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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
248/596

エピソード(外伝) 22-2   ~ケイ視点~






     陰


     エピソード 22-2




 頼りない足取り。

 崩れ気味のバランス。

 多分このままだと倒れるか、それとも着くのは夜中になる。

「ほら」

 腕を出し、そこを掴ませて肩を貸す。 

 左側に感じる重み。

 人によっては心地よい。

 もしくは、頼られている実感とでも言うんだろう。

「悪いわね」

 苦笑気味に呟く丹下。

 そういう割には、それ程申し訳なそうな様子はない。

 足取りはさっきよりもむしろ軽く、俺の方がふらつきそうなくらい。

 こっちに体重を掛けているので、当然といえば当然なのだが。


 さすがに目立つ場所を通るのは気が引けたので、通路ではなく木々の間を行く。

 枯れ葉の感触。 

 冷たい風。

 それを緩める、わずかな木漏れ日。

「もう、秋ね」

 しみじみと呟く丹下。

 この前夏だったから、秋にもなるだろ。

 なんて言う場面ではないので、足を止めて大きな木に彼女をもたれさせる。

「もう休憩?駄目ね」

「じゃあ、代わってくれ」

 元々体力のない所に来て、右足の痛み。

 耐えられない程ではないにしろ、積極的に味わいたい感覚でもない。

「あ、猫」 

 丹下は少しだけ腰を屈め、少し離れた所で丸まっていた猫に手を振った。

 しかし反応はわずかにもなく、警戒のためか耳がこちらを向いた程度。

 興味はないが、話は聞くという態度にも見える。

「監視してるんじゃないのか」

「真理依さんが?」 

 面白いわねと言いたげな顔。

 俺もそう思いたい。

「デートか」

「わっ」 

「きゃっ」

 二人して声を上げ、上を見上げる。

 太い木の幹から伸びる、やはり太い柄。

 そこに腰掛け、俺達を見下ろす舞地さん。

 誰って、本人が監視してたな。


 彼女はしなやかな動きでそこから飛び降り、猫のように柔らかく着地した。

 それを見て、どこからとも無く集まってくる猫達。

 さっきの猫も、当然のように。

「あんた、何してるんです」

「木に登ってた」

 その登ってた理由を聞いたんだが、改めて聞くのも馬鹿馬鹿しい。

 しかし仮にも女子高生が、木に登るかね。

「今度は、マタタビも買ってきて」

「あ?」

「返事は」

「分かりました」

 その内、毒まんじゅうでも買ってきてやる。

「これって、真理依さんの猫なんですか」

「まさか。猫に情を求めても仕方ない。この子達は、餌目当てに来てるだけ」

 割り切った、現実的な考え方。

 ただ彼女の表情は、いつになく軟らかい。

 それは日だまりに集まる猫のせいか、丹下に会ったからか。

 それも、俺には関係ないか。

「絵描きはどこ行ったんです」

「さっきまで、その辺にいた。行き倒れてるかもしれない」

「誰が」

 スケッチブックを彼女の頭へ振り下ろす池上さん。

 舞地さんはそれを避けようともせず、無表情のまま受け止めた。

 勿論勢いは知れていて、軽く触れたというくらい。

 俺なら、その角で突いてやるところだが。

「デート?」

「まさか。病院の帰りです。彼女、足が痛いとかいって」

 一瞬慌てた表情をする丹下。

 ただこういうのは、何もかも隠そうとすると余計にぼろが出る。

 ある程度は真実を織り交ぜれば、話も作りやすいし自分も間違わない。

 偽名を、自分の名前と近いものにするのと同じ事だ。

「大丈夫なの?」

