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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第22話
240/596

22-6






     22-6




 赤い空に、青い花。

 長い緑の葉がその周りを、緩やかに散っている。

「似合うじゃない」

 襟元を直しながら笑うサトミ。 

 この子は濃紺の生地に、薄い赤の花が一輪腰の辺りに咲いている。

「絶対迷子と間違えられる」

 姿見を睨み、自分で再確認する。

 別に似合わないとは言わないが、見た目としては完全に子供のそれだ。

「帯がほどけたりしない?」

「あなた、細いから。モト、タオル無い?」

「止めてよね、そう言うのは」

「ずり落ちるよりましだと思うけど。……大丈夫、サイズを合わせてあるからはだけない」

 袖や裾を引っ張り、確認するモトちゃん。

 この子は黄色の生地に、色とりどりの小さな花が咲き誇っているデザイン。

 身長がある分、サトミに負けず似合っている。

「ヘロー」

 何か、馬鹿げた挨拶が聞こえてきた。

 長い素足を晒した人と共に。

「何、それ」

「似合うでしょ」

 デザイン自体は、サトミと同系統。

 ただ、裾がかなり短い。

 というか、膝まで見えている。

「馬鹿じゃないの」

「いいじゃない、馬鹿で」

 本人がいいなら、放っておこう。

 しかし確実に人目は引くし、妙に艶めかしい。

 逆に襲われるような気もするけど、そのくらいはちゃんと考えているだろう。

「はは」

「笑い事じゃない」

 無愛想に応じる舞地さん。

 彼女は、私と同系統のデザイン。

 とはいえ身長も私よりはあるので、人に笑えるような姿ではない。

 知り合いに会えば、全員笑うだろうが。

 あくまでも、好意的な意味でね。

「これを企画した馬鹿は誰」

「舞地さんもよくご存じの人ですよ。最近は、煮干し係を担ってます」

「浦田か」

 畳の上に横座りして、舌を鳴らす舞地さん。

 裾がはだけ、白い太ももが少し覗く。

 へへ、浴衣もいいな。

「第一、こんな格好では動けない」

「動くためではなく、抑止力です。浴衣を着た女の子が大勢入れば、自然と雰囲気は和みます。学内と周辺は、アルコールの販売と持ち込みも禁止してますし」

 ここは治安組織の幹部としての顔をするモトちゃん。

 一方の舞地さんは、ため息混じりに畳へのの字を描いているだけだ。

 何か、妙にそそる物があるな。

「見るな」

 上目遣いで睨んでくる舞地さん。

 そのきつい顔がまた……。

 いや、違う。

 どうも、浴衣のせいでおかしくなってるみたいだな。


「こんにちは」

 のんきな挨拶と共に、部屋へ入ってくる男の子。

 一瞬身構えた舞地さんは、その顔を指差し少し笑った。

 彼女にしては、大笑いというくらいに。

「何、あなた。はは、変な顔」

 もっと露骨に、うしゃうしゃ笑う池上さん。

 別にそれ程変な顔ではなく、どちらかといえば地味で目立たない顔立ち。

 ただ普段見慣れている分、違和感を感じる場合もあるだろう。

 ヒカルは彼女達に向かって愛想良く笑い、畳の上に正座した。

 どうして正座かは知らないし、彼自身分かってないだろう。

「似合うね、くらい言ったら」

「何が」

 真顔で、不思議そうに尋ねられた。

 取りあえず、私も彼の前に正座する。

「浦田君」

「何でしょう、雪野さん」

 この辺は、すぐに応じてくれる。

 勘は鈍いけどね。

「今日は一体、何の日でしょう」

「今宵は楽しい、秋祭りでございます」

 ちゃんと分かってる。

 どう分かってるかは、ともかくとして。

「何か、変わった事には気付きませんか」

「さて、何の事やら。私には、皆目見当も付きません」

 真顔で答えた。 

 回りをぐるりと囲まれた状態で。

 ここまで来ると、ある意味スパイ向きだな。

「あのね。これよ、これ」

「浴衣が、どうかした?」

 何か、天と地がひっくり返ったような感覚。 

 少なくとも、私達が浴衣を着ている事には気付いていたらしい。

「何でもない。サトミ、どこかへ連れて行って」

「はいはい。将来大学院に行きたいって子がいるから、話を聞いてあげて」

「僕に話しても、何にもならないと思うけどね」

