「それは、雨を降らす方法だ」

 窓を開け、外の様子を確かめる。

 空ははっきり見えないが、湿った風が吹いている。

 今すぐ降ってきてもおかしくはない様子。

 たださすがに、雲を無くす事なんて出来る訳がない。

 いっそ、滋賀の方で雨乞いでもするか。

 そうすれば雨雲も、少しは減るかも知れない。

「いいだろ。降っても」

「開き直らないで」

「取りあえず、タオルと傘の準備。教棟はすぐに入れるよう、キーを開けて」


 消極的な策だが、これ以外に方法はない。

 後は出来るだけ早めに、祭りを終わらせるくらいか。

「大丈夫かな」

 窓から手を出しては引っ込める。

 席に戻り、また窓辺に立って手を外に出す。

 我ながら、かなり間が抜けているのは否めない。

「少しは落ち着いたら」

 その言葉通り、玉せんをかじる丹下。

 普段なら、俺だってそうしてる。

 警備責任者というだけなら、ここまで気は揉まない。

 しかし今回は、名目上とはいえ全体も取り仕切る立場。

 実際に仕切っているのは違う子だが、責任自体は俺にある。

 雨がではなく、祭りの成否についても。

「いいか、降っても」

「もういいわよ。お茶頂戴」

 わざとか。

 ペットボトルを放り投げ、もう一度窓の外に手を出してみる。

 何か、冷たいな。

「降ってきた」

「そこ、エアコンの排水溝があるわよ」

 先に言ってくれ。

 よく見たら、上はひさしの部分がせり出している。

 これでは降ろうがどうしようが、雨なんて落ちてくる訳がない。

「いいから、仕事して。子供の怪我人が、何人か出てる。人が多くて、医療部が辿り着けないって」

「分かった。……御剣君?……いや、そうじゃない。子供が怪我してるから、迎えに行って。……ああ、蹴散らしていい」

 端末を放り出し、全体の状況をチェックする。

 人が多いし、こういう事は増えるだろう。

「蹴散らしていいの?」

「いいんだよ。馬鹿な連中より、子供が優先」

 その他に体の大きい連中をリストアップして、救助隊を臨時に編成する。

 この辺はあらかじめ話を通してあるので、問題はない。

 後は、医療部か。

「……済みません。……ええ、何人か出ています。……はい。……分かりました。……はい、お願いします」

 ヘリも抑え、近隣の各専門科とも連絡を取る。

 医療部はあくまでも、救急医。

 これらは万が一のためで、役立たなければそれに越した事はない。

「顔色の悪い子供がいるって。動かすのも怖いくらいって言ってる」

 考えた途端だな。

「場所は」

「H棟、玄関前」

「スペースを空けさせておいて」

「了解。H棟前の各ガーディアンに伝達。急病人の周囲に、半径20mあまりのスペースを確保。手段は問わず、早急に実行されたし」



 搬送は無事に済み、搬送先の病院での処置も終わった。

 病状は大した事無さそうだし、問題はないだろう。

「ヘリは?」

「給油してから戻ってくるわ」

 搬送したのは、ドクターヘリ。

 H棟の前へ強引に止めさせ、急病人を運んでもらった。

 当たり前だが、ヘリが降りるのは空港。

 この学校なら、屋上にあるヘリポート。 

 H棟の前に降りるような事態は想定してないし、する事もない。 

