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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
249/596

エピソード(外伝) 22-3   ~ケイ視点~






     陰



     22-3






 取りあえず、一つ片付いた。

 ただあれは些末な、どうでもいいレベル。 

 本当に問題が出てくるのは、まだこれからだろう。



 目の前に立つ、長身の女の子。

 肩の辺りまで伸びる、大きめのポニーテール。

 威圧感すらある、大きな胸元。

 ユウがむくれるのも理解出来るな。

「調子は」

「俺は問題ない。今は全部任せて、警備だけに専念してる」

 昨日までの進捗状況を卓上端末に表示させ、地図を示す。

 丹下は軽く頷き、モニターを指で突いた。

「本当に、大丈夫なの?」

「これくらいやれないようなら、生徒会にいる意味もない」

「厳しいのね。言いたい事は分かるけど」

 4つに等分割される画面。

 俺は地図をより大きく表示させ、彼女を見上げた。

「どう思う」

「ここは重点的に配置したいわね。後は、このルートは常時パトロールさせて。重装備の子をここにも置いて。抜け道がその辺にあったはずだから、出来るだけチェックを入れるようにして」

 次々と出てくる、現実的かつ的確なアドバイス。

 それも、尋ねる前からの。

 さすが、G棟隊長は伊達じゃない。

「それより、浴衣着るって本当?」

「メインだよ」


 女性のガーディアンに浴衣を着させるアイディアは、以前から天満さんと話しあっていた。

 武装した連中がうろつくより見栄えはいいし、自然と雰囲気も和らいでくる。

 仕立てや生地の代金は、各企業と契約済み。

 足が出ないように考えてるし、むしろプラスになるくらい。

 男の、可愛い感じの連中にも着させるかな。

「私も着る訳?」

「学校で、今何してる?」

「ガーディアン」

「じゃあ、、着るんだろ」

 素っ気なく返し、卓上端末に入ってきた会合の進捗状況をチェックする。

「頭痛いな」

「医者に行けば」

 素っ気なく返された。 

 機嫌が悪そうなので、それ以上は何も言わずパーカーを羽織る。

「どうかしたの」

「学校からのクレーム。仕方ないから、片付けてくる」

「助けてくれてって?」

「俺を頼るようなら、始めから仕切ろうとしないさ」



 特別教棟。

 生徒指導課。

 要は、俺達のお目付役。

 普段はその存在すら忘れているが、事があればすぐに気付く。

 悪い事をした時は特に。

 今前にいるのは、スーツ姿の男性が二人。

 ただしクレームとはいえ、たいていの場合悪いのはこちら。 

 つまりは、頭を下げる以外にない。

「我々も、口を挟むのは気が進まないんだけどね。ちょっとこれは」

 差し出される、生徒からの申請書。

 正門前での出店。

 それ自体はさほど問題なく、依頼したテキ屋の出店は学外を取り囲んでいる。

 問題なのは、その出店内容。

 学校のグッズを売るとある。

「制服、ですか」

 口元を押さえ、書類を畳む。

 世の中にはやっていい事と悪い事があり、これはその悪い部類に入る内容。

 誰かマニアから、リベートを取ってるんじゃないだろうな。

「バッチやノート程度なら、学校が提供してもいい。ただ、制服は意味合いが違ってくるんだよ」

「仰る通りです」

 机にあった新しい申請書を手に取り、内容を変えて彼等に差し出す。

 職員はそれに目を通し、仕方ないという感じで頷いた。

「後で承認書を発行する。まさか、こっそりとは売らないだろうね」

「そういう事がないよう、こちらとしても注意しておきます」

「よろしく頼む」


 会議室へ戻り、申請書を出した子に承認書を渡す。

「内容が変わってますけど」

「在庫がないらしい。悪いけど、それで頼む」

「分かりました」

 不承不承という感じで頷く女の子。

 彼女は端末ですぐに、何人かと連絡を取り始めた。

「結局、何にしたの」

 後ろでささやく丹下。

 俺はため息を付き、制服を着ている女の子の襟元を指差した。

「ボタンとリボン。微妙だけど、学校の許容範囲ではある」

「マニアの心理は理解不能ね」

 それが誰に対しての台詞なのかは、この際気にしないでおこう。


 別室に移り、再び丹下と警備内容を詰めていく。

