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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
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22-11






     22-11




 書類を片付け、警棒をチェックする。

 少しずつ落ち着いていく心。

 苛立ちや不安、そういった物は静かに影をひそめ意識が澄んでいく。

「これは」

「DDに保存して、A-1のオフィスへ提出。同じ内容のを、丹下の所にも」

「分かった」

 黙々と作業するショウ。

 この前から変わらない態度。

 分かっていたが、単なる気まぐれではなかったようだ。

 とはいえトレーニングのペースを落としている訳ではなく、あくまでも事務の比率を以前より増やしただけの事。

 その分負担は掛かるだろうが、彼は何も言わず仕事をこなしている。

「どうかした?」

「別に。少し疲れただけ」

 腕を揉み、指を何度か握り返す。

 慣れない事をやっているため、普段使っていない筋肉が疲れてくる。

「何か気にくわないって顔ね」

「そうじゃないけど。ショウが妙に真面目だなと思って」

「元々真面目でしょ。今度の事で、色々思う事があったんじゃなくて」

 曖昧な事を言うサトミ。 

 しかし殴られて、事務職に転向希望という柄でもない。

「何か違うんだよね。悪くはないけどさ」

「だったらいいじゃない。あなたも、贅沢な悩みをするわね」

 深いため息。

 遠くなる視線。

 ヒカルのとぼけ振りを聞いていても仕方ないので、敢えては触れない。

「ショウに勝ったとかふざけた事を言ってる馬鹿は、最近大人しいね」

「あなたが怖いんでしょ。後は、御剣君とか」

「私が?」

「鼻先を警棒でかすめたのを忘れたの?」

 そういえば、そんな事もあったな。

 全然忘れてたし、今も気にしてない。

「あの馬鹿以外に、何かやってくるのはいないのかな」

「そういうのは、あの子に聞いたら」

 ケイへ視線を向けるサトミ。

 それを無視するケイ。

 気が回る子なので、気付かない訳はない。

「ちょっと」

「うるさいな。俺は忙しい」

「あなたの都合は聞いてない。早く、来なさい」

 強引に呼び寄せるサトミ。

 舌を鳴らし、だるそうに近付いてくるケイ。

 知らない人が見たら、ケンカをしてるとでも思うだろう。

「ショウに何かする馬鹿はいないかって話なんだけど」

「それはいるだろ。幾らでも」

 すぐに返ってくる、嫌な答え。

 ただ肝心のショウは距離があるし、書類に没頭してるため気付いてはいない。


「弱ってるのを叩くのはセオリーだから」

「全然弱って無いじゃない」

「それは、ユウの視点。他の人間から見れば、どう見ても弱ってる」

 今さら知る、他人の視点。

 いや。ケイの視点。

 俯瞰で物を見てるとでもいうような。

「勿論物理的だけじゃなくて、精神的に揺さぶってくる奴もいるだろ」

「何、それ」

「傷付いた男の子。ささやかれる甘い慰め。優しい微笑み。しだれ掛かる体。要は、女絡みで攻めてくるって訳」

 淡々とした説明。

 馬鹿らしいとの一言で片付けるのはたやすい。

 しかしその発言に反論する根拠は、どこにもない。

「……そういえば、あの子まだ病院に通ってる」

「言っておくけど、そういう考え方もあるってだけだからな」

 何か言ってるケイを放っておいて、ショウを見る。

 時計を気にしている彼。 

 そして目の前に広げていた書類を片付け、上着を持って外へ出ていった。

「私も行ってくる」

「ちょっと、どこへ」

「おい、俺の話を」


