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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
247/596

エピソード(外伝) 22-1   ~ケイ視点~




     陰


     エピソード  22-1




 書類をめくり、ため息を付く。 

 こういう作業は嫌いではない。

 あくまでも、自分の意思に基づいてやるのならば。

「追加よ」

 無慈悲に置かれる書類の山。

 もう一山増えたら、ライターを取り出そう。

「正直、限界なんですが」

「まだまだ、これからじゃない」

 明るく笑い、めくった書類を床へと落としていく天満さん。

 ハイなのか、からかってるのか。

 どちらにしろ嬉しくはないし、落ちた書類を拾って整理するのも俺の仕事だ。

「大体俺は、警備の担当じゃなかったんですか」

「人手が、文化祭や体育祭に取られてるの。いいじゃない、仕事は出来るんだし」

「出来るのと、やりたいのとは違います」

「さすが。理屈は上手いわね」

 誉められた。

 書類も追加された。

 多分、わざとだな。


「どう、調子は」

 笑い気味に近付いてくる丹下。

 ただ多少、顔色が悪いようにも見える。

「医療部の人間と相談したいんだけど、付いてくる?」

「何の相談?」

 警戒気味な表情。

 いきなり医療部という言葉を聞けば、誰でも同じ反応をするだろう。

「祭り中の、医療体制について。普段以上に怪我人も出るだろうし、子供は怪我より体調を崩すから」

「色々考えてるのね。警備担当じゃなかったの?」

「天満さんに言ってくれ」


 医療部へ続く並木道。

 枯れた葉が風に舞い、乾いた音を立てて道を滑っていく。

 日射しは暖かいが、夜ともなれば気温は下がり風も冷たい。

 ただ祭りは独特の活気があり、屋台や電飾の熱もある。

 気象のコントロールまでは不可能なので、この辺は当日の天候に任せるしかない。

「どうかした?」

「ん、最近猫をよく見るなと思って」

「真理依さんが、餌をやってるんでしょ」

「ああ。俺の金で買った餌を」

 人を睨んで、前を横切っていく薄茶の猫。

 一体、誰のお陰で生きてられると思ってるんだ。

「どうしても行くの?」

 止まる足。

 困惑気味の表情。

 理由は分からないが、医者には診てもらいたくないようだ。

 逆を返せば、どこか体に不調がある事を推測させる。

「行くんだよ」

 強く言って、彼女の腕を取る。

 やや強引だが、放っておいて後悔したくもない。



 医療部の外来。

 やたら大きな男が、菓子をかじりながらこちらを見てきた。

 態度はともかく、卓上端末相手に仕事はしているので問題はない。

「彼女を、診てもらいたいんですけど」

「体調でも?」

「さあ。その辺はちょっと。女医さんをお願い出来ますか」

「分かった。そこで、待っててくれ」

 カウンターの前にあるソファーを指差す男。

 こっちは逃げ出したそうな彼女を睨み、顎で促す。

「大丈夫なのに」

「何が」

「さあ」

 とぼけやがった。

 誰しも病院は好きではないだろうが、健康ならばここまでの反応はしない。

 また取り越し苦労なら、それに越した事はない。

「お待たせ。診てもらいたいのは、彼女?」

 やってきたのは、金髪碧眼の綺麗な女性。

 なんとなく、日向さんを思い出す。

「ええ」

 丹下を肘でつつき、前へ出す。 

 逃げるのは諦めたようだが、その分表情は却って曇る。

「まずは、どこがどう悪いか教えてくれる」

「足首が、ちょっと」 

 小さな呟き。

 普段の彼女とは違う、切なげな表情を浮かべての。

 何か、俺が悪い事をした気分になってくるな。

「そう。ちょっと診てみるから、彼氏はそこで待ってて」

「ただの付き添いなんですが」

「だと思った。じゃ、行きましょうか」


 学校にある病院なので、来るのは学校の生徒が中心。

 重病っぽい子もいれば、半ば遊びで来ているような子もいる。

 そういうのは診察ではなく、地下にあるカウンセラーの所へ向かうようだが。

 またそういった目的のためにもカウンセラーが常駐しているので、特に問題はない。

 あそこにいる人間は、ともかくとして。

「君も、体調が悪いのかい?」 

 薄ら笑いを浮かべた顔色の悪い男が、目の前に現れた。

 いつまでもここから動かないので、何かあると思ったらしい。