 ただし俺は、あくまでもアドバイザー。

 警備全体の責任者は、また別にいる。

 正確には、これも委任した。

 元々頼まれたのは1年の面倒を見る事で、これが取り仕切る必要は無い。

 そんな事を考えている間に、またもや卓上端末の端が点灯した。

「食事?勝手に行けよ」

「あなたを誘ってるんじゃなくて」

「そんな事は、一度もなかった」 

 別に拗ねている訳ではない。

 俺が彼等の立場なら、儀礼上はともかく本心から誘いはしない。

 生徒会のメンバーではなく、それなのに全体の責任者。

 何者かも分からず、何をやっているのかも分からない。

 外見も地味で、おおよそ誘いたいと思えるような存在ではない。

「私達も、食べに行く?」

「そうだな。交際費もあるし、肉でも食うか」



 駅前のファーストフード店。

 皿に盛られた、小さく丸い焼けた玉。

「肉?」

 たこ焼きを頬張り、俺を見つめる丹下。

「魚肉だよ、魚肉」

「面白いわね、それ」

 文句を言いつつ、また食べた。

 というか、気に入ってるんじゃないのか。

「交際費はどうなったの」

「色々とね」

「あの子達の食事代に使ってるとか」

 どうにも鋭いな。

 人間何がわびしいといって、食事が質素な時だと思う。

 逆に言えば、美味しい物を食べていれば自然と楽しくなってくるし雰囲気も和む。

 それには何より、金がいる。

 交際費どころか、足が出るくらいに。

「でもって、私達はたこ焼き?」

「嫌なら、食べるなよ」

「冗談でしょ」

 手元に向かってくる爪楊枝。

 それを避けた途端、たこ焼きが持ってかれた。

「おい」

「何、食べたかったの?あーん」

「馬鹿じゃないのか」

「じゃあ、いらないのね」

 そう言うや、一口で食べやがった。

 たわいもないやりとり。

 暮れ始めた空の下での。

 冷たい風に吹かれながらの、暖かい瞬間。



 人間、たこ焼きだけではお腹は膨れない。

 半皿も食べてないとなれば、余計に。

「あれ」 

 閑散とした食堂。

 食器の片付けられる音。 

 照明も落ち、明かりの灯っているのは厨房だけという光景。

「どうしたの」

 間抜けに突っ立つ俺へ声を掛けてくる、厨房のおばさん。

 俺は時計を指差し、それを机の並ぶ食堂へと向けた。

「ああ。もう終わりだよ」

 だろうな。

 営業時間どころか、後片付けをして帰るだけに見える。

「何もないけど、ご飯なら残ってるよ」

「じゃあ、お願いします」


 トレイに乗っているのは、ご飯とみそ汁。 

 ご飯は釜の縁に付いていた、かなり固い物も混じっている。

 みそ汁は煮詰まり、あまり見た事のない色である。

 小皿には炒め物の残りらしい、焦げたもやしの切れっ端。

 それとこれだけは食べきれない程ある、梅干しの山。

 ただ俺としては、特に不満はない。

 さすがに毎日これならともかく、無理を言って食べさせてもらっている状況。

 空腹な時には何でも美味しいし、辛い分食も進む。

 固いご飯も、みそ汁を掛ければ丁度いい。

 今時、野良犬でももう少しいい物を食べている気はするが。



 秋祭り前日。

 細かい問題を幾つか片付け、明日からの晴天を期待する。

 こればかりはさすがにどうにもならないし、後で熱田神宮にでも頼みに行くか。

「備品が足りないって」

「だから」

「助けてあげなさいよ」

 有無を言わさず渡される端末。

 画面で何が足らないかをチェックして、頭を下げて頼み込む。

「こればっかりだな」

 表には出ず、裏で走り回る毎日。

 あれが足りない、これが足りない。

 準備が出来てない、人がいない。

 やり方が分からない、許可が下りない。

 それらを一つ一つ片付ける毎日でもある。

 少しは自分達でやれと言いたくなるが、本人達は自分達で解決したと思っているのだろう。

 勿論、「俺がやった」という気はないし、恩を着せる気もない。

 大切なのは秋祭りが潤滑に行われる事であり、それ以外は誰がどれだけ努力しようが関係ない。

「大変ね」

 部屋に戻ってきた途端、そう言われた。

 俺の席に座り、枝毛を探している丹下に。

「好きでやってる訳じゃない」

「天満さんに、何か義理でも?」

「頼まれた事はこなす。それだけ」

 例え嫌なら、頼まれてもやりはしない。

 ただし引き受けたからには、出来る範囲でやり遂げる。

 責任がどうこうという気はなく、単なる性格に過ぎない。