 ただし今回は、事態が事態。

 医者もパイロットもそれが分かっているので、こちらの要請に応えてくれた。

 クレームはくるだろうが、子供が助ければそれでいい。

「学校から、ヘリがどうして教棟前に降りたかって聞いてるわよ」

「こっちへ回して。……はい。……え、何ですって?……済みません、聞き取りにくくて。……ええ?……誰が、え?……はい?」

 通話を切り、端末を放り出す。

 見え見えだが、はっきり言えば付き合ってられない。

 意味のある話なら後でどれだけでも聞くが、馬鹿げたクレームに用はない。

「大丈夫なの?」

「さあ。興味ない」

 今の通話を頭から消して、スケジュールを再確認する。

 イベントはほぼ終了。

 終了の時間も間近だが、そこで終わる訳ではない。

 勘違いして終わった後に来る人間もいるし、すぐに帰らない人も多い。

 結局は、まだまだこれからだ。



 地下鉄とバスの無料チケットを、希望者へ送信する。

 そこからフィードバックされる行き先を確認し、帰宅者の流れも推測する。

 地下鉄の駅は、学校の東。

 バス停は、南と東。

 地下鉄の方にはシャトルバスを運行させ、バス停には学外の警備員を常駐させる。

 交通整理は警察が行い、臨時バスが次々に到着する。

「路上駐車が邪魔で、バスの流れが悪いって」

「警察は」

「レッカーは、熱田神宮の方に使ってるみたい」

「分かった。……ああ、俺。……そう、適当に動かして。……いいよ、責任は俺が取る」

 すぐに入ってくる、車を移動させたとの連絡。

 方法はガラスを割ってサイドレバーを戻し、後ろから押しただけだ。

 警察には、黙認するよう連絡済み。

 車は少し離れた、マンションの建設予定地に放り込む。

 その後は警察の仕事で、俺の知った事ではない。

「まだ来てるわよ」

「各門と主要幹線道路に、終了の看板を設置。ネットワーク上にも、データを送信。各交差点の掲示板にも表示させて」

 こちらへ来るバスの本数も減らしてあるし、地下鉄内でもアナウンスしている。

 ただ来る時と違い、帰る時は一気の流れ。

 出来るだけ慎重に行くしかない。


「来たわよ」

 開きっぱなしのドア。

 そこに立つ、スーツ姿の男達。

 用があるのは一人で、後はお付きといった雰囲気。

「やり過ぎたから」

「このくらいでがたがた言いに来るとは。器の小さい奴だな」

「知ってるの?」

「直接の面識は、殆ど無い」

 横柄な態度の、壮年の男。

 室内を見渡す視線は見下し気味で、今にも哄笑を浮かべそうな。

「責任者は誰だ」

 立ち上がりかけた女の子を視線で制し、男の前に立つ。

 あくまでも低姿勢で、愛想良く。

「浦田と申しますが。何か、問題でも」

「施設の無断使用。ヘリの運用。無許可業者の出入り」

 下らない、揚げ足取りみたいな事まで上げてきた。

 とても要職にある大人の態度じゃないな。

「どうも、申し訳ありませんでした。全ては、自分の不手際です」

「分不相応な真似をするから、こういう事になる。子供が、出過ぎた真似をするな」

「以後、気を付けます」

 静まり返る室内。

 聞こえるのはキーを打つ音。

 後は、俺への叱責だけ。 