「え、ええ。少し安静にしていれば」

「ふーん。で、肩なんか組んでる訳」

 どうやら、途中から見られてたようだな。

 こっちは周囲に気を配る余裕はないし、ショウ達のようなセンサーも付いてない。

 それは、今の丹下も同様だろう。

「で、こんな人気のない所へ連れ込んでどうするの」

 どうもこうもないだろ。

 大体こんな寒い所で、何しろって言うんだ。 

「ねえ、沙紀ちゃん」

「はい?」

 うわずった声。 

 赤い顔。

 発熱と薬のせい。

 だと思う。

 そんな彼女の耳元に顔を近付け、何やらささやく池上さん。

 多分悪い魔女って言うのは、こういう風なんだろうな。

 一方のささやかれた丹下は目を大きくさせ、やはり何か呟きながら俯いた。

「何してるんですか」

「こっちの話。行くわよ、真理依」

「仰せのままに」

 仲良く手を繋いで、森の奥に消えていく二人。

 自分達こそ、何がしたいんだ。



 それでもどうにか、女子寮へとやってくる。

 幸い人目には殆ど付かず、何より知り合いと出会わなかった。

 舞地さん達も下らない事を言って回るタイプではないし、気にする必要はない。

 取りあえず彼女をベッドに座らせ、薬と端末をその脇に置く。

「ご飯は」

「大丈夫。それに少しは動かないと」

「なるほどね」

 痛む足をさすり、その事を実感する。

 怪我だどうだと言ってベッドの上に転がっていたら、体がなまる。

 もしくは、豚に生まれ変わるかだ。

「どうかした?」

 俺の手を見つめる丹下。

 正確に言うと、腿をさすっていた手を。

「転んで打った」

 無難で、当たり障りのない答え。 

 それで納得したかどうかはともかく、疑問を抱くような答えでもない。

「……なんだこれ」

 ベッドサイドにくくりつけられた、小さな白い人形。

 ウサギの形をしている気もする。

「忘れたの?」

 不安げな。

 寂しげとでもいうような視線。

「サキだろ」


 丹下沙紀ではなく。

 ウサギのサキ。

 舞地さんと池上さんが、以前丹下にあげたぬいぐるみ。

 その経緯は、あまり深く考えないでおく。

「ウサは?」

「さあ。その辺で、ニンジンでも食べてるんじゃないの」

 ウサはその相棒で、やはり舞地さん達が作ったもの。

 以前は、俺のベッドサイドにもあった気がする。

「大体いい年して、ぬいぐるみでもないだろ」

「あなた、いい年してマンガ読んでるじゃない」

 それもそうか。

 取りあえずサキの耳を引っ張り、ストレスを発散させる。

 しかし丹下はそれが気にくわなかったらしく、サキをひったくって怖い目で睨んできた。

「マッサージだよ」

「だったら、私もやってあげましょうか」

 冗談とは思えない口調。

 何が大切かは人それぞれで、俺がとやかくいう問題でもない。

 それに俺としては可愛がったつもりだったとは、ちょっと言いにくい。

「怖いお兄ちゃんね」 

 誰の事を言ってるんだ。

 少なくとも俺に、ウサギの妹は存在しない。

「じゃあ、せいぜい妹と遊んでてくれ」

「どこか行くの?」

 上目遣いの視線。 

 包帯の巻かれた足。

 まだ青い顔。

 切なげな表情。


 そんな訳無いさ、ずっと君の側にいるよ。

 などと言う柄でも無いので、リュックを背負いドアを玄関を差す。

「秋祭りの会合が色々あるんだ。一足早い祭りが」

「大変ね」

 俺は大変じゃないとも言わず、適当に頷きドアの外を端末の画面でチェックする。

「何かあったら、すぐに病院へ」

「分かってるから、早く行ってきなさい」

 追い立てるように手を振る丹下。

 それにもめげず、玄関で立ち止まり彼女を振り返る。

「薬飲めよ。ご飯も」

「分かってる。ほら、早く」