 思った通り、医療部へやってくるショウ。

 これはほぼ、毎日の日課。

 だから今までは、気にしていなかった。

 つまり、完全な死角。  

 受付を済ませ、すぐに奥へ向かうショウ。

 こちらも気付かれないようにして、後を追う。

 彼が入っていったのは、奥まった場所にある部屋。

 どう見ても診察や治療用の部屋ではなく、物置に近いような場所。

 廊下にも機材や古いベッドが置いてあり、人が来る気配もまるでない。

 盗聴用の道具がないため、ドアに張り付き耳をそばだてる。 

 すぐに聞こえてくる人の声。

 一つはショウ。 

 もう一つは女性の、少し甘い声。

 それも、まだ若い。

 彼女がショウに、指示というかレクチャーをしている感じ。

 手の平に感じる汗。

 流行る鼓動。

 深呼吸して意識を保ち、話に集中する。


「駄目よ、そんな触り方じゃ」

 あまり聞き慣れない台詞。

 かなり精神を逆なでするような。

「そう。上手。あら、どこ触ってるの?」

 小さな笑い声。 

 申し訳なさそうに謝るショウ。

 頭の奥が痺れるような感覚。

 取りあえずスティックを抜き、気持を落ち着ける。

「ほら、もっと優しく。そう、上手よ」

 我慢する必要もない。

 というか、我慢が出来ない。

 彼の気持ちがどうとかではなく。

 私の気持ちが、今は優先される。

 誰が何と言おうと、これ以上許す訳にはいかない。


 ドアを開け、スティックを抜きながら中へ飛び込む。

 怒りと焦りで視界は狭まった状態。

 見えているのは、白衣を着た綺麗な女性。

 その足元に屈むショウ。

 倒れそうになるのをどうにか堪え、スティックを構え直す。

「わっ」

 足元を撫でる感触。 

 スティックを振り下ろそうとして、ショウにすかさず止められる。

 当たり前だが、撫でたのは彼ではない。

 もっと柔らかい肌触り、しかしがっしりした筋肉。

 私を見上げるピレネー犬。

 とはいえやたらと大きいので、鼻と鼻を突き合わせるくらいの距離ではある。

「何してるんだ」

 不思議そうに私を見下ろすショウ。

 それは、私の質問だ。

「自分こそ」

「この犬を見せてもらいに来たんだよ。獣医さんに」

「獣医さん?」

「よろしく」

 明るく挨拶してくる女性。

 そういえば、獣医を導入するとかいう話を誰かしてたな。

「ここで、犬も人も診るんですか?」

「さあ、私はそこまでは。まだ赴任してないし、場所は学校に聞いて」

 そうか、そうだったのか。

 取りあえずスティックをしまい、胸をなで下ろす。

 ショウが何を触ってたかと言えば、この犬に決まっている。

 というか、幾らこの子が変わっても学校でおかしな事をしでかすタイプではない。

 学外でも、しでかすとは思いたくないが。


「がうー」

 足元から聞こえる唸り声。

 何かと思ったら、ピレネー犬が歯を剥いて私を睨んでいた。

 部屋への入り方や、獣医さんへの態度が気にくわなかったらしい。

「ああ?」

 こっちも完全に気持ちが落ち着いた訳ではないので、視線を強めてピレネー犬を睨む。

 体格では負けてるかも知れないが、気持で負ける気はさらさらない。

「きゅーん」

 尾を丸め、ベッドの下へ潜り込むピレネー犬。

 しかし体が大きいため、入ったのは鼻先くらい。

 というか、そういう態度は止めて欲しい。

「ユウ」

「何よ」

「何でもない。ほら、出てこい」 

 ピレネー犬の脇腹を掴み、ぐいっと引っ張り出すショウ。

 私には絶対不可能な行為だし、第一手が回らない。

「ほら、こっち」

 完全に抱え上げ、私の前まで持ってきた。

 力を抜いて、怯え気味に私を見てくるピレネー犬。

 それにしても、どうやったらこの犬が持ち上がるんだ?