 そう言い残し去っていく、大学院生。  

 じゃあ、誰に話せって言うんだ。


「失礼しました」

 入ってきた途端、出ていこうとするケイ。 

 言いしれぬ身の危険を、肌で感じたらしい。

「似合ってるじゃないですか」

 さすがに、この辺は如才ない。

 さっきの同じ顔をした子とは、全く別人だな。

「あなた、バックマージンはいくら取ってるの。浴衣の仕立て代とか、撮影した写真の販売手数料は」

「また、そういう事を。そろそろ人が集まって来ますから、配置について下さい」

 手を叩き、私達を促すケイ。

 珍しく仕切ってくるが、彼以外の誰も私達に鈴を付けられなかったのかも知れない。

「私の相棒は真理依?」

「嫌なら、1年生を回しますよ。可愛い感じのでも」

「冗談でしょ。ねえ、真理依ちゃん」

「そうかもね。映未ちゃん」

 無愛想に応じる舞地さん。

 笑えるには笑えるが、私の格好程ではない。

「よう」

「あら。こんにちは」

 愛想良く、明らかに声のトーンを上げるモトちゃん。

 名雲さんは甘く微笑み、彼女を指差し一言二言ささやいた。 

 何というのか、体がかゆくなるような事を。

「掻くなよ」

「だったら、言わないでよ」

 懐に入れていた手を出して、鼻をこする。

 この格好やると、ちょっと似合い過ぎだな。

「じゃあ私達はもう行くから」

「あ、うん」

「また後でね」


 部屋に一人きり。

 仕方ないので壁際に寄り、膝を抱える。

 別に寂しい訳ではないが、広い部屋の真ん中にいると落ち着かないので。

 窓越しに、遠くから聞こえてくる祭囃子。

 ケイが言っていたように、もう始まっているらしい。

 聞こえないはずの笑い声。

 感じないはずの屋台の香り。

 何となく漏れるため息。


 控えめなノック。

 もう一度ため息を付いて立ち上がる。

「はい、どうぞ」 

 ゆっくりと、遠慮がちに開くドア。

 少しの隙間から、そっと覗く顔。

「どうしたの」

「どうしたって。迎えに来たんだよ」

 怪訝そうな瞳。

 だがそれは、すぐに戸惑いへと変わる。

「どうしたの」

「い、いや。その、あれ。可愛いなと思って」

 小さく、消え入りそうな声。 

 間近で。

 ドア一枚隔てた距離でなければ聞こえないくらいの。

「また、そういう事を。ちょっと、もう。あー」 

 少し叫び、気持を整理する。

 ショウも慣れているのか、それ程は驚かない。

 呆れて、物も言えないようにも見えるが。

「ちょっと待って」

 リュックを探り、得物を取り出す。

 これがないと、何も始まらないので。

「端末か?」

「まさか。もっと大事な物」

 袂を振り、スティックを伸ばす。

 別にケンカをするという事ではなく、これが存在する意味を込めて。

「俺が持つよ」

 それだけ告げ、腰に差すショウ。 

 きっと、その意味を分かってくれて。

 暖かくなっていく胸の奥。

 浮き立ってくる気持。

 もう始まっている、秋祭り……。



 みたらし、たこ焼き、リンゴ飴。

 どうしても、食べ物ばかりが目に入る。

「屋台以外にも、何かあるのかな」

「グラウンドで、ビンゴ大会とかやるらしい」

「ふーん。どうでもいいや」

 取りあえず綿菓子を買い、少しだけちぎって残りはショウに渡す。

 一瞬の甘み、すぐに消えていく感覚。

 よく綿菓子は、儚い幸せと例えられる。

 それは分かるけど、甘さがあったのもまた事実だと思う。

 それにもう一口つまめば、また味わえるんだから。

 例えつかの間でも、幸せな時を。

「もう食べたの?」

「食べたよ」

 棒をゴミ箱へ放るショウ。

 こうして二人で食べれば、その幸せはより確実な物になる。

「はは、これ見て」

 女の子、鬼に狐。

 棚に並ぶ、一面の顔。

「はは、買おう」

「おい」

「へへ、これ下さい」

 猫のお面を買って、頭の後ろに付ける。

 何か、一気に楽しくなってきたな。

「ショウも買えば。これ、これ下さい」

「嘘だろ」

「いいじゃない。祭りなんだし、少しは弾けたら」

「たまには落ち着いてもいいんじゃないのか」

 嫌な話を聞き流し、犬のお面を彼の頭の後ろに付ける。

 私と違って、犬は狼さながらの精悍さを宿す。

 結局は、犬だけどね。

「何か食べる?」

「別に、食べなくてもいいだろ」

「じゃあ、これは」