「ああ」

「行ってらっしゃい」


 会議室ですぐに伏せ、さっきの事を思い出す。

 ちょっと、あれな会話だったな。

 何かは、ともかくとして。

 また揺すられる肩。

 顔を上げると、やはりショウが立っていた。

「ご飯」

 こいつは、いつから俺の恋人になった。

 それでも礼を告げ、紙袋を頂戴する。

「お前、仕事してるのか」

 棒立ちのまま尋ねるショウ。

 自分こそ、ここに立ってていいのか。

「いいんだよ。あの子が、仕切りたがってるから」

 さすがに部屋の隅へ移動し、二人にしか聞こえないくらいの声で会話する。

 室内にいる人間は自分達の会話をしつつ、耳だけはこちらへ集中している雰囲気。

 それは無論俺にではなく、ショウへの関心だが。

 確かに付き合いの長い俺でもくらっとする時があるくらいなので、女の子にとっては倒れそうな気分を味わっている事だろう。

 そう思うと、ユウはよく平気でこいつと付き合ってられる。

 いや逆に、平気だからこそ遊付き合ってられる訳か。

 過剰に反応もせず、変に無視をしようともせず。

 普通の男として、こいつを見てくれている。

「だったら、手伝ってやったらどうだ」 

 生真面目な。

 外見とは違う台詞。

 これだけの顔と能力があるんだから、それこそ冗談ではなくこの学校を牛耳る事も難しくはない。

 ただそういう真似をする人間ではないし、考えすら及ばないタイプ。

 どちらかというと、自分に自信の無い奴だからな。

 この顔で。

 だからこそ、こっちが余計に惨めなんだが。  



「楽しそうね」

 また、嫌な声が聞こえてきた。 

 長い黒髪に、切れ長の瞳。 

 凛とした姿勢に、俺を見下ろす端正な顔。 

 人によっては、このまま死んでもいいと思うような状況。

「何だよ」 

 無愛想に答え、周囲の人間から睨まれる。

 責任者より、お姉様って訳か。

「少しは、仕事したら」

「外部委託してる。自分こそ」

「私はただの、女子高生だもの。やる事なんて、食べて寝るだけよ」

 大学院からも誘いが来るような人間の台詞じゃ無いな。

 この子こそ、末は博士か大臣かだろうに。


 あの部屋にいると疲れてくるので、一応俺に与えられている別室に移動する。

「それにしても、相変わらず浮いてるわね」

「悪かったな」

 紙袋に入っていた豚の唐揚げをかじり、その断面を眺める。

 まずくはないが、美味しくもないので。

「どうしたの?」

「ユウが作った割には、味がいまいちだと思って」

「それは、俺が作った」

 棒立ちのまま、もそもそと答えるショウ。

 冗談、でもないらしい。

「あのな」

「なんだよ」

「いや。ありがとう」

 取りあえず礼を言い、にこやかに微笑んでみせる。

 ショウもはにかみ気味に微笑み、ペットボトルに口を付けた。

 やってろ、一生。

「よかったわね」

「何一つ良くない。ほら」

「見た目は悪く無いじゃない」

 ゆで卵をかじり、すぐにお茶へ手を伸ばすサトミ。

 こういう場合ユウは手が込んでいて、注射針みたいな物で中にスープやソースを入れていたりする。

 多分これも、それを真似ているんだろう。

 中に何が入ってるとか、どのくらい入ってるかは知りたくもない。

 ショウの頭をはたいたサトミの腕の振りで、多少の推測は付くが。

「その、外部委託された子はどうなの?」

「興味ないね」

 これだけはまずく作りようのないおにぎりをかじり、妙に辛いサラダを頬ばる。

 しかしどうして俺は、男の手料理を食べてるんだ。

 というか、どうしてこいつは作ってきたんだ。

 そっちの方に、興味があるな。

「アドバイスしてあげたら」

「自分でやる気を出してるんだ。俺があれこれ言っても仕方ないだろ」