「床に置いてよ」

「抱かないのか」

「馬鹿じゃない」

 抱くどころか、サイズから見れば向こうに抱かれる。

 大体体重は、完全に負けてそうだし。

 ショウは笑いつつ、ピレネー犬を床へと置いた。

 そうすると何を思ったのか、お腹を見せて舌を出した。

 誰がどう見ても、降参のポーズ。

 それが誰に対してなのかは、深く考えたくない。

「脅すなよ」

「私が悪いっていうの?この子が、勝手に吠えてきたんじゃない」

 むくりと起き上がるピレネー犬。

 こちらを見上げる、黒目がちの大きな瞳。

 仕方ないのでその背中に乗って、室内を動き回る。

「止めろ」

「だって、乗れって言ったもん」

「犬が喋るか」

 冗談の通じない子だな。

 この場合、通じでも困るけどさ。

「楽しいそうなのは結構だけど、外には出ていかないでね」

 笑いながらたしなめてくる獣医さん。

 私もそこまで恥知らずではないので、床に降りて頭を撫でる。

 何とも言えない、がっしりした手応え。

 とはいえ顔立ちは優しく、今は従順その物。

 やっぱり、猫より犬だよね。

「可愛いいですね、この子」

「ありがとう。あなたも可愛いわよ」

 誉めてくれる獣医さん。

 ただそれが人間としてなのか、動物的な意味なのかは不明だが。



 医療部を出て、辺りを気にしつつオフィスへと向かう。

「何してるんだ」

「ショウを襲ってくる馬鹿が、まだいるかも知れないでしょ」

「大丈夫だろ」

 能天気な答え。 

 私を安心させようという部分も込められてはいるだろうが、深刻さはまるでない。

 あれ程の目にあっても、それを恐れる気持は微塵も。

 その事がいいかどうかは別として、彼という存在がどういった物かを強く実感する。

「ユウは何しに、あそこへ」

「あそこって、どこ」

「どこって、医療部」

 あなたを付けてきた。 

 何て事を言う訳はなく、腕を揉んで少し笑う。

「筋肉が張ってたから」

「マッサージ屋じゃないんだぞ」

「いいじゃないよ。ショウは、痛くならない」

「そりゃ痛いさ」

 何だ、それ。

 もしかして、あの獣医さんに揉んでもらったんじゃないだろうな。

 まあ、あの犬に揉まれるよりはいいけどさ。



 馬鹿げた妄想を繰り広げている間に、オフィスへとたどり着く。

 別段襲ってくる輩もいなく、むしろ人が避けていくくらい。

 そんなに、私の目付きは悪いかな。

「あなた、何してるの」

「ちょっと、自分の顔をね」

 後ろに映る、サトミの横顔。

 同性から見てもため息が漏れるような、整った顔。

 とはいえモデルのような冷たさや無機質さはない。

 年相応のあどけなさと、大人らしい艶やかさ。

 ほっそりした顎から伸びる、何とも言えない喉元へのラインが……。

 いや。見取れてる場合じゃない。

「目付きが悪くない?」

「悪いわよ。たまに、殺されるかと思うもの」 

 人の事言えるのか。

 そういう意味ではサトミも目付きは悪いし、ケイは言うまでもない。

 まともなのは、ショウだけかな。

「大体、この白い毛は何?」

「犬がいたの。マンガみたいに大きなのが」

「大きいって、ショウの家の犬みたいに?」

「種類は違うけどね」

 四つんばいになり、さっきのピレネー犬を思い出す。

 この姿勢では、間違いなく向こうの方が大きいな。

「違うでしょ、それだと」

「何が」

「あなた、膝を付いてるじゃない」

 サトミの言う事は大体分かる。

 実際に犬や猫の足が地面に着けているのは、当たり前だが足の裏。

 但し私は人間なので、体の構造上膝を付いた方が楽な姿勢。

 逆に足の裏で立てば、間違いなく前に転がる事となる。

 私でも一応は、後足の方が長いのよ。


「……G棟A-1付近で、生徒が暴れてる模様」

 誰だ、そういう馬鹿は。

 場所としては近いが、ガーディアンは大勢いるため私達が向かう必要はない。

「A-2付近へ移動中との情報あり」

「嘘でしょ」

 当然だが、入電は一方通行。

 私の声が、向こうに聞こえる訳はない。

 でも、言ってみたいのよ。

「現在A-1ブロックのガーディアンが追跡中」

「早く捕まえて」

「A-2ブロックで対応出来るガーディアンは、直ちに出動して下さい」

「本当に?」

 独り言も飽きたので、プロテクターをチェックしてレガースやアームガードと取り付けていく。

 最後にオープングローブを装着し、スティックを背負って端末を腰に提げる。

「行くの?」

「駄目か?」 

 見つめ合う、私とショウ。 

 駄目と言われると、ちょっと困る。

「怪我は?」

「問題ない」

 治っているという言葉は聞かれない。

 ただ、問題ないというのも嘘ではないだろう。

「分かった。じゃあ、行こうか」

 軽く彼の肩に触れドアへと向かう。