 「熊肉、鹿肉。焙り焼き」

 という、のれん。

 そう言えば春休みに、どこかのサービスエリアで見たな。

「食べるよ」

 おい。

 熊と鹿と、猪。

 塩とたれで、全部食べた。

「ユウは」

「いらない。大体、美味しいの?」

「まずくはない」

 かなり微妙な答えが返ってきた。

 猪は豚の先祖だし、まだ分かる。

 だけど鹿って。それに、熊って。

「何か、混んできたね」

「そうか?」

 私より、頭二つくらい高い位置から周囲を見渡すショウ。

 この人なら、どれだけ人がいても圧迫感は感じないだろう。


 うっすらと赤から紺へと変わっていく空。 

 秋の夜風に揺れる葉々。

 髪は静かに流れ、夕暮れの切ない香りが辺りに漂う。

「ちょっと暗くなってきたかな」

 屋台の明かりに目を細め、空を見上げるショウ。

 薄く翳る横顔。

 男の子という時期を過ぎた、だけどまだ微かに幼さを残す。

 少し残っている怪我の跡。

 それは彼の幼さなのか、その時期を過ぎた何か別な意味なのか。

「どうした?」

 小首を傾げ、私の顔を覗き込むショウ。

 私は手を振り、屋台から離れた教棟の壁にもたれた。

 人で賑わう、屋台の建ち並ぶ通路。

 歓声と呼び込みの声に笑い声。

 それも楽しいけど、今は少しこうしていたい。

「さすがに、屋台ではしゃぐ年でもないか」

「まあね」

 くすっと笑い、猫のお面を手に取る。

 ディフォルメされた、可愛い感じ。

 子供の頃なら、これを抱いて寝たくらいだろう。

 今も愛着はあるし、大切にしたい気持はある。

 ただ、昔程ではない。

 大人になるのはいい事なのか、こういう時にふと疑問に思う。

 無論、いつまでも子供のままではいられないにしても。 

 心も、周囲も、生活も。


「俺も、いつまでもケンカしてても仕方ないし」

「自分からじゃなくて、向こうから襲われたんでしょ」

「まあな。でも怪我して、みんなに迷惑掛けて。本当に、どうしようもないな」

 ため息混じりに首を振るショウ。

 その考えを否定するのは簡単だが、彼の気持ちを否定する事は出来ない。

「大人でもない、子供でもない。やってる事も中途半端。もっと、年を取った方がいいのかな」

「年を取っても、駄目な人は多いじゃない。それと別に、ショウが駄目って事もないんだし」

「そうかな」

「そうだよ」

 彼の目を見つめ、そう呟く。 

 不安げで、自信の消えた顔。

 前は、そうではなかった。

 負けた事を気にしてはいても、落ち込んではいなかった。

 今も、それ自体は気にしていないのかも知れない。

 でも結果的に、ケンカをしてしまった事。 

 怪我を負ってしまった事。

 学校を休み、みんなに心配を掛けてしまった事。

 昔と変わらない自分。 

 周りから批判され、自分でも変えようと思っているのに。

 結局は、同じ事を繰り返してしまう。

 それが、自分の事だけで済んでいればいい。

 でも周りへ心配を掛け、迷惑を掛けたと思い込む。

 彼自身は悪くなくても。

 結果としては、変わらない。

 行き場のない気持。

 憤りとも違う、やるせない思い。

 もどかしさだけが募る、自分ではどうしようもない。


「いいじゃない、別に」

「何が」

 小さな、普段以上に自信のない顔で尋ねてくるショウ。

 私は壁から離れ、軽く自分の胸に触れた。

「分かってるから」

 何が、とは聞き返さない。

 私も、それ以上は言わない。

 分かってるから。

 私も、彼も。

 お互いの気持を、思いを。

 言わなければ分からない事がある。

 伝わらない事も。

 でも、言わなくたって分かる事もある。

 彼の事は、誰よりも。

 それが私の思い込みだとしてもいい。

 この思いさえあれば、何も。


 人気のない教棟の側。

 遠くに見える、屋台の明かり。

 薄暗い場所に、男の子と二人。

 秋の夜。冷たい夜風。

 早い音を立てる胸。

 自然と意識する、彼との距離。

 体だけではなく、今は心も。

 決して遠くはない、手を伸ばせば届きそうなくらいの。

 それを無くすのに必要なのは、勇気だろうか。

 私、それとも彼の。

「ユウ」

 伸びてくる手。

 さらに早まる鼓動。

 固まる体。 

 心の準備が出来ていないと思いつつ、彼の顔を見上げてしまう。

 高い位置にある、背伸びしても届かない場所を。