「冷たいな」

 俺の事を言ってると思ったら、ふかしたジャガイモをかじってやがった。

 それも、一つ丸ごと。

 こいつ、本当に大丈夫か。

「あなた、病院は通ってるの?」

 さすがに不安に思ったか、真顔で尋ねるサトミ。

 ショウは皮の付いたままのジャガイモを食べ終え、素直に頷いた。

 この辺りはユウの管轄で、彼女も何を差し置いてもチェックはしているだろう。

 だから問題はないはずだが、こういう光景を見ていると何もかもが疑わしくなってくる。

「どうかしたのか」

 逆に質問された。

 もう、放っておこう。

 元々抜けた所のある男だし、大丈夫だと思いたい。

「何でもない。それより、どうして毎日ご飯を運んでくる」

「別に、理由はない」

 そうきたか。

 というか、そういうのが一番困る。

 理由もないのに、誰かの世話を焼く。

 男女の場合なら、確実にステディな関係。 

 それが男同士と来た日には。

 しかも相手が、こいつと来ては。

 場合が場合なら、勘違いしてもおかしくはない。

「付き合ったら」

「うるさいよ」 

 邪険に答え、上手くもないサラダを平らげる。

 理由はともかく、俺のために作ってきたのは間違いないんだし。


「それで、どうする訳」

「本人がやるんだろ。生徒会に入ってるくらいだから、逆に言えばこのくらい出来ないと困る」

「少しは、優しくしてやれ」

 お前みたいにか。

 とは言える訳もなく、適当に答えて時計を見る。

 少なくとも生徒が学校にいる時間はとうに過ぎ、会合のスケジュールとしても同様。

 やる気というかやる事があれば残っている子もいるだろうが、今の進捗状況を考えるとそういう人間は皆無となる。

「お前こそ、早く帰ってユウとじゃれてろ」

「猫か」

 冗談なのか、本気なのか。

 ただ、いちゃつく二人という絵も想像はしにくいが。

「その、ユウは」

「学校にはいると思うわよ」

 どうしてとは尋ねず、ぼーっと壁を見つめているショウを視界に収める。

 確かにこいつが学校にいる限りは、ユウも寮には帰らない。

 普段ならともかく、今は特に。

「丹下ちゃんは」

 不意に聞いてくるな。 

 迂闊に答えるとまずいので、取りあえずすっとぼける。

「さあ。もう、帰ったんじゃないのか」

「最近、学校で会わないわね。寮では見かけたけど」

 丹下が退院して寮に戻ったのは、今日。

 多分、外には出ていないはず。 

 つまり外にいたのは、俺と一緒に帰った時くらい。

「血管か」

「あ?」

「欠陥品があると困るわねって話」

 薄い、背筋を凍らすような微笑み。

 この女、どこで何を見てたんだ。

「あ、あのな」

「何よ」

「い、いや。その、セーター一枚」

「ジャケットもお願い」

 何か、倒れそうになってきたな。

 保険でどうにかなるか、一度計算してみよう。

「俺、グローブが欲しい」

「自分で買え」

「なんでだ」

 聞いてきた。

 素直に聞いてきた。

 脅迫されたからだ。

 とは言わず、適当に答えてリュックを背負う。

「さてと、帰ろうかな」

「あなた。今日一日何したの」

「昼寝して、ご飯食べた」

「最悪ね」

 今さら言われても仕方ない。

 というかこの子から見れば、誰だって最悪だ。

「おい、帰るぞ」

「え、ああ」 

 のそのそとランチボックスをしまい出す大男。

 まさか、明日も持ってこないだろうな。

「もう、作ってこなくていいぞ」

「どうして」

 だから、いちいち聞くなよ。 

 それも、素直な表情で。

「俺は俺で生きていく。お前はお前で生きていけ」

「分かった」

 何が分かったんだ。 

 本当に、大丈夫か?