 彼も冗談っぽく私に敬礼し、私の後ろに付いてくる。

「あなたも来るのよ」

「俺、怪我がさ」

「どこが」

 脇腹へ指を伸ばした途端、いつにない俊敏な動きで逃げ出すケイ。

 どうも、こちらの動きを読むようになってきたな。

「冗談はいいから、早く行って」

「丹下達が追ってるんだろ」

「挟撃するの」

「無慈悲な事を」



 ある教室の中へ収まり、端末で追跡中のガーディアン達と連絡を取る。

「ちょっと、思い出すわね」

 感慨深げに呟くサトミ。

 今私達がやっているのは、教室での待ち伏せ。

 1年の春。

 ケイが囮になって、そんな真似をやった事がある。

 あまり楽しくはない記憶。

「お前、もう一度追われたらどうだ」

「冗談だろ」

 彼にしては珍しく、怯え気味の表情を見せる。

 無論わざとそうしてる部分もあるだろうが、本気の要素がより濃く見えている気がする。

「蹴られるは殴られるは。逃げても追ってくるは。あれは、悪い夢だな」

「そんなに怖かったの」

「初めて見た時、丹下が鬼かと思った」 

 声のトーンを落とすケイ。

 確かにあの子の怖さは、私も身を持って知っている。

「……来たわよ」 

 端末を指差すサトミ。

 到着予測1分前を告げる表示。 

 彼等の速度とここまでの距離を、追っ手が計算しての数値。

 小細工は必要ないし、突っ込めばいいだけだ。

「沢さん、どうします?」

 ドアの脇で佇んでいる沢さんに、一応お伺いをたてる。

 彼は生徒会ガーディアンズであり、指揮権を持っているので。

 それに何より、フリーガーディアンだから。

「君達に任せる。これからは、2年に権限を移すように言われてるからね」

「はあ」

「という訳で、七尾君の指示に従ってくれ」

「俺?」 

 眉をひそめ、沢さんを睨む七尾君。

 しかしすぐに表情を改め、少しだけドアを開けて外の様子を確認した。

「深く考える必要はないと思う。来るから迎え撃つ」

「いつもそれだね」

「いいんだよ、雪野さんに何か意見があれば」

「七尾君天才」

 スティックを構え直し、ドアの脇に張り付く。 

 サトミとケイはバックアップで、ここに待機。

 ショウも同様。

 突撃するのは、七尾君の所属するガーディアンズと私だけ。 

 相手の人数を考えれば、これでも多いくらいだろう。

「角を曲がった。全員、配置に付いて」


 驚いた表情できびすを返す集団。

 しかし退路は、追ってきた阿川君達が断っている状態。

 こちらは前後二列の列を作り、少しずつ前進する。

「まずいな」

「何が」

「あれ」

 男達の一人を指差す七尾君。

 長い、棒の様な形状を構えているように見える。

「銃?どこで手に入れたの、あんなの」

「かっぱらったか、警備のぬるさを付いたか。その辺は、他の人間に考えてもらおう」

 後退を指示する七尾君。 

 発射されるのがゴム弾とはいえ、至近距離で浴びたらどうなるかは身を持って経験済み。

 私も女の子達を背後にかばいつつ、後ろへ下がる。

「女の子は、全員教室へ」

「助かった」

「あれ?」

「分かってるわよ」

 舌を鳴らし、すぐに七尾君の後ろに立つ。 

 ここに残るんだから、このくらいは当然だろう。

「おい、それを捨てろ」

 指で男を示す七尾君。

 銃を担いでいた男は身を震わせ、反射的な動きで七尾君の方へ銃口を向けた。

「参ったな。阿川さーん、そっちからどうにかして下さい」

「嫌だね」

 緊迫した状況での、間の抜けた会話。

 男は声がする方へ、怯えながら銃口を向け直す。

 その間に、少しずつ距離を詰めている七尾君と阿川君。

「全員、顔伏せ」

 低く響く、七尾君の声。

 一斉に顔を伏せるガーディアン達。

「突撃準備」

 落ちる腰、ためられる足。

 小さく上がる、七尾君の手。

「突撃」


 何のためらいもなく駆け出すガーディアン達。

 不意を突かれ、銃を落としかける男。

 それでもどうにか銃を構え直し、銃口を七尾君達へと向ける。

「征圧終了」

 低く告げ、前髪をかき上げる七尾君。

 床に伏せる何人もの男達。

 それを振り返り、指錠を取り出すガーディアン達。

 全ては一瞬で、圧倒的。

 蹂躙という言い方が、より正確かもしれない。

 殴るとか蹴るではなく、タックル気味の単純な体当たり。

 廊下という狭く逃げ場がない場所では、かなり有効な方法であるのは間違いない。

「阿川さん、働いて下さいよ」

「俺は3年で、普通なら引退してる」

「また、そういう事を」

「玲阿君がいるだろ。彼は、何してる」

 七尾君から、私へと向けられる視線。

 質問というより、確認に似た雰囲気。

「その。怪我が治ってないので、見学してます」

「彼なら、怪我をしてても俺より強いだろ」