「ユウって」

 何かをせかすような口調。

 自分でも、多少の違和感を感じる。

 目の前にハンカチを差し出されては、余計に。

 別に泣いてはいないけど。

「鼻、鼻出てる」

「え?」

 咄嗟に手の甲を当て、彼からハンカチをひったくる。

「汗よ、汗。緊張したから、汗が出たの」

 いくら何でも、この状況で鼻を出す女なんて嫌過ぎる。

 私ならそんな子とは付き合いたくないし、知り合いたくもない。

 自分がそうだなんて、考えたくもない。

「緊張って?」

「こっちの話。……あ、何よ」 

 ショウにではなく、端末にがなる。

 何か、一気にばたついてきたな。

「たこ焼き?……焼けるけどさ。……はいはい、今行く」

「どうしたって?」

「上手く焼けない屋台があるから、手伝ってくれって」



 ガーディアンの仕事とは違う気もするが、困った時はお互い様だ。

 取りあえず屋台の裏へ周り、機材と材料をチェックする。

「ビールケース持ってきて」

「飲むんですか?」

 真顔で聞いてくる女の子。 

 いくら飲むにしても、ケース単位で頼む訳がない。

「台よ、台。私には、ちょっと高いの」

 ちょっとと言うより、かなり高めの鉄板の位置。

 このままでやったら、私が焼ける。

「どうやっても、引っ付いちゃって」

「昨日、試したんでしょ」

「ええ。でも今は、どうも上手くいかなくて」 

 疲れ切った顔でため息を付く女の子達。

 別にこの屋台が無くて困る人はいないだろうが、周りに活気がある分孤独感は否めない。

 ビールケースがなかったので、ペットボトルの詰まった段ボールの上に乗る。

 まずは鉄板の上に溶かした小麦粉を垂らし、焼け具合をチェックする。

「分かった。油を引いてないでしょ」

「少し垂らしましたけど」

「煙が出るくらい焼いてもいいくらいなの。ショウ、そこの焼きそば屋さんで豚肉分けてもらってきて。脂身が多いのを」  

 素直に頷き、斜め前にある焼きそば屋さんへ向かうショウ。

 向こうもやってるのは女の子なので、手に入るのは確実だ。

「それと、これが固過ぎ。もっと、だし汁入れて」

「水じゃないんですか?」

 顔を見合わせる女の子達。

 よくこれで、たこ焼き屋さんをやろうと思ったな。

 いくら高校生のやる事とはいえ、そうそう甘い事は許されない。

「誰か、昆布買ってきて。ショウは、このボールに氷を貰ってきて」

 戻ってきたショウにすぐ指示を出し、取りあえずは鰹節で出しを取る。

 沸騰と同時に火を止めて、氷の入ったボールに鍋を放り込む。


 取りあえずタネを作り、具材をもう一度チェックする。

「キャベツは入れない。天かすもパス。ショウ、唐辛子買ってきて」

 鉄板の温度と油の馴染み具合を確かめ、タネを注ぐ。

 次にタコを入れ、ネギと紅ショウガを散らし、ちょっとだけ鰹節を掛ける。

「そ、それで次は」

「待ってればいいの。変に急ぐと、ぐちゃぐちゃになるだけだから」

 不安そうに鉄板を見つめる女の子達。

 舞い上がっていく白い湯気。

 その前を歩く人達の姿を見つつ、端の方から串を入れる。

「はい、はい、はいっと」

 たこ焼きを返すのは難しそうだが、表面さえ焼ければ後は向こうからひっくり返ってくれる。

 こっちはつながっているタネの部分を切って、軽く手首を返すだけ。 

「はい、どんどん返して」

 串を渡し、彼女達にも返させる。

 私ばかりやっていても仕方ないし、第一ここは私の店じゃない。

「こ、焦げません?」

「油が馴染んでるから大丈夫。後はきつね色になるまで、ちょっとずつ返していって」

「唐辛子買ってきた」

 近所にあった、七味屋さんから戻ってきたショウ。

 それにしてもこの子は、言った通りにやってくれるな。

 本当に素直というか、疑う事を知らないというか。

 何て感心してる場合でもなく、ボールにマヨネーズを垂らし少しだけ醤油を注ぐ。

 後は唐辛子をちょっと足し、箸でかき混ぜる。

「何だ、それ」

「ソースだけだと、面白くないでしょ」

「たこ焼きはソースだろ」

 保守的な意見が返ってきた。

 分かってないようなので、一番手前のたこ焼きを返してソースにつけて彼に差し出す。

 生で困る具材は入ってないし、彼は何が生でも困らない。

「あれ」

 串を鉄板の方へ持って行くショウ。 

 その串を即座に奪い、彼女達に皿へ盛るよう指示を出す。