「お待たせ」

「誰も待ってないわよ」

「サトミには言ってない」 

 鼻を鳴らし、ショウの前へ駆け寄っていくユウ。

 でもって彼の荷物を片付けて、手際よくリュックを背負わせた。

 保護者も帰ってきたし、これで一安心といった所か。

「ご飯、どうだった?」

 楽しげな。

 悪戯を仕掛けた後の子供みたいな表情。

「美味しく頂きましたよ。男の手料理を」

「はは。でも、全部食べたじゃない」

 嬉しそうな笑顔。

 それこそ、自分の事よりも幸せそうな。

「だったら、明日から代わりに食べてくれ」

「絶対嫌」

 ショウの腕を引き、勢いよく部屋を飛び出ていくユウ。

 どう考えても、逃げたって感じだな。


 廊下を歩いていると、例の女の子とすれ違った。

 やつれ気味の表情、頼りない足取り。

 俺に気付き、ぎこちなく会釈をしてくる。

 意識してというよりも、機械的な反応で。

「あの子、誰」

「俺の代理」

「ああ、そういえば。どうして、ああなの」

 またこれか。

「本人が言い出したんだし、自分で解決するだろ」

「どうしてそういう事言うの。ちょっと待ったっ」

 叫ぶなよ。

 それも、人の耳元で。

 やはりユウは駆け出して、女の子の前で手足をばたつかせた。 

 何を言っているのかは想像が付くし、この結果も見えている。

「手伝ってあげて」

 有無を言わさない口調。

 こうなっては何を言っても無駄なので、ため息を付いて軽く手を上げる。

「浦田君の言う事を良く聞いてね」

「は、はい」

「明日から頑張って」 

 のんきに手を振り、彼女を見送るユウ。

 気のいい先輩という風情で。

 苦労するのは誰かという話だが。

「大変ね」

 鼻で笑うサトミ。

 彼女は大笑いをするタイプではないが、今がそれに近い状態だと思う。

「そう思うなら、代わってくれ」

「考えておくわ」

 台詞は肯定的なもの。

 ただしこれは、官僚の答弁と変わりない。

 検討はするが実行はしないという。

「ご飯はどうする」

「いらないって言っただろ」

「そうだったか?」

 小首を傾げる男。 

 それとも、まだ食べるっていう意味じゃないだろうな。




 寮に戻り、たまっている宿題を片付ける。

 次いで秋祭りの内容をチェックして、やはりたまっている書類をチェックする。

 時間は遅いが、寝るには早い。

 こっちは連合の分で、これは運営企画局。

 俺の役割とは関係ない仕事だが、手元にあるからには放っておく訳にもいかない。

 取りあえずある程度を片付け、ゲームパットに手を伸ばす。 

 これはやりたいとかどうとかより、習慣の一つ。

 ゲームをやる事自体に、何かの意味を考える必要はない。

「っと」

 あっさりと黒こげになり煙を吹き出す、俺の白猫。

 ボタンを連打するだけの簡単な綱引きなんだが、勝てるのは10回に一回あればいい方。

 とはいえ息抜きには丁度良く、負けても大して気にならない。

 言ってみれば、たかがゲーム。

 勝とうと負けようと、仮想の話でしかない。

「負けた負けた」

 5連敗した所で、さすがに止める。 

 向こうはポイントを稼ぐいいかもと思ってるだろうが、猫が川に流されるのは忍びない。

「さてと」

 ゲームを切り替え、「草薙高校陥落ゲーム」の続きをやる。

 これは今年度版ではなく、オリジナル版。

 俺のキャラは、地味で目立たない外見の男。

 格好いくて長身の男でもいいんだが、それだと感情移入がしにくいので。

 ポジションもガーディアンの、単なる一員。

 役職も何もない。

 だからこそ自由度があり、屋上でのんびり寝ていても誰も文句を言ってこない。


 画面の端に現れる、警告の表示。 

 近くに敵対する勢力がいるか、トラブルが発生しているらしい。

 まずはキャラを起き上がらせ、壁際に移動させる。

 今いるのは、G棟の屋上。

 その出入り口にいたカップルが、柄の悪い連中に絡まれている。

 無論、これはゲームの話。

 またカップルは人間が操っているキャラだが、馬鹿連中はコンピューターのキャラ。

 何かのイベントかも知れないし、のこのこ出ていくのも野暮な話だろう。

 一応こっちに累が及ばないようチェックしつつ、手すりに掴まり熱田神宮を眺める。

「ん」

 突然の激しいアラーム音。

 頭上に見える地面。

 というか、突き落とされた。

 勿論、ゲームのキャラが。

 何やら今まで聞いた事のない音がスピーカーから流れ、画面が赤く染まっている。 

 かろうじて死んではいないが、幾らゲームの事とはいえおおよそ普通の状況ではない。

 すかさず屋上をチェックし、よろめきながら医療部へ向かう。


 ベッドに寝たきりのキャラを見ながら、状況を考える。

 単なるイベント。

 頭の悪い、馬鹿の仕業。

 あれが俺のキャラと知っていて、あえて狙った。

 俺を狙う理由、か。

 あり過ぎて、見当も付かないな。

「死ね?」

 画面の隅に表示される、匿名の呟き。