「そうだとしても、です」

「過保護だな、随分」

 笑う阿川君と七尾君。

 そんなにおかしいかな。

 というかみんな、ショウをなんだと思ってるんだ。

「あの子でも怪我をすれば痛いし、治るのにも時間は掛かります。虎じゃないんですから」

「分かったよ。君くらいじゃないのか、玲阿君をそういう目で見てるのは」

「みんながどうかしてるんです。あの子だって、普通の男の子なんです。ただ少し強いだけで、別にそれ以外は優しくて、人が良くて……」

 何を力説してるんだ、私は。

 取りあえず二人の視線を避けて、床に落ちていた銃を持ってみる。

「配備する銃とよく似てますよ。盗んだんじゃないんですか」

「その辺は、調べたい人間が調べればいい。俺の仕事は、暴れる人間を抑えるだけだ」

 醒めた、ケイとはまた違う冷静な考え方。

 一歩引いたとでも言うのか、やや私には理解の出来ない。

 逆を言えば、彼からすれば私の行動は突っ走り過ぎに思えるのかも知れない。



「銃、ね。これの導入っていうのは、これからこういう事を頻発させる手段じゃないのか」

「面白くない考え方ね。分からなくもないけど」

 銃を前にしてつまらなそうに話す、ケイとサトミ。

 この子達は阿川君の言う、調べたい人間に属するので。

「シリアル番号ってあるのか、これって?」

「当然でしょう」

「その辺を突きたいな。こうして表に出るのは、連番かも知れない。つまり、上の方から順番にばらまいてるんじゃないのか」

 突拍子もない発言。

 ただ、それを否定する要素はどこにもない。

 無論、当たってるとも思わないが。 

「多少聞き込んでみるか」

「積極的なのね、随分」

「誰が撃たれると思ってるんだ」

 ショウを撃っても、多分当たらない。 

 それか、その前に相手を倒す。

 私やサトミは女の子なので、向こうもためらうだろう。

 でもって、ケイは。

 私なら、まず彼を狙う。

「そんなに危ないなら、配備を取りやめてもらえば?」

「学校が推してるなら、俺が騒いでも仕方ない。せいぜい、所在をはっきりさせるだけさ」

 それだけでも、結構大変だと思うけどな。

 とはいえ私がやる事ではないので、放っておこう。


「撃たれなかった?」

 笑いを堪えつつ、オフィスへ入ってくる沙紀ちゃん。

 何か、面白い事でもあったのかな。

「七尾君が、タックルしたから」

「玲阿君は?」

「見学よ、見学」

「優しいのね」

 そういう事を言われたのは初めてだ。

 やっぱりこの子は、見る目があるな。

「どうも管理がずさんね」

「学校がばらまいてるんだろ」

「混乱させるために?そんなの、すぐに気付かれるじゃない」

「だから、管理を甘くしてる。簡単に盗めるような所へ転がしてあるんだよ」 

 見てきたように語るケイ。 

 ただし今度も、それを否定する要素はない。

「意見として、聞いておくわ」

「矢田君に上申してくれ」

「自分でやったら」

「それはどうかな」

 曖昧な発言。

 彼に会う気がないのと、会っても仕方ないと思っているのだろう。

 この間の態度を見ていれば、それは当然とも言える。

「とにかく銃については、私の方でも自警局と協議するから。みんなは、無茶しないでね」



 別に、自分が無茶をするつもりはない。

 向こうが無茶をしているだけだ。

 大体、銃ってなんだ。

 書類を提出して、戻ってきたらドアが開いていた。

 キーを掛けた記憶もある。

 手を横へ振り、ショウを右へ。

 サトミは私の後ろ。

 ケイをショウの後ろへ配置する。

 私はドアの左。

 簡単なハンドサインを交わし、少しだけドアを開く。

 音を立てず、そうと気付かれないくらいのわずかな隙間を。

 カメラを滑り込ませ、中をチェック。

 オフィス内の窓際に見える人影。

 武器は持っていないが、誰かが来るという予定はない。

 また、それ程見慣れた背中ではない。

 こちらに気付いていない相手。

 もう一度ハンドサインを交わし、突入の順番を決める。

 まずは、私から。


 やはり音を立てず、自分一人入れるくらいの隙間を作る。

 次にスティックを抜き、投擲も可能な構えで距離を詰める。

 当然足音なんて立てないし、気配も薄く保つ。 

 相手が虎でも、その背後に立つくらいのつもりで。

 未だに窓の外を見つめる人影。

 多少の違和感を感じつつ、一気に距離を詰めて首筋にスティックを突き付ける。

「動くな」

 身を震わせる人影。

 ゆっくりと振り向く男。

 そこでようやく、誰だか気付く。

「会長。……じゃなくて、元会長」

「厳しいな、君は」

 いつになく、焦った顔をしている元会長。

 新カリキュラムといえど、さすがにこういう事には対応出来ないらしい。

「ここで、何してるの」