「顔色悪いわよ」

 いきなり来たな。

 薬は飲んでるし、通院もしてる。

 つまり、未だに完調とは言えない状態。

 そこに来て、この毎日。 

 元気な方が、どうかしてる。

「心労がたまってるんだ」

「少し休んだら」

 画面に表示される、スケジュールの進捗状況。

 数値化したデータを見ると、ほぼ100%に近い数字。

 当日にならないとチェック出来ない部分もあるため、全ては終わったと考えていい。

「そうだな。たまには早く帰って」

 不意に音を立てる端末。 

 このタイミングを考えると、あまりいい予感はしない。

「出ないの」

「出るよ」

「そう。よかった」

 この後の結末を予想した笑顔。

 取りあえず彼女を睨み、通話に出る。

「はい……。……ああ、聞いてる。……どうするって、言われても。……今行くから、そこで待ってて」

「どうしたの」

「よく分からないけど、関係者の何人かがボイコットを言い出してるらしい」



 会議室ではなく、講堂の壇上。

 列をなしてこちらを睨む、何人もの男女。

 感じるのは怒り。

 ただ俺に対してというより、やり場のないそれと思った方がいい

 彼等は生徒会のメンバーではなく、委員会のメンバー。

 つまり明日の秋祭りで、様々なイベントを実行する立場。

 生徒会が指揮を執り、委員会が現場を取り仕切る。

 この構図がいいかどうかはともかく、現状でそうなってるのだから仕方ない。

「とにかく、私達は明日の秋祭りには参加しません」

「そっちで、勝手にやってくれ」

「命令ばっかりして、やる気しない」

 一斉に噴き出す不満。

 誰が何を言っているのか聞き取れない程の喧噪。

 その騒然とした雰囲気に、生徒会の連中は全員が青ざめる。

「お、落ち着いて下さい」

「落ち着いてられるか」

「自分達で、やったらどうなんですか。買い出しも設営も、ビラ配りも」

「そうそう」


 止まない不平。

 うろたえる生徒会のメンバー達。

 俺はその後ろに控え、腕を組んでしきりに頷く。

 今日の夕食は何を食べるか考えながら。

「ど、どうしましょう」

 小声で尋ねてくる女の子。

 だから、俺に聞くなって。

「取りあえず、話を聞いて。その後で、謝って」

「他には」

「それだけだよ」 

 俺に向けられる、不満気味の表情。

 構わず文句を並べ立てる子達に向き直り、真剣な態度で何度も頷く。

 今日は、何か面白いTVがやるのかと考えながら。



 2時間も経っただろうか。

 講堂は静まり返り、沈滞した空気が漂い出す。

 怒りの感情は既に無く、疲労と倦怠感が代わりに彼等を支配する。

「済みませんでした。俺達の配慮が足りなかったようです」

 彼等に向かって頭を下げ、もう一度声に出して謝る。

「今伺った点に関してはこちらでも考慮しますので、もう一度力を貸して下さい。お願いします」

 戸惑い気味の空気。

 顔を見合わせる彼等。

 何となく頷き、あちこちで小声のささやきが始まり出す。

「分かりました。でも、まだ納得した訳ではないですからね」

 おそらくはリーダー格の男の子が、拗ね気味の顔でそう言ってくる。

 俺はまた頭を下げ、すぐに謝意を告げた。

「みんな、行こう」


 閑散とする講堂内。

 これでまた夕食は、固いご飯と煮詰まったみそ汁だな。

「ど、どうして」

 不思議そうな女の子と生徒会のメンバー。

 露骨な怒りと不満。

 あれ程はっきりと、ボイコットすると言い放ったはずの彼等。

 だがその前言は翻され、不承不承ながらも明日からの作業もやってくれると申し出た事にだろう。

「別に不思議でもない。ボイコットだなんだと言っても、口に出すくらいだから大した事はない。毎日の作業で疲れて、精神的に少し追い込まれただけさ」

「で、でも」

「要は、不満を聞いて欲しかっただけだよ。大体本当にやる気がないなら、何も言わずに明日来なければいいだけだから」

 呆然とした様子の彼等に手を振り、自分も講堂を後にする。

 本当は、俺こそボイコットしたいんだけどな。



 翌日。

 早く起きて、外に出る。

 今日は秋祭りの初日。

 開始は夕方からだが、事前の準備はどれだけ時間があっても足りる事はない。

「どう?」

 ゆっくりと歩いてくる丹下。

 ただ足を引きずる事はなく、負担を掛けないように歩いているといった感じ。

 歩く事自体は、リハビリも兼ねていて問題ないらしい。