 何とも気まずい空気が、室内全体を包み込む。

「全く。どうしようもないな」

「済みません」

 頭を下げて、もう一度謝る。

 明日の準備の事を考えながら。


 頭を下げて気が済むなら、どれだけでも下げる。

 それで困る事は何もないし、気にもならない。

 プライドなんて言葉も世の中にはあるが、俺にとってその価値はあまり高くない。

 持ち合わせていないような気すらする。

「この件については、後日改めて追求するからな」

「はい、分かりました」

 こういう場合は素直に謝り、余計な事を言わないに限る。

 放っておけば、勝手に疲れて勝手に帰っていく。

「全く。これだから、子供に任せては駄目なんだ。やはり大人である我々が管理しないと、物事が進まないな」

 これは俺にではなく、取り巻きにだろう。

 だからすぐに、追従の台詞が聞かれる。

 将来の希望はあまり無いが、こういう大人にはなりたくない。

 立場や収入はともかく、生き方として。

「どいつもこいつも、馬鹿ばかりだな」

「はあ」

「お前も、学校に楯突こうというつもりか?」

 陰険な、死肉を見つけたハゲタカのような視線。

 上から見てはいるが、やってる事はろくでもない。

「いえ。自分は全然。学校の言う通りに、ただそれだけです」

「どうだか。あまり調子に乗るようだと、退学させるからな」



 陳腐な捨て台詞を残し去っていく理事。

 室内は未だに静まり返ったまま。

 むしろさっきよりも重苦しい。

「なんだ、この雰囲気は」

「さっきの親父のせいでしょ」 

 軽く答える丹下。

 俺同様、彼女には重さの欠片もない。

「あいつ、何言ってたっけ」

「最悪ね、あなた」

「だから、教えてくれって言ってるんだろ」

「知る訳無いでしょ。私も聞いてないんだから」

 どっちが最悪なんだ。

 多分、二人共だな。

「みんな、集まって」

 埒が開かないので、手を叩いて全員を呼び寄せる。

 重い足取り、暗い顔付き。

 あの程度でうろたえるとは、これだからエリートは仕方ない。

「文句を言われたのは俺なんだし、気にする必要はないだろ」

 返ってこない返事。

 伏せられたままの視線。

 いいけどさ、別に。

「大体、大した事を言った訳でもないんだし。ああいうのは、適当に聞き流せばいいんだよ」

 やはり無反応。

 ただ俺の前から動こうとはしないので、話自体は聞いてるんだろう。

 というか、そう思いたい。


「それと肝心な事が一つ」

 上がる視線。 

 意気消沈した、気力の失せた顔。

 きりがないので、それを無視して話を続ける。

「いいか。みんなは、何のためにここにいる。あの親父のためか」

「まさか」

「じゃあ、何のためにここにいる」

「祭りを成功させるために」

 誰かの発言に頷き、少し黙る。

 彼等を促すようにして。

「え、ああ。来てくれた人のために」

「そう。俺達が考えるのは、その人達の事。あの親父の事じゃない」

「で、でも。クレームは」

「聞くべき内容なら、聞けばいい。聞く必要がないと思えば、無視すればいい。自分達が何のためにやってるのか、どうしてやっているのか。目的を明確に持っていれば、いちいち人の意見に流される事もない」