「はい、これは試食用と」

 今のマヨネーズソースと普通のソースを掛け、女の子の一人に屋台の前で立って貰う。

 後は、放っておいても客が来る。

「はい、どんどん焼いて。それと、鉄板の火加減には気を付けて。タネを入れると、どうしても温度が下がるから」

「昆布を買ってきました」

「ありがとう。それもだし汁用に使って、タネに入れて。今度も、今の要領で」



 取りあえず、たこ焼き屋の再建は成功した。

 知識はあまり無かったようだが、何度か焼いた事はあったみたいで技術的には問題し。

 後は彼女達だけで、十分に出来るだろう。

「疲れた」

「お茶持ってくる」

 そう言って、すぐに駆けていくショウ。

 別に顎でこき使ってる訳じゃない。

 彼が、そういう性格なだけだ。

 前みたいな強気さはどうかと思うけど、こういう姿を思うとあの半分くらいはあってもいいかもしれない。

「ちょっと」

「何だよ」

 差し出されるペットボトル。

 3Lとの表示が、私の目には見えている。

 当然、彼の目にも見えているだろう。

「ほら」

 続いて出てくる、紙コップ。

 何だ、分かってるじゃない。

 一瞬彼と回し飲みする絵を思い浮かべたけど、幸か不幸かそういう事にはならないようだ。


 屋台を巡っているのは、家族連れや子供達が殆ど。

 アルコールの販売を禁止してるのと、学内でやっているイベントの影響もあるのだろう。

 私も酔っぱらいの相手なんてしたくないし、せっかくのこの格好で暴れたくもない。

 例え強制的に着させられているとしても、これだけ可愛い物なら自然と愛着は沸いてくる。

「ん」 

 金魚すくいの右側。

 照明の途切れた、やや薄暗い位置。

 俯き加減で、拳を握り締めているワンピースの女の子。

 まだ幼い、小学生低学年くらいだろうか。

「お父さんか、お母さんは?」

 ゆっくりと上げられる顔。 

 赤くなっている目元。 

 頬を伝う跡。

 ショウから借りていたハンカチで彼女の顔を拭き、お下げ髪の頭を撫でる。

「どこにいるか、分かってたらここにいないよね」

「お好み焼き作ってるの見てて。でも、気付いたら誰もいなくて。歩いたんだけど、どこにもいなくて」

 途切れ途切れに、たどたどしく説明する女の子。

 そうしている間にも視線は下がり、目元は潤んでくる。

「じゃあ、私が探してあげる。一緒に来て」

 すぐに感じる、疑わしそうなショウの視線。

「何よ」

「その、さ。ユウがどうやって、探すのかと思って」

「私も迷子になるって言いたいの?」

「ああ」 

 あっさりと認められた。

 私達の周囲。

 大勢の人と、普段とは違う眺め。

 屋台、看板、奇妙なマスコット。

 少し離れたところにある教棟を見て、ようやくここが学校だと理解出来る。

「大丈夫。いいから、付いてきて」



 不安げな女の子とショウを伴ってやって来たのは、ある教棟の一階。

 部屋の前には

 「迷子待合室」

 という、あまり馴染みたくない事が書いてある。

「入ってよ」

 先にショウを促し、女の子も手を引いて促す。

 私が先に入ると、絶対勘違いされるので。

「あの、迷子の子がいたんですけど」

「はい。お二人ですか」

 壁を叩こうと思ったが、取りあえず自重した。 

 奥にはマットが敷いてあり、他の迷子の子が集まっているので。

「何か身元が分かるような物って、ありますか」

「えーと、端末を預かってる」

 IDではないにしろ、端末には一定の個人情報が入ってる。

 勝手に閲覧するのは法律違反にもつながるが、ここには警察も常駐しているらしくその辺は問題ない。

「……分かりました。今学内と、その周辺に配信しますので」

「ありがとうございます。ユウ」

「あ、うん」

 ドアの前で、私を見てくるショウ。

 受付の前から動かない私。

 動けないと言ってもいい。

 小さな手が私の手を掴み、離そうとはしない。

 華奢で、柔らかくて、出会ったばかりの私にすがりつく小さな手が。



 仕方ないのでマットの上に収まり、壁際で丸くなる。

 女の子は少し離れたところで、やたらと大きなボールと格闘中。 

 ようやく笑顔が見えてきたが、私が動こうとすると視線がこちらを向いてくる。

 という訳で、結局ここに留まるしかない。

「私はいいから、お兄ちゃんと遊んできて」