「僕も、あちこち悪くてね。毎日、病院通いだよ」

 自慢っぽい口調。

 また、現に自慢してるのだろう。

 もしくは、酔ってると言える。

 不幸な自分の身の上に。

 第一本当に調子が悪いなら、入院するか家で寝てれば済む事だ。

「胃に、腎臓に、座骨神経。最近は目も悪くて、耳は前から……」

 並べられる病名と症状。

 その処置と薬の名前。

 ある意味、医者になるにはもってこいの存在だ。

 ただこういう人間は診てもらうのが好きであって、人の事には興味がない。

「君は、どこが悪いのかな」 

 同類と思ったのか、しつこく聞いてくる男。

 放っておいてもいいんだが、今は付き合いたい心境でもない。

「性格かな」

「せいかく?」

「京都に、おかしな薬屋があるらしい。一日3人限定で、変わった薬を出すっていう」

 端末を彼へ向け、地図を見せる。

 男は素早くそれを転送させ、俺をまじまじと見つめてきた。

「ど、どんな薬だ。な、何に効く?」

「さあ。行けば、分かるんじゃないの」

「そ、そうだな。俺を直す薬は、多分そこに……」

 何やら呟き、足早に出ていく男。

 取りあえず馬鹿もいなくなったし、少しは静かになった。

 奴が高級料亭で何をしようと、俺の知った事でもない。



「お待たせ」

 バインダー片手に現れる、さっきの女医。

 後ろには浅黒い医師と、額の薄い医師もいる。

「正直言って、あまり良くないわね。生きる死ぬという訳じゃないけど、出来れば今すぐ手術をした方がいい」

 はっきりと言ってきた。

 バインダーには、足のレントゲン写真みたいな物が貼ってある。

 それが何かは分からないし、どの部分が悪いのかはもっと分からない。

「古い傷で、そこが悪化したみたい。造影剤を使ってみたら、血管がぼろぼろになってた」

「治るんですよね」

「手術すればな」

 素っ気なく告げる、浅黒い医師。

 胸元のIDは、「平田医師」

 外科医ともある。

「難しい処置でもないし、ここで十分出来る。彼女も承諾してるしな」

「失敗するとか、副作用は」

「彼に任しておけば大丈夫。勿論100%と言えないのは、君も分かるよね」

 平田医師の肩に手を置き、俺を見つめる額の薄い医師。

 胸元のIDは「緑」

 主任の文字もあり、ここへ来るたび見かける顔だ。

「具体的に、どうするんですか?傷跡が残るとか」

「しばらく、赤い筋が残る程度だ。すぐに、何も見えなくなる。処置は、簡単に言えば傷付いた血管を別な血管と交換する。培養している時間もないから、今は一旦人工血管と」

「それって、後でもう一度手術するって事ですか?」

「まあな。人工血管のままでもいいんだが、やはり人間のそれとは違うから」

 再手術。

 それと言葉は悪いが、異物を体に入れるという事か。


「別な血管があれば、いいんですよね」

「理屈としては。ただ彼女は今体調が悪いから、本人の血管は使えない」

「例えば、俺だったら?」

 一斉に見つめられた。

 当然、咎めるような眼差しで。

「彼氏か」

「いえ、そういう訳でも。ただ、多少恩がありまして」

「血管を提供する程の?そういえばお前、去年脇腹を斬られた」

 予想はしていたが、ついに思い出された。

 というか学内でもそうそう無い事なので、その内こうなるとは思っていた。

「健康な体を傷付けたくないし。第一」

「第一?」

「痛いぞ」

 すごむ平田医師。

 浅黒い、強面の顔が近付けられた。 

 すぐさま撤回したくなるが、そういう訳にもいかない事情が一応ある。

「いえ。お願いします」

「馬鹿が。おい、誰か承諾書持ってこい」

「困った話だね。それと、君も色々検査するから。後悔しても、知らないよ」

「いいじゃない、男の子っぽくて。馬鹿だけど」



 そんな事は、言われなくても分かってる。

 まずは青い手術用の服に着替えさせられ。

 血を抜かれて、抗生物質のアレルギーチェックを受け、問診を受け。

 造影剤を打たれ、レントゲンを撮られ、移植する血管をチェックされる。

 そして気付けば、手術室で横たわっていた。

 真上にある幾つもの強い照明。

 感染を防ぐためか室内の温度は低く、当然だが消毒の匂いが立ちこめている。

 モニターされている心拍が、アラームとなって室内に響く。

 俺の精神状況を、そのまま現す音として。

 普段より早い心拍。

 何かをされるたびにそれは大きく跳ね上がり、高い位置から下がろうとしない。

「じゃあ、麻酔するか。ベッドの横に座れ」

「え、どこに」

「腰だ」

 腰? 

 足にじゃないの?

「心配するな。普通の注射と大差ない」

「はあ」

「いいから、やってくれ。……そう、もう少し下の。そうだ」

 何やらレクチャーし始める平田医師。

 後ろなので見えないが、さっきまで目の前にいた若い医師がいない。

「消毒するからね」

「あ、はい」

 ひやっとした、アルコール独特の感覚。

 当然跳ね上がる心拍。

 腰骨に指が当てられ、先程同様の会話が続く。

 どうやら、インターンか誰かを指導しながらやっているらしい。

 ここはティーチングホスピタルなので、良くある光景ではある。 

 自分がやられて楽しい事でもないが。

 特に、こういった重要な場面では。

「じゃあ、注射するぞ」

「あ、はい」

 さらに早くなる心拍。 

 表情でどれだけ平静を装っても、体は正直だ。

 背中に走る、鋭い痛み。

 ただ我慢出来ない程ではなく、何かを押し当てられているような気もする。

「後、3cc。もう少し多くてもいいが、俺は大抵このくらいだ」

「はい」

「よし。終わったぞ」

 何がと聞き返すのを止め、二人の会話を背中で聞く。

 どうやら、麻酔が終わったらしい。 

 同時に心拍も、みるみる静かになっていく。

 完全な取り越し苦労だったな。

「痛みますか?」

「いえ。痺れてはますけど」

 モルモットと大差ない実験台代わりだが、自分から申し出た事なので文句の言いようもない。

「麻酔が掛かるのは、本当に狭い範囲だ。ここは、どうだ」

「押されてるかなってくらいです」

「後、30分くらいだな。すぐに終わるから、気楽にしてろ」



 手術としては、30分程度。

 それまでの処置の方が、却って時間が掛かったくらい。

 入院の必要もないとの事とで、私服に着替えて病室を訪れる。

 小さいながらも一応は個室。

 ベッドとクローゼットに洗面台があるくらいの、かなり殺風景な眺めではあるが。

「調子は」

「最悪よ」

 無愛想に応じる、手術着姿の丹下。

 苛立ちなのか、不安なのか。

 近寄りがたい雰囲気を放っている。

「いいだろ、早く見つかって。血管が破裂するって事も、無くはないだろうし」

「理屈はね」

 何だ、理屈って。

 それ以外に、大切な事ってあるのか?

 訝しげな俺の顔を見上げ、丹下はやるせなさそうにため息を付いた。

「この怪我はね。私にとっては、色んな意味があるの」

「意味って。怪我は怪我だろ」

「そうじゃなくて」

 きつい目付き。

 放っておいたら、飛びかかって来かねないような。

「前にした話。覚えてる?」

「どっかの警備をしてて、ぼろ雑巾みたいになった話だろ」

「ぼろ雑巾って」

「大体夢の話をされても困る」


 丹下が言っているのは、彼女が中一の頃の話。

 バスケの試合で大乱闘になり、彼女も巻き込まれ怪我をしたという。

 好きな男にもからかわれ、雨の中痛い足を引きずって帰った。

 そんな彼女を支えて帰った奴が、いるとかいないとか。


「私にとっては、大切な思い出なの」

 消え入りそうな声で、切なげに呟く丹下。

 今はあまり刺激したくないので、取りあえず適当に頷いておく。

「本当に、分かってる?」

 疑わしそうな視線。

 俺は即座に頷き、彼女へ横になるよう促した。

「家族は」

「もうすぐ来る。大袈裟なのよ。ちょっと切るだけでしょ」

「痛いぞ」

「何が」

 もう一度見つめられた。

 まさか血管を提供しましたとは言えず、一般論としてと付け加える。

「じゃあ、俺は帰るかな」

「どうして」

 不安げな。

 寂しげとも呼べる眼差し。

 ただそれは、俺の思い過ごしだろう。

「家族が来るのに、俺がいても仕方ないだろ」

「下らない気を遣っても仕方ないでしょ」

「家族団らんって言うのが、苦手でね」



 ロビーのソファーに崩れ、いまいち感覚の戻らない足を揉む。

 その分痛みはないが、それ程気持いい物でもない。

 とはいえ丹下を置いて帰るのもなんだし、しばらくはうだうだするか。

「こんにちは」

「へ」

 俺を見下ろす、可愛い女の子。

 別名、丹下の妹だったな。

「あ、こんにちは」

 のろのろと姿勢を正し、会釈をする。

 表情は明るいし、病状が大した事無いと聞かされた後だろう。

「ご両親は」

「お姉ちゃんの所へ行ってます」

「自分はいいの?」

「死ぬ訳じゃありませんから」

 明るく微笑む愛希ちゃん。

 緊張から解放された反動に見えなくもない。

「顔色が悪いですよ」

 ほわっとした雰囲気の子だが、意外と鋭いな。

 取りあえず寝不足と伝え、だらりとソファーに崩れる。

 鎮痛剤に加えて鎮静剤も打たれてるので、多少だるい。

「あれ」

「あ?」

 誰かと思ったら、弟と目が合った。

 なんとなく、剣呑な雰囲気を感じなくもない。

「俺は連れてきただけだからな」

 先手を制し、足をさする。

 感覚が戻ってきた分、痛覚も甦ってきた。

 泣き叫ぶ程ではないが、特に嬉しい物でもない。

「あんたは、付き添わないの」

「俺がいても仕方ないだろ」

 だらだらと答え、お茶を飲む。

 多少とはいえ出血もしてるので、どうも喉が渇く。

 しかし、痛いな。

「怪我してるんですか?」

「え、ああ。さっき転んでね」

「馬鹿じゃないの」

 優しい妹と、愛想のない弟。

 というか、弟からは敵意すら感じるな。

「沙紀は」

 ロビーに入って来るなり、そう尋ねる綺麗な女性。

 丹下の従兄弟とも言われている。

「今、手術室へ行く所。全然、大丈夫だって」

 明るく告げる愛希ちゃん。

 中川さんは小さく息を付き、彼女に優しく笑いかけた。

 とって返して、俺を鋭く睨んでもきた。

「あの、なにか」

「聞きたい?」

「いえ。後は、皆さんにお任せします」



 夜。

 だるい足を引きずって、医療部へとやってくる。

 診察は明日。

 今日は安静にしてればいいだけだ。

「よう」

 腕に下がる点滴。

 少し青い頬。

 音はないが、モニターされた血圧と心拍が小さな画面に表示されている。

「親は」

「帰ったわよ。病人じゃないんだし」

 ベッドの上で、そう答える丹下。

 じゃあ何なのかと突っ込みたいが、冗談が言えるくらいの体調らしい。

「中川さんは」

「その辺に隠れてない?」

 クローゼットを指差す丹下。

 あり得ない話だが、あの人ならやりそうな気もする。

 もしくは、弟なら。

「どうしてあの人は、俺を睨むんだ」

「さあ」

 曖昧な返事。

 はっきりしないが、答えたくないようだ。

 無視に聞く事でもないし、下手につついておかしな話にしたくもない。

「レバーでも持ってこようか」

「血は出てないの。それより、顔色悪くない?」

 指差される鼻の辺り。

 そりゃ悪いだろ。

「照明が暗いから。しかし、個室か」

「泊まっていく?」

 薄く微笑む丹下。

 高校生が、同じ部屋に一泊する。

 一つのベッドを共にして。

「見回りがなかったら、考える」

「あり得ないじゃない」

「だったら、あり得ないんだろ」

 軽く返し、ドアのノックに返事をする。


 入ってきたのは、浅黒い男。

 といっても物騒な話ではなく、彼女を手術してくれた平田医師だ。

「体調は」

「問題ありません。少し、熱っぽいくらいで」

「体を切ったからな。処置は上手くいったし、今の所感染症の兆候もない。二三日したら、退院出来るだろ」

「ありがとうございます」

 首を振り、医者としての仕事をしただけだと告げる平田医師。

 プロとしての自信と誇り。

 またそのくらいでなければ、救命医をやっていられないだろう。

「何かあったら、すぐにナースコールを」

「はい」

「じゃ、また明日」

 丹下に笑いかけ、俺にも視線を向けてくる。

 言いたい事は分かっているので、軽く頷き部屋を出て行く彼を見送る。

「どうかした?」

「いや。良く、手術なんて出来るなと思って」

「あなた、不器用だから」

「それは言うな」

 楽しげに笑う丹下。

 ドアから離れない視線。

 何かを考えるような、遠い眼差しで。

「憧れてるとか」

「え?」

 小さな、戸惑い気味の声。

 言っている事が聞こえてなかったのか。

 思ってる事を読まれたと感じたのか。


「やりたい事もないし、悪くは無いけどね」

 あっさりと認める丹下。

 毛布越しに、足をさすりながら。

「優ちゃん程強くもないし、センスもないし。勉強したい事も、別にないし」

 訥々とした口調。

 ただ、一時の思い付きには感じられない。

 もっと以前から考えていた事が、具体化したとでも言うんだろうか。

「どう思う?」

 何だ、それ。

 俺に聞いてどうする。

 しかし答えない事には終わらないような表情で、彼女は俺を見つめてくる。

 明らかに、思い詰めた表情で。


 幾つかの考えは思い付く。

 ただそれは、推測の範囲を過ぎる物ではない。

 核心へ近付くのを、避けているとも言う。

「いいじゃないの。別に」

 素っ気なく。

 しかし気分を害さない程度に返し、TVを付ける。

 得体の知れない、馬鹿でかい頭をした人形が群れをなして行進していた。

 面白いには面白いが、多少気味も悪い。

「興味ない?」

 なおも尋ねてくる丹下。

 適当にごまかすのは簡単だが、問題自体はそう簡単ではなさそうだ。

「無いというか。人にあれこれ言える程、経験も知識もない」

「そう、だけど」

「大体、今何才だよ」

 17と答える丹下。

 つまりは、高2。

 大学へ進学するまでには、後1年以上の猶予がある。

「今すぐどうって事でもないんだし、ゆっくり考えたら」

「そうね」

 薄く微笑む丹下。

 これ以上話しても仕方ないと思ったようにも、ある程度自分の中で結論づけたようにも見える。

 何にしろ人の将来をあれこれ言う柄ではないので、少しは気が楽になった。

 近い内に、また蒸し返される可能性はこの際忘れるとして。   



 翌日。

 運営企画局の一室で書類の山を睨んでいたら、天満さんがやって来た。

 人の不幸を楽しむような表情で。

「元気?」

 今の状況の事を言ってる訳では、なさそうだな。

「凪ちゃんから聞いたわよ」

「ああ。丹下の」

 あの子が入院したのは聞いただろうが、俺が血管を提供した事までは聞いてないはず。

 それは手術した医者と看護婦、後は俺しか知らない事だから。

「大した事無いから、すぐに学校にも来ます。それより、この辺は俺が関わる仕事ではないんですが」

「また、その話?他の話題はないの?」

 面白い人だな。

 というか、それ以外にどんな話題があるんだ。

「大体俺は、人をまとめるような柄じゃないんです」

「出来なくはないんでしょ」

「やりたくないんです」

「困ったね」

 全然困ってない口調。 

 あくまでも他人事という表情。

 俺に、ストレスを与えるためにやってるとしか思えない。

「会合があるから、後でお願い」

「俺の話を聞いてました?」

「何か、話してた?」

 笑えるな。

 俺以外なら、机をひっくり返す奴もいるだろうが。



 それ程広くはない会議室。

 俺の席は全員の机と向かい合った正面という、相当に嫌な位置。 

 ただ正面に幾つかある席の中央ではないだけ、かろうじてましと言ったくらいの。

 今は生真面目そうな女の子が俺の隣で、甲高い声を張り上げながら今後のスケジュールと注意事項を説明している。

 この場にいるのは、学内のほぼ全局の関係者。

 ただし1年が中心で、彼等に経験を積ませるというか教育的な意味合いが強い。

 だからって、俺を責任者にしなくてもいいだろうが。

 という訳で、この女の子が張り切って場を仕切ろうとしてる事は唯一の救いとも言える。

 しかし、話を聞いているのはごく一部。 

 彼女が説明している内容は、事前に配布された書類に載っているような事ばかり。

 もう少し言うと、説明しなくても分かる一般的な話。

 ここにいるのは生徒会のエリート連中なので、余計に無意味である。

 当然私語が目立ち、雰囲気はあまり良くない。

 俺にとっては、どうでもいい事だが。


「これから、どうしますか」

 俺を見てくる女の子。 

 どうもこうも、意見を調整して秋祭りが上手く運営出来るように議論を重ねるだけだ。

「前も言ったように、君に任せる。俺は寝る」

「分かりました」

 侮蔑気味な視線。

 ただそういうのは慣れているので、構わず机に伏せる。

 鎮静剤が残っているのか、未だにだるい。

 ただ我慢出来ないのではなく、こうして寝ると丁度いいくらい。

 本当、人間寝るより楽な事はない。


 体を起こして、お茶を飲む。

 相変わらず騒がしい会議室内。

 一応何かをやっている雰囲気ではあるが、効率や進捗状況は推して知るべしだ。

「どこに行くんですか」

 咎めるような視線。

 空になったペットボトルを振り、構わず部屋を出る。

 すぐに追ってくる女の子。

 当たり前だが、文句を言いに来たようだ。

「どうかした」

 しれっと答え、熱いお茶を買う。

 外は枯れ葉が舞っていて、空には薄い雲が垂れ込めている。 

 そろそろ、こたつでも出そうかな。

「少しは、責任を持って下さい」

 誤解されそうな台詞を言ってきた。

 分かった、一緒に育てよう。

 なんて返したら殴られそうなので、お茶を飲んで壁にもたれる。

「言っただろ。任せるって」

「でも」

 あのくらい仕切れないなら、始めから出てくるな。

 とも言える訳がないので、自販機にカードを挿して彼女にも買うよう促す。


「向いて、無いんでしょうか」

 知るか。

 というか、俺に愚痴るな。

 ただ一応聞いている振りをして、鎮痛剤と抗生物質を飲む。

 苦いな、これ。

 まあ、モトの得体の知れない木の枝よりはましか。

「どうしたらいいと思います?」

 だから、知るかよ。 

 それこそ、やり始めた事は自分で責任を取ってくれ。

「誰か、先輩は」

「みんな、忙しくて」 

 悪かったな、暇で。 

「大体、仕切っても仕方ないだろ。みんな仕事は出来るんだし、放っておいても勝手にやるさ」

「そうはいきません」

 毅然と言い切る女の子。 

 真面目というか、厄介というか。

 それに放っておいたら、いつまでも愚痴られそうだし。



「何よ」

 議長執務室の大きな机に陣取り、憮然とした顔で見上げてくるモト。 

 愛想のない子だな。

「少しは、優しく出迎えてくれ。友達が、わざわざ会いに来たのに」

「誰、友達って」

 どうも、機嫌が悪いようだ。

 名雲さん絡みか、塩田さん絡みか。

 男に苦労する性質かも知れない。

「名雲さんも塩田さんも関係ないわよ」

 軽く読まれた。 

 とはいえ心を読んだ訳ではなく、俺の思考パターンを理解した上での発言である。

「自警局が、あれこれうるさくてね」

 苦笑気味に説明してくれる木之本君。

 生徒会の体制が変わってきている今、ある意味自警局以上の力を持つ連合は目障りな存在。

 嫌がらせの一つや二つは、普通にあるだろう。

「あなた、元生徒会でしょ。どうにかしてよ」

「首を切るなら、いつでもやれるけど」

「じゃあ、やって」

 簡単に言ってくるな。

 冗談ではなくそのくらいの証拠は幾つでも握っていて、ストックとして持っている。

 しかしそれは、モトの憂さ晴らしで使うためではない。

「どうせ、軽くあしらってるんだろ」

「当たり前でしょ。生徒会程度に舐められてどうするの」

「過激だね」

 笑う木之本君。

 ただし笑ってるのは、俺達くらい。

 付いてきた女の子は、複雑な顔でドアの前から動こうとしない。

「あの子は」

「自警局。今度の秋祭りの運営委員会を仕切りたいらしい」

「仕切れば」

「それが出来ないから、是非先輩のご教授を仰ぎたいと」

 後は彼女に任せて、少し寝るか。

「ちょっと、来て」

 手招きするモト。

 魔女に魅入られた乙女のようにふらふらと歩いていく女の子。

 この辺りは格というか、人間としての違いだろう。

 年齢や能力といったものではなくて。

「私から言える事は、ただ一つ」

「は、はい」

「浦田君の言う事を、良く聞きなさい」

 人を売りやがった。

 というか、俺が始めに売ったんだけど。

「じゃあ、木之本君」

「悪いけど。今ちょっと、忙しいんだよね」

 やんわりと、優しく。

 でも、断ってきた。

「冷たいな」

「あなた程じゃない。いいから、早く帰って仕事しなさい。ほら、これ上げるから」


 手の中でキャラメルを転がし、来た道を戻る。

「あの。元生徒会って」 

 嫌な所に食いついてきたな。

 適当に頷き、落ちたキャラメルを拾いそこない足で蹴飛ばす。 

 仕方ないのでそれを追い、どうにか拾い上げて先を急ぐ。

「どうして、辞めたんですか」

「辞めさせられたんだよ」

「あ、済みません」

 申し訳なさそうに頭を下げる彼女。

 どうでもいいし、俺としてもあまり話したい事ではない。


 会議室に戻るが、状況は同じ。

 騒ぎは収まらず、仕事は進まない。

 ただそれもどうでもよく、今は何より寝る事が優先される。

 大体昨日切られて、今日動いてる方がどうかしてる。

 そういえば、しばらくは安静にしろって言われたな。

 ショウじゃないが、薬のせいか意識がはっきりしていない。

 やはり、寝ない事には始まらない。



 静かになる室内。

 揺すられる肩。 

 何だよ、せっかく眠れそうだったのに。

「起きろ」

 聞いたような声。

 顔を上げると、倒れそうなくらいのいい男が立っていた。

「何だ、お前」

 それでも無愛想に答え、肩を揉む。

 ショウは手にしていた紙袋を振り、目の前に置いてきた。

「ご飯だ。まだ、食べてないだろ」

 俺の彼氏か、こいつは。  

 しかもまた、俺の好きそうな物ばかりを。

 まさか、手作りじゃないだろうな。

「これは、どうした」

「お腹が空いてるかと思って」

 食い違う会話。

 こいつもまだ、鎮痛剤が効いてるみたいだな。

「分かったから。帰って寝てろ」

「ああ。皆さん、こいつの事をよろしくお願いします」

 丁寧に、頭まで下げだした。

 わざとじゃなかったら、ライターを取り出してる所だが。



 強引に彼を外へ押し出し、棒立ちしている所を追い払う。

 保護者はどこで、何やってるんだ。 

「どうも」 

 苦笑気味に手を上げてくる御剣君。

 見た目は大人だが、保護者役ではないからな。

「あれは」

「良く分かりませんけど。浦田さんの話題になったら、じゃあご飯を届けようとか言い出して。雪野さんの手作りですけどね」

 さすがにショウの手作りではなかった訳か。 

 それはそれで、多少残念な気もするが。

 そういう世界に足を踏み入れる気もないので、助かるには助かる。

「自分は」

「雪野さんに言われて、付き添いに」

 大男が、大男の付き添いね。

 いいか、本人達が楽しいなら。

「それって、ショウの護衛って意味?」

「一応は。今の状態だと、恨みを持ってる奴が襲ってくる可能性もありますし」

 気が抜けた状態のショウ。

 怪我もまだ癒えていない状態。

 俺なら、間違いなく襲う。

「ショウを送り届けたら、後は暇だろ」

「ええ」

 腰を引く御剣君。

 大きいなりして、何をびくついてるんだ。

「大丈夫。楽しい話だから」

「本当に?」

「本当に。リストを転送するから、そこを全部回ってくれ」 

 あるリスト一覧を彼の端末へ送り、顔を寄せるよう手招きする。

「全員、適当に脅してくれ。何か言われたら、俺の依頼って事で。その時の例文を書くから」

「殴った後に、棒読みするんですか?面白いけど、相当間が抜けてますよ」

「じゃあ、それは任せる。とにかく、死なない程度に頼む」

 一見嫌そうに。

 しかし珍しい昆虫を見つけた子供のような顔をして、彼は端末をしまった。 

 ただし彼も無闇に人を殴る事は、趣味にはしていない。

 俺からの依頼はすなわち、相手がろくでもない事の証明であると知っての反応である。

 もし彼が無差別に人を襲うような人間なら、何年も前に俺の前から姿を消している。

「誰なんですか、こいつらは」

「守秘義務があって、答えられない」

「下らない。とにかく、やりますけどね」

「頼む。一件当たった事に、連絡を。それと、所持品は全部回収してくれ。金は、燃やすなり捨てるなり好きでいい。端末とIDだな、メインは」

 我ながら無茶苦茶な事を言ってるとは思うが、これくらいはやって当然だ。

 また御剣君も特に異議は唱えず、ニヤニヤと頷いている。

 こういう反応も、どうかと思うが。



 まとまらない会議を途中で抜け出し、医療部へとやってくる。

 診察は午前中に受けていて、もうここに用はない。

 自分自身に関しては。

「あら」 

 ロビーの自販機前。 

 紙コップを手にして、こちらを見てくる中川さん。

 嫌な場所で、嫌な人に出会ったな。

「何か、用」

 刺々しい口調。 

 普段なら愛想良く返す所だが、こっちもそれ程安定した精神状態ではない。

 適当に返して、ペットボトルのお茶を買う。

「沙紀に、会いに来たの?」

「ええ」

 隠す事ではないし、今はそういうゆとりもない。

 精神的、肉体的疲労。

 薬の影響。

 心のどこかにある、小さい何か。 

 とにかく、今自分がいるのはここではない。

「会う必要もないでしょ。すぐ退院するんだし」

「そうですね」

 気のない返事をして、ペットボトルを手の中で転がす。

 お茶はさっきまでさんざん飲んでいて、しばらくは飲む気はしない。

「今日は、もう帰ったら」

「どうして」

「理由が必要なの」


 ポケットへ入れた手に感じる、冷たい感覚。

 馴染みのある、不器用な自分でも十分に使い慣れた。

 しかしそれを取り出す前に、気持を切り替える。

 どうも、冷静さを欠いているようだ。

「分かりました」 

 会釈をして、玄関へと引き返す。

 彼女の言う通り、無理に会う必要はない。

 向こうもまだ体調は優れないし、俺が出向いたら却って負担になるだろう。

「ちょっと」

「まだ、何か」 

 肩に掛けられた手を見つめ、そのまま彼女の顔を睨む。

 先輩だから。

 丹下の従兄弟だから。

 学校とかつてやり合った英雄だから。

 そういう理由は、大した意味がない。

 俺にとって、どういう存在か。

 大切なのは、それだけだ。


 青白い顔をした中川さんは上体を引き、かろうじて後ずさるのを堪えきった。

「お、怒らないでよ」

「誰が」

「あなたがでしょ」

 指差される鼻先。 

 愛想のない顔なので、勘違いはたまにされる。

「あなたも顔色が悪いから、早く帰って寝なさいって言ってるの。まだ、傷は痛むんでしょ」

 何の話だ。

 というか、どうして知ってるんだ。

「大丈夫。沙紀は知らないから。私?私はそれ。予算編成局のコネで、色々とね」

 リークする人間がいるとは思えないし、ネットワーク上から情報を掴んだのだろう。

 でもそれって、違法じゃないのか。

「法律がなんだっていうの。大切なのは沙紀でしょ」

 すごい理屈だな。

 この世は、丹下を中心に回ってる訳でもないだろうに。

「大体ね。自分を犠牲にして、何てのは流行らないのよ」

 自嘲気味に呟く中川さん。

 おそらくは、屋神さん達の事か。

 ただそういう話は、手術する前に言って欲しい。

「それに、血管なんて勝手に切っていいの?」

 良くはないだろ。 

 というか、今でも痛い。

「本当、馬鹿ね」 

 しみじみと。

 ただ、さっきよりは優しく呟かれた。 

 どこか、丹下に似た笑顔と共に。

「それに、あの怪我って元々なんなのよ」

「さあ。俺は南地区なので、ちょっと」

「外科医になりたいなんて言い出すし。どうなってる訳」

 俺に言うな。

 というか、俺に愚痴って何が解決するとも思えないんだが。

「聞いてる?」

「聞いてません」

「あ、そう。あーあ。病院って、嫌な事ばかり思い出すわね」

 当たり前だ。

 病院のいい思い出ってなんだ。

「大体……。まあ、いいわ。とにかくあなたも、沙紀に会ったら早く帰って寝なさい」

「そうしたいんですけど。天満さんから、あれこれ押し付けられてまして」

「嶺奈?ああ、秋祭り。いいじゃない。いっそガーディアンなんて辞めて、あの子の後でも継いだら」 

 気楽に言って、玄関へと向かう中川さん。

 良く分からないが、機嫌は良くなったようだ。 

 それは多分、俺も。


 手の中に感じる、ライター。 

 一瞬とはいえ、これに手を掛けた。

 その理由は何だったのか。

 今は取りあえず、鎮痛剤のせいにしておこう。












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