「話がしたくて」

 どう考えても世間話をするタイプではないし、そういう間柄でもない。

 その彼が今話したい事と言えば、私でも大体見当は付く。

「君が負けたので、学内が混乱気味だ」 

 ショウへ向けられる視線。

 それを、戸惑い気味に受け止めるといういつもの構図。

「ただ、最悪の状況ではない。予想よりは、落ち着いている」

「どっちなのよ」

「彼に勝ったという男を雪野さんが倒したから、それ程ひどい状況にはなってない」

 私は後ろへひっくり返しただけだ。

 その意味では、確かに倒したけどさ。

「場合によってはその男が一定の支持を得て、SDCや自警組織と対立するはずだったんだが。それも上手くいかなくて、SDCを取り込みに掛かった」

「鶴木さんに、斬り殺されそうになってたけど」

「彼女が玲阿君と親戚だとは知らなかったんだろう」

 じゃあ、どうしてあなたは知ってるのよ。

 というか、一体何をどこまで知ってるのか怖くなってくるな。

「自警組織も、自警局の一部はともかく現場で彼と敵対する者は少ない。むしろ支持者の方が多いし、君の友人達がトップを占めている以上自警組織の取り込みも不可能」

「じゃあ、もうどこかへ転校した?」

「金も人も相当使って、そう簡単に諦める訳にはいかない。まだ何かやると考えるのが妥当だろう」

 聞けば聞くだけ答えてくる。

 その意図は不明だが、謎を解くには役に立つ人だ。

 ケイとは違って、嫌みも言わないし。

「浦田君はどう思う」

「護衛を付けてあるので、問題ありません。というか、そういう馬鹿は退学させれば済むと思うんですけどね」

「それは君達の都合だ。学校には学校の、執行委員会には執行委員会の都合がある」

「つまらない学校になったな。俺も、転校を考えよう」

 いい事を聞いた。

 転校用の申請書って、どこかにあるんだろう。

「冗談だからな」

「あ、そう。で、話ってそれだけ?」

「端的に言えば」

 難しい言い回しをする人だな。

 というかどうしてみんな、ショウの事をそう構うんだろう。

 この子をそっとしておくとかか、普通の高校生として見ようとは思わないんだろうか。

「何か、不満でも?」

「別に。私には関係ないから。学校とでも生徒会とでも、好きに揉めて」

 そこまで言うのもどうかと自分でも思うが、ショウが巻き込まれるよりはましだ。

 彼をそういう揉め事から遠ざけるためなら、学内最強なんて誰でも勝手に名乗っていればいい。

 第一彼は、そんな事を望んでいないんだから。


「君自身は、どう思う」

 静かな問い掛け。

 ショウに集める視線。

 彼は少し間を置き、申し訳なさそうに首を振った。

「俺も、そういう事に興味はないので。自分の事だけで精一杯だから」

 人によっては頼りないとも言える。

 また、彼らしい言葉。

 この辺りの姿勢は、少しも変わっていない。

「そうか」

 あっさりと話を終わらせる元会長。

 残念そうな素振りも、納得した様子もない。

 ただ事実を事実として受け止めるという事以外は、何も。

「それは君の問題だからな」

「じゃあ、あなたは?生徒会長を辞めさせられても、まだ何かやる気?」

「言いたい事は分かる。ただ、恥を掻こうとやりたい事はやる主義なんだ」

「別に、恥ずかしいとは思わないけどね。私は、その気概もないし」

 生徒会長を追われても、なお自らの信念に基づき行動する彼。

 一方、何もしない私。 

 私も自分の事を恥ずかしいとは思わないが、それ程誇らしい事でないのも分かってはいる。

 それを踏まえても、何かしようとは思わないけれど。



「あの人は、何がしたいの」

 ノリに酢飯を乗せて、卵も乗せる。

 シンプルだけど、これくらいがいいんだって。

「さあね。それこそ、興味ない」

 ノリに酢飯を乗せ、少しこぼして、赤身を乗せて、不格好に巻いていくケイ。

 食べれば同じという意見もあるけれど、私なら食べたくはない。

「映未さん達なら、知ってると思うわよ。あの人達は、元会長とつながりがあるんだから」

 綺麗に、綺麗過ぎる程丁寧に具を乗せていくサトミ。

 握る圧力も、マニュアル通り妙に一定。

 熱が伝わって、却って駄目なんだけどね。 

 言ってもきりがないので、放っておく。

「ショウは?」

「ああ、まだ食べる」

 桶から残りの酢飯を全部自分の皿に乗せて、一気に掻き込むショウ。

 人の話を聞いてたのか、この人は。

 というか、手巻き寿司なんだから巻いてよね。

「済みませーん、酢飯をもう一つ」

「誰が食べるんだ、誰が」

「俺が食べるんだ」

「馬鹿じゃないか、お前」

 呆れ気味にお茶を飲むケイ。

 自分こそ、それは何杯目なんだ。

「大体、手巻きってなんだ。握ってくれ」

「この方が安いのよ。私がやってあげましょうか」