 近付いてきた男の子に手を振り、膝を抱える。

 よぎる影。

 目の前に差し出される、でんでん太鼓。

 どうも、私に哀れを感じたらしい。

「ありがとう」

「気にするなよ」

 慰められた。 

 どう見ても、小学生に。

 仕方ないのででんでん太鼓を鳴らし、虚しさを実体験する。

 しかし、見た目は結構面白い。  

 シンプルだけど、それがまたというあれ。

 この音も、妙に郷愁を誘うというか。

 いや。喜んでる場合じゃない。

「何か、お腹空いたな」

「上げる」

 小さな袋を逆さにする、浴衣姿の女の子。

 何かと思ったら、タマゴボーロが手の平に収まった。

 好きだけど、ここで食べるのはどうだろう。

 食べるけどさ。

「駄目だ。馴染んでる場合じゃない」

 口に出して宣言し、取りあえず立ち上がる。 

 だから何か解決する訳でもなく、きゃきゃっと騒いでいる子供達が見えるだけの事。

 本当、私は何をしてるんだろう。

「泣いてるのか」

「泣いてはないけど、泣きたい気分なの」

「訳の分かんない女だな」

 さっきでんでん太鼓を貸してくれた男の子が、呆れた感じで首を振る。

 だからって、小学生に分かられても仕方ない。

「もういいから、向こうに行ってて」

「何だよ。性格の悪い女だな」

 むかっとは来るが、さすがに子供と言い争う気力もない。

 まだ何か言いたげな彼を追い払い、もう一度壁際でしゃがむ。


 マットの中央。

 群れをなしている子供達。

 その中心にはショウがいる。 

 正確には取り囲まれて、まとわりつかれ、しがみつかれている。

 大きいし力はあるし、何と言っても格好いい。

 私だって、真似をする。

 などと、のんきに思ってる場合じゃない。

「はい、離れて。離れなさーい」

 手を叩き、端の方から子供をどけていく。

 普段なら遊ばせておくが、彼は未だに怪我が治ってない状態。

 子供は力の抑制が出来ないので、万が一の事も考えられる。

「離れなさいって」

 一人どけると、二人しがみつく。

 二人どけると三人。

 他人事なら面白いが、今は笑う余裕もない。

「はい、どいて。って、私にしがみつかないでよ」

 床を蹴って宙を舞い、前宙をしながら体をひねる。

 数人の子を飛び越え、どうにか押し潰される恐怖からは免れた。

 ショウならともかく、私の体型では数人が迫ってきただけで勝負ありだ。

「わー」

 一斉に上がる大歓声。

 どうも今の動きで、子供達の何かに火がついたらしい。 

 というか、目標を私に定めたようにも見える。

「落ち着いて、ほら。静かにして」 

 彼等との距離を均等に保ちつつ、じりじりと下がる。 

 背後にも気を配りつつ、慎重にゆっくりと。

 この辺りは、動物を相手にするのと同じ。

 一瞬の不注意が、身の破滅を招く。

 私はあくまでも集中して。

 向こうの集中が途切れるのを待つ。

 室内に張りつめる、場違いな緊張感。

 輝いた目と、低い姿勢。 

 何かを掴むような、宙に出された手。


 受付から聞こえる声。

 そちらへ視線を向ける子供達。

 素早く床を踏み切り、後ろにいた子供を飛び越えて壁際まで駆け抜ける。

 彼等が視線をこちらへ戻した時には、私の姿はすでにない。

 それこそ、瞬間に移動したくらいに思えているだろう。

「はい、終わり。もう、何もかも終わり」

 手を叩き、注意を喚起する。

 特に子供相手では、メリハリが必要となる。

 遊ぶ時は遊ぶ、落ち着く時は落ち着く。

 それを教えるのは、大人か年上の役目でもある。

「TV、TVを観てなさい」 

 リモコンを操作し、子供向けの番組を映す。

 出てきたのは、着ぐるみの犬と猫。

 彼等は子供特有の集中力を発揮し、私など存在しなかったかのように視線をそちらへと向ける。

「あー、疲れた」

「自分こそ、落ち着けよ」

「誰のためにやったと思ってるの。怪我は?」

「問題ない。最近なまってたから、少しは動かさないと」

 肩を回し、無事をアピールするショウ。

 特に無理をしている様子でも無いし、取りあえずは一安心というところか。

「さてと、そろそろ」

 帰ろうかなと続けようとしたら、女の子と目が合った。

 私達が、連れてきた女の子と。

「見ないのかよ」

 さっきの男の子も、こちらを見ながらTVを指差している。

 仕方ないので、子供達の後ろに座って膝を抱える。 