「予報では晴れ。高気圧の勢力も強いし、期間中は持つと思う」

「でも、ここに来たの?」

 彼女が指差したのは、大きな鳥居。

 その先は玉砂利が敷き詰めれ、熱田神宮の本宮へと続いていく。

「大体熱田神宮って、天気と関係あるの?」

「あまり考えた事はない」

「どうしようもないわね」

 売店を指差す丹下。

 おみくじを引き、運勢を占うという意味か。



 凶。

 地裂け、邪鬼の怨嗟が漏れ聞こえるがごとし。

 雷撃止まず、地にある物全てが無へと帰す

 大河には灼熱の流れが絶えず、人そこに憩うは叶わず

 万事に尽け、

 根本から見直すが肝心


 ……凶ってあるのか。

 縁起を担ぐタイプではないとはいえ、決して楽しい気分でもない。

 今さらという気がしないでもないが。 

「吉。万事これから。己の心掛け次第。だって」

 だから何なんだ。

 俺の凶と、交換してくれるのか。

「浦田は」

「忘れた」

「凶とか言わないわよね」

 明るい、朗らかな笑顔。 

 秋晴れの空に、良く映える。


 本殿前にある、参拝用のスペースへとやってくる。

 ゆっくりと歩く丹下のペースに合わせ。

 やる事はあるし、ここへ来る理由は特に無い。

 ただ、たまには木々の間をゆっくりと歩くのも悪くはない。

「このっ」

 怒り混じりに、勢いよく小銭を投げる。

 その途端、後頭部に感じる鈍い痛み。

 振り向くと、老夫婦が遠くで手を合わせてた。

 初詣とは違い人はまばら。

 そんな遠くから投げる必要はない。

 どうやら、さっそく罰が当たったようだ。

それともまさかとは思うが、日本武尊やまとたける宮簀媛命みやすひめのみことじゃないだろうな。

「何やってるの」

 訝しげに見てくる丹下。

 後ろを振り向き説明しようとしたが、老夫婦の姿はすでにない。

 別に消えた訳ではなく、ここは小径がたくさんあるためそこへ入っただけの事だ。

 今は、そう思っておこう……。


 お守りを買った事を何度も聞いてくる丹下を振り払い、教棟内の食堂に入る。

 秋祭りの準備のためか、メニューもそれっぽいのが幾つか見える。

 とはいえ赤飯を食べたいとも思わないし、何かを祝いたい気分でもない。

 普段通りのフリーメニューを頼み、足をさすりながら新ソバをすする。

「まだ痛いの?」

「寒いとちょっと」

 脇腹もさすり、その手を止める。

 脇腹は、まだいい。

 彼女もここに傷があるのは知っているから。

 ただ、足の傷は知らない事。

 彼女には、転んだとしか説明していない。 

「縫ったりとかしたの?」

「え、ああ。石が下にあったから」

 適当に言って、サンマをかじる。

 新そばにサンマに新米か。

 こんな贅沢をしてると、その内罰が当たるんじゃないのか。

 いや。もう当たったところだった。

「食べる?」

 食べ差しのドリアを見せてくる丹下。

 正直言って、この手の食べ物は好きじゃない。

 グラタンに、ご飯を混ぜたような食べ物は。

「食欲がないとか?」

「薬のせいで、ちょっと。その分、点滴は打ってもらってるんだけど」 

 弱々しく答える丹下。

 何しろ血管を移植した程の手術。

 薬も色々もらっていて、副作用の一つや二つはあるだろう。

「……まずい」

「じゃあ、食べないでよ」

「残すのはもったいない」

 出された物は食べる。

 嫌ならアフリカの砂漠にでも行けと言いたくなる。


 食べ過ぎたので、胃腸薬を飲む。

 我ながら、とことん馬鹿だと思いつつ。

「さてと。そろそろ警備に付いてもらうか。風間さん呼んで」

「はいはいと」

 待つ事数分。

 銃を背負った男がやって来た。 

 全ガーディアンの筆頭的存在である、F棟隊長。

 中等部北地区出身で、丹下の先輩でもある風間さん。

 塩田さんも多少ふざけはいるが、あの人は理性というか常識の範囲内で行動する。

 少なくとも、こういう馬鹿な真似はしない。

「いいだろ、これ」

「良くないので、預かっておきます」

「嫌だね」

「丹下」

 俺の言う事は聞きそうにないので、後輩の情に訴える。

 また彼女には弱いのか、意外とあっさり銃を渡した。

「いいだろ別に。無差別に撃つ訳でもないんだし」

「当たり前です。それはいいので、警備の準備をしてもらえますか」

「もうやってる。俺はそれを監督するだけだ」

 のんきな台詞。

 逆に言えばそれだけ部下を信頼し、掌握している事の証。