 自分から答えを教えてくれれば世話はない。


 画面を切り替え、別なキャラを起動させる。

 場所は、特別教棟の地下。

 このゲームをやってる者でも、知っているのはごく一部。

 立ち入れるのは、さらに限定される。

「どうした」

 笑い気味に応じる、大きなデスクに座る男。

 後ろには草薙高校の旗があり、その顔は闇の彼方に溶けている。

 この態度から言って、俺のキャラがどうなったか知っているのだろう。

「狙われたのは、君個人。ゲーム上の恨みではなく、現実面と考えるのが妥当だな」

「私も、同意見です」

 窓際にいた、長身の男が同意する。

 会話は文字ではなく、実際の音声。

 声の変換は可能だが、今聞こえているのは本人のそれだ。

「現実に君を襲うのは、リスクが大き過ぎる。その点ゲーム内なら、足も付かないし自分には何の被害も及ばない」

「無論、本人がそう思っているだけでしょうが」

 薄く笑う、窓際の男。

 なる程。

 ゲームと現実の区別も付かない馬鹿という訳か。

「分かってるだろうが、その本人を襲うのは禁止だ。ルールに反する」

「こいつはすでに、ルールを犯してますよ」

「君はこの会の、構成員でもある。迂闊な真似は、処罰の対象となる」

「いっそ、除名して下さい」

 この会に入るメリットは大きいものの、入っているのはかりそめのキャラ。

 大体、たかがゲーム上でのメリットでしかない。

 この会に入るため現実世界で大金を積む馬鹿もいるらしいが、俺にとっては大した意味はない。

「仮に丹下さん絡みだとしても、最優先で手は打ってるだろ」

 鋭いな、どうにも。

 というか俺は、一体何人から監視を受けてるんだ。

「それについては、問題ないんですか」

「君と丹下さんの問題だからな。この会とは無関係だ」

「私も同意します」

 何だかな。

 それなら口実を作れば、ルールも何もないんじゃないのか。

「とにかく、ゲームと現実を混同しないように」



 未だに賑わうラウンジ。

 自分の部屋で過ごせばいいと思うんだが、こうしてみんなで騒ぎたい年齢なんだろう。

 俺は一人でのんきに過ごしたい性格なので、お茶だけ買って来た道を戻る。

「調子はどうだ」

 笑い気味に聞いてくる生徒会長。

 いや。元生徒会長か。

「さあ。二、三日は無理っぽいですね」

「いい休養だ。その間に、秋祭りの準備に専念すればいい」

 よく言うよ、裏組織の会員が。

「そっちはどうなってる」

「可もなく不可もなく。明日から、新人のレクチャーですよ」

「いつからそんなに人が良くなった」

「色々と事情がありましてね。じゃ、また」

 素っ気なく彼から離れ、周囲の視線を浴びる。

 辞めさせられたとはいえ、以前は生徒会長。

 尊敬を得る立場であり、またそれだけの能力を持っている人間。

 この雰囲気を見る限り、今でもある程度の影響力はあるようだ。

 だからなんだという話で、俺には何一つ関係ない。



 翌日。

 授業後に、例の会議室へとやってくる。

 まだ誰も人はいなく、ぽつんと俺が一人座っているだけ。

 別に時間を間違えた訳ではなく、また仲間外れになった訳でもない。

 逆に、それはそれで非常に助かる。

「お、お待たせしました」

 昨日までとは少し違う、丁寧な挨拶。

 手にはノートとペン。

 卓上端末まで取り出している。

「メモする程の事じゃないし、覚えるとかそういう類の事でもない」

「でも」

「何て言うのかな。こうしなければ駄目とか、こうでないといけないっていう発想をしなくていい。人の上に立つのなら、特に」

 目の前にある、机の列。

 昨日までは、大勢の生徒が座っていた。

 今は誰もいないそれを指さし、指を回す。

「まずは、頭ごなしにあれこれ言うのは止めた方がいい。圧倒的な能力差があるならともかく、普通は反感を買うだけだから」

 文句を言いたそうな顔。

 構わず視線を外し、今度は机を指で叩く。

「連中は頭がいいから、何もかも教える必要もない。向こうから聞いてきた時だけに答えれば、事は済む」

「でも」

「問題があると思ったら、責任者に一言言う。ただし、それは建前。実際には、そのグループ内で影響力の強い人間にサジェスションする。意見の流れとしては、その方が伝わりやすい」

 メモを取り出す彼女。

 覚えられない内容ではないと思うが、性格もあるんだろう。

 無理に止めると余計混乱しそうなので、やりたいようにさせておくか。

「それと一人一人をチェックする必要はない。今言ったように、グループには中心となる人間がいる。まずはその子をチェックして、意見を伝える。ただしやり過ぎると責任者がひがむから、そっちにもフォローする」

「は、はい」

「その辺がある程度出来てきて、初めて個人個人にチェックを入れる。出来ない子には出来る子を引き合わせる。それは所属や部署に関係なく。当然事前に、各所属の了解は取る。その個人がやるのは仕事だけで、そういう交渉は先に済ませる」 