 ちょっと、溶け込み過ぎの気もするが。


 退屈そうに、TVを観ているショウ。

 内容が子供向けなので、それは仕方ない。

 一方の子供達は何人かが立ち上がり、着ぐるみの動きに合わせて手足をばたつかせている。

 統一感がないが、そのぎこちない動きがまた可愛かったりする。

「あ、ワンサ君」

「わん、さくん?」

 変な発音と区切り方をするショウ。

 この子は、何も知らないな。

「今、TVに出てる犬。警官なの」

「もしかして、巡査と犬のワンを掛けてるとか?」

 もしかしなくても、掛けている。

 ちなみにネコの女の子は、ニャンサちゃんだ。

「うにゃうにゃ、ふぎゃふぎゃ」

「もういいよ」

「うにゃうにゃにゃーっ」

 最後に爪を立てて、手を伸ばす。

 ショウは露骨に嫌な表情をして、顔をそむけた。

「何よ。TVでやってるじゃない。子供にも人気あるのよ」

「誰に?」

「子供だって、子供」

 ほらと言わんばかりに、目の前にいる子供達を指差す。

 しかし彼等は至って普通の顔で、私の仕草を見つめている。

 最近の子供は醒めてるな。

「ほら、この子達迷子だから。はしゃいでる場合じゃないんだって」

「高校生がはしゃいでる場合でもないだろ」

 冷静に失礼だな。

 何かを言い返えそうとしたら、子供達が周りに近付いてきた。

「お前が高校生?」

 疑わしそうな顔をする男の子。

 タマゴボーロをくれた子も、ふっと鼻で笑う。

 他の子は、私を指差してひそひそ話し始めた。

「せいぜい、中学生だろ」

 何が、せいぜいなんだ。

 小学生と言われないだけ、ましだけどね。

「うるさいな。いいから、大人しくしてなさい。ほら、誰か来た」

 受付を過ぎ、こちらへ駆けてくる男女。

 それを見て、一人の女の子がそちらへ駆け出していった。

 私達と一緒に来ていた子が。

 お母さんに抱きつく女の子。 

 自分の全てを預けるような表情。

 それに応えるかのように、しっかりと彼女を抱きしめるお母さん。

 お父さんは彼女の頭を撫で、安堵の表情を浮かべた。

「あの。うちの子の、面倒を見て下さったそうで」

 ショウに向かって話すお父さん。

 外見から見れば、彼は明らかに年長。

 そう判断するのも頷ける。

「ほら、お兄ちゃんにお礼を言いなさい」

「あ、ありがとうございました」

 たどたどしくお礼を言って、頭を下げる女の子。

 ショウははにかみ気味に微笑み、彼女の頭を少し強めに撫でた。

 何とも嬉しそうにする女の子。

 さっきまでとは違う、安心しきった表情。 

 どれだけ私達になついていても、やっぱり両親が側にいるといないとでは違うらしい。

 それは自分の昔を振り返るまでもなく、十分に理解出来る。


 そっと伸びてくる小さな手。

 おずおずと、でもまっすぐと。

 私はその指先に優しく触れ、彼女の瞳を見つめた。

 今はもう潤んでいない、綺麗に輝くつぶらな瞳を。

「新しいお友達?」

 そう来たか。

 渡瀬さんじゃないけど、思った通りのオチだな。

 もう否定するのも面倒なので、適当に頷いてニコニコ笑う。

 いいのよ、どうせ女子供は笑ってれば。

「遊んでくれてありがとう。これは、お礼」

 細長い、チューブ状のチョコが二つ手渡された。 

 取りあえずお礼を言い、両親と帰っていく女の子へ手を振る。

 彼女も両手を振ってそれに応え、受付から出て行った。

「あーあ」

 手を振ったついでにチョコを放り投げ、手首を返してそれを掴む。

 言ってみれば、ジャブの要領。

 宙に浮いてるので拳が当たっても大丈夫だが、やりようによってはマット一面をチョコまみれにする事だって出来る。

 無論やらないけど、やりたい気分でもある。

「よかったな」

「何が、チョコがもらえて?」

 刺々しく答え、ショウを睨む。

 当然彼の言ってる意味は、女の子が両親と出会えてよかったという事。

 すぐに態度が悪かったと反省し、深呼吸して気分を変える。

「ごめん」

「いや、謝らなくても。俺もはっきり言わなかったから、悪かったんだし」

「へへ」

「はは」

 二人で一緒になって笑い、今の気持を共有する。

 女の子の笑顔を見られた事に。

 自分達が何かをした訳ではないけれど、誰だって笑っているのがいいに決まっている。

 その事を分かってくれる人と、今一緒にいる事にも。