 またそれだけの能力があるのは、俺も分かっている。

「でもお前。生徒会じゃないのに、よくやるな」

 皮肉ではなく、感心の含まれた口調。 

 それは自分でも色々と思うが、今さら言われても仕方ない。

「俺にも事情があるんです。後輩にあれこれ指示されて面白くないでしょうが、よろしくお願いします」

「気にするな。普段から北川にがたがた言われてるし、慣れてる」

 北川自警課長の事か。 

 自警課課長は、全ガーディアンを統括し監督する立場。

 つまりF棟隊長の彼といえど、形としてはその指揮下にある。

「しかし、な」

 まじまじと、それこそ値踏みでもするように俺を見てくる風間さん。

 こっちは睨み返す理由もないので、放っておく。

「お前が、ね」

「何が、です」

「生徒会の何人かを退学させたとか、除名させたとか。色々聞くが、普通だなと思って」

 どうもこの手の評判は、いつまで経っても消えないらしい。

 内密に処理された事ではあるが、いわゆる公然の秘密という訳か。

「それに。なあ、丹下」

「何ですか」 

 親の仇にでもあったかのような顔をする丹下。

 風間さんは身震いでもしそうな顔で首を振り、愛想笑いを浮かべて後ずさった。

「いや、別に。じゃ、またな」

「今日は、よろしくお願いします」

「ああ」


 最後に丹下を指さし去っていく風間さん。 

 閉まったドアを、怒ってるのか困ってるのか分からない顔で見つめる丹下。

 その辺の理由ははっきりしないが、先輩後輩で意思の疎通は図られているようだ。

「何よ、もう」

 叩かれる机。

 放っておけば、二つに割れてしまいそうな勢いで。

 俺が叩かれなかっただけ、良しとするか。 

「牛乳飲む?」 

 控えめに、室内に備え付けの冷蔵庫を指差す。 

 丹下は俺も一睨みして、それでも牛乳を取り出し一気に飲み始めた。

 結局飲むんじゃないか。

「あー」

「叫ぶなよ」

「優ちゃんの真似をしてみたの」

 もっと、違う事を真似たらどうだ。

 どれを真似ても、大差ない気もするが。

「もういい。ちょっと出掛けるから、留守番を頼む」

「また、何かやる気?」

「個人的な用事」



 外からキーをロックして、教棟の裏に来る。

 すぐに現れる御剣君。

 それとも前から待っていて、俺の目に留まらなかっただけか。 

 塩田さん程ではないにしろ、気配を消すなんていう訳の分からない事をする人間だからな。

「それとなく、護衛してほしい。大丈夫だとは思うけど」

「四葉さんはいいんですか?」

「あっちは、ユウが張り付いてるだろ。デートの邪魔をしても仕方ない」

「色々考えてるんですね。禿げますよ、その内」

 もう一度鳩尾を叩こうと思ったが、取りあえず止めた。

 今度から彼に会う時は、常に警棒を持ち歩こう。

「しかし、な」

「何だよ」

「いえ。別に」

 さっきの風間さんに似た態度。

 何か、疎外感を感じてきた。

 だからだどうという訳でもないが。

「でも祭りって、何です」

 すごい根本的な事を聞いてきたな。

「ハレとケっていう話は聞いた事ある。日常とは違う、ただ必ず楽しい何かって訳じゃなくて……」

「そういう、小難しい話じゃなくて。この祭りは、何祭りなんです」

 そっちの話か。

「秋だから、豊穣とか収穫だろ。要は、たくさん収穫が出来てよかったなって」

「ここ、学校ですよ」

 指差される、後ろにある教棟を指差す。

 確かにそうだ。

「別に、意味はないさ。熱田神宮の祭りが込むから、こっちに人を少し呼んでくれって話」

「随分、でかい話ですね。熱田神宮の代理なんて」

「代理とは違うんだけど。まあ、いいか」



 夕方。 

 影は闇に溶け、紅の空を鳥が駆けていく。 

 灯り始める街灯。

 辺りに浮かぶ、淡い光。

「ちょっと寒いのかな」

 パーカーを羽織り、足をさする。

 ただ出店のある場所は屋台からの熱や照明の効果で、それ程寒いとは思わないはずだ。

 そっちへ出向く事のない俺には、何も関係ない話だが。

「あの」

 近付いてくる女の子。

 かなりの、困惑気味な表情で。

 また何かあったのか。

 というか、俺に言ってくるな。

「その。そろそろ警備の時間なんですが」

「配置には付いてるだろ」

 幾つかあるモニターの一つを指差し、同意を求める。

 そこに表示されているのは、ガーディアンの配置状況。

 常駐場所、パトロールコース、待機要員。