 気付いたら、彼女のノートが5ページ目になっていた。

 それ程多くの事を話した記憶はないが、本人が満足するならそれでいい。

「大体分かった?」

「え、ええ。なんとか」

「それと分かってるだろうけど、実行する時には読まないように」

 机に広がっているノートを指差し、すぐにしまわせる。

 当たり前だがこんなのを読みながら何か言われても、何一つ信用出来ない。

 それと前後して部屋に入ってくる集団。

 時間からして、所属の各局からこちらへ移動して来た所だろう。

 取りあえず窓際に移動して、後の全てを彼女に託す。

 そこまで大袈裟な話でもないが、ここから先は彼女の問題なので。

「で、では。スケジュールの流れについて、確認したいと思います。一度各部署ごとに、何か問題点があるか話しあって下さい」

 昨日までとは違う、無難な切り出し。

 これには文句の付けようもなく、またこのままでもまずいと思ったのか話し合いが始まった。


 すぐに幾つか上がる意見。

 自然と、それに対する対策も議論される。

 盛り上がる話し合い。

 一体感という程でもないが、まとまりめいたものが感じられる。

 あくまでも一時のものだとしても、雰囲気としては悪くない。

「では、一旦休憩します」

 あちこちから聞こえる、小さな不平。

 逆に言えば、盛り上がっているからこその。

「ちょっと」

 小声で彼女を呼び寄せ、室内の後ろに座っている女の子を目線で示す。

 ファッション雑誌を手渡して。

「あの子と、お茶飲んできて」 

「え?」

「それと、コーヒー頼む」

 訝しげな彼女を促し、端末で女の子のファイルをチェックする。

 学外活動局、通称外局の人間。

 今日は一緒に来るはずの仲間が、所用で欠席。

 知り合いもいないこの中では話す相手もなく、発言する程積極的でもない。

 備考欄の趣味には、古着集めとコーヒーのブレンドとある。

 一人でいるという点に置いては、俺の方が孤独だが。



 飲みたくもないコーヒーを飲み、話し合いに耳を傾ける。

 彼女の一方的な押しつけが無くなったせいか、滞りなく無難に進んでいる様子。

 無論今は問題点の洗い出しと、その検討。

 企画に発注、全体の配置や予行演習などやる事は数限りなくある。

 ただこの調子なら、何とか行くだろう。

 元々出来のいい人間が集まってるんだし、大まかな部分は出来上がっている状態。

 後はそれを煮詰め、実行するだけなので。

 何か問題が起きなければ。

 もしくは、問題を起こす人間がいなければ。

 人数が多ければ、それは必然とも言えるが。



 案の定というべきか。 

 何にでも異議を唱える男が一人。

 発言の内容は、はっきり言えば些末な事ばかり。

 そう言われればそうかもしれない、くらいの。

 聞くべき点は何もないし、議論が途切れ時間が停滞するだけ。

 ただしその大柄な体型と恫喝気味な口調に、表だって文句を言う者はいない。

 ここにいるのはインテリタイプばかりなので、それは仕方ないのだが。

 とはいえ、この馬鹿を放っておいては全体にも影響が出かねない。

 まずは、身元から洗っていくか。


 所属は自警局。

 一応小グループではあるが、役職に就いている。 

 俺がいなければ、警備関係の責任者になる立場。

 なる程。 

 要はあの女の子をちくちくやって、間接的に俺を責めようとしてる訳か。

 丹下絡みかとも思ったが、自警局以外の接点はないし大丈夫だろう。

 もしあるにしても、ここで断ち切ればいいだけだし。

 取りあえず、もう一つ調べてから手を打とう。


「悪い。ちょっと来てくれ」

 男を名指しして、廊下に呼び出す。

 向こうもある程度予期していたのか、にやけながら付いてきた。

 俺よりも、頭一つ高い身長。 

 履歴では、空手に剣道の経験者とある。

「何か」

「あの子も一所懸命やってるだし、あまりいじめないでくれるかな」

 穏便に、丁寧に諭す。

 これで分かれば良し。 

 全てが丸く収まり、俺も余計な事をせずに済む。

「あんな女に任すから、駄目なんじゃないんですか」

 侮蔑気味の視線。

 彼女ではなく、俺に対する。

「やる気はあるし、それ程問題はないと思うけど」

「話はまとまらないし、進まないし。どうしようもありませんよ」

「だったら、どうすればいい」

「他の人間に任せたらどうです」

 舌を出した蛇のような顔。

 獲物は彼女か、それとも俺か。

「そういう訳にもいかない。時間もないし、責任者をころころ変えてたら余計に混乱する」

「いいから。大人しく俺に任せろって言ってるんだ」

 すごむ男。

 肩を掴む大きな手。 

 痛いな、この馬鹿が。

「何様か知らないけどな。俺に命令するなんて、10年早いんだ」

「だからって、君が適任かどうかも分からないだろ」

「おい。俺が大人しくしてる内に、言う事を聞いた方がいいぞ」

 とことん笑える奴だな。

 それはともかく、最後に一つ確認するか。

「草薙高校陥落ゲームって知ってる?」

「当たり前だろ。お前も、突き落としてやろうか」

 頭の上から聞こえる馬鹿笑い。