「じゃあ、私達も帰ろうか」

「ああ」

「帰るのか?」 

 不意に目の前に現れる男の子。

 不安と、寂しさの入り交じった表情で。

 タマゴボーロをくれた女の子も、物言いたげに前で立っている。

「帰るよ。大丈夫、二人のお父さん達もすぐに来るから」

「え、うん」

「これ、あげる」

「じゃ、俺も」

 二人にチョコを渡し、手を振りながらドアへ向かう。

 二人もぎこちなく手を振り返してくる。

 呆然とした、気のない顔で。



 建物を出て、屋台の並ぶ通路へ歩いていく所でショウが少し笑った。

 おかしさを噛み殺すような感じで。

「さっきの男の子」

「あの子が、どうかした?」

「もしかしてだけど。ユウの事が、好きだったんじゃないのかな」

 ささやくように話すショウ。

 目の前を掛けていく子供達。

 彼等の持っている風船が、揺れながらその後を追っていく。

「だってあの子、まだ本当に子供じゃない」

「ああいう時期の方が、意外とそうなんじゃないのか」

「自分はどうだったの?」

「さあ。俺は今でも、そういう事には疎いから」

 何だ、それ。

 上手く逃げたな、色んな意味で。

「あ、そう。だったらもう片方のタマゴボーロちゃんは、ショウが好きだったんじゃないの」

「まさか」

 この人は、一度自分の顔を鏡で見た方がいいんじゃないのか。

 それこそ、年齢に関係なく彼に好意を抱かない女性はいないっていうのに。

「とにかく、私は疲れた」

「お茶は」

「もういいって」

 二人して少し笑い、通路へ届く手前の木陰に入る。

 昼とは違い日射しはなく、葉々の間からわずかに星の瞬きが見えている。

 辺りが明るいため数は少ないが、こうして見上げていると言いしれない思いが込み上げてくる。

 楽しげな話し声と絶え間ない足音。

 明かりに照らされ、浮かび上がってみる幾つもの屋台。

 夜風は冷たく、そして切ない。


「ようよう。楽しそうだな。姉ちゃん、俺の相手もしてくれよ」

 相当に馬鹿げた台詞。

 どこのチンピラかと思ったら、名雲さんだった。

 その隣には、寄り添うようにしてモトちゃんがいる。

 後ろからは、サトミとヒカルも現れた。

 ちっ、ダブルデートか。

「あなた、何してるの」

「何してるのって、自分達こそ」

「私達は、この辺りの受け持ち。ユウの受け持ちは、もっと向こう」

 聞いた事のない話をするモトちゃん。

 何だ、受け持ちって。

「その。迷子がいてさ」

「まさか、ユウじゃないでしょうね」

「当たり前でしょ。迷子の子を、そこの待合所に送っただけ」

「よかった。いくら何でも、そこまで行くと笑えないから」 

 モトちゃんへ寄り掛かり、額を手の甲で拭くサトミ。

 待合所では間違えられたとは言わないでおこう。

「それで、何かあった?」

「たこ焼き焼いた」

「はい?」

「もう、何も聞かないで。今日は疲れた」 

 木陰にしゃがみ、地面に木の枝で絵を描いていく。

 何を描いてるかは自分でも分からないし、興味もない。

「今日はって、まだ始まったばっかだろ」

「嘘」

「お前、時計見てないのか」

 呆れた声が、頭の上から聞こえてくる。

 時計を見る余裕があれば、私はこんな所でしゃがんでいない。

「誰よ、この祭りを企画したのは」

「文句があるなら、熱田神宮に言って」

 熱田神宮って、神様か。

 今まで初詣でさんざん色々言ってきたけど、聞いてくれた試しが無いからな。 

 勿論、聞いてくれても怖いけど。

「大体、私達が警備する意味があるの」

「あなた、たこ焼き焼いてたんでしょ。それと、迷子」

 サトミの話を聞き流し、木にすがりながら立ち上がる。 

 妙に柔らかい木だなと思ったら、ショウだった。

 かなり疲れてるみたいだな。

「大丈夫か?」

「あ、うん」

 真上から私の顔を覗き込むショウ。

 首を真っ直ぐ上に上げ、小さく頷く私。

 いつも以上に近い距離。

 すぐに聞こえる、咳払い。

「え?」

「何でもない」

 一斉に首を振るみんな。 

 その意味も分からず、よろよろと教棟の方へ歩いていく。

 少し休んだ方がいいと思ったから。


 疲れた体を休めるためにも。

 火照った顔を冷やすためにも。   










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