 見た限り、特に問題は起こっていない。

「えと、あの」

 はっきりしないな。

 それとも、言いにくい事という訳か。

「ちょっと、待って」

 画面を切り替え、別働隊の状況をチェックする。 

 ……何人か、さぼってやがる。

「済みません。あの」

 違う子もやってきた。

 言いたい事は、大体同じだろう。

「とっとと警備に付けって怒ってくれ」

「そんな」

「まさか」

「ねえ」

 滅相もないという顔をする女の子達。

 何も、虎を起こしに行けと言われた訳でもないだろうに。

「どうにかなりませんか」

「なりませんかって。連絡すれば。もう、時間ですよって」

「まさか」

「そんな」

「ねえ」

 もう、それはいいんだ。

「分かった。俺が言ってくる」

「済みません」

「お願いします」

「気を付けて下さい」


 戦場にでも送り出されたような気分だな。

 ただ虎はいないがそれ以上に怖い連中はいるので、ノックをしてから部屋に入る。

 目に入ったのは、浴衣姿の少女達。

 綺麗には綺麗だが、これは仕事をするための恰好でもある。

 取りあえずクレームを付け、全員を配置に付かせるよう頭を下げる。

 本当、俺は一体何をやってるのかな。


「配置に付かせた」

「そ、そうみたいですね」

 画面の表示も、そうなっている。

 完全な使いっ走りだな、まるで。

「あ、ありがとうございました」

「別に、礼を言われる事でもない」

「そ、そうですね」

 慌て気味に、自分の仕事へ戻る女の子達。

 訳が分かんないな。

「どうしたの」

 シャツにジーンズ姿の丹下。

 浴衣は着てないが、今は無理じいしても仕方ないか。

「ユウ達が警備に付かないって。だから、代わりに言ってきてくれって」

「なるほどね。虎の首に、鈴を付けに行った訳」

 それは、猫だろ。

 大体あの連中は、虎というより魔女じゃないのか。

「いいから、警備の状況をチェックして。特に、風間さんを」

「あの人は、放っておけばいいの。肝心な場所には、ちゃんと現れるから」

 何がいいんだ。

 ゲリラ部隊なんて、構成した覚えはないぞ。

「人が入ってきたわね」

「入ってこないと困る」

「祭りとしてはそうだろうけど。警備としては、少ない方がいいでしょ」

「それもそうだ」

 警備担当ではなく、祭りを運営する視点で見ていたようだ。

 どうも、良くない兆候だな。


「よう」

 軽い調子で現れる名雲さん。

 顔を上げる女の子達。

 彼女がいるとは告げず、近付いてきた彼を部屋の隅へ招き寄せる。

「あんた。ここで何してるんです」

「何って、別に」

「モトを放っておいていいんですか」

 声を低くして、下から彼を睨む。 

 こればかりは、放っておく訳にはいかない話なので。

「怖い顔するな。それともまさか、24時間一緒にいろっていうのか」

「理屈はいいんです」

「分かってる。ちょっとトイレに来ただけだ」

 あ、そうかよ。

 全く、俺一人で何空回りしてるんだ。

「仕事してる?」

 ひょこりと、俺の前に顔を出してくる柳君。

 一斉に集まる、女の子の視線。

 人間何が大事って、顔以外のなんでもないな。

「してるよ。自分こそ」

「僕は彼女がいないから、一人寂しく過ごしてる」

 引かれる袖。

 上目遣いのつぶらな瞳。 

 じゃあ、俺と一緒に。

 なんて言える訳もなく、俺も袖を引いてそれに応える。

「止めろ」

 はたかれる頭。

 何かと思ったら、名雲さんが立っていた。

 ああ、そうか。

「仕事。仕事しないと」

「そうだね。丹下さんも、浦田君を放っておいてどこかに行ったら」

「それもいいけど。ちょっと、足が痛いの」

「浦田君が背負ったら」

 怖い事を言う子だな。

 大体、俺が背負ってほしいくらいだ。

「もういいよ。それより名雲さんは、早くモトの所へ」

「細かい男だな。柳、行くぞ」

「うん。じゃ、またね」



 何か疲れたな、色々と。

「大丈夫?」

「誰が」

 勿論俺が、だろうな。

 適当に頷いて、人の入りを確認する。

 数字は推測値だが、ちょっと多い気もする。

 学外へも開放するイベントは定期的にやっているため、人が大勢来るのはそれ程珍しい事ではない。 

 しかし今回は熱田神宮の祭りを分散させるためなので、普段とは状況が違う。

 誰だか知らないが、計算が甘かったんじゃないのか。

 何を、どう計算したのかは知らないが。