 名義の確認は済んでいたが、万が一別人が操っている可能性も考えてはいた。

 しかし、所詮はこの程度の馬鹿という訳か。


「お前が落ちろよ」

 頭を振って顎に当て、よろめいた所でタックルを喰らわす。

 すぐに足を払い、体重を掛けつつ壁目がけて押し潰す。

 普通にやってれば、当然俺が負けるに決まってる。

 しかし不意を突き、やり方さえ考えれば相手が誰だろうと関係ない。

 無論例外も、多々あるが。

「こ、この」

「黙ってろ」

 喉にかかとを押し当て、軽く力を込める。

 潰しているのは、頸動脈ではなく気道。

 非力な俺でも、たやすく人を殺せる部位。

「文句があるのは、俺個人にか。そうなら、頷け」

 涙目で頷く男。

 とはいっても微かに顎が引かれただけだが。

「だったらいい。ただ、俺以外の人間に何かしてみろ。屋上から叩き落とすからな。勿論ゲームじゃなくて、お前自身を」

 喉から足を離し、鼻先を軽く蹴る。

 鼻血も出たし、少しは大人しくなるだろう。

「消えろ。それと、明日から来るな」

「馬鹿が」

 突然起き上がる男。

 鼻血を出して、喉を赤くして。

 今こいつを突き動かしているのは、俺への怒り。

 怪我も今後の事も、何一つ忘れての。

 それがどういう結果を及ぼすのかは、俺が身を持って知るしかない。


 無論それを知る気もないので、距離を置いて背を向ける。 

 何がいいって、逃げるが勝ちだ。

「待てっ」

「待つか」

 恥も外聞もなく、ただひらすらに逃げる。

 勿論会議室は避けるようにして。

 男はその事も頭にないのか、血相を変えて追いかけてきた。

 元気がいいというか、馬鹿というか。

「何してるんですか」

 のそっと目の前に現れる大男。

 俺はすぐその背中に隠れ、追ってくる男を指差した。

「鼻血出してますよ」

「蹴ったから。後は任せる」

「はいはい」

 無造作に前へ出る御剣君。

 奇声を上げて飛びかかってくる男。

 その顎を跳ね上げる長い左足。

 男はあっけなく倒れ、そのまま動かなくなった。

 良くは分からないがこれでも怪我の程度は低く、俺が殴ったより軽いくらい。

 強い人間は、そういうコツを身に付けているらしい。

「無茶苦茶だな」

「あ?」

「本当の事だろ」

 壁際から離れ、こちらへ歩いてくる小谷君。

 剣呑な形相で睨み付ける御剣君。

 二人とも、俺が呼んだ人間である。

「いいから、落ち着いて」

「はあ。これ、例の物です」

 渡される紙袋。

 中身は、IDと端末のセット。

 それが幾つも入っている。

「山賊ですか」

 皮肉っぽく笑う小谷君。

 俺も適当に笑い、端末のキーを操作した。

「あれ」

「何か」

「いや。上手く打てなくて」

 どのボタンを、どう押せばいいかは分かっている。

 手順も順番も、何もかも。

 でも、押せない。

「どうしようもないな」

「あ?」

「貸して下さいよ。俺がやりますから」

 端末をひったくり、俺を促す御剣君。 

 その太い指で、何が出来るって言うんだ。

「じゃあ、言う通りに押してくれ。lz.29nhalhtq」

「出来ました」

 器用に指を動かし、あっさりと成し遂げた。

 というか、これが普通だろうか。

「俺もやりましょうか」

 控えめに申し出る小谷君。

 俺は二人に端末を託し、もそもそと意味のない数字の羅列を呟いた。


「これって、何なんですか」

「秘密。後で、その辺に捨ててくれ。多分、その内持ち主が回収するから」

「また、悪い事するんじゃないでしょうね」

 俺を見下ろす御剣君。

 奪った時点で、十分悪い事だ。

「いいんだよ。で、小谷君。あいつは、辞めさせる。出来れば、生徒会も除名して欲しい」

「矢田さんの推薦なんですか」

「学校絡みか。まあいい。その辺は、俺がどうにかする」

「では、総務局への連絡をお願いします。俺は、自警局内の調整をしますので」

 滞りなく片付けられる問題。

 こういう人間が相手だと、こっちも助かる。

「悪い事ばっかりやってるんですね」

「うるさいな」

 ユウの真似をして御剣君の鳩尾に拳を当てたが、当然こっちが拳を痛める。

 鉄板でも入ってるのか?

「鍛え方が足りないんですよ。明日から、一緒に稽古します」

 稽古って何だ、稽古って。 

 練習とか、トレーニングと言ってくれ。

「断る。俺はそういう事は、興味ない」

「面白いのにな」

「鉄アレイを持ち上げるのが?変わってるな、お前」 

 呆れ気味に呟く小谷君。

 御剣君はきつい顔で彼を睨み、床に転がった男を足で突いた。

「こいつは、どうします?」

「放っておけばいい。馬鹿は風邪を引かないって言うし、世話を焼く理由もない」

「そうですね」

「同感です」




 男を見捨て去っていく俺達。

 その存在など、全く意識から消して。  

 のんきに、今から食べる夕食の事を話す。 

 無茶苦茶といえば、無茶苦茶な話。

 ただ俺としては、決して嫌いな考え方ではない。  













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