 人前で話すのは趣味じゃないが、ここまで話したら仕方ない。

 後はついでというか、勢いだ。

「今言ったように自分の意見を持って、そのために行動すれば雑音は気にならない」

「で、でも。自分が間違ってたら」

「そう思うのなら、間違ってるんだろ。自分の意見っていうのは、自分が正しいと思ってるから存在する。少なくとも俺は、今日の事を間違えてるとは思ってない」



 画面に映る、現在の予測来場者数。

 すでに4桁を割り込み、大きなトラブルの報告もない。

「各教棟及び、建物を検索。来場者を発見した場合は、直ちに出口へ誘導して下さい」

 インカムで指示を送る丹下。

 俺はのんきにお茶をすすり、監視カメラの映像をチェックする。

「何とか大丈夫、かな」

「警備が?それとも雨?」

 結局雨は降らず、空には大きな月が浮かんでいる。

 天気予報も善し悪しだな。

「あんな演説、どこで仕込んだの」

「うるさいよ」

「尊敬の眼差しだったわよ、みんな」

 せいぜいからかってくれ。

 そういう柄じゃないのは分かってるし、言い過ぎたのも分かってる。

「それに、間違ってないって本当?」

「勢いというか、空気ってものがあるだろ」 

 暗に間違いを認め、出店の片付け状況を確認する。

 さすがにテキ屋は手際が良く、殆どが片付け終わり帰っていくところ。

 逆に生徒の方は、ようやく片付け始めたといった具合。

「暇なガーディアンを、何人か出店の片付けに向かわせて。それと、学外の清掃も」

「了解。あなたはやらないの?」

「統括する立場の人間が現場に出るようじゃお終いさ」

 俺が外に出て、警備の手伝いをするのはたやすい。

 ただそれは俺にとっても、現場にとっても良くはない。

 現場からすれば、自分の仕事も満足にこなせない。

 俺にとっては、自分の指揮能力のなさの露呈。

 何より、お互いを信頼していない事を示してしまう。

「まさか面倒だから、なんて理由じゃないわよね」

 お茶を飲みながら、俺を見上げる丹下。

 こっちはそれとなく視線を外し、机に広がった書類やDDを片付け出す。

「ほら。ここもちらかってるし」

「片付ける程じゃないわ。それより、祈祷班はどうなったの」

 いたな、そんな連中も。 

 なんて話している間に、戻ってきた。

「晴れましたね」

「やりました」

 言葉通りの、何かをやり遂げた顔。

 高揚した表情、高い声。 

 正直、あまり近くにはいたくない。

「晴れましたよ」

 分かったよ、もう。

「まだ分からないから、出店を片付けてくれ。降ってくると、面倒になる」

「はい、今すぐ」

 即座に飛び出していく祈祷班。

 今は良いが、明日には燃え尽きてるんじゃないのか。


「泊まらないの?」

 薄い、誘うような笑顔。

 普通なら頭を真っ白にして、言葉もなく頷く状況。

 俺は無愛想に彼女を睨み、リュックを背負った。

「寮がそこなのに、どうして泊まるんだ」

 人気の消えた室内。

 いるのは俺と、丹下だけ。 

 後は、端末と書類に地図か。

「てっきり、学校に泊まるんだと思ってた」

「自分が泊まってくれ。それとも、病院に行こうか」

「さあ、帰ろうか」

 手術後とは思えない素早さで歩き出す丹下。

 その後を追い、灯りを消してセキュリティーを作動させる。

 例え数時間後には、すぐ戻ってくるとしても。


 街灯に照らされる、細い路地。

 街路樹と植え込みに囲まれた、人気のない道。

 寮への近道ではあるものの、普段なら通らない。

 今は遅い時間を考えて、あえて通ってはいるが。

 視界によぎる、闇に浮かぶ巨体。

 丹下は空を見上げていて、それに気付いていない。

 そちらに意識を払いつつ、慎重に歩いていく。

「いい天気ね」

「夜だよ」

 素っ気なく答え、空を見上げる。

 大きな月。

 散りばめられた星。

 少し冷たい夜風が、彼女の前髪を揺らす。

「せっかくの祭りなのに、俺達は何やってるんだか」

「仕方ないじゃない。でも、それ程悪くもないわよ」

 小さな、夜空の彼方に消えていくささやき。

 前髪に隠れる目元。 

 微かに下がる顔。

 俺も短く答え、夜の道を行く。

 誰もいない、二人だけの夜道を。



 彼女を寮に送り届け、女子寮の敷地から出る。

 目の前に現れる、大きなバイク。

 乗っているのは、それを小さく感じさせる巨体の男。

 さっきまで、俺達を付けていた。

「何だよ」

「何だって、あんた。護衛しろって言うから」

 ヘルメットを取り、むくれた顔を見せてくる御剣君。

 彼が護衛していたのは、勿論丹下。 

 怪我している今は、彼女を狙う好機。 

 それを考え、リストアップした人間を事前に御剣君へ狙わせて端末の盗聴を図った。

 向こうも色々やっていたようだが、全ては事前に防ぐ事が出来た。

 後はもう、何もしなくてもいい。

 俺達の後を付ける必要もないはずだった。

「済みませんね。お邪魔をしてしまって」

「だったら、尾行するな」

「いや。結構あり得ない眺めだったから、つい」

「下らない」

 リアシートにまたがり、軽く彼の背中を叩く。

「馬じゃないんですから」

 静かに動き出すバイク。

 遠ざかる女子寮。 

 窓の明かり。

「戻ります?」

「俺が捕まる」

「今さらでしょう。そんなのは」

 苦笑気味に笑う御剣君。

 俺も仕方なく笑い、見えなくなった女子寮を振り返る。


 俺にとっての目的とは、一体なんなのかとと思いながら。        













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