 でもって、俺には何をどう計算したらいいのかも不明だが。

「あの。ちょっと、いいですか」

 よくないよ。

「えと。あの。たこ焼きって知ってます?」

 また難しい事を聞いてくるな。 

「小麦粉を溶かして、丸く焼いた。中にタコが入ってる?」

「そうじゃなくて」

 じゃあ、なんなんだよ。

 何人かの男女は俺を睨み付け、料理のレシピ本を見せてきた。

「作り方です」

「知らないし、興味ない。あれは食べる物で、作る物じゃない」

「それが、その。生徒のやってる屋台で、作れないっていう相談が来てまして」

 だったら、始めから作るな。 

 あれは見ていても分かるが、素人のやる仕事ではない。

 ただ焼くだけならまだともかく、美味しく作るともなれは余計に。

「誰か、知りませんか」

 たこ焼きの知り合いか。

 という冗談が通じる雰囲気でも無さそうなので、頭の中で人の顔を思い浮かべる。

「場所は」

「え、えと。ここです」

「そうすると。……あの、済みません。……たこ焼きって知ってる?」


 これは後で、怒鳴り込んでくるだろうな。

 しかしたこ焼き屋は片付いたし、今は警備に専念していよう。

「あの。ちょっといいですか」

「もう一度言おうか。俺は警備の担当者で、全体に関しては彼女に一任したはずだ」

「そ、そうなんですけど。何だか忙しそうなので」

「悪かったな、暇で」

 嫌みっぽくインカムを外し、書類に隠れていた地図を取り出して幾つかの場所をチェックする。

 トラブルの起きた場所、起きそうな場所、ガーディアンの配置変更。

 このデータはそのまま各ガーディアンにも転送され、現場の指揮者はこれを元に警備の体制を考えていく。 

 俺がいちいち指示をしていたらきりがないし、向こうも面白くはない。

 こちらはあくまでも、サポートに徹すればいいだけだ。

「そ、その。あの」

「今度は焼きそばでも焼けなくなったのか」

「微妙に違います」

 それこそ、微妙な言い回し。

 つまり、焼きそばには関係あるという訳か。

「え、あの。キャベツが無くて」

「俺に言わず、八百屋に行ってくれ」

「それが、事前に注文した分では足りなくなって。近所のスーパーも、店頭の分は買わないというお願いをされてまして」

 どうも、一玉や二玉足りないという話ではなさそうだ。 

 ここにも、甘い計算をしてる奴がいる訳か。

 いや。人手が少ないと見積もっていたから、必然的に全ての計算が狂ってくるのかな。

「そ、それで。どうしましょう」

 種でも撒いたら。

 普段ならこのくらい言うが、勿論そういう雰囲気でないのは分かってる。

「市場行ってきて」

「え」

「中央卸売市場。車なら、10分も掛からないだろ」

 位置的には学校の西。 

 歩いても行ける距離で、いわゆる名古屋の台所という場所だ。

「で、でも。卸売りの店だって、もう閉まってるでしょうし」

「店で買えとは言ってない。卸売をする所だから、当然配送業者もやってくる。競りが明日の早朝だと考えれば、早めに着いてるトラックも多分何台かはある」

「業者から、直接買うんですか」

「聞いて回るなりすれば、すぐに見つかる。可愛い女の子……。いや、可愛い男の子も連れて行った方がいいか。とにかく先に人をやって、交渉させて」



「その。キャベツ以外にも足りないんですが」

 一度に言ってくれ。

 警備の引き継ぎをチェックして、申し送りが済んだのを確認して話に戻る。

「だったら、他の肉でも野菜でも同じ。軽トラは、学校に借りればいい」

「は、はい。で、でも。その、言いにくいんですが」

 これ以上言いにくい事ってなんだよ。

「お金が無くて」

 申し訳なさそうな。

 でもって、切羽詰まった表情。

 確かに、それは困るだろう。

「分かった。丹下、ここ頼む」

「凪になら、私が話そうか」

「いや。中川さんには事後承諾でいい。それにあの人も、現金はそれ程動かせないだろ」

「そうね。額にもよるけど、許可や手続きが時間掛かるって聞いた事がある」

 咎めるような視線。 

 まるで、銀行強盗する友達を見つけたような。

「別に、強盗する訳じゃない」

「どうだか。誰か、ここお願い」

「おい」

「いいでしょ。付いていくくらい」



 特別教棟・自警局。

 その奥にある一室を訪ねる。

 来たくはなかったが、背に腹は代えられない。

「何か、御用ですか」

 敵愾心の固まりといった表情。

 綺麗だが、距離を感じさせる瞳。

 今までの、彼女との経緯を考えれば当然だろう。

「ちょっと金を貸してほしい」

 面食らった表情。

 すぐに事情を説明し、空のIDカードを彼女の前に滑らせる。

「どうして、私が」

 当然の疑問。

 ただ、俺の答えも当然のように決まっている。

「金を持ってるから。ショウも実家に行けばあるだろうけど、あいつ自身は持ってない」

「幾ら必要なんですか」

 何の条件も付けず。 

 逡巡する様子もなく、IDカードを自分の端末へ差し込む矢加部さん。

 嫌そうな顔は俺への感情であり、この件に関してではない。

「取りあえず、これだけ」

 指を一本立てて、少し頭を下げる。

 彼女はボタンを操作し、すぐにIDへ金を移動させた。

「足りなければ、端末の方へ連絡して下さい」

「助かった。すぐに返すから」

「当然です。御用が済んだのなら、お帰り下さい」


 隣にある、むくれた顔。

 腕を組み、辺りを睨みながらの。

「なんだよ」

「あの態度はなんなの」

「いいだろ。金は貸してくれたんだから」

「もう少し、違う渡し方もあったんじゃなくて」

 一人で怒る丹下。

 ただ彼女と俺の経緯を詳しくすれば、その怒りがどこへ向かうのかと思ってしまう。

「お金があるからって、人を馬鹿にしてるみたい」

「お嬢様だから、多少は勘違いしてる部分もある。でも、気前はいい。何しろ、貴族の末裔だし」

「今時貴族?何時代だと思ってるの」

「貴族制が廃止されようと、そういう気概は保っていたいんだろ」

 別に、彼女へ理解がある訳ではない。

 丹下の言う通り、貴族制が存在しない今となっては特に。

 ただ考え方としては、否定しない。

 そのお陰で、金も借りられたんだし。

「大体、幾ら貸してくれたのよ。そのお嬢様は」

 厳しいな、どうにも。

 あの子は、好き嫌いの分かれるタイプだから仕方ないにしろ。

 俺は指を1本立て、端末を彼女へ見せた。

「10万では足りない……。え」

 表示されているのは、100という数字。

 勿論、100円ではない。

「た、足りなかったら言ってくれてって?」

 声をうわずらせる丹下。

 俺達は高校生。

 当たり前だが普通に持ち合わせる額ではないし、それは大人でも同様だ。

「どうなってる訳。この世の中は」

「うるさいよ」

「資本主義の矛盾ね」

「じゃあ共産主義革命でも起こして、財の再分配をしてくれ」


 生徒がやっている出店の失敗作らしい、妙に崩れたお好み焼き。

 ただ味は問題ない。

 それ程は。

「お嬢様は、何を食べてらっしゃるのかしら」

 しつこいな。

 というか、文句言うなら食べるなよ。

「だったら、これを使い込もうか」

「面白いわね」

 こちらを向く割り箸の先端。 

 刺すような瞳。

 案外、お嬢様に感化されたんじゃないのか。

「どうしてあの人は、あなたに愛想がないの」

「さあ。俺、人に好かれるタイプじゃないから」

「そんな事は分かってる。でも、度が過ぎると思って」

 何が分かってるんだか。

 頭にビールをぶっかけたりとか、プールに突き落としたりとか色々しました。   

 などと言える訳もなく、焼けこげた人形焼きを丸ごとかじる。

「いいから、一度彼女の家にでも行けば。ユウの知り合い、じゃなくてショウの知り合いって事にすれば歓迎してくれる」

「ふーん。そうなの」

「そうなの。辛いんだよ、あの子も」

「馬鹿じゃない」

 楽しげに笑う丹下。

 さっきとは違う、少し安心したような。

 小さな悩みが消えたようにも見える。

「どうかした」

「何が?」

 焼きもろこしにも手を伸ばす丹下。 

 俺は何でもないと告げ、賞味期限ぎりぎりのジュースに口を付けた。



 他人の考え方。 

 それは所詮推測でしか、推し量れない。

 大切なのは、自分がどう思うかだろう。

 相手が、どう思おうと。

 否定するのは簡単で、物事も進めやすい。

 でも人の中に生きるのなら、話は違う。

 人を理解しようと思う事。

 分からなくても、間違っていても。

 そうする以外に、道はない。 

 一人で生きていこうと思うなら、また別だが。

 誰だろうと、自分で一人で生きていると思っていても。 

 そんな事は、あり得ないんだか。   













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