「わさびを入れないなら、やってくれてもいい」

「やる気が無くなったわ」

 つんと顔を反らすサトミ。

 どうやら、考えを読まれたらしい。

「……おにぎりでも作る気?」

 皿に盛られた、山のような酢飯。 

 ショウは何がおかしいんだという顔で、サトミと目を合わせる。

 この辺りは、価値観の違いだろう。

 彼と、それ以外の全人類かも知れないが。

「ちらし寿司なのよ。ね」

「え?」 

 おい。

 人がフォローしてるのに、分かってないな。

 しかしそこまで気の回る人間が、酢飯を二合も食べる訳無いか。

「トロ無いの、トロ」

「赤身でいいんだよ。人間、贅沢をするとろくな事がない」

 もそもそとキュウリをかじるケイ。

 何を、おじいちゃんみたいな事を言ってるんだ。

「ショウは、トロ」

「食べてもいいけど、お金がない」

 おぼっちゃまらしからぬ発言。

 それはそれで、いい事だけどね。

「お金ないって、お小遣いは」

「色々あって」

 多くは語らない男。

 かなり怪しいが、話さないと決めたら話さないからな。

 というか、酢飯を掻き込んでいる時点で相当に怪しいが。

「あなた、そんなにトロが好きだった?」

「好きって言う程でも無いけど。寿司といったら、トロじゃないの」

「形から入る子ね。私はいいわ、この間食べたばかりだから」

 ガリをかじり、お茶で流し込むサトミ。 

 そういえばこの子、この間お父さん達とお寿司を食べたとか言ってたな。

 私は赤身で、この子はトロか。

 本当に私は、雪野家の長女かな。



「さあ。俺の息子とは思うけどね」

 曖昧に答え、怖い顔で睨まれている瞬さん。

 ショウのお母さんはため息を付き、棚の上にあった花瓶を持ち上げた。

 殺人事件の起きるドラマで使われそうな、いわゆる鈍器を。

「世の中には、言っていい事と悪い事があるの。それを、一つ一つ教えて上げましょうか」

「お前、真顔で言うな。ったく、あいつも訳の分からん子供だな」

 誰が一番訳が分からないかはともかく、その意見には同感だ。 

 今私が来ているのは、ショウの実家。

 別に一人で訪れた訳ではなく、肝心の彼はキッチンで押し寿司を食べている。

 さっき食べたのは、一体何だったかな。

「色々、悩みがあるんじゃないんですか」

「思春期だからな。悩まない方がどうかしてるし、そんながさつな奴が息子とは思いたくない」 

 確かに、そういう見方もあるだろう。

 ただ彼がその事を思い悩んでいたのは事実であり、今でも何らかの感情を抱いているのも間違いない。

「四葉が言ったの?橋の下で拾われたって?」

「いえ、そこまでは。ただ、自分は本当にここの家族かなって」

「じゃああの子は、どこの家の子供なの」

 花瓶を持って、キッチンを見つめるお母さん。

 その気持ちは良く分かる。

「優さんは、どう思う?」

「思春期というより、もっと性格的な事だと思います。自分に自信が無いというか、周りがすご過ぎてどうしても自分が意味のない存在に感じるんじゃないでしょうか」

 これは彼から聞いた事ではない。

 私が考える、彼の心境。

 それに、自分自身の気持ち。

 私がお父さん達の子供でないと疑った事はないが、そう思いたくなる気持ちは理解出来る。

 理屈ではなく、感情として。

 自分とそれを取り巻く環境。

 自分の存在と、その意味。

 その辺りの不安や焦燥感は私も抱く事はある。

 彼程優れてはいなく、平凡な自分にとっては余計に。


「あなたがいじめ過ぎたんじゃないの」

「あのな。別に俺が仕込んだ訳じゃなくて、四葉が勝手にベッドを突き始めたんだろ」

「そういえば、そうだったわね」

 懐かしそうに微笑むお母さん。

 ショウがまだ子供だった頃の話。

 彼が格闘技、それともお父さんの背中を追い始めた初めての日だろうか。

「強制した事はないし、やれとも言ってない。それでコンプレックスを感じてるのかも知れないが、そこまで俺のせいにされても困る」

「親として、違う育て方があったとは思わない?」

「俺に、そういう細々した事を求められても困る」

 拗ねたように呟く瞬さん。

 キッチンからは、洗い物の音が聞こえてくる。

「大体子供の頃は、俺はいなかったんだからな。戦争から、ようやく帰ってきた所なんだし」

「私が問題だって言うの?」

「さあね」

 陰気に睨み合う二人。

 とはいえ夫婦ゲンカという程ではなく、ショウをネタに少し盛り上がっているくらいだろう。

「とにかく、少しは気を使ってやって下さい」

「あ、はい」

「分かりました」

 何故か、礼儀正しく頭を下げる二人。

 それは冗談ではなく、かなり真剣味を帯びて。

 そういう事をされても、こっちが困るんだけど。

 この際ついでなので、他の事も口にする。


「あの子、いつまで病院に通ってるんですか?見てると、いつの間にか顔に怪我してるし」

「私は何も知らないわ」

「俺だって殴ってないぞ」

「当たり前です」

「あ、はい。別に死んだ訳じゃないんだし、深く考えなくていいんじゃないのかな」

 これも冗談ではなく、本心からの言葉に思える。

 しかしショウをどうでもいいと思っている訳ではなく、そういった家系。

 そして彼の生き様を考えれば、私がどうこう言える問題ではない。

「それにあいつも、思う事はあるだろ」

「何をですか?」

「その内分かる」 

 どこかで聞いた台詞。

 また、この先の話が聞かされないのも分かっている。

「銃で撃たれたなら、また別だが」

「銃、ですか」

「学校で配備してるんだろ」

「あれは、おもちゃみたいな物です」

 端末を使い、TVにその映像を映し出す。

 瞬さんはそれを見て、仕方なさそうに鼻を鳴らした。

「ゴム弾を射出するタイプか。確かにおもちゃだけど、当たれば痛いだろ」

「そうかも知れませんね」

 これではないが、違う銃でゴム弾を浴びた事はある。

 痛いどころか、あざが出来る。

「こんなのを、子供に持たせていいのかね」

「寄付金を停止したら?」

「その程度の圧力では通じないって、ケイが言ってました」

「そう。よかった、通わせてるのが流衣じゃなくて。……優さんはどうなの」

 真顔で、不安そうに尋ねてくるお母さん。

 親身な表情、私を娘のように見つめながら。

「当たる前に、相手が倒れますから」

「怖い子ね。でも、それでいいのよ」

 いいのか。

 とはいえお許しは出たので、これからは安心してそうしよう。

「しかしゴム弾とはいえ、こんなのが学校にばらまかれるとは。草薙高校も、あまり良くないな」

「昔はどうだったんです?」

「俺はその母体になる学校に通ってたから、一概には言えないけど。至って平和さ」

「玲阿兄弟のお陰でね」

 日本酒を蒸せ返す瞬さん。

 優雅にティーカップを傾けるお母さん。

 何となく、想像は付くな。

「本当、四葉がいい子に育ってよかったわ」

「悪かったな。雑に生きてて」

「本当よ。気が弱くても頼りなくても、何も問題ないじゃない」

 優しい、慈しむような視線をキッチンへ向けるお母さん。

 ここにいた、ショウの存在を無条件に受け入れてくれる人。 

「どうかした?」

「いえ、別に」

 にこにこと笑い、マグカップを両手で包み紅茶を飲む。

 程良い温かさと、抑えめの甘さ。 

 何とも言えない、胸の空くような香り。

「はは、何それ」

 エプロン姿で現れるショウ。

 どうやら、お茶を換えに来たらしい。

「私がやるから、座ってれば」

「え、でも」

「いいから、ほら」 

 エプロンを脱がせて、自分が着る。 

 トレイにティーポットと空になったお皿を乗せて、キッチンへ運ぶ。


「どうしたの」

 キッチンへ入ってくるショウ。

 私は洗い物をしつつ、彼に声を掛ける。

「俺も手伝おうか」

「いいよ、このくらい」

 何か、ちょっとあれな会話だな。

 楽しいけどさ。

「でも」

「じゃあ、その棚からボール取って」

「これか」 

 手を伸ばし、高い位置にある棚を開けてボールを取り出すショウ。

 かなり助かるし、単純に嬉しい。

「何か作るのか?」

「簡単にね」

 冷蔵庫から生クリームを出し、ボールへ開ける。

 それを勢いよくかき混ぜ、ホイップ状にしていく。

「俺がやるよ」

「大丈夫?」

「そこまで不器用じゃない」

「はは。じゃあ、お願い」 

 ボールを抱え、泡立て器でかき混ぜ出すショウ。

 私は小鍋に砂糖を入れて、少しだけブランディーを足す。

 煮立ってくる鍋の中。

 それを手早くかき混ぜ、カラメルを作る。

「っと」

 さっき見つけたパンケーキにそれを掛け、最後にレモンを添える。

「そっちは?……もう少しかな」

 生クリームをなめ、攪拌具合を確認する。

「何が、もう少しなんだ」

「固さが。溶けやすいから、手早くね」

「どう?」

「こう」

 泡立て器を受け取り、自分でやってみる。

 今度は、同じようにやるよう彼へ渡す。

「難しいな」

「もっと優しくやるの。女の子を扱うみたいに」

「何だ、それ」

「いいじゃないよ」

 二人して笑い、一緒になって生クリームをパンケーキへ盛り付ける。


 少し甘い時。

 未だに癒えない傷。

 知らない間に出来ている、顔の傷。 

 胸の中にある、幾つもの不安。

 でも、彼を信じたい気持。

 それは不安を消していく程、強く大きい。

 彼の真剣な横顔を見ながら、その想いを強